「明日は五山送り火よ!」クーラーの効いた部屋でチョコミントアイスをはむはむしていたところ、唐突に蓮子が叫びました。
「ゴザン? オクリビト?」
「五山送り火よ。京都四大行事の一つで、すごく賑わうのよ」
京都四大行事とは葵祭、祇園祭、時代祭、五山送り火のことで、京都の街が一丸となって取り組む大きなお祭りのことです。
その五山送り火は八月十六日に行われて、京都を囲む山々に火を放つのだそうです。
「ヤマカジ? イノシシ焼く?」
「メリーの頭の中では一体どんな光景が浮かび上がっているのか、すごく気になるわね。えーっと、よし、百聞は一見に如かず。屋上に行きましょう!」そう言って蓮子は私の手を取って立たせました。
「もうすぐご飯だから早く帰って来なさいね」とキッチンから蓮花さんが言いました。
「今日のご飯なーに?」
「ひやむぎよー」
このひやむぎというのはうどんの一種で、そうめんみたいにすごく細い麺をめんつゆにつけて食べる夏の風物詩です。
夏の暑い日でも喉越しが良いので食べやすく、しかし私はいまだにあの麺を啜るという動作がうまくできません。
ちゅるちゅると啜るくらいはできても、蓮子のようにナイアガラ瀑布のようにずぞぞぞぞと啜るのはまだ難易度が高いようです。
ひやむぎは西日本では全体的に知名度が低いのですが、宇佐見家ではよくお昼に出されます。
というのも、蓮子のお父さんである恭一さんが東京出身だからなのだそうです。
ちなみに私は東京がどういった場所なのか知りません。
「わかったー! すぐに戻るからな茹で始めちゃっていいよー!」そう言って私たちは家から出ました。
エレベーターで最上階に向かい、階段で屋上に上ります。
鉄扉を押し開けるとむわっとサウナもかくやという熱気が襲いかかり、蝉のせわしない鳴き声が一段と音量を上げました。
足が少なく頭にクワガタのような小さなハサミを持ったムカデ、といった風貌の虫が行列を作っている屋上の東側へと蓮子に引っ張られて行きます。
「うわ暑い。湿気と地面の照り返しがきつい。茹だる。茹蛸になる」
「レンコ、だめね。ちゃんとセーのつくもの食べなきゃ、元気でないよ」私は足元をうごうごと這う奇妙な風体の虫をつまみあげて蓮子に差し出しました。
「ぎゃあ!」蓮子は叫んで二メートルほど後ろへと飛び跳ねましたので、思ったより元気そうです。
「これ、マゴタロームシ。セーがつく。子宝ぼこぼこ」
「ひっひっひっ」蓮子は涙目になりながらいやいやと首を振りました。
都会っ子とはかくも虫を忌み嫌うものなのでしょうか。
私は手の中で身悶える孫太郎虫(らしき虫)を、列の中に放ってやりました。
こんな暑い日にマンションの屋上で、この虫たちは一体なにがしたいんでしょうか。
謎です。
「そ、それで、五山送り火だけれど」蓮子は仕切り直しましたが、少々腰が引けているのが滑稽です。
蓮子は屋上の東側から臨む山々を指差しました。
「あの山の表面、一部だけ剥げていて薄っすらと『大』って書かれているでしょう? あれが浄土寺七廻り町の大如意ヶ嶽なんだけど、あの文字の形に火を灯すの」
見ると、確かにノートルダム女子学院中学校があるあたりの山が一部だけ十円ハゲのように剥げていました。
目を凝らして見ると大という文字が書かれていなくもないような、といった感じでした。
とかく遠くて見にくいのですが、これが夜に火をつけるとなるときっと遠くに揺らめく炎が美しい文字を描くことでしょう。
「あとは松ヶ崎の西山と東山にそれぞれ『妙』と『法』、松ヶ崎妙法はこれで一つの扱いよ。賀茂川上流の上賀茂神社を過ぎたあたりの西賀茂船山に舟形万灯籠、これは舟の形。そのままね。そこから少し南下して左大文字。これは鹿苑寺の近くね。それと、嵯峨野にある鳥居形松明」
蓮子は如意ヶ嶽から北、北西、西へと指をさしていきましたが、如意ヶ嶽以外は遠くて見えませんでした。
「それぞれに順番に火を灯して、お精霊さんという死者の魂をあの世へと送るのよ。だから、五山送り火」
成る程、と私が納得して見せると、蓮子は満足げにうんうんと頷きました。
蓮子はこうやって知識をひけらかす、もといレクチャーをするのが好きなのです。
「それを見にたくさんの人が京都に集まってね。市内も五山送り火が焚かれるときは景観の為に電気を消していくから、いつもよりずっと暗くなった街から五山送り火だけが燦然と輝くのよ」
あとは屋台もたくさん出るから、色々と食べ歩けるわよ! と蓮子はウキウキした様子で言いました。
ああ、こっちが本命なんだな、と私は理解しました。
基本、蓮子は花より団子スタイルです。
「とまあ、そんなところかな。で、明日一緒に市内を廻りましょう!」そう言って蓮子は私に手を差し伸べました。
なんだか明日は楽しい一日になりそうです。
「うん!」と答えて、私は蓮子の手を取りました。
「じゃ、暑いからさっさと部屋に戻ろう」と、蓮子は私の手を引いて屋上を後にしました。
ひやむぎは揚げ茄子と、青唐辛子のめんつゆ漬けと一緒にいただきました。
大変美味なものでした。
さて、翌日の八月十六日となり、私は朝早くに目を覚ましてベランダで毎朝の日課であるラジオ体操をしました。
しかしラジオから流れてくる男性の言葉は半分ほどしか理解できず、私の体操を見た蓮花さんに「えっ、なにか召喚するの?」と言わしめるような体操となってしまったことは否定できません。
体操を終えてベランダから京都の街並みを見下ろしますと、なんだかいつもより街を行き交う人々の数が多く感じました。
うごうごする彼らはどこかせわしなく、浮き足立っている様子でした。
そんな光景だけでも、五山送り火がどれほどの行事であるのかが窺い知れました。
早速蓮子を起こさなければと、私は彼女の部屋に入りました。
蓮花さんが片付けるも虚しく、蓮子の部屋は大学生の男汁が染み込んだ四畳半もかくやという汚さでした。
こと部屋を汚すことに関しては、蓮子は天才的なまでに如何なくその能力を発揮します。
私は地面に散らばっているお菓子の袋やくしゃくしゃになったプリント類を避けながら、蓮子が横たわるベッドへと近づいて行きました。
その難易度たるや、軽いアスレチックといった趣です。
無事にベッドへと到達すると、私は蓮子の耳に顔を近づけ、ふぅっと優しく息を吹きかけてやりました。
たちまち「きゃんっ」と可愛らしい悲鳴をあげて、蓮子は飛び起きるのでした。
蓮子は耳が弱いのです。
「オハヨウゴザイマス、レンコ! ゴザンだ! オクリビトだ!」
「んむぅ、いま何時?」
「えー、ロク、時、ゴ、ジュウ、分」
「……夜の?」
「オハヨウゴザイマス!」
「あー、まだ早朝じゃない。五山送り火は夜の八時なんだから、まだまだ先よ……」
最後の方は消え入りそうな声になり、蓮子は再び寝息を立て始めました。
私は再び蓮子の耳に顔を近づけ、耳たぶをくちびるではむと咥えてやりました。
再び「はにゃんっ」と可愛らしい悲鳴をあげて、蓮子は飛び起きました。
「耳はやめてよ耳は!」蓮子が両耳を手で塞いで顔を真っ赤にしながら訴えましたが、私は聞く耳を持ちませんでした。
こんなにもオモチロイことをやめろと言われておとなしくやめる人がいるでしょうか。
私はこれからも容赦なく耳を責める所存であります。
「わかったわかった、起きる起きます起きるってば。んもう」
髪の毛を寝癖でぼさぼさにしながらぶうぶう言う蓮子とリビングに入ると、蓮花さんが朝食の準備をしておりました。
「あれっ、パパは?」
「少し前に仕事に行ったわよ。蓮子ったら、夏休みだからってぐうたらしすぎね」
私と蓮子は蓮花さんを手伝って、完成した料理をテーブルへと運びました。
今日の朝食はご飯にお味噌汁、納豆に塩鮭に錦市場の「神足漬物店」で購入した京野菜のぬか漬けでした。
私は日本に来てからこの納豆という不思議な食べ物をいたく気に入っておりました。
醤油、味噌、豆腐、豆乳、おから、湯葉、油揚げ、厚揚げ、きなこ、えだまめ、豆腐ハンバーグ、これら全ては大豆でできており、その大豆を納豆菌で発酵させた食べ物こそ納豆に他ならないのです。
納豆は臭いなど癖が強く、日本人の中にも苦手だという人が大勢いると蓮子に教わりましたが、恐々と口に運んだその糸を引いた豆はなかなかの珍味で、それをご飯にかけて食べるとこれがまた絶品でありました。
マヨネーズを混ぜてみたり、刻んだネギをトッピングしてみたり、ふりかけをかけてみたりと様々なバリエーションを試してみましたが、どれも外れがなく美味しいのです。
納豆はとても素敵な食べ物です。
「それで、今日は五山送り火を見てくるの?」朝食の席で蓮花さんが訊ねました。
「うん、とりあえず五山全部に着火されたら帰ってくるつもり。それまでは屋台めぐりかな」
「レンコ、屋台めぐりメイン、オクリビトはついでだから」
「オクリビトじゃなくて、送り火ね」
「ハナヨリダンゴー」
「人の話を聞いてないなこいつ」
朝食を終えて、私はさっそく蓮子を連れて外に出ようとしましたが、蓮子に止められてしまいました。
