神降ろしってどうやるんですか?と質問すると、霊夢さんはがくっと頭を落とした。呆れ顔をされることはよくあるし、そういうコミュニケーションが半ばデフォルトになっているとはいえ、ここまでの反応は珍しい。今回は心底呆れられたらしい。
「あんたが訊いてどうするの。っていうか、今まで何をしてたのよ。本職でしょうが」
「神職は神職でも、私は風祝ですし。正直、風の神様にしても、神奈子様と諏訪子様以外を信仰したことはないんです」
「あー……」
霊夢さんは額に手をやる。私のことは巫女というくくりで記憶していたようだ。幼少の頃から神事に慣れ親しみ、儀式の執り行い方についても一通り心得ているつもりだけれど、あくまでそれは神奈子様が仰るとおりに進めてきたもの。はっきり言えば、形式のみの熟練である。神奈子様や諏訪子様以外の神様と「繋がる」為にはどうすればよいのか、という根本的なことを研究したことは未だなく、ましてや実感したことはないのだ。
「よく知らないけど……外の世界では、神様の存在って希薄なんでしょ?そんな中で神奈子と繋がれたのは、神降ろしって呼んでいいんじゃないの」
「うーん……何しろ、当たり前すぎて」
「それが一番出来てるってことじゃないかと思うんだけどね」
どうすればいいのかなんて聞かれても、私だって当たり前すぎてわからないわよ――と霊夢さんはため息を吐きながら言う。直感型の人は教師に向いていないというけれど、霊夢さんはまさに典型だ。博麗の巫女が先代の教えを受け継ぐようなシステムに見えないのも、代々の巫女が各々の直感でもって役割を果たしてきたからじゃないだろうか。
「……神様かぁ。そういえば、居たわねえ」
「え?」
さらりと妙なことを言う。霊夢さんは立場上、頻繁に神様に触れているはずだ。年越しにしろ、鷽替にしろ、その他諸々にしろ。……それとも、そんなにも本職から離れて過ごしていたのかしら?いやいや、そんなまさか。
「八百万の神様、って意味じゃなくてね。博麗神社で祀っている神様のことよ」
……そういえば、博麗神社は神社であった。神社である以上、祀っている神様が居るはずである。今更になって気付いた自分に驚く。どうしてこんな当たり前のことを失念していたのだろう。霊夢さん自身の存在があまりにも特殊すぎて、付き合う上で物事を細かく考えない癖がついたのかもしれない。
「そういえば、最近すっかりご無沙汰だったからねえ」
「昔はよく会っていたんですか?」
「そうねえ。寂しくなったときとかに、呼んでたりしたわ」
まるで幼い頃の私みたいだ。霊夢さんにもそんな時期があったんだと思うと、親しみを感じてしまう。寂しさというのは、人と人を繋ぐ一番深い感情なのではないかと、私は思っている。
「そっか。最近は、会う必要がなくなったのね」
霊夢さんはしみじみと、どこか嬉しそうに語る。言葉と態度が合っていない気がして、落ち着かなさを感じた。
「それって、いいことなんですか」
「そりゃそうよ。だって、私の中で完全に、しっくり来たってことでしょう」
ああ、そういう捉え方なんだ――と感心して。……それからじわじわと、それってものすごい考え方なのではないかという思いが湧いてきた。
「自分の肉体が、今ここにあるなぁって、いちいち感じることはないでしょ。神様も同じよ」
「肉体……神様……?」
「大事なものは全部、いずれは、会わなくても大丈夫なくらいの関係になりたい。そう思ってるの。……そう、私が死ぬまでには」
持っていけるのは、思い出だけ。そんな言い方をすることがよくある。霊夢さんは、自分の中に全ての記憶を蓄えて、悠々と川を渡るつもりで居るのかもしれない。そうだとしたら、それって途轍もないことだ。少なくとも主観からすれば、それは世界を手に入れたも同じことなのだから。
「……何、泣いているの」
「えっ、あっ、あ」
