PROJECT X PHANTASIA EX 死んでくれる?
~ 香霖堂 ~
夏から秋に移りゆく少し暑さが残る日の夕方近く、私はアリスから頼まれていたモノを求め、香霖堂の棚を物色していた。
「お! 見っけ♪」
乱雑に商品が並べられた棚から取り出したのは、六芒星のペンダントだ。
ちなみに、別名、ヒランヤといって、体力と魔力を少しだけ回復できるモノらしい。
「こーりん、これいくらだ?」
ヒランヤに値札が付いていないので、店の主であり、旧知の中でもある森近霖之助こと、こーりんに尋ねた。
「魔理沙が商品の値段を聞くなんて珍しいな……。 えーと、そのヒランヤは600円だね」
私の手にあるヒランヤをチラッと見るなり、読みかけの本から目を離さないまま、こーりんは答えた。
懐のガマグチから硬貨を6枚取り出すと、こーりんの目の前の机に置く。
「ほれ。 こーりん、領収証をくれ。 上様でいいぜ」
「……はい!? き、君は、本当に魔理沙なのか!? いつも金を払わずに商品を勝手に持ち去っていく、あの霧雨魔理沙なのか!?」
机の上の硬貨を見るなり、こーりんが血相を変えた。
しかも、まるで未知との生物かなんかと遭遇したかのように、私のことを見やがる。
「人聞きの悪いこと言うなよ。 借りてくだけで、私が死ぬ前に返すって、いつも言ってんだろ!」
こーりんは、人間と妖怪の間に生まれたハーフ、つまり半妖だ。
妖怪の血により、普通の人間より、ケガや病気に強く、寿命がかなり長いらしい。
実際、半妖であるこーりんの外見は、二十代ぐらいだが、私の何倍も生きているそうな。
だから、私が無事に天寿を全うできたとしても、こーりんはきっと生きているだろう。
つまり、こーりんから借りたモノは、こーりんに返せる確率が高いから、安心して借りていけるってわけ。
ただ、食べ物や消耗品、誰かに渡すモノとかは別さ。
返せなくなる場合が多いからな!
「……これ、アリスから頼まれたモノだからな。 借りてくわけにはいかねえの」
「そ、そうか。 ……僕としては、いつも払ってくれると、ひじょぉぉーーにッ、ありがたいんだが」
「検討しておくぜ! じゃあな、こーりん! 次は、借りにくるから、何か面白いモノを用意しておいてくれよな!!」
ガックリと肩を落とすこーりんの手から領収証を受け取ると、すぐさま店を出て、愛ホウキに跨り、アリスの家へと飛んだ。
~ アリス・マーガトロイドの家 ~
樹木がウンザリするほど生い茂る魔法の森の中に、私の友人である種族・魔法使いのアリスの家がある。
魔法の森入口近くの香霖堂から、アリスの家までは、飛べばすぐだ。
「お~い、アリス! 頼まれていたモノ買ってきたぞ!」
「いらっしゃい、魔理沙」
洒落た玄関のドアを叩くと、すぐにアリスが姿を現した。
アリスは、私の手にあるヒランヤを見るなり満面の笑みを浮かべる。
「あ、お願いしていたヒランヤ買ってきてくれたんだ! ありがとー!」
私からヒランヤを受け取ったアリスは、本当にうれしそうだ。
買ってきて良かった。
……この前、アリスが大事にしていた魔導書を無断で借りていったら、しばらくアリスの機嫌が悪かったもんな。
「ちょうど良かったわ、良い茶葉が手に入ったのよ。 クッキーも焼いてあるから、ごちそうするわ」
アリスは私と違い、料理が得意で、特に菓子作りにかけては、プロ級だ。
焼きたてのクッキーは、さぞかし美味いに違いない。
ちょうど腹が減っていたし、ごちになるか!