「あのね、メリー。五山送り火までまだずーっと時間があるの。そんな早くから待つ人はいないでしょう? 待つ人がいなかったら、屋台だって開かないでしょう? 日が沈み始める夕方からが本番なの。だから、それまで私は寝るわね」
しかしもちろん、そんな言葉に納得するような私ではありません。
日本に来て、蓮子の相手をしてからというもの、私の精神力はぐっと高まった気がします。
「レンコ! ちゃんとしなさい! 宿題やってないくせに!」
「ちょっ、それは関係ないでしょう! それにメリーは宿題ないんだから、口出しするのは卑怯よ!」
「わたし、日本語勉強でがんばった! レンコ、なにがんばった?」
「わ、私だって、そのー……ああもう! うるさい! とにかく、いま行ったって何もないんだから、私は行かないわよ!」
読者諸兄にはどうかくれぐれも、このころの私が日本の知らない風習に心躍らせるいち小学女児にすぎないことを考慮いただいたのち、寛大な心でもって受け入れていただきたい。
今にして思えば蓮子の言っている言葉は至極当然のことでありました。
しかし私はこの時、いわゆる切れてしまったのです。
「じゃあ、知らない! 私一人でいくので!」気がつくと私はそう叫んでおりました。
皆さんも経験はおありでしょうが、小学生というのはかくも冷静に物事を考えられないお年頃です。
売り言葉に買い言葉で、蓮子も「わかったわよ! それじゃあ勝手にすれば!」と言ってそっぽを向いてしまいました。
私は後のことも先のことも考えずに、感情に任せて家を飛び出しました。
「メリーちゃん!」と背中から聞こえてきた蓮花さんの声も無視をしました。
エレベーターで一階に下りて、熱された御池通に飛び出します。
とりあえず、如意ヶ嶽がある東へ向かおうと、私は御池通に沿って歩いていきました。
道をゆく人々の数は普段よりも多いのは確かなのですが、しかし日本の祭りの正装である浴衣を着た人は一人もいません。
私は少しばかり不安に思いながらも京都市役所前を通り過ぎて、御池大橋にさしかかりました。
お祭りをしようとしている風な人は見当たりませんでしたし、屋台もどこにもありませんでした。
喉が渇いたので自動販売機で飲み物を買おうとしましたが、怒りに任せて家を飛び出してしまったのでお金なんて持っていませんでした。
それでも私は歩き続けました。
今、蓮子がいるあの家には帰る気にならなかったのです。
私は鴨川沿いを川上へと向かって歩きました。
しかし、小学生の体力なんてたかが知れています。
おまけに今は八月の中旬、夏真っ盛りです。
どんどん体力は失われていって、喉も渇いて、頭もくらくらとし始めました。
そしてふっと目の前が真っ暗になったかと思うと、私は地面に倒れてしまったのです。
アスファルトが火傷しそうなほどに熱されていましたが、起き上がる体力もありませんでした。
「……んぱい……先輩! ……です……倒れて……」遠くからやまびこのように声が響いてきました。
頭の中がぐわんぐわんと回っていて、うまく聞き取れません。
「こりゃあ……水を……木陰に……」
不意に体が持ち上げられる感覚がありました。
意識もふわふわと空を飛んでいるようなものでしたので、なんら違和感を感じませんでした。
ぼうっと目を開くと、眼鏡の痩せた青年の顔がすぐ近くにありました。
どうやら彼が私の体を抱きかかえているようです。
なんと、お姫様だっこ!
私はどきどきしながら見も知らぬ青年に何処かへと運ばれて行きました。
今なら自信を持って言えますが、このどきどきは決して恋によるものではなく、単なる熱中症であるからに他なりません。
決して、決してお姫様抱っこをされてどきどきしているのでは!
そうして、私は鴨川東岸の河原の木陰に寝かされて、青年のガールフレンドと思しき黒髪の乙女が持ってきた、キンキンに冷えたスポーツドリンクを優しく口の中へと注いでもらいました。
全身に染み渡っていく水分の、なんと瑞々しいこと!
青年はきていたワイシャツを鴨川で濡らすと、それを私の上に被せてくれました。
全身がひんやりとして冷たく、体の熱も徐々に発散されていくようでした。
私は何か喋ろうとして、しかし舌がうまく回りませんでした。
私の顔を覗き込んだ黒髪の乙女が、無表情で、ともすれば睨んでいると間違われかねない鋭い目つきのまま、立てた人差し指を口の前に持って行って「しぃー」と言いました。
「無理をしてはいけません。しばらくお休みになってください」
その凛とした声に、すっかり私は気を緩めてしまい、すとんと落ちるように意識を失ってしまいました。
十分ほど経ってからでしょうか、私は自然と目を覚ましました。
目を開けると、左右に眼鏡の青年と黒髪の乙女が座ってこちらの様子を伺っておりました。
「おや、目が覚めたようだ。体の具合はいかがかな?」青年が言いました。
「はい、よくなりました。アリガトウゴザイマス」
「礼なら彼女に言いたまえ」と青年は軽く顎で黒髪の乙女を指しました。
彼女は「道で倒れていたら放っておくことはできません。当たり前です」とはっきり言いました。
「家は近いのですか? 差し支えなければ送っていきましょう」
「ダイジョブ、歩けます」と言ったものの、立ち上がろうとしても体が動きません。
「やっぱりまだ体が回復していないのでしょう。送ります。家はどこですか」黒髪の乙女は有無を言わさぬ勢いで詰め寄ってきましたが、それが優しさであることは十分に伝わってきましたので、私は大人しく家を教えました。
今度は青年におんぶされて、私は家へと向かうこととなりました。
道をゆく人々の視線が集中して、なんだか恥ずかしくなってきました。
男の人の背中にこうも密着したのは、後にも先にもこれだけであったと記憶します。
「こんな暑いなか、お金も持たずに何をしていたのですか?」隣を歩いていた黒髪の乙女が訊ねました。
「えっと……友達、喧嘩して、家を飛び出た。わたし、わがまま言ったから、嫌われたかも……」話していて、視界がだんだんとぼやけてきました。
鼻の奥がツンとしみて、じわりと目に涙がたまってきました。
「わたし、なんと馬鹿なのでしょ。レンコ、大切な友達だから……嫌われたくない……レンコとゴザンのオクリビト、見に行くって、なのに……」
黒髪の乙女がよしよしと私の頭を撫でました。
私は青年の背中に顔を埋めて、静かに泣きました。
蓮子は私を許してくれるでしょうか。
もし許してもらえなかったら、なんて怖くてとても考えるこよができませんでした。
すると、黒髪の乙女は優しい声色で言いました。
「誠心誠意、心から謝ればいいのです。喧嘩してしまった友達もあなたのことが好きなら、今ごろきっと後悔しています。嫌われちゃったらどうしようって泣いているかもしれません。だから、しっかり謝るのです」
私は青年の背中に顔を埋めたまま、うんうんと頷きました。
「なんと美しき哉。私もかつてはこのように皆から無償の愛をほしいままに甘受する、心清らかな幼子であった。願わくば君がいつまでもその清らかな心を忘れないよう願おうではないか」青年がしみじみと呟きました。
「我々のような阿呆には決してなってはいけないよ」
「先輩、私もその阿呆とやらに含まれているのですか?」
「むにゃむにゃ」と青年は誤魔化しました。
どうやら私は泣き疲れてそのまま青年の背中で眠ってしまったらしく、気がついたら自室のベッドから見慣れた天井を眺めていました。
起き上がろうとしましたが、体が重くて言うことを聞きません。
なんとか顔だけ動かして横を見ると、布団に顔を埋めて蓮子がぐずぐずと泣いていました。
蓮子は私に気付いて顔を起こすと、その顔をより一層くしゃくしゃにして、びええと涙を流しました。
「メリー、メリー、ごめんね、ごめんね。私、メリーのこと蔑ろにして、突き放して、そのせいでメリー、倒れちゃって、私……私……」蓮子は私の手を握ると、祈るように額にあてがいました。
「ごめん……メリー、ごめんなさい……ごめんなさい……」
蓮子はわんわんと泣きながら謝り続けました。
彼女が言った通り、蓮子も後悔していました。
でも、蓮子は何も悪くないのです。
悪いのは全て私なのです。
だから、蓮子は謝る必要なんてないのです。
蓮子が涙を流す姿なんて、見たくないのです。
「レンコ……」私は握られた手で彼女の頬をそっと拭いました。
「アヤマラナイデ。レンコ、なにも悪くない。わたしが全部ワルイ。わたし、レンコにわがまま言った。困らせた。バカだった。きらわれる、思ったらイヤで、わたし、コワクテ……レンコ、わたしをキライ、ならないで」
「ならない……ならないよ……ずっとずっと好きだよ。私、メリーが大好きだよ!」
「わたしも、レンコ、ダイスキ!」
蓮子は布団の上から私に抱きつくと、私のちゅっと頬に軽い接吻をしました。
「誓いのキッス」と蓮子は歯を見せてにししと笑いました。
ななな、恥ずかしげもなくなんということをするのでしょうか!
私はぽっぽっと熱くなる顔を布団で隠しました。
蓮子は将来、すれ違う人をのべつまくなしに恋の迷宮へと突き落とすような魔性の女になるに違いありません!
