15時を知らせる鐘の音が遠く響き、紫色の魔女の鼓膜を、かすかに揺らした。
次の瞬間には、机上に広げていた羊皮紙や、インク瓶に刺したままだった羽ペン、両の手で広げていた分厚い魔導書は、影も形もなくなっており。
その代わりとして、湯気をたてるティーカップと、香ばしい香りを放つクッキーが、机上に上品に並んでいた。
紫色の魔女は、小さく溜息を吐いた後、その白く細い指先でティーカップの取っ手をつまんで。
舌を湿らせるように紅茶を一口飲み込むと、苦笑と共に、感想を溢した。
「今日も美味しいわ……咲夜」
湯気の向こうで。
銀色のメイドが、瀟洒に微笑んだ。
******
午後のティータイムが、ゆっくりと過ぎていき。
皿の上のクッキーも、残り1枚になったところで。
紫色の魔女の傍らに佇んで、微笑みを浮かべ続けていた銀色のメイドが、静かに口を開いた。
「パチュリー様、私が御教えしますから、お料理の勉強をしましょう」
それは、あまりにも唐突な台詞だった。
「は?」
間の抜けた声を漏らして、動きを止めた紫色の魔女の様子にも構わずに、銀色のメイドは、さらに言葉を連ねる。
「おもに人肉の」
「ちょっと待ちなさい」
紫色の魔女が反射的に発した制止の言葉に従って、銀色のメイドは、数瞬口を閉ざしたが。
「……」
紫色の魔女の口から、すぐには続きの言葉が出てこないのを見て取ると、またも笑顔で、台詞を重ねていく。
「人肉の代わりに色々用意したので、練習してみましょう。年老いた鶏とか、年老いた豚とか、年老いた牛とか」
「待て」
「年老いた兎の方がよろしければ、今から竹林に」
「ステイ! ……うん、少し黙りなさい、咲夜」
「……」
常にない大きな声で、銀色のメイドの台詞を遮った後。
紫色の魔女は、眉間に皺を寄せて。
ゆっくりと、細く長く、息を吐き出した。
そうして、あらためて、口を開く。
「まったく意味が理解できなかったから、ひとつずつ質問するわ」
銀色のメイドは、それに素直に頷いて返した。
「どうぞ」
「ありがとう――……まず、何故私が料理を覚えなくてはいけないのかしら?」
紫色の魔女の問い掛けに。
銀色のメイドは、即座に返答する。
「パチュリー様にしか、調理を御任せ出来ない食材なのです」
「それが、人肉なの?」
「はい」
人肉。
人間の、肉。
「誰の肉なの」
「私です」
「……」
銀色のメイドは、目尻を下げ、口角を上げて――……笑みを深めて、言い放った。
「十六夜咲夜の人肉です」
数拍の間を置いた後。
ゆっくりと、紫色の魔女が口を開く。
「……貴女、自殺願望があったの?」
その言葉に、銀色のメイドは、細い顎を揺らして、首を横に振った。
「いいえ、最低でも白寿までは生きるつもりです」
回答を聞いた紫色の魔女は、小さく安堵の息を溢す。
「ああ、だから『年老いた』なのね」
「はい」
「そう……」
紫色の魔女は、一度顔を俯けた後。
勢い良く、上げ直して。
頬を強張らせ、銀色のメイドを見据えて。
「余計に理解が出来ないわ。何を考えているの?」
常にない、固い声で、問いをぶつけた。
「簡単なことです。そう、とても単純なこと」
対して、銀色のメイドの声は、とてもやわらかで、穏やかな物だった。
「……」
鼓膜を通して、脳に染み込んだその響きに、紫色の魔女は、口を閉ざして。
ただ、視線だけは真っ直ぐに、銀色のメイドへと注いだ。
銀色のメイドは、小さく、首を傾げて。
「しかしながら……とても、言葉等には出来ない感情でございます、ね」
そう言って、ほんの少し、頬を赤く染めた。
******
長い沈黙の後。
「……レミィに?」
