Coolier - 新生・東方創想話

Five nights at Merry's… 1st night

2015/08/27 00:00:32
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0AM
 いま、私とメリーはとあるピザ屋の警備員室にいた。だだっ広い部屋の、中央よりちょっと壁よりに並んで座っている。正面にある机には扇風機、電話、メリーが持ってきたお菓子が置いてあった。それと何も映っていないタブレット型のモニターがあった。
 正面には薄暗い廊下がある。その上の壁には何かを警告するようなシールが張られていた。左右には通気口があるらしく、人が一人分くらい入ることができるスペースがあった。
「ねえ、メリー?」
「なあに?蓮子」
 モニターの周辺の機器をいじっていたメリーが、私の言葉に反応した。
「この部屋ちょっと薄暗くない?別にまあ、いいんだけど」
「なあに?蓮子ったらもしかして、怖がってるの?かわいい子ね」
 そう言って茶化すメリーの顔には、全く恐怖の色は無かった。それは私も同じなんだけど。
「怖がってる?そんなわけないでしょ。メリー?私たちは今までにいくつの心霊スポットを巡ってきた?」
「んー、まあ両手では数えきれないぐらいかしら」
「足の指を使っても数えきれないわよ。そんな私たちが今更、唯の薄暗い部屋なんかに恐怖する理由が無いでしょ?」
 まあね、とメリーは返事がてら、目の前の机の上にあるチョコレート菓子に手を伸ばした。
「あ、また食べてる。そんな風だから段々と体がふくよかになっていくのよ」
「そんなこと言ったって、暇なんだもの」
 ばりっと音を立てて、袋が開けられる。チョコレートの独特な甘い香りが、私の鼻まで漂ってくる。ついつい「それ、チョコっとちょうだい」と我ながら下らないギャグをかましてしまった。言ってからすぐに、後悔した。
「ん?さっきなにか聞こえたような……」
「え?私には何も聞こえなかったけど?」
「いいえ。私にははっきりと聞こえたわ。ぞっと背筋に寒気がするほどの、手垢に塗れたくっだらないギャグが」
「えー?私には聞こえなかったなー?」
「静かに。もしかしたらこの店には私たちの他に誰かいるのかもしれないわ。だって、まさか蓮子があんな寒いギャグを言うなんて、そんなこと有り得ないもの」
「ごめんなさい。私が悪かった」
「わかればよろしい」

1AM
 メリーによると、バイトの内容はいたって簡単だった。
 五日間、零時から六時まで、警備員室にいるだけ。
 ただ、それだけ。
「かなり楽な仕事だけど、人が全く集まらなくて困ってたみたいよ。あの後、担当者に電話したらその場で了解を頂けたわ」
「まあ、過去にあんなことがあればね。普通の人なら気味悪くて絶対しようとしないでしょうし」
 ばりばり、とチョコ菓子を咀嚼しながら、私とメリーはお喋りしていた。机の上では小型の扇風機が回っており、夏場の熱い空気を少しだけ吹き飛ばしてくれている。
「ところで、メリー?」私は尋ねたかったことを尋ねることにした。「どうなの?何か『見える』?もしくは、感じる?」
「いいえ、まだなにも」
 随分と早い返答で、少し驚いた。
「まだ、この店からは何も感じない。でも予感はするわ。これからなにか不可思議な出来事が起こるであろう……。これは私の勘だけれど」
 メリーはチョコをひょいと一つつまんだ。
「とは言ってもここから動けないんじゃ、まともに探索も出来ないじゃない。そういう話だったんでしょ?」
「そうよ。なんて言ってたかな。『警備員室からは出ないほうがいい。あなたたちの過失によってあなたたちが負った傷害などは当該一切関与しない』……。こんな感じだったかしら」
「なにそれ。要するに『出るな』ってことじゃない。そんな回りくどい言い方しないで普通に伝えればいいのに」
「まあまあ。そんなに難しいことでもないわよ。気楽に考えましょう。私たちはここで夜を明かし、その途中で気になることがあってもこの部屋からは出ない。ね?簡単でしょ?何かあったら帰りにでも部屋を覗いていけばいいわ」
 まあね、と適当に相槌を打つ。
 机の上の電話が鳴ったのはその時だった。突然の電子音に私とメリーは反射的に体を強張らせた。メリーに至ってはさっきつまんだチョコを床に落としてしまった。が、それがただの電話だと気づき、その緊張は長くは続かなかった。お互いに顔を見合わせる。
「出なさいよ。メリー」
「嫌よ。蓮子が出るべきだわ。あなたのほうが受話器に十センチぐらい近いでしょ」
「そんなの誤差よ。というかこの電話、取っちゃっていいの?私、ピザの配達の対応なんかできないわよ?」
「そんなこと知らないわよ。そうだったとしても居留守するのはまずいんじゃないの?」
 そうしている間にも電話はぷるるるる、と鳴り続ける。
「じゃんけん」とメリーが咄嗟に告げ、拳を振り上げた。慌てて私は手の平を見せる。しかしメリーは振り上げた拳の形を、振り下げる途中でちょっと変えた。
 私がパーで、メリーがチョキだ。
「ほら、早く出なさい。早くしないと切れちゃうかもしれないでしょ」とメリーは促した。
 ちくしょう。私はあまり親しくない人と話すのが得意ではないのだ。そしてそれはメリーも同じだった。さらにそのことをお互いが知っている。恨むぞ、メリー。

