Coolier - 新生・東方創想話

闇よ、闇よ、この指にとまれ

2015/06/23 11:13:56
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 博麗霊夢が昼寝の弊害に気付いたのは寝床に入ってからのことであった。
 その日は博麗神社に来客もなく、お茶と昼寝に無益な時を費やしたが、どうも怠惰にかまけて寝過ぎたらしく、今宵は布団に転げていても一向に眠られそうにない。
 ならばいっそ起きていようかとも思ったが、冬の寒空に布団から出て何かするのも、また物憂い。故に行灯の薄明かりを枕元に寄せ、柄にもない読書に耽ることにした。
 雅やかな文体が特徴的なその小説は、神社を訪れた誰かが忘れていった文庫本だ。
 然程と興味を引いたわけでもなかったのだが、連綿と紙上に並ぶ文字列を眺めていればいずれ眠気も覚えるだろうと、そういう安直な考えの元、霊夢は枕に顎を乗せ、行灯のあえかな白光を頼りに粛々とページを読み進めていった。
 ところが読み進める内に文章が所々、仄かな暗みを帯び始めた。
 それはボンヤリとした黒闇の集積で、初めは本自体の落丁かと気にも留めていなかったが、ページを捲るにつれてそれはよりあからさまに、明白になっていった。
 遂には物語のヒロインの名前までもが黒く掠れてしまい、これは疲れ眼によるものかと、霊夢は幾度か眼を擦ってみたが消えず、よもやと思い、書面を指で拭ってみると砂粒に似た感触で黒闇がこそげた。
 どうやらただの悪戯だったようだ。霊夢は小さく息を吐き、悪戯者の名を呼んだ。
「あんたでしょう、ルーミア」
 幼気な笑声が明かりの届かぬ天井のどこからか響いてきた。キャラキャラと響くその声音は人里の子供らのそれと大差ないが、時刻が時刻なだけに薄ら寒さがある。子供らなど宵闇にあれば眠るばかりであろうに、その声の主は宵闇に潜んでいた。
 ちょっと待ってみたが姿を現す気配もない。霊夢は読書を続けることにした。
 この霊夢の素気ない対応は、相手の気に召さなかったのだろう。次第に聞こえてくる剥れた様子の唸り声に対しても音無しを決め込んでいると、相手はならばとばかりに、文章中の暗澹を増殖させていった。本文の一節に『是れ其言のおほむねなりき』という部分があるのだが、そこの『れ』と『言』と『む』以外の文字が黒闇に塗り潰されて、いかにも催促がましい悪戯として表れた。しかし霊夢は一切構ってやらず、本を裏にして背表紙をポンと叩いて闇を落とした。ザザアと音を立てて、それらは枕元に砂山ならぬ闇山を作ったが、フウウと吐息で吹き飛ばしてやると、渦を巻いて大仰なまでの高さに舞い上がった。
 すると行灯からの光明の道筋と中空に浮かんだ闇粒が偶然に交わり、幾筋かの光線を産んだ。中空に散らばる黒粒は小さくとも闇であり、その背後に光を通さず、その粒同士の合間を縫った光波のみが光線となった。その光線は闇粒の微細に漂う加減によって姿を波状に変転させ、滑らかな反物の如く揺々と光道を震わせていた。
「ああ、これは悪くないわねえ」
「えへー、そうかな」
 その間延びした声音は、今度は天井からではなく壁側から聞こえた。光線の進む先の白襖には黒闇と薄光とが混一として写っていたが、光線の変転に応じてその影絵も形状を移ろわせて、それはやがて小さな人型となり、その暗がりがむくむくと隆起した。影という黒色から光めいた五色を生じ、それは見知った少女の姿と相成った。
 闇を操る宵闇の妖怪・ルーミアだ。襟付きブラウスに黒ジレを着重ね、紅いスカーフを首に結んでいる。下は平凡な黒スカート、これは膝より少し長いくらい。
「こんばんは、ルーミア」
「こんばんは、霊夢。何してるの」
 両手を左右に伸ばした、曰く聖者のポーズを取りながら、彼女は軽く小首を傾げてみせた。黄金色した頭髪のアクセントたる赤いリボンがサラリと側頭に流れた。
「寝付けなくて本を読んでいたのよ」
「じゃーさ、遊ぼう」
 ルーミアは無邪気に笑い、そう言った。
 どういった意味での『遊ぼう』なのか霊夢は意図を測りかねたが、如何な意味にせよ、あまり気乗りがしなかった。何せ、こうも冬ざれた夜は遊ぶにしては寒すぎるのだ。
「寒いから布団から出たくないわ」
「ふーん。なら、そのままでいーよ。お喋りしよう」
 闇妖怪は枕元にしゃがみ、本を指さした。
「それ、知ってるよ。有名なブンガクだもんね」
「そうらしいわね。あんたは読んだことがあるの?」
「あるよ、偉いでしょう」
 どこか自慢げな様子で、闇妖怪が胸を張る。霊夢は胡散臭げに眼を細めた。
「私まだ途中までしか読んでいないんだけど、じゃあ、これってどんな話?」
「えーとね。自我は誰かに依存することによっても辛うじて保たれるけれど、依存は結局お互いを傷つける、っていうお話だよ。自分のために誰かを傷つけちゃダメだよね」
 ああ、結局そういったオチなのか、と霊夢は作中の軟弱な主人公に憐憫の情を覚えた。その軟弱性からの脱却という道筋が、恐らく、この本の核心であろう。
「確かにダメだけどね、良くある話よ。人間は繊細で凄く弱い生き物なんだもの」
「そーなのかー?」
 どこかで聞いたような台詞を口にして、ルーミアが意味深にジロジロとこちらを見てくる。霊夢は気づかぬ振りをして言葉を続けた。
「そういう繊細さがあったからこそ人間は精神の安定を求めて視野を広げるよう努力したのよ。それこそ、こういう本を書いたり読んだりしてね」
「そーなのかー。じゃーさ、霊夢がこのブンガクを読んだこと無いってのも納得だね」
 キャラキャラと鈴の音にも似た皮肉で返され、霊夢は不機嫌に鼻を鳴らし、笑うルーミアの胸元にその本を無造作に放ってやった。
 眼を円らにさせてこちらを見やる闇妖怪に、霊夢は告げた。
「それじゃあ、図太くて素敵な巫女が繊細なあんたに命ずるわ。その本を読んで聞かせてちょうだい。誰かさんのせいで眼が疲れちゃったの」
 この無愛想な要求に、ルーミアは露骨に不服そうな表情をした。
「普通にお喋りしてたほうが楽しいじゃない」
「あら、私としては助かるのよ。他人の朗読って、聞いてれば眠くなるじゃない」
「そんなの芸がないわ」
「芸があるなら見せてみなさいよ。さっきの光線のやつは嫌いじゃなかったけど」
 ルーミアは腕を胸元に組み、ううんと唸りつつ眼をくるくるさせて悩んでいたが、やがて何事かを閃いたように頷いてみせた。
「それならね、さっきみたいなのを使って寸劇にしてみようか!」
 そう口にするや否や、ルーミアは周囲の闇を手繰り、枕元の行灯を暗闇で包んでしまった。部屋は一瞬にして無明の世界となり、霊夢の視界には漆黒ばかりが残された。
 唐突な暗転に霊夢は憤懣の口を開きかけたが行灯を闇の隙間より光線が漏れ出で暗がりの白襖に光の像が映ったのを見て黙り込んだ。
 本来、襖芝居というものは光を背景に影を動かすものであるが、この妖怪の目論んでいる寸劇はその逆で、闇を背景に光を動かす仕組らしい。
 その白光の霞んだ像、謂わば『光絵』はやがて山高帽を被った男性の形となった。
「時は明治、彼は異国にて留学の途にある太田青年であります」
 ルーミアは言葉に独特な節回しを付けて語らった。
 光は菩提樹の並木道と、そこを悄然と進む青年の姿を描写していた。歩く姿のアニメーションは滑らかで、足運びはもちろん竦んだ肩の表現も堂に入っている。
 やがて古びた建物の門扉に寄りかかり、涙する少女の光絵が現れた。ちゃっかり例のリボンをしており、どうやらルーミアはヒロインに自分を重ねて見せているらしい。
「そこに現れたるは異国の少女。ここに二人は運命の出会いを果たすのであります」
 この朧光の寸劇はルーミアの声のみで展開されていく簡単なものではあるが、少なからず霊夢の興を咲かせた。彼女の声色は朗読のそれというよりはどこか芝居がかっており、即興な割に真剣で、ヒロインの台詞などには特に熱が込められていた。その大真面目ぶりときたら不覚にもクスリとさせられてしまうほどで、当初は子守唄なんぞにでもなれば良いとルーミアに押し付けた文庫本であったが、こうしてみると、ただの朗読などより幾らも楽しい。
 また、一部にはルーミアの創意であるらしい台詞や演出も含まれていた。
 それは踊り子を生業としていたヒロインの舞う情景の挿入であった。精神薄弱で気鬱の激しい主人公を慰むために、その光絵は、自らが光であることを利用した舞踊を捧げた。即ち、自在である。所詮は行灯の光であるから眼への鮮烈さに欠けていたものの、確固とした実態のない千変万化な光粒子を核とした演舞は登場人物の舞踊というより光の特性を用いた抽象的な表現であり、心優しい舞姫の、主人公を包み込むようなその純粋な情愛を丁寧に描写していた。
 胸に迫り来る感情の膨らみが内側から肺臓をまさぐり、霊夢は思わず感嘆の吐息を漏らした。ちらりと、舞姫がこちらを見ていた気がした。
 やがて寸劇も終盤に入り、故郷へ戻らんとする太田青年が別離を口にすると、舞姫は泣いて、彼を詰った。そればかりか、その全身の色彩を徐々に鈍色に濁らせていき、またその身動きに病疾的な痙攣を帯び始めた。遂には何事か甲高く叫ぶと、その光像は顎を大きく耳まで裂かせて、何ともはや、太田青年を頭から『丸呑み』にしてしまった。
 観客たる霊夢はその蛮行に表情を曇らせたが、舞姫はそれを見越した視線を送ってきていた。
 たかだか寸劇の登場人物に過ぎぬとは承知しつつ、霊夢は窘めるようにして詰った。
「あんた、何食ってんのよ」
「愛を諸共に迎え入れたのです。愛ゆえに、です」
 光像に輪郭が生まれ、目鼻が区分され、朧げな表情が生じる。彼女は微笑していた。
「この本って、本当にこういうオチなの?」
 霊夢が尋ねると、彼女はその可愛らしい口を開いた。何か答えるつもりかと思いきや、無言のまま返事がない。ぽかんと開かれた口は白襖に洞穴でも開いたかのように暗闇で、その白光する身体と強いコントラストを示していた。しかも、俄かにそれは大きくなり、遂には顔中が黒い染みに覆われた。枕に頬肘を付いていた霊夢は咄嗟に冷水めいた予感を覚えたものの、もはや間に合わなかった。口、というより闇がそこから奔流して霊夢の視界を奪い、先程の太田青年の如く、頭から丸ごとゴクリと飲み込まれてしまった。
 腹ばいに布団に寝転んでいたはずが上下すら定かならぬ浮遊感に身を包まれ、やがて、背中から大地に縛り付けられる重さを感じた。
 突然の不条理に投げ出され、半ば惘然として周囲を見やると、そこは見知らぬ屋外……という認識を持つ以前に、全くモノクロの、光と闇のみで構成された異世界であった。
 まるで、つい先程まで眺めていた寸劇の世界がそのまま三次元的な立体感を得て霊夢の周囲に現れたような、およそ浮世離れした光景で、その辺り一帯の建物や足音の石路などが闇に浮かび上がるように光っていることからして、どうやらその全てが光粒子で構成されているようだ。
 光自体はボンヤリとしているので眼がチカチカと苛むほどではないが、視界の限りは無人でありその気配もなく、また星一つ見えぬ暗黒の空とも相俟って、あまり居心地の良い世界ではない。
「ここは……胃? ――ってわけでも、無さそうね」と、誰に言うでもなく独り言ちる。
 霊夢は上体を起こして自分の身体を見やり、次いで両手を顔の前に広げてみた。そうして驚いた。何と自分の身体までも、全身の蛋白が乳白色の光子に置換されてしまっていた。五感を始めとした体調に異常は無いが、これは、この白と黒の世界に取り込まれたということなのだろうか。
 霊夢は裾を払いながら、とにかく立ち上がった。
 その場所には明らかに比興であり、かつ一度それを眼にしたならば決して忘れない類いの獣像が在った。その長い鼻や大耳などの特徴から察するに、音に聞こえた岐佐という動物に違いない。丸みを帯びた龍にも似た屋根を持つ中華風パゴダを模した門前に、この二匹の大獣の跪いた彫塑が厳然として置かれている。
 また、その屋根からは二つの小角灯に挟まれて一つの大角灯が吊り下げられている。そのシノワズリー趣味な角灯はこの光だらけの世界において一際に大きな光を宿していた。
 そうして、霊夢はその門扉の向こう側に寸劇中の少女そのままの姿をしたルーミアが佇んでいるのに気付いた。ふるふると、こちらに呑気な風情で手を振っている。
 折良く、門柵が自然と開かれる。仕掛けは知れぬがどうでも良い。
 霊夢は闇妖怪を睥睨し、すぐにでもそこへ急襲してやろうと思い、普段の調子で飛び立とうとした。が、その勢いのまま前のめりに転げてしまった。どうしたことか巧く飛べない。いつもは飛ぼうと念ずるだけで飛翔できているのだが。
 転げた霊夢の耳朶に、ルーミアのキャラキャラとした笑声が届いた。彼女は一頻り嘲笑したかと思うと、巫女に背を向けて颯爽と逃げ出した。
 逃してなるものやと、霊夢も立ち上がり、その後を駆けた。
 駆け入ったそこはどうやら公園か何かのようだった。
 門扉より真正面には煌めいた光の花壇を真中に挟むようにして二つの大路が並走しており、その花壇は外側が芝生として刈り込まれ、中央には沢山の薔薇が列して植えられている。尤もこのモノクロの世界では、そこに色調としての美彩は薄く、ただ薔薇という花の造形の美が半端に残るばかりだ。そのフォルムこそ光子で精密に構成されているのだが、これだけでは薔薇本来の美しさとは認められないだろう。
 大路の左右にはノッポなガス灯が数メートル間隔で並立しており、足下に在るベンチを仄かに照らしている。かなりの数量の長椅子が設置されていることからして、この公園のキャパシティは博麗神社のそれを十倍も百倍も上回るのだろうが、こうなってくると人影一つ見当たらないのが誠に不気味となってくる。大路の外は鬱蒼とした広葉樹林が壁のように並立しており、これも他と変わらぬ白黒のはずなのに、どこか仄暗く眼に映った。
 やがて白黒の飛沫をあげる噴水広場に至ると、ルーミアは右手に曲がった。霊夢もそれに続く。
 ――その、角を曲がった、次の瞬間だった。前方から風切り音が響き、霊夢は上空より滑空してきた何者かに襲われた。仰ぎ見れば、霊夢よりもずっと大きな白光の猛禽だ。
 その体当たりを寸でのところでチョンと避け、バックステップで体勢を整えた。
 相手は大路に蹼足を下ろしてグワッゴと幾度か中空に向けて鳴き、光子量の濃淡によってキメ細やかに表された羽紋を誇るように悠然と広げて、その間抜けに膨れたクチバシを霊夢に向けた。また、グワッゴ。眼は円らで、なかなかユーモラスな印象である。
「なあに、これ。ペリカン?」
 唐突な珍獣の乱入に眼を瞬かせ、霊夢は物珍しさに手を伸ばしてみた。が、すぐに引っ込めることとなった。そのクチバシがパチリと啄んで来たためだ。
 ペリカンは初撃の狙いを損ねたことも気にせず、二口、三口と霊夢の横っ面を狙って噛み付いてきた。
「何よ、鳥のくせにヤル気なのね。巫女に喧嘩を売るだなんて良い度胸じゃない」
 霊夢は懐から退魔符の束を取り出して振るい、その睥睨と併せて威嚇とした。大抵の妖怪であれば触れさせただけで霊験灼然に弾き飛ばす、効力は折り紙つきの御札である。
 ところが、この恍けた顔した鳥は、鳥であるが故か魔性とは一切の関係がない様子で、御札に対する引け目などは当然あろうはずもなく、眼前にチラつかされた御札の紙束を餌か何かと同じようにパチリとして、そのまま丸呑みにしてしまった。
 咽頭嚢の膨らみとして消えていく退魔符を、霊夢は呆然として見送るよりなかった。
 またグワッゴ、そうしてパチリ――どうやらメインディッシュが欲しいようだ。
 辛うじて鼻先三寸に躱したは良いが、食あたりの兆候など微塵も見せぬ相手に、霊夢は気を取り直して次なる武器を袂より取り出した。パスウェイジョンニードル、即ち信仰針である。針ならば相手が魔性だろうが禽獣だろうが関係ない。
 それに今度こそ喰らえば腹痛となろう!
 霊夢は執拗なクチバシの攻撃に身を翻しつつ、袖口から掌にかけて長針を滑り込ませた。
 このペリカンのクチバシ攻撃の最大の弱点はその身を相手の懐に差し出さねばならぬという点だ。つまり相手の物理的なカウンターには滅法弱いに違いない。
 霊夢はタイミングを計り、ペリカンの意識が攻勢というただの一辺倒に至ってしまっているその瞬間を見極め、長針を投げつけた。放射された針は肉眼で捕らえることは難しく、そのままペリカンの広げられた羽を貫いた。
 かの鳥は一瞬何が起こったのか分からなかった様子で、慌てて羽をばたつかせたが、複雑な羽紋が災いしてか針は抜けずに羽毛を散らすばかりであった。
 愛鳥精神など欠片も持ち合わせておらぬ霊夢は、油断を見せずに距離を取りつつ、もう片方の羽にも針を放った。手負いのペリカンにそれが避けられるはずもなく、白光の翼が痙攣するように縮み上がった。よほど痛むのか、または動けばより痛むことを早々と学習してのことか、ペリカンは羽毛をだらりと脱力させて哀しげにグワッゴと呻き鳴いた。
「ほうらね、巫女に逆らうと怖いんだから。大人しくなさ――」
 遠巻きに身構えていた霊夢は、ペリカンのクチバシが大きく開かれるのを見た。クチバシの中に見えたものは……光る口内とは対照的な夥しい量の闇球であった! 開かれたクチバシより溢れだして、その蜜柑ほどの黒弾は様々な放物線を描いて霊夢へと殺到した。あまりの量に流石の霊夢も不覚を取り、その内の一つが額に直撃してしまい、それの破裂する柔らかな衝撃に弾き飛ばされ、背中から転がされてしまった。
 衝撃自体の痛みはなかった。寧ろ、地面に倒れたその痛みのほうが強かったくらいだ。
 呻きつつ上体を起こして憎き鳥を見やると、いつの間にやら相手に合流していたルーミアが、ペリカンの羽に刺さった針を抜いてやっていた。彼女は二本の針を懐にしまい、ペリカンの頭を撫でてやりながら、尻餅を付く巫女に生温い憐憫の視線を与えた。
 霊夢はそれを挑発として受け取った。膝と足首に力を入れて重心を勢い良く前に移し、『起き上がる』という動作と『駆け出す』という動作をほぼ同時に行った。
 ルーミアはキャアと戯れの悲鳴を上げて、ペリカンの背に縋った。
「あっちよ」
 その言葉にペリカンは頷き、大地を蹴って飛翔した。
 形勢の不利を察した霊夢は急ぎ長針を投じたが、それはルーミアの投じた弾幕に相殺されてしまった。瞬く間に針など届かぬほどの距離が開いてしまい、とかくその後を追った。
 しかし翼と駆足では追いつけるはずもなく、霊夢はみるみるうちに距離を離され、丈高い広葉樹が乱立する林に入ったところで、とうとう連中を見失ってしまった。冬の当節にも関わらず鬱蒼と茂る白光の葉々は肉厚で、それらが空を飛び行くペリカンの姿を隠してしまったのだ。
 入り込んだのは鬱蒼とした林道だった。目に付いた限りだと殆どが欧州楢で、数本ばかり白樺や赤松がある。後は白詰草が風に揺れているくらい。青葉めいた匂いとジメジメした湿気が、その作り物めいた白黒の外観にも関わらず、現実感を帯びて身体にへばり付いてくる。枯枝や腐葉を踏む感覚にうんざりしてきて、やおら足を止める。
 途方に暮れた霊夢は僅かに乱れた息を整えつつ、耳を澄ませてペリカンの翼音を探ろうとした。
 ところが、その耳に聞こえてきたのは自然音とは全く正反対の、耳朶を揺さぶるリズミカルな歌唱だった。音の源に眼をやれば、何やら妙な彫像の前で、丈高な人影が激しいダンスを踊っているのが視界に入った。
 霊夢がそこへ近づいても、そいつはダンスを止めなかった。気付いていないはずはないのだが。
 それにしても、何と珍妙な服装だろう。白光するフェドーラと上下のスーツに身を包み、内着のワイシャツと右の腕章だけが黒い闇に染まっている。
 どこからともなく流れてきている曲に合わせて、そいつは異国語の歌詞を口ずさみながら、諸手を敏捷に散らしながら両足を軽やかにステップさせていた。
 霊夢は帽子で影になっていた相手の顔を覗き込み、その眼を見開かせた。
 あろうことか、それは毛むくじゃらな熊だった。闇と光が混一とされたような灰色の獣だ。
 やがて歌が終わると、そのスマートな熊は微笑して霊夢に語りかけてきた。
「やあ、霊夢。君はブラック・オア・ホワイト?」
 柔らかな声質の流暢な人語だ。熊語ではない。霊夢は熊語など知らないけれども。
「それってどういう意味よ」
「黒か白か、ってことさ。黒闇と白光しかないこの世界で、君は自分がどっちだと思う」
 そんなのはどこぞの閻魔にでも聞けば良いと思いつつ、霊夢はもう一度、自分の姿を見分した。皮膚はボンヤリとした行灯ほどの白光で構成されており、爪や血色など細部はその濃淡で表されている。髪の毛などの元より黒い部分は黒いままだが、それでも微かな煌めきを稀に放つことからして、多分、これらの薄闇は未成熟な闇で構成されているのだろう。吸収しているはずの光が漏れてしまっているのだ――
 ――と、かくも複雑な状態であったが故に、霊夢は少しばかり悩んで、漸うと応えた。
「どっちでもないわよ。結局、私は光でも闇でもないもの。ただ、そう見えているだけなはずよ、多分」
「いいね」熊は左手でフェドーラを斜交いにさせながら、右手で霊夢を指し仰いだ。「最高のアンサーだ」
 どうやら褒めてくれているらしいが、その真意が知れず、霊夢は憮然として問い返した。
「あんたこそ、そんなどっちつかずな色をしているけれど、あんたはクロクマなの。それともシロクマなの」
「どちらでもないさ。もちろん、ハイイログマってわけでもないよ」
 大仰に肩を竦めて見せてから、その熊はキレのある動きで胸に手を当ててお辞儀をした。
「ボクはただの獣なのさ。君がただの少女であるようにね」
「私は博麗の巫女よ。ただの少女じゃないわ」
「そうかい。じゃあ、ボクはダンサーでもあるかな」
 そう言って、踊り熊はクルクルとその場で三回転ほどしてみせた。激しい回転の余韻でフェドーラが浮かび、余分に一回転してパサリと頭に落ちた。
「それより、ねえ霊夢。君は太田をどう思う」
「太田……? ああ、主人公のこと?」
「太田はどうしてヒロインを捨ててしまったんだろう」
 そう問われて、霊夢は眉間にシワを寄せた。この小説については、まだ意見できるほど詳しい見解を持つわけではない。何せつい先程、しかも途中まで読んだに過ぎないのだ。
「どうして私に聞くのよ」
「君の意見が聞きたいのさ。教えてくれたらヒロインの居場所を教えるよ」
「ああそう、随分と勝手ねえ」
 霊夢は鬢の辺りを指で掻きながら、軽い調子で応えた。
「少なくとも好きじゃなくなったわけじゃないと思うわ。ただ、それ以上に大切なことができてしまったんでしょ。保身とか出世とか、そういう方向性のヤツね」
「つまり面子か! そんな風潮は良くないよ。そうだろ?」
「まあね。けれど、ある程度は仕方ないわ。それとはちょっと違うかもしれないけれど、私だって博麗の巫女の立場に相応しくありたいって、やっぱり思うもの」
「肩書に囚われてはダメだよ、霊夢。君は強いココロの持ち主じゃないか。どうして君が博麗の巫女に相応しくある必要があるんだい。君自身こそが、とうに博麗の巫女なんだ。何をしたって、どう振舞ったって、君の有り様そのままが博麗の巫女の姿なんだよ」
 熊は霊夢をジッと見つめていた、蜂蜜の蕩けるような優しい微笑を浮かべながら。
「君は凄くタフだ。幾らでも乗り越えることができるはずさ。だから仮にボクが君を愛してしまったとしても、君はボクが獣であることに躊躇する必要はないんだよ」
 そう言って、熊はフェドーラを指で弾き飛ばして宙空に浮かせ、霊夢の頭に落とした。
 この気障な振舞に、霊夢は多少の放埒さを感じて唇を尖らせたが、その安らかな笑顔には不思議と敵わず、自分の頭に巧く被さった白光の帽子を上眼にチラと見て、仕方なしに苦笑した。なかなか憎めない熊ではないか、こいつは。
「それで、ルーミアはどこに行ったのよ」
「ヒロインならあっちに行ったよ」
 熊は独特なグルーブに乗せて四肢をペイシングさせ、最後に一つの道を指し示すポーズを取った。
 霊夢はこの格好付けな熊に、ありがと、と殊更に短い言葉で感謝を締めくくりつつ、ただその顔に確かな笑みを浮かべたまま、その帽子を目深にさせてそこを去った。
 背後で、熊はまた激しく歌って踊り始めていた。

