Coolier - 新生・東方創想話

不死者たちの睦言

2015/06/16 02:06:06
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深夜の迷いの竹林には近づいてはいけない――人間妖怪問わず、幻想郷に住む者ならば誰もが知る常識だった。
肝試しのために近づいた人間が次の日に焼死体になって見つかっただとか、全身穴だらけになって見つかった、なんて噂も流れるほどだ。
真偽の程は定かではないが、そもそもこの幻想郷で深夜の竹林を人間だけで散歩する命知らずが居るとは思えないし、仮にそんな命知らずが居たとしても、噂の元凶に会う前に名も無き妖怪に食われて行方不明になるオチが最初から見えている。
だから果たして竹林で何が起きているのか、詳しく知っている人間は幻想郷にはほとんど居ない。人間以外もちょっぴりしか存在しない。
ただ、夜には迷いの竹林に近づくな、と言う教訓だけがひとり歩きしていた。
当事者たちがあえてそういった噂を流したわけではないのだが、噂が広まり巻き込まれて傷つく人間が減っていく現状は、その当事者のうちの一人である藤原妹紅にとって非常に好ましい状態だった。
もう一方、蓬莱山輝夜の方は誰が死のうと構わない、妹紅と過ごす時間を邪魔するのなら死んで当然と言ったスタンスだったが、犠牲者が出るといちいち妹紅の機嫌が悪くなるので、そういう意味では噂に助けられているようだ。

今日も今日とて二人の殺し合いは行われている。
妹紅の炎が輝夜の体を焼き焦がし、ケロイド模様の死体が堕ちる。
輝夜の放つ力が妹紅の体を貫き穿ち、穴あきチーズの遺体が踊る。
死に、生まれ、死に、生まれ、そのはじめも終わりもとっくに見失い、命の在処がわからなくなっても尚生きる。
殺すために。殺されるために。
痛かった。普通に生きる人間と平等に痛みはあるのだから、本当なら泣き叫んでもだえ苦しむほど痛かったが、顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。
ああ、生きてるってなんて素晴らしいんだろう。
いつか言い放ったその皮肉が、自分たちの中で皮肉でなくなっていくのを感じていた。
なぜだろう、どうしてこんなことに。そんな疑問は面倒だから考えるのをやめた。

輝夜に抱きついた妹紅は自らの体ごと輝夜の体を焼きつくす――リザレクション。
二人は同時に蘇る。輝夜が先手、素早く繰り出された右腕、その爪先が妹紅の頬を鋭角に貫き喉から首へと貫通する。
力を失い宙吊りになった妹紅の体が断末魔の痙攣すら止め、ぴくりとも動かなくなる――リザレクション。
自由落下によって叩きつけられ死体が跳ねる。その勢いで妹紅は体勢を立て直し、輝夜に向けて最短距離で特攻を仕掛ける。
輝夜は妹紅が起きるより前に間髪入れず追撃を仕掛けた、散弾銃のように放たれた光球は真っ直ぐに向かってくる妹紅の体を貫通し致命傷を与える。
だが彼女は止まらない、まだ辛うじて死には至らない、顔を痛みに歪ませながらも辿り着いた妹紅は片手で輝夜の頭を鷲掴み、そのまま握りつぶす勢いで力を込め、こめかみ辺りの頭蓋骨を陥没させながら自らの腕ごと燃やした。輝夜の首から上だけが消し炭に変わる。
そしてまた、リザレクション。
ほんの数十秒のうちに数度の転生を繰り返し、終わりのない終わりを何度も何度もぶつけ合う。
血で血を洗う程度では済まない、臓物をぶちまけ、肉が裂け骨がむき出しになっても構わず拳を突き出し、なお笑う。その姿は狂気以外の何物でもない。

