「何ですか、その恰好は」
普段は見せることの無い、奇抜な服で着飾った妹を見て私は思わず声を荒げてしまった。
「何って、ハッピーハロウィンよお姉ちゃん」
「はあ……」
そういえば今日は十月の末日、最近読んだ書物によると外の世界ではこの日をハロウィンと呼び、仮装をして街を練り歩きお菓子を要求する催事があるらしい。執筆中の小説の肥やしにでもと読んだ書物に書かれていたのだが、どうしてこのことを突拍子に言い出したのだろう? いや、昔からこういう子ではあったのだが。
「地上の紅いお屋敷で働いているメイドさんに偶々会ってね、南瓜を五個ぐらい買っていたから何かと思って尋ねてみたのよ。どうやら外の世界にはこういう風習があるらしいのね」
こいしの言うお屋敷が紅魔館であることは直ぐに判ったが、なるほど元々外来の者達だからかと納得がいく。彼処の主が躍起になっている所がありありと浮かんでくる。
「ほう、それで貴方はどうしようと言うのですか」
「どうしようって、することは決まっているじゃないの」
「それは?」
「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃお姉ちゃんに悪戯するぞ!」
そういえばお菓子を貰う時の決まり文句だっただろうか。与えられる選択肢である程度相手を制限することが可能なのだから、こういう問い程質の悪いものはない。
「まあ、こいしの悪戯ならまんざらではありませんがね」
「うわ、まさかのM発言」
「ちなみにその内容を聞いても?」
そうすると彼女は表情をぱっと明るくしてから怪しい笑みを浮かべるとこう突き付けてきた。
「そのレポート作業を邪魔しちゃおうかしらん」
「やめて」
それは不味い。毎月恒例とはいえども、今月のレポートこそは今日中に終わらせ是非曲直庁に提出することが出来そうなのだ。流石に今から他のことに時間を割いてしまっては昨夜からの努力が水の泡になってしまう。
「じゃあすることは決まっているよね」
「あの、お菓子も切らしているのですがそれは……」
「クッキーの材料は揃ってるんだっけ? おりん達もお仕事中だもんね」
「貴方が作れば良いのではないですかね」
「トリックオアトリートしてる側が作るのも変だし、お姉ちゃんとお菓子作りしたいもんね」
こいつ、確信犯だ。最初から全て彼女の掌の上で転がされていたのだ。これで私に残された道がお菓子作りをすることの他に残されていないし、彼女を無視することも出来まい。今月分のレポート提示も詰んでしまった。無念。
「仕方ないですね、来年はやめて下さいよ」
「来年のハロウィンは地霊殿にいるか判らないわね」
「それ自分で言いますか」
こいしの言っていた通り台所にはクッキーを作るのに必要な材料と、私の買った覚えがない南瓜が置いてあった。
「お屋敷のメイドさんから一個貰ったのよ」
「あの方とはそんなに親しい間柄でしたっけ?」
「よく遊びに行くからね。メイドさんも自身の負担が少し減って嬉しそうだったわよ」
彼処も彼処で大変なのだろう。私はレポートのことが頭にこびりついて離れないが。そしてこのことは、こいしが南瓜を貰った時から計画されていたのだろうと凡そ察しがつく。今度逢うことがあったら御礼と同時に愚痴でも言ってやろうかしら。
こいしの手際は想像していたよりも幾分も良かった。私の知らない所でそんなことも経験しているのかと思うと姉としては嬉しいが、何処か淋しく感じることもあるのだ。
卵は多目に、バターは少し控えて南瓜のペーストを代わりに混ぜる。アクセントにアーモンドを乗せてオーブンで焼き上げた。薄力粉が舞って私がくしゃみをしてしまった時は声が可愛いとこいしにからかわれたけれど、彼女も大体なもので昔――かなり前に一緒に料理をした時は今の私と全く同じ反応を見せていたのだが。境遇は違えど姉妹はやはり似るものなのか。
「ああ、おいしいねお姉ちゃん」
「ええ、ありがとうございますね。南瓜も貰ってきたことですし」
「私こそありがとうね。わがままにも付き合って貰っちゃったし」
「度が過ぎますよ」
「まんざらではないでしょう? クッキー作ってる時だって嫌な顔は一つもしていなかったし」
表情に出なかっただけなのかもしれないが――まあ、まんざらでは無かった。ただ彼女と同じことが出来る喜びと彼女への愛おしさが湧いていたのは確かなことだし、大変に居心地が良かった。こいしの髪に付いていた薄力粉を払ってやる。
全く、彼女が提示したものに選択肢など最早存在していなかったのだろう。トリックオアトリック。ただ片方は少しスイートなだけで。
「貴方はこれからどうするのですか。また放浪に?」
「そうだね、でもその前におりん達のお仕事のお邪魔でもして来ようかしらん」
「程々にお願いしますね」
「はーい」
そう言って彼女は私の見送りを背に受けてリビングから出て行った。
小さな彼女の背がいつもよりか大きく見える。愛おしさを込めていってらっしゃいの言葉を。
南瓜の香りがまだ部屋に漂っている。