 さて、熊に教えられた森の細道を進むと、やがて天を衝く塔を中心とした広場に出た。
 見上げてみれば遙かなる白光の塔であった。四面をレリーフで装飾された巨大な台座の上に十数本の格子めいた円柱が輪状に並び、その中心には洋風の絵細工が施された主柱が聳えている。それらの支える天蓋からは主塔のみとなり、その頂上に控えるは巨大な彫塑、二翼を背負う女性の立像が置かれている。その左手で頭部に円十字を施された杖を抱え、右手で草花のガーランドを高々と掲げている。実にシンボリックな女神像だ。
 その女神像の肩に、ルーミアがペリカンと一緒に腰掛けていた。足をブラブラとさせていて、霊夢の接近に気付いているのかいないのか、どちらにせよ呑気なものだ。
 声を荒らげて呼びつけてやろうかとも思ったが、霊夢がこんな下から喚いたところで、かの闇妖怪の耳に届くかどうか怪しい。普段の霊夢なら一飛びにしてしまうのだが、この世界ではどうしてか能力を封じられてしまっている。
 つまり素直に登らねばならぬというわけだ、このウンザリするような高さの塔を。
「……まあ他にどうしようもないし、仕方ないわよね」
 霊夢は自分を納得させるようにして塔に足を踏み入れた。
 台座の中は広々としており、歴史的な逸物が収められたショーケースが所々に置かれていたが、解説文は異国語であるし物自体も光と闇のモノクロであり、これらは霊夢にとって興味を惹くものとはいえず、殆ど素通りする形で中央の螺旋階段を登った。狭っ苦しい上にヒビだらけの階段だが、およそ三百段ほどを駆け上がり、漸く女神像の直下に位置する萎びた展望台に出た。
 そこには屋根がなく、女神像は目近に見えたが、連中は既に姿を消していた。
 汗ばんで蒸れた帽子を被り直しながら、霊夢は傍らの襷格子の鉄柵に寄り掛かった。
 そのまま眼をチラと敷居の外に向けてみると、そこからの眺めは……『幻想』的という意味では絶景に違いなかった。
 下界一面を光と闇で構成された木々や建造物が埋め尽くしており、それがずっと続いている。総てが仄かに光を帯びており、またそれらが、空間に揺蕩っている幾らかの闇粒の影響か、明滅しているように眼には映る。
 消えて、点いて、それが波打つような形となって。大地と空の境目まで、ずっと。
 ――もう薄々と、霊夢は勘付いていた。この世界が『どこ』であるのか。より詳細に言うのならば『どこをモチーフとした』世界なのか。例の寸劇の延長と思えば、容易に想像がつくことだ。ここは主人公・太田青年の留学先、即ち伯林という都市をモノトーンに写した世界なのだろう。
 霊夢は小さく息を吐いた。吐く息にすら光が見えるような気がしたのは実に不愉快だった。不安という感情に近い、白々しい虚無感がこの世界には満ちている。もしかしたら、これは外来者たる霊夢にとってだけなのかもしれないが。
 この眺望とて、そうだ。周囲一帯が全て見渡せるその眺めこそは見事だが、この白黒の世界は綺羅びやかな一方で、どこか少し寒々しい気がする。地上ばかりが地平線まで煌めいて、なのに反面、その空が星一つない暗闇であるからだろうか。本当に奇妙な世界だ。
 ふと、その襷格子の外側に、羽ばたくペリカンとその背に乗るルーミアが下方より浮かび上がってきた。咄嗟に臨戦の構えを取るも、相手はキャラキャラと笑うばかりだ。
「どーかな、この世界。気に入ってくれた?」
 霊夢は襷格子に手をかけて声を静かに張り詰めさせた。
「ルーミア。私をこの世界から出しなさい」
「ダメだよ、霊夢はずーっとここに暮らすの。ヒロインはそれを望んでいるのよ」
「バカなこと言わないで。聞き分けのない妖怪は退治するわよ」
 そう言って、霊夢は襷格子に片足を掛けつつ、両手に長針を身構えてみせた。
 ルーミアは少し困ったような表情をしつつ、飄々とした声調子は崩さぬまま応えた。
「じゃーさ、もし私が退治される役でも構わないって言ったら、霊夢はこの世界に居てくれる? ずーっとこの世界で追いかけっこするんだよ。楽しそうでしょ」
「そんなわけないでしょう」霊夢は言下に応じた。「あんたとずっと遊んでいられるほど、私はヒマじゃないの」
 その素気無い返事に、ペリカンが怒ったようにグワッゴと鳴いた。
「私に逆らうんだね」ルーミアも腰に手を当てて憤慨を示した。「何て悪い子なんでしょ」
「当然でしょう、私は博麗の巫女なのよ。妖怪に従うわけないじゃない」
「でもね、ここは私の世界なんだよ。好き勝手にできるんだよ」
「だから何よ」
 敷居から身を乗り出し、霊夢は両足をその手すりの上に乗せた。
「こーいうことができるんだよ――」
 その言葉が発せられるのと同時であった。足を乗せていた鉄柵が鈍い音を立てて軋み、外側に傾いた。バランスの崩れた身体は爪弾かれるが如く投げ出され、霊夢は生まれて初めて浮遊感というものに恐怖させられた。掌の針を放棄して何とか鉄柵の手すりに手を掛ける。辛うじて掴めたは良いが、揺れるつま先に感じる冷感は幻想ではない。
 霊夢は上腕と体幹に力を込めて振り子のように全身を捻った。幾度目かで漸く片膝が手すりに乗り、思い切り体重をかける。股関節が酷く痛んだが滑落への恐怖は幾分かそれを紛らわさせた。やがて身体の重心が内側に傾くのに合わせ、そのまま転がった。石床のヒンヤリした肌触りは安堵となって沁み入り、全身の緊張を弛緩させた。
 展望台にへたり込み、霊夢は息を荒らげたままルーミアを睥睨した。その頬の紅潮は単純な登攀運動に拠るものというだけではない。思念の麻痺たる動揺を奥歯の力で堪え、新たな長針を袂から取り出した。針先を相手に向けて威圧してみせる。と。ルーミアは口に手を当てて笑っていた。
 違和感に霊夢も気付き、慌てて確認する。あろうことか、それらは長針ではなく単なる針金と化していた。振るとグニャグニャで、これでは突き刺しても曲がるばかりだ。他の長針を探るも、全てが武器とは成り得ない鉄くずに変貌していた。
「私の都合がこの世界のルールなの。ほーら、女神様みたいでしょ」
 そう言って、ルーミアは怒りに打ち震える巫女を尻目に、ペリカンの背の上で女神像と同じポーズを取って見せた。巫山戯るな、と霊夢は歯を剥いて怒鳴りつけてやろうとしたが、その口は時を移さずして苦渋の歪みに取って代わられた。その右手に掲げられしは草花のガーランドなどではなく、こともあろうに退魔符を紙縒りにしたガーランドであった。どうやらペリカンに奪われたものがルーミアの手に渡ったらしく高々とそれを掲げている。今ここでは巫女相手にも自在なのだと、いかにも、そう嘲笑っているかのようだ。
 紛れもない魔性たる闇妖怪が退魔符をママゴト遊びの小道具にしてしまっているその姿は巫女としての矜持を少なからず傷つけたが、何よりそれを得意げに掲揚されていること自体が退魔符を奪われたという失態の直接的な呵責であり、屈辱に他ならなかった。
 目眩にも似た意識の荒ぶりに、霊夢は膝を蹌踉めかせつつも立ち上がった。軽く胸に息を溜め、ゆっくりと吐く。そうして数息、三を数うる。一種の自己安静の呼吸だが、この種の冷静さを心に確りと定めねば自分の軟弱な部分が露見してしまいかねなかった。
 無意味となった針金を石床に散らす。重なる金音が妙に甲高く響いた。
「これで霊夢は無力になったわけね」
「無力ってのは何にもできない奴に言うことよ」
「だって今の霊夢は空も飛べないし、もう武器もないじゃない」と、これほどまでの生意気を口にしつつ、ルーミアはその表情からして霊夢が降参する可能性など微塵たりとも考えていないらしかった。その子供らしいふっくらした頬は火照ったように赤らみ、特別な予感に浸っている。
 その物騒な期待が、外目にも透けて見えている、そんな気がした。
「手があって足があって、あと自覚さえあれば、巫女には十分よ」
「自覚ってなーに?」
「要するに、野辺も草場も顧みないってことよ。玉砕瓦全なんて口にするの好きじゃないけどさ、この身がどこに朽ち果てようと、隣にあんたらの亡骸が残ればそれで重畳ってわけ。巫女なんて存在はね、自分は使い捨てだって思っているくらいがちょうど良いのよ」
 半眼に、霊夢は毅然と口にした。その種の覚悟をした経験が、この巫女には、これまでにも幾度となく在ったのだが、この幼びた闇妖怪に向けるのは初めてのことだった。
 だからこそだろう、ルーミアは喜悦を隠さず、その瞳孔を猫科動物の如く拡大させた。
「後悔しない?」
「当然よ。巫女は相手を選ばない……そう、在るべきだものッ」
 霊夢がそう呟くのと、ルーミアを眼目とした初動が開始されたのは、殆んど同時だった。外側に傾いた鉄柵を足場にし、その手すりを思い切りに踏み切る。今度は覚悟の上での浮遊感であり、ルーミアに向けた大跳躍だ。両の手で素っ首を引っつかんでやれるよう伸ばし、兎の如く飛びかかる。相手との隔たりは三メートルほど。塔の頂上というその高さを覚悟した上であれば決して無理のある距離ではない。
 それに対してルーミアは棒立ちのまま、巫女の特攻を避けようとする気配すら見せず、遂にその小さな襟首に手が届くその瞬間まで口元の微笑を崩さなかった。
 指先が喉元に触れた。唇が、れーむ、と儚げに動いた。
 サッと、ルーミアの煌めく身体の表層が散った。その身から剥がれるようにして微細な光粒子が四散して立ち消え、後にはルーミアのシルエットを象ったドス黒い闇が残った。
 その物体は霊夢の跳躍を受け止め、吐息に混じ入る小さな声で耳元に囁いた。
「隣に霊夢が居るのなら亡骸になるのも嫌じゃないわ……。荒野のペリカンでいるより、ずーっと幸せに違いないもの……!」
 闇はムクムクと肥大し、その大きさはすぐに霊夢の背丈を超えた。目鼻や髪など頭部のパーツは膨れていく闇に呑まれ、手の指は一緒くたとなって溶けていく。
 これを眼にすれば、もはやルーミアとは呼べないだろう。その様相を形容するとすれば、まるで顔の削げたジンジャーマンだ。焼き菓子の、人間を模した、アレに近い。
 指股の消えたその手が左右から背中に回り、霊夢の身体を逃さぬよう羽交いに捉えた。
「けど、霊夢がお腹に居てくれるのなら、それもきっと素敵だよね」
 膨れきった闇の、顔があった場所に切れ目が生じ、上下に開いた。どうやら口だ。舌もある。
 その舌がアカンベエをするように飛び出たかと思うと、霊夢の顔を悪戯に舐めた。粘ついた息苦しさに襲われて堪らずケホケホと咳をすると、溢れ出た吐息には黒い闇が炭塵のように混ざっており、慌てて口元を拭って見ると袖口が真黒になってしまっていた。
 ニンマリと口だけで、闇が笑った。
「巫女さんって、すっごく甘いのね」
「――良薬口に苦しって知ってる?」
「知ってるわ」闇は口を大きく開いた。「毒でもいーの、本望だもの」
 そうして霊夢は丸呑みにされた。本日二度目だ。
 不定形の闇に取り込まれる浮遊感は水中に沈むそれと似て、周囲の闇の重量が抵抗となり動作を鈍らせ、而して視覚的な自由がなかった。砂粒めいた闇が眼球をくすぐって痛痒を覚えるのも厭わず、霊夢は両瞼を強く見開いてみたが、結局、周囲の闇が霊夢の視野が塗り潰してしまっている。鼻先三寸で手を振るも、そこに在るはずの掌が朧げで輪郭が辛うじて判別できる程度だった。
 それより遠くでは幾つかの物影が漂っているようにも見える。しかし空間に敷き詰められた闇が形状把握を曖昧にし、それが何であるかも、どんな形をしているのかすらも、霊夢の眼には覚束なかった。微かに白っぽいような気もするが、この闇に在ればどんな色も白んで見えようはずであり、つまりその色にすら確証はなかった。
 霊夢は眉根の寄った半眼でそれらの様子を伺っていたが、おもむろに、その内の一つがこちらに近づいてきている気がした。というのも、その白っぽい物体が遠近感覚的に大きくなってきていたからだ。やがて相互間の闇も薄まり、その輪郭が明らかとなった。
 案の定というか当然とすべきか、どうやらそれはルーミアだった。但し、その格好はヒロインでもジンジャーマンでもなく、いつもの呑気そうな闇妖怪の姿をしたルーミアだ。
 ふよふよと、泳ぐというより漂い流れるようにして、何だか楽しげにこちらに向かって来る闇妖怪に、霊夢は直情的な冷淡で報いてやった。その頭をはたいてやったのだ。甘えるような悲鳴を上げて、そのルーミアは闇に溶けるようにして掻き消えてしまった。
 そうして、そいつが消失したのが契機となったのか、残った物影は一斉に動き始めた。実に奇怪な光景なのだが、この闇空間の四方八方から同じ姿をした数多のルーミアが大挙して押し寄せたのだ。とはいえ攻勢というほど迫力のあるものではなく、結局それぞれがふわふわとしか動かないので、大抵は四肢の振り払いで闇に戻してやることができたが、何せ自由の効かぬ闇中のこと、隙を突いた一匹が霊夢の懐に入り込んだ。
 不思議な笑顔を浮かべたルーミアは、その頑是ない口を霊夢の唇に重ねた。
 フウウ、とおもむろに吐息が吹き込まれ、甘ったるい香流、脱力を促すそよ風が咽頭から鼻側と喉元に二分して流れた。妖怪の体温がもたらす生温さが肺臓に達し、すると肺のコンプライアンスが低下したのを受け、そこで漸く霊夢はそれを毒として認識した。抗おうとするも首に力が入らず、舌も痺れて巧く動かない。
 だらしなく唇をダラリとさせたルーミアがそっと口付けを終えても、霊夢は喋ることができなかった。放心した自分の口から焦げた煙のような闇が漏れ出ているのを眼にして、この身に毒となる種類の闇を吹き込まれたのだと理解した。
 全身の感覚が希薄になりつつあった。四肢五感が気怠く、自由に動かなくなる。全身の血流が停滞して冷えるような寒気が募り、次第にそれすらも遠ざかっていく。まるで精神が肉体から乖離していくかのような、切迫感のある無気力。沢山のルーミアが砂糖菓子に群がる蟻の如くに纏わりついてきたが、それを払うこともできない。彼女らが何をするかといえば、霊夢の指先や腕、首筋や胸腹部などを小さく鋭い前歯で齧っていた。
 そこに痛みはない。ただ、より一層、離れて行くのがわかる。
「今、霊夢を消化してるのよ」合わせのはだけた胸元に頬を寄せ、サラシをガジガジするルーミアが言った。「私達は消化役なの。コーソなのよ」
「鳥妖怪にも虫妖怪にも、元になった動物が持ってる臓器があるでしょ。けど闇には闇が詰まってるだけで、血も臓器も無いの」首筋を甘咬みするルーミアも告げた。「それでも考えたり動いたりする以上、やっぱり栄養は必要だから、本体が飲み込んだものは消化役の私達が皆で食べるの」
「もちろん、私達にだって消化できないわ」霊夢の左手を両手で抱え込んで、その指先を舐るルーミアは、どこか賢しらぶるような口調で続けた。「だから食べるってより、それを歯で細かくするって感じかな。私達の中にもコーソのルーミアが居て、また小さくする。そーやって細かい粒々にして、最後には一緒に闇に溶けて皆に還元するのよ」
「そーいう小さい粒子にすることで、初めて闇の栄養として利用できるんだ」
 最後に、また胸元のルーミアが告げた。呑気そうな笑顔……が、咄嗟に強張る。
 首筋を齧っていたルーミアが、いきなり首元から離れて、霊夢の頭のすぐ上を手で打ち払った。
「ダメだよ、頭は食べちゃ!」
 キャア、という悲鳴が響き、気配が消えた。どうやら頭まで食べられそうになっていたらしいが助けてくれたようだ。どうせ理由は碌でも無かろうが。
 舌が回らず問い質せぬ霊夢の状況を察してか、指を食べてるルーミアが噛む口を休めて告げた。
「大丈夫よ、霊夢。霊夢は特別だから頭だけ残したげる。今は喋れないだろうけど、全部食べ終わる頃にはまた喋れるよ。そーしたら皆でお喋りしようね」
「身体も作り直したげるよ、闇で」
 状況に相応しからぬ優しい声だ、内容は滅裂だが。
「あれ、これなーに?」と、首筋から背後に回り、頭部を護るように抱え込んだルーミアが訊ねた。
「そーいえば、それ、どうしたの霊夢?」
「何処にあったの、そんな帽子」
 他のルーミアも口々に、その疑問を口にした。何の話だろう、と霊夢は少し思念して、はたと気付いた。例の、格好付けの熊に被らされた、中折れ帽のことだ。
 このルーミアの反応は霊夢にとって意外だった。てっきりペリカンと同じく、あれもルーミアの手先か何かだと考えていたのだが。まさか、あの場所に熊が居たことを、ルーミアは知らないのだろうか?
「まーいっか、これも食べちゃおう」
 その呑気な言葉から間もなくだった。世界が白濁して全てが朦朧となった。
 空間を満たした闇を総じて吹き飛ばすような真っ白な光の爆発だった。位置的に、霊夢の死角である後頭側から発せられた閃光であったため、霊夢の被害はまだ軽いものだったらしいが、光の奔流を直視する形となったルーミア達は悲鳴をあげて掻き消えてしまった。
 霊夢の視界もホワイトアウトし、その強光が眼球を通じて中脳を飽和させた。眼を閉じて尚も光の大波に圧倒されるような感覚の中、霊夢はクシュンと一つくしゃみをした。
 ――ドサ、と背中に重力を感じた。石畳だ。
 おもむろに眼を開くと、そこは再び光と闇のモノクロ世界だった。
「やあ、霊夢。起きたのかい?」
 周囲の確認も済まさぬ起き抜けに、覚えの無い声に名を呼ばれ、思わず背筋が震えた。
 三度、素早く瞬きをして意識を整え、腹筋で上体を跳ね起こし、足腰をバネのように弾かせて立ち上がる。そうして重心を低くした臨戦の体勢を取った。
 霊夢が身構えた先の男は少し離れた場所に背を向けて座しており、西洋の外套を身に纏っていた。もちろん、この世界のルールに則って、その姿は白光によって模られている。
 男は焚火を前に腰を下ろしていた。火の粉が白い光となってパチパチと木の焼ける音を鳴らしている。その周囲には串が立てられており、先端には肉汁を滴らせた白い塊が刺さっている。また、焚火の木組みの上には鍋がくべられ、中では湯が茹だっていた。鼻をひくつかせてみると、随分と香ばしい。焼けた獣肉と香草の匂いだ。
 咄嗟に、腹筋に力を込める。さんざ走り回ったせいだろう、堪え性のない腹の虫が音を上げそうになっていた。
 霊夢は焚火周辺の木串やら鍋やらに少なからぬ興味を覚えていたが、それを最初に聞くのも憚られ、まずは誰何することにした。
「えっと……あんた、じゃなくて、貴方は誰?」
「名も無き学者だよ」と、軽く顔だけでこちらを向きながら、男は告げた。
「……学者?」
 学者、という珍しい人種を前に、霊夢は遠い昔にあった異変を想起し、少しだけ郷愁を覚えた――が、本当に僅かな間だけだ。すぐに、もっと興味を唆る、その美味しそうな匂いの源について訊ねた。
「それ、何かしら?」
「見ての通り、ソーセージさ。光の薄皮に光が詰まっている、この世界特有の食べ物だね」
「美味しいの?」
「美味い。少なくとも普通のソーセージと遜色ない」
 そう言って、学者は手近な串を手に取り、口に運んだ。ソーセージの小気味良く千切れる音が響いた後に、柔らかな塩気と香草の薫りが漂った。そうして、また一口で消えた。
 木串を焚火に放り、学者は咀嚼に顎を動かしながら、その顔を再びこちらに向けた。
「食べるかい」
「本当? いいの?」
「構わないさ。寧ろ、君はこれを食べるべきだろうね」
 含みを持たせた言葉を口にして、学者は首を傾げるように曲げ、そこをチョンチョンと指でつついてみせた。訝しんだ霊夢が自分のそこを撫ぜると、どうも落ち窪んでいて感触がない。息を呑み、まさかと思い、左手を見る。薬指の第一関節の先が黒く滲んだ陰影となってホロホロと零れていた。
 ルーミアに舐られていた場所だ。
