※一部若干残酷な描写を含みます
「本を忘れたわ」
いつも通りに大図書館の元へ紅茶を届けに行くと、突然パチュリー様が言われた。
本がないなら小悪魔を、とパチュリー様直属の従者の方を向いたが「そういう意味じゃないんですぅ……」という可愛らしいアイコンタクトを向けてきた。
どうもこの魔女、口下手なのか言いたいことがいまいち掴みにくいのだ。
「何かをお忘れでしたら、場所さえ教えて下されば取ってまいりますが」
「ううん、パッとに行ける場所じゃないわ。過去に忘れてきたのよ」
「はァ……」
文芸家ならではの詩的な要素を含んだ発言なのだろうか。幻想郷で長年ことば遊び合戦をやってきたが、やはりつかめない。
ならば翻訳を頼もう。
「小悪魔、意味わかる?」
「どうも、外の世界にいた時の住処に本を置いてきてしまってたようなんです」
ああ、それで『過去』といったのか。それでは手も足も出ない。
「そういうわけで咲夜、レミィを呼んできてくれない?」
「かしこまりました」
何か「そういうわけで」なのかわからないが、とりあえずお嬢様を呼ぼう。
お嬢様ならパチュリー様をよく知ってるし、何とかしてくれるはずだ。
***
「正気?」
「ええ」
「たかが本一冊?」
「されど本一冊」
「外に?」
「外に」
その応酬にため息をついて頭を抱えるお嬢様。
そして紅茶を一気に飲み干された後、再び問いかけた。
「……手段は?」
「すでに考えてあるわ」
「紫や霊夢の怒りを買わないでしょうね?」
「八雲紫には話を通してあるわ。結界を傷つけないなら一週間ほど黙認するそうよ」
いつの間にか話が通っていることに私もお嬢様も驚いた。引きこもりといわれても意外とコネクションを持っていることを思い出させる。
この魔女、なかなかおやりになります。
「いつもレミィのワガママに付き合ってるんだもの。たまには私のにも付き合って……ね?」
「うぐっ」
止めの一撃。
普段のパチュリー様からは想像できないような上目遣いの攻撃に、お嬢様はとうとう折れた。
「……分かったわ、手伝うわよ」
ほんのり赤い顔をそっぽに向けて、茶菓子をため息交じりに食べながらお嬢様が答えた。
「出発は三日後でお願いね。あまり時間かけると星がずれるから」
「そういうわけで咲夜、数日間の泊まりがけ外出の準備をお願いね」
「仰せの通りに。何人ほど連れていかれますか?」
幻想郷外は勝手が違う事を考えると、少しばかり念入りな準備をしておかなければならないかも。
「この場にいる全員、それとフランと美鈴も呼んで」
「美鈴、ですか?門番が不在になりますが」
私や小悪魔、あまつさえ美鈴さえ出て行ってしまえば、紅魔館実力者が総員で出ていくことになる。
お世辞にも私の指示のない妖精は掃除要員としか見れないし、警備としては役に立たないと思う。
「ネズミ避けに霊夢かアリスを泊まらせればいいわ。あの二人なら信頼できるから」
「そうね、特に巫女は金銭か食事で買収できるし」
そう言ってお嬢様とパチュリー様がクスクスと笑う。
ああ、なんとかわいらしい悪い顔。
***
三日後、準備を終えたお嬢様と私たちは大図書館に集まった。
霊夢には食事と宿泊権を提供することで留守番に同意してくれた。しかしそれでいいのか博麗の巫女。
なおアリスの方は断られた。人形を放置して家を空けるのは嫌だそうだが、ただ霊夢のお守が面倒そうに見えた。やはりこちらから先に懐柔しておくべきだったか。
とにかく食料がないだろうということで、冷凍した血液と氷などを大量に詰めておいた。
それを転移用魔方陣のうえに移動させておく。
「外の世界久しぶりだね!」
「そうですねぇ」
隣では美鈴が妹様の相手をしている。この荷物も、まぁこの子がいれば大丈夫だろう。
そんな陽気な二人とは対照的に、私の中にはいくつか不安点が残っていた。
「……しかしパチュリー様、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なにかしら?」
床に魔方陣を直書きしている魔女に声をかける。
「過去に戻って本を取るということですが……それは過去改変、タイムパラドックスになるのでは?」
「流石時間操作能力の持ち主、鋭いわね」
「ありがとうございます」
なんだか褒められた。悪い気はしない。
「いわゆる親殺しのパラドックス、バタフライエフェクト……。けれど、今回はその心配はないわ」
「あら、どうしてそう言い切れるのでしょう」
「私たちは今回、『この世界の過去』ではなく『限りなく類似した平行世界の過去』に行くのよ」
そういってパチュリー様は魔方陣の隣に落書きを始めた。縦線を数本書き、それぞれABCとアルファベットを振る。
「時間については『多世界解釈』『分岐時間軸』とかいろいろ説はあるけど、ここでは『パラレルワールド』の方を取り上げるわ」
「パラレルワールド、まんま平行世界ですね」
「同一のものはなく、全て何かがズレている時間軸。自分の世界線でないわけだから、改変してもこの世界に影響はない」
理屈は分かったが、そううまく似た時間軸を選べるのだろうか。
……いや、ここはパチュリー様の分野だ。餅は餅屋、専門家に任せよう。
「さて、そろそろ始めるわよ」
全員が魔方陣の円内に入ると、何やら呪文を唱えられて淡く光りはじめた
***
目を開けると、どこか古びた館のようだった。
「着いたわよ」
「うう、気持ち悪いわ」
お気を確かに、お嬢様。
フラフラ立ち上がるその小さなお体を支えながら屋敷を見渡す。
どうやら私たちは大広間のような場所に転移してきたようだ。
お世辞にもその屋敷はきれいとは言えず、最低限の手入れもされてるか怪しい場所だった。
「まぁ別荘だからね、仕方ないわ」
「お嬢様の別荘なのですか?」
「うーん、本当はパチェのなんだけど、一応私のになるのかしらね。町はずれの」
若干埃をかぶった窓から外を覗く。
真っ暗な空の下、何の明かりもない小さな庭園は、周りを小さな塀の木々に囲まれているだけの場所。
「……懐かしいわ」
「あれぇ?でもパチュリー様の書斎って本家の方じゃありませんでしたっけ?」
「ええ、そうよ。ここは待機場所」
「本家にはこの時代の私やパチェがいるからね。出会ったらちょっと面倒だから、空き家状態のココを選んだのよ」
私だけこの場所に来たことがないせいか、なかなか話が通じず寂しい気持ちになる。
しかしここに泊まるというのなら、この屋敷はひっくり返して掃除をしなければなるまい。
「あんまり一人張り切らなくてもいいわよ咲夜。どうせ数日だし」
「まぁメイドである以上は気になるんでしょう。小悪魔、咲夜を手伝ってあげなさい」
本を並べ、すでにこの大広間での読書態勢を整えたパチュリー様。
「あ、はぁい!」
後ろの方で妹様と遊んでいた小悪魔がやってくる。
小悪魔は妖精と違ってしっかり者だし、これならば楽に終わりそうだ。
「……ありゃ?」
「どうしたの?」
「いえ、門に行こうと思ったらドアが開かなくて……」
ふと振り返ると、外に出ようとしている美鈴が何やらドアと格闘している。
強く――彼女的にそうなのかはわからないが――蹴りを入れてもビクともしない。
「ああ、結界を仕込んであったの忘れてたわ」
パチュリー様が本を読みながら魔法を使うと、すぐにそのドアが開いた。
「人避けか何かしてたんですか?」
「ええ。かなり未熟で稚拙な魔法だけどね」
過去の自分をここまで蔑むとは、今との実力差に自信があるようで。
「それじゃあ門番行ってきますねー」
「頼むわ、がんばってね美鈴」
さらっと聞き流しそうになるが、お嬢様と美鈴のやり取りに驚いた。
珍しく美鈴がやる気を出しているのはいいとして、お嬢様がいつも以上の労いの言葉をかけているのだ。
正直な話、美鈴は仕事中に寝ていることが多く、その事実をお嬢様もご存じのはず……。
「……まぁ、咲夜もしばらくすればわかるよ」
いつの間にか隣にいた妹様が、私に聞こえるか聞こえないか程の声で呟いた。
***
明くる朝。
お嬢様方の就寝を確認すると、ここに慣れる意味も含めて私は頂いたお金で買い出しに出た。
一本の小道をたどっていくと、そこそこの大きさの街とその市場の喧騒が目に入った。
幸い私の英語も難なく通じたために、何も気にせず買い物をすることができた。
幻想郷と違ってメイド服という格好を気にする人はいない。銀髪も違和感なく溶け込んでいるようで、少しばかり楽な気持ちで歩くことができた。
「このリンゴを五つお願いします」
「珍しい服のメイドだね。はいよ」
硬貨を手渡して別の店へ足を運ぶ。
市場にはそれなりのものがそろっていて、結構不自由しないようだった。
買い物も済んだ後、なんとなくブラブラした。外の世界が、なんとなく気になったのだ。
人里以上に人の往来が多く、そこそこ賑やかな町だった。
――その一方で、綺麗とはいい難い環境。少しばかり臭う町だ。
はて、何の臭いだろう。どこかで嗅いだ覚えがあるが。
「私は違うのよ!ねえ!」
突然聞こえたその声は、私と群衆の注目を集めた。
一人の女性が、騒々しく着飾った聖職者らしい男と兵士数人に取り押さえられている。
「すでに判決は下された!貴様は火刑に処される!」
役人らしい男の一人が書状らしいものを見せると、その女性の顔が青くなって黙ってしまう。
そこで抵抗なく――声は漏らしていたが――広場の中心へと連れていかれた。
「やっぱりそうだったのよ。あの人怪しいと思ってたわ」
向かう先の広場の正面に、十字架が数本並んで立っている。
そのまわりに武装した騎士たちが整列しており、物々しい雰囲気を感じ取れた。
「夜な夜な不気味な呪文が聞こえてきたそうよ」
女性が引きずられたあと、その十字架に括り付けられる。
そして同じように、別の方からもまた別の女性が数人引きずられてきた。
「やっぱりあの人たち、悪魔と契約していたんだわ!」
泣き叫び始めた女性達にかまわず、男は判決文を読む。
「この者は魔女であり――の子を呪い殺し――悪魔の力で裁判に耐え――魔女を自認し――」
「魔女だ!殺せ!殺せ!」
長々とした文を読み終わると同時に、群衆の罵声と共に十字架の足元に火が投げられた。
油でもまかれていたのだろうか、火の回りが早くあっという間に体を包み込んだ。