 そっと受話器を持ち上げ、耳に当てる。「こ、こんばんは」
「やあ、ハロー!ハロー!」と馬鹿みたいに明るい口調で挨拶をしてきた。どうやら相手は女性であるようだった。私は電話のスピーカー設定を操作し、メリーにも相手の声が聞こえるようにした。
「は、はろー?」残念ながら私は英語には疎い。「ほ、本日の営業は終了しました」
「ん?君、なにを言っているんだい?ははあ。君はなにか勘違いをしているようだ。私は君たちを雇った者だよ。客じゃあない。ましてやクレーマーでもない。安心してくれ」
 そうなの?とメリーに小声で確認する。
「ええ。私が電話で話した方だと思うわ。口調が似ているもの」
「声は?」
「うーん、声はあまり覚えてないけれど……。でもこんな感じだったような気がする」
 それなら安心だ。私は警戒を緩めた。
「分かりました。それで、どうしたんですか?」
「その声。君が二人目というわけか。うん。問題無い。むしろ十分すぎると言ってもいい。ようこそ二人とも。この仕事を受けてくれてありがとう。歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます」
 私とメリーはお辞儀をした。相手には見えないだろうが、これが礼儀というものだ。
「要するに私はアドバイザーさ。君たちがこの仕事を見事にやり遂げることが出来るように、色々と助言をするために電話したってわけ」
「そうなんですか。それはご丁寧にありがとうございます。けれど、大体のことは友人から聞きましたよ?」
「構わない。なら確認だと思ってもう一度、聞いてくれ。それに初めの電話じゃ伝えきれなかったことも幾つかあるんでね」
「そうですか。じゃあお願いします」
 メリーは自らの指に着いたチョコをぺろぺろ舐めながら、その話を聞いていた。
「そうだな。まず。過去にうちで起こった事件のことや、うちについての噂を聞いたことがあるかもしれないけれど、それは全て忘れてくれ。『昔と今は別物だ。それが例え忘れがたい過去だとしても、私たちが生きているのは今、この時だ』って言葉もあるだろう?」
 そんな言葉は聞いたことが無かったが、雇い主に自らの無知をわざわざ晒すようなことはしたくない。私は黙って聞いていた。
「まあそんな理屈を抜きにしても、今が安全ならそれでいい。だろ?心配しないでくれ。君たちのために新しく人形を改良して、新しいシリーズを作ったんだ!高性能、高品質。いやー我ながらいい仕事したと思うな。顔認識機能に、高度な可動性。あとは例え一キロ先からでも、本体に登録された犯罪者のデータベースに一致するものがあれば即座に感知できるようになってるんだ!な?すごいだろ?」
「は、はあ」と気の抜けた返事しかできなかった。相手があまりにも矢継早に話すものだから、口を挟む余裕すらなかったのだ。
だから「あー、でもね……」と相手が言葉を濁した時、蓮子は咄嗟に尋ねてしまった。「どうしたんですか?」
「あー、ね。よく言うじゃないか。『成功に失敗はつきものだ』『いい発明品にはバグがつきものだ』ってね」
 やはり後者は聞いたことがなかった。
「つまりだな……。そこにいる人形たち、夜間になると動き出すらしいんだ」
「え、そうなんですか」
「うん。どうやら人形たちに適切な『夜間モード』を取り付けてなかったのが原因らしいんだ。あいつら周りが静かになると、自分がいる部屋は間違った部屋だ、って勝手に認識するみたいでね。どこに人がいるかを調べて、そこに行こうとするんだ」
メリーが「つまり今の場合は私たちのいる部屋、ってことね」と解釈した。
「そういうことだ。今の声は最初に電話してくれたお嬢さんかな?どうもこんばんは。歓迎するよ」
「あ、どうも」とメリーは少し素っ気ない態度だった。
「とにかくだ。こいつらに対する対処法を教えとくからね」
「はい。お願いします」
「まず机に設置してあるモニターだけど、それは監視カメラの映像を見ることが出来るんだ。その店には部屋が八つあって、その内の一つは君たちがいる警備員室だ。それを除いた七つと、あと君たちの左右にある通気口。その中にもカメラが設置されているから、合計で九つのカメラが店内にはある。それを自由に見ることが出来るんだよ」
「けどこれ、今は画面が真っ暗だけど?」とメリーが零す。
「そうか。なら後で遠隔で電源を入れておくよ。で、だ。その部屋の一つにプライズコーナーっていう部屋がある。そこにあるオルゴールを遠隔で巻けるようにしておいたから、切らさないようにちょくちょく巻いてくれ。それで一体は足止めできるだろうからさ」
「はい。分かりました」
「よし。じゃあ次に、机の引き出しを開けてくれ」
 引き出し?とメリーが呟き、開けてみる。
「なにこれ?熊の、被り物?」
「そう!人形はさ、なんというか、ちょっとしたバグで誤認識を起こすらしいんだ。そのせいで君たちのことを『衣装無しで置いてある内骨格』だと勘違いして、無理やり『ガワ』を被せようとするかもしれないってわけだ。だから、もし人形たちがその部屋にやって来たら、その被り物を被るんだ。そうすれば人形は帰っていくだろうさ。大丈夫。ちゃんと二人分、用意したからね」
「ほら、蓮子。あなたのぶん」
 メリーが被り物を手渡してきた。ありがとう、と言いかけて、思わず噴き出した。メリーがそれをもう被っていたからだ。下半身は人の四肢のくせに頭だけ熊の格好は、だいぶ滑稽だ。
「メ、メリー。なんであんたもう被ってるの……?」
「んー、なんというかね」
「なんというか?」
「視界が狭くて見えづらい。あと臭い」
「ま、まあ臭いのは我慢してくれ。あとは……そうだ。そこに懐中電灯があるだろう?それで正面の廊下を照らすことが出来る。自動人形には光センサーも備え付けてあるから、急に強い光で照らされると方向感覚を失って足止めになる。電池の残量に気を付けてうまく使ってくれ。そうそう。監視カメラにも照明機能があるし、左右の通気口もその部屋から照らすことができる。この機能は店内の電力を使ってるから、照明が切れて真っ暗になる心配はないよ。っと、こんなもんかな」
「オルゴールを巻く。ライトで店内をチェックする。必要なら、被り物を被る」
「そうだ。よくできました」
 その時、モニターの電源が付いた。なるほど。確かに言っていたとおり、九つの場所を見ることが出来るらしい。操作は思ったよりも簡単だった。
「モニターの電源は付いたかな?私はこれで失礼するよ。また明日、お喋りでもしよう」
「どうも、ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
 じゃあ二人とも、いい夜を。そう言い残し、電話は切れた。