 どうやら既に食べられてしまっていたようで、痛みは無いものの、この風化に似た崩壊はその指先の様子からして尚も続いているようだ。このままでは指どころか掌までが崩れていってしまうかも知れない。これは一体どうしたものか。
 と、眉根を寄せた霊夢に、学者が続けた。
「私の仮説によれば、このソーセージには光粒子が充満しているんだ。だから食べて栄養にすれば君の身体の不足した部位を補充してくれるだろう」
 学者は別の木串を手に取り、差し出してくる。両手で、霊夢は受け取った。
「食べるのは良いけれど、これってこの世界の黄泉竃食ひの禁に触れたりはしないかしら?」
「ペルセポネの柘榴じゃあるまいし。そもそも君、食べねば消えてしまうじゃあないか」
「それもそうねえ」
 顔の近くに白塊を近づけ、値踏みをするように眺めた。つくづく良い匂いだ。決断の舵を理性の手から奪ってしまいかねないほどに。
 もちろん霊夢には博麗の巫女としての矜持がある。キチンと理性で決めた。ただ急かされた理性の出した結論は安直と言えぬこともなかったが――とにかく霊夢は、食べよう、と決意した。こうしている間にも手や首の崩壊は続いている。学者の言葉の真偽は分からないが、そもそも食べる以外の策案もない。仮に何か問題が起きたならば、その都度に対処すれば良い。
 決断してしまえば後は早い。小さな白塊だったので一口に食べてしまった。多少の熱に痺れを覚えたが咀嚼する内に感じなくなり、それよりその味に眼を丸くした。
 何と旨い塩気だろうか。空腹で唾が出るのは本能だが、この旨味もまた唾を呼ぶ。
「美味しい」霊夢は素直な声で賛辞の言葉を口にした。「私、口下手だから、何て言えば良いのか分からないけど、とにかく美味しい」
「そりゃ良かった。そういう時はね、夢のようだ、とでも言っておけば良いのさ」
 学者は鍋を撹拌していた。玉杓子をコツコツと鳴らし、どこからか取り出した二つの器に中身をよそう。二つ出したということは、これも分けてくれるということだろう。
 霊夢は焚火の前に歩み寄り、腰を下ろした。
 白光のスプーンが入った器を霊夢に手渡しながら、学者は言った。
「指は戻ったみたいだね」
 食器を受け取りながら、その左手を見る。なるほど確かに薬指が復活していた。それにもう闇塵として零れていない、止まっている。首のほうは……まだ完全ではないようだが、このまま食事を続ければ完治するだろう。霊夢は安堵して小さく息を吐いた。
「具はソーセージとジャガイモとフェンネルだ。全部、光のって単語が頭に付くけど」
「ありがと」
 器の中身を見るも、眩しいばかりで輪郭でくらいしか食材の区別がつかなかった。
 とりあえず大きい物塊を先割れスプーンで刺し、口に運ぶ。舌の上でホロリと崩れた。ジャガイモだ。淡白なその味にソーセージの旨味が染み込んでいて、これも旨い。またフェンネルが肉の生臭を抑えてくれているので、スープそれ自体も悪くない。
 俯きがちに口を動かしつつ、上目に見れば、学者もスプーンを口に運んでいた。
 暫く、そのまま黙々と食事し、やがて霊夢は口を開いた。
「ねえ、学者さん。貴方はどうしてここに居るの?」
「ン。この広場にってことかい。ここはね、私の兄が創立した大学で――」
「ううん、違うの。この世界に、よ」霊夢は空っぽの器を傍らに下ろし、告げた。「貴方はどうしてこの世界に居るの?」
「さてねえ、私が世界に居る理由か。そういう哲学的な命題に対しては宇宙と地球に起こり得る現象の全てを把握した上で議論せねばならないよ」と、学者は小難しいことを口にした。「宇宙から地球を見つめ、地球から都市を見つめ、都市から我々人間を見つめ、そうして初めて充分な考察が可能となる。この地理学的俯仰からすると、都市から見つめた人間は一体的なものと見做して考察すべきだから、私がここに居る理由は、即ち、君と同じ理由となるだろう。君は巫女で、私は学者だが、まあ大して変わるまい。ハ、ハ、ハ」
 首に巻かれたスカーフで口元を拭いながら、学者は呑気そうに笑ってみせた。どうやら学者ジョークというやつだ。意味が分からないのが特徴である。
 ――霊夢としては、その素性というか、一体この飄々とした学者はどういう立場の存在なのかを訊きたかったのだが……。
 噛み合わない会話に唇を尖らせつつ、霊夢は会話を続けた。
「私、この世界が良く分からないのよ。ルーミアは、本当はあんなに強い妖怪じゃないはずなのに、ここでは巫女の能力を自分勝手に封じることができるのよ」
「巫女の能力を封じるなんて驚いた話だね」
「でも現に飛べないもの」
「と、なればだ」学者は指を振って応えた。「今の状況は少なくともヒロインの独力によるものではない、ということだ」
 その言葉に、霊夢は眉根を寄せた。
「じゃあ、やっぱりルーミアに協力者が居るの?」と、身を乗り出して問う。
「まあね」学者は尚も笑うのを止めず、滑稽な声調子で応えた。「私の見たところでは、昼寝好きの食いしん坊な巫女さんが怪しいかな」
 霊夢は一瞬だけ眼を見開き、すぐに半眼に薄めた。気負いをからかわれた気分になり、憮然と子供っぽく唇を尖らせた表情で相手を睨んだ。
「私は協力した覚えなんて無いんだけど」
「協力というより利用かな。彼女は君を利用してこの世界を作ったんだ」
「私が無意識に操られてるってこと?」
「ううん、何と言うべきかな」学者は言葉を選ぶように眼を閉じて幾らか思索し、順繰りに言葉を紡いだ。「とにかく、この世界はね、君から見つめた夢の世界なんだよ。目標って意味の夢じゃなくて、純粋な、眠った時に見る、夢ね。今、君は眠っているんだ」
 その言葉は、今宵の不眠に悩まされていたはずの霊夢にとって、まるきり意表だった。
 ただ、この白黒の伯林が夢の世界であるとの説明は、この世界の不条理さとも相俟って、どこか信憑性が在るような気もした。
「ヒロインはね、何らかの方法で君の精神意識の中に潜り込んだ。そうして君を眠らせた上で、自分に都合の良い世界観をでっち上げているのさ。それがこの世界だ」
 ここで学者の言う『何らかの方法』とは恐らく例の寸劇のことだろう。あの美しい白昼夢は目眩ましを目的とした罠だったようだ。ルーミアに潜り込まれたのは白襖から闇が溢れた時か、もしくは、寸劇に見惚れている最中に少しづつ入り込んでいたのか。
「体内に入ってしまえば後は簡単だ。夢は膨大と言えど、それを見る君は一人の人間でしかない。結局は各々の持つ中枢世奴(神経)の支配下にある以上、君の脳髄に『宵闇』で作ったシナプスを付加してしまえば後はもう好き放題さ。知覚、認識、感情……君に起こる夢寐の全てを支配できる。これは恐ろしいことだよ。今のヒロインの置かれた状況であれば、君の精神を破綻させることなどわけもないだろう。尤も、それでは意味が無いけどね。ハ、ハ、ハ」
 分かるような分からないような、霊夢は漠然とした気分でとりあえず頷いた。
「ここで、先程の君の質問に答えておこう。私はね、従来のここの住人なんだよ。君の夢に侍る住人なのさ。この格好は、この都市に見合う学者としての姿を投影したに過ぎない」
「私の夢の住人?」突然に素性を明かされ、霊夢は眼を丸くした。
「そうさ」学者は微笑して頷いた。「概念だからね、ここに実態はない。けれど意思はあるよ。君に光のソーセージを与えることができたのも、私に意思があったからさ。それに、ここに来るまでに獣に会ったろう? アレもそう。自分の意思で君を護る帽子を与えたんだ」
 学者の言葉に、霊夢は、森の中に出会った熊の蕩けるような優しい表情を思い浮かべ、口元を少しだけ和らげさせた。
「格好付けだったけれど、優しい熊だったわ」
「優しい学者のほうが珍しいよ。実に、天然記念物だ」
 学者が剽げた口調で嫉妬を仄めかす。霊夢は小さく息を吐いた。
「それじゃあ、優しくて賢そうな学者さんに訊くわ。ルーミアは何をしようとしているの?」
「そりゃ簡単さ」学者は事も無げに応えた。「君を独占したいんだよ。君が好きだから」
 焚火がパッと火の粉を一瞬だけ散らした。すぐに鎮静したものの、眼に残像が残った。
 霊夢は眉根を寄せて沈黙した。
 学者は「ちょっと長くなるがね」と前置きし、「これでも食べて」と霊夢に手近なソーセージ串を手渡してから、その理屈を説いた。
「そもそも幻想郷の妖怪は人間の怖れを重視する。幻想郷の外ではそれが無いがために、存在が希薄となってしまったからね。妖怪は空想の絵筆にくすぐられるばかりで、怪異は舎密(科学)に取って代わられ、皆が皆、種々の思いを抱えたまま居場所を求めて幻想郷に集った。そんな彼らが人間に望むことといえば、その存在認識を際立て得る人間からの怖れに他ならない。違うかい?」
 霊夢はムグムグと口の中のものを咀嚼しつつ首肯した。幻想郷はそういう場所だ。
 妖怪にとって怖れは糧であり、源であり、位である。妖怪としての地力もあろうが、怖れられればそれだけ満たされ、強くなり、時には敬われて、稀には奉られる。
 昔はそれが自然だった。今となっては幻想郷のみだ。
「故に、妖怪は人間に怖れを求める。しかし人間は何処に居る?」
「人里でしょ。そのために在るんだから」
 手元に残った木串を、霊夢は焚火に放ろうと振りかぶり、ふと、思い直して手元に残した。
「そう、人里に囲われている。多くの妖怪達は、彼らに怖れられることを求め、時には道端に飛び出して一驚を得ようとし、時には異変や騒ぎを起こして超常的な力を見せつけ、また或る時には人間に力を貸してやることで畏敬を得ようとする。畏敬も、また、怖れだからね。そもそも、この場合の怖れという感情は必ずしもFearではない。妖怪への存在認識に繋がる情緒や意欲を全て包括した意味合いであり、危懼、畏敬、愛憎、闘争、これら全てを怖れと言うんだよ。例えば危懼は云々という意味で、云々――」
 焚火が強くなってきた気がする。額に少しばかり汗が吹き出ていた。
 演説に熱が籠り過ぎて周囲が見えなくなっている学者を尻目にして、霊夢は手遊びに爪で木串を削った。先端が鋭くなるに連れて、削れた木くずの光粒子が手元に群れていった。
「――かくも怖れは多種多様で、玉石混交の側面を持つ。妖怪の中でも野心があり、より格調高い怖れを求める者達は、より高潔な人間を怖れさせることでそれを得ようとするわけだが……大変結構なことに、幻想郷はうってつけな存在を用意してくれている。自分に立ち向かう人間を怖れさせてこそ、妖怪にとって極上の馳走となる以上、彼女は妖怪達の偶像としての側面を持つと言えるだろう。何より彼女は仕事柄絶対に妖怪を無視しない。分かるね、それが博麗の巫女、君だよ」
 学者は白黒でも分かる紅潮した顔を霊夢に向けた。
 ――が、そこで初めて霊夢が妙な手遊びに夢中になっているのを眼にして、学者は気勢を削がれた様子で眉をひそめ、オホンと一つ咳払いをした。それでも霊夢の反応は薄く、顔を上げようとすらしない。適当に片手をヒラヒラさせただけで、また削っている。
 これには学者も気分を害したようで、そこからは少し無遠慮な風に続けた。
「ヒロインを始めとした妖怪にとって、濃厚な怖れは蠱惑的な至福となる。彼らは君の睥睨を歓迎し、舌打ちに心躍らせ、その表情に僅かでも苦境を浮かばせてやれたならば、もはや恍惚に浸るだろう。こう語ってみると本質の姿が見えてくる」学者はどこか意地悪げにニヤリとした。「形式上では妖怪退治を責務としているがね、その実態は欲求解消のために飼われた愛玩動物に過ぎない。いずれ君は思い知らされるだろう」
 カチンと来る、悪口であった。その雑言に、全身を油切れのブリキの如く強張らせ、霊夢は手遊びを止めた。
 自分の態度の悪さは自覚していたが、今の口上は博麗の巫女としての矜持を、或いは心を、恥辱の汚泥に叩き落とす言葉だ。屈辱に動ずる瞳孔の収斂に応じて視界が揺らいだものの、その眼を閉じることで情動の鎮静を図る。
 どうしたものだろうか。こうもあからさまな挑発を嘯かれたからには黙っているわけにもいかない。
 胸の中で幾つもの風船が膨らんで、しかも一挙に破裂しそうになった感情の、一つ一つの言分を頭の中で纏めようとするも、てんでバラバラになってしまう。何と口にすれば、その感情を示せるのかすら分からない。
 そうだ、こういう時に使えと言われた言葉があったか。即ち、悪夢のような気分だ。
「ともあれヒロインは君を独り占めしたいようだ。この世界ならば、君を幾らでも驚かせられる。きっと幻想郷に返したがらないぞ、まるでエリスのように」
 霊夢は削った木串をノーモーションの横手投げで、相手の鼻っ面を狙って投じた。
 ほぼ直線の鋭い軌道を描いた木串は熊蜂の飛行にも似た風切り音を唸らせたが、学者は身じろぎ一つせず、鼻先三寸にて指で摘むようにして止め、そのまま爪で弾くように焚火に捨てた。木串はメラっとして、すぐに消えた。
「少女の恥じらいにしては激しすぎるようだ」
「黙って聞いてたらペラペラと、口は災いの元だって教わらなかったの」
「君こそ、人に物を投げてはいけないと教わらなかったのかい」
「人に?」霊夢は吐き捨てた。「あんたの何処が人なのよ」
 その言葉に学者は照れたように頭を掻き、苦笑した。
「なるほど私は概念だが、夢の住人を怒らせると後が怖いんだよ」
「博麗の巫女のほうがよっぽど怖いのよ。とにかく訂正なさい、今なら許してあげるから」
「むむむ。ならば、私も少し抵抗してみようか。ご覧、霊夢」
 学者は厳かに焚火に手をかざした。
「火がパチパチいっているよ、パチパチ、パチパチ」
「……はあ?」
「可笑しいだろう、焚火がパチパチ言うなんて、実に可笑しいな。ハ、ハ、ハ」
 学者はまるで手を炙るかのように、随分と火種に近い場所まで撫で付けていた。
 不気味なだけで理解不能なその様子に、霊夢は軽蔑を込めて鼻先を鳴らした。フン、と鼻孔から音がする。ところが、その鼻の音がフフッ、フフフと不自然に連続して聞こえた。自分の鼻息だが、どこか妙だ。抑えようとこらえるも、耳元にンフフと、また漏れる。
 気付けば丹田が不自然に震えている。臍を這うように込み上げてくる予兆、必死に食い縛る歯の間からシ、シ、シと自分のものか疑わしくなる笑声が漏れた。
 震えが来て、自分の口元を両手で抑える。そうして抑えてみて、更に慄然とする。自分の唇が、今や微笑の形に歪んでいた。
「ハ、ハ、ハ。パチ、パチ。パチ、パチ」
 テノールほどの高さだったはずの声は、サーカスに踊る道化師のそれにも似た歪んだファルセットの笑声となった。耳障りなくせして鼓膜を支配し、もうそれ以外聞こえない。
 焚火の燃木が一際に大きくパチンと音を立てた瞬間、まさしく眼前に散る火花の如き衝動に煽られて、霊夢は吹き出してしまった。
 クククと忍ぶような笑いで何とか催してくる笑いの衝動を誤魔化そうとするも、パチンと木が弾ける度に喉元がヒクつき、肺臓が痙攣した。
 口元を抑えるはずの手が脱力して、何度目かのパチンで、霊夢は遂に声を隠せず笑い出した。ケタケタと腹を抑えて笑う。
 むず痒い感覚に脱力して上体を支えきれずに横たわると、その体勢が随分と心地良くて、霊夢は頬を地面に預けて転げ笑った。腹を無防備に揺すって、子供のように足を軽くパタつかせる。
 屈辱に震えていた心は今や緩みきって弾んでいた。
「しかし」醒めた声音だ。「実際のところ、なあんにも面白くない」学者は焚火から手を退けた。「そうだろ?」
 ピタリ――と、恍惚が止まった。余韻など何もない。ただ引きつった頬の痛みが残っただけで、心は荒涼として、先程までの屈辱が蘇ってくる。
 で、ありながらも、憎き学者を相手取って身構える気力が沸かない。ただただ呆然と、今の今、自分が何をしていたのか分からずに戸惑う。
 ――これは何だ。夢の横暴か。それともまさか、霊夢の自発的な、怖れなのか。悔しいと思う気持ちはあるのだが、それ以上に気怠さが感覚を飽和させている。心身に楔でも打ち込まれたかのようで、それが思索をすら遮断する。
 殆ど放心したような心地で、霊夢は上体を起こした。
「迂闊だったね、霊夢。眠れる恐怖にこそ最大の魔が住まうものなのさ。よく言うだろ、最大の敵ってヤツはいつだって自分自身の中にこそ存在するって、ね」
 止まらない動悸が警鐘めいた耳障りな音を奏で、脈拍となって尚も全身を戦慄かせた。冷えきった汗がダラダラと首筋に流れて胸を背中を湿らせていき、吐気をすら催させる頭痛が不規則なリズムを刻み霊夢の気力を穿う。
 沈黙する霊夢を気にせず、学者は言葉を続けた。
「さあ、次が本番だ。君は、今から私が袖から出すものが怖くて逃げ出してしまうよ」
 学者は袖に手を差し入れて何かを探っていた。
 そこに、霊夢は強烈な不吉を感じた。大いなる凶の卦相が、そこに見えた。
「……止めなさい、こんな勝手は許されないわよ」
 ――逃げてはならない。それが何であれ、博麗の巫女は立ち向かわねばならない。そう、在りたいのだ。巫女が怖れるなど、あってはならないのだ。
 そう強く念ずれば念ずるほど、袖口の恐怖は弥増していった。霊夢は足腰に精一杯の力を込めて立ち上がったが、これは果して、立ち向かわんがための起立であるのか。どうか。
 学者は愉快そうに笑っていた。
「さあ、さあ、霊夢。逃げようが逃げまいが、ホラ、これをご覧」
 そう言って、学者はそれを放擲した。
 放物線上のそれを一瞥するや、霊夢は自分の意に沿わずして後退った。
 ただ一輪の花だった。小さくも可憐な『コスモス』だ。
 その華奢な茎や花弁は、例によって白光しているため、その特徴とすべき燃えるような色彩は失われていたのだが、コスモスの真価はその輪郭が示す普遍的な調和美にある。
 伯林より遥か彼方、馬徳里のとある植物学者は、この花に類を見ない調和美を見たがためにCosmosの名を与えた。Cosmosとは『調和』であり、『美しさ』である。敷き詰まった星形の筒状花を中心とした八枚の花弁が隙間なく『清楚』に閉じた姿は、まるで星を浮かべた『宇宙』という『秩序』のメタファーであり、また、この『世界』観こそがCosmosの名に踏まえられた最大の魅力だった。
 かくの如く真の価値が輪郭に在るとすれば、この世界が如何なモノトーンであるとはいえ、その調和美を見紛うはずはない。色彩を奪われた薔薇の半端を思い返せば、コスモスという花は、この白黒の世界にさえ映える最も相応しい花といえるのかも知れない。
 だから怯えるなど妙な話だ、震えるなど可笑しい、愛でるのならまだしも睨み据えるなど。
 霊夢は唇を痛いほどに噛んだ。だが痛みは心のざわめきを安らげてはくれなかった。
 心が認識と乖離しているのを感じた。コスモスは霊夢を脅かさず、驚かせない。ただそこに在るだけで、その一輪だけでは動くことすらできず、大地に横たわるに過ぎない。
 それでも霊夢は蒼白していた。眼が、その一点に集中されて、決して逸らせない。
「さあ、霊夢。コスモスは一本じゃないぞ」
 また一本を、学者が投げた。霊夢はまた一歩退き、意地と本能に挟まれた喘鳴を吐いた。
 学者は眼を細め、やおら一把に摘んだ幾本ものコスモスをポケットより取り出した。霊夢が頭髪を総毛立たせるのにも構わず、それを焚火にバラっと撒く。すると焚火はボウと黒煙を上げ、その散らす火花の形状をコスモスのそれに変える。これらは消えず、忽ちの内に溢れんばかりのコスモスが焚火より噴き出す有様となった。
 とうとう少女の如き悲鳴を上げて、霊夢は逃げ出してしまった。
 学者は呵々大笑し、声高に告げた。
「強者は調子に乗らぬため、弱者は心の支えとして、聖者は孤独に屈せぬため、それぞれ何かを必要とする。花が綺麗だね、霊夢。花が綺麗だろ、霊夢。ハ、ハ、ハ」
 霊夢はもう後ろを振り向くことができなかった。

