海を作るには幾分年を取り過ぎた私だ。結界の中ともあれば尚更のこと。絶え間なき衰耗に敵う生誕を誰が後から手にしよう。けれどもある時から自身を中心とした闇の半径が思いもよらず延びたために、言葉では汲みつくせないほどのものの数々が見る間にその中に沈んでいったために、そこに浮かび上がる慰安の十字架を救済と信じた余りに、私は茫漠たる海となった。眩暈に悩む眩暈に。道から逃げる道に。奴隷を虐げる奴隷に。哀れな延長よ。合わせ鏡を行き交う光の像には結ぶ先さえないと知りながら。
あるものを食い、あらぬものを食い、土くれや木の根を幾ら食っても未だ腹が満たされないと知ってからは、宿命的な悪食はそのままとして私は空腹を再び友として迎え入れた。海に朽ちた殉教者の群れを姉妹の印に楠の下に捧げて。水の中に煙は上がり、屍灰の臭いは海面を何度も突く。今となっては呆れるほどに分別臭い振舞いの数々。海に道徳があるものか。満ちては引く水の味さえも知られぬままに。
情緒を、感傷を、食らいながら私は歩く。虚空に向かって見えぬ腕を振り上げながら。触れるものみな黄金と化す王の神話を耳にするや否や口に含む。黄金は闇に溶け、崩れた相場も、砂も……。何もかもが他愛のないリボンで頭髪を飾って腹の中へ。胎の中へ。
もはや謳われる英雄さえもいない。ぬるく溶けた黄色い靄。微かな予感。雑踏の破片。計算と知識たち。波打ち際に遊ぶ車輪の数々。森の真ん中に生まれた海は食らい尽くし、吸い尽くし、呑み尽くし……。あらゆる色合いのもののあわれが球状の海に溶けた。一様に膨張する暗黒。その姿は虫の居所の悪い天球にも似て。
言葉などでは幾度汲めども汲み尽くせぬ豊穣の中にいつしか生まれる海底都市。風雨からも人からも時からも逃れて屹立する文明の孤児。潮に晒される大聖堂の正午の鐘の音を誰が聴いただろうか。住まう者のいないアパルトマン。暴動さえ起こらぬ広場。劇の催されぬ劇場。昼間の闇の眩暈の数々。殉教者たちの身体が姿を変えたその煙は吟遊詩人の滑らかさで教会のステンドグラスを潜り、広場の地面を嘗め、劇の幕間を縫い、海の中を泳ぐ、泳ぐ。屍者の臭いを振り撒きながら、生の痕跡を残しながら、やがて煙は絶えず蒸発し続ける海に紛れて闇の外へと飛び出した。私が唯一口に入れて食しきらなかったものがそれだ。森の只中で一筋の煙を上げる巨大な暗黒の球体。
けれども今や煙が何を語ろうか。生き物の振舞いの何もかもを心得た風でいる燃え残りの神話ならば海の底に幾らでも沈んでいる。羊の毛を纏った無害な破片たち。鮟鱇の提灯に群がるその姿が貴方にも見えるはずだ。野蛮な思考がいかなる分類を成し遂げようが、何もかもが順列の戯れだ。西洋の自惚れきった叡智の手慰み。
いや、いかにも順列の戯れだ。偶然の産物だ。呆けた未完の夢々。幾本かの線のうちに針を落とすのにも似て。しかし畢竟煙を見逃したのは私にとっては手痛い失策だった。殉教者たちを燻した香りは木々の隙間を縫い、里を越え、神社へ。そうなれば後はお決まりの茶番だ。塵芥だ。東の国の十字軍。供物ではない初めての来訪者。球状の海に閃く紅と白。巫女は鐘の音を聴いたか。幻たちが演じるオペラを観たか。神話を聴いたか。その煤けた味を知ったか。最後に広場に立ったのは誰だっただろうか。そこに膝から崩れ落ちたのは。
