幻想郷の外れにある無名の丘。その一角に小さな鈴蘭畑がありました。
そこにいつの頃からか一人の妖怪が住みついていました。
その妖怪の名前はメディスン・メランコリーと言い、元々は人間に捨てられたお人形だったのですが、いつの間にか付喪神として自我を持つようになりました。
メディスンは鈴蘭の毒を自身の身体に取り込み、上手に扱う事で人間の様に自由に身体を動かす事ができるのです。
「コンパロ、コンパロ毒よ、集まれ」と、不思議な呪文を唱えると、どんな毒でも彼女の思い通りに操ることができます。
その力を使って人形開放の為に人間を襲った事もありましたが、怖い閻魔様にお仕置きをされてからは無暗に人間を襲わなくなりました。
怖い閻魔様にお仕置きをされてから十回程春がやって来て去って行きました。
メディスンは人形開放運動を再開しようと思いました。
閻魔様や八意先生に世間を知るように言われたのでメディスンは沢山勉強をしました。とても賢くなった。と自分でも思ったのです。
烏天狗が置いて行く新聞の文字も難しい漢字以外は読めるようになりましたし、九九も空で言えるようになりました。『鈴蘭』だって漢字で書けます。
鈴蘭畑の外で起こった出来事は新聞を読んで知りました。八意先生や花のお姉さんにも教えて貰いました。
メディスンはたくさん考えて一つの答えを出しました。人形開放運動を成功させるには異変を成功させる事が必要なのだと。
そしてメディスンは知っていました。幻想郷で異変を起こした妖怪達は皆、仲間がいるという事を。
だから仲間を集めて異変を起こそうと考えたのです。
メディスンが一番最初に向かったのは大好きな八意先生の所です。
八意先生はとても優しくて、色んな事を教えてくれます。美味しいお菓子を作ってくれます。可愛らしいお洋服も作ってくれます。だからメディスンは八意先生が大好きなのです。
「ねぇ、先生。そろそろ人形開放の為に動こうと思うの」
その一言を聞くと先生は珍しく険しい顔をしました。
「もちろん、人間を襲うような事はしないよ。先生や赤いお屋敷の人みたいに異変を起こすのよ」
先生の表情は少しだけいつもの優しい顔に戻った気がしました。
「人形のチイコウジョウの為に頑張るんだから」
先生を説得する為に覚えた難しい四文字熟語もちゃんと言えました。
そうすると先生はメディスンの頭にそっと手を乗せて言いました。
「そんな危ない事は駄目よ。あなたには私がいるし、姫様もうどんげやてゐだっているでしょう?」
先生は言い聞かせるように優しく優しくお話をしましたが、メディスンは納得できませんでした。
一番応援してくれると思った八意先生に駄目と言われた事がショックだったのです。
「先生の馬鹿っ! もう知らないっ」
そう言うとメディスンは先生の元から走って逃げだしてしまいました。
走って走って迷いの竹林を抜けました。
先生に駄目と言われた事が悲しかったのでメディスンは涙を流してしまいました。大好きな先生に酷い事を言ってしまったので胸の奥がズキズキと痛みます。
メディスンは思いました。
仲間を沢山集めて、八意先生を見返してやろう。そうしたらきっと先生も賛成してくれるはずだと。
メディスンは八意先生と同じくらい大好きな花のお姉さんの所に行くことにしました。
花のお姉さんは少し怖いけれど、お菓子を作ってくれたり、スーさんの手入れをしてくれます。だからメディスンは花のお姉さんが大好きなのです。
「ねぇ、花のお姉さん。私の仲間にならない?」
その一言を聞くと花のお姉さんはにっこり笑いながらこう言いました。
「嫌よ」
「そんなこと言わずにさ。話だけでも聞いてよ」
「はいはい、少し待ってなさい。クッキー用意してあげるから」
花のお姉さんはいつもこんな感じなのです。
紅茶風味の美味しいクッキーとホットミルクを用意してくれた花のお姉さんはニコニコと笑顔でメディスンの話を聞いてくれました。
いただきます。と、両手を合わせてからクッキーのバスケットに手を伸ばします。八意先生が教えてくれた事ですが、これをやらないと花のお姉さんはとても怒るのです。
クッキーが余りにも美味しくて食べるのに夢中になってしまい、何度も花のお姉さんに笑われました。
「そうねぇ。人形開放の為に仲間を集めるねぇ」
「そうなのよ。改めて私の仲間にならない?」
「折角なら人形の仲間を集めてごらんなさい。人形じゃあない私が人形開放を訴えてもおかしいじゃない?」
そう言われたのでメディスンは腕を組み、じっくりと考えました。そして花のお姉さんの言う通りだと思ったのです。
「確かに花のお姉さんの言う通りね。やっぱり花のお姉さんは頼りになるわね」
「ふふふ、褒めてもクッキーのおかわりは無いわよ」
花のお姉さんは嬉しそうに笑いました。
「そうだ、私の知り合いに人形使いがいるの。お手紙を持たせてあげるから会いに行ってみたら?」
花のお姉さんは人形使いの住む家までの地図と人形使いへのお手紙を書いてくれました。途中でお腹が空いたら食べなさい。と、オレンジの香りがするマフィンを二つバスケットに入れて持たせてくれました。
人形使いのお家はすぐに見つかりました。
玄関のドアをノックすると綺麗な女の人が出てきました。そしてメディスンと目が合うとにっこり笑ってこう言いました。
「こんにちは」
メディスンは八意先生に教えて貰った事をとっさに思い出します。
「は、初めまして。メディスン・メランコリーです」と、少し緊張しながらもちゃんと言えました。
「はじめまして。私はアリスよ。ふふ、礼儀正しくて良い子ね」
挨拶をちゃんとすれば優しくして貰える。先生の言う通りだと、メディスンは感心しました。
「こ、これを」
そう言うとバスケットから一通のお手紙を取り出してアリスさんに渡しました。そう、花のお姉さんに書いて貰ったお手紙です。
アリスさんはお手紙を楽しそうに読んでいます。時々口に手を当ててクスクスと笑っています。何が書かれているのか気になる所ですが、自分宛以外のお手紙は勝手に読んではいけないと八意先生に教わったのでグッと我慢をしました。
「メディスン、中でお話しましょう」
アリスさんは優しく手を引いてくれました。
アリスさんの家の中には沢山の人形達が働いていました。
どの子も綺麗な服を着ていて、髪も綺麗にブラッシングをされていて、顔にも腕にも染み一つありません。
こちらにどうぞ。とアリスさんに言われアンティーク調の可愛らしい椅子に腰かけました。そして向かいの席にアリスさんが座りました。
「幽香からのお手紙読んだわ」
「なんて書いてあったの?」
「久しく会っていなかったからあいつの近況報告みたいなものね。それと私の可愛い友達をよろしくって」
メディスンは可愛いと言われたので少しだけ照れてしまいました。
