Coolier - 新生・東方創想話

深夜喫茶

2015/11/25 01:19:17
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杏のジャムが食べ頃かもしれない。

十六夜咲夜は深夜の紅魔館の厨房で作りおきのパンをフライパンで焼きながらそう思った。
トースターなんて気の利いたものは無いから深夜のつまりこの館においては通常の勤務時間中に小腹が空いたとなれば保存の為によく焼いて水分を抜いたパンを切ってフライパンで焼いて食べる事になる。
幸い、家庭菜園という訳でもないけれど館の庭に植えてある各種果物の樹から採取して煮詰めたジャムがあるからパン食は苦ではなかった。
庭からコーヒーは手に入らないから紅茶という事になる。
勿論里に行けばインスタントのコーヒーは手に入るけれど割合高価なものだから購入を躊躇してしまう。
館の中でコーヒーを飲むのは自分一人であるから、つまり使用人の為に館の金を使うというのはあってはならない事であった。

何時食事をしているのだと、主であるレミリア・スカーレットから訊かれる事がある。
私が寝ている時に済ますのか、と問われたので食事の支度の最中にする味見で満足してしまうと答えた。
その時、主は何か別なことを言いたそうな顔をしていたがまあ身体も崩れないしいいだろうと言った。

時間を自在に出来るから、発酵食、熟成して良くなる素材を扱うのは得意だ。
例えばチーズ等は特に。
紅魔館は幾つかの特権を有している。
幻想郷という狭い世界を単独で破壊する力を持つ特別な勢力だと認められているから各種の恩恵が特権の付与という形で齎されている。
現在の外の世界で全く手に入らなくなった生乳や牛肉や鶏肉等の生鮮食品の優先的な配分が認められているのがその一つである。
外の世界の荒廃によって幻想郷はオールドな自然の恩恵を享受する事が逆説的に可能となっているが幻想郷という規模の小さな世界においては受けられる恵みもまた小さなものであった。
その小さな恵みの中でも特に貴重な生鮮食品の優先的な分配が認められている事がどれほど大きな事か。
おかげで紅魔館の厨房は魅惑の美食の宝庫となった。

生鮮食品の分配はだいたい数ヶ月に一度の割合で行われるから、つまり保存が重要であって、生乳はチーズに。
生肉はその日食べる物以外は塩蔵したり燻製とする。

加工は全てこの厨房で行うのだ。
生乳を、銅鍋に入れる。
ゆっくり撹拌しながら90ºFまで全体的に加温する。
乳酸菌を(自家製)投入してレンネットを入れて数十分後に生乳は凝固を始めて水分が分離を始める。
水分だけを軽く切って凝固物を混ぜあわせて加温する。
この時の温度がとても重要だ。
ソフトチーズに仕上げるならば105ºF程度。
ハードチーズに仕上げるならば131ºF付近で加温し続ける事が望ましい。
チーズ作りとは如何に温度を管理するかという点によって味や食感が左右されるのだ。
勿論元の素材の味も重要だが手を加える以上どうしてもその技倆によって左右されるだろう。
さて、加温を終えたフレッシュチーズは型に詰めて圧搾する。
紅魔館のチーズはハードチーズだからここで強い力が必要となる。
圧搾機という都合の良い機械がない以上手で搾るしかないから、そういう時は紅魔館の門番を厨房に呼ぶ事にしている。
彼女はとても力が強いので、さらに微妙な力加減も利くからこういう時に大変頼りになるのだ。
圧搾を終えチーズを型から出して24時間後に塩水に漬ける。
ある理由から塩水に漬ける時間は短くて良い。
本当はここでかなりの時間を要するのだ。
味付けを終えたらいよいよ熟成だ。
ハードチーズなので湿度の高い、しかしながら最高でも54ºFの熟成庫に入れて待つ。
ここで普通熟成に12ヶ月は必要だが紅魔館においては数日の事だ。
この故も知らぬ能力の賜物である。
わずか数日で硬質で濃厚なアルチザナル・チーズの出来上がりである。
だいたい10Lの生乳から2ポンド程度のチーズが生成される。
保存の為とはいえ贅沢な事に違いない。

肉はサラミにするのだ。
ひき肉の水分を抜いてハーブを敷き詰めて腸詰めにして90日間熟成させたものをサラミと呼ぶ。
ドライソーセージは日持ちもするし味わいも深いから重宝する。
これも僅か数日で熟成が完了する。

庭で取れるトマトをドライにしてパンに敷く。
削ったチーズと薄切りのサラミを載せてオーブンへ。
絞ったオリーブを振りかけて召し上がれ。
これが普段の紅魔館の軽食となるのだ。
特に図書館の魔女からは手軽に食べられるので大層気に入られている。
葡萄酒にも合うからハーブや味付けを変えるだけで幾通りにも楽しめるだろう。
最近は唐辛子の抽出液を熟成させた辛いソースで食べる事が魔女のお気に入りとなっている。
あのソースを作るのは目が痛くなるけれど。