「――――――!!!」
炎の中から声にならない悲鳴がする。
慣れ親しんだと思っていた人肉の焦げる臭いが異様に鼻を突く。いや、毛や服といった不純物が燃えて別の不快な臭いになっているのだ。
しばらく燃え続けたその体。
如何程立っただろうか。叫び声は消え、体はただの黒ずんだ灰の塊となった。
「……魔女は死んだ!村に平和が訪れるだろう!」
聖職者の男がそう高らかに宣言する。
それを合図としたように歓声が上がった後、皆それぞれ騒いだりその場から立ち去って行った。
「………」
だが日頃から魔女や吸血鬼に接している私はわかる。彼女たちは無実だ。
いわゆる魔力、美鈴的に言えば『気』だろうか、そのようなものをこれっぽちも感じなかった。
(ああ、そういうことか)
ここで私は思い出した。
―――これは、魔女狩りだ。
***
時は夕方。すでに太陽の中心が山の背に達している。
「あ、咲夜さん」
「ただいま」
門のところで門番をしている美鈴と少しばかりの言葉を交わす。
「ちゃんと起きてるのね」
「えへへ……まぁしっかりやらないといけませんから」
どの口がこういってるのだろう。
まぁお仕事をしてくれるのなら、私だって下手にお仕置きしないというのに。
「じゃ、門番がんばってね」
「……あ」
労いの言葉をかけて門を通ろうとすると、ふと美鈴が小さく声を出した。
振り向くと、すでに元の門番の態勢にもどった彼女が、私が離れてないことに気付かないでつぶやいた。
「みちゃったかぁ……」
***
「ただいま戻りました……」
相変わらずお世辞にも広いとは言えない館の中に入る。
広間の一番奥で、館の主が座るはずの席に妹様が座っていた。
「しばらくの間、この館の主はフランということにするよ」
「あら、姉妹喧嘩の下剋上に敗れたのですか」
「違うわよ!」
ちょっとからかってみたらムキに返してくるお嬢様。かわいらしい。
「この町に二人も『レミリア・スカーレット』がいるなんて怪しいでしょ?」
「でも、これ意味あるのぉ?」
しかし当の妹様は、丈が合わない玉座の上でぶーぶー不平を漏らしている。
「準備が整うまで、万が一でも疑いの目は避けたいのよ」
そばで正座をして本を読んでいたパチュリー様が付け加えた。
掃除が間に合っていてよかったのですが、椅子があるというのになぜ床にお座りになってるのかはわかりかねます。
「疑いの目……ああ」
「その様子だと、見たようね」
「よくお分かりで」
「人間の焦げた臭いがするもの」
ああ、美鈴が勘付いたのはこの匂いでだったのか。
「ここは19世紀中ほどのロンドンの外れ……」
演劇のナレーターのようにお嬢様が語り始める。
「同じような町のはずれ、あそこに大きな屋敷があるでしょう? そこに住んでいるのは、初々しい成りたてウィッチのパチュリー・ノーレッジ」
「ちょっとレミィ……」
本で口元を覆い、じろりとお嬢様を睨み付ける。
ほんのり赤い頬がちらりと見える。
「小金持ちの家系ながら親を失って天涯孤独な少女だった彼女は、読書と知識に没頭。更なる好奇心を求めた結果、彼女は魔法と悪魔に出会った」
構わず続けるお嬢様に、パチュリー様は諦めたのか本へと視線を戻した。
「それが、私」
フフンと胸を張るお嬢様を、妹様が玉座の肘掛けに頬杖をつきながら呆れた顔でご覧になる。
「だが悲しいかな。そのせいで隠し通せていたはずの疑いの目が一気に集まってしまった……」
「お姉様、いい加減くさいわ」
「ちょっ……!」
とうとう妹様がダメ出しをしてしまった。
いえいえお嬢様。私は大変感激しておりますとも。
「つまるところ、近日に魔女の私が処刑されるのよ」
「あらまぁ」
盛大なネタバレを、それも本人から食らってしまった。
本を閉じてこちらをみるパチュリー様。
「助けなくてよろしいのですか?」
この世界でも時間停止能力は使えるし、処刑人を殺すなり処刑台から連れ出すなりできるが。
「むしろ助けてはいけないわ。予定された未来が狂うもの」
やはり、パチュリー様との会話はいまいち掴めない。
「つまり……この世界の私が処刑されている間に、今の私が本家から目的の本を取って帰るわけ」
ああ、なるほど。
屋敷が空になるタイミングがわかっているなら、それまで流れに任せるということですね。
「して、いつお亡くなりになるのでしょう?」
「……三日後、ね」
***
翌日の昼のこと。
門の方からやかましい声が聞こえてくる。
「ええい、さっさと開門せんか!」
「お断りします、といったはずですが」
美鈴があまり見せない厳つい顔で、これまた厳つく着飾った役人や兵士と押し問答をしていた。
よく鍛えられているらしいその兵士は、紅魔館切手の長身である美鈴よりも背が高く彼女を見下ろしているが、それにひるむ様子もなく美鈴は睨み返していた。
「ここはノーレッジ家の税代として教会神父様に返還された土地である。開門せよ!」
「それ以前より、この土地は我々スカーレット家が譲り受けました。税が必要とあらば、我々がお支払いいたしましょう」
そう言って懐から取り出したのは多数の金貨が入った巾着。
チャラチャラと、艶かしい表情と共にその中身を掬って見せつけたあと、それぞれのポケットや鎧の間に挿しこんでいく。
「お役人さんへのお小遣いを付けて、ね」
普段の性格に似合わず、なかなかいやらしいことをする。
「あなた、意外にワルね」
「こうでもしなければ、あの一時はしのげません」
役人達が立ち去ったのを見計らって話しかける。
「門は館の顔。歓迎のための表情も必要ですが、相手によっては拒む顔も見せるのが仕事ですよ」
「あなたの口から仕事の大切さを聴くとは思わなかったわ」
「いやぁ、ハハハ……」
照れくさそうに頭をかくが、これは本来当たり前のことなんだけど……。
「ところで、さっきの連中はなんなの?」
「……教会と役人の徴税連中ですよ。尤も、徴税と称する取り立てですが」
曰く、味方がなくかつ大量の資産を持っているノーレッジ家に目をつけ、不法な取り立てを企てていたそうな。
この時代においても土地の持つ価値は大きく、それなりに大きい屋敷の立ちつつ本来なら手入れも少ないここは絶好の場所だったというわけだ。
「こうして門番である私が応対し、適当に誤魔化してはいるのですが……また次も来るでしょうね。別のメンバーが」
「袖の下じゃ効果が薄いのかしら?」
「別の人が来ますよ。もしくは味を占めた方が」
「欲深いわね」
「まぁこの金貨はパチュリー様謹製の偽造品ですし、連中がただ欲深いだけだったらいいんですけど」
そういってまだ手持ちにあった金貨モドキ数枚でお手玉をする。
普段は不器用なのにこういうところでキレのある動きをするのだから、実は大道芸人だったりするんじゃないかとおもったり。
「……ねぇ、この時代のお嬢様方ってどんなだったの?」
「気になります?」
「あなた結構長いじゃない?この時代からお嬢様についてたんでしょ?」
「ええ、まぁそれなりにお供してましたね」
この時代のお嬢様はどんな方だったのだろう。やはりもう少しお若いのだろうか。
しかし、今よりもお若いお嬢様……ふむ、もう20cmくらい下げてみよう……あら、もはや乳幼児になってしまわれた。
長寿ゆえにバランスを取って歩くことはできるがその一歩一歩は小さく、よたよたしている……なるほど、ありね。
「ちょっとそこで目がマジになるところがわからないですね……」
「いいから教えなさいよ」
何を言うか。一番大事なところに一番集中するのは当たり前でしょうに。
「そうですねえ……今とあんまり変わらない気もしますが」
そんなことはないでしょう。もっとかわいげがあったとか!
「いや、そう言われましても……。まぁしいて今と違う点を挙げるといえば―――」
刹那。パァン!と何かが破裂するような音がした。
気が付いたら目の前に美鈴の体があり、焦げ臭いにおいがそこから漂っていた。
私の体はいつの間にやらか美鈴に隠れるように抱きかかえられていた。
「こうやってご友人もろとも命を狙われてるってことですかね。主に賞金目当てに」
開いた左手から銀色の弾丸が落ちた。手の内側が黒いけど、まさか……。
「……ちょっと、その手!」
「『気を使う』能力ですからね。向こうからの殺『気』がムンムン感じられるんです」
後は妖怪だから力でとめる、と。無茶にもほどがある。
「……ミニエーっていうこの時代最新型の銃らしいですよ。弾が丸型じゃないから手から抜けそうで怖いんですよねぇ」
そしてこんなことを顔も歪めずひょうひょうと言うのだ。
おそらくこの光景を見ているであろう犯人は、さぞおぞましい気持ちなんじゃなかろうか。
「咲夜さんも時を止められるとはいえ、今みたいに不意を突かれるわけですから気を付けてくださいね」
「………」
「さぁーて、お嬢様のシナリオ通り、こっちに目を向けさせただろうけど―――」
そうだ。この世界は弾幕ではない。
長く忘れていた、殺意に満ちた醜い世界なのだ。
―――だから、美鈴起きてるんだ。お嬢様が信頼して置いているのもわかる。
「ちなみに私の名前は美鈴(みすず)です」
「……は?」
「みすずです。この時代にいるメイリンのお姉ちゃんです」
「………」
「あ!待ってくださいよ!冗談です!そんな目で流さないでくださいよぉ~!」
前言撤回。美鈴は美鈴だった。
***
そんな状況にもかかわらず、私は何をしているのだろう。
次の日、町の店で買った単眼鏡を使って、それらしい屋敷を見つけたのでひそかに隠れつつ観察してみた。
先の別荘よりは広く、紅魔館よりは小さいお屋敷。
門に番はいなかった。ただ、玄関先に一人の女性が立っている。
「美鈴……ね」
その姿こそこの時代の西洋風な服装であったが、帽子だけは変わっておらず『龍』の字が入ったバッジがついていた。今のようなあっけらかんな顔とは違い、目つきが鋭い。
変に勘付かれないよう、空いている窓から時間を停止しつつ忍び込む。
適当な隠れ場所を見つけ時間停止を解除すると、近い位置から話し声が聞こえてきた。
ふと見やると、見慣れた自分の主が目に入った。その姿は今と変わらず、ニヤニヤと悪いような笑顔を浮かべている。
そしてその隣に一人……。
(もしかして、あれがパチュリー様?)
