Coolier - 新生・東方創想話

若気の至りと黒歴史

2015/07/30 14:31:21
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 詰まった。
 こういう時は、彼処に限る。

 馬鹿みたいに寒い湖を通り過ぎて、赤い館の正門前にふわりと降り立った。足元の砂が弾けて、微かな煙を見せる。
 いくら入り浸っている顔馴染みであるとはいえ、わざわざ正門を設けて門番を立たせているのだから、そこを使うのが礼儀というものだろう。塀を飛び越えて壁を破って窓を割るような、黒白のごとき野蛮な振る舞いは絶対にしない。
 どうやら今日は珍しく門番が目を覚まし、門番らしく門番をしているらしかった。目を開いて、時々ちらっと辺りを見回している。ふむ、流石にあれだけメイドにどやされれば改心もするか。まあ、どちらにせよ同じことだ。私がここに特にアポイントメントをとることなく入ることができるという事実は変わらない。門へと歩みを進めていく。
 紅美鈴は私の姿を確認すると、いつものような屈託のない太陽の如き笑顔とはかなり質の違う、どこか影を帯びたような、格好付けた薄ら笑いを浮かべながら口を開いた。
「これはこれは、『外来の傀儡(レインボードール)』。『惑う魔導(ウィークリーウィッチ)』にご要件でしょうか?」
 ……。
 まあ、いろいろ言いたいことはあるがとりあえずこの一言に集約することにしよう。

 何言ってんだお前。

 とはいったものの、実際に彼女が一体何を言っているのか、何を考えているのかがわからないというわけでも、突如として彼女の発しているわけのわからない単語に対して未知の概念が突きつけられたとして動揺しているわけでもない。お前のキャラじゃねえだろそれ、という感想を持っただけだ。吸血鬼(姉)や脱兎した月兎あたりの独擅場だと思っていたのだが、どうしてお前まで感染しているんだ。
 しかしながら、私もそのあたりに通ずる感性は持ち合わせている。貴女の気持ちは痛いほどよくわかるわ、文字通りに、痛いほど。そんなことを思いながら、颯爽と、凛と。
 門を通り過ぎてから、振り返らずに答えた。
「ええ――魔術構成の文献を探しに。だから、より正鵠を射る表現を用いるとすれば……場所に、ね。勿論、『惑う魔導(ウィークリーウィッチ)』――彼女の、姓に冠するほどの知識量にも用事はあるけれど」
「左様でしたか、それではどうぞごゆるりと。また後ほど、お会いするでしょう」
 重く伸し掛る灰色の雲の重圧の中に、湖の妖精の声が届くのではないだろうかというほどの、静寂が残った。意外にも清々しいような気分で、多彩な花を視界の端に散らしつつ庭を通り過ぎて、館に入ったところで、頭を抱えた。
 なんで乗ってるんだ、私は!

 ノートは束ねて燃やして処分したはずなのだが、脳の奥底の本能は、どうやら未だに十四歳の精神のバックアップを残していやがったらしい。三つ子の魂百まで。昔とった杵柄。エトセトラエトセトラ、人も妖怪も、そう簡単には変われない。
 それにしても、どうして彼女はあんな風になってしまったのだろうか。最もありそうなのは、主に入れ知恵でもされたってパターンだろうけれど。ここの吸血鬼は何を企んでいるのやらわかったものではない。いや、他の魑魅魍魎もわからないけれど、彼女のわからなさはその中でもかなり上位に食い込むだろう。例えるならば八意永琳の実年齢のごときブラックボックスである。
 よりによって、格好付けた『これ』とは。まあ確かに彼女の気に入りそうな概念ではあるのだが、心躍らない話だ。
 丁度いい、これから主の友人に会いに行くのだ。話を聞いてみよう。

