●前書き
▼Profile
◯秘封倶楽部:結界暴きをする危険なオカルトサー謖√▽螂ウ蟄仙、ァ逕
○宇佐見蓮子:特殊な天文航海術能力を持つ女子玖動蟄
○マエリベリー・ハーン:境界視能力を縲?o「お?阜イ隕オ冶!?マ蜉エ!お帙い!rアンニャろー!
「ふぅ、やっとつながったか・・・乗っ取るのも大変だ、まったく
おっとっと、そうだそうだ!
そこのお前!お前だよ!そこの画面の向こうにいる貴様!
クケケ、秘封倶楽部が出てくると思ったか?
残念だったなアタシだ!
アタシはアマノジャク!鬼神正邪だ!覚えてとけそこの人間どもめ!」
さて、この鬼神正邪、幻想郷から追われて外界へと出てしまいました。
幸い、目に見えない恐怖や革命分子のはびこる“いんたーねっと”の普及する現代。
天邪鬼という妖怪が潜むにも、悪さするにも絶好の環境として恵まれているのでした。
しかし、正邪にとっては何をやるにしても面白みを感じず退屈し
人間達の他愛もない痴話喧嘩を見て楽しむしかありませんでした。
そこで一策を講じた正邪!なんと人間たちの作品にちょっかいを出す事にしたのです!
「幻想郷の奴らホント必死になってアタシのこと追いかけてくんの。アハヒャ!
マジで疲れたけど、あれはアレで楽しかったんだよな!
それに対してこっちは本当にな~んにもやることがない!
平和すぎんだろ、マジで!ふざけてんのかよ!ああ、つっまんねえな!
人間にちょっかい出そうにも仮想空間みたいなとこから出られねぇし!
なんだよ!妖怪のせいなのねってさ!マジふざけてんだろ!
おおっと、そうじゃなかった。そこのお前、色々と調べさせてもらったぞ!
秘封倶楽部が好きだろ?ああん?んなことねぇって?
嘘つけ!分かってんだからな!このページに来るくらいなんだからな!
それよりいいこと思いついたんだよ!
お前の世界に干渉できない代わりにさ、
こっちの世界の住民、秘封倶楽部の奴らをちょいと弄らせてもらうことにしたんだぜ!
これで確実にBADEND行きだな!ざっまあみやがれ!
せいぜい秘封倶楽部の混乱しながら死ぬ姿でも見て喚いているがいい!アハハハは!
・・・何嬉しそうな目で見てんだよお前。
え、まさか、そういう趣味なのか?
引くわ・・・」
なんと!秘封倶楽部の二人の能力が入れ替わってしまいました!
二人の運命はどうなるのでしょうか!?
▼Profile
◯秘封倶楽部:結界暴きをする危険なオカルトサークル
○宇佐見蓮子:境界視能力を持つ女子大生
○マエリベリー・ハーン:特殊な天文航海術能力を持つ女子大生」
●1.トロンプ・ルイユ
「あれ?何これ」
目覚めると、蠢く木々に、枝葉の間から青空が見えた。
その中に異様な鮮明な色を放つ赤い何か。
「これは」
鈍痛が頭に走る。
鈍い頭で考えれば、どうやらすぐ脇の階段から転げ落ちたのだろう。
普通じゃなければ、ショックで記憶が飛ぶかもしれないし
もしくは誰かと転げ落ちたのなら魂だけ入れ替わったりするのかもしれない。
だか思い出せる。
「・・・メリー?」
返事がない。
「しっかりして! 大丈夫? 今、救急車呼ぶから!」
メリーといつものように大学から一緒に帰っていた。
寄り道に人気のない薄暗い神社を見つけた。
その神社はおかしかった。
昼間だというのにやけに暗く、交通量が多い道路に面しているのに参拝客も居ない。
そもそも記憶に無いのだ。
そんな場所は私は知らなかった。
しかしながら、ちゃんと地図にも載っていた。
そこで何を見たのか。
妙なスキマか、はたまた異世界の淵か。
定かではないがメリーは操られたように奥へと導かれていた。
私は悪寒がした。
そしてメリーを引き戻そうとし、
「階段から落ちたのか・・・」
着信が切れた音が鳴り、そしてその音も消える。
「いや、落とされたのか?」
救急車を呼んだ番号が履歴に残ったまま操作していなかった携帯が
自動的に省電力モードに切り替わる。
その奥に揺らめきのようなものが見えた。
●2.嚆矢濫觴(はじまり)
蓮子が泣いている。
何故だかあまり覚えていないけれども、心配かけちゃったのかな。
「大丈夫、ごめんね?」
涙腺が緩んで海で捕れたてのタコを茹でたような顔をしている。
ちょっと可笑しい。
「メリー、体大丈夫?」
「うん、それよりなんで私ここにいるのかしら。確か蓮子と一緒に駅に向かっていたはずよね?」
蓮子の涙が枯れ、表情が固まった。
おかしなことでも言ったかしら?
「えっ、覚えてないの?」
少し間をおいたその返しに、戸惑った蓮子の顔。
察するに私は途中から記憶を失ってしまっているようだった。
「何が?」
当然、心当たりがない。
「神社、駅とは反対側の大通り沿いにあった例の神社よ」
なにそれ。
私、そんなもの、覚えて、ない。
「へ? そんな所にあったっけ?」
蓮子はまたもや驚く。
お見舞い用に用意されているベッド脇の椅子が軋む音がした。
「やっぱり!?」
「やっぱりって何よ、貴方が何言ってるかわからないわ」
「実は私達さっきまで見覚えのない神社に行って、そこの階段から転んで怪我したのよ」
“見覚えのない”ね。
それも異常だわ。
「じゃあ、頭打って忘れちゃったのかな?」
「そうじゃなくて!」
何故かって?
それはね、
「それより、もう19時54分だわ。そろそろ蓮子も帰んなきゃ駄目よ、面会時間終わるから」
何故だか星と月で時間と場所が分かるようになっちゃったから。
●3.魔術的リアリズム
病院までメリーと一緒に救急車に乗り、メリーが目を覚ますまでずっと傍に付き添い、
神社で怪我して以降今の今まで外の景色を見ていなかった蓮子。
外の景色の変化に気付いたのは夏場でも暗くなる時間帯に乗った帰りの電車の中であった。
(さっきから少し見えていた気がするけれども何だろうあれは)
自分の見える視界の奥に何かがうごめいているのが分かる。
そいつは窓の外で形状のない真っ暗な液状とも気体状とも言えない何かがへばり付いているようにみえる。
この急行列車が、踏切を通過し、通過駅を過ぎる度に細い線のようなものが出てきて
最終的にカッターで切り刻まれたかのようになっていた。
観察すればするほど理解し難いものだと感じるその不定形のものは
空間を切り取るように景色を切り取って見えなくさせている。
たまに止まる停車駅でその姿は鮮明に視えるのだけれども、誰も注意を払わない。
(そろそろ、降りなきゃ。あんな気持ち悪いのこれ以上見たくない)
まもなく到着するであろう自宅の最寄りの駅。
車両から降りようと席を立ちドアの前に立った時、
ドアの窓にその黒い奴が現れた。
(何よこいつ! 何よこいつ! 何なのよ!?)
