「ターボ……何でしたっけ?」
神妙な面持ちで問いかけてくる寅丸星から、聖白蓮はやや気まずそうに視線を逸らした。
室内には彼女と星の二人だけ。助けを求められる相手などいるはずもない。
「……ババァです」
「えっ? いま何て?」
「ターボババァよ! 走死走愛喧嘩上等愛羅武勇で夜露死苦ゥ! なーんて言っちゃったりして……ダメ?」
「当たり前です」
勢いで乗り切ろうとした白蓮であったが、星の反応は極めて冷淡なものであった。
途中で素に戻ってしまったのが原因であろうか。
「ターボは兎も角として、ババァは無いでしょうババァは……非行のみならず自虐に走るとは感心しませんね」
「アナタは誤解しているわ、星! そもそもターボババァなる名称は、外の世界の都市伝説が元ネタで……」
「そのターボババァとやらは、自動一輪に跨って愛死天流だの仏恥義理だのと謳ったりするのですか?」
「自動二輪でしょ! 一輪に跨ってどうするの!」
などと言いつつも、雲居一輪に跨った己の姿を想像して、思わず頬を染めてしまうイケない白蓮であった。
「聖白蓮ともあろうお方が、都市伝説ごときに踊らされてどうするのですか」
「ただ踊らされたワケではないわ。オカルトボールの謎を解き明かすために、私は敢えてこの身を危険に晒して……」
「この期に及んで言い訳とは……毘沙門天も草葉の陰でさぞお嘆きでしょうね」
「勝手に殺しちゃダメよ!」
危うく亡き者にされかけた毘沙門天。
彼は今、首都高C1で熱いバトルの真っ最中なのだが……本編と何の関わりも無いため、割愛させていただこう。
「それで? オカルトボールとやらの正体は掴めたのですか?」
「ええ勿論。私自身の手でほぼ完璧に調べ上げたわ」
「ナズーリンに調べさせたところによると、どこぞの変態マントに教えて貰ったそうですね」
「ひえぇバレてるぅ!?」
悲しいかな、白蓮のストーリーでは肝心な情報が明かされないのだ。
とはいえ、敵から上手く情報を引き出せたと考えれば、彼女の言うこともあながち間違いではない。
「こんな私でも、周囲の動向には常に気を配っているのですよ……意外でしたか?」
「そんなことはないけれど……では星も、オカルトボールの正体を?」
「はい。断片的な情報から推測するに、あれはおそらくチンターマニの一種でしょう」
「チ、チンタマ!?」
白蓮が勢いよく立ち上がった。そして……両手で口元を押さえながら、視線だけを動かして辺りの様子を窺う。
繰り返すが、この部屋には彼女と星の二人だけ。盗み聞きをするような不届き者などいるはずもない。
落ち着かない様子で腰を下ろした白蓮を、星が怪訝そうに覗き込む。
「如意宝珠(チンターマニ)ですよ……聖? ひょっとして、如意宝珠をご存知無いとか……?」
「し、知ってるわよそれくらい! バカにしないで頂戴! プンプン!」
博覧強記たる読者諸兄には不要であろうが、ここは敢えて説明しよう。
如意宝珠とは! 仏教的にとても有難い……願いとか叶っちゃったりしそうな……タマタマである!
実物をご覧になりたいという方は、お近くの信貴山朝護孫子寺へと足をお運びください。信貴山縁起絵巻もあるでよ。
「でも、アレがチンターマニだとは思えないわ。オカルトボールはもっと邪悪で、禍々しい代物だったもの」
「そう仰ると思って、試みにひとつチンターマニを作ってみました。聖のタマと比べてみるとよいでしょう」
「つ、作ったってアナタ……うおっ、まぶしっ!?」
星が懐から取り出したモノ。それは、金色の光を放つオカルトボールめいた球体。
しばしの間、眩さに目を細める白蓮。十分に目が慣れた頃を見計らって、彼女は率直な疑問を口にした。
「星、それは本当に如意宝珠(チンターマニ)なの?」
「ええ、如意宝珠(キンタマーニ)です」
「その読み方やめなさい! 色々と誤解を招いちゃうでしょうが!」
「では、オカルトボールに対抗して……」
「待って! 聞きたくないわ!」
「ゴールデンボオオオオオオオォルッ!」
「嫌あああああああああああああぁッ!」
ゴールデンボール、若しくはキンタマーニ。
どちらの名称を用いるにせよ、あまり大声で口に出したくないものである。少なくともこの国では。
「毘沙門天の宝塔の力を持ってすれば、この程度の芸当造作もありません」
「宝塔をそんなコトに使うなんて……毘沙門天に怒られてしまうわよ!」
「まあいいじゃないですか。そんなことより、早く聖のチンターマニを見せてくださいよ」
「見せろと言われても、アレは相手のオカルトオーラに反応して現れるモノで……」
「だから私もキンタマを出したのではありませんか。一回きり見せてくれれば、それで私は満足するのです。ねね、いいでしょう?」
「略しちゃ駄目! ……というか、私のオカルトボールが現れない時点で、キンタ……チンターマニとは別物だということが証明されてしまったじゃない!」
焦り気味に捲くし立てる白蓮に対し、星はやや不満気な表情を向ける。
自説の誤りが証明されてしまった所為か? はたまた白蓮にキンタマと言わせたかったのか?