勿論パンだって特製だ。
挽きたての粉をこの手で捏ねるのだ。
紅魔館のメイドは何だってやってのける。
それにしてもこの館の庭には呆れるほど様々なモノが植えられている。
門番の主な仕事といえば最近ではもっぱら作物の管理に注力している有り様だ。
そろそろ別の役職名を考える時が来てるのかもしれない。
けれど、その野菜や香草や果物が驚くほど食卓を豊かにしているから文句もない。

焼きたてのパンの香りを嗅いだ事が貴方はあるだろうか。
オーブンから出したその瞬間の香り、身体にまるで衝突するかのように荒々しく立ち上る小麦の蒸気。
粉を捏ねて叩き鍛えて成型して熟成させるという身体を大変に消耗させる工程もこの香りがすべて労ってくれる。
十六夜咲夜は人間だ。
だから、穀物から立ち上る香りに生命を繋ぐ為に最も大事な要素が詰まっている事を身体が知っているのだ。
これがなければ生きていけない。
何物も欠けてはならない。
パンも肉も野菜も果物も。
それらはこの手で熟成を重ねて只の素材から料理へと変わる。
その最高の贅沢を主に不足させる事なく味わって貰う。
主は、その事に対して無頓着だ。
どういう工程を辿って美しく盛りつけられて目の前に並べられているか全く興味が無い。
それらを無感動に口に運びあれこれ文句を言う。
けれど豊かとはそういう事なのだ。
こういう細かい料理の仕方や調達の一切など知っていてもどうなるものでもない。
そんな事は下々の者に任せておけばよい事であって彼女は端的に批評するだけだ。

咲夜、今日はまあまあだったよ。
あるいは匂いを嗅いだだけで皿ごと床に払ってしまうかどちらかだ。
腹に据えかねると皿と料理を更に足で踏みつける事もある。
片付けをする私の頭を蹴り飛ばす事もあるし葡萄酒の瓶で殴られる事もある。
それでも主は手加減をしているから私が死ぬことはない。

分かっている。
何処まで耐えられるか試されているのだ。
何処まですれば反抗的な目で主を睨みつけるのか探っているのだ。
それが分かっているから甘受している。
時には消えない傷を付けられる事もある。
けれどもそれがどうしたというのだろう。
そういう時は厨房に戻った際に庭で詰んだ香草をバスケットに詰めて胸いっぱいにその香りを吸い込む。
服を脱げば全身傷だらけだけどその事を一瞬だけ忘れる事も出来る。
次の瞬間には全てなかった事にしてまた食事の準備に取り掛かるのだ。
大丈夫です。
咲夜は味見だけで十分ですから。

先日炊いた杏のジャムを塗った、主には決して供する事のない堅いパンを口にして生きていて良かったと思った。
コーヒーは無いから少し深めに色付けた苦い紅茶を供にして深夜の短い休憩時間が過ぎていく。
あと、十数分後には主の側に居るだろう。
出来る事ならばこの身体に、
きっと幾年月が経っても、
消える事のない深い傷跡を、
くっきりと残して貰う為にも、
今夜も十六夜咲夜は能う限りの技と愛情を持って主の為に食卓を整えるのだ。
最高の食卓を見せつければ見せつける程に主が苛立つのは分かっている。
だから、
ほんの少しの隙もみせずに、
完璧な姿で今日も側に立ってみせよう。


杏のジャムが炊けたから。


深い紅茶が、苦かったから。




(了)
チェダーチーズは一般に着色されたものをレッド・チェダー、着色されていないものをホワイト・チェダーと呼んで区別する
春日傘
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コメント



0.370簡易評価
2.20名前が無い程度の能力削除
チーズとは違って、これは熟成が足りないようです。どうにも浅い。
チーズやらなんやらの知識もためにはなるけど、この長さで行を割くんだったら咲夜の方をもっと書き込んでほしかった。
4.100名前が無い程度の能力削除
献身が好きです
6.無評価名前が無い程度の能力削除
一言で言えば文章のレベルが低い。
最初は三人称なのに、途中で二人称に変わり最後は一人称になる。意図が不明で読者を混乱させる。
次にチーズレシピ。どこかの文章をコピペしているかのような印象。突然レンネットやチーズの種類を出されても理解が追い付かない。
他にもテーマが不明瞭、世界観の説明が皆無等々挙げられキリがない。
9.90名前が無い程度の能力削除
こういう雰囲気の紅魔館好きです
10.80名前が無い程度の能力削除
深夜の掌編といったところでしょうか。飯テロするならもう少し重いものを作っても良かったかもしれませんね。主に供せない繋がりで、ガーリックバリバリに効かせたペペロンチーノとか。それ食ったら数十分後に主の傍に立てなくなるか。そうか。
12.80名前が無い程度の能力削除
よかったです。