「信じられない。メリー、あなたそういう目で私のこと見てたんだ」
地面に倒れるメリーを、汚いものでも見るような目で見下ろしながら、蓮子は吐き捨てた。
「サークル活動も本当はどうでもよくって、ただ私に近付きたかっただけなんでしょう?」
メリーが蓮子の足にすがり、ぶんぶんと首を横に振る。
「違うの。違うの蓮子! 誤解よ!」
だが、蓮子はメリーの手を振り解くと、わざと聞こえるように舌打ちをした。
「触らないでよ。ほんと、ありえないわ。気持ち悪い」
そう言ってメリーに背を向ける蓮子。
「ごめんなさい! ごめんなさい蓮子! 好きにならないから! もう好きにならないから、こんな思い捨てるから! 忘れるから! だから!」
蓮子は立ち止まると、ちらとメリーを振り返った。そしてメリーの表情を見て、心底気持ち悪そうにした。
「嫌よ」
「いやあああああああっ! 蓮子おおおおぉぉぉぉ!」
自分の叫び声で目を覚ましたメリーは、ベッドから跳ね起きた。
体の芯が焼けるように熱く、全身は汗でびっしょりと濡れており、まるで運動をした後のように息も荒い。
メリーは自分が今置かれている状況を理解できないでいた。
とにかく、蓮子に謝ろうと、枕元に置いてある携帯端末に飛びつくと、メリーは電話帳の中から宇佐見蓮子の名前を見つけ出した。
煎餅布団で惰眠を貪っていると、唐突に鳴り響いた携帯端末のアラームに宇佐見蓮子は叩き起こされた。
寝ぼけ眼で端末を探り当て、眩しい光に目を細めながら画面を見ると、そこにはメリーからの着信を告げる文章。
今は夜中の二時である。こんな時間に一体なんだろうと、通話ボタンを押すと、
『れんごおおおぉぉぉぉっ! ごべんばざいいいぃぃぃ! ぎらいにならないでえええぇぇぇぇ!』
「うわっ!」
スピーカー越しにメリーの絶叫がこだました。蓮子は思わず端末を耳から離す。
「ちょっとメリー、どうしたの?」
『ぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁ』
「ねえちょっと、メリーってば! 泣いてちゃわからないって!」
『ぅぅ……蓮子が、蓮子が私のこと、気持ち悪いって……』
「はぁ?」
首をかしげる蓮子。それって、メリーの目のことを気持ち悪いって言ったことかしら。でも、あれって結構前の話よね?
『私、蓮子に嫌われたくないよぉ!』
「いやいやいや、メリーさん? あなたお寝ぼけあそばせられていらっしゃいません? 水飲みなさい、水」
『お水ぅ?』
「ほら、キッチンに行って、コップ一杯の水を飲みなさい」
『……飲んだら嫌いにならない?』
「ならないならない」
端末を置く音が響いてから、しばらく無音になった。
蓮子はホッとため息をつきながら、考える。
多分、私に嫌われる夢か何かを見たんだろう。
それで目が覚めて、寝ぼけたまま私に電話してきて許しを請うた。
まったくかわいいんだから、と蓮子はにやにやと笑った。
しばらくして、スピーカーからメリーの消え入りそうなほどか細い声が聞こえてきた。
『………………』
「メリー? 大丈夫? 落ち着いた?」
『……うん。ごめん蓮子。取り乱した。夢と現実がごっちゃになってた。今は落ち着いてる』
「そう、それはよかったわ。びっくりしたわよ、夜中にいきなり電話かかってきて、出たらメリーが泣き叫んでるんだもの」
『うっ……その、なんといいますか……忘れてくれる?』
「却下。で、どうしたの? なんか悪い夢でも見た?」
『ええと、その……』
メリーは言い淀んだ。自分から言いだすのは躊躇われるらしいので、蓮子は助け船を出すことにした。
「さっき泣き叫んでいた内容から察するに、私に嫌われる夢でも見たんでしょう?」
『うぐっ』
「そんな夢を見るということは、メリー。あなた何か、私に嫌われてしまうんじゃないかと思うようなこと、隠しているわね?」
『………………』
「まあ、無理に問いただすつもりはないわよ。でも、夢にまで見るってことは、その思いはあなたの中で大きく膨らんでいるわ。それこそ、爆発しそうなほどにね。溜め込んでおくのは、体に毒じゃないかしら」
『……でも』