そして、駅についてドアが開く寸前、暗い闇の中から
ソイツは開眼した。
「ひっ!」
逃げるように駅のホームに飛び降り、
階段を登って、改札に定期券をかざし、帰り道を全力疾走する。
一連の流れ作業を盲目の内に行い、
見開いた目がこっちを見た時の恐怖感だけで家に這いつくばるように帰った。
家に着くと、メリーから着信があったことに気が付いた。
あの時は、恐怖感のあまり気が付かなかったのだろう。
開いてみた瞬間、またソイツが見えたような気がした。
大量にかいた汗が一層気持ち悪く感じるようになった。
一瞬見えた幻覚に狼狽えながら光る画面に写された履歴を見る。
メールやSNSで送らないことに不思議に思いつつも
留守番電話サービスの録音情報を再生する。
『もしもし、あたしメリー』
なるほど、これがやりたかったのか。
そう思いつつ苦笑いして続きを聞く。
『本当は蓮子の声を直接聞きたかったのだけれど、残念ね。まあそれはいいの。
それより聞いて、蓮子も薄々感づいているかもしれないけれど・・・』
軽い皮肉のような愛情表現から一変し真剣味の増した声で私に語りかけてくる。
『私達、視える景色だけが入れ替わっちゃったみたいなのよ。
蓮子ならこの意味分かるよね?』
「何それ、意味分かんない」
分かっていたけれども、現実を受け入れることができないでいた。
どうにも自分のアイデンティティが崩壊したように思えたからだ。
『電話で言おうと思ったのは文面だけじゃ伝わらないからだって思ったんだけど』
でも私は気づいた。もうメリーを必要としなくてもいいのだ。
『これで貴方はもう私を必要としなくてもいいのよね?』
その言葉が一瞬心に刺さって、冷たい血液が内蔵に流れたような気がした。
『ごめんね? こんなこと言っちゃって』
私はそこで再生を止めた。
すこし鬱屈した気分から抜けだせずに、冷蔵庫に入っているほろ酔い用の
あんまり美味しくないサワーを飲み干して布団をかぶった。
●4.華胥の郷
夢の中に居た。
ベッドに倒れ込んだ感触、その記憶が残っている。
ここはどこか。
まだ真夜中で辺りは何も見えない。
木がざわめくばかりで、よく茂る植物で星も視えず。
恐怖心に煽られ周囲の音に敏感になっていた私は、
何かの気配を感じ取って森をひたすら走った。
後ろから何か追われてくる。
野生の動物か、それとも魑魅魍魎の類か
どちらにせよさっきというモノを肌で感じるのには
久方ぶりと言ってもいい。
衛星の怪物に襲われた時と違うのは、重力質量が大きいということだ。
足を滑らせながら道無き道の斜面を下り続けた。
やがて私は暗い森の中から抜けだした。
古い木造平屋の民家が目の前にが見える。
規模を察するに小さな村に出たようだった。
奥の方に僅かに竹林、それ以外には田園と広い草原が見えるが
月明かりだけでは当然見晴らしが悪い。
幾ら裸眼で星を見る程度の視力があってもここまで暗いと
夜行性か赤外線スコープでもないと分かりやしない。
これで夜盲症にかかっては一大事だ。
と言っても、もう後ろに気配は感じられない。
上手くまけたようだ。
鈍い思考で村の中心へ歩いて行くことにした。
何やら賑わっている。
今日は夜までお祭りをしていたのだろうか。
行けば見たことのない珍獣と人間のハイブリッド(配合種)や、
角が生えた鬼のような子供、
空をとぶ天狗に箒にまたがる黒いとんがり帽子の女の子。
きっとあれは魔法使いか。
羽が生えてるのは当然で空をとぶのも日常の不思議な世界。
夢でも見ているのか。
いや、これは夢だ。
夢の中だから妖精や妖怪は居て当然なのかもしれない。
でもこれは明晰夢なのであった。
信じられないものを目の前にする私の気分は最高潮に達していた。
「凄い! 何よここ! メリーはこんなものを見ていたの!?」
ちんどんと塗装されていない道を歩いて行く人間たちの神輿。
焼けた生臭さと茂みの薫りが鼻を突く。
商い通りには屋台が並び、動物性蛋白質と山菜の香りが鼻をくすぐる。
匂いに誘われ奥へ奥へと引き寄せられる。
そこには妖怪も人間も隔たりなく暮らす世界。
私は只々立ちつくすばかりなのであった。
●5.幻想現実
メリーしか知らない世界を私も知ることが出来るのだ。
そう思った矢先、もう夢が明け始めていた。
夏至という時期が悔やまれる。
夢明け前に私は気付いた。
私達は自身の手によって周りを物理的に幻想の形に作り換えているが、
ここにいるものは違う、幻想によって本来あるべき現実を示していた。
私達は人間たちの創りだした人工物とその世界に囲まれて暮らしている。
作られたものは存在しているように見せられ、
消えたものはあたかも今でもあるかのように映しだされる。
それは一種の幻影だ。
社会は自身の手によって幻影を見せるための人工物をどんどん発達させた。
だが、本来あるべき自然は、幻影の為に科学技術の進歩とともに失われていき、
私達が知るのは今や人間社会が創りだした幻想だけなのだ。
なのにこの世界はその逆を行っていた。
幻影を見せる道具、即ち科学技術は幻想の中では意味を成さない。
そういう新しいものは流行として栄えるがすぐに廃れていく。
定着せずに元の幻想、いや現実に戻る。
それはある種の普遍的現実という幻想である。
だからこそ一見幻想に視えるこの世界は実は現実を超えた超現実と言えるのだ。
さて、メリーにはなんて話そうか。
この話をすべくもっとこの世界に入りたい。
現実よりも現実的な姿に幻想を見出した私の貪欲さはいざしらず、
どんどん夢の世界に囚われ始めていた。
考えれば考えるほど
現実は幻想であり、幻想は現実であるような。
私はそんな錯覚を覚え始めていた。
それこそ罠なのであったことは私はまだ知らない。
これは胡蝶の夢なのだと
●6.フレイザー錯視
メリーが入院したその翌日の土曜日。
私は布団の中で目を覚ます。
「うっ・・・うー・・・」
随分と寝込んでいた筈なのに
身体の疲労は帰った時よりも随分辛いものになっていた。
決して寝過ぎたわけではない、まだ目覚ましも鳴っていないのだ。
ピピ。
身体がすぐに反射し、目覚ましを思いっきり叩いて止める。
勢いで床に落ちた。
それからすぐに夢に落ちた。
興奮した面持ちで蓮子は境界を覗いては廻って遊ぶ。
土曜も日曜も私は疲れた体を癒やすこともなく寝続け、
日曜の夕方になって漸く軋む体を起こした。
お腹は空いていない。