誰も近づきたがらないのは道理だった。
仮に彼女たち二人を圧倒できるような大妖怪だったとしても、死なない化け物を殺せるような力は無い。
負けるが死なず、死なぬが負けず、殺し合いに千日手を禁止する規律がない以上、どちらか一方が飽きるか折れるまでそれは続くだろう。
まさに時間の無駄なのである。
人間や力の弱い妖怪たちは、言うまでもなく巻き添えを喰らい死んでしまうだろうし、奇跡的に生き残れたとしても、その姿を見ただけで十分トラウマになるだろう。

だが、彼女たちは狂ったことをしているつもりはなかった。
毎晩毎晩繰り返しているうちに感覚が麻痺したというわけでもなく、殺し合いこそ最善の手段だと思っていたからだ。
価値観を共有出来る、程度が同じの相手がお互いに妹紅と輝夜しかいない。
必要だとは口が裂けても言えないが、居てもらわなければ困る。
孤独を埋めるための手段としては、月でも眺めながら酒を酌み交わすのが理想的だろう、仲睦まじく共に肩寄せて暮らせるのならば見果てぬ未来もそう怖くはない。
しかし理想は理想、夢は夢、あくまで”できたら”の話である。
生憎、二人はそんな理想とは対極に居た。
二人がコミュニケーションを取る方法は殺し合いしか無かった。
繋ぐ縁が、憎悪のみだったが故に。
だから殺しあう、そうすることしかできず、ならばそうすることこそが正しい方法だったからだ。

――少なくとも、出会ったばかりの頃は。





二人が殺し合うのは、決まって竹林の中央付近にある広場であった。
ただでさえ広い竹林の更にど真ん中だ、うっかり竹林に迷い込んだ人間が居たとしても、ここまで辿り着くことは無いだろう。
そしてほぼ更地と化したその広場の端には、ぽつんと背の低い平べったい岩が鎮座している。
戦闘中は広場のあらゆる場所に流れ弾が飛来するが、ただ一つ、その場所だけには絶対に流れ弾は飛んでこなかった。
岩が特別な力を持っているわけではない、基本的に殺し合いにルールなど無かったが、ただ一つ、その岩を壊さないという決まりだけが暗黙のうちにルールとして決められていたからだ。
その岩の上には、妹紅と輝夜の持ってきた巾着袋が仲良く並べて置いてある。

殺し合いと言っても、死ねない体同士がどんなに殺しあっても戦いは一生終わらない。
いや、不死同士なのだから一生というのもおかしい、それこそ止めようと思わなければ永遠に終わらないのだ。
いつも最初のうちは殺戮を楽しむことが出来るのだが、しばらく続けているとどうしても飽きがやってくる。
冷めた状態で殺しあっても、ただ痛いだけの苦行でしか無い。
再会したばかりの頃は妹紅の憎悪が今よりもずっと強かったこともあってか夜明けまでやりあうことも少なくなかったが、最近では殺意もそこまで長続きしなくなっていた。
と言うより、殺意があるから殺し合っているのかも怪しい。惰性と言うわけではないが、殺意と呼ぶにはあまりに刺のない、苛立ち程度の感情しか無かった。
殺し合いが終わり、飽きた二人は最初のうちこそすぐに帰っていたが、最近では必ず岩に腰掛けて一刻ほど無駄話に興じるようになった。
背中合わせで、互いの表情すら見ずに。





ぼんやりと、満月間近の月を見上げる輝夜。
妹紅は巾着袋の中をあさって何やら探している。中から取り出したのは、長方形の煙草の箱だった。
箱の蓋を開き、その底を妹紅が人差し指でトンと叩くと、箱から煙草が一本だけ飛び出してくる。
飛び出た煙草を器用に口で咥えると、その先端に人差し指を近づけ、ちょうどライターと同じ程度の火を放った。

「ふぅ……」

妹紅の口から吐き出された煙が夜の黒の中に融けて消えていく。

「あれ、あんたいつから煙草なんて吸いはじめたの?」
「あ? 別にいつからでもいいだろ、私の勝手だ」

輝夜の何気ない質問に、妹紅は明らかに不機嫌そうに答えた。
しかし、妹紅の輝夜に対しての態度が今日だけ特別に悪いのかと言われれば別にそんなことはない、これがいつもの受け答えなのである。
いつも妹紅が不機嫌に答え、それを聞いた輝夜が不機嫌そうに返答する。
二人の口喧嘩は毎日絶えず続いている。
寿命の長さからして、もはや伝統と言ってしまってもいいほど長続きしているかもしれない。