「おう! 頂くぜ!」
私は、リビングへ向かうアリスに付いていく。
アリスの家の中は、彼女の性格通り整理整頓されていて、ゴミ一つ落ちていない。
私の家の中の惨状と大違いだ。
薄暗い廊下をよく見れば、ホウキやらハタキやらゾウキンを持った何体もの人形がせっせと掃除している。
人形使いのアリスらしく、人形に掃除をやらしているらしい。
うらやましいことだ。
私の家を掃除させる為に、帰る時、人形を借りていこうかな。
「……ねえ、魔理沙。 繰り返し聞くけど、『捨食の法』と『捨虫の法』を会得するつもりはないの?」
「え!?」
どの人形を借りていくか選別していると、突然アリスが振り返った。
また、その話か。
『捨食の法』は、食事を取らなくても、魔力で補えるようになる魔法。
『捨虫の法』は、成長を止める、つまり、不老長寿になる魔法。
どちらも、アリスやパチュリーや聖のような、妖怪『種族・魔法使い』になる為に必須の魔法だ。
そういや、パチュリーや聖も、私に会得するよう進めてきたっけ。
「わりぃ、不老長寿になったら、こーりんやパチュリー達から借りたモノが、返し難くなるから、やめとくわ」
『捨食の法』を会得すれば、日々のメシの心配がなくなるだろう。
『捨虫の法』を会得すれば、人間以外のダチ達と、ずっとバカ騒ぎをすることができるだろう。
どちらも、すごく魅力的だ。
だけど、私は人間を卒業してまで、妖怪『種族・魔法使い』になるつもりはない。
私は、人間『普通の魔法使い』として、一生を終えたいのだから……。
「魔理沙って、変なところで固いところがあるわよね~。 ……台所から、紅茶とクッキーを持っていくから、リビングで待っててね」
~ アリス・マーガトロイドの家 リビング ~
居間もキレイに片付けられ、センスの良い調度品がバランスよく棚などに配置されている。
テーブルは、よく磨かれており、ろくに拭かなかったので、キノコが生えてしまっている我が家のテーブルとは大違いだ。
女子力の違いを改めて認識させられていると、アリスがお茶と菓子鉢が載ったトレイを持ってきた。
「お待たせ、魔理沙」
紅茶を優雅に淹れ、カップとクッキーが入った菓子鉢を手際よく並べるアリス。
さすが、都会派を自称するだけはある。
私と違って、垢抜け度がまじパネェぜ。
「私特製の紅茶とお菓子よ。 魔理沙の為に、よりをかけたんだから、残さないでね♪」
「腹がペコちゃんだから、全部いただくさ。 ……! 何だこれッ!? ンマイなぁぁあぁぁーーッ!!」
あまりにもクッキーが美味すぎて、私は思わず叫んでしまった。
このクッキー、昨日人里の和菓子屋で買った、ごま蜜団子よりうめぇ!
「お前が作ったクッキー、犯罪的だ……、うますぎる……」
美味いだけじゃない。
何かが、染みこんできやがる……、体に……。
「気に入ってもらえて良かった~♪ ……とっておきの隠し味を入れたのよ♪ うふふ……うふふ……うふふ……♪ ……そうそう、魔理沙へこの指輪をプレゼントするわ」
「こ、これを私にか?」
上機嫌のアリスが、私に差し出したのは、髑髏をあしらった不気味悪いデザインの指輪だ。
もらえるものは、病気以外なら、なんでもイタダくぜ!
