私が境界を自覚し始めたのは、いつからだったろうか。生まれ落ちた瞬間、初めて言葉を発した時、物心ついた頃……色々と想定は出来るけれども、きっとそれはあの夢を見た時からだったのだ。もう何も覚えていない空っぽの夢。境界視の契機としてしか記憶には無い、あの夢が全ての始まりなのだ。
雨音が聞こえる。
果てしなく響く滴たちは、未だ鳴り止む気配を感じさせない。
そんな日だったからだろうか、私はどうにも動き出す気にもなれず、とうにぬるくなった布団の中に埋もれていた。自らの身体を抱きかかえるように、潜る。少しだけ蓮子の匂いがして、嬉しくなれるから。
今頃彼女は大学で講義を受けていることだろう。だけど彼女の頭脳にしてみれば、それは退屈なものなのかもしれない。以前、そんな愚痴を漏らしていたのを覚えている。
だから、もしかしたら彼女も、私のことを考えてくれているのかな、と思った。きっとそうだと信じたい。だって私も、貴方のことを思っていたのよ。もし一方通行なら、不公平だとなじってあげたいくらいに。
手探りで布団の端を掴み、隙間を閉ざす。冷えた空気が入ってくるのは好きじゃない。羊水に眠る赤子のようにゆらゆらと沈み込む。回帰本能と言うよりも、逃亡欲求と言った方が正しいのだろう。あらゆる物から私は逃げている。雨音が、心臓の鼓動が、うるさくてうるさくてたまらない。不安だ。不安ばかりが募ってゆく。
蓮子が早く帰ってくればいいのに。その一心で耳を澄ませても、足音は聞こえてこない。望まない雑音ばかりが勢いを増す。
布団を被っているはずなのに寒気ばかりだ。歯が震えて、脈が乱れて、心がぐしゃぐしゃに壊れてしまいそうで。私はやっぱり、蓮子がいないと何も出来ないんだって自覚する。
だから息をいっぱい吸い込んで目を閉じるの。しあわせな夢を見る方法はそれだけでいい。
現実は切なくて、目蓋の裏すら悍ましいけれども、祈れば願いは通ずるはずだ。じっと瞑って逃げ出すのだ、この
上下も左右も分からずに、ひたすら回転する暗闇の錯覚。まるで宇宙に放り出されたかのように、私の平衡感覚は失われてゆく。
黒い湖の中を、一羽の鳥が無心に彼岸を目指して飛んでいた。翼は微動だにせず、ただあるべき場所へと帰って行く様子であった。美しき羽がはらはらと降りて、水面に道を創ってゆくのだ。微睡む黒猫の歩みはそこで
目を開けると、鍵の開く音が聞こえた。
「ただいま。メリー」
「……おかえり。蓮子」
驚きながらも、布団から顔を出す。蓮子はきっと笑っているのだと思った。
隙間に手を差し入れて、蓮子が私の手を握ってくれる。
「あったかいね」
素直な感想を零す。長い冬から醒めたようだった。
「メリーが不健康なのよ。布団の中に引き篭もっちゃって」
「あら、私は蓮子を待っていたのに」
「待っても待たなくても、私は帰ってくるわよ」
「それもそうね、蓮子は優しいから」
「分かればよろしい。ねぇ、何か食べたいものはある?」
「蓮子が作るものなら、何でも良いわ」
何ら特別ではない会話だった。それで十分だった。何気ない会話の一つ一つが、何よりも私たちを強く結びつけているのだから。遠慮など無く、互いに言いたいことを言った。笑いたいことを笑った。私は蓮子に笑顔でいてほしかったから、つとめて笑顔を作っていた。実際、蓮子がどう考えているかは分からないけれども、一つの幸せは保てていたのだと信じていた。蓮子と過ごした懐かしくも楽しい活動の日々を思い返す度に、あの時と変わらぬ彼女をいつまでも見ていたいと願っていた。
私は、私たちは、そうした日々を送っていた。
蓮子が講義に行っている間、私は布団に包まれていて。
蓮子が講義から帰ってくれば、私は布団から抜け出して。
そうして蓮子に手を引かれ、私たちは漸く活動を始められる。
そうしなければ、私はきっと生きてはいられなかったのだから。
――でも、そのままにはしておけない。
ゆえに、ある時蓮子が切り出したその台詞は、私にあらゆる絶望を与えたのだった。
何故? どうして? 何を考えているの?