そんなメディスンの元にマシュマロの入ったガラスの器とティーカップを人形達が運んできてくれました。
八意先生に教えて貰った様に、いただきますをしてから、「わあ、ありがとう。あなた達も私と一緒で自由に動けるお人形なの?」と、人形達に話しかけました。
人形達は答えません。代わりに答えたのはアリスさんでした。
「この子達はただの人形よ。私の魔力で動かして、私の手伝いをしてもらっているの」
メディスンは人形開放運動の事を言おうと思ったのですが、すぐにその言葉を飲み込みました。
何故ならアリスさんは人形達をとても大切にしているし、人形達もアリスさんを大切に思っているのです。もしアリスさんと人形達を開放運動だと言って引き離しても誰も喜ばないとメディスンは思ったのです。
そしてメディスンは言いました。
「アリスさん、私はね。可哀想な人形を助ける運動をしているの。だからアリスさんも可哀想な人形を見つけたら助けてあげてね」
アリスさんはにっこりと笑うと、もちろん。と約束をしてくれました。
それから紅茶をおかわりして、アリスさんに関節のメンテナンスをしてもらいました。
「また遊びにいらっしゃい。その時は新しいお洋服を作ってあげるから」
アリスさんは別れ際にそう言ってくれました。
人形開放運動の仲間はできませんでしたが、新しいお友達ができたのでメディスンはとても嬉しく思い、アリスさんのお家を後にしました。
メディスンが次に向かったのは人間の里です。
うどんげのお手伝いで人間の里には何度か行った事があります。
うどんげがやっていた様に、甘味処に入り他のお客さんや女将さんと話をして情報を集めるのです。
みたらし団子とほうじ茶を注文して席で待ちます。ここの甘味処のみたらし団子は幻想郷一だとうどんげがよく連れていってくれる、メディスンお気に入りのお店なのです。
「おやおや、お人形さん。今日は一人?」
笑顔以外の顔にはならないのではないかと思える程の優しい表情の女将さんがメディスンに声をかけました。
「そうなのよ。今日は人形を探しに来たの」
メディスンは言いました。
そして、いつの間にか隣に座っていた女将さんに人形開放運動の話をしました。
「そうだねぇ、最近よく聞くのは仙人様の操り人形の噂かしらねぇ」
女将さんの話によると、お寺の墓地で雨の日も風の日も雪の日も休みなく仕事をさせられている操り人形の噂話をしてくれました。
メディスンは女将さんにお礼を言うと、お寺の墓地に向かいました。
お寺の墓地に到着すると噂に聞いた操り人形が立っていました。
両手をピンっと真っ直ぐ前に伸ばし、額には黄色いお札を張り付けています。
余りに動かないので、頭の上には羽を休めている鳩がいます。その姿がなんとも可笑しくてメディスンはクスクスと笑いました。
操り人形に近づいて挨拶をします。そう、八意先生に教えて貰った様に。
「初めまして。メディスン・メランコリーです」と、言いぺこりと頭を下げました。
「お前は誰だ?」
「メディスン・メランコリーです。あなたは?」
「我が名は宮古芳香。崇高なる霊廟を守る為に生み出された。ところでお前は誰だ?」
芳香はメディスンの名前を覚えてくれません。それでもここで引き下がる訳にはいきません。気を取り直してもう一度自己紹介をします。
「こんにちは、芳香。私はメディスン」
「メディスン……」
「そうよ、よろしくね。ところであなたはお人形?」
「うむ、我が主の操り人形だ」
メディスンは自分と同じように話して動ける人形に出合ったことが無かったのでとても喜びました。そして余りに嬉しかったので、人形開放運動の事をすっかり忘れてしまったのです。
花のお姉さんに貰ったオレンジの香りがするマフィンをバスケットから取り出して芳香に差し出しました。
「良かったら食べて。私の大好きな花のお姉さんに作ってもらったのよ」
芳香はメディスンよりうんと背が高かったので、一生懸命に膝を曲げて、肘を曲げてなんとかマフィンを受け取りました。
首や肩、背中も固い様で、手にしたマフィンを一口齧るのにも一杯時間がかかってしまいましたが、芳香はとても美味しそうにマフィンを食べてくれたのです。
「どう? 美味しかった?」
そう聞くと芳香は首を縦に振りました。そして、こう言いました。
「食べたら眠くなっちゃった。一時間したら起こして」
驚いた事に芳香はそのまま立ったまま眠ってしまったのです。
メディスンがどれだけ呼びかけても、体を揺すっても起きません。仕方が無いので、メディスンも一緒に眠る事にしました。
今日は朝から八意先生の所へ行き、お昼前には花のお姉さんの元に行き、お昼過ぎにアリスさんのお家を尋ねて、おやつの時間には人里の甘味処に寄ってお寺の墓地までやって来たのです。お昼寝を我慢したのでとても眠いのです。
段々と瞼が重たくなってきました。芳香の足にもたれ掛かるとついに瞼は完全に落ちてしまい、メディスンは眠りに付きました。
メディスンが目を覚ますとそこは見た事のない部屋の中でした。
慌てて周りを見渡すと、八意先生の所で読んだ本に出てきた天女様にそっくりな恰好をした女の人がいました。天女様は芳香に話しかけながら腕を拭いたり、顔を拭いたりしていました。
天女様はメディスンが目覚めた事にすぐに気が付いたようでにっこりと笑顔を浮かべて挨拶をしてくれました。
「ごきげんよう、お人形さん」
ごきげんよう。と挨拶をされたのは初めてだったので、どう答えて良いのかわからなかったメディスンですが、八意先生に教わった通りに元気に自己紹介をする事にしました。
「初めまして。メディスン・メランコリーです」
「まぁ、お利口さんね。ちゃんと挨拶もできるなんて」
天女様は両手を合わせて喜んでくれました。そして、芳香にこう言いました。
「芳香もメディスンの様に礼儀正しくしないといけませんよ」
芳香は答えません。どうやらまだ眠っているようです。それでも天女様は嬉しそうに芳香に話しかけながら身体を綺麗に拭いてあげています。
「あの、天女様」
そう言うと天女様はクスクスと笑いながら自己紹介をしてくれました。天女様の名前は霍青娥といい、仙人様だったのです。
噂に聞く操り人形の持ち主、つまりは芳香を雨の日も風の日も雪の日も休みなく働かせている悪い仙人様だったのです。
芳香を開放しなさい。そう叫ぼうと決めたメディスンでしたが、寸前のところでその言葉を飲み込みました。
何故なら、仙人様はとても優しい表情で芳香に「さぁ、綺麗になったわ。ゆっくりお休み、私の可愛い芳香」と言いながらおでこにそっと口づけをしたからです。
メディスンは混乱してしまいます。
「さぁ、次は貴方よ。女の子が地べたに座って眠るなんて駄目よ」
