鈴仙・優曇華院・イナバを介した取引の結果、八意永琳と「しばらく月の都を襲わない」との約束を交わした純狐。
だがしかし、あの日交わした約束は、早くも砕けて散ろうとしていた。
「憎き嫦娥を引き摺り出すため、月の都を攻めるのです! 鈴仙達にはナイショだよっ」
怨みに純化された霊である純狐に、復讐をやめろと言う方が無理な話である。
月面を疾走する彼女の傍らには、盟友ヘカーティア・ラピスラズリの姿があった。
「でも純狐? 月の都への攻撃は中止したんじゃなかったっけ?」
「中止するとは言ったけれど、その期限までは定めていないわ。つまり再開の時期については、私の匙加減ひとつという事よ」
「それってずるくなーい?」
そんな調子で月の都を目指す二人であったが、奇妙な事に、行けども行けども風景に変化は訪れない。
それもそのはず、月の都には強力な結界が張られており、決められたルートを通らなければ侵入は不可能となっているのだ。
詳細を知りたい方は、今すぐ本棚から小説版東方儚月抄を引っ張り出そう。持ってない人は書店に走れ。
「ああ、口惜しや! もう少しで宿敵に手が届くというのに……!」
「っていうかぁ、正攻法でダメだったから搦め手使ったのよねぇ私達って? 純狐ってばそのコト忘れちゃった系?」
「どうしてそれを早く言わないのです? ……ええい! ここで引き下がってはオンナが廃る! かくなる上は……!」
「どうするの?」
憤懣遣る方なしといった様子の純狐は、纏った黒衣を乱暴に脱ぎ捨てて、惜しげもなく裸体を晒した。
呆気にとられたヘカーティアが見守る中、彼女は徐に腰を下ろして、喉よ裂けよとばかりに声を張り上げる。
「不倶戴天の敵、嫦娥よ見ているか? 今からここで脱糞を敢行する!」
「……ええええ!?」
とうとう頭イカレちまったのか、とか、そもそも全部脱ぐ必要ねえだろ、とか、言いたい事は色々とあった。
しかし、今ヘカーティアが言うべき言葉はひとつ。すなわち、友の蛮行を制止するための言葉である。
「脱糞をやるなんて、やめなさいよ!」
「嫦娥が嫌がる事ならば、やってみる価値はある筈よ!」
嫦娥が嫌がる保証が無くても、やらずにいられぬ時がある。
復讐者のサガに打ち震えつつ、純狐は産めよ増やせよ地に満ちよとばかりに力む。力みまくる。
「んっ……ふんっ、くぅぅ……あれれ?」
「やめときなさいって……」
「どうにも出が悪いですね。ヘカーティア、悪いんだけどちょっと穴の様子を見て頂戴?」
「イ、イヤよ! どうして私がそんな事……!」
「アナタは私の協力者でしょう?」
「それはそうだけど……でも、こんな事には協力できないわ!」
「なにゆえ協力を拒む……はっ、まさか! ヘカーティアの正体は月のスパイで、実は奴らの仲間だというのです?」
「どうしてそーなるのっ!」
そのような事実は一切存在しないので、どうか皆様にはご安心いただきたい。
安心ついでに言わせて貰えば、純狐の穴からも穢れたブツが出てくる様子は無い。
そんなこんなでヘカーティアが途方に暮れていると、地平線の彼方から三つの人影が近付いて来るのが見えた。
「純狐、誰か来るわ! 早く服を着なさいって!」
「嫦娥!? 嫦娥が来たというのです!? よっしゃバッチコーイ!」
「いや……たぶん違うわね。アレは……」
やって来たのは、月の民である稀神サグメと、彼女に付き従う二匹の玉兎であった。
サグメは手ぶらであったが、玉兎達はそれぞれ異なる機械を携えている。
「片方は杵かしらね。そしてもう片方は……レーザーキャノンというのです!?」
「落ち着いて純狐。まずは相手の出方を窺うのよん」