「いらっしゃい、『外来の傀儡(レインボードール)』。この『真実に最も近い図書館(ノーレッジヴェール)』に何か用かしら?」
 ですよねー。
 まあ、あの磊落という言葉の似合う肉体派の門番ですら感染してしまっていたのだから、むしろ屋内で本を読んでいるだけの頭でっかちな魔女が罹患していないわけがなかった。考えればわかることだし、予想もしていたのだけれど。これはなかなか厄介だ。
「ええ、私の固有スキル『人形糸(ストロングストリングス)』……遺憾にも、開発に煮詰まってしまったのよ」
「この蔵書――知識の断片――たちの力を借りたいって訳ね。いいわ、 私が評価を著しく違えていなければ……という注釈がつくけれど、 『未完成の魔女(アンロジカルマジカル)』とは違って、貴女は本を返却してくれると認識しているもの」
 ノリを適当に合わせてみるが、やたらと固有名詞が多いし、やたらとまどろっこしい。いや普段からかなりまどろっこしい話し方をするのも彼女の特徴ではあるのだが、今日は輪をかけて酷い。これもまた、疾病の余波に他ならないのだろう。
「しかし、貴女も飽きないわね」
 彼女は暫くすると、焦げ茶色の分厚い図書から目線を上げることすらせず、書棚の上の方から、コバルトブルーの背表紙を被った魔界繊維の専門書を取り出している私に対して、半ば呆れたような口振りで言い放った。そんな言い草はないだろう、と思うのだが、とりあえずここで激昂すると小悪魔ちゃんに迷惑をかけてしまいかねないので、努めて冷静に、そのまま上部、書棚に腰掛けてみた。
 なぜ床ではなく書棚の上なのか?
 理由は一つ、なんかちょっと格好いいからだ。
 映えるよね、下からアオリのカメラワーク。
「飽きる? 人形に? 片腹痛いわね、人形こそが私の個性であり、私の人生であり、私の全盛なのよ」
「貴女が幾つになるまで人形遊びを続けるのかなんて、そんなのはどちらでも同じことよ。私がさっき貴女に投擲した言葉を更に明確に正確に的確に修飾してみるとするならば、『しかし、貴女もよく自分自身の能力を向上させようとすることに飽きないわね』という文になるわ」
 彼女はやはり相変わらずきっと難解なドイツ語で綴られているであろう書籍の文字列を追い続けながら、言語だけを私に向ける。
「能力の向上に飽きる?」
 しかし彼女の言動は不可解極まりなく、本棚の上で私は首を傾げた。
 魔女というのは、そもそも真理や強力さに執着し、しかしそれは義務や強迫観念などではなく、ただの知識欲に突き動かされて行動する人外なのだ。そういうものだ。自分の力を磨くことをやめれば、それはもはや魔女ではない。何の為に魔女になったと思っているのだ。
 ちなみに私は睡眠時間を削りたかったからである。
「だって、考えてもみなさいよ――この箱庭の頂点に君臨する者達……例えば、紅白の巫女――『血塊(インサイドジェノサイド)』。スキマの大賢者――『眠り秘め(オールパープル)』。いくら力を磨いたところで、彼女らに勝てないことは自明で、変わりようのない事実じゃない」
「だから、練磨に意味なんてないと?」
 カチンとくる物言いであった。そもそも私も、きっと貴女も、彼女らに打ち勝ち頂点に位置するために魔術を研究しているわけではないというのに。
 ちなみに私は面倒な仕事を人形に押し付けたかったからである。
「ま、貴女がする分には自由だけれど。『血塊(インサイドジェノサイド)』なんかは、喩えるならば主人公よ。この幻想郷における最も重要な人物で、親友の言葉を借りるならば、勝つことが運命付けられている存在なのよ。彼女と戦って無様に負けて、それからの彼女の戦いを見てきたのだけれど、彼女って、明らかに実力よりも強いのよね。私はともかく、博麗の巫女といえども生身の人間が、花畑の大妖怪――『皆虐(マジェスティックサディスティック)』や、紅魔の姉――『嬢級悪魔(イビルデビル)』なんかに、勝利してしまうなんて。その様を見て思ったのよ、ああ、彼女は、『そういう宿命の元に産まれたのだ』と……そう考えたら、一気に全てがどうでもよくなったの。」
 眉一つ動かさず、これまでにやって来たことを全否定するパチュリー・ノーレッジ。むしろそこまで清々しく諦められる彼女を凄いとも思ったし、彼女の言っていることはきっと間違いではないと思うのだけれど、だからといって簡単に認められるわけもなく、奥歯を噛み締めながら、睨みつけた。彼女は私を見ていないから、全く意味のない行動になってしまったが、私の気分はちょっと晴れたから及第点だ。
「邪魔する気は無いみたいだからどちらでもいいわ。適当に借りていくわ、私が強くなってから焦ったって、追いつけないかもしれないわよ?」
「そう、慢心は命を縮めるばかり――後続は、常に狙っていますから」
 私のその言葉に返答したのは、パチュリー・ノーレッジではなく、背後からの幼い声だった。
 次の瞬間、私は書棚から叩き落とされる。危うく背中から床に衝突するところだったのを、すんでのところで横向きに書棚を蹴ることでベクトルをずらし、空中を滑っていく。元々埃っぽい地下室だ、急激な運動によって塵が舞い、一度咳き込んで影を見つめた。

