何度か行き来するうちに旧地獄までの道程をすっかり覚えてしまった。
地底への入り口はいくつかあるらしいが、私が主に使うのは、あの間欠泉騒ぎの時に地上に出るのに使った通り道だ。地底から聖輦船と共に抜け出した通路。本来なら通路でもなんでもないが、間欠泉の原因ともいえる地獄鴉がどこぞの神様の制御下に置かれているおかげで、旧都を経由することなく直接かつ安全に旧地獄へと向かえる。一種の抜け道みたいなものだ。
日中だろうが薄暗い洞穴を抜けると灼熱地獄に出る。
いつ来てもここは焼かれるような熱さに満ちている。閉じ込められていた頃はもう少しマシだったのだが、あの鴉が変な力を身につけてからというもの、すっかり本来の姿を取り戻してしまった。肉体的なものといえ、水の気の妖怪である私には少しばかりきつい。
早く目的地へ向かおう。
「あら、また来たのね」
と、どこからともなく声がかけられる。これも、いつものこと。いまさら驚くでもなく、振り返れば、さっきまでいなかったはずの妖怪の姿がある。
心を閉ざしたサトリ妖怪、古明地こいし。
旧地獄を管理する地霊殿の主の妹にして命蓮寺の在家信者というなんともおかしな立ち位置の妖怪だが、信者といってもほとんど形ばかりのようなもので、説法すらロクに聴きに来ない。だから私からすると、地底に居た頃たまにちょっかいを出してきた奴、という印象の方が未だに強い。
汗ひとつ掻いていない白い頬が赤く映えている。
「しばらくぶりかしら。それとも私が知らないだけでこっそり来てた?」
こいしは当てもなくふらふらとどこかを彷徨うだけの存在だと聞いたことがあるが、私が旧地獄を訪れると、なぜかいつもこいつがいる。待ち構えているわけでもなさそうだから単なる偶然のはずだが、とんだ偶然もあったものだ。いったい何の因果なのだか。
慣れてしまった遭遇を無視して私は目的地へと歩き出す。
どうせこいつは勝手について来る。
「貴方も好きなものね。せっかく出所したというのに、こうして地獄に戻ってくるなんて」
私がここを訪れる度に投げられる皮肉。いつもと同じように私は想起する。
閉じ込められていた頃、地底での私の日々は悔恨に染まっていた。
聖白蓮。
呪われた海に縛られていた私を救ってくれた彼女が人間達によって封じられたのは、私が彼女と出会ってから数十年と経っていない頃だ。彼女は憐れな妖怪達に手を差し伸べていただけなのに、身勝手な人間どもは彼女を恐れ、人間の敵として彼女を捕えた。
気づいた時にはすべてが終わっていた。
私は、何もできなかった。
聖をみすみす人間の手へと渡してしまった己の無力を苛み、光の差さない地の底からでは届かない彼女を想っては自分を責め続けた。
間欠泉騒動に乗じて地上へと抜け出したあの時。
私は、私と同じく聖に救われた仲間と共に、彼女を助けるべく動いた。聖の生み出した聖輦船に乗って、聖の封じられている法界を目指した。頭の陽気そうな人間の協力もあって、私達は聖を救い出すことができた。かつての恩に報いることが――。
地底にいた頃の私は、悔恨の鎖に縛られた、まさしく罪人だった。それを思えば、かつて望んだ平穏と暮らし、聖やその仲間達と過ごす今の日常の、なんと温かで満ち足りていることか。多少の不自由すら愛おしく、全てがかけがえのない輝きに溢れている。
なのにこうして、私は地底へと降り立っている。
誰に知らせることもなく。
「ねえ水蜜」
背後から甘い声が響く。
「血の池地獄の味はそんなにも忘れ難いものかしら」
私は答えない。
*
私がはっきり『私』の意識として思い出せる最初は、海が澄んできらめく月夜の記憶だ。
その頃の私は自らの名前も持たず、通りかかる船を捕まえては沈めるだけの舟幽霊だった。なぜ自分は独り海に漂うのか、なぜ自分が船を沈めるのかも分からないまま、ただそうであるように船を沈めていた。
海原に小さくぽつんと突き出た岩場に上半身を預けて横たわる。
揺れる水面に浮かぶ月は元の形も不明瞭なほど淡く、かすかな明かりでは私の表情を映すに足りない。現象として在った時分は自分の姿形さえおぼろげだった。
あいつが現れたのはそんな時だ。
ひょうっと、夜に鳴く鳥を思わせる音色が響いた。
見上げると、夜よりも黒い服に身を包んだ少女が空を飛んでいた。その背中からは歪な形の翼が生えており、それらがふわりと動いて風を切るたび、またあのひょうっという音が聞こえてくるのだった。
少女は私の方へと向かって来、私の前まで飛んでくると静止した。
「こんばんは、舟幽霊さん」
「……なんのよう」
私の口から漏れたのは、どこか拙く、ざわりとした声だった。
自分の声というものをずいぶん久しぶりに聞いた気がした。私が『私』となってから結構な時間が流れているらしかった。
「ああ、これはだいぶ危ういね。自分が何者であるかさえ忘れているようだ。何も考えられなくなる日もそう遠くあるまい」
哀れむように笑うと少女は片腕を伸ばした。いつの間にかその手には三叉の槍が握られていた。
「私は近くの島に棲む妖怪だよ。人間どもの恐怖を糧として存在しているのだけど、どうも近頃、人間の畏れがこの辺りの海へと強く向くようになった。その原因を調べに来てみたら貴方が居たというわけさ。お前は人を殺めすぎたね。それが存在証明なのだから仕方もなかろうが、何事にも限度というものがあるんだよ。こうも食事を横取りされてはたまらない」
脅威となる前に殺してしまおうか。
その言葉とともに手首が返され、槍の先端がこちらへ向けられた。
伝うべき言葉も、変えるべき表情も分からなかったから、私はただ、眼前に迫る穂先をじっと見据えた。
近くにいるはずなのに曖昧な姿。
しばらくの間、ざりざりと波の音だけが聞こえていたが、やがて、少女は槍を垂直に持ち直した。
凶器がのけられても私は動ぜず、見る物を失った視線がどこか宙に漂っていた。
「貴方、名前は?」
「なまえ……」
少女の問いに、反射のように私は繰り返した。
「貴方、念縛霊の類でしょう。生前は人間だったはずよ。その記憶が残ってないかしら?」
人間だった時の記憶。
どれがきっかけだったか、問われた言葉に、頭の片隅で何かが引っかかった。
長らく及んでいなかった思考が回り始め、私の輪郭を取り戻してゆく。持ち上げた自らの両の手を私ははっきりと認識した。白装束に似た衣服の感触と、海に浸かる下半身を襲う水の冷たさを覚えた。
いずこかの内より、音が湧き上がってきた。
「むらさ」
ぽつりと、先ほどより幾分かまともな声が零れる。
その三音の響きが私にはとても懐かしいもののように思われた。
「ムラサ? ふうん。何でもいいけど、それが貴方を定義する名前なんだね。じゃあ、今から貴方はムラサだ。よろしくね、ムラサ」
そう言って少女は邪気の無い笑顔を見せた。
舟幽霊・ムラサ。