まず感じたのは一連の疑問だった。理由が知れない、手段も知らない、蓮子の言葉自体が理解できない。宛ら地獄の釜の如くに沸々と沸き立つ問いは確かな熱を持っていて、そのどれもが、回答を求め狂っているのだ。
しかし、出てきた答えは一つだけ。私の根源が求めてやまない、一滴の真髄だけだった。
「今のままがいい」
殆ど喘ぐようにして、助けを乞う。蓮子がいれば、私は助かるのだから。
「駄目よメリー。このままじゃ」
だが、声はどこまでも残酷だった。私という存在を跳ね除ける冷たさで蓮子は語る。
「何か解決策を打ち出さないと、精神が摩耗するだけよ。生命活動は維持できたとしても、精神活動は一つとして機能しなくなる。メリー、それではいけないでしょう?」
いけない。つまり、悪い。私の生き方が不正だと、蓮子は考えているのだ。誰かに――蓮子に寄り縋ってしか立てない今の私は、なるほど確かに歪だろう。歪であるがゆえに自立できない。そもそもここに立つ形として作られてはいないのだから。
目の前が真っ暗になってゆくのを感じた。蓮子に対して何も希望的なことを祈れないのだと、悟っていたのだ。
「ああ――随分とやつれたわね。マエリベリー・ハーン」
知らない声がした。
「いったい何が……」
蓮子が私の身体を引き寄せる。当惑する口調とは反対に、その腕には確かな力が込められている。私を守ってくれるのだろうか、と思った。徐々に視界が鮮明に戻って行くのを感じた。目の前にあったのは、結界の裂け目に覆われた影の姿だった。
「貴方たちもいらっしゃいな」
そして私は、新たな空間が開いてゆくのを見た。次いで二つの気配がそこから現れる。
「私たちは、貴方たちの神様よ。美しく儚い貴方たちに、月面旅行をプレゼントしに来たの」
先の影とは異なる、優しい声が語りかける。子供に言い聞かせるようだった。もし本当に神ならば、確かに私たちは子供なのかもしれない。
「どうして私たちが?」
「『貴方たちはここに生きていた』ただそれだけの理由で良いのよ」
ゆえにこの回答も、大した驚きをもたらさなかった。神にとってこの程度の不遜は当然のことだろう。
しかし、そうは受け止めない不敵の者がここに居た。
「神様って言うなら、証拠を見せてくれる?」
そう、宇佐見蓮子はいつだって挑発的に世界の表象を懐疑してきた。自分こそがあらゆる真理を解き明かせるのだと、彼女は信じきっている。如何なる真理も自身の眼で確かめるのだと、彼女は全てに臨んでいるのだ。
だが、この鋭い視線に対しても、対峙する影は一切の動揺を示さない。
「ならば、お見せしましょう」
静かに宣言が下され、神秘的な風が密かに掠めた。
そうして最初に現れた神の指先を錯覚した瞬間――夥しく罅割れていた世界の裂け目が、全て、
眼前に広がる全景に、私は得体の知れない恐怖を覚えていた。一切の爽快感が無い、正しく与えられたという形容が似合う視界である。
その認め難い世界に、私は三つの姿を発見した。
一つは最初に現れた、裂け目ばかりの影。詳細は未だ見通せないが、引き裂かれたシルエットは傘を差した女性のように思えた。
二番目に認識出来たのは、あまりに奇妙な女性だった。
頭の上には地球らしき物体が乗り、それを支える海の如くに完全なる青の髪が流れ落ちている。更に視線を落としてみれば、身に纏っているTシャツがそれはそれは奇抜なデザインではないか。勝手に押しかけておきながら"Welcome Hell"である。これが今風の死神スタイルなのかもしれない。そうでなければいったい何の異常だろうか。如何に奇天烈千万の卯東京や信州のサナトリウムと雖も、彼女に及ぶ者などいないだろう。
ここで暫く、ぽかん、と呆気に取られていたのだが、隣に立つ者の気配を見るや否や、間抜けな私の口は忽ち塞がった。
さて、その三番目の外見について語るべき点は、恐らく多々あっただろう。燃えるような金の髪に、中華風の豪奢な装い、細かく挙げてゆけば注目すべき点ばかりに違いない。だが、私はそれらを特に重要だとは思えなかった。問題は全て、彼女の内に押し込められた本質にあるのだと直感していたのだ。
三者三様――全て強大な個性を有して存在しているのだと、一目見ただけで思い知る。敢えて共通点を挙げるならば、異常の一言に尽きるだろう。
「ねぇ、蓮子。信用するかはともかく、この人たちの言う通りにした方が良いかもしれない」
「でも――」
「もし私たちに危害を加えようとしているなら、とうにそうしているはずだもの」
嘘は言っていない。この
そしてそれは、間もなく蓮子にも伝わった。私の視線が、蓮子の瞳を真正面から捉えていたのだから。
だからこれ以上、反論は無かった。暫しの沈黙の後、蓮子はいつも通りの冷静に帰った。
