※幻想郷に於いて使われている時間は干支を使ったものだろう、という筆者の判断により時刻表記がされています。
計算しなくても情景描写でどれくらいの時間帯か分かるようにしてありますので無視しても支障はありません。
それでは、お話をお楽しみください ↓この先二百由旬(嘘)
外の顕界がようやく長い冬を終え、麗らかな日々を享受し始めていた頃、この地では既に、春真っ盛りの心地よい気候に祝福された桜たちが自らの存在を示さんと満開に咲き誇っていた……ただ一本、西行妖を除いて。
ここ、冥界は一年中春の気候に覆われた地である。そこには一軒の邸宅が構えられている。その名は白玉楼、『しらたま』では無い。
一軒の屋敷とは言っても、その規模は常識外れであり、敷地の端から端まで約二百由旬ある、とそこの主人は豪語しているという。本当に端から端まで牛車で二百日もかかるのか、と話だけ聞けばそう思うのだろうが、実際に庭の端が地平線の彼方まで見えないその光景を目の当たりにすれば納得せざるを得ないだろう。
これだけの規模を誇っている白玉楼だが、住人は僅か二人しかいないのだ。一人は先に挙げたここの主人。そして、もう一人は――
「……ふぅ~、こんな所かな?」
広大な庭にポツンと響くあどけない少女の声。彼女こそが白玉楼に住むもう一人の住人、魂魄妖夢だ。
白い服の上から緑色のワンピースを着こみ、切りそろえられた前髪、その銀色の髪には女の子らしく黒いリボンが結ばれている。妖夢のすぐそばには彼女の頭程度の白玉(しらたま)のような霊魂が漂っている。それこそが『半人半霊』と呼ばれる種族にとって最大の特徴だ。そして、その腰には幼い容姿とは不釣り合いな業物が二振り佩かれている。
その一方で、額の汗を拭うために持ち上げた手の反対側には高枝切ハサミが、彼女の隣に置かれている――主人の友人がどこからか持ってきてくれた――リヤカーからは箒とゴミをまとめるための麻袋が顔を出していた。その様子はどこか所帯染みている。
妖夢の仕事は、本来なら主人の剣術指南役のはずだった。しかし、白玉楼には妖夢の他に使用人が一人もいないため、いつからか庭師兼警備、さらには主人の身の回りの世話まで一人で担当するようになっていた。今、妖夢は日課通りにこの広大な庭の掃除をしている最中だった。流石に一人ではきついだろうと思うかもしれないが、一応冥界に留まっている幽霊たちが手伝ってはくれている……ただし、幽霊は喋れないので張り合いは無いが。
それでも、この広大な敷地の全てを掃除していては、いくら時間があっても足りないので、今日はここ、明日はそっち、明後日は……というように庭を一日に掃除する場所毎に区切って、月一ペースのローテーションになるように調整しているようだ。そうしても一日当たりの範囲は狭くない上に、広大な家屋の掃除は毎日欠かせないため、決して楽なことではない。それでも妖夢は、その一連の流れを修行の一環と捉え、今日も一人――正確には半人――孤独に家事と戦っているのだった。
だが、妖夢にとって家事を遂行する上での大敵があった。それは――
「……妖夢ぅぅぅ~(むぅぅぅ……むぅぅぅぅ……)」
山彦のように遠くから微かに聞こえてくる女性の呼び声。だが、それを聞き逃す妖夢ではない。すぐさま手にしていた高枝切ハサミをリヤカーに積みこんで大きく息を吸う。
「はーいっ! ただいま参りまーすっ!!」
現在いる位置から本殿への距離が遠すぎて、実際に声が届いたかどうか分からないが、できるだけ大きな声で返した妖夢は、その場に掃除用具を置いたまま主のいる一室へと走り去っていった。
「……と、言うわけで紫を連れてきてほしいのよ」
格式の高そうな和室で主人こと西行寺幽々子の前に正座させられている妖夢は幽々子から頼みごとを受けていた。それを聞いている妖夢の顔はまたか、とでも言わんばかりだった。
妖夢にとっての大敵、それは幽々子から申し付けられる気まぐれな難題だった。今回は幽々子の友人、八雲紫を連れてくるように、とのことだ。
「はあ……ですが、紫様ならこちらへスキマを使って来られるのでは?」
「妖夢、こっちの気候を基準に考えちゃダメよ。外は今どうなっているのか、ちゃんと把握しておきなさい」
「外……あぁ、なるほど」
確か外はまだ冬が明けたばかりで、冬の間に積もった雪もちらほら残っている時期だろう。話に出てきた紫は幻想郷において最強クラスの妖怪の一人ではあるが、何故か冬眠をする。きっと今頃は冬眠から起きた頃だろうか……いや、紫様の事だからきっと二度寝でもしているんだろうな、と妖夢は密かに考えていた。
「そういうこと。紫が冬眠を終えたお祝いに今宵は酒宴の席でも設けようと思うんだけど、まだ眠りから覚めたばかりの紫に負担をかけたくないじゃない? 本当は私が行ければいいんだけど……この後、閻魔様と会食して春の運営について色々と話し合わなくちゃいけないの。それでも夕方前までには終わるはずよ」
なるほど、春になると頭が陽気になる輩や活発化した妖怪の被害、つまり死人の数が増える。そのため、この時期になると閻魔こと四季映姫と白玉楼で会食がてら幽霊の処置や白玉楼の運営について話し合うのが常となっていた。避けられない業務とは言え、冬に親友の紫と会えなかった幽々子としては冬眠から覚めた紫に一日でも早く会いたい、という願望も捨て難いのだろう。長い間生きているとはいえ、人間と同じで妖怪も亡霊も楽しい事には目が無いのだ。
「その後、閻魔様が帰ったら私がお料理を用意しておくから。妖夢には紫を呼んできて欲しいってわけ。夕暮れの酉三刻過ぎくらいに連れてきてくれると丁度いいわ」
映姫が昼頃に来るとして、時刻はまだ昼前の巳四刻だが、そろそろ用意しなくては間に合わなくなる。一日の予定が丸々ずれ込んでしまうが、妖夢としては、普段自分ばかりが作っていて滅多に食べられない幽々子の美味な手料理に惹かれていた。
「わかりました。そういうことでしたらお任せ下さい。今から会食の準備をして、紫様をお迎えにマヨヒガまで行って参ります!」
そう言って立ち上がると、妖夢は傍に浮いている自身の半霊に耳(?)打ちをして、先ほどまで使っていた掃除用具を付近のお手伝い幽霊たちと一緒に片付けさせに飛ばすと、自分は割烹着に腕を通しながら台所へと向かって食事の準備を進めるのだった。
「それでは、行って参りますっ」
「頼もしいわ~ 行ってらっしゃい、妖夢。気をつけてね」
「はいっ」
玄関まで見送りに来てくれた幽々子の前に直立不動の姿勢で、元気よく返事をした妖夢は意気揚々と玄関を出て行くのだった。その姿を見送ると、幽々子は玄関から背を向けて嬉しそうに妖夢が配膳を終えた客間へと足を踏み入れた。
「~♪ う~ん、美味しそう……ちょっと摘まみ食いでも――」
「幽々子様?」
「みょん!?」
何故か幽々子の背後には、据わった眼差しを向けながら立っている妖夢の姿があった。驚きのあまり変な声を出してしまう幽々子。心臓の音が妖夢に聞こえるんじゃないかって思うほど幽々子はドキドキしていた……死んでいるけど。
「それ私の……じゃなくて。幽々子様、やっぱり摘み食いを……」
「や、やあねぇ。わ、私がそんなことするわけないじゃない~」
「でもさっき確かに『摘まみ食い』と……」
「え、えっと、それは……そう、そうだわ! 摘み食いでもするような輩がいないか見張ろう、って言おうとしたのよ!」