服と三日月アクセサリのあるナイトキャップはそのままに、普段はかけることの少ない眼鏡パチュリー様だ。少しばかり体が今より不健康そうに見えつつも、はっきり開いているその目が初々しくあどけなく見える。
……いえ、今のパチュリー様が濁ってるとかそういう意味ではないです。決して。
「何をためらっているのパチュリー。もうこの地に情はないのでしょう」
透き通る凛々しさを持ちながらもどこか幼い声。それは確かに、お嬢様のお声であった。
「ならば殺してしまえばいいじゃない。ここに住む奴ら全員」
「それは……だめです、レミィ」
「なぜなの?本物の魔女と吸血鬼、こんな小さな町一つ血祭りに上げるなんて容易い話よ」
「レミィ、あなたの契約主は私です。私の要求に従う義務があります」
角から廊下の向こうに伸びる大広間で、お二人が話をなさっている。
お嬢様に対して丁寧口調なパチュリー様に新鮮さを覚えつつ、その緊迫した場面を見つめ続ける。
「ふふ、わかっているよ。パチュリー・ノーレッジ」
「本当に分かっているのですか?」
「わかっているとも。お前の願いは『一人にしないでほしい』『人をむやみに殺めない』そして―――『死にたくない』」
「……言い方が気に触りますが、そういうことです。そしてこの状況から」
『助け出してほしい』
そのパチュリー様の目はとても弱々しかった。体も若干震えているようにも見えた。
おそらくここにも伸びているのだろう。魔女狩りの手が。チェックメイト寸前にまで。
「ククク、仮にも『友人』にそんな無茶をやらせるとは、魔女殿は悪魔使いが荒い」
「ちょっと、それは忘れてって言ったでしょう!」
「いやいや友人のお願いを忘れるなんてことはできないよ」
ニヤニヤとその意地らしい笑みのお顔を崩さないお嬢様。
あの口達者なパチュリー様が押されていた。悔しがっていることを隠させない表情が大変珍しい光景で、ちょっと見入ってしまう。
「なに、心配しなくても助けてあげるさ。お望みどおりの方法で」
「信じ……ますよ?」
「悪魔は結んだ契約なら反故にしない。それ以前に―――」
そしてその顔を、こ、これでもかというくらいお近づけになって……。
「友人の約束を破りはしないさ、パチェ」
そっとパチュリー様の耳元で艶めかしい声で囁かれたのでした。
「明日、死が訪れるその運命を、私が変えてやろう」
***
確かにこの時代のお嬢様は『明日』とおっしゃった。
それは現在のパチュリー様がおっしゃった日でもある。
「……今一度お伺いします。このままでよろしいのですか」
「無用な心配よ、咲夜。自分の仕える主を信じられないの?」
「いえ」
妹様のお屋敷(仮)の一室。ほこりをかぶった本棚に、新品同様にきれいな本が多数おさまっている。
そこの机でいつもと変わらないように本を読むパチュリー様は、動かない小図書館と呼ぶべき有様であった。
「私が死なないのはよくわかっているでしょう。この世界でも」
「なら良いのですが」
時が来るまでは動かない。
本家のお屋敷が開く時、それはパチュリー様が殺される日。
「明日、パチュリー様はどのように殺されるのでしょうね」
「……絞首刑でしょうね」
「あら、火刑ではないんですか?」
「叫びを響きかせながら死に至らしめる火刑は見せしめ。魔女の体を焼いて討伐したというパフォーマンスにすぎないわ」
ふむ、確かに。あの時見た十字架火刑には多数の群衆が狂喜狂乱に満ちていた。
それは魔女という恐怖から逃れられたためなのか、魔女が死んだことによる歓喜なのか。
「では、絞首刑は?」
「本当に危険な罪人を確実に殺すため、文字通り息の根を止めること。そのための処刑法よ」
本当に危険な罪人というと、つまり本物の魔女。
「神職の連中はわかっているのよ。誰が魔女で、誰がそうでないのか。あなたが見たように、魔女として殺されたのはそのほとんどは普通の人間」
つまり、パチュリー様がおっしゃりたいことはこういうことだ。
教会の神職の人々は、無実であると知りながら魔女狩りの名目で人々を刑にかけている。
「結局は田舎で権力を広げておきたい聖職者や、気に入らない相手を合法的に潰す住人にとって都合のいい話。魔女狩りなんて、そんなものよ」
だけど、とパチュリー様が続ける。
「けど時折、私のように本当の魔女が出ることもある。形だけの聖職者である彼らは本物の魔女に対してまったく無力。だから恐怖し、本当の処刑を行うの」
「それが息の根を止める絞首刑である、と」
「本物の魔女は息の根を止めようと生き続けるから無駄だけどね。……まぁ、この頃の私のような未熟者は死ぬけど」
「はァ……」
魔法を使ったときもそうだったが、過去とはいえパチュリー様がここまで自分を蔑むというのは本当に珍しい感じがした。
「パチュリー様は昔のご自分がお嫌いなのでしょうか?」
「あら、どうして?」
「口ぶりから、相当ご自身を蔑んでいるようなので」
「……嫌い、といえば嫌いなのかしらね」
読み終えたらしい本を閉じ、わきに置く。そしてもう片方においてあった別の本へ移る。
「この頃の私と今の私、魔法の技量はもちろん全てにおいて変わったと私は自覚しているわ。未熟で甘かったこの頃とはもう違う。そういう意味では、嫌っているのかもしれないわね」
「古い自分との決別、と?」
「そんな格好良いものじゃないわ。そんな自分と今の自分が同一だなんて思いたくないだけ。今の自分こそが自分なのよ。自己嫌悪か同族嫌悪か……そんなもんよ」
未熟な自分を認めたくない。なるほど、確かにあのパチュリー様と今のパチュリー様は結構違っている。
あんなに初々しい読書少女な面影はなくなり、容姿こそは変われど、百年の月日は全く逆の方向へ変えてしまった。
「あなたもあるんじゃない?咲夜ちゃん?」
ゾワッと背筋が寒くなる。主人にいじられる従者特有の勘というものだろうか、そんな嫌な予感がした。
「あんなにレミィや美鈴に甘えていた子が、今では他に追随を許さない完璧で瀟洒なメイド長。驚きよね」
ふと顔が赤くなり、こちらをみてニヤニヤ笑うパチュリー様。
思い出したくない昔のことをこれでもかと掘り出してきやがった。
「若さゆえの過ち、というやつです!」
「あらそう。じゃあこの前うっかり美鈴の部屋で寝ようとしてたことは見なかったことにしてあげるわね」
「……何のことかわかりかねますわ」
「つまりはそういうことよ。人は成長するにつれ、過去の自分を否定したくなることがある」
言われることが当たっていてむず痒い。
若気の至り、子供のころの自分がやらかした事々。甘えん坊属性なんて吸血鬼のメイドたる自分には必要ないもの……。
ここは一旦退かなければ。
話に夢中になって忘れていた紅茶の配膳を終えて立ち去る準備をする。
「けどあなた、私にはあまり懐いた覚えがないのよね。なんでかしら」
純粋な疑問だったようで、まだニヤついてはいたものの普通に質問を投げかけてきた。
確かにパチュリー様のもとに行った記憶はあまりない。言ってしまえば……。
「薄暗い図書館が怖かったからでしょうかね」
「あら、それは失礼したわ。そういう場所だもの」
別にパチュリー様自身が嫌いだったわけではない。私が小さい頃から様々な教養を教えてくれる先生であった。メイドとしての勉強もだ。
確かに物静かで何を考えているかわからないパチュリー様が怖かったことは否定できないが、それは恐怖ではなく畏怖。その知識とお嬢様が彼女に施している待遇を知った時に刷り込まれたヒエラルキーによる敬意。
そんな子供の自分にとって恐怖だったのは図書館だった。吸血鬼に仕えながら変なことだとは思うが。
まぁそれは過去の自分のこと、今では拡張さえ受け持っているほどに熟知した空間だ。
再び出口へと足を進める。
ただ、去り際に一言。あくまで独り言のように。
「まぁ、パチュリー様が眼鏡をかけている時のお姿でしたら、また話は違ったかもしれませんが」
「!?」
「それでは、失礼します」
ちらりとみれば、驚きで見開いたパチュリー様の目。
そそくさと閉じた扉の向こうで、あのパチュリー様に一矢報えたことに対する優越感と、少しばかりの自嘲を感じた。
パチュリー様も捻くれたようにお変わりになられたが、自分もまた同じく捻くれて成長した、似た者同士であると自覚したから。
***
「さぁ、今夜だ」
晩餐の席でお嬢様がそういわれた。
「この時代のパチェが処刑場に連れて行かれる、その隙に乗じて素早く本を取る」
「なんか物取りみたいね、お姉さま」
「私らしくないけどね。パチェの頼みだし仕方ないわ。……咲夜、地図」
「ここに」
前もって頼まれていたあのお屋敷周辺の地図を広げる。簡易ではあるが、乗り込みに必要な情報は網羅したつもりだ。
とはいえ書いてあるのは外側から見たものだけで、中の詳しい構造はわからない。
「私の部屋は一階奥に位置してるけど、魔道書関係はすべて地下にしまってあるわ」
「確か地下室は魔法で隠蔽してるんだっけ?ガサ入れ入ってもわからないように」
「一応ね。そこまで高度なものじゃないけど、一般人の目ならごまかせる程度にはしてある」
パチュリー様が地図にいろいろ書き込んでいく。
「ただ空き家になるだけならいいけど、パチェが連れて行かれると同時にならず者が入ってくるからね」
「ではその者達を排除してから、ということですね」
「殺してはダメよ。気絶なり捕えるなりにとどめておいてね」
おそらくこれはこの時代のお嬢様に対する配慮だろう。ここで死人が出てしまえば契約が反故されたと勘違いされてしまうかもしれない。
「ええ、お優しいパチュリー様のためですから。わかっていますとも」
じっとりとした視線が突き刺さる。軽い先制ジョブは相手に対して大きな抑止力を与えたようだ。
申し訳ありません。ですが私の昔を皆に思い出されるわけにはいかないのです。先制抑止なのです。
「……ただあの蔵書を私がすべて覚えてるわけじゃないからね。小悪魔、一緒に来なさい」
「はぁい!」
健気に元気よく返事をする小悪魔。
この時代から彼女はパチュリー様に仕えていたのだろうか。
「そして中に入ってる人間の始末だけど……」
「そこはこの二人しかいないでしょうに。咲夜、美鈴」
「はい!」
「仰せのままに」
戦闘職というわけではないけれど、こういう任務なら数の妖精ではなく質の私たちが勝る。
「私たちはどうするの、お姉さま?」
「特にすることはないわ。二人を抜けてくるけったいな人間がいたら、壊さない程度にいじめなさいな」
「はぁーい」
退屈そうなのでその返事はぶっきらぼうなものではあったが、壊せないことに不満を持ってはいなかったようだ。
だから、お嬢様も連れてきたのだろう。
「じゃあ行きましょう」
お嬢様が椅子から降りて玄関へと歩みを進められたので、美鈴とともに先回りをして、お嬢様方のために扉を開ける。
日はとうに落ち、紅に染まった月明かりが地上を照らす。
「今夜はこんなにも月が紅いから―――忘れられない夜になるでしょうね」
振り向いたお嬢様は、そうつぶやかれた。
***
月明かりが申し分なく地を照らしている中、一つの道を松明のかがり火とランタンの明かりが埋めている。
その列の中心を行くのは、うつろな目をした少女。縄で手を縛られ、連れて行かれている状態だ。
さて、その行き先は天国か地獄か。
「全く騒々しいわね。夜くらい静かに楽しみなさいよ」
この時代のパチュリー様のお屋敷の屋根の上から、その葬列とも呼ぶべき列を見送った。
そんな私たちの姿に気づくことなく、屋敷の周りに残った兵士や村人たちが、金目ものを狙ってだろうか、ぞろぞろと屋敷へと入っていく。
「……欲に駆られると、何とも醜いものね」
天窓の一部から中を覗くと、入った者どもが屋敷の中を荒らし始めた。
部屋という部屋へなだれ込み、棚という棚はひっくり返され、絵画は外されていった。
物欲の本能が駆り立てるものだったのだろうか。パチュリー様のお屋敷に貴重品があったのか。理由は定かではないが、とにかく戦利品を略奪するかのような光景だった。
「相手は二、三十人ってところだけど……二人なら十分よね?」
「ええ、相手はただの人間です。不殺のハンデがあろうと成し遂げられます」
すべては、お嬢様の仰せのままに。
「ならばよし。存分に思い知らせてやりなさいな」
そして天窓の前に立ち上がるお嬢様。赤い満月の月明かりがお嬢様を照らし、それでできた影が天窓を通り、部屋の中に影を作る。
幼い体ながら黒い翼が伴って作り出すその姿は、さながら魔女の家に舞い降りた悪魔。
「……ひっ!?」
「あ、悪魔……!!」
振り返った者どもの顔が恐怖に満ちていく。逆光で隠れたお嬢様の顔は、更なる恐怖を与える。
怯えよ人間。吸血鬼の末裔レミリア・スカーレットはここにおわすのだ。
「さぁ!」
お嬢様を象っていた蝙蝠が群れとなり天窓のガラスを突き破る。
それを合図に、阿吽とも言わず私と美鈴が階下へ飛び出した。
「御免」
最初の一手は美鈴が決めた。
状況の呑み込めていない男の動に対して一撃。その一撃のみでダウンさせた。
「うわっ!」
私は着地した先にちょうどいた男に狙いを定める。
軽いジャブを一、二、三。最後に鳩尾に蹴りを入れ、止めにした。
「がふっ!」
軽いつもりがかなり奥に入ったようだ。
……よく見ると、うっかりしていたのか私はハイヒールのままではないか。運動には不向きだが、まぁいい。
ちらりと美鈴を見れば、すでに圧倒的人数を前に十人ほどを倒し終わっていた。迷いなく一撃一撃を加えるそのさまは、普段寝ている門番とは思えない動き。流石は美鈴、と昔のように感心した。
今こうして使っている格闘術は、幼いころに美鈴に教えてもらったもの。ナイフを使った戦闘術こそ私が編み出したものだが、その根底にあるのは美鈴の格闘術だ。
時間を止めてもいいが、「殺してはいけない」という前提があるとなかなかやりづらい。ならば回避のみに使用して普通に殴ったほうが確実なのだ。
そう考えているうちにも振り向きざまに一人。
「――咲夜さん!」
ふっと振り返ればドアが開き、幾つもの銃口がこちらを向いていた。射線上にいるのはもちろん私たちであり、今まさに撃たんとする瞬間であった。
撃つが早いか止めるが速いか、いずれにしてもほぼ同時位に時を止めた。美鈴はすでに壁を駆けて狙いから脱しており、私も飾ってあった鎧をデコイとしてばらまいた後に退避。
そして時を動かす。
パパパパパパン!