そして海の中から、私の胎の中から、屍灰から甦った殉教者たちが列をなして森を歩いていく。光へと志す身たちの行軍。やがて海底都市が人懐こい廃墟となるまで。縮小しきった闇の真ん中に座り込む少女の額を巫女が小突くまで。
あるものを食い、あらぬものを食い、土くれや木の根を幾ら食っても未だ腹が満たされないと知ってからは、宿命的な悪食はそのままとして私は空腹を再び友として迎え入れた。海に朽ちた殉教者の群れを姉妹の印に楠の下に捧げて。水の中に煙は上がり、屍灰の臭いは海面を何度も突く。今となっては呆れるほどに分別臭い振舞いの数々。海に道徳があるものか。満ちては引く水の味さえも知られぬままに。
情緒を、感傷を、食らいながら私は歩く。虚空に向かって見えぬ腕を振り上げながら。触れるものみな黄金と化す王の神話を耳にするや否や口に含む。黄金は闇に溶け、崩れた相場も、砂も……。何もかもが他愛のないリボンで頭髪を飾って腹の中へ。胎の中へ。
もはや謳われる英雄さえもいない。ぬるく溶けた黄色い靄。微かな予感。雑踏の破片。計算と知識たち。波打ち際に遊ぶ車輪の数々。森の真ん中に生まれた海は食らい尽くし、吸い尽くし、呑み尽くし……。あらゆる色合いのもののあわれが球状の海に溶けた。一様に膨張する暗黒。その姿は虫の居所の悪い天球にも似て。
言葉などでは幾度汲めども汲み尽くせぬ豊穣の中にいつしか生まれる海底都市。風雨からも人からも時からも逃れて屹立する文明の孤児。潮に晒される大聖堂の正午の鐘の音を誰が聴いただろうか。住まう者のいないアパルトマン。暴動さえ起こらぬ広場。劇の催されぬ劇場。昼間の闇の眩暈の数々。殉教者たちの身体が姿を変えたその煙は吟遊詩人の滑らかさで教会のステンドグラスを潜り、広場の地面を嘗め、劇の幕間を縫い、海の中を泳ぐ、泳ぐ。屍者の臭いを振り撒きながら、生の痕跡を残しながら、やがて煙は絶えず蒸発し続ける海に紛れて闇の外へと飛び出した。私が唯一口に入れて食しきらなかったものがそれだ。森の只中で一筋の煙を上げる巨大な暗黒の球体。
けれども今や煙が何を語ろうか。生き物の振舞いの何もかもを心得た風でいる燃え残りの神話ならば海の底に幾らでも沈んでいる。羊の毛を纏った無害な破片たち。鮟鱇の提灯に群がるその姿が貴方にも見えるはずだ。野蛮な思考がいかなる分類を成し遂げようが、何もかもが順列の戯れだ。西洋の自惚れきった叡智の手慰み。
いや、いかにも順列の戯れだ。偶然の産物だ。呆けた未完の夢々。幾本かの線のうちに針を落とすのにも似て。しかし畢竟煙を見逃したのは私にとっては手痛い失策だった。殉教者たちを燻した香りは木々の隙間を縫い、里を越え、神社へ。そうなれば後はお決まりの茶番だ。塵芥だ。東の国の十字軍。供物ではない初めての来訪者。球状の海に閃く紅と白。巫女は鐘の音を聴いたか。幻たちが演じるオペラを観たか。神話を聴いたか。その煤けた味を知ったか。最後に広場に立ったのは誰だっただろうか。そこに膝から崩れ落ちたのは。
そして海の中から、私の胎の中から、屍灰から甦った殉教者たちが列をなして森を歩いていく。光へと志す身たちの行軍。やがて海底都市が人懐こい廃墟となるまで。縮小しきった闇の真ん中に座り込む少女の額を巫女が小突くまで。
なんともいえない海底都市の迫力と物寂しさが印象的です。
評価しきれないけれども決して悪い印象は持ってません。
示唆されている通り収束したらいいなあと思いました。
次はもっと分かりやすい話だと嬉しいです