普段は見せることの無い、奇抜な服で着飾った妹を見て私は思わず声を荒げてしまった。
「何って、ハッピーハロウィンよお姉ちゃん」
「はあ……」
そういえば今日は十月の末日、最近読んだ書物によると外の世界ではこの日をハロウィンと呼び、仮装をして街を練り歩きお菓子を要求する催事があるらしい。執筆中の小説の肥やしにでもと読んだ書物に書かれていたのだが、どうしてこのことを突拍子に言い出したのだろう? いや、昔からこういう子ではあったのだが。
「地上の紅いお屋敷で働いているメイドさんに偶々会ってね、南瓜を五個ぐらい買っていたから何かと思って尋ねてみたのよ。どうやら外の世界にはこういう風習があるらしいのね」
こいしの言うお屋敷が紅魔館であることは直ぐに判ったが、なるほど元々外来の者達だからかと納得がいく。彼処の主が躍起になっている所がありありと浮かんでくる。
「ほう、それで貴方はどうしようと言うのですか」
「どうしようって、することは決まっているじゃないの」
「それは?」
「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃお姉ちゃんに悪戯するぞ!」
そういえばお菓子を貰う時の決まり文句だっただろうか。与えられる選択肢である程度相手を制限することが可能なのだから、こういう問い程質の悪いものはない。
「まあ、こいしの悪戯ならまんざらではありませんがね」
「うわ、まさかのM発言」
「ちなみにその内容を聞いても?」
そうすると彼女は表情をぱっと明るくしてから怪しい笑みを浮かべるとこう突き付けてきた。
「そのレポート作業を邪魔しちゃおうかしらん」
「やめて」
それは不味い。毎月恒例とはいえども、今月のレポートこそは今日中に終わらせ是非曲直庁に提出することが出来そうなのだ。流石に今から他のことに時間を割いてしまっては昨夜からの努力が水の泡になってしまう。
「じゃあすることは決まっているよね」
「あの、お菓子も切らしているのですがそれは……」
「クッキーの材料は揃ってるんだっけ? おりん達もお仕事中だもんね」
「貴方が作れば良いのではないですかね」
「トリックオアトリートしてる側が作るのも変だし、お姉ちゃんとお菓子作りしたいもんね」
こいつ、確信犯だ。最初から全て彼女の掌の上で転がされていたのだ。これで私に残された道がお菓子作りをすることの他に残されていないし、彼女を無視することも出来まい。今月分のレポート提示も詰んでしまった。無念。
「仕方ないですね、来年はやめて下さいよ」
「来年のハロウィンは地霊殿にいるか判らないわね」
「それ自分で言いますか」
こいしの言っていた通り台所にはクッキーを作るのに必要な材料と、私の買った覚えがない南瓜が置いてあった。
「お屋敷のメイドさんから一個貰ったのよ」
「あの方とはそんなに親しい間柄でしたっけ?」
「よく遊びに行くからね。メイドさんも自身の負担が少し減って嬉しそうだったわよ」
彼処も彼処で大変なのだろう。私はレポートのことが頭にこびりついて離れないが。そしてこのことは、こいしが南瓜を貰った時から計画されていたのだろうと凡そ察しがつく。今度逢うことがあったら御礼と同時に愚痴でも言ってやろうかしら。
こいしの手際は想像していたよりも幾分も良かった。私の知らない所でそんなことも経験しているのかと思うと姉としては嬉しいが、何処か淋しく感じることもあるのだ。
卵は多目に、バターは少し控えて南瓜のペーストを代わりに混ぜる。アクセントにアーモンドを乗せてオーブンで焼き上げた。薄力粉が舞って私がくしゃみをしてしまった時は声が可愛いとこいしにからかわれたけれど、彼女も大体なもので昔――かなり前に一緒に料理をした時は今の私と全く同じ反応を見せていたのだが。境遇は違えど姉妹はやはり似るものなのか。
「ああ、おいしいねお姉ちゃん」
「ええ、ありがとうございますね。南瓜も貰ってきたことですし」
「私こそありがとうね。わがままにも付き合って貰っちゃったし」
「度が過ぎますよ」
「まんざらではないでしょう? クッキー作ってる時だって嫌な顔は一つもしていなかったし」
表情に出なかっただけなのかもしれないが――まあ、まんざらでは無かった。ただ彼女と同じことが出来る喜びと彼女への愛おしさが湧いていたのは確かなことだし、大変に居心地が良かった。こいしの髪に付いていた薄力粉を払ってやる。
全く、彼女が提示したものに選択肢など最早存在していなかったのだろう。トリックオアトリック。ただ片方は少しスイートなだけで。
「貴方はこれからどうするのですか。また放浪に?」
「そうだね、でもその前におりん達のお仕事のお邪魔でもして来ようかしらん」
「程々にお願いしますね」
「はーい」
そう言って彼女は私の見送りを背に受けてリビングから出て行った。
小さな彼女の背がいつもよりか大きく見える。愛おしさを込めていってらっしゃいの言葉を。
南瓜の香りがまだ部屋に漂っている。