Coolier - 新生・東方創想話

∞=0+0

2015/10/25 22:28:50
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 騒がしいようで音のない、色とりどりのようで殺風景な世界の中、少女がたった一人で歩いていました。靴も履かず、着の身着のまま飛び出したような装いで。
 頭には白いモブキャップ、その帽子から溢れる金の髪は普段なら輝いてみえるでしょうに、この眩しくも薄暗い世界では、否、今の浮かない表情の上ではやけにくすんだ色を覗かせています。
「蓮子、早く助けに来て…」
 少女はそこにいない誰かに向かって助けを求めました。その声が届いたのか、何もかもが曖昧だった世界は瞬く間に姿を変え。     
 どうやら、少女のよく知る形を取り戻したようでした。
 それまでのただあてどなく歩を進めるだけの足どりからうって変わり、いまや少女の足は明らかに何処か一つの場所を目指しています。ですが、その歩みは自分の意思で今を往くというよりはただ助けを求め過去を辿るようなたぐいのものでした。
 だからでしょうか?少女は自身を取り巻く違和感に気づいていないようでした。先程までとは違い、日の光の下には彼女以外の人間も多く歩いていたというのに、誰も彼女の姿に注意を払わないことに。
 と、どうやら少女は目的地にたどり着いたようです。少女の眼前には、何の変哲もない扉。それは、どこにでもあるようなアパートの一室で、表札にはあの『宇佐見』の文字。その前で、少女は少し何かをためらった後、チャイムを押しました。
 ですが帰ってくる返事はなし。当然のことです、彼女は押したつもりでも、来客を告げる電子音は響かなかったのですから。
 しばらく待ってから、彼女は何かを恐れるかのように、目をつぶったままドアノブをゆっくりと回して扉を開けた、つもりのようでした。
 とにかく彼女は部屋の中に入りました。足元に乱雑に脱ぎ捨てられた靴を見て、少し安心したような表情を浮かべます。そして廊下の奥へ向かいつつ、軽い調子で声を掛けました。
「蓮子、いるんでしょう?もう、自分の部屋だからって靴脱ぎ捨てるのやめなさいっていつもいってたじゃ…」
 しかし、彼女の言葉はそこで途切れました。廊下の奥、おそらくは居間であろう部屋。そこに足を踏み入れた彼女の目の前には、目を覆うような惨状が広がっていました。
 狭い部屋にはやや不釣り合いな二人用のソファーに放り出したように重なる、脱ぎ散らかされたままの衣服や特徴的な帽子。小さな机の上に乱雑に積み上げられ、しばらく手を付けた形跡もない書籍の山。そして、コンビニ弁当の残骸が押し込まれたゴミ袋の山に、床に無造作に飲み捨てられた無数の酒瓶。
 その悪夢のような光景の中で、今も酒に溺れる少女が一人。
 有り体に言えば、そこにいたのはまごうことなき駄目人間、いや駄目少女でした。声も出せずに拳を握りしめる金髪の少女の様子をみるかぎり、昔はこうではなかったのでしょうが……
 と、ついに堪忍袋の尾が切れたのでしょうか、金髪の少女が大声を張り上げました。
「ちょっと、蓮子!一体全体このザマは何なのよ!?」
 まるでその声が届いたかのように、酔っ払いそのものといった顔をした駄目少女――恐らく蓮子と言う名らしい――は焦点の合わない瞳を虚空へ、ちょうど金髪の少女がいる方へ向けました。
「メリー?」
 そのどこからどう聞いても泥酔した者の声色を聞いて金髪の少女――こちらはメリーと言う名らしい――は更に声を荒げます。
「ええ、メリーよ!貴女の相棒のね!でも蓮子がこの様じゃそれも今日限りかしら?」
 その言葉に打ちのめされたかのように、蓮子はアルコールで満たされた頭を垂れ、
「メリー、どこにいっちゃったのよ。メリーがいないと私は、私は……」
 そう言って泣き出してしまいました。まるで母親を見失った子供が泣き喚くように。そんな蓮子のただならぬ様子を見てメリーは怒っているどころではないとばかりに慌てて声をかけます。
「ちょ、ちょっと蓮子、落ち着いて。そりゃ今はまだ戻れないけど。私はきっと、いいえ必ず帰ってくるから」
 その声が届いたのでしょうか、届かなかったのでしょうか。何たることか蓮子は頭を下に傾けたまま眠ってしまっていました。どうやら酔い潰れた状態で泣きわめいて疲れてしまったからのようですが、これはひどい。
 きっと、メリーも呆れ返っていることでしょう。はるばるといってよいかは微妙ですがここまでなんとかやってきたというのに。