冥界でそこの物を食べると生きて帰れないそうだが
空腹には勝てない。
つまりはそういうこと。
それなのに、この2日の夢は
真理に近づいているようで全く近づいていなかった。
むしろ理解が出来ないことの方が増えた。
体が重たく頭が痛い。
傷は塞がっているものの、枕は巻いた包帯から滲み出た血で少し赤く染まっている。
私はメリーに連絡を取ろうとしたが
入院したメリーをほったらかして
もう2日も会いに行かずに寝ていたなどとは流石に言えなかった。
●7.矛盾
蓮子は私の目だけを持ち去って何処かへ行ったまま。
あれから連絡が来ない。
端末の画面を見る。
最後に電話の履歴から2日過ぎた。
あの事故が終末だったこともあって
休日療養して大学には復帰出来たから問題はないけれど
蓮子がどうしているかがわからない。
別に、入院中怪我した私の見舞いをほっぽり出したことに
ムカついて連絡を取らなかったわけじゃない。
ちょっと電話しずらかっただけ。
今はむしろ蓮子のことが少し心配になっていた。
用の済んだ端末を仕舞うとアイスコーヒーで喉の渇きを潤した。
今は講義も終了し、大学構内のカフェテラスで孤独な暇(いとま)を楽しんでいる。
ふと、顔を見上げると窓の外で蓮子が全力疾走してこっちにやってきているのが見えた。
誰かを探している様子だ。
何事かと思っていたけど、ここはあえて平静を保つ。
「やあ、メリー」
目を逸らした隙に、いつの間にか蓮子はすぐ近くに居た。
声のかけ方から察するに、私を探していたようだった。
「あら、今終わったの?」
「うん、そうよ」
偶然を装ったふりをしているけれど、
息切れしている辺り、必死だったのが伺える。
「それで、どうしたのかしら?」
「もしかしなくても、メリー怒ってるよね?」
「怒ってないわ、でも土日私のことを置いてどこに行っていたのかしら?」
「それはその・・・」
きっと大事な用事があったのかな、なんて私は思ってない。
だって蓮子のスケジュールはだいたい分かっているから。
それでも敢えて聞くのは疑念をぶつけたかっただけ。
「夢を、見ていました」
普通なら怒る場面であろう。
「ごめん、メリー!」
他の人なら許さないかもしれない。
「分かってるわよ、私の眼で遊んでいたのでしょう?」
魂は入れ替わらずに眼だけが入れ替わった私達。
視えるものが初めて共有できた気がしていた。
「そんなつもりじゃなかったんだ」
まるで浮気した彼氏と喋っているような気分だ。
勿論私にそんな相手は居なかったけれど。
「大丈夫よ、私も星空でも見ない限り、久しぶりの静寂が取り戻せたし」
「それは、よかった」
申し訳無さそうに笑う蓮子の顔。
私は肝心なことを言い忘れていた。
「ねぇ、蓮子」
「何?」
「私達、ちょっと距離置かない?」
見開いた瞳孔。
蓮子の手が震えている。
これはお互いのため。
でもその姿を見て厭な私はすこし快楽を覚えていた。
私の中で渦巻く愛情のような憎悪。
きっと蓮子は私のことではなく眼の能力にしか興味が無いという不信感。
自分の形がわからなくなった二日間のフラストレーションを彼女に吐いた。
「秘封倶楽部は?」
「疲れたわ。休ませてよ」
そう吐き捨てて私は席を離れる。
吐き捨てた後の苦々しい気分に苛まれる。
「めりー」
視界の端で蓮子が脱力して床にへたり込むのが見えた。
走って逃げ出して、
蓮子が追いかけられないように知らない道に入って、
それで気づかぬ内に見知らぬ神社の鳥居の前に居た。
神社の階段を登ろうする。
そこで気付いた。
ふと私は涙を流していた。
●8.シュリーレン現象
「メリーに嫌われた、メリーに嫌われた・・・」
何でこんな眼を貰ってしまったのか。
この眼が憎くて仕方がない。
でもメリーの眼だ。
潰すわけにもいかない。
大学から飛び出てメリーを追いかけるけれども途中で見失った。
「ひっぐ、うぅ・・・めりー」
死にたくても死にきれない。
でも、メリーの目の前で車に轢かれてしまおうかとか、
いっそのこと、首を切って眼がついたこの頭を
メリーに返してしまおうかなんてことも考えた。
発想が病んでいる。
泣いている私に声をかけようと誰かが近づいてくる。
「・・・」
返さないと。
メリーは今どこ?
「メリー」
早く追いかけなきゃ。
また走りだそうとした時、声をかけようとしていると思われる人は、
明らかにおかしい位置から近付いてきている来ていることに気付いた。
気づけば周りには誰も居ない。
「なに、ここ・・・」
辺りはまだ夕方前だというのに暗闇に包まれている。
時間端もまだ明るいし古錆びているからか電灯の明かりもつかない。
周りの景色が黒い霧で蜉蝣(かげろう)のように
光を屈折をしているのか揺らめいて見える。
その中で唯一光るのは端末の明かりと月明かりよりも暗い太陽。
揺らめいているが今なら裸眼で黒点も見れるかもしれない。
だが、あいにく私の眼はメリーの所だ。
「ヒィイ!!」
それは突如現れた。
忍び寄る黒い影。
形容しがたい不定形の切り裂かれた空間のようなもの。
そこから私を真正面に臨む一つ眼。
「何なのよ!コイツ!」
恐怖に身を震わせると、
スキマのような空間が道を覆い、背後の建物を覆い、そして空を覆う。
取り込むかのように空間が私を覆う。
「逃、げなき!」
極めつけは、四方八方からの同種の一つ眼の出現。
そいつらが瞬きしながらこちらを一点に凝視し揺らめく。
足元もどんどん侵食していき、私の体を覆っていく。
そこで私は意識を失った。
●9.ウラノピア
触れる手が少し赤色に染まる。
「蓮子・・・」
階段で拾った黒縁の帽子の色だった。
拾った足元には同じ色の足跡が付いている。
「連れ戻さなきゃ」
私はあることを思っていた。
空を見渡せば綺麗な満月による地上の空間座標と
綺麗な星空による時間座標が見える。
ここは一体どこなのか。
「蓮子!」
来た道を引き返すと異様に暗い空間があって、
黒い闇の中に一瞬だけほんの薄く黒い輪郭のシルエットが見えた。
視力の高い人の目でもよく見えない位、見づらいものだったが。
「戻ってきて! お願い!」
必死な声も虚しく暗い空間に響き渡ることもない。
あの暗闇の正体を私は知っている。
あれは境界だ。
無謀にも私は暗闇の中に飛び込んだ。
「蓮子! そこにいるんでしょ?」
声を上げながら進む。
しかし、ある程度進むと思った通り真っ暗闇の霧のせいで前が見えない。
