メリーからその話をされたのが確か先週の土曜日だったはずだ。いつものカフェで、私はいつものカプチーノを啜り、メリーはいつものショートケーキを頬張っていた。私も一口、と言うと、しょうがないわね、と「あーん」してくれたものだ。
「ねえ、蓮子」
「なあに?メリー」
「一緒にバイトを始めない?」
唐突にメリーはそう切り出した。
「バイト?なんで急に?」
「だって蓮子、最近暇でしょ?日常に刺激が足りてないと思わない?」
そう言われてみれば、確かにそうだ。
「とは言ってもねえ」と一旦「暇な時間は浪費することに意味があるのよ?時間を有意義に使うことがどれだけのエネルギーを消費することか。まあメリーは普段から間食ばっかりしてるから、少しはエネルギーとして消費するべきだと思うけど」
私は置いてあったフォークでメリーのショートケーキの欠片を刺し、口に運んだ。口の中にクリームの甘さとストロベリーの酸味が広がる。おいしい。これは大変なエネルギーだ。
「あら、いいのかしら?そんなこと言って」
メリーが意味ありげに微笑んだ。もしかして、と思った。ごくりとケーキを飲み込んだ。私はメリーと長い付き合いだ。彼女が言わんとすることはなんとなく察知できた。
「メリー?もしかして、『見えた』の?」
返事をする前にメリーは、私の手元からカップを奪い、中身を飲み干した。
秘封倶楽部。
部員は私とメリーの二人だけ。活動内容は、不思議を探すこと。これでも今までに数々の不思議を発見してきた、所謂その道のエリートと言っても過言ではない。
活動を通じてメリーには特殊な能力があることが判明した。サイコキネシスとかパイロキネシスとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。それは刺激的で、私たちにとってメリーが偶々その能力を持っていたことは僥倖としか言えなかった。
メリー曰く、その能力とは「世界の裏側を隙間から覗くことが出来る程度」のものらしい。
私自身がその隙間を見たことがあるわけではないが、なんというか、「見える」らしい。なんでもない唯の日常風景に、突然それは現れているのだという。そしてそこからは見慣れた都会の風景とは似ても似つかないような、のどかな田園だったり農村だったり、とにかく「裏側」が見えるのだ。
私たちはその「裏側」を「幻想郷」と名付けた。
メリーは続ける。
「そうよ。ただただバイトをするのは蓮子だって面白くないでしょう?あそこには何かがある。それが例え『幻想郷』に関する手がかりになり得ないものであろうと。それは保証するわ」
メリーがこういう風に物事を断言するのは、珍しかった。珍しいからこそ、その言葉には信憑性が持てる。貴重なもの程、価値がある。
「どう?秘密を探る秘封倶楽部の一員としては、気になるでしょう?」
しばらく考える振りをする。が、もう既に私の心は決まっていた。
「分かったわ。その話、乗った。最近はほんとに暇してるからね」
ありがとう、蓮子ならそう言ってくれると思ってたわ。とメリーは、さも有難そうに私の手を握った。私が断らないことぐらい、分かってるくせに。
「それで、そのバイトはどういうバイトなの?接客?コンビニのレジ打ち?もしかして、どこかの学校の試験監督とか?」
「全部違うわ」
「じゃあ、なんなの?」
メリーは自らの足元に置いてあった鞄の中からファイルを取り出した。
「これを見て」
ファイルの中には新聞記事のスクラップやネットのページをコピーしたものが殆どだった。私はそれらを手に取り、読み始める。カプチーノを飲もうとカップに手を伸ばしかけるが、そういえばさっきメリーに全部飲まれたのを忘れていた。
「えーとなになに……。『ピザ屋で子供が失踪』?」
記事の大まかな内容は、こうだった。
とあるピザ屋ではマスコットとして四体の自動で動く人形が配置されていた。それらはわりかし人気で、その影響か店の経営も悪くはなかったのだが、ある日事件が起きてしまう。
店にいた二人の子供が突然、店の奥の部屋から何者かに連れ去られたというのだ。