至ってのんびりとした様子のサグメ一行は、ある程度の距離を保って立ち止まった。
機械をこちらに向けてはいるものの、攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
両者の睨み合いが続く中、ふと何か思いついた様子のヘカーティアが、純狐にそっと耳打ちする。
「ねえ純狐……アレって別に武器とかじゃなくて、ひょっとしたらカメラとマイクじゃないかしら?」
「なるほど……つまり彼奴等は私の脱糞を撮影して、嫦娥に見せるつもりなのです?」
二人の読み通り、サグメ達の目的は戦闘ではなく撮影であった。
純狐達の存在は、月の都においてトップシークレットである。それを撮影したところで、見せる相手は限られている。
もしも、何かの手違いで映像がバラ撒かれるような事があれば……純狐は単なる敵対者などではなく、一生月都の晒し者となるであろう。
「本望だわ! 『ん』と『う』を取ったら……」
「やめなさい! っていうか純狐! アナタ変な趣味に目覚めかけてない!?」
「これは趣味などではなく、言うなれば生き様の問題なのです。痴態を晒される屈辱が、私の怨みに更なる純化をもたらす……つまりWin-Winの関係を築けるという事よ」
「間違ってる! 上手く言葉に出来ないのだけど、兎に角アナタは間違っているわッ!」
言い争う二人を眺めつつ、撮影隊は映像と音声を拾い続ける。
虚しさを覚え始めたヘカーティアが、ふとそちらに視線を向けると……サグメが片手で糸を巻くような仕草を、繰り返し行っているのが目に映った。
ある種の業界に古より伝わりし、「ケツカッチンなので巻きでお願いします」の合図である。
「コラッ! そこ! 煽るなっ!」
ヘカーティアに怒鳴りつけられたサグメは、両手で台形を作って、自らの口元を隠した。
何の合図かとヘカーティアが首を捻っていると、今度は純狐が声を上げる。
「『出すなら早くしろ、でなければ帰れ』というのです?」
「ええええ? どうして今ので伝わっちゃったの……」
「やれやれ、月の民は堪え性が無くていけませんね。では改めて……不倶戴天の敵、嫦娥よ見ているか? お前が出てくるまで、ごっついヤツをヒリ出し続けよう!」
「だからやめなさいって! ああもう、一先ずここは撤退よん!」
ヘカーティアは純狐と彼女の衣服を引っ掴むと、尻に帆を掛けて逃げ去った。
とは言っても、このまま地獄に帰る訳ではない。現状に適した逃亡先は他にある。
純狐を落ち着かせる事が出来て、なおかつ万が一の際にシモの世話をして貰える場所……行き先は一つしか無かった。
永遠亭。
迷いの竹林に存在する、元月の民達の根城である。
丑三つ時ともなれば、流石に人も兎も起きてはいない。
月面を発したヘカーティア達は、努めて物音を立てぬ様にしながら、鈴仙の部屋へと侵入した。
「よしよし、兎ちゃんグッスリ寝てるわね……純狐、いい加減服着たら?」
「その必要はありません」
未だ全裸のまま、純狐は鈴仙の枕元へ赴いて……寝顔の上に跨った。
ヘカーティアが何か言おうとすると、落ち着き払った様子でそれを制した純狐が、小声で次のように宣言する。
「嫦娥の代わりという訳ではないけれど……今から鈴仙の上で脱糞するわよ」
ヘカーティア、またしても絶句するの巻。
それでも何とか制止の言葉を捻り出そうとする辺りに、彼女の人柄の良さが窺える。
「ええええ? 何でそんな事を……アナタはこの兎のことが気に入ったのではなかったの?」
「ええ、大いに気に入ったわ。気に入ったからこそ、タップリといたぶって弱らせて、それから優しく洗脳して、ゆくゆくは嫦娥に対する復讐の手伝いをさせるのです」
「ひどい」