しどろもどろに答える幽々子。妖夢が出て行き、邸内に幽々子だけという状況で誰が摘まみ食いをするのだろうか……勿論、幽々子である。それに、妖夢がいくらその言葉を信じたくても幽々子には前科が多すぎた。
「はぁ……ま、いいですけどね。どうせ、摘まみ食いしたって閻魔様に怒られるのは幽々子様なんですから」
「うっ……」
「……今度こそ行ってきます」
「い、行ってらっしゃ~い……」
溜息をつきながら呆れ気味に言う妖夢は再び玄関を開けて外に出て行った。ホッと胸をなでおろす幽々子。
その後、幽々子は客間で御馳走を前にしながら、ひたすら映姫が早く来るよう念じていたという。千年以上の時を生きる……否、死んでいる亡霊でも閻魔の長説教は苦手のようだ。
正午:午三刻
「……あらっ、あれは?」
白玉楼へと続く長い階段を飛びながら下りていた妖夢は見知った人物の姿を捉えていた。
「閻魔様、どうしました?」
「あ、よ、妖夢です、か……はぁ、はぁ、いつも思うのですが、この階段、長すぎで、す……よ」
もう飛ぶ力さえ残っていないのか、息も絶え絶えの様子で階段にへばり付く映姫の横に降り立った妖夢は肩を貸しながら彼女を立ち上がらせる。すると、小柄な妖夢よりも小さい映姫の姿を見て妖夢は納得するのだった。映姫の身長と足の長さでこの階段を上り切るのは楽なことではあるまい、と。
「何か、失礼なこと、ハァ、ハァ、考えて、いません、か……?」
「みょん!? い、いえ、そんなことはありませんよっ」
「そ、そうですか……いえ。ゼェ、ならいいの、です」
浄瑠璃の鏡を使っていないのに大した洞察力だ、と妖夢はドギマギしていたが、何とか誤魔化せたようだ。
「あの……一緒に行きましょうか?」
妖夢にも急ぎの用事はあるのだが、へばっている映姫の様子を目の当たりにして捨ててはおけなかった。だが、その申し出を微かに残っている閻魔としての矜持が許さなかった。
「いえ、それには……及びま、せん。貴女にはするべきことが、ハァ、あるはず、です。それを成し遂げる事こそ、あなたにできる、唯一の……じぇ……善行です!」
「……ッ! はっ、魂魄妖夢、参りますっ!」
途切れ途切れながらも、映姫の力強い言葉に感銘を受けた妖夢は下の方へ向かって勢いよく飛んで行った。どうやら、決め台詞を噛んで赤面したのには気付かなかったようだ。
「はぁ、はぁ……小町の能力が、ほし、いです……ね」
そう呟きながらも、映姫は未だ終わりの見えない階段へと挑むのだった。
幽々子はもう限界だった。
昼過ぎ:未一刻
「ふぅ、飛ばしてきたから疲れちゃった。よし、マヨヒガへ行こ……ん?」
ようやく顕界に辿り着いた妖夢は、持参した竹の皮に包んでおいた糒(ほしいい)と水の入った竹筒に口を当てて一息つくと、あることに気付いたのだった。
「マヨヒガって……どこだっけ?」
まだ冬を感じさせる風がヒュー、と妖夢の背後を通り抜けて行った。
あろうことか、妖夢はマヨヒガの場所を知らなかった。だが、無理もない。なぜなら、マヨヒガの正確な位置を知っているのは幻想郷広しと雖も五指に足るか、といったところなのだから。それに、普段なら紫はお得意のスキマを使って空間を通り抜け、白玉楼へ神出鬼没に現れているので妖夢がマヨヒガの位置を知る機会も無かったのだ。
困った妖夢は身近な人でマヨヒガの場所を知っている人はいないか、と考えに考えた結果、五人の顔が脳裏に思い浮かんだ。
真っ先に思い浮かんだのは主の幽々子だった。しかし、出かけに『頼もしい』と言われた手前戻りにくい。それに、摘み食いの一件も躊躇させる要因となった。次は映姫。確かに彼女なら知っていそうだが、映姫が既に白玉楼に辿り着き、幽々子との会食が始まっているとしたら無礼を働くことになるし、いくら慣れている妖夢であっても再び冥界への階段を往復するのは時間的にも体力的にも勘弁して欲しかった。それと、射命丸文か。だが、新聞記者を自称している彼女は幻想郷中を飛び回っているため、そう簡単には見つからないだろうし、恐らく弱みに付け込んで割に合わない条件を突き付けてくるから却下。後は……風見幽香、だろうか。可能性としては決して高くないが、お互いに意識し合っているようだし相手の居場所を知っていてもおかしくは無い。だが、幽香が選択肢に挙げられた途端、妖夢の脳内にいる安全保障理事会の全員が拒否権を一斉に発動したためボツとなった。
有力な選択肢が消え、妖夢は最後に残った人物のいる方角へと不安を抱きながらも飛び立っていった。
未三刻
「なに? いきなり押しかけといて。開口一番に、紫の居場所を教えろですって? 虫が良すぎるわよ」
何故だろう、彼女はいつも出会い頭から喧嘩腰な気がする。朝ご飯を抜いているのだろうか。妖夢の目の前で手に持つスペルカード『夢符 二重結界』をヒラヒラさせながら不機嫌そうな顔で応対している目出度い衣装に包まれている少女、彼女こそが『楽園の素敵な巫女』こと博霊霊夢だった。彼女はいきなり神社の境内に降り立った妖夢と掃除の手を休めて話している最中だった。
「えぇー……後でお賽銭を入れていくから教えてよ。あまり時間が無くて困ってるのよ」
「知らない」
突き放すように言い放つ霊夢。対する妖夢は目に見えて落胆していた。紫と親交が深い(?)唯一の人間である彼女なら、と思ったのだが、どうも見当違いのようだった。
「だって、紫の奴はいつもあっちから勝手に来るのよ。昨日なんて、冬眠明けだからとか抜かして私が寝ている布団の中にいきなりスキマを開いて入ってきたから針鼠にして追い出してやったんだから」
「ま、まぁまぁ、落ち着いて……それで?」
今思い出しても腹立たしいのか、顔を赤らめながら憤る霊夢を見て話が逸れない内に元の方向に戻そうとする妖夢。
「ふぅ……ともかく、私はあいつの居場所なんて分からないってことよ」
「うぅ~、それならせめて知っていそうな人くらい心当たりない?」
「う~ん、幽々子以外に紫の居場所を知ってそうなのは……あっ、人間の里にでも行ってみれば?」
「えっ、どうして?」
いきなり思いもよらなかった候補が挙げられてつい聞き返す妖夢。
「大抵そういうのを知っていそうなのは知識人でしょ?」
「そういうものかなぁ……でも、なんで人里なの?」
「あんたねぇ……里の慧音や阿求以外の知識人を考えてみなさいよ」
「…………なるほど」
面倒臭そうに説明する霊夢だったが、意外と当を得ていた。紅魔館の魔女は自分に興味のない事には無関心だし、そもそも妖夢は以前、紅魔館に切り込みに行ったことがあるから決して歓迎はされまい。他は……月の頭脳と唄われる永遠亭の医師だろうか。だが、果たして永遠亭まで無事辿り着けるだろうか。道を聞きに向かう道中で迷うなんて恥は晒したくない。それに、あの医師の事だから交換条件に薬物投与の実験台にでもされそうで怖かった。
「うん。そうね、そうさせてもらうわ。霊夢、ありがとう! じゃ、私行ってみ――へぶっ」
颯爽と飛び立とうとする妖夢の足に飛び込む形でしがみつき、顔面から境内の石畳に突っ込ませた霊夢。半人半霊だからか怪我こそしていないもののかなり痛そうだ。
「あんたねぇ……お賽銭、忘れるんじゃないわよ」
「わ、わひゃったわよぅ……」