 背後で柵門がガシャンと閉まる音で、霊夢は覚醒した。
 覚醒という言葉上の描写が正しいかどうか、当人にとってすら良く分からなかったが、とにかく巧く逃げられたらしいことだけは辛うじて思慮を回復させた。滝のように溢れて来る額の汗を拭いながら、傍らの台座に手を付いて呼吸を整える。焚火から離れたためか、もうそこは冷涼としていて、火照った身体には気持ちが良かった。
 気分が落ち着いてくると、そこで初めて周囲の様子を確認する余裕が得られた。
 門扉の左端に位置するその台座には、霊夢には読めぬ異国文字の書かれたプレートが貼り付けられており、石彫の地球儀やら積本やらに囲まれて一つの石椅子が置かれている。
 椅子だけの彫像など珍しいなと、初め霊夢は間抜けたことを考えていたが、もう片端の台座にはキチンと彫塑が座っているので、すぐに気付いた。単に、今は彼がここを留守にしているだけなのだ。
 霊夢は台座に背を向けて、門前の左右に広がっている大通りを眺めた。
 そこは見覚えのある菩提樹の並木道だった。霊夢はその一本へと歩み寄り、おもむろに撫ぜてみる。木目の感触は滑らかで、手にジンと来る涼やかな生気が浴びせられた。
 ただ、この掌に帯びた烈しい感覚は誠に夢であるからこそだろう。こう在るべし、という霊夢の心、そのままの菩提樹なのだ。
「この道って、あの道よね。この先に居るのかしら」
 そうポツリと独語して、霊夢は並木道を歩み始めた。数メートル毎にキチンと植えられた菩提樹を辿り、その並木道を進んだ。例の寸劇の主人公のように、少し肩を竦ませて。
 やがて古びた教会の門扉に寄りかかり、シクシク、シクシクと一般的に泣声とされる擬音を口に出している少女の姿が視界に入った。上衣は袖無しのボディスと襟の縮れたブラウス、下はフンワリとしたロングスカートと腰下エプロンの姿で、その紐を後腰に回してリボン結びに結んでいる。
 霊夢が「ルーミア」とその名を呼ぶと、いかにも自分こそ悲劇のヒロインと言わんばかりの、儚げな表情をこちらに向けた。
 向き直ったルーミアの真正面から見た紐結びのボディスは緩やかな繕いとなっていた。それに加えて、ブラウスの襟の刳り貫きは深く、着る者が着たならば十二分に扇情性を醸す衣服だったが、結局は張り詰めぬその平らさ加減により、却ってその衣服を選んだルーミアの子供じみた背伸びを仄めかすばかりだった。
 しかしコスモスに荒んだ心には、その道化色の強い背伸びこそが潤いだった。思わず、自らの下唇を上唇で舐る。血の味がした。
「どうしたの、霊夢」ルーミアの顔から演技の装飾が薄れ、不安げに歪む。「酷い顔……何か、あったの?」
「ちょっとね」と、そう一言だけ口にして、霊夢はギリギリ微笑と区分される表情をした。
「でも……」と、ルーミアの口が尚も不安げに開かれる。だがすぐに、その口はポカンと開け放されて、その瞳も移ろってしまった。霊夢の背後の、そのまた上を見やっているようだ。せっつかれるような気分で、霊夢もまた背後を顧みた。
 驚いたことに、暗闇でしかなかった空に綺羅星が生じ始めていた。単に輝きを放つだけならまだしも、その星々の全てが先程に嫌と味わわされた違和感と不安を催させる卦相であり、眼を細くして内の一つを確認してみれば、その形状がコスモスの花弁と全く同じであることが分かった。
 ――あの焚火に違いない。焚火より吹出したコスモスが空に散り始めたのだ!
 霊夢は自身の両肩を抱き、ブルリと一震えした。そうしてルーミアの手を取って、その建物の扉に手を掛けた。少し重いが構わず片手で力任せに押し開く。
「霊夢、あれなーに?」と、無邪気にルーミアが訊ねてくる。
 霊夢は沈黙したままその身を差し入れ、訳も分からずその後に続くルーミアの背を掻き抱くようにして中に入れた。そのまま扉を閉めて、漸く人心地が付いた気がした。
「どーしてだろう。私、あんなの用意してなかったのに」
「色々と変テコなのよ。夢の中だからこそね」
 霊夢が忌々しげに吐いたその言葉に、ルーミアは眼を丸くした。
「ありゃー……夢の中だってバレちゃった?」
「そりゃあね。この世界は非現実的すぎるもの」学者に教えられたなどとは一切お首にも出さず、霊夢は静かに応えた。
「でも、もー遅いよ。霊夢は私のものなんだよ」ルーミアは自慢気に胸を張った。「私が噛んだところからホロホロになっちゃうはずだもの。そーいう夢を見せてるのよ」
「へえ、そう」
 この小さな妖怪ときたら、随分と期待している様子だが、その期待はもはや叶うまい。
 霊夢は分かりやすいように首を傾げて見せ、また左手でルーミアの頬を撫でて見せた。ルーミアは満足気な表情で撫でられていたが、暫くするとハタと気付いた様子で、霊夢の左手と首筋を交互に見つめた。そこはとうに光で補填されてしまっていた。
「どーして?」
「光を食べたら何とかなったの」
「そんなの勝手じゃない、ズルいよう」唇を尖らせて、ルーミアは哀しそうに不平を言った。
 どっちが勝手だか分かりはしないが、とかく霊夢は慰めに、グズるような泣声を漏らし始めた妖怪の頭を撫でてやった。その金髪に指を差し入れて優しく梳いてやる。
 すると現金なもので剥れた声は静まり行き、やがてルーミアは和やかな顔となって、伸ばされた霊夢の腕が垂らす袖裾を掴み、頬ずりした。
 その様子を見眺めつつ、霊夢は窘めるようにして言った。
「とにかく博麗の巫女をそう簡単に好き放題できるだなんて考えないほうが良いわね」
「いーもんね。それでも私、これからずっと霊夢の中に住むんだもの」
 甘ったれな戯言めいた返答に、顔が自然と苦渋に歪む。
「どうしてそうなるのよ」
「霊夢の身体の中って快適だもの」ルーミアはまた自慢気だ。「ここなら霊夢と遊んでるだけでいーのよ。誰かを襲って妖怪としての存在を保つだなんて、もー面倒臭いわ」
「それが妖怪の本分じゃない。そんな調子じゃあ、また人間からの怖れを失って、幻想郷からも消えちゃうわよ」
「でも夢で霊夢と遊ぶのよ。そーすれば霊夢の中でだけ存在できるでしょう。私、それで充分よ。霊夢にさえ認識して貰えていればいーもの」
 自堕落と愛嬌が合わさった笑顔が躊躇なく媚び入ってくる。霊夢は軽く額を抑えた。
 そうだ、この妖怪は、こういう奴なのだ。単純に物事を考え、適当に行動し、そのくせ努力を嫌う面倒くさがり屋。先程の石塔の一件で、認識を改めねばなるまいかと思った傍からコレである。それこそまるで夢を見ていたかのようだ。
 あの時は、それこそ必死の覚悟を向けたものだが、この見ていて頬を戯れに抓りたくなるような笑顔を浮かべる妖怪に、どうしてそんなことを思ったのだろう。
 と、沈思に耽る霊夢を尻目に、ルーミアはどこか声音に厳かさを加え、言葉を続けた。
「それにねえ、荒野のペリカンみたいな気分は、もーここでは感じないわ」
「何よ、その荒野のペリカンってのは?」
「よーするに寂しいってことよ」
 すぐ戯れの声調子に戻り、ルーミアは霊夢の腰にしがみついた。
 邪険にして押し退けるのも心苦しく、霊夢は呆れと諦めが入り混じった疲弊の息を吐いて室内を見回した。白光の壁前には聖者の描かれた――尤も、光の濃淡による描出だけでは細部が殆ど不明瞭なのだが――大きなフレスコ画が飾られており、その傍に三段台の机が置かれている。下方の引き出しに蝋燭が敷き詰めてあるのを見ると、どうやらこれは蝋燭立てのようだ。蓋し、用途は神社の玉串や仏寺の線香と同様だろう。
 後は、奥へと続く幾つかの扉が在る。全て同じホールにつながっているようだ。
 ルーミアを連れて歩み寄り、その内の一つを開くと、中は巨大な礼拝堂となっていた。百人は軽く入るだろう空間に、正面の中心通路を挟んで左右に長椅子が幾重にも並列しており、左側は最前方にある綺羅びやかな祭壇に向けられて、右側はそれに垂直となって中心通路を向いて並んでいる。長椅子の上には長く吊り下げられたシャンデリアが辺りを照らしており、そのまま吊鎖の先を見上げると、そこは幾つかの穹窿が複合した交差ヴォールトとなっている。全体として張り詰めた印象を受ける空間だ。
 中心通路を半分くらい歩いたところで、霊夢は三つ葉飾りの手摺に手をかけて、長椅子の一つに腰を降ろした。するとルーミアも隣に座り、図々しくも腕を組んできた。その身体はまるで人肌に似て温かいが、いつまた囓ってくるとも知れぬ温もりだ。これほどの厄介もない。横目に睨みを効かせてはみたが、ルーミアは寧ろ嬉しそうに目配せを返してきたので、憮然としつつも勝手にさせた。
 それより話さねばならないことは沢山ある。聖者が磔にされた十字架の像が掲げられた祭壇に視線を向けながら、霊夢は傍らの妖怪に訊ねた。
「ねえ、ルーミア」
「なーに」
「この世界から出るにはどうすれば良いの」
 霊夢の言葉に、ルーミアは途端に淋しそうな表情をして、小声で応じた。
「ここは夢の世界なの。だから霊夢が起きれば……すっごく淋しいけど、外に出られるよ」
「その反応からすると、あんたは本気でここに残るつもりみたいね」
「だって」ルーミアは側頭を霊夢の肩口に寄りかからせた。「私は霊夢が大好きだもの」
 間延びした口調の火照った台詞に、霊夢は眉根を寄せて思念した。
 大好き、と言うが、果して博霊の巫女は妖怪の好意を誘うような存在なのだろうか。
 例の学者の法螺話を蒸し返すならば、巫女の妖怪退治屋としての責務は勇ましくも形式めいた体裁に過ぎぬということになる。連中、つまり幻想郷というシステムに生きる妖怪達にとって、博麗の巫女は『人間という身の上で妖怪に抗う』という立場を整えられた存在に過ぎない。その上で、この巫女に何らかの怖れを抱かせてやることで、自分達にとってより上質な至福を得るという、謂わば高級志向のマッチポンプというか、そういった歪な連関の一端を担わすために用意された存在である、と――そう、あの学者は説いた。
 だが霊夢は当事者として、これに一切の共感を持てず、持つつもりも毛頭ない。
 この理屈は明らかに本末転倒であり、これを認めてしまえば『倒し倒される関係』という人間と妖怪の古くからの定説が軽薄なものとなってしまう。あくまでも幻想郷の秩序を守る者として、連中の我儘や身勝手を許さず、全ての妖怪の楔となるべくして幻想郷には博麗の巫女が存在する、と――そう、霊夢は考えている。
 故に、博麗の巫女は決して連中の愛玩動物ではない。逆に、博麗の巫女こそが怖れを得る存在だ。そういう類いの好意を催されるなど、身の毛が弥立つほど悍ましい。
 ――この無邪気な妖怪も、そういった利己的な発想からの好意なのだろうか。
 値踏むような横目を向けて、霊夢は訊ねた。
「ルーミア、あんたは自分が言ってることの愚かさに気付いていないみたいね」
「どーいう意味?」
「だって考えてみなさいよ。私に依存するのはともかく、仮に私が死んじゃったらさ、あんたまで消えちゃうじゃない。そうでしょ」
「なーんだ、そんなの。構わないもの」ルーミアは平然と応じた。「だって必死を賭すのが愛でしょう。エリスだって、きっと本当はそーしたかったに違いないわ」
 幼びた口から告げられたヒロインの名に、霊夢はその意図を巧く解せず首を捻った。
「本当は、って……エリスは主人公を食べちゃったじゃないの」
「私が食べさせてあげただけだもの。本当は違うわ」
 ああ、と霊夢は納得した。やはり例の寸劇は結末が異なっていたらしい。
「じゃあ、本当はどうなるの?」
「可哀想なエリスは心を壊しちゃうの。でも主人公は置いてっちゃうのよ」
 ルーミアはヒロインへの同情を示し、まるで主人公を詰るように告げた。
「私は霊夢と離れるのは嫌よ。きっとエリスも嫌だったはずよ。傍に居たいって、その心は、妖怪も人間も変わらないはずだもの」
「だからって食べさせるのはどうなのよ。そんなの愛じゃなくて独占欲じゃない」
「良ーじゃない、あれはただの寸劇だもの。それにね、私は霊夢を食べるんじゃなくて、もっと穏便に霊夢の身体に住むことにしたのよ。これでずーっと一緒ね」と、力強く腕を組むルーミアの顔はうっとりとして夢見がちに蕩けている。
「勝手なことを言うわねえ。妖怪が自分の身体に寄生してるってのは、巫女にとって不愉快この上ないのよ」
 本当は不愉快以上に生命への危懼が在るのだが、それを口にするのも悔しく、相手が呑気にしているのを良いことに、霊夢は傲然と振る舞った。
「それに、私の身体に住むって結局どういうことなのよ。今もどこかに潜り込んでるわけ?」
「えーとね、スキマとかが邪魔して来るかもって思ったから、今はね、霊夢の頭のキョーに居るの。ここならスキマも無茶できないはずだから、私も安全なのよ」と、ルーミアはギザギザな牙をニイッと見せて妖怪じみた照れ笑いを浮かべた。
 スキマ、とはスキマ妖怪のことだろう。企てを邪魔されぬよう彼女なりに色々と対策を考えているらしいが、すると霊夢は一種の人質にされていることとなる。ルーミアはあくまでスキマの名を挙げて見せたが、その実、その策謀は霊夢自身に対しての枷でもあろう。
 そうともなれば相手の潜伏している場所は誠に重要となってくるのだが、頭のキョーというのは……さて、どういった意味なのだろうか。単純に考えるならキョーとかいう剣術の猿叫にも似た名前の場所が頭には在るということだが、果して頭のどの部位であるか、霊夢には分からない。或いは、頭の今日という意味合いかも知れぬが、そうするとこれは暗号か何かだろうか。明日には無い場所とか、そういう頓智を捻ったような謎々なのか。
 ともあれ細かく拘る必要もない。きっと頭の中のどこかに居るのだ、こいつは。それこそ闇の妖怪に相応しいではないか。闇という単語は何も暗闇ばかりを意味する概念ではない。闇は半ば形而上の存在であり、誰の胸にも頭にも潜り込み得る、そういう陰湿なものなのだ。
「闇ってのは面倒ね。放っておけばどこにでも蔓延って、困るわ」と、霊夢は素っ気ない応えをして、己れの腕をルーミアから引き離そうとした。
「まーね、確かに闇にはそーいう側面もあるよね。それに闇は大抵の場合その人を暗くさせるから、霊夢が不愉快になる気持ちも分かるわ」ルーミアは靴底を長椅子に乗り上げさせて胡座をかき、まるでコアラのように霊夢の腕を太腿に挟み込んだ。腕に固執しているようだ。「けど私は絶対に霊夢の邪魔にはならないよ。だって霊夢が大好きなんだもの。こーいう闇を身近に置くことは、霊夢にとってもマイナスにはならないと思う」
「ルーミア」霊夢は声のトーンを低くして、殆ど威圧的に言葉を発した。「あんた、さっきから私が好きだの何だのと言っているけれど、私がどうしてそれを信じると思うの?」
 するとルーミアはキョトンとして黙ってしまい、暫くはその真ん丸に見開いた眼を霊夢に向けていたが、やがて思惟に入ったのか眼を細めて俯き、霊夢の腕に鼻を擦りつけた。
 微かに湿り気を帯びた息が一定のリズムを以って腕に吹き付けられる。小動物に絡みつかれているかのような妙な気分だったが、当人は思念に大真面目なのだろう。
 難儀な質問をしたという自覚もあり、霊夢は拒絶することなく黙坐して返事を待った。
 長考を待つ間、礼拝堂の最奥に備えられた奇妙なオブジェを見つめた。半円ドーム型の造形で、わらわらと沢山の天使らが後光を伴って天蓋を支えており、その内部にはマイクロホンとかいう天狗が良く使っている拡声器のスタンドが置かれている。
 すると、どうやら珍妙なアレはこの礼拝堂の説教壇(アンボ)らしい。
 博麗神社にも、ああいう人目を引く説教壇が在ったなら、もっと人が集まるだろうか……と、少し考えてみて、すぐに首を振る。誰も巫女が講壇に立ってモノを宣うなど望みやしない。博麗の巫女は語らず、ひたすら実践の場に身を置く。それだけだ。
 期待されているとすれば精々、そう、酒宴の乾杯の挨拶くらいのものだろう。
 どこか腐すような気分になって説教台から眼を逸らすと、壁際に在る縦長の半円窓から外の世界が眼に入った。見なければ良かったと思うことには、外の世界はもはやコスモスで一杯だった!
 今や窓のガラスを埋め尽くさんばかりに、コスモスが積もっている。
 不吉への嫌悪感から軽く身体が震えてしまい、その身震いが腕にも伝わった。
 これを急き立てと思ったのか、ルーミアは我に返って口を開いた。
「私ね、霊夢になら何されても平気よ。どう言ったらいーのか難しくて分からないけど、霊夢にならね、少しくらい酷いことされても構わないの。ぶたれても嫌いにならないくらい好きなのよ。霊夢の傍に居られたら幾らでもニコニコしていられるわ」
 そう言って、ここぞとばかりに唇をニイッと横に伸ばしてみせた笑い顔は……生憎と、あんまり自然なものではない。上手い下手の問題ではなく、あからさまな怯えというか、ルーミアの心中の混迷が出てしまっている。真情を吐露するという行いに不慣れな故か、きっと、それを聞いた霊夢の反応が如何なるものか恐ろしくて堪らないのだろう。
 霊夢は小さく息を吐いた。
「それが良くない応えだってこと、あんたが一番良く分かってんのよね?」
 そう、良くない応えだ。何せ、それでは本当に『エリス』ではないか。
 愛を示すのに、相手への忍耐でそれを示そうなどと。どうせ最後には狂って終わる。
「けど私にはそれしかないもの……」
 ルーミアの紅い瞳は臆病そうに震え、それでいて霊夢から決して眼を逸そうとしない。瞬きが多いのは深い緊張のためか、それとも、これすら計算の上での芝居だというのか。
「だから、もしも霊夢がね、こういう夢が見たいって言ってくれたなら幾らでも見させてあげる。どんな英雄でも、どんなヒロインでも、何にだってなれるのよ。御札とか針とかはまた用意するし、それで痛くされても私は我慢するわ。それと……さっきの帽子もね、怒ってないのよ。アレは霊夢の照れ隠しだって分かってるもの」
 不安に押し潰されそうな細い声を懸命に張り詰めさせて、いかにも切々と口上を並べ立てた。こういった愛に追い詰められた末の台詞は返事に困るタイプのそれであり、如何に愛される側でありしも軽はずみな応対をすれば火傷する。
 頭の中に相手が陣取っている現状では、その火傷は、つまり致命傷となろう。
 霊夢は、こうまで必死になった妖怪の対処を深くは考えていなかった。ただ、どうやらルーミアにはちょっとした勘違いがあるようなので、この誤解を幸いとし、それに話頭を移すことで誤魔化すことにした。
「あの帽子には私もビックリしたわ。何なのかしらね、アレ」
「えー?」ルーミアが悲鳴めいた声をあげた。「じゃあ、誰があんな酷いことをしたの?」
 愛の想いを語った口が、すぐに憤懣の尖り口に変わる。所詮は子供なのだ、彼女は。
 霊夢は失笑を禁じ得なかった。
「なあんだ。やっぱり嫌だったんじゃないの」
「それは……そーよ。お腹の中で光が溢れて破けちゃったもの」
 つまり闇が破けて、霊夢は投げ出された。それで、あの焚火の近くに落ちたわけだ。
「どーして私の思いも寄らないことが起こるのかしら。私は霊夢の夢を支配しているはずなのに」
「夢に干渉するのは、何もあんただけの特権じゃないってことでしょ」
「ここには他に誰か居るってこと?」
「居るみたいよ。私の夢の概念とかって嘯いてたけど……夢の通ひ路って言葉もあるし、知り合いの誰かなのかも知れないわね。到底、好かれてるとは思えないけど」
 追い立てられたことは口にせず、霊夢は自嘲ぎみに空々しく微笑した。
 ただルーミアは全く逆のベクトルをその微笑に見取ったらしい。淋しそうに目尻を下げて、腕にその小さな身体を密着させてくる。仄かに紅潮した頬が肩の素肌に触れ、熱いくらいの体温が感じられた。
「ううん、やっぱり霊夢は人気者なのよ。夢でまで誰かが助けてくれるだなんて」
「それは勘違いよ。夢なんて薄情なもんで誰の味方をするもんでもないわ」
「そんなことないもん」切なそうにルーミアは口を尖らせた。「だって現に、あの帽子は私を虐めたもの。どーしよう、霊夢の好きな夢を見させてあげようと思ったのに」
「あのねえ、ルーミア。それもなんだけどね――」
 どう言い諭すべきか、霊夢は思索しつつ鬢の辺りを指で掻いた。
「何て言うかさ、それも難しい問題なのよ。仮にね、夢の世界が人間にとって幸せでしかない場所だったら、人間はどうなっちゃうと思う?」
「夢が大好きになる!」
「うん、そうね。大好きになるわ。だって現実じゃ叶わないことが夢では叶うんだもの。夢で過ごす時間は、それはそれは幸せで凄く大切なものになるでしょうね」霊夢は薄く微笑したまま言葉を続けた。「でもそうすると、最後にはどっちが大切なのか分からなくなっちゃうんじゃないかしら。自堕落に寝てばっかで、現実を疎かにしちゃって……もしかしたら夢を現実として混同しちゃうようになっちゃうかもね。どうしても夢のほうが幸せでしょうし、そもそも人間は自分にとって都合の良いことを信じたがる生き物だもの」
「いーじゃない、それでさ」ルーミアは尚も甘える口調で、霊夢の飾り袖に縋り付いた。「夢で楽しく過ごそーよ。私は霊夢が寝てばっかでも怠け者になっちゃっても構わないよ。傍に居させてくれるなら何でもいーのよ」
 従容とした和んだ表情を見せるその小さな妖怪に、霊夢は軽く首を振り、但しそれが好意への拒絶と受け取られぬよう、腕に沿うルーミアの優しく頭を撫でてやった。
「私はそこまで自堕落になった自分を誰にも見られたくないわ。もちろん、あんたにもね」
「そーなのかー。霊夢は照れ屋さんなんだね」気さくげに、ルーミアは笑った。「そんなの私はちっとも気にしないのにね。……けど好きな夢を見せてあげることで、結果的に霊夢を困らせちゃうってことになったら、私も困っちゃうわ」
 と、ルーミアが甘えるように凭れてきた、その時であった。
 氷をかじった時のような軋む音が乾燥したその空間に響き渡ったかと思うと、礼拝堂中の窓という窓にクモの巣状のヒビが入り、全てが同時にしてパリンと弾けてしまった。床に散らばるガラス片の後からは、堰を切ったようにしてコスモスの叢々が雪崩れ込んでくる。その全ての花々が、霊夢にとって喉奥に催す反吐の根源だった。
 立ちくらみに似た意識の浮遊を、霊夢は椅子に腰掛けながらにして味わった。
「嘘……ここまで来るの?」
「なーに、あれ? コスモス?」と、ルーミアが悠長に呟いた。「どーしてこんなに溢れてるのかしら?」
 コスモスに沈みつつある礼拝堂というまさしく幻想的な光景を前にしても、ルーミアはボンヤリとして呑気な様子だった。窓枠の下に積もり行くコスモスを平然と眺めている。
 一方で霊夢の精神は全く無様だった。心臓は捩じ切れんばかりに昂り、胸痛をすら覚える。また発汗が滝のようで、そのくせ血の気が引いているので、震えが来るほどに寒い。
 腕に感じる温もりが急速に愛おしくなって、霊夢はルーミアを掻き抱いた。
 そこで漸く、ルーミアは周章した。
「あ、あれ。どーしたの、霊夢」
「別に……」
 隠そうにも隠しきれぬ臆病な顔を見られぬよう、霊夢は組み抱いたルーミアの旋毛に顎を乗せた。腕の羽交の中でわたわたと狼狽する妖怪の体温に、情けなくも勇気づけられつつ、周囲に視線を走らせて逃げ場を探す。外へ出られればまだ花没は避けられようが、この様子では当初の出入口はもう埋没しているだろうし、瀑布の如きあのコスモスの勢いでは窓を抜けて逃げることも難しそうだ。何よりコスモスに潜るなど、今の霊夢には出来そうにない。
 眼に付くところでは祭壇の対面、つまり当初に入ってきた扉の上部には張り出した構造のギャラリーがあり、そこに銀色と金色の光に彩られたオルガンが鎮座している。催しの際に楽団が配置される場所なのだろうが、あそこは少なくともここより高所だ。
 ともあれ階段を探している猶予など有ろうはずも無い。普段ならばひとっ飛びなのだが、生憎とこの夢世界では飛行を封じられている。
 霊夢は、腕の中で狼狽を終えて夢見心地の表情をしている夢の簒奪者に、なるたけ冷静さを繕った上で告げた。
「このままじゃコスモスに埋もれちゃうわ。あんたが二階まで私を連れてってくれるのなら、私はシャンデリアの鎖を昇って行くっていう無茶をしなくてすむのだけれど」
「連れてってあげたら、もっとギュッてしてくれる?」
「莫迦ね、あんたが飛んだら私はしがみつかなきゃ落っこちちゃうじゃない」
 その言葉に道理を得たのか、ルーミアはその顔にいかにも小生意気な、しかし実に自然な笑みを湛えて、相手が自分に縋りやすいよう両手をピンと伸ばし、どうぞとばかりに例の聖者のポーズを取って見せた。
 好意に甘えて遠慮せず、霊夢がその小躯に体を密着させると、ルーミアは背筋を震わせて締りのない感嘆を漏らした。
「えへへ、天にも昇る気分ってやつね」
「良いから、早く飛びなさい」
 ルーミアはソッと踵から浮遊して行き、最後に爪先で長椅子を蹴った。
 浮き行くにつれて、霊夢も体重を少しづつ移し、やがて連れられて中空の人となった。
 ふわふわと、ギャラリーに向けて漂いながら、ルーミアは愉快そうに告げた。
「きっと今の私達って『聖者は丘を登りました』って見えるわよね」
「……十字架が背負ってくれたのなら、聖者も気楽だったでしょうね」
「それなら今、霊夢は気楽?」弾んだ調子で、ルーミアが問うた。
「さあ……そうなのかもね」そうとだけ言って、霊夢は物憂く沈黙した。
 やがて二人はギャラリーに着地した。
「着いたよ、霊夢」相応の感謝の言葉を期待していたのだろう、ルーミアは褒めてもらいたい子供がそうするように誇らしげに胸を張った。
 ところが霊夢はそれどころではない。呑気な飛行による焦燥が霊夢の精神衛生を蝕み、深層心理に粘着した煩悶の催す衝動がスペクトラム的に連続して襲いかかってきており、礼拝堂という器に溜まっていくコスモスから逃げたい一心で、労いの言葉を待っている恩人を押し退けてしまった。くらくらと焦点の定まらぬ視界の中でギャラリーの奥、つまり巨大なパイプオルガンの元に歩み寄り、冷厳なパイプに掌を当て、蹌踉と膝を崩して跪いた。背後からは土砂の如きコスモスの騒音が耳を劈いて押し寄せてくる。鼓膜を破りたいような衝動……! 不快なスペクトラムは尚も続いている。
「霊夢」背後から、ルーミアが不安そうな声で問うてくる。「私、どうしてか分からないんだけど、何だかその、霊夢が必要以上にコスモスを怖がってるように見えるよ?」
「……うん」
 もはや是非もない。霊夢はこの妖怪に、自身の恥を語らねばならなかった。
 その摩耗した精神状態のため、あまり滔々と述べるような芸当は出来なかったが、即ち、夢寐に出会った学者に何やら面妖な呪術を浴びせられ、かのコスモスが恐ろしくて堪らなくなったのだ――と、この窮乏について、もはや巫女として半ば失格した弱り切った声音で打ち明けた。
 ルーミアは存外に平静だった。霊夢の弱音に一々優しく相槌を打ち、やがて自分の見解を告げた。
「それはね、きっと気の病って奴だよ。怖いって気持ちが毒みたいに全身に回って、霊夢を変にしているんだ。このままじゃ眼を覚ました後にも身体に悪影響を残しちゃうよ」
 霊夢が首だけで後ろを向くと、ルーミアはすぐ近くに侍り、唇だけで微笑んでいた。へたり込んでしまっている霊夢に目線を合わせ、屈んでくれている。
 気恥ずかしさと遣る瀬無さに、霊夢は小さく息を吐いた。
「……どうすれば良いのか、あんたは知ってるっての?」
「知ってるよ。治すには特別な薬が必要だけれど、大丈夫、助けてあげられると思う」
 霊夢の怯えきった手を取る、その小さな右手は、もう悪戯に縋って来る手ではない。邪険に振り払うには、その手はあまりに素直で、一途だった。
 だからもう片方の手が、その懐より、この夢路の初めの頃にペリカンに投げつけた長針を取り出して見せても、不思議と怖れは生まれず、抗う気持ちにもなれなかった。ボンヤリ呆けて見入る霊夢の手を引き寄せ、ルーミアは今度は自分が霊夢を羽交に抱くような姿勢を取ったが、これにもやはり逆らわず、霊夢は脱力したままルーミアの胸に頭を寄せた。その心地は、まあ、抱かれてやっても不快にならぬくらいのものだ。
 ともあれ、このまま刺されてしまうのか。当然ながら胸中に在るその疑念を、自分でも呆れるくらいの無気力で放置し、所詮は夢の出来事だからと焼け鉢に肯定した。或いは、その死こそが毒された身体を開放する薬なのかも知れない、と。
 しかし、だ。夢という即興芝居の筋書きが誰にも予測が付かぬように、物事は全く霊夢の予期せぬ方向に進んだ。ルーミアは長針の鋭利な尖端を慣れぬ手つきで震わせた後に、ブラウスを托し上げて臍を露わにし、あろうことか己れ自身の脇腹を突き刺したのだ。
 深く突き入れられていく長針を間近に目視していた霊夢は、先程までとは毛色の異なる呆然を得た。ツウと針を伝わって溢れる血は、互いの身体に類する白光ではなく、霊夢の髪の毛のような艶のある鴉羽色の黒でもなく、誠に純粋な闇色であった。
 やがて長針は引き抜かれ、五ミリほどの刺創部より血が緩やかに吹き出した。ルーミアは止まぬ血を掌に掬い、その血を大切そうに塗り合わせるようにして両手を摺り合わせ、その血塗れの両手で霊夢の頭を撫ぜ付けた。
 コスモスに打ち込まれた重苦しい楔が頭蓋より抜け行くのを感じる。一種のカタルシスに等しい感覚がもたらされた。
「霊夢」
 名を、呼ばれる。霊夢はルーミアを見上げた。
「オハヨーの時間だよ、霊夢」闇の掌が眼を優しく覆った。掌より伝わった闇が目尻から、涙のように頬を零れた。「また夢で会おうね、待ってるからね」
 名残惜しげなルーミアの声音が段々と遠ざかり、その掌の感触もやがて失せた。
 夢路からの帰還であった。