そう言うと仙人様はメディスンを抱き上げ、土埃の付いてしまったスカートやふくらはぎ、掌を綺麗に拭いてくれました。
綺麗になったメディスンを見ると仙人様はメディスンを抱えたまま部屋を出て食堂へと移動しました。
「お夕飯前だけど、少しお茶をしましょうか」と、食堂の椅子に座らせてくれました。そして仙人様はそのまま台所に入っていきました。
仙人様は烏龍茶と月餅を用意してくれて、メディスンに食べる様に勧めてくれました。八意先生に教わった通りに、両手を合わせ、いただきますをしました。
普段は余り飲まない烏龍茶でしたがとても美味しかったのでメディスンは二杯もおかわりをしてしまったのです。
一緒にお茶をしているうちに仙人様は芳香と一緒に居眠りをしていた理由を訪ねてきました。
メディスンは少し悩みましたが、人形開放運動の事と人間の里で聞いた仙人様の操り人形の話をしました。そして、その噂が間違いだった事をこの目で確かめたと仙人様に伝えました。
仙人様は少しだけ膨れた顔をしましたが、すぐに笑顔に戻りました。そして、偉いわね。と言うとメディスンの頭をそっと撫でてくれました。
「芳香は人形じゃあないの。人間の死体を私の仙術で動かしているの」そう言いました。
メディスンはとても驚きましたが、仙人様はさも当たり前の事の様に話を続けるので普通の事なのかと思ってしまいました。
「死体や死体を操る私は怖い?」
そう聞かれたのでメディスンはちっとも怖くないと答えました。そうすると仙人様は嬉しそうに笑いました。
「人形開放運動の仲間にはなれないけれど、お友達にはなりたいわ。芳香とは遊び相手に、私とはお茶をしながらお話をする相手になるの。どうかしら?」
「もちろん」と、メディスンは大きな声で返事をしました。
またしても人形開放運動の仲間はできませんでした。
それでもメディスンはとても嬉しく思いました。なにしろ今日だけで三人も新しくお友達ができたのですから。
仙人様と眠っている芳香にお別れを済ませるとメディスンはお家に帰ろうと、来た道を戻り始めました。
夕日がとても眩しい帰り道でした。
余りにも夕日が眩しいので、メディスンは目を瞑って歩く事にしました。もちろん、周りが見えないのは危ないので十歩進んだら目を開けてキョロキョロと周囲を確認します。
十歩進んだら目を開けて、また十歩進んだら目を開けて。
「コツがわかってきたわ」
メディスンはそう言うと二十歩進んでから目を開ける様にしました。
そんな危ない歩き方をしていたので、気が付いたら道に迷ってしまいました。来た道を戻ろうと思っても目を瞑っていたので帰り道がわかりません。
迷子になってしまったメディスンは寂しくなって、怖くなったので膝を抱えて泣いてしまいました。
メディスンが余りにも大きな声で泣くので、びっくりした動物達がどこかで威嚇する様に鳴き声を出します。その声がとても怖かったのでメディスンはもっと大きな声で泣いてしまいました。
その時です。メディスンに声をかける優しい人が現れたのです。
「あらあら、小さいお人形さん。こんなところでどうしたの?」
メディスンが顔を上げると赤くて可愛い洋服に身を包んだ緑色の髪のお姉さんが困った顔をしていました。
「帰り道がわからなくて……」
「あらあら、困ったわねぇ。あなたのお家はどこなの?」
メディスンは溢れ出る涙を一生懸命に拭きながら、垂れてしまいそうな鼻水を啜りながら「鈴蘭畑にあるお家」と伝えました。
緑色の髪のお姉さんはもっと困った顔をしました。そしてこう言いました。
「ごめんなさいね。私はあまり山から出た事が無いから鈴蘭畑がどこにあるかわからないの。段々と暗くなって来たから一先ず私のお家に行きましょうか?」
泣きじゃくるメディスンを優しく抱き上げると緑色の髪のお姉さんは歩き出しました。
緑色の髪のお姉さんのお家に着くころにはメディスンも少しだけ落ち着きを取り戻しました。
「私は鍵山雛。人間や妖怪達の厄を集める厄神よ。小さなお人形さん、あなたは?」
なんと緑色の髪のお姉さんは神様だったのです。その事に驚いたメディスンはびっくりしながらも、八意先生が教えてくれたように自己紹介をしました。
「初めまして、私はメディスン・メランコリーです」
「泣き止んでくれて良かったわ。メディスンちゃん」と、神様は嬉しそうに笑いました。
そして、神様はメディスンの前に紅茶とバームクーヘンを出してくれました。八意先生に教えて貰った通りに、いただきます。と、手を合わせます
とても甘い香りのする紅茶とふわふわのバームクーヘンの組み合わせはびっくりするほど美味しかったので、メディスンは紅茶を三杯もおかわりして、バームクーヘンを三つも食べてお腹一杯になってしましました。
八意先生に、お野菜も食べなさいと怒られそうだと思いましたが、この場で神様にお野菜も下さい。とお願いするのが失礼かと思ったのでその事は言わないでおきました。
その代りにメディスンは神様のお家に入ってからずっと気になっている事を口にしました。
「ねぇ、神様。部屋中に飾られている雛人形は神様が集めている子達なの?」
「あぁ、この子達は私のお仕事を手伝ってくれる雛人形なの」
神様のお仕事が気になったので、メディスンはお仕事について詳しく聞きました。
「この雛人形たちを川に流して厄を集めるの。私は厄を集めたこの子達を回収して厄がどこかに行かない様に私自身に溜め込むの」
川を流されるだなんてとても可哀想だと思ったメディスンは神様にお願いをする事にします。
「お人形を川に流すなんて可哀想よ。この子達を開放してあげて」
そうすると神様は言いました。
「この子達が望んでいる事なのよ。この子達は元々人間達と一緒に暮らしていたお人形なの。それでも人間達は大人になると人形で遊ばなくなって捨ててしまう」
それなら人間達に仕返しをしよう。と言おうとしたのですが、神様は続けます。
「それでもこの子達は人間が大好きなの。沢山遊んでくれて、可愛がってくれた人間達が大好きなの。そんな酷い目にあっても大好きな人間の為に私に協力してくれるの」
メディスンには理解が出来ませんでした。
なぜなら今でも自分を捨てた人間の事が許せなくて、心のどこかで復讐をしてやろうと考えているからです。
「自分勝手な人間の為にそんな事しなくたって良いじゃない」
メディスンは我慢が出来なくなりついに神様に反論しました。
「そう思っている子も勿論いる。それでも、この子達は人間が大好きで、大好きな人に厄が降りかからない様に厄を集めてくる。沢山愛してくれた人間にお礼がしたいのよ」
メディスンは納得できません。
膨れ面のメディスンの頭に神様はそっと手を置きます。
