「メリーの夢について、ようやくその意味を理解したわ。」
「また来たわね。」
もう慣れたものだ、とマエリベリー・ハーンは小さくため息をついた。
またとは何よ、と口を尖らせるこの私の親友、宇佐見蓮子は、その脳の細胞が少し人よりも複雑なのか、こうしてたまに自分の考えを他人にぶつけるくせがある。
そんな彼女とこの秘封倶楽部を結成して以来、何度もこのような切り出しで話を聞いてきたが、今のところ話にいい落ちがついた試しがない。
今回もきっと長くて中身のない話を聞くことになるのだろう、と半ば諦めつつ、マエリベリー・ハーンは話を聞く体制に入った。
なんだかんだ言っても、私が彼女の話を聞くのは、彼女のその少し変わった話が好きだからだろう。
「で、私の夢の意味がどうとかって、何の話?」
「いえね、ちょっと今までのことを思い出してたら、疑問に思って考えてみたのよ。」
宇佐見は先ほどまで目を通していた記録帳に指をなぞらせる。
この記録帳は、私たちが秘封倶楽部として活動してきたことを記録したノートだ。
ただの大学ノートではあるが、私たちの毎日の活動が記録されていく一種の日記みたいなものになっている。
まあ、最近は私が妙な夢を見るせいで秘封倶楽部の活動は、専ら私の夢について考えていくことが多かったのだけれど。
きっと彼女も、そのことが言いたいのだろう。
「最近妙な夢をたくさん見るのは確かだけれど、それに意味があるの?」
「むしろその逆よ。」
宇佐見はどこから取り出してきたのか、一冊の本を机の上に置いた。
随分と分厚い、それに〝夢診断〟と大きく見出しがふってある。
いつの間に、こんなものを手に入れてきていたのか。
わざわざこんな本まで買ってきたことに、私の為にと喜ぶべきか、またくだらないものを買ってと呆れるべきなのか、マエリベリーは答えをあぐねた。
こういうときの結論としては、いつもほっておくって決めているのだけれど。
「えと、夢診断って、あの落ちる夢は不安や恐怖を表してるとか、花畑の夢は大きな幸運を表しているとか、そういう占いみたいなものよね?」
「そうそう、良く知ってるわね。」
そりゃあ、私だって自分の夢について少しは調べなかったわけじゃない。
最近はそればかり考えてしまい、他のことが何も手につかなかったのだ。
夢の一つ一つに何かを見出したとか、思うところがあったわけではないけど、なぜだか、とても気になって……
という言葉は、心の内に閉まっておくことにした。
なんとなく、口にすると、先ほど心の中で目の前の本を無駄遣いと思ってしまったのに対して、自分も同じじゃないかと、自分に馬鹿にされそうな気がした。
「まあね、専攻も専攻だから。で、蓮子が見るに、私の夢は一体何を表しているの?」
「そうね、例えばこれ。」
宇佐見が本を開き、とあるページを開く。
本にはいくつかの付箋が張り付けられており、宇佐見はそれを頼りに話しながらページを捲っていった。
「この前竹林で妖怪に出会ったそうじゃない。」
「言ったわ、それがどんな意味を持つの?」
「えっとね、この本によると〝竹〟は健康や運気の上昇、〝妖怪〟は不安や恐れを表している、ですって。」
「なによ、それ。」
両極端な気がするんだけど、とマエリベリーはまたため息をついた。
そんなマエリベリーに、まあ聞いてよ、と宇佐見は話を続ける。
「他にも、神社で赤い巫女に会ったらしいじゃない。」
「そのときには自称魔女もいたわ。」
「〝神社〟は強い望み、〝巫女〟は休息を求めている心、〝赤〟は怒り。」
「つまり私は、今何かに酷く怒っていて、休息を強く望んでいるってこと?」
「因みに、〝魔女〟は意欲的で前向きな心を表しているわ。」
「わけがわからないわよ。」
この奇妙な会話が一体何を意味するのか、マエリベリーはいつの間にか自分の夢の意味よりも、そのことばかりが気になっていた。
きっとこの学者様のことだから、この話の中に、何か一つの意味を見出したのだろう。
それを期待して、マエリベリーは話の続きを促す。
「それで?私の一貫した意味のない夢が、なんだっていうの?」
「メリー、この前、何にもない夢を見たって言ったわよね?」
「何にもない夢?」
そういえば、言った気もする、とマエリベリーは続ける。
「ああ、あの真っ暗な夢のこと?そうね、暗くて、何も見えなくて、何にも聞こえなくて、まるでこの世界で生きているのは私一人だけのようなそんな気分になる夢だったわ。」
「それよ。」
「それって?」
宇佐見はおもむろに本を閉じると、マエリベリーの目をじっと見つめた。