突然の寒風に、果ての無い思考が覚まされる。
源を辿ってみれば、窓が開いているのが分かった。三番目の女性の姿が空を前にして両手を広げている。そうして月を眺める彼女の瞳がこの上なく澄み透っているのを発見すると、私は冷たく恐怖するしかなかった。底知れない深淵を覗くようだった。執念とでも呼ぶべき純粋な理由が、紅の眼を満たしている気がしたのだ。
「月の羽衣は、私の能力によく似ています」
彼女の手が虚空を掴む。
開いた掌からは光が生まれていた。月の光だった。
「これは月の光で織られたゼロ質量の羽衣――月面への移動手段の一つよ」
傍らの影が語る。あまりに超常的で、一片の理解も出来なかった。
「何と言うか、常識外れねえ。原理は不明だし」
それは蓮子にとっても同じようで、素直に降参を認めるだけだった。ただ、内心では猫よりも猫らしい好奇心を疼かせているのだろう。普段の二割増しで目が輝いているのが面白くて、少しだけ笑った。
「月と地上を繋ぐものであればそれで良いの。元々、あるべき所へあるべき物が帰るための縁だから。混沌の夜空から月の光だけを純化する。時代は移れど、この本質だけは変わらない」
「つまり、月と地上の通路の象徴として、月光が適しているということかしら?」
「半分正解ね。別に月光じゃなくても良かったのよ。ただ、月には月光しか無かったから」
「でも、月の光って太陽光の反射でしょう? 間違って太陽に行っちゃわないか心配だわ」
「その時は翼を失って、地上に墜ちるだけよ。だけど別に心配は要らないわ、月光はあくまでも月の光だもの」
私が未だ十分に説明を咀嚼出来ないでいる中、蓮子は様々な思案を試みては疑問していた。私なりに理解してみるに、月光と通路のイメージの類比が主観的に形成され、それが現実として展開しているということだろうか。とても物理学的とは言えない結論で、蓮子はどう考えているのだろうと気になったが、突然の横槍に尋ねることは叶わなかった。
「用意も出来たことだし、早く行きましょうよ。待ちくたびれたわ、純狐」
「そう焦ったところで、我々の仕事はまだ後です。待つというなら私たちは永遠に待った」
「しかし、貴方の言も尤もです、ヘカーティア・ラピスラズリ。万端整った今、勿体ぶることに意味はありませんから。では、始めましょうか」
三者のやり取りを眺めながら、私はまだ彼女らの意図を掴めずにいた。明らかに、何かの目的があってのことだと知っているのに、それを訊き出す術については全く見当が付かないのだ。
圧倒的な上位者の意のままに操られる人形。今の私たちはきっとそれなのだろう。
だからこそ、こうした状況を最も嫌うであろう蓮子が未だに反論しないことを、私は不思議に感じていた。そしてそれが、寧ろ私を冷静にさせてもいた。少なくとも蓮子が平気なら、私も大丈夫なのだろう、と。蓮子に委ねる生活が続いていたからなのか、元々蓮子の能力を信じていたからなのかは分からない。ただ、この真実だけは変わらない。蓮子がいるから私は安心していられるのだ。
そうした考えに耽っていたので、私は目の前の気配に気付けなかった。
「さようなら。穢れ無き神の都へ」
純狐と呼ばれた女性が、私に羽衣を被せる。
やはりその目も、言葉も、私たちの方を向いているようには思えなくて、どこか遠くの、或いは最も近い彼女自身の内側へ閉じているのだと感じた。
私たちと彼女たちとでは、あまりに全てがずれている。ふと、lunaticという形容が浮かび上がった。そして今になって気付いたのだ。純粋な月の光で織った羽衣は、紛れも無く狂気の塊だということに。
この事実に蓮子は気付いているのだろうか、と視線を遣るも、彼女もまた既に羽衣を纏ってしまっていた。彼女たちにも一言二言の会話があったようだが、私には何も聞こえない。帰るにはもう遅く、私たちはそのまま昏い空へ昇って行くのだった。
「……これで本当にあの嫦娥を討てるというのか? 八雲紫」
空へ昇る二人を見届けながら、純狐が問うた。
「ええ。元々貴方たちの計画は完璧に近かった。その僅かな穴を埋めるのが彼女たちですわ」
扇子で顔を隠しながら紫は笑う。どうにも信用出来ない笑みだったが、それを追及したところで彼女は正対してはくれないだろう。
「まあ、私たちのすることは変わらないから、気にしないで良いんじゃないの? 単なる寄り道よ、こんなの」
剣呑に、或いは鷹揚に対峙する彼女たちとは違い、ヘカーティアはどこまでも暢気だった。暢気というよりは、興味が無いのだろう。裏で策を練らずとも、実力で勝負すれば勝利出来る力が彼女にはあった。ゆえに、このような小細工に遊び以上の意義は無い。
「だから八雲紫、貴方には感謝するわ。小賢しい月の賢者共の相手を、引き受けてくれるというのですもの」