「負け犬のくせによくもまあそこまで偉そうな態度取れたわね」
「はぁ? 誰が負け犬だって?」
「そこで格好つけて煙草ふかしてるだっさいあんたよ、生涯父子共に負け犬なんだから負け犬らしく地面に這いつくばってワンワン吠えてたら?」
「お前どこに目ぇ付けてんだよ、今日のは引き分けだっつってんだろ。
 あれが輝夜の勝ちに見えたってんなら、いっぺん永琳に頼んで目だけと言わず脳みそごと代えてもらった方がいいんじゃねえの?」
「あらあら、大人しく吠えるだけならペットとして愛でてあげないこともないのに、そうやって虚勢張って強がるんだから。
 負けは負けよ、敗北を認められない敗者ほど醜いものはこの世に二つと存在しないわ、顔だけは可愛らしいのにそれ以外はとんだクズね、触れるだけでも汚らわしい」
「じゃあ離れろよ」
「嫌よ、面倒臭い」
「んだよそれ……ったく」

悪態もつきながらも、妹紅は背中越しの温もりに心地よさを感じそうになる。
慌てて馬鹿げた思考を自分を脳内から蹴飛ばした。

「ふぅー……」

再び吐き出された白色が宙を舞う。
口喧嘩にすら飽きた二人は、しばらく天上の月を黙って眺めていた。
輝夜が真上の空を見上げようとさらに体重を妹紅に預けてくる、二人の頭がこつりと接触した。
妹紅は不快そうに目を細めたが、小さく息を吐いただけで特に何も言わずに受け入れた。
月ではなく、浮かぶ星々を眺めながら輝夜が口を開く。

「それで、いつから吸ってるのよ」
「負け犬には触れるのも嫌なんじゃなかったのか」
「この蓬来山輝夜が気にしてあげてるのよ、犬は大人しく主人の言葉に従えばいいの」
「引き分けだっつってんのにいちいち吠えないと気がすまないお前の方がよっぽど犬だろうが」
「はぁ? 誰が犬よ?」

背後に視線を向けながらガンを飛ばす輝夜の姿は、どことなく妹紅に似ていた。
それもそのはず、本人は気づいていないが、輝夜がこのようなガラの悪い表情をするようになったのは完全に妹紅の影響なのだから。
彼女は姫である。
温室育ちの箱入り娘――というわけではないが、それでも普通の人間に比べれば上品で裕福な暮らしを送ってきたはずだし、永遠亭に住んでいる今だって不自由なく暮らせているはずだ。
そんな彼女がガンの飛ばし方などを知っているわけがない。
これを覚えたのは妹紅と殺し合いをするようになってからだし、何よりその表情を見せる事自体、妹紅が居る時限定である。

「減らず口ばっかり叩いて、ほんとあんたは変わらないわね」
「お前も変わらないけどな」
「あら、変わってほしい?」
「従順で大人しい私に便利な女になってくれるって言うんなら変わってもらった方がいいな」
「従順ですって? 妹紅ったら私に一体何をするつもりなのかしら、この変態」
「変態はてめーだ、死ね」
「ふふふ、私に死ねだなんて妹紅にしてはハイセンスなジョークを言うのね」

輝夜は皮肉などではなく、本気で肩を震わせて笑っていた。
妹紅はたまに輝夜の笑いのツボがわからなくなる。
死ねと言うと必ず笑って場の空気が白けてしまうし、月の住人というやつはみんなこうなのだろうか。
同じ蓬莱人だが、価値観の違いを考えラせられる。