斉射された銃声は、いつの間にか目の前に現れた西洋鎧にあたる音へ変わる。
状況を飲み込めない射手たちが戸惑う中、美鈴とともに鎧の後ろから飛びかかった。
「あーあ、いいんですかぁパチュリー様?お家がどんどんめちゃくちゃになっていきますよぉ」
「構いやしないわよ。どうせこの家に用はない。いるモノは全て隔離するんだから」
「過去に無頓着ですねぇ、パチュリー様は」
「……それに、レミィもフランも楽しんでいるみたいだし」
「ああ、そういえばお二人の戦いぶり――弾幕以外の戦いをご覧になるのは久し振りですねぇ」
「少しでも何かの足しになるのなら、いいじゃない」
「打算的ですねぇ」
そんなパチュリー様と小悪魔の声が上からちらほら聞こえてくる。
見上げればお嬢様も妹様もいい笑顔でこちらを見ており、なるほど確かにこの勝負を見て楽しんでおられるようだ。
見世物になるのは好きではないが、お嬢様がショーを求めているのなら別だ。満足の行く戦いを演じてさし上げるまでだ。
***
「死屍累々、です……」
「死んでないから大丈夫でしょう」
積み上がったその山は、気絶した人間たちの山。
あれから三分もかかることなく私たちはここにいた者共を倒し終えた。
「短い見世物でしたが、楽しめましたか?お嬢様」
「ははは、お前も言うようになったな咲夜」
お嬢様方がお屋敷内に降りられるのをお手伝いする。
者共の山は美鈴に頼んで隅へ追いやってもらい、いよいよこのお屋敷の全貌を見た。
「なんとまぁ、ボロボロなお屋敷で」
「主にあなた達とさっきの暴徒のせいだけどね」
そう嫌味ったらしくおっしゃりつつ全く気にしていない様子のパチュリー様は、スタスタと自分の目的地へと足を進めた。
本棚のうちの一つに触れると、その棚が自ずから動き出して隠していた階段を開いた。
「こりゃまた典型的な隠し階段ですね。バレないんですか?」
「いいのよこれくらいで。無理矢理動かしても、魔法以外では現れないもの」
少女がひとりがやっと通れるような幅の狭い階段を、皆一列に並んで進んでいく。
美鈴が後ろでなんかつっかえているとか言ってた気がしたが気のせいだろう。放置だ放置。
「あ、ここですぅ!」
小悪魔の陽気な声ととも暗い空間に明かりがともっていく。
「空間魔法の練習用に作ってたんだけど、こう役立つとは思ってなかったわ」
図書館などではなく、ひっそりとした小さな書斎ともいうべき部屋であった。
机と、壁の代わりに本棚が並んでいる程度の部屋だ。
「それじゃ小悪魔、後は任せたわよ」
「お任せくださぁい!」
本棚を漁りつつ目的の本を捜索し始める小悪魔。
一冊の本を見つけて確認を取ると、パチュリー様が小さく頷いた。
その非言語的コミュニケーションを合図に、本来の目的が果たされたことが知らされる。
何も言葉を交わすことなく私たちは足早に出ていくことにした。
別の出口からお屋敷の外に出ると、先ほどの男たちが目を覚まして正門から飛び出ていくところであった。
「あ、悪魔が出たあ!」
「神父様!神父様にお伝えしなければ!」
ひぃひぃと町に向かっていく男たち。
余程恐ろしかったのだろう。戦利品はおろか自分が持ってきた武具さえおいて行っている。
「お姉さま、皆蟻みたいに散ってくわ」
「ふふふ、よっぽど怖かったのね」
お嬢様と妹様が愉快に笑っておられた。
そんなことに気付くこともなく、逃げおおせる男たち。
「魔女を!早く魔女を!」
「処さなければ!悪魔が襲ってくる前に一刻も早く!」
どたどたどたどた。
来るときは列をなしていた篝火の列も今やバラバラに町へ向かっている。
それを眺めながら、お嬢様が思いついた。
「ああ、そうだ。どうせならこれから見に行くか」
「何を見に行くの?」
「もちろん、パチェの最期をさ」
***
「死刑!」
村の中央に設けられた簡易ながらしっかりとした絞首刑台にその声が響いた。
その判決文が読まれると、周囲から歓声が上がった。ただ歓声だけにとどまらず、罵声を浴びせたり物を投げる者もあらわれた。
民衆が見世物のように楽しんでいる反面、奥にいる神職の男は焦っているようにそわそわとしている。
おそらく悪魔がいたのを聞いたのだろう。早く終わらせたいのだ。
「殺せ!殺せ!魔女を殺せ!」
「聖なる鉄槌を!神の裁きを!」
口々に放たれる罵声と歓声を受け、執行人が処刑台へ歩み寄る。
その様子をそばにある教会の屋根から眺める。
興奮して周りが見えていない群衆は私達に気づいていなかった。
「さぁ、来るぞ」
お嬢様が心なしわくわくしながらおっしゃった。
妹様も今か今かとその時を待ち続けていた。
執行人が少女を処刑台へ連れて行く。たまたまか意図的なのか、十三段ある階段をキリストのごとく登る魔女。
ロープを首に巻き付けられていく。そして締りはしない程度に軽く釣り上げられる。そこに抵抗は微塵もなかった。
「刑を執行する!刮目せよ!」
歓声は程々に小さくなり、誰も彼も――私達も含め、皆が次に起こることを期待した。
執行人がロープの支木の隣に設けられたレバーに手をかける。
「おおっ!」
それを見てお嬢様の興奮した声を上げた。
レバーが降ろされる。足元の板が開き、重力に従って体が下の穴へ引きこまれ、首が絞まる。
絞まる首は息の根を止め、受刑者を死に至らしめる、はずだった。
その首が、千切れた。
引き込まれる一瞬で、その華奢な首は胴から離れた―――抜けてしまった。頸髄と思わしき場所から血が滴る。
絞首刑での首抜けは見たことがなかったのか、観客が声を出して驚きながら、その一瞬の死を確信し、歓声をあげようとした。
その声を遮るように、無数の羽音が処刑台を包み込んだ。
バサバサバサバサバサバサバサバサ!!
その壊れた体は無数のコウモリとなり、バラバラに散っていく。人々をあざ笑うかのように宙を舞う。
声が聞こえる。どこからともなく人間をあざ笑う声が。蝙蝠一羽一羽から聞こえてくるかのように、あらゆる場所から。
「わあああああああ!!」
恐怖に耐えかねた群衆がばらばらに散っていく。悲鳴がこだまし、尻餅をつき、神に助けを乞うた。
だが目の前に現れていたのは神ではない。悪魔だった。
「あっはははははははははは!」
お嬢様がお腹を抱えて笑い、その隣にいるパチュリー様も激しく笑っていた。
「見なさいこの無様な様を!はははははは!」
「あの生臭坊主の顔!ふふふふ……ゴホゴホ!」
時折笑いすぎて咳き込む背中を小悪魔がさする。
そこにお嬢様が笑いながらよたよたと寄りかかり、その体にパチュリー様も抱えるようにしながら寄りかかり返す。
「あーあ、もうお腹いちゃい!」
「レミィ呂律まわってないわよ。ふふふうふ……」
人間の恐怖を味わい心の底から笑う、とても楽しそうな笑い。その楽しさに本当に満足された時に見せる笑顔であった。
妖怪としての、魔女として、恐怖される対象としての存在のお二人として恐れられた久しぶりの姿に満足するかのように。
阿鼻叫喚の地獄の中に、幾つもの悲鳴と笑い声が木霊する。雲一つない空で、紅い月が地を照らす。
各々が教会に逃げ込むも、その十字架に蝙蝠が集り、さらに絶望が人々を覆う。
もはや逃れられる場所はない。彼らは家で朝日を拝むまで恐怖に怯えるしかないのだ。
「……さて、そろそろ帰ろうか」
息を整え、ついていたお尻を払われた後におっしゃられた。
羽を軽くばたつかせてお立ちになる。
「終わりまで見ていかれないのですか?」
「もう少しで『私』が終わらせるし、終わったも同然だよ。あとは日が昇って、おしまい。」
月が沈み始め、わずかながらに太陽の気配がする。
闇の時間が終わり、私たちの時間も終わる。
「忘れ物はないわね?」
「ありませーん」
お屋敷の魔方陣に再び集まり、転送魔法が始まる。
怪しい光が私たちの周りを包み込んで、住み慣れた館の雰囲気がやってくるとともに短い旅行の終わりを感じた。
「うーん、やっぱりこっちのほうが落ち着くわね」
魔法を脱して、ぐぐぐっと伸びをするお嬢様が言われた。
「……お嬢様は、外の世界はお好きではないのですか?」
「ん?」
「楽しそうにしておられましたので、先の言葉が少々意外でした」
「あー?」
その返事は気怠いものであって。
大図書館内のお嬢様の指定席に休まれる。どっしりと。
「まぁ確かに全くおもしろくなかった、っていえば嘘よね。処刑シーンは最高だったし、久しぶりの外は懐かしかったわ」
けどね、とお嬢様が紡ぐ。
「それだけ、よ。生の血と恐怖を糧に転々とするのも悪くはなかったけど、こうしてあなたたちと一緒に城を構えて君臨する『今』のほうが似合ってる。そうは思わない?」
にやりとしてそうおっしゃった。
「……ええ、おっしゃる通りで」
古き日に、さようなら。今の日々に、ただいま。
「本を忘れたわ」
いつも通りに大図書館の元へ紅茶を届けに行くと、突然パチュリー様が言われた。
本がないなら小悪魔を、とパチュリー様直属の従者の方を向いたが「そういう意味じゃないんですぅ……」という可愛らしいアイコンタクトを向けてきた。
どうもこの魔女、口下手なのか言いたいことがいまいち掴みにくいのだ。
「何かをお忘れでしたら、場所さえ教えて下されば取ってまいりますが」
「ううん、パッとに行ける場所じゃないわ。過去に忘れてきたのよ」
「はァ……」
文芸家ならではの詩的な要素を含んだ発言なのだろうか。幻想郷で長年ことば遊び合戦をやってきたが、やはりつかめない。
ならば翻訳を頼もう。
「小悪魔、意味わかる?」
「どうも、外の世界にいた時の住処に本を置いてきてしまってたようなんです」
ああ、それで『過去』といったのか。それでは手も足も出ない。
「そういうわけで咲夜、レミィを呼んできてくれない?」
「かしこまりました」
何か「そういうわけで」なのかわからないが、とりあえずお嬢様を呼ぼう。
お嬢様ならパチュリー様をよく知ってるし、何とかしてくれるはずだ。
***
「正気?」
「ええ」
「たかが本一冊?」
「されど本一冊」
「外に?」
「外に」
その応酬にため息をついて頭を抱えるお嬢様。
そして紅茶を一気に飲み干された後、再び問いかけた。
「……手段は?」
「すでに考えてあるわ」
「紫や霊夢の怒りを買わないでしょうね?」
「八雲紫には話を通してあるわ。結界を傷つけないなら一週間ほど黙認するそうよ」
いつの間にか話が通っていることに私もお嬢様も驚いた。引きこもりといわれても意外とコネクションを持っていることを思い出させる。
この魔女、なかなかおやりになります。
「いつもレミィのワガママに付き合ってるんだもの。たまには私のにも付き合って……ね?」
「うぐっ」
止めの一撃。
普段のパチュリー様からは想像できないような上目遣いの攻撃に、お嬢様はとうとう折れた。
「……分かったわ、手伝うわよ」
ほんのり赤い顔をそっぽに向けて、茶菓子をため息交じりに食べながらお嬢様が答えた。