2AM
 しばらくの間、扇風機が回る音しかしなかった。嵐が去って行った後みたいだ。
「……思ったよりも忙しそうなバイトね」
「……そうね」
「まあよかったじゃない。退屈しなさそうで」
「……そうね」
「……?メリー?どうしたの?」
 メリーの様子が少しおかしかった。真剣な表情で熊の被り物を見つめている。思えば電話の相手への反応も素っ気なかった。
「……蓮子。いま何時何分何秒?」
「え、っと……」私は腕時計を見る。時間厳守が信条の私は、いつも正確な時刻を把握できるように腕時計は常備していた。勿論、今晩も身に着けていた。「二時十三分五十秒前後。それがどうかしたの?」
「さっきの電話、おかしかったわ」
「おかしかったって、なにが?私には口にチョコ付けたまんま気付いてないメリーのほうがおかしく見えるんだけど」
 えっ、と困惑した様子で口元を拭うメリー。かわいい。取れた?と尋ねてきてるのに、まだ口の端に残ってるのに気付かないメリー。かわいい。
「で、なにがおかしかったって?」
「そう。その話よ。電話の声から感じたの。さっき話してた相手、此方側の者じゃない」
「え、それって……」
 薄々と感付いた。やはりメリーの推測は正しかったらしい。
「ええ。さっきのは恐らく幻想郷からの通信よ」


