はじめクラウンピースは、自分が誰かを悦ばせたり笑わせたりすることが好きなのだと思っていたが、少し違うことに、だんだんと気づいていった。
地獄の暮らしは確かに苦痛だったが、それがもう当り前になっていた。予定調和の苦痛、苛立ち、絶望だ。だから彼女が妖精仲間と語らって針の山でひと騒動起こしたのも、なにか革命を起こしてやろうとか、そんな深い意味があってのことではない。獄卒の鬼神長やその部下の鬼から気まぐれに焙られたり、仲間の妖精ともども棘つきの金棒でもみくちゃにすり潰されたりすることはこれまでにあり、ひどく不愉快ではあったが、そういうものだと諦めていた。人間は明日の苦痛を思い、今日の苦痛を増すという器用な芸当をやる。しかし妖精にそれはない。次、いつまた地獄の熱風に焼かれ、体が四散するだろうかなどとは考えない。
窯から立ち上る蒸気の熱から生まれ、罪人が上げる苦悶の響きから生まれ、針の山の切っ先が放つ白銀のきらめきから生まれる彼女たちは、陰惨で退屈で変化に乏しい、地獄の自然になくてはならない存在だった。
「あたいたちを舐めたらどうなるか、思い知らせてやるぞ!」
仲間たちは支離滅裂、盲滅法に弾幕を放ち、飛びまわる。そのでたらめな動きは、でたらめなまま、クラウンピースによってほぼ完璧に統制されていた。彼女の手に灯る松明が、右へ揺れ、左へ揺れるたびに、妖精たちはその方向へ激しく流れ、撃ちまくる。地獄に堕ちた幽霊を虐めることが仕事である鬼神長とその部下の鬼たちは、日頃は気分転換に叩き潰していたはずの妖精に、まったく太刀打ちできない。
騒ぎはすぐに上の方に知らされた。
――上の方にもほどがある。
大胆に鎖骨まで見せた薄い上着に、膝上までしかない三色のスカート。肩まで伸びた青い髪。首から伸びた鎖の先には、三つの球体が浮かんでいる。知識ではなく、直感で彼女は悟った。
地球と、月と、異界の地獄を統べる女神。
それを初めて目の前にしたとき、クラウンピースは、這いつくばることしか頭になかった。恐怖とは少し違う。怒りでもない。むしろ悦びに近い。服従の悦楽だ。
「あら、突然変異。また物凄い魔力を持った妖精が出てきたものね。よっぽど罪深い罪人たちの業で、こねくり回されたのかしらん」
ヘカーティア・ラピスラズリは、緊張感にかけた声で、しげしげとクラウンピースを眺める。今は好奇心がまさっているが、どんな些細なことで殺意に変わるかわからない。そもそも、一匹の妖精や一匹の人間、幽霊を消すことなど、この地獄の支配者にとってはなんでもないことなのだ。息をするよりももっと何気なく実行に移せるだろう。
だが、なぜその支配者が目の前に現れたのだろうか。
「姿形も、とっても綺麗。妖精の無邪気さと、人間の脆さの両方を持っているんだもの……やっぱり、死者たちの因縁の塊ね。素敵。あなた、名前はあるの」
クラウンピースは、その長い金髪を流麗になびかせ、激しい勢いで土下座した。
「クラウンピースです。ご主人さま。なんでも私にお言いつけください」
「あらあら、よくわかっているわね。強い者にはきちんと靡く。理解力も速そうで、私の好みだわ。私はヘカーティア。この地獄のあるじ。知っているわね」
「はい、よく存じておりまぁす。地獄で逆らうやつは皆殺しするヘカーティアさまですね」
「どうせ死んでいるやつばっかりだから、殺すよりももっと激しいことをするけど。あなた、みんなと遊ぶのはやめて、私のところに来なさい」
そのとき初めて彼女は、自分が、その他の妖精と違っていることに気づいた。ヘカーティアがそう口にしたことによって、彼女の運命は動き出した。なにも考えず自然のままにたゆたっていた妖精に、欲望を伴う自我が目覚めた。
ご主人さまのために、なにかをしたいという、欲望だ。
朝から晩までヘカーティアの傍らに侍る。クラウンピースの仕事はそれだけだった。身の回りの世話係、ということになっているらしいが、ヘカーティアはその軽薄な性格や服装に似合わず、自分のことはだいたい自分でやる。ひとにやらせるとかえって面倒に感じるらしい。やることといったら退屈しのぎとしか思えない雑談や、主人の足の親指その他の部分を舐めされられるなどの奉仕ぐらいで、いったいなんのために自分がヘカーティアの住まいに呼ばれたのか、クラウンピースはいまいちよく理解できないでいた。
「ねえクラウンピース、あなたどうしてそんな長ったらしい名前なの? 妖精なら、もっと短くて、頭の悪そうな名前をつけそうなものだけど」
ヘカーティアは、白ソファにしどけなく横になっていた。
妖精が一様に能天気で、人間や妖怪たちのような七面倒臭いシステムを嫌うのは、地上だろうと地底だろうと異界だろうと、どこでも同じだ。大自然という根源的なシステムから生まれた彼らは、付け焼刃で作られたしきたりなど、見向きもしない。だから必ずしも名前があるわけではなかった。名前なんて気にしない妖精もいる。笑って、泣いて、蝉のように飛び立ってそのまま跡形もなく消えていく、そういう妖精も多い。
「私の、ですか。どうでしたっけ……黒いワンピースを着ているからでしょうか」
人間や妖怪が、カミサマを見て自分たちにも名前が欲しいと思ったように、妖精も、カミサマたちに憧れて、自称したり、他称してもらったりしていた。
「地獄の妖精の服装なんてだいたいみんな一緒でしょうに。黒っぽいワンピースに、ちょっと暗めの花とか、マグマの宝石をアクセントにつけちゃったりして。ねえ、名前のことなのよぉ、心当たりない? 誰か他の妖精につけてもらったとか。そういうこと、よくあるわよね。太陽だとか月だとか星だとか、ずいぶんと分不相応な名前をつけるのよん。ま、合ってはいるんだけど」
「うぅーん、ごめんなさい、あたい思い出せない」
ヘカーティアは頭に載せていた球体を手に取り、クラウンピースに投げつけた。顔面にめり込み、眼球が飛び出し、皮膚が裂け肉と血管が露出する。球体は回転を続け、クラウンピースの端整な顔を削り取っていく。
「あばばばば」
血飛沫が、火花のように高速で飛ぶ。球体の回転速度は増していき、やがて球体の周辺に真空が生じ、巻き込まれた妖精の体は散り散りになった。
「ちゃんと敬語を使うこと」
ヘカーティアはそう注意を与え、首から球体へつながった鎖を引っ張り、役目を終えた球体を手のひらに乗せ、頭に戻す。何百、何千の粒になった肉や骨のかけらが、ぴくぴくと動き、集まって行き、やがてもとのクラウンピースの肉体に戻った。両膝をぺたんと床につき、両腕を力なく垂らし、疲労困憊した様子でうなだれている。
「はぁい……申し訳ございませんでした、ご主人さま」
身に着けていたワンピースは、修復が少し遅れていて、クラウンピースの、幼い顔立ちに似合わぬ、長くすらりと伸びた手足が剥き出しになっていた。ヘカーティアは、それをじっくりと眺める。
「あの……なにか」
「ああ、駄目ね、罰を与えたくなっちゃう。駄目駄目、罰には理由がないと、いけないのに」
ひとりでぶつぶつと呟きながら、悔しげに首を横に振る。クラウンピースは、女神さまの意図を探ろうと、座ったまま膝でいざり寄る。
「あのぉ、私になにかできることでしたら、なんでもしますよ。今みたいに、また球をぶつけていただいてもいいですよ」
「あなたが望むと望まないとに関わらず、そんなことは千でも万でも繰り返せる。けど、そうじゃないのよねぇ。柔順なだけの下僕はつまらない。妖精にはわからないかしら」
ヘカーティアは近づいてきた下僕の、その尻まで届く金色の髪の毛を指で梳く。
「なんて綺麗な髪……造化の奇跡ね。これだけは、私の力じゃどうしようもない」
「ご主人さまにもできないことがあるのですか? 全能のカミサマではないのですか」
「全能よん。この地獄ではね。けれど、美しさと言うのは、役に立たないの。そういうのは、能とは言わない。言わない方がいい」
さらにヘカーティアは右手を差し出し、クラウンピースの左手首を取り、引き寄せる。己の、スカートから伸びた、白い太ももへ、その手のひらを這わせる。
「あ……」
「どうしたの」
「あ、いや、あた、私、こんなに近づいて無礼じゃないでしょうか」
「そんなことないわ。なにか感じる」
「やわ、くて……なんか、あったかいです」
「そう、なのよね」
ヘカーティアはため息をついた。クラウンピースの手のひらを離して、解放してやる。
「あなたにはまだ、熱が足りない。造形だけの美しさじゃ、決め手に欠けるのよね。困ったわ、どうしてかしら」
戸惑うクラウンピースの表情はなかなか良かったが、肝心の、火が灯るような温かみがそこにはない。妖精は神秘だ、とつくづくヘカーティアは思う。三界の地獄において、ヘカーティアの権勢が届かぬところはない。だが、こうして細部に目を向けてみると、無限の深さと広さがある。女神ですら、全知ではないのだ。
「あの、ご、ごめんなさいご主人さま」
「いいのよぉん、あなたがそんな哀れっぽい顔しちゃ駄目よ。そうねぇ、内から駄目なら、外からしてみようかしら。私がこれからあなたを……うふん、史上最凶の妖精にしてあげる。時間をたっぷりみっちりかけて。最高の作品が出来上がるわよ、愉しみね」
「はい、愉しみです!」
クラウンピースの輝く笑顔を、ヘカーティアは心底愛しいと思う。それはどんな残酷さへも転化しうるものだから。
*****
最近、地獄にもひとが増えてきて、なかなか業務が回らず、輪廻転生が追いついていない、という話を聞くが、どこまでほんとうかは小野塚小町の知るところではない。死神である彼女の仕事はあくまで三途の河の渡し守であり、魂を彼岸へ送り、そこでの裁判が決した後、彼らがどうなるかまでは関知しない。だから、実際に地獄の奥深く潜る機会はほとんどない。
「地獄が財政難なんて……嘘だろ」
見渡す限り重厚な円柱の続く白亜の回廊に佇み、小町は思わずひとりごちた。円柱は大人数人が両腕をつないでようやく囲えるほどだ。柱には、微細に彫刻されたなにかの物語と、その物語を要所で彩るラピスラズリの宝玉が埋め込まれていた。小町に馴染みある和風の文化からは程遠い建築だ。前後左右、どこまでも同じような風景が続いているが、柱に刻まれた彫刻はすべて違っている。無限ではないが、小町の能力を使わなければ、いつまでたってもこの回廊に行きつくことはできなかっただろう。
小町は居心地が悪い。別に、死神がここに来てはいけないわけではない。ただ、今は勤務中なので、そこを突かれると痛い。今回ばかりは、上司の裁量でサボっているのだから、そこもバレたくはない。捕まって拷問される前にさっさと逃げ出すべし。
「こんだけ広く間取りを取れるなら、舟を新しいのに変えてくれたっていいのに……まあ、このぐらい広くしないと、すぐに片付かなくなって、収拾がつかなくなるのかもね」
意味のないぼやきを口にしながらも、小町の鼻は、敏感にある臭いを嗅ぎ取っていた。濃厚なナマモノが垂れ流す命の臭い、そして、鼻だけでなく彼女の肌そのものに食い込んでくるような、爆発的な喜悦の臭いだ。