本当に、心の底からと言うように、彼女は紫に賞賛を送っている。神の不遜などではなく、純粋に煩雑な些事を除いてくれたことへの礼だった。そしてそれは純狐にとっても同様らしく、両者が似通った性格だということを物語っている。
「それでは、計画通りに行きましょう。全てが終わった暁には、また夢で会えることでしょうから」
それだけ言い残すと最早用は済んだというように、この場から三人は消えた。後には何も無かった。無論、京都の結界にも一つとして穴は残さない。ここでの出来事は跡形もなく、冴え渡る月夜の闇の中へと消えていった。
朧気ながらも意識を取り戻せたのは、恐らく宇宙の中でのことだった。もう少しロマンチックな世界だと思っていたのだけど、予想に反してひたすら殺風景だ。殆ど黒一色の世界を、ただどこかに向かって私たちは飛び続ける。
「メリーも目を覚ましたのね。どう、初めての宇宙旅行よ!」
爛々と目を輝かせる蓮子とは対照的に、私は少し憂鬱だった。遥か38万キロの旅路を、私たちは無事に終えることが出来るのだろうか、と。
「ねぇ蓮子、これってどれくらい掛かるのかしら?」
「うまく月と星が見えれば計算出来ると思うけど……今は無理ね。真っ暗だし。ま、三日と少しくらいじゃないの。アポロ11号的には」
そんなにも長い間、飲まず食わずで生きられるとは思えない。それに、そもそも宇宙服だって着ていないではないか。自称神様たちが超常的な力で守ってくれているのなら良いのだけれども、そこまで信用出来る雰囲気でもなかったと思い出し、溜息を吐いた。
「あぁ蓮子、不安になってきたわ」
「きっと大丈夫よ。もし死んでも宇宙葬だし、手間が省けるわ、色々と」
「……笑えないわよ」
軽口を交わす間にも、また意識が薄れてゆくのが分かった。決して不快なものではない。まるで一時の自然な快楽に身を任せるように落ちて行く。月に引かれて、私たちは丸ごと墜ちて行くのだった。
果たして到達した月の都は、やはり私たちの知る月面ではなかった。
クレーターどころか一片の瑕疵も無い氷の都。全ての時間が停止しているかの如く、清廉と静謐に満ち満ちた都市だった。妖の巣食う郷にしてはあまりに華々しく、神の住まう都にしてはあまりに寒々しい。
傍らの相方の顔を見遣る限り、それは間違ってはいないようだ。宇佐見蓮子もまた、同様の思考を試みているに違いない。
ゆえに浮かび上がった感想も、強ち的外れではないのだろう。直感したのだ。この都は、死んでいる――と。
そう、等しく死んでいる。一見すれば豪奢な街並みも、今やあらゆる色彩を失している。結晶化した白銀の都市だ。人為的に、或いは神為的に並べて凍てついた霊威は、一切の動的なものを有していない。
「……やっぱり、おかしいわね。これじゃまるで、本当に……」
黒い天蓋を仰ぎながら蓮子は呟く。いつもの彼女には似つかわしくない不安の色だ。ついに月面旅行を果たしたというのに、その表情には少しばかりの翳りがあった。
何故そんな顔を見せるのかと、私は蓮子に問いたくなる。その意に反するように、また尋ねたくないという思いも浮かんできた。彼女が憂うような不吉など、知りたく思えるはずがなかった。
「メリー。驚かないで聞いて」
しかし、彼女はそこで歩みを止めはしない。当然だろう。それが宇佐見蓮子なのだから。何があろうと、彼女が臆病者であるわけがないのだから。
「ここは、百年前の月の都よ」
再び空を見上げた彼女が、そう宣言した。一瞬、全ての歩みが止まる。だが、それはあくまでも一瞬のことで、私はあまり現実的に驚くことは出来なかった。
「……そ。じゃあ行きましょ、蓮子」
「って、それだけ? もっと何か反応があっても……」
「蓮子がそう言うなら、間違い無いんでしょ。それとも、不安なの?」
不安と言うよりは、不満。そんな視線を背中に浴びながら、私は都の奥へと進んで行く。実際、立ち止まって悩んだところで意味なんて無いだろうし、それよりは良い選択だと私は思っていた。後ろから追いかけてきた蓮子の文句を聞き流しながら、見事な氷の神話を観察する。古き日本の理想郷――正しくそういった形容が似合うだろう景色だった。未来に生きる私たちはきっとこの美しさを知れないのだと、悲しくなるほどにそれは綺麗で、蓮子の感想ばかりが気になっていた。
そうして、数十分は歩いただろうか。ついに私たちは、白く眩い神の姿に邂逅した。
その白鷺の如き片翼は、彼女が神性を有していることを雄弁に語っている。白銀の髪も、紅の眼も、正しく人間離れした美しさであって、やはり月は狂っているのだと悟っていた。
彼女は稀神サグメという、月の神だった。
「お客様は神様だから、貴方たちが良きお客様でありうる限りは歓待するわ」