怒り心頭にそう言い放つ霊夢。そんなことで私は引きずり降ろされたのか、と赤くなった鼻をさすって内心恨みながらも、形だけは……そう、形だけは年季の入っている風格漂う賽銭箱の前に立ち、ワンピースのポケットから小さな緑色のガマ口を出した妖夢は、そこから二十五銭ほど出して箱の中に放り投げ、折角なので柏手を打って祈ることにした。
「…………(どうか、幽々子様の食欲がせめて今の半分になりますように)」
その切実な祈りに「ちょ、それ無理だわ」と博霊神社の神様は思ったそうだ。
「ふぅ~ん、しけてるわね。もっと入れてくればいいのに」
「さっきのお返しよ。二重に御縁がありますように、ってね」
「言うじゃない」
不機嫌そうに見えるが口調は楽しげにそう返す霊夢に簡単に別れを告げると、妖夢は、霊夢の言葉通り人間の里の方へと向かって飛んで行ったのだった。
未四刻
「白玉楼ほどではないけれど、相変わらず大きな家ね……すみませぇーん」
人里に着いた妖夢は先ず稗田阿求の邸宅へとやってきていた。入口の門から大きな声を出して呼びかけてみると、中から女中が少し警戒しながら出てきた。
「どちら様ですか?」
「あっ、魂魄妖夢と申します。阿求さんに御用件があるのですが、よろしいですか?」
「……少々お待ちください」
そう言って女中が下がってから間もなく、妖夢は「どうぞ」という言葉と共に阿求の待つ客間へと案内されるのだった。
稗田邸の客間で机を挟む形で向かい合う妖夢と阿求。一応二人は『幻想郷縁起』編纂の折に何度か顔を合わせたことがあったため面識があった。
「妖夢さん、今日はどのようなご用件ですか? もしかして、『幻想郷縁起』に関する記述で何か……」
「いえ、そういうわけでは無いんですけど……実は、マヨヒガの場所を教えていただきたくて…………」
「マヨヒガ、ですか……」
考え込む阿求。
「それはまた難しい頼みごとを持ってこられたものだな」
妖夢からすれば左手の席から聞こえる声の持ち主は上白沢慧音だった。運のいいことに、妖夢が客間に招かれると、そこには既に阿求の客人として来訪していた慧音の姿があったのだ。流石に二人の話を中断させては、と遠慮した妖夢だったが、既に二人の用は済んでのんびりとお茶してただけ、とのことだったので事情を二人に説明した上で相談に乗ってもらうことにしたのだった。
「……残念ながら、私には答えられませんね」
「あぁ、すまないが私も分からんな。存在なら偶に耳にするのだが、正確な場所までは聞いたことが無い」
「そうですか。はぁ……」
頼みの二人から帰ってきた返答がこれだったので妖夢は落胆して溜息を隠せなかった。そんな妖夢の様子を、慧音は困った生徒を見るような笑みを浮かべて見ていた。
「おいおい、そう落ち込むな。確かに、我々にマヨヒガの正確な位置は分からないが、行く方法なら当てがあるぞ」
「え……ほ、本当ですか!?」
慧音の言葉に反応して身を乗り出す妖夢。よく見ると阿求も妖夢の反応を楽しんでいるような笑みを浮かべていた。どうやら阿求にも当てがあるようだ。
「あぁ、本当だとも。だから、まずは落ち着いて座れ。阿求、悪いが『幻想郷縁起』はどこにある?」
「あ、大丈夫です。慧音さんはここで待っていてください。私が持ってきますね」
そう言って立ち上がろうとする慧音を制した阿求は、客間を後にして自室へと頼まれたものを取りに向かった。少しして、一本の巻物を片手に阿求は客間へと戻ってきた。
「これは小鈴の店……あぁ、妖夢さんは知りませんよね。この里にある鈴奈庵という書店で売られている冊子状の物と違って原本なのですが……ほら、ここを見てください」
そう言いながら巻物を開いていた阿求は目当ての場所が見つかったのか、一緒に持ってきた二本の文鎮をその両端に置いて巻物を机の上に固定させると、袖を抑えながらある部分を指で示した。それは凶兆の黒猫、橙の項目だった。
「ほら、この橙という化け猫は八雲藍の式としてマヨヒガに住んでいる住人なんです」
無論、そんなことは妖夢も知っている。物心ついた頃から父母を知らず、幼少時に祖父の妖忌も居なくなってからは、藍が妖夢にとって頼れる姉のような存在であるのに対して、最近式神になった(外見)年齢の離れている橙は可愛い妹のような間柄なのだから(紫は……親戚の子を可愛がるおば○んだろうか)。
「それで、だ。ここに書かれているように、橙は妖怪の山での目撃例が多いんだ。だが、猫だからなのか、冬の間は勝手に里の民家に上って炬燵に入り込む悪い癖があってだな……」
「……すみません」
「いや、妖夢が謝ることでは無いだろう」
「いえ、私にも責任の一端がありますから」
普段可愛がっている橙に代わって謝る妖夢。猫は炬燵で……というやつだろうか、と妖夢は頭を下げながら脳裏にその光景を思い浮かべていた。そんな妖夢を見て阿求は笑みを零している。
「なので、そこから考えると今日のように暖かい日は冬の間抱えていた鬱憤を晴らすために、きっと妖怪の山に行っている可能性が高いと思うんです。遅くならない内に行けば決して損は無いと思いますよ」
慧音の言葉を継ぐ阿求。人里の二賢人にそう諭されて妖夢は外を見るともうすぐ空が赤みを帯びてくるような時間になっていた。妖怪の山は里から遠い。妖夢は、出されたお茶に手を付ける暇も無く、挨拶もそこそこに稗田邸から出て行き、今度は妖怪の山へと向かうのだった。
夕方:酉二刻
「橙ちゃーんっ」
「あれ? どうかしたの?」
意外と橙は早く見つけることが出来た。丁度遊び終えて帰る所だったらしく、妖夢はホッとしていた。阿求の言ってたようにもう少し遅ければすれ違いになっていただろう。しかし、ここに来るまで思ったよりも時間がかかってしまいった。陽は既に沈みかけ、空は真っ赤になっていた。あまり時間に余裕はない。
「あのね、紫様に会いたいんだけれど、私をマヨヒガまで連れてってくれないかな?」
「マヨヒガに?」
そのため、妖夢はいきなり本題を切り出すことしたのだった。
「別にいいけど……もしかして急いでる?」
先程、息を切らして走り寄ってきた妖夢を見ていた橙はそう尋ねた。
「うん、そうなんだけど……もしかして、遠かったりする?」
「う~ん……普通に帰れば今からだと戌三刻くらいかな? でも、ちょっと無理して急げば酉三刻には着けるよ」
「じゃあ、早い方でお願い」
その時間差は何だ、と思いながらも前者では遅すぎるため妖夢は即答したのだった。
「うん、分かった。でも……死なないように気をつけてね?」
「へ?」
何やら不吉なこと――妖夢だって半分は生きているのだ、多分――を言うと、橙は十間(約18.2m)ほど下がって妖夢から距離を取ると大きく息を吸い込んだ。
「助けてぇぇぇぇ! 藍しゃみゃァァァァァ!!」
「へ……?(スッ……)」
辺り一面に橙の叫びが響き渡る。妖夢は何が起こったのか理解できず、呆けた声を漏らしていた。背後から何か嫌な音が……と妖夢が思う暇も無かった。
「……ェェェェェェェェェェェン!!」
絶叫と共に妖夢の背後に開かれたスキマから飛び出てきたのは、巨大な金色の毛玉……否、橙の主である八雲藍だった。
「みょんっ!?」
辛うじてその一撃を紙一重の差で避けることが出来た妖夢。しかし、瞬時に毛玉形態を解いて地面を削る勢いで着地した藍は寸部の隙も無く、妖夢の首へと左腕を伸ばして捉えた。その勢いに小柄とは言え、一端の剣士であるはずの妖夢でさえ、宙に吊り上げられる形になった。そんな妖夢を藍は凍てつくような殺気に満ちた視線を向ける。