「きゃはははははははっっっ! 気ィン持ちいいいィィィィィッッヒイイイイ!」
柱と柱の間から赤い壁が現れたかと思うと、小町の前を左から右へ横切っていった。血と臓物の洪水だ。宮殿の天井から床まで満遍なく、壁のように覆い尽くすほどの圧倒的な量だ。四秒で通り過ぎたあと、豪奢な柱には、大量のねじくれた腸や、骨に絡んだ挽肉などがこびりつき、鮮やかな赤い液体が滴っていた。
「な……んだ、今のは」
「あーっもう、惜しいなァ、というかおかしいわ。なんであんた、まだそこにいるの」
血肉の洪水が通り過ぎた右側から声が聞こえてきた。柱の根元から、金色の長い髪の毛をなびかせた少女が、ひょっこりと顔を出す。囚人服みたいな、赤と白の横ストライプの上下を着ている。顔つきの幼さのわりには、体は均整が取れていた。豊満や、だらしなさとは程遠い、優美な、それでいて肉感的な体のラインだった。特に脇腹から腰にかけては、ほっそりとした、見る者の目を奪うような曲線を成している。
「あたいは、あんたもさっきのタマの中で一緒にしてしまおうと思っていたのに」
そう、さっきの赤い壁は、はじめから小町の前を通過したのではない。小町が距離を操り、瞬時に自分の体を後方へ移動させたのだ。だから助かった。相手は、そのことに気づいている。
「お前、ただものじゃないわねっ。地獄の深奥まで来てそんなふてぶてしい顔をしている死者なんていないものね。人間でも妖怪でもないし……何者?」
「死神さ。あんたと同じ、地獄の同業者だよ」
小町は、相手の不審げな眼差しを気持ちよく受け止め、さらに精神的に圧力を高めようと、不敵な表情を浮かべてみせた。意に反し、返ってきたのは、けたましく、はしたない笑い声だった。
「ぷひゃひゃひゃひゃっ、一緒にしないで欲しいなぁ。うくけっけけけけけけ、シニ『ガミ』だなんてえっらそーな名前よね。ただの地獄の民、ていうかただのボート漕ぎじゃん、あんたらなんて」
「ボッ……このガキ、口の効き方を教わっていないみたいだね」
「教わってますよーだ。この世界で一番偉い女神さまから直々にね」
「なるほど、道理で」
強いわけだ、という言葉は呑み込んだ。認めるのは癪だった。力の規模はともかく、品格といい知能といい、小町がまともに話し相手になってやるレベルではなさそうだからだ。
「まあ、その方が好都合か。私は、あんたの女神さま、ヘカーティアさまに用があるんだ。案内してくれないかね」
「なんか用なの」
「こっちで結審のついた魂を、勝手に地獄深奥に引き込んで罰を加えるのは、重大な地獄の規定違反だろうってウチの……ってあんたに言ってもわかんないか」
「そんなことないよ、わかるよ。あたいがあんたたちの獲物を横取りしたから、怒って取り返しに来たってことね」
「いや、違う。全然違う。ここのルールの話さね。地獄を統べる女神さまがルール違反しちゃいけないと、私なんか思わないでもないね」
「へー、ふーん、ご主人さまの悪口を言うんだ」
「いやいや滅相もない」
「ご主人さまがこういうことやっていいって言ったんだもん。私はルール違反なんてしてないよ」
早朝の朝日のように白々と輝いていた天井も、壁も、たちまち粘ついたピンク色へと変ずる。小町の足元の床も同様で、ずぶりと音を立て、足首まで沈み込んだ。
金髪の少女が手を掲げ、手首をひねると、赤熱の槍が三本、頭上から降ってきて、床に突き立った。くぐもった悲鳴が床下から聞こえる。少女が指先をクイと上げる仕草とともに、光る槍が引き上げられていく。柱のように太い槍に胸を貫かれた、全身が赤くぶよぶよに膨れた人間たちが現われた。一本の槍に二、三人ずつ刺し貫かれている。人間とわかるのは、ただ頭と手足が胴体から生えているのが確認できるだけで、性別も年齢もわからない。口をもごもとと動かして、ゴポォとかゲボォとか言っているが、もう人間の言葉には聞こえない。
「はぁい罪人が六、七……八匹釣れました。きっと酷いことをしたからここに来たんだよね。拷問? 誘拐? 虚報に扇動、強奪監禁、それともやっぱり大虐殺? なにをしたのかなぁ。あんた知ってる? 死神さん」
「おい……自分で罪状も知らない魂を、勝手に遊ぶもんじゃないよ」
「うるさいなあ」
妖精少女は、肉の頭をつかみ、ねじり取った。ひねられて、よじれた形になった首から鮮血が吹き出し、少女に降りかかる。
「あぁあ、ベトベトだよぉ」
ねじり取った首を、今度は別の肉塊の股ぐらにねじ込む。ねじ込まれた方の肉塊は、なにか違和感を覚えたのか、泡と粘液を吐き散らしながらおめいた。
「あははっ、おもしろーい」
飛び散った鮮血は、つやめいた少女の長い髪の毛を斑に赤黒く染めていた。肉片も髪に絡みついている。ストライプの上下は、もう元の色がほとんど判別つかなくなっていた。そして、元々薄いのか、あるいは亡者の苦悶に満ちた血液に反応するのか、彼女の服はぶつぶつと小さな穴が空きはじめる。彼女が、他の槍に刺さった亡者たちを、さまざまな方法でいたぶり、大量の返り血を浴びているうち、やがて服は完全に溶けてしまった。素肌の上を、まるでそれが新たな衣服でもあるかのように、ねっとりと淀んだ血の層が、生き物のように這っていく。小町は、妖精じみた愚かな表情と、妖精らしからぬ造形美を併せ持つ女の姿から、目を離せなくなった。
「はぁぁっもうたまんない、どんどん持っておいで、みんなもこっち来ようよ! イッツ、ルナティックタァァァーーーーイム!」
顎を突き出し、口をあけて下唇に舌を乗せ、左右の黒目の焦点がずれていく。手に松明が現われ、どんよりした、粘つくような濃い光を放つ。腰を左右に揺らし、体全体がぐねぐねと動くことで、少女を見る小町の視界まで揺れていく。
柱列の間から、一団のパレードがやってきた。彼らの鉄のような筋肉とそれを包む最小限度の衣服を、小町はよく知っている。あれは、地獄で働く鬼たちだ。小町たち死神が閻魔の指揮を受けるのと同じように、彼らは鬼神長の下で、裁きの下された咎びとを責め苛む獄卒という、あまり愉しくなさそうな仕事を生業とする。旧地獄に残った無頼肌の鬼たちと違い、こちらは力は強くても法に柔順だ。
柔順のはずだった。小町は、眼前の光景に接し、目を疑う。
亡者数名を刺し貫いた長大な串を振りまわす鬼、天秤棒で輪切りの頭部を運ぶ鬼、ちり紙のように丸めこまれた罪びとたちの塊で球転がしに興じる鬼、ねじって紐のように細くなった死者をより集めて縄跳びしながら歩く鬼、やがて、亡者で組み立てられた複雑怪奇な構造物である巨大な御輿が現われる。鬼たちは掛け声を上げながら、御輿を揺らす。担がれているのは、でっぷりと腹を膨らませた大きな鬼だ。胸にかかったエプロンには、誰のものとも知れぬ髪の毛や腕が貼りついていた。
どいつもこいつも、唇をひきつらせんばかりに笑っている。
いや、あれは、素顔ではない。仮面だ。
そのことに気づくのに、小町は数秒の時間を要した。本来なら、一瞬で見分けがつくはずなのに、それだけ小町の判断力も奪われているということだ。
丸い赤鼻に、ソーセージのように太い唇、左右の目のまわりには星をデフォルメした五角形と、殴られたあとのような赤い縁取り。おしろいで塗りたくったような、ひと肌としては不自然な白。
ピエロのお面だ。
「あんたら……どうしちまったんだ」
そいつらが、知り合いの獄卒かどうかは定かではない。それでも、是非曲直庁舎の廊下ですれ違えば挨拶ぐらいはする。それが今は、黙々と少女の言うがまま、不必要にしか見えない責めを亡者に与えている。
ピエロたちは一斉に小町を見た。そこには、なんらの意思も感じ取ることができなかった。茫漠とした空を向かい合った心地がして、小町は背筋に寒いものも感じる。彼らが小町を注視したのはわずか数秒で、すぐさま行進と責め苛みを再開しようとする。純然たる鼓笛隊も混じっているらしく、罪人の悲鳴と、肉や骨の損傷する音とともに、妙に場の雰囲気に合った、小太鼓やアコーディオン、トランペットの滑稽な調べが回廊に響き渡る。獄卒のひとりが小町を見つけ、パレードの列から離れて近づいてこようとするが、これはいつまでたっても近づくことができない。
近づかせてたまるものか。
「やっぱりあんた、おもしろい力を持っているわね」
素肌に血の衣をまとった妖精少女は、興味深そうな眼差しを小町に向ける。小町はその好奇心を鼻で笑い飛ばしてみせた。
「いいかい、あんた、亡者を弄びなさんな、そいつぁ罰当たりだ。そいつらにはもう、閻魔さまから裁きが下されているんだから。今、あんたが愉しいからってそんなことやる道理は、どこにもない」
我を忘れて叫ばず、押し殺した、抑制した声を出せたのは、意識して努力したためだった。ここで相手の狂気に乗せられていては、勝機を逸する。こんな小さな器に、これだけの強さが与えられていて、いずれ破綻しないはずがない。そのときまで、待つ。
「ん? なにか言ったかしら。閻魔? エンマって言った? 閻魔なんか、いっくらでもいる下働きじゃん。女神さまには誰も逆らえないのよ。だからあんたもあたいに逆らっちゃ駄目ー」
「んの……ッ」
「よしなさい、小町。その子は、自分でなにをやっているかわからないのです」
灰色の綿毛が集まったようなものが、小町の背後に生成される。その綿毛の中には、ぽっかりと黒い空間が顔を出している。そこから、見覚えのある制服の袖と、腕が伸びてきて、小町の肘のあたりをつかんだ。
「えっ、どうしてここへ。ここは私がなんとかしますから。ていうか危ないですよっ」
灰色の靄の向こうへ小町は呼びかける。
「危ないから、こうしてわざわざ迎えに来たんじゃありませんか。予定が狂いました。あれはまともにやりあっていい相手ではありません。亡者の件に関しては、仕方ないでしょう。とりあえず在庫としては現世からこちらへ移ったことになったのだから、必ずしもルールに反したわけではありませんし」
「あなたにしては、ずいぶん玉虫色の解釈をされますね。いくらなんでも、地獄の女神は恐ろしいと……」
怒られるかな、というよりむしろ、怒らせようとして、小町は雨雲の塊めいたものへ呼びかける。だが、小町の腕をつかむ手は冷静だった。
「恐ろしいですね。彼女がいなければ地獄は回りません。特に尊敬したいとも思いませんが」
「あら、あっさりお認めになっちゃって」
「それより、危ない状況にあるのはあなたなのだから、もっと自覚を持ちなさい。これでも、あなたに誤った命令を与えたかもしれないと私は気に病んでいたのだから」
「あ、ていうことは、私を助けるためにわざわざこんな危険を冒して……」
小町の腕をとっていた手が離れて、握り拳を作って、小町の頭をぽかりと打つ。
「なにを馬鹿なことを。置いていきますよ」
「ねぇーえー、まぁーだー? あたい、待っているんだよう」
二体の亡者の頭を手の中でこねくり回してミンチにしながら、今はもう金髪とはいえない、赤く濡れた少女が声をあげる。