3AM
 しばらくの間、二人で議論した結果、とりあえずは言われた仕事をこなすべきだ、という意見が私とメリーの間で一致した。考えるより早く行動しろ、という言葉もあるくらいだし。協議する時間は後からいくらでも設けられる。なんと言ったって、私たちは暇なのだから。
「で、どう?何か変化はあった?」
 メリーが尋ねてきた。片手には懐中電灯が握られている。
「異常なし。言われた通りにオルゴールを巻いてるけれど、これ、何の意味があるんだろう?」
「さあ。そのオルゴールの音楽が何かの人形の停止スイッチの代わりになってるとか?」
「そうなのかもしれないけど、そうじゃないかもしれない」
 モニターの操作はタッチ式で簡単だった。店の地図が映されており、タッチした部屋の映像をみることができた。監視カメラに備え付けてあるライトはその部屋の一か所しか照らすことが出来ないようだった。
一通り見た結果、電話で言っていた自動人形は舞台のようなところがある部屋にいることがわかった。監視カメラから見た手前から、ヒヨコ型、熊さん型、ウサギ型の順に行儀よく並んでいた。あとはオルゴールがある、プライズコーナー。これはカメラをそこに合わせないとオルゴールを巻くことができない仕組みになっていた。他に気になることと言えば、部屋のところどころにぼろぼろになった人形らしきものがあったことぐらいだろうか。
「一回、オルゴールをわざと切らしてみようか。どうなるか見てみたい気が、しないでもないじゃない?」
「やめときなさい。もしそれで契約違反になったら、明日は来れなくなるかもしれないでしょ。それに……」
「それに?」
「なんだかそこに置いてある箱、嫌な予感がする。なんだかとても悪いものが入っているような……」
 見ると、確かにプライズコーナーには箱が一つ置いてあった。
「これが?考えすぎじゃない?」
「そうかもしれないけど。まあ、余計なことはしないようにね」
「はいはい」
「こっちも異常なし。この新作のお菓子は結構おいしい」
「あ、いつの間に。私にも一つちょーだい♪」
「やーだ♪」
「けーち♪」
 役割分担についても話し合った。これは私とメリーの意見の相違があってなかなか決着がつかなかったが、とりあえず日ごとに交代制にする、という妥協点を見出した。
 今日は私が監視カメラを操作する役。オルゴールを巻いたり、各部屋を照らしながら監視するのも私の仕事だ。メリーは懐中電灯で正面を照らす役。左右の通気口の照明はお互いに近いほうを一つずつ受け持つことになった。勿論、熊の被り物はいつでも被れるように準備しておいた。
 ちなみに被り物はかなり、臭かった。