それが、私の信条だ。
しかし……。
霊夢レベルの神がかった勘の良さは、私には無い。
だけど、数々の異変に関わり、それなりの修羅場を潜ってきた私には分かる。
アリスが持ち出してきた指輪がヤバすぎるモノだと。
「この指輪わね、『死者の指輪』っていうレア物よ。 ついてるわ、とあるルートで2つもゲットできたの」
指輪のネーミングもやばいな……。
「『死者の指輪』は、異世界の高等竜人という”魔”を扱うことに関して、ずば抜けた種族が作ったの。 装備することで、身に着けたモノの魔力を飛躍的に高めるわ」
訝しがる私をよそに、アリスはテンションをさらに上げて指輪の説明を続ける。
「ほら、私も左手の薬指にハメてるでしょう。 魔理沙も左手の薬指にハメてみて♪」
怖い。
今日のアリスなんか怖いぜ。
様子が尋常じゃない。
まるで、何かタチの悪い邪神のようなモノにとり憑かれているかのようだ。
「わ、わりぃ、アリス。 そんなレアな指輪、受け取れねぇ……」
「……ヤリが降って来るんじゃないかしら? そんな殊勝なことを言うなんて、貴女らしくないわ。 遠慮しないでちょうだい。 ヒランヤを買って来てくれたお礼なんだから。 でも、気にするんだったら……」
アリスは、紅茶を一口飲む。
そして、ニンマリと笑みを浮かべ、
「ねぇねぇ、もう一つお願いがあるの。 あのねー……、魔理沙。 死んでくれる?」
とんでもねぇことを、さらっと言いやがった!
「じょ、冗談でも、怒るぜ、アリス! ……え!?」
イスから立ち上がろうとしたが、体が動かない!?
「クッキーに特製の毒を盛っておいたの。 苦しまずに楽に逝ける毒をね。 遅行性だから、すぐには死なないけれどね♪」
「なん……だと……!?」
「怖がらないで、魔理沙。 『死者の指輪』には、もう一つ付加能力があるの。 装着した者は、ハイレベルの能力を身につけた魔導士、『リッチ』へクラスチェンジできるようになるのよ。 でもね、『リッチ』になるためには、一度死ぬ必要があるわ。 だから、毒を盛ったのよ♪ ほら、私もクッキー食べるから安心して♪」
アリスは、クッキーを食べながら私に近付くと、私の左手の薬指に『死者の指輪』をハメた。
「うん、これでお揃いね。 うふふ……うふふ……うふふ……♪ マリッジリングみたい~♪ 大丈夫よ、魔理沙。 『リッチ』になれば、超絶な魔力を得るだけではなく、寿命は無限になるんだから♪」
私の左隣りのイスに座り、軽快におしゃべりを始めるアリス。
ぶん殴ってやりたかったが、毒のせいでそれが出来ない。
無念だ……。
「まるで……、『種族・魔法使い』みたいだぜ……」
「いいえ、『リッチ』はね、物理攻撃を含む、あらゆる攻撃属性に対する防御耐性がすごく高いの。 事故死や殺される心配がほとんどなくなるわ。 それに、病気による死からも逃れられる」
「そ、それって……、まさか……!?」
「そうよ、魔理沙。 私たちは、永遠の命を持ち、より不死に近い存在。 アンデッドになるのよ♪ うふふ……うふふ……うふふ……♪」
私が人間としていられる時間は、あと僅かだろう……。
体が怠い……。
まぶたがすごく重い……。
アリスのハイテンションの声に、怒りすら感じねぇ……。
「私と魔理沙も、永遠に平穏な日々を送れる、すばらしいモノになってるわ。 愛する貴女の笑顔を、ずっと見続けることができるなんて……。 そして、永遠に愛し合えるなんて……。 うれしいな~♪ うふふ……うふふ……うふふ……♪」
……違うぜ、アリス。
このクソッタレな指輪を付けて死んだら、人間を卒業するだけじゃない……。
私は『霧雨魔理沙』ではない、別物になっているだろう……。
しかも、とびっきり最悪のモノに……。
なぜだか分かるんだよ……、アリス。
お前が望むハッピーエンドには、なりはしない、ってな……。
ああ……、親父……、お袋……、先逝く不幸を許してくれ……。
こーりん、パチェリー、すまねぇ……。
借りたモノ、返せなくなっちまいそうだ……。
霊夢……。
霊夢……。
霊夢……、お前は、私の……。
~ ??? ~
【酒と音楽と享楽を好み、和洋折衷な格好をした謎のシルクハットの男】
「ウィ~、ヒック! なかなか良かったですね~。 愛情故の悲劇というモノは。
アリス・マーガトロイドが『死者の指輪』を2つ入手できるように裏工作した甲斐がありましたね~。
……まあ、酒の肴としては、安物のチーズ程度でしたけど~♪ うははは!(笑)
しっかし、私の心にさえもズンとさせるモノって、なかなか出てこないもんですな!