彼女の理屈は正直よく分からないものだったが、私たちにとって悪い話ではない。そもそも月に足を踏み入れた時点で、私たちの身の安全の保証などどこにも無いのだから。
私たちは様々なことを質問し、その分彼女は様々なことを尋ねてきた。
月には神々が住まうということ。神々は穢れを、変化を忌避するということ。今の月の都は凍結されているということ。月にはやはり兎がいて、餅をついているのだということ。
地上には科学が飽和しているということ。科学は地上と月さえ繋ぎうるということ。主観が真実か客観が真実かということ。夢と現実には区別が無いかもしれないということ。
そして、結界暴きをしているということ。
「結界の境目が見えるって、本当?」
稀神サグメが、私の瞳を覗き込む。私は頷くしかないのだと分かっていた。
「それは地上でも?」
再び首肯したが、私はこの問いをおかしく思っていた。結界の境目は、「地上でも」見えるのではなく、地上でしか見たことがないのだから。
ふと意識を相手に戻すと、彼女もまた何かを疑う視線をしていた。月の神にとっても、私の能力は不明なのだろうか。
「何か気になる点でも?」
長い沈黙に痺れを切らし、蓮子が口を開く。鋭く追及する物言いだった。
「そうではないのだけど、私からは、まだ……」
対して彼女の答えは曖昧だ。暫し考え込むように、口元の左手が表情を更に隠す。不用意な発言を必要以上に避けているという印象だった。唐突に現れた饒舌な自称神様とは正反対だと思った。
「……良ければ少し、貴方の能力について教えてほしいわね。現状じゃ判断材料が不足しているから」
漸く切り出された台詞は、ごく単純な質問だった。何のための材料なのかは不明だが、これもまた、彼女の言う通りにすべきなのだろう。念の為、蓮子の方を窺ってみたが、恐らく相方も同意見であるように見えた。
そして私は、私の能力について知りうる限りの説明をした。最近では能力が強まり、視界の殆どを裂け目が覆うようになっていたということも話した。またそれが、突如現れた影によって忽然と消失させられたことも。
稀神サグメは、この説明についてやはり懐疑的な表情を浮かべていた。曰く、千年以上に渡る京都の結界が、それほど脆弱なはずはない、と。しかし、だとしたら私の見たものは何だったのだろうか。経験的に、また直感的に、あれは間違いなく結界の境目であると確信しているというのに。
「全ての鍵は、恐らくその影が握っているのでしょう。そして私は、その影の居所に心当たりがある」
思考を終え、稀神サグメが口を切る。私たちにとっては、あまりに都合の良い話だった。あの影とはどちらにせよ、遠からず決着を付けなければならない気がしていたのだ。秘密を秘密のまま終わらせることなど、誰も望めるはずが無いのだから。
「そこまでの移動手段はどうするの? そもそも、私たちが行ける所なのかしら……」
「簡単よ。そこは誰もが知っている地点、夢の世界。時間も場所も、来た道を戻れば迷わず辿り着けるわ」
「戻ろうにも、この羽衣じゃ厳しそうね。頭がぼうっとしちゃってあまり好きじゃないの。今聞いた話について考える時間も欲しいし、もっと良い移動手段は無いのかしら?」
「それならとっておきを用意しましょう。殆ど一瞬で、海と山を繋ぐ秘術を」
彼女が空間に出現させたのは、透き通る紫紺の珠であった。淡く光を放ちながら、非現実のものであるかのように浮かんでいる。
「でも、一瞬だったら考える猶予は無さそうねえ」
「あら、現実的には一瞬だというだけの話だから大丈夫よ。夢の中では貴方は何にだってなれるし、何にだって答えられるわ。私の言葉が保証します。私の言葉で、運命は必ず逆転し始める」
語りながら、彼女は右手を揮う。珠の光が一際強まり、私たちの方へと近づいてくる。
「さあ、貴方たちの真相を暴くべく、かの妖怪の元へ向かえ!」
紫紺の珠が輝き、白銀の景色が歪んだ。一面は全く光に塗り潰されて、私たちの意識は夢に失われてゆく。如何なる神聖さも身体から分かたれ、氷の都の終わりを感じていた。
宇宙よりも宇宙らしい星々の夢、縦横に走る思念の海の中で、私たちは再びあの妖怪と出会った。最早それは、裂け目ばかりの影ではない。顔の半分を覆い隠す仮面の結界を除けば、少なくとも外見は完全な人の形だった。
「奇遇ね」
胡散臭い雰囲気に、白々しい挨拶。指摘することさえうんざりするような余裕を前にしながらも、私たちは奇妙な平静を保てていた。
「彼女たちも、あそこにいるのよ」
指先の方角へ視線を向ける。そこに居たのは、あのとき共に現れた二人の姿、そして紅白の巫女だった。煌びやかな弾幕が宇宙の如くに鼓動しては消えて行く。彼女たちの想念がそこに結晶しているのだと直感して、綺麗な純粋さに心が震えた気がした。
「まずは無事帰還を果たせたことを祝福するわ。おめでとう、宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン」
如何にも喜ばしいことなのだと演出するかのように、全くの感情を伴わない所作で彼女は寿ぐ。嫌悪感しか呼ばない物言いだった。彼女の吐く台詞は全て、形式だけをなぞる言葉だと知っていた。そう、何もかもが既知の範疇。分かり切っているのだから面白味など欠片も無い。
ゆえに彼女の名もまた、私にとっては新鮮ではなかった。
「……八雲紫」
記憶の底に沈んでいた名前は、拍子抜けするほど容易に取り出せた。私はこの名前を最初から知っていたのだと
思い出すのは緋色の悪夢。私に世界の裂け目を教えてくれたのは、毒々しいほど眩しい彼岸花の葬列だったのだ。何故今まで忘れていたのだろうか。本来、私にとっては重大な変化の契機だったはずだというのに。
顔を上げれば八雲紫の口端が冷笑しているのが分かった。境界を弄ぶその姿はやはり、彼岸花の夢で直感したものと相違なかった。
「やっと私を思い出してくれたのね。嬉しいわ」
私はもう、彼女の言葉について考えたいとは思えなかった。彼女が何を喜んでいるのかも、そもそも喜んでいるのか否かということも、意味の無い思案だと言い聞かせて、そのまま目を覚ましてしまいたかったのだ。
「ねぇ、八雲紫。メリーをいじめるのは止めにして、私の話を聞いてほしいのだけれど」
蓮子の声が聞こえてきて、ふと我に返る。いったい何を、彼女は挑戦しようとしているのだろうか。
「私たちをわざわざ月まで送った貴方の意図についての仮説よ。面白そうでしょう?」
「それはそれは。ぜひ楽しませてもらいましょうか。宇佐見蓮子」
私とは違って、両者は揺るがぬ自信を存分に表していた。得体の知れない存在を前にしてなお退かない蓮子の勇気に、私は胸の奥が苦しくなった。本来なら、私がその隣に立って蓮子を助けてあげなければならなかったのに、それが出来ない今の自分が惨めで堪らないのだ。
「まず稀神サグメについて。一応、月の民に関しては色々と教えてもらったのだけど、彼女はその中でも極めて異質な存在だと判断出来るわ。穢れを、変化を嫌う月の民の中で、変化を引き起こしうる能力、運命の逆転を有しているんだもの。これだけじゃ根拠は不十分だけど、彼女の歪な神性も見て行けば十分になるわ。サグメという名は、きっと天探女に繋がるのでしょうから。天津神でも国津神でもある存在――まさに月の都の異分子よ。恐らくあの片翼も、その象徴だったのでしょうね。
そしてその異分子の利用が、貴方の狙いだった。月の都は永遠に不変。その前提を崩すためには、彼女を利用するしかなかった。まるで癌細胞、一種のアポトーシスね。神を崩すには神の力を、なるほど合理的な方法だと感心するわ。
でも、これだけなら百年後の人間を利用する理由にはならない。だから私は考えて、ある一つの結論を導いた。つまり、稀神サグメの能力は、万能ではないということ。言葉を発する主体は勿論として、言葉を受け取る客体も重要になるという仮定をしたの。そこで百年後の人間が求められるとしたら、理由は科学技術にあるのだと推測出来るわ。丁度人々が月に到達しようとしているこの時代が選ばれたのは、決して偶然でも無作為でもない。人と神の境界が無くなる、そんな変化を神が易々と受け入れるはずが無いから、彼女の能力で変化の契機を作っておかなければならなかったのよ。それによって、貴方の目的は達せられる。月の都が人間の倨傲を受容するという、空前絶後の夢が叶うはずだった。ま、結果はまだ分からないけれどね」
最後は少し冗談めかして、蓮子は一連のあらましを説明し終える。私も多少推測出来ていた部分はあったのだけれども、正直ここまで途方も無いスケールの計画だとは想像していなかった。
「でもあと一つ、一つだけ謎が残っている。そしてそれは、何故私たち秘封倶楽部が選ばれたという問題にも関わること」
帽子を押さえ、俯きながら蓮子は呟く。それは私も気になっていた謎だろう。つまり――
「……貴方の名前を聞いてから、私はずっと考えていた。貴方――八雲紫はメリーと何か関係があるということを。何か重大な関係があるに違いないって、私は思うの」
躊躇いながらも蓮子は言葉を紡ぐ。それは自信に満ちた推理などではなく、切実な響きを持った問いだった。
その言葉を聞いた途端、八雲紫は凄絶な笑みを湛えたまま、嫣然として身体を震わせる。意想外の、或いは全く予想通りの反応を発見したのだと言わんばかりに、彼女は純粋に歓喜していたのだ。