たまに壁や電柱にぶつかってしまって容易に足を動かすことが出来ない。
何とか勇気を振り絞って慎重に足を前に運ぶ。
「さっきはごめんね」
蓮子にこの声が届いているかどうかは知らない。
でも、きっと聞いてくれているはず。
「蓮子を傷つけるつもりじゃなかったの」
一寸先の闇の不安で思わず声が小さくなってしまう。
「ねぇ、どこにいるの? 教えて、何も見えないの」
「出てきてよ。蓮子」
そう声をかけて手を伸ばした時、何かに触れた気がした。
私にはそれが何かわかっていた。
「見つけた」
黒い影は何もしない。動くこともない。
「ほら、お祖母ちゃんの形見の帽子よ。落としちゃダメでしょ?」
黒い影にさっき見知らぬ神社で拾った帽子をかぶせてあげた。
「二人で秘封倶楽部なんだから」
熱を帯びたような気がした。
「帰りましょ」
暗闇が揺らめく。
「大好きな私の人間」
影が口を開いた。
「うん」
霧は晴れることはなかったが、目の前の人間が色を取り戻して、
誰だか顔が見えるようになっていた。
「大好きな私の蓮子!」
静かに泣きながら抱きつく。
「ありがとう」
ふと、床が抜けたように地面からの垂直抗力が消えて
重力加速度と空気抵抗が体を襲った。
そこからは意識が消えるまで深淵の谷に落ちるだけだった。
●10,本当の現実
夢から醒めると見知らぬ天井が見えた。
酷く頭痛がして、横目に点滴が見えたから
ああ、病院なんだなってぼんやりした頭でも理解は出来た。
隣とはカーテンで仕切られ、
この白い空間はもはや自分一人だけのものだった。
暫くして看護師が点滴の交換をしにやってくる。
私が起きていることに驚いていたが自分の作業を止めることはない。
その時、ふと疑問が湧いた。
「すいません」
「痛みますか?」
白い衣装に身を包んだ看護師は静かに微笑む。
「いえ。私、どうして病院に?」
話を聞くと、
どうやら私達が“道端”で大量出血しそのまま意識を失っていたのが真実で
私は目を覚ましてなかったようだ。
つまり、あそこから既に夢だったのだ。
私達が今生き長らえているのは、
倒れている所をそこをたまたま通りかかった人が通報してくれたお陰だそうだ。
看護師曰く、私達は三日も眠り続けていたらしい。
時刻を確かめようと夢の中で慣習づいていた時計の時刻を見る操作をするも時計がない。
試しに夜空を確かめる。
今日は月曜で大学の講義が全て終わっている時刻だった。
「そういえば、メリーは?」
看護師に確かめるが、メリーなんていう名前は通用するはずもない。
「あっ、すいません、マエリベリー・ハーンさんは居ますか?」
メリーの本名をちゃんと言ったのは彼女がサナトリウムの見舞いをした時以来だ。
ああ、言いづらい。
「それなら」
そういって白いカーテンが引かれる。
私だけの空間が拡張され、その先に見えたのはメリーがベッドで寝ている姿だった。
(メリー!!)
思わず私は叫びそうになったが声が出ない。
胸が苦しくて、息が苦しくて。
「宇佐見さん大丈夫ですよ。ただ眠っているだけですから」
私を安心させようと落ち着いて話す。
「本当ですか?」
「ええ、先ほど起きていらっしゃいましたし。
また何かあったら呼んでくださいね?」
そう言うと看護婦は部屋を出た。
「よかった」
胸を撫で下ろす。
部屋の引き戸の閉まる音でメリーがふと目を覚ました。
「う、んー」
「おはよう」
こっちの声に反応して顔を向ける。
「蓮子・・・?」
目を見開く。
「蓮子、起きたのね!? よかった」
そう言って何故か泣きはじめた。
「何も泣く事ないじゃない」
「だって、蓮子に酷いこと言っちゃったから」
酷いこと?
「夢の中で蓮子に」
「何で、覚えてるの?」
私達は間を少しおいて理解した。
「・・・そっか」
「夢を共有、というかあっちの世界に行ってたのかしら」
「仮にそうだとしてもお土産はないよ?」
「あるわよ、ほらその帽子」
私達は軽く笑う。
「夢の中で化かされたのかしら」
「きっとそうよ」
会話が止まる。
妙な緊張感。いや、ネタが尽きただけか。
メリーがベットから体を辛そうにゆっくり起こして
右手で体を支えながら点滴スタンドを左手で掴む。
何をするんだろうと思うと、彼女が口を開いた。
「キス、してもいい?」
「・・・」
私に抵抗する余地はない。
そもそもそこまでの体力がないのだから。
メリーがスタンドに体重をかけながら
ゆっくり進んでこちらのベッド際まで辿り着く。
さながら、航海船のような。
手で横髪を耳にかけると
両手を私の肩の外側に置いてゆっくり顔を降ろしてくる。
恋も知らず、貞操を守り続けた私。
女同士なのに拒絶する感情も湧かず、
なぜだか、ドキドキする。
暗闇から救ってくれた。
そんな気がした。
甘じょっぱかった。
疲れた私達はもう一眠りすることにした。
●11,魘魅(おわり)
(さあ、どうする? メリー、もうあんたは能力が使えないんだぜ?)
メリーは助ける気のようだった。
(無理に決まってるだろ)
メリーは結界視を取り戻した。
結界の中で天邪鬼に捉えられた蓮子を救い出した。
彼女は未知の妖怪に、この小説に打ち勝ったのだ!
深淵に落ちる中、彼女はこちらを見ている。
「私達は屈しない」
天邪鬼の介入をこうしてニヤニヤ眺めていたが、
いやはや残念だ。
ここまでだったようだな。
もう少し頑張ってくれるかと期待していたんだけどさ。
(嘘だろ!?)
(何でだよ!!
何で能力が元に戻ってるんだよ!!)
(クソ! さては執筆内容を途中から無理やり捻じ曲げたな!
夢オチなんで邪道入れやがって!)
(このままで終わると思うなよ!)
彼女は背後から寄るメリーに気づかない。
突如、目の前にスキマが現れる。
(!? 何を、やめろ! 助けてくれ! 幻想郷にはもど)
こうして彼らは奇妙な反転した結界から抜けだした。
まさか鏡の中だとは思わなかったが
安堵した二人は夢の中。
(“このままでは終わらせない”)
おや?
二人が再び目を覚ますとあの神社の階段の下に居た。
頭から流れ出ている血に呆然としながら、メリーは大丈夫なのかと心配した蓮子。
メリーの体が横たわる蓮子の体を眺める。
誤謬ではない。
(ふはっ、ふははは!!
まだ気づかないようだな
今度は二人の魂を入れ替えてやったんだぜ!)
申し訳ないがもう終わりだ。
(は!?)
ちょっと執筆疲れたから、また今度ね。
(ちょ、待てよ!)