もっと、テコ入れしないとダメですか……。
よ~し! 私、異世界のホームラン級のサイコパスなキャラたちに、幻想郷に来てくれるように頼んじゃうぞ♪
きっと、幻想郷を乱し、面白くしてくれる! ヒャッハハハ!(笑)
……おや? アリスと魔理沙の様子が?
そういや、あの2つの『死者の指輪』って、冥府の王デムンザの加護がとびっきり強い特別品でしたっけ。
こりゃあ、イイ!
『幻想郷の人間&妖怪&妖精&神 VS リッチ×2&魔界の悪鬼&邪神』!?、
まるで、あの異世界に伝わる、オウガバトルのようじゃないですか!
私の心にさえもズンとさせるモノになるか楽しみだなあ~♪
……まあ、幻想郷がメチャクチャのグッチャングッチャンになっても、問題ないでしょう。
私が作った『二次創作のエッグ』を持っている『メリーさん』が幻想郷をまた作り直すでしょうからね~!
……欲望を抑えきれず、親友を食べてしまった外道さん♪
救いようのない妄執を叶えられず、まさかの、無限ループに突入、ってか!?
うっひゃひゃひゃーーッ!!(笑)」
~ 幻想郷 ~
それは、突然の出来事だった。
異世界の邪神の尖兵と化したアリスと魔理沙が、召喚した悪鬼や悪魔たちと共に、幻想郷のモノたちへ襲い掛かったのだ。
幻想郷の人間、妖怪、妖精、神たちは、一致団結して、悪しき侵略者たちに対抗した。
そして、何とか侵略者たちを滅ぼすことに成功する。
しかし、勝利の代償はあまりにも大きかった。
幻想郷の大地は荒れ果て、美しかった湖は、毒の沼地へと化した。
一番頼みにされた不死身の蓬莱人たちは、異世界の呪文、バシルーラの強化版により、異世界へと飛ばされた。
僅かに生き残った人間や妖怪たちは、病気やケガ、共食い等により死滅した。
妖精たちは、大規模な魔法の連続行使によるマナの急激な枯渇により、消え去った。
神々は、受肉した肉体を保てなくなり、現世にいられなくなった。
そう、幻想郷から誰もいなくなったのだ。
『境界を操る程度の能力』を持つ妖怪、マエリベリー・ハーンを除いて……。
~ 幻想郷 博麗神社 ~
見るも無残な廃墟と化した博麗神社の境内で、マエリベリー・ハーンは親友の形見である黒歴史ノートを開き、絶望と怒りでワナワナと震えていた。
「……何よ、何なのよ! あともう少しで、蓮子の欲望(のぞみ)し、幻想郷になったのに!! どうして、いつもこうなるのよ!!」
マエリベリー・ハーンは人間だった頃、『八雲 紫』というペンネームで一世を風靡した小説家であった。
ところが、ふとしたキッカケで、親友の宇佐見蓮子を独占したいという欲望にかられてしまう。
そして、愛する蓮子を誰かに渡さない為に、蓮子を食い殺してしまい、それにより、妖怪へと転生してしまったのだ。
妖怪マエリベリー・ハーンの望みは、ただ一つ。
「こんなの、蓮子の欲望(のぞみ)し、幻想郷じゃない! やり直さなきゃ、全部、消去して! 作り直さなきゃ、蓮子の欲望(のぞみ)し、幻造世界(ファンタジア)を!!」
マエリベリーは、ポケットから卵のようなモノを取り出すと、ソレにありったけの念を込めた。
幻想郷のリセット回数: 12,345回
~ 香霖堂 ~
夏から秋に移りゆく少し暑さが残る日の夕方近く、私はアリスから頼まれていたモノを求め、香霖堂の棚を物色していた。