本を閉じた拍子に、その分厚さゆえ少しの風がマエリベリーの髪を揺らしたが、マエリベリーはその目から、なぜだか目が離せなくなった。
「最近のメリーの夢は、まるでおとぎ話のように有り得なくて、断片的で、意味なんかこれっぽっちもないように思える。」
「え、ええ。」
「でもね、メリー。一連の夢は、全てさっきの夢に帰着されると思うのよ。」
宇佐見は片腕で机に頬杖をつく。
マエリベリーは、黙って聞いていた。
「夢ってね、メリー。結局は形のないものなの。数学の公式や社会の歴史みたいに、何かしらの絶対的事実、定義ってものも含まれるかしら?まあとにかく、そんな形ってものがないのよ。そりゃあ、言葉としての夢には、国語辞典を読めば立派な意味や定義があるけど、それはあくまで言葉としての夢であって、夢そのものの定義とは呼べないわ。それでね、私は思うのよ。メリーのその何にもない夢こそ、夢そのものなんだって。」
マエリベリーは小さく頷いた。
分かったような、分かってないような、そんな心持であることは宇佐見でなくとも明らかな頷き方で。
そんなマエリベリーを見たからか否か、宇佐見は捕捉するように続けた。
「つまりよ、メリーが今まで見てきた夢にはなーんにも意味なんてなくて、全てメリーの妄想なの。夢の本来の形は何にもなくて、この世の全てになれるけれど、この世の何でもないの。夢は心を映し出すなんて、的を射た言葉だと今なら思うわ。そう分かってしまえば、よく分からない夢の一つや二つで悩むなんて、馬鹿げたことだと思わない?」
宇佐見はここまで言い切ると、飲み物を少し口にした。
しばらく大人しく話を聞いていたマエリベリーであったが、宇佐見が喉を潤すのとほとんど同時に、その顎に当てた手を外して、結局、と口を開いた。
「結局、つまり結論として、蓮子は私の夢に意味なんてなくて、そんなことで悩むくらいならもっと楽しいことをしましょって、そう言いたいの?」
「大体そういうこと。」
「なによ、それ。」
マエリベリーが本日何度目かのため息をつく。
散々思わせぶりなことを言っておいて、結局こういう結論になるのだから、うちの学者様はやはり役に立たない。
「だって、夢には結局形がなくて、何を見たって所詮は自分で作った何かだってことで結論が出ちゃったんだから、追い求めたって仕方ないじゃない。」
「夢診断っていうのは、そういう自分で作った心の動きを夢で占おうって話じゃない。そこをどうでもいいことと言ってしまうなら、夢診断を頼ったという時点で根本から間違っているわ。」
「じゃあ強いて言えば、メリーの奇想天外な夢たちは、メリーがこの退屈な世の中から逃げたがっているってことかしらね?」
「そんなこと思ってないわよ。」
宇佐見の適当な解答に、マエリベリーはふてくされて返す。
そんなマエリベリーを見て、宇佐見は少し目元を細くすると、どうかしらね、と悪戯好きな子供のように笑った。
夕暮れにまた長い影が二つ。
今日もまたこんな時間になってしまった、それも、結局私の夢には何にも意味はないなんて結論の話を聞かされるだけで。
「ああ、もう。蓮子の話に納得しきったわけじゃないけど、本当に意味がないんだとしたら、ここ最近そればかり考えていたことが馬鹿らしくなってきたわ。」
「だから、もうそのことで時間を無駄にするのはやめましょうって言ったじゃない。」
無駄とまで言われたら少しむっとする。
だからかもしれない、なぜだか、マエリベリーはいつになく、素直に本音を口にした。
「仮にそうだとしても、蓮子が私のためにって考えてくれていたり、一緒に悩んだりした時間は、決して無駄な時間だったとは思わないわ。」
「あら?」
しまった、と思ったときには時すでに遅し。
こんなところだけ感づき易いうちの学者様は、口元を緩めながら、こちらをにやにやと見ている。
「な、なんでもないわよ!」
そう顔を背けても、見えないはずの顔が先ほどの笑みを消してないことがはっきりとわかった。
別に何かおかしなことを言ったわけではない、でもなぜだかとても恥ずかしい。
「ほら、早く帰りましょ!誰かさんのせいで遅くなったんだから!」
「はいはい。」
急ぎ足でその場を去るマエリベリーに、宇佐見は全く歩幅を合わせようとはせず、一定の速度を保ちながら帰路を歩く。
そしてそっと、いつもの調子で、いつもの口調ながら、彼女に聞こえないように、そっと。
「こんな日々を永遠に続けるためにも、どこにも行かないでね、メリー。」
そうつぶやくと、分厚くて重たい本を、近くのゴミ箱に投げ捨てた。