なお、当時の私のプロファイリングには大きな欠点があり、結論を申しますと蓮子が魔性の女となるには至らなかったことをここに記しておきます。
「あと、ママが、メリーは絶対安静だから、今日の五山送り火に出かけたら駄目だって」蓮子はしゅんと表情を曇らせました。
「レンコ、わたしはいいから、レンコ、行ってきなよ」しかし蓮子はふるふると首を横に振ります。
「メリーと一緒に行けないなら、いい。五山送り火よりも、たこ焼きよりも、焼きもろこしよりも、りんご飴よりも、金魚掬いよりも、わたあめよりも、チョコバナナよりも、型抜きよりも、ヨーヨー掬いよりも、メリーと一緒にいる方が、百倍いいから」
そう言って蓮子はぼふんと私の胸に顔を埋めました。
「メリー、ちょっと大きくなってる」胸をもにゅもにゅと揉みながら、ぼそぼそと何やら蓮子が呟きました。
私は彼女の頭をそっと撫でながら、再び目を閉じました。
意識は闇に溶け込み、いつしか私は蓮子の頭に手を乗せたまま眠りにつきました。
夢を見ました。
主人公は私で、登場人物は蓮子と、それから意外にも天狗様でした。
そして例に漏れずこの時の私も、この夢が夢であるという自覚は持っておりませんでした。
「熱中症で倒れるとは、空を飛んでいればこんなことにはならなかったものを」天狗様は呆れた風に言いました。「夏の現世はアスファルトからの照り返しが暑くてかなわん」
「空、飛び方、わたし知らないです」
「なあに、簡単なことだ。足を持ち上げて、中空に立てばいい。地面に落ちなければいいんだ。地面に足をつけようとせず、中空に固定するのだよ。君にならできる。見込みがあるからね」
天狗様はそう言うと、すたすたと中空の見えない階段を上っていってしまいました。
私も天狗様に倣って右足を一歩、中空に踏み出してみました。
すると、手応え……いえ、足応えはないものの、足が地面に着かないようにすれば確かに着きません。
私はそのまま左足をさらに上へ踏み出してみました。
すると私の体は右足が中空に固定されたまま、左足を中空に踏み出すことに成功したのです。
コツを掴んだ私はするすると空を登って行きました。
これはオモチロイものです!
どんどん登っていきましょう! どんどん!
やがて概念に囚われなくなった私は、足を動かすことなく、すいすいと空を自由気ままに飛ぶまでに成長したのでした。
今の私は空飛ぶ外国人天狗といった趣です。
ですが少々統一性に欠ける組み合わせに思えました。
「おおい! おおい!」ふと、下の方から声がしました。
降りてみると、蓮子が目をキラキラと輝かせて、こちらに羨望の眼差しを向けておりました。
「凄いわメリー! あなた、まるで天狗みたいよ! 空を飛べるなんて!」
いやいやそれ程でも、と私は鼻が高くなりました。
それこそまさに天狗さながらであります。
「レンコ! 捕まって!」気を良くした私は蓮子に手を差し伸べ、彼女が手を取るとぐいと引っ張り抱き寄せました。
そして蓮子を脇に抱えるようにして、ぐんぐんと上昇して行きました。
「ミョウアン! レンコ! ゴザンのオクリビト、見にいこ!」私は蓮子に提案しました。
「でも、ここが何処だかわからないわ」
私は周囲を見回して、目に留まった結界の境目へと近付いていくと、えいやとその中に飛び込んで行きました。
どうして目に留まったのかといいますと、その結界の境目には見覚えがあったからです。
ぐるぐると回る景色の中を、蓮子と私は飛んでいきます。
蓮子が移り変わる空を見ながら「十五時二十九分七秒、長野県白馬村、六時十一分五十六秒、秋田県大館市、二十三時四十九分一秒、神奈川県大和市」と呟きました。
「メリー、私これに見覚えがあるわ!」
「レンコ、ノーリョードコのケッカイ、これと繋がってる!」
「なるほど、どおりで既視感があると思ったわ!」
ふと見ると、はるか上の方で何やら花火めいた光が燦然と模様を描いておりました。
それは思わずうっとり見とれてしまう美しさでありました。
赤や緑といった色とりどりの光弾が、縦横斜めへと縦横無尽に飛び回っております。
そして近付くにつれ、それが空を飛ぶ人と人が撃ち合っている弾幕であると気がつきました。
その二人はまるでお互いに芸を披露するかのように、美しい弾幕を披露しあっておりました。
片方は頭に赤いネクタイを巻いた、少々赤ら顔の女性でした。
そしてもう片方は……。
「京都府京都市、十九時四十五分五十六秒! 今よメリー!」
美しい弾幕の隙間を縫うように突き抜けて、私と蓮子は結界の境目を抜け出しました。
向こう側は先斗町の納涼床で、そこでは喧々囂々と宴会が行われております。
一同は突然出現した私たちに仰天している様子でしたが、
「天狗だ! 天狗が出たぞぉ!」
「何が天狗だ! 詭弁も甚だしい!」
「美女であるなら天狗もまた良し」
「よく見ろどこからどう見ても小学生だろうが!」
「というかさっきまでいた女の子二人じゃないか?」
「まさか、さっき両親と帰ったばかりだ。他人の空似だろう」
「だが自称天狗のあの男とも親しげであった所を見るに、彼女もまた天狗である可能性は捨てきれぬ」
「ううむ、これはややこしくなってきたぞ」
と、何やら楽しげな様子でした。
私は詭弁論部のみなさんと騒いだあの夜を思い出しました。
私の初めての納涼床は楽しい思い出に彩られております。
私は納涼床で騒ぐ彼らにさよならを言って再びふわりと浮かび上がりました。
そして湿気った風を全身で切りながら、一気に上空数百メートルまで飛び上がりました。
遥か下で燦然と輝く京都の上空を、鳥や天狗がそうするように自由に飛び回ります。
「凄いわ! 私たち本当に空を飛んでる! 夢みたいだわ!」蓮子が輝く瞳を眼下に向けてはしゃぎました。
「ほっぺ、つねったらわかるかも」
「ううん、いい! 夢でも夢じゃなくても、もう少し飛んでいたいから!」
下を見ると、三条大橋西詰のコンビニエンスストア脇の細道を、先斗町に向かって三階建電車のごとき奇妙な乗り物がしずしずと走っておりました。
あれには見覚えがあります。
納涼床の帰りにちらと目にした乗り物です。
その乗り物は眠らない先斗町界隈でもとびきり眩しく輝いておりました。
きっとあの電車の中で老人と女子大生がお酒の飲み比べでもするのでしょう。
さらに北上して鴨川デルタ上空に向かいます。
賀茂川と高野川が合流する鴨川デルタ周囲には屋台が軒を連ねており、屋台の明かりが照らす道には人がうごうごち蠢いておりました。
賀茂川の飛び石を挟んだ反対岸から、デルタに向けてロケット花火が斉射されております。
ロケット花火の雨に降られて右往左往する阿呆学生たちは、負けじと賀茂川の飛び石を渡って敵の阿呆学生に応戦しておりました。
なんたる阿呆でしょうか、阿呆と阿呆の阿呆で不毛な戦争が繰り広げられています。
ですが、とても楽しそうです。
私たちはデルタの松の木のところにこっそりと着地すると、屋台が並ぶ通りに向かいました。
賀茂川沿いのその道は歩行者専用となっていて、浴衣なんぞを着た仲睦まじき男女などがうごうごちんちんかもかもしている様はまさにお祭り然としておりました。
しかし互いの毛穴を確認し合うかのような男女の姿は少々見るに堪えないものであり、私はほんのり顔を上気させながら目を逸らしました。
ああいった行為を公衆の面前で惜しげなく繰り広げるのは、若干破廉恥に過ぎます!