「全ての人形が貴方みたいに動いてお話できればずっと愛してもらえるのかもね。人間は人形よりも寂しがり屋だから無口な人形を愛し続ける事が出来ないの。話をしてくれるお友達や恋人が出来ると人形から離れてしまうのよ」
メディスンはふと遠い昔の出来事を思い出します。
ニコニコと笑顔でメディスンを抱きしめてくれる小さな女の子。遊びに行く時もご飯を食べる時も眠る時も、いつも隣りに座らせてくれて沢山話しかけてくれました。
その度にメディスンは思うのです。私もあなたが大好きよ。ずっとずっと一緒にいようね、と。もし私の口があなたの様に動くなら、私はあなたに「大好き」と伝えたいな。
その女の子はメディスンと違い、日に日に大きくなっていきます。お友達をお家に連れて来たりもしました。もっと大きくなり、メディスンよりずっとお姉さんになると恋人を連れてきました。その様子を見てメディスンは思いました。幸せになってね、私はいつまでもあなたを見守ってあげるわ。と、毎日思っていた事を思い出しました。
こんな事を思い出したのは初めてでした。とても悲しくなり涙がどんどん溢れてきます。そんなメディスンを見て神様は何も言わずにハンカチを貸してくれました。
「人形は愛される物なの。きっと貴方も昔は沢山愛してくれた人がいたでしょう? その人が本当に憎い?」
メディスンは沢山愛してくれた女の子を思います。
「わからない。わからないけど、私に良くしてくれる人は今でもいるわ」と、八意先生や花のお姉さんの事を思い出します。今日お友達になったアリスさんや芳香や仙人様の事を思い出します。
すると、メディスンは急に八意先生に会いたくなりました。そして、酷い事を言ってしまったので嫌われてしまったかもしれないと不安になりました。不安で不安で胸が苦しくなりました。
不安で一杯になると耐え切れずにまた泣き出してしまいました。
「あらあら、どうしたの?」
神様はハンカチで涙を拭いてくれました。
「今日、大好きな人に酷い事を言ってしまったの。もう許してもらえないかもしれない」
「大丈夫よ。人形は人に愛される為に存在しているの。その人だって今頃、貴方の事を心配しているはずよ」
神様は優しく頭を撫でてくれます。
「神様、色々とありがとうございました。私、八意先生の所に謝りに行く」
そう言うとメディスンは椅子から飛び降り、神様のお家を飛びだしました。どれだけ神様が暗くて危ないと止めても聞かずに駆け出しました。
外に出るといつの間にか空にまん丸のお月様が浮かんでいました。お月様の光がとても明るく、地面に転がる石や木の枝に足を取られる事はありませんでした。道を塞ぐように転がっている岩や倒木に激突するような事はありませんでした。
メディスンは走りました。小さい手足を大きく振って一生懸命に走りました。
早く先生に会って謝りたい。その思いを胸にひたすらに走りました。
どれ位の時間を走ったのでしょうか? メディスンは人間の里の近くの草原にたどり着きました。
激しく手足を動かして走ったので体中が痛みます。もしかしたら関節の部品が壊れてしまったのかもしれません。それでも止まる訳にはいきません。
なぜならメディスンは一秒でも早く先生に謝って、優しく、それでいて力一杯抱きしめてもらいたいと思っているからです。
ですが、思いとは違い身体は悲鳴を上げています。小さな石に足を引っかけてしまい、メディスンは派手に転んでしまいました。とても勢いよく転んでしまったので、メディスンはころころと何回転も回ってから止まりました。
力を振り絞って仰向けになります。
見上げた空にはお月様が浮かんでいました。
メディスンはお月様にお願いをします。
「お月様お願いします。先生にごめんなさいと伝えてください」
「自分で伝えなさい」
お月様を遮るように花のお姉さんがメディスンを覗きこみました。
「永琳の奴が血相を変えてあんたを探していたわよ」
花のお姉さんが教えてくれました。
先生の所を飛びだしてからすぐに、先生はメディスンのお家に向かったそうです。どれだけ待ってもメディスンが戻ってこないので心配になり、一日中外を探し回っているとの事だったのです。
「それで仲間は見つかったの?」と、花のお姉さんは尋ねました。
メディスンはこう答えました。
「うん、でもみんなお友達なの。危ない事には付き合わせられないわ」
「それじゃあ一人でやるの? 人形開放運動の異変」
メディスンは力を一杯込めて立ち上がると花のお姉さんに力一杯抱き付きます。
「なでなでして」
「はい?」
「早くっ! なでなでっ」
花のお姉さんは首を傾げながらも、メディスンの頭をそっと撫でてくれました。
「神様に教えて貰ったの。私は人に愛されるんだって。だから、色んな人になでなでしてもらう事で他の人形も大切にしてもらう運動をする事にしたのよ」
花のお姉さんは大きな声で笑いました。そして、こう言いました。
「鈴蘭の花言葉にぴったりね。ほら、一番大好きな人を呼んでごらん。飛んで来るわよ」
すぅ。と、大きく息を吸い込むと、力の限りに「先生、私はここよ」と叫びました。
しばらくすると泥だらけで汗まみれの先生がメディスンの元に駆けつけてくれました。そして、力一杯に抱きしめてくれました。
その様子を見ると花のお姉さんは満足そうな笑みを浮かべ、二人を置いて去っていきました。
「先生、酷い事を言ってごめんなさい。もう危険な人形開放運動はしないよ」
「あぁ、心配したのよ? どこに行っていたの?」
先生に優しく抱っこをされながらメディスンと先生は夜道を進みます。
メディスンは今日の出来事を先生に話します。
花のお姉さんのお友達のアリスさんを紹介してもらった事。うどんげと行く甘味処に一人で行けた事。芳香と仙人様とお友達になった事。そして神様に出合った事。
楽しそうにお話をするメディスンを愛おしそうに抱っこする八意先生。
「先生、私、人形開放運動は止めないわ」
反論が飛んで来る前にメディスンは続けました。
「色んな人になでなでさせてあげるの。そうすれば人形の可愛さが伝わって、みんなが人形を大切にするはずでしょう?」
先生は優しい声で、そうね。と、言いました。
「私は愛され系だからね」
先生は驚いて目を丸くしましたが、すぐに優しい笑顔を浮かべてこう言いました。
「愛らしいあなたにぴったりの人形開放運動かもしれないわね」
そうして二人はお月様に照らされながら先生のお家に帰っていきました。
おしまい
そこにいつの頃からか一人の妖怪が住みついていました。
その妖怪の名前はメディスン・メランコリーと言い、元々は人間に捨てられたお人形だったのですが、いつの間にか付喪神として自我を持つようになりました。
メディスンは鈴蘭の毒を自身の身体に取り込み、上手に扱う事で人間の様に自由に身体を動かす事ができるのです。