 果たして、彼女は眠りこんだ蓮子をそのままに踵を返しました。しかし、その足取りは先程までのものとはうって変わり、しっかりと目指すべき道を取り戻していました。彼女は歩を進めながら、自身に言い聞かせるように呟きます。
「蓮子がこんな調子じゃ、待ってたって迎えに来てなんてくれないわ。それどころかますます駄目になっちゃう。私の方から戻れるように頑張らないと!」
 どうやら、彼女は今の自分がどうなっているのかに気づいたようですね。そのまま後ろも振り返らず、ドアをすり抜けて出て行きました。今度は生身でここへ帰ってくるために。






 そこでようやく現と溶け合っていた夢が輪郭を取り戻し、ごく普通のものへと戻って行きました。私はそれが完全に元に戻る前に、メリーの「むげん」を眺めるのをやめて、蓮子の夢魂を掴みました。
 私は、手にした蓮子の夢魂を、彼女の夢を見渡します。 やはり、悪夢は晴れていました。先ほどまでの彼女は起きながら夢を見ているような有様でしたが、今は現を見ることが出来ていました。夢の中で微睡んでいながら、おかしな話ですが。恐らく彼女は問題ないでしょう。
 問題があるのは、もう一人。メリーという少女もまた蓮子と同じように自分を取り戻しはしましたが、それで終わりなのではありません。むしろ始まりなのです。
 曖昧であるうちは溶け合っていた彼女の中の夢現が、今また境界を為しつつありました。そして、彼女の瞳はその境を容易に飛び越えるでしょう。彼女の意思に関わらず。
 皮肉なものですね。曖昧で不安定であるがゆえに力を失っていた瞳が、自己を取り戻したが故に光を取り戻したなんて。彼女はこれまでと同じ、否、これまで以上に危うい存在となりつつあります。彼女たちの問題では収まらぬほどに。
 いっそ、今のうちに処理してしまいましょうか?曖昧なうちは夢でも現でもないがゆえに私にはただ事態を見守ることしかできませんでしたが、輪郭を完全に取り戻せば違います。今度こちら側に踏み込んできた時ならば如何様にもできるでしょう。
「ううん、メリー、ちゃんとついてきてよ……」
と、そんな私の思索を蓮子の寝言が遮りました。どうやら顕界の彼女が発した声が夢魂を通じて聞こえたようです。
 彼女の夢魂をもう一度見通して、思わず笑みがこぼれてしまいました。夢の中の彼女は、先ほどの醜態もどこへやら、不安に満ちた表情を浮かべるメリーの手をひいて、どこまでも、文字通りどこまでも進んでいきます。あろうことか、彼女は夢の中で夢を認識するという夢を見ていました。
「貴方が夢の中の支配者かしら?」
 夢魂から再度声が響きました。まるで私に直接語りかけてきたようなその言葉はそう、あの時の『彼女』とおんなじ響きをしていて。
 ああ、まったくなんという人間、いいえ人間たちでしょうか。
 彼女の姿を見た時から、いいえ、宇佐見という表札を見た時から気になってはいましたが、蓮子はやはりあの少女、宇佐見菫子の血を引いてるようでした。
 初めて覗き見た時の菫子も、蓮子と同じように『彼女たち』に自信満々の言葉を投げかけていました。もっとも、私が彼女の監視を始めたのはすべてあの異変が終わったあと、夢の中で幻想に通うようになってからでしたが。
 夢の中で現実を見たのもあの時が初めてでした。まさかあの時垣間見たように、夢の世界で生身の人間と、それも『彼女たち」と戦うことになるとは思ってもいませんでしたけど。
 それはともかく、先ほどの蓮子の言葉はあの時、幻想へ至る途中で、夢の世界の私に気がついて話しかけてきた菫子を彷彿とさせるものでした。
 ただ、一つだけ違うのは。
 蓮子一人では決して菫子のようには言えなかったことです。先ほど見たように、一人ぼっちの蓮子は本当に駄目少女でした。何処かへ隠された相棒を探すことも出来ず、ただ酒に逃げるだけのありふれた駄目少女。
 ですが、その駄目さこそが相棒を、そして自分自身を救ったのでした。
 あの状態の、夢現であり零であったメリーを彼女がはっきり認識できたわけがありません。酒に溺れて現を失っていたおかげでかろうじて存在は感じ取れていたようですが、その代償に蓮子は何一つ理解出来ていませんでした。
 実際、彼女たちの言葉は一度も噛み合いませんでした。メリーはただ理解されない言葉を叫び、蓮子はただメリーの幻をおぼろげに感じていただけ。それなのに。醜態を余すことなく見せた蓮子はメリーに見切りをつけられ、まさにそれによってメリーを救ったのでした。
