この年の夏は猛暑である。
道を歩くだけで煮干しになりかねない、と化け猫が語るほどであった。
ろくろ首が暑さのあまりにマントを投げ出し、首を西瓜と一緒に井戸の中の桶で冷やしている。
一方、夜雀と山彦のライブではよりによって氷の妖精が熱中症で倒れたという報道もある。
このようにとにかく暑いこの年の幻想郷で、見た目の上では夏野菜を思わせる雨傘が上機嫌で揺れていた。
「流し雛の女神さん」
「おや、あなたは」
雲一つない空に、真夏の太陽が輝く昼下がり。
多々良小傘は少し前の雨の日、傘に入れた少女を見つけた。
里の往来が日差しを照り返し大変に暑い日である。
こんな真夏日に暑そうなゴスロリ衣装をまとった彼女に、小傘は己の半身である茄子色の傘を日除けに差し出したのであった。
「暑そうね。こんな雨傘でよければ日傘代わりにどうぞ」
「いつも助けてほしい時に現れる。ヒーローね」
山で厄を集めているとか言ったその少女は、躊躇うことなく小傘が差し出した傘の日陰に入った。
遡ること一週間ほど前である。
守矢神社で茶を飲んだ帰りに夕立に降られた小傘は、山道の木の下で空を見上げる彼女の姿を見つけた。
問題は今日の雨、傘がない――そんな表情をした彼女に対し、小傘は声をかける以外の選択を持てなかった。
人間を驚かせ、怖がらせて生きる唐傘お化けの小傘だが、自分のもう一つの本分を忘れたことは一度もない。
付喪神という妖怪は、道具としての自分の存在意義を決して忘れないのだ。
つまり小傘はその日も今日のように、彼女に傘を差し出したのである。
「暑いんだし、衣替えしたら?」
「これでも半袖にしてるのよ」
二人は仲良く肩を並べ、里の通りの往来を歩き始めた。
厄神の少女は肩口が小傘の肩や傘の持ち手につかぬようギリギリの距離をとっている。
身体が触れると災厄が小傘に及ぶ…という彼女の気遣いも、あの雨の日と同じである。
小傘自身は、こうして自分が「傘」として誰かに必要とされている時点で幸福を感じる。
ゆえに彼女が言う「災厄」、つまり不運が襲い掛かって来てもさして気にしないのだが、そこは彼女の厄神としての矜持なのだろう。
せめて心の距離は離れないよう、自分から彼女に話しかけてコミュニケーションをとった。
相手も厄神という身分ながら根の性格は明るく人懐っこいため、話は大いに弾んだ。
雨が降らない日でも相合傘で誰かと道を歩ける、これも夏の醍醐味か。
そんなことを思った小傘であった。
「あーやだやだ。このクソ暑いのに、さらに温度と湿度が増しそうな光景を見たわね」
不意に、二人に向かって声をかける者がいた。
「え?…えーと、誰?」
「水売りよ」
小傘が視線を向けた先には、リヤカーに水が入った瓶を大量に乗せた少女がいた。
最近幻想郷に矢継ぎ早に新しいデザインが流入している割れない瓶、確か名前はペットボトルと言ったか。
「わたしが一人で水を必死で売っているのに、そこで相合傘してイチャついてる妬ましい二人。
同じ二面ボスなのにこんなに境遇が違うわたしに同情するなら水を買え」
尖った耳と緑色の瞳が特徴的な金髪の少女は、ペットボトルに入った水を差しだした。
重い車を引きずって来たからか、その全身は汗だくであり見ているだけで暑苦しい。
それでいて「妬ましい」と言うその表情は別に恨めし気ではない。不思議な少女であった。
日光対策ができているとはいえ喉は乾くので、小傘はひとまず彼女の申し出を好意的に受け取ることにする。
「はあ…まあ喉は乾いてたから、お水は欲しいけど」
いくらなの?と小傘は尋ねた。
「十四万三千円よ」
「高っ!」
「まあ、嘘だけどね」
