Coolier - 新生・東方創想話

冬の火(改訂版)

2015/10/31 00:41:23
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 温い日差しに、冷たい風。
 典型的な、秋の風景である。
 以前は青々としていた木々も少しづつ色づいて、もうじき鮮やかな紅に染まるだろう。

 あの二柱が一番元気な時期ね。

 山の上からふもとを見下ろして、レティ・ホワイトロックはそう独りごちる。
 今頃、秋姉妹は収穫祭やら紅葉の準備やらで大忙しだろう。
 その一方で、レティはどうにも暇を持て余してしまう。
 日本で冬の始まり、冬至は11月に入って少ししてからである。
 しかし、レティ・ホワイトロックにとっての冬とは10月31日、すなわちハロウィンなのだ。
 目が覚めるのもハロウィンで、さてそうするとこの時間の差がいかんともしがたい。
 確かに寒さも厳しくなっているから、構わず仕事をしても良いとも思う反面、やはりこの地の暦に従うのは季節の神格に属する者の義務であるとも考えている。
 ましてや、既に永く住んでいると言っても異郷の地でそういう筋は決して忘れてはならないものだ。

 が、暇なのはいかんともしがたい。
 たかだか一週間ほどで、のんびり過ごせばいいのだろうが、そういうのは仕事をした後にのんびりするのが良いのであって、散々に休んで眠った後で尚空白の時間があると、不思議な物で持て余してしまうものだ。
 さて、なにか面白い事は無いものか。
 故郷なれば、この日は子供達が街中を練り歩き「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!」と楽しそうにしているのが常だ。
 妖怪や魔女の姿を真似て、子供達が夜の街を練り歩く。
 もちろん、遅い時間ではないが、それでも子供にとって暗い時間というのは、家の中で過ごすものだ。
 それが一日だけとは言え、外に出ても良いとなれば冒険心が擽られるのも当然というべきで、あのなんとも楽しそうな姿を観るのが昔は愉しみの一つでもあったのだ。

 そこでふと、妙案が浮かぶ。
 自分も、ハロウィンをやってみればよいのではなかろうか。
 日本ではなじみの薄いハロウィンの、しかも幻想郷ともなれば知っている者など片手で数えるだけだろう。
 別段、広めるつもりも根付かせるつもりも毛頭ないし、流石にこの歳になって「Trick or Treat!」とやるのは流石に恥ずかしい。
 ならばせめて、ハロウィンの雰囲気をだせるもの……そう、ジャック・オー・ランタンを作ってみるのがいいかもしれない。
 ハロウィンの当日にジャック・オー・ランタンを作るなど、遅すぎるにもほどがあるがどうという事は無い。

 そうと決まれば、さっそく準備に取り掛かろう。
 レティはちょっと上機嫌に山を下りてゆく。
 それに伴い、霜降の時期に似つかわしい、少し厳しめの風が一つ吹いていった。 


                   * * *


 寒さを運ぶ風は枯葉を巻き込んで空を駆ける。
 そして、たどり着いたのは、その枯葉の中でも特に美しいと評されるものを司る者の元であった。

「こんにちわ」

 レティが声をかけると、秋静葉は、少し驚いたように目を見開いて彼女を出迎える。

「レティ?」

 鮮やかな紅の衣を翻して、静葉が一歩後ろに下がる。
 やはり、秋の恵みの眷属たる彼女にとって、冬の眷属たるレティには苦手意識があるようだ。

「あら、勘違いしないでちょうだい。冬を届けに来た訳ではないわ」
「えぇ? でも、貴女って冬の厳しい日にしか見かけないわ」
「そりゃ雪女ですもの」

 当然でしょ、と返すレティとどうにも納得いかなさそうな静葉。
 反応がちょっとだけ面白いが、今日は先に言った通り冬を届けに来た訳でも、姉妹をからかいに来た訳でも無い。
 これ以上は、不躾な態度である、とレティは袖を正す。