「私に嫌われるかもしれない、でしょう? でもね、メリー。あなたが夢の中で見た私は、あなたの頭の中の私でしかないのよ。あなたはあなたが思っているその情報によって私に嫌われるかもしれない、という情報が予備知識として存在しているからこそ、あなたの中の私はあなたを嫌ったの。つまり、嫌われるかもしれないというあなたの想像が夢の中で具現化したにすぎない。でもね、私は私よ。メリー、あなたが思っているより私はずっと私らしいの。だから、怖がらないで。ちゃんと話してごらんなさい」
子供に言い聞かせるような優しい声色で語りかけると、メリーはしばしの逡巡ののち、小さくわかった、と呟いた。
『……絶対に、私のこと、嫌いにならないでくれる?』
「観測の結果がどうなるかはわからないわ。でも、今はまだ量子力学的には波の状態よ」
『……よくわからないけれど、それじゃあ、言うわね』
スピーカー越しにメリーの深呼吸する音が聞こえる。
メリーの一大決心を真摯に受け止めようと、蓮子は黙ってスピーカーから聞こえてくる音に耳を傾けた。
『わっ、私っ! れっ、蓮子のことが、その……す、すすす、好きなのっ!』
「………………」
『ふむぅーっ、ふむぅーっ』
顔を真っ赤にしながら息を切らすメリーの姿が容易に想像できる。
蓮子はしばし彼女の発言の意味を脳内で噛み砕き、構築し、そして理解した。
メリーは私のことが好きだ。
いやまあ、嫌われてはいないだろうということは、普段の付き合いからまあ察してはいたのだが、今回の場合はそういう好き嫌いではないらしい。
いわゆる、男女の仲に生まれる好きの類。別名、愛。
確かに、女同士でのそういった思いはアブノーマルだ。
最悪、相手を傷つけてしまう可能性もあるし、それを思うと言い出せないのも納得できる。
それでも、メリーは私を信じて告白してくれた。
そして何より、メリーが私のことを想ってくれているのが、とても嬉しかった。
蓮子は口を開け、なんと切り出したらいいかを吟味してから、すぅ、と息を吸った。
「ありがとう、メリー。あなたの気持ち、伝わったわ」
『えっ、それじゃあ……!』
「私も、好きよ。メリーのこと。今はまだ、そういう意味で捉えるには時期尚早かもしれないけれど、そういう関係を前提に、私でよければ、お付き合いしましょう」
『………………』
スピーカーからはなんの音も聞こえてこない。
喜びのあまり絶句しちゃったかしらと、蓮子が少し心配し始めると、
『……違う』
声が聞こえた。寂しそうな、失望したような、意気消沈したような、そんな声色で。
「……えっと、メリー? 違うって、何が?」
れんこが恐る恐る聞き返すと、途端にメリーはスピーカーの向こう側からまくし立てた。
『違うのよ! そうじゃないの! 夢の中で私が告白したら、蓮子こう言ったのよ! 「信じられない。メリー、あなたそういう目で私のこと見てたんだ」そう言って私を汚いものでも見るような目で見下ろしたの! それから「サークル活動も本当はどうでもよくって、ただ私に近付きたかっただけなんでしょう?」って。だから私は否定したの! 「違うの。違うの蓮子! 誤解よ!」でも蓮子はわざと私に聞こえるように舌打ちをして、「触らないでよ。ほんと、ありえないわ。気持ち悪い」って。「ごめんなさい! ごめんなさい蓮子! 好きにならないから! もう好きにならないから、こんな思い捨てるから! 忘れるから! だから!」そう言うと蓮子は私に振り返って、私の表情を見て、心底気持ち悪そうにこう言うの! 「嫌よ」って!』
「………………」
『あの時、蓮子に蔑まれている間、私の顔は幸福に満ちた、恍惚とした表情をしていたわ! 夢から覚めた後、体が悦んでいたの! 全身が汗まみれで、ショーツの中もぐちゃぐちゃだったわ! 私、蓮子に蔑まれたい! 蓮子に嫌われたい! そんな蓮子に嫌わないでってすがりつきたい! 泣きながらすがりつきたい! それで冷たく見放されたいの! だから違うの蓮子! この私の思いは受け止めないで! どれだけ受け止められるって豪語しても、やっぱり受け止めないで、気持ち悪がって! 私……』
蓮子は端末の電源を切ると、もぞもぞと布団に潜り込んだ。
明日は朝一から講義なのだ。しっかり寝ておかなければ……。