朗らかに答える純狐に対し、ヘカーティアは率直な感想を口にした。
「嫦娥の手下であった者を、嫦娥に対する刺客として送り込む……最高の皮肉であることですね」
「でも純狐? そんな事をしてしまったら、コイツの飼い主達が黙っていないと思うのだけど」
「彼女達の処分はヘカーティアにお任せするわ。あの程度の相手なら、アナタ一人でも余裕でお釣りが来る筈よ」
「他力本願にも程ってモンがあるでしょう……」
ヘカーティア・ラピスラズリは強い。メチャメチャ強い。レベルが違いすぎて笑えてくる程に強い。
そんな絶対強者である彼女には、幸いな事に人並み以上の自制心が備わっていた。
そうでなければ今頃は、純狐と一緒に生ケツ出して、脱糞祭りと洒落込んでいたであろう。地獄の女神に感謝しよう。
「さあ、今度こそ出すわよ!」
「もう好きにしなさい……」
友の非道を止める事もせず、思慮深きヘカーティアはただ成り行きを見守るばかり。
と、ここで鈴仙の目がカッと見開かれる。覚醒のタイミングとしては最悪なれど、惨劇を回避する為にはこれが最後の機会でもあった。
ヘカーティアも純狐も、これには思わず硬直せざるを得ない。しばらくそうやっていると、鈴仙はそっと瞳を閉じ……再び寝息を立て始めた。
「寝るのかよ!」
地獄の女神、ヘカーティア・ラピスラズリのツッコミが冴え渡る!
一方の純狐はと言えば、何やらひどく落ち着かない様子で、中腰のままクネクネと悶えていた。
「どうしたの?」
「鈴仙にアソコ見られちゃったよぅ……夫と息子とヘカーティアにしか見せたことなかったのにぃ……」
「私は見たことねーから! あとさっき月の連中に撮影され……ちょっと待って、息子って何!? 何があったっていうの!?」
「聞きたいのです?」
「いや聞きたくない!」
聞いてはいけないし、想像してもいけない。今こそ自制心を発揮すべき時だ。
自制心といえば、純狐にもようやくそれらしきモノが見られるようになった。
もっとも、彼女の場合は羞恥心と言った方が正しいのかもしれないが。
「ああ、どうしましょう。脱糞をやめろというのです……?」
「かなり際どいラインだったけれど、今ならまだ間に合うわ。もう帰りましょうよ」
「でも……何ていうか、こう……疼くのよ」
「肛門が?」
「いえ、子宮が」
「病院! 病院行きましょう!? ここではなくて、どこか頭を診てくれる病院に!」
「いいえ、ここで大丈夫よ」
唐突に割り込んできた何者かの声に、二人は再び凍りつく。
慌てて辺りを見回すものの、それらしき人物は見当たらない。となれば、残る可能性はひとつだけ。
そう、鈴仙・優曇華院・イナバである。眠りに就いたと思われていた彼女は、強い意志を湛えた瞳で、真下から純狐を見つめていた。
「大体の事情は把握しているわ。純狐さんがそれを望むのであれば、私は喜んでお応えしましょう」
「れ、鈴仙!? アナタは自らを犠牲にして、この疼きを鎮めてくれるというのです!?」
「こう見えても私は、医者の真似事の端くれの愛弟子を自称して憚らないのよ? 患者の苦しみは見過ごせないわ」
「意気込みは立派だと思うけど……でも、顔で受け止めるのはやめた方がいいと思うわ。その……アレなのよ?」
「糞でも何でも受け止めてあげるわ。そうしなければ、純狐さんの心は救われないのでしょう?」
「おおッ……!」
二人にとって、取るに足らないちっぽけな存在である筈の鈴仙。
そんな彼女が見せた、高潔な精神の輝き……まるで後光が差しているかのような……尊さ……。
ヘカーティアは無意識の内に跪いて、恭しく頭を垂れた。
「心を救う事が出来なければ、真の医療とは呼べないのです!」
