Coolier - 新生・東方創想話

月都トゥルース

2015/09/27 01:33:48
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「あ~あ、クラウンピースちゃんとちゅっちゅしてえなぁ……」

 月夜見様の執務室から、頭を抱えたくなるような声が漏れ出してきた。
 いったい何が悲しくて、いい歳こいたオッサンの独り言なぞ聞かねばならんのか。
 いっその事イーグルラヴィよろしく地上に移住して、普通の天邪鬼として異変のひとつも起こしてやろうか。

「むっ? この微かに聞こえる『逆転するホイールオブフォーチュン』は……鬼人サグメ! 鬼人サグメが来ておるのか!」

 ヒトの名前を盛大に間違えてんじゃねえよ殺すぞ。
 まだ登場して日が浅いんだから、普通に勘違いされてしまうだろうが。私の名前は稀神サグメだ。キジンじゃなくてキシンだよ。
 自分だってツクヨミだかツキヨミだかハッキリしない、マイナー極まる存在のクセに!

「そういえば私が呼んだのであったな。いま手が離せないので、三分間ほどその場で待たれよ」
「わかりました。では失礼します」
「ちょっ、おま!? 待てというのが分からんのか……ウッ!?」

 待てと言われて待つ馬鹿はいない。そう囁くのよ、私の天邪鬼部分が。
 タフガイの如く扉を蹴破って、我らが偉大なる支配者、月夜見様にご挨拶と洒落込も……Oh……。

「あああああああああ見られたあああああああああせつないよおおおおおおおおお」

 扉を開いたことを後悔するまでに、さほど時間はかからなかった。
 顔に星条旗らしき布を巻きつけた月夜見様が、執務机の上でブリッジなどをしていらっしゃるよ。
 まさかというか、当然の如くというか、一糸纏わぬ御姿にて……いや、顔に纏ってますね。ゴメンゴメン。

「……クラウンピースブリッジ大佐? これは宇宙葬決定ですね……」
「言うな! お前が言うと洒落にならんのだ! 色々な意味で!」

 いや、別に関係ないと思うな。私が今更何を言ったところで、この流れは変えられんだろうし。
 つうか、この場で起きている事がすでに禍だよ。これ以上酷くなりようがないもん。むしろ好転すればラッキー! みたいな?

「ぐすん……つっくん泣いちゃうもん。あとお前が鬼人正邪の母親って噂、マジですか?」
「ノーコメントです。どうでもいいから股間のムーンライトソードを仕舞ってください。さもないと穢身探知型機雷を放ちますよ?」
「おお、存分に放つがよいぞ! 私の身体に穢い部分など、あんまり無い!」

 少しはあるのかよ。月の民らしからぬ謙虚さを見せた月夜見様であった。
 めでたし、めでたし……別にめでたくはない。いやめでたいか、頭が。

「反語の濫用は、読み手を著しく混乱させる恐れがあるのでやめれ」
「流石は月夜見様、読者に対する心遣いも超一流でいらっしゃる。きっと地上での人気も鰻上りでありましょう」
「まーた洒落にならんコトを! お前さっきからワザとやっているのであろう? そうであろう?」

 さっきから誰の物真似だよ。オッサンがやっても見苦しいだけなので自重して欲しいな。マジで。
 あと繰り返し主張させて貰うが、私が何か口に出したからといって、いちいち目くじらを立てる必要などない。
 私のはあくまで「口に出すと事態を逆転させる程度の能力」であり、事態そのものが存在しなければ何の意味も無いのだ。たぶん。

「むしろ感謝して欲しいですね。月夜見様の……いや、我々月の民の人気はゼロというよりマイナスに近いので、ひょっとするとウハウハでイエーイ! みたいな展開も……」
「ねーよ。先の騒動において、我々の株はどん底にまで落ち込んだではないか。事態は既に、サグメの力が及ぶ領域には無いわ」
「そうですね。では好き勝手にある事ない事しゃべらせていただきます」
「それはそれでマズイだろ!」

 寡黙なキャラはもう卒業だ。これからは普通の女の子になります。
 月の民のことを嫌いになっても、稀神サグメのことを嫌いにならないでください! いやマジで頼むよホントに。

「それは無理な相談というものだ。なぜならば! 地上の民の怒りと憎しみは、すべて遷都計画の実行者たるお前の元に集まるのだからな!」
「うっ、私は月夜見様に操られていたようだ私は悪くない……っていうか、そもそもアナタの御命令ですよね?」
「うっ、私は月の賢者に操られていたようだ私は悪くない……言ってて虚しくなってきた」

 同感ですわ。
 つうか月の賢者どもホント頼りにならなかったな。地上に逃げた八意様のお力添えが無かったら、マジで月の都終わってたんじゃねーの?