見たところ、ペットボトル一本にはせいぜい五百ミリリットル程度の水しか入っていない。
これで本当に十四万三千円も取られたら、いかに温厚な小傘と言えど相手を解体ショーにかけざるを得ない。
「実際の価格は千円。安くしとくわよ」
全く安くなかった。
「嘘でしょ?ボッタクリじゃない!」
「仕方ないでしょう。この『パル水』にはおまけの特典ストラップがついているのだから」
水売りの少女は、五センチ程度の藁人形をあしらったストラップを取り出して二人に見せた。
材質は藁を使った手編みのものであり、ミニチュアとはいえ本格的につくられた物であることがわかる。
「…神様、いる?これ」
「うーん、出来がいいのは認めるんだけど」
小型ながらその藁人形からは明らかに不穏な雰囲気が放たれており、生半可な作りではないことがわかる。
このストラップのおまけに水が付く、というなら千円の価格設定にも頷ける。
が、だからこそ小傘も厄神もその藁人形が放つ禍々しさに手を出しあぐねていた。
「なら水だけでも買いなさい」
「それじゃますます千円が高いよ!」
小傘の発言に対し、水売りはチッと舌打ちをした。
見た目は小傘たちとそう変わらない年代の可愛らしい少女なのだが、商売人として絶望的なまでに愛想がない。
「…ふん。来週になってこのストラップが欲しいと言っても遅いんだからね」
「来週?」
水売りは小傘たちに一枚の紙を突きつけた。
「見なさい。このパル水は毎週特典が変わるのよ」
一週目 橋姫からあなたへ スペシャル恨み言カード
二週目 編み下ろしミニ藁人形ストラップ(五寸釘付)
三週目 編み下ろしミニ藁人形ストラップ(毛髪入り)
四週目 編み下ろしミニ藁人形ストラップ(顔写真付)
五週目 橋姫丑の刻参りの思い出記念写真ポスター
六週目 橋姫生成(なまなり)化思い出の一コマ
七週目 こき下ろしイラストクレームカード
八週目 橋姫と一緒に貴船紀行~呪いのしおり~
「どう?この特典欲しさに、毎週このパル水を買う人間がやって来るって算段よ」
水売りは胸を張った。
茶色の着物の胸元を押し上げている膨らみは思いの外大きい。
「少なくともミニ藁人形ストラップは今週までなんだから」
「…顔写真ついてるの?誰の?」
「よくは知らないけど、最近団子片手の楽な仕事で高給取りとかいう兎が出没してる。そいつの盗撮写真」
妬ましくなる気持ちがわからないでもないが、そんなどこの誰とも知らない兎をこれで呪う者などいるのか。
小傘には彼女がこうまで胸を張れる自信の根拠が全く分からない。
「まあいいけどさ…これで儲けてどうするつもり?」
実際に儲かっているかどうかはともかく、その目的を厄神は水売りに尋ねた。
「決まってるじゃない。ここで集めた資金を元手に、わたしはアイドルになるのよ。この世の羨望と嫉妬を独り占め。こんなに素晴らしいことはないわ」
ちょっと愛想が良くて尻がデカいだけで「地底のアイドル」とか担がれてる土蜘蛛なんかより、
わたしの方が余程魅力的なんだから…水売りは緑色の瞳を輝かせてそう言った。
彼女自身は胸も尻もそこそこにいいプロポーションを持っているが、全く愛想がない時点で負けている気がする。
結局小傘と厄神は水を買わず、水売りの少女を見送った。
陽炎の向こうに消えていくリヤカーを見ながら、小傘は「たぶん厄神様も同じことを考えているのだろうな」と思った。
――そういう特典商法は、普通はアイドルになってからやるものなのではないか?ということを。
道を歩くだけで煮干しになりかねない、と化け猫が語るほどであった。
ろくろ首が暑さのあまりにマントを投げ出し、首を西瓜と一緒に井戸の中の桶で冷やしている。