「お! 見っけ♪」
乱雑に商品が並べられた棚から取り出したのは、六芒星のペンダントだ。
ちなみに、別名、ヒランヤといって、体力と魔力を少しだけ回復できるモノらしい。
「こーりん、これいくらだ?」
ヒランヤに値札が付いていないので、店の主であり、旧知の中でもある森近霖之助こと、こーりんに尋ねた。
「魔理沙が商品の値段を聞くなんて珍しいな……。 えーと、そのヒランヤは600円だね」
私の手にあるヒランヤをチラッと見るなり、読みかけの本から目を離さないまま、こーりんは答えた。
懐のガマグチから硬貨を6枚取り出すと、こーりんの目の前の机に置く。
「ほれ。 こーりん、領収証をくれ。 上様でいいぜ」
「……はい!? き、君は、本当に魔理沙なのか!? いつも金を払わずに商品を勝手に持ち去っていく、あの霧雨魔理沙なのか!?」
机の上の硬貨を見るなり、こーりんが血相を変えた。
しかも、まるで未知との生物かなんかと遭遇したかのように、私のことを見やがる。
「人聞きの悪いこと言うなよ。 借りてくだけで、私が死ぬ前に返すって、いつも言ってんだろ!」
こーりんは、人間と妖怪の間に生まれたハーフ、つまり半妖だ。
妖怪の血により、普通の人間より、ケガや病気に強く、寿命がかなり長いらしい。
実際、半妖であるこーりんの外見は、二十代ぐらいだが、私の何倍も生きているそうな。
だから、私が無事に天寿を全うできたとしても、こーりんはきっと生きているだろう。
つまり、こーりんから借りたモノは、こーりんに返せる確率が高いから、安心して借りていけるってわけ。
ただ、食べ物や消耗品、誰かに渡すモノとかは別さ。
返せなくなる場合が多いからな!
「……これ、アリスから頼まれたモノだからな。 借りてくわけにはいかねえの」
「そ、そうか。 ……僕としては、いつも払ってくれると、ひじょぉぉーーにッ、ありがたいんだが」
「検討しておくぜ! じゃあな、こーりん! 次は、借りにくるから、何か面白いモノを用意しておいてくれよな!!」
ガックリと肩を落とすこーりんの手から領収証を受け取ると、すぐさま店を出て、愛ホウキに跨り、アリスの家へと飛んだ。
~ アリス・マーガトロイドの家 ~
樹木がウンザリするほど生い茂る魔法の森の中に、私の友人である種族・魔法使いのアリスの家がある。
魔法の森入口近くの香霖堂から、アリスの家までは、飛べばすぐだ。
「お~い、アリス! 頼まれていたモノ買ってきたぞ!」
「いらっしゃい、魔理沙」
洒落た玄関のドアを叩くと、すぐにアリスが姿を現した。
アリスは、私の手にあるヒランヤを見るなり満面の笑みを浮かべる。
「あ、お願いしていたヒランヤ買ってきてくれたんだ! ありがとー!」
私からヒランヤを受け取ったアリスは、本当にうれしそうだ。
買ってきて良かった。
……この前、アリスが大事にしていた魔導書を無断で借りていったら、しばらくアリスの機嫌が悪かったもんな。
「ちょうど良かったわ、良い茶葉が手に入ったのよ。 クッキーも焼いてあるから、ごちそうするわ」
アリスは私と違い、料理が得意で、特に菓子作りにかけては、プロ級だ。
焼きたてのクッキーは、さぞかし美味いに違いない。
ちょうど腹が減っていたし、ごちになるか!