紫色の魔女が、静かに聞くと。
「皆様に。通夜振る舞いの食材として、ご利用いただけたらと思います」
銀色のメイドは、また穏やかにそう答えた。
「……なんで」
紫色の魔女は。
てのひらに爪が食い込むほど、拳を握りしめながら。
銀色のメイドに、真意を問いかける。
「なんで、私なの」
刹那の沈黙の後。
「先程、申しました通り、パチュリー様にしか、調理を御任せ出来ない食材なのです」
「だから、なんで私なのよ」
「……」
「答えなさい」
そこで、初めて。
銀色のメイドの瞳が、揺れた。
「……咲夜?」
紫色の魔女の、呼び掛けに。
「――……年老いて、皺だらけになった肌も」
銀色のメイドは。
「切り裂いた腹から、血液と共に溢れ出す臓物も」
眉を下げて。
「白くて脆い、骨も」
頬を引くつかせて。
「動きを止めた、心臓も」
それでも、笑って。
「貴女にしか、見せたくはないのです」
掠れた声で、想いを『告げた』。
「だから――……原型がわからないような調理方法が、望ましいですね」
******
数秒後か、数分後か、数十分後か
吐き捨てるように、紫色の魔女が、言葉を発した。
「……最低」
「……」
「貴女、最低だわ。咲夜」
銀色のメイドは。
「……当たり前ではないですか」
不器用な微笑みを、苦笑に変えて。
「だって、私は『人間』なのですから」
溜息と共に、そう答えた。
紫色の魔女は。
右手を一瞬、目元にやって。
その次の瞬間には。
「――……ハツとコブクロは、私の物よ」
そう言って、とても綺麗に、笑った。
次の瞬間には、机上に広げていた羊皮紙や、インク瓶に刺したままだった羽ペン、両の手で広げていた分厚い魔導書は、影も形もなくなっており。
その代わりとして、湯気をたてるティーカップと、香ばしい香りを放つクッキーが、机上に上品に並んでいた。
紫色の魔女は、小さく溜息を吐いた後、その白く細い指先でティーカップの取っ手をつまんで。
舌を湿らせるように紅茶を一口飲み込むと、苦笑と共に、感想を溢した。
「今日も美味しいわ……咲夜」
湯気の向こうで。
銀色のメイドが、瀟洒に微笑んだ。
******
午後のティータイムが、ゆっくりと過ぎていき。
皿の上のクッキーも、残り1枚になったところで。
紫色の魔女の傍らに佇んで、微笑みを浮かべ続けていた銀色のメイドが、静かに口を開いた。
「パチュリー様、私が御教えしますから、お料理の勉強をしましょう」
それは、あまりにも唐突な台詞だった。
「は?」
間の抜けた声を漏らして、動きを止めた紫色の魔女の様子にも構わずに、銀色のメイドは、さらに言葉を連ねる。
「おもに人肉の」
「ちょっと待ちなさい」
紫色の魔女が反射的に発した制止の言葉に従って、銀色のメイドは、数瞬口を閉ざしたが。
「……」
紫色の魔女の口から、すぐには続きの言葉が出てこないのを見て取ると、またも笑顔で、台詞を重ねていく。
「人肉の代わりに色々用意したので、練習してみましょう。年老いた鶏とか、年老いた豚とか、年老いた牛とか」
「待て」
「年老いた兎の方がよろしければ、今から竹林に」
「ステイ! ……うん、少し黙りなさい、咲夜」
「……」
常にない大きな声で、銀色のメイドの台詞を遮った後。
紫色の魔女は、眉間に皺を寄せて。
ゆっくりと、細く長く、息を吐き出した。
そうして、あらためて、口を開く。
「まったく意味が理解できなかったから、ひとつずつ質問するわ」
銀色のメイドは、それに素直に頷いて返した。
「どうぞ」
「ありがとう――……まず、何故私が料理を覚えなくてはいけないのかしら?」
紫色の魔女の問い掛けに。
銀色のメイドは、即座に返答する。