一方、そんなもの気にも留めない蓮子は無邪気にも「ああ、屋台はやっぱりいいわね!」と嬉々として屋台を駆け回っては、たこ焼きや焼きもろこしやりんご飴やわたあめやチョコバナナを買い漁っておりました。
金魚掬いや型抜きやヨーヨー掬いは、空を飛ぶのに邪魔なるので挑みませんでした。
蓮子は両手にたくさんの食べ物を抱えて、さあ行きましょうと促しました。
両手に花より団子といった趣です。
私と蓮子は再び京の夜空に浮かび上がり、何もない中空に腰掛けてたこ焼きややきもろこしやりんご飴やわたあめやチョコバナナを食べました。
たこ焼きというこの球体はなかなかに難易度の高い食べ物でありました。
一口大の丸くて柔らかいそれを食すのに、与えられた道具は一本の串だけなのです。
いかんせん柔らかいので串は簡単に球体の薄皮を破ってしまいますし、運良く中に秘められたタコを直接刺すことができたとしても、持ち上げてみるとタコだけが球体から飛び出てくる始末。
「レンコ、これ、食べられない……」結局私は蓮子に泣きつき、あーんと食べさせてもらう打開策により事なきを得ました。
たこ焼きは大変美味なものでした。
「この木くず、フーミがあってオイシー」
「木くずじゃなくてかつお節よ」
熱々のたこ焼きを口の中ではふはふして幸せに浸っておりますと、蓮子が空を見上げて「十九時五十九分三十秒」と呟きました。
ぽつぽつと京の町灯りが消えていき、京都は静かに暗くなっていきます。
四条烏丸のオフィス街や、祇園に連なる提灯も、あの先斗町ですら今は薄暗くなっているのです。
下鴨神社界隈に一つだけぽつねんと赤い灯がともっておりました。
目を凝らして見てみると、それはどうやらラーメンの屋台のようでした。
屋台のラーメンがどのような味であるのかはわかりませんでしたが、いつしか一度は訪れてみたいものです。
ただ、少々入店難易度は高めに思えます。
「メリー、まずは二十時ちょうどにあの如意ヶ嶽よ」そう言って蓮子は東を指差しました。
昨日の昼間に屋上から見た山です。
蓮子がカウントを始め、私はじっと目を凝らして如意ヶ嶽の斜面を眺めました。
「二十時ジャスト!」蓮子が言うのと同時に、ぽうっと山の斜面に火がつきました。
火は同時に何十箇所へと点々とともされ、闇の中に「大」という文字が浮かび上がりました。
同時に、薄暗い京都の町に点滅する白い光がいくつも生まれました。
何百何千と瞬くそれは、まるで夜空に浮かぶ星々のようでありました。
「圧巻ね、あれ全部カメラのフラッシュだわ」
「すごい……オクリビトもマチも、キレイ……」
うっとりと闇の中に輝く光景を眺めていると、蓮子が「次は五分後に松ヶ崎妙法よ」と言いました。
五分後に北の方角、松ヶ崎の西山と東山にそれぞれ「妙」と「法」の文字が浮かび上がり、再び白い瞬きが京都を覆い尽くしました。
ふと、なにか違和感を感じました。
何かが遥か上空にある、そんな気がしたのです。
しかし、目を凝らして見てもそこには星空しか見えませんでした。
「どうしたの、メリー。藁半紙をくしゃくしゃにしたみたいな顔をして」
「そんな梅干しみたいな顔、してない!」
どうやら蓮子はこの違和感に気付いていないようでした。
まだ熱々の焼きもろこしをはふはふしておりますと、今度は北西の方向に舟の形の火が浮かび上がりました。
続いて今度は鹿苑寺の辺りに大の字が、今度は書き順に沿って点火されていきました。
その時、私は町を覆い尽くす白い光が瞬いていない事に気がつきました。
それらはふわふわと所在無さげに町を揺らめいております。
「えっ、ちょっと、なによこれ……」蓮子も気がついたみたいで、白い光に包まれる京都の町を驚いた風に見下ろしました。
そして最後に、西の方角に鳥居の形の火がともされると、先ほど感じた違和感の正体が浮かび上がりました。
遥か上空に巨大な結界が浮かび上がったのです。
数千、数万の白い光が渺茫として、まるで逆さに降る雪のように上空の結界へと向けてゆっくりと浮かび上がって行きました。
私はすぐ横を上ってゆくその光に触れようと手を差し伸べましたが、光はすうっと私の手をすり抜けてどんどん高くへと上がっていきました。
光が手に触れた瞬間、ひんやりと冷たいものがありました。
「あれが……お精霊……?」
「オショライ……キレイ……」
私とメリーは京都の空に寝転がって、夜空を眺めました。
「レンコ、ゴザンのオクリビト、すごいね……」
「私だってこんなの初めて見たわよ。今まではずっと鴨川デルタのところで大文字山の送り火しか見られなかったからね。こうやって五つ一緒に見るのは初めて。それに、お精霊が見えたのだって」
蓮子はごろんと体をうつ伏せにすると、下から浮かび上がってくるお精霊の光を眺めました。
「メリーが一緒だからかな、こんな風に見えるのって」
「ふふん、空も飛べますので」私はむんと胸を張って答えました。
「天狗様は胸が大きくなるのも早いのう」
「レンコ、セクハラは、だめ!」
夜の空できゃっきゃとじゃれあった後、私たちはどちらからともなく帰ることを提案しました。
「お腹も空いたしね」と蓮子がお腹を押さえながら言いました。
「あんなに食べたのに」と私は呆れました。
「夢の中でお腹いっぱい食べたら、起きてもお腹いっぱいになるものなのかしら」
「これは夢じゃないよ?」
「どうかしら」
私と蓮子は同時にお互いの頬をつねりました。
痛い。
気がつくと、私はベッドに寝ておりました。
私の上では蓮子が布団に顔を埋めながら私の頬をつねっており、私も片方の手で蓮子の頭を撫でながら、反対の手で蓮子の頬をつねっておりました。
「えへへへ……メリー、おっぱいもつねっていーい? うぇへへへ……」
蓮子は頬をつねられても起きる気配を見せません。
はぁー、と私はため息をつきました。
夢の中の蓮子が言った通り、あれは本当に夢だったようです。
空を飛べるなんて、あれが現実だったらどれほど素敵だったことか!
それでも、と私は思いました。
それでも、私の中では、あの五山送り火は紛れも無い現実でした。
生ぬるい空気も、煌めく夜空も、たこ焼きの芳しいソースの香りも、焼きもろこしの甘しょっぱい味も、燦然と輝くお精霊も。
私の体がそれを覚えています。
脳がそれを覚えています。
全ては脳を通じて知覚するのであれば、脳が生み出した夢もまた、現実なのではないかしらん?
偶然にも私は相対性精神学の基礎的な考えに至っておりました。
いつもなら答えを教えてくれるであろう蓮子は、未だ眠っております。
私はつねるのをやめると、その手をよだれを垂らしながらいかがわしい寝言を呟く蓮子の耳にシフトさせ、耳たぶを優しく摘みました。
そんな夢からは早急に目覚めさせてしかるべきです。
蓮子はすぐに「わひゃあっ」と素っ頓狂な叫び声をあげて飛び起きました。
「オハヨ、レンコ」
「んもう、耳はやめてってば!」蓮子の顔は見る見る真っ赤に染まっていきます。
あんまり可愛らしいので、蓮子の顔を両手で挟んで固定して両耳をこしょこしょとくすぐったところ、「ちょっ、ま……や、やめっ……!」と蓮子はこそばゆそうに身を捩らせました。
目にうっすらと涙を浮かべる蓮子のなんと可愛らしいことでしょうか!
しばらくそうして蓮子を弄んでおりますと、とうとう限界がきたのか蓮子はぽろぽろと涙を流しながら「あっ、あんっ……んっ、んっ……」となにやらいかがわしい声を出し始めました。
私は蓮子の耳を弄りながら、思わず顔を真っ赤にしてしまいました。
これはいけません、なんだかひどく破廉恥です!
慌てて手を離しますと、蓮子は私の上で力なくぐったりとしておりました。
時おり思い出したかのように体が痙攣しております。
「んっ……メ、メリー……ひどいわ……」
「だって、恥かしがるレンコ、カワイイんだもの」
「うう、なんだかすごく気持ちよかったのが逆に腹立たしい……」蓮子は小さく呟くと、私の上にごろんと寝転がったまま窓の外を眺め始めました。
「二十時三十二分五秒……あー、終わっちゃったわね、五山送り火」蓮子は残念そうに呟き、それから私の顔を見上げました。
「来年は一緒に観に行こうね、メリー」
「うん」
それから蓮子は再び窓の外へと目を向け、私も蓮子と一緒に窓の外を見ました。
「あっ!」思わず私は声を上げてしまいました。
遥か上空に巨大な結界が浮かんでおり、そこに無数のお精霊がふわふわと浮かび上がっているではありませんか!