「今日はちょっと分けてほしいものがあってお願いに来たの」
「分けてほしいもの?」
「カブラを3・4個ほどね」

 ジャック・オー・ランタンと言えば今はカボチャが主流だが、古くはカブラで造ったものである。
 レティとしても、カボチャのランタンも悪くはないがやはりカブラで造ったものが良い。

「カブラ? 普通の蕪じゃなくて?」
「カブラが良いわ」

 静葉が益々不思議そうな顔をする。
 さもありなん、カブラ……ルタバガは余り味が良く無い。
 寒さに強い種で、晩秋から初冬に収穫されるこの植物は、寒い地域では重要な食物とされてきたが、それ以外の地では他に何も無い時、最後に食べるものとまで言われたぐらいだ。
 ましてや食にこだわりのある日本の民が信仰する神ともなれば、ますます好まないだろう。

「とりあえず、穣子が来てからでいいかしら」
「えぇ、もちろん」

 遠くから、何か大騒ぎする声が聞こえる。
 おそらくは、収穫祭の声だろう。

「貴女はいなくていいの?」
「主役は穣子だしね。私は顔見せだけ。賑やかなのは好きだけど、騒がしいのは苦手なの。紅葉は桜と違って大騒ぎして観るものじゃ無いでしょ?」
「なるほどね」

 確かに、桜を肴に宴をするのは良く聞くが、紅葉を肴に宴をするとは聞かない。
 まぁ、秋は肴にするものに事欠かぬ、風景風情を肴にせずとも酒は旨い故かもしれない。
 そんな風に、静葉とレティが他愛のない話を続けていると、丁度、その風景を忘れさせる恵みがやってきた。
 言わずもがな、秋の恵みの香りを湛えるのは、秋姉妹の妹、秋穣子である。

「あ、あれ? レティ?」
「今日は穣子」

 姉と似たような反応を示す穣子に、レティは笑顔で返す。
 やはり姉妹なのだなというのが良くわかる。

「あのね、レティがカブラが欲しいんだって」
「え、なんでまたあんなもの……」
「あんなものとは失礼ね」

 散々ないわれようだが、実際、レティも明確には反論しづらい。
 何気に食に無頓着だった故郷から離れてかなりが経ち、レティもすっかりこの国の食に馴染んでしまっている。
 特にルタバガにかんしては、日本の蕪を食べるようになってから殆ど口にしていない。

「食べる訳では無いの、ただちょっと使いたい事があって」
「うーん? まぁ、良いわ。里の人が飼料用に作ってるの分けてもらってるけど、私も肥料にしちゃうぐらいだし」
「悪いわね」
「あ、でも後で良いかしら、収穫祭が終わってちょっと疲れちゃって」
「こちらも急いでいないから大丈夫よ」

 これがハロウィンの前ともなれば、間に合わせようという焦りも生まれるだろうが。
 当日ではそういう気持ちも沸かない。
 のんびりやればいいのだ。
 と、そこである事が気にかかる

「ねぇ、前から気になっていたのだけど」
「うん? なぁに?」
「……秋の祭りで貴方達を祀るって、遅くないかしら?」

 古来より、春秋去来と言い、豊穣の神は春に訪れ秋に去るものである。
 作物が植えられ、育つのは春から夏なのだから、それは当然の事で、レティの故郷でもそれは同じだった。
 収穫した作物を、感謝の意味を込めて神に捧げる祭りもあるが、どうにもそれとも違うように思える。

「いいの、わたしあんまり仕事する気無いし」
「えぇー……?」

 穣子の、あんまりにもすっぱりとした断言に、レティは少し言葉に困ってしまう。
 神ともなれば、己の勤めに精をだすものなのだが。

「私の力じゃそんなに大きな豊穣は齎せないし」
「権能を示せば、力も大きくなるでしょう?」
「えー……うぅん……」

 神の性質は、信仰の大きさで左右される。
 当然の事乍ら、正しい権能を示せば、その分信仰を獲得する事ができるし、神はその為に務めを果たそうとするものだ。
 ……守矢の神等は、すこしばかりがっつきすぎだと思わなくもないが。