「あーあ、失敗してしまいましたか……」
 現れたのは、漆黒のマントを羽織り、髑髏の指輪とネックレスを巻いて、右目に眼帯を掛け、左手で顔を覆いながら、こちらの様子を伺っている小悪魔だった。
 え、流石にキャラ変わりすぎじゃない?
 感染力強すぎない?
「しかしそう簡単には逃がしませんよ……! この『途上図書館(ラブリーライブラリー)』は、これまでの矮小な使い魔としての私ではありません……! 魔界生まれの私は、だからこそ魔界神の娘である貴女に特効を持つ! ククク……悪魔の血が騒ぎます……! 少しくらいは楽しませてくれますよねぇ!?」
「えっちょっと待って何その急なバトル展開っ!?」
 あまりに急な攻撃に驚きつつも、半身で小悪魔の攻撃を避け続ける。反撃するべきなのだろうか? いや、何が裏があるはずだ、手荒なのはよくない。
 そんなことを考えながら数十秒ほど経った頃、この騒ぎによって落下した赤いカバーの本に躓いて、私は無様にもバランスを崩した。その瞬間、 右斜め後ろに本棚を隔てて座っているはずのパチュリー・ノーレッジの声が、何やら頭に響き渡った。それに気を取られているうちに、私の腕は小悪魔に力強く握られてしまう。

(アリス、聞こえる? 私よ)

(テレパシー? 何よ今更)

(安心して、さっきのは本心じゃないわ。演技よ)

(演技って……どういう意味よ)

(レミィの差し金)

(……ああ、なるほど)

(紅魔館はもっと格好よくあるべき! らしいのだけれども、あまりの熱弁に、小悪魔なんかは完全に魅入っちゃったの)

(貴女も似たような状況だったじゃない)

(最初、私と咲夜は止めようかと思ったのよ。でもやらないと不機嫌になることは目に見えていたし。私は『ひねくれたニヒリスト』の役)

(……で、小悪魔ちゃんのこれ、どうすりゃいいのよ)

(強くはないから適当に振りほどけると思うわよ)

(部下を侮ってるなぁ……)

(小悪魔のそれも、サイコパスなマーダー演じてるだけだから……ただ、彼女の変化には大きな問題があるのよね)

(……問題?)

(フランと被ってる)

(確かに深刻だけど知ったこっちゃないわ!)

 と、そこで小悪魔の攻撃が止む。埃っぽいところで暴れるととても塵が舞って気分が悪いのだが、小悪魔はお構いなしと言った感じで、入口のほうに視線を寄せていた。
 来客だ。
 それも、他ならぬ、元凶、感染源、紅い悪魔。
「其の辺にしておけよ、『途上図書館(ラブリーライブラリー)』。お前に其奴は倒せない」
 わざとらしいオーラを纏い、槍を右手に持ったまま歩み寄ってくるレミリア・スカーレット。確かに一見カリスマ性がありそうには見える。心酔してしまっているらしい小悪魔は、その声に気を取られ、動きを止めている。
「部下が手荒な真似をしたな、『外来の傀儡(レインボードール)』。其奴には俺から咎を与えておく」
 一人称が俺だ! さすがというか、徹底しているという印象を受けざるを得ない。すかさず小悪魔が涙目になりながら許しを乞うているのが聞こえてくる。
 ただの矮小な使い魔じゃねえか。

(貴女が止めてくれれば有難いのだけれど。貴女のような『こじらせている』者なら止め方もわかるでしょ)

(ここここここじらせてないわよ! 十四歳の魂なんて魔界に置いてきたわ!)