「心の在処……これぞまさしくピュアヒューリーズ……」
純狐の適当極まりない受け答えによって、ヘカーティアは目の前の現実に引き戻される。
鈴仙が見せた輝きは、結局のところ何一つとして状況を変えてはいない。尻と、顔と、そしてこれから催されるであろう脱糞ショウ。
女神の端くれとして、何か成すべき事は無いか? などと自問自答していると、鈴仙が更にとんでもない事を口走った。
「さあ、遠慮なく腰を下ろしてください。穴に口つけてウンコ直食いしてあげます」
「わたし地獄の女神だけど、目の前の現実が地獄より酷い件について」
「リアルイズヘルというのです?」
「現実は厳しい……もしも私に何かあったら、永琳様達によろしく伝えて頂戴」
「何をどう伝えろというの……」
泣き崩れる主達の前で、延々と土下座を繰り返す己の姿を想像して、ヘカーティアの瞳が輝きを失ってゆく。
そんな彼女の目の前で、純狐が鈴仙の顔に尻を押し付けようとしている。
もはや進退これ窮まれり。全てを諦めて顔を覆うヘカーティアの耳に、純狐の上ずった声が飛び込んできた。
「みッ、見せよ! 穢れた月の民の成れの果てを! そッ、そして見よ! 純粋なる瑕穢の向こう側をッ!」
「ではお望み通り、目に物見せてあげましょう」
底冷えするような鈴仙の呟きを耳にして、ヘカーティアがハッと息を呑む。
その刹那、鈴仙の右手の人差し指がピンと伸びて……純狐の肛門に挿入されたではないか!
「……はうあッ!? ちょ、ちょっと鈴仙!? 何をしようというので……」
「マインド……エクスプロオオオォォォォォォジョンッッッ!」
事態の急変に戸惑う暇も無く、鈴仙がジゴクめいた咆哮を上げる!
彼女の指先から放たれた弾丸……否! それはまさしく、ロケットと呼ぶべき代物!
そんなモノをマトモに喰らった純狐はと言えば、尻から真紅の光を曳きながら急上昇!
天井を突き破り、大気圏をも離脱する! そして宇宙へ……純狐宇宙へ……。
「すごい」
「ふん、約束を破るからこうなるのよ」
月面における先程の珍事は、サグメが指図した玉兎通信によって、既に鈴仙の知るところであった。
故に彼女は、純狐の無法を咎めようとはせずに、最大にして唯一の好機を、辛抱強く待ち続けたのだ。
自分に対する裏切りならまだしも、尊敬する師への裏切りだけは許せない……鈴仙・優曇華院・イナバ、弟子の鑑である。
「裏切られたら裏切り返す、倍返しだ!」
「まあ、自業自得よね」
漢字四文字で済ませてしまうには、余りにも業が深すぎる今回の事件。
しかしヘカーティアは、事の成り行きに奇妙な安堵感を覚えていた。少なくとも、糞まみれの地獄絵図だけは回避出来たのだから。
天井にぽっかりと開いた穴から、純狐が飛び去った夜空を眺めつつ、彼女はそっと呟いた。
「これぞまさしく下待ちロケット……なーんちゃって」
「くだらないコト言ってないで、ホラ」
鈴仙が潤んだ瞳でヘカーティアを見つめながら、布団をポンポンと叩く。
「ええええ? ……マジで?」
「いいからさっさと来なさい。風邪引いちゃうでしょ、私が」
唐突な申し出に面食らいつつも、たまにはこういうのもアリかと、ヘカーティアは誘われるがままに鈴仙と褥を共にする。
想像した以上に刺激的なひと時を、それなりに楽しく過ごせはしたものの、可哀相な純狐のことを考えると、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
だからヘカーティアは、僅かな間だけ自制心を眠りに就かせて……布団の中で脱糞した。
だがしかし、あの日交わした約束は、早くも砕けて散ろうとしていた。