「やっぱり良いわ、私には私に見合った在り方があるもの、ライバルも多いから、下手に競争すると疲れちゃうし、それに……」

 穣子は、後ろにいる姉をにチラリと視線を向ける。

「お姉ちゃんと別々に行動するのも嫌だし」
「ちょっ、穣子」
「あら」

 言った後に、ちょっと視線を外す穣子と、ちょっと恥ずかしそうにする静葉。
 そんな光景に、レティはくすりと笑う。
 確かに、穣子が正しく力を使うのならば活動時期は夏になるだろう。
 一方の静葉は紅葉の神である故、活動時期は秋で、姉妹で動く時期が違うという事になってしまう。

「ふふっ、そうね、姉妹だもの。一緒が良いわよね」

 神としての力よりも、姉妹としての在り方を選ぶ。
 確かに、この姉妹は一緒にいた方が何かとお似合いである。

「それじゃ、カブラは明日取りに来るわ」
「あ、うん、用意しておくわね」
「お願いね」

 これ以上、ここに留まるのも野暮であろう。
 レティは再び風に乗り、空に舞い上がる。
 氷の上を滑る様なその姿は、まさに雪女に相応しいものだ。

 ちらりと地上を見下ろす。
 鮮やかな姉妹の姿が、変わらずそこにあった。
 何を話しているのか聞こえはしないが、決して悪い事では無いだろう。
 
 騒がしくじゃれあう姉妹を横目に、レティは来た時と同じように、再び凍てつく風となってその場を離れていった。


               * * *


「石炭が欲しい?」

 ここは地底の灼熱地獄。
 もはや地獄としての機能が使われていない旧地獄において、猫の様な高い声が響く。
 否、猫の様なではない、猫そのものの声であった。
 流れる血の様な紅い髪を揺らし、首をかしげるのは、旧地獄にて灼熱地獄に燃料をくべる怪描・火焔猫燐である。
 そして、燐の前にいるのは、無論の事レティ・ホワイトロックであった。

「そう、地獄の石炭をね」

 どうせ作るのならば、かなり凝ったものにしたい。
 ならば、ランタンに入れる火も、地獄の火にしてみようではないか、と考えた次第であるが。
 やはり唐突な申し出であっただろうか。

「ふぅーん、ジャック・オー・ランタンねぇ」
「こっちじゃ馴染みないでしょうけど」
「要するに、提灯みたいなもんでしょ? 地獄の火を使おうなんて大胆だけど。いいよ、分けてあげる」
「あら、有難う」

 意外とあっさり交渉が成功する。

「昔は、灼熱地獄の維持に石炭も使ってたらしいんだけどね。使われてない今じゃ、死体を投げ込むだけで十分って訳。正直、持て余しちゃってるんだよね」
「そんなに?」
「倉庫の中で山の様に転がってるよ」

 そこまで案内してあげる、と燐はレティを先導して歩き始める。
 二人の目の前には、骸を糧に燃え盛る地獄の炎がある。
 地を覆う炎は眼前を覆い尽くし、熱で大気を紅蓮に染め上げて、まるで炎の大草原の様な光景であった。
 常識で考えれば、人の躯だけでこれだけの炎が維持できるわけが無いが、やはり地獄の炎、量りしれぬ何かで燃え盛っているのかもしれない。
 自分が触れれば、たちまちの内に融けて消え失せてしまいそうな熱気を前に、しかしてレティは感嘆の声を上げる。

「凄いわね」
「昔はこんなもんじゃなかったらしいよ。それこそ、罪業を焼くのに罪人だけじゃたりなくて石炭もガンガン投入してたらしいし」
「この炎とは比べ物にならないぐらい?」
「そう、まるで、炎の城がそこに建っているみたいだったってさ」