 むず痒くも鼻を撫でたのは青っぽい清涼さを衒う蕎麦殻枕の芳香だった。蕎麦殻のサラサラ鳴る音に眼を開くと、安っぽい乳白色のカバーが眼に飛び込んでくる。霊夢は欠伸をするのもアンニュイな気分で不格好な深呼吸をした。息苦しいような気がしたのはうつ伏せで眠っていたためか、それとも一種の悪夢を見ていたからなのだろうか。

【昔々、あるところに一羽のペリカンがいました】

 そこは当然ながら博麗神社の寝室だった。普通の、何ら変哲のない当たり前の世界だ。柱は材木、畳はイ草、霊夢の身体は蛋白質で、森羅万象が元通り。あれだけ蔓延していた白光は鳴りを潜め、もはや障子窓より透け入る天道さんが眩いばかりに過ぎない。
 空すら飛べぬような夢の世界は漸く終わったのだ。

【ペリカンは独りぼっちです。だって周りに誰もいない、森も街もない、荒れた野原に住んでいるからです】

 そうして傍らに……布団に臥した霊夢に沿うようにして、空っぽになったルーミアの抜け殻が横たわっていた。
 それが明白な抜け殻であると思えたのは、夢路でルーミアがさんざ夢の住人となることを吹聴していたこともあるが、それ以上に、そのルーミアの肉体があまりに虚ろなものとして眼に映ったからだ。周囲に纏った薄闇と肉体との境界が殆ど微妙で、その危うさときたら、まるで不用意に触れれば今にも消え去ってしまいそうだ。
 夢に残ったルーミアには、もう現世の肉体は必要ないと、そういうことなのだろうか。

【独りぼっちなペリカンは淋しくって仕方ありません。どうすれば独りぼっちじゃなくなるかを考えて、独りで卵を産みました。ペリカンは、ペリカンママになろうと思ったのです。やがて雛が孵りました。ペリカンママは『あなたのおかげで、もう淋しくないわ』と、産まれて来てくれた雛に感謝して、それはもう大切に可愛がって育てました】

 霊夢は小さく息を吐きつつ、寝間着の僅かに汗ばんだ袂から退魔符を取り出した。
 これは所謂、護身用として区分される御札で、自分を魔から護る、つまり魔を祓う、そういった意図を持った霊符である。
 頭を勝手に棲家とされた霊夢としては、ルーミアをこれで身体から追い出し、さっさと身体に戻ってもらいたい。時間が経てば経つほど、この肉体は幻想郷に残された闇妖怪の追憶と共に風化し、この現世から失せてしまうだろう。そうなってからでは、もはや邪険に追い出すにしても一寸の不憫が生まれ、こと始末に負えなくなる。急ぐべきだ。
 確か、頭内に居ると言っていた。頭の中ならばスキマ妖怪も手を出せないなどと、霊夢の脳を人質に取ったようなことを嘯いていたが、結局それは見せ刀に過ぎず、霊夢が何をしたところで反逆する気もないだろう。それこそ、あの悪辣な学者の言ではないが、かの闇妖怪の目当てが巫女の怖れの独占であれ、或いは愛の独占であれ、宿主たる霊夢の精神を崩壊せしめてはルーミアにとって無益であるからだ。
 霊夢は退魔符を額に貼り付け、巫力を頭に集中させた。巫女の霊的な力、巫力である。
 瞑想に入ると、貼り付けられた退魔符が実に神聖な光を――とはいえ普段から放擲を繰り返している弾幕の彩光と同じ色調だが、とにかくボンヤリとした光を帯び始めた。巫力が練られ蓄積されるに連れて、その光は強さを弥増していく。闇を、追い立てるように。

【けれど不安がありました。その荒れた土地には恐ろしい動物が居たのです。蛇です。毒を持っていて、それと鳥の雛が大好物なのです。ペリカンママは蛇が可愛い雛を襲わないよう高い高い場所に巣を作りました】

 霊夢は全頭を巡る経絡脈の道々を思い浮かべ、総じて管中が流れ行くようにイメージした。穏やかな、川辺を流れる一葉の進むが如き、その流動の終点を巫女が口とする。
 闇が口の中に淀む感覚は得も言われぬ不快が在ったが、とにかく心像を確立させた。
 あくまで儀式的な所作で、霊夢はルーミアの抜け殻に顔を寄せた。その鼻を抓み顎を上げ、その唇に被さって口を接し、そのまま吹き入れてやる。数息と同じくらいゆっくりと、ただし、一息に。
 肺活量の限りとなったほどに、唇に微かな反応が返り、薄く開かれた唇から吐息の混じった呻き声が漏れた。奏功だ。ルーミアは緩々と眼を開き、その紅瞳で霊夢の姿を認識するに至った。
 ところが悪いことに、その眼は忽ちにして苦痛に歪み、ほろほろと涙を零し始めた。掠れ声で「お腹が痛い」と、そう泣くのだ。
 霊夢がルーミアの上衣を捲ると、そこには、帽子が爆発した結果と推測される爆創が拳ほどの窪みとなって開いていた。底の見えぬカルデラみたいな大穴からは血でなく闇が飛散し、飛散した傍から消えて行き、これがルーミアを苦悶させていることは明白だった。
 この爆創の穴を塞いでやらねば、せっかく送り返したルーミアの心はその身体ごと闇に溶けてしまうだろう。
 とはいえ霊夢は博麗の巫女であり、幻想郷の妖怪を退治する立場にある。このルーミアという闇妖怪の命を救うことは、果して博霊たるや否か。
 創痛に啜り泣くルーミアを前にして、霊夢は深く思念した。

【雛を食べられない蛇は悔しくて仕方ありません。怒った蛇は、ペリカンママが餌集めで留守の隙に、低い場所から高い場所へと毒を吹きかけました。可哀想な雛は死んでしまい、帰ってきたペリカンママは深く深く哀しみました】

 見殺しにすべきだ、という、その真白な曇りガラスの如き無慈悲が霊夢の答えとなるのに、そう長い時間は要されなかった。霊夢が博麗の巫女で、ルーミアが闇妖怪である以上、その関係性を度外視するような僭越を犯せば、幻想郷の理を軽視したことになる。
 妖怪は倒すものであり、救うものではない。少なくとも博麗の巫女にとっては。
 霊夢の双眸に、その結論に因る冷酷が帯びたのだろう、霊夢を見据えたルーミアの瞳が悲愴に震えた。より一層の苦悶の声が上ずり、もはや言葉の意を成さぬ悲鳴となって部屋に響いた。赤子が親を呼ぶような喉を必死に扱いたその啼声が、誰に向けての訴えであるか、霊夢に分からぬはずもなかったが、身動き一つせずにルーミアを睨めつけて、徒に、その声が弱まっていくのを聞いていた。
 いっそ――と思ったのは当然の帰結であろう。その苦悶を、一息に介錯せしめてやる程度の温情くらいならば、示してやることも吝かではない。
 霊夢は、ルーミアの華奢な喉元に片手をあてがった。
 仮に、この闇妖怪が窮鼠の如く齧り付いてきても、それを逃れ、切り返して息の根を止めてやるくらいの自信はあった。夢ならばいざ知れず、この現世における彼女の力は、博麗の巫女と相対するにはあまりに弱々しいものなのだ。
 ところがルーミアは、霊夢の手が頸部に到達するや、その声をサッと静めて沈黙した。巫女の容赦の無い指が次第に締め付けの力を強めていっても、その身体や首を捩ることすらせず、その顔からは苦悶が薄れ、剰え安らぎにも似た表情を浮かべて、穏やかな諦観の眼を霊夢に向けた。
「私、今、笑えてる……?」首の圧迫された掠れ声で、ルーミアはそう告げた。
 それを耳にした瞬間、霊夢は背筋の凍りつくような戦慄を覚えた。何やら筆舌にしがたい、おぞましい下賤に満ち満ちた行いの片棒を担がされそうになっている自分に、はっと気付かされた。
 この愚かで、呆れるほどに自堕落な妖怪は、巫女に殺されることで、自分ではほとほと証明できそうにない得体の知れぬ感情を、まさに愛へと、昇華せしめんとしているのだ。
 思えば、今宵の闇妖怪の行動は総て、畢竟、その証明にこそ重きが在ったのかも知れない。夢の支配者となって巫女を蹂躙せしめ、その上で『頭』という霊夢の精神だけは救おうとした滅裂も、然り。また、一つの恋物語に拘り、殊更にそのヒロインらしくあろうとしたことも、然り。必死に彼女なりの『エリス』を完成させんとして、その最後の一欠片の填塞を相手に、その指に、委ねたのだ。
 霊夢は指を驚愕に震わせつつ引っ込め、己れが軽率を悔いた。眼前の闇妖怪は、もはや笑顔を崩すことはない。このまま見殺しにしたところで、為すべき総てを終えたこの妖怪は雀躍して逝くだろう。他ならぬ闇の陋穢たる心情を巫女の中にまざまざと残したまま。
 歯をギリリと食い縛りつつ、霊夢は咄嗟に、この妖怪を救おうと思った。
 救済しようというのではない、ただ今だけその命を生き長らえさせてやろうと、そう思ったのだ。
 さもなくば博麗の巫女は、誠に逆説的だが、妖怪を不本意に救済した結果となるだろう。
「……死ぬなら、私と関わり無いところで死んで欲しいわ」苛立ちを吐き捨てるように、ただどこか気の抜けた調子で霊夢は言った。「全く、もう」
「霊夢――?」
 眼を円らに見開くルーミアを尻目に、霊夢は大きな封魔符を懐より取り出した。見ようによっては滑稽な外装で、何故か『大入と書かれたポチ袋』だが、これも歴とした先程の退魔符と同じ、護身用の御札である。
 こちらは実体なき相手、つまり闇だとか蝙蝠だとかに変化して自在に自己を散逸させようとする連中に対して、勝手な身動きを制限する封魔陣を形成する、つまり魔を固定する、そういった意図を持った霊符である。
 些か乱暴だが、これを用いれば闇の流失を止められるだろう。
 霊夢は封魔符を爆創に絆創膏の如く貼り付けた。青白い結界が浮き上がり、柱となって空間を穿つ。腹上で結界を展開されたルーミアは質量に圧されたような「むぎゅ」と小さな悲鳴を上げたが、もう闇粒が大入の文字から外に出てこないところを見ると、どうやら闇の飛散は食い止められたらしい。丹田の辺りを潰されてジタバタと元気そうだ。

【ペリカンママは、こういう時、どうすれば良いのか知っていました。自分のクチバシで脇腹を突き、その血を雛に降りかけるのです。そうすれば雛が生き返るのです。ペリカンママは脇腹から血を吹き出させて、その血を雛に与えました】

