ある日のことである。
秦こころは道端でばったり出会った雲居一輪に誘われ、久しぶりに命蓮寺へ顔を出すことにしたが――着いて早々、何者かが誰かを叱りつける怒鳴り声が聞こえた。
「全く、あんたはいつも悪戯ばかりして!」
「いいじゃんあれくらい…お客さんも盛り上がってたし」
「あれは盛り上がりじゃなく、パニックって言うの!」
叱る側は舟幽霊の村紗水蜜、叱られる側は正体不明の妖怪・封獣ぬえであった。
一輪が説明するところによると、この寺が定期的に行っている「空飛ぶ遊覧船ツアー」の最中、ぬえが仕掛けた悪戯によって大騒ぎとなったらしい。
それが付着した生物や物体の姿を曖昧にさせ、見る者によって違う姿を認識させる「正体不明の種」。
これが付けられた鳥や虫を、ぬえがツアー中にこっそり船の周りに放したのだ。
観客は各々、突然現れた謎の飛行物体の群れに驚き、恐れ、船上は一時騒然となった。
『鳥だ!』
『飛行機だ!』
『いや、なんと人間砲弾だ!』
『【速報】聖輦船に地上から謎の飛翔体』
『事実上のミサイル』
『産毛の小鳥の翼がついに大きくなって、旅立ちの日を迎えた!大きな強い翼で飛んでいる!』
このように大騒ぎとなった結果、本日のツアーは予定時間を短縮して早めに切り上げることとなった。
スタッフとして乗船していた命蓮寺の面々にはすぐに犯人がわかり、こうしてツアーの後にぬえがこってり絞られているのだ。
「場を盛り上げたかったのなら、事前にお寺の皆に相談すればよかったんじゃないの?」
「ぬえの奴にそういうコミュニケーション能力があれば、の話ね。あれでも良かれと思ってやってるのは…村紗も本当はわかってるんだろうけど」
一輪はそう言って苦笑した。
こころの視線の先では、水蜜が嫌がるぬえを寺の奥の方へ引きずっていくという光景が繰り広げられている。
「わたしが言っても聞かないんだし…今日と言う今日はあんたをみっちり叱って貰うんだからね」
「ふん、白蓮は今日、人里のお葬式で外出してるもん」
だから今日あの悪戯をやったのか…と一輪が呟いた。
「知ってるわよ!あんたを叱るのは聖じゃないわ」
「げ、まさか」
ぬえの顔が青くなった。
「お、久々にあれをやるのか」
「あれ?」
「こころさんも見ていく?なかなか面白いわよ」
一輪に誘われ、こころは水蜜がぬえを引きずって行った先についていくことにした。
※ ※ ※
「なるほど、またぬえが悪戯をしたのですね」
ぬえが連れて行かれたのは、寺の本堂である。
そこに正座していたのはこの命蓮寺の本尊・毘沙門天――の代行である妖獣、寅丸星であった。
「悪戯じゃないもん」
「あんたは黙ってなさい。…星、話した通りよ。わたしや聖が何度言っても聞かないし、ここはあなたに今一度、仏の教えって奴をぬえに叩きこんで欲しいの」
水蜜は真剣な顔で星に詰め寄った。対する星は口元に微かな笑みを浮かべる。
仏像の如く柔らかなアルカイックスマイル。
彼女が憤怒の面のイメージが強い天部の仏の代行で、元は虎であることをこころは一瞬忘れそうになる。
「任されました。わたしもまだ未熟者ながら聖と共にこの寺を預かる身。微力ながら力になりましょう」
星は一旦立ち上がると、ぬえの正面に座りなおした。
「ぬえ。これから少しの間、わたしと話をしましょうか」
「ダメです」
「では今夜、マミゾウにはぬえの部屋で寝るように言いましょう。仲良く一つの布団で寝てください」
「わかったわよ、お話するのね」
マミゾウはこころも良く知る、この寺の食客とでも言うべき老獪な化け狸だ。
ぬえとは古い友人だと聞いたことがあるが、彼女と同衾することが何故あそこまでぬえを恐れさせているのかこころにはわからない。
「チッ、虎が狸の威を借りてんじゃねーよ」
「何か言いましたか?」
「言ってません!」
そしてそこから、二人の問答が始まった。
星がぬえに尋ねる。
「まずは仏の教えにおける『三宝』を述べて御覧なさい」
ぬえが答えた。
「鐘・坊主・説法ね」
「違います。ですが惜しいですね」
「惜しい?」