 相棒がいつか来てくれるなどと信じて待つだけでは、彼女の輪郭は戻ることはなかったでしょう。彼女には自分で動き、自ら輪郭を取り戻す必要があったのです。それをもたらしたのは、やはりこの子、私の手の中で大層都合のよい夢に微睡む蓮子なのです。
 そして、その蓮子に現を取り戻させたのも、やはり彼女の相棒でした。蓮子には届かないはずの声。それでもメリーがあの時叫んだからこそ、正体を失っていた蓮子の魂に響いたのです。だからこそ、今彼女はようやく目を覚ましているのです、眠ったままに。
 菫子の血を確かに感じさせる蓮子と、菫子と同じく夢の中で幻想を視るメリー。
 一人では無力でも、二人ならばどんな未知だって切り開ける。そういう関係なのでしょう。あの二人は、きっと。
 そんな甘い考えを最後に、私は蓮子の夢魂を手放し、同時にメリーの夢へ向けていた監視の目を手にした本もろとも閉じました。
 二人は多分大丈夫。そんな夢のような願望が素直に信じられたのがひとつ。もうひとつは。
「……」
 彼女がやって来たのが理由でした。
「もう、またですか。私も忙しいんですよ?いつもいつも貴方にばかり構っていられないんです」
 できるだけ憮然とした態度に見えるように、顔を背けたまま言葉を掛けました。
 上手くいったわね、きっと。そう思ったのに、強いて無表情を取り繕った顔を向けると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせていました。
 彼女の視線をたどってからようやく自らの失策に気づきましたが、覆水は盆に返らず。というよりも。自分の意思では止めようがなかったという方が正解でしょう。なにせ彼女の声を聞いてからずっと、私の尻尾ときたら嬉しげにピョコピョコ振れていたようなのですから。
 こちらの事情など一切構わないといったふうに、彼女はいつものように私の傍に近寄り、ねだるような瞳で見上げてくる。ああ、もう、それは反則ですよ。
「またですか…仕方がないですね」
 そういって、一瞬で用意したソファーに座ってぽんぽんと自らの膝を叩く。此処は夢の中、大概のことは私の思い通りなのです。ままならぬのは自分の気持ちぐらい。
 本当に、どうしてこうなるのでしょうか。現実の彼女を見る機会はきっと一生無いけれど、月の民の夢を通じて普段の彼女の様子はよくわかっているつもりでした。その能力も相まって、近寄りがたくも信頼の置ける、月世界にとって重要な存在のうちの一人。それが彼女たちの夢の中での稀神サグメでした。
「……」
 そんな彼女が、夢の中ではこうなのですよ。私の膝に頭を預け横になり、なでて欲しいとでもいうかのように小さく純白の片翼を揺らして。
 そんな完全に気を許してしまっている彼女の望むがままに。私はいつもの様に彼女の片翼を、頭を優しく撫でてしまうのです。
 本当に、どうしたものでしょうか。誰も聞いていないというのに形ばかりは取り繕ってみるけれど、答えは決まりきっていました。なにせ、私の膝の上にある彼女の頭が、暖かくて柔らかくて。私にはどかすことなど到底出来ないのですから。
どうやら今夜もまた、彼女が目覚めるまでは、二人して怠けるほかないようでした。
 彼女が早く満足してくれることを、溜まっていく夢魂を見ないふりをしながら願いつつ。せめてこのぬくもりを次の機会まで覚えていようと彼女の羽根を優しく撫で続けました。彼女がよい目覚めを迎えるまで。
トリフネからイザナギへ繋がる重厚な秘封を書くつもりがどうしてこうなった!
ともあれ色々やりたいことを詰め込めたので満足であります。
途中から明らかにメイン入れ替わってますが二人なら∞になるのが秘封ならその逆をやらかしてくれそうな人々を出したかったんです。それに当てはまるのは単体で優秀な彼女たちじゃないかなあ、と。
ホプレス
http://twitter.com/hopelessmask
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コメント



0.150簡易評価
2.80名無し削除
秘封の二人がどうなったのかは気になるところでしたが、蓮メリドレサグが狂おしい程好きなドグサレの私のど真ん中ストライク三振でした。
良かったです。
4.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
5.90名前が無い程度の能力削除
蓮メリとドレサグでしたか
よかったです