「おう! 頂くぜ!」
私は、リビングへ向かうアリスに付いていく。
アリスの家の中は、彼女の性格通り整理整頓されていて、ゴミ一つ落ちていない。
私の家の中の惨状と大違いだ。
薄暗い廊下をよく見れば、ホウキやらハタキやらゾウキンを持った何体もの人形がせっせと掃除している。
人形使いのアリスらしく、人形に掃除をやらしているらしい。
うらやましいことだ。
私の家を掃除させる為に、帰る時、人形を借りていこうかな。
「……ねえ、魔理沙。 繰り返し聞くけど、『捨食の法』と『捨虫の法』を会得するつもりはないの?」
「え!?」
どの人形を借りていくか選別していると、突然アリスが振り返った。
また、その話か。
『捨食の法』は、食事を取らなくても、魔力で補えるようになる魔法。
『捨虫の法』は、成長を止める、つまり、不老長寿になる魔法。
どちらも、アリスやパチュリーや聖のような、妖怪『種族・魔法使い』になる為に必須の魔法だ。
そういや、パチュリーや聖も、私に会得するよう進めてきたっけ。
「わりぃ、不老長寿になったら、こーりんやパチュリー達から借りたモノが、返し難くなるから、やめとくわ」
『捨食の法』を会得すれば、日々のメシの心配がなくなるだろう。
『捨虫の法』を会得すれば、人間以外のダチ達と、ずっとバカ騒ぎをすることができるだろう。
どちらも、すごく魅力的だ。
だけど、私は人間を卒業してまで、妖怪『種族・魔法使い』になるつもりはない。
私は、人間『普通の魔法使い』として、一生を終えたいのだから……。
「魔理沙って、変なところで固いところがあるわよね~。 ……台所から、紅茶とクッキーを持っていくから、リビングで待っててね」
~ アリス・マーガトロイドの家 リビング ~
居間もキレイに片付けられ、センスの良い調度品がバランスよく棚などに配置されている。
テーブルは、よく磨かれており、ろくに拭かなかったので、キノコが生えてしまっている我が家のテーブルとは大違いだ。
女子力の違いを改めて認識させられていると、アリスがお茶と菓子鉢が載ったトレイを持ってきた。
「お待たせ、魔理沙」
紅茶を優雅に淹れ、カップとクッキーが入った菓子鉢を手際よく並べるアリス。
さすが、都会派を自称するだけはある。
私と違って、垢抜け度がまじパネェぜ。
「私特製の紅茶とお菓子よ。 魔理沙の為に、よりをかけたんだから、残さないでね♪」
「腹がペコちゃんだから、全部いただくさ。 ……! 何だこれッ!? ンマイなぁぁあぁぁーーッ!!」
あまりにもクッキーが美味すぎて、私は思わず叫んでしまった。
このクッキー、昨日人里の和菓子屋で買った、ごま蜜団子よりうめぇ!
「お前が作ったクッキー、犯罪的だ……、うますぎる……」
美味いだけじゃない。
何かが、染みこんできやがる……、体に……。
「気に入ってもらえて良かった~♪ ……とっておきの隠し味を入れたのよ♪ うふふ……うふふ……うふふ……♪ ……そうそう、魔理沙へこの指輪をプレゼントするわ」
「こ、これを私にか?」
上機嫌のアリスが、私に差し出したのは、髑髏をあしらった不気味悪いデザインの指輪だ。
もらえるものは、病気以外なら、なんでもイタダくぜ!