私が妖怪としての名と今の姿を得たのはその時だったのだろうと思う。私の内と外を分かつあらゆる境界がはっきりしたみたいに、世界が一気に広がった。あるいは、かつて当たり前に持っていた感覚を取り戻した。私は私が何であるかを知った。
何でもない何かに成りかけていた私の存在をこちらに繋ぎとめてくれた少女――ぬえには、だから感謝している。
だけど、いささか性急だったのではと、今でも思わないでもない。
私は思い出している途中だったのだ。
人間だったという私の記憶を。
その下に続く名を。
むらさ、みなみつ。
むらさという音に村紗の字を当てるのはさほど悩むことではなかった。ぬえと出会った当時は氏を持つ人間もまだ少なく、地方においてはその土地で力を持つ者の象徴みたいなものであったから、『むら』はそのまま住処を指すに違いない。『さ』については水を抱える沙の字とも少し迷ったが、砂よりは透くような薄布のきらめきが、私の縛られた場所にはお似合いだと思った。だから、村紗。
困ったのはみなみつだ。『みな』はそのまま水でいい。しかし、『みつ』とは。密、光、満。様々な字を考えて、最終的に恵みを意味する蜜の字としたのは、それが最も水に近いからという安易といえば安易な発想による。合わせて水蜜。無味と甘味が並ぶのも面白いと思った。この名を考えた時の私は聖と出会っていなかったから、後に仏の教えに波羅蜜というものがあることを知ってずいぶんと驚いたものだが、さておき。
村紗水蜜。
ムラサとしての存在を確立した私が、私であるべく付けた名前である。
「やっほー、ムラサ。お元気?」
「ええ、おかげさまで」
ふらりと現れたぬえの快活な声に笑顔で応える。
あの夜以来、ぬえは時々、私の居る岩場を訪れるようになった。日付も分からないゆっくりとした時間の中にいたものだからその頻度の高低は覚束ない。たまたま通りがかっただけなのか、わざわざ私に会いに来てくれていたのかも。後々本人に聞いてみたところ、恥ずかしそうにして答えてくれなかったので、後者だったのだと思うことにしている。
ぬえが私の前に浮いて立つ。日の出ている時、ぬえの翼からはあの独特な風切り音は聞こえない。
「相変わらずムラサの活躍は届いてるよ。本業は絶好調らしいね」
「だって、そういう妖怪ですもの」
ムラサとなってからも私は船を襲い続けたが、その襲い方にはそれなりの変化が生まれていた。なんというか、通りがかる船を無差別に沈めるのではなくて、どこか気まぐれな選り好みをするようになったのだ。この船は別にいいかなと思うと、柄杓で水を汲みながら船主とお喋りに興じたりした。船主の方も私の気を損ねたらたまったものではないとでも思うのか、私の気を引くように必死でいろいろな話を聞かせてくれた。おかげで私はこの海から離れられない身でありながら様々な土地の物語を知った。名調子の語りに出会った時なんかには、思わず柄杓を扱う手を止めて聞き入ることもあった。
それでもまあ、私が沈めた船は決して少なくなかったから、私はほどほどに恐れられてそこそこに力をつけつつ、けれどもかつてと違ってちゃんと人前に姿を見せるので、正体不明の脅威というわけではなくなっていった。それぐらいの立ち位置が妥協点だったのだろう、初めて会った時以来、ぬえが私に敵意を向けることはなかった。
お株を奪われそうになったら、それはたまらないだろうなと思う。
「もっとも、当の本人はこうして私の前に正体を晒しているわけだけど」
「そりゃ、ムラサがここを動けないからさ」
ぬえは悪意も無くけらと笑った。
「いくらムラサが私の正体を知ったところで、船に乗っているわけでもない私をムラサはどうにもできない。だから私も安心して、こうやって素で話せるのさ」
「あら、見下されてる? 私が船主たちにぬえの正体を伝えたらどうなるかしら?」
「どうにもならないよ。その噂もひっくるめて私の正体は不明となるのだから」
私の意地の悪い問いにもぬえは余裕を見せながら答えた。
「それに今の姿だって私の気まぐれにすぎないのかもしれない。ムラサと違って私は自分の姿にルーツを持たないからね。理解の及ばないものを畏れる感情さえあれば、それが私だよ」
そう言って姿を見せつけるようにクルリと回る。人間じみたその仕草に私は口元を隠してくすくすと笑った。
「姿を見せずとも怖がってもらえるなんて、大妖怪様はやっぱり違うわね」
「そんなに楽なものでもないけどね。人間は慣れる生き物だ。同じタネを何度も使いまわしてれば、すぐに飽きられてしまうよ。案外、やることが決まってるムラサの方が生きやすいのかもしれない」
「それはその通りかも」
畢竟脅かすだけのぬえと違って、私との遭遇は人間にとって生死に関わる。自らの終わりがかかっている問題に飽きようはずもない。
けれどもそれが生きやすさにつながっているかというと、その実感は私には無かった。やることが決まっているというのは自らの存在が行為によって縛られているということだ。私は地縛霊の一種でもあるから土地にも縛られていることになる。この海で、船を沈める。名を得たところで私の本分は揺るがない。だから私なんかよりぬえの方がよほど、妖怪らしい自由の中に生きていた。
ここにはいつだって、どこまでも続く海原しかない。
「私はいつまで船を沈め続けるのでしょうね……」
会話の流れを無視した自嘲気な呟きに、ぬえが眉をひそめた。
いつまで。行為の終わりを想うその問いは、かつての私には無かったものだ。もっとも、船を沈めない舟幽霊など、心を読めないサトリ妖怪のようなもの。本分を失っているのだから存在する意義もなく、それはきっと私自身の終わりでもあるのだろう。
しかし、あるいは。
この広い海に独り沈んだ、私を掬い救う者のあるならば。
「ムラサが船を沈めるのは生前の怨みからだったね」
そんな詮無い妄想を私が抱いていることを知ってか知らずか、先ほどまでよりやや低い声でぬえが話す。
「なんだっけ。村紗、水蜜?」
「ええ。かつての私の名前」
正確には音の響きだけで、字は私が当てたものだけれど。
「前にも思ったけど、氏名持ちってことは、いいトコのお嬢様だったんだろうね」
「さあどうかしら。人間だった頃の記憶なんてほとんど残っていないわ」
「いや、きっとそうだよ。ムラサは器量好しだもの」
「それ、何か関係あるの?」
「健康的にふくよかなのは食うものに困ってない証さ」
いまいち納得がいかず首を傾げたが、気にする様子もなくぬえは続けた。
「不自由なく暮らしていたのに水難事故に遭って不条理に死す。理由も分からないまま冷たい海に投げ出されたらそりゃ、文字通り死んでも死にきれないのかな。まあ、人間なんてふとした拍子にあっさりと死んでしまうものだけど」
「……何が言いたいのかしら」
「ん。何だろうね」
私から目をそらして、ぬえは困ったように頬を掻いた。
「まいったね、私にも分かんないや。ムラサが変なこと言い出すから、つい」