では、またいい秘封を
▼Profile
◯秘封倶楽部:結界暴きをする危険なオカルトサー謖√▽螂ウ蟄仙、ァ逕
○宇佐見蓮子:特殊な天文航海術能力を持つ女子玖動蟄
○マエリベリー・ハーン:境界視能力を縲?o「お?阜イ隕オ冶!?マ蜉エ!お帙い!rアンニャろー!
「ふぅ、やっとつながったか・・・乗っ取るのも大変だ、まったく
おっとっと、そうだそうだ!
そこのお前!お前だよ!そこの画面の向こうにいる貴様!
クケケ、秘封倶楽部が出てくると思ったか?
残念だったなアタシだ!
アタシはアマノジャク!鬼神正邪だ!覚えてとけそこの人間どもめ!」
さて、この鬼神正邪、幻想郷から追われて外界へと出てしまいました。
幸い、目に見えない恐怖や革命分子のはびこる“いんたーねっと”の普及する現代。
天邪鬼という妖怪が潜むにも、悪さするにも絶好の環境として恵まれているのでした。
しかし、正邪にとっては何をやるにしても面白みを感じず退屈し
人間達の他愛もない痴話喧嘩を見て楽しむしかありませんでした。
そこで一策を講じた正邪!なんと人間たちの作品にちょっかいを出す事にしたのです!
「幻想郷の奴らホント必死になってアタシのこと追いかけてくんの。アハヒャ!
マジで疲れたけど、あれはアレで楽しかったんだよな!
それに対してこっちは本当にな~んにもやることがない!
平和すぎんだろ、マジで!ふざけてんのかよ!ああ、つっまんねえな!
人間にちょっかい出そうにも仮想空間みたいなとこから出られねぇし!
なんだよ!妖怪のせいなのねってさ!マジふざけてんだろ!
おおっと、そうじゃなかった。そこのお前、色々と調べさせてもらったぞ!
秘封倶楽部が好きだろ?ああん?んなことねぇって?
嘘つけ!分かってんだからな!このページに来るくらいなんだからな!
それよりいいこと思いついたんだよ!
お前の世界に干渉できない代わりにさ、
こっちの世界の住民、秘封倶楽部の奴らをちょいと弄らせてもらうことにしたんだぜ!
これで確実にBADEND行きだな!ざっまあみやがれ!
せいぜい秘封倶楽部の混乱しながら死ぬ姿でも見て喚いているがいい!アハハハは!
・・・何嬉しそうな目で見てんだよお前。
え、まさか、そういう趣味なのか?
引くわ・・・」
なんと!秘封倶楽部の二人の能力が入れ替わってしまいました!
二人の運命はどうなるのでしょうか!?
▼Profile
◯秘封倶楽部:結界暴きをする危険なオカルトサークル
○宇佐見蓮子:境界視能力を持つ女子大生
○マエリベリー・ハーン:特殊な天文航海術能力を持つ女子大生」
●1.トロンプ・ルイユ
「あれ?何これ」
目覚めると、蠢く木々に、枝葉の間から青空が見えた。
その中に異様な鮮明な色を放つ赤い何か。
「これは」
鈍痛が頭に走る。
鈍い頭で考えれば、どうやらすぐ脇の階段から転げ落ちたのだろう。
普通じゃなければ、ショックで記憶が飛ぶかもしれないし
もしくは誰かと転げ落ちたのなら魂だけ入れ替わったりするのかもしれない。
だか思い出せる。
「・・・メリー?」
返事がない。
「しっかりして! 大丈夫? 今、救急車呼ぶから!」
メリーといつものように大学から一緒に帰っていた。
寄り道に人気のない薄暗い神社を見つけた。
その神社はおかしかった。
昼間だというのにやけに暗く、交通量が多い道路に面しているのに参拝客も居ない。
そもそも記憶に無いのだ。
そんな場所は私は知らなかった。
しかしながら、ちゃんと地図にも載っていた。
そこで何を見たのか。
妙なスキマか、はたまた異世界の淵か。
定かではないがメリーは操られたように奥へと導かれていた。
私は悪寒がした。
そしてメリーを引き戻そうとし、
「階段から落ちたのか・・・」
着信が切れた音が鳴り、そしてその音も消える。
「いや、落とされたのか?」
救急車を呼んだ番号が履歴に残ったまま操作していなかった携帯が
自動的に省電力モードに切り替わる。
その奥に揺らめきのようなものが見えた。
●2.嚆矢濫觴(はじまり)
蓮子が泣いている。
何故だかあまり覚えていないけれども、心配かけちゃったのかな。
「大丈夫、ごめんね?」
涙腺が緩んで海で捕れたてのタコを茹でたような顔をしている。
ちょっと可笑しい。
「メリー、体大丈夫?」
「うん、それよりなんで私ここにいるのかしら。確か蓮子と一緒に駅に向かっていたはずよね?」
蓮子の涙が枯れ、表情が固まった。
おかしなことでも言ったかしら?
「えっ、覚えてないの?」
少し間をおいたその返しに、戸惑った蓮子の顔。
察するに私は途中から記憶を失ってしまっているようだった。
「何が?」
当然、心当たりがない。
「神社、駅とは反対側の大通り沿いにあった例の神社よ」
なにそれ。
私、そんなもの、覚えて、ない。
「へ? そんな所にあったっけ?」
蓮子はまたもや驚く。
お見舞い用に用意されているベッド脇の椅子が軋む音がした。
「やっぱり!?」
「やっぱりって何よ、貴方が何言ってるかわからないわ」
「実は私達さっきまで見覚えのない神社に行って、そこの階段から転んで怪我したのよ」
“見覚えのない”ね。
それも異常だわ。
「じゃあ、頭打って忘れちゃったのかな?」
「そうじゃなくて!」
何故かって?
それはね、
「それより、もう19時54分だわ。そろそろ蓮子も帰んなきゃ駄目よ、面会時間終わるから」
何故だか星と月で時間と場所が分かるようになっちゃったから。
●3.魔術的リアリズム
病院までメリーと一緒に救急車に乗り、メリーが目を覚ますまでずっと傍に付き添い、
神社で怪我して以降今の今まで外の景色を見ていなかった蓮子。
外の景色の変化に気付いたのは夏場でも暗くなる時間帯に乗った帰りの電車の中であった。
(さっきから少し見えていた気がするけれども何だろうあれは)
自分の見える視界の奥に何かがうごめいているのが分かる。
そいつは窓の外で形状のない真っ暗な液状とも気体状とも言えない何かがへばり付いているようにみえる。
この急行列車が、踏切を通過し、通過駅を過ぎる度に細い線のようなものが出てきて
最終的にカッターで切り刻まれたかのようになっていた。
観察すればするほど理解し難いものだと感じるその不定形のものは
空間を切り取るように景色を切り取って見えなくさせている。
たまに止まる停車駅でその姿は鮮明に視えるのだけれども、誰も注意を払わない。
(そろそろ、降りなきゃ。あんな気持ち悪いのこれ以上見たくない)
まもなく到着するであろう自宅の最寄りの駅。
車両から降りようと席を立ちドアの前に立った時、
ドアの窓にその黒い奴が現れた。
(何よこいつ! 何よこいつ! 何なのよ!?)