「また来たわね。」
もう慣れたものだ、とマエリベリー・ハーンは小さくため息をついた。
またとは何よ、と口を尖らせるこの私の親友、宇佐見蓮子は、その脳の細胞が少し人よりも複雑なのか、こうしてたまに自分の考えを他人にぶつけるくせがある。
そんな彼女とこの秘封倶楽部を結成して以来、何度もこのような切り出しで話を聞いてきたが、今のところ話にいい落ちがついた試しがない。
今回もきっと長くて中身のない話を聞くことになるのだろう、と半ば諦めつつ、マエリベリー・ハーンは話を聞く体制に入った。
なんだかんだ言っても、私が彼女の話を聞くのは、彼女のその少し変わった話が好きだからだろう。
「で、私の夢の意味がどうとかって、何の話?」
「いえね、ちょっと今までのことを思い出してたら、疑問に思って考えてみたのよ。」
宇佐見は先ほどまで目を通していた記録帳に指をなぞらせる。
この記録帳は、私たちが秘封倶楽部として活動してきたことを記録したノートだ。
ただの大学ノートではあるが、私たちの毎日の活動が記録されていく一種の日記みたいなものになっている。
まあ、最近は私が妙な夢を見るせいで秘封倶楽部の活動は、専ら私の夢について考えていくことが多かったのだけれど。
きっと彼女も、そのことが言いたいのだろう。
「最近妙な夢をたくさん見るのは確かだけれど、それに意味があるの?」
「むしろその逆よ。」
宇佐見はどこから取り出してきたのか、一冊の本を机の上に置いた。
随分と分厚い、それに〝夢診断〟と大きく見出しがふってある。
いつの間に、こんなものを手に入れてきていたのか。
わざわざこんな本まで買ってきたことに、私の為にと喜ぶべきか、またくだらないものを買ってと呆れるべきなのか、マエリベリーは答えをあぐねた。
こういうときの結論としては、いつもほっておくって決めているのだけれど。
「えと、夢診断って、あの落ちる夢は不安や恐怖を表してるとか、花畑の夢は大きな幸運を表しているとか、そういう占いみたいなものよね?」
「そうそう、良く知ってるわね。」
そりゃあ、私だって自分の夢について少しは調べなかったわけじゃない。
最近はそればかり考えてしまい、他のことが何も手につかなかったのだ。
夢の一つ一つに何かを見出したとか、思うところがあったわけではないけど、なぜだか、とても気になって……
という言葉は、心の内に閉まっておくことにした。
なんとなく、口にすると、先ほど心の中で目の前の本を無駄遣いと思ってしまったのに対して、自分も同じじゃないかと、自分に馬鹿にされそうな気がした。
「まあね、専攻も専攻だから。で、蓮子が見るに、私の夢は一体何を表しているの?」
「そうね、例えばこれ。」
宇佐見が本を開き、とあるページを開く。
本にはいくつかの付箋が張り付けられており、宇佐見はそれを頼りに話しながらページを捲っていった。
「この前竹林で妖怪に出会ったそうじゃない。」
「言ったわ、それがどんな意味を持つの?」
「えっとね、この本によると〝竹〟は健康や運気の上昇、〝妖怪〟は不安や恐れを表している、ですって。」
「なによ、それ。」
両極端な気がするんだけど、とマエリベリーはまたため息をついた。
そんなマエリベリーに、まあ聞いてよ、と宇佐見は話を続ける。
「他にも、神社で赤い巫女に会ったらしいじゃない。」
「そのときには自称魔女もいたわ。」
「〝神社〟は強い望み、〝巫女〟は休息を求めている心、〝赤〟は怒り。」
「つまり私は、今何かに酷く怒っていて、休息を強く望んでいるってこと?」
「因みに、〝魔女〟は意欲的で前向きな心を表しているわ。」
「わけがわからないわよ。」
この奇妙な会話が一体何を意味するのか、マエリベリーはいつの間にか自分の夢の意味よりも、そのことばかりが気になっていた。
きっとこの学者様のことだから、この話の中に、何か一つの意味を見出したのだろう。
それを期待して、マエリベリーは話の続きを促す。
「それで?私の一貫した意味のない夢が、なんだっていうの?」
「メリー、この前、何にもない夢を見たって言ったわよね?」
「何にもない夢?」
そういえば、言った気もする、とマエリベリーは続ける。
「ああ、あの真っ暗な夢のこと?そうね、暗くて、何も見えなくて、何にも聞こえなくて、まるでこの世界で生きているのは私一人だけのようなそんな気分になる夢だったわ。」
「それよ。」
「それって?」
宇佐見はおもむろに本を閉じると、マエリベリーの目をじっと見つめた。
