静かな午後、ゆっくりとした時間が流れている。そんな空間に似つかわしい音が遠くから聞こえてくる。
ドタドタと足音が聞こえたと思ったら、玄関の扉が勢い良く開けられ、アパート全体が小さく揺れた。
「メリー大変よ!」
「蓮子、近所迷惑だからもっと静かに」
「どうせこのアパート私達みたいな腐れ大学生しか住んでないんだからどうでもいいわよ。それより大変なの!」
蓮子の言う大変はいつもそんなに大変じゃない。至極どうでもいいことが大半だ。何が大変かを聞くだけカロリーの無駄。私はスルーすることにしたが、蓮子はそんなことにお構い無く一方的に話し続ける。
「今日が何の日か覚えているわよね? そう、11月11日、ポッキーの日よ。で、今年もポッキーを買おうとコンビニに行ったのよ。そしたらね、無いのよ。売ってないの。びっくりだわ。一大事だわ。大異変だわ。」
やっぱり至極どうでもいいことだった。
「別にいいじゃない。メディアの産んだイベントに流されないほうが聡明よ」
「なら私は馬鹿でもいいわ。年に一度だけ許されたポッキーゲームが出来ないのなら賢くある必要なんてないわ」
「別にポッキーゲームなんていつでもやってあげるわよ」
「え?」
「前言撤回」
「えー、ずるい!ずるい! 今いつでもしてくれるって言ったじゃん! メリーの嘘つき!!」
これが花の大学生とは信じたくない程度に蓮子は全身で駄々をこねていた。
「ほら、蓮子、考えてみなさい? もしいつでもポッキーゲームが出来るようになったら世界はどうなる? ポッキーの日、つまり11月11日はなんでもない一日、つまらない日常になってしまうのよ? 非日常を程々に求める秘封倶楽部が自ら日常を作り出していいのかしら?」
「うん、メリーの言うとおりだわ。私が馬鹿だったわ。だから早く準備して」
「準備ってなんの?」
「決まってるじゃない。ポッキーを探す旅よ」
半ば強制的にスーパーのお菓子コーナーまで連れてこられてしまった。
「ここにもないわ」
確かに、ポッキーもトッポも無い。一応はポッキーの日なのだから、売り切れてしまったのだろうか。
「すみません、ポッキーって売り切れですか?」
「あらー、ごめんなさいね。今年はポッキーが不作みたいで全然入荷できないのよ」
ポッキーが不作とはなんだ。あれは人の手で作られたお菓子ではなかったのか。いや、もしかしたら私が知らないだけで、ポッキーは草木に成るものなのかもしれない。私が知らない事実などこの世には腐るほどあるのだ。ポッキーの生産方法がその一つでも何ら不思議はない。
「蓮子、帰りましょう? 不作じゃどの店を探しても多分無いわよ」
しゃがみこんでいた蓮子の腕を掴み、立たせると、キラキラした笑顔でこっちを見てきた。その手には一個のお菓子が握られていた。
「メリー、ポッキーなんてもう時代遅れよ!これからの時代は、そう、これ!」
赤いパッケージにパンダの絵が書いてある。
「なにそれ? さくさくパンダ?」
「違うわよ!ヤンヤンつけボーよ!」
「知らないわ」
「うっそー? え? ヤンヤンつけボーを食べずして幼少時代何を食べてきたの? 砂? 土?」
「食べてないわよ、そんなもの。それメジャーなお菓子じゃないわよね? CMも見たことないわ」
「超メジャーよ。森永のチョコレートくらいメジャーよ」
明治とロッテは思い浮かぶが、森永のチョコレートなんて存在したか覚えていない。つまりその程度のメジャー度なのだろう。
「まあ、食べたこと無いならちょうどいいわ。一緒に食べましょう」
「というわけで、ヤンヤンつけボー開封の儀を始めるわ。始めるに辺り秘封倶楽部部長の宇佐見蓮子さんからご挨拶があります」
「えー、本日は天候にも恵まれ、絶好のヤンヤンつけボー日和と言えましょう……」
「その一人芝居、いつまで続くの?」
「もうメリーったらそんなに食べたいの? 食いしん坊ね」
仕方なさそうに蓮子がパッケージを開けた。中には太めのクッキースティックと柔らかいチョコクリーム、カラフルスプレーが入っている。
「このスティックでチョコをすくって、先によくわからないカラーチョコをつけて、はい、メリー」
蓮子から渡され、パクりと一口。なかなか悪くない。ポッキーよりもチョコ感があって良い。
今度は自分でチョコをつけ、パクり。またチョコを付けパクり。
気がついたら一本食べきってしまった。
「あ、メリー、一人で食べちゃダメじゃない。なんのために買ったと思ってるの?」
「何のためって、そりゃ食べるためでしょう?」
「いいえ、違うわ。あくまでもこれはポッキーの代用品、つまり?」
「つまり?」
「ポッキーゲームのために決まってるじゃない。何年私の相棒やってるのよ? そこはツーカーで分かってよね」
ダメな相方にダメだしを受けてしまった。
「じゃあ、はいメリー。今度は一人で食べないでね」
私がスティックを咥えると蓮子が反対側を咥えた。顔と顔の間が五寸程度しかない。眼と眼が合い、顔が熱くなる。
蓮子は目を閉じ、少しずつ食べ始めた。蓮子が見ていないことをいいことに彼女の顔をマジマジとみる。よく整った綺麗な顔立ち。普段の行動が無ければ学内でも知的美人で有名だっただろう。
私も蓮子に遅れ、目を閉じて少しずつ食べ始める。
蓮子との距離は見えないが息遣いが聞こえ、少しだけ体温を感じる。
鼻と鼻がぶつかり、少し首をひねる。
唇が柔らかいものに少しだけ触れ、離れていった。
「んー」
ポッキーゲームを達成したというのに蓮子は何故か不満気だった。
「どうしたの?」
「やっぱり、ヤンヤンつけボーじゃポッキーの代わりはできなかったわ」
いつになく蓮子は真剣な表情をしていた。
「ヤンヤンつけボーの特徴って何かしら、メリー?」
「そりゃ、あのチョコクリームをつけて食べるところよね」
「そう、そこが最大の特徴にして最大の欠点」
なるほど、そういうことか。
「ポッキーゲーム中はチョコを付けられないから、ただのクラッカーの味しかしないのよ! ポッキーゲームの真髄はキスにあるわ。でもね、そのキスに至る過程が大事なの。美味しいポッキーの甘さで感情を高めて、高まりきったところでキスをする。これがポッキーゲームの素晴らしいところよ。ヤンヤンつけボーだとポッキーゲームの利点を全部潰しているわ。そもそもヤンヤンつけボーそんなに美味しくないし」
蓮子は深い溜息をつき天井を見上げていた
「終わりよ。メリー。もう私たちは終わりよ」
何が終わりなのかは良く分からないが、満足にポッキーゲームが出来なかったことが不満なのはよく分かった。
「じゃあね。メリー」
蓮子はふらっと立ち上がり、外に行こうとしている。この振り方的に呼び止めないと翌日大学で口も聞いてくれないだろう。
「まって、蓮子」
咄嗟に手元にあったミルクキャンディーを口に入れ、蓮子の腕をつかむ。
強引に顔をこちらに近づけ、くちづけをする。
「ん……」
舐めていたキャンディーを蓮子に口渡し。キャンディーキスと言うやつだ。
「別にポッキーじゃなくても、美味しくて幸せなキスは出来るわ。ポッキーゲームなんかに拘る必要はないのよ」
「でも……」
「ポッキーゲームの目的は何?」
「それは、二人で幸せな気持ちになることだけど……」
「そうよね。じゃあ、今のキャンディーキスで幸せな気持ちになれなかった?」
少なくとも私は幸せな気持ちになれた。多少強引であったけど、蓮子が私のキスを受け止めてくれて私は嬉しかった。
「そんなこと無いわ。メリーからのキス、とってもドキドキして幸せよ」
「じゃあそれで良いじゃない。それ以上は高望みよ」
快楽主義者の私達にとってポッキーゲームなんて結局はただの口実。
「ほら、蓮子」
どんな催し物も結局行き着く先は同じなのだ。
「もう一ついかが?」