「出発は三日後でお願いね。あまり時間かけると星がずれるから」
「そういうわけで咲夜、数日間の泊まりがけ外出の準備をお願いね」
「仰せの通りに。何人ほど連れていかれますか?」
幻想郷外は勝手が違う事を考えると、少しばかり念入りな準備をしておかなければならないかも。
「この場にいる全員、それとフランと美鈴も呼んで」
「美鈴、ですか?門番が不在になりますが」
私や小悪魔、あまつさえ美鈴さえ出て行ってしまえば、紅魔館実力者が総員で出ていくことになる。
お世辞にも私の指示のない妖精は掃除要員としか見れないし、警備としては役に立たないと思う。
「ネズミ避けに霊夢かアリスを泊まらせればいいわ。あの二人なら信頼できるから」
「そうね、特に巫女は金銭か食事で買収できるし」
そう言ってお嬢様とパチュリー様がクスクスと笑う。
ああ、なんとかわいらしい悪い顔。
***
三日後、準備を終えたお嬢様と私たちは大図書館に集まった。
霊夢には食事と宿泊権を提供することで留守番に同意してくれた。しかしそれでいいのか博麗の巫女。
なおアリスの方は断られた。人形を放置して家を空けるのは嫌だそうだが、ただ霊夢のお守が面倒そうに見えた。やはりこちらから先に懐柔しておくべきだったか。
とにかく食料がないだろうということで、冷凍した血液と氷などを大量に詰めておいた。
それを転移用魔方陣のうえに移動させておく。
「外の世界久しぶりだね!」
「そうですねぇ」
隣では美鈴が妹様の相手をしている。この荷物も、まぁこの子がいれば大丈夫だろう。
そんな陽気な二人とは対照的に、私の中にはいくつか不安点が残っていた。
「……しかしパチュリー様、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なにかしら?」
床に魔方陣を直書きしている魔女に声をかける。
「過去に戻って本を取るということですが……それは過去改変、タイムパラドックスになるのでは?」
「流石時間操作能力の持ち主、鋭いわね」
「ありがとうございます」
なんだか褒められた。悪い気はしない。
「いわゆる親殺しのパラドックス、バタフライエフェクト……。けれど、今回はその心配はないわ」
「あら、どうしてそう言い切れるのでしょう」
「私たちは今回、『この世界の過去』ではなく『限りなく類似した平行世界の過去』に行くのよ」
そういってパチュリー様は魔方陣の隣に落書きを始めた。縦線を数本書き、それぞれABCとアルファベットを振る。
「時間については『多世界解釈』『分岐時間軸』とかいろいろ説はあるけど、ここでは『パラレルワールド』の方を取り上げるわ」
「パラレルワールド、まんま平行世界ですね」
「同一のものはなく、全て何かがズレている時間軸。自分の世界線でないわけだから、改変してもこの世界に影響はない」
理屈は分かったが、そううまく似た時間軸を選べるのだろうか。
……いや、ここはパチュリー様の分野だ。餅は餅屋、専門家に任せよう。
「さて、そろそろ始めるわよ」
全員が魔方陣の円内に入ると、何やら呪文を唱えられて淡く光りはじめた
***
目を開けると、どこか古びた館のようだった。
「着いたわよ」
「うう、気持ち悪いわ」
お気を確かに、お嬢様。
フラフラ立ち上がるその小さなお体を支えながら屋敷を見渡す。
どうやら私たちは大広間のような場所に転移してきたようだ。
お世辞にもその屋敷はきれいとは言えず、最低限の手入れもされてるか怪しい場所だった。
「まぁ別荘だからね、仕方ないわ」
「お嬢様の別荘なのですか?」
「うーん、本当はパチェのなんだけど、一応私のになるのかしらね。町はずれの」
若干埃をかぶった窓から外を覗く。
真っ暗な空の下、何の明かりもない小さな庭園は、周りを小さな塀の木々に囲まれているだけの場所。
「……懐かしいわ」
「あれぇ?でもパチュリー様の書斎って本家の方じゃありませんでしたっけ?」
「ええ、そうよ。ここは待機場所」
「本家にはこの時代の私やパチェがいるからね。出会ったらちょっと面倒だから、空き家状態のココを選んだのよ」
私だけこの場所に来たことがないせいか、なかなか話が通じず寂しい気持ちになる。
しかしここに泊まるというのなら、この屋敷はひっくり返して掃除をしなければなるまい。
「あんまり一人張り切らなくてもいいわよ咲夜。どうせ数日だし」
「まぁメイドである以上は気になるんでしょう。小悪魔、咲夜を手伝ってあげなさい」
本を並べ、すでにこの大広間での読書態勢を整えたパチュリー様。
「あ、はぁい!」
後ろの方で妹様と遊んでいた小悪魔がやってくる。
小悪魔は妖精と違ってしっかり者だし、これならば楽に終わりそうだ。
「……ありゃ?」
「どうしたの?」
「いえ、門に行こうと思ったらドアが開かなくて……」
ふと振り返ると、外に出ようとしている美鈴が何やらドアと格闘している。
強く――彼女的にそうなのかはわからないが――蹴りを入れてもビクともしない。
「ああ、結界を仕込んであったの忘れてたわ」
パチュリー様が本を読みながら魔法を使うと、すぐにそのドアが開いた。
「人避けか何かしてたんですか?」
「ええ。かなり未熟で稚拙な魔法だけどね」
過去の自分をここまで蔑むとは、今との実力差に自信があるようで。
「それじゃあ門番行ってきますねー」
「頼むわ、がんばってね美鈴」
さらっと聞き流しそうになるが、お嬢様と美鈴のやり取りに驚いた。
珍しく美鈴がやる気を出しているのはいいとして、お嬢様がいつも以上の労いの言葉をかけているのだ。
正直な話、美鈴は仕事中に寝ていることが多く、その事実をお嬢様もご存じのはず……。
「……まぁ、咲夜もしばらくすればわかるよ」
いつの間にか隣にいた妹様が、私に聞こえるか聞こえないか程の声で呟いた。
***
明くる朝。
お嬢様方の就寝を確認すると、ここに慣れる意味も含めて私は頂いたお金で買い出しに出た。
一本の小道をたどっていくと、そこそこの大きさの街とその市場の喧騒が目に入った。
幸い私の英語も難なく通じたために、何も気にせず買い物をすることができた。
幻想郷と違ってメイド服という格好を気にする人はいない。銀髪も違和感なく溶け込んでいるようで、少しばかり楽な気持ちで歩くことができた。
「このリンゴを五つお願いします」
「珍しい服のメイドだね。はいよ」
硬貨を手渡して別の店へ足を運ぶ。
市場にはそれなりのものがそろっていて、結構不自由しないようだった。
買い物も済んだ後、なんとなくブラブラした。外の世界が、なんとなく気になったのだ。
人里以上に人の往来が多く、そこそこ賑やかな町だった。
――その一方で、綺麗とはいい難い環境。少しばかり臭う町だ。
はて、何の臭いだろう。どこかで嗅いだ覚えがあるが。
「私は違うのよ!ねえ!」
突然聞こえたその声は、私と群衆の注目を集めた。
一人の女性が、騒々しく着飾った聖職者らしい男と兵士数人に取り押さえられている。
「すでに判決は下された!貴様は火刑に処される!」
役人らしい男の一人が書状らしいものを見せると、その女性の顔が青くなって黙ってしまう。
そこで抵抗なく――声は漏らしていたが――広場の中心へと連れていかれた。
「やっぱりそうだったのよ。あの人怪しいと思ってたわ」
向かう先の広場の正面に、十字架が数本並んで立っている。
そのまわりに武装した騎士たちが整列しており、物々しい雰囲気を感じ取れた。
「夜な夜な不気味な呪文が聞こえてきたそうよ」
女性が引きずられたあと、その十字架に括り付けられる。
そして同じように、別の方からもまた別の女性が数人引きずられてきた。
「やっぱりあの人たち、悪魔と契約していたんだわ!」
泣き叫び始めた女性達にかまわず、男は判決文を読む。
「この者は魔女であり――の子を呪い殺し――悪魔の力で裁判に耐え――魔女を自認し――」
「魔女だ!殺せ!殺せ!」
長々とした文を読み終わると同時に、群衆の罵声と共に十字架の足元に火が投げられた。
油でもまかれていたのだろうか、火の回りが早くあっという間に体を包み込んだ。
「――――――!!!」
炎の中から声にならない悲鳴がする。
慣れ親しんだと思っていた人肉の焦げる臭いが異様に鼻を突く。いや、毛や服といった不純物が燃えて別の不快な臭いになっているのだ。
しばらく燃え続けたその体。
如何程立っただろうか。叫び声は消え、体はただの黒ずんだ灰の塊となった。
「……魔女は死んだ!村に平和が訪れるだろう!」
聖職者の男がそう高らかに宣言する。
それを合図としたように歓声が上がった後、皆それぞれ騒いだりその場から立ち去って行った。
「………」
だが日頃から魔女や吸血鬼に接している私はわかる。彼女たちは無実だ。
いわゆる魔力、美鈴的に言えば『気』だろうか、そのようなものをこれっぽちも感じなかった。
(ああ、そういうことか)
ここで私は思い出した。
―――これは、魔女狩りだ。
***
時は夕方。すでに太陽の中心が山の背に達している。
「あ、咲夜さん」
「ただいま」
門のところで門番をしている美鈴と少しばかりの言葉を交わす。
「ちゃんと起きてるのね」
「えへへ……まぁしっかりやらないといけませんから」
どの口がこういってるのだろう。
まぁお仕事をしてくれるのなら、私だって下手にお仕置きしないというのに。
「じゃ、門番がんばってね」
「……あ」
労いの言葉をかけて門を通ろうとすると、ふと美鈴が小さく声を出した。
振り向くと、すでに元の門番の態勢にもどった彼女が、私が離れてないことに気付かないでつぶやいた。
「みちゃったかぁ……」
***
「ただいま戻りました……」
相変わらずお世辞にも広いとは言えない館の中に入る。
広間の一番奥で、館の主が座るはずの席に妹様が座っていた。
「しばらくの間、この館の主はフランということにするよ」
「あら、姉妹喧嘩の下剋上に敗れたのですか」
「違うわよ!」
ちょっとからかってみたらムキに返してくるお嬢様。かわいらしい。
「この町に二人も『レミリア・スカーレット』がいるなんて怪しいでしょ?」
「でも、これ意味あるのぉ?」
しかし当の妹様は、丈が合わない玉座の上でぶーぶー不平を漏らしている。
「準備が整うまで、万が一でも疑いの目は避けたいのよ」
そばで正座をして本を読んでいたパチュリー様が付け加えた。
掃除が間に合っていてよかったのですが、椅子があるというのになぜ床にお座りになってるのかはわかりかねます。
「疑いの目……ああ」
「その様子だと、見たようね」
「よくお分かりで」
「人間の焦げた臭いがするもの」
ああ、美鈴が勘付いたのはこの匂いでだったのか。
「ここは19世紀中ほどのロンドンの外れ……」
演劇のナレーターのようにお嬢様が語り始める。
「同じような町のはずれ、あそこに大きな屋敷があるでしょう? そこに住んでいるのは、初々しい成りたてウィッチのパチュリー・ノーレッジ」