「そうです。それに近い言葉ですよ」
もう一度述べて御覧なさい、と星が言った。
ぬえが答えた。
「金・暴力・セッ●スかしら」
星の左手が伸びぬえの右頬を叩いた。それは平手ではなく手首の固い部分だ。
この部分を用いた当て身技は、命蓮寺の修行においては「虎拳」と呼ばれる。
「真面目に答えなさい」
「だって、近い言葉って言うから」
「響きが近い言葉という意味ではありません。ボキャブラ天国やってるんじゃないんですよ」
星はさあもう一度、とぬえの答えを促した。
「仏(ぶっ)・法(ぽう)・僧(そう)…これでいいかしら?」
「やればできるではないですか」
いい子いい子、と星はぬえの頭を撫でた。
「前回の問答の時は『仏(ぶっ)・智(ちっ)・破(ぱ)』とか言っていましたが、ちゃんと覚えてきたようですね」
「ふん」
続いて星が尋ねる。
「では三宝の意味を一つずつ述べてください」
ぬえが答えた。
「仏はあんた。法はあんたや白蓮のお説教。僧は白蓮」
「まあ、いいでしょう」
さらに星の問いは続く。
「ではその三宝を篤く敬えと『十七条の憲法』の中で述べたのは?」
ぬえが答えた。
「フェネックギツネみたいな耳した奴」
星が言葉を返す。
「正確に名前を述べなさい」
「フナ虫」
またしても星の虎拳がぬえの顔に飛んだ。先ほどよりも威力が増しており、ぬえの顔から鈍い音が響く。
「うぐ…しょ、しょうとくたいし」
「よく言えました」
ちなみにあのフェネックみたいなのは髪だと聖が言っていました…と星は補足した。
星の問いかけが続く。
「では蘇我・物部の争いにおいて、聖徳太子に勝利への秘策を授けた有難い仏様の名前は?」
ぬえが答えた。
「毘沙門天」
星はにっこりと笑って問いを重ねる。
「では、その日はどんな日だったでしょう?」
ぬえが答えた。
「神社閉店の日!」
「そう、神道側の物部が破れ三輪の大神神社はもはや閉店状態に…って違う!」
三度目の虎拳がぬえの顎を打ち抜いた。しばしの間、脳が揺れたぬえは目を白黒させている。
星が尋ねた。
「その日はどんな日でした?」
ぬえが答えた。
「寅年の寅の日の寅の刻でした…」
星がにっこりと笑った。
「そうです。虎と言えば?」
ぬえが答えた。
「獣臭い」
星の虎拳がぬえの鳩尾に刺さった。
ぬえが答えを修正した。
「つ、つよい」
星が尋ねた。
「他には?」
「格好いい」
「他には?」
「凛々しい」
「他には?」
「賢い」
「他には?」
「可愛い」
その後しばらく、虎を褒め称える問答が続いた。
星は満足げな顔で、新たな問いを投げかけた。
「では、そんな素晴らしい動物である虎が毘沙門天様の教えを受けて命蓮寺のご本尊になった…?」
「寅丸星」
星が黙って左手を持ち上げた。
「…様、です」
満身創痍のぬえに、ひねくれた答えを返す気力はもう残っていない。
星が問いを続ける。
「背が高くて中性的な魅力もある?」
「寅丸星様です」
「宝塔の力を最大限に引き出せるのは?」
「寅丸星様です」
「聖とのツーショットが一番絵になる?」
「寅丸星様です」
「部下のナズーリン憧れの?」
「寅丸星様です」
「ナズーリンを悩殺しちゃうナイスバディな?」
「寅丸星様です」
「ナズーリンに怒られても怖くなんかない?」
「寅丸星様です」
「また宝塔なくしちゃったけど不可抗力の?」
「寅丸星様です…ああああああもうやだあああああああ」
「どう?これが星の命蓮寺式禅問答」
一輪はそう言うが、たまに修行をする程度のこころにも、これが禅問答などでは断じてないことが十分に分かるのであった。
とはいえ仏の教えでも何でもないこのやり取りによって、一定期間はぬえの悪戯を抑え込むことができるという話である。
それが三宝ではないにしろ暴力が必要な場面もあるのだなと、こころはまた一つ賢くなった。
秦こころは道端でばったり出会った雲居一輪に誘われ、久しぶりに命蓮寺へ顔を出すことにしたが――着いて早々、何者かが誰かを叱りつける怒鳴り声が聞こえた。
「全く、あんたはいつも悪戯ばかりして!」