ドタドタと足音が聞こえたと思ったら、玄関の扉が勢い良く開けられ、アパート全体が小さく揺れた。
「メリー大変よ!」
「蓮子、近所迷惑だからもっと静かに」
「どうせこのアパート私達みたいな腐れ大学生しか住んでないんだからどうでもいいわよ。それより大変なの!」
蓮子の言う大変はいつもそんなに大変じゃない。至極どうでもいいことが大半だ。何が大変かを聞くだけカロリーの無駄。私はスルーすることにしたが、蓮子はそんなことにお構い無く一方的に話し続ける。
「今日が何の日か覚えているわよね? そう、11月11日、ポッキーの日よ。で、今年もポッキーを買おうとコンビニに行ったのよ。そしたらね、無いのよ。売ってないの。びっくりだわ。一大事だわ。大異変だわ。」
やっぱり至極どうでもいいことだった。
「別にいいじゃない。メディアの産んだイベントに流されないほうが聡明よ」
「なら私は馬鹿でもいいわ。年に一度だけ許されたポッキーゲームが出来ないのなら賢くある必要なんてないわ」
「別にポッキーゲームなんていつでもやってあげるわよ」
「え?」
「前言撤回」
「えー、ずるい!ずるい! 今いつでもしてくれるって言ったじゃん! メリーの嘘つき!!」
これが花の大学生とは信じたくない程度に蓮子は全身で駄々をこねていた。
「ほら、蓮子、考えてみなさい? もしいつでもポッキーゲームが出来るようになったら世界はどうなる? ポッキーの日、つまり11月11日はなんでもない一日、つまらない日常になってしまうのよ? 非日常を程々に求める秘封倶楽部が自ら日常を作り出していいのかしら?」
「うん、メリーの言うとおりだわ。私が馬鹿だったわ。だから早く準備して」
「準備ってなんの?」
「決まってるじゃない。ポッキーを探す旅よ」
半ば強制的にスーパーのお菓子コーナーまで連れてこられてしまった。
「ここにもないわ」
確かに、ポッキーもトッポも無い。一応はポッキーの日なのだから、売り切れてしまったのだろうか。
「すみません、ポッキーって売り切れですか?」
「あらー、ごめんなさいね。今年はポッキーが不作みたいで全然入荷できないのよ」
ポッキーが不作とはなんだ。あれは人の手で作られたお菓子ではなかったのか。いや、もしかしたら私が知らないだけで、ポッキーは草木に成るものなのかもしれない。私が知らない事実などこの世には腐るほどあるのだ。ポッキーの生産方法がその一つでも何ら不思議はない。
「蓮子、帰りましょう? 不作じゃどの店を探しても多分無いわよ」
しゃがみこんでいた蓮子の腕を掴み、立たせると、キラキラした笑顔でこっちを見てきた。その手には一個のお菓子が握られていた。
「メリー、ポッキーなんてもう時代遅れよ!これからの時代は、そう、これ!」
赤いパッケージにパンダの絵が書いてある。
「なにそれ? さくさくパンダ?」
「違うわよ!ヤンヤンつけボーよ!」
「知らないわ」
「うっそー? え? ヤンヤンつけボーを食べずして幼少時代何を食べてきたの? 砂? 土?」
「食べてないわよ、そんなもの。それメジャーなお菓子じゃないわよね? CMも見たことないわ」
「超メジャーよ。森永のチョコレートくらいメジャーよ」
明治とロッテは思い浮かぶが、森永のチョコレートなんて存在したか覚えていない。つまりその程度のメジャー度なのだろう。
「まあ、食べたこと無いならちょうどいいわ。一緒に食べましょう」
「というわけで、ヤンヤンつけボー開封の儀を始めるわ。始めるに辺り秘封倶楽部部長の宇佐見蓮子さんからご挨拶があります」
「えー、本日は天候にも恵まれ、絶好のヤンヤンつけボー日和と言えましょう……」
「その一人芝居、いつまで続くの?」
「もうメリーったらそんなに食べたいの? 食いしん坊ね」
仕方なさそうに蓮子がパッケージを開けた。中には太めのクッキースティックと柔らかいチョコクリーム、カラフルスプレーが入っている。