「パチュリー様にしか、調理を御任せ出来ない食材なのです」
「それが、人肉なの?」
「はい」
人肉。
人間の、肉。
「誰の肉なの」
「私です」
「……」
銀色のメイドは、目尻を下げ、口角を上げて――……笑みを深めて、言い放った。
「十六夜咲夜の人肉です」
数拍の間を置いた後。
ゆっくりと、紫色の魔女が口を開く。
「……貴女、自殺願望があったの?」
その言葉に、銀色のメイドは、細い顎を揺らして、首を横に振った。
「いいえ、最低でも白寿までは生きるつもりです」
回答を聞いた紫色の魔女は、小さく安堵の息を溢す。
「ああ、だから『年老いた』なのね」
「はい」
「そう……」
紫色の魔女は、一度顔を俯けた後。
勢い良く、上げ直して。
頬を強張らせ、銀色のメイドを見据えて。
「余計に理解が出来ないわ。何を考えているの?」
常にない、固い声で、問いをぶつけた。
「簡単なことです。そう、とても単純なこと」
対して、銀色のメイドの声は、とてもやわらかで、穏やかな物だった。
「……」
鼓膜を通して、脳に染み込んだその響きに、紫色の魔女は、口を閉ざして。
ただ、視線だけは真っ直ぐに、銀色のメイドへと注いだ。
銀色のメイドは、小さく、首を傾げて。
「しかしながら……とても、言葉等には出来ない感情でございます、ね」
そう言って、ほんの少し、頬を赤く染めた。
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長い沈黙の後。
「……レミィに?」
紫色の魔女が、静かに聞くと。
「皆様に。通夜振る舞いの食材として、ご利用いただけたらと思います」
銀色のメイドは、また穏やかにそう答えた。
「……なんで」
紫色の魔女は。
てのひらに爪が食い込むほど、拳を握りしめながら。
銀色のメイドに、真意を問いかける。
「なんで、私なの」
刹那の沈黙の後。
「先程、申しました通り、パチュリー様にしか、調理を御任せ出来ない食材なのです」
「だから、なんで私なのよ」
「……」
「答えなさい」
そこで、初めて。
銀色のメイドの瞳が、揺れた。
「……咲夜?」
紫色の魔女の、呼び掛けに。
「――……年老いて、皺だらけになった肌も」
銀色のメイドは。
「切り裂いた腹から、血液と共に溢れ出す臓物も」
眉を下げて。
「白くて脆い、骨も」
頬を引くつかせて。
「動きを止めた、心臓も」
それでも、笑って。
「貴女にしか、見せたくはないのです」
掠れた声で、想いを『告げた』。
「だから――……原型がわからないような調理方法が、望ましいですね」
******
数秒後か、数分後か、数十分後か
吐き捨てるように、紫色の魔女が、言葉を発した。
「……最低」
「……」
「貴女、最低だわ。咲夜」
銀色のメイドは。
「……当たり前ではないですか」
不器用な微笑みを、苦笑に変えて。
「だって、私は『人間』なのですから」
溜息と共に、そう答えた。
紫色の魔女は。
右手を一瞬、目元にやって。
その次の瞬間には。
「――……ハツとコブクロは、私の物よ」
そう言って、とても綺麗に、笑った。
言いようもない背徳的な何かだ。それは今作の魅力? そうかもしれぬ。
行間の威力が凄まじいです。
骸になった愛する者を自身の手で解体することを苦痛と捉えるか幸福と捉えるか、きっと人ならざる者にとっても難しい命題なんだろうな、と思いそれをしてくれと願う咲夜さんマジ最低(褒め言葉)
いいからパチュリーさんはさっさと彼女を美味しく頂いてしまえw
肉を喰らうのは、もっとずっと後でいいのよ。
ステイ! で大人しくなる咲夜さんが子犬っぽくて可愛い。