答えはゴールデンボールの輝きの中……んなこたぁない。
「つまり、こういうことですか? 聖はチンターマニでも何でもない、ただのチンケなタマコロにタマシイを奪われてしまった、と……」
「どうしてそーなるのっ! さっきも言ったように、私はオカルトボールの秘密を……!」
「自らをババァなどと称し、あのような破廉恥な格好で暴走行為に耽ったのも、聖の心が邪念に支配されていたからなのですね」
「さ、流石にそこまで言われる謂れは無いわ! 私だって皆と同じように、ほんのちょっとハジケてみたかっただけ……」
「破ァァァーーーーーーッッ!!!!!!!」
「ひっ!?」
唐突な星の咆哮を受け、思わず情けない声をあげてしまう白蓮。
普段は温厚な星が、時として獣の如き荒ぶりを見せるということは、外部の者にはあまり知られていない事実である。
「今まで私は、聖のなされることに全て賛同してきました。宗教家の人気争いの時も、天邪鬼討伐の時も、私は一切をアナタに委ねて、命蓮寺を護ることに専念したのです」
「それは……有難いことだと思っているわ。でも、何もそんな恐い顔をしなくたって……」
「甘い顔をし続けた結果がコレですよ。アナタは邪念に取り憑かれて大恥を晒し、あろう事か敵である変態アホマントの一味と馴れ合う始末。これでは毘沙門天に合わせる顔がありません」
「馴れ合うって……そんな言い方無いでしょう!? さっきから大人しく聞いていれば、よくもまあ言いたい放題してくれちゃって!」
「反省の色、まるでナシですか。かくなる上は、このキンタマーニに蓄えし法力でもって、聖に完全なる浄化(コンプリートクラリフィケイション)を施さねばなりますまい!」
いつの間に取り出したのやら、星の右手には毘沙門天の宝塔が掲げられていた。
彼女は宝塔の底にゴールデンボールを一つ……否! さらにもう一つ接続して、白蓮の眼前に突きつける。
「なっ、何のつもり!? 宝塔をそのような如何わしい有様にするなんて……罰が当たっても知らないわよっ!」
「アナタの心に邪念があるから、如何わしく見えてしまうのですよ。浄化せねば……法の光を五臓六腑に染み渡らせて、元の聖に戻して差し上げねば……!」
「余計なお世話です! アナタの目にどう映っているかは知らないけれど、私は私なりに正しい道を歩んでいるつもりよ! 疚しいことなど何一つ無いわッ!」
「まだそんなコトを……! ならば、ひとつ試してあげましょう。もしアナタが道を誤っているのであれば――」
二つのゴールデンボールから発せられる甲高い音と、宝塔からあふれ出す光によって、狭い室内はただならぬ様相を呈し始める。
星が何を意図していようが、白蓮に退くという選択肢などありえない。自らの行いによって招かれた状況であるならば、それに立ち向かうのが彼女の流儀なのだから。
「この毘沙門天の宝塔の前に、ひれ伏す事に何ィ!?」
星が何らかの動作に移ろうとしたその刹那、白蓮の両掌が宝塔を包み込んだ。
超人特有の迅速さと、脳筋特有の状況判断が合わさった結果、宝塔を手動でシャットダウンするという答えが導き出されたのである。
「どうよ星! これで宝塔は無力化したも同然熱っ!? あぢゃぢゃぢゃぢゃ!?」
「アナタはどういうアホなのですか? そんなことで照射を止められるわけないでしょう常識的に考えて……」
宝塔から放たれる光と熱が、白蓮の両掌に情け容赦なく照りつけられる。
しかしご安心あれ。これはあくまで精神に作用するモノであり、肉体的なダメージは限りなくゼロに近いはず。たぶん。
まあ痛くて辛いことには変わりないので、どこまで耐えられるか見物だな! などと星は考えているのだろう。さでずむ?
「どうです聖? やれ超人だ、やれターボババァだなどと粋がって見せたところで、キンタマーニを二つ装着した宝塔の前には、ただのか弱い女の子でしかないのですよ! アナタは!」
「くっ、このキン……ゴールデンボールが威力を増幅しているのね? だったら……!」
ここで白蓮、何を血迷ったか宝塔から手を放し、それぞれの手でゴールデンボールを一つずつ鷲掴みにする。
タマを引き剥がすことで、威力を軽減する腹積もりであろうが、それは余りに危険な賭けであると言わざるを得ない。
「ぎょええええええええええぇ!? 宝塔の光が私の全身に直射ぎょえええええええええええぇっ!」
「キンタマをもぎ取ろうったってムリムリムリムリかたつむりですよ! その前に根負けして浄化完了するのがオチです! 潔くひれ伏しなさぁ~い!」
「そ、それはじょうかしらね……? グワァッ!」
「エッ!?」
得意の絶頂にあった星が驚愕したのは、なにも白蓮がダジャレを吐いたからではない。
浄化の光に歯を食いしばって耐えていた彼女が、その端正な顔立ちからは想像もつかぬ程の大口を開き、宝塔をアタマから丸飲みにしてしまったからである。
「な、なっ、なんというバチあたりなっ!? どこまでハレンチなマネをすれば気が済むのですか!」
「フモーッ! フモッ、フゴッ! フグムオオオオオオォッ!」
「えっ……? 『我が身に宿る法の力を用いて、宝塔のエネルギーを残らず吸収して見せよう』ですって? 何をバカなコトを!」
白蓮が本当にそのような発言をしたか否かについては、星のみぞ知るといったところであろう。
ともあれ、今の彼女はガチガチの本気モードだ。宝塔の力に押し戻されそうになりつつも、顎の筋肉を巧みに用いて必死に喰らいついているではないか。
当然、その両手はゴールデンボールを掴んだままだ。タマを揉み、捻り、引き千切らんとする度に、どういう訳か星の表情に苦悶の色が浮かぶ。
「そ、そんなコトをしたって無駄ですよ! 幾らキンタマを弄んだところで、光の量が増えたり減ったりすることはありません!」
「ンゴッ!? フググググ……ジュルルルルッ! ジュッポジュッポジュッポ!」
「ああッ! そんなっ!? ダメダメやめて宝塔こわれる! そんなに激しくしちゃらめなのぉっ!?」
全身の筋肉をフルに活用して、決死のストローク攻勢に出る白蓮。全ての力を吸い上げようという魂胆か。
その眼、鼻、そして耳から溢れ出す光を見れば、彼女の負担が決して小さなものではないと知れるだろう。
しかしメゲない、へこたれない。傍から見れば如何わしい光景に思えるかもしれないが、当の本人達は至って真剣なのである。
「ガチッ! ギリギリギリ……ガチッガチッガキャッ!」
「噛んじゃらめええええええええぇっ! マジでっ、マジで宝塔ブッ壊れちゃうからぁ! しょーちゃん毘ぃちゃんに超怒られりゅうううううううううぅっ!?」
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!」
ケダモノじみた唸り声を上げながら、白蓮は上体を大きく反らし、口に咥えた宝塔を天へと向けた。
彼女の手元には、抵抗空しくもぎ取られてしまったゴールデンボールが、弱々しい光を湛えている。
慌てて取り返そうとする星であったが、時すでに遅し。哀れ二つのゴールデンボールは、白蓮によって握り潰されてしまった。
「そんな……正義が、私のキンタマがぁ……」
「んぱっ、ふぅ……だから略すのはやめなさいって」
唾液でヌラヌラと光る宝塔を畳に置き、ほっと一息つく白蓮。
各部に歯型やらヒビやらが入ってしまっているが……なあに、かえってプレミアがつく。
「完敗だ……私か、道を誤っていたのは」
「星、それは違うわ。だってアナタは……」
「気休めを言わんといてください! ……どうせウチはダメ虎なんや。命蓮寺の隅っこにでも引き篭もって、アホ面晒しながら棒立ちしとったらええんや……」
「破ァァァーーーーーーッッ!!!!!!!」
「ひっ!?」
ぐずり始めた星に対し、白蓮が先程のお返しとばかりに雄叫びをぶつける。
反射的に居住まいを正す星。宝塔の力を過剰摂取した今の白蓮は、言うなれば全身が正義そのものなのだ。逆らえる道理などない。
「そんなふうに自分を卑下するものではないわ。毘沙門天の代理という大役を務められる者など、アナタをおいて他に居ないのだから」
「すみません、キンタマを砕かれて少しフヌケになっていたようです」
「今度その言葉を口にしたら、宝塔を口に突っ込むからね」
「口ってどっちの……いいえ、何でもありません」
白蓮の正義感溢れるメンチ切りに、シャバ僧の如き有様となる星。
上の口なら間接キッスだぜヒャッホウ! などという軽口も叩けやしない。元々そういうキャラでもないが。
「本来は浄化するつもりだったのですが……何というか、恐ろしい人ですねアナタは」
「恐ろしいのはアナタの方でしょう。今回はたまたま上手くいったからいいものの、危うくハードラックとダンスっちまうところだったのよ?」
「まあ、そこは結果オーライということで。聖が最高に強まった今、もはや我々命蓮寺に恐れるものなど……」
「いりません」
「は?」
「こんな力は、必要ないと言ったのです」
恭しく合掌する白蓮。しばしの瞑目の後、彼女の手と手のスキマから、金色の淡い光が溢れ出す。
手を開くと、そこには見覚えのある球体――ゴールデンボールが浮遊していた。
「キ……じゃなくてゴールデンボール! これはどういう……」
「アナタに倣って、私も如意宝珠を作ってみました。なにぶん初めてなものだから、法力がカラッポになってしまったけれどね」
「なっ、何ゆえ力を手放すような真似をするのですか! その力があれば、幻想郷を法の光で満たすことだって出来たはずなのに!」
「力を持つ者は、自らの欲望によって滅びるものよ。昔の私がそうであったように……」
納得がいかない様子の星に構わず、白蓮は宝塔の底にゴールデンボールを取り付けた。
するとどうだろう。球体が萎んでいくにつれて、宝塔の傷がみるみるうちに消えて去ってゆくではないか。
ゴールデンボールが消滅すると同時に、宝塔の修復が完了する。元の姿を取り戻したそれを、白蓮は微笑みながら星に差し出した。
「はい、どうぞ。もう変なコトに使ってはダメよ?」
「聖……よいのですか? 私は、その……アナタの意に反することを……」
「私の身を案じてくれたのでしょう? 確かにやり方はよくなかったけれど、そのこと自体を責めるつもりはないわ」
「ううっ……! ホンマに聖の優しさは、三千世界に響き渡るでぇ……」
感服しきった様子の星を眺めつつ、白蓮は己の行動を振り返ってみる。
オカルトボールの一件において、彼女自身も危うく消滅しかけたことがあった。
星がそれを知っていたかは定かではないが、いずれにせよ彼女の主張には一理あると、白蓮はそう判断したのだ。
「今だから申し上げますが、実のところ私は聖が羨ましかったのです。幻想郷狭しと大立ち回りを演じるアナタに、恥ずかしながら嫉妬の念を覚えたこともありました」
「星も色々と溜まっていたというワケね。でも、アナタに命蓮寺の外で大暴れされてしまっては、色々とマズイ事になるから……」
白蓮は身を乗り出して、星の鼻に人差し指をあてた。
「私でよければ、いつでもバトルにつきあってあげるわ」
「そっ……それはマジで仰っているのですか!?」
「大マジよ♪ 走死走愛喧嘩上等愛羅武勇で夜露死苦ゥ! なーんて言っちゃったりして……いいよね?」
「あ、当たり前です! では早速……!」
「えっ!? いま!?」
星に両肩を掴まれ、彼女の血走った眼に覗き込まれた瞬間、白蓮は己の迂闊さを後悔した。
よもやお忘れの方などおるまいが、今の白蓮は法力を失った状態にある。
寅丸星という餓えた獣の前にあっては、外見年齢相応のか弱い少女でしかないのだ。
「おっ、落ち着いて星! 今はちょっとエネルギー足りてない感じだから、後にしましょう!? 後に!」
「おおっと、こいつはうっかりしてました……では、私の正義パワーを聖の体内に注ぎ込んであげましょう! 生で!」
「生ってアナタ……ちょっと待って!? その宝塔をどうするつもり!?」
宝塔を拾い上げ、悟りきったかのような笑みを見せる星。
彼女の瞳は、さながらゴールデンボールの如くに金色の光を湛えていた。
「いい質問ですね。毘沙門天の宝塔を通じて私と聖がひとつになり、世界でいっとーイカした物語(ドラマ)を体感しようというのですよ!」
「そんなのドラマでもなんでもないわ! むしろドマラ……って、何を言わせるの!」
「おやおや、ご自分からそのようなコトを仰るとは……まったく聖はMUJAKIな挑戦者ですねえ」
「誠に卑猥で、不埒千万であるッ! いざ、南無三――!」
そして始まる取っ組み合い。体術の技量差で切り抜けんとする白蓮に、突如として悪寒が走った。
彼女はいつの間にか、再びゴールデンボールを手にしていたのだ。それも二個。
こいつは心底厄介な代物だと思った。後の事はあえて語るまい。命蓮寺は本日もKENZENなり。
神妙な面持ちで問いかけてくる寅丸星から、聖白蓮はやや気まずそうに視線を逸らした。
室内には彼女と星の二人だけ。助けを求められる相手などいるはずもない。
「……ババァです」
「えっ? いま何て?」
「ターボババァよ! 走死走愛喧嘩上等愛羅武勇で夜露死苦ゥ! なーんて言っちゃったりして……ダメ?」
「当たり前です」
勢いで乗り切ろうとした白蓮であったが、星の反応は極めて冷淡なものであった。
途中で素に戻ってしまったのが原因であろうか。
「ターボは兎も角として、ババァは無いでしょうババァは……非行のみならず自虐に走るとは感心しませんね」
「アナタは誤解しているわ、星! そもそもターボババァなる名称は、外の世界の都市伝説が元ネタで……」
「そのターボババァとやらは、自動一輪に跨って愛死天流だの仏恥義理だのと謳ったりするのですか?」
「自動二輪でしょ! 一輪に跨ってどうするの!」
などと言いつつも、雲居一輪に跨った己の姿を想像して、思わず頬を染めてしまうイケない白蓮であった。
「聖白蓮ともあろうお方が、都市伝説ごときに踊らされてどうするのですか」
「ただ踊らされたワケではないわ。オカルトボールの謎を解き明かすために、私は敢えてこの身を危険に晒して……」
「この期に及んで言い訳とは……毘沙門天も草葉の陰でさぞお嘆きでしょうね」
「勝手に殺しちゃダメよ!」
危うく亡き者にされかけた毘沙門天。
彼は今、首都高C1で熱いバトルの真っ最中なのだが……本編と何の関わりも無いため、割愛させていただこう。
「それで? オカルトボールとやらの正体は掴めたのですか?」
「ええ勿論。私自身の手でほぼ完璧に調べ上げたわ」
「ナズーリンに調べさせたところによると、どこぞの変態マントに教えて貰ったそうですね」
「ひえぇバレてるぅ!?」
悲しいかな、白蓮のストーリーでは肝心な情報が明かされないのだ。
とはいえ、敵から上手く情報を引き出せたと考えれば、彼女の言うこともあながち間違いではない。
「こんな私でも、周囲の動向には常に気を配っているのですよ……意外でしたか?」
「そんなことはないけれど……では星も、オカルトボールの正体を?」
「はい。断片的な情報から推測するに、あれはおそらくチンターマニの一種でしょう」
「チ、チンタマ!?」
白蓮が勢いよく立ち上がった。そして……両手で口元を押さえながら、視線だけを動かして辺りの様子を窺う。
繰り返すが、この部屋には彼女と星の二人だけ。盗み聞きをするような不届き者などいるはずもない。
落ち着かない様子で腰を下ろした白蓮を、星が怪訝そうに覗き込む。
「如意宝珠(チンターマニ)ですよ……聖? ひょっとして、如意宝珠をご存知無いとか……?」
「し、知ってるわよそれくらい! バカにしないで頂戴! プンプン!」
博覧強記たる読者諸兄には不要であろうが、ここは敢えて説明しよう。
如意宝珠とは! 仏教的にとても有難い……願いとか叶っちゃったりしそうな……タマタマである!
実物をご覧になりたいという方は、お近くの信貴山朝護孫子寺へと足をお運びください。信貴山縁起絵巻もあるでよ。
「でも、アレがチンターマニだとは思えないわ。オカルトボールはもっと邪悪で、禍々しい代物だったもの」
「そう仰ると思って、試みにひとつチンターマニを作ってみました。聖のタマと比べてみるとよいでしょう」
「つ、作ったってアナタ……うおっ、まぶしっ!?」
星が懐から取り出したモノ。それは、金色の光を放つオカルトボールめいた球体。
しばしの間、眩さに目を細める白蓮。十分に目が慣れた頃を見計らって、彼女は率直な疑問を口にした。
「星、それは本当に如意宝珠(チンターマニ)なの?」
「ええ、如意宝珠(キンタマーニ)です」
「その読み方やめなさい! 色々と誤解を招いちゃうでしょうが!」
「では、オカルトボールに対抗して……」
「待って! 聞きたくないわ!」
「ゴールデンボオオオオオオオォルッ!」
「嫌あああああああああああああぁッ!」
ゴールデンボール、若しくはキンタマーニ。
どちらの名称を用いるにせよ、あまり大声で口に出したくないものである。少なくともこの国では。
「毘沙門天の宝塔の力を持ってすれば、この程度の芸当造作もありません」
「宝塔をそんなコトに使うなんて……毘沙門天に怒られてしまうわよ!」
「まあいいじゃないですか。そんなことより、早く聖のチンターマニを見せてくださいよ」
「見せろと言われても、アレは相手のオカルトオーラに反応して現れるモノで……」
「だから私もキンタマを出したのではありませんか。一回きり見せてくれれば、それで私は満足するのです。ねね、いいでしょう?」
「略しちゃ駄目! ……というか、私のオカルトボールが現れない時点で、キンタ……チンターマニとは別物だということが証明されてしまったじゃない!」
焦り気味に捲くし立てる白蓮に対し、星はやや不満気な表情を向ける。
自説の誤りが証明されてしまった所為か? はたまた白蓮にキンタマと言わせたかったのか?
答えはゴールデンボールの輝きの中……んなこたぁない。
「つまり、こういうことですか? 聖はチンターマニでも何でもない、ただのチンケなタマコロにタマシイを奪われてしまった、と……」
「どうしてそーなるのっ! さっきも言ったように、私はオカルトボールの秘密を……!」
「自らをババァなどと称し、あのような破廉恥な格好で暴走行為に耽ったのも、聖の心が邪念に支配されていたからなのですね」
「さ、流石にそこまで言われる謂れは無いわ! 私だって皆と同じように、ほんのちょっとハジケてみたかっただけ……」
「破ァァァーーーーーーッッ!!!!!!!」
「ひっ!?」
唐突な星の咆哮を受け、思わず情けない声をあげてしまう白蓮。
普段は温厚な星が、時として獣の如き荒ぶりを見せるということは、外部の者にはあまり知られていない事実である。
「今まで私は、聖のなされることに全て賛同してきました。宗教家の人気争いの時も、天邪鬼討伐の時も、私は一切をアナタに委ねて、命蓮寺を護ることに専念したのです」
「それは……有難いことだと思っているわ。でも、何もそんな恐い顔をしなくたって……」
「甘い顔をし続けた結果がコレですよ。アナタは邪念に取り憑かれて大恥を晒し、あろう事か敵である変態アホマントの一味と馴れ合う始末。これでは毘沙門天に合わせる顔がありません」
「馴れ合うって……そんな言い方無いでしょう!? さっきから大人しく聞いていれば、よくもまあ言いたい放題してくれちゃって!」
「反省の色、まるでナシですか。かくなる上は、このキンタマーニに蓄えし法力でもって、聖に完全なる浄化(コンプリートクラリフィケイション)を施さねばなりますまい!」
いつの間に取り出したのやら、星の右手には毘沙門天の宝塔が掲げられていた。
彼女は宝塔の底にゴールデンボールを一つ……否! さらにもう一つ接続して、白蓮の眼前に突きつける。
「なっ、何のつもり!? 宝塔をそのような如何わしい有様にするなんて……罰が当たっても知らないわよっ!」
「アナタの心に邪念があるから、如何わしく見えてしまうのですよ。浄化せねば……法の光を五臓六腑に染み渡らせて、元の聖に戻して差し上げねば……!」
「余計なお世話です! アナタの目にどう映っているかは知らないけれど、私は私なりに正しい道を歩んでいるつもりよ! 疚しいことなど何一つ無いわッ!」
「まだそんなコトを……! ならば、ひとつ試してあげましょう。もしアナタが道を誤っているのであれば――」
二つのゴールデンボールから発せられる甲高い音と、宝塔からあふれ出す光によって、狭い室内はただならぬ様相を呈し始める。
星が何を意図していようが、白蓮に退くという選択肢などありえない。自らの行いによって招かれた状況であるならば、それに立ち向かうのが彼女の流儀なのだから。
「この毘沙門天の宝塔の前に、ひれ伏す事に何ィ!?」
星が何らかの動作に移ろうとしたその刹那、白蓮の両掌が宝塔を包み込んだ。
超人特有の迅速さと、脳筋特有の状況判断が合わさった結果、宝塔を手動でシャットダウンするという答えが導き出されたのである。
「どうよ星! これで宝塔は無力化したも同然熱っ!? あぢゃぢゃぢゃぢゃ!?」
「アナタはどういうアホなのですか? そんなことで照射を止められるわけないでしょう常識的に考えて……」
宝塔から放たれる光と熱が、白蓮の両掌に情け容赦なく照りつけられる。
しかしご安心あれ。これはあくまで精神に作用するモノであり、肉体的なダメージは限りなくゼロに近いはず。たぶん。
まあ痛くて辛いことには変わりないので、どこまで耐えられるか見物だな! などと星は考えているのだろう。さでずむ?
「どうです聖? やれ超人だ、やれターボババァだなどと粋がって見せたところで、キンタマーニを二つ装着した宝塔の前には、ただのか弱い女の子でしかないのですよ! アナタは!」
「くっ、このキン……ゴールデンボールが威力を増幅しているのね? だったら……!」
ここで白蓮、何を血迷ったか宝塔から手を放し、それぞれの手でゴールデンボールを一つずつ鷲掴みにする。
タマを引き剥がすことで、威力を軽減する腹積もりであろうが、それは余りに危険な賭けであると言わざるを得ない。
「ぎょええええええええええぇ!? 宝塔の光が私の全身に直射ぎょえええええええええええぇっ!」
「キンタマをもぎ取ろうったってムリムリムリムリかたつむりですよ! その前に根負けして浄化完了するのがオチです! 潔くひれ伏しなさぁ~い!」
「そ、それはじょうかしらね……? グワァッ!」
「エッ!?」
得意の絶頂にあった星が驚愕したのは、なにも白蓮がダジャレを吐いたからではない。
浄化の光に歯を食いしばって耐えていた彼女が、その端正な顔立ちからは想像もつかぬ程の大口を開き、宝塔をアタマから丸飲みにしてしまったからである。
「な、なっ、なんというバチあたりなっ!? どこまでハレンチなマネをすれば気が済むのですか!」
「フモーッ! フモッ、フゴッ! フグムオオオオオオォッ!」
「えっ……? 『我が身に宿る法の力を用いて、宝塔のエネルギーを残らず吸収して見せよう』ですって? 何をバカなコトを!」
白蓮が本当にそのような発言をしたか否かについては、星のみぞ知るといったところであろう。
ともあれ、今の彼女はガチガチの本気モードだ。宝塔の力に押し戻されそうになりつつも、顎の筋肉を巧みに用いて必死に喰らいついているではないか。
当然、その両手はゴールデンボールを掴んだままだ。タマを揉み、捻り、引き千切らんとする度に、どういう訳か星の表情に苦悶の色が浮かぶ。
「そ、そんなコトをしたって無駄ですよ! 幾らキンタマを弄んだところで、光の量が増えたり減ったりすることはありません!」
「ンゴッ!? フググググ……ジュルルルルッ! ジュッポジュッポジュッポ!」
「ああッ! そんなっ!? ダメダメやめて宝塔こわれる! そんなに激しくしちゃらめなのぉっ!?」
全身の筋肉をフルに活用して、決死のストローク攻勢に出る白蓮。全ての力を吸い上げようという魂胆か。
その眼、鼻、そして耳から溢れ出す光を見れば、彼女の負担が決して小さなものではないと知れるだろう。
しかしメゲない、へこたれない。傍から見れば如何わしい光景に思えるかもしれないが、当の本人達は至って真剣なのである。
「ガチッ! ギリギリギリ……ガチッガチッガキャッ!」
「噛んじゃらめええええええええぇっ! マジでっ、マジで宝塔ブッ壊れちゃうからぁ! しょーちゃん毘ぃちゃんに超怒られりゅうううううううううぅっ!?」
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!」
ケダモノじみた唸り声を上げながら、白蓮は上体を大きく反らし、口に咥えた宝塔を天へと向けた。
彼女の手元には、抵抗空しくもぎ取られてしまったゴールデンボールが、弱々しい光を湛えている。
慌てて取り返そうとする星であったが、時すでに遅し。哀れ二つのゴールデンボールは、白蓮によって握り潰されてしまった。
「そんな……正義が、私のキンタマがぁ……」
「んぱっ、ふぅ……だから略すのはやめなさいって」
唾液でヌラヌラと光る宝塔を畳に置き、ほっと一息つく白蓮。
各部に歯型やらヒビやらが入ってしまっているが……なあに、かえってプレミアがつく。
「完敗だ……私か、道を誤っていたのは」
「星、それは違うわ。だってアナタは……」
「気休めを言わんといてください! ……どうせウチはダメ虎なんや。命蓮寺の隅っこにでも引き篭もって、アホ面晒しながら棒立ちしとったらええんや……」
「破ァァァーーーーーーッッ!!!!!!!」
「ひっ!?」
ぐずり始めた星に対し、白蓮が先程のお返しとばかりに雄叫びをぶつける。
反射的に居住まいを正す星。宝塔の力を過剰摂取した今の白蓮は、言うなれば全身が正義そのものなのだ。逆らえる道理などない。
「そんなふうに自分を卑下するものではないわ。毘沙門天の代理という大役を務められる者など、アナタをおいて他に居ないのだから」
「すみません、キンタマを砕かれて少しフヌケになっていたようです」
「今度その言葉を口にしたら、宝塔を口に突っ込むからね」
「口ってどっちの……いいえ、何でもありません」
白蓮の正義感溢れるメンチ切りに、シャバ僧の如き有様となる星。
上の口なら間接キッスだぜヒャッホウ! などという軽口も叩けやしない。元々そういうキャラでもないが。
「本来は浄化するつもりだったのですが……何というか、恐ろしい人ですねアナタは」
「恐ろしいのはアナタの方でしょう。今回はたまたま上手くいったからいいものの、危うくハードラックとダンスっちまうところだったのよ?」
「まあ、そこは結果オーライということで。聖が最高に強まった今、もはや我々命蓮寺に恐れるものなど……」
「いりません」
「は?」
「こんな力は、必要ないと言ったのです」
恭しく合掌する白蓮。しばしの瞑目の後、彼女の手と手のスキマから、金色の淡い光が溢れ出す。
手を開くと、そこには見覚えのある球体――ゴールデンボールが浮遊していた。
「キ……じゃなくてゴールデンボール! これはどういう……」
「アナタに倣って、私も如意宝珠を作ってみました。なにぶん初めてなものだから、法力がカラッポになってしまったけれどね」
「なっ、何ゆえ力を手放すような真似をするのですか! その力があれば、幻想郷を法の光で満たすことだって出来たはずなのに!」
「力を持つ者は、自らの欲望によって滅びるものよ。昔の私がそうであったように……」
納得がいかない様子の星に構わず、白蓮は宝塔の底にゴールデンボールを取り付けた。
するとどうだろう。球体が萎んでいくにつれて、宝塔の傷がみるみるうちに消えて去ってゆくではないか。
ゴールデンボールが消滅すると同時に、宝塔の修復が完了する。元の姿を取り戻したそれを、白蓮は微笑みながら星に差し出した。
「はい、どうぞ。もう変なコトに使ってはダメよ?」
「聖……よいのですか? 私は、その……アナタの意に反することを……」
「私の身を案じてくれたのでしょう? 確かにやり方はよくなかったけれど、そのこと自体を責めるつもりはないわ」
「ううっ……! ホンマに聖の優しさは、三千世界に響き渡るでぇ……」
感服しきった様子の星を眺めつつ、白蓮は己の行動を振り返ってみる。
オカルトボールの一件において、彼女自身も危うく消滅しかけたことがあった。
星がそれを知っていたかは定かではないが、いずれにせよ彼女の主張には一理あると、白蓮はそう判断したのだ。
「今だから申し上げますが、実のところ私は聖が羨ましかったのです。幻想郷狭しと大立ち回りを演じるアナタに、恥ずかしながら嫉妬の念を覚えたこともありました」
「星も色々と溜まっていたというワケね。でも、アナタに命蓮寺の外で大暴れされてしまっては、色々とマズイ事になるから……」
白蓮は身を乗り出して、星の鼻に人差し指をあてた。
「私でよければ、いつでもバトルにつきあってあげるわ」
「そっ……それはマジで仰っているのですか!?」
「大マジよ♪ 走死走愛喧嘩上等愛羅武勇で夜露死苦ゥ! なーんて言っちゃったりして……いいよね?」
「あ、当たり前です! では早速……!」
「えっ!? いま!?」
星に両肩を掴まれ、彼女の血走った眼に覗き込まれた瞬間、白蓮は己の迂闊さを後悔した。
よもやお忘れの方などおるまいが、今の白蓮は法力を失った状態にある。
寅丸星という餓えた獣の前にあっては、外見年齢相応のか弱い少女でしかないのだ。
「おっ、落ち着いて星! 今はちょっとエネルギー足りてない感じだから、後にしましょう!? 後に!」
「おおっと、こいつはうっかりしてました……では、私の正義パワーを聖の体内に注ぎ込んであげましょう! 生で!」
「生ってアナタ……ちょっと待って!? その宝塔をどうするつもり!?」
宝塔を拾い上げ、悟りきったかのような笑みを見せる星。
彼女の瞳は、さながらゴールデンボールの如くに金色の光を湛えていた。
「いい質問ですね。毘沙門天の宝塔を通じて私と聖がひとつになり、世界でいっとーイカした物語(ドラマ)を体感しようというのですよ!」
「そんなのドラマでもなんでもないわ! むしろドマラ……って、何を言わせるの!」
「おやおや、ご自分からそのようなコトを仰るとは……まったく聖はMUJAKIな挑戦者ですねえ」
「誠に卑猥で、不埒千万であるッ! いざ、南無三――!」
そして始まる取っ組み合い。体術の技量差で切り抜けんとする白蓮に、突如として悪寒が走った。
彼女はいつの間にか、再びゴールデンボールを手にしていたのだ。それも二個。
こいつは心底厄介な代物だと思った。後の事はあえて語るまい。命蓮寺は本日もKENZENなり。
腹抱えて笑っちゃうほどに面白かったのですが、ちょっっと私にはシモ成分強すぎでしたかねぇ(苦笑)
なのでキンターマニ2つ分減点ということで……(ぉ
でも聖にキンタ○といってほしかった・・・
…正座でお説教されてシュンとしている風のひじりんがとても可愛いですね。
ムスビ嘘をつけっ
笑っちゃって読み進めるのが大変でした。お詫びにプレミアついた宝塔ください。
ふう……
面白かったです
イエス。キンタ○、フォー!
星のゴールデンボール二つと聖のゴールデンボールとオカルトボールの二つで四つだ
宝塔もくれ
星ちゃん不参戦言い訳ネタはオレに効く。
止めてくれ。