「ちょっとレミィ……」
本で口元を覆い、じろりとお嬢様を睨み付ける。
ほんのり赤い頬がちらりと見える。
「小金持ちの家系ながら親を失って天涯孤独な少女だった彼女は、読書と知識に没頭。更なる好奇心を求めた結果、彼女は魔法と悪魔に出会った」
構わず続けるお嬢様に、パチュリー様は諦めたのか本へと視線を戻した。
「それが、私」
フフンと胸を張るお嬢様を、妹様が玉座の肘掛けに頬杖をつきながら呆れた顔でご覧になる。
「だが悲しいかな。そのせいで隠し通せていたはずの疑いの目が一気に集まってしまった……」
「お姉様、いい加減くさいわ」
「ちょっ……!」
とうとう妹様がダメ出しをしてしまった。
いえいえお嬢様。私は大変感激しておりますとも。
「つまるところ、近日に魔女の私が処刑されるのよ」
「あらまぁ」
盛大なネタバレを、それも本人から食らってしまった。
本を閉じてこちらをみるパチュリー様。
「助けなくてよろしいのですか?」
この世界でも時間停止能力は使えるし、処刑人を殺すなり処刑台から連れ出すなりできるが。
「むしろ助けてはいけないわ。予定された未来が狂うもの」
やはり、パチュリー様との会話はいまいち掴めない。
「つまり……この世界の私が処刑されている間に、今の私が本家から目的の本を取って帰るわけ」
ああ、なるほど。
屋敷が空になるタイミングがわかっているなら、それまで流れに任せるということですね。
「して、いつお亡くなりになるのでしょう?」
「……三日後、ね」
***
翌日の昼のこと。
門の方からやかましい声が聞こえてくる。
「ええい、さっさと開門せんか!」
「お断りします、といったはずですが」
美鈴があまり見せない厳つい顔で、これまた厳つく着飾った役人や兵士と押し問答をしていた。
よく鍛えられているらしいその兵士は、紅魔館切手の長身である美鈴よりも背が高く彼女を見下ろしているが、それにひるむ様子もなく美鈴は睨み返していた。
「ここはノーレッジ家の税代として教会神父様に返還された土地である。開門せよ!」
「それ以前より、この土地は我々スカーレット家が譲り受けました。税が必要とあらば、我々がお支払いいたしましょう」
そう言って懐から取り出したのは多数の金貨が入った巾着。
チャラチャラと、艶かしい表情と共にその中身を掬って見せつけたあと、それぞれのポケットや鎧の間に挿しこんでいく。
「お役人さんへのお小遣いを付けて、ね」
普段の性格に似合わず、なかなかいやらしいことをする。
「あなた、意外にワルね」
「こうでもしなければ、あの一時はしのげません」
役人達が立ち去ったのを見計らって話しかける。
「門は館の顔。歓迎のための表情も必要ですが、相手によっては拒む顔も見せるのが仕事ですよ」
「あなたの口から仕事の大切さを聴くとは思わなかったわ」
「いやぁ、ハハハ……」
照れくさそうに頭をかくが、これは本来当たり前のことなんだけど……。
「ところで、さっきの連中はなんなの?」
「……教会と役人の徴税連中ですよ。尤も、徴税と称する取り立てですが」
曰く、味方がなくかつ大量の資産を持っているノーレッジ家に目をつけ、不法な取り立てを企てていたそうな。
この時代においても土地の持つ価値は大きく、それなりに大きい屋敷の立ちつつ本来なら手入れも少ないここは絶好の場所だったというわけだ。
「こうして門番である私が応対し、適当に誤魔化してはいるのですが……また次も来るでしょうね。別のメンバーが」
「袖の下じゃ効果が薄いのかしら?」
「別の人が来ますよ。もしくは味を占めた方が」
「欲深いわね」
「まぁこの金貨はパチュリー様謹製の偽造品ですし、連中がただ欲深いだけだったらいいんですけど」
そういってまだ手持ちにあった金貨モドキ数枚でお手玉をする。
普段は不器用なのにこういうところでキレのある動きをするのだから、実は大道芸人だったりするんじゃないかとおもったり。
「……ねぇ、この時代のお嬢様方ってどんなだったの?」
「気になります?」
「あなた結構長いじゃない?この時代からお嬢様についてたんでしょ?」
「ええ、まぁそれなりにお供してましたね」
この時代のお嬢様はどんな方だったのだろう。やはりもう少しお若いのだろうか。
しかし、今よりもお若いお嬢様……ふむ、もう20cmくらい下げてみよう……あら、もはや乳幼児になってしまわれた。
長寿ゆえにバランスを取って歩くことはできるがその一歩一歩は小さく、よたよたしている……なるほど、ありね。
「ちょっとそこで目がマジになるところがわからないですね……」
「いいから教えなさいよ」
何を言うか。一番大事なところに一番集中するのは当たり前でしょうに。
「そうですねえ……今とあんまり変わらない気もしますが」
そんなことはないでしょう。もっとかわいげがあったとか!
「いや、そう言われましても……。まぁしいて今と違う点を挙げるといえば―――」
刹那。パァン!と何かが破裂するような音がした。
気が付いたら目の前に美鈴の体があり、焦げ臭いにおいがそこから漂っていた。
私の体はいつの間にやらか美鈴に隠れるように抱きかかえられていた。
「こうやってご友人もろとも命を狙われてるってことですかね。主に賞金目当てに」
開いた左手から銀色の弾丸が落ちた。手の内側が黒いけど、まさか……。
「……ちょっと、その手!」
「『気を使う』能力ですからね。向こうからの殺『気』がムンムン感じられるんです」
後は妖怪だから力でとめる、と。無茶にもほどがある。
「……ミニエーっていうこの時代最新型の銃らしいですよ。弾が丸型じゃないから手から抜けそうで怖いんですよねぇ」
そしてこんなことを顔も歪めずひょうひょうと言うのだ。
おそらくこの光景を見ているであろう犯人は、さぞおぞましい気持ちなんじゃなかろうか。
「咲夜さんも時を止められるとはいえ、今みたいに不意を突かれるわけですから気を付けてくださいね」
「………」
「さぁーて、お嬢様のシナリオ通り、こっちに目を向けさせただろうけど―――」
そうだ。この世界は弾幕ではない。
長く忘れていた、殺意に満ちた醜い世界なのだ。
―――だから、美鈴起きてるんだ。お嬢様が信頼して置いているのもわかる。
「ちなみに私の名前は美鈴(みすず)です」
「……は?」
「みすずです。この時代にいるメイリンのお姉ちゃんです」
「………」
「あ!待ってくださいよ!冗談です!そんな目で流さないでくださいよぉ~!」
前言撤回。美鈴は美鈴だった。
***
そんな状況にもかかわらず、私は何をしているのだろう。
次の日、町の店で買った単眼鏡を使って、それらしい屋敷を見つけたのでひそかに隠れつつ観察してみた。
先の別荘よりは広く、紅魔館よりは小さいお屋敷。
門に番はいなかった。ただ、玄関先に一人の女性が立っている。
「美鈴……ね」
その姿こそこの時代の西洋風な服装であったが、帽子だけは変わっておらず『龍』の字が入ったバッジがついていた。今のようなあっけらかんな顔とは違い、目つきが鋭い。
変に勘付かれないよう、空いている窓から時間を停止しつつ忍び込む。
適当な隠れ場所を見つけ時間停止を解除すると、近い位置から話し声が聞こえてきた。
ふと見やると、見慣れた自分の主が目に入った。その姿は今と変わらず、ニヤニヤと悪いような笑顔を浮かべている。
そしてその隣に一人……。
(もしかして、あれがパチュリー様?)
服と三日月アクセサリのあるナイトキャップはそのままに、普段はかけることの少ない眼鏡パチュリー様だ。少しばかり体が今より不健康そうに見えつつも、はっきり開いているその目が初々しくあどけなく見える。
……いえ、今のパチュリー様が濁ってるとかそういう意味ではないです。決して。
「何をためらっているのパチュリー。もうこの地に情はないのでしょう」
透き通る凛々しさを持ちながらもどこか幼い声。それは確かに、お嬢様のお声であった。
「ならば殺してしまえばいいじゃない。ここに住む奴ら全員」
「それは……だめです、レミィ」
「なぜなの?本物の魔女と吸血鬼、こんな小さな町一つ血祭りに上げるなんて容易い話よ」
「レミィ、あなたの契約主は私です。私の要求に従う義務があります」
角から廊下の向こうに伸びる大広間で、お二人が話をなさっている。
お嬢様に対して丁寧口調なパチュリー様に新鮮さを覚えつつ、その緊迫した場面を見つめ続ける。
「ふふ、わかっているよ。パチュリー・ノーレッジ」
「本当に分かっているのですか?」
「わかっているとも。お前の願いは『一人にしないでほしい』『人をむやみに殺めない』そして―――『死にたくない』」
「……言い方が気に触りますが、そういうことです。そしてこの状況から」
『助け出してほしい』
そのパチュリー様の目はとても弱々しかった。体も若干震えているようにも見えた。
おそらくここにも伸びているのだろう。魔女狩りの手が。チェックメイト寸前にまで。
「ククク、仮にも『友人』にそんな無茶をやらせるとは、魔女殿は悪魔使いが荒い」
「ちょっと、それは忘れてって言ったでしょう!」
「いやいや友人のお願いを忘れるなんてことはできないよ」
ニヤニヤとその意地らしい笑みのお顔を崩さないお嬢様。
あの口達者なパチュリー様が押されていた。悔しがっていることを隠させない表情が大変珍しい光景で、ちょっと見入ってしまう。
「なに、心配しなくても助けてあげるさ。お望みどおりの方法で」
「信じ……ますよ?」
「悪魔は結んだ契約なら反故にしない。それ以前に―――」
そしてその顔を、こ、これでもかというくらいお近づけになって……。
「友人の約束を破りはしないさ、パチェ」
そっとパチュリー様の耳元で艶めかしい声で囁かれたのでした。
「明日、死が訪れるその運命を、私が変えてやろう」
***
確かにこの時代のお嬢様は『明日』とおっしゃった。
それは現在のパチュリー様がおっしゃった日でもある。
「……今一度お伺いします。このままでよろしいのですか」
「無用な心配よ、咲夜。自分の仕える主を信じられないの?」
「いえ」
妹様のお屋敷(仮)の一室。ほこりをかぶった本棚に、新品同様にきれいな本が多数おさまっている。
そこの机でいつもと変わらないように本を読むパチュリー様は、動かない小図書館と呼ぶべき有様であった。
「私が死なないのはよくわかっているでしょう。この世界でも」
「なら良いのですが」
時が来るまでは動かない。
本家のお屋敷が開く時、それはパチュリー様が殺される日。
「明日、パチュリー様はどのように殺されるのでしょうね」
「……絞首刑でしょうね」
「あら、火刑ではないんですか?」
「叫びを響きかせながら死に至らしめる火刑は見せしめ。魔女の体を焼いて討伐したというパフォーマンスにすぎないわ」
ふむ、確かに。あの時見た十字架火刑には多数の群衆が狂喜狂乱に満ちていた。
それは魔女という恐怖から逃れられたためなのか、魔女が死んだことによる歓喜なのか。