監視カメラの映像から、翌朝に容疑者と思われる人物を確保したが、子供たちは発見されなかった。容疑者は店のマスコットに変装して子供たちを騙し、誘拐したとみられている。その後、五人の子供が行方不明になっていることも判明。警察は子供たちを探すとともに、事件の真相究明を急いでいる……。
別の記事の見出しにはこうもあった。『人形から異臭!?』
ピザ屋、これはさっきの記事と同じピザ屋だ、で動いていた自動人形から異臭がすると保健所に通報があった、そうだ。来店していた子供の親が、人形の目や口の部分に血液や体液が付着しているのを発見。保健所に通報した。保護者の一人はその人形を「まるで蘇った死体のようだ」と語った……。
「へえ。こんなことがあったんだ。で、これがどうしたの?だいぶ古い記事みたいだけど」
「そのピザ屋、ひとまず閉店したのよ」メリーは優雅に自分の紅茶を啜る。
「そりゃあ無理もないでしょ。こんなことがあればね。倫理的に見ても衛生面から見てもだいぶ痛手だっただろうし……?」
一旦、言葉を切る。何か頭の中で引っかかるワードがあった。
「メリー?いまさっきなんて言った?」
「一緒にバイトしましょう」
「違う。それだいぶ前のだよね。さっきよ。いまさっき」
「そのピザ屋、ひとまず閉店したのよ」
「そう、それ」
そのピザ屋、ひとまず閉店したのよ。ひとまず閉店したのよ。閉店したのよ。ひとまず。
「え、もしかして……」
メリーの本意がようやく理解できそうだった。ケーキをもぐもぐしているメリーに、それを飲み込むタイミングを見計らって、確認するように問いかける。
「そのピザ屋、今はもう営業を再開してるってこと?」
「ぴんぽーん♪」
「そして、私たちは一緒にバイトを始める」
「そうそう」
「つまり……どういうこと?」
答えは大体分かっているけれど、この話を持ち掛けてきたのはメリーだ。そちらから種を明かすのが筋ってものだろう。
「つまりね」
メリーはクリームのついた自らの唇をひと舐めした。
「一緒に、そのピザ屋さんで、夜間警備のバイトをしましょう、ってことよ」
そうだよな。やっぱりそうなるよな……。
………………ん?夜間警備?
「ねえ、蓮子」
「なあに?メリー」
「一緒にバイトを始めない?」
唐突にメリーはそう切り出した。
「バイト?なんで急に?」
「だって蓮子、最近暇でしょ?日常に刺激が足りてないと思わない?」
そう言われてみれば、確かにそうだ。
「とは言ってもねえ」と一旦「暇な時間は浪費することに意味があるのよ?時間を有意義に使うことがどれだけのエネルギーを消費することか。まあメリーは普段から間食ばっかりしてるから、少しはエネルギーとして消費するべきだと思うけど」
私は置いてあったフォークでメリーのショートケーキの欠片を刺し、口に運んだ。口の中にクリームの甘さとストロベリーの酸味が広がる。おいしい。これは大変なエネルギーだ。
「あら、いいのかしら?そんなこと言って」
メリーが意味ありげに微笑んだ。もしかして、と思った。ごくりとケーキを飲み込んだ。私はメリーと長い付き合いだ。彼女が言わんとすることはなんとなく察知できた。
「メリー?もしかして、『見えた』の?」
返事をする前にメリーは、私の手元からカップを奪い、中身を飲み干した。
秘封倶楽部。
部員は私とメリーの二人だけ。活動内容は、不思議を探すこと。これでも今までに数々の不思議を発見してきた、所謂その道のエリートと言っても過言ではない。
活動を通じてメリーには特殊な能力があることが判明した。サイコキネシスとかパイロキネシスとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。それは刺激的で、私たちにとってメリーが偶々その能力を持っていたことは僥倖としか言えなかった。
メリー曰く、その能力とは「世界の裏側を隙間から覗くことが出来る程度」のものらしい。
私自身がその隙間を見たことがあるわけではないが、なんというか、「見える」らしい。なんでもない唯の日常風景に、突然それは現れているのだという。そしてそこからは見慣れた都会の風景とは似ても似つかないような、のどかな田園だったり農村だったり、とにかく「裏側」が見えるのだ。