「あら、私のせい?」
「もう、いいじゃんか別に。あー私もなんか名字つけよっかなー」
格好いいものがいいなーと下手な誤魔化しを続けるぬえを眺めていると、自然と微笑みが零れてきた。ぬえのこうした不器用さが、私は昔から好きだった。
笑顔の裏でこっそりと、私のことを考える。
私をムラサへと変えたむらさみなみつの記憶はかすかに残っているが、私はあまりそれを覗こうとしなかった。無意識に避けていたのかもしれない。何分それは、喜んで思い出したいものでもなかったから。
だから、妄想の続きは具体的なイメージとちっとも結びつかない。救われるべきむらさみなみつが何を求めているのか分からないのだから。妖怪ムラサはいつか退治されるまで、船を沈め海に死ぬ道連れを増やし続けるのだろう。確かなことはそれだけだった。
その日も海は、かねてより変わらず、永劫そうであることを示すように穏やかだった。
聖と出会い、私が光の船と対面するのは、それから数年後のことだ。
*
血の池地獄にはわずかに黒を帯びた赤が見渡す限りに広がっている。果ても見えない。これで地獄の一角に過ぎないというのだから、地底の広さというのは全く想像もつかないものだ。本当に管理できているのかと疑いもする。それともすでに棄てられたもの、ロクな整備などしていないか。しかし目の前に広がる色彩に淀みは見当たらず、きらきらと、にぶく輝いている。
同じ色彩のずっと続く風景は、かつて棲んでいた海を私に思い起こさせる。もちろんここを往来する舟など通りがかろうはずもないし、頭上を覆う岩盤は天の広さと比べてずっと狭いのだけれど。
ほとりに近づき、膝をつくようにして淵に腰を下ろす。
水面へと体を乗り出すと、つんと、独特のにおいが鼻をついた。赤い鏡の向こうからはどこかぼんやりとした表情の私がこちらを見つめている。
人差し指を立てた左手を伸ばす。
私の顔を破って指を突き刺すと、とぷりと、獲物に群がるように纏わりつく、かすかにねばりとした感触に包まれる。小さく広がった波紋が一瞬私の顔を曖昧に隠して、すぐに元の鏡面へと戻った。
そのままずぷずぷと関節の中ほどまで指を沈めて、掬うように持ち上げる。私はそれを口へと運ぶ。最初は指先をちろちろと舐めるようにして、次第に口に含んでいき、しまいには根元まで咥えんばかりに。
口の中に血の味と香りが広がる。生々しい温度でヒトの全てを伝えるそれを、何度も何度も舌でねぶり、しっかりと味わってから大事に飲み込む。こくと喉が鳴るがいくらかはべたついて残るので、唾を溜めて流し込むようにする。
反芻する余韻まで呑みきってから、打ち震える体を慰めるように、止めていた息をふはと吐き出した。
「うーん、いまいち」
私の隣、指先に付いた血をペロリと舐めて、こいしが言う。
「吸血鬼じゃあるまいし、血なんか飲んでも美味しくないわね」
「……それなら飲まなければいいでしょう」
水を差されたように感じたせいか、こいしのことは無視するつもりだったのに、小さな苛立ちが思わず口をついてしまった。
こちらに顔を向けたこいしは指を咥えて物欲しそうな表情をしていた。
「だって、水蜜がとても美味しそうにするのだもの。それを見ていると、もしかしてって思うのだけど、やっぱりダメ。胸焼けしてしまいそうだわ。血は飲み物にならないね」
すっくと立ち上がって続ける。
「無機質な鉄の味しかしない。生き血ですらない。ここにあるのは人間の抜け殻よ。ねえ、水蜜はいつも何を味わっているの?」
水辺に座り込んだ私からは、こいしを見上げるような格好になる。何の感情も灯さない大きな瞳。上辺だけのそれが、今は興味の反応を見せていた。
「死んじゃう前の貴方は人間だったんだよね。お姉ちゃんに聞いたよ、血の池地獄って、女の人が落ちる地獄なんだって。赤ちゃんを産む時、赤ちゃんの部屋をきれいにする時に流れ出るきたない血を集めたものだって。もしかして、ここには貴方が人間だった頃の血が混ざっているのかしら?」
私に話しかけているようで私のことなんて気にもかけていない、自問のような問いだった。
私はこいしから顔を背ける。そんなこと気にせずこいしはどんどんと問いを進めていく。
「水蜜が血の池地獄だと溺れるのは、貴方がここに落ちるに相応しい罪人だから? でも変ね、一度死んで妖怪となったのに人間だった頃の罪に縛られるなんて。それに水蜜はあのお寺に入ってるんでしょ? お姉ちゃんが言ってたよ、地獄に落ちたって、だいたい最後には仏様に救われるものなんだって。仏様なんて見たことないけど、貴方はそれを信じていて、もう救われてるんだよね? だったらなおさら、血の池地獄になんか囚われたりする理由がないわ」
勝手な憶測に応じることもなく、私の視線はなみなみと赤を湛えた水面に注がれている。
穢れた血。
不浄の血。
妖怪として在る私をどうしようもなく惹きつける、薄っすらとした記憶。
「ねえ水蜜」
頭上から甘い声が降ってくる。
「あなたが欲しているのは、一体誰の血なの?」
私は答えない。
*
その光景は一隻の船の上から始まる。
船の行く先を見据えるように船首に立つ女性がいる。水のように澄んだ浅葱の着物に身を包む妙齢の女性だ。そのまなざしからは航路への不安より旅路への期待が溢れていた。
女性へと近づく、一人の男の姿。
「村左様」
むらさ、と呼ばれて、女性が振り向いた。その動きに合わせてはらりと揺れた烏羽の髪は、日の光を受けて鮮やかに映えていた。
「あら、あら、見つかってしまいました」
「到着までまだ数刻かかります。どうぞ、お戻り下さい」
荒々しい見た目に比して丁寧な物腰の男に対し、女性は悪戯気な表情をしてみせる。
「そんな、せっかくの船旅ですのに、景色も楽しませてくれないの?」
「景色と言いましても、島が近づくまで何もありませんよ。代わり映えのしない海がずっと続くばかりです」
「貴方にとってはそうかもしれないけれど、私には新鮮だわ。風を切る感覚も、潮の香りも、海に鳴く鳥の声も」
「どうか、ご自愛くださいませんか」
「……ずるいわねえ、そんな言い方」
ついに頭を下げた男を見て女性は口をとがらせる。それから視線を落として、自分の膨らんだお腹を優しい手つきでさすった。
「でも、そうね、元より私一人の体ではないのだから、我侭ばかりも言ってられませんね」
「ご理解くださり、ありがとうございます」
顔を上げた男がほっとした表情で言った。主従という関係に縛られているばかりでない、確かな親愛の情がそこには感じられた。
つと手を止めた女性が男に問う。
「ねえ、お前はこの中にいるのが男子か女子か、どちらだと思います?」
「男子か女子か、ですか」
不意の質問に男は戸惑った様子を見せたが、すぐに真剣な顔つきに戻った。
「私には分かりませんが、きっと旦那様は丈夫な男子を望まれているかと思います」
「あら、正解だけどつまらない答え」