 再開したようだが、さても、まさかそんなことをするつもりはない。似たことをされた覚えはあるが。
 とかくルーミアを回復せしめるには、彼女が闇妖怪である以上、何かを口にさせて例のコーソ役の連中に闇を作らせれば良いわけだが、つまり食物が必要だ。それも、この創傷を塞ぐとあれば、余程の高餌が必要とされよう。妖怪にとっての高餌と云えば――。
 霊夢は小さく息を吐き、もがくルーミアを落ち着かせようと、クシャクシャな髪の毛を指で梳いてやった。
 ジタバタとしたその愚図りはすぐに止み、ルーミアは自ずから髪の毛を指に絡ませるようにして、その指に頭を擦り付けた。
 先程、彼女の喉元を締めあげた指である。妖怪を容赦なく追い詰め、札や針を投ずる指である。今、ルーミアはその指にくすぐったそうな表情を捧げている。
 指に弄ばれた金色の頭髪は埃っぽくも美しく、精巧な金玻璃細工の如く煌めき、一本一本を指で擦り落とせば、その反射光が黄金や赤金、白金など様々な色彩を見せる。
 その美しさに何だかムカムカして、霊夢は強いてワシャワシャと乱暴に梳いてやった。
「一枚じゃ、そう強いもんでもないんだから、少しは我慢なさいよ」
「ひどーい」
「酷くない」
 やがてルーミアの小康を認め、霊夢は髪を梳いていたその手を、今度は自分の鬢の辺りに擡げた。幾本かの根元を爪で圧し切り、指で摘んでタラリと垂らしてみせる。数本束となった長髪は角度に寄らず等しい鴉羽色で、あんまり面白味のあるものではない。
 ともあれ妖怪の眼にはどこか違って見えるようで――ルーミアの眼が爛々として釘付けとなったのには、意に寄らずして意趣を返せたような妙な気分だった。
 霊夢はそれを摘んだまま、仰向けに横たわるルーミアの口元に運んだ。垂らされた蜘蛛糸の如き毛髪を、当惑げに薄く開かれた唇に通し、摘む指までも口腔に含ませた。
 生存本能とでも云うべきか、それとも悦懌か。ルーミアは口中で味わうようにして、それをぺろりと食べた。
 いきおい、人差指まで舌に舐られた。不快げに口角を下げ、結ばれた唇の柔縛より抜き出すと、指先に砂っぽい闇が纏わり付いて来る。コーソだ、あの姦しき連中だ。朧気に陽気な歓声が聞こえてくるのは、きっと霊夢が夢寐にコーソ達と触れ合った名残なのだろう。
 ルーミアは鋭い歯をニイッと見せて、笑った。
「ありがと、霊夢。嬉しーな。もーね、痛くない気がするわ……!」
「質量保存的に、それは有り得ないわね。ただ傷口に薄膜くらいは張れるでしょ」
 言いながら、霊夢は指先をフウウと吹いてやった。コーソ達は燥ぐような幻の悲鳴を上げて飛散し、あちらこちらへと散逸した。
 奴らの行先に眼を取られていると、了承を得るでもなく、不意にギュッと懐に闇妖怪が入り込んできた。あんまり突然だったので不覚にも蒼惶し、拒絶することも能わず、霊夢は体を強張らせた。
 今の今まで死線を彷徨っていたはずなのだが、どうやら具合の申告に偽りはなかったらしい。
 夢のまんまの温もりに、霊夢は眉根を寄せ、とびきり不機嫌な表情で威嚇してみせた。
 しかし霊夢の胸に頬擦りするルーミアは幸福そうに笑うばかりだった。

【雛は無事に生き返りました。ペリカンママは立ち上がった雛を見て嬉しそうに笑って、静かに眼を閉じました。残された雛はそこに居ました。雛はペリカンになりましたが、ずっとそこに居ました】

 ルーミアは暫くの間、頬やら鼻やらで霊夢の感触を味わっていたかと思うと、そっと離れフワと飛び、押入れの有る長押の辺りまで浮かんだ。
「暗いところに行って闇を集めれば、多分、すぐに元通りよ。だから少し寝させてね」
「お断りよ、外で寝なさい」
「外は明るいもん。暗くなったら勝手に帰るから、ね」
 ルーミアは平素と変わらぬ甘ったれで呑気な笑みを浮かべたまま、押入れの上部、天袋を開くと、そこに勝手に潜り込んでしまった。都合が良いのか悪いのか、そこは来客用の布団が仕舞われている場所だ。或いは、知っていたのかも知れないが。
「オヤスミの時間だよ、霊夢」眠たげな声で、アクビ混じりにルーミアが言った。「また遊ぼーね」
 内から手だけがひらひら振られ、それも暗がりに消えると、天袋は静かに閉じた。
 霊夢は暫くの間、憮然とそちらを見上げていたが、やがて自分もアクビを一つしてみると、もはやルーミアの相手をするのも気怠く思え、もう勝手にしろとばかりに眼を背けた。

【ペリカンは独りぼっちです。だって周りに誰もいない、森も街もない、荒れた野原に住んでいるからです。でもどこへも行きません。きっとペリカンママが淋しがるからです】

 去来してくる得体の知れぬ感情に押し潰されそうになりながら、どこか索然とした気分の中で、霊夢はふと気付いた軽い空腹をこそ巫女の本分として自覚した。背腰を伸ばすようにしながら立ち上がり、厨房への襖を開く。
 そこには――思わぬ来客が居た。三和土に通ずる式台に足を乗せ、接する座敷縁にちょこんと腰を下ろした桃色長髪の少女だ。数多に浮かぶ能面の中心で、絵本か何かを膝に乗せ、その特徴的な抑揚の無い声で一本調子に朗読している。
「ペリカンは誰よりも愛を知っています。けれど荒れた野原以外の場所は知りません」
「こころ、おはよう」
「ン、おはよ」
 霊夢の呼声に、面霊気・秦こころは本から顔を上げ、全くの無表情のまま頷いた。
「どうしたの、こんな朝早くに」
「ここに本を忘れたの。返してもらおうと思って」
 ああ、と霊夢はすぐに気付いた。なるほど、あの本ならば彼女に相応しかろう。
 つまり今回の夢路の発端となった、あの、文庫本だ。
「あれって、あんたのだったの」
「そうよ。感情の勉強の一環よ」
 感情の無い、そのすまし顔で、こころが手を差し伸ばしてきた。
 眉根を寄せた軽い逡巡を経て、柄にも無いがと思いつつ、霊夢は仄かな読書欲から文庫本の借受を申し出た。
「ごめん、今ちょっと読んでるところで、もう少し貸しといてくれない?」
「ン、良いよ」
 福の神の面を額に被り、こころは気安く頷いた。
「それで、あの子の具合はどう?」
「あの子って――ああ、ルーミアのこと? 死にゃあしないわよ、見てたの?」
「ううん。ただ、私にも責任があるし……」
 今度は姥の面だ。霊夢は首を捻った。
「あんた、何かしたっけ?」
「帽子、爆発しちゃったじゃない」
 降り頻る雨の音色に少し似た、その抑揚のない声音は、ただでさえ本意が察しにくい。だというのに剰え戯言のような台詞を口にされ、霊夢はキョトンとしてしまった。寝起きの億劫さもあり、こころが何を言い出したのか分からず、頻りと鬢の辺りが痒くなった。
「何かの役に立つと思ってモンキーポゼッションを込めておいたんだけど……まさか、あんな場所で発動しちゃうなんて……」
 だが、その言葉の内容を得心するにつれ、自然と己が眼が見開かれていった。
「あんたがあの熊!?」驚愕と動揺の入り混じった声音で、霊夢は問うた。
「私の話を聞いてなかったの?」今度は小面、こころは動ぜずに応じた。「『熊』じゃないの、あれは『能』っていう別の動物よ」
「それより、あんた、あんなに笑えてたじゃない!」白黒の夢寐にて蕩けるように笑った熊?の表情を思い返しながら、霊夢は半ば詰問する調子で騒ぎ立てた。
「夢の世界でくらい、私だって理想の姿になるわよ」猿面、動作ばかりは大仰に、こころは呆れたようにして肩を竦めてみせた。
 霊夢は、この無表情な付喪神を前にして急に恥じらいを感じた。
 こころの理想と云うだけあってか、あの熊?の笑顔には、夢路にて苛立っていた霊夢も少なからぬ安息を授けられた。しかしそれはあくまで知り合いを相手にしているとは思っていなかったが故の、謂わば油断であり、そもそも霊夢としては、こころという付喪神相手に安らいだつもりではなかったのだ。
 霊夢の葛藤を知ってか知らずか、何食わぬ顔のまま、こころは額の面を福の神に戻した。
「でも、良かった。ペリカンは孤独じゃなくなったみたいだね」
「あんたもルーミアも、ペリカン、ペリカンって……全体、何のことよ」
「フィシオロゴスっていう本に出てくるペリカンだよ。これはね、それを基にした絵本」そう言いながら、こころは絵本を掲げてペラペラと捲ってみせた。先程までの朗読に則ったポップなイラストが描かれており、その最後のページでは、十字架を背にして自らを羽交いに抱くペリカンママの映った夜空を、荒野に佇むペリカンが見上げていた。
 霊夢は苦虫を噛み潰したような表情になって、無碍に首を振った。
「言っとくけど、私は別にルーミアを助けたわけじゃないわ」
「助けたじゃない」
「色々と事情が有って、そう見える結果になっただけよ。博麗の巫女が妖怪を助けるなんて、あるはずないでしょ」
 上っ面ばかりを整える言葉足らずな反論を、霊夢は口にした。だが妖怪が倒されるべき存在である以上、そういう形式論でも語っておかねば、博麗の巫女としての面目が立たぬのだ。
「また面子か。そんな風潮は良くないよ。そうでしょ?」そんな思慮の浅さを詰るように、また、小面。
「煩い!」霊夢は羞恥やら興奮やらで顔を朱に満たし、大口を開けたシカミの顔で怒鳴りつけた。「帰れ!」
 すると大飛出、こころは大喝をあしらうようにひらりと跳躍し、三和土に降り立った。左爪先で着地するや右脚を交差させ、反時計方向の素早いスピン。そうして霊夢に背を向けたまま、Y字型に両手を伸ばしたポーズを取って見せる。
「そんな貴女に誰がした、Who's bad!」
 そう遁辞を残すと、こころは脱兎の如く跳ねて勝手口から逃げ出してしまった。
 後に残された霊夢は荒げた息を持て余しながら、つい今先程までこころが座っていた場所に脱力して腰を下ろし、乾燥しきった砂を浴びたように霞む眼を拭った。
 茫漠とした不安が心を乱し、議論を怒声で終わらせた自分の未熟さに押し潰されそうな気分であった。深々と息を吐き、認識の安寧を取り戻そうとして色々と思念してみるが、堂々巡りで平仄も合わず、ひたすら自己欺瞞の泥に沈み込んで行く。
 それを中断させたのは、結局、空腹の虫だった。霊夢は半ば朦朧と、三和土に降りた。
 朝食にはまず米を炊かねばならない。石竈の隣に置かれた桐造りの米櫃より一人分の米を取り、水瓶からの冷水と合わせて小羽釜で米を磨ぐ。古い瓦版を燐寸で焚付にして石竈内に火を起こし、木くずと乾いた木端で中火と為す。
 そこまでをルーチン的にこなした後で、霊夢はふと、片隅に何やら見慣れぬ籠が置かれていることに気付いた。手巾で蓋をされた、竹編みのバスケットだ。
 こころが手土産でも置いて行ったのか、と霊夢は何の気なしに手巾を取った。
 ひらりと除けられた手巾の下を、覗くや否やのその途端、怒りとも呆れとも判別つかぬ、謂わば食傷とでも云うべき心持と、多少ばかりガッカリした気分で胸が一杯になった。
 どうやらこれは、こころではなく、また『別な妖怪』の置き土産であるようだ。
 何せ、コスモスだ!
 バスケットには溢れるような色とりどりの小コスモスが敷き詰められており、その中心には、変哲のない三本のヴァイスヴルストが乗せられている。……まさか眼を覚ました後にまで、この花に怯えるとでも思ったのだろうか。
 霊夢は憎らしげに舌打ちした。程度の低い、戯れにしても莫迦な嫌がらせだ。
 そもそも、と霊夢は思念する。コスモスなど、当節では何処を探そうが咲いていやしない。冬にコスモスをこういう悪戯の小道具に持ち出すなど他の誰にできることでもなく、つまり、夢寐の学者の正体は実は自分であったと自供しているようなものではないか。
 文句の一つでも言ってやろうとして、霊夢は奮然と厨房を、そうして勝手口より庭先を見回したが、その姿は見えなかった。
 置くだけ置いて帰ったとでも云うのか、奴は。
 まさか! 何処ぞに隠れて様子を伺っているに違いない。
 それならばそれで良い。竹籠を乱暴に手に取って、霊夢は焚口に屈んだ。そうして籠一杯のコスモスを一掴みにし、これ見よがしにバラ撒くようにして火にかけてやる。無論、夢寐の焚火とは異なりコスモスが溢れてくるなどということはない。
 焚口より顔を上げ、辺りを見回した。まだ出て来ぬつもりか。一掴みを、またパラリ。
 鮮やかな色彩が火に追われ、瞬きの内に灰となり、総てがモノトーンへと帰す。火炎の勢いに煽られて、ふわりと逃げ惑うコスモスのその惨状は、霊夢に、思いがけず耽溺的な充実を与えた。何せ、夢路での出来事とはいえ、この花には余程と苛められたものだ。
 会稽を濯ぎし心の叫ぶ快哉が、知らず霊夢の頬を朱に染めていく。
 首を擡げて左右の気配を伺いつつ、また、パラリ。
 赤色のコスモスは灰色となった。桃色のコスモスは灰色となった。黄色も白色も、灰色となった。ピコティもあった、パロット咲きの縁の縮れた珍しいのもあった。全部、面白半分で灰にしてやった。
 次第に夢中となり、半ばその確認をも等閑にしてコスモスを焼べていった。竈火が『パチパチ』鳴るに連れ、丹田が緩み、くすぐられているように情感が昂ぶっていく。やがて総てのコスモスを投げ入れてしまうと、霊夢は火の中に黒焦げとなって沈む花弁を覗き込み、その大きな瞳を炎で照らし、良い気味だとばかりにクツクツと笑った。
 どれ、お陰で火が強くなってきたようだ。熱感による汗を拭い、霊夢は腰を上げようとした――見図られていたかのような、その刹那であった。
 寝起きのボサボサな蓬髪に、指が、ぞわりと。
 背後を振り向く暇すら与えてくれず、その何者かの掌は霊夢の後頭を押さえ込んだ。眼前の、遮蔽蓋など無い古びた竈の焚口に顔を押し込まんとするような乱暴な力。
 慌てて抗い、どうにか立ち上がろうとするも、その膂力は僅かな身動きをすら許さない。
「最近は変わった方法があるのねえ」掌の主が静かに、しかし一種の妖怪的威圧を含んだ声で宣った。「花を竈の燃料にするだなんて」
 凄みのあるその声音に、窮地的な現状とも相俟って、流石の霊夢も蒼白した。焚口から浴びせられる放射熱に拠る汗の、その、何倍か冷たい汗が額から吹き出していた。
「……おはよう、幽香」
「おはよう、霊夢。昨今は可愛いものを燃料にするのが流行っているのかしら」
 厭味ったらしいその言葉に、霊夢も、皮肉で応じてみせる。
「そうね、コスモスは可愛いから」
「ああ、そう。じゃあ、とりあえず私も可愛いものを焼べてみようかしら」
 押し込む力が強くなる。それは霊夢が精一杯に踏ん張って、それでもちょっとずつ前のめりにさせられてしまうくらいの、その力量を把握しきった上での力加減で、つまるところ緻密に計算された嫌がらせだ。懸命に抵抗する巫女の有様を、その言葉通り、掌の上に置いて楽しんでいるのだ。
 熱源に近づけば当然、熱い。熱気による不快の中に、明確な痛みが混じり始める。
「待ってよ、ねえ、ちょっと! 熱いわよ!」
「そうね、熱いでしょうね。でも仕方ないわ。私、コスモスと同じくらい霊夢が可愛いんだもの」
 そんなこと微塵も思っていないくせに、と霊夢は怒鳴り返してやりたい気分だったが、憎まれ口をきく余裕などあるはずもなく、口をギュッと閉じて歯を食い縛り、焚口の両縁に両手をつっかえさせて堪えた。痺れとなって伝わってくる、じりじりとした熱の痛み。怯えて見せれば相手を喜ばすだけだとは知りつつ、情けなくも唇が歪んでくる。
 パチン、と火花が頬に一つ、錐で突くようなキスをする。仰け反ることもできずに呻く霊夢の後頭を、その掌の嫋やかな示指が磨るように撫でた。
「霊夢。お花さんにちゃんと御免なさいができたら許してあげるわよ」見えぬ表情が心に浮かぶような空々しい甘言を口にする、その花妖は、耳元で。
「何よ、この莫迦妖怪!」まるで劣勢を怖れぬ、その振りをして、霊夢は気炎を吐く。「見てなさい、今に退治してやるんだから!」だが咬合力の緩みに伴い筋耐力が低下し、じりじりと竈火が近づいてくる。石竈に爪をたて、指先の疼痛をどうにか膂力に変えようとするが、所詮は微々たるものだ。
「うふ、それも素敵ねえ。楽しみにしておくわ」 巫女の虚勢を、花妖は優雅に愛でた。
 竈火は霊夢の顔を炙りかねぬくらいの、決して愉快ならざる距離となっていた。鼻先のすぐそこをチラつく濃橙色の炎光の中で、調和が崩壊して粒子状となった灰白色が火勢に煽られて乱れている。灰塵に帰したコスモスが、まるで霊夢を嘲弄するように。
 花妖への憎悪に逸る心が焦燥の赴くままにその均衡を崩したのか、視界の片隅が渦巻くように歪み始める。のみならず、何だか随分と息苦しい。無意識に呼吸を忘れていたのかと思い、みっともなくもゼイゼイと獣の唸りめいた音を立てて呼吸を試みるが、窒息感は一向に改善せず、却って頭痛を生じてしまう。眼の奥から刺すような痛みだ。
 霊夢は今や竈の火というより、それを通して素裸に剥かれた自分の心の貧弱さを、博霊の巫女としてあまりに未熟な自分の正体を、まざまざと見せつけられている気分になった。
 恥辱に塗れた拭うにも拭い去れぬ無力感に、それでも強く在りたいのだと、霊夢は痩せ犬の遠吠えめいた意味を成さぬ声に喉を震わせた。もちろんそれで現状が好転するはずもなく、どうしようもなく虚しい寂寞だけが心にぽつんと残された。
 ……実際のところ、これら変調の原因は唯一つ竈に有った。
 竈という道具は、火を囲うその構造上、内部では燃焼に拠る酸素消費が甚だしく、そのため焚口周辺は空気流動が盛んで二酸化炭素を始めとした炭素酸化物の濃度が高くなっている。霊夢はその高濃度の炭素酸化物を肺に送り、酸欠症状を来していたのだ。
 ともあれ、そんなことなど露知らぬ霊夢は、段々と眠気にも似た疲労感に全身を侵され、終いには自分がどうして抗っているのだかすら分からなくなってきた。この身の突っ支いを為す両の手も、指の感覚が無い今となっては。果して突張る意味が在りや無しや。
「ウ、ウ、ウ……熱い、熱い……」霊夢は殆ど譫言のように、朦朧と告げた。
 すると頃合いと見たのか、花妖は衰弱した巫女を引っ張り上げ、霊夢の顔を己れの面前に引っ立てた。
 靄がかった視界に、四季のフラワーマスター・風見幽香の紅い瞳だけが鮮やかだった。
 炎の煤けた空気の代わりに漂ってくる香散見の香りは不思議と気道の通りが良く、全身に沁み入るような清涼感が霊夢を包んだ。極度の筋緊張に痙攣して震えていた指先が忽ちの内に脱力し、今度は動かすことさえ不自由な安らぎに囚われた。
 幽香は吐息を霊夢の頬に近づけ、火花の痕をその唇で覆った。火花のキスに比べ、ひやりとしたその感触を、ほんの一瞬の気の迷い程度に、霊夢は心地良く感じた。
 唇は、啄むように頬を昇り、やがて目尻に到達した。
「ごめんね、霊夢」幽香が嘯いた。「泣かせるつもりじゃなかったのよ」
 それは慰撫か、嘲弄か。どちらにせよ誠に癇に障る、無性に反発したくなるような声音であった。それが耳に入るや、自分の中で圧し折られる寸前であった何か、つまり巫女としての己れを成立させている根源のようなものが、ゾッとするような痺れとなってその身を震わせた。滅多な例えではないが、男が女の尊厳を蹂躙するように、この妖怪は、巫女の矜持を穢そうというのだ。
 妖怪の態度は、博霊の巫女を氷点下の冷たい激情に駆らせた。数息、梅香、三を数うる。
 霊夢は瞋恚の凍えるような炎を向けた。
「ハシャぐなッ……こンの、大嘘吐きがッ……!」
 頭を突つかれた蛇のように赤々と口を開き、霊夢はこの、誰もが恐れる妖怪を威喝した。
 だけでなく空を飛ぶ要領で『何も無い空間』に重心を置き、身体をホップさせて腰躯を思い切り捻り、相手の顎めがけて左回打を見舞った。肘の角度は正確な九十度、放たれた左拳は朦朧状態から復帰して数秒のそれとしても決して粗漏のない拳打であった。手首のスナップも効いており、目測の誤りも無い。また、その眼目とて、そうそう悪くはないはずだ。
 左手で打ったのは、即ち相手の右手が霊夢の後頭部に回っていたがため、どちらかといえば躱しにくかろうという消去法的な選択であった。通常であれば、左回打に対しては右腕でブロックするかダッキングで躱すか、そういうセオリーが在るわけだが、どちらも右掌で相手を掴んだ状態でできるものではない。或いは、ここで相手が顎を引いて怯んでくれれば、そのまま右正拳へのコンビネーションに繋げることもできる。 
 ただこれを『消去法的な選択』と言わざるを得ないのは、結局、これが『普通の相手』を想定した場合の空論に過ぎぬためだ。
 相手が『宵闇の妖怪』程度ならいざ知れず、『宵闇小町』ともなれば、どうか。
 霊夢の左拳が顎先に振るわれるよりも先に、幽香は文字通り電光石火の早業で『左回打を左掌で』止めてみせた。しかも、掴む。その左手を。
 そうして、およそそのままの体勢、つまり体動を経ずして純粋な腕だけの力で、幽香は霊夢を横手投げに放擲した。
 あっさりと投げ飛ばされた霊夢は、その投擲力のために中空にて堪えることもできず、背中から厨房の中柱にぶち当たり、受身もできず三和土へ顔から落ちた。
「相手の言葉が嘘に聞こえるのはね、霊夢」何事も無かったかのように、花妖は微笑みのまま告げた。「貴女の心自体が矛盾に満ちているからなのよ」
 霊夢は反応せず微動だにしない。
 すると幽香は一際に笑声を漏らし、伏した霊夢を抱擁してやりながら告げた。
「ああ、可哀想な霊夢。貴女は気絶してしまったのね」
 花妖は動かない巫女に、お気に入りの人形でも愛するように優しく頬ずりした。