「まあなんだ、終わってみれば全て我々の思い通りだったではないか。自らの手を汚す事無く勝利を収める……これが月の民の戦というものよ」
「ですが、これでは根本的な解決にはなりませんよね? 再び敵が攻めてくるようなことがあったら……」
「舌禍やめろ! ……まあよい、既に策は講じてある。八意に頼る事無く、月の都を防衛する完璧な作戦がな……聞きたいか?」
「いや別に」
「そうか、そんなに聞きたいか! まったくサグメときたら、根っからの天邪鬼で困るわい」

 うわー、ウッゼー。私は別にそういうキャラじゃねーから。素直クールなお姉様キャラだから! 皆様にはそういう方向でひとつヨロシクお願いしたい。
 まあ、月夜見様ったらなんかもう披露したくて堪らない様子なので、ここは大人しく拝聴してやるとしよう。

「今度敵が攻め寄せてきたら、彼奴等の見ている前で、嫦娥を太陽に向けて射出してやるのだ。盛大にな!」
「太陽……月夜見様の姉上様の処へですか? 先方も大いに嫌がるでしょうね」
「お前に言われんでも分かっておる。当然、姉上もこちらに射ち返してくるであろう。嫦娥が戻ってきたら、こちらも負けじと再度射出する」
「キリがありませんね……」
「それでよいのだ。続けるうちに、敵もアホらしくなって諦めるという算段よ。この美しくも完璧なる作戦に、あえて名前をつけるとすれば……」

 ああ、なんだか物凄く嫌な予感がする。
 こういう時は黙っているのが一番だ。よーし、何があっても沈黙を保ち続けてやるぞ。

「バトルジョォォォォーガ! 嫦娥を相手のホームにシュゥゥゥーッ!!」
「超! エキサイティン! ……はっ!?」

 くそっ、私としたことが思わずシャウトしてしまった!
 ツクダならぬツクヨミオリジナルってやかましいわ! 言ってないって? あっそう。

「冗談はさておいて、そろそろ本題に入ろうではないか」
「冗談と言われましても、一体全体どこからどこまでが冗談だったのやら……」
「まあ聞くがよい。本日お前を呼び出したのは、是が非でも会って貰わねばならぬ人物が来ているからだ」

 そういえば呼ばれていたんだっけ。色々ありすぎてすっかり忘れてたわ。
 月の都の防衛とか、クラウンピースブリッジとかが冗談に思える程の人物とは……後者はどう頑張っても言い訳不可能だろうけど。

「サグメよ。念のため聞いておくが、嫦娥と対面したことはあるか?」
「ありませんが……まさか、嫦娥がここに?」
「ふふふ、それは会ってみてのお楽しみだ! ミュージック、スタート!」

 なんだこのテンション……などと思っている間に、何とも悪魔的なBGMが流れ始めた。
 出だしの辺りが私のテーマ曲と似てるような気もしたが、すぐに別物と判ってひと安心……ちょっと待て。
 これは……「パンデモニックプラネット」では!? いや間違いない! しかし何故……?

「んもう、待ちくたびれたわよんグエーッ!?」
「おおッ! サグメ御自慢のキレッキレの左フックがテンプルを直撃ィ! 乱入者はたまらず膝を突くゥ!」

 なに暢気に実況してんだこのオッサンは。思いっきり敵に入り込まれてるじゃねーか。
 へカーティア・ラピスラズリ。地獄を司る女神にして、我等が宿敵・純狐の共犯者。
 夢の世界に潜伏して、月の民を完全に封殺してくれた彼女が、どういう事情で月夜見様の部屋まで……ああ、なんてこった。

「……月夜見様。こんなこと口に出したくもありませんが……コイツが?」
「左様。月の女神にして玉兎を束ねるリーダー、嫦娥その人である……と言うと語弊があるかもしれんな」
「正確に言えば、私の三分の一が嫦娥と同じってトコロかしら……どったのサグメっち?」

 アッタマいってえ。ふざけんなコノヤロウこんなのアリかよちくしょう。
 ヘカーティアが嫦娥だったって事は、先の騒動が何から何まで茶番だったって事じゃねえかドチクショウめ。
 私の苦労を返しやがれってんだよ、マジで。

「オーケーオーケー、落ち着いて頂戴サグメっち。これには深い事情があるのよぉ」
「そうだぞサグメよ。そんな風に自分の髪だか翼だか判らんモノを毟ってはならぬ」

 余計なお世話だっつうの。これが落ち着いていられるかってんだ。
 確かにおかしいと思ったんだよ。半年以上も無防備な月の民を包囲しておきながら、ロクに手出しもしなかったんだモンな。
 ちょっと考えれば、誰にでも思い当たる事だろうに……あああ自分のマヌケっぷりに腹が立つううぅ!

「……いや待った。そもそもヘカトンケイルにとって、嫦娥は憎むべき敵である筈。それが同一存在であると言われましても……」
「ヘカーティアよ、ヘカーティア! ……まあいいわ。どうやら全てを話すべき時が来たようねぇん」
「うむ。全てはあの恐ろしい純狐から、月の民を守り抜く為の策であったのだ。黙っていたことは素直に詫びようぞ、サグメよ」

 威厳タップリに詫び入れてくれたのはいいんですけど、アンタ今フル・フロンタルですよ? ヘルカイトちゃんも華麗にスルーしてんじゃねえよ、まったく。
 しかしまあ、我々月の民の隠蔽好きには呆れ返る……つうかパンツ穿けよ。そういうトコだけオープンにするのは何故だよ。秘密主義の反動ってヤツか? 嘆かわしい。

「事の始まりは、あの八意が地上に出奔したことにある。真の月の賢者たるアヤツを失ったことにより、我々は純狐に対抗する術を失ってしまったのだ」
「月の都が脅かされるのは、嫦娥にとっても甚だ不愉快だったみたいねぇん。そこで彼女は、私にある取引を持ちかけたってワケ」
「嫦娥は己が持つ神性を、月担当のヘカーティアと共有することにより、双方に多大な利益がもたらされると考えたのだ」

 神性を共有……? よく分からんが、つまり今ここに居る黄色いヘカーティアは、嫦娥でもあるって事でいいのかしら?
 いや、なんか嫦娥は嫦娥で別に存在していそうな話しっぷりだったな。月夜見様も「語弊がある」とか仰っていたし。
 私も天津神部分を誰かと共有してみれば、少しはイメージを掴みやすくなるのだろうか。まあ、そんな相手いないけどな!

「さっきサグメっちが言った通り、嫦娥に対しては恨むところもあったのだけれど……まっ、直接のカタキって訳でも無かったし、別にいいかなって思ったのよん」
「悪の天才である嫦娥と、地獄の女神であるヘカーティア。両者の相性はバツグンであり、すぐに意気投合した……いや統合かな?」
「そんなワケで、私は嫦娥が所有する月の力を地獄の為に使えるようになったの。地獄の闇を維持する為には、それなりに強い光が必要になるからねぇ」
「その対価として、我々は地獄と異界――すなわち夢の世界に強力なコネクションを得た。あの獏をお前に紹介出来たのも、この者の協力があっての事だ」

 交互に捲くし立てるのやめろ。学芸会や卒業式じゃあるまいし……まあ、そこはあえて何も言うまい。
 獏っていうと、あのドレミー・スイートのことだな。じゃあアイツも知ってたって事かよ?
 今度会ったらそれとなく聞いてみるとするか……いや、知らないフリをしておいた方が良さそうだ。アイツはアイツで胡散臭いし。

「でも、嫦娥はそれだけじゃ満足しなかった。彼女は純狐の動きをある程度コントロール出来ると考えて、私に接触を依頼したのね」
「コントロールするぐらいなら、いっその事ターミネートしてしまえば良かったのでは……?」
「純狐を甘く見ちゃダメ! アイツってば滅茶苦茶強くて頭いいんだから! 確実に仕留められる方法が判明するまで、怖くて手を出せないわよぉ」
「下手に敵対するよりも、味方のフリをする方が容易いというものだな。此度の攻撃に的確な対応が出来たのも、間諜たるコヤツの働きがあっての事だ」

 それにしたって、だいぶ慌しい思いをさせられたけどな。主に私が。私ひとりが。チクショウめ。
 もっとも、アレが完全なる不意打ちだったとしたら、流石に対応しきれなかったかもしれんね。ムカつく事には変わり無いけど。

「なるほど、先の一件が出来レースだった事は理解できました。では遷都計画は何だったのですか? 保険が必要だったとは思えませんが」
「遷都計画の本命は、ズバリ八意の態度を見極める事にあったと言えよう。我々の巧みなタクティクスによって、アヤツが自ら動くように仕向けたのよ」
「幻想郷に居るって事は知ってたけど、迂闊に近寄ると何されるか分からないじゃない? まっ、今回は私の活躍もあって、自然なカタチでの接触が果たせたのだけれど」

 やっぱりそうか。いや、遷都計画が本気じゃ無かった事は知っていたけれど、こうもキッパリ言われてしまうと、流石にイーグルラヴィの面々が哀れに思えてくるわ。
 それに加えて、今の地上には純狐も居るのよね。確かヘカっちは、彼女と一緒に八意様の処を訪れて……あっ。
 よく考えたら、これってかなりヤバイんじゃないの? 下手すると純狐と八意様が結託なんてハナシも……駄目だ、恐ろし過ぎて口には出せんわこんなコト。

「心配しなくても大丈夫よぉ。純狐の目的は復讐を遂げる事ではなく、復讐行為そのものにあるんだから」
「有り体に言ってしまえば、我々月の民は奴の道楽に付き合わされている様なものだな。八意とてその程度の事は理解しておるだろう」

 だといいんだケド。八意様も純狐もアタマいいんだから、もうチョット慎重に……ねえ?
 しっかしこのヘカ公ときたら、どんだけ肝据わってんだってハナシよね。あの二人を相手に猿芝居とか、流石は地獄の女神サマって感じだわ。
 嫦娥も舌を巻きそうな程の悪女っぷり……やっぱコイツら融合しちゃってんじゃねえの? まあ、その方が我々月の民としても頼もしい……のかねぇ。

「でも、油断しちゃ駄目なんだからね? ゲームの主導権はあくまで純狐にあるのだから、コッチとしてもそれなりの心構えってヤツが必要よん」
「心構えと言われましても、結局は八意様の出方次第だと思いますが……」
「だからこそ、お前に全てを打ち明けたのだ。八意の衣鉢を継ぐに相応しい者は、稀神サグメをおいて他に居らんのだからな」

 ……おいおいちょっと待て。なんか話がえらい方向に動き始めてるぞ。っていうか、既に流れが決まってないか?
 まあ、そりゃあそうだよね。こんな真実を知らされてしまった以上は、これまで通りって訳にはいかないだろうから。
 しかし……私が八意様の後継者とは。それってつまり、これから先は純狐の相手を私に任せるってことだよな? この流れから察するに。

「あの、月夜見様……?」
「よいよい、みなまで言うな。お前が此の度見せた機転、洞察力、そして程よい厨二成分……どれをとっても申し分ない」
「そうそう。サグメっちは既に、私達と同じものを見て、聞くことのできる真の仲間なんだから!」

 なんでだよ! 厨二成分関係ないだろ! 人をポーズや片翼で判断されたって困るんだけどなぁ。
 あと女神サンよ。その台詞は色々な意味で問題があるのでやめれ。

「八意様の衣鉢と仰いましたが、私よりも相応しい者が他に居るのでは? 例えば……八意様の薫陶を受けたあの二人とか」
「綿月姉妹のことであるな。確かに彼女達も優秀ではあるが、その……色々と問題があってな」
「ぶっちゃけたハナシ、あのコ達は純狐のコト知らないのよねえ。っていうかぁ、知られちゃったらわた嫦娥的にマズイみたいな?」