一方、夜雀と山彦のライブではよりによって氷の妖精が熱中症で倒れたという報道もある。
このようにとにかく暑いこの年の幻想郷で、見た目の上では夏野菜を思わせる雨傘が上機嫌で揺れていた。
「流し雛の女神さん」
「おや、あなたは」
雲一つない空に、真夏の太陽が輝く昼下がり。
多々良小傘は少し前の雨の日、傘に入れた少女を見つけた。
里の往来が日差しを照り返し大変に暑い日である。
こんな真夏日に暑そうなゴスロリ衣装をまとった彼女に、小傘は己の半身である茄子色の傘を日除けに差し出したのであった。
「暑そうね。こんな雨傘でよければ日傘代わりにどうぞ」
「いつも助けてほしい時に現れる。ヒーローね」
山で厄を集めているとか言ったその少女は、躊躇うことなく小傘が差し出した傘の日陰に入った。
遡ること一週間ほど前である。
守矢神社で茶を飲んだ帰りに夕立に降られた小傘は、山道の木の下で空を見上げる彼女の姿を見つけた。
問題は今日の雨、傘がない――そんな表情をした彼女に対し、小傘は声をかける以外の選択を持てなかった。
人間を驚かせ、怖がらせて生きる唐傘お化けの小傘だが、自分のもう一つの本分を忘れたことは一度もない。
付喪神という妖怪は、道具としての自分の存在意義を決して忘れないのだ。
つまり小傘はその日も今日のように、彼女に傘を差し出したのである。
「暑いんだし、衣替えしたら?」
「これでも半袖にしてるのよ」
二人は仲良く肩を並べ、里の通りの往来を歩き始めた。
厄神の少女は肩口が小傘の肩や傘の持ち手につかぬようギリギリの距離をとっている。
身体が触れると災厄が小傘に及ぶ…という彼女の気遣いも、あの雨の日と同じである。
小傘自身は、こうして自分が「傘」として誰かに必要とされている時点で幸福を感じる。
ゆえに彼女が言う「災厄」、つまり不運が襲い掛かって来てもさして気にしないのだが、そこは彼女の厄神としての矜持なのだろう。
せめて心の距離は離れないよう、自分から彼女に話しかけてコミュニケーションをとった。
相手も厄神という身分ながら根の性格は明るく人懐っこいため、話は大いに弾んだ。
雨が降らない日でも相合傘で誰かと道を歩ける、これも夏の醍醐味か。
そんなことを思った小傘であった。
「あーやだやだ。このクソ暑いのに、さらに温度と湿度が増しそうな光景を見たわね」
不意に、二人に向かって声をかける者がいた。
「え?…えーと、誰?」
「水売りよ」
小傘が視線を向けた先には、リヤカーに水が入った瓶を大量に乗せた少女がいた。
最近幻想郷に矢継ぎ早に新しいデザインが流入している割れない瓶、確か名前はペットボトルと言ったか。
「わたしが一人で水を必死で売っているのに、そこで相合傘してイチャついてる妬ましい二人。
同じ二面ボスなのにこんなに境遇が違うわたしに同情するなら水を買え」
尖った耳と緑色の瞳が特徴的な金髪の少女は、ペットボトルに入った水を差しだした。
重い車を引きずって来たからか、その全身は汗だくであり見ているだけで暑苦しい。
それでいて「妬ましい」と言うその表情は別に恨めし気ではない。不思議な少女であった。
日光対策ができているとはいえ喉は乾くので、小傘はひとまず彼女の申し出を好意的に受け取ることにする。
「はあ…まあ喉は乾いてたから、お水は欲しいけど」
いくらなの?と小傘は尋ねた。
「十四万三千円よ」
「高っ!」
「まあ、嘘だけどね」
見たところ、ペットボトル一本にはせいぜい五百ミリリットル程度の水しか入っていない。
これで本当に十四万三千円も取られたら、いかに温厚な小傘と言えど相手を解体ショーにかけざるを得ない。