 流石は、灼熱地獄と言うべきだろうか。

「でも、今は地獄としては使われていないのでしょう?」
「うん」
「何故、この炎を燃やすの?」
「仕事だから」

 なんとも、応えずらい答えである。
 確かに、それが火焔猫燐の仕事なのであろうが、仕事の内容を仕事だからで返されてしまっては話題が途切れてしまう。
 博麗霊夢辺りも、こんな感じだ、アレも何故、妖怪退治をするのかと問えばそれが巫女の仕事だからと言う。
 そんな、レティの心境を察したのか、燐はちょっと悪戯な笑みを浮かべた。

「あはは、ごめんねおねーさん、勿論、ここの維持が地底にとって大事だからさ」
「どういう事かしら」
「簡単な話だよ、ここが地底ってのが答え」

 ふと、考えて、そして簡単に答えにたどり着く。

「ここが、地底を照らしているのね」
「そう言う事」

 この灼熱の草原が地を照らし岩を温める。
 もし仮に、ここの炎が絶えれば、地底はたちまちの内に凍てつく闇に閉ざされてしまうだろう。

「闇が平気って妖怪もいるけどね。でも、闇だけで存在できるほど私たちは便利じゃないのさ」
「そうね、寒さは心を蝕むわ。肉の体が寒さでささくれ立つように、心だってささくれ立ってしまう」
「特に、ここにいるのは地上を追われた連中ばっかりだからね、そういう奴らの心に闇と寒さは猛毒になっちゃう」

 地を追われる。
 それは大変な屈辱だ。
 神であろうと悪魔であろうと人であろうと、その生は大地と共にある。
 大地に生まれ、大地に生き、大地を畏れ、大地を拓き、大地を慈しむ。
 別の地に移り住む事で生きる事は出来る、だが、地を奪われ追われることは自分たちが生きてきたことを否定されるのと同意義なのだ。
 どんな形であろうと、どんなに小さくとも、それは怨みを生み出す。
 そして闇と寒さは、それを育む。
 追われた先が、不毛な場所なれば、かつて自分が住んでいた地が恋しくなる。
 恋しさがますます怨みを生む。
 だから、光と暖かさが必要なのだ。それは妖怪であっても変わらない。

「ここは、地底の太陽なのね」
「まぁ、同僚から本当に太陽の化身が出てくるなんて思わなかったけど」

 燐は苦笑するが、その太陽が引き起こした異変で地底はある程度ではあるが開かれた。
 ここに堕ちた怨みと因果も薄れてきた証拠なのかもしれない。
 きっと、この炎がなければ、彼らの心はずっと乾いて、こうはならななかっただろう。
 かつて、海に堕ちた仲間達がそうであったように、地底の妖怪達も地上との新しい形を探そうとしている。

「おねーさん?」
「なんでもないわ」

 少し、昔を思い出してしまった。

「おねーさんも、なんか色々あるクチ?」
「秘密にしておくわ」
「おや、意味ありげな」

 そんな話をしている内に、二人はかなり古びた倉庫にたどり着いた。
 燐が大分がたついた扉を開くと、埃っぽい空気が流れてくる。
 覗いてみれば、確かにそこには石炭が山の様に積み上げられていた。
 整理も何もされておらず、長年誰も手を入れていない様である。
 やはり倉庫の中で埃を被っていた瓶の中に石炭を入れてもらい、レティはそれを受け取る。
 これで、火種になるものも手に入った。

「ほら、こんなもんでいいかい?」
「えぇ、ありがとう。ごめんなさいね、手間をかけてしまって」
「いいって。その代り、出来たら見せてみてよ。カブで出来た異国の提灯なんてちょっと興味あるし」
「そんな事でよければ」

 思っていた以上に気持ちの良い火車の親切に、レティは感謝を述べてその場を立ち去る。
 地上を目指すレティの後ろでは、これからも地底を照らすであろう炎が火の子を散らして美しく揺らめいていた。