「コンパロ、コンパロ毒よ、集まれ」と、不思議な呪文を唱えると、どんな毒でも彼女の思い通りに操ることができます。
その力を使って人形開放の為に人間を襲った事もありましたが、怖い閻魔様にお仕置きをされてからは無暗に人間を襲わなくなりました。
怖い閻魔様にお仕置きをされてから十回程春がやって来て去って行きました。
メディスンは人形開放運動を再開しようと思いました。
閻魔様や八意先生に世間を知るように言われたのでメディスンは沢山勉強をしました。とても賢くなった。と自分でも思ったのです。
烏天狗が置いて行く新聞の文字も難しい漢字以外は読めるようになりましたし、九九も空で言えるようになりました。『鈴蘭』だって漢字で書けます。
鈴蘭畑の外で起こった出来事は新聞を読んで知りました。八意先生や花のお姉さんにも教えて貰いました。
メディスンはたくさん考えて一つの答えを出しました。人形開放運動を成功させるには異変を成功させる事が必要なのだと。
そしてメディスンは知っていました。幻想郷で異変を起こした妖怪達は皆、仲間がいるという事を。
だから仲間を集めて異変を起こそうと考えたのです。
メディスンが一番最初に向かったのは大好きな八意先生の所です。
八意先生はとても優しくて、色んな事を教えてくれます。美味しいお菓子を作ってくれます。可愛らしいお洋服も作ってくれます。だからメディスンは八意先生が大好きなのです。
「ねぇ、先生。そろそろ人形開放の為に動こうと思うの」
その一言を聞くと先生は珍しく険しい顔をしました。
「もちろん、人間を襲うような事はしないよ。先生や赤いお屋敷の人みたいに異変を起こすのよ」
先生の表情は少しだけいつもの優しい顔に戻った気がしました。
「人形のチイコウジョウの為に頑張るんだから」
先生を説得する為に覚えた難しい四文字熟語もちゃんと言えました。
そうすると先生はメディスンの頭にそっと手を乗せて言いました。
「そんな危ない事は駄目よ。あなたには私がいるし、姫様もうどんげやてゐだっているでしょう?」
先生は言い聞かせるように優しく優しくお話をしましたが、メディスンは納得できませんでした。
一番応援してくれると思った八意先生に駄目と言われた事がショックだったのです。
「先生の馬鹿っ! もう知らないっ」
そう言うとメディスンは先生の元から走って逃げだしてしまいました。
走って走って迷いの竹林を抜けました。
先生に駄目と言われた事が悲しかったのでメディスンは涙を流してしまいました。大好きな先生に酷い事を言ってしまったので胸の奥がズキズキと痛みます。
メディスンは思いました。
仲間を沢山集めて、八意先生を見返してやろう。そうしたらきっと先生も賛成してくれるはずだと。
メディスンは八意先生と同じくらい大好きな花のお姉さんの所に行くことにしました。
花のお姉さんは少し怖いけれど、お菓子を作ってくれたり、スーさんの手入れをしてくれます。だからメディスンは花のお姉さんが大好きなのです。
「ねぇ、花のお姉さん。私の仲間にならない?」
その一言を聞くと花のお姉さんはにっこり笑いながらこう言いました。
「嫌よ」
「そんなこと言わずにさ。話だけでも聞いてよ」
「はいはい、少し待ってなさい。クッキー用意してあげるから」
花のお姉さんはいつもこんな感じなのです。
紅茶風味の美味しいクッキーとホットミルクを用意してくれた花のお姉さんはニコニコと笑顔でメディスンの話を聞いてくれました。
いただきます。と、両手を合わせてからクッキーのバスケットに手を伸ばします。八意先生が教えてくれた事ですが、これをやらないと花のお姉さんはとても怒るのです。
クッキーが余りにも美味しくて食べるのに夢中になってしまい、何度も花のお姉さんに笑われました。
「そうねぇ。人形開放の為に仲間を集めるねぇ」
「そうなのよ。改めて私の仲間にならない?」
「折角なら人形の仲間を集めてごらんなさい。人形じゃあない私が人形開放を訴えてもおかしいじゃない?」
そう言われたのでメディスンは腕を組み、じっくりと考えました。そして花のお姉さんの言う通りだと思ったのです。
「確かに花のお姉さんの言う通りね。やっぱり花のお姉さんは頼りになるわね」
「ふふふ、褒めてもクッキーのおかわりは無いわよ」
花のお姉さんは嬉しそうに笑いました。
「そうだ、私の知り合いに人形使いがいるの。お手紙を持たせてあげるから会いに行ってみたら?」
花のお姉さんは人形使いの住む家までの地図と人形使いへのお手紙を書いてくれました。途中でお腹が空いたら食べなさい。と、オレンジの香りがするマフィンを二つバスケットに入れて持たせてくれました。
人形使いのお家はすぐに見つかりました。
玄関のドアをノックすると綺麗な女の人が出てきました。そしてメディスンと目が合うとにっこり笑ってこう言いました。
「こんにちは」
メディスンは八意先生に教えて貰った事をとっさに思い出します。
「は、初めまして。メディスン・メランコリーです」と、少し緊張しながらもちゃんと言えました。
「はじめまして。私はアリスよ。ふふ、礼儀正しくて良い子ね」
挨拶をちゃんとすれば優しくして貰える。先生の言う通りだと、メディスンは感心しました。
「こ、これを」
そう言うとバスケットから一通のお手紙を取り出してアリスさんに渡しました。そう、花のお姉さんに書いて貰ったお手紙です。
アリスさんはお手紙を楽しそうに読んでいます。時々口に手を当ててクスクスと笑っています。何が書かれているのか気になる所ですが、自分宛以外のお手紙は勝手に読んではいけないと八意先生に教わったのでグッと我慢をしました。
「メディスン、中でお話しましょう」
アリスさんは優しく手を引いてくれました。
アリスさんの家の中には沢山の人形達が働いていました。
どの子も綺麗な服を着ていて、髪も綺麗にブラッシングをされていて、顔にも腕にも染み一つありません。
こちらにどうぞ。とアリスさんに言われアンティーク調の可愛らしい椅子に腰かけました。そして向かいの席にアリスさんが座りました。
「幽香からのお手紙読んだわ」
「なんて書いてあったの?」
「久しく会っていなかったからあいつの近況報告みたいなものね。それと私の可愛い友達をよろしくって」
メディスンは可愛いと言われたので少しだけ照れてしまいました。
そんなメディスンの元にマシュマロの入ったガラスの器とティーカップを人形達が運んできてくれました。
八意先生に教えて貰った様に、いただきますをしてから、「わあ、ありがとう。あなた達も私と一緒で自由に動けるお人形なの?」と、人形達に話しかけました。
人形達は答えません。代わりに答えたのはアリスさんでした。
「この子達はただの人形よ。私の魔力で動かして、私の手伝いをしてもらっているの」