「あんた、さっきあたいのタマをよけたとき、なんかしたでしょう。それ使っていいから、ね、ね、しようよ」
「あー悪いね、上司からの呼び出しがかかっちゃったんで。これでおひらき。じゃあね、二度と会うこともないだろうけど」
「え、逃げるの? いや、それはないでしょ」
途端に声の調子が低くなる。今まで透明だったが、血に濡れたせいでその存在が明らかになった背中の薄い翅を震わせ、突進してきた。
「小町、早く入りなさい」
腕に引き寄せられる。小町が黒い空間へ飛び込むと同時に、そこから一本の卒塔婆が射出された。前のめりで突っ込んできた妖精の顔面にめり込み、そのまま吹っ飛ばし、柱に縫い止めた。灰色の靄は腕と小町を中へ呑み込むと、煙のように消えていった。
「……あぷぁ」
卒塔婆は妖精少女の鼻から右目にかけて貫通し、柱に突き刺さっていた。右目の辺りを切り口に、頭がぱっくりと切れ、断面を露出させている。
体全体が、熱く、だるい。さっきまで少女を襲っていた狂騒は去り、あとには重苦しい痛みだけが体の節々に残っている。
「クラウンピース、嬉しいわ、ここまで私を怒らせてくれて」
「ヘ……カァ……」
ピンク色に変色した柱の回廊が、再び、元の白亜色に戻っていく。ヘカーティアが、三つの球体とともに自らも浮いて、少女の目の前にやってきた。
「あなたは私のおもちゃを勝手に持ち出した。もちろん、扇動に乗せられたあの間抜けな獄卒たちにも存分に罰を与えるわ。かわいそうに、あなたのせいなのにね。でもいいの、私は嬉しい。駄目なことなのよ、あの亡者たちは私が管理しているんだから。これであなたに罰を与えることができるわ」
切り開かれた断面から少女の頭に手を突っ込み、脳をかきまわし、さらに中から指で眼球を押し出して、手のひらで受け取ると、それを思い切り噛みちぎった。
*****
十年経ったか、百年経ったか、クラウンピースにはもう数えられなくなっていた。たび重なる責めはマンネリ化し、苦痛は遠のき、ただ、ただ、暇で、愉しいことなどひとつもなく、この監禁がいつ終わるのかもわからず、そのせいで時折、涙を流すことがある。
「それは、化粧ではなさそうね」
誰かの人差し指が、自分の頬をなぞる。それは、内側に針がびっしりと生え揃った棺桶でもなければ、焼けた鉄の棒でも、電極でもない、女の指だ。
「あれから私、考えたの。五十九年ぐらい考えたわ。そしてわかったの、あなたが生まれたあの辺りの地獄は、よく皇帝の従者が吸い寄せられるところだった。要するに、腰巾着ね。大概は、皇帝やらキングやら法王やら書記長やら大統領やら少佐やら、そういうもろもろの主人に侍って、罪と権益をガブ飲みして、結局地獄に落とされた、なんの取り柄もない無能者ばかり。できることと言ったら、主人の権威を自分のものであるように他人に勘違いさせ、他人がやることなすことすべてにもっともらしい批評を下し、その上で自分の手は一ミリたりとも動かさぬまま、主人のご託宣を尻尾振って待ちわびる、そういう同じ空気を吸うだけで苛々してくるようなタイプの罪人ね。いいえ、あなたがそうだと言っているわけではないの。そういう、虐殺者にも天下人にもなれない、ただ不快なだけの人間の中で、一種類だけ、そうじゃない人種がいた。従者という括りでは一緒。でも他は悉くが別物。それが、道化たち。あなたは、道化のかけらよ」
クラウンピースは、目をあける。よく獄卒によって縫い合わされることがあるので、ひらくかどうか不安だったが、きちんと持ちあがった。何度瞼を切られ、何度剥き出しの眼球にいろんな物を突っ込まれたか、数え切れない。心底うんざりしていた。思い出したくもないから、やられたことは片っ端から忘れている最中だ。
「権力者は自分を守るために、自分をコケにする人間をいつも傍に置いていた。気違いピエロになにを言われたって、面子は潰れないものね。そのことで正気を保っていた。けれど、時々忘れちゃうみたい。そうすると、もうなにも聞こえなくなって、何十万、何百万、時には何千万の道づれと一緒に、黄泉平坂を一直線に駆け下りていく。それをさせないのが、道化の役目。破局に至る手前のどこかで、主人の狂気を止めてしまうの。自身の狂気を使って、中和するというわけ。けどね、クラウンピース。あなたの狂気は強すぎるのん。だから、ますます私の心を乱してしまうわ。かわいい、かわいい、私の妖精」
ヘカーティアは、饒舌ではあったが酔ってはいないようだった。ただひたすらに、昂っていた。
「残念だわ、あなたを消してしまわないといけないなんて。でも、これ以上私が乱されるわけにはいかないのよ。わかってね、クラウンピース。たくさんの有象無象の魂と混ぜ合わせて、人畜無害な、ただの地獄の一妖精にしてあげる。そうしたら、こんな苦しい思いをすることはないわ。だって、苦しいと思ってしまうエゴがなくなるんだから。ほんとうは、妖精はそのくらい馬鹿な方がかわいいのよ。あなたは少し、逸脱し過ぎたわぁ……」
手のひらで、クラウンピースの頬に触れ、髪を梳き、肩から脇、横腹、そして腰から太ももへ続いていく、造化の妙を極めた肉体の丘を、舐めるように撫でていく。ヘカーティアの声は上ずり、明確な言葉ではなく、ただの、歌うような、喘ぐような、息遣いになる。
そのとき、部屋の片隅で、松明の炎が勢いよく上方へ噴き上がった。
「あはっ」
炎に照らされたクラウンピースの笑顔に、ヘカーティアは心が蕩けそうだった。
「あなた、なぁんにも考えていないのね」
胸の中心に右手を伸ばす。当然ながら、心臓を抉られても、人間でも動物でもないクラウンピースは死にはしない。しかし、人間たちが儀式で生贄のどの部分を捧げるか決めるとき、多くは頭部や心の臓となる。カミサマにとってもそれらは、強い意味を持つ。この地球におけるヘカーティアの好みは、心臓だった。そこを爆散させる。
「あらん」
そのヘカーティアの指が、クラウンピースの胸に触れる寸前で止まった。右手首を、誰かにつかまれていて、それ以上先へ進めない。すぐにヘカーティアは、自分自身が自分の右手首を握ったのだと気づいた。
「もう、出しゃばってきちゃってぇ」
左手で、自分の右手首を握った自分の右手の甲をはたく。
「しょうがないでしょお、見ていたら、なんだかたまらなくなっちゃったんだもの」
クラウンピースは、体全体にのしかかる重苦しい眠気と疲労と倦怠から抜け出せておらず、ぼんやりとした焦点の定まらぬ視界で、目の前の主人を捉えた。今、ヘカーティアの顔には目が四つあった。本来あるべき場所の、斜め下でぎょろついている。鼻も、口も、もうひとつずつある。右肘あたりから、もう一本右腕が生えており、それがクラウンピースを消滅させようとした右手首をつかんでいた。
「地球に置いておけないなら、こっちの方に回してよ」
顔の輪郭も、歪になる。別の頭が、今の頭から無理やり抜け出そうとしているようだ。クラウンピースは、自分の焦点が定まっていないのではなく、単純にもう一個、別の体がそこに重なっていることに気づいた。
「月の地獄は平和なものよ。余程の大物以外、そもそも新規で亡者が入ってこないんだから。地球は一番穢れているから、その子だってそんなになっちゃうのよ。私なら、道化としての才能を開花させてあげられるわん。ねぇ~え、こっちにちょうだいよぉ」
今やもう一つのヘカーティアの頭は八割がた分離に成功してしまっており、首の付け根からもう一つ頭が生えている形だ。
「んもう、仕方ないわね。大切にしてよ。もし壊すときは、私に返して。勝手に先走って愉しまないで」
「わかったわ、契約成立ぅ」
金髪のヘカーティアの上半身が、本体の腰のところから分かれて、クラウンピースに近づく。本体……正確には、地球における青髪のヘカーティアは、もうひとりの自分の体重を腰で支えなければならないためか、ちょっと体勢が不安定だ。
「よろしくね、クラウンピース」
顔立ちは一緒だった。住む場所が違うせいか、肌の色合いや、仕事の進め方は多少異なるが、大筋でまったく変わらない性格だと、クラウンピースは判断した。つまり、結局は恐ろしい相手なのだと。
*****
月の地獄では、てきぱきと配慮を振りまくことが求められ、やはり苦痛だった。これまでいた地獄……それは地球の地獄というらしいが、あそこに比べれば、確かに激しさは少ない。というより、ほとんどまったくない。妖精を虐める獄卒もいないし、死を拒否して暴れ回る亡者もいない。静かだった。ただ、淡々と死神や鬼神長が事務的に仕事をするのに目を配り、休憩時間になればお茶と桃を持っていく。グループによってさまざまな、それでいて似通った要望が提出されるので、それをメモに書きとって、あとで月のヘカーティアに渡す。ヘカーティアは一瞥してその九割を捨てる。翌日の給仕の時間、どのグループに対してもクラウンピースは同じような返事をする。はい、ご主人さまに渡しました。ご主人さまは要望書を読まれていました。いえ、具体的にどうするかは私は聞いていません。聞いてもわからないので。ただ、なんらかの措置は取られると思います。いえ、具体的にどうするかはわかりません。私はそういう職務にありませんので。口が腐りそうな問答を朝から晩まで繰り返し、まともな会話らしい会話を口にすることも耳にすることもない。敬語を使わなかったり、ヘカーティアの定めた問答集にない文章を口にしたりすると、クランピースの体内に埋め込まれた月の球体が爆発する。二度ほど喰らったが、極めて不愉快で、もう二度と味わいたくないと、妖精の頭にすら刻みこまれるような、それほど念入りなダメージをもたらされる爆発だけに、逆らえない。柔順になるしかない。クラウンピースをしかめ面や呆れ顔や訳知り顔で囲んでいる連中は、みんなしていかにも大事なことをやってそうな素振りを見せているが、その実、なにも意味のあることはやっていない。
そうして無為の苦痛に骨まで浸からされてクタクタになったクラウンピースの部屋に、ヘカーティアは定期的にやってきては、すべての行ないを解禁させた。彼女の部屋の中だけで。一歩でもそのテンションで外に出ると、爆発の制裁を受けた。これは、さすがに一回で懲りた。
ガス抜きの解放のようでいて、これもまた抑圧の一種であることを、ヘカーティアは充分に理解しており、クラウンピースはそうと知りつつ、限られた時間と空間の中で精いっぱい奔放に振舞うしかなかった。どれほど祭の快楽に身を委ねたように思っても、翌朝扉をあければ完全に規律に縛られた現実が待っている。それを思い知らされ、そうして追い詰められていく自分を見ることが、ヘカーティアの無上の愉しみらしかった。
はじめクラウンピースは、自分が誰かを狂わせるほど悦ばせたり笑わせたりすることが好きなのだと思っていたが、それとはだいぶ、いやまったく違うことに、気づいていた。ひとが悦んでいたって、それだけじゃ意味がない。
意味のあることってなんだ?
愉しいか、どうかだろう。
それを誰が決める?