地面に倒れるメリーを、汚いものでも見るような目で見下ろしながら、蓮子は吐き捨てた。
「サークル活動も本当はどうでもよくって、ただ私に近付きたかっただけなんでしょう?」
メリーが蓮子の足にすがり、ぶんぶんと首を横に振る。
「違うの。違うの蓮子! 誤解よ!」
だが、蓮子はメリーの手を振り解くと、わざと聞こえるように舌打ちをした。
「触らないでよ。ほんと、ありえないわ。気持ち悪い」
そう言ってメリーに背を向ける蓮子。
「ごめんなさい! ごめんなさい蓮子! 好きにならないから! もう好きにならないから、こんな思い捨てるから! 忘れるから! だから!」
蓮子は立ち止まると、ちらとメリーを振り返った。そしてメリーの表情を見て、心底気持ち悪そうにした。
「嫌よ」
「いやあああああああっ! 蓮子おおおおぉぉぉぉ!」
自分の叫び声で目を覚ましたメリーは、ベッドから跳ね起きた。
体の芯が焼けるように熱く、全身は汗でびっしょりと濡れており、まるで運動をした後のように息も荒い。
メリーは自分が今置かれている状況を理解できないでいた。
とにかく、蓮子に謝ろうと、枕元に置いてある携帯端末に飛びつくと、メリーは電話帳の中から宇佐見蓮子の名前を見つけ出した。
煎餅布団で惰眠を貪っていると、唐突に鳴り響いた携帯端末のアラームに宇佐見蓮子は叩き起こされた。
寝ぼけ眼で端末を探り当て、眩しい光に目を細めながら画面を見ると、そこにはメリーからの着信を告げる文章。
今は夜中の二時である。こんな時間に一体なんだろうと、通話ボタンを押すと、
『れんごおおおぉぉぉぉっ! ごべんばざいいいぃぃぃ! ぎらいにならないでえええぇぇぇぇ!』
「うわっ!」
スピーカー越しにメリーの絶叫がこだました。蓮子は思わず端末を耳から離す。
「ちょっとメリー、どうしたの?」
『ぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁ』
「ねえちょっと、メリーってば! 泣いてちゃわからないって!」
『ぅぅ……蓮子が、蓮子が私のこと、気持ち悪いって……』
「はぁ?」
首をかしげる蓮子。それって、メリーの目のことを気持ち悪いって言ったことかしら。でも、あれって結構前の話よね?
『私、蓮子に嫌われたくないよぉ!』
「いやいやいや、メリーさん? あなたお寝ぼけあそばせられていらっしゃいません? 水飲みなさい、水」
『お水ぅ?』
「ほら、キッチンに行って、コップ一杯の水を飲みなさい」
『……飲んだら嫌いにならない?』
「ならないならない」
端末を置く音が響いてから、しばらく無音になった。
蓮子はホッとため息をつきながら、考える。
多分、私に嫌われる夢か何かを見たんだろう。
それで目が覚めて、寝ぼけたまま私に電話してきて許しを請うた。
まったくかわいいんだから、と蓮子はにやにやと笑った。
しばらくして、スピーカーからメリーの消え入りそうなほどか細い声が聞こえてきた。
『………………』
「メリー? 大丈夫? 落ち着いた?」
『……うん。ごめん蓮子。取り乱した。夢と現実がごっちゃになってた。今は落ち着いてる』
「そう、それはよかったわ。びっくりしたわよ、夜中にいきなり電話かかってきて、出たらメリーが泣き叫んでるんだもの」
『うっ……その、なんといいますか……忘れてくれる?』
「却下。で、どうしたの? なんか悪い夢でも見た?」
『ええと、その……』
メリーは言い淀んだ。自分から言いだすのは躊躇われるらしいので、蓮子は助け船を出すことにした。
「さっき泣き叫んでいた内容から察するに、私に嫌われる夢でも見たんでしょう?」
『うぐっ』
「そんな夢を見るということは、メリー。あなた何か、私に嫌われてしまうんじゃないかと思うようなこと、隠しているわね?」
『………………』
「まあ、無理に問いただすつもりはないわよ。でも、夢にまで見るってことは、その思いはあなたの中で大きく膨らんでいるわ。それこそ、爆発しそうなほどにね。溜め込んでおくのは、体に毒じゃないかしら」
『……でも』