私たちはその「裏側」を「幻想郷」と名付けた。
メリーは続ける。
「そうよ。ただただバイトをするのは蓮子だって面白くないでしょう?あそこには何かがある。それが例え『幻想郷』に関する手がかりになり得ないものであろうと。それは保証するわ」
メリーがこういう風に物事を断言するのは、珍しかった。珍しいからこそ、その言葉には信憑性が持てる。貴重なもの程、価値がある。
「どう?秘密を探る秘封倶楽部の一員としては、気になるでしょう?」
しばらく考える振りをする。が、もう既に私の心は決まっていた。
「分かったわ。その話、乗った。最近はほんとに暇してるからね」
ありがとう、蓮子ならそう言ってくれると思ってたわ。とメリーは、さも有難そうに私の手を握った。私が断らないことぐらい、分かってるくせに。
「それで、そのバイトはどういうバイトなの?接客?コンビニのレジ打ち?もしかして、どこかの学校の試験監督とか?」
「全部違うわ」
「じゃあ、なんなの?」
メリーは自らの足元に置いてあった鞄の中からファイルを取り出した。
「これを見て」
ファイルの中には新聞記事のスクラップやネットのページをコピーしたものが殆どだった。私はそれらを手に取り、読み始める。カプチーノを飲もうとカップに手を伸ばしかけるが、そういえばさっきメリーに全部飲まれたのを忘れていた。
「えーとなになに……。『ピザ屋で子供が失踪』?」
記事の大まかな内容は、こうだった。
とあるピザ屋ではマスコットとして四体の自動で動く人形が配置されていた。それらはわりかし人気で、その影響か店の経営も悪くはなかったのだが、ある日事件が起きてしまう。
店にいた二人の子供が突然、店の奥の部屋から何者かに連れ去られたというのだ。
監視カメラの映像から、翌朝に容疑者と思われる人物を確保したが、子供たちは発見されなかった。容疑者は店のマスコットに変装して子供たちを騙し、誘拐したとみられている。その後、五人の子供が行方不明になっていることも判明。警察は子供たちを探すとともに、事件の真相究明を急いでいる……。
別の記事の見出しにはこうもあった。『人形から異臭!?』
ピザ屋、これはさっきの記事と同じピザ屋だ、で動いていた自動人形から異臭がすると保健所に通報があった、そうだ。来店していた子供の親が、人形の目や口の部分に血液や体液が付着しているのを発見。保健所に通報した。保護者の一人はその人形を「まるで蘇った死体のようだ」と語った……。
「へえ。こんなことがあったんだ。で、これがどうしたの?だいぶ古い記事みたいだけど」
「そのピザ屋、ひとまず閉店したのよ」メリーは優雅に自分の紅茶を啜る。
「そりゃあ無理もないでしょ。こんなことがあればね。倫理的に見ても衛生面から見てもだいぶ痛手だっただろうし……?」
一旦、言葉を切る。何か頭の中で引っかかるワードがあった。
「メリー?いまさっきなんて言った?」
「一緒にバイトしましょう」
「違う。それだいぶ前のだよね。さっきよ。いまさっき」
「そのピザ屋、ひとまず閉店したのよ」
「そう、それ」
そのピザ屋、ひとまず閉店したのよ。ひとまず閉店したのよ。閉店したのよ。ひとまず。
「え、もしかして……」
メリーの本意がようやく理解できそうだった。ケーキをもぐもぐしているメリーに、それを飲み込むタイミングを見計らって、確認するように問いかける。
「そのピザ屋、今はもう営業を再開してるってこと?」
「ぴんぽーん♪」
「そして、私たちは一緒にバイトを始める」
「そうそう」
「つまり……どういうこと?」
答えは大体分かっているけれど、この話を持ち掛けてきたのはメリーだ。そちらから種を明かすのが筋ってものだろう。
「つまりね」
メリーはクリームのついた自らの唇をひと舐めした。
「一緒に、そのピザ屋さんで、夜間警備のバイトをしましょう、ってことよ」
そうだよな。やっぱりそうなるよな……。
………………ん?夜間警備?
いい雰囲気だったので次にも期待