女性は大げさに眉を上げてみせる。
「まあ、それが私の役目だものねえ。でも今はそういうことを尋ねているのではないのよ。興味半分でいいから答えてくれないかしら」
「だとしても、私は村左様に元気な男子を授かって欲しく存じますよ」
「へえ。その心は?」
「もちろん、村左様御自身のために」
迷いなく言い切った男に、女性は少し驚いたように目を開いた。その表情がすぐに柔らかいものとなる。
「そうね。家から追い出されてしまう前に男の子を産みませんと。でも、私は女の子でもいいかなあと思うのよ。きっと私に似て可愛らしい子となるでしょうから」
「……ええ、違いありません。ですがどうか、私どもの手を煩わせぬ子となるようお育てください。村左様がお二人となっては、いくら手があっても足りませんからね」
「失礼ね。私がいつお前たちに苦労をかけたというのかしら?」
軽口に女性はひとつ笑みを零してから、もう一度、愛おしそうにお腹を撫でる。
「あの人には内証ですけれど、女子であれば、既にこれという名を決めてあるのよ。あの人の名を一字継いで、水爾と。万事泰平、何物にも惑わず立ち止まらぬようにと」
「みなみつ、ですか」
繰り返した男が小さく頷くのを見て、女性は満足そうに微笑んだ。自然な動きで髪をそっと耳にかける。
「たしかに、ここは揺れが激しいわね。そろそろ戻りましょうか」
その言葉に自分の役目を思い出したか、男はハッとして一礼した後、背を向けて先導するように歩き出した。女性は一度だけ振り向き、船の目指す先、わずかな輪郭さえ見せない島影を想うように見やってから、男の後を追って船内に戻った。
――唯一刻まれた記憶の光景に、私は私の名を知った。
不機嫌な嵐に巻き込まれたその船が陸の姿を見ることは二度となく。
村左水爾という名を持つはずだった生き物は、この世に生を受けることなく海へと消える。
*
「生まれる前の赤ちゃんはね、母親のお腹の中で夢を見るの。過去と現在と未来。あらゆる生き物の辿ってきた歴史を追って、その進化と共に繰り返されてきた争いをその身に刻むの。だからお腹の中の胎児はくるくると、まるで踊るみたいに次々と姿を変えていくのよ」
こいしが語る。なにやら熱っぽく語る。
「胎児は全てを知っている。これまでの全てと、これからの全てを。でも、きっと、それはとっても恐ろしいことなのね。知ってしまったらもう戻れない、あらゆる希望の潰えてしまうような残酷な真実。そんなものを抱えたまま生きられはしないから生まれてくる時に全てを忘れてしまう。でもこの世界の怖かったことだけはずっと覚えていて、どうにもならなくて泣き叫ぶ」
語る。その勢いが増していく。
「ねえ水蜜。貴方は本当にかつて人間だったの? 貴方は何を知っていたの? 何を見てきたの? 何を聞いていたの? 舟幽霊のくせにどうして血の池地獄だと溺れるの? どうしてそんなにも血の池地獄の味を求めるの? 何がそんなに美味しいの? 本当は救われてなどいないの? 何故いつも一人でやって来るの? そんなにも後ろめたいの? 頼れる仲間は? 相談できるお友達は? それとも独り占めしたいの?」
私の返答など気にしていない。
「貴方が死んだ時、あなたは――」
言いかけた途中でその口の動きが止まる。身じろぎひとつしなかった私が急に立ち上がったせいか。一瞬、立ちくらみのような錯覚があって、すぐに視界が明瞭な像を結び直す。
口を開いたままのこいしが貼り付けた笑顔で固まっている。
心の読めないサトリ妖怪。
妖怪の本分を失い、自らの心まで喪ったこいつは、サトリでありながら他人の心とは最も遠いところに生きている。誰が何をどんな風に思うのか、本当の意味で理解することは二度とない。哀れだなと、心底から思えば、笑みは自然と浮かんできた。
その笑顔で、張りぼての笑顔に向けて言ってやる。
「うるさいよ」
胸襟をそっと、しかしガッシリと掴んで、私はこいしと一緒に赤い水面に倒れ込む。固まった表情のまま抵抗する様子も見せないこいしの体は驚くくらいに軽く、ああこいつの中身は本当に空っぽなんだなと思ったりする。
着水の衝撃があって、倒れる勢いのまま沈みながら、ばしゃりと水のはねる音を遅れて聞いた。それからすぐに私達の体は水に包まれる。どろりと纏わりつくような赤い水。真っ赤な世界。自分の腕がどこにあるかすら分からない。笑ってしまいそうなほど何も見えないから、不必要な視界を塞ぐように私は目を閉じた。こぽこぽと気泡の浮き上がる音だけが耳に心地よい。
こいしから手を離す。放っておけば浮かぶか沈むか。もとよりどうでもいいことだ。
体を丸め、自由になった両腕で胸を抱く。まるで胎児のような格好でふわふわと漂う。
こいしは何を勘違いしていたのだろうか。こんなにも居心地の良い場所で、私が溺れたりなどするものか。それとも、いつだか、ちっとも浮き上がってこない私を見て? そうなのかもしれない。
ここは温かい。
私が暗く冷たい海に投げだされた時、私はもっと暗く、しかし温かいところにいた。世界のどこからも閉ざされた場所で、世界の全てとつながっていた。でも今はその感覚をわずかに覚えているばかりで、そこで知ったあらゆることは失われてしまった。
残っているのは、ただ、恐怖のみだった。
私を包む水が、ゆっくり、ゆっくりと熱を失っていく恐怖。
全てを知っていたからといって、閉じ込められ無力な私にはどうしようもなかった。じわじわと迫ってくる死の感触を全身という全身で受け止める。頭に、手に、胴に、脚に。あらゆる肌が無数の手で絶え間なくなぞられる。叫び声を上げるべき喉はぎゅうと締めつけられるように苦しく、またその機会もついぞ与えられなかった。
光を目にすることなく、誰にも知られることなく死にゆく運命を、始まる前に終わる生を、私は呪った。私を蝕む恐怖を表現するあらゆる術の奪われた体で私は怨んだ。そうすることでだけ私は私を保っていることができて――気がついたら、あの岩場にいた。
いや、どうだったろうか。正確なところは私にも分からない。この記憶はぬえと出会い私がムラサとなってから取り戻したものだから。思い返すことも少なく、ずっと蓋をしているうちに、幾らか変質してしまった部分のあるやもしれない。
ただ、ここは温かい。
あの時と同じ温かさだ。
そして冷めることはない。
「――――」
知らない名を呟く。記憶のどこかに刻まれた名前。そのイメージはあの妙齢の女性と結びついている。私が思い出せる光景に、彼女の名前など無いはずなのに。
黒髪の彼女。私の……。
そうなのだろうか。確証はない。だけどあの記憶が示しているのはそういうことだろう。もっとも彼女の体は遥か昔に海に呑まれてしまっている。自分のルーツなど探し当てたところで今さらどうしようもない。いや、そうでもないのだろうか。どうしようもなくないから、私はこんなにもこの場所に惹かれるのか?