               * * *


 そうして、レティの目の前にはカブラと石炭がある。
 日を改めて、穣子から譲ってもらった見事なカブラだ。これならば、きっと良いジャック・オー・ランタンが出来るに違いない。
 そんな期待を込めて、レティは鼻歌交じりにカブラを切り、中身を刳り出してゆく。
 予備を含めて複数もらっているが、やはり無駄にはしたくない。
 出来る限り慎重に、綺麗に中身を削る。
 中身を削り切ったら、次は表面に顔を刻む作業だ。
 筆で画を描き、何処を切るのか辺りを付ける。
 
 さて、どんな顔がいいかしら?
 可愛い顔? それとも不気味な顔?
 元は妖精除けのランタンだから、不気味な顔がオーソドックスなのだけれど。
 今様の可愛げのある顔もいいかもしれない。

 描いては消し、描いては消して、納得のいく顔になるまで繰り返す。
 なにせ、削ってしまったらやり直しは効かない、よくよく考えて決めなければ
 でも、どうせ削りだしてからやっぱり、とか思ってしまうのだろうな。と、そんな予感ですら、作業中は楽しい。
 納得のいく顔を描けたら、ナイフを入れて実際に顔を削りだしてゆく。
 線にそって、ゆっくりと。
 折角の顔を台無しにしないように。
 目と、鼻と、口と。
 ……やっぱり鼻はいらなかったかしら?
 削りながら悩むが、まぁいいかと、葛藤を横にやってかまわず続けてしまう。

 そんな作業をやる事、数時間。
 レティの前には、複数のジャック・オー・ランタンが並んでいた。
 削っては見直し、もう一つ作りたくなってというのを繰り返した結果、もらったカブラ全てをジャック・オー・ランタンにしてしまったのだ。
 半分ぐらいは、ハギスの付け合わせにしようと思っていたのに。と、レティは思わず苦笑する。
 まぁ、故郷の味を思い出すのはまた今度だ。今はこのランタン達を天日干しにしなくてはいけない。
 今は良い天気で、良い感じに乾燥している、ランタンを乾かすにはちょうど良いだろう。

 でも、その前に、ちょっとだけ火を灯してみましょうか。

 地底でもらった石炭に火を灯し、そこから更に蝋燭に火を移す。
 そしてそれを、ランタンの中に入れれば、ジャック・オー・ランタンの一応の完成だ。

 あら、良い出来じゃない?

 何個も作った甲斐があるもので、火を灯すと思っていた以上に雰囲気が出る。
 きっと夜に灯せば幻想的な明るさになるに違いない。

 ハロウィン、か

 日本でいう処の、お盆のような祭りだ。
 10月31日に、この世と異界の境界線が曖昧になり、悪霊や妖精達が世界にやってくる。
 それを打ち払うため、魔除けの火と、魔物の仮装でそれらを追い返す祭り。
 尤も、それを覚えているものなど、最早一部しかいない。
 大抵の者にとって、ハロウィンはただ楽しいだけの祭りだ。

 穣子を祀る祭りと同じね。

 意味の失われた祭り。
 かつては、自分や仲間を退けるための祭りだったソレと、本当ならば豊穣を願うための祭り。
 時の流れが、祭りから意味を奪うのだ。
 だがそれでも、祭り自体は人の手によって継承され、今も続いている。
 仲間達が何と言うかは判らないが、レティはそれはそれで喜ばしい事だと思っている。
 自分たちの事が忘れ去られても、自分たちのいた証は残り続けるのだ。
 幻想郷に居ても、故郷で祭りが続いている事を想えば、レティはそれだけで幸せな気持ちを得る事ができる。

 そう、故郷だ。
 あの重く灰色の雲に覆われた空。
 霧の走る山々。
 巨人に例えられた岩々が並ぶ海岸。
 夜中に再び上る太陽。
 炎によって寿がれる5月祭。
 古き我らを打ち払うハロウィン。
 尊き聖者を貴ぶ盛大なパレード。