それが、私の信条だ。
しかし……。
霊夢レベルの神がかった勘の良さは、私には無い。
だけど、数々の異変に関わり、それなりの修羅場を潜ってきた私には分かる。
アリスが持ち出してきた指輪がヤバすぎるモノだと。
「この指輪わね、『死者の指輪』っていうレア物よ。 ついてるわ、とあるルートで2つもゲットできたの」
指輪のネーミングもやばいな……。
「『死者の指輪』は、異世界の高等竜人という”魔”を扱うことに関して、ずば抜けた種族が作ったの。 装備することで、身に着けたモノの魔力を飛躍的に高めるわ」
訝しがる私をよそに、アリスはテンションをさらに上げて指輪の説明を続ける。
「ほら、私も左手の薬指にハメてるでしょう。 魔理沙も左手の薬指にハメてみて♪」
怖い。
今日のアリスなんか怖いぜ。
様子が尋常じゃない。
まるで、何かタチの悪い邪神のようなモノにとり憑かれているかのようだ。
「わ、わりぃ、アリス。 そんなレアな指輪、受け取れねぇ……」
「……ヤリが降って来るんじゃないかしら? そんな殊勝なことを言うなんて、貴女らしくないわ。 遠慮しないでちょうだい。 ヒランヤを買って来てくれたお礼なんだから。 でも、気にするんだったら……」
アリスは、紅茶を一口飲む。
そして、ニンマリと笑みを浮かべ、
「ねぇねぇ、もう一つお願いがあるの。 あのねー……、魔理沙。 死んでくれる?」
とんでもねぇことを、さらっと言いやがった!
「じょ、冗談でも、怒るぜ、アリス! ……え!?」
イスから立ち上がろうとしたが、体が動かない!?
「クッキーに特製の毒を盛っておいたの。 苦しまずに楽に逝ける毒をね。 遅行性だから、すぐには死なないけれどね♪」
「なん……だと……!?」
「怖がらないで、魔理沙。 『死者の指輪』には、もう一つ付加能力があるの。 装着した者は、ハイレベルの能力を身につけた魔導士、『リッチ』へクラスチェンジできるようになるのよ。 でもね、『リッチ』になるためには、一度死ぬ必要があるわ。 だから、毒を盛ったのよ♪ ほら、私もクッキー食べるから安心して♪」
アリスは、クッキーを食べながら私に近付くと、私の左手の薬指に『死者の指輪』をハメた。
「うん、これでお揃いね。 うふふ……うふふ……うふふ……♪ マリッジリングみたい~♪ 大丈夫よ、魔理沙。 『リッチ』になれば、超絶な魔力を得るだけではなく、寿命は無限になるんだから♪」
私の左隣りのイスに座り、軽快におしゃべりを始めるアリス。
ぶん殴ってやりたかったが、毒のせいでそれが出来ない。
無念だ……。
「まるで……、『種族・魔法使い』みたいだぜ……」
「いいえ、『リッチ』はね、物理攻撃を含む、あらゆる攻撃属性に対する防御耐性がすごく高いの。 事故死や殺される心配がほとんどなくなるわ。 それに、病気による死からも逃れられる」
「そ、それって……、まさか……!?」
「そうよ、魔理沙。 私たちは、永遠の命を持ち、より不死に近い存在。 アンデッドになるのよ♪ うふふ……うふふ……うふふ……♪」
私が人間としていられる時間は、あと僅かだろう……。
体が怠い……。
まぶたがすごく重い……。
アリスのハイテンションの声に、怒りすら感じねぇ……。
「私と魔理沙も、永遠に平穏な日々を送れる、すばらしいモノになってるわ。 愛する貴女の笑顔を、ずっと見続けることができるなんて……。 そして、永遠に愛し合えるなんて……。 うれしいな~♪ うふふ……うふふ……うふふ……♪」
……違うぜ、アリス。
このクソッタレな指輪を付けて死んだら、人間を卒業するだけじゃない……。
私は『霧雨魔理沙』ではない、別物になっているだろう……。
しかも、とびっきり最悪のモノに……。
なぜだか分かるんだよ……、アリス。
お前が望むハッピーエンドには、なりはしない、ってな……。
ああ……、親父……、お袋……、先逝く不幸を許してくれ……。
こーりん、パチェリー、すまねぇ……。
借りたモノ、返せなくなっちまいそうだ……。
霊夢……。
霊夢……。
霊夢……、お前は、私の……。
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【酒と音楽と享楽を好み、和洋折衷な格好をした謎のシルクハットの男】
「ウィ~、ヒック! なかなか良かったですね~。 愛情故の悲劇というモノは。
アリス・マーガトロイドが『死者の指輪』を2つ入手できるように裏工作した甲斐がありましたね~。
……まあ、酒の肴としては、安物のチーズ程度でしたけど~♪ うははは!(笑)
しっかし、私の心にさえもズンとさせるモノって、なかなか出てこないもんですな!