「う、ぐ……カハッ」
首を締め上げられ、足を宙にバタバタさせながらもがく妖夢。藍はひどくドスの聞いた、地の底から響くような声でこう言った。
「おい……貴様か? 橙を苛めたの――って、妖夢じゃないか」
首を絞めている相手が妖夢だと知った藍は先ほどまで放っていた悍ましい殺気を解くと手の力を抜いて妖夢を地面に落とした。
「ゲ、ゲホッ、ゲホ……」
「あ、あぁ、すまなかった。つい、カッとなってしまって」
尻餅を突く形で落とされた妖夢の体は、咳き込みながらも欠乏している酸素を体内に取り入れようとしていた。そんな様子を見た藍は、妖夢の傍に屈みこむと背中を擦りながら、そう謝したのだった。事の元凶となった橙は藍の殺気に当てられて主を止めることが出来ずに硬直していたのだが、今は妖夢のもとに駆け寄って心配そうに見ていた。
藍に介抱されている間、スキマの向こう側から爆笑が聞こえてくるのはなんでだろう……、と次第に頭がはっきりしていく感覚の中で妖夢は朧気に思っていた。
「ら、藍さん……もっと早く気付いて下さいよぅ……ケホッ」
「いや、本当にすまない」
妖夢は、自分を心底心配している今の藍と、先ほどまでの(狐だけど)鬼のような藍を脳内で比較し、この人を怒らせたら私は死ぬんだな、とつくづく実感させられていた。
「……それで、紫様に何か用なのか?」
妖夢がそんなことを考えている間に橙から事情を聴いたのか、落ち着いてきた様子の妖夢を見て藍はそう尋ねてきた。
「えぇ、幽々子様が紫様の冬眠明けを祝して酒宴の席を設けたいから呼んで来るよう申されまして」
「(祝い事、なのか?)そうか……ん? もしかして、わざわざ妖夢が足を運んでくれたのは、紫様に手間をかけさせないためか?」
妖夢はその藍の言葉に近くに開かれたスキマに目をやると表情を曇らせた。
「そのつもりだったんですけど……結局、意味が無かったようですね。こうしてスキマを開かせちゃいましたし、幽々子様の御好意を台無しにしてしまいました……」
「妖夢は真面目すぎるな。もっと肩の力を抜いたほうがいい。紫様にとってこのくらい朝飯前だからな、そう気にするな。ほら、スキマを通って家に来るといい」
「はい……」
そう言っても気落ちしている妖夢を見て藍は困ったように笑っていた。
夕暮れ:酉三刻
「ふぅん……そう。幽々子が、ねぇ」
相も変わらず胡散臭い笑みを浮かべる八雲紫。妖夢は今、マヨヒガにある紫宅の茶の間で再び用件を伝え終えた所だった。
紫はそれを聞かされた直後、今年に限って妙な気を利かせる幽々子に疑問を感じていたが、その意図をすぐに理解できたように見える。それよりも、純粋に親友の気遣いを喜んでいることがその笑みから察せられた。
「妖夢、これは先ほどの詫びだ。是非食べてくれ」
台所にお茶を淹れに行った藍は妖夢へお茶請けとして、見るからに美味しそうな水羊羹を差し出した。妖夢の喉がゴクリッと鳴る。紫が扇を口に当てて笑っている様子が視界の片隅に見えた。
「あ、いえ、私は使いに参った身。そのようなお気遣いは――」
生来の生真面目さ故に素直に食べることが出来ない妖夢だった。
「いいのよ、あなたはまだ子どもなんだから。遠慮せず召しあがりなさいな」
藍は、相変わらず固い奴め、とでも言いたげな笑みを浮かべていたが、紫がその言葉を代弁するようにして妖夢をそう促した。紫の『子ども』という言葉にちょっとムッとした妖夢だったが、それに反応しては紫の思うつぼだ、と長年の勘が働いたため、自分に素直になって先ずは食べることにした。
「……では、ありがたく頂きます」
そう言いうや一口大に切られた水羊羹の一欠片を口に入れた途端、妖夢の相好は崩れ、あどけないホクホクとした表情がそこに浮かべていた。紫と藍はその様子を微笑ましげに見ている。彼女達からすれば妖夢はまだまだ『子ども』なのだろう。因みに、橙は遊び足りないのか、暗くなりかけている庭に出ていた。
「妖夢はゆっくり食べてていいわよ。ただ、そろそろ行かないと幽々子を待たせることになっちゃうし、私たちは一足先に行くことにするわね。藍、橙を連れてきて頂戴」
「はい。あぁ、妖夢。片付けはしなくていいからな。そのままにしておいてくれ(と、言った所でどうせ片付けてしまうんだろうな……)」
二人はそう言いながら立ち上ると、紫は指を宙に浮かべてスッと引き下ろすことでスキマを作り出し、藍は橙を庭から連れてきた。
「じゃ、お先にぃ~ そうそう、幽々子にはちゃんと説明しておいてあげるわ♪」
「ま、偶にはゆっくりしていくといいさ」
「いってきま~す!」
三者三様に言葉を残して白玉楼直通のスキマへと身を投じていく八雲一家。スキマの閉まる音が余韻を残して部屋に響く。静かな一室にただ一人残された妖夢は、一日中頑張った自分を労うかのように、まったりとお茶の時間を楽しむのだった。
日没後:酉四刻
「あー、美味しかったなぁ」
今頃、幽々子や紫たちは酒宴を始めたばかりだろう。お茶の時間を終えた妖夢は、藍の思った通り、律儀に茶碗と皿を洗い終えた所だった。やることを全て終えた妖夢は、みんなのいる白玉楼へ行くために玄関の遣戸に手をかけ――
「…………白玉楼って、どっち?」
外はまだ冷たい夜風が身に沁みる季節だった。
計算しなくても情景描写でどれくらいの時間帯か分かるようにしてありますので無視しても支障はありません。
それでは、お話をお楽しみください ↓この先二百由旬(嘘)
外の顕界がようやく長い冬を終え、麗らかな日々を享受し始めていた頃、この地では既に、春真っ盛りの心地よい気候に祝福された桜たちが自らの存在を示さんと満開に咲き誇っていた……ただ一本、西行妖を除いて。
ここ、冥界は一年中春の気候に覆われた地である。そこには一軒の邸宅が構えられている。その名は白玉楼、『しらたま』では無い。
一軒の屋敷とは言っても、その規模は常識外れであり、敷地の端から端まで約二百由旬ある、とそこの主人は豪語しているという。本当に端から端まで牛車で二百日もかかるのか、と話だけ聞けばそう思うのだろうが、実際に庭の端が地平線の彼方まで見えないその光景を目の当たりにすれば納得せざるを得ないだろう。
これだけの規模を誇っている白玉楼だが、住人は僅か二人しかいないのだ。一人は先に挙げたここの主人。そして、もう一人は――
「……ふぅ~、こんな所かな?」
広大な庭にポツンと響くあどけない少女の声。彼女こそが白玉楼に住むもう一人の住人、魂魄妖夢だ。
白い服の上から緑色のワンピースを着こみ、切りそろえられた前髪、その銀色の髪には女の子らしく黒いリボンが結ばれている。妖夢のすぐそばには彼女の頭程度の白玉(しらたま)のような霊魂が漂っている。それこそが『半人半霊』と呼ばれる種族にとって最大の特徴だ。そして、その腰には幼い容姿とは不釣り合いな業物が二振り佩かれている。
その一方で、額の汗を拭うために持ち上げた手の反対側には高枝切ハサミが、彼女の隣に置かれている――主人の友人がどこからか持ってきてくれた――リヤカーからは箒とゴミをまとめるための麻袋が顔を出していた。その様子はどこか所帯染みている。
妖夢の仕事は、本来なら主人の剣術指南役のはずだった。しかし、白玉楼には妖夢の他に使用人が一人もいないため、いつからか庭師兼警備、さらには主人の身の回りの世話まで一人で担当するようになっていた。今、妖夢は日課通りにこの広大な庭の掃除をしている最中だった。流石に一人ではきついだろうと思うかもしれないが、一応冥界に留まっている幽霊たちが手伝ってはくれている……ただし、幽霊は喋れないので張り合いは無いが。