血の池地獄は人間の女の不浄な血を集めた場所だという。
ちろりと、舌を出す。
触れた血はとろりとして、蜜に似て甘かった。
地底への入り口はいくつかあるらしいが、私が主に使うのは、あの間欠泉騒ぎの時に地上に出るのに使った通り道だ。地底から聖輦船と共に抜け出した通路。本来なら通路でもなんでもないが、間欠泉の原因ともいえる地獄鴉がどこぞの神様の制御下に置かれているおかげで、旧都を経由することなく直接かつ安全に旧地獄へと向かえる。一種の抜け道みたいなものだ。
日中だろうが薄暗い洞穴を抜けると灼熱地獄に出る。
いつ来てもここは焼かれるような熱さに満ちている。閉じ込められていた頃はもう少しマシだったのだが、あの鴉が変な力を身につけてからというもの、すっかり本来の姿を取り戻してしまった。肉体的なものといえ、水の気の妖怪である私には少しばかりきつい。
早く目的地へ向かおう。
「あら、また来たのね」
と、どこからともなく声がかけられる。これも、いつものこと。いまさら驚くでもなく、振り返れば、さっきまでいなかったはずの妖怪の姿がある。
心を閉ざしたサトリ妖怪、古明地こいし。
旧地獄を管理する地霊殿の主の妹にして命蓮寺の在家信者というなんともおかしな立ち位置の妖怪だが、信者といってもほとんど形ばかりのようなもので、説法すらロクに聴きに来ない。だから私からすると、地底に居た頃たまにちょっかいを出してきた奴、という印象の方が未だに強い。
汗ひとつ掻いていない白い頬が赤く映えている。
「しばらくぶりかしら。それとも私が知らないだけでこっそり来てた?」
こいしは当てもなくふらふらとどこかを彷徨うだけの存在だと聞いたことがあるが、私が旧地獄を訪れると、なぜかいつもこいつがいる。待ち構えているわけでもなさそうだから単なる偶然のはずだが、とんだ偶然もあったものだ。いったい何の因果なのだか。
慣れてしまった遭遇を無視して私は目的地へと歩き出す。
どうせこいつは勝手について来る。
「貴方も好きなものね。せっかく出所したというのに、こうして地獄に戻ってくるなんて」
私がここを訪れる度に投げられる皮肉。いつもと同じように私は想起する。
閉じ込められていた頃、地底での私の日々は悔恨に染まっていた。
聖白蓮。
呪われた海に縛られていた私を救ってくれた彼女が人間達によって封じられたのは、私が彼女と出会ってから数十年と経っていない頃だ。彼女は憐れな妖怪達に手を差し伸べていただけなのに、身勝手な人間どもは彼女を恐れ、人間の敵として彼女を捕えた。
気づいた時にはすべてが終わっていた。
私は、何もできなかった。
聖をみすみす人間の手へと渡してしまった己の無力を苛み、光の差さない地の底からでは届かない彼女を想っては自分を責め続けた。
間欠泉騒動に乗じて地上へと抜け出したあの時。
私は、私と同じく聖に救われた仲間と共に、彼女を助けるべく動いた。聖の生み出した聖輦船に乗って、聖の封じられている法界を目指した。頭の陽気そうな人間の協力もあって、私達は聖を救い出すことができた。かつての恩に報いることが――。
地底にいた頃の私は、悔恨の鎖に縛られた、まさしく罪人だった。それを思えば、かつて望んだ平穏と暮らし、聖やその仲間達と過ごす今の日常の、なんと温かで満ち足りていることか。多少の不自由すら愛おしく、全てがかけがえのない輝きに溢れている。
なのにこうして、私は地底へと降り立っている。
誰に知らせることもなく。
「ねえ水蜜」
背後から甘い声が響く。
「血の池地獄の味はそんなにも忘れ難いものかしら」
私は答えない。
*
私がはっきり『私』の意識として思い出せる最初は、海が澄んできらめく月夜の記憶だ。
その頃の私は自らの名前も持たず、通りかかる船を捕まえては沈めるだけの舟幽霊だった。なぜ自分は独り海に漂うのか、なぜ自分が船を沈めるのかも分からないまま、ただそうであるように船を沈めていた。
海原に小さくぽつんと突き出た岩場に上半身を預けて横たわる。
揺れる水面に浮かぶ月は元の形も不明瞭なほど淡く、かすかな明かりでは私の表情を映すに足りない。現象として在った時分は自分の姿形さえおぼろげだった。
あいつが現れたのはそんな時だ。
ひょうっと、夜に鳴く鳥を思わせる音色が響いた。
見上げると、夜よりも黒い服に身を包んだ少女が空を飛んでいた。その背中からは歪な形の翼が生えており、それらがふわりと動いて風を切るたび、またあのひょうっという音が聞こえてくるのだった。
少女は私の方へと向かって来、私の前まで飛んでくると静止した。
「こんばんは、舟幽霊さん」
「……なんのよう」
私の口から漏れたのは、どこか拙く、ざわりとした声だった。
自分の声というものをずいぶん久しぶりに聞いた気がした。私が『私』となってから結構な時間が流れているらしかった。
「ああ、これはだいぶ危ういね。自分が何者であるかさえ忘れているようだ。何も考えられなくなる日もそう遠くあるまい」
哀れむように笑うと少女は片腕を伸ばした。いつの間にかその手には三叉の槍が握られていた。
「私は近くの島に棲む妖怪だよ。人間どもの恐怖を糧として存在しているのだけど、どうも近頃、人間の畏れがこの辺りの海へと強く向くようになった。その原因を調べに来てみたら貴方が居たというわけさ。お前は人を殺めすぎたね。それが存在証明なのだから仕方もなかろうが、何事にも限度というものがあるんだよ。こうも食事を横取りされてはたまらない」
脅威となる前に殺してしまおうか。
その言葉とともに手首が返され、槍の先端がこちらへ向けられた。
伝うべき言葉も、変えるべき表情も分からなかったから、私はただ、眼前に迫る穂先をじっと見据えた。
近くにいるはずなのに曖昧な姿。
しばらくの間、ざりざりと波の音だけが聞こえていたが、やがて、少女は槍を垂直に持ち直した。
凶器がのけられても私は動ぜず、見る物を失った視線がどこか宙に漂っていた。
「貴方、名前は?」
「なまえ……」
少女の問いに、反射のように私は繰り返した。
「貴方、念縛霊の類でしょう。生前は人間だったはずよ。その記憶が残ってないかしら?」
人間だった時の記憶。
どれがきっかけだったか、問われた言葉に、頭の片隅で何かが引っかかった。
長らく及んでいなかった思考が回り始め、私の輪郭を取り戻してゆく。持ち上げた自らの両の手を私ははっきりと認識した。白装束に似た衣服の感触と、海に浸かる下半身を襲う水の冷たさを覚えた。
いずこかの内より、音が湧き上がってきた。
「むらさ」
ぽつりと、先ほどより幾分かまともな声が零れる。
その三音の響きが私にはとても懐かしいもののように思われた。
「ムラサ? ふうん。何でもいいけど、それが貴方を定義する名前なんだね。じゃあ、今から貴方はムラサだ。よろしくね、ムラサ」
そう言って少女は邪気の無い笑顔を見せた。
舟幽霊・ムラサ。