本を閉じた拍子に、その分厚さゆえ少しの風がマエリベリーの髪を揺らしたが、マエリベリーはその目から、なぜだか目が離せなくなった。
「最近のメリーの夢は、まるでおとぎ話のように有り得なくて、断片的で、意味なんかこれっぽっちもないように思える。」
「え、ええ。」
「でもね、メリー。一連の夢は、全てさっきの夢に帰着されると思うのよ。」
宇佐見は片腕で机に頬杖をつく。
マエリベリーは、黙って聞いていた。
「夢ってね、メリー。結局は形のないものなの。数学の公式や社会の歴史みたいに、何かしらの絶対的事実、定義ってものも含まれるかしら?まあとにかく、そんな形ってものがないのよ。そりゃあ、言葉としての夢には、国語辞典を読めば立派な意味や定義があるけど、それはあくまで言葉としての夢であって、夢そのものの定義とは呼べないわ。それでね、私は思うのよ。メリーのその何にもない夢こそ、夢そのものなんだって。」
マエリベリーは小さく頷いた。
分かったような、分かってないような、そんな心持であることは宇佐見でなくとも明らかな頷き方で。
そんなマエリベリーを見たからか否か、宇佐見は捕捉するように続けた。
「つまりよ、メリーが今まで見てきた夢にはなーんにも意味なんてなくて、全てメリーの妄想なの。夢の本来の形は何にもなくて、この世の全てになれるけれど、この世の何でもないの。夢は心を映し出すなんて、的を射た言葉だと今なら思うわ。そう分かってしまえば、よく分からない夢の一つや二つで悩むなんて、馬鹿げたことだと思わない?」
宇佐見はここまで言い切ると、飲み物を少し口にした。
しばらく大人しく話を聞いていたマエリベリーであったが、宇佐見が喉を潤すのとほとんど同時に、その顎に当てた手を外して、結局、と口を開いた。
「結局、つまり結論として、蓮子は私の夢に意味なんてなくて、そんなことで悩むくらいならもっと楽しいことをしましょって、そう言いたいの?」
「大体そういうこと。」
「なによ、それ。」
マエリベリーが本日何度目かのため息をつく。
散々思わせぶりなことを言っておいて、結局こういう結論になるのだから、うちの学者様はやはり役に立たない。
「だって、夢には結局形がなくて、何を見たって所詮は自分で作った何かだってことで結論が出ちゃったんだから、追い求めたって仕方ないじゃない。」
「夢診断っていうのは、そういう自分で作った心の動きを夢で占おうって話じゃない。そこをどうでもいいことと言ってしまうなら、夢診断を頼ったという時点で根本から間違っているわ。」
「じゃあ強いて言えば、メリーの奇想天外な夢たちは、メリーがこの退屈な世の中から逃げたがっているってことかしらね?」
「そんなこと思ってないわよ。」
宇佐見の適当な解答に、マエリベリーはふてくされて返す。
そんなマエリベリーを見て、宇佐見は少し目元を細くすると、どうかしらね、と悪戯好きな子供のように笑った。
夕暮れにまた長い影が二つ。
今日もまたこんな時間になってしまった、それも、結局私の夢には何にも意味はないなんて結論の話を聞かされるだけで。
「ああ、もう。蓮子の話に納得しきったわけじゃないけど、本当に意味がないんだとしたら、ここ最近そればかり考えていたことが馬鹿らしくなってきたわ。」
「だから、もうそのことで時間を無駄にするのはやめましょうって言ったじゃない。」
無駄とまで言われたら少しむっとする。
だからかもしれない、なぜだか、マエリベリーはいつになく、素直に本音を口にした。
「仮にそうだとしても、蓮子が私のためにって考えてくれていたり、一緒に悩んだりした時間は、決して無駄な時間だったとは思わないわ。」
「あら?」
しまった、と思ったときには時すでに遅し。
こんなところだけ感づき易いうちの学者様は、口元を緩めながら、こちらをにやにやと見ている。
「な、なんでもないわよ!」
そう顔を背けても、見えないはずの顔が先ほどの笑みを消してないことがはっきりとわかった。
別に何かおかしなことを言ったわけではない、でもなぜだかとても恥ずかしい。
「ほら、早く帰りましょ!誰かさんのせいで遅くなったんだから!」
「はいはい。」
急ぎ足でその場を去るマエリベリーに、宇佐見は全く歩幅を合わせようとはせず、一定の速度を保ちながら帰路を歩く。
そしてそっと、いつもの調子で、いつもの口調ながら、彼女に聞こえないように、そっと。
「こんな日々を永遠に続けるためにも、どこにも行かないでね、メリー。」
そうつぶやくと、分厚くて重たい本を、近くのゴミ箱に投げ捨てた。