ですが、今の蓮子にはどうやら見えていない様子でした。
あれが蓮子にも見えたのは、本当に私の力なのでしょうか。
と、部屋の扉がノックされて蓮花さんがひょっこりと顔を覗かせました。
「蓮子、メリーちゃん、ご飯できてるわよ」
「はあい!」と蓮子はベッドから飛び降りました。
「メリーちゃん、もう大丈夫?」蓮花さんが心配そうに訊ねました。
「はい! ゴシンパイおかけしました。もうおなか、ペコペコです!」私も布団から起き上がると、リビングへと向かいました。
「レンコ、ゴザンのオクリビト、キレイだったね!」私は言ってからハッとしました。
夢の中の蓮子は、あくまでも夢の中の蓮子です。
どんなに夢が主観的に見れば現実であったとしても、夢の中の蓮子が目の前にいる蓮子とイコールで結ばれるわけではないのです。
しかし、蓮子は意外な反応を示しました。
「そうね、それにあのお精霊もすごく綺麗だったし……ん?」そこまで言って、蓮子が首を傾げました。
「空、気持ちよかった」
「たこ焼き美味しかったわね」
「またノーリョードコ、いきたい」
「焼きもろこしもなかなかだったわ……」
「鴨川デルタ、いつもロケット花火、降ってる」
「あっ、焼きそば食べてない!」
「なんで食べ物ばっかり?」
私は驚きました。
蓮子は私の夢の中の情報を知っておりました。
つまり私の夢の中の蓮子は、紛れもなく目の前にいる蓮子その人だったのです。
「何言ってるのよ、さっきまで二人仲良く寝ていたじゃない。夢でも見ていたの?」
蓮花さんがおかしそうに笑いました。
夢を見ていたことに違いはありませんでしたが、まさか同じ夢を二人で共有しながら見るなんて、そんなこと……。
「ありえないわよね?」蓮子が囁くように言いました。
「でも、ワタシの夢、レンコも知ってた」
「メリーと一緒に空を飛んで五山送り火を見る夢なら、確かに見たわよ」
「夢のキョーユー、レンコのユメにワタシが入った? それとも逆?」
人の意識の中に他人の意識が入り込む、なんてことが実際に可能なのでしょうか。
にわかには信じがたいことでしたが……。
すると、蓮子は悪巧みを思いついたみたいににやりと笑みを浮かべました。
なんだか嫌な予感がします。
「メリー、また後で挑戦してみない? 夢の共有」
嫌な予感は見事に的中しました。
「ゴザン? オクリビト?」
「五山送り火よ。京都四大行事の一つで、すごく賑わうのよ」
京都四大行事とは葵祭、祇園祭、時代祭、五山送り火のことで、京都の街が一丸となって取り組む大きなお祭りのことです。
その五山送り火は八月十六日に行われて、京都を囲む山々に火を放つのだそうです。
「ヤマカジ? イノシシ焼く?」
「メリーの頭の中では一体どんな光景が浮かび上がっているのか、すごく気になるわね。えーっと、よし、百聞は一見に如かず。屋上に行きましょう!」そう言って蓮子は私の手を取って立たせました。
「もうすぐご飯だから早く帰って来なさいね」とキッチンから蓮花さんが言いました。
「今日のご飯なーに?」
「ひやむぎよー」
このひやむぎというのはうどんの一種で、そうめんみたいにすごく細い麺をめんつゆにつけて食べる夏の風物詩です。
夏の暑い日でも喉越しが良いので食べやすく、しかし私はいまだにあの麺を啜るという動作がうまくできません。
ちゅるちゅると啜るくらいはできても、蓮子のようにナイアガラ瀑布のようにずぞぞぞぞと啜るのはまだ難易度が高いようです。
ひやむぎは西日本では全体的に知名度が低いのですが、宇佐見家ではよくお昼に出されます。
というのも、蓮子のお父さんである恭一さんが東京出身だからなのだそうです。
ちなみに私は東京がどういった場所なのか知りません。
「わかったー! すぐに戻るからな茹で始めちゃっていいよー!」そう言って私たちは家から出ました。
エレベーターで最上階に向かい、階段で屋上に上ります。
鉄扉を押し開けるとむわっとサウナもかくやという熱気が襲いかかり、蝉のせわしない鳴き声が一段と音量を上げました。
足が少なく頭にクワガタのような小さなハサミを持ったムカデ、といった風貌の虫が行列を作っている屋上の東側へと蓮子に引っ張られて行きます。
「うわ暑い。湿気と地面の照り返しがきつい。茹だる。茹蛸になる」
「レンコ、だめね。ちゃんとセーのつくもの食べなきゃ、元気でないよ」私は足元をうごうごと這う奇妙な風体の虫をつまみあげて蓮子に差し出しました。
「ぎゃあ!」蓮子は叫んで二メートルほど後ろへと飛び跳ねましたので、思ったより元気そうです。
「これ、マゴタロームシ。セーがつく。子宝ぼこぼこ」
「ひっひっひっ」蓮子は涙目になりながらいやいやと首を振りました。
都会っ子とはかくも虫を忌み嫌うものなのでしょうか。
私は手の中で身悶える孫太郎虫(らしき虫)を、列の中に放ってやりました。
こんな暑い日にマンションの屋上で、この虫たちは一体なにがしたいんでしょうか。
謎です。
「そ、それで、五山送り火だけれど」蓮子は仕切り直しましたが、少々腰が引けているのが滑稽です。
蓮子は屋上の東側から臨む山々を指差しました。
「あの山の表面、一部だけ剥げていて薄っすらと『大』って書かれているでしょう? あれが浄土寺七廻り町の大如意ヶ嶽なんだけど、あの文字の形に火を灯すの」
見ると、確かにノートルダム女子学院中学校があるあたりの山が一部だけ十円ハゲのように剥げていました。
目を凝らして見ると大という文字が書かれていなくもないような、といった感じでした。
とかく遠くて見にくいのですが、これが夜に火をつけるとなるときっと遠くに揺らめく炎が美しい文字を描くことでしょう。
「あとは松ヶ崎の西山と東山にそれぞれ『妙』と『法』、松ヶ崎妙法はこれで一つの扱いよ。賀茂川上流の上賀茂神社を過ぎたあたりの西賀茂船山に舟形万灯籠、これは舟の形。そのままね。そこから少し南下して左大文字。これは鹿苑寺の近くね。それと、嵯峨野にある鳥居形松明」
蓮子は如意ヶ嶽から北、北西、西へと指をさしていきましたが、如意ヶ嶽以外は遠くて見えませんでした。
「それぞれに順番に火を灯して、お精霊さんという死者の魂をあの世へと送るのよ。だから、五山送り火」
成る程、と私が納得して見せると、蓮子は満足げにうんうんと頷きました。
蓮子はこうやって知識をひけらかす、もといレクチャーをするのが好きなのです。
「それを見にたくさんの人が京都に集まってね。市内も五山送り火が焚かれるときは景観の為に電気を消していくから、いつもよりずっと暗くなった街から五山送り火だけが燦然と輝くのよ」
あとは屋台もたくさん出るから、色々と食べ歩けるわよ! と蓮子はウキウキした様子で言いました。
ああ、こっちが本命なんだな、と私は理解しました。
基本、蓮子は花より団子スタイルです。
「とまあ、そんなところかな。で、明日一緒に市内を廻りましょう!」そう言って蓮子は私に手を差し伸べました。
なんだか明日は楽しい一日になりそうです。
「うん!」と答えて、私は蓮子の手を取りました。
「じゃ、暑いからさっさと部屋に戻ろう」と、蓮子は私の手を引いて屋上を後にしました。
ひやむぎは揚げ茄子と、青唐辛子のめんつゆ漬けと一緒にいただきました。
大変美味なものでした。
さて、翌日の八月十六日となり、私は朝早くに目を覚ましてベランダで毎朝の日課であるラジオ体操をしました。
しかしラジオから流れてくる男性の言葉は半分ほどしか理解できず、私の体操を見た蓮花さんに「えっ、なにか召喚するの?」と言わしめるような体操となってしまったことは否定できません。
体操を終えてベランダから京都の街並みを見下ろしますと、なんだかいつもより街を行き交う人々の数が多く感じました。
うごうごする彼らはどこかせわしなく、浮き足立っている様子でした。
そんな光景だけでも、五山送り火がどれほどの行事であるのかが窺い知れました。
早速蓮子を起こさなければと、私は彼女の部屋に入りました。
蓮花さんが片付けるも虚しく、蓮子の部屋は大学生の男汁が染み込んだ四畳半もかくやという汚さでした。
こと部屋を汚すことに関しては、蓮子は天才的なまでに如何なくその能力を発揮します。
私は地面に散らばっているお菓子の袋やくしゃくしゃになったプリント類を避けながら、蓮子が横たわるベッドへと近づいて行きました。
その難易度たるや、軽いアスレチックといった趣です。
無事にベッドへと到達すると、私は蓮子の耳に顔を近づけ、ふぅっと優しく息を吹きかけてやりました。
たちまち「きゃんっ」と可愛らしい悲鳴をあげて、蓮子は飛び起きるのでした。
蓮子は耳が弱いのです。
「オハヨウゴザイマス、レンコ! ゴザンだ! オクリビトだ!」
「んむぅ、いま何時?」
「えー、ロク、時、ゴ、ジュウ、分」
「……夜の?」
「オハヨウゴザイマス!」
「あー、まだ早朝じゃない。五山送り火は夜の八時なんだから、まだまだ先よ……」
最後の方は消え入りそうな声になり、蓮子は再び寝息を立て始めました。
私は再び蓮子の耳に顔を近づけ、耳たぶをくちびるではむと咥えてやりました。
再び「はにゃんっ」と可愛らしい悲鳴をあげて、蓮子は飛び起きました。
「耳はやめてよ耳は!」蓮子が両耳を手で塞いで顔を真っ赤にしながら訴えましたが、私は聞く耳を持ちませんでした。
こんなにもオモチロイことをやめろと言われておとなしくやめる人がいるでしょうか。
私はこれからも容赦なく耳を責める所存であります。
「わかったわかった、起きる起きます起きるってば。んもう」
髪の毛を寝癖でぼさぼさにしながらぶうぶう言う蓮子とリビングに入ると、蓮花さんが朝食の準備をしておりました。
「あれっ、パパは?」
「少し前に仕事に行ったわよ。蓮子ったら、夏休みだからってぐうたらしすぎね」
私と蓮子は蓮花さんを手伝って、完成した料理をテーブルへと運びました。
今日の朝食はご飯にお味噌汁、納豆に塩鮭に錦市場の「神足漬物店」で購入した京野菜のぬか漬けでした。
私は日本に来てからこの納豆という不思議な食べ物をいたく気に入っておりました。
醤油、味噌、豆腐、豆乳、おから、湯葉、油揚げ、厚揚げ、きなこ、えだまめ、豆腐ハンバーグ、これら全ては大豆でできており、その大豆を納豆菌で発酵させた食べ物こそ納豆に他ならないのです。