私が妖怪としての名と今の姿を得たのはその時だったのだろうと思う。私の内と外を分かつあらゆる境界がはっきりしたみたいに、世界が一気に広がった。あるいは、かつて当たり前に持っていた感覚を取り戻した。私は私が何であるかを知った。
何でもない何かに成りかけていた私の存在をこちらに繋ぎとめてくれた少女――ぬえには、だから感謝している。
だけど、いささか性急だったのではと、今でも思わないでもない。
私は思い出している途中だったのだ。
人間だったという私の記憶を。
その下に続く名を。
むらさ、みなみつ。
むらさという音に村紗の字を当てるのはさほど悩むことではなかった。ぬえと出会った当時は氏を持つ人間もまだ少なく、地方においてはその土地で力を持つ者の象徴みたいなものであったから、『むら』はそのまま住処を指すに違いない。『さ』については水を抱える沙の字とも少し迷ったが、砂よりは透くような薄布のきらめきが、私の縛られた場所にはお似合いだと思った。だから、村紗。
困ったのはみなみつだ。『みな』はそのまま水でいい。しかし、『みつ』とは。密、光、満。様々な字を考えて、最終的に恵みを意味する蜜の字としたのは、それが最も水に近いからという安易といえば安易な発想による。合わせて水蜜。無味と甘味が並ぶのも面白いと思った。この名を考えた時の私は聖と出会っていなかったから、後に仏の教えに波羅蜜というものがあることを知ってずいぶんと驚いたものだが、さておき。
村紗水蜜。
ムラサとしての存在を確立した私が、私であるべく付けた名前である。
「やっほー、ムラサ。お元気?」
「ええ、おかげさまで」
ふらりと現れたぬえの快活な声に笑顔で応える。
あの夜以来、ぬえは時々、私の居る岩場を訪れるようになった。日付も分からないゆっくりとした時間の中にいたものだからその頻度の高低は覚束ない。たまたま通りがかっただけなのか、わざわざ私に会いに来てくれていたのかも。後々本人に聞いてみたところ、恥ずかしそうにして答えてくれなかったので、後者だったのだと思うことにしている。
ぬえが私の前に浮いて立つ。日の出ている時、ぬえの翼からはあの独特な風切り音は聞こえない。
「相変わらずムラサの活躍は届いてるよ。本業は絶好調らしいね」
「だって、そういう妖怪ですもの」
ムラサとなってからも私は船を襲い続けたが、その襲い方にはそれなりの変化が生まれていた。なんというか、通りがかる船を無差別に沈めるのではなくて、どこか気まぐれな選り好みをするようになったのだ。この船は別にいいかなと思うと、柄杓で水を汲みながら船主とお喋りに興じたりした。船主の方も私の気を損ねたらたまったものではないとでも思うのか、私の気を引くように必死でいろいろな話を聞かせてくれた。おかげで私はこの海から離れられない身でありながら様々な土地の物語を知った。名調子の語りに出会った時なんかには、思わず柄杓を扱う手を止めて聞き入ることもあった。
それでもまあ、私が沈めた船は決して少なくなかったから、私はほどほどに恐れられてそこそこに力をつけつつ、けれどもかつてと違ってちゃんと人前に姿を見せるので、正体不明の脅威というわけではなくなっていった。それぐらいの立ち位置が妥協点だったのだろう、初めて会った時以来、ぬえが私に敵意を向けることはなかった。
お株を奪われそうになったら、それはたまらないだろうなと思う。
「もっとも、当の本人はこうして私の前に正体を晒しているわけだけど」
「そりゃ、ムラサがここを動けないからさ」
ぬえは悪意も無くけらと笑った。
「いくらムラサが私の正体を知ったところで、船に乗っているわけでもない私をムラサはどうにもできない。だから私も安心して、こうやって素で話せるのさ」
「あら、見下されてる? 私が船主たちにぬえの正体を伝えたらどうなるかしら?」
「どうにもならないよ。その噂もひっくるめて私の正体は不明となるのだから」
私の意地の悪い問いにもぬえは余裕を見せながら答えた。
「それに今の姿だって私の気まぐれにすぎないのかもしれない。ムラサと違って私は自分の姿にルーツを持たないからね。理解の及ばないものを畏れる感情さえあれば、それが私だよ」
そう言って姿を見せつけるようにクルリと回る。人間じみたその仕草に私は口元を隠してくすくすと笑った。
「姿を見せずとも怖がってもらえるなんて、大妖怪様はやっぱり違うわね」
「そんなに楽なものでもないけどね。人間は慣れる生き物だ。同じタネを何度も使いまわしてれば、すぐに飽きられてしまうよ。案外、やることが決まってるムラサの方が生きやすいのかもしれない」
「それはその通りかも」
畢竟脅かすだけのぬえと違って、私との遭遇は人間にとって生死に関わる。自らの終わりがかかっている問題に飽きようはずもない。
けれどもそれが生きやすさにつながっているかというと、その実感は私には無かった。やることが決まっているというのは自らの存在が行為によって縛られているということだ。私は地縛霊の一種でもあるから土地にも縛られていることになる。この海で、船を沈める。名を得たところで私の本分は揺るがない。だから私なんかよりぬえの方がよほど、妖怪らしい自由の中に生きていた。
ここにはいつだって、どこまでも続く海原しかない。
「私はいつまで船を沈め続けるのでしょうね……」
会話の流れを無視した自嘲気な呟きに、ぬえが眉をひそめた。
いつまで。行為の終わりを想うその問いは、かつての私には無かったものだ。もっとも、船を沈めない舟幽霊など、心を読めないサトリ妖怪のようなもの。本分を失っているのだから存在する意義もなく、それはきっと私自身の終わりでもあるのだろう。
しかし、あるいは。
この広い海に独り沈んだ、私を掬い救う者のあるならば。
「ムラサが船を沈めるのは生前の怨みからだったね」
そんな詮無い妄想を私が抱いていることを知ってか知らずか、先ほどまでよりやや低い声でぬえが話す。
「なんだっけ。村紗、水蜜?」
「ええ。かつての私の名前」
正確には音の響きだけで、字は私が当てたものだけれど。
「前にも思ったけど、氏名持ちってことは、いいトコのお嬢様だったんだろうね」
「さあどうかしら。人間だった頃の記憶なんてほとんど残っていないわ」
「いや、きっとそうだよ。ムラサは器量好しだもの」
「それ、何か関係あるの?」
「健康的にふくよかなのは食うものに困ってない証さ」
いまいち納得がいかず首を傾げたが、気にする様子もなくぬえは続けた。
「不自由なく暮らしていたのに水難事故に遭って不条理に死す。理由も分からないまま冷たい海に投げ出されたらそりゃ、文字通り死んでも死にきれないのかな。まあ、人間なんてふとした拍子にあっさりと死んでしまうものだけど」
「……何が言いたいのかしら」
「ん。何だろうね」
私から目をそらして、ぬえは困ったように頬を掻いた。
「まいったね、私にも分かんないや。ムラサが変なこと言い出すから、つい」
「あら、私のせい?」
「もう、いいじゃんか別に。あー私もなんか名字つけよっかなー」