そして、駅についてドアが開く寸前、暗い闇の中から
ソイツは開眼した。
「ひっ!」
逃げるように駅のホームに飛び降り、
階段を登って、改札に定期券をかざし、帰り道を全力疾走する。
一連の流れ作業を盲目の内に行い、
見開いた目がこっちを見た時の恐怖感だけで家に這いつくばるように帰った。
家に着くと、メリーから着信があったことに気が付いた。
あの時は、恐怖感のあまり気が付かなかったのだろう。
開いてみた瞬間、またソイツが見えたような気がした。
大量にかいた汗が一層気持ち悪く感じるようになった。
一瞬見えた幻覚に狼狽えながら光る画面に写された履歴を見る。
メールやSNSで送らないことに不思議に思いつつも
留守番電話サービスの録音情報を再生する。
『もしもし、あたしメリー』
なるほど、これがやりたかったのか。
そう思いつつ苦笑いして続きを聞く。
『本当は蓮子の声を直接聞きたかったのだけれど、残念ね。まあそれはいいの。
それより聞いて、蓮子も薄々感づいているかもしれないけれど・・・』
軽い皮肉のような愛情表現から一変し真剣味の増した声で私に語りかけてくる。
『私達、視える景色だけが入れ替わっちゃったみたいなのよ。
蓮子ならこの意味分かるよね?』
「何それ、意味分かんない」
分かっていたけれども、現実を受け入れることができないでいた。
どうにも自分のアイデンティティが崩壊したように思えたからだ。
『電話で言おうと思ったのは文面だけじゃ伝わらないからだって思ったんだけど』
でも私は気づいた。もうメリーを必要としなくてもいいのだ。
『これで貴方はもう私を必要としなくてもいいのよね?』
その言葉が一瞬心に刺さって、冷たい血液が内蔵に流れたような気がした。
『ごめんね? こんなこと言っちゃって』
私はそこで再生を止めた。
すこし鬱屈した気分から抜けだせずに、冷蔵庫に入っているほろ酔い用の
あんまり美味しくないサワーを飲み干して布団をかぶった。
●4.華胥の郷
夢の中に居た。
ベッドに倒れ込んだ感触、その記憶が残っている。
ここはどこか。
まだ真夜中で辺りは何も見えない。
木がざわめくばかりで、よく茂る植物で星も視えず。
恐怖心に煽られ周囲の音に敏感になっていた私は、
何かの気配を感じ取って森をひたすら走った。
後ろから何か追われてくる。
野生の動物か、それとも魑魅魍魎の類か
どちらにせよさっきというモノを肌で感じるのには
久方ぶりと言ってもいい。
衛星の怪物に襲われた時と違うのは、重力質量が大きいということだ。
足を滑らせながら道無き道の斜面を下り続けた。
やがて私は暗い森の中から抜けだした。
古い木造平屋の民家が目の前にが見える。
規模を察するに小さな村に出たようだった。
奥の方に僅かに竹林、それ以外には田園と広い草原が見えるが
月明かりだけでは当然見晴らしが悪い。
幾ら裸眼で星を見る程度の視力があってもここまで暗いと
夜行性か赤外線スコープでもないと分かりやしない。
これで夜盲症にかかっては一大事だ。
と言っても、もう後ろに気配は感じられない。
上手くまけたようだ。
鈍い思考で村の中心へ歩いて行くことにした。
何やら賑わっている。
今日は夜までお祭りをしていたのだろうか。
行けば見たことのない珍獣と人間のハイブリッド(配合種)や、
角が生えた鬼のような子供、
空をとぶ天狗に箒にまたがる黒いとんがり帽子の女の子。
きっとあれは魔法使いか。
羽が生えてるのは当然で空をとぶのも日常の不思議な世界。
夢でも見ているのか。
いや、これは夢だ。
夢の中だから妖精や妖怪は居て当然なのかもしれない。
でもこれは明晰夢なのであった。
信じられないものを目の前にする私の気分は最高潮に達していた。
「凄い! 何よここ! メリーはこんなものを見ていたの!?」
ちんどんと塗装されていない道を歩いて行く人間たちの神輿。
焼けた生臭さと茂みの薫りが鼻を突く。
商い通りには屋台が並び、動物性蛋白質と山菜の香りが鼻をくすぐる。
匂いに誘われ奥へ奥へと引き寄せられる。
そこには妖怪も人間も隔たりなく暮らす世界。
私は只々立ちつくすばかりなのであった。
●5.幻想現実
メリーしか知らない世界を私も知ることが出来るのだ。
そう思った矢先、もう夢が明け始めていた。
夏至という時期が悔やまれる。
夢明け前に私は気付いた。
私達は自身の手によって周りを物理的に幻想の形に作り換えているが、
ここにいるものは違う、幻想によって本来あるべき現実を示していた。
私達は人間たちの創りだした人工物とその世界に囲まれて暮らしている。
作られたものは存在しているように見せられ、
消えたものはあたかも今でもあるかのように映しだされる。
それは一種の幻影だ。
社会は自身の手によって幻影を見せるための人工物をどんどん発達させた。
だが、本来あるべき自然は、幻影の為に科学技術の進歩とともに失われていき、
私達が知るのは今や人間社会が創りだした幻想だけなのだ。
なのにこの世界はその逆を行っていた。
幻影を見せる道具、即ち科学技術は幻想の中では意味を成さない。
そういう新しいものは流行として栄えるがすぐに廃れていく。
定着せずに元の幻想、いや現実に戻る。
それはある種の普遍的現実という幻想である。
だからこそ一見幻想に視えるこの世界は実は現実を超えた超現実と言えるのだ。
さて、メリーにはなんて話そうか。
この話をすべくもっとこの世界に入りたい。
現実よりも現実的な姿に幻想を見出した私の貪欲さはいざしらず、
どんどん夢の世界に囚われ始めていた。
考えれば考えるほど
現実は幻想であり、幻想は現実であるような。
私はそんな錯覚を覚え始めていた。
それこそ罠なのであったことは私はまだ知らない。
これは胡蝶の夢なのだと
●6.フレイザー錯視
メリーが入院したその翌日の土曜日。
私は布団の中で目を覚ます。
「うっ・・・うー・・・」
随分と寝込んでいた筈なのに
身体の疲労は帰った時よりも随分辛いものになっていた。
決して寝過ぎたわけではない、まだ目覚ましも鳴っていないのだ。
ピピ。
身体がすぐに反射し、目覚ましを思いっきり叩いて止める。
勢いで床に落ちた。
それからすぐに夢に落ちた。
興奮した面持ちで蓮子は境界を覗いては廻って遊ぶ。
土曜も日曜も私は疲れた体を癒やすこともなく寝続け、
日曜の夕方になって漸く軋む体を起こした。
お腹は空いていない。
