鉄道は走る。
悠然と。
ディーゼル駆動音を立てながら。
田舎の二文字で表わされる原風景が広がる中を。
「れーんこっ、ふふっ」
「なに?」
うつらうつらと眠たそうに翠色の窓により掛かる少女、蓮子。
外の景色を眺めることもなく人形のように微笑む少女、メリー。
ボックス席から聞こえてくる声が、
旧き科学時代を漂わせる。
「今日は二人で珠洲岬に行くんだよね?」
「そーよ」
視点の先には海が見えていて、目をキラキラさせながら喋りかける。
だが、碧々とした澄んだ空に意識が飛んでいるように薄い反応をする。
「出雲神話の国引き神話で切り取られた岬があるからね」
珠洲岬(すずみさき)は遥か昔、都都の三埼(つつみさき)と呼ばれていた。
八束水臣津野命が出雲の国の土地の狭さに嘆いて
四つの国から土地を引っ張ってきて島根半島を作ったという。
その内の一つの土地がこの先の地、都都の三崎である。
「蓮子からデートに誘うだなんて久しぶりだわ」
「あー、うん。秘封倶楽部の活動、最近やってなかったからね」
強い日差しが二人の顔を照らす。
「私、寂しかったのよ」
谷を通り過ぎ平野を走る列車の車内は殆ど人が居らず。
ジョイント音と朝日が哀愁を漂わせる。
「メリー、顔近いよ」
暑苦しそうに避けようする。
蓮子に目を合わせようとしても
動揺しているから目を逸らす。
閉じ込められた車内は冷房の効きが悪く酷く蒸し暑い。
垂れる汗と枯れる涙に眠りの少女は俯くしか無かった。
「ねぇ、キスしてよ」
ガタンと揺れる車両。
頭を打たれた様な衝撃が走る。
「えっ」
座っている蓮子の両足の上に、メリーが騎乗するように乗りかかる。
彼女が拒否しようとした時には、既に肩に手が回されていた。
人形のような綺麗な白い肌が額に触れる。
唇は微かに開いているだけである。
「なーんてね、目が覚めた?」
ネコのように丸くした目に笑みを浮かべるメリー。
安心しつつももどかしく、ちょっと悔しそうに抗議の目を送る。
遠くから鉄をこするような音が響いてくる。
二人は見つめ合ったまま動かない。
「メリーッ!」
気動車の警笛が鳴らされる。
空中に浮いていた手を思いっきり背中に回し力を加える。
驚いたメリーが前のめりになって唇が触れる。
急に車内が薄暗くなった。
この鉄道車両はもうとっくに寿命を過ぎていると思われるシロモノだった。
「れんっ……んっ、ぐぅ……ちゅ……」
長く暗いトンネルの中、二人はお互いの体温を確かめ合うように深く熱く続ける。
「はぁー」
トンネルから出ると眠りの少女の顔がすっかり晴れていた。
蓮子はしたり顔で笑いかけて、
その無邪気さに、心が締め付けられるような思いになって
人形は静かに泣いていた。
「重いよ、メリー」
「あっ、ごめん」
メリーは恥ずかしそうに降りようとする。
でも躊躇って降りない。
「蓮子」
「何? どうしたの?」
人形の綺麗な手がそっと頬に触れる。
その手つきは流線を描くように下へと降りてゆく。
「私、続きがしたい」
ドップラー効果の効いた踏切の警報音が立てて過ぎる。
「何言ってるのよメリー。駄目だよ、誰かに見られちゃう」
「そう言って、蓮子は興奮しているでしょう? 期待しているんでしょう?」
しかし、間を遮るように急カーブに差し掛かる。
メリーは座席に倒れこみ、そして長いトンネルに突入する。
「蓮子」
「メリー」
……気がつけば終点だった。
それからどうなったのか。
互いに愛を確かめ合ったのか、寸前で理性を取り戻したのか。
私には興味がなかった。
しかし、それは当然のことだ。
蓮子とメリーはこの車輌から降りて行く。
だが私は降りることが出来ない。
私はただ二人を見守り続け、人生の終点に辿り着いたからだ。
そういえばこの路線は既に廃線であった。