「でも……本当に私が死んだらどうするの?」
「どうするって、そりゃ喜ぶだろ」
「喜んで、それから?」
「あ? 何が言いたいんだよ。喜んで、前と同じ生活に戻るだけだろ」
「ひとりぼっちの生活よね」
「慧音が居る」
「百年ぽっちで死ぬわよ、あんなやつ」
「死んだ哀しみを糧にして生きていけばいいだろ」
「ひゅー、かっこいー。
 でもそんな薄っぺらい感情、いずれなくなるわ」
「そしたらまた誰かに出会えるさ」
「出会えなかったら?」
「そんなもん考えたこともないな、悪い想像したって胃に悪いだけだ」
「だったら今してよ」
「やなこった」
「してよ、お願いだから。私が居ない世界で妹紅がどうやって生きるのか、想像してみて」
「……”お願い”とかやめろよ、気持ち悪い」

お姫様のお願いなんて、軽口で流すには重すぎる。
妹紅自身、輝夜が今の自分に必要な相手だと理解しているだけになおさらだ、一番突かれたくない部分だった。
つまり、妹紅の弱点ということになる。
そう考えると輝夜が聞きたがるのも当然のことだ、日頃殺し合いをしている相手の弱点を見過ごす手は無い。

「いいわ、妹紅が話さないんなら私から話す」
「やめろよ」
「私、昔は妹紅のことが大嫌いだった。いきなり憎まれて、殺されて、しかもあの男の娘だって言うんだもの、嫌いになる理由しか無かったわ」
「やめろって」
「でも、今は違う。今の私は、妹紅が居なくなったらきっと――」
「やめろっつってんだろ!!」

妹紅は拳を力いっぱいに握りながら叫んだ。
悲痛な怒号が、夜の空に響いて消えていく。気まずい空気に、木々のさざめきさえも黙ってしまった。

「どうしたんだよ輝夜、らしくない」
「本音を隠すのにはいい加減飽きたのよ」

同じ境遇の相手を見つけた時の喜びを妹紅は知らない。
輝夜と比べて長い時間を生きていないからだ、彼女が味わってきた孤独は妹紅と比べ物にはならない。

「何が本音だ、私達の本音は殺意だけだろ」
「妹紅は殺意だけの相手に背中を預けるの?」

かくいう妹紅も、純粋な殺意を抱いていたのは最初のうちだけだった。
輝夜の言う通り、殺意だけの相手に背中を預けたりはしない、口を利くことすら許さないだろう。
最初は確かに殺意だけだった。純粋な憎悪にから生まれる全てを埋め尽くす殺意、それだけを原動力に妹紅と呼ばれる肉体は動いていたのだ。
だが、異物はすぐに混入した。
同じ境遇同士、生きてきた年月も環境も違ったが、共感する部分は数多くあった。それは互いに血を流す度に強くなっていった。
共感できる相手は貴重だ、貴重というより唯一と言っても良かったかもしれない。
輝夜には永琳という理解者が居たが、昔から輝夜の教育役であったこともあってか、同じ立場と言うよりは保護者のような存在だった。
だからこうして殺しあえる相手も、語り合える相手も、輝夜には妹紅しか居なかったし、妹紅には輝夜しかいないわけだ。
異物の増殖スピードはあまりに早かった、感情で抑えられる限界を超えていたのだ。
相手を欲する気持ちを餌にして、倍々ゲームで彼らは増えていく。
じきに妹紅の心は憎悪の色を忘れ、気付けば異物がほとんどを占めるようになっていた。
だが彼女は、その異物を直視しようとはしない。
故にその名前もまだ知らなかった。

「最初は、ただ背中を向けて座るだけだったわ。会話も無かった、ただ息をつくための休憩時間に過ぎなかった。
 それがいつからかこうして無駄話をするようになって、気付けば背中を預けあっていた」

そして今の妹紅は、異物の存在を悪とは思っていない。むしろ現状を心地よいとすら感じている。
それは輝夜も同様で、殺し合いよりもむしろ、こうして語らう時間の方を楽しみにしているほどだ。

「殺し合いも、なんだか遊びじみてきたわよね」
「私は本気だ」
「本気なら飽きたりはしないはずよ。現に、以前のあなたなら夜が明けるまