Coolier - 新生・東方創想話

秘封倶楽部は就寝しない

2015/09/13 17:51:01
最終更新
サイズ
4.28KB
ページ数
1
閲覧数
2216
評価数
6/19
POINT
1010
Rate
10.35

分類タグ

 メリーと通話をしているとついつい時間を忘れてしまう。というよりも、「時間を守ることが大事である」ということを忘れてしまうのだ。もうとっくに明日の授業に影響する時間であるということは理解しているのだけれど、価値観がすっかり麻痺してしまっている。まあそれもいいか、みたいな。きっとメリーもそうなんだろう――と。
『そういえば、蓮子は明日一限あるんじゃないの?』
 思いきや、メリーはきっちり自分の時間割を把握していた。友人と同じだけ遊んだのに、自分だけ夏休みの宿題を済ませていなかったような気持ちになる。まあ良いや、ここまで来たらメリーの二限に影響が出るレベルまで夜更かししてやれ、などと詮ないことを考えたりする。しないけど。
「平気よ。メリーとの時間の方が大事だから」
『なんか格好いい感じに言ってるけど、学年変わると一緒に過ごせる時間減るからね』
「気をつけます」
 流石に単位を落とすような怠け方はしていない。そもそも私は講義が嫌いではないのだ。科目にかかわらず、面白い教授の喋ることは何であれ面白いし、面白くない教授に「どうつついたら面白いことを話してくれるか」と考えながら質問をするのも面白い。学問とモラトリアムは両立しうるのだ。
「で、どこまで話したかな」
『オカルティズムとスピリチュアリズムの差異について』
「そうそう」
 メリーとの会話で一番楽しいのは、嘘を本当らしく、本当を嘘らしく語ること。私達の間では、真実味とは真実であり、かつ真実とは欺瞞である。その辺りの波長が、私とメリーは奇跡的に合致している。そこに合理的な思想、建設的な思想は何一つない。あらゆる学問は結局のところ、こうした他愛ない会話の為に在るのではないかと思う。
「メリーは運命論を信じる?」
『信じないかなあ』
「じゃ、運命は信じる?」
 それは信じる、とメリーは言う。そこも私と同じだ。メリーと喋っていると、簡単な問題集の答え合わせをしているような気分になる。私の出す答えは、彼女の出す答えとほぼ一致する。私がミスをしなければ――或いは、出題にミスがなければ。
 私は長いこと、私という存在に囚われていた。そういう自覚がある。誰を見ても、自分と比較して考えてしまう癖。どんな場所に居ても、「その場所」ではなく「その場所にいる自分」だけがクローズアップして認識されてしまい、自画像から離れることが出来なかった。時間と場所を把握する能力を得てから、一層その傾向は強まったように思う。小中高とそんな風に過ごし、いつしかそれが当たり前なのだと諦め、悲観することすら忘れていた。大学に入って、漸く私は、私という存在を緩和してくれる鏡を見つけた。それが彼女、マエリベリー・ハーンだ。
『それじゃ、私からも一つ質問』
「何?」
『蓮子にとって、運命は、自分で掴むもの?それとも、向こうから来るもの?』
「ふむ」
 メリーはメリーで、自分の存在が希薄であることを常々感じていたという。他者との関わりの中で、自分という存在を定義できない。自分らしき影を捉えた気がしても、掴んだのはいつも虚空であった。結界を覗く能力が発達していくにつれ益々自我は薄れてゆき、望んでいない形に自己が変容していくことが、たまらなく不安だった――と、メリーは語った。自分を繋ぎ止める相手が欲しかった。そして、大学に入って、漸くその柱を見つけた。それが私、宇佐見蓮子だ。
「そうだね。私は、自分で掴む方」
『そっか。私は、向こうから来る方』
「だと思った」
 私とメリーの回答がずれる時、漸く私は思い出す。私と彼女が、別の生命であったことを。催眠が解けるような感覚は、しかし決して不愉快でない。その事実は得てして、喜ばしい形で思い出されるからだ。
『意見の相違ね。部活動に支障を来すかしら?』
「ううん。問題ないよ。私がメリーの手を、強引に掴めばいいだけだから」
『ふふっ』
 鼓膜をくすぐる笑い声に、まるでメリーの手がここに在るような、今まさに触れているような、そんな心地がした。ここに彼女は居ないのに、そのことが却って、彼女の手の形を鮮明に思い出させてくれるようだった。ひょっとして、メリーもそんな風に感じてくれてやしないだろうか。そうだったら嬉しい。
『素敵な答えも聞けたし、そろそろ切るわね』
「あっさりしてるね」
『べったりして欲しい?』
「寂しい、くらい聞きたいな」
『平気よ。夢で逢えるから』
 それじゃあね、と言って通話は切れた。その素敵な返答は、しかし私が夢の世界へと旅立つ時間を、少しばかり遅らせそうだった。何しろ私は胸が高鳴って、簡単には寝付けそうになかったから。果たして貴女は知っているだろうか。私がもう数えきれないほどの回数、貴女と夢で出会っていることを。……夢の中のメリーは、色んな顔をしている。幼い日のメリー、社会人になったメリー、お婆ちゃんになったメリー、生まれたばかりのメリー……今日出会う貴女は、どの貴女だろう。
 全ての生き物が見る夢は、実は根底部分で繋がっている――とは、何の台詞だったか。場所を超え、時間すらも超えて、全ての貴女と本当に夢で繋がることが出来るなら……。それは突拍子もない理屈でありながら、どこか真実味のある幻想だった。そしてそれ故に、私にとってはまごうことなき真実なのである。
実はメリーに劣らず乙女な蓮子であって欲しいと思います。
ふみ切
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.490簡易評価
10.80名前が無い程度の能力削除
よかったです。
14.70名前が無い程度の能力削除
よかったです。
15.90大根屋削除
こんな友人がそばに居て欲しい。
そして、現実にそういう友を持つ幸せを知っている。だからこそ、この幸せを手放さないように、と思う。
16.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
18.100名前が無い程度の能力削除
もう同棲しちゃえYO!
19.100名前が無い程度の能力削除
ところどころわかるなぁって、そんな相手もいないのに思うよ、素敵