冥界でそこの物を食べると生きて帰れないそうだが
空腹には勝てない。
つまりはそういうこと。
それなのに、この2日の夢は
真理に近づいているようで全く近づいていなかった。
むしろ理解が出来ないことの方が増えた。
体が重たく頭が痛い。
傷は塞がっているものの、枕は巻いた包帯から滲み出た血で少し赤く染まっている。
私はメリーに連絡を取ろうとしたが
入院したメリーをほったらかして
もう2日も会いに行かずに寝ていたなどとは流石に言えなかった。
●7.矛盾
蓮子は私の目だけを持ち去って何処かへ行ったまま。
あれから連絡が来ない。
端末の画面を見る。
最後に電話の履歴から2日過ぎた。
あの事故が終末だったこともあって
休日療養して大学には復帰出来たから問題はないけれど
蓮子がどうしているかがわからない。
別に、入院中怪我した私の見舞いをほっぽり出したことに
ムカついて連絡を取らなかったわけじゃない。
ちょっと電話しずらかっただけ。
今はむしろ蓮子のことが少し心配になっていた。
用の済んだ端末を仕舞うとアイスコーヒーで喉の渇きを潤した。
今は講義も終了し、大学構内のカフェテラスで孤独な暇(いとま)を楽しんでいる。
ふと、顔を見上げると窓の外で蓮子が全力疾走してこっちにやってきているのが見えた。
誰かを探している様子だ。
何事かと思っていたけど、ここはあえて平静を保つ。
「やあ、メリー」
目を逸らした隙に、いつの間にか蓮子はすぐ近くに居た。
声のかけ方から察するに、私を探していたようだった。
「あら、今終わったの?」
「うん、そうよ」
偶然を装ったふりをしているけれど、
息切れしている辺り、必死だったのが伺える。
「それで、どうしたのかしら?」
「もしかしなくても、メリー怒ってるよね?」
「怒ってないわ、でも土日私のことを置いてどこに行っていたのかしら?」
「それはその・・・」
きっと大事な用事があったのかな、なんて私は思ってない。
だって蓮子のスケジュールはだいたい分かっているから。
それでも敢えて聞くのは疑念をぶつけたかっただけ。
「夢を、見ていました」
普通なら怒る場面であろう。
「ごめん、メリー!」
他の人なら許さないかもしれない。
「分かってるわよ、私の眼で遊んでいたのでしょう?」
魂は入れ替わらずに眼だけが入れ替わった私達。
視えるものが初めて共有できた気がしていた。
「そんなつもりじゃなかったんだ」
まるで浮気した彼氏と喋っているような気分だ。
勿論私にそんな相手は居なかったけれど。
「大丈夫よ、私も星空でも見ない限り、久しぶりの静寂が取り戻せたし」
「それは、よかった」
申し訳無さそうに笑う蓮子の顔。
私は肝心なことを言い忘れていた。
「ねぇ、蓮子」
「何?」
「私達、ちょっと距離置かない?」
見開いた瞳孔。
蓮子の手が震えている。
これはお互いのため。
でもその姿を見て厭な私はすこし快楽を覚えていた。
私の中で渦巻く愛情のような憎悪。
きっと蓮子は私のことではなく眼の能力にしか興味が無いという不信感。
自分の形がわからなくなった二日間のフラストレーションを彼女に吐いた。
「秘封倶楽部は?」
「疲れたわ。休ませてよ」
そう吐き捨てて私は席を離れる。
吐き捨てた後の苦々しい気分に苛まれる。
「めりー」
視界の端で蓮子が脱力して床にへたり込むのが見えた。
走って逃げ出して、
蓮子が追いかけられないように知らない道に入って、
それで気づかぬ内に見知らぬ神社の鳥居の前に居た。
神社の階段を登ろうする。
そこで気付いた。
ふと私は涙を流していた。
●8.シュリーレン現象
「メリーに嫌われた、メリーに嫌われた・・・」
何でこんな眼を貰ってしまったのか。
この眼が憎くて仕方がない。
でもメリーの眼だ。
潰すわけにもいかない。
大学から飛び出てメリーを追いかけるけれども途中で見失った。
「ひっぐ、うぅ・・・めりー」
死にたくても死にきれない。
でも、メリーの目の前で車に轢かれてしまおうかとか、
いっそのこと、首を切って眼がついたこの頭を
メリーに返してしまおうかなんてことも考えた。
発想が病んでいる。
泣いている私に声をかけようと誰かが近づいてくる。
「・・・」
返さないと。
メリーは今どこ?
「メリー」
早く追いかけなきゃ。
また走りだそうとした時、声をかけようとしていると思われる人は、
明らかにおかしい位置から近付いてきている来ていることに気付いた。
気づけば周りには誰も居ない。
「なに、ここ・・・」
辺りはまだ夕方前だというのに暗闇に包まれている。
時間端もまだ明るいし古錆びているからか電灯の明かりもつかない。
周りの景色が黒い霧で蜉蝣(かげろう)のように
光を屈折をしているのか揺らめいて見える。
その中で唯一光るのは端末の明かりと月明かりよりも暗い太陽。
揺らめいているが今なら裸眼で黒点も見れるかもしれない。
だが、あいにく私の眼はメリーの所だ。
「ヒィイ!!」
それは突如現れた。
忍び寄る黒い影。
形容しがたい不定形の切り裂かれた空間のようなもの。
そこから私を真正面に臨む一つ眼。
「何なのよ!コイツ!」
恐怖に身を震わせると、
スキマのような空間が道を覆い、背後の建物を覆い、そして空を覆う。
取り込むかのように空間が私を覆う。
「逃、げなき!」
極めつけは、四方八方からの同種の一つ眼の出現。
そいつらが瞬きしながらこちらを一点に凝視し揺らめく。
足元もどんどん侵食していき、私の体を覆っていく。
そこで私は意識を失った。
●9.ウラノピア
触れる手が少し赤色に染まる。
「蓮子・・・」
階段で拾った黒縁の帽子の色だった。
拾った足元には同じ色の足跡が付いている。
「連れ戻さなきゃ」
私はあることを思っていた。
空を見渡せば綺麗な満月による地上の空間座標と
綺麗な星空による時間座標が見える。
ここは一体どこなのか。
「蓮子!」
来た道を引き返すと異様に暗い空間があって、
黒い闇の中に一瞬だけほんの薄く黒い輪郭のシルエットが見えた。
視力の高い人の目でもよく見えない位、見づらいものだったが。
「戻ってきて! お願い!」
必死な声も虚しく暗い空間に響き渡ることもない。
あの暗闇の正体を私は知っている。
あれは境界だ。
無謀にも私は暗闇の中に飛び込んだ。
「蓮子! そこにいるんでしょ?」
声を上げながら進む。
しかし、ある程度進むと思った通り真っ暗闇の霧のせいで前が見えない。