4AM
「……異常なし。メリー、そっちは?」
「変わらず異常なし」
 しばらくの沈黙。
「……結局暇になるんじゃない。誰よ。刺激が足りないとかほざいた奴は」
「あんたも言ってたでしょうが……。あーあ、お菓子も切れちゃった」
 私たちは退屈を持て余していた。私は色んな部屋を監視カメラで照らし、気が向いたらオルゴールを回す作業をしていた。メリーはというと意味もなく懐中電灯を付けてみたり消してみたり。挙句の果てには扇風機に向かって「ワレワレハチキュウジンデス」と告白してみたり。扇風機だってそのくらい知ってるでしょうに。
「ねえ、メリー?」
「アアアアアア……どうしたの?蓮子」
「あの、さっきの電話は間違いなく幻想郷からだったんでしょ?」
「ええ。それは間違いないわ。まさか向こうからコンタクトを取ってくるなんて思わなかったけれど。蓮子が受話器を取った瞬間に感じた。あれはこの世界の人じゃないわ」
「向こう側から接触してきた理由は後々話すとして、じゃあなんで何も起こらないの?」
「そんなこと私に聞かないでよ」
「あの後から今までの時間の間に、何か見えたり感じたりは?」
 メリーは黙って首を横に振った。
「それじゃあ八方塞がりじゃない……。ほんとにここでじっとしてるだけなの?」
「明日も電話はかかってくるわ。最後に言ってたじゃない。『また明日、お喋りしよう』って」
「その時に、インタビューしてみる?」
「そうね。もしかしたら世界の真理に一歩、近づけるかもしれないわね」
 世界の真理。世界の真理かあ。いい響きだ。
「それで万事が解決するかもしれないと思うと、ちょっと緊張するけどね」
「まあ、そううまくはいかないわよ。一歩ずつ、確実に進んでいきましょう」
「そうね……ん?」
「蓮子、どうかした?」
「いや、やっと一体動いたみたい」
 人形が一体、別の部屋に移動していた。ウサギの形をした機械人形だ。舞台がある部屋にいたのが、いつの間にかパーティールームらしき部屋にいた。
「蓮子、どう?」
「……いいえ。何も感じないわ」
「そう……。やっぱり人形たちが勝手に動き出すのは関係ないのかな」
「まだ分からないわ。ほら、ちゃんと監視して。オルゴールも回して。絶対に切らさないようにしてね」
「どうしたの?メリー。やけにオルゴールのことになると必死ね。なんだか焦ってるみたい」
「そうかもしれないわね。なんだかその箱が気になるのよ。嫌な感じというか、胸騒ぎがするというか」
 メリーの言いようが若干の真剣みを帯びていた。
「その胸騒ぎは、向こうからのコンタクトと何か関係がありそうなの?」
「分からない。とにかく、休まず働いて」
 そう言うと、メリーは口をつぐんでしまった。
「はいはい。分かりましたよ」
 とは言っても、時刻は既に四時を過ぎている。大人も寝る時間。流石に眠気が襲ってくる頃だ。しかもオルゴールを巻いていると、その優しい独特の音色についうとうとしてしまう。音楽は「大きな古時計」だった。
 あと一時間。あと一時間……。