納豆は臭いなど癖が強く、日本人の中にも苦手だという人が大勢いると蓮子に教わりましたが、恐々と口に運んだその糸を引いた豆はなかなかの珍味で、それをご飯にかけて食べるとこれがまた絶品でありました。
マヨネーズを混ぜてみたり、刻んだネギをトッピングしてみたり、ふりかけをかけてみたりと様々なバリエーションを試してみましたが、どれも外れがなく美味しいのです。
納豆はとても素敵な食べ物です。
「それで、今日は五山送り火を見てくるの?」朝食の席で蓮花さんが訊ねました。
「うん、とりあえず五山全部に着火されたら帰ってくるつもり。それまでは屋台めぐりかな」
「レンコ、屋台めぐりメイン、オクリビトはついでだから」
「オクリビトじゃなくて、送り火ね」
「ハナヨリダンゴー」
「人の話を聞いてないなこいつ」
朝食を終えて、私はさっそく蓮子を連れて外に出ようとしましたが、蓮子に止められてしまいました。
「あのね、メリー。五山送り火までまだずーっと時間があるの。そんな早くから待つ人はいないでしょう? 待つ人がいなかったら、屋台だって開かないでしょう? 日が沈み始める夕方からが本番なの。だから、それまで私は寝るわね」
しかしもちろん、そんな言葉に納得するような私ではありません。
日本に来て、蓮子の相手をしてからというもの、私の精神力はぐっと高まった気がします。
「レンコ! ちゃんとしなさい! 宿題やってないくせに!」
「ちょっ、それは関係ないでしょう! それにメリーは宿題ないんだから、口出しするのは卑怯よ!」
「わたし、日本語勉強でがんばった! レンコ、なにがんばった?」
「わ、私だって、そのー……ああもう! うるさい! とにかく、いま行ったって何もないんだから、私は行かないわよ!」
読者諸兄にはどうかくれぐれも、このころの私が日本の知らない風習に心躍らせるいち小学女児にすぎないことを考慮いただいたのち、寛大な心でもって受け入れていただきたい。
今にして思えば蓮子の言っている言葉は至極当然のことでありました。
しかし私はこの時、いわゆる切れてしまったのです。
「じゃあ、知らない! 私一人でいくので!」気がつくと私はそう叫んでおりました。
皆さんも経験はおありでしょうが、小学生というのはかくも冷静に物事を考えられないお年頃です。
売り言葉に買い言葉で、蓮子も「わかったわよ! それじゃあ勝手にすれば!」と言ってそっぽを向いてしまいました。
私は後のことも先のことも考えずに、感情に任せて家を飛び出しました。
「メリーちゃん!」と背中から聞こえてきた蓮花さんの声も無視をしました。
エレベーターで一階に下りて、熱された御池通に飛び出します。
とりあえず、如意ヶ嶽がある東へ向かおうと、私は御池通に沿って歩いていきました。
道をゆく人々の数は普段よりも多いのは確かなのですが、しかし日本の祭りの正装である浴衣を着た人は一人もいません。
私は少しばかり不安に思いながらも京都市役所前を通り過ぎて、御池大橋にさしかかりました。
お祭りをしようとしている風な人は見当たりませんでしたし、屋台もどこにもありませんでした。
喉が渇いたので自動販売機で飲み物を買おうとしましたが、怒りに任せて家を飛び出してしまったのでお金なんて持っていませんでした。
それでも私は歩き続けました。
今、蓮子がいるあの家には帰る気にならなかったのです。
私は鴨川沿いを川上へと向かって歩きました。
しかし、小学生の体力なんてたかが知れています。
おまけに今は八月の中旬、夏真っ盛りです。
どんどん体力は失われていって、喉も渇いて、頭もくらくらとし始めました。
そしてふっと目の前が真っ暗になったかと思うと、私は地面に倒れてしまったのです。
アスファルトが火傷しそうなほどに熱されていましたが、起き上がる体力もありませんでした。
「……んぱい……先輩! ……です……倒れて……」遠くからやまびこのように声が響いてきました。
頭の中がぐわんぐわんと回っていて、うまく聞き取れません。
「こりゃあ……水を……木陰に……」
不意に体が持ち上げられる感覚がありました。
意識もふわふわと空を飛んでいるようなものでしたので、なんら違和感を感じませんでした。
ぼうっと目を開くと、眼鏡の痩せた青年の顔がすぐ近くにありました。
どうやら彼が私の体を抱きかかえているようです。
なんと、お姫様だっこ!
私はどきどきしながら見も知らぬ青年に何処かへと運ばれて行きました。
今なら自信を持って言えますが、このどきどきは決して恋によるものではなく、単なる熱中症であるからに他なりません。
決して、決してお姫様抱っこをされてどきどきしているのでは!
そうして、私は鴨川東岸の河原の木陰に寝かされて、青年のガールフレンドと思しき黒髪の乙女が持ってきた、キンキンに冷えたスポーツドリンクを優しく口の中へと注いでもらいました。
全身に染み渡っていく水分の、なんと瑞々しいこと!
青年はきていたワイシャツを鴨川で濡らすと、それを私の上に被せてくれました。
全身がひんやりとして冷たく、体の熱も徐々に発散されていくようでした。
私は何か喋ろうとして、しかし舌がうまく回りませんでした。
私の顔を覗き込んだ黒髪の乙女が、無表情で、ともすれば睨んでいると間違われかねない鋭い目つきのまま、立てた人差し指を口の前に持って行って「しぃー」と言いました。
「無理をしてはいけません。しばらくお休みになってください」
その凛とした声に、すっかり私は気を緩めてしまい、すとんと落ちるように意識を失ってしまいました。
十分ほど経ってからでしょうか、私は自然と目を覚ましました。
目を開けると、左右に眼鏡の青年と黒髪の乙女が座ってこちらの様子を伺っておりました。
「おや、目が覚めたようだ。体の具合はいかがかな?」青年が言いました。
「はい、よくなりました。アリガトウゴザイマス」
「礼なら彼女に言いたまえ」と青年は軽く顎で黒髪の乙女を指しました。
彼女は「道で倒れていたら放っておくことはできません。当たり前です」とはっきり言いました。
「家は近いのですか? 差し支えなければ送っていきましょう」
「ダイジョブ、歩けます」と言ったものの、立ち上がろうとしても体が動きません。
「やっぱりまだ体が回復していないのでしょう。送ります。家はどこですか」黒髪の乙女は有無を言わさぬ勢いで詰め寄ってきましたが、それが優しさであることは十分に伝わってきましたので、私は大人しく家を教えました。
今度は青年におんぶされて、私は家へと向かうこととなりました。
道をゆく人々の視線が集中して、なんだか恥ずかしくなってきました。
男の人の背中にこうも密着したのは、後にも先にもこれだけであったと記憶します。
「こんな暑いなか、お金も持たずに何をしていたのですか?」隣を歩いていた黒髪の乙女が訊ねました。
「えっと……友達、喧嘩して、家を飛び出た。わたし、わがまま言ったから、嫌われたかも……」話していて、視界がだんだんとぼやけてきました。
鼻の奥がツンとしみて、じわりと目に涙がたまってきました。
「わたし、なんと馬鹿なのでしょ。レンコ、大切な友達だから……嫌われたくない……レンコとゴザンのオクリビト、見に行くって、なのに……」
黒髪の乙女がよしよしと私の頭を撫でました。
私は青年の背中に顔を埋めて、静かに泣きました。
蓮子は私を許してくれるでしょうか。
もし許してもらえなかったら、なんて怖くてとても考えるこよができませんでした。
すると、黒髪の乙女は優しい声色で言いました。
「誠心誠意、心から謝ればいいのです。喧嘩してしまった友達もあなたのことが好きなら、今ごろきっと後悔しています。嫌われちゃったらどうしようって泣いているかもしれません。だから、しっかり謝るのです」
私は青年の背中に顔を埋めたまま、うんうんと頷きました。
「なんと美しき哉。私もかつてはこのように皆から無償の愛をほしいままに甘受する、心清らかな幼子であった。願わくば君がいつまでもその清らかな心を忘れないよう願おうではないか」青年がしみじみと呟きました。
「我々のような阿呆には決してなってはいけないよ」
「先輩、私もその阿呆とやらに含まれているのですか?」
「むにゃむにゃ」と青年は誤魔化しました。
どうやら私は泣き疲れてそのまま青年の背中で眠ってしまったらしく、気がついたら自室のベッドから見慣れた天井を眺めていました。
起き上がろうとしましたが、体が重くて言うことを聞きません。
なんとか顔だけ動かして横を見ると、布団に顔を埋めて蓮子がぐずぐずと泣いていました。
蓮子は私に気付いて顔を起こすと、その顔をより一層くしゃくしゃにして、びええと涙を流しました。
「メリー、メリー、ごめんね、ごめんね。私、メリーのこと蔑ろにして、突き放して、そのせいでメリー、倒れちゃって、私……私……」蓮子は私の手を握ると、祈るように額にあてがいました。
「ごめん……メリー、ごめんなさい……ごめんなさい……」
蓮子はわんわんと泣きながら謝り続けました。
彼女が言った通り、蓮子も後悔していました。
でも、蓮子は何も悪くないのです。
悪いのは全て私なのです。
だから、蓮子は謝る必要なんてないのです。
蓮子が涙を流す姿なんて、見たくないのです。
「レンコ……」私は握られた手で彼女の頬をそっと拭いました。
「アヤマラナイデ。レンコ、なにも悪くない。わたしが全部ワルイ。わたし、レンコにわがまま言った。困らせた。バカだった。きらわれる、思ったらイヤで、わたし、コワクテ……レンコ、わたしをキライ、ならないで」
「ならない……ならないよ……ずっとずっと好きだよ。私、メリーが大好きだよ!」
「わたしも、レンコ、ダイスキ!」
蓮子は布団の上から私に抱きつくと、私のちゅっと頬に軽い接吻をしました。
「誓いのキッス」と蓮子は歯を見せてにししと笑いました。
ななな、恥ずかしげもなくなんということをするのでしょうか!
私はぽっぽっと熱くなる顔を布団で隠しました。
蓮子は将来、すれ違う人をのべつまくなしに恋の迷宮へと突き落とすような魔性の女になるに違いありません!