(友達もろくに作らずに人形に傾倒してるって時点で完全にこじらせてるわよ)

(うぎぎ。なんのことやらさっぱりだわ)

(ということで、頼むわよ)

(……)

 そこでテレパシーは容赦なく途切れた。溜息。どいつもこいつも好き勝手してくれやがる。しかしこのままではろくに紅魔館で活動することができない。小悪魔がこの状態では静かに図書館で読書することもままならないだろうし、ここは一つ解決に乗り出しておこう。
「怪我は無いか? お前程度の力があれば、此奴の攻撃くらい余裕で耐えられるとは思うが」
「お蔭様でヘトヘトよ」
 肩を竦めて吐き捨てる。全く、静粛かつ厳粛であるべき図書館にて暴れるとは、矜恃のない司書もいたものだ。辺りには大量の蔵書が散らばっており、これをあとで片付けるのは自分であることを失念しているのか、あるいは覚えているものの格好付けるためにそんな後始末は厭わないほどに意識を高く持っているのか、そんなことは知る由もない。
 というか別に知りたくもない。
「で、どうだ? 生まれ変わったこの館の姿は。所有する俺も、その周囲に蠢き犇めく同居人達も、一切合切纏めて更にクールに仕上がった――その尊大さに、跪いても誰も責めはしないぞ。当然のことなのだ、我々は最も紅く堯いのだから」
 少しは謙れ。
「跪くつもりも膝を折るつもりもないわよ」
 どうする? 止めるためには、相手の心を折るのが最善策か。少々酷だが、へし折る形の力技でもいいように思う。
 自分に当てはめてみればわかる。何をされれば最も辛いか? 何をされれば瞬間的に冷静になってしまうか? それが答えだ。
「それは残念だな、お前ならわかってくれると思ったのだが――」
「格好よくないわよそれ」
 場が凍りつくのがわかる。目を覚まさせるには冷水が一番効く。ズバリと言ってやればいいのだ、下手に合わせるから図に乗る。誰も止めなければ、永遠にこの病気は精神を蝕み続ける。ある友達のいない魔界生まれの人形遣いがそうであったように。
「いや、お前それは――」
「『嬢級悪魔(イビルデビル)』? いや意味がわからないし」
 あっ、流石にかわいそうかもしれない。なんかお嬢様泣きそうだし。でもそう頼まれたんだし仕方ないよね。私は悪くない。だって私は悪くないんだから。
「……ばーかばーか! 美意識の欠如!」
 なんだその捨て台詞。
 泣きながら走り去るレミリア・スカーレットの後ろ姿を呆然と見守る三人。もしかしてメイド長あたりからめっちゃ怒られるんじゃないのかな、これ。
「これでよかったのかしら」
「まあ、私が頼んだことは満たされてるわね……」

 こうして、私たちの背後に、崩れて目も当てられない惨状を呈している書棚と、状況をあまり理解できていないであろう矮小な使い魔が残された。
 きっと洗脳は解けただろうし、紅魔館の小さく黒い異変もこれで解決、といったところだろう。とにかく今日のところは帰る。今日はわけのわからない邪魔が入ってしまった。また日を改めてここに来ることとしよう。ふと足元に転がった黒い表紙の一冊が目に留まって、ほぼ無意識にそれを拾い上げる。これまで全く興味のなかった歴史学の本。何かの運命だ、今日はこれでも借りて行こうか。
 黒い歴史と共に、私は紅魔館を出た。
「昨日調べ物ができなかったから再び紅魔館に来たわ」
「ちょっと待ってください。お嬢様が、あの人形遣いは館に入れるな、と」
「出禁」

十四作目です。倫理病棟です。おはようございます。好きな中二病は西尾維新です。
先日ノートが母親に見つかりました。保管は厳重にしときましょう。マジで。
倫理病棟
http://twitter.com/NeZaReN
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コメント



0.520簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
一方フランは「バッカじゃないの」と一蹴して引きこもってそうですな
5.100名前が無い程度の能力削除
美意識の欠如!
9.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
10.10名前が無い程度の能力削除
こういうなにかこじらした紅魔館みたいなのも飽きたわ
14.無評価名前が無い程度の能力削除
西尾維新で納得
15.無評価名前が無い程度の能力削除
西尾維新で納得
16.無評価名前が無い程度の能力削除
西尾維新で納得
18.100名前が無い程度の能力削除
とてもよかったです
19.100名前が無い程度の能力削除
うけるw