ヘカーティアにとって、今のクラウンピースが道化として役に立つ者であろうと、それは関係ない。
「決めるのは、あたいだ」
自問に蹴りをつけ、クラウンピースはひとりきりの部屋で、鏡に向かって笑みを浮かべる。
今でも時々涙が出る。
こんなのは道化ではない。ほんとうの道化というものを、見せてやる。
*****
月の都で、家出が流行るようになった。綿月依姫が重い腰を上げたのは、一か月の間で家出の報告が十五件を数えたのと、その十五件目が防衛隊のメンバー、すなわち依姫子飼いの兎のひとりだったからだ。
「あらお帰りなさい、依姫。最近、帰りが遅くて大変ね」
綿月の館に帰りついた依姫を、姉の豊姫が迎える。ペットのレイセンが、桃のジュースを持って小走りにやってくる。依姫は三分の二ほど一気に飲んで、いったんコップをレイセンに戻した。
「基本的に私がやることは防衛であって、警察じゃないんだけれど。ここまで込み入ってきたら、私が出張らざるを得ないものね」
「大変ねえ」
「でもそれも今日まで。ひとまず解決よ。迷宮入りっていう解決」
「あらまあ、嫌ね」
「だって仕方ないでしょう。事が地獄に関わっているんですもの。上の方に届けて、あとはもう私が知ったことじゃない。知ったところでどうしようもないし」
「家出の真相は、地獄からの呼び出しってこと? 私たち月の民にそんなことやったって、ほとんど意味ないでしょうに。生まれたり死んだりして穢れが発生するのは、ほんのごく稀の出来事なのに」
「そのはずです。月の地獄はスカスカ。そう思っていた時期が、私にもありました」
「茶化さないで。じゃあ、家出した兎たちはみんな自殺か他殺かして、地獄に行っちゃったの。まさかね。そんな大量の穢れが発生していたら、今頃星全体をひっくり返すような騒ぎになっているはずよ」
「そうです、死んだわけではないのです。発見はされました。ただし、こちらの言うことはわからないし、向こうの言っていることもよくわかりません。その目を見ていると、少し怖くなってきます」
「まあ、無敵のよっちゃんともあろうものが」
「突っ込みませんからね。保護した彼らの様子と、家出前の彼らの言動についての証言から判断するに……どうやら、狂っていたようです」
「あら、月的な意味じゃなく」
「ええ、どちらかというと穢れ的な意味で。彼らは家出する前、どこか上の空で、妖精さんが空を飛んでいる、などと頬を赤らめており」
「夢を見るような、というより」
「というより、むしろ」
「欲情をほのめかすような」
「そう、そのような言動を……って、姉さんまさか」
依姫は腰の刀の柄に手をかけた。豊姫は、慌てふためくレイセンのコップを手に取り、依姫の飲みかけの桃汁を飲み干し、レイセンに返す。
「だぁいじょうぶよ、私は。狂気に犯されなくたって、今が充分愉しいもの。けど、この館にまでそいつが仕掛けてきたっていうのは、なかなか厄介なものね」
「ええ、やはり上の出番かもしれません」
レイセンに手を差し出すと、レイセンは悲しげに首を横に振った。依姫は追加の汁を要求した。
*****
「あらん、どういうつもりかしら」
ヘカーティアが部屋に入ると、いつもは這いつくばって迎えてくれるはずのクラウンピースが、黒革張りの椅子に深々と腰をうずめて、足を組んでいた。いつもはそこにヘカーティアが座って、クラウンピースに右足の親指を舐めさせたり、様々なことをさせたりしている。
「クラウンピース?」
ヘカーティアは、椅子に座る金髪の少女に呼びかける。赤と白のストライプではなく、青の生地に、白い星型の模様が一面に散りばめられているワンピースだ。ミニスカの裾のすぐ下から続くニーソックスも、同じ星柄の青。ヘカーティアが一応相手を確認したのは、服装が違っていたためだけではない。顔に、仮面がつけられていたからだ。丸い赤鼻に、色とりどりの化粧が施された、ほほえみの仮面。さらに、だらしない獣の尾のように、四つ股に分かれた房つきの帽子をかぶっている。
「あなたそのお面、好きねぇ。やっぱり、生まれと関係があるのかしら」
ちゃりっ、とヘカーティアの首から伸びた三本の鎖が音を立て、三つの球体がそれぞれ回転を始める。不穏な風切りの音が、室内を席捲していく。椅子に座るクラウンピースは微動だにしない。ヘカーティアの背後に、ぼうっと、ピエロの面が浮かび上がった。振り向きざま、月と地球の球を叩きつける。うなりをあげて真空が発生し、血飛沫とともにピエロを粉砕した。そして、すぐに違和感に気づく。
「死者じゃない……どういうことなのん。教えてちょうだいな、クラウンピース」
血溜まりに浮かぶ、兎の耳のかけらを踏みながら、再び椅子に向き直る。やはり妖精少女はそこにいる。なにも答えない。なにも動かない。その代わり、椅子の後ろ、薄暗い闇の中から、続けざまに三つ、四つ、と道化師の仮面が現われる。初めからそこにいたのか、突然湧いて出たのか、ヘカーティアにすら判断がつかなかった。長い耳を頭から生やした、体格からすると少女と思しき者たちが、表情を隠したまま、ゆら、ゆら、とヘカーティアに近づいてくる。
「さて、どうしたものかしらん。死者じゃない……けど、生きてもいないわ。ひょっとしてあなた、この子たちを狂気漬けにしたのかしら。生きながら、理性も知性も崩壊してしまった人形にして、ただでさえ生死から離れた月の民の、生きる意味を完全に奪ってしまった。それほどの狂気を与えてあげたのだとしたら……この子たちにはたまらなかったでしょうねぇ」
再び、鎖が伸び、球体が縦横無尽に駆け巡る。胸に風穴をあけて、兎のピエロたちが倒れていく。ヘカーティアは仮面の下の少女たちがどんな顔をして、生身のまま地獄まで連れてこられたのか興味があった。だが、まずは目の前の下僕に対して制裁を加えなければならない。
「駄目ねぇ、クラウンピース。私の恩を忘れたのかしら」
右手を伸ばす。すると、その右手首を、肘から出たもう一本の腕がつかんだ。
「あらん」
「この前と立場が逆になったわね。壊すなら、私にさせるって契約だったはずよ」
顔のパーツが二重になり、やがて首の付け根のところで頭部が分離する。青髪の、地球のヘカーティアだ。
「そんな約束したかしらねぇ、私、忘れっぽいから」
肘から伸びた腕を、反対の左手でつかみ返す。月のヘカーティアの左腕の筋肉がふた回り以上盛り上がる。地球の自分の腕を、自分の肘から根元から引きちぎらんとするばかりの強い力だ。強力な魔力の葛藤が、ヘカーティアを中心に生じる。血溜まりの表面がささざ波立つ。
「し、た、わ、よぉぉ……」
月の左脇腹から、地球の左腕が生える。月の虚をついた形で、クラウンピースの胸に指先を差し込んだ。
ピエロの面が粉々に砕け散り、純粋無垢なクラウンピースの笑顔が弾けた。ヘカーティアの心は蕩けた。
その瞬間、部屋の壁から赤熱する槍が次々と飛び出し、ヘカーティアを左右から串刺しにした。
「あごっ……」
こめかみを、頬から口の中を、喉を、肩を、アバラを、腰を、腿を、膝を、貫き、そのまま槍の切っ先がそれぞれ反対の壁にがっちりと突き刺さる。
「きゃはははははははは! 引っかかった引っかかったァ! ご主人さま、ひょっとしたら座っている私がもう偽物で、誰かと入れ替わっているかと思っていたでしょ、油断したでしょ、私だったんだなァ!」
串刺しの格子をくぐりぬけ、扉に向かう。
「ごぼぼ」
「なにやってんだ間抜けェ!」
串刺しにされてうまくしゃべれず、首も回せない月のヘカーティアに代わって、地球のヘカーティアが頭をいったん引っ込め、移動し、月の背中からTシャツを破って顔を出した。とはいえ、地球の腕も串刺しに捕まっており、ここから動くことはできない。
「逃がしゃしねぇよ!」
口を大きくひらく。喉の奥から、幾千の青い針が湧き上がってくる。集中豪雨のように吐き出され、逃げるクラウンピースの背後を直撃し、扉に縫いつけるはずだ。
「おげぼっぱ」
しかし、口から針の代わりに出てきたのは、赤髪の頭だった。さらにもう一体の、ヘカーティアだ。
「ざーんねん、もう買収され済みなのよん。抜け目ないわね、妖精って」
「ご主人さま!」
扉をあけて、外に出ようとしていたクラウンピースは振り返って、ヘカーティアのもとへ駆けつけた。顎が裂け、驚きに目を丸くしている地球のヘカーティアの口からなに喰わぬ顔で頭だけ出した異界のヘカーティアは、やさしくほほえみかけた。
「約束よ、クラウンピース」
妖精少女はうなずき、冥界の女神に、キスをした。そして廊下から飛んで出て行った。
「おのれェ、あんたよくも抜け駆けを……」
地球の右腕が月の左肩甲骨から生え、その指を異界の右目に突き込む。異界は、にいっと笑い、口が裂け、頬までびっしりと並んだ牙が光った。
「関係ないねェ、自分のペットをどう可愛がるか、私の勝手だろォ?」
「私がお前だろうがァ……お前のものは私のものよ!」
「おごごご」
三体の地獄の女神の力がぶつかり合い、室内は一個の暗黒空間と化し、荒れ狂った。
*****
外に出たら、空は真っ黒だった。地獄とは違い、広くて、高くて、どこまでも限りがなかった。その黒い頭上の海にぶちまけられた宝石の粒々は、そのひとつひとつから永遠を感じた。
こんな世界が、あったんだ。
クラウンピースは、大きく息を吸いこもうとして、吸い込むべき空気がないことに気づいた。けれど心配はいらない。月の兎たちに産みつけた狂気の卵から孵化した妖精たちが、調子の外れた笑い声を上げながら、クラウンピースのもとから次々と飛び立っていく。やがて吸い込むべき大気が現われ、スキップできる重さが足に宿る。ここは、もっともっと過ごしやすくなると、彼女は確信した。
透明な翅を震わせ、上昇する。上の方は、まだ狂気妖精たちの仕事が間に合っておらず、空気が薄い。はぁはぁと気ぜわしく呼吸を繰り返しながら、昇っていく。広大な無重力空間に身を任せる。
空に、青い星がぽっかりと浮かんでいた。クラウンピースは、潮のように押し寄せてくる感動に打ちのめされ、宙に浮いたまま、しばらく動けなかった。
「わぁ……」
想いが漏れてしまい、今、彼女の頬を流れているのは、悲しみでも不安でも退屈でもない。悦びに満ちた涙だ。人間や妖怪やカミサマよりも純な要素でできている妖精は、それだけ、自然の美しさを直で体に感じてしまう。
「なにコレ……気持ち、良すぎィ……」
あとからあとから、涙が溢れる。
足元の月の表面では、空気が及んでいない領域へ千鳥足のままうかうかと足を踏み入れてしまった耳付きピエロが、破裂して血まみれになっている。それも一匹でなく、二、三、四匹と、けっこう多い。道標として表側の月にやって来るまで役立ってくれたので少し残念だったが、仕方なかった。
これほどの事態を起こして、ただで済むとは、クラウンピースも思っていない。地獄と月、両方の実力者が動き出すだろう。またなにか罰を受けるかもしれない。でき始めたこの荒れ野の楽園は、すぐにまたかき消されてしまうかもしれない。それでもいい。今日この日、クラウンピースは希望を見つけた。