なお、当時の私のプロファイリングには大きな欠点があり、結論を申しますと蓮子が魔性の女となるには至らなかったことをここに記しておきます。
「あと、ママが、メリーは絶対安静だから、今日の五山送り火に出かけたら駄目だって」蓮子はしゅんと表情を曇らせました。
「レンコ、わたしはいいから、レンコ、行ってきなよ」しかし蓮子はふるふると首を横に振ります。
「メリーと一緒に行けないなら、いい。五山送り火よりも、たこ焼きよりも、焼きもろこしよりも、りんご飴よりも、金魚掬いよりも、わたあめよりも、チョコバナナよりも、型抜きよりも、ヨーヨー掬いよりも、メリーと一緒にいる方が、百倍いいから」
そう言って蓮子はぼふんと私の胸に顔を埋めました。
「メリー、ちょっと大きくなってる」胸をもにゅもにゅと揉みながら、ぼそぼそと何やら蓮子が呟きました。
私は彼女の頭をそっと撫でながら、再び目を閉じました。
意識は闇に溶け込み、いつしか私は蓮子の頭に手を乗せたまま眠りにつきました。
夢を見ました。
主人公は私で、登場人物は蓮子と、それから意外にも天狗様でした。
そして例に漏れずこの時の私も、この夢が夢であるという自覚は持っておりませんでした。
「熱中症で倒れるとは、空を飛んでいればこんなことにはならなかったものを」天狗様は呆れた風に言いました。「夏の現世はアスファルトからの照り返しが暑くてかなわん」
「空、飛び方、わたし知らないです」
「なあに、簡単なことだ。足を持ち上げて、中空に立てばいい。地面に落ちなければいいんだ。地面に足をつけようとせず、中空に固定するのだよ。君にならできる。見込みがあるからね」
天狗様はそう言うと、すたすたと中空の見えない階段を上っていってしまいました。
私も天狗様に倣って右足を一歩、中空に踏み出してみました。
すると、手応え……いえ、足応えはないものの、足が地面に着かないようにすれば確かに着きません。
私はそのまま左足をさらに上へ踏み出してみました。
すると私の体は右足が中空に固定されたまま、左足を中空に踏み出すことに成功したのです。
コツを掴んだ私はするすると空を登って行きました。
これはオモチロイものです!
どんどん登っていきましょう! どんどん!
やがて概念に囚われなくなった私は、足を動かすことなく、すいすいと空を自由気ままに飛ぶまでに成長したのでした。
今の私は空飛ぶ外国人天狗といった趣です。
ですが少々統一性に欠ける組み合わせに思えました。
「おおい! おおい!」ふと、下の方から声がしました。
降りてみると、蓮子が目をキラキラと輝かせて、こちらに羨望の眼差しを向けておりました。
「凄いわメリー! あなた、まるで天狗みたいよ! 空を飛べるなんて!」
いやいやそれ程でも、と私は鼻が高くなりました。
それこそまさに天狗さながらであります。
「レンコ! 捕まって!」気を良くした私は蓮子に手を差し伸べ、彼女が手を取るとぐいと引っ張り抱き寄せました。
そして蓮子を脇に抱えるようにして、ぐんぐんと上昇して行きました。
「ミョウアン! レンコ! ゴザンのオクリビト、見にいこ!」私は蓮子に提案しました。
「でも、ここが何処だかわからないわ」
私は周囲を見回して、目に留まった結界の境目へと近付いていくと、えいやとその中に飛び込んで行きました。
どうして目に留まったのかといいますと、その結界の境目には見覚えがあったからです。
ぐるぐると回る景色の中を、蓮子と私は飛んでいきます。
蓮子が移り変わる空を見ながら「十五時二十九分七秒、長野県白馬村、六時十一分五十六秒、秋田県大館市、二十三時四十九分一秒、神奈川県大和市」と呟きました。
「メリー、私これに見覚えがあるわ!」
「レンコ、ノーリョードコのケッカイ、これと繋がってる!」
「なるほど、どおりで既視感があると思ったわ!」
ふと見ると、はるか上の方で何やら花火めいた光が燦然と模様を描いておりました。
それは思わずうっとり見とれてしまう美しさでありました。
赤や緑といった色とりどりの光弾が、縦横斜めへと縦横無尽に飛び回っております。
そして近付くにつれ、それが空を飛ぶ人と人が撃ち合っている弾幕であると気がつきました。
その二人はまるでお互いに芸を披露するかのように、美しい弾幕を披露しあっておりました。
片方は頭に赤いネクタイを巻いた、少々赤ら顔の女性でした。
そしてもう片方は……。
「京都府京都市、十九時四十五分五十六秒! 今よメリー!」
美しい弾幕の隙間を縫うように突き抜けて、私と蓮子は結界の境目を抜け出しました。
向こう側は先斗町の納涼床で、そこでは喧々囂々と宴会が行われております。
一同は突然出現した私たちに仰天している様子でしたが、
「天狗だ! 天狗が出たぞぉ!」
「何が天狗だ! 詭弁も甚だしい!」
「美女であるなら天狗もまた良し」
「よく見ろどこからどう見ても小学生だろうが!」
「というかさっきまでいた女の子二人じゃないか?」
「まさか、さっき両親と帰ったばかりだ。他人の空似だろう」
「だが自称天狗のあの男とも親しげであった所を見るに、彼女もまた天狗である可能性は捨てきれぬ」
「ううむ、これはややこしくなってきたぞ」
と、何やら楽しげな様子でした。
私は詭弁論部のみなさんと騒いだあの夜を思い出しました。
私の初めての納涼床は楽しい思い出に彩られております。
私は納涼床で騒ぐ彼らにさよならを言って再びふわりと浮かび上がりました。
そして湿気った風を全身で切りながら、一気に上空数百メートルまで飛び上がりました。
遥か下で燦然と輝く京都の上空を、鳥や天狗がそうするように自由に飛び回ります。
「凄いわ! 私たち本当に空を飛んでる! 夢みたいだわ!」蓮子が輝く瞳を眼下に向けてはしゃぎました。
「ほっぺ、つねったらわかるかも」
「ううん、いい! 夢でも夢じゃなくても、もう少し飛んでいたいから!」
下を見ると、三条大橋西詰のコンビニエンスストア脇の細道を、先斗町に向かって三階建電車のごとき奇妙な乗り物がしずしずと走っておりました。
あれには見覚えがあります。
納涼床の帰りにちらと目にした乗り物です。
その乗り物は眠らない先斗町界隈でもとびきり眩しく輝いておりました。
きっとあの電車の中で老人と女子大生がお酒の飲み比べでもするのでしょう。
さらに北上して鴨川デルタ上空に向かいます。
賀茂川と高野川が合流する鴨川デルタ周囲には屋台が軒を連ねており、屋台の明かりが照らす道には人がうごうごち蠢いておりました。
賀茂川の飛び石を挟んだ反対岸から、デルタに向けてロケット花火が斉射されております。
ロケット花火の雨に降られて右往左往する阿呆学生たちは、負けじと賀茂川の飛び石を渡って敵の阿呆学生に応戦しておりました。
なんたる阿呆でしょうか、阿呆と阿呆の阿呆で不毛な戦争が繰り広げられています。
ですが、とても楽しそうです。
私たちはデルタの松の木のところにこっそりと着地すると、屋台が並ぶ通りに向かいました。
賀茂川沿いのその道は歩行者専用となっていて、浴衣なんぞを着た仲睦まじき男女などがうごうごちんちんかもかもしている様はまさにお祭り然としておりました。
しかし互いの毛穴を確認し合うかのような男女の姿は少々見るに堪えないものであり、私はほんのり顔を上気させながら目を逸らしました。
ああいった行為を公衆の面前で惜しげなく繰り広げるのは、若干破廉恥に過ぎます!