気が付くと、涙が溢れていた。気付かないくらい自然なことだった。……拭う必要も、特に感じなかった。
「……ええと。多分、安心したんだと思います」
「安心?」
「どうなるんだろうって、思ってたんです。冥界とか、地獄とか、そういうことじゃなくて……ただ、居なくなったものは、どこに行ってしまうのだろう、って。いろんな形で説明されても、解ってるふりをしても、やっぱり、全然腑に落ちてなくて」
ずっと感じていた、ありふれた疑問。私だけじゃなく、きっと誰もが抱えたはずの、眠れない夜の悩みごと。それはあまりにありふれているものだから、いつしかそれを誰も口に出さなくなった。けれど、子供の頃に抱えた疑問は、心の奥底で、消えることなく呼吸をしていたのだ。
「……居るんですねえ。連れて行けるんだ。……連れて行ってもらえるんだ。あはは」
霊夢さんは迷惑そうな表情を浮かべる。幻想郷では、この類の哲学も、宗教的な問いも、日常茶飯事なのかもしれない。私の常識からすれば考えられないほどの豊かさだけれど。それは、求めてよかったのだ。幼い私は、正しかったのだ。
「なんだか、ちょっと近付けた気がします」
「何に」
「神降ろしの秘密に、です。勿論、気がするだけですけど」
霊夢さんは息を一つ吐いて立ち上がり、暫く居ていいけど、落ち着いたら帰りなさいよ、と私に告げて部屋に入っていった。私ははぁい、と答えて、半ば冷めたお茶に口をつける。霊夢さんは優しい人だ。
「そこにあるものを信じる力」から、「そこにないものすらも信じる力」へ。新しく見つけた高みは、虹を呼ぶ雲間の光のごとく、否応なく私の胸を高鳴らせた。信仰の道は果てしない。まだまだ私は先へ行けるのだと思うと、俄然力が湧いてきた。神霊とは、精神を示すものだという。博麗神社に守矢の分社を建てたように、霊夢さんの考え方を受け取った私の思考の中には、彼女の小さな分社が建てられたのだ。それはもしかしたら、神降ろしの感覚に似た、とても神聖なものなのかもしれない――と思った。
「あんたが訊いてどうするの。っていうか、今まで何をしてたのよ。本職でしょうが」
「神職は神職でも、私は風祝ですし。正直、風の神様にしても、神奈子様と諏訪子様以外を信仰したことはないんです」
「あー……」
霊夢さんは額に手をやる。私のことは巫女というくくりで記憶していたようだ。幼少の頃から神事に慣れ親しみ、儀式の執り行い方についても一通り心得ているつもりだけれど、あくまでそれは神奈子様が仰るとおりに進めてきたもの。はっきり言えば、形式のみの熟練である。神奈子様や諏訪子様以外の神様と「繋がる」為にはどうすればよいのか、という根本的なことを研究したことは未だなく、ましてや実感したことはないのだ。
「よく知らないけど……外の世界では、神様の存在って希薄なんでしょ?そんな中で神奈子と繋がれたのは、神降ろしって呼んでいいんじゃないの」
「うーん……何しろ、当たり前すぎて」
「それが一番出来てるってことじゃないかと思うんだけどね」
どうすればいいのかなんて聞かれても、私だって当たり前すぎてわからないわよ――と霊夢さんはため息を吐きながら言う。直感型の人は教師に向いていないというけれど、霊夢さんはまさに典型だ。博麗の巫女が先代の教えを受け継ぐようなシステムに見えないのも、代々の巫女が各々の直感でもって役割を果たしてきたからじゃないだろうか。
「……神様かぁ。そういえば、居たわねえ」
「え?」
さらりと妙なことを言う。霊夢さんは立場上、頻繁に神様に触れているはずだ。年越しにしろ、鷽替にしろ、その他諸々にしろ。……それとも、そんなにも本職から離れて過ごしていたのかしら?いやいや、そんなまさか。
「八百万の神様、って意味じゃなくてね。博麗神社で祀っている神様のことよ」