希望とは、欲望とは似て非なるもの。大枠として、確かに欲望かもしれない。しかし、挫けても挫けてもその都度頭をもたげる意志の力強さを、ただ欲望という言葉だけで説明してしまうのでは不充分だ。彼女は、胸のうちに希望の種を植え込んでしまった。これから先、なにがあろうと、彼女はまた、この希望に基づいて動き始める。たとえ何度失敗し、罰を受け、道を閉ざされたとしても、その意志は途絶えない。
クラウンピースは、自分が新たな出発点にいるのを自覚する。足元の喧騒をよそに、せめてもうしばらくの間だけでも五感の快楽を存分に味わおうと、宇宙に抱かれたまま、心身の毛穴を全開にした。
地獄の暮らしは確かに苦痛だったが、それがもう当り前になっていた。予定調和の苦痛、苛立ち、絶望だ。だから彼女が妖精仲間と語らって針の山でひと騒動起こしたのも、なにか革命を起こしてやろうとか、そんな深い意味があってのことではない。獄卒の鬼神長やその部下の鬼から気まぐれに焙られたり、仲間の妖精ともども棘つきの金棒でもみくちゃにすり潰されたりすることはこれまでにあり、ひどく不愉快ではあったが、そういうものだと諦めていた。人間は明日の苦痛を思い、今日の苦痛を増すという器用な芸当をやる。しかし妖精にそれはない。次、いつまた地獄の熱風に焼かれ、体が四散するだろうかなどとは考えない。
窯から立ち上る蒸気の熱から生まれ、罪人が上げる苦悶の響きから生まれ、針の山の切っ先が放つ白銀のきらめきから生まれる彼女たちは、陰惨で退屈で変化に乏しい、地獄の自然になくてはならない存在だった。
「あたいたちを舐めたらどうなるか、思い知らせてやるぞ!」
仲間たちは支離滅裂、盲滅法に弾幕を放ち、飛びまわる。そのでたらめな動きは、でたらめなまま、クラウンピースによってほぼ完璧に統制されていた。彼女の手に灯る松明が、右へ揺れ、左へ揺れるたびに、妖精たちはその方向へ激しく流れ、撃ちまくる。地獄に堕ちた幽霊を虐めることが仕事である鬼神長とその部下の鬼たちは、日頃は気分転換に叩き潰していたはずの妖精に、まったく太刀打ちできない。
騒ぎはすぐに上の方に知らされた。
――上の方にもほどがある。
大胆に鎖骨まで見せた薄い上着に、膝上までしかない三色のスカート。肩まで伸びた青い髪。首から伸びた鎖の先には、三つの球体が浮かんでいる。知識ではなく、直感で彼女は悟った。
地球と、月と、異界の地獄を統べる女神。
それを初めて目の前にしたとき、クラウンピースは、這いつくばることしか頭になかった。恐怖とは少し違う。怒りでもない。むしろ悦びに近い。服従の悦楽だ。
「あら、突然変異。また物凄い魔力を持った妖精が出てきたものね。よっぽど罪深い罪人たちの業で、こねくり回されたのかしらん」
ヘカーティア・ラピスラズリは、緊張感にかけた声で、しげしげとクラウンピースを眺める。今は好奇心がまさっているが、どんな些細なことで殺意に変わるかわからない。そもそも、一匹の妖精や一匹の人間、幽霊を消すことなど、この地獄の支配者にとってはなんでもないことなのだ。息をするよりももっと何気なく実行に移せるだろう。
だが、なぜその支配者が目の前に現れたのだろうか。
「姿形も、とっても綺麗。妖精の無邪気さと、人間の脆さの両方を持っているんだもの……やっぱり、死者たちの因縁の塊ね。素敵。あなた、名前はあるの」
クラウンピースは、その長い金髪を流麗になびかせ、激しい勢いで土下座した。
「クラウンピースです。ご主人さま。なんでも私にお言いつけください」
「あらあら、よくわかっているわね。強い者にはきちんと靡く。理解力も速そうで、私の好みだわ。私はヘカーティア。この地獄のあるじ。知っているわね」
「はい、よく存じておりまぁす。地獄で逆らうやつは皆殺しするヘカーティアさまですね」
「どうせ死んでいるやつばっかりだから、殺すよりももっと激しいことをするけど。あなた、みんなと遊ぶのはやめて、私のところに来なさい」
そのとき初めて彼女は、自分が、その他の妖精と違っていることに気づいた。ヘカーティアがそう口にしたことによって、彼女の運命は動き出した。なにも考えず自然のままにたゆたっていた妖精に、欲望を伴う自我が目覚めた。
ご主人さまのために、なにかをしたいという、欲望だ。
朝から晩までヘカーティアの傍らに侍る。クラウンピースの仕事はそれだけだった。身の回りの世話係、ということになっているらしいが、ヘカーティアはその軽薄な性格や服装に似合わず、自分のことはだいたい自分でやる。ひとにやらせるとかえって面倒に感じるらしい。やることといったら退屈しのぎとしか思えない雑談や、主人の足の親指その他の部分を舐めされられるなどの奉仕ぐらいで、いったいなんのために自分がヘカーティアの住まいに呼ばれたのか、クラウンピースはいまいちよく理解できないでいた。
「ねえクラウンピース、あなたどうしてそんな長ったらしい名前なの? 妖精なら、もっと短くて、頭の悪そうな名前をつけそうなものだけど」
ヘカーティアは、白ソファにしどけなく横になっていた。
妖精が一様に能天気で、人間や妖怪たちのような七面倒臭いシステムを嫌うのは、地上だろうと地底だろうと異界だろうと、どこでも同じだ。大自然という根源的なシステムから生まれた彼らは、付け焼刃で作られたしきたりなど、見向きもしない。だから必ずしも名前があるわけではなかった。名前なんて気にしない妖精もいる。笑って、泣いて、蝉のように飛び立ってそのまま跡形もなく消えていく、そういう妖精も多い。
「私の、ですか。どうでしたっけ……黒いワンピースを着ているからでしょうか」
人間や妖怪が、カミサマを見て自分たちにも名前が欲しいと思ったように、妖精も、カミサマたちに憧れて、自称したり、他称してもらったりしていた。
「地獄の妖精の服装なんてだいたいみんな一緒でしょうに。黒っぽいワンピースに、ちょっと暗めの花とか、マグマの宝石をアクセントにつけちゃったりして。ねえ、名前のことなのよぉ、心当たりない? 誰か他の妖精につけてもらったとか。そういうこと、よくあるわよね。太陽だとか月だとか星だとか、ずいぶんと分不相応な名前をつけるのよん。ま、合ってはいるんだけど」
「うぅーん、ごめんなさい、あたい思い出せない」
ヘカーティアは頭に載せていた球体を手に取り、クラウンピースに投げつけた。顔面にめり込み、眼球が飛び出し、皮膚が裂け肉と血管が露出する。球体は回転を続け、クラウンピースの端整な顔を削り取っていく。
「あばばばば」
血飛沫が、火花のように高速で飛ぶ。球体の回転速度は増していき、やがて球体の周辺に真空が生じ、巻き込まれた妖精の体は散り散りになった。
「ちゃんと敬語を使うこと」
ヘカーティアはそう注意を与え、首から球体へつながった鎖を引っ張り、役目を終えた球体を手のひらに乗せ、頭に戻す。何百、何千の粒になった肉や骨のかけらが、ぴくぴくと動き、集まって行き、やがてもとのクラウンピースの肉体に戻った。両膝をぺたんと床につき、両腕を力なく垂らし、疲労困憊した様子でうなだれている。
「はぁい……申し訳ございませんでした、ご主人さま」
身に着けていたワンピースは、修復が少し遅れていて、クラウンピースの、幼い顔立ちに似合わぬ、長くすらりと伸びた手足が剥き出しになっていた。ヘカーティアは、それをじっくりと眺める。
「あの……なにか」
「ああ、駄目ね、罰を与えたくなっちゃう。駄目駄目、罰には理由がないと、いけないのに」
ひとりでぶつぶつと呟きながら、悔しげに首を横に振る。クラウンピースは、女神さまの意図を探ろうと、座ったまま膝でいざり寄る。
「あのぉ、私になにかできることでしたら、なんでもしますよ。今みたいに、また球をぶつけていただいてもいいですよ」
「あなたが望むと望まないとに関わらず、そんなことは千でも万でも繰り返せる。けど、そうじゃないのよねぇ。柔順なだけの下僕はつまらない。妖精にはわからないかしら」
ヘカーティアは近づいてきた下僕の、その尻まで届く金色の髪の毛を指で梳く。
「なんて綺麗な髪……造化の奇跡ね。これだけは、私の力じゃどうしようもない」
「ご主人さまにもできないことがあるのですか? 全能のカミサマではないのですか」
「全能よん。この地獄ではね。けれど、美しさと言うのは、役に立たないの。そういうのは、能とは言わない。言わない方がいい」
さらにヘカーティアは右手を差し出し、クラウンピースの左手首を取り、引き寄せる。己の、スカートから伸びた、白い太ももへ、その手のひらを這わせる。
「あ……」
「どうしたの」
「あ、いや、あた、私、こんなに近づいて無礼じゃないでしょうか」
「そんなことないわ。なにか感じる」
「やわ、くて……なんか、あったかいです」
「そう、なのよね」
ヘカーティアはため息をついた。クラウンピースの手のひらを離して、解放してやる。
「あなたにはまだ、熱が足りない。造形だけの美しさじゃ、決め手に欠けるのよね。困ったわ、どうしてかしら」
戸惑うクラウンピースの表情はなかなか良かったが、肝心の、火が灯るような温かみがそこにはない。妖精は神秘だ、とつくづくヘカーティアは思う。三界の地獄において、ヘカーティアの権勢が届かぬところはない。だが、こうして細部に目を向けてみると、無限の深さと広さがある。女神ですら、全知ではないのだ。
「あの、ご、ごめんなさいご主人さま」
「いいのよぉん、あなたがそんな哀れっぽい顔しちゃ駄目よ。そうねぇ、内から駄目なら、外からしてみようかしら。私がこれからあなたを……うふん、史上最凶の妖精にしてあげる。時間をたっぷりみっちりかけて。最高の作品が出来上がるわよ、愉しみね」
「はい、愉しみです!」
クラウンピースの輝く笑顔を、ヘカーティアは心底愛しいと思う。それはどんな残酷さへも転化しうるものだから。
*****
最近、地獄にもひとが増えてきて、なかなか業務が回らず、輪廻転生が追いついていない、という話を聞くが、どこまでほんとうかは小野塚小町の知るところではない。死神である彼女の仕事はあくまで三途の河の渡し守であり、魂を彼岸へ送り、そこでの裁判が決した後、彼らがどうなるかまでは関知しない。だから、実際に地獄の奥深く潜る機会はほとんどない。
「地獄が財政難なんて……嘘だろ」
見渡す限り重厚な円柱の続く白亜の回廊に佇み、小町は思わずひとりごちた。円柱は大人数人が両腕をつないでようやく囲えるほどだ。柱には、微細に彫刻されたなにかの物語と、その物語を要所で彩るラピスラズリの宝玉が埋め込まれていた。小町に馴染みある和風の文化からは程遠い建築だ。前後左右、どこまでも同じような風景が続いているが、柱に刻まれた彫刻はすべて違っている。無限ではないが、小町の能力を使わなければ、いつまでたってもこの回廊に行きつくことはできなかっただろう。
小町は居心地が悪い。別に、死神がここに来てはいけないわけではない。ただ、今は勤務中なので、そこを突かれると痛い。今回ばかりは、上司の裁量でサボっているのだから、そこもバレたくはない。捕まって拷問される前にさっさと逃げ出すべし。