それでも、この広大な敷地の全てを掃除していては、いくら時間があっても足りないので、今日はここ、明日はそっち、明後日は……というように庭を一日に掃除する場所毎に区切って、月一ペースのローテーションになるように調整しているようだ。そうしても一日当たりの範囲は狭くない上に、広大な家屋の掃除は毎日欠かせないため、決して楽なことではない。それでも妖夢は、その一連の流れを修行の一環と捉え、今日も一人――正確には半人――孤独に家事と戦っているのだった。
だが、妖夢にとって家事を遂行する上での大敵があった。それは――
「……妖夢ぅぅぅ~(むぅぅぅ……むぅぅぅぅ……)」
山彦のように遠くから微かに聞こえてくる女性の呼び声。だが、それを聞き逃す妖夢ではない。すぐさま手にしていた高枝切ハサミをリヤカーに積みこんで大きく息を吸う。
「はーいっ! ただいま参りまーすっ!!」
現在いる位置から本殿への距離が遠すぎて、実際に声が届いたかどうか分からないが、できるだけ大きな声で返した妖夢は、その場に掃除用具を置いたまま主のいる一室へと走り去っていった。
「……と、言うわけで紫を連れてきてほしいのよ」
格式の高そうな和室で主人こと西行寺幽々子の前に正座させられている妖夢は幽々子から頼みごとを受けていた。それを聞いている妖夢の顔はまたか、とでも言わんばかりだった。
妖夢にとっての大敵、それは幽々子から申し付けられる気まぐれな難題だった。今回は幽々子の友人、八雲紫を連れてくるように、とのことだ。
「はあ……ですが、紫様ならこちらへスキマを使って来られるのでは?」
「妖夢、こっちの気候を基準に考えちゃダメよ。外は今どうなっているのか、ちゃんと把握しておきなさい」
「外……あぁ、なるほど」
確か外はまだ冬が明けたばかりで、冬の間に積もった雪もちらほら残っている時期だろう。話に出てきた紫は幻想郷において最強クラスの妖怪の一人ではあるが、何故か冬眠をする。きっと今頃は冬眠から起きた頃だろうか……いや、紫様の事だからきっと二度寝でもしているんだろうな、と妖夢は密かに考えていた。
「そういうこと。紫が冬眠を終えたお祝いに今宵は酒宴の席でも設けようと思うんだけど、まだ眠りから覚めたばかりの紫に負担をかけたくないじゃない? 本当は私が行ければいいんだけど……この後、閻魔様と会食して春の運営について色々と話し合わなくちゃいけないの。それでも夕方前までには終わるはずよ」
なるほど、春になると頭が陽気になる輩や活発化した妖怪の被害、つまり死人の数が増える。そのため、この時期になると閻魔こと四季映姫と白玉楼で会食がてら幽霊の処置や白玉楼の運営について話し合うのが常となっていた。避けられない業務とは言え、冬に親友の紫と会えなかった幽々子としては冬眠から覚めた紫に一日でも早く会いたい、という願望も捨て難いのだろう。長い間生きているとはいえ、人間と同じで妖怪も亡霊も楽しい事には目が無いのだ。
「その後、閻魔様が帰ったら私がお料理を用意しておくから。妖夢には紫を呼んできて欲しいってわけ。夕暮れの酉三刻過ぎくらいに連れてきてくれると丁度いいわ」
映姫が昼頃に来るとして、時刻はまだ昼前の巳四刻だが、そろそろ用意しなくては間に合わなくなる。一日の予定が丸々ずれ込んでしまうが、妖夢としては、普段自分ばかりが作っていて滅多に食べられない幽々子の美味な手料理に惹かれていた。
「わかりました。そういうことでしたらお任せ下さい。今から会食の準備をして、紫様をお迎えにマヨヒガまで行って参ります!」
そう言って立ち上がると、妖夢は傍に浮いている自身の半霊に耳(?)打ちをして、先ほどまで使っていた掃除用具を付近のお手伝い幽霊たちと一緒に片付けさせに飛ばすと、自分は割烹着に腕を通しながら台所へと向かって食事の準備を進めるのだった。
「それでは、行って参りますっ」
「頼もしいわ~ 行ってらっしゃい、妖夢。気をつけてね」
「はいっ」
玄関まで見送りに来てくれた幽々子の前に直立不動の姿勢で、元気よく返事をした妖夢は意気揚々と玄関を出て行くのだった。その姿を見送ると、幽々子は玄関から背を向けて嬉しそうに妖夢が配膳を終えた客間へと足を踏み入れた。
「~♪ う~ん、美味しそう……ちょっと摘まみ食いでも――」
「幽々子様?」
「みょん!?」
何故か幽々子の背後には、据わった眼差しを向けながら立っている妖夢の姿があった。驚きのあまり変な声を出してしまう幽々子。心臓の音が妖夢に聞こえるんじゃないかって思うほど幽々子はドキドキしていた……死んでいるけど。
「それ私の……じゃなくて。幽々子様、やっぱり摘み食いを……」
「や、やあねぇ。わ、私がそんなことするわけないじゃない~」
「でもさっき確かに『摘まみ食い』と……」
「え、えっと、それは……そう、そうだわ! 摘み食いでもするような輩がいないか見張ろう、って言おうとしたのよ!」
しどろもどろに答える幽々子。妖夢が出て行き、邸内に幽々子だけという状況で誰が摘まみ食いをするのだろうか……勿論、幽々子である。それに、妖夢がいくらその言葉を信じたくても幽々子には前科が多すぎた。
「はぁ……ま、いいですけどね。どうせ、摘まみ食いしたって閻魔様に怒られるのは幽々子様なんですから」
「うっ……」
「……今度こそ行ってきます」
「い、行ってらっしゃ~い……」
溜息をつきながら呆れ気味に言う妖夢は再び玄関を開けて外に出て行った。ホッと胸をなでおろす幽々子。
その後、幽々子は客間で御馳走を前にしながら、ひたすら映姫が早く来るよう念じていたという。千年以上の時を生きる……否、死んでいる亡霊でも閻魔の長説教は苦手のようだ。
正午:午三刻
「……あらっ、あれは?」
白玉楼へと続く長い階段を飛びながら下りていた妖夢は見知った人物の姿を捉えていた。
「閻魔様、どうしました?」
「あ、よ、妖夢です、か……はぁ、はぁ、いつも思うのですが、この階段、長すぎで、す……よ」
もう飛ぶ力さえ残っていないのか、息も絶え絶えの様子で階段にへばり付く映姫の横に降り立った妖夢は肩を貸しながら彼女を立ち上がらせる。すると、小柄な妖夢よりも小さい映姫の姿を見て妖夢は納得するのだった。映姫の身長と足の長さでこの階段を上り切るのは楽なことではあるまい、と。
「何か、失礼なこと、ハァ、ハァ、考えて、いません、か……?」
「みょん!? い、いえ、そんなことはありませんよっ」
「そ、そうですか……いえ。ゼェ、ならいいの、です」
浄瑠璃の鏡を使っていないのに大した洞察力だ、と妖夢はドギマギしていたが、何とか誤魔化せたようだ。
「あの……一緒に行きましょうか?」
妖夢にも急ぎの用事はあるのだが、へばっている映姫の様子を目の当たりにして捨ててはおけなかった。だが、その申し出を微かに残っている閻魔としての矜持が許さなかった。
「いえ、それには……及びま、せん。貴女にはするべきことが、ハァ、あるはず、です。それを成し遂げる事こそ、あなたにできる、唯一の……じぇ……善行です!」
「……ッ! はっ、魂魄妖夢、参りますっ!」