……そういえば、博麗神社は神社であった。神社である以上、祀っている神様が居るはずである。今更になって気付いた自分に驚く。どうしてこんな当たり前のことを失念していたのだろう。霊夢さん自身の存在があまりにも特殊すぎて、付き合う上で物事を細かく考えない癖がついたのかもしれない。
「そういえば、最近すっかりご無沙汰だったからねえ」
「昔はよく会っていたんですか?」
「そうねえ。寂しくなったときとかに、呼んでたりしたわ」
まるで幼い頃の私みたいだ。霊夢さんにもそんな時期があったんだと思うと、親しみを感じてしまう。寂しさというのは、人と人を繋ぐ一番深い感情なのではないかと、私は思っている。
「そっか。最近は、会う必要がなくなったのね」
霊夢さんはしみじみと、どこか嬉しそうに語る。言葉と態度が合っていない気がして、落ち着かなさを感じた。
「それって、いいことなんですか」
「そりゃそうよ。だって、私の中で完全に、しっくり来たってことでしょう」
ああ、そういう捉え方なんだ――と感心して。……それからじわじわと、それってものすごい考え方なのではないかという思いが湧いてきた。
「自分の肉体が、今ここにあるなぁって、いちいち感じることはないでしょ。神様も同じよ」
「肉体……神様……?」
「大事なものは全部、いずれは、会わなくても大丈夫なくらいの関係になりたい。そう思ってるの。……そう、私が死ぬまでには」
持っていけるのは、思い出だけ。そんな言い方をすることがよくある。霊夢さんは、自分の中に全ての記憶を蓄えて、悠々と川を渡るつもりで居るのかもしれない。そうだとしたら、それって途轍もないことだ。少なくとも主観からすれば、それは世界を手に入れたも同じことなのだから。
「……何、泣いているの」
「えっ、あっ、あ」
気が付くと、涙が溢れていた。気付かないくらい自然なことだった。……拭う必要も、特に感じなかった。
「……ええと。多分、安心したんだと思います」
「安心?」
「どうなるんだろうって、思ってたんです。冥界とか、地獄とか、そういうことじゃなくて……ただ、居なくなったものは、どこに行ってしまうのだろう、って。いろんな形で説明されても、解ってるふりをしても、やっぱり、全然腑に落ちてなくて」
ずっと感じていた、ありふれた疑問。私だけじゃなく、きっと誰もが抱えたはずの、眠れない夜の悩みごと。それはあまりにありふれているものだから、いつしかそれを誰も口に出さなくなった。けれど、子供の頃に抱えた疑問は、心の奥底で、消えることなく呼吸をしていたのだ。
「……居るんですねえ。連れて行けるんだ。……連れて行ってもらえるんだ。あはは」
霊夢さんは迷惑そうな表情を浮かべる。幻想郷では、この類の哲学も、宗教的な問いも、日常茶飯事なのかもしれない。私の常識からすれば考えられないほどの豊かさだけれど。それは、求めてよかったのだ。幼い私は、正しかったのだ。
「なんだか、ちょっと近付けた気がします」
「何に」
「神降ろしの秘密に、です。勿論、気がするだけですけど」
霊夢さんは息を一つ吐いて立ち上がり、暫く居ていいけど、落ち着いたら帰りなさいよ、と私に告げて部屋に入っていった。私ははぁい、と答えて、半ば冷めたお茶に口をつける。霊夢さんは優しい人だ。
「そこにあるものを信じる力」から、「そこにないものすらも信じる力」へ。新しく見つけた高みは、虹を呼ぶ雲間の光のごとく、否応なく私の胸を高鳴らせた。信仰の道は果てしない。まだまだ私は先へ行けるのだと思うと、俄然力が湧いてきた。神霊とは、精神を示すものだという。博麗神社に守矢の分社を建てたように、霊夢さんの考え方を受け取った私の思考の中には、彼女の小さな分社が建てられたのだ。それはもしかしたら、神降ろしの感覚に似た、とても神聖なものなのかもしれない――と思った。
コメントひとつひとつですらも分社というわけですね!
(匿名だからこそ本質を現している気さえします)