一方、そんなもの気にも留めない蓮子は無邪気にも「ああ、屋台はやっぱりいいわね!」と嬉々として屋台を駆け回っては、たこ焼きや焼きもろこしやりんご飴やわたあめやチョコバナナを買い漁っておりました。
金魚掬いや型抜きやヨーヨー掬いは、空を飛ぶのに邪魔なるので挑みませんでした。
蓮子は両手にたくさんの食べ物を抱えて、さあ行きましょうと促しました。
両手に花より団子といった趣です。
私と蓮子は再び京の夜空に浮かび上がり、何もない中空に腰掛けてたこ焼きややきもろこしやりんご飴やわたあめやチョコバナナを食べました。
たこ焼きというこの球体はなかなかに難易度の高い食べ物でありました。
一口大の丸くて柔らかいそれを食すのに、与えられた道具は一本の串だけなのです。
いかんせん柔らかいので串は簡単に球体の薄皮を破ってしまいますし、運良く中に秘められたタコを直接刺すことができたとしても、持ち上げてみるとタコだけが球体から飛び出てくる始末。
「レンコ、これ、食べられない……」結局私は蓮子に泣きつき、あーんと食べさせてもらう打開策により事なきを得ました。
たこ焼きは大変美味なものでした。
「この木くず、フーミがあってオイシー」
「木くずじゃなくてかつお節よ」
熱々のたこ焼きを口の中ではふはふして幸せに浸っておりますと、蓮子が空を見上げて「十九時五十九分三十秒」と呟きました。
ぽつぽつと京の町灯りが消えていき、京都は静かに暗くなっていきます。
四条烏丸のオフィス街や、祇園に連なる提灯も、あの先斗町ですら今は薄暗くなっているのです。
下鴨神社界隈に一つだけぽつねんと赤い灯がともっておりました。
目を凝らして見てみると、それはどうやらラーメンの屋台のようでした。
屋台のラーメンがどのような味であるのかはわかりませんでしたが、いつしか一度は訪れてみたいものです。
ただ、少々入店難易度は高めに思えます。
「メリー、まずは二十時ちょうどにあの如意ヶ嶽よ」そう言って蓮子は東を指差しました。
昨日の昼間に屋上から見た山です。
蓮子がカウントを始め、私はじっと目を凝らして如意ヶ嶽の斜面を眺めました。
「二十時ジャスト!」蓮子が言うのと同時に、ぽうっと山の斜面に火がつきました。
火は同時に何十箇所へと点々とともされ、闇の中に「大」という文字が浮かび上がりました。
同時に、薄暗い京都の町に点滅する白い光がいくつも生まれました。
何百何千と瞬くそれは、まるで夜空に浮かぶ星々のようでありました。
「圧巻ね、あれ全部カメラのフラッシュだわ」
「すごい……オクリビトもマチも、キレイ……」
うっとりと闇の中に輝く光景を眺めていると、蓮子が「次は五分後に松ヶ崎妙法よ」と言いました。
五分後に北の方角、松ヶ崎の西山と東山にそれぞれ「妙」と「法」の文字が浮かび上がり、再び白い瞬きが京都を覆い尽くしました。
ふと、なにか違和感を感じました。
何かが遥か上空にある、そんな気がしたのです。
しかし、目を凝らして見てもそこには星空しか見えませんでした。
「どうしたの、メリー。藁半紙をくしゃくしゃにしたみたいな顔をして」
「そんな梅干しみたいな顔、してない!」
どうやら蓮子はこの違和感に気付いていないようでした。
まだ熱々の焼きもろこしをはふはふしておりますと、今度は北西の方向に舟の形の火が浮かび上がりました。
続いて今度は鹿苑寺の辺りに大の字が、今度は書き順に沿って点火されていきました。
その時、私は町を覆い尽くす白い光が瞬いていない事に気がつきました。
それらはふわふわと所在無さげに町を揺らめいております。
「えっ、ちょっと、なによこれ……」蓮子も気がついたみたいで、白い光に包まれる京都の町を驚いた風に見下ろしました。
そして最後に、西の方角に鳥居の形の火がともされると、先ほど感じた違和感の正体が浮かび上がりました。
遥か上空に巨大な結界が浮かび上がったのです。
数千、数万の白い光が渺茫として、まるで逆さに降る雪のように上空の結界へと向けてゆっくりと浮かび上がって行きました。
私はすぐ横を上ってゆくその光に触れようと手を差し伸べましたが、光はすうっと私の手をすり抜けてどんどん高くへと上がっていきました。
光が手に触れた瞬間、ひんやりと冷たいものがありました。
「あれが……お精霊……?」
「オショライ……キレイ……」
私とメリーは京都の空に寝転がって、夜空を眺めました。
「レンコ、ゴザンのオクリビト、すごいね……」
「私だってこんなの初めて見たわよ。今まではずっと鴨川デルタのところで大文字山の送り火しか見られなかったからね。こうやって五つ一緒に見るのは初めて。それに、お精霊が見えたのだって」
蓮子はごろんと体をうつ伏せにすると、下から浮かび上がってくるお精霊の光を眺めました。
「メリーが一緒だからかな、こんな風に見えるのって」
「ふふん、空も飛べますので」私はむんと胸を張って答えました。
「天狗様は胸が大きくなるのも早いのう」
「レンコ、セクハラは、だめ!」
夜の空できゃっきゃとじゃれあった後、私たちはどちらからともなく帰ることを提案しました。
「お腹も空いたしね」と蓮子がお腹を押さえながら言いました。
「あんなに食べたのに」と私は呆れました。
「夢の中でお腹いっぱい食べたら、起きてもお腹いっぱいになるものなのかしら」
「これは夢じゃないよ?」
「どうかしら」
私と蓮子は同時にお互いの頬をつねりました。
痛い。
気がつくと、私はベッドに寝ておりました。
私の上では蓮子が布団に顔を埋めながら私の頬をつねっており、私も片方の手で蓮子の頭を撫でながら、反対の手で蓮子の頬をつねっておりました。
「えへへへ……メリー、おっぱいもつねっていーい? うぇへへへ……」
蓮子は頬をつねられても起きる気配を見せません。
はぁー、と私はため息をつきました。
夢の中の蓮子が言った通り、あれは本当に夢だったようです。
空を飛べるなんて、あれが現実だったらどれほど素敵だったことか!
それでも、と私は思いました。
それでも、私の中では、あの五山送り火は紛れも無い現実でした。
生ぬるい空気も、煌めく夜空も、たこ焼きの芳しいソースの香りも、焼きもろこしの甘しょっぱい味も、燦然と輝くお精霊も。
私の体がそれを覚えています。
脳がそれを覚えています。
全ては脳を通じて知覚するのであれば、脳が生み出した夢もまた、現実なのではないかしらん?
偶然にも私は相対性精神学の基礎的な考えに至っておりました。
いつもなら答えを教えてくれるであろう蓮子は、未だ眠っております。
私はつねるのをやめると、その手をよだれを垂らしながらいかがわしい寝言を呟く蓮子の耳にシフトさせ、耳たぶを優しく摘みました。
そんな夢からは早急に目覚めさせてしかるべきです。
蓮子はすぐに「わひゃあっ」と素っ頓狂な叫び声をあげて飛び起きました。
「オハヨ、レンコ」
「んもう、耳はやめてってば!」蓮子の顔は見る見る真っ赤に染まっていきます。
あんまり可愛らしいので、蓮子の顔を両手で挟んで固定して両耳をこしょこしょとくすぐったところ、「ちょっ、ま……や、やめっ……!」と蓮子はこそばゆそうに身を捩らせました。
目にうっすらと涙を浮かべる蓮子のなんと可愛らしいことでしょうか!
しばらくそうして蓮子を弄んでおりますと、とうとう限界がきたのか蓮子はぽろぽろと涙を流しながら「あっ、あんっ……んっ、んっ……」となにやらいかがわしい声を出し始めました。
私は蓮子の耳を弄りながら、思わず顔を真っ赤にしてしまいました。
これはいけません、なんだかひどく破廉恥です!
慌てて手を離しますと、蓮子は私の上で力なくぐったりとしておりました。
時おり思い出したかのように体が痙攣しております。
「んっ……メ、メリー……ひどいわ……」
「だって、恥かしがるレンコ、カワイイんだもの」
「うう、なんだかすごく気持ちよかったのが逆に腹立たしい……」蓮子は小さく呟くと、私の上にごろんと寝転がったまま窓の外を眺め始めました。
「二十時三十二分五秒……あー、終わっちゃったわね、五山送り火」蓮子は残念そうに呟き、それから私の顔を見上げました。
「来年は一緒に観に行こうね、メリー」
「うん」
それから蓮子は再び窓の外へと目を向け、私も蓮子と一緒に窓の外を見ました。
「あっ!」思わず私は声を上げてしまいました。
遥か上空に巨大な結界が浮かんでおり、そこに無数のお精霊がふわふわと浮かび上がっているではありませんか!
ですが、今の蓮子にはどうやら見えていない様子でした。
あれが蓮子にも見えたのは、本当に私の力なのでしょうか。
と、部屋の扉がノックされて蓮花さんがひょっこりと顔を覗かせました。
「蓮子、メリーちゃん、ご飯できてるわよ」
「はあい!」と蓮子はベッドから飛び降りました。
「メリーちゃん、もう大丈夫?」蓮花さんが心配そうに訊ねました。
「はい! ゴシンパイおかけしました。もうおなか、ペコペコです!」私も布団から起き上がると、リビングへと向かいました。
「レンコ、ゴザンのオクリビト、キレイだったね!」私は言ってからハッとしました。
夢の中の蓮子は、あくまでも夢の中の蓮子です。
どんなに夢が主観的に見れば現実であったとしても、夢の中の蓮子が目の前にいる蓮子とイコールで結ばれるわけではないのです。
しかし、蓮子は意外な反応を示しました。
「そうね、それにあのお精霊もすごく綺麗だったし……ん?」そこまで言って、蓮子が首を傾げました。
「空、気持ちよかった」
「たこ焼き美味しかったわね」
「またノーリョードコ、いきたい」
「焼きもろこしもなかなかだったわ……」
「鴨川デルタ、いつもロケット花火、降ってる」
「あっ、焼きそば食べてない!」
「なんで食べ物ばっかり?」
私は驚きました。
蓮子は私の夢の中の情報を知っておりました。
つまり私の夢の中の蓮子は、紛れもなく目の前にいる蓮子その人だったのです。
「何言ってるのよ、さっきまで二人仲良く寝ていたじゃない。夢でも見ていたの?」
蓮花さんがおかしそうに笑いました。
夢を見ていたことに違いはありませんでしたが、まさか同じ夢を二人で共有しながら見るなんて、そんなこと……。
「ありえないわよね?」蓮子が囁くように言いました。
「でも、ワタシの夢、レンコも知ってた」
「メリーと一緒に空を飛んで五山送り火を見る夢なら、確かに見たわよ」
「夢のキョーユー、レンコのユメにワタシが入った? それとも逆?」
人の意識の中に他人の意識が入り込む、なんてことが実際に可能なのでしょうか。
にわかには信じがたいことでしたが……。
すると、蓮子は悪巧みを思いついたみたいににやりと笑みを浮かべました。
なんだか嫌な予感がします。
「メリー、また後で挑戦してみない? 夢の共有」
嫌な予感は見事に的中しました。
それが想起されるような、綺麗な物語でした。
続きが楽しみです!