もっと、テコ入れしないとダメですか……。
よ~し! 私、異世界のホームラン級のサイコパスなキャラたちに、幻想郷に来てくれるように頼んじゃうぞ♪
きっと、幻想郷を乱し、面白くしてくれる! ヒャッハハハ!(笑)
……おや? アリスと魔理沙の様子が?
そういや、あの2つの『死者の指輪』って、冥府の王デムンザの加護がとびっきり強い特別品でしたっけ。
こりゃあ、イイ!
『幻想郷の人間&妖怪&妖精&神 VS リッチ×2&魔界の悪鬼&邪神』!?、
まるで、あの異世界に伝わる、オウガバトルのようじゃないですか!
私の心にさえもズンとさせるモノになるか楽しみだなあ~♪
……まあ、幻想郷がメチャクチャのグッチャングッチャンになっても、問題ないでしょう。
私が作った『二次創作のエッグ』を持っている『メリーさん』が幻想郷をまた作り直すでしょうからね~!
……欲望を抑えきれず、親友を食べてしまった外道さん♪
救いようのない妄執を叶えられず、まさかの、無限ループに突入、ってか!?
うっひゃひゃひゃーーッ!!(笑)」
~ 幻想郷 ~
それは、突然の出来事だった。
異世界の邪神の尖兵と化したアリスと魔理沙が、召喚した悪鬼や悪魔たちと共に、幻想郷のモノたちへ襲い掛かったのだ。
幻想郷の人間、妖怪、妖精、神たちは、一致団結して、悪しき侵略者たちに対抗した。
そして、何とか侵略者たちを滅ぼすことに成功する。
しかし、勝利の代償はあまりにも大きかった。
幻想郷の大地は荒れ果て、美しかった湖は、毒の沼地へと化した。
一番頼みにされた不死身の蓬莱人たちは、異世界の呪文、バシルーラの強化版により、異世界へと飛ばされた。
僅かに生き残った人間や妖怪たちは、病気やケガ、共食い等により死滅した。
妖精たちは、大規模な魔法の連続行使によるマナの急激な枯渇により、消え去った。
神々は、受肉した肉体を保てなくなり、現世にいられなくなった。
そう、幻想郷から誰もいなくなったのだ。
『境界を操る程度の能力』を持つ妖怪、マエリベリー・ハーンを除いて……。
~ 幻想郷 博麗神社 ~
見るも無残な廃墟と化した博麗神社の境内で、マエリベリー・ハーンは親友の形見である黒歴史ノートを開き、絶望と怒りでワナワナと震えていた。
「……何よ、何なのよ! あともう少しで、蓮子の欲望(のぞみ)し、幻想郷になったのに!! どうして、いつもこうなるのよ!!」
マエリベリー・ハーンは人間だった頃、『八雲 紫』というペンネームで一世を風靡した小説家であった。
ところが、ふとしたキッカケで、親友の宇佐見蓮子を独占したいという欲望にかられてしまう。
そして、愛する蓮子を誰かに渡さない為に、蓮子を食い殺してしまい、それにより、妖怪へと転生してしまったのだ。
妖怪マエリベリー・ハーンの望みは、ただ一つ。
「こんなの、蓮子の欲望(のぞみ)し、幻想郷じゃない! やり直さなきゃ、全部、消去して! 作り直さなきゃ、蓮子の欲望(のぞみ)し、幻造世界(ファンタジア)を!!」
マエリベリーは、ポケットから卵のようなモノを取り出すと、ソレにありったけの念を込めた。
幻想郷のリセット回数: 12,345回