5AM
……………………。……ん……。……んこ!……れんこ!
「蓮子!起きなさい!」
「うわあ!」
 メリーに一括されて目が覚めた。あれ、知らない天井だな?と戸惑ったのは一瞬で、そういえば夜間警備のバイトに来ていたんだと思い出す。
「……!いま何時?」
 はっとして腕時計を見ると、針は五時五三分三十五秒を指していた。
「もうそろそろ終わるわよ。それにしてもこの部屋、外が一切見えないから時間感覚が無くなるわね」
「……ウサギの人形は?」
 そう尋ねるとメリーはくいくいと顎で、右の、つまりメリーに近いほうの通気口を指し示した。「そこにいるわよ」
「え?…………うわぁ!」
 驚いた。眠気が一瞬で飛んだ。体も半分、飛び上がった。
 右の通気口から、ウサギがまっすぐにこちらを覗いているのだ。ぎょろっとした二つの目玉はしっかりと私たちを捉え、今にも部屋に入ってきそうな雰囲気だった。
「ちょちょちょ、ちょっと、あれ、どうするの?めっちゃこっち見てるんだけど」
「うるさいわね。怖いものに関しては百戦錬磨のプロなんでしょ?とりあえずこれでも被ってなさい」
 そういうとメリーは私の頭に被り物を被せてきた。ついでに自分にもそれを装着し、数秒間、動かなかった。私も突然の出来事と被り物の内側の臭さに目を白黒させたが、声を上げずに静かに待っていた。
 どれぐらい経っただろう。恐らく二十三秒くらいだろうが、それ以上に長く感じられた。
「脱いでいいわよ」と声が聞こえ、すぐさま匂いの元凶を取り外す。見ると、そこにウサギの人形の姿は無かった。
「こういうことよ。分かったでしょ?あなたが眠ってる間に、別の人形も動き出してたみたいだけど、とりあえずはこの対処方法でいいらしいわね」
「あ、え、その」
「なに日本語が不自由になってるのよ。ほら、もうすぐ六時でしょ?蓮子も帰る準備しときなさい」
 そう告げるとメリーは身支度を始めた。お菓子のゴミを一つの袋にまとめ、縛ったりしている。図太い神経だ。
「もう。蓮子は突然のアクシデントに弱いわよね。普段だったら私よりも頭が回るっていうのに。咄嗟に気の利いた行動ができるようになったら、完璧なのにねえ」
「あはは……そうね。今度からはもっと……。もっと……」
 …………なんだろう、何か引っかかる。腕時計を見る。五時五十八分十二秒。
「………………メリー?いまさっき、なんて言った?」
「だからもっと気の利いた行動が……」
「違う。その前」
 人形はこの部屋に近づいてきていない。大丈夫だ。確認した。左右の通気口からも、正面の廊下からも。
「え?えーっと、普段だったら私よりも頭が回るのにって……。もったいないなって……」
「……………………」
 普段だったら私よりも頭が回るのに。私よりも頭が回るのに。回るのに。
「…………『回る』?…………『回す』?」
 ばっとメリーが私の顔を見た。その表情にさっきまでの余裕は無くなっていた。
「蓮子!あなた最後にオルゴールを回したのは、いつ!?」
「え、えーと、確か五時前…………!あぁっ!!」
 そうだ。
 あのオルゴールを巻かなくちゃ!
「急いで!オルゴールが切れたらどうなるかはわからないけど、とにかく早く!」
「わ、分かってるって!」
 急いでモニターを操作して、監視カメラをプライズコーナーに合わせる。
 が。
「メ、メリー……」
「どうしたの!?早く巻かないと!」
「もう駄目だわ……。時間切れ…………みたい……」
「なんですって!?見せて……っ!?」
 そこにはある光景が映し出されていた。
 その部屋にあった一つの大きな箱。数時間前からメリーがしきりに「嫌な感じがする」と言っていた。そこから一つの人形がゆっくりと、顔を出していたのだ。その顔は動物をモチーフにした他の人形とは似ても似つかない、道化師の顔。監視カメラ越しに私たちを、見つめていた。
 恐らく私たちは同じことを考えただろう。それも本能的に。
 この人形は、やばい。
 いつの間にかオルゴールの音楽も変わっていた。この音楽にも聞き覚えがある。この音楽は。
「……いたちが……飛び出した…………」
「蓮子!六時まで、あと何秒!?正確に教えなさい!」
 メリーの声で我に返った。腕時計を見る。
「あと四十六秒!」
「くっそ、どうすればいいの……!」
 私とメリーは間違いなく命の危機を感じていた。なぜだか分からないけど、このままではあの人形に殺される。そんな予感がはっきりとあった。
「そうだメリー!逃げましょう!この店から逃げてしまえば……」
「駄目!この店から出ようとしたら、プライズコーナーから出てきたあいつと確実に鉢合わせるわ!」
「あと三十二秒!」
 気付くと、あの人形はもうプライズコーナーの監視カメラには映っていなかった。
「そうだわ、ダクトに隠れましょう!蓮子はそっち!私はこっち…………!?」
 いつの間にかウサギの人形が、通気口からこちらを覗いていた。
「メリー!こっちに来て!二人でこっちに隠れれば……!」
「駄目!その通気口のスペースは、精々私たちのうち一人分くらいしか無い!二人同時に入るのは無理よ!いいからあなたが隠れなさい!」
「じゃあメリーはどうするのよ!あなただけ置いて隠れろって言うの!?それくらいなら私が残るわよ!」
「あなたのほうが十五センチ、そっちの通気口に近いでしょ!いいから早く隠れなさい!」
「そんなの誤差だって言ってるでしょ!」
「私は絶対に大丈夫だから!さっさと隠れなさいって!早く!」
 メリーは一方的にそう叫ぶと、被り物を被ってしまった。
「…………絶対に、大丈夫なんでしょうね!?信じてるからね!」
 そう言い残すと、私は瞬発的に身を屈め、通気口の中に身を潜めた。


