Coolier - 新生・東方創想話

不死の炎と袋の鼠

2015/07/15 22:01:12
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 私は私のことが好きじゃないのかも知れない、と、できるだけ世間話のように呟いてみた。本来ならコンプレックスを晒すこと自体好きではないけれど、彼女ならば自然体で応じてくれるような気がしたのだった。
「それは、大事なものを守る力がない自分が嫌ってことかい。それとも、大事なもの自体見つからないってことか」
 相槌も慰めもなく、返答の一言目からここまで切り込んでくる。尋常でない鋭さに、こちらの方が度肝を抜かれた。妹紅さんは一見すると世話好きの先輩みたいな人だけれど、時々一切の前提をないことにして、形而上のあれこれを語れてしまうような超凡さが在る。それを重大なこととすら認識していないのがまた恐ろしい。
「えっと。……後者、かな?」
「幻想郷に来ても、そう思うのか」
「あ。待って、違うかな。……ええっと」
 妹紅さんは、相談を聞くことよりも、新鮮なデータを揃えることに熱心になっているようだ。私としても、そのような聞かれ方は望むところだった。損得を越えたところで私に関わろうとする輩が、信頼できた試しがない。
「ごめん。前者かも」
「ふーん」
 絶対に有り得ないと断言できるけれど。もし仮に、万が一、私が家族や友人に、幻想郷のことを打ち明けたとして。そこで少しでも幻想郷のことを悪く言われたとしたら、私はそいつと即座に縁を切り、生涯会話をしないだろう。そう思うと、なるほど私は「守る力がない」のか、と感じる。強固な障壁を、意識的に構築しなければならないほどに。他者を憎むということは、自分を守れない無力を憎むという言い換えもできるということ。……少し飛躍した論理遊びという感じは否めないけれど。
「お前の話を聞いてると、色々と便利な時代になったんだろうと思っていたがな。未だに敵は多いんだな」
「心根は変わらないんじゃないかなあ……。雑草の、見えてる部分だけ刈り取ったみたいな」
「はははは。際限がないな」
 妹紅さんは笑うけれど、私にとっては冗談ではなかった。肉体を生きやすくするシステムは、少なくとも時代の層を積むにつれて発達してきているけれど、精神の方を生きやすくしてくれるシステムは全く成長していない。ネットの波に上手く乗れるようになり、家族や学校を越えた新しい人間関係を築くことができても、結局は新しい檻の中に入るだけのことだった。
「幻想郷でも、さ」
「んー?」
「私はそのうち、人間関係でがんじがらめになって、動けなくなるのかな」
 空を飛びたいと願った幼い日の憧憬は、今も鮮明に覚えている。けれど、こうして空を飛ぶ人々を当たり前のように目にしていると、果たしてそれが本当に私の目指した行為だったのだろうかと不思議な気持ちになる。遠くにいる友人と繋がれる夢。形状を指定しただけで、触れられる実体が出来上がる夢。類人猿の時代から、数えきれない檻が廃されて、それでも私達は未だに檻の中だ。幻想郷の人々に笑われてしまう。現代社会に比べて明らかに不自由な世界でありながら、ここの住まう人達は皆自由を謳歌しているというのに。
 私の強さ次第だと、誰もが言った。でも、それは嘘だ。私が正論を口にするたびに、大人は私の口を塞ごうとしたし、知人は私から離れていった。どれだけ私が強くなっても、正義を完全なまでに構築しても、世界は何一つ変わりはしないじゃないか。憧れを抱いて進む生き方は、齢を重ねるほど窮屈になり、滑稽な色に塗り潰されてゆくじゃないか。
「んなことはないよ。お前が強ければな」
「妹紅さんも、そう言うの」
「ああ?お前の周りがどうだったかは知らんがね」
 突如――視界が紅蓮に染まる。
 炎だ、と気付いた時には、私の体は妹紅さんの炎に取り囲まれていた。動けない。太陽が二重になって、私の皮膚を灼いているよう。現実よりも現実的な熱に、顔が歪む。
「お前が十分に強いなら、私が暇潰しに遊んでやる。十二分に強いなら、お前が私で遊べばいい。妖怪共に喧嘩を売って回るのもよかろうさ。それよりも強ければ、異変を起こすんだな。兎に角、退屈はしないよ」
 妹紅さんの炎が私の帽子の鍔を僅かに焼いた。脳が危険だと叫んでいるけれど、肝心の肉体が動かない。恐怖心を闘争心に変えるスイッチを、「現代」での私は、誰よりも持ち合わせていたはずなのに。……情けない。威勢だけか。口先だけか。竦んでいる場合か。宇佐見菫子!
「戦いなよ。散々因縁つけて、立ち向かえ。その回数だけ、受け入れられる。……好きだろうが、そうでなかろうが」
 ふっと、炎が消失する。……もう少しで、炎を掌握できた気がしたのに。或いはそれを見抜いて、彼女は炎を引き上げたのか。私の集中もまた、炎と同時に消え失せた。気付くと肩で息をしていた。熱によってか、緊張によってか、集中によってか、全身がすっかり汗で濡れていた。
「嫌いなものってのは、嫌えば嫌うほど、纏わりついて離れなくなる。かといって、好きになるのは死んでも嫌だ。辛いところだな」
 妹紅さんの言葉は実感に溢れていた。私の話か、それとも彼女自身の話なのか。頷いていいのかどうか、量りかねた。何より呼吸に手一杯で、返事をする余裕が無い。
「私はお前を面白いと思うよ。特にその捻じ曲がったところが好きだ。また闘ろう、当然本気で」
 途端に、視界が霞んできた。濃密な時間は瞬く間に過ぎ去って、もう次の朝が来るのだった。何か言おうと思ったけれど、適する答えが見つからなかった。
 次に妹紅さんに会えるのは、いつになるかわからない。好きな場所に現れる事が出来るわけではないから、彼女と連絡がつかないまま、姿を探している間に、夜が明けてしまうこともしばしばだ。本当に不便な世界。それでも、この世界は私を受け入れてくれる。夢を見るたびに、一時的にでも、私は私の檻を抜け出すことが出来る。妹紅さんの言った「戦った回数だけ、受け入れられる」という言葉が、何の理屈もないのに、どこかすとんと胸に落ちた気がした。亜空間のトンネルを通り抜けるように、意識が肉体へと還っていく。そうして 私は今日も目を覚ます。私の嫌いな、私の在るべき時代で。
時に繊細に、時に拳で分かり合うような二人で居て欲しいと思います。
ふみ切
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コメント



0.230簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
割と他人事じゃないなぁ……
本気でぶつかり合える関係は現代だとなかなかなさそうで、うらやましいですね。
2.90奇声を発する程度の能力削除
何だか良いですね
3.100名前が無い程度の能力削除
原作は子どもの傲慢さから周囲に壁を作っていたらしいけど、多分本能的な防御みたいなのがあったと思う
殴り合いをしたこともない癖に致命的なシーンでは平気で人を死に追いやれるのをある種美徳とする現代日本の空気に対して

命がけで殴り合いをする癖に致命的なシーンでは死に追いやれらないようにするまるで昔のヤンキーみたいな幻想郷住人だからこそ心を開かせようと思えることがあったのかも知れない
6.70さわしみだいほん削除
割り切りいいじゃんw
10.90名前が無い程度の能力削除
「戦った回数だけ、受け入れられる」というのも結構残酷な言葉