 それが、レティ・ホワイトロックの故郷の風景だ。
 数多の種族が訪れ戦い、滅び、そして今は人間達の土地となった。
 一族は破れ忘れ去られ、いまや遥かなるそして麗しき楽園、常若の国ティル・ナ・ノーグに去ってしまっている。
 だが、あの地がレティや仲間達の地であった過去が消えてしまった訳では無い。
 レティは今、その地からもティル・ナ・ノーグからも離れたこの幻想郷にいる。
 自分たちと同じく、忘れ去られた者たちの地。
 ここには、様々な魔や神が居る。

 己の信仰を得ようとするもの。
 信仰よりも、家族との絆を貴ぶもの。
 務めの為の務めを成す者。
 務めの意味を知って務めを成す者。

 なら、レティ・ホワイトロックは?
 そう、レティ・ホワイトロック。
 明らかに日ノ本のモノの名ではない。
 幻想郷では珍しくもないが、それでも幻想郷でも奇妙な名である。

 レティは、ジャック・オー・ランタンを手にする。
 忘れさられた自分たちの、しかして自分たちがいた証。
 この地では、これを観ても何か判る者はいない。
 レティの過去を知る者もいない。
 あの輝かしき、偉大なる神々の姿も、この地では誰も知らないのだ。


 レティは、ふっと蝋燭の火を吹き消す。
 さぁ、過去を懐かしがるのももうお終い。
 はやくランタンを干さなければ、ダメになってしまうわ。
 折角造ったのだから、出来る限り長持ちさせたい。
 良い天気だ、この調子が続いてくれれば、良いランタンが出来上がるだろう。
 山の一角に、どこか上機嫌な鼻歌が聞こえていた。 



              *  *  *



「秋が終わっちゃうわね」
「そうね、おねえちゃん」

 時の流れとは無情だなと秋姉妹の神はため息を吐く。
 いかに神と言えど、時の流れは巻き戻せない。
 ましてや自他ともに認める弱小神では尚更無理で、季節に属する者としては自分たちの季節が去るのは遺憾ともしがたい憂鬱感がある。

「でも、今年も紅葉が綺麗だよ」
「そりゃそうよ、頑張ったもの」
「で、これから蹴り落とすの?」
「そりゃそうよ、仕事だもの」

 何気ない会話だが、どうにも無気力感が漂う。

「「はぁ」」

 姉妹ならではの息の合ったため息が尚更に鬱陶しく思えてしまう。
 と、そこで、何かが空からポトリと落ちてきた。
 姉妹の鮮やかな緋色のスカートの上に、一つづつ。

「あら?」

 何かと思い、手に取ってみる。
 何やら灰色染みた、はてなんだろうと。
 そして確かめてみて、ため息と同じ息の合った悲鳴が上がった

「「うひゃあ!?」」

 落ちてきたのは、なにか恐ろしげな表情をした顔である。
 睨みつけるような、嘲笑うような。
 何とも不気味で、それで姉妹は驚いてしまったのだ。

「あら、なんて予想通りな反応」

 姉妹が声のした方を見上げる。
 そこには、白い女がクスクスと面白そうに姉妹を見下ろしていた。

「レティ!」

 からかわれたのだ、と理解して穣子が声を荒げる。

「ごめんなさい、ちょっとした悪戯よ」

 一方のレティは、どこ吹く風と彼女たちの元に降りてきた。
 それと同時に、どこからか猫の声が聞こえる。

「へへへ、大成功って処だね」
「えぇ? 地底の黒猫?」
「そこでおねーさんに会ってね、ちょっとした催し物をするから観ないかって」
「酷いわね、見世物扱い?」

 静葉が頬を膨らませたのをみて、火焔描燐とレティはまたも楽しげに笑う。
 それは本当に些細な悪戯が成功したのが楽しそうで、秋姉妹はそれ以上怒る気も失せてしまった。

「もう、ビックリしたじゃない、なによこの悪趣味な代物」
「悪趣味なんて失敬ね。私の故郷で造られた魔除けのランタンよ」
「魔除けのって……あぁ、こういう顔をしてるのは鬼瓦みたいな理由なのね」
「あら、言われてみればそうかもしれないわ」