「憎き嫦娥を引き摺り出すため、月の都を攻めるのです! 鈴仙達にはナイショだよっ」
怨みに純化された霊である純狐に、復讐をやめろと言う方が無理な話である。
月面を疾走する彼女の傍らには、盟友ヘカーティア・ラピスラズリの姿があった。
「でも純狐? 月の都への攻撃は中止したんじゃなかったっけ?」
「中止するとは言ったけれど、その期限までは定めていないわ。つまり再開の時期については、私の匙加減ひとつという事よ」
「それってずるくなーい?」
そんな調子で月の都を目指す二人であったが、奇妙な事に、行けども行けども風景に変化は訪れない。
それもそのはず、月の都には強力な結界が張られており、決められたルートを通らなければ侵入は不可能となっているのだ。
詳細を知りたい方は、今すぐ本棚から小説版東方儚月抄を引っ張り出そう。持ってない人は書店に走れ。
「ああ、口惜しや! もう少しで宿敵に手が届くというのに……!」
「っていうかぁ、正攻法でダメだったから搦め手使ったのよねぇ私達って? 純狐ってばそのコト忘れちゃった系?」
「どうしてそれを早く言わないのです? ……ええい! ここで引き下がってはオンナが廃る! かくなる上は……!」
「どうするの?」
憤懣遣る方なしといった様子の純狐は、纏った黒衣を乱暴に脱ぎ捨てて、惜しげもなく裸体を晒した。
呆気にとられたヘカーティアが見守る中、彼女は徐に腰を下ろして、喉よ裂けよとばかりに声を張り上げる。
「不倶戴天の敵、嫦娥よ見ているか? 今からここで脱糞を敢行する!」
「……ええええ!?」
とうとう頭イカレちまったのか、とか、そもそも全部脱ぐ必要ねえだろ、とか、言いたい事は色々とあった。
しかし、今ヘカーティアが言うべき言葉はひとつ。すなわち、友の蛮行を制止するための言葉である。
「脱糞をやるなんて、やめなさいよ!」
「嫦娥が嫌がる事ならば、やってみる価値はある筈よ!」
嫦娥が嫌がる保証が無くても、やらずにいられぬ時がある。
復讐者のサガに打ち震えつつ、純狐は産めよ増やせよ地に満ちよとばかりに力む。力みまくる。
「んっ……ふんっ、くぅぅ……あれれ?」
「やめときなさいって……」
「どうにも出が悪いですね。ヘカーティア、悪いんだけどちょっと穴の様子を見て頂戴?」
「イ、イヤよ! どうして私がそんな事……!」
「アナタは私の協力者でしょう?」
「それはそうだけど……でも、こんな事には協力できないわ!」
「なにゆえ協力を拒む……はっ、まさか! ヘカーティアの正体は月のスパイで、実は奴らの仲間だというのです?」
「どうしてそーなるのっ!」
そのような事実は一切存在しないので、どうか皆様にはご安心いただきたい。
安心ついでに言わせて貰えば、純狐の穴からも穢れたブツが出てくる様子は無い。
そんなこんなでヘカーティアが途方に暮れていると、地平線の彼方から三つの人影が近付いて来るのが見えた。
「純狐、誰か来るわ! 早く服を着なさいって!」
「嫦娥!? 嫦娥が来たというのです!? よっしゃバッチコーイ!」
「いや……たぶん違うわね。アレは……」
やって来たのは、月の民である稀神サグメと、彼女に付き従う二匹の玉兎であった。
サグメは手ぶらであったが、玉兎達はそれぞれ異なる機械を携えている。
「片方は杵かしらね。そしてもう片方は……レーザーキャノンというのです!?」
「落ち着いて純狐。まずは相手の出方を窺うのよん」
至ってのんびりとした様子のサグメ一行は、ある程度の距離を保って立ち止まった。
機械をこちらに向けてはいるものの、攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