途切れ途切れながらも、映姫の力強い言葉に感銘を受けた妖夢は下の方へ向かって勢いよく飛んで行った。どうやら、決め台詞を噛んで赤面したのには気付かなかったようだ。
「はぁ、はぁ……小町の能力が、ほし、いです……ね」
そう呟きながらも、映姫は未だ終わりの見えない階段へと挑むのだった。
幽々子はもう限界だった。
昼過ぎ:未一刻
「ふぅ、飛ばしてきたから疲れちゃった。よし、マヨヒガへ行こ……ん?」
ようやく顕界に辿り着いた妖夢は、持参した竹の皮に包んでおいた糒(ほしいい)と水の入った竹筒に口を当てて一息つくと、あることに気付いたのだった。
「マヨヒガって……どこだっけ?」
まだ冬を感じさせる風がヒュー、と妖夢の背後を通り抜けて行った。
あろうことか、妖夢はマヨヒガの場所を知らなかった。だが、無理もない。なぜなら、マヨヒガの正確な位置を知っているのは幻想郷広しと雖も五指に足るか、といったところなのだから。それに、普段なら紫はお得意のスキマを使って空間を通り抜け、白玉楼へ神出鬼没に現れているので妖夢がマヨヒガの位置を知る機会も無かったのだ。
困った妖夢は身近な人でマヨヒガの場所を知っている人はいないか、と考えに考えた結果、五人の顔が脳裏に思い浮かんだ。
真っ先に思い浮かんだのは主の幽々子だった。しかし、出かけに『頼もしい』と言われた手前戻りにくい。それに、摘み食いの一件も躊躇させる要因となった。次は映姫。確かに彼女なら知っていそうだが、映姫が既に白玉楼に辿り着き、幽々子との会食が始まっているとしたら無礼を働くことになるし、いくら慣れている妖夢であっても再び冥界への階段を往復するのは時間的にも体力的にも勘弁して欲しかった。それと、射命丸文か。だが、新聞記者を自称している彼女は幻想郷中を飛び回っているため、そう簡単には見つからないだろうし、恐らく弱みに付け込んで割に合わない条件を突き付けてくるから却下。後は……風見幽香、だろうか。可能性としては決して高くないが、お互いに意識し合っているようだし相手の居場所を知っていてもおかしくは無い。だが、幽香が選択肢に挙げられた途端、妖夢の脳内にいる安全保障理事会の全員が拒否権を一斉に発動したためボツとなった。
有力な選択肢が消え、妖夢は最後に残った人物のいる方角へと不安を抱きながらも飛び立っていった。
未三刻
「なに? いきなり押しかけといて。開口一番に、紫の居場所を教えろですって? 虫が良すぎるわよ」
何故だろう、彼女はいつも出会い頭から喧嘩腰な気がする。朝ご飯を抜いているのだろうか。妖夢の目の前で手に持つスペルカード『夢符 二重結界』をヒラヒラさせながら不機嫌そうな顔で応対している目出度い衣装に包まれている少女、彼女こそが『楽園の素敵な巫女』こと博霊霊夢だった。彼女はいきなり神社の境内に降り立った妖夢と掃除の手を休めて話している最中だった。
「えぇー……後でお賽銭を入れていくから教えてよ。あまり時間が無くて困ってるのよ」
「知らない」
突き放すように言い放つ霊夢。対する妖夢は目に見えて落胆していた。紫と親交が深い(?)唯一の人間である彼女なら、と思ったのだが、どうも見当違いのようだった。
「だって、紫の奴はいつもあっちから勝手に来るのよ。昨日なんて、冬眠明けだからとか抜かして私が寝ている布団の中にいきなりスキマを開いて入ってきたから針鼠にして追い出してやったんだから」
「ま、まぁまぁ、落ち着いて……それで?」
今思い出しても腹立たしいのか、顔を赤らめながら憤る霊夢を見て話が逸れない内に元の方向に戻そうとする妖夢。
「ふぅ……ともかく、私はあいつの居場所なんて分からないってことよ」
「うぅ~、それならせめて知っていそうな人くらい心当たりない?」
「う~ん、幽々子以外に紫の居場所を知ってそうなのは……あっ、人間の里にでも行ってみれば?」
「えっ、どうして?」
いきなり思いもよらなかった候補が挙げられてつい聞き返す妖夢。
「大抵そういうのを知っていそうなのは知識人でしょ?」
「そういうものかなぁ……でも、なんで人里なの?」
「あんたねぇ……里の慧音や阿求以外の知識人を考えてみなさいよ」
「…………なるほど」
面倒臭そうに説明する霊夢だったが、意外と当を得ていた。紅魔館の魔女は自分に興味のない事には無関心だし、そもそも妖夢は以前、紅魔館に切り込みに行ったことがあるから決して歓迎はされまい。他は……月の頭脳と唄われる永遠亭の医師だろうか。だが、果たして永遠亭まで無事辿り着けるだろうか。道を聞きに向かう道中で迷うなんて恥は晒したくない。それに、あの医師の事だから交換条件に薬物投与の実験台にでもされそうで怖かった。
「うん。そうね、そうさせてもらうわ。霊夢、ありがとう! じゃ、私行ってみ――へぶっ」
颯爽と飛び立とうとする妖夢の足に飛び込む形でしがみつき、顔面から境内の石畳に突っ込ませた霊夢。半人半霊だからか怪我こそしていないもののかなり痛そうだ。
「あんたねぇ……お賽銭、忘れるんじゃないわよ」
「わ、わひゃったわよぅ……」
怒り心頭にそう言い放つ霊夢。そんなことで私は引きずり降ろされたのか、と赤くなった鼻をさすって内心恨みながらも、形だけは……そう、形だけは年季の入っている風格漂う賽銭箱の前に立ち、ワンピースのポケットから小さな緑色のガマ口を出した妖夢は、そこから二十五銭ほど出して箱の中に放り投げ、折角なので柏手を打って祈ることにした。
「…………(どうか、幽々子様の食欲がせめて今の半分になりますように)」
その切実な祈りに「ちょ、それ無理だわ」と博霊神社の神様は思ったそうだ。
「ふぅ~ん、しけてるわね。もっと入れてくればいいのに」
「さっきのお返しよ。二重に御縁がありますように、ってね」
「言うじゃない」
不機嫌そうに見えるが口調は楽しげにそう返す霊夢に簡単に別れを告げると、妖夢は、霊夢の言葉通り人間の里の方へと向かって飛んで行ったのだった。
未四刻
「白玉楼ほどではないけれど、相変わらず大きな家ね……すみませぇーん」
人里に着いた妖夢は先ず稗田阿求の邸宅へとやってきていた。入口の門から大きな声を出して呼びかけてみると、中から女中が少し警戒しながら出てきた。
「どちら様ですか?」
「あっ、魂魄妖夢と申します。阿求さんに御用件があるのですが、よろしいですか?」
「……少々お待ちください」
そう言って女中が下がってから間もなく、妖夢は「どうぞ」という言葉と共に阿求の待つ客間へと案内されるのだった。
稗田邸の客間で机を挟む形で向かい合う妖夢と阿求。一応二人は『幻想郷縁起』編纂の折に何度か顔を合わせたことがあったため面識があった。
「妖夢さん、今日はどのようなご用件ですか? もしかして、『幻想郷縁起』に関する記述で何か……」
「いえ、そういうわけでは無いんですけど……実は、マヨヒガの場所を教えていただきたくて…………」
「マヨヒガ、ですか……」
考え込む阿求。
「それはまた難しい頼みごとを持ってこられたものだな」
妖夢からすれば左手の席から聞こえる声の持ち主は上白沢慧音だった。運のいいことに、妖夢が客間に招かれると、そこには既に阿求の客人として来訪していた慧音の姿があったのだ。流石に二人の話を中断させては、と遠慮した妖夢だったが、既に二人の用は済んでのんびりとお茶してただけ、とのことだったので事情を二人に説明した上で相談に乗ってもらうことにしたのだった。
「……残念ながら、私には答えられませんね」