 ニヤリと嗤うジャック・オー・ランタン。
 魔除けの役目として恐ろし気な顔をしているのは、世界共通という事か。

「これ、カブラ?」
「そう、貴女からもらったカブラ。私の故郷ではルタバカっていうのだけれど」
「へぇ、カブラで造ったランタンなんて珍しいわね」

 穣子が、シゲシゲとランタンを眺める。
 恵みを司る神として、自分の季節の作物の行く末に興味があるのだろう。

「もしよければ進呈するけど?」
「これを?」
「いいえ、こっち」

 そう言ってレティが懐から取り出したのは、姉妹が持つものよりもずっと愛嬌のある大笑いするようなランタンであった。

「あ、そっちはなんだか可愛いわね」
「そうでしょ? 今風に作ってちょっと自信作なの」

 二人から不気味なランタンを受け取り、代わりに可愛いランタンを渡す。

「この前のカブラのお礼、受け取ってもらえるかしら?」
「勿論、もらえるものなら病気以外はなんだって貰っちゃうわよ」
「穣子、その言い方はお姉ちゃんどうかと思うわ」
「ま、そのくらい太々しいのが幻想郷らしくていいと思うよ」
「じゃあ、燐はこっちね」
「え、その気味の悪いの?」
「うん、アタイ的にはこっちの方が好みだし、怨霊共を脅かすのに使えそうじゃない?」
「……地底の妖怪のセンスって良くわからない」

 秋の暮れの、肌寒い空の下の明るく騒がしい会話。
 レティ・ホワイトロックも自然と混じりあう、暖かな世界。
 そうだ、ここは不毛の地では無い。
 家族は居ない、けれども、こうしてレティを知る者が居る。
 ここは故郷から遠く離れた地だ、しかし故郷とは違う光と暖かさがある。
 ならばそれだけで十分だ。
 大切なものは、この内にある。

「レティ? どうしたの?」
「なんでもないわ」

 自らの内に秘した燈火をレティは決して語らない。
 そんな必要もない。
 この幻想郷で、レティはただのレティ・ホワイトロックなのだから


 そう、私はレティ・ホワイトロック。
 アイルランドの勇猛にして高潔なる神々、トゥアハ・デ・ダナーンの末。
 青白き老婆<カリアッハベーラ>に連なる者。


 神を追われ地を追われ、海に堕ちて力を失い、小さき妖精になろうとも。
 レティの胸の内には、誇りの火が灯っている。
 遥かなる昔に、一つの地を支配していた、大いなる一族の一員であったという、その誇りが。
 どんな厳しい冬であっても、その火を抱く限り、レティの心は決して凍てつかぬ。
 そして、その火を愛する為に、火に相応しきものである為に、いかなる時代、いかなる地であろうと、レティは冬の女神としての務めを果たす。
 己の場所を探し彷徨う必要など、レティにはない。
 譬え誰も知らぬ小さな火であろうと、その火を絶やさぬ薪がある世界、火が照らす世界こそ、レティの世界なのだ。

「それじゃ、そろそろお暇させてもらうわ」
「うん、ランタン有難うレティ」
「できる事なら、今年の冬はあんまり寒くしてほしくないんだけど」
「それでには同感。猫の身としては寒いのはねー」

 レティはゆっくりと宙に浮かぶ。

「そんな事言わないで、冬を楽しんで頂戴」
「私たちは秋の神よ」
「なら、そのランタンに偶には火を灯して。貴方達の秋の恵みから作られたのだから、それを見て過去や未来を想うのも良いものよ」
「勿論、私たちだって季節に属する者よ、いつだって次の秋を一日千秋の思いで待ってるわ」
「偶には地底にも来なよおねーさん。地底にも雪は降るからさ」
「寒いのは苦手なのでしょう?」
「でも、友達が来るのは歓迎さ!」