メディスンは人形開放運動の事を言おうと思ったのですが、すぐにその言葉を飲み込みました。
何故ならアリスさんは人形達をとても大切にしているし、人形達もアリスさんを大切に思っているのです。もしアリスさんと人形達を開放運動だと言って引き離しても誰も喜ばないとメディスンは思ったのです。
そしてメディスンは言いました。
「アリスさん、私はね。可哀想な人形を助ける運動をしているの。だからアリスさんも可哀想な人形を見つけたら助けてあげてね」
アリスさんはにっこりと笑うと、もちろん。と約束をしてくれました。
それから紅茶をおかわりして、アリスさんに関節のメンテナンスをしてもらいました。
「また遊びにいらっしゃい。その時は新しいお洋服を作ってあげるから」
アリスさんは別れ際にそう言ってくれました。
人形開放運動の仲間はできませんでしたが、新しいお友達ができたのでメディスンはとても嬉しく思い、アリスさんのお家を後にしました。
メディスンが次に向かったのは人間の里です。
うどんげのお手伝いで人間の里には何度か行った事があります。
うどんげがやっていた様に、甘味処に入り他のお客さんや女将さんと話をして情報を集めるのです。
みたらし団子とほうじ茶を注文して席で待ちます。ここの甘味処のみたらし団子は幻想郷一だとうどんげがよく連れていってくれる、メディスンお気に入りのお店なのです。
「おやおや、お人形さん。今日は一人?」
笑顔以外の顔にはならないのではないかと思える程の優しい表情の女将さんがメディスンに声をかけました。
「そうなのよ。今日は人形を探しに来たの」
メディスンは言いました。
そして、いつの間にか隣に座っていた女将さんに人形開放運動の話をしました。
「そうだねぇ、最近よく聞くのは仙人様の操り人形の噂かしらねぇ」
女将さんの話によると、お寺の墓地で雨の日も風の日も雪の日も休みなく仕事をさせられている操り人形の噂話をしてくれました。
メディスンは女将さんにお礼を言うと、お寺の墓地に向かいました。
お寺の墓地に到着すると噂に聞いた操り人形が立っていました。
両手をピンっと真っ直ぐ前に伸ばし、額には黄色いお札を張り付けています。
余りに動かないので、頭の上には羽を休めている鳩がいます。その姿がなんとも可笑しくてメディスンはクスクスと笑いました。
操り人形に近づいて挨拶をします。そう、八意先生に教えて貰った様に。
「初めまして。メディスン・メランコリーです」と、言いぺこりと頭を下げました。
「お前は誰だ?」
「メディスン・メランコリーです。あなたは?」
「我が名は宮古芳香。崇高なる霊廟を守る為に生み出された。ところでお前は誰だ?」
芳香はメディスンの名前を覚えてくれません。それでもここで引き下がる訳にはいきません。気を取り直してもう一度自己紹介をします。
「こんにちは、芳香。私はメディスン」
「メディスン……」
「そうよ、よろしくね。ところであなたはお人形?」
「うむ、我が主の操り人形だ」
メディスンは自分と同じように話して動ける人形に出合ったことが無かったのでとても喜びました。そして余りに嬉しかったので、人形開放運動の事をすっかり忘れてしまったのです。
花のお姉さんに貰ったオレンジの香りがするマフィンをバスケットから取り出して芳香に差し出しました。
「良かったら食べて。私の大好きな花のお姉さんに作ってもらったのよ」
芳香はメディスンよりうんと背が高かったので、一生懸命に膝を曲げて、肘を曲げてなんとかマフィンを受け取りました。
首や肩、背中も固い様で、手にしたマフィンを一口齧るのにも一杯時間がかかってしまいましたが、芳香はとても美味しそうにマフィンを食べてくれたのです。
「どう? 美味しかった?」
そう聞くと芳香は首を縦に振りました。そして、こう言いました。
「食べたら眠くなっちゃった。一時間したら起こして」
驚いた事に芳香はそのまま立ったまま眠ってしまったのです。
メディスンがどれだけ呼びかけても、体を揺すっても起きません。仕方が無いので、メディスンも一緒に眠る事にしました。
今日は朝から八意先生の所へ行き、お昼前には花のお姉さんの元に行き、お昼過ぎにアリスさんのお家を尋ねて、おやつの時間には人里の甘味処に寄ってお寺の墓地までやって来たのです。お昼寝を我慢したのでとても眠いのです。
段々と瞼が重たくなってきました。芳香の足にもたれ掛かるとついに瞼は完全に落ちてしまい、メディスンは眠りに付きました。
メディスンが目を覚ますとそこは見た事のない部屋の中でした。
慌てて周りを見渡すと、八意先生の所で読んだ本に出てきた天女様にそっくりな恰好をした女の人がいました。天女様は芳香に話しかけながら腕を拭いたり、顔を拭いたりしていました。
天女様はメディスンが目覚めた事にすぐに気が付いたようでにっこりと笑顔を浮かべて挨拶をしてくれました。
「ごきげんよう、お人形さん」
ごきげんよう。と挨拶をされたのは初めてだったので、どう答えて良いのかわからなかったメディスンですが、八意先生に教わった通りに元気に自己紹介をする事にしました。
「初めまして。メディスン・メランコリーです」
「まぁ、お利口さんね。ちゃんと挨拶もできるなんて」
天女様は両手を合わせて喜んでくれました。そして、芳香にこう言いました。
「芳香もメディスンの様に礼儀正しくしないといけませんよ」
芳香は答えません。どうやらまだ眠っているようです。それでも天女様は嬉しそうに芳香に話しかけながら身体を綺麗に拭いてあげています。
「あの、天女様」
そう言うと天女様はクスクスと笑いながら自己紹介をしてくれました。天女様の名前は霍青娥といい、仙人様だったのです。
噂に聞く操り人形の持ち主、つまりは芳香を雨の日も風の日も雪の日も休みなく働かせている悪い仙人様だったのです。
芳香を開放しなさい。そう叫ぼうと決めたメディスンでしたが、寸前のところでその言葉を飲み込みました。
何故なら、仙人様はとても優しい表情で芳香に「さぁ、綺麗になったわ。ゆっくりお休み、私の可愛い芳香」と言いながらおでこにそっと口づけをしたからです。
メディスンは混乱してしまいます。
「さぁ、次は貴方よ。女の子が地べたに座って眠るなんて駄目よ」
そう言うと仙人様はメディスンを抱き上げ、土埃の付いてしまったスカートやふくらはぎ、掌を綺麗に拭いてくれました。
綺麗になったメディスンを見ると仙人様はメディスンを抱えたまま部屋を出て食堂へと移動しました。
「お夕飯前だけど、少しお茶をしましょうか」と、食堂の椅子に座らせてくれました。そして仙人様はそのまま台所に入っていきました。