「あぁ、すまないが私も分からんな。存在なら偶に耳にするのだが、正確な場所までは聞いたことが無い」
「そうですか。はぁ……」
頼みの二人から帰ってきた返答がこれだったので妖夢は落胆して溜息を隠せなかった。そんな妖夢の様子を、慧音は困った生徒を見るような笑みを浮かべて見ていた。
「おいおい、そう落ち込むな。確かに、我々にマヨヒガの正確な位置は分からないが、行く方法なら当てがあるぞ」
「え……ほ、本当ですか!?」
慧音の言葉に反応して身を乗り出す妖夢。よく見ると阿求も妖夢の反応を楽しんでいるような笑みを浮かべていた。どうやら阿求にも当てがあるようだ。
「あぁ、本当だとも。だから、まずは落ち着いて座れ。阿求、悪いが『幻想郷縁起』はどこにある?」
「あ、大丈夫です。慧音さんはここで待っていてください。私が持ってきますね」
そう言って立ち上がろうとする慧音を制した阿求は、客間を後にして自室へと頼まれたものを取りに向かった。少しして、一本の巻物を片手に阿求は客間へと戻ってきた。
「これは小鈴の店……あぁ、妖夢さんは知りませんよね。この里にある鈴奈庵という書店で売られている冊子状の物と違って原本なのですが……ほら、ここを見てください」
そう言いながら巻物を開いていた阿求は目当ての場所が見つかったのか、一緒に持ってきた二本の文鎮をその両端に置いて巻物を机の上に固定させると、袖を抑えながらある部分を指で示した。それは凶兆の黒猫、橙の項目だった。
「ほら、この橙という化け猫は八雲藍の式としてマヨヒガに住んでいる住人なんです」
無論、そんなことは妖夢も知っている。物心ついた頃から父母を知らず、幼少時に祖父の妖忌も居なくなってからは、藍が妖夢にとって頼れる姉のような存在であるのに対して、最近式神になった(外見)年齢の離れている橙は可愛い妹のような間柄なのだから(紫は……親戚の子を可愛がるおば○んだろうか)。
「それで、だ。ここに書かれているように、橙は妖怪の山での目撃例が多いんだ。だが、猫だからなのか、冬の間は勝手に里の民家に上って炬燵に入り込む悪い癖があってだな……」
「……すみません」
「いや、妖夢が謝ることでは無いだろう」
「いえ、私にも責任の一端がありますから」
普段可愛がっている橙に代わって謝る妖夢。猫は炬燵で……というやつだろうか、と妖夢は頭を下げながら脳裏にその光景を思い浮かべていた。そんな妖夢を見て阿求は笑みを零している。
「なので、そこから考えると今日のように暖かい日は冬の間抱えていた鬱憤を晴らすために、きっと妖怪の山に行っている可能性が高いと思うんです。遅くならない内に行けば決して損は無いと思いますよ」
慧音の言葉を継ぐ阿求。人里の二賢人にそう諭されて妖夢は外を見るともうすぐ空が赤みを帯びてくるような時間になっていた。妖怪の山は里から遠い。妖夢は、出されたお茶に手を付ける暇も無く、挨拶もそこそこに稗田邸から出て行き、今度は妖怪の山へと向かうのだった。
夕方:酉二刻
「橙ちゃーんっ」
「あれ? どうかしたの?」
意外と橙は早く見つけることが出来た。丁度遊び終えて帰る所だったらしく、妖夢はホッとしていた。阿求の言ってたようにもう少し遅ければすれ違いになっていただろう。しかし、ここに来るまで思ったよりも時間がかかってしまいった。陽は既に沈みかけ、空は真っ赤になっていた。あまり時間に余裕はない。
「あのね、紫様に会いたいんだけれど、私をマヨヒガまで連れてってくれないかな?」
「マヨヒガに?」
そのため、妖夢はいきなり本題を切り出すことしたのだった。
「別にいいけど……もしかして急いでる?」
先程、息を切らして走り寄ってきた妖夢を見ていた橙はそう尋ねた。
「うん、そうなんだけど……もしかして、遠かったりする?」
「う~ん……普通に帰れば今からだと戌三刻くらいかな? でも、ちょっと無理して急げば酉三刻には着けるよ」
「じゃあ、早い方でお願い」
その時間差は何だ、と思いながらも前者では遅すぎるため妖夢は即答したのだった。
「うん、分かった。でも……死なないように気をつけてね?」
「へ?」
何やら不吉なこと――妖夢だって半分は生きているのだ、多分――を言うと、橙は十間(約18.2m)ほど下がって妖夢から距離を取ると大きく息を吸い込んだ。
「助けてぇぇぇぇ! 藍しゃみゃァァァァァ!!」
「へ……?(スッ……)」
辺り一面に橙の叫びが響き渡る。妖夢は何が起こったのか理解できず、呆けた声を漏らしていた。背後から何か嫌な音が……と妖夢が思う暇も無かった。
「……ェェェェェェェェェェェン!!」
絶叫と共に妖夢の背後に開かれたスキマから飛び出てきたのは、巨大な金色の毛玉……否、橙の主である八雲藍だった。
「みょんっ!?」
辛うじてその一撃を紙一重の差で避けることが出来た妖夢。しかし、瞬時に毛玉形態を解いて地面を削る勢いで着地した藍は寸部の隙も無く、妖夢の首へと左腕を伸ばして捉えた。その勢いに小柄とは言え、一端の剣士であるはずの妖夢でさえ、宙に吊り上げられる形になった。そんな妖夢を藍は凍てつくような殺気に満ちた視線を向ける。
「う、ぐ……カハッ」
首を締め上げられ、足を宙にバタバタさせながらもがく妖夢。藍はひどくドスの聞いた、地の底から響くような声でこう言った。
「おい……貴様か? 橙を苛めたの――って、妖夢じゃないか」
首を絞めている相手が妖夢だと知った藍は先ほどまで放っていた悍ましい殺気を解くと手の力を抜いて妖夢を地面に落とした。
「ゲ、ゲホッ、ゲホ……」
「あ、あぁ、すまなかった。つい、カッとなってしまって」
尻餅を突く形で落とされた妖夢の体は、咳き込みながらも欠乏している酸素を体内に取り入れようとしていた。そんな様子を見た藍は、妖夢の傍に屈みこむと背中を擦りながら、そう謝したのだった。事の元凶となった橙は藍の殺気に当てられて主を止めることが出来ずに硬直していたのだが、今は妖夢のもとに駆け寄って心配そうに見ていた。
藍に介抱されている間、スキマの向こう側から爆笑が聞こえてくるのはなんでだろう……、と次第に頭がはっきりしていく感覚の中で妖夢は朧気に思っていた。
「ら、藍さん……もっと早く気付いて下さいよぅ……ケホッ」
「いや、本当にすまない」
妖夢は、自分を心底心配している今の藍と、先ほどまでの(狐だけど)鬼のような藍を脳内で比較し、この人を怒らせたら私は死ぬんだな、とつくづく実感させられていた。
「……それで、紫様に何か用なのか?」
妖夢がそんなことを考えている間に橙から事情を聴いたのか、落ち着いてきた様子の妖夢を見て藍はそう尋ねてきた。
「えぇ、幽々子様が紫様の冬眠明けを祝して酒宴の席を設けたいから呼んで来るよう申されまして」
「(祝い事、なのか?)そうか……ん? もしかして、わざわざ妖夢が足を運んでくれたのは、紫様に手間をかけさせないためか?」
妖夢はその藍の言葉に近くに開かれたスキマに目をやると表情を曇らせた。
「そのつもりだったんですけど……結局、意味が無かったようですね。こうしてスキマを開かせちゃいましたし、幽々子様の御好意を台無しにしてしまいました……」
「妖夢は真面目すぎるな。もっと肩の力を抜いたほうがいい。紫様にとってこのくらい朝飯前だからな、そう気にするな。ほら、スキマを通って家に来るといい」
「はい……」