 ああそうか、綿月姉妹には知らせていないのか……今コイツ、「私」って言おうとした?
 いや、きっと「綿月」って言おうとしたんだろうな。でなけりゃ嫦娥に乗っ取られつつあるとか……考えるだけ無駄か。
 それはそうと、嫦娥的にマズイとはこれ如何に。

「嫦娥と綿月姉妹はかねてより折り合いが悪くてな。もしも純狐の存在が彼女達に知られてしまったら……」
「当然、嫦娥に対して下克上を試みるでしょうねえ。兎を利用して純狐の存在を都中に知らしめれば、みんな『嫦娥を追放しちゃおうぜ』って思うでしょ?」
「そうなると、我々もヘカーティアも困ったことになってしまう。月の都の安寧の為にも、秘密を知る者は最小限に止めねばならんのだ」

 そういえば、嫦娥は月の兎の支配者でもあったっけ。綿月の処にも兎が沢山いるから、まあ色々あるんだろうな。
 最初から嫦娥を追放しておけば良かったんじゃね? とも思うけど、そうなると今度は玉兎の支配に支障をきたす、なんて事にもなりそうだ。
 結局、限られた者でナントカするしかないって事か。っていうか純狐の存在を知っていた時点で、私はこちら側に入る運命だったのね。

「わかりました。色々と釈然としない部分もありますが、運命(さだめ)とあれば心を決めましょう」
「心めざめ つばさひろげて 旅立つ日 サ~グメ~♪」

 翼広げるったって片方しか無いけどね。そこはまあ、そっとしておいて貰いたい。
 しかし月夜見様ってば、意外と歌上手いな。マジでどうでもいいけど。

「今回採った策はそれなりに有効ではあったが、些か消極的に過ぎたと言えよう。次回までにより独創的で、意外性に満ちた策を用意せねばなるまい」
「そんな風にハードルを上げられては困ります。どの道我々は受身の対応者なのですから、下手に奇策を用いない方が良いのでは?」
「しかしサグメよ、それでは我々の評判が上がらんではないか。ここはひとつ月の民として最大限美しく、ド派手な一発をキメるべきだとは思わんか?」

 今更そんなコト気にしなくったっていいだろ。もっと堅実にいこうよ、ケンジツにさあ。
 などと思っていたら、窓の外で何やら煙突めいたモノがせり上がってくるのが見えた。
 アレは何だと首を傾げていると、ヘカーティアが何やら落ち着かない様子で、月夜見様に食って掛かった。

「ちょっ、ちょっと待って頂戴。アレってまさか……アレじゃないでしょうね!?」
「無論、アレである。折角お前に来てもらったのだから、この機会にアレのテストをしておこうと思ってな」
「嘘よッ! アレは危険だから廃案になったハズ……っていうか私!? 私でテストしようっての!?」

 ちょいとアンタ達、アレじゃ分かんないだろうアレじゃあ……いや待て。
 ひょっとしてアレか? さっき月夜見様が仰っていた、美しくも完璧なる作戦とやらのアレなのか?

「バトル嫦娥……完成していたとは……」
「嫌ァ! たすけてサグメっち! 私まだ死にたくなーい!」
「安心するがよい。お前が死んでも代わりはいるもの……約二名ほどな」
「それ両方とも私でしょうがっ!」

 あ、やっぱり死ぬんだ。ってことはコイツは嫦娥ではないから……あれ?
 確かこの神様って、コアとなる魂が地獄にあるとかって話で、早い話が死なないんじゃなかったっけ?
 魂が無事なら再生可能って、それもう殆ど蓬莱人じゃん。つまり、こうだ、ヘカーティア・ラピスラズリが嫦娥。もうコレでいいや。

「本番で失敗したら、純狐やクラウンピースちゃんに笑われてしまうからな。さて、準備はよいか?」
「いいワケないでしょ! こんなツクダめいた計画は力尽くで阻止させてもらうわ……カモン私達!」

 ヘカーティアの叫びに呼応するが如く、彼女の背後から三つの人影が姿を現した。
 こんな変なTシャツを着たヤローが、この宇宙に四人も居るなんて……ちょっと待て、四人だと?
 よく見ると、一人だけあの奇妙な球体群を身に着けていない奴がいる。Tシャツにプリントされた文字も違うようだ。