格好いいものがいいなーと下手な誤魔化しを続けるぬえを眺めていると、自然と微笑みが零れてきた。ぬえのこうした不器用さが、私は昔から好きだった。
笑顔の裏でこっそりと、私のことを考える。
私をムラサへと変えたむらさみなみつの記憶はかすかに残っているが、私はあまりそれを覗こうとしなかった。無意識に避けていたのかもしれない。何分それは、喜んで思い出したいものでもなかったから。
だから、妄想の続きは具体的なイメージとちっとも結びつかない。救われるべきむらさみなみつが何を求めているのか分からないのだから。妖怪ムラサはいつか退治されるまで、船を沈め海に死ぬ道連れを増やし続けるのだろう。確かなことはそれだけだった。
その日も海は、かねてより変わらず、永劫そうであることを示すように穏やかだった。
聖と出会い、私が光の船と対面するのは、それから数年後のことだ。
*
血の池地獄にはわずかに黒を帯びた赤が見渡す限りに広がっている。果ても見えない。これで地獄の一角に過ぎないというのだから、地底の広さというのは全く想像もつかないものだ。本当に管理できているのかと疑いもする。それともすでに棄てられたもの、ロクな整備などしていないか。しかし目の前に広がる色彩に淀みは見当たらず、きらきらと、にぶく輝いている。
同じ色彩のずっと続く風景は、かつて棲んでいた海を私に思い起こさせる。もちろんここを往来する舟など通りがかろうはずもないし、頭上を覆う岩盤は天の広さと比べてずっと狭いのだけれど。
ほとりに近づき、膝をつくようにして淵に腰を下ろす。
水面へと体を乗り出すと、つんと、独特のにおいが鼻をついた。赤い鏡の向こうからはどこかぼんやりとした表情の私がこちらを見つめている。
人差し指を立てた左手を伸ばす。
私の顔を破って指を突き刺すと、とぷりと、獲物に群がるように纏わりつく、かすかにねばりとした感触に包まれる。小さく広がった波紋が一瞬私の顔を曖昧に隠して、すぐに元の鏡面へと戻った。
そのままずぷずぷと関節の中ほどまで指を沈めて、掬うように持ち上げる。私はそれを口へと運ぶ。最初は指先をちろちろと舐めるようにして、次第に口に含んでいき、しまいには根元まで咥えんばかりに。
口の中に血の味と香りが広がる。生々しい温度でヒトの全てを伝えるそれを、何度も何度も舌でねぶり、しっかりと味わってから大事に飲み込む。こくと喉が鳴るがいくらかはべたついて残るので、唾を溜めて流し込むようにする。
反芻する余韻まで呑みきってから、打ち震える体を慰めるように、止めていた息をふはと吐き出した。
「うーん、いまいち」
私の隣、指先に付いた血をペロリと舐めて、こいしが言う。
「吸血鬼じゃあるまいし、血なんか飲んでも美味しくないわね」
「……それなら飲まなければいいでしょう」
水を差されたように感じたせいか、こいしのことは無視するつもりだったのに、小さな苛立ちが思わず口をついてしまった。
こちらに顔を向けたこいしは指を咥えて物欲しそうな表情をしていた。
「だって、水蜜がとても美味しそうにするのだもの。それを見ていると、もしかしてって思うのだけど、やっぱりダメ。胸焼けしてしまいそうだわ。血は飲み物にならないね」
すっくと立ち上がって続ける。
「無機質な鉄の味しかしない。生き血ですらない。ここにあるのは人間の抜け殻よ。ねえ、水蜜はいつも何を味わっているの?」
水辺に座り込んだ私からは、こいしを見上げるような格好になる。何の感情も灯さない大きな瞳。上辺だけのそれが、今は興味の反応を見せていた。
「死んじゃう前の貴方は人間だったんだよね。お姉ちゃんに聞いたよ、血の池地獄って、女の人が落ちる地獄なんだって。赤ちゃんを産む時、赤ちゃんの部屋をきれいにする時に流れ出るきたない血を集めたものだって。もしかして、ここには貴方が人間だった頃の血が混ざっているのかしら?」
私に話しかけているようで私のことなんて気にもかけていない、自問のような問いだった。
私はこいしから顔を背ける。そんなこと気にせずこいしはどんどんと問いを進めていく。
「水蜜が血の池地獄だと溺れるのは、貴方がここに落ちるに相応しい罪人だから? でも変ね、一度死んで妖怪となったのに人間だった頃の罪に縛られるなんて。それに水蜜はあのお寺に入ってるんでしょ? お姉ちゃんが言ってたよ、地獄に落ちたって、だいたい最後には仏様に救われるものなんだって。仏様なんて見たことないけど、貴方はそれを信じていて、もう救われてるんだよね? だったらなおさら、血の池地獄になんか囚われたりする理由がないわ」
勝手な憶測に応じることもなく、私の視線はなみなみと赤を湛えた水面に注がれている。
穢れた血。
不浄の血。
妖怪として在る私をどうしようもなく惹きつける、薄っすらとした記憶。
「ねえ水蜜」
頭上から甘い声が降ってくる。
「あなたが欲しているのは、一体誰の血なの?」
私は答えない。
*
その光景は一隻の船の上から始まる。
船の行く先を見据えるように船首に立つ女性がいる。水のように澄んだ浅葱の着物に身を包む妙齢の女性だ。そのまなざしからは航路への不安より旅路への期待が溢れていた。
女性へと近づく、一人の男の姿。
「村左様」
むらさ、と呼ばれて、女性が振り向いた。その動きに合わせてはらりと揺れた烏羽の髪は、日の光を受けて鮮やかに映えていた。
「あら、あら、見つかってしまいました」
「到着までまだ数刻かかります。どうぞ、お戻り下さい」
荒々しい見た目に比して丁寧な物腰の男に対し、女性は悪戯気な表情をしてみせる。
「そんな、せっかくの船旅ですのに、景色も楽しませてくれないの?」
「景色と言いましても、島が近づくまで何もありませんよ。代わり映えのしない海がずっと続くばかりです」
「貴方にとってはそうかもしれないけれど、私には新鮮だわ。風を切る感覚も、潮の香りも、海に鳴く鳥の声も」
「どうか、ご自愛くださいませんか」
「……ずるいわねえ、そんな言い方」
ついに頭を下げた男を見て女性は口をとがらせる。それから視線を落として、自分の膨らんだお腹を優しい手つきでさすった。
「でも、そうね、元より私一人の体ではないのだから、我侭ばかりも言ってられませんね」
「ご理解くださり、ありがとうございます」
顔を上げた男がほっとした表情で言った。主従という関係に縛られているばかりでない、確かな親愛の情がそこには感じられた。
つと手を止めた女性が男に問う。
「ねえ、お前はこの中にいるのが男子か女子か、どちらだと思います?」
「男子か女子か、ですか」
不意の質問に男は戸惑った様子を見せたが、すぐに真剣な顔つきに戻った。
「私には分かりませんが、きっと旦那様は丈夫な男子を望まれているかと思います」
「あら、正解だけどつまらない答え」
女性は大げさに眉を上げてみせる。
「まあ、それが私の役目だものねえ。でも今はそういうことを尋ねているのではないのよ。興味半分でいいから答えてくれないかしら」