「では、絞首刑は?」
「本当に危険な罪人を確実に殺すため、文字通り息の根を止めること。そのための処刑法よ」
本当に危険な罪人というと、つまり本物の魔女。
「神職の連中はわかっているのよ。誰が魔女で、誰がそうでないのか。あなたが見たように、魔女として殺されたのはそのほとんどは普通の人間」
つまり、パチュリー様がおっしゃりたいことはこういうことだ。
教会の神職の人々は、無実であると知りながら魔女狩りの名目で人々を刑にかけている。
「結局は田舎で権力を広げておきたい聖職者や、気に入らない相手を合法的に潰す住人にとって都合のいい話。魔女狩りなんて、そんなものよ」
だけど、とパチュリー様が続ける。
「けど時折、私のように本当の魔女が出ることもある。形だけの聖職者である彼らは本物の魔女に対してまったく無力。だから恐怖し、本当の処刑を行うの」
「それが息の根を止める絞首刑である、と」
「本物の魔女は息の根を止めようと生き続けるから無駄だけどね。……まぁ、この頃の私のような未熟者は死ぬけど」
「はァ……」
魔法を使ったときもそうだったが、過去とはいえパチュリー様がここまで自分を蔑むというのは本当に珍しい感じがした。
「パチュリー様は昔のご自分がお嫌いなのでしょうか?」
「あら、どうして?」
「口ぶりから、相当ご自身を蔑んでいるようなので」
「……嫌い、といえば嫌いなのかしらね」
読み終えたらしい本を閉じ、わきに置く。そしてもう片方においてあった別の本へ移る。
「この頃の私と今の私、魔法の技量はもちろん全てにおいて変わったと私は自覚しているわ。未熟で甘かったこの頃とはもう違う。そういう意味では、嫌っているのかもしれないわね」
「古い自分との決別、と?」
「そんな格好良いものじゃないわ。そんな自分と今の自分が同一だなんて思いたくないだけ。今の自分こそが自分なのよ。自己嫌悪か同族嫌悪か……そんなもんよ」
未熟な自分を認めたくない。なるほど、確かにあのパチュリー様と今のパチュリー様は結構違っている。
あんなに初々しい読書少女な面影はなくなり、容姿こそは変われど、百年の月日は全く逆の方向へ変えてしまった。
「あなたもあるんじゃない?咲夜ちゃん?」
ゾワッと背筋が寒くなる。主人にいじられる従者特有の勘というものだろうか、そんな嫌な予感がした。
「あんなにレミィや美鈴に甘えていた子が、今では他に追随を許さない完璧で瀟洒なメイド長。驚きよね」
ふと顔が赤くなり、こちらをみてニヤニヤ笑うパチュリー様。
思い出したくない昔のことをこれでもかと掘り出してきやがった。
「若さゆえの過ち、というやつです!」
「あらそう。じゃあこの前うっかり美鈴の部屋で寝ようとしてたことは見なかったことにしてあげるわね」
「……何のことかわかりかねますわ」
「つまりはそういうことよ。人は成長するにつれ、過去の自分を否定したくなることがある」
言われることが当たっていてむず痒い。
若気の至り、子供のころの自分がやらかした事々。甘えん坊属性なんて吸血鬼のメイドたる自分には必要ないもの……。
ここは一旦退かなければ。
話に夢中になって忘れていた紅茶の配膳を終えて立ち去る準備をする。
「けどあなた、私にはあまり懐いた覚えがないのよね。なんでかしら」
純粋な疑問だったようで、まだニヤついてはいたものの普通に質問を投げかけてきた。
確かにパチュリー様のもとに行った記憶はあまりない。言ってしまえば……。
「薄暗い図書館が怖かったからでしょうかね」
「あら、それは失礼したわ。そういう場所だもの」
別にパチュリー様自身が嫌いだったわけではない。私が小さい頃から様々な教養を教えてくれる先生であった。メイドとしての勉強もだ。
確かに物静かで何を考えているかわからないパチュリー様が怖かったことは否定できないが、それは恐怖ではなく畏怖。その知識とお嬢様が彼女に施している待遇を知った時に刷り込まれたヒエラルキーによる敬意。
そんな子供の自分にとって恐怖だったのは図書館だった。吸血鬼に仕えながら変なことだとは思うが。
まぁそれは過去の自分のこと、今では拡張さえ受け持っているほどに熟知した空間だ。
再び出口へと足を進める。
ただ、去り際に一言。あくまで独り言のように。
「まぁ、パチュリー様が眼鏡をかけている時のお姿でしたら、また話は違ったかもしれませんが」
「!?」
「それでは、失礼します」
ちらりとみれば、驚きで見開いたパチュリー様の目。
そそくさと閉じた扉の向こうで、あのパチュリー様に一矢報えたことに対する優越感と、少しばかりの自嘲を感じた。
パチュリー様も捻くれたようにお変わりになられたが、自分もまた同じく捻くれて成長した、似た者同士であると自覚したから。
***
「さぁ、今夜だ」
晩餐の席でお嬢様がそういわれた。
「この時代のパチェが処刑場に連れて行かれる、その隙に乗じて素早く本を取る」
「なんか物取りみたいね、お姉さま」
「私らしくないけどね。パチェの頼みだし仕方ないわ。……咲夜、地図」
「ここに」
前もって頼まれていたあのお屋敷周辺の地図を広げる。簡易ではあるが、乗り込みに必要な情報は網羅したつもりだ。
とはいえ書いてあるのは外側から見たものだけで、中の詳しい構造はわからない。
「私の部屋は一階奥に位置してるけど、魔道書関係はすべて地下にしまってあるわ」
「確か地下室は魔法で隠蔽してるんだっけ?ガサ入れ入ってもわからないように」
「一応ね。そこまで高度なものじゃないけど、一般人の目ならごまかせる程度にはしてある」
パチュリー様が地図にいろいろ書き込んでいく。
「ただ空き家になるだけならいいけど、パチェが連れて行かれると同時にならず者が入ってくるからね」
「ではその者達を排除してから、ということですね」
「殺してはダメよ。気絶なり捕えるなりにとどめておいてね」
おそらくこれはこの時代のお嬢様に対する配慮だろう。ここで死人が出てしまえば契約が反故されたと勘違いされてしまうかもしれない。
「ええ、お優しいパチュリー様のためですから。わかっていますとも」
じっとりとした視線が突き刺さる。軽い先制ジョブは相手に対して大きな抑止力を与えたようだ。
申し訳ありません。ですが私の昔を皆に思い出されるわけにはいかないのです。先制抑止なのです。
「……ただあの蔵書を私がすべて覚えてるわけじゃないからね。小悪魔、一緒に来なさい」
「はぁい!」
健気に元気よく返事をする小悪魔。
この時代から彼女はパチュリー様に仕えていたのだろうか。
「そして中に入ってる人間の始末だけど……」
「そこはこの二人しかいないでしょうに。咲夜、美鈴」
「はい!」
「仰せのままに」
戦闘職というわけではないけれど、こういう任務なら数の妖精ではなく質の私たちが勝る。
「私たちはどうするの、お姉さま?」
「特にすることはないわ。二人を抜けてくるけったいな人間がいたら、壊さない程度にいじめなさいな」
「はぁーい」
退屈そうなのでその返事はぶっきらぼうなものではあったが、壊せないことに不満を持ってはいなかったようだ。
だから、お嬢様も連れてきたのだろう。
「じゃあ行きましょう」
お嬢様が椅子から降りて玄関へと歩みを進められたので、美鈴とともに先回りをして、お嬢様方のために扉を開ける。
日はとうに落ち、紅に染まった月明かりが地上を照らす。
「今夜はこんなにも月が紅いから―――忘れられない夜になるでしょうね」
振り向いたお嬢様は、そうつぶやかれた。
***
月明かりが申し分なく地を照らしている中、一つの道を松明のかがり火とランタンの明かりが埋めている。
その列の中心を行くのは、うつろな目をした少女。縄で手を縛られ、連れて行かれている状態だ。
さて、その行き先は天国か地獄か。
「全く騒々しいわね。夜くらい静かに楽しみなさいよ」
この時代のパチュリー様のお屋敷の屋根の上から、その葬列とも呼ぶべき列を見送った。
そんな私たちの姿に気づくことなく、屋敷の周りに残った兵士や村人たちが、金目ものを狙ってだろうか、ぞろぞろと屋敷へと入っていく。
「……欲に駆られると、何とも醜いものね」
天窓の一部から中を覗くと、入った者どもが屋敷の中を荒らし始めた。
部屋という部屋へなだれ込み、棚という棚はひっくり返され、絵画は外されていった。
物欲の本能が駆り立てるものだったのだろうか。パチュリー様のお屋敷に貴重品があったのか。理由は定かではないが、とにかく戦利品を略奪するかのような光景だった。
「相手は二、三十人ってところだけど……二人なら十分よね?」
「ええ、相手はただの人間です。不殺のハンデがあろうと成し遂げられます」
すべては、お嬢様の仰せのままに。
「ならばよし。存分に思い知らせてやりなさいな」
そして天窓の前に立ち上がるお嬢様。赤い満月の月明かりがお嬢様を照らし、それでできた影が天窓を通り、部屋の中に影を作る。
幼い体ながら黒い翼が伴って作り出すその姿は、さながら魔女の家に舞い降りた悪魔。
「……ひっ!?」
「あ、悪魔……!!」
振り返った者どもの顔が恐怖に満ちていく。逆光で隠れたお嬢様の顔は、更なる恐怖を与える。
怯えよ人間。吸血鬼の末裔レミリア・スカーレットはここにおわすのだ。
「さぁ!」
お嬢様を象っていた蝙蝠が群れとなり天窓のガラスを突き破る。
それを合図に、阿吽とも言わず私と美鈴が階下へ飛び出した。
「御免」
最初の一手は美鈴が決めた。
状況の呑み込めていない男の動に対して一撃。その一撃のみでダウンさせた。
「うわっ!」
私は着地した先にちょうどいた男に狙いを定める。
軽いジャブを一、二、三。最後に鳩尾に蹴りを入れ、止めにした。
「がふっ!」
軽いつもりがかなり奥に入ったようだ。
……よく見ると、うっかりしていたのか私はハイヒールのままではないか。運動には不向きだが、まぁいい。
ちらりと美鈴を見れば、すでに圧倒的人数を前に十人ほどを倒し終わっていた。迷いなく一撃一撃を加えるそのさまは、普段寝ている門番とは思えない動き。流石は美鈴、と昔のように感心した。
今こうして使っている格闘術は、幼いころに美鈴に教えてもらったもの。ナイフを使った戦闘術こそ私が編み出したものだが、その根底にあるのは美鈴の格闘術だ。
時間を止めてもいいが、「殺してはいけない」という前提があるとなかなかやりづらい。ならば回避のみに使用して普通に殴ったほうが確実なのだ。
そう考えているうちにも振り向きざまに一人。
「――咲夜さん!」
ふっと振り返ればドアが開き、幾つもの銃口がこちらを向いていた。射線上にいるのはもちろん私たちであり、今まさに撃たんとする瞬間であった。
撃つが早いか止めるが速いか、いずれにしてもほぼ同時位に時を止めた。美鈴はすでに壁を駆けて狙いから脱しており、私も飾ってあった鎧をデコイとしてばらまいた後に退避。
そして時を動かす。
パパパパパパン!