5:59:??AM
 通気口の中はひんやりとして、暗かった。警備員室の照明も入ってこない。全くの闇だった。
「信じてるから……。信じてるから……」
 そうだ。メリーが物事を断言するとき、それは間違いなく本当だったじゃないか。今回もそうに決まっている。そうなんでしょ?メリー?
「信じてるから……。信じてるから……」
 うわごとのようにそう呟きながら、そういえば腕時計にライト機能があったのを思い出した。本来は文字盤を見るための機能で、照明用ではないが、全く明かりが無いよりましだと思った。手探りでスイッチを探し、押す。
 目の前で目の無いヒヨコの人形が、私を見て笑っていた。


あの顔が正面の廊下に浮かび上がってきたのが、狭い視界でも確認できた。もしかしたらこの人形にも被り物の効果があるかもしれない。メリーはそんな淡い期待を抱いていた。
 が、あいつは騙されることなく、まっすぐ、ゆっくりメリーのほうへやってきた。
 ああ、やっぱり駄目だったのね。メリーは覚悟を決めた。それは紛れもない、死への覚悟だった。目を閉じて、これまでの人生に思いを馳せる。
 蓮子。
 愛すべき親友の名前が不意に浮かんだ。
 蓮子。馬鹿蓮子。最後に失敗してくれちゃって。信じられない。そのせいで私はこれから死ぬのよ?ほんと、勘弁してほしいわ。
 ただ。それであなたが一生私のことを想い続けてくれるなら。心に留めてくれるなら、それはそれでありなのかな。なんて。
 あーあ。ほんと、貧乏くじ引いちゃった。こうなったからには、絶対にこの世界の不思議を解き明かしてよね。約束だからね?
 ………………。
 蓮子?私、ずっとあなたのことが……。
 不意に、上から被り物を掴まれた。
 さよなら、蓮子。






6AM







 いつものカフェ。いつものカプチーノ。いつものショートケーキ。
 そして、いつもの親友。
 私たちは、そこにいた。
「ほんと、散々だったわ。ギリギリで助かったものの、もう一瞬だけ遅かったら二人とも、死んでたかもしれないのよ?」
「分かってるって。だから今日のケーキは私のおごり。ね?これで許して?」
「私の命はショートケーキ一個分ですか……。まあいいわ。今回は特別に許してあげる」
「ありがとう!やっぱり持つべきものは親友ね!」
「すいません店員さん。注文いいですか?チョコレートケーキとモンブランを。はい。二つずつ。お願いします」
「ちょっ……!?」
「これで、許してあげる。私ってばなんて寛大なんでしょう」
「ちょっとメリー!?私、そんなにお金持ってないよ!?」
「あら、あそこにコンビニがあるでしょ?そしてあなたの財布の中にはカードがある。この意味が分かる?」
「え、それって……」
「『パンが無いならケーキを食べればいい』『お金が無いならATMで降ろせばいい』。ね?簡単でしょ?」
「お、鬼!悪魔!」
「なんとでもいいなさい。ほら蓮子、あーん」
「あーん♪」
「と見せかけてあーげない。ん、おいし♪」
「詐欺師!盗人!」
「あーおいしい。これが生きてるってことなのね。死ぬ前に沢山味わっとかないと。誰かさんのせいで死ぬ前に」
「……ごめんなさい。許してください」
「分かればよろしい」
 メリーは満足げに微笑み、ケーキを口に運ぶ。その表情はまさに幸せを噛み締めている、といったところだろうか。その表情を見ていると私まで幸せな気分になる。