「私に嫌われるかもしれない、でしょう? でもね、メリー。あなたが夢の中で見た私は、あなたの頭の中の私でしかないのよ。あなたはあなたが思っているその情報によって私に嫌われるかもしれない、という情報が予備知識として存在しているからこそ、あなたの中の私はあなたを嫌ったの。つまり、嫌われるかもしれないというあなたの想像が夢の中で具現化したにすぎない。でもね、私は私よ。メリー、あなたが思っているより私はずっと私らしいの。だから、怖がらないで。ちゃんと話してごらんなさい」
子供に言い聞かせるような優しい声色で語りかけると、メリーはしばしの逡巡ののち、小さくわかった、と呟いた。
『……絶対に、私のこと、嫌いにならないでくれる?』
「観測の結果がどうなるかはわからないわ。でも、今はまだ量子力学的には波の状態よ」
『……よくわからないけれど、それじゃあ、言うわね』
スピーカー越しにメリーの深呼吸する音が聞こえる。
メリーの一大決心を真摯に受け止めようと、蓮子は黙ってスピーカーから聞こえてくる音に耳を傾けた。
『わっ、私っ! れっ、蓮子のことが、その……す、すすす、好きなのっ!』
「………………」
『ふむぅーっ、ふむぅーっ』
顔を真っ赤にしながら息を切らすメリーの姿が容易に想像できる。
蓮子はしばし彼女の発言の意味を脳内で噛み砕き、構築し、そして理解した。
メリーは私のことが好きだ。
いやまあ、嫌われてはいないだろうということは、普段の付き合いからまあ察してはいたのだが、今回の場合はそういう好き嫌いではないらしい。
いわゆる、男女の仲に生まれる好きの類。別名、愛。
確かに、女同士でのそういった思いはアブノーマルだ。
最悪、相手を傷つけてしまう可能性もあるし、それを思うと言い出せないのも納得できる。
それでも、メリーは私を信じて告白してくれた。
そして何より、メリーが私のことを想ってくれているのが、とても嬉しかった。
蓮子は口を開け、なんと切り出したらいいかを吟味してから、すぅ、と息を吸った。
「ありがとう、メリー。あなたの気持ち、伝わったわ」
『えっ、それじゃあ……!』
「私も、好きよ。メリーのこと。今はまだ、そういう意味で捉えるには時期尚早かもしれないけれど、そういう関係を前提に、私でよければ、お付き合いしましょう」
『………………』
スピーカーからはなんの音も聞こえてこない。
喜びのあまり絶句しちゃったかしらと、蓮子が少し心配し始めると、
『……違う』
声が聞こえた。寂しそうな、失望したような、意気消沈したような、そんな声色で。
「……えっと、メリー? 違うって、何が?」
れんこが恐る恐る聞き返すと、途端にメリーはスピーカーの向こう側からまくし立てた。
『違うのよ! そうじゃないの! 夢の中で私が告白したら、蓮子こう言ったのよ! 「信じられない。メリー、あなたそういう目で私のこと見てたんだ」そう言って私を汚いものでも見るような目で見下ろしたの! それから「サークル活動も本当はどうでもよくって、ただ私に近付きたかっただけなんでしょう?」って。だから私は否定したの! 「違うの。違うの蓮子! 誤解よ!」でも蓮子はわざと私に聞こえるように舌打ちをして、「触らないでよ。ほんと、ありえないわ。気持ち悪い」って。「ごめんなさい! ごめんなさい蓮子! 好きにならないから! もう好きにならないから、こんな思い捨てるから! 忘れるから! だから!」そう言うと蓮子は私に振り返って、私の表情を見て、心底気持ち悪そうにこう言うの! 「嫌よ」って!』
「………………」
『あの時、蓮子に蔑まれている間、私の顔は幸福に満ちた、恍惚とした表情をしていたわ! 夢から覚めた後、体が悦んでいたの! 全身が汗まみれで、ショーツの中もぐちゃぐちゃだったわ! 私、蓮子に蔑まれたい! 蓮子に嫌われたい! そんな蓮子に嫌わないでってすがりつきたい! 泣きながらすがりつきたい! それで冷たく見放されたいの! だから違うの蓮子! この私の思いは受け止めないで! どれだけ受け止められるって豪語しても、やっぱり受け止めないで、気持ち悪がって! 私……』
蓮子は端末の電源を切ると、もぞもぞと布団に潜り込んだ。
明日は朝一から講義なのだ。しっかり寝ておかなければ……。
素晴らしいんじゃないでしょうか
激しく同意
そっちかよww
(得点入れ忘れたので入れ直し)
…でも変態ちっくなメリーさんも良いですね