「いいじゃんあれくらい…お客さんも盛り上がってたし」
「あれは盛り上がりじゃなく、パニックって言うの!」
叱る側は舟幽霊の村紗水蜜、叱られる側は正体不明の妖怪・封獣ぬえであった。
一輪が説明するところによると、この寺が定期的に行っている「空飛ぶ遊覧船ツアー」の最中、ぬえが仕掛けた悪戯によって大騒ぎとなったらしい。
それが付着した生物や物体の姿を曖昧にさせ、見る者によって違う姿を認識させる「正体不明の種」。
これが付けられた鳥や虫を、ぬえがツアー中にこっそり船の周りに放したのだ。
観客は各々、突然現れた謎の飛行物体の群れに驚き、恐れ、船上は一時騒然となった。
『鳥だ!』
『飛行機だ!』
『いや、なんと人間砲弾だ!』
『【速報】聖輦船に地上から謎の飛翔体』
『事実上のミサイル』
『産毛の小鳥の翼がついに大きくなって、旅立ちの日を迎えた!大きな強い翼で飛んでいる!』
このように大騒ぎとなった結果、本日のツアーは予定時間を短縮して早めに切り上げることとなった。
スタッフとして乗船していた命蓮寺の面々にはすぐに犯人がわかり、こうしてツアーの後にぬえがこってり絞られているのだ。
「場を盛り上げたかったのなら、事前にお寺の皆に相談すればよかったんじゃないの?」
「ぬえの奴にそういうコミュニケーション能力があれば、の話ね。あれでも良かれと思ってやってるのは…村紗も本当はわかってるんだろうけど」
一輪はそう言って苦笑した。
こころの視線の先では、水蜜が嫌がるぬえを寺の奥の方へ引きずっていくという光景が繰り広げられている。
「わたしが言っても聞かないんだし…今日と言う今日はあんたをみっちり叱って貰うんだからね」
「ふん、白蓮は今日、人里のお葬式で外出してるもん」
だから今日あの悪戯をやったのか…と一輪が呟いた。
「知ってるわよ!あんたを叱るのは聖じゃないわ」
「げ、まさか」
ぬえの顔が青くなった。
「お、久々にあれをやるのか」
「あれ?」
「こころさんも見ていく?なかなか面白いわよ」
一輪に誘われ、こころは水蜜がぬえを引きずって行った先についていくことにした。
※ ※ ※
「なるほど、またぬえが悪戯をしたのですね」
ぬえが連れて行かれたのは、寺の本堂である。
そこに正座していたのはこの命蓮寺の本尊・毘沙門天――の代行である妖獣、寅丸星であった。
「悪戯じゃないもん」
「あんたは黙ってなさい。…星、話した通りよ。わたしや聖が何度言っても聞かないし、ここはあなたに今一度、仏の教えって奴をぬえに叩きこんで欲しいの」
水蜜は真剣な顔で星に詰め寄った。対する星は口元に微かな笑みを浮かべる。
仏像の如く柔らかなアルカイックスマイル。
彼女が憤怒の面のイメージが強い天部の仏の代行で、元は虎であることをこころは一瞬忘れそうになる。
「任されました。わたしもまだ未熟者ながら聖と共にこの寺を預かる身。微力ながら力になりましょう」
星は一旦立ち上がると、ぬえの正面に座りなおした。
「ぬえ。これから少しの間、わたしと話をしましょうか」
「ダメです」
「では今夜、マミゾウにはぬえの部屋で寝るように言いましょう。仲良く一つの布団で寝てください」
「わかったわよ、お話するのね」
マミゾウはこころも良く知る、この寺の食客とでも言うべき老獪な化け狸だ。
ぬえとは古い友人だと聞いたことがあるが、彼女と同衾することが何故あそこまでぬえを恐れさせているのかこころにはわからない。
「チッ、虎が狸の威を借りてんじゃねーよ」
「何か言いましたか?」
「言ってません!」
そしてそこから、二人の問答が始まった。
星がぬえに尋ねる。
「まずは仏の教えにおける『三宝』を述べて御覧なさい」
ぬえが答えた。
「鐘・坊主・説法ね」
「違います。ですが惜しいですね」
「惜しい?」
「そうです。それに近い言葉ですよ」
もう一度述べて御覧なさい、と星が言った。
ぬえが答えた。
「金・暴力・セッ●スかしら」
星の左手が伸びぬえの右頬を叩いた。それは平手ではなく手首の固い部分だ。