 あの瞬間。
 私は咄嗟に死を覚悟した。反射的に顔を両手で覆い、その時を待った。
 が、人形は襲ってこなかった。そして次の瞬間、私の時計が六時を知らせるアラームを鳴らした。人形の夜間モードは自動で解除され、元々の配置へと帰っていった。
 私が顔を両手で覆った、その体制。
 偶然にもそれは時計の照明の位置が、人形の光を感知するセンサーの位置と目と鼻の先になるような格好だったらしい。至近距離で浴びればか弱い光も、センサーを狂わせるには十分だったようだ。
 九死に一生を得た私は急いで通気口から出た。
 メリーは、生きていた。
 道化師の顔をした人形は、メリーの被っていた被り物までほんのあと数センチで届きそうな位置にいた。私が警備員室に入ってきたことを認めたその人形は、ゆっくりと廊下を戻っていった。そしてまたプライズコーナーの箱の中へと消えていった。
 私は全ての人形がもう動いていないことを確認すると、メリーの被り物を上から掴んで、取り上げた。
 メリーのレアな泣き顔が見れたのは、ラッキーだったと思っている。

「……ところで、どうするの?」とメリーが尋ねてきた。「あのバイト。まだ続ける?」
「……メリーはどうしたいの?」
「私は、続けようと思う」
「理由は?」
「あんな危ない目にあったけれど、逆にそれで確信した。あのバイトにはなにか秘密がある。普通に生きていたら絶対に気付かない、大きな秘密が」
「うん」
「私はそれを知りたいの。だって私は、この世の不思議を解き明かす、秘封倶楽部の一員ですからね」
「……そう」
 私はなぜだか笑いたくなった。微笑、なんてもんじゃない。大声で馬鹿みたいに笑い転げたい気持ちになった。
「どうしたの、蓮子?顔がにやけてるわよ?気持ち悪い子ね」
「ああいや、ちょっと、ね」
 なんだ。メリーも同じことを考えていたんじゃないか。
 あんな危険な目にあって、それでもまだなお、不思議を探索したいんじゃないか。
 私も、メリーも、同じだった。
「で、蓮子はどうするの?まさか、あんな危険なバイトに一人で行かせるなんて、するわけないわよね?」
「うーん、どうしようかな」
 しばらく考える振りをする。だが既に私の心は決まっていた。
「しょうがないわね。私も付き合ってあげるわ。なにせ、私も秘封倶楽部の一員ですからね」
 私の言葉を聞いてメリーは笑った。混じりけのない、天使のような笑顔だった。どきん、と私の胸が高鳴るのを感じる。
「ありがとう。蓮子ならそう言ってくれると思ってたわ」
メリーは私の手を握った。私もメリーの手を握り返した。
そうだ。この先の夜にどんな困難が待ち受けていようとも。どんな試練が阻もうとも。
「ねえ、メリー?」
「なあに?蓮子」
「あなたには、私がついてるから」
「ええ。あなたにも、私がついてるから」
 メリーとなら、乗り越えられる。メリーとなら、一緒に進んでいける。
 私とメリーは席を立った。今夜は星がよく見える。只今の時刻、十一時三十七分。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ」
 風が吹いた。私たちの背中を押すように吹き抜けて、それが私には快かった。





「そうですか。ありがとうございます」
 携帯端末を閉じ、声の主は息をついた。
「やれやれ。まさか一日目で脱落しそうになるとは思わなかった。見ているこっちが緊張で死にそうでしたよ。全く、心臓に悪い」
 ぷるるるるる、と電子音が鳴った。声の主は再び携帯端末を手に取り、耳に当てる。
「あー、ハロー、ハロー?ああなんだ、あなたですか。そうですね。こっちは順調です。はい。はい。…………。分かりました。ではそのように手配します。じゃあ、そういうことで。はい。では、失礼します」
 通信が切れたのを確認し、今度は大きく溜め息を吐く。
「あー。まさか私がこんなことする羽目になるとは。んー、まあいいでしょう。こっちはこっちのの目的が達成できればそれで……。ね?そうでしょう?」
 呼びかけられた方向には、もう一つ、影があった。
「霊夢さん」
 その影は確かに、その名前を呼ばれた。
さじ加減がなかなか難しい。
ひややっこ
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コメント



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5.80名前が無い程度の能力削除
二人いるのに初日から死にかけとは
6.80名前が無い程度の能力削除
初日からこれは5日目が楽しみですねぇ
7.無評価ナナシン削除
一部呼び掛けが間違ってないか?