「だとしても、私は村左様に元気な男子を授かって欲しく存じますよ」
「へえ。その心は?」
「もちろん、村左様御自身のために」
迷いなく言い切った男に、女性は少し驚いたように目を開いた。その表情がすぐに柔らかいものとなる。
「そうね。家から追い出されてしまう前に男の子を産みませんと。でも、私は女の子でもいいかなあと思うのよ。きっと私に似て可愛らしい子となるでしょうから」
「……ええ、違いありません。ですがどうか、私どもの手を煩わせぬ子となるようお育てください。村左様がお二人となっては、いくら手があっても足りませんからね」
「失礼ね。私がいつお前たちに苦労をかけたというのかしら?」
軽口に女性はひとつ笑みを零してから、もう一度、愛おしそうにお腹を撫でる。
「あの人には内証ですけれど、女子であれば、既にこれという名を決めてあるのよ。あの人の名を一字継いで、水爾と。万事泰平、何物にも惑わず立ち止まらぬようにと」
「みなみつ、ですか」
繰り返した男が小さく頷くのを見て、女性は満足そうに微笑んだ。自然な動きで髪をそっと耳にかける。
「たしかに、ここは揺れが激しいわね。そろそろ戻りましょうか」
その言葉に自分の役目を思い出したか、男はハッとして一礼した後、背を向けて先導するように歩き出した。女性は一度だけ振り向き、船の目指す先、わずかな輪郭さえ見せない島影を想うように見やってから、男の後を追って船内に戻った。
――唯一刻まれた記憶の光景に、私は私の名を知った。
不機嫌な嵐に巻き込まれたその船が陸の姿を見ることは二度となく。
村左水爾という名を持つはずだった生き物は、この世に生を受けることなく海へと消える。
*
「生まれる前の赤ちゃんはね、母親のお腹の中で夢を見るの。過去と現在と未来。あらゆる生き物の辿ってきた歴史を追って、その進化と共に繰り返されてきた争いをその身に刻むの。だからお腹の中の胎児はくるくると、まるで踊るみたいに次々と姿を変えていくのよ」
こいしが語る。なにやら熱っぽく語る。
「胎児は全てを知っている。これまでの全てと、これからの全てを。でも、きっと、それはとっても恐ろしいことなのね。知ってしまったらもう戻れない、あらゆる希望の潰えてしまうような残酷な真実。そんなものを抱えたまま生きられはしないから生まれてくる時に全てを忘れてしまう。でもこの世界の怖かったことだけはずっと覚えていて、どうにもならなくて泣き叫ぶ」
語る。その勢いが増していく。
「ねえ水蜜。貴方は本当にかつて人間だったの? 貴方は何を知っていたの? 何を見てきたの? 何を聞いていたの? 舟幽霊のくせにどうして血の池地獄だと溺れるの? どうしてそんなにも血の池地獄の味を求めるの? 何がそんなに美味しいの? 本当は救われてなどいないの? 何故いつも一人でやって来るの? そんなにも後ろめたいの? 頼れる仲間は? 相談できるお友達は? それとも独り占めしたいの?」
私の返答など気にしていない。
「貴方が死んだ時、あなたは――」
言いかけた途中でその口の動きが止まる。身じろぎひとつしなかった私が急に立ち上がったせいか。一瞬、立ちくらみのような錯覚があって、すぐに視界が明瞭な像を結び直す。
口を開いたままのこいしが貼り付けた笑顔で固まっている。
心の読めないサトリ妖怪。
妖怪の本分を失い、自らの心まで喪ったこいつは、サトリでありながら他人の心とは最も遠いところに生きている。誰が何をどんな風に思うのか、本当の意味で理解することは二度とない。哀れだなと、心底から思えば、笑みは自然と浮かんできた。
その笑顔で、張りぼての笑顔に向けて言ってやる。
「うるさいよ」
胸襟をそっと、しかしガッシリと掴んで、私はこいしと一緒に赤い水面に倒れ込む。固まった表情のまま抵抗する様子も見せないこいしの体は驚くくらいに軽く、ああこいつの中身は本当に空っぽなんだなと思ったりする。
着水の衝撃があって、倒れる勢いのまま沈みながら、ばしゃりと水のはねる音を遅れて聞いた。それからすぐに私達の体は水に包まれる。どろりと纏わりつくような赤い水。真っ赤な世界。自分の腕がどこにあるかすら分からない。笑ってしまいそうなほど何も見えないから、不必要な視界を塞ぐように私は目を閉じた。こぽこぽと気泡の浮き上がる音だけが耳に心地よい。
こいしから手を離す。放っておけば浮かぶか沈むか。もとよりどうでもいいことだ。
体を丸め、自由になった両腕で胸を抱く。まるで胎児のような格好でふわふわと漂う。
こいしは何を勘違いしていたのだろうか。こんなにも居心地の良い場所で、私が溺れたりなどするものか。それとも、いつだか、ちっとも浮き上がってこない私を見て? そうなのかもしれない。
ここは温かい。
私が暗く冷たい海に投げだされた時、私はもっと暗く、しかし温かいところにいた。世界のどこからも閉ざされた場所で、世界の全てとつながっていた。でも今はその感覚をわずかに覚えているばかりで、そこで知ったあらゆることは失われてしまった。
残っているのは、ただ、恐怖のみだった。
私を包む水が、ゆっくり、ゆっくりと熱を失っていく恐怖。
全てを知っていたからといって、閉じ込められ無力な私にはどうしようもなかった。じわじわと迫ってくる死の感触を全身という全身で受け止める。頭に、手に、胴に、脚に。あらゆる肌が無数の手で絶え間なくなぞられる。叫び声を上げるべき喉はぎゅうと締めつけられるように苦しく、またその機会もついぞ与えられなかった。
光を目にすることなく、誰にも知られることなく死にゆく運命を、始まる前に終わる生を、私は呪った。私を蝕む恐怖を表現するあらゆる術の奪われた体で私は怨んだ。そうすることでだけ私は私を保っていることができて――気がついたら、あの岩場にいた。
いや、どうだったろうか。正確なところは私にも分からない。この記憶はぬえと出会い私がムラサとなってから取り戻したものだから。思い返すことも少なく、ずっと蓋をしているうちに、幾らか変質してしまった部分のあるやもしれない。
ただ、ここは温かい。
あの時と同じ温かさだ。
そして冷めることはない。
「――――」
知らない名を呟く。記憶のどこかに刻まれた名前。そのイメージはあの妙齢の女性と結びついている。私が思い出せる光景に、彼女の名前など無いはずなのに。
黒髪の彼女。私の……。
そうなのだろうか。確証はない。だけどあの記憶が示しているのはそういうことだろう。もっとも彼女の体は遥か昔に海に呑まれてしまっている。自分のルーツなど探し当てたところで今さらどうしようもない。いや、そうでもないのだろうか。どうしようもなくないから、私はこんなにもこの場所に惹かれるのか?
血の池地獄は人間の女の不浄な血を集めた場所だという。
ちろりと、舌を出す。
触れた血はとろりとして、蜜に似て甘かった。
こいしちゃんもよかった。みなみつ。
個人的には、是非とも評価されるべき作品と思うのです