「このスティックでチョコをすくって、先によくわからないカラーチョコをつけて、はい、メリー」
蓮子から渡され、パクりと一口。なかなか悪くない。ポッキーよりもチョコ感があって良い。
今度は自分でチョコをつけ、パクり。またチョコを付けパクり。
気がついたら一本食べきってしまった。
「あ、メリー、一人で食べちゃダメじゃない。なんのために買ったと思ってるの?」
「何のためって、そりゃ食べるためでしょう?」
「いいえ、違うわ。あくまでもこれはポッキーの代用品、つまり?」
「つまり?」
「ポッキーゲームのために決まってるじゃない。何年私の相棒やってるのよ? そこはツーカーで分かってよね」
ダメな相方にダメだしを受けてしまった。
「じゃあ、はいメリー。今度は一人で食べないでね」
私がスティックを咥えると蓮子が反対側を咥えた。顔と顔の間が五寸程度しかない。眼と眼が合い、顔が熱くなる。
蓮子は目を閉じ、少しずつ食べ始めた。蓮子が見ていないことをいいことに彼女の顔をマジマジとみる。よく整った綺麗な顔立ち。普段の行動が無ければ学内でも知的美人で有名だっただろう。
私も蓮子に遅れ、目を閉じて少しずつ食べ始める。
蓮子との距離は見えないが息遣いが聞こえ、少しだけ体温を感じる。
鼻と鼻がぶつかり、少し首をひねる。
唇が柔らかいものに少しだけ触れ、離れていった。
「んー」
ポッキーゲームを達成したというのに蓮子は何故か不満気だった。
「どうしたの?」
「やっぱり、ヤンヤンつけボーじゃポッキーの代わりはできなかったわ」
いつになく蓮子は真剣な表情をしていた。
「ヤンヤンつけボーの特徴って何かしら、メリー?」
「そりゃ、あのチョコクリームをつけて食べるところよね」
「そう、そこが最大の特徴にして最大の欠点」
なるほど、そういうことか。
「ポッキーゲーム中はチョコを付けられないから、ただのクラッカーの味しかしないのよ! ポッキーゲームの真髄はキスにあるわ。でもね、そのキスに至る過程が大事なの。美味しいポッキーの甘さで感情を高めて、高まりきったところでキスをする。これがポッキーゲームの素晴らしいところよ。ヤンヤンつけボーだとポッキーゲームの利点を全部潰しているわ。そもそもヤンヤンつけボーそんなに美味しくないし」
蓮子は深い溜息をつき天井を見上げていた
「終わりよ。メリー。もう私たちは終わりよ」
何が終わりなのかは良く分からないが、満足にポッキーゲームが出来なかったことが不満なのはよく分かった。
「じゃあね。メリー」
蓮子はふらっと立ち上がり、外に行こうとしている。この振り方的に呼び止めないと翌日大学で口も聞いてくれないだろう。
「まって、蓮子」
咄嗟に手元にあったミルクキャンディーを口に入れ、蓮子の腕をつかむ。
強引に顔をこちらに近づけ、くちづけをする。
「ん……」
舐めていたキャンディーを蓮子に口渡し。キャンディーキスと言うやつだ。
「別にポッキーじゃなくても、美味しくて幸せなキスは出来るわ。ポッキーゲームなんかに拘る必要はないのよ」
「でも……」
「ポッキーゲームの目的は何?」
「それは、二人で幸せな気持ちになることだけど……」
「そうよね。じゃあ、今のキャンディーキスで幸せな気持ちになれなかった?」
少なくとも私は幸せな気持ちになれた。多少強引であったけど、蓮子が私のキスを受け止めてくれて私は嬉しかった。
「そんなこと無いわ。メリーからのキス、とってもドキドキして幸せよ」
「じゃあそれで良いじゃない。それ以上は高望みよ」
快楽主義者の私達にとってポッキーゲームなんて結局はただの口実。
「ほら、蓮子」
どんな催し物も結局行き着く先は同じなのだ。
「もう一ついかが?」
売ってたとして秘封の時代に生き残ってるのかどうか……。
いい秘封ちゅっちゅでした。
シンプルに甘いストレートな作品でニヤニヤしました。
MMD紙芝居にありそうで合いそう。