仙人様は烏龍茶と月餅を用意してくれて、メディスンに食べる様に勧めてくれました。八意先生に教わった通りに、両手を合わせ、いただきますをしました。
普段は余り飲まない烏龍茶でしたがとても美味しかったのでメディスンは二杯もおかわりをしてしまったのです。
一緒にお茶をしているうちに仙人様は芳香と一緒に居眠りをしていた理由を訪ねてきました。
メディスンは少し悩みましたが、人形開放運動の事と人間の里で聞いた仙人様の操り人形の話をしました。そして、その噂が間違いだった事をこの目で確かめたと仙人様に伝えました。
仙人様は少しだけ膨れた顔をしましたが、すぐに笑顔に戻りました。そして、偉いわね。と言うとメディスンの頭をそっと撫でてくれました。
「芳香は人形じゃあないの。人間の死体を私の仙術で動かしているの」そう言いました。
メディスンはとても驚きましたが、仙人様はさも当たり前の事の様に話を続けるので普通の事なのかと思ってしまいました。
「死体や死体を操る私は怖い?」
そう聞かれたのでメディスンはちっとも怖くないと答えました。そうすると仙人様は嬉しそうに笑いました。
「人形開放運動の仲間にはなれないけれど、お友達にはなりたいわ。芳香とは遊び相手に、私とはお茶をしながらお話をする相手になるの。どうかしら?」
「もちろん」と、メディスンは大きな声で返事をしました。
またしても人形開放運動の仲間はできませんでした。
それでもメディスンはとても嬉しく思いました。なにしろ今日だけで三人も新しくお友達ができたのですから。
仙人様と眠っている芳香にお別れを済ませるとメディスンはお家に帰ろうと、来た道を戻り始めました。
夕日がとても眩しい帰り道でした。
余りにも夕日が眩しいので、メディスンは目を瞑って歩く事にしました。もちろん、周りが見えないのは危ないので十歩進んだら目を開けてキョロキョロと周囲を確認します。
十歩進んだら目を開けて、また十歩進んだら目を開けて。
「コツがわかってきたわ」
メディスンはそう言うと二十歩進んでから目を開ける様にしました。
そんな危ない歩き方をしていたので、気が付いたら道に迷ってしまいました。来た道を戻ろうと思っても目を瞑っていたので帰り道がわかりません。
迷子になってしまったメディスンは寂しくなって、怖くなったので膝を抱えて泣いてしまいました。
メディスンが余りにも大きな声で泣くので、びっくりした動物達がどこかで威嚇する様に鳴き声を出します。その声がとても怖かったのでメディスンはもっと大きな声で泣いてしまいました。
その時です。メディスンに声をかける優しい人が現れたのです。
「あらあら、小さいお人形さん。こんなところでどうしたの?」
メディスンが顔を上げると赤くて可愛い洋服に身を包んだ緑色の髪のお姉さんが困った顔をしていました。
「帰り道がわからなくて……」
「あらあら、困ったわねぇ。あなたのお家はどこなの?」
メディスンは溢れ出る涙を一生懸命に拭きながら、垂れてしまいそうな鼻水を啜りながら「鈴蘭畑にあるお家」と伝えました。
緑色の髪のお姉さんはもっと困った顔をしました。そしてこう言いました。
「ごめんなさいね。私はあまり山から出た事が無いから鈴蘭畑がどこにあるかわからないの。段々と暗くなって来たから一先ず私のお家に行きましょうか?」
泣きじゃくるメディスンを優しく抱き上げると緑色の髪のお姉さんは歩き出しました。
緑色の髪のお姉さんのお家に着くころにはメディスンも少しだけ落ち着きを取り戻しました。
「私は鍵山雛。人間や妖怪達の厄を集める厄神よ。小さなお人形さん、あなたは?」
なんと緑色の髪のお姉さんは神様だったのです。その事に驚いたメディスンはびっくりしながらも、八意先生が教えてくれたように自己紹介をしました。
「初めまして、私はメディスン・メランコリーです」
「泣き止んでくれて良かったわ。メディスンちゃん」と、神様は嬉しそうに笑いました。
そして、神様はメディスンの前に紅茶とバームクーヘンを出してくれました。八意先生に教えて貰った通りに、いただきます。と、手を合わせます
とても甘い香りのする紅茶とふわふわのバームクーヘンの組み合わせはびっくりするほど美味しかったので、メディスンは紅茶を三杯もおかわりして、バームクーヘンを三つも食べてお腹一杯になってしましました。
八意先生に、お野菜も食べなさいと怒られそうだと思いましたが、この場で神様にお野菜も下さい。とお願いするのが失礼かと思ったのでその事は言わないでおきました。
その代りにメディスンは神様のお家に入ってからずっと気になっている事を口にしました。
「ねぇ、神様。部屋中に飾られている雛人形は神様が集めている子達なの?」
「あぁ、この子達は私のお仕事を手伝ってくれる雛人形なの」
神様のお仕事が気になったので、メディスンはお仕事について詳しく聞きました。
「この雛人形たちを川に流して厄を集めるの。私は厄を集めたこの子達を回収して厄がどこかに行かない様に私自身に溜め込むの」
川を流されるだなんてとても可哀想だと思ったメディスンは神様にお願いをする事にします。
「お人形を川に流すなんて可哀想よ。この子達を開放してあげて」
そうすると神様は言いました。
「この子達が望んでいる事なのよ。この子達は元々人間達と一緒に暮らしていたお人形なの。それでも人間達は大人になると人形で遊ばなくなって捨ててしまう」
それなら人間達に仕返しをしよう。と言おうとしたのですが、神様は続けます。
「それでもこの子達は人間が大好きなの。沢山遊んでくれて、可愛がってくれた人間達が大好きなの。そんな酷い目にあっても大好きな人間の為に私に協力してくれるの」
メディスンには理解が出来ませんでした。
なぜなら今でも自分を捨てた人間の事が許せなくて、心のどこかで復讐をしてやろうと考えているからです。
「自分勝手な人間の為にそんな事しなくたって良いじゃない」
メディスンは我慢が出来なくなりついに神様に反論しました。
「そう思っている子も勿論いる。それでも、この子達は人間が大好きで、大好きな人に厄が降りかからない様に厄を集めてくる。沢山愛してくれた人間にお礼がしたいのよ」
メディスンは納得できません。
膨れ面のメディスンの頭に神様はそっと手を置きます。
「全ての人形が貴方みたいに動いてお話できればずっと愛してもらえるのかもね。人間は人形よりも寂しがり屋だから無口な人形を愛し続ける事が出来ないの。話をしてくれるお友達や恋人が出来ると人形から離れてしまうのよ」
メディスンはふと遠い昔の出来事を思い出します。
ニコニコと笑顔でメディスンを抱きしめてくれる小さな女の子。遊びに行く時もご飯を食べる時も眠る時も、いつも隣りに座らせてくれて沢山話しかけてくれました。