「私は、メリーなんて人間とは関わっていませんわ。マエリベリー・ハーン――その名前にしか、意味は無いのよ。だからその子がメリーで居続ける限り、彼女は無事に救われる」
私には、彼女の言っていることが理解出来なかった。私はマエリベリー・ハーンで、そしてメリーだ。そう叫びたかったのに、何一つ声を発することは出来なかった。
「その子は私の写し身。私が境界を開くための目印でしかない。ハーンの名も、私と彼女を繋ぐ偶然でしかない。誰でも良かったのよ。今ここに、この時代に、境界を開く信仰を捧げてくれる者であれば。きっと貴方たちも、紫紺の珠を見たでしょう? あれは言葉の力を封じた珠なの。私が稀神サグメの存在と能力に気付いたのも、それがきっかけ。都市伝説の現実化よ」
私のアイデンティティが、取り返しの付かないほどに崩壊していくのが分かった。否定したかった。規定したかった。それなのにやっぱり私には残された言葉が無かった。彼女の説明が、今までの現実に違わないものだと最もよく知っているのは、私自身だったからだ。
私が救われるのは蓮子と一緒にいるときだけ、メリーで在りうる私だけで。マエリベリー・ハーンとしての私の世界は、どうしようもなく罅割れている。あの時だってそうだった。蓮子と私の意見が対立したとき、蓮子と私の隔絶を感じたとき、私の視界は全て裂け目に隠されてしまっていたのだ。
「なるほど、ね」
流石の蓮子の弁舌も、この事実の前では一旦止まらざるを得なかった。仕方のないことだとは思う。蓮子は今の私をどう考えているのかと不安になった。私にその気が無かろうとも、これは裏切りのようなものなのだから。
しかし、次に蓮子が発した台詞は、そのような不安とは全く違うものだった。
「だったら仮にハーンの名が無くなれば、貴方とメリーの関係は切れるってわけ?」
「そうかもしれないわね。理屈の上では」
「或いは、貴方自体を消してしまう、とか」
「それはまた、大胆な方法ね」
「でも、不可能ではない」
蓮子はまだ、真相を解き明かし、根底の前提を転覆することを目指している。それは蓮子が最初から目的としていたこと、私の症状を完全に治すことだった。
「私はね、メリーを返してほしいのよ。秘封倶楽部にとっても、私にとっても大きな損失だわ。だから私はもうメリーを離さないし、貴方だって消してしまうことにする」
蓮子の結論は、私に対して、そして恐らく八雲紫に対しても衝撃的なものだった。なんという果断だろうと、八雲紫の瞠目が物語っている。
「でもその前に、メリー、貴方の気持ちが知りたい。貴方が望んでくれなきゃ、私は勝手に決めるわけにはいかない」
蓮子がこちらを振り向く。曇りの無い笑顔だった。一度視線を返し、改めて八雲紫の方を見据える。
不思議なことに、彼女に対して一切の恐怖を感じなかった。きっとここに帰ってくるまで、私たちが秘封倶楽部だったということを、私は忘れていたのだろう。だから思い出した今、目の前にある不思議はただ私たちが求めた物で、恐怖する必要など何一つ無かったのだ。
ゆえに私の結論も一つだけ。蓮子と同じく、八雲紫と決別することを選ぶ。たとえそれが、境界視の能力を失うことを意味するとしても、後悔などあるはずが無いだろう。他ならぬ蓮子が私を選んでくれたのだから。蓮子が私を信じてくれているのだから。
「私の考えも蓮子と同じだから。遠慮なくやっちゃっていいわよ、蓮子」
最高の笑顔でそう答える。待ってましたと蓮子は目を細め、また飛び跳ねるようにして身体の向きを戻す。
「夢の中でなら、何者にだってなることが出来る」
そう呟きながら右手で銃の形を作り、蓮子は真剣な表情で八雲紫と対峙する。銃口を向けられてなおも余裕を見せる彼女の嘲笑が、一切の躊躇を消失させていた。
「今の私は、さながらシューティングゲームの主人公よ」
蓮子が引き金を引く。
八雲紫の、仮面の結界が弾け飛ぶ。私と視線が交差する。
一瞬の後、銃声が轟き、八雲紫は消えた。
そして、恐らく一瞬で、私たちは暗い山の中にいた。
海と山を繋ぐ紫紺の気配は見事に霧散していて、如何なる超常的なものも見当たらなかった。全ては夢の中の出来事で、だから、私たちの身には何も無かった。
数時間に渡る深夜の下山体験だけが、私たちの身体の記憶だった。
「こうして地上が無事なのを見るに、計画は無事に済んだようね。感謝するわ、稀神サグメ。貴方の能力が無ければ、私はこの光景を見届けられなかったから」
「どういたしまして。今回限りよ」
科学世紀の京都の遥か上空に神と妖が立っていた。この地上を一望しながら、二人は友人のように語らっている。変わらぬ余裕と愉悦の笑みを浮かべる紫に対し、サグメの表情はどこか硬質な真剣さがあった。
「でも……正直、まだ安心は出来ないわ」