「こんだけ広く間取りを取れるなら、舟を新しいのに変えてくれたっていいのに……まあ、このぐらい広くしないと、すぐに片付かなくなって、収拾がつかなくなるのかもね」
意味のないぼやきを口にしながらも、小町の鼻は、敏感にある臭いを嗅ぎ取っていた。濃厚なナマモノが垂れ流す命の臭い、そして、鼻だけでなく彼女の肌そのものに食い込んでくるような、爆発的な喜悦の臭いだ。
「きゃはははははははっっっ! 気ィン持ちいいいィィィィィッッヒイイイイ!」
柱と柱の間から赤い壁が現れたかと思うと、小町の前を左から右へ横切っていった。血と臓物の洪水だ。宮殿の天井から床まで満遍なく、壁のように覆い尽くすほどの圧倒的な量だ。四秒で通り過ぎたあと、豪奢な柱には、大量のねじくれた腸や、骨に絡んだ挽肉などがこびりつき、鮮やかな赤い液体が滴っていた。
「な……んだ、今のは」
「あーっもう、惜しいなァ、というかおかしいわ。なんであんた、まだそこにいるの」
血肉の洪水が通り過ぎた右側から声が聞こえてきた。柱の根元から、金色の長い髪の毛をなびかせた少女が、ひょっこりと顔を出す。囚人服みたいな、赤と白の横ストライプの上下を着ている。顔つきの幼さのわりには、体は均整が取れていた。豊満や、だらしなさとは程遠い、優美な、それでいて肉感的な体のラインだった。特に脇腹から腰にかけては、ほっそりとした、見る者の目を奪うような曲線を成している。
「あたいは、あんたもさっきのタマの中で一緒にしてしまおうと思っていたのに」
そう、さっきの赤い壁は、はじめから小町の前を通過したのではない。小町が距離を操り、瞬時に自分の体を後方へ移動させたのだ。だから助かった。相手は、そのことに気づいている。
「お前、ただものじゃないわねっ。地獄の深奥まで来てそんなふてぶてしい顔をしている死者なんていないものね。人間でも妖怪でもないし……何者?」
「死神さ。あんたと同じ、地獄の同業者だよ」
小町は、相手の不審げな眼差しを気持ちよく受け止め、さらに精神的に圧力を高めようと、不敵な表情を浮かべてみせた。意に反し、返ってきたのは、けたましく、はしたない笑い声だった。
「ぷひゃひゃひゃひゃっ、一緒にしないで欲しいなぁ。うくけっけけけけけけ、シニ『ガミ』だなんてえっらそーな名前よね。ただの地獄の民、ていうかただのボート漕ぎじゃん、あんたらなんて」
「ボッ……このガキ、口の効き方を教わっていないみたいだね」
「教わってますよーだ。この世界で一番偉い女神さまから直々にね」
「なるほど、道理で」
強いわけだ、という言葉は呑み込んだ。認めるのは癪だった。力の規模はともかく、品格といい知能といい、小町がまともに話し相手になってやるレベルではなさそうだからだ。
「まあ、その方が好都合か。私は、あんたの女神さま、ヘカーティアさまに用があるんだ。案内してくれないかね」
「なんか用なの」
「こっちで結審のついた魂を、勝手に地獄深奥に引き込んで罰を加えるのは、重大な地獄の規定違反だろうってウチの……ってあんたに言ってもわかんないか」
「そんなことないよ、わかるよ。あたいがあんたたちの獲物を横取りしたから、怒って取り返しに来たってことね」
「いや、違う。全然違う。ここのルールの話さね。地獄を統べる女神さまがルール違反しちゃいけないと、私なんか思わないでもないね」
「へー、ふーん、ご主人さまの悪口を言うんだ」
「いやいや滅相もない」
「ご主人さまがこういうことやっていいって言ったんだもん。私はルール違反なんてしてないよ」
早朝の朝日のように白々と輝いていた天井も、壁も、たちまち粘ついたピンク色へと変ずる。小町の足元の床も同様で、ずぶりと音を立て、足首まで沈み込んだ。
金髪の少女が手を掲げ、手首をひねると、赤熱の槍が三本、頭上から降ってきて、床に突き立った。くぐもった悲鳴が床下から聞こえる。少女が指先をクイと上げる仕草とともに、光る槍が引き上げられていく。柱のように太い槍に胸を貫かれた、全身が赤くぶよぶよに膨れた人間たちが現われた。一本の槍に二、三人ずつ刺し貫かれている。人間とわかるのは、ただ頭と手足が胴体から生えているのが確認できるだけで、性別も年齢もわからない。口をもごもとと動かして、ゴポォとかゲボォとか言っているが、もう人間の言葉には聞こえない。
「はぁい罪人が六、七……八匹釣れました。きっと酷いことをしたからここに来たんだよね。拷問? 誘拐? 虚報に扇動、強奪監禁、それともやっぱり大虐殺? なにをしたのかなぁ。あんた知ってる? 死神さん」
「おい……自分で罪状も知らない魂を、勝手に遊ぶもんじゃないよ」
「うるさいなあ」
妖精少女は、肉の頭をつかみ、ねじり取った。ひねられて、よじれた形になった首から鮮血が吹き出し、少女に降りかかる。
「あぁあ、ベトベトだよぉ」
ねじり取った首を、今度は別の肉塊の股ぐらにねじ込む。ねじ込まれた方の肉塊は、なにか違和感を覚えたのか、泡と粘液を吐き散らしながらおめいた。
「あははっ、おもしろーい」
飛び散った鮮血は、つやめいた少女の長い髪の毛を斑に赤黒く染めていた。肉片も髪に絡みついている。ストライプの上下は、もう元の色がほとんど判別つかなくなっていた。そして、元々薄いのか、あるいは亡者の苦悶に満ちた血液に反応するのか、彼女の服はぶつぶつと小さな穴が空きはじめる。彼女が、他の槍に刺さった亡者たちを、さまざまな方法でいたぶり、大量の返り血を浴びているうち、やがて服は完全に溶けてしまった。素肌の上を、まるでそれが新たな衣服でもあるかのように、ねっとりと淀んだ血の層が、生き物のように這っていく。小町は、妖精じみた愚かな表情と、妖精らしからぬ造形美を併せ持つ女の姿から、目を離せなくなった。
「はぁぁっもうたまんない、どんどん持っておいで、みんなもこっち来ようよ! イッツ、ルナティックタァァァーーーーイム!」
顎を突き出し、口をあけて下唇に舌を乗せ、左右の黒目の焦点がずれていく。手に松明が現われ、どんよりした、粘つくような濃い光を放つ。腰を左右に揺らし、体全体がぐねぐねと動くことで、少女を見る小町の視界まで揺れていく。
柱列の間から、一団のパレードがやってきた。彼らの鉄のような筋肉とそれを包む最小限度の衣服を、小町はよく知っている。あれは、地獄で働く鬼たちだ。小町たち死神が閻魔の指揮を受けるのと同じように、彼らは鬼神長の下で、裁きの下された咎びとを責め苛む獄卒という、あまり愉しくなさそうな仕事を生業とする。旧地獄に残った無頼肌の鬼たちと違い、こちらは力は強くても法に柔順だ。
柔順のはずだった。小町は、眼前の光景に接し、目を疑う。
亡者数名を刺し貫いた長大な串を振りまわす鬼、天秤棒で輪切りの頭部を運ぶ鬼、ちり紙のように丸めこまれた罪びとたちの塊で球転がしに興じる鬼、ねじって紐のように細くなった死者をより集めて縄跳びしながら歩く鬼、やがて、亡者で組み立てられた複雑怪奇な構造物である巨大な御輿が現われる。鬼たちは掛け声を上げながら、御輿を揺らす。担がれているのは、でっぷりと腹を膨らませた大きな鬼だ。胸にかかったエプロンには、誰のものとも知れぬ髪の毛や腕が貼りついていた。
どいつもこいつも、唇をひきつらせんばかりに笑っている。
いや、あれは、素顔ではない。仮面だ。
そのことに気づくのに、小町は数秒の時間を要した。本来なら、一瞬で見分けがつくはずなのに、それだけ小町の判断力も奪われているということだ。
丸い赤鼻に、ソーセージのように太い唇、左右の目のまわりには星をデフォルメした五角形と、殴られたあとのような赤い縁取り。おしろいで塗りたくったような、ひと肌としては不自然な白。
ピエロのお面だ。
「あんたら……どうしちまったんだ」
そいつらが、知り合いの獄卒かどうかは定かではない。それでも、是非曲直庁舎の廊下ですれ違えば挨拶ぐらいはする。それが今は、黙々と少女の言うがまま、不必要にしか見えない責めを亡者に与えている。
ピエロたちは一斉に小町を見た。そこには、なんらの意思も感じ取ることができなかった。茫漠とした空を向かい合った心地がして、小町は背筋に寒いものも感じる。彼らが小町を注視したのはわずか数秒で、すぐさま行進と責め苛みを再開しようとする。純然たる鼓笛隊も混じっているらしく、罪人の悲鳴と、肉や骨の損傷する音とともに、妙に場の雰囲気に合った、小太鼓やアコーディオン、トランペットの滑稽な調べが回廊に響き渡る。獄卒のひとりが小町を見つけ、パレードの列から離れて近づいてこようとするが、これはいつまでたっても近づくことができない。
近づかせてたまるものか。
「やっぱりあんた、おもしろい力を持っているわね」
素肌に血の衣をまとった妖精少女は、興味深そうな眼差しを小町に向ける。小町はその好奇心を鼻で笑い飛ばしてみせた。
「いいかい、あんた、亡者を弄びなさんな、そいつぁ罰当たりだ。そいつらにはもう、閻魔さまから裁きが下されているんだから。今、あんたが愉しいからってそんなことやる道理は、どこにもない」
我を忘れて叫ばず、押し殺した、抑制した声を出せたのは、意識して努力したためだった。ここで相手の狂気に乗せられていては、勝機を逸する。こんな小さな器に、これだけの強さが与えられていて、いずれ破綻しないはずがない。そのときまで、待つ。
「ん? なにか言ったかしら。閻魔? エンマって言った? 閻魔なんか、いっくらでもいる下働きじゃん。女神さまには誰も逆らえないのよ。だからあんたもあたいに逆らっちゃ駄目ー」
「んの……ッ」
「よしなさい、小町。その子は、自分でなにをやっているかわからないのです」
灰色の綿毛が集まったようなものが、小町の背後に生成される。その綿毛の中には、ぽっかりと黒い空間が顔を出している。そこから、見覚えのある制服の袖と、腕が伸びてきて、小町の肘のあたりをつかんだ。
「えっ、どうしてここへ。ここは私がなんとかしますから。ていうか危ないですよっ」
灰色の靄の向こうへ小町は呼びかける。
「危ないから、こうしてわざわざ迎えに来たんじゃありませんか。予定が狂いました。あれはまともにやりあっていい相手ではありません。亡者の件に関しては、仕方ないでしょう。とりあえず在庫としては現世からこちらへ移ったことになったのだから、必ずしもルールに反したわけではありませんし」
「あなたにしては、ずいぶん玉虫色の解釈をされますね。いくらなんでも、地獄の女神は恐ろしいと……」
怒られるかな、というよりむしろ、怒らせようとして、小町は雨雲の塊めいたものへ呼びかける。だが、小町の腕をつかむ手は冷静だった。
「恐ろしいですね。彼女がいなければ地獄は回りません。特に尊敬したいとも思いませんが」
「あら、あっさりお認めになっちゃって」
「それより、危ない状況にあるのはあなたなのだから、もっと自覚を持ちなさい。これでも、あなたに誤った命令を与えたかもしれないと私は気に病んでいたのだから」
「あ、ていうことは、私を助けるためにわざわざこんな危険を冒して……」
小町の腕をとっていた手が離れて、握り拳を作って、小町の頭をぽかりと打つ。
「なにを馬鹿なことを。置いていきますよ」
「ねぇーえー、まぁーだー? あたい、待っているんだよう」