斉射された銃声は、いつの間にか目の前に現れた西洋鎧にあたる音へ変わる。
状況を飲み込めない射手たちが戸惑う中、美鈴とともに鎧の後ろから飛びかかった。
「あーあ、いいんですかぁパチュリー様?お家がどんどんめちゃくちゃになっていきますよぉ」
「構いやしないわよ。どうせこの家に用はない。いるモノは全て隔離するんだから」
「過去に無頓着ですねぇ、パチュリー様は」
「……それに、レミィもフランも楽しんでいるみたいだし」
「ああ、そういえばお二人の戦いぶり――弾幕以外の戦いをご覧になるのは久し振りですねぇ」
「少しでも何かの足しになるのなら、いいじゃない」
「打算的ですねぇ」
そんなパチュリー様と小悪魔の声が上からちらほら聞こえてくる。
見上げればお嬢様も妹様もいい笑顔でこちらを見ており、なるほど確かにこの勝負を見て楽しんでおられるようだ。
見世物になるのは好きではないが、お嬢様がショーを求めているのなら別だ。満足の行く戦いを演じてさし上げるまでだ。
***
「死屍累々、です……」
「死んでないから大丈夫でしょう」
積み上がったその山は、気絶した人間たちの山。
あれから三分もかかることなく私たちはここにいた者共を倒し終えた。
「短い見世物でしたが、楽しめましたか?お嬢様」
「ははは、お前も言うようになったな咲夜」
お嬢様方がお屋敷内に降りられるのをお手伝いする。
者共の山は美鈴に頼んで隅へ追いやってもらい、いよいよこのお屋敷の全貌を見た。
「なんとまぁ、ボロボロなお屋敷で」
「主にあなた達とさっきの暴徒のせいだけどね」
そう嫌味ったらしくおっしゃりつつ全く気にしていない様子のパチュリー様は、スタスタと自分の目的地へと足を進めた。
本棚のうちの一つに触れると、その棚が自ずから動き出して隠していた階段を開いた。
「こりゃまた典型的な隠し階段ですね。バレないんですか?」
「いいのよこれくらいで。無理矢理動かしても、魔法以外では現れないもの」
少女がひとりがやっと通れるような幅の狭い階段を、皆一列に並んで進んでいく。
美鈴が後ろでなんかつっかえているとか言ってた気がしたが気のせいだろう。放置だ放置。
「あ、ここですぅ!」
小悪魔の陽気な声ととも暗い空間に明かりがともっていく。
「空間魔法の練習用に作ってたんだけど、こう役立つとは思ってなかったわ」
図書館などではなく、ひっそりとした小さな書斎ともいうべき部屋であった。
机と、壁の代わりに本棚が並んでいる程度の部屋だ。
「それじゃ小悪魔、後は任せたわよ」
「お任せくださぁい!」
本棚を漁りつつ目的の本を捜索し始める小悪魔。
一冊の本を見つけて確認を取ると、パチュリー様が小さく頷いた。
その非言語的コミュニケーションを合図に、本来の目的が果たされたことが知らされる。
何も言葉を交わすことなく私たちは足早に出ていくことにした。
別の出口からお屋敷の外に出ると、先ほどの男たちが目を覚まして正門から飛び出ていくところであった。
「あ、悪魔が出たあ!」
「神父様!神父様にお伝えしなければ!」
ひぃひぃと町に向かっていく男たち。
余程恐ろしかったのだろう。戦利品はおろか自分が持ってきた武具さえおいて行っている。
「お姉さま、皆蟻みたいに散ってくわ」
「ふふふ、よっぽど怖かったのね」
お嬢様と妹様が愉快に笑っておられた。
そんなことに気付くこともなく、逃げおおせる男たち。
「魔女を!早く魔女を!」
「処さなければ!悪魔が襲ってくる前に一刻も早く!」
どたどたどたどた。
来るときは列をなしていた篝火の列も今やバラバラに町へ向かっている。
それを眺めながら、お嬢様が思いついた。
「ああ、そうだ。どうせならこれから見に行くか」
「何を見に行くの?」
「もちろん、パチェの最期をさ」
***
「死刑!」
村の中央に設けられた簡易ながらしっかりとした絞首刑台にその声が響いた。
その判決文が読まれると、周囲から歓声が上がった。ただ歓声だけにとどまらず、罵声を浴びせたり物を投げる者もあらわれた。
民衆が見世物のように楽しんでいる反面、奥にいる神職の男は焦っているようにそわそわとしている。
おそらく悪魔がいたのを聞いたのだろう。早く終わらせたいのだ。
「殺せ!殺せ!魔女を殺せ!」
「聖なる鉄槌を!神の裁きを!」
口々に放たれる罵声と歓声を受け、執行人が処刑台へ歩み寄る。
その様子をそばにある教会の屋根から眺める。
興奮して周りが見えていない群衆は私達に気づいていなかった。
「さぁ、来るぞ」
お嬢様が心なしわくわくしながらおっしゃった。
妹様も今か今かとその時を待ち続けていた。
執行人が少女を処刑台へ連れて行く。たまたまか意図的なのか、十三段ある階段をキリストのごとく登る魔女。
ロープを首に巻き付けられていく。そして締りはしない程度に軽く釣り上げられる。そこに抵抗は微塵もなかった。
「刑を執行する!刮目せよ!」
歓声は程々に小さくなり、誰も彼も――私達も含め、皆が次に起こることを期待した。
執行人がロープの支木の隣に設けられたレバーに手をかける。
「おおっ!」
それを見てお嬢様の興奮した声を上げた。
レバーが降ろされる。足元の板が開き、重力に従って体が下の穴へ引きこまれ、首が絞まる。
絞まる首は息の根を止め、受刑者を死に至らしめる、はずだった。
その首が、千切れた。
引き込まれる一瞬で、その華奢な首は胴から離れた―――抜けてしまった。頸髄と思わしき場所から血が滴る。
絞首刑での首抜けは見たことがなかったのか、観客が声を出して驚きながら、その一瞬の死を確信し、歓声をあげようとした。
その声を遮るように、無数の羽音が処刑台を包み込んだ。
バサバサバサバサバサバサバサバサ!!
その壊れた体は無数のコウモリとなり、バラバラに散っていく。人々をあざ笑うかのように宙を舞う。
声が聞こえる。どこからともなく人間をあざ笑う声が。蝙蝠一羽一羽から聞こえてくるかのように、あらゆる場所から。
「わあああああああ!!」
恐怖に耐えかねた群衆がばらばらに散っていく。悲鳴がこだまし、尻餅をつき、神に助けを乞うた。
だが目の前に現れていたのは神ではない。悪魔だった。
「あっはははははははははは!」
お嬢様がお腹を抱えて笑い、その隣にいるパチュリー様も激しく笑っていた。
「見なさいこの無様な様を!はははははは!」
「あの生臭坊主の顔!ふふふふ……ゴホゴホ!」
時折笑いすぎて咳き込む背中を小悪魔がさする。
そこにお嬢様が笑いながらよたよたと寄りかかり、その体にパチュリー様も抱えるようにしながら寄りかかり返す。
「あーあ、もうお腹いちゃい!」
「レミィ呂律まわってないわよ。ふふふうふ……」
人間の恐怖を味わい心の底から笑う、とても楽しそうな笑い。その楽しさに本当に満足された時に見せる笑顔であった。
妖怪としての、魔女として、恐怖される対象としての存在のお二人として恐れられた久しぶりの姿に満足するかのように。
阿鼻叫喚の地獄の中に、幾つもの悲鳴と笑い声が木霊する。雲一つない空で、紅い月が地を照らす。
各々が教会に逃げ込むも、その十字架に蝙蝠が集り、さらに絶望が人々を覆う。
もはや逃れられる場所はない。彼らは家で朝日を拝むまで恐怖に怯えるしかないのだ。
「……さて、そろそろ帰ろうか」
息を整え、ついていたお尻を払われた後におっしゃられた。
羽を軽くばたつかせてお立ちになる。
「終わりまで見ていかれないのですか?」
「もう少しで『私』が終わらせるし、終わったも同然だよ。あとは日が昇って、おしまい。」
月が沈み始め、わずかながらに太陽の気配がする。
闇の時間が終わり、私たちの時間も終わる。
「忘れ物はないわね?」
「ありませーん」
お屋敷の魔方陣に再び集まり、転送魔法が始まる。
怪しい光が私たちの周りを包み込んで、住み慣れた館の雰囲気がやってくるとともに短い旅行の終わりを感じた。
「うーん、やっぱりこっちのほうが落ち着くわね」
魔法を脱して、ぐぐぐっと伸びをするお嬢様が言われた。
「……お嬢様は、外の世界はお好きではないのですか?」
「ん?」
「楽しそうにしておられましたので、先の言葉が少々意外でした」
「あー?」
その返事は気怠いものであって。
大図書館内のお嬢様の指定席に休まれる。どっしりと。
「まぁ確かに全くおもしろくなかった、っていえば嘘よね。処刑シーンは最高だったし、久しぶりの外は懐かしかったわ」
けどね、とお嬢様が紡ぐ。
「それだけ、よ。生の血と恐怖を糧に転々とするのも悪くはなかったけど、こうしてあなたたちと一緒に城を構えて君臨する『今』のほうが似合ってる。そうは思わない?」
にやりとしてそうおっしゃった。
「……ええ、おっしゃる通りで」
古き日に、さようなら。今の日々に、ただいま。
過去のおぜうと遭遇するパターンかと思いましたがこれはこれで
もう少しロンドンっぽさがあれば、もっと良かったかな
でも咲夜さんたちが見ていた過去のパチュリーたちは、もしかしたら本当の過去の姿だったのかもしれないと思いましたね
適当に読み流してくだされば幸いです。
まずは流麗な文章力とキャラクターの愛嬌ある口調にとても惹き込まれました。
フランの「でも、これ意味あるのぉ?」の小さい「ぉ」とかたまらない気持ちになりました。
あなたの筆による文章世界はとても美しいと感じます。
でも、自分は感動はできませんでした。
以下、三つの理由を述べます。
これは偏屈な個人の感想であり、全く普遍的なものではないと思いますし、作者様に押し付けるつもりもありません。
1,必然性のレベル。
アリスや霊夢が出てくる必然性、レミリアがタイムリープ後に酔う意味の必然性など。
例えばレミリアが酔ったのは、「平行世界は別の運命につながっているから運命が混線して運命酔いした」等の理屈をつけても良かったのではないかと思うのです。
もちろん、必然性などいらない場合があります。
無意味にも物語に含みを持たせるという余白の意味がある場合があるからです。
ただ、この物語では必然性のなさが単にノイズになってしまっていると感じました。
2,リアリティのレベル
この物語では主人公たちは幾度も移動します。
移動するということは主人公たちを取り巻く環境が変わるということです。
ある意味で舞台転換はそれ自体が劇的なものです。
特にこの小説のように時間転換があるものなどは、読者に「場面が変わるぞー、事件だぞー」と助走をつけさせてジャンプさせてそのあとゆっくり新しい景色に慣れさせると、読者も感動する暇が得られるとお思うのですが、場面変化の描写がキャラクター描写に比べてやけにあっさりしているなと思いました。
最後に現代に帰ってきた時の描写はあまりにもあっけなくて「あれ?終わり?」と思ってしまい、レミリアのありがたいお言葉に浸るムードになれませんでした。
3、感情のレベル
この物語には二つ危機のエピソードが織り込まれています。
ひとつ目は咲夜と美鈴が狙撃されるシーン、もう一つはレミリア扮するパチュリーが絞首刑に遭う場面です。
ひとつ目のシーンでは言葉で「殺意に満ちた」と言っていますが、咲夜の恐怖はまるで伝わってこない。
語り部である咲夜はたくさんの二次創作において修羅場をくぐっていますが、作者様のこの物語の咲夜が銃撃に強い恐怖を感じないなら、どうしてそのような鋼のような精神を身に着けたかという歴史をそれ自体物語として知りたかったです。さわりだけでも。
ふたつ目のシーンは事前にパチュリーがレミリアに死を望まないことを伝えていますが、ここでももっとパチュリーの死にたくないという願いを腹の底からぶちまけさせたほうが良かったのでは、と思います。
レミリアが処刑場でたくさんのコウモリになるシーンは見事に美しいですが、やはり心に深くは響かなかった。
処刑されたはずの少女がコウモリの群れとなり街を恐慌に陥れるクライマックスの場面は、パチュリーの死にたくないという切なる願いを叶えるためのイタズラ好きな吸血鬼の一大ペテンだという実感がもっとあれば、多分とても救われた愉快な気持ちになれたのではないかと思うのです。
魔女狩りがテーマにされる一方で、魔女狩りという狩られる方にとっては集団リンチ殺人にも似た恐怖体験の掘り下げが無くて、全体的に感情が深まらないのが個人的には残念に思いました。
以上、乱文乱筆失礼いたしました。
作者様の素敵な紅魔館組を楽しませて頂きました。
上の文はただの素人の感じたことなので、あまり気にしないでくださいね。
オリジナルな設定もするりと違和感なくなじむ、するすると流れていくお話の流れも、とても魅力的です。
ちなみに英国最後の魔女裁判は1944/1/19、被告はヘレン・ダンカンという女性の霊媒師で。
理由が1941/11/25にナチス・ドイツ海軍の潜水艦U-331の魚雷により撃沈された戦艦バーラムの沈没を、当時負けがこしていた為、国民に秘密にしていたにも関わらずヘレンさんがバーラム撃沈される!と占いで言っちゃったもんだからさあ大変!
すったもんだの挙句、結局、英国政府は秘密にしていたバーラム撃沈を認めるんですが。
英国政府はヘレンが実はナチスの協力者で、バーラム撃沈を英国国民に知らせるために一芝居打ったんじゃないのか。
と、疑ったわけです。
そして、英国政府は彼女を24時間の監視体制下に置いてから約3年、フランスのノルマンディー地方への上陸作戦、史上最大の作戦と名高いノルマンディー上陸作戦が迫ると、英国政府は彼女に水を差されるのを恐れて廃法同然となっていた『魔法行為禁止法』ようするに魔女を取り締まる法律を使って逮捕、起訴そして有罪になってしまったのです。
彼女はホロウェー刑務所に収監されたのですが。
看守たちは彼女に同情したのか独房の鍵は一度もかけず。
むしろ看守や囚人が彼女に占ってもらうため足しげく通うありさま。
さらに、当時の英国戦時内閣の長、英国首相ウィストン・チャーチルまでもが訪れるありほどだったそうです。
ちなみにチャーチルは1951年に首相に再選されたさい、魔法行為禁止法を廃止しています。