そう、サグメは不安を拭い切れてはいなかった。月へ行く手段が未だ確立していない文明だから、月の賢者たちは手を出していないだけかもしれない。いざとなれば一夜で地上の全てを凍結させることさえ、彼らには出来てしまうのだから。
「バベルの塔ね。穢れた地上人が神の座へ駆け上がることなど、貴方たちにとっては僭上以外の何物でもないでしょう」
沈黙するサグメの思考を読み、紫は微笑む。それはあまりにありきたりな物語だろうと、神々の不変が滑稽に映ったのだ。
「その考えが何よりの不遜だと思っているのでしょう?」
「いいえ、穢れを忌避するのは責められることではありませんから。ただ、穢れ、変化し、進化した人々の努力が、神の一存でふいになるというのは、あまりに残酷な話だと思いまして」
「……」
サグメは、紫に対し不服の視線を投げるだけだった。あの二人の人間に対して紫のしたことも、果たして残酷だったのだろうか。彼女にはそれが読めなかった。彼女もまた、八雲紫を利用した一種の共犯者であるから、判断は困難だった。
今や京都の街並みは、科学の飽和する都市である。至る所の神様は退けられ、日本中が神の墓場と化していた。月の民の中で唯一、サグメがその痛みを知っていた。月の神は最早、地上の信仰無しに在り続けている。国津神部分を有する彼女だけが、地上の変化を知っているのだ。
遥か足下では、人々が忙しなく動き回っているのが見える。ここでは何もかもが絶えず前進を続けているのだと、改めてサグメは思い知らされていた。
「どう? 地上も悪くはないでしょう?」
「残念だけど……そうとは言えないわね。私はまだ、穢れられないから」
「そ。気が向けばいつだって歓迎するわよ。たとえそれが、お高くとまった月の民であろうとも」
それだけを言い残し、紫は元の幻想郷へと帰った。後にはサグメだけがいた。天津神として、国津神として、彼女はいったいどのような凶兆を見出しているのだろうか。そしてそれを、どこに告げるのだろうか。かつての舌禍が計画通りに働いているか否か、未だ彼女は知りえなかった。
定められた視線の先には、睦まじく語り合う二人の人間の姿がある。かつて出会った未来の人間。秘封倶楽部の二人だった。
あの月面旅行の翌日、私と蓮子は行きつけの喫茶店に来ていた。私が外に出られるようになったので、前のように出掛けたくなったのだ。
今日は何を話そうか、と窓の外を眺める。忌まわしく世界を覆っていた裂け目はもう見えない。清々しい気分になれるかと思っていたけれども、まだ違和感の方が大きかった。
蓮子もまた景色を眺めていて、何か物思いに耽っている様子だった。あんなことがあったのだから仕方ないと思い、そのまま二人とも無為であった。たまにはこんな風に穏やかな日常があっても良いと思った。
だが、注文したコーヒーが届くや否や、蓮子は唐突にこんなことを言い出した。
「では、秘封倶楽部作戦会議を始めます!」
「……え」
唖然、呆然、今の私の状態を形容する言葉は色々とあったかもしれないが、蓮子の正気を疑っているという点では全て大差無い表現だった。
「え、じゃないわよ。いつ誰が解散って言ったのよ」
まるで当然のことだと言うように、蓮子は傲然と胸を張る。私の眼の能力はもう無いのだと、蓮子も知っているはずなのに、果たして活動を続けられるのだろうか。
「たとえ結界の境目が見えなくても、私のこの目は結界の開く時間と場所を逃さない。それともメリーは、能力が無いと満足に活動も出来ないのかしら?」
その自信満々な態度が、かえって面白くて堪らなかった。それで、私の知っている宇佐見蓮子はこうだったと思い出した。最近の、私に気を遣ってばかりの蓮子はやっぱりおかしかったんだと気が付いた。
「……遅刻ばかりの蓮子が偉そうにしちゃって。仕方ないから私もついていってあげるわ」
だから私も、彼女の知っているメリーに帰ることにしようと思った。正直、今の蓮子のテンションについていくためには、それくらいしか方法は無いのだから。
「それで蓮子、次の活動場所は決まっているわけ?」
「ばっちりばっちり。実はというと、メリーが引き篭もっている間に色々探していたんだよね」
蓮子の鞄の中から次々と写真や地図が取り出されては並べられてゆく。どれも中々雰囲気のあるもので、私は期待を抑えられずにいた。そしてそれは蓮子にも言えることで、次から次へと解説を続けている。
「じゃあ今夜はこれにしましょ。ここからも近いし、良いリハビリになるわ」
そうして蓮子が指差したのは一枚の暗い神社の写真。間髪入れずに頷いて、久々の活動に今から胸が高鳴るのを感じていた。
「それじゃ、いつも通りに」
「新生秘封倶楽部の、活動開始よ!」
やや依存症気味、それでもしっかり絆を見せてくれる二人が良かったです