二体の亡者の頭を手の中でこねくり回してミンチにしながら、今はもう金髪とはいえない、赤く濡れた少女が声をあげる。
「あんた、さっきあたいのタマをよけたとき、なんかしたでしょう。それ使っていいから、ね、ね、しようよ」
「あー悪いね、上司からの呼び出しがかかっちゃったんで。これでおひらき。じゃあね、二度と会うこともないだろうけど」
「え、逃げるの? いや、それはないでしょ」
途端に声の調子が低くなる。今まで透明だったが、血に濡れたせいでその存在が明らかになった背中の薄い翅を震わせ、突進してきた。
「小町、早く入りなさい」
腕に引き寄せられる。小町が黒い空間へ飛び込むと同時に、そこから一本の卒塔婆が射出された。前のめりで突っ込んできた妖精の顔面にめり込み、そのまま吹っ飛ばし、柱に縫い止めた。灰色の靄は腕と小町を中へ呑み込むと、煙のように消えていった。
「……あぷぁ」
卒塔婆は妖精少女の鼻から右目にかけて貫通し、柱に突き刺さっていた。右目の辺りを切り口に、頭がぱっくりと切れ、断面を露出させている。
体全体が、熱く、だるい。さっきまで少女を襲っていた狂騒は去り、あとには重苦しい痛みだけが体の節々に残っている。
「クラウンピース、嬉しいわ、ここまで私を怒らせてくれて」
「ヘ……カァ……」
ピンク色に変色した柱の回廊が、再び、元の白亜色に戻っていく。ヘカーティアが、三つの球体とともに自らも浮いて、少女の目の前にやってきた。
「あなたは私のおもちゃを勝手に持ち出した。もちろん、扇動に乗せられたあの間抜けな獄卒たちにも存分に罰を与えるわ。かわいそうに、あなたのせいなのにね。でもいいの、私は嬉しい。駄目なことなのよ、あの亡者たちは私が管理しているんだから。これであなたに罰を与えることができるわ」
切り開かれた断面から少女の頭に手を突っ込み、脳をかきまわし、さらに中から指で眼球を押し出して、手のひらで受け取ると、それを思い切り噛みちぎった。
*****
十年経ったか、百年経ったか、クラウンピースにはもう数えられなくなっていた。たび重なる責めはマンネリ化し、苦痛は遠のき、ただ、ただ、暇で、愉しいことなどひとつもなく、この監禁がいつ終わるのかもわからず、そのせいで時折、涙を流すことがある。
「それは、化粧ではなさそうね」
誰かの人差し指が、自分の頬をなぞる。それは、内側に針がびっしりと生え揃った棺桶でもなければ、焼けた鉄の棒でも、電極でもない、女の指だ。
「あれから私、考えたの。五十九年ぐらい考えたわ。そしてわかったの、あなたが生まれたあの辺りの地獄は、よく皇帝の従者が吸い寄せられるところだった。要するに、腰巾着ね。大概は、皇帝やらキングやら法王やら書記長やら大統領やら少佐やら、そういうもろもろの主人に侍って、罪と権益をガブ飲みして、結局地獄に落とされた、なんの取り柄もない無能者ばかり。できることと言ったら、主人の権威を自分のものであるように他人に勘違いさせ、他人がやることなすことすべてにもっともらしい批評を下し、その上で自分の手は一ミリたりとも動かさぬまま、主人のご託宣を尻尾振って待ちわびる、そういう同じ空気を吸うだけで苛々してくるようなタイプの罪人ね。いいえ、あなたがそうだと言っているわけではないの。そういう、虐殺者にも天下人にもなれない、ただ不快なだけの人間の中で、一種類だけ、そうじゃない人種がいた。従者という括りでは一緒。でも他は悉くが別物。それが、道化たち。あなたは、道化のかけらよ」
クラウンピースは、目をあける。よく獄卒によって縫い合わされることがあるので、ひらくかどうか不安だったが、きちんと持ちあがった。何度瞼を切られ、何度剥き出しの眼球にいろんな物を突っ込まれたか、数え切れない。心底うんざりしていた。思い出したくもないから、やられたことは片っ端から忘れている最中だ。
「権力者は自分を守るために、自分をコケにする人間をいつも傍に置いていた。気違いピエロになにを言われたって、面子は潰れないものね。そのことで正気を保っていた。けれど、時々忘れちゃうみたい。そうすると、もうなにも聞こえなくなって、何十万、何百万、時には何千万の道づれと一緒に、黄泉平坂を一直線に駆け下りていく。それをさせないのが、道化の役目。破局に至る手前のどこかで、主人の狂気を止めてしまうの。自身の狂気を使って、中和するというわけ。けどね、クラウンピース。あなたの狂気は強すぎるのん。だから、ますます私の心を乱してしまうわ。かわいい、かわいい、私の妖精」
ヘカーティアは、饒舌ではあったが酔ってはいないようだった。ただひたすらに、昂っていた。
「残念だわ、あなたを消してしまわないといけないなんて。でも、これ以上私が乱されるわけにはいかないのよ。わかってね、クラウンピース。たくさんの有象無象の魂と混ぜ合わせて、人畜無害な、ただの地獄の一妖精にしてあげる。そうしたら、こんな苦しい思いをすることはないわ。だって、苦しいと思ってしまうエゴがなくなるんだから。ほんとうは、妖精はそのくらい馬鹿な方がかわいいのよ。あなたは少し、逸脱し過ぎたわぁ……」
手のひらで、クラウンピースの頬に触れ、髪を梳き、肩から脇、横腹、そして腰から太ももへ続いていく、造化の妙を極めた肉体の丘を、舐めるように撫でていく。ヘカーティアの声は上ずり、明確な言葉ではなく、ただの、歌うような、喘ぐような、息遣いになる。
そのとき、部屋の片隅で、松明の炎が勢いよく上方へ噴き上がった。
「あはっ」
炎に照らされたクラウンピースの笑顔に、ヘカーティアは心が蕩けそうだった。
「あなた、なぁんにも考えていないのね」
胸の中心に右手を伸ばす。当然ながら、心臓を抉られても、人間でも動物でもないクラウンピースは死にはしない。しかし、人間たちが儀式で生贄のどの部分を捧げるか決めるとき、多くは頭部や心の臓となる。カミサマにとってもそれらは、強い意味を持つ。この地球におけるヘカーティアの好みは、心臓だった。そこを爆散させる。
「あらん」
そのヘカーティアの指が、クラウンピースの胸に触れる寸前で止まった。右手首を、誰かにつかまれていて、それ以上先へ進めない。すぐにヘカーティアは、自分自身が自分の右手首を握ったのだと気づいた。
「もう、出しゃばってきちゃってぇ」
左手で、自分の右手首を握った自分の右手の甲をはたく。
「しょうがないでしょお、見ていたら、なんだかたまらなくなっちゃったんだもの」
クラウンピースは、体全体にのしかかる重苦しい眠気と疲労と倦怠から抜け出せておらず、ぼんやりとした焦点の定まらぬ視界で、目の前の主人を捉えた。今、ヘカーティアの顔には目が四つあった。本来あるべき場所の、斜め下でぎょろついている。鼻も、口も、もうひとつずつある。右肘あたりから、もう一本右腕が生えており、それがクラウンピースを消滅させようとした右手首をつかんでいた。
「地球に置いておけないなら、こっちの方に回してよ」
顔の輪郭も、歪になる。別の頭が、今の頭から無理やり抜け出そうとしているようだ。クラウンピースは、自分の焦点が定まっていないのではなく、単純にもう一個、別の体がそこに重なっていることに気づいた。
「月の地獄は平和なものよ。余程の大物以外、そもそも新規で亡者が入ってこないんだから。地球は一番穢れているから、その子だってそんなになっちゃうのよ。私なら、道化としての才能を開花させてあげられるわん。ねぇ~え、こっちにちょうだいよぉ」
今やもう一つのヘカーティアの頭は八割がた分離に成功してしまっており、首の付け根からもう一つ頭が生えている形だ。
「んもう、仕方ないわね。大切にしてよ。もし壊すときは、私に返して。勝手に先走って愉しまないで」
「わかったわ、契約成立ぅ」
金髪のヘカーティアの上半身が、本体の腰のところから分かれて、クラウンピースに近づく。本体……正確には、地球における青髪のヘカーティアは、もうひとりの自分の体重を腰で支えなければならないためか、ちょっと体勢が不安定だ。
「よろしくね、クラウンピース」
顔立ちは一緒だった。住む場所が違うせいか、肌の色合いや、仕事の進め方は多少異なるが、大筋でまったく変わらない性格だと、クラウンピースは判断した。つまり、結局は恐ろしい相手なのだと。
*****
月の地獄では、てきぱきと配慮を振りまくことが求められ、やはり苦痛だった。これまでいた地獄……それは地球の地獄というらしいが、あそこに比べれば、確かに激しさは少ない。というより、ほとんどまったくない。妖精を虐める獄卒もいないし、死を拒否して暴れ回る亡者もいない。静かだった。ただ、淡々と死神や鬼神長が事務的に仕事をするのに目を配り、休憩時間になればお茶と桃を持っていく。グループによってさまざまな、それでいて似通った要望が提出されるので、それをメモに書きとって、あとで月のヘカーティアに渡す。ヘカーティアは一瞥してその九割を捨てる。翌日の給仕の時間、どのグループに対してもクラウンピースは同じような返事をする。はい、ご主人さまに渡しました。ご主人さまは要望書を読まれていました。いえ、具体的にどうするかは私は聞いていません。聞いてもわからないので。ただ、なんらかの措置は取られると思います。いえ、具体的にどうするかはわかりません。私はそういう職務にありませんので。口が腐りそうな問答を朝から晩まで繰り返し、まともな会話らしい会話を口にすることも耳にすることもない。敬語を使わなかったり、ヘカーティアの定めた問答集にない文章を口にしたりすると、クランピースの体内に埋め込まれた月の球体が爆発する。二度ほど喰らったが、極めて不愉快で、もう二度と味わいたくないと、妖精の頭にすら刻みこまれるような、それほど念入りなダメージをもたらされる爆発だけに、逆らえない。柔順になるしかない。クラウンピースをしかめ面や呆れ顔や訳知り顔で囲んでいる連中は、みんなしていかにも大事なことをやってそうな素振りを見せているが、その実、なにも意味のあることはやっていない。
そうして無為の苦痛に骨まで浸からされてクタクタになったクラウンピースの部屋に、ヘカーティアは定期的にやってきては、すべての行ないを解禁させた。彼女の部屋の中だけで。一歩でもそのテンションで外に出ると、爆発の制裁を受けた。これは、さすがに一回で懲りた。
ガス抜きの解放のようでいて、これもまた抑圧の一種であることを、ヘカーティアは充分に理解しており、クラウンピースはそうと知りつつ、限られた時間と空間の中で精いっぱい奔放に振舞うしかなかった。どれほど祭の快楽に身を委ねたように思っても、翌朝扉をあければ完全に規律に縛られた現実が待っている。それを思い知らされ、そうして追い詰められていく自分を見ることが、ヘカーティアの無上の愉しみらしかった。
はじめクラウンピースは、自分が誰かを狂わせるほど悦ばせたり笑わせたりすることが好きなのだと思っていたが、それとはだいぶ、いやまったく違うことに、気づいていた。ひとが悦んでいたって、それだけじゃ意味がない。
意味のあることってなんだ?
愉しいか、どうかだろう。
それを誰が決める?