その度にメディスンは思うのです。私もあなたが大好きよ。ずっとずっと一緒にいようね、と。もし私の口があなたの様に動くなら、私はあなたに「大好き」と伝えたいな。
その女の子はメディスンと違い、日に日に大きくなっていきます。お友達をお家に連れて来たりもしました。もっと大きくなり、メディスンよりずっとお姉さんになると恋人を連れてきました。その様子を見てメディスンは思いました。幸せになってね、私はいつまでもあなたを見守ってあげるわ。と、毎日思っていた事を思い出しました。
こんな事を思い出したのは初めてでした。とても悲しくなり涙がどんどん溢れてきます。そんなメディスンを見て神様は何も言わずにハンカチを貸してくれました。
「人形は愛される物なの。きっと貴方も昔は沢山愛してくれた人がいたでしょう? その人が本当に憎い?」
メディスンは沢山愛してくれた女の子を思います。
「わからない。わからないけど、私に良くしてくれる人は今でもいるわ」と、八意先生や花のお姉さんの事を思い出します。今日お友達になったアリスさんや芳香や仙人様の事を思い出します。
すると、メディスンは急に八意先生に会いたくなりました。そして、酷い事を言ってしまったので嫌われてしまったかもしれないと不安になりました。不安で不安で胸が苦しくなりました。
不安で一杯になると耐え切れずにまた泣き出してしまいました。
「あらあら、どうしたの?」
神様はハンカチで涙を拭いてくれました。
「今日、大好きな人に酷い事を言ってしまったの。もう許してもらえないかもしれない」
「大丈夫よ。人形は人に愛される為に存在しているの。その人だって今頃、貴方の事を心配しているはずよ」
神様は優しく頭を撫でてくれます。
「神様、色々とありがとうございました。私、八意先生の所に謝りに行く」
そう言うとメディスンは椅子から飛び降り、神様のお家を飛びだしました。どれだけ神様が暗くて危ないと止めても聞かずに駆け出しました。
外に出るといつの間にか空にまん丸のお月様が浮かんでいました。お月様の光がとても明るく、地面に転がる石や木の枝に足を取られる事はありませんでした。道を塞ぐように転がっている岩や倒木に激突するような事はありませんでした。
メディスンは走りました。小さい手足を大きく振って一生懸命に走りました。
早く先生に会って謝りたい。その思いを胸にひたすらに走りました。
どれ位の時間を走ったのでしょうか? メディスンは人間の里の近くの草原にたどり着きました。
激しく手足を動かして走ったので体中が痛みます。もしかしたら関節の部品が壊れてしまったのかもしれません。それでも止まる訳にはいきません。
なぜならメディスンは一秒でも早く先生に謝って、優しく、それでいて力一杯抱きしめてもらいたいと思っているからです。
ですが、思いとは違い身体は悲鳴を上げています。小さな石に足を引っかけてしまい、メディスンは派手に転んでしまいました。とても勢いよく転んでしまったので、メディスンはころころと何回転も回ってから止まりました。
力を振り絞って仰向けになります。
見上げた空にはお月様が浮かんでいました。
メディスンはお月様にお願いをします。
「お月様お願いします。先生にごめんなさいと伝えてください」
「自分で伝えなさい」
お月様を遮るように花のお姉さんがメディスンを覗きこみました。
「永琳の奴が血相を変えてあんたを探していたわよ」
花のお姉さんが教えてくれました。
先生の所を飛びだしてからすぐに、先生はメディスンのお家に向かったそうです。どれだけ待ってもメディスンが戻ってこないので心配になり、一日中外を探し回っているとの事だったのです。
「それで仲間は見つかったの?」と、花のお姉さんは尋ねました。
メディスンはこう答えました。
「うん、でもみんなお友達なの。危ない事には付き合わせられないわ」
「それじゃあ一人でやるの? 人形開放運動の異変」
メディスンは力を一杯込めて立ち上がると花のお姉さんに力一杯抱き付きます。
「なでなでして」
「はい?」
「早くっ! なでなでっ」
花のお姉さんは首を傾げながらも、メディスンの頭をそっと撫でてくれました。
「神様に教えて貰ったの。私は人に愛されるんだって。だから、色んな人になでなでしてもらう事で他の人形も大切にしてもらう運動をする事にしたのよ」
花のお姉さんは大きな声で笑いました。そして、こう言いました。
「鈴蘭の花言葉にぴったりね。ほら、一番大好きな人を呼んでごらん。飛んで来るわよ」
すぅ。と、大きく息を吸い込むと、力の限りに「先生、私はここよ」と叫びました。
しばらくすると泥だらけで汗まみれの先生がメディスンの元に駆けつけてくれました。そして、力一杯に抱きしめてくれました。
その様子を見ると花のお姉さんは満足そうな笑みを浮かべ、二人を置いて去っていきました。
「先生、酷い事を言ってごめんなさい。もう危険な人形開放運動はしないよ」
「あぁ、心配したのよ? どこに行っていたの?」
先生に優しく抱っこをされながらメディスンと先生は夜道を進みます。
メディスンは今日の出来事を先生に話します。
花のお姉さんのお友達のアリスさんを紹介してもらった事。うどんげと行く甘味処に一人で行けた事。芳香と仙人様とお友達になった事。そして神様に出合った事。
楽しそうにお話をするメディスンを愛おしそうに抱っこする八意先生。
「先生、私、人形開放運動は止めないわ」
反論が飛んで来る前にメディスンは続けました。
「色んな人になでなでさせてあげるの。そうすれば人形の可愛さが伝わって、みんなが人形を大切にするはずでしょう?」
先生は優しい声で、そうね。と、言いました。
「私は愛され系だからね」
先生は驚いて目を丸くしましたが、すぐに優しい笑顔を浮かべてこう言いました。
「愛らしいあなたにぴったりの人形開放運動かもしれないわね」
そうして二人はお月様に照らされながら先生のお家に帰っていきました。
おしまい
しかし理知的と言うか賢そうな友達ばっかりできとるなあ
宗旨替えしちゃったけど、もしそのメンバーで異変とか起こせたら凄そう
それにしても食べ過ぎ飲み過ぎですメディスン
創作の励みになります。
童話風というそのタグの通り、全編通して柔らかく語りかける口調がとても心地よくて、胸にすっと落ちてくる感覚。
もちろん文体だけですます調で統一したから童話風です、というわけでなく、物語の展開も童話的なメディスン成長譚になっていて、とても感情移入しやすかったです。
しかし、「開放」はこの場合「解放」の方が正しいのでは?
あぁ、感動が……最高です。これは良いものです。メディスンの健気さが胸に刺さります。最近はこういうお話に滅法弱くなってしまいました。
優しい気持ちになれるお話に拍手!