そう言っても気落ちしている妖夢を見て藍は困ったように笑っていた。
夕暮れ:酉三刻
「ふぅん……そう。幽々子が、ねぇ」
相も変わらず胡散臭い笑みを浮かべる八雲紫。妖夢は今、マヨヒガにある紫宅の茶の間で再び用件を伝え終えた所だった。
紫はそれを聞かされた直後、今年に限って妙な気を利かせる幽々子に疑問を感じていたが、その意図をすぐに理解できたように見える。それよりも、純粋に親友の気遣いを喜んでいることがその笑みから察せられた。
「妖夢、これは先ほどの詫びだ。是非食べてくれ」
台所にお茶を淹れに行った藍は妖夢へお茶請けとして、見るからに美味しそうな水羊羹を差し出した。妖夢の喉がゴクリッと鳴る。紫が扇を口に当てて笑っている様子が視界の片隅に見えた。
「あ、いえ、私は使いに参った身。そのようなお気遣いは――」
生来の生真面目さ故に素直に食べることが出来ない妖夢だった。
「いいのよ、あなたはまだ子どもなんだから。遠慮せず召しあがりなさいな」
藍は、相変わらず固い奴め、とでも言いたげな笑みを浮かべていたが、紫がその言葉を代弁するようにして妖夢をそう促した。紫の『子ども』という言葉にちょっとムッとした妖夢だったが、それに反応しては紫の思うつぼだ、と長年の勘が働いたため、自分に素直になって先ずは食べることにした。
「……では、ありがたく頂きます」
そう言いうや一口大に切られた水羊羹の一欠片を口に入れた途端、妖夢の相好は崩れ、あどけないホクホクとした表情がそこに浮かべていた。紫と藍はその様子を微笑ましげに見ている。彼女達からすれば妖夢はまだまだ『子ども』なのだろう。因みに、橙は遊び足りないのか、暗くなりかけている庭に出ていた。
「妖夢はゆっくり食べてていいわよ。ただ、そろそろ行かないと幽々子を待たせることになっちゃうし、私たちは一足先に行くことにするわね。藍、橙を連れてきて頂戴」
「はい。あぁ、妖夢。片付けはしなくていいからな。そのままにしておいてくれ(と、言った所でどうせ片付けてしまうんだろうな……)」
二人はそう言いながら立ち上ると、紫は指を宙に浮かべてスッと引き下ろすことでスキマを作り出し、藍は橙を庭から連れてきた。
「じゃ、お先にぃ~ そうそう、幽々子にはちゃんと説明しておいてあげるわ♪」
「ま、偶にはゆっくりしていくといいさ」
「いってきま~す!」
三者三様に言葉を残して白玉楼直通のスキマへと身を投じていく八雲一家。スキマの閉まる音が余韻を残して部屋に響く。静かな一室にただ一人残された妖夢は、一日中頑張った自分を労うかのように、まったりとお茶の時間を楽しむのだった。
日没後:酉四刻
「あー、美味しかったなぁ」
今頃、幽々子や紫たちは酒宴を始めたばかりだろう。お茶の時間を終えた妖夢は、藍の思った通り、律儀に茶碗と皿を洗い終えた所だった。やることを全て終えた妖夢は、みんなのいる白玉楼へ行くために玄関の遣戸に手をかけ――
「…………白玉楼って、どっち?」
外はまだ冷たい夜風が身に沁みる季節だった。
最初の誰もが知っているような設定のところも含めて文章はいい意味でスラスラ読めました。
三点リーダーの使いすぎと時間の表現も含めて括弧の使い方が不恰好なのが残念。
2さん、『スラスラ読めました』というコメントありがとうございます。今作は自分と読者の方々に適した文体を模索するための実験作ですので、その言葉だけで満足です。
3さん、ネタについてはありふれているのでは? と自分でも思っているので『平坦』と言われても仕方ありません。一応最後のオチは捻ったつもりだったのですが…
時間表記については同意ですので訂正しました。ですが、三点リーダーについての改善は難しそうです。自分の中では【、】が一呼吸、【……】で二呼吸開けて読むと丁度いいよう調整をしているのでご了承ください。もちろん。くどくならない程度には気にかけていこうと思います。
次回作は忘れられない作品を出したいところです…せめてPNは覚えておいてくださいね。
5さん、この作品を作った目的として最高の褒め言葉です。ありがとうございます。次回作もよろしくお願いします。
最後に、自分の中における『とっておきのネタ』は、文体などをしっかり整えてから投稿していく予定ですので楽しみにしていてください。
丑三時
夜も更けて
とかでそれとなく時間を知らせといた方が
宴会って基本夜やるんだから
そろそろ、日がおちるとか
このままでは、間に合わないとか
適当に入れとけばいいのでは?
あとはどんどん作品を書いていって、どのようなオチが読み手に良いインパクトを与えるか等を試行錯誤していければいいんじゃないでしょうか。
7さん、5さんと同じ方ですよね?
再びご指摘いただきありがとうございます。
今朝、自分の端末でこのssを開いたのですが、冒頭にゴチャゴチャ解説というのは良くないと感じたので解説部分のみ消しました。
今作は時間表記を残しますが、次回以降は挙げていただいた例のように描写で頑張っていこうと思いますが、微妙な時間の差異を強調したいときには読者の方にとって障害にならない程度に使うことになると思います。
このようなコメントは非常に参考になります。重ねてお礼申し上げます。
8さん、『説明』というのは、時刻の説明ですか? それとも人物の描写ですか? 前者であればほかの方のご指摘も受けたので改善しました。
後者ですが、前作の後書きに書いたように自分の作品は例外を除いて世界観を共有していますので、全作品(T-K時代から)を通して初登場のキャラのみある程度の描写を載せる予定です。なので、今回登場した妖夢とかは次回以降名前がいきなり出てくることになりますが、輝夜のようにまだ登場していないキャラの描写はすることになります。ご了承ください。
それと、前作品をお読みいただいた上でのご感想、大変うれしく思います。後は経験値を積んでレベルアップを目指していくので自分の作品が出ていたらちょっと目を通してやってください。
継続の読者がいる、と分かると励みになるものなのです。
まだまだコメントお待ちしております
時間の描写は「もうそろそろ五時頃だろうか」というように現代の言い方だけを使い、
時間を区切りにせず言葉に入れるのがいいかと思いました。参考までに。
ほうじ茶さんの作品は初めて読んだのですが、とてもいい作品だと思ったので全部読んでみようと思います。
嬉しいお言葉、ありがとうございます。
まだまだ大した作品は出せていませんが、今後はこういったホノボノ系がメインとなりますので是非読んでやってください。
あなたからのコメント、楽しみにしています。
紫たちとの親戚みたいな関係もいいですね。妖夢好きにはたまらない作品でした。
同じ世界観で幽々子と藍や橙の絡みも見てみたいところです。
時間の表現はこのままで雰囲気あるので①でいいかと
名前が7つある程度の能力さんへ追加です。
時間設定ですが、やはり時代背景に沿ったものを使用したいので刻を使ったものにしていきます。ただ、台詞の中に時間を感じさせる文句を入れるやり方は採らせていただきます。
13さん、時間設定のご協力感謝します。
妖夢らしさを感じて頂けたようでよかったです。実は少し気を使っていただけに気づかれたことが嬉しかったです。
今後もマヨヒガ組と白玉楼組は親戚のように付き合わせていくつもりです。
幽々子と藍・橙、か…そのネタ、いただきです(^^ゞ