両者の睨み合いが続く中、ふと何か思いついた様子のヘカーティアが、純狐にそっと耳打ちする。
「ねえ純狐……アレって別に武器とかじゃなくて、ひょっとしたらカメラとマイクじゃないかしら?」
「なるほど……つまり彼奴等は私の脱糞を撮影して、嫦娥に見せるつもりなのです?」
二人の読み通り、サグメ達の目的は戦闘ではなく撮影であった。
純狐達の存在は、月の都においてトップシークレットである。それを撮影したところで、見せる相手は限られている。
もしも、何かの手違いで映像がバラ撒かれるような事があれば……純狐は単なる敵対者などではなく、一生月都の晒し者となるであろう。
「本望だわ! 『ん』と『う』を取ったら……」
「やめなさい! っていうか純狐! アナタ変な趣味に目覚めかけてない!?」
「これは趣味などではなく、言うなれば生き様の問題なのです。痴態を晒される屈辱が、私の怨みに更なる純化をもたらす……つまりWin-Winの関係を築けるという事よ」
「間違ってる! 上手く言葉に出来ないのだけど、兎に角アナタは間違っているわッ!」
言い争う二人を眺めつつ、撮影隊は映像と音声を拾い続ける。
虚しさを覚え始めたヘカーティアが、ふとそちらに視線を向けると……サグメが片手で糸を巻くような仕草を、繰り返し行っているのが目に映った。
ある種の業界に古より伝わりし、「ケツカッチンなので巻きでお願いします」の合図である。
「コラッ! そこ! 煽るなっ!」
ヘカーティアに怒鳴りつけられたサグメは、両手で台形を作って、自らの口元を隠した。
何の合図かとヘカーティアが首を捻っていると、今度は純狐が声を上げる。
「『出すなら早くしろ、でなければ帰れ』というのです?」
「ええええ? どうして今ので伝わっちゃったの……」
「やれやれ、月の民は堪え性が無くていけませんね。では改めて……不倶戴天の敵、嫦娥よ見ているか? お前が出てくるまで、ごっついヤツをヒリ出し続けよう!」
「だからやめなさいって! ああもう、一先ずここは撤退よん!」
ヘカーティアは純狐と彼女の衣服を引っ掴むと、尻に帆を掛けて逃げ去った。
とは言っても、このまま地獄に帰る訳ではない。現状に適した逃亡先は他にある。
純狐を落ち着かせる事が出来て、なおかつ万が一の際にシモの世話をして貰える場所……行き先は一つしか無かった。
永遠亭。
迷いの竹林に存在する、元月の民達の根城である。
丑三つ時ともなれば、流石に人も兎も起きてはいない。
月面を発したヘカーティア達は、努めて物音を立てぬ様にしながら、鈴仙の部屋へと侵入した。
「よしよし、兎ちゃんグッスリ寝てるわね……純狐、いい加減服着たら?」
「その必要はありません」
未だ全裸のまま、純狐は鈴仙の枕元へ赴いて……寝顔の上に跨った。
ヘカーティアが何か言おうとすると、落ち着き払った様子でそれを制した純狐が、小声で次のように宣言する。
「嫦娥の代わりという訳ではないけれど……今から鈴仙の上で脱糞するわよ」
ヘカーティア、またしても絶句するの巻。
それでも何とか制止の言葉を捻り出そうとする辺りに、彼女の人柄の良さが窺える。
「ええええ? 何でそんな事を……アナタはこの兎のことが気に入ったのではなかったの?」
「ええ、大いに気に入ったわ。気に入ったからこそ、タップリといたぶって弱らせて、それから優しく洗脳して、ゆくゆくは嫦娥に対する復讐の手伝いをさせるのです」
「ひどい」
朗らかに答える純狐に対し、ヘカーティアは率直な感想を口にした。
「嫦娥の手下であった者を、嫦娥に対する刺客として送り込む……最高の皮肉であることですね」
「でも純狐? そんな事をしてしまったら、コイツの飼い主達が黙っていないと思うのだけど」