たまに壁や電柱にぶつかってしまって容易に足を動かすことが出来ない。
何とか勇気を振り絞って慎重に足を前に運ぶ。
「さっきはごめんね」
蓮子にこの声が届いているかどうかは知らない。
でも、きっと聞いてくれているはず。
「蓮子を傷つけるつもりじゃなかったの」
一寸先の闇の不安で思わず声が小さくなってしまう。
「ねぇ、どこにいるの? 教えて、何も見えないの」
「出てきてよ。蓮子」
そう声をかけて手を伸ばした時、何かに触れた気がした。
私にはそれが何かわかっていた。
「見つけた」
黒い影は何もしない。動くこともない。
「ほら、お祖母ちゃんの形見の帽子よ。落としちゃダメでしょ?」
黒い影にさっき見知らぬ神社で拾った帽子をかぶせてあげた。
「二人で秘封倶楽部なんだから」
熱を帯びたような気がした。
「帰りましょ」
暗闇が揺らめく。
「大好きな私の人間」
影が口を開いた。
「うん」
霧は晴れることはなかったが、目の前の人間が色を取り戻して、
誰だか顔が見えるようになっていた。
「大好きな私の蓮子!」
静かに泣きながら抱きつく。
「ありがとう」
ふと、床が抜けたように地面からの垂直抗力が消えて
重力加速度と空気抵抗が体を襲った。
そこからは意識が消えるまで深淵の谷に落ちるだけだった。
●10,本当の現実
夢から醒めると見知らぬ天井が見えた。
酷く頭痛がして、横目に点滴が見えたから
ああ、病院なんだなってぼんやりした頭でも理解は出来た。
隣とはカーテンで仕切られ、
この白い空間はもはや自分一人だけのものだった。
暫くして看護師が点滴の交換をしにやってくる。
私が起きていることに驚いていたが自分の作業を止めることはない。
その時、ふと疑問が湧いた。
「すいません」
「痛みますか?」
白い衣装に身を包んだ看護師は静かに微笑む。
「いえ。私、どうして病院に?」
話を聞くと、
どうやら私達が“道端”で大量出血しそのまま意識を失っていたのが真実で
私は目を覚ましてなかったようだ。
つまり、あそこから既に夢だったのだ。
私達が今生き長らえているのは、
倒れている所をそこをたまたま通りかかった人が通報してくれたお陰だそうだ。
看護師曰く、私達は三日も眠り続けていたらしい。
時刻を確かめようと夢の中で慣習づいていた時計の時刻を見る操作をするも時計がない。
試しに夜空を確かめる。
今日は月曜で大学の講義が全て終わっている時刻だった。
「そういえば、メリーは?」
看護師に確かめるが、メリーなんていう名前は通用するはずもない。
「あっ、すいません、マエリベリー・ハーンさんは居ますか?」
メリーの本名をちゃんと言ったのは彼女がサナトリウムの見舞いをした時以来だ。
ああ、言いづらい。
「それなら」
そういって白いカーテンが引かれる。
私だけの空間が拡張され、その先に見えたのはメリーがベッドで寝ている姿だった。
(メリー!!)
思わず私は叫びそうになったが声が出ない。
胸が苦しくて、息が苦しくて。
「宇佐見さん大丈夫ですよ。ただ眠っているだけですから」
私を安心させようと落ち着いて話す。
「本当ですか?」
「ええ、先ほど起きていらっしゃいましたし。
また何かあったら呼んでくださいね?」
そう言うと看護婦は部屋を出た。
「よかった」
胸を撫で下ろす。
部屋の引き戸の閉まる音でメリーがふと目を覚ました。
「う、んー」
「おはよう」
こっちの声に反応して顔を向ける。
「蓮子・・・?」
目を見開く。
「蓮子、起きたのね!? よかった」
そう言って何故か泣きはじめた。
「何も泣く事ないじゃない」
「だって、蓮子に酷いこと言っちゃったから」
酷いこと?
「夢の中で蓮子に」
「何で、覚えてるの?」
私達は間を少しおいて理解した。
「・・・そっか」
「夢を共有、というかあっちの世界に行ってたのかしら」
「仮にそうだとしてもお土産はないよ?」
「あるわよ、ほらその帽子」
私達は軽く笑う。
「夢の中で化かされたのかしら」
「きっとそうよ」
会話が止まる。
妙な緊張感。いや、ネタが尽きただけか。
メリーがベットから体を辛そうにゆっくり起こして
右手で体を支えながら点滴スタンドを左手で掴む。
何をするんだろうと思うと、彼女が口を開いた。
「キス、してもいい?」
「・・・」
私に抵抗する余地はない。
そもそもそこまでの体力がないのだから。
メリーがスタンドに体重をかけながら
ゆっくり進んでこちらのベッド際まで辿り着く。
さながら、航海船のような。
手で横髪を耳にかけると
両手を私の肩の外側に置いてゆっくり顔を降ろしてくる。
恋も知らず、貞操を守り続けた私。
女同士なのに拒絶する感情も湧かず、
なぜだか、ドキドキする。
暗闇から救ってくれた。
そんな気がした。
甘じょっぱかった。
疲れた私達はもう一眠りすることにした。
●11,魘魅(おわり)
(さあ、どうする? メリー、もうあんたは能力が使えないんだぜ?)
メリーは助ける気のようだった。
(無理に決まってるだろ)
メリーは結界視を取り戻した。
結界の中で天邪鬼に捉えられた蓮子を救い出した。
彼女は未知の妖怪に、この小説に打ち勝ったのだ!
深淵に落ちる中、彼女はこちらを見ている。
「私達は屈しない」
天邪鬼の介入をこうしてニヤニヤ眺めていたが、
いやはや残念だ。
ここまでだったようだな。
もう少し頑張ってくれるかと期待していたんだけどさ。
(嘘だろ!?)
(何でだよ!!
何で能力が元に戻ってるんだよ!!)
(クソ! さては執筆内容を途中から無理やり捻じ曲げたな!
夢オチなんで邪道入れやがって!)
(このままで終わると思うなよ!)
彼女は背後から寄るメリーに気づかない。
突如、目の前にスキマが現れる。
(!? 何を、やめろ! 助けてくれ! 幻想郷にはもど)
こうして彼らは奇妙な反転した結界から抜けだした。
まさか鏡の中だとは思わなかったが
安堵した二人は夢の中。
(“このままでは終わらせない”)
おや?
二人が再び目を覚ますとあの神社の階段の下に居た。
頭から流れ出ている血に呆然としながら、メリーは大丈夫なのかと心配した蓮子。
メリーの体が横たわる蓮子の体を眺める。
誤謬ではない。
(ふはっ、ふははは!!
まだ気づかないようだな
今度は二人の魂を入れ替えてやったんだぜ!)
申し訳ないがもう終わりだ。
(は!?)
ちょっと執筆疲れたから、また今度ね。
(ちょ、待てよ!)
では、またいい秘封を