悠然と。
ディーゼル駆動音を立てながら。
田舎の二文字で表わされる原風景が広がる中を。
「れーんこっ、ふふっ」
「なに?」
うつらうつらと眠たそうに翠色の窓により掛かる少女、蓮子。
外の景色を眺めることもなく人形のように微笑む少女、メリー。
ボックス席から聞こえてくる声が、
旧き科学時代を漂わせる。
「今日は二人で珠洲岬に行くんだよね?」
「そーよ」
視点の先には海が見えていて、目をキラキラさせながら喋りかける。
だが、碧々とした澄んだ空に意識が飛んでいるように薄い反応をする。
「出雲神話の国引き神話で切り取られた岬があるからね」
珠洲岬(すずみさき)は遥か昔、都都の三埼(つつみさき)と呼ばれていた。
八束水臣津野命が出雲の国の土地の狭さに嘆いて
四つの国から土地を引っ張ってきて島根半島を作ったという。
その内の一つの土地がこの先の地、都都の三崎である。
「蓮子からデートに誘うだなんて久しぶりだわ」
「あー、うん。秘封倶楽部の活動、最近やってなかったからね」
強い日差しが二人の顔を照らす。
「私、寂しかったのよ」
谷を通り過ぎ平野を走る列車の車内は殆ど人が居らず。
ジョイント音と朝日が哀愁を漂わせる。
「メリー、顔近いよ」
暑苦しそうに避けようする。
蓮子に目を合わせようとしても
動揺しているから目を逸らす。
閉じ込められた車内は冷房の効きが悪く酷く蒸し暑い。
垂れる汗と枯れる涙に眠りの少女は俯くしか無かった。
「ねぇ、キスしてよ」
ガタンと揺れる車両。
頭を打たれた様な衝撃が走る。
「えっ」
座っている蓮子の両足の上に、メリーが騎乗するように乗りかかる。
彼女が拒否しようとした時には、既に肩に手が回されていた。
人形のような綺麗な白い肌が額に触れる。
唇は微かに開いているだけである。
「なーんてね、目が覚めた?」
ネコのように丸くした目に笑みを浮かべるメリー。
安心しつつももどかしく、ちょっと悔しそうに抗議の目を送る。
遠くから鉄をこするような音が響いてくる。
二人は見つめ合ったまま動かない。
「メリーッ!」
気動車の警笛が鳴らされる。
空中に浮いていた手を思いっきり背中に回し力を加える。
驚いたメリーが前のめりになって唇が触れる。
急に車内が薄暗くなった。
この鉄道車両はもうとっくに寿命を過ぎていると思われるシロモノだった。
「れんっ……んっ、ぐぅ……ちゅ……」
長く暗いトンネルの中、二人はお互いの体温を確かめ合うように深く熱く続ける。
「はぁー」
トンネルから出ると眠りの少女の顔がすっかり晴れていた。
蓮子はしたり顔で笑いかけて、
その無邪気さに、心が締め付けられるような思いになって
人形は静かに泣いていた。
「重いよ、メリー」
「あっ、ごめん」
メリーは恥ずかしそうに降りようとする。
でも躊躇って降りない。
「蓮子」
「何? どうしたの?」
人形の綺麗な手がそっと頬に触れる。
その手つきは流線を描くように下へと降りてゆく。
「私、続きがしたい」
ドップラー効果の効いた踏切の警報音が立てて過ぎる。
「何言ってるのよメリー。駄目だよ、誰かに見られちゃう」
「そう言って、蓮子は興奮しているでしょう? 期待しているんでしょう?」
しかし、間を遮るように急カーブに差し掛かる。
メリーは座席に倒れこみ、そして長いトンネルに突入する。
「蓮子」
「メリー」
……気がつけば終点だった。
それからどうなったのか。
互いに愛を確かめ合ったのか、寸前で理性を取り戻したのか。
私には興味がなかった。
しかし、それは当然のことだ。
蓮子とメリーはこの車輌から降りて行く。
だが私は降りることが出来ない。
私はただ二人を見守り続け、人生の終点に辿り着いたからだ。
そういえばこの路線は既に廃線であった。