「彼女達の処分はヘカーティアにお任せするわ。あの程度の相手なら、アナタ一人でも余裕でお釣りが来る筈よ」
「他力本願にも程ってモンがあるでしょう……」
ヘカーティア・ラピスラズリは強い。メチャメチャ強い。レベルが違いすぎて笑えてくる程に強い。
そんな絶対強者である彼女には、幸いな事に人並み以上の自制心が備わっていた。
そうでなければ今頃は、純狐と一緒に生ケツ出して、脱糞祭りと洒落込んでいたであろう。地獄の女神に感謝しよう。
「さあ、今度こそ出すわよ!」
「もう好きにしなさい……」
友の非道を止める事もせず、思慮深きヘカーティアはただ成り行きを見守るばかり。
と、ここで鈴仙の目がカッと見開かれる。覚醒のタイミングとしては最悪なれど、惨劇を回避する為にはこれが最後の機会でもあった。
ヘカーティアも純狐も、これには思わず硬直せざるを得ない。しばらくそうやっていると、鈴仙はそっと瞳を閉じ……再び寝息を立て始めた。
「寝るのかよ!」
地獄の女神、ヘカーティア・ラピスラズリのツッコミが冴え渡る!
一方の純狐はと言えば、何やらひどく落ち着かない様子で、中腰のままクネクネと悶えていた。
「どうしたの?」
「鈴仙にアソコ見られちゃったよぅ……夫と息子とヘカーティアにしか見せたことなかったのにぃ……」
「私は見たことねーから! あとさっき月の連中に撮影され……ちょっと待って、息子って何!? 何があったっていうの!?」
「聞きたいのです?」
「いや聞きたくない!」
聞いてはいけないし、想像してもいけない。今こそ自制心を発揮すべき時だ。
自制心といえば、純狐にもようやくそれらしきモノが見られるようになった。
もっとも、彼女の場合は羞恥心と言った方が正しいのかもしれないが。
「ああ、どうしましょう。脱糞をやめろというのです……?」
「かなり際どいラインだったけれど、今ならまだ間に合うわ。もう帰りましょうよ」
「でも……何ていうか、こう……疼くのよ」
「肛門が?」
「いえ、子宮が」
「病院! 病院行きましょう!? ここではなくて、どこか頭を診てくれる病院に!」
「いいえ、ここで大丈夫よ」
唐突に割り込んできた何者かの声に、二人は再び凍りつく。
慌てて辺りを見回すものの、それらしき人物は見当たらない。となれば、残る可能性はひとつだけ。
そう、鈴仙・優曇華院・イナバである。眠りに就いたと思われていた彼女は、強い意志を湛えた瞳で、真下から純狐を見つめていた。
「大体の事情は把握しているわ。純狐さんがそれを望むのであれば、私は喜んでお応えしましょう」
「れ、鈴仙!? アナタは自らを犠牲にして、この疼きを鎮めてくれるというのです!?」
「こう見えても私は、医者の真似事の端くれの愛弟子を自称して憚らないのよ? 患者の苦しみは見過ごせないわ」
「意気込みは立派だと思うけど……でも、顔で受け止めるのはやめた方がいいと思うわ。その……アレなのよ?」
「糞でも何でも受け止めてあげるわ。そうしなければ、純狐さんの心は救われないのでしょう?」
「おおッ……!」
二人にとって、取るに足らないちっぽけな存在である筈の鈴仙。
そんな彼女が見せた、高潔な精神の輝き……まるで後光が差しているかのような……尊さ……。
ヘカーティアは無意識の内に跪いて、恭しく頭を垂れた。
「心を救う事が出来なければ、真の医療とは呼べないのです!」
「心の在処……これぞまさしくピュアヒューリーズ……」
純狐の適当極まりない受け答えによって、ヘカーティアは目の前の現実に引き戻される。
鈴仙が見せた輝きは、結局のところ何一つとして状況を変えてはいない。尻と、顔と、そしてこれから催されるであろう脱糞ショウ。