「実際の価格は千円。安くしとくわよ」
全く安くなかった。
「嘘でしょ?ボッタクリじゃない!」
「仕方ないでしょう。この『パル水』にはおまけの特典ストラップがついているのだから」
水売りの少女は、五センチ程度の藁人形をあしらったストラップを取り出して二人に見せた。
材質は藁を使った手編みのものであり、ミニチュアとはいえ本格的につくられた物であることがわかる。
「…神様、いる?これ」
「うーん、出来がいいのは認めるんだけど」
小型ながらその藁人形からは明らかに不穏な雰囲気が放たれており、生半可な作りではないことがわかる。
このストラップのおまけに水が付く、というなら千円の価格設定にも頷ける。
が、だからこそ小傘も厄神もその藁人形が放つ禍々しさに手を出しあぐねていた。
「なら水だけでも買いなさい」
「それじゃますます千円が高いよ!」
小傘の発言に対し、水売りはチッと舌打ちをした。
見た目は小傘たちとそう変わらない年代の可愛らしい少女なのだが、商売人として絶望的なまでに愛想がない。
「…ふん。来週になってこのストラップが欲しいと言っても遅いんだからね」
「来週?」
水売りは小傘たちに一枚の紙を突きつけた。
「見なさい。このパル水は毎週特典が変わるのよ」
一週目 橋姫からあなたへ スペシャル恨み言カード
二週目 編み下ろしミニ藁人形ストラップ(五寸釘付)
三週目 編み下ろしミニ藁人形ストラップ(毛髪入り)
四週目 編み下ろしミニ藁人形ストラップ(顔写真付)
五週目 橋姫丑の刻参りの思い出記念写真ポスター
六週目 橋姫生成(なまなり)化思い出の一コマ
七週目 こき下ろしイラストクレームカード
八週目 橋姫と一緒に貴船紀行~呪いのしおり~
「どう?この特典欲しさに、毎週このパル水を買う人間がやって来るって算段よ」
水売りは胸を張った。
茶色の着物の胸元を押し上げている膨らみは思いの外大きい。
「少なくともミニ藁人形ストラップは今週までなんだから」
「…顔写真ついてるの?誰の?」
「よくは知らないけど、最近団子片手の楽な仕事で高給取りとかいう兎が出没してる。そいつの盗撮写真」
妬ましくなる気持ちがわからないでもないが、そんなどこの誰とも知らない兎をこれで呪う者などいるのか。
小傘には彼女がこうまで胸を張れる自信の根拠が全く分からない。
「まあいいけどさ…これで儲けてどうするつもり?」
実際に儲かっているかどうかはともかく、その目的を厄神は水売りに尋ねた。
「決まってるじゃない。ここで集めた資金を元手に、わたしはアイドルになるのよ。この世の羨望と嫉妬を独り占め。こんなに素晴らしいことはないわ」
ちょっと愛想が良くて尻がデカいだけで「地底のアイドル」とか担がれてる土蜘蛛なんかより、
わたしの方が余程魅力的なんだから…水売りは緑色の瞳を輝かせてそう言った。
彼女自身は胸も尻もそこそこにいいプロポーションを持っているが、全く愛想がない時点で負けている気がする。
結局小傘と厄神は水を買わず、水売りの少女を見送った。
陽炎の向こうに消えていくリヤカーを見ながら、小傘は「たぶん厄神様も同じことを考えているのだろうな」と思った。
――そういう特典商法は、普通はアイドルになってからやるものなのではないか?ということを。
正直一回くらいなら購入しても良い
あと皆可愛い
面白くて良かったです
結局水買ってないですしw
特典も面白かったです。
あとこき下ろしイラストクレームカードがツボでした
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