ヘカーティアにとって、今のクラウンピースが道化として役に立つ者であろうと、それは関係ない。
「決めるのは、あたいだ」
自問に蹴りをつけ、クラウンピースはひとりきりの部屋で、鏡に向かって笑みを浮かべる。
今でも時々涙が出る。
こんなのは道化ではない。ほんとうの道化というものを、見せてやる。
*****
月の都で、家出が流行るようになった。綿月依姫が重い腰を上げたのは、一か月の間で家出の報告が十五件を数えたのと、その十五件目が防衛隊のメンバー、すなわち依姫子飼いの兎のひとりだったからだ。
「あらお帰りなさい、依姫。最近、帰りが遅くて大変ね」
綿月の館に帰りついた依姫を、姉の豊姫が迎える。ペットのレイセンが、桃のジュースを持って小走りにやってくる。依姫は三分の二ほど一気に飲んで、いったんコップをレイセンに戻した。
「基本的に私がやることは防衛であって、警察じゃないんだけれど。ここまで込み入ってきたら、私が出張らざるを得ないものね」
「大変ねえ」
「でもそれも今日まで。ひとまず解決よ。迷宮入りっていう解決」
「あらまあ、嫌ね」
「だって仕方ないでしょう。事が地獄に関わっているんですもの。上の方に届けて、あとはもう私が知ったことじゃない。知ったところでどうしようもないし」
「家出の真相は、地獄からの呼び出しってこと? 私たち月の民にそんなことやったって、ほとんど意味ないでしょうに。生まれたり死んだりして穢れが発生するのは、ほんのごく稀の出来事なのに」
「そのはずです。月の地獄はスカスカ。そう思っていた時期が、私にもありました」
「茶化さないで。じゃあ、家出した兎たちはみんな自殺か他殺かして、地獄に行っちゃったの。まさかね。そんな大量の穢れが発生していたら、今頃星全体をひっくり返すような騒ぎになっているはずよ」
「そうです、死んだわけではないのです。発見はされました。ただし、こちらの言うことはわからないし、向こうの言っていることもよくわかりません。その目を見ていると、少し怖くなってきます」
「まあ、無敵のよっちゃんともあろうものが」
「突っ込みませんからね。保護した彼らの様子と、家出前の彼らの言動についての証言から判断するに……どうやら、狂っていたようです」
「あら、月的な意味じゃなく」
「ええ、どちらかというと穢れ的な意味で。彼らは家出する前、どこか上の空で、妖精さんが空を飛んでいる、などと頬を赤らめており」
「夢を見るような、というより」
「というより、むしろ」
「欲情をほのめかすような」
「そう、そのような言動を……って、姉さんまさか」
依姫は腰の刀の柄に手をかけた。豊姫は、慌てふためくレイセンのコップを手に取り、依姫の飲みかけの桃汁を飲み干し、レイセンに返す。
「だぁいじょうぶよ、私は。狂気に犯されなくたって、今が充分愉しいもの。けど、この館にまでそいつが仕掛けてきたっていうのは、なかなか厄介なものね」
「ええ、やはり上の出番かもしれません」
レイセンに手を差し出すと、レイセンは悲しげに首を横に振った。依姫は追加の汁を要求した。
*****
「あらん、どういうつもりかしら」
ヘカーティアが部屋に入ると、いつもは這いつくばって迎えてくれるはずのクラウンピースが、黒革張りの椅子に深々と腰をうずめて、足を組んでいた。いつもはそこにヘカーティアが座って、クラウンピースに右足の親指を舐めさせたり、様々なことをさせたりしている。
「クラウンピース?」
ヘカーティアは、椅子に座る金髪の少女に呼びかける。赤と白のストライプではなく、青の生地に、白い星型の模様が一面に散りばめられているワンピースだ。ミニスカの裾のすぐ下から続くニーソックスも、同じ星柄の青。ヘカーティアが一応相手を確認したのは、服装が違っていたためだけではない。顔に、仮面がつけられていたからだ。丸い赤鼻に、色とりどりの化粧が施された、ほほえみの仮面。さらに、だらしない獣の尾のように、四つ股に分かれた房つきの帽子をかぶっている。
「あなたそのお面、好きねぇ。やっぱり、生まれと関係があるのかしら」
ちゃりっ、とヘカーティアの首から伸びた三本の鎖が音を立て、三つの球体がそれぞれ回転を始める。不穏な風切りの音が、室内を席捲していく。椅子に座るクラウンピースは微動だにしない。ヘカーティアの背後に、ぼうっと、ピエロの面が浮かび上がった。振り向きざま、月と地球の球を叩きつける。うなりをあげて真空が発生し、血飛沫とともにピエロを粉砕した。そして、すぐに違和感に気づく。
「死者じゃない……どういうことなのん。教えてちょうだいな、クラウンピース」
血溜まりに浮かぶ、兎の耳のかけらを踏みながら、再び椅子に向き直る。やはり妖精少女はそこにいる。なにも答えない。なにも動かない。その代わり、椅子の後ろ、薄暗い闇の中から、続けざまに三つ、四つ、と道化師の仮面が現われる。初めからそこにいたのか、突然湧いて出たのか、ヘカーティアにすら判断がつかなかった。長い耳を頭から生やした、体格からすると少女と思しき者たちが、表情を隠したまま、ゆら、ゆら、とヘカーティアに近づいてくる。
「さて、どうしたものかしらん。死者じゃない……けど、生きてもいないわ。ひょっとしてあなた、この子たちを狂気漬けにしたのかしら。生きながら、理性も知性も崩壊してしまった人形にして、ただでさえ生死から離れた月の民の、生きる意味を完全に奪ってしまった。それほどの狂気を与えてあげたのだとしたら……この子たちにはたまらなかったでしょうねぇ」
再び、鎖が伸び、球体が縦横無尽に駆け巡る。胸に風穴をあけて、兎のピエロたちが倒れていく。ヘカーティアは仮面の下の少女たちがどんな顔をして、生身のまま地獄まで連れてこられたのか興味があった。だが、まずは目の前の下僕に対して制裁を加えなければならない。
「駄目ねぇ、クラウンピース。私の恩を忘れたのかしら」
右手を伸ばす。すると、その右手首を、肘から出たもう一本の腕がつかんだ。
「あらん」
「この前と立場が逆になったわね。壊すなら、私にさせるって契約だったはずよ」
顔のパーツが二重になり、やがて首の付け根のところで頭部が分離する。青髪の、地球のヘカーティアだ。
「そんな約束したかしらねぇ、私、忘れっぽいから」
肘から伸びた腕を、反対の左手でつかみ返す。月のヘカーティアの左腕の筋肉がふた回り以上盛り上がる。地球の自分の腕を、自分の肘から根元から引きちぎらんとするばかりの強い力だ。強力な魔力の葛藤が、ヘカーティアを中心に生じる。血溜まりの表面がささざ波立つ。
「し、た、わ、よぉぉ……」
月の左脇腹から、地球の左腕が生える。月の虚をついた形で、クラウンピースの胸に指先を差し込んだ。
ピエロの面が粉々に砕け散り、純粋無垢なクラウンピースの笑顔が弾けた。ヘカーティアの心は蕩けた。
その瞬間、部屋の壁から赤熱する槍が次々と飛び出し、ヘカーティアを左右から串刺しにした。
「あごっ……」
こめかみを、頬から口の中を、喉を、肩を、アバラを、腰を、腿を、膝を、貫き、そのまま槍の切っ先がそれぞれ反対の壁にがっちりと突き刺さる。
「きゃはははははははは! 引っかかった引っかかったァ! ご主人さま、ひょっとしたら座っている私がもう偽物で、誰かと入れ替わっているかと思っていたでしょ、油断したでしょ、私だったんだなァ!」
串刺しの格子をくぐりぬけ、扉に向かう。
「ごぼぼ」
「なにやってんだ間抜けェ!」
串刺しにされてうまくしゃべれず、首も回せない月のヘカーティアに代わって、地球のヘカーティアが頭をいったん引っ込め、移動し、月の背中からTシャツを破って顔を出した。とはいえ、地球の腕も串刺しに捕まっており、ここから動くことはできない。
「逃がしゃしねぇよ!」
口を大きくひらく。喉の奥から、幾千の青い針が湧き上がってくる。集中豪雨のように吐き出され、逃げるクラウンピースの背後を直撃し、扉に縫いつけるはずだ。
「おげぼっぱ」
しかし、口から針の代わりに出てきたのは、赤髪の頭だった。さらにもう一体の、ヘカーティアだ。
「ざーんねん、もう買収され済みなのよん。抜け目ないわね、妖精って」
「ご主人さま!」
扉をあけて、外に出ようとしていたクラウンピースは振り返って、ヘカーティアのもとへ駆けつけた。顎が裂け、驚きに目を丸くしている地球のヘカーティアの口からなに喰わぬ顔で頭だけ出した異界のヘカーティアは、やさしくほほえみかけた。
「約束よ、クラウンピース」
妖精少女はうなずき、冥界の女神に、キスをした。そして廊下から飛んで出て行った。
「おのれェ、あんたよくも抜け駆けを……」
地球の右腕が月の左肩甲骨から生え、その指を異界の右目に突き込む。異界は、にいっと笑い、口が裂け、頬までびっしりと並んだ牙が光った。
「関係ないねェ、自分のペットをどう可愛がるか、私の勝手だろォ?」
「私がお前だろうがァ……お前のものは私のものよ!」
「おごごご」
三体の地獄の女神の力がぶつかり合い、室内は一個の暗黒空間と化し、荒れ狂った。
*****
外に出たら、空は真っ黒だった。地獄とは違い、広くて、高くて、どこまでも限りがなかった。その黒い頭上の海にぶちまけられた宝石の粒々は、そのひとつひとつから永遠を感じた。
こんな世界が、あったんだ。
クラウンピースは、大きく息を吸いこもうとして、吸い込むべき空気がないことに気づいた。けれど心配はいらない。月の兎たちに産みつけた狂気の卵から孵化した妖精たちが、調子の外れた笑い声を上げながら、クラウンピースのもとから次々と飛び立っていく。やがて吸い込むべき大気が現われ、スキップできる重さが足に宿る。ここは、もっともっと過ごしやすくなると、彼女は確信した。
透明な翅を震わせ、上昇する。上の方は、まだ狂気妖精たちの仕事が間に合っておらず、空気が薄い。はぁはぁと気ぜわしく呼吸を繰り返しながら、昇っていく。広大な無重力空間に身を任せる。
空に、青い星がぽっかりと浮かんでいた。クラウンピースは、潮のように押し寄せてくる感動に打ちのめされ、宙に浮いたまま、しばらく動けなかった。
「わぁ……」
想いが漏れてしまい、今、彼女の頬を流れているのは、悲しみでも不安でも退屈でもない。悦びに満ちた涙だ。人間や妖怪やカミサマよりも純な要素でできている妖精は、それだけ、自然の美しさを直で体に感じてしまう。
「なにコレ……気持ち、良すぎィ……」
あとからあとから、涙が溢れる。
足元の月の表面では、空気が及んでいない領域へ千鳥足のままうかうかと足を踏み入れてしまった耳付きピエロが、破裂して血まみれになっている。それも一匹でなく、二、三、四匹と、けっこう多い。道標として表側の月にやって来るまで役立ってくれたので少し残念だったが、仕方なかった。
これほどの事態を起こして、ただで済むとは、クラウンピースも思っていない。地獄と月、両方の実力者が動き出すだろう。またなにか罰を受けるかもしれない。でき始めたこの荒れ野の楽園は、すぐにまたかき消されてしまうかもしれない。それでもいい。今日この日、クラウンピースは希望を見つけた。
希望とは、欲望とは似て非なるもの。大枠として、確かに欲望かもしれない。しかし、挫けても挫けてもその都度頭をもたげる意志の力強さを、ただ欲望という言葉だけで説明してしまうのでは不充分だ。彼女は、胸のうちに希望の種を植え込んでしまった。これから先、なにがあろうと、彼女はまた、この希望に基づいて動き始める。たとえ何度失敗し、罰を受け、道を閉ざされたとしても、その意志は途絶えない。
クラウンピースは、自分が新たな出発点にいるのを自覚する。足元の喧騒をよそに、せめてもうしばらくの間だけでも五感の快楽を存分に味わおうと、宇宙に抱かれたまま、心身の毛穴を全開にした。
実際、日本的な地獄とインフェルノ(欧米的地獄)はどういう絡みなんですかね…小町やその同僚が入れるなら地続きなのかな
イェツラー回廊があるなら本拠は魔界かね
そして全自動ホーミング鉄球と化した3つの星にやはりというかなんというか、みんなそう考えるんだなぁと。
クラウンはアメリカと縁がありそうだしもうちょい面白いやつらな気がする
クラウンはアメリカの穢れそのものだとかそういうのの感じがする
小物さをMAXにしたらこういう安っぽい風になるのかな?
おのれクラウンピース許すまじくんかくんかしてやる!特に腰あたり!
ヘカーティアは怖いですね。
とりあえず究極に頭おかしい。これぞ、私の見たクラウンピースのイメージ。
へカーティアの登場で六道的地獄観とギリシャ神話のハデス的地獄観の両者が東方世界に出現することとなりましたが、その両者の地獄観について掘り下げると面白そうかな、などと思いました。