「『Not even justice,I want to get truth.』……真実は見えるか?」
「ヒトのTシャツの文字を読むんじゃねーわよ、この陰険根暗片翼ヤロー! アンタにはデリカシーってモンが無いワケ!?」
「言ってる場合じゃないでしょ嫦娥! 今は月夜見を止めるのが最優先よッ!」

 ……おいおいおいおい! ここへ来て嫦娥ご本人の登場かよ!
 じゃあやっぱコイツら別人だったのか!? ちくしょう、何度も何度も思わせぶりなセリフ吐きやがって!
 ミステリアス気取りか! ムカつくんだよ! ……と、言ってやりたいのをナントカ堪える。つらい。

「待ちたまえ諸君! それ以上近づくと、我が抜き身のムーンライトソードが大立ち回りを演じることになるぞ!」
「ほざけオッサン! テメーのポコニャン噛み千切って、クラウンなんたらにブチ込んだらァ!」
「やめてぇ! 私達のピースちゃんに酷いコトしないでっ!」

 全裸中年男性に群がる、変なTシャツを纏いし乙女達……なんというか、ヒドい光景だ。
 月夜見様が執務机の上に押し倒されて、その上に嫦娥と赤ヘカーティアと青ヘカーティアと黄ヘカーティアが陣取っている。なんか早口言葉みたいだな。
 介入すべきか迷っていると、突如として室内にサイレンの音が響き渡った。

「なにコレうっせぇ! おいコラつっくん! 何の仕掛けよこのクソサイレン!」
「バトル嫦娥の発射準備が完了したのだ。些か不本意だが、このままテストを開始させて貰うぞ!」
「できると思ってるの? コッチは四人でアナタは一人、サグメっちが動いても数的優位は揺るがないわよん」
「そうであったな。サグメよ、我々はしばらく留守にするから、月の都をよろしく頼むぞ!」
「えっ? 私っすか?」

 いきなり話を振られたもんだから、思わず素っ頓狂な受け答えをしてしまった。いやん恥ずかしい。
 と、その瞬間。五人を載せた執務机が、目にも留まらぬ速さで床に吸い込まれていった。なにこれボッシュート?
 呆然としている私の耳に、バトル嫦娥の発射音と思しき音が、ちょうど五回に分けて飛び込んできた。

“超! エキサイティン!”

 謎のアナウンスの後、サイレンの音が止み、室内は静寂に包まれた。発射テストは無事成功、ってコトでいいのかねぇ。
 あの五人は、果たして無事に太陽まで辿り着けるのだろうか。いま私が何か言ったら、本当に洒落にならない事態へと陥ってしまいそうだ。
 いや……待てよ。そういえばさっき、これに関連するような会話をしてしまった気が……。

(……クラウンピースブリッジ大佐? これは宇宙葬決定ですね……)
(言うな! お前が言うと洒落にならんのだ! 色々な意味で!)

 ……ひょっとしてコレ、私の所為だったりする? いやいや、流石にそこまで責任取れんわ。
 嫦娥やヘカーティア達まで巻き込まれてしまったのだから、きっと彼奴等の日頃の行いが悪かったのだろう。そう思いたい。
 ただ、これ以上事態がややこしくなるのは避けたいので、そろそろ元の寡黙なサグメっちに戻るとしようかね。
 おっと、その前に一つだけ言っておきたい事が。

「まさしく、口は禍の元……ってね」


 月の都は、今日も平和です。
 知らぬが仏の顔も三度目の月都。
 嫦娥が玉兎のリーダーだった事も驚いたけど、それ以上に「月都ワイルド」から四年半近く経っているという事実がオドロキだよ!
平安座
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コメント



0.570簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
平安座ニキの月夜見おいたん狂おしいほど好き
8.100大根屋削除
あぁ、なんで平安座氏の作品はこんなに面白いの
特に今作における私の笑いツボに対する満足度には、100点じゃ足りなかったんですけど!
9.80名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです
14.100名前が無い程度の能力削除
月都ワイルドでしたっけ。冒頭が貴方の前の作品のそれと一緒ですね