 その後、霊夢は枕元に用意されていた朝食を食べた。
 朝食が用意されていることに不思議はない。幽香にはそういう気紛れなところがある。
 献立は米飯と菜汁と、焦げ目の付いたヴァイスヴルスト。
 少々固めに炊かれた米を、霊夢は静かに噛み締めた。かくなるが巫女の本分である。
 ともあれ博麗の巫女として足下に続くその道は厳しく遥か遠い。何せ妖怪って連中は、『自分のために誰かを傷つけること』に一切の躊躇いを持たぬ連中の集まりなのだ。
 連中が持つ異能の割りに繊細が過ぎて笑えてしまうが、それでいて連中に暇潰しの玩具扱いされてしまう自分が、巫女として全く未熟であることに一切の疑いはない。
 なれば、あのまま闇諸共、夢に溶けてしまうのも一つの救済だったのではないか。
 それはただの逃避であり、この程度の逃げ道であれば世に得易いことこの上もないだろうが、結局、霊夢の脳裏には一点のルーミアを恋しむ気持ちが今も残っている。
 とりあえず色々と動かしてみて、それでどうなるかといえば、ご覧の有様です。
 ガタガタな文章を捏ね回して何を表現したつもりになっているのか、自分でもあまり良く分かりませんが、未だ自分の文章を模索している最中です。葛藤に葛藤を重ねて、それでも下手ですが、ディスプレイと睨めっこして書き続けています。
 最後まで読んで下さって本当にありがとうございました。
 次があったらチルノを主題に書きたいです。よろしくお願いします。
追記(2015/7/2)
 あまりにも過分な評価を頂いてしまっていたようで、身を震わせて戸惑っております。
 次はチルノを主題に書いています! ただ、その前に毒にも薬にも成らないような物語を乗せるかもしれません。
 どちらにせよ是非とも読んでやって下さい。そうして叱咤激励のほど、宜しくお願い致します。
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 以下はコメントへの返信となります。長いです、申し訳ない。
>>1
 ありがとうございます。一生懸命がんばりました。
 私のような粗忽者は面白い話を書くというより、情景を描くほうに舵を切らねば、筆が進まなくなることがままあります。
 それでも回数を重ねることが創作力を向上させる唯一の方法だと信じています。
 研鑽の文章を心地良いと励まして頂けるのであれば、何よりの幸福です。コメント、ありがとうございました。
>>2
 ありがとうございます。物語を主人公と共有する、ジュブナイルの典型的手法を取らせて頂きました。
 これは私の個人的な認識なのですが、妖怪は須らくして不気味たるべきだと思っています。
 なので表現や描写の中に仄暗さを潜ませることが、彼らへの敬意であるはずです。
 その意図を読み取って下さり、筆者は感激です。コメント、ありがとうございました。
>>3
 ありがとうございます。読書は面白いですよね、私も大好きです。
 物語の描写をするのは本当に苦しいものですが読み取って下さったのなら作者の冥利です。
 本のことなら、気にする必要なんてありません。巫女さんだって読んでいませんでしたからね。
 それにココだけの話、その本より先に、この物語を手に取って下さったことが嬉しくて堪りません。コメント、ありがとうございました。
>>4
 ありがとうございます。原作で最初なだけに、創作するなら先ずルーミアを主題にしようと決めていました。
 濃密と表現して下さるほどに感情移入して下さったのなら、本当に嬉しいです。
 理解についてですが、私の実力不足ということもありますし、表現しきれないかも知れないとは思っておりました。
 だから貴方がどう感じて下さったか、それを話して下さったことこそが、私にとっては大切です。コメント、ありがとうございました。
>>5
 ありがとうございます。今の私のガタガタな文章がどこまで読んで頂けるかか、正直不安でした。
 感じ入って下さったのなら、それは私の誇りです。
 いずれ河童は書きます。その時は、きっと芥川龍之介の作品を下敷きにしようと思います。
 コメント、ありがとうございました。
>>6
 ありがとうございます。貴方をまた楽しませられるように頑張ります。
 コメント、ありがとうございました。
>>7
 ありがとうございます。素晴らしいと言って下さって、初めて作者は感激するのです。
 コメント、ありがとうございました。
>>9
 ありがとうございます。圧巻、って凄い言葉ですよね。初めて言われました。嬉しいです。
 コメント、ありがとうございました。
>>11
 ありがとうございます。独自解釈を褒めて頂けるのは、二次創作の全く有頂天ではないかと存じます。
 ルーミアは既に二次創作などで様々な解釈をされ、その中に割って入れるものかと不安でしたが、安堵いたしました。
 巫女については、とにかく人間である事実を前提として書かせて頂きましたが、お気に召して頂いたなら良かったです。
 コメント、ありがとうございました。
>>13
 ありがとうございます。私が誰かを夢中にさせられたとは、まるで夢のようです。
 展開は一応いつも前もってプロッティングしているのですが、何せ文章がガタガタなものでして、失敗も多いのです。
 また素敵なお話を見せられるよう、頑張ります。
 コメント、ありがとうございました。
>>14
 ハハア、忝のうございます。
 コメント、ありがとうございました。
>>15
 ありがとうございます。文章量については、これでも削除した部分がありまして。
 本当ならベルリンの壁に立ち寄ってちょび髭の画家と会うはずだったのですが、そこは削りました。
 やっぱり長すぎると誰も読んでくれませんからね。これでも前後に分けるべきか、不安だったのです。
 コメント、ありがとうございました。
>>16
 ごめんなさい、楽しませることが出来ませんでした。
 次は頑張ります。きっと、多分。
 コメント、ありがとうございました。
>>19
 ありがとうございます。予想されない、ってのは物書きとしての矜持かも知れませんね。
 最後の二妖怪についてですが、彼女らはストーリー上の破綻を作らないために必要だったのです。
 蛇足だと感じさせてしまったのは私の腕の未熟さゆえですね。精進致します。
 コメント、ありがとうございました。
>>21
 ありがとうございます。色々な小ネタに気付いて下さっているようで、本当に感謝しております。
 私は多分、こういった雰囲気の物語をもう少し続けていきたいと考えておりますので、今暫くお付き合い頂ければ重畳です。
 コメント、ありがとうございました。
>>22
 ありがとうございます。怪しさ満点で行こうと思います。
 コメント、ありがとうございました。
>>25
 ありがとうございます。私も、こうして皆さんへのコメントを返信していることが夢のようです。
 コメント、ありがとうございました。
>>26
 ありがとうございます。ルーミアは可愛いですよね。
 ただ、或いはそこに底知れ無い印象を与えられていたのなら、私の冥利です。
 コメント、ありがとうございました。
>>27
 ありがとうございます。巫女さん、ちょっと暴力的すぎましたかね?
 個人的には、貴殿の仰る通り、リアリティを目指しています。
 表現能力の向上のためなら何も惜しくはありません。
 その気持なら、露伴先生にも負けません。コメント、ありがとうございました。
>>28 (2015/7/4 追記)
 ありがとうございます。ちょっと描写が足りなかったのかも知れませんね、ごめんなさい。
 一応その後に当該者が現れていますから実際に誰が持ってきたかはお分かりですよね?
 冬にコスモスという『季節外れの花』を持ち出した悪戯を受け、霊夢は相手の正体が花を操る妖怪であることを確信するわけです。
 霊夢はこれを嫌がらせと思ったようですが、ただやもすれば、幽香にはまた別の想いが在ったのかも知れませんね。コメント、ありがとうございました。
>>35 (2015/8/27 追記)
 ありがとうございます。読み応えがあったってのは有難いですね。
 次を書こうって気分になります。コメント、ありがとうございました。
>>36
 ありがとうございます。次はチルノですよ。是非とも読んでやって下さい。
 ただ少し時間がかかるかもしれませんので、どうぞ気長にお待ち下さい。コメント、ありがとうございました。
>>42 (2015/9/25 追記)
 ありがとうございます。楽しんで頂けて良かったです。
 本当に博麗の巫女って仕事は大変なのでしょうね。ルーミア達は可愛いですが、それでも食べられてしまっては困りますもんね。
 でも貴方がルーミアの姿に感じて下さった通り、巫女さんが皆に愛されているのも、きっと一つの真実なんだと私は思います。
 本当は巫女さんもそれなりに楽しんでいるのではないでしょうか。コメント、ありがとうございました。
>>45 (2015/11/1 追記)
 ありがとうございます。まだまだ至らない文章ですが楽しんで頂けたようで何よりです。
 その一言で、色々と許されたような気分になれます。コメント、ありがとうございました。
>>50 (2016/12/23 追記)
 ありがとうございます。筆者が意思を持たせられていると、そう仰って頂けて嬉しいです。
 自分では成否が分からないものでして、大変ありがたい感想です。コメント、ありがとうございました。
>>52
 ありがとうございます。最高とは何よりの御言葉です。
 更なる高みを目指して努力します。コメント、ありがとうございました。
>>54 (2017/4/1 追記)
 ありがとうございます。小説は、作者が読者の皆さんのガイドをするものであると心得ています。
 頑張って描写しましたし、このドイツを楽しんで貰えて良かったです。コメント、ありがとうございました。
>>55
 ありがとうございます。不思議な小説をもっと書きたいです。
 見たこともないものを描写するのは私自身も楽しいものなんですよ。コメント、ありがとうございました。
火男
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コメント



0.2120簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
大変楽しめました。なんと綺麗な作文なのだろう。
情景も作り込まれていながら、しかしそれを伝える術を僅かも怠っていない。さらに先にも挙げた美しい単語や文章達がしっかりとこちらの想い描く印象を補強してくる。
読みふけっていただけなのに幻想郷の空気に触れる事が出来た、そう思えるような心地良い作品でした。次回があれば心待ちにしています。
2.100名前が無い程度の能力削除
映画みたいな白黒の風景に
なんだかやけに物語だと思ったら
なるほどこれは夢かと得心しました
彼らが滲ませる気味の悪さが妖怪らしくてよかったです
3.100名前が無い程度の能力削除
このお話の題材となっている例の本を読んでいないことをここまで悔やむ日が来るとはまさに夢にも思わなかった
本を読むのは好きなくせに感想を書くのに苦しむしかない語彙しかもっていないけれど、
情景が頭に浮かんでくるような描写、各々の妖怪の霊夢への感情
霊夢自身の妖怪への感情や自分への気持ち
そういったものが幻想的な文章ながら実に鮮やかでくっきりと描かれていた

この作品に100点を入れられることに感謝しつつぜひ次を待たせていただきます
4.100名前が無い程度の能力削除
筆力すげー
ゲームを紅魔から始めれば、一番最初に掛け合いを見せてくれる二人ですし、その二人で濃密なストーリーが展開されるのも凄い
惜しむらくは、自分はこの話の面白さをどのくらい、否、半分も理解できているだろうか?
という疑問が残る点
雰囲気にひたれる事は間違いないんだけど
5.100名前が無い程度の能力削除
文章上手い!幻想的な雰囲気が巧みに出てました。
あの作家といえば東方界隈では…河童ですね。
6.100奇声を発する程度の能力削除
凄い!
とても面白く楽しませてもらいました
7.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい
9.100名前が無い程度の能力削除
圧巻の一言に尽きる。面白かったです
11.100名前が無い程度の能力削除
始めて例の話を読んだ時のモヤモヤが蘇りました。今回はどこか心地よく。
洗練された文体は作品の雰囲気にとても似合っていました。
闇の体、光と闇の世界、そしてコーソといったルーミアへの独特な解釈が面白かったです。
博麗の巫女という肩書きを背負いつつもまだまだ未熟な霊夢の人間臭さが丁寧な心理描写も合わせて際立たされており、それに対する妖怪という存在が非常に強く印象に残りました。
徹頭徹尾妖怪に翻弄されっぱなしだった彼女は……強く生きてほしいです。
13.100削除
なんと心地のいい文体でしょう。
話の展開も次々と出てくる素敵なイメージも素晴らしく、
思わず夢中になって読み進めてしまいました。
素敵な話をありがとうございます。
14.100名前が無い程度の能力削除
よい
15.無評価名前が無い程度の能力削除
文章量は多いけれど語彙が豊富で飽きずに読めました。たいへんgood
16.無評価名前が無い程度の能力削除
これ面白いかなあ。
19.60名前が無い程度の能力削除
予想できないストーリー展開や雰囲気が良かったです。ただ、最後のこころと幽香の登場は蛇足に感じました。
21.100名前が無い程度の能力削除
文体。小ネタと伏線(特に旧作絡みの)。好みにドンピシャでした。ありがとうございます。
22.100名前が無い程度の能力削除
怪作
25.100名前が無い程度の能力削除
夢中で楽しめました
26.90名前が無い程度の能力削除
このルーミア、個人的に好きです。
初投稿の方に100点はしない主義なので、90点で。
27.100名前が無い程度の能力削除
ファンタジーと愛という蜜に突きつけられる暴力という現実
ファンタジーな割に妙に暴力的な霊夢さんが逆にファンタジーや愛の存在に説得力があって良かったです

愛より貴い暴力が正義かも知れません
舞姫もストーリーの詳細は知りませんがあらましを知る限り愛より暴力的なものの方が貴い!これが正義だ正義は愛より貴い!これを受け入れてこそ人として精神的に一人前になれる!ってメッセージを感じます
この霊夢も博麗の正義を背負うため悲壮なほど気負いがあり、つまり自分を粗末にするくらいで調度よいと精神的に暴力的になろうと必死であり、当然それは少女には過酷なわけで心が動かないわけありません
そういう意味なら舞姫の主人公と被るのかも知れません
正義は愛より優先するか愛は正義より優先するか
暴力という正義又は正義という暴力に心を呪われてこそ人間として一人前ととるか正義なんて所詮暴力くそくらえと考えるかは人それぞれですが

最後幽香とバイオレンスに喧嘩したけどもなんか寝かされたあと
御飯用意されたのが象徴的でした

暴力にあっても愛を忘れないのが幻想郷の場であるのかも知れません

面白いファンタジーを作るには露伴先生じゃないですがリアリティが大事だと自分も勝手に思ってます
この愛、暴力(又は正義)、愛、暴力のネギマが妙にリアリティを醸して(現実的かどうかは知らないけど)ファンタジーに自然と熱中することが出来ました
面白かったです

28.80名前が無い程度の能力削除
私の読解力の低さのせいなのでしょうが誰がコスモスをもってきたのかわからなかったです
35.100dai削除
今更ながら読了。美しさや悍ましさが文章から溢れていて、読み応えがありました。
36.100名前が無い程度の能力削除
これは素晴らしい
芳香の次作と併せて読ませて頂きましたが、あなたの別の長編を読んでみたい
42.100名前が無い程度の能力削除
妖怪の依存体質は素晴らしいですね(ニッコリ)
序盤というか、ルーミアさんのデレ加減がぐっときました。
夢のなかまで干渉されたら鬱陶しいというかなんというか。
それが当たり前な感じの霊夢さんは…うん。がんばれ。
45.100名前が無い程度の能力削除
 楽しませて頂きました。
50.100名前が無い程度の能力削除
何と言い表すべきか自分でも良く分かりません。膨大な幻想世界を体験させて頂いた気分です。これは本当にすごい。
霊夢も、ルーミアも、こころも、幽香も、全員が意志を持って動いているように感じられました。
52.100名前が無い程度の能力削除
サイコーでした!
54.100名前が無い程度の能力削除
ベルリンを舞台にしている東方二次創作は初めて見ましたがとても面白かったです
細部までこだわりが見えてドイツの情景がまざまざと浮かび上がるような作品でした
個人的にはやっぱり朝食が用意されていたのが非常に印象深かったです
二人の関係性を暗示してて、すごく良い読後感を味わえました
素晴らしかったです
55.100名前が無い程度の能力削除
不思議な感覚でした
褒めてます、念のため
72.100名前が無い程度の能力削除
情景がとてもありありと浮かびました