女神の端くれとして、何か成すべき事は無いか? などと自問自答していると、鈴仙が更にとんでもない事を口走った。
「さあ、遠慮なく腰を下ろしてください。穴に口つけてウンコ直食いしてあげます」
「わたし地獄の女神だけど、目の前の現実が地獄より酷い件について」
「リアルイズヘルというのです?」
「現実は厳しい……もしも私に何かあったら、永琳様達によろしく伝えて頂戴」
「何をどう伝えろというの……」
泣き崩れる主達の前で、延々と土下座を繰り返す己の姿を想像して、ヘカーティアの瞳が輝きを失ってゆく。
そんな彼女の目の前で、純狐が鈴仙の顔に尻を押し付けようとしている。
もはや進退これ窮まれり。全てを諦めて顔を覆うヘカーティアの耳に、純狐の上ずった声が飛び込んできた。
「みッ、見せよ! 穢れた月の民の成れの果てを! そッ、そして見よ! 純粋なる瑕穢の向こう側をッ!」
「ではお望み通り、目に物見せてあげましょう」
底冷えするような鈴仙の呟きを耳にして、ヘカーティアがハッと息を呑む。
その刹那、鈴仙の右手の人差し指がピンと伸びて……純狐の肛門に挿入されたではないか!
「……はうあッ!? ちょ、ちょっと鈴仙!? 何をしようというので……」
「マインド……エクスプロオオオォォォォォォジョンッッッ!」
事態の急変に戸惑う暇も無く、鈴仙がジゴクめいた咆哮を上げる!
彼女の指先から放たれた弾丸……否! それはまさしく、ロケットと呼ぶべき代物!
そんなモノをマトモに喰らった純狐はと言えば、尻から真紅の光を曳きながら急上昇!
天井を突き破り、大気圏をも離脱する! そして宇宙へ……純狐宇宙へ……。
「すごい」
「ふん、約束を破るからこうなるのよ」
月面における先程の珍事は、サグメが指図した玉兎通信によって、既に鈴仙の知るところであった。
故に彼女は、純狐の無法を咎めようとはせずに、最大にして唯一の好機を、辛抱強く待ち続けたのだ。
自分に対する裏切りならまだしも、尊敬する師への裏切りだけは許せない……鈴仙・優曇華院・イナバ、弟子の鑑である。
「裏切られたら裏切り返す、倍返しだ!」
「まあ、自業自得よね」
漢字四文字で済ませてしまうには、余りにも業が深すぎる今回の事件。
しかしヘカーティアは、事の成り行きに奇妙な安堵感を覚えていた。少なくとも、糞まみれの地獄絵図だけは回避出来たのだから。
天井にぽっかりと開いた穴から、純狐が飛び去った夜空を眺めつつ、彼女はそっと呟いた。
「これぞまさしく下待ちロケット……なーんちゃって」
「くだらないコト言ってないで、ホラ」
鈴仙が潤んだ瞳でヘカーティアを見つめながら、布団をポンポンと叩く。
「ええええ? ……マジで?」
「いいからさっさと来なさい。風邪引いちゃうでしょ、私が」
唐突な申し出に面食らいつつも、たまにはこういうのもアリかと、ヘカーティアは誘われるがままに鈴仙と褥を共にする。
想像した以上に刺激的なひと時を、それなりに楽しく過ごせはしたものの、可哀相な純狐のことを考えると、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
だからヘカーティアは、僅かな間だけ自制心を眠りに就かせて……布団の中で脱糞した。
ところでタグか前書きにスカな注意書きって必要ないですかね?
内容はうんこだけどクソでなくむしろ笑える糞であり何を言っているのか自分でもよくわからないが、楽しかったのでいいです。
もうなんというか……いっそすがすがしいというか。
圧倒的強者に対して攻めっぽく立ち回れる鈴仙はイイなあと思いましたまる