 緋色の三人がその通りだと笑う。
 だから、レティも笑う。

 そして白い女神は空高く舞い上がる。
 凍てつく風をその身に纏い、枯葉を巻き上げて。
 故郷と違う、しかして変わらぬ空だ。

 もうじき、もっと冷たい風が幻想郷の全てを駆け抜けてゆくだろう。
 春が来て夏が去り秋が終わる。
 時が流れようと、レティはここに居て決して過去を忘れない。


 だから、今年も冬がやってくる。
以前からレティの元ネタとしてカリアッハベーラが挙げられることが偶にあり、ならばレティ=カリアッハベーラとして一本何か書けないかと思い、これを書きました。
異国の神が、日本にいるとはどんな気持ちなのでしょうか?
少なくとも、レティは悲壮さや暗い面は見せていません。
異なる土地であっても、自分を見失わないのであるならば、レティはケルトらしい誇り高い存在なのではないだろうかとイメージしております。

ハロウィンに関してですが、アイルランドでは現在でも伝統的な古い形でのハロウィンが続いているそうです。
またカリアッハベーラがトゥアハ・デ・ダナーンであるというのは、どうもトゥアハ・デ・ダナーンの始祖である女神ダヌーが零落した姿であるキャス・パルクという魔女がカリアッハベーラと同一視されているそうなので、そこからこじつけていたりします。
色々と間違ってる処がありますが、そこには目を瞑っていただけると大変助かります(笑)

11/04追記
皆さまからの指摘を受け、この作品が未完成である事に気が付きました。
その為に改訂版にさせていただきました。もし問題であればご指摘をお願いいたします。


>>2様
ご、ごめんなさああああい!
友人からも「これじゃハロウィンものだと思って、最後にオチがあると思う。おれもそー思う」と指摘されてしまいました。

>>3様
ご指摘有難うございます。
最後に、ちょっと悪戯好きなレティさんを追加させていただきました。お気に召していただければ幸いです。

>>とーなす様
本当に申し訳ありませんでした。
作中にて幾つか修正させていただきました。

>>7様
有難うございます。
神話・伝説系は大好きなので、よくモチーフにしたりします。

皆さま、有難うございました
それでは。
四聖堂
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コメント



0.200簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
最後に秋姉妹やお燐らと完成したランタンを見せてなんかやの暖かい話が無いじゃないですかやだー
3.100名前が無い程度の能力削除
格好良いレティでしたが、もう少しその設定に見合った展開が欲しかったです。
でも面白かったです。
5.90とーなす削除
> 以前からレティの元ネタとしてカリアッハベーラが挙げられることが偶にあり、

 へー知らなかった。
 レティの元ネタは雪女 = 日本の妖怪という思い込みがあったせいで、レティの故郷の描写でハロウィンを引き合いに出されたとき、「???」となったけど、あとがきで合点がいきました。そういう説もあったのかー。そう言われてみれば服装は日本風じゃないものね。

 上記の理由から、ちょっと序盤は物語に入っていきにくく感じましたが、終わってみればレティさんの新しい一面を垣間見たような新鮮な読後感を味わえました。
物静かで知的な文章が素敵で面白かったですが、ちょっと私のような無知な読者に迎合してくれるギミックがあるとなお良かったかも。
 ルタバガってなんやねん、ジャック・オー・ランタンの話題で何でカボチャのカの字も出てこないねん、そもそもあとがきが解説のように見えて、新出単語ばっかりで結局わからない人にはまったく伝わらないじゃん! とかいろいろ思うところがありましたゆえに。

 ジャック・オー・ランタンの素材って、元はカボチャじゃないんすね……(後で調べた)。
7.100名前が無い程度の能力削除
好きな題材を(リテイク込みとはいえ)丁寧に料理してあって楽しめました