この部分を用いた当て身技は、命蓮寺の修行においては「虎拳」と呼ばれる。
「真面目に答えなさい」
「だって、近い言葉って言うから」
「響きが近い言葉という意味ではありません。ボキャブラ天国やってるんじゃないんですよ」
星はさあもう一度、とぬえの答えを促した。
「仏(ぶっ)・法(ぽう)・僧(そう)…これでいいかしら?」
「やればできるではないですか」
いい子いい子、と星はぬえの頭を撫でた。
「前回の問答の時は『仏(ぶっ)・智(ちっ)・破(ぱ)』とか言っていましたが、ちゃんと覚えてきたようですね」
「ふん」
続いて星が尋ねる。
「では三宝の意味を一つずつ述べてください」
ぬえが答えた。
「仏はあんた。法はあんたや白蓮のお説教。僧は白蓮」
「まあ、いいでしょう」
さらに星の問いは続く。
「ではその三宝を篤く敬えと『十七条の憲法』の中で述べたのは?」
ぬえが答えた。
「フェネックギツネみたいな耳した奴」
星が言葉を返す。
「正確に名前を述べなさい」
「フナ虫」
またしても星の虎拳がぬえの顔に飛んだ。先ほどよりも威力が増しており、ぬえの顔から鈍い音が響く。
「うぐ…しょ、しょうとくたいし」
「よく言えました」
ちなみにあのフェネックみたいなのは髪だと聖が言っていました…と星は補足した。
星の問いかけが続く。
「では蘇我・物部の争いにおいて、聖徳太子に勝利への秘策を授けた有難い仏様の名前は?」
ぬえが答えた。
「毘沙門天」
星はにっこりと笑って問いを重ねる。
「では、その日はどんな日だったでしょう?」
ぬえが答えた。
「神社閉店の日!」
「そう、神道側の物部が破れ三輪の大神神社はもはや閉店状態に…って違う!」
三度目の虎拳がぬえの顎を打ち抜いた。しばしの間、脳が揺れたぬえは目を白黒させている。
星が尋ねた。
「その日はどんな日でした?」
ぬえが答えた。
「寅年の寅の日の寅の刻でした…」
星がにっこりと笑った。
「そうです。虎と言えば?」
ぬえが答えた。
「獣臭い」
星の虎拳がぬえの鳩尾に刺さった。
ぬえが答えを修正した。
「つ、つよい」
星が尋ねた。
「他には?」
「格好いい」
「他には?」
「凛々しい」
「他には?」
「賢い」
「他には?」
「可愛い」
その後しばらく、虎を褒め称える問答が続いた。
星は満足げな顔で、新たな問いを投げかけた。
「では、そんな素晴らしい動物である虎が毘沙門天様の教えを受けて命蓮寺のご本尊になった…?」
「寅丸星」
星が黙って左手を持ち上げた。
「…様、です」
満身創痍のぬえに、ひねくれた答えを返す気力はもう残っていない。
星が問いを続ける。
「背が高くて中性的な魅力もある?」
「寅丸星様です」
「宝塔の力を最大限に引き出せるのは?」
「寅丸星様です」
「聖とのツーショットが一番絵になる?」
「寅丸星様です」
「部下のナズーリン憧れの?」
「寅丸星様です」
「ナズーリンを悩殺しちゃうナイスバディな?」
「寅丸星様です」
「ナズーリンに怒られても怖くなんかない?」
「寅丸星様です」
「また宝塔なくしちゃったけど不可抗力の?」
「寅丸星様です…ああああああもうやだあああああああ」
「どう?これが星の命蓮寺式禅問答」
一輪はそう言うが、たまに修行をする程度のこころにも、これが禅問答などでは断じてないことが十分に分かるのであった。
とはいえ仏の教えでも何でもないこのやり取りによって、一定期間はぬえの悪戯を抑え込むことができるという話である。
それが三宝ではないにしろ暴力が必要な場面もあるのだなと、こころはまた一つ賢くなった。
序盤でぬえが可愛いヤッターと思ってたら、語録テンコ盛りでびっくりしたゾ
一般層にウケるネタじゃ無いんだから、もうちょっと気を遣って、どうぞ
でも少し星のイメージが崩れてる希ガス(二次創作だから仕方ないね♂)
東方SSが読みたかったから開いたの!
親方に電話させてもらうね。
たまげたなあ
やっぱり淫夢と星蓮船、ええ素材やこれは……
星ちゃんが途中から自己暗示し始めて草
菫子かな?