古びたノートを見つけた。
これは一体何だろうかと表紙を見ると、〝××年△月○日~〟とだけ記してあった。大学で使うノートと同じ、罫線の入ったどこにでも見る大学ノートだが、なんだか妙な懐かしさを感じる。今日こそはこの淀んだ空気を溜め込んだ物置部屋に、新しい空気を入れてやる予定だったが、こんな面白そうなものが発掘できてしまっては仕方ない。この奇妙なノートを解読してみることにした。学生がテスト期間中にアルバムを見始めるのとなんら変わりはないが、決してこれは逃げじゃない。このノートが私に構ってくれと存在を主張してきたのだ。と、言い訳はさておき、さて、思い出に浸るとしよう。
ノートの中身は至ってシンプルで、その日の日付と簡単な短文のみが箇条書きで記されていた。支離滅裂な内容から察するに、どうやらこれは夢日記らしい。はて、夢日記なんてつけていた記憶はないが、人生そこそこ生きていればそんなこともあるものか。問題のノートだが、文体が箇条書きゆえ日記というよりかは記録帳に近い。これが正しい夢日記の書き方なのかは分からないが、過去の自分が書いたものながら、多くを語らない文章が行間を想像させる。十分楽しめそうだ。
実に様々なことが書いてあった。学生時代レポートの締め切りに押しつぶされる夢から、宇宙船へ旅するなんて奇想天外な夢、あるときは幽霊とお茶会をし、またあるときは妖怪に襲われる。悪夢から吉夢まで、若き少女の〝夢〟が詰まったノートである。通常の日記とは異なるが、これも一つの思い出の塊なのだと、少しの恥ずかしい感情とともに読み進める。
読み進めると、ふととある少女の名前が多く出てくることに気付く。どうやら私のお気に入りらしい〝メリー〟という少女は、私と同じ大学に通い、共に秘封倶楽部なんて名前のサークルを作り、加えて〝結界の境目が見える〟なんて不思議な力まで持っているらしい。それだけではなく、私自身も〝星の光で時間がわかり、月を見ただけで今居る場所がわかる〟らしい。随分と面白い夢を見ているものだ。そんな能力があったら、私の人生はもっと輝いていたことだろう。忘れてしまっていたことが酷く惜しく感じる。
メリーと私は色々なことをしていた、それはもう、色々と。例えば夢の中で私はメリーの夢の中に行っていたこともあるらしい。箇条書きでしかないことが悔やまれる。一体夢の中の夢の世界とはどんな世界だったのだろう。これだけ続けて同じ少女の夢を見ていたのだとしたら、少しくらい覚えていてもよさそうなものだが、どうしたことか全く覚えていない。まるで楽しかった感情ごとハサミで切り取ったかのようだ。もしかすると、夢とはそういう儚いものだと昔の私は知っていて、だからこそ、これを残したのかもしれない。
後半を解読する。前半とは異なり、〝こわい〟〝くらい〟など夢に対する恐怖が書かれ始めていた。さらに次いで多かったのは〝待つ〟という単語であったので、どうやら昔の私は何かを待ち焦がれていたらしいと推測できた。はて、何か待っていたものがあっただろうか。思い出せない。しかし夢に見るほど待っていたものなら、さぞかし素敵なものだったのだろう。また思い出せないことに悔しさを覚える。また、メリーは登場しなくなってきていた。そのことにも寂しさも覚える。一人になった秘封倶楽部は、随分と寂しそうであった。
そんな過去のある日の夢の中、私はどうやらまた不思議な世界に行ったらしい。今度はメリーを連れずに、一人で。そこで〝紫〟に出会ったらしい。色に出会った、とはなんとも奇妙な文だが、そこでその日の夢は終わっていた。ただ短く最後に、〝私は忘れない〟とだけ、まるで隠すように小さく、記されていた。
最終頁になっても私は何かを待っていた。結局、これだけ待っていたのに、その何かには会えなかったらしい。昔の話ではあるが、後味の悪い映画を見た後のように、なぜだか無性に悔しくなった。もう夢を見ることも、ときめきも覚えなくなってしまったくたびれた体で窓を開ける。思えば仕事上がり、そのまま掃除をしようとしていたので、スーツ姿のままだった。長時間座っていたせいで、スカートにしわがよってしまっている。スカートを叩き、しわを少しだけ伸ばすと、窓から風が少し吹き込んだ。見上げた夜空の星たちは、もう私に何も教えてくれなかった。
結局ノートはそこで終わってしまったが、私はその後今日までの間の人生で、その待っていた何かには会えたのだろうか。もしかしたら気づかぬうちに目的を果たしてしまっているのかもしれない。昔の私は私ではあるが、今の私とは異なるものなのだ。大切にしていたものがどうでもいいものに変わり、何でもないものがとても掛け替えのないものに変わる世界で、私だけずっと変わらずにいることは不可能なのだ。
窓から吹き込む夜風がこの部屋に新しい空気を取り込む。随分と長い間時を止めていたこの物置部屋も、新しい空気と共に生まれ変わっていく。風にほこりが舞った。私は、小さなくしゃみをした。
「メリーが私の噂でもしているのかしら。」
口に出してそういうと、不思議と胸にときめきを感じた。
今夜は、久々に夢が見れそうだ。
これは一体何だろうかと表紙を見ると、〝××年△月○日~〟とだけ記してあった。大学で使うノートと同じ、罫線の入ったどこにでも見る大学ノートだが、なんだか妙な懐かしさを感じる。今日こそはこの淀んだ空気を溜め込んだ物置部屋に、新しい空気を入れてやる予定だったが、こんな面白そうなものが発掘できてしまっては仕方ない。この奇妙なノートを解読してみることにした。学生がテスト期間中にアルバムを見始めるのとなんら変わりはないが、決してこれは逃げじゃない。このノートが私に構ってくれと存在を主張してきたのだ。と、言い訳はさておき、さて、思い出に浸るとしよう。
ノートの中身は至ってシンプルで、その日の日付と簡単な短文のみが箇条書きで記されていた。支離滅裂な内容から察するに、どうやらこれは夢日記らしい。はて、夢日記なんてつけていた記憶はないが、人生そこそこ生きていればそんなこともあるものか。問題のノートだが、文体が箇条書きゆえ日記というよりかは記録帳に近い。これが正しい夢日記の書き方なのかは分からないが、過去の自分が書いたものながら、多くを語らない文章が行間を想像させる。十分楽しめそうだ。
実に様々なことが書いてあった。学生時代レポートの締め切りに押しつぶされる夢から、宇宙船へ旅するなんて奇想天外な夢、あるときは幽霊とお茶会をし、またあるときは妖怪に襲われる。悪夢から吉夢まで、若き少女の〝夢〟が詰まったノートである。通常の日記とは異なるが、これも一つの思い出の塊なのだと、少しの恥ずかしい感情とともに読み進める。
読み進めると、ふととある少女の名前が多く出てくることに気付く。どうやら私のお気に入りらしい〝メリー〟という少女は、私と同じ大学に通い、共に秘封倶楽部なんて名前のサークルを作り、加えて〝結界の境目が見える〟なんて不思議な力まで持っているらしい。それだけではなく、私自身も〝星の光で時間がわかり、月を見ただけで今居る場所がわかる〟らしい。随分と面白い夢を見ているものだ。そんな能力があったら、私の人生はもっと輝いていたことだろう。忘れてしまっていたことが酷く惜しく感じる。
メリーと私は色々なことをしていた、それはもう、色々と。例えば夢の中で私はメリーの夢の中に行っていたこともあるらしい。箇条書きでしかないことが悔やまれる。一体夢の中の夢の世界とはどんな世界だったのだろう。これだけ続けて同じ少女の夢を見ていたのだとしたら、少しくらい覚えていてもよさそうなものだが、どうしたことか全く覚えていない。まるで楽しかった感情ごとハサミで切り取ったかのようだ。もしかすると、夢とはそういう儚いものだと昔の私は知っていて、だからこそ、これを残したのかもしれない。
後半を解読する。前半とは異なり、〝こわい〟〝くらい〟など夢に対する恐怖が書かれ始めていた。さらに次いで多かったのは〝待つ〟という単語であったので、どうやら昔の私は何かを待ち焦がれていたらしいと推測できた。はて、何か待っていたものがあっただろうか。思い出せない。しかし夢に見るほど待っていたものなら、さぞかし素敵なものだったのだろう。また思い出せないことに悔しさを覚える。また、メリーは登場しなくなってきていた。そのことにも寂しさも覚える。一人になった秘封倶楽部は、随分と寂しそうであった。
そんな過去のある日の夢の中、私はどうやらまた不思議な世界に行ったらしい。今度はメリーを連れずに、一人で。そこで〝紫〟に出会ったらしい。色に出会った、とはなんとも奇妙な文だが、そこでその日の夢は終わっていた。ただ短く最後に、〝私は忘れない〟とだけ、まるで隠すように小さく、記されていた。
最終頁になっても私は何かを待っていた。結局、これだけ待っていたのに、その何かには会えなかったらしい。昔の話ではあるが、後味の悪い映画を見た後のように、なぜだか無性に悔しくなった。もう夢を見ることも、ときめきも覚えなくなってしまったくたびれた体で窓を開ける。思えば仕事上がり、そのまま掃除をしようとしていたので、スーツ姿のままだった。長時間座っていたせいで、スカートにしわがよってしまっている。スカートを叩き、しわを少しだけ伸ばすと、窓から風が少し吹き込んだ。見上げた夜空の星たちは、もう私に何も教えてくれなかった。
結局ノートはそこで終わってしまったが、私はその後今日までの間の人生で、その待っていた何かには会えたのだろうか。もしかしたら気づかぬうちに目的を果たしてしまっているのかもしれない。昔の私は私ではあるが、今の私とは異なるものなのだ。大切にしていたものがどうでもいいものに変わり、何でもないものがとても掛け替えのないものに変わる世界で、私だけずっと変わらずにいることは不可能なのだ。
窓から吹き込む夜風がこの部屋に新しい空気を取り込む。随分と長い間時を止めていたこの物置部屋も、新しい空気と共に生まれ変わっていく。風にほこりが舞った。私は、小さなくしゃみをした。
「メリーが私の噂でもしているのかしら。」
口に出してそういうと、不思議と胸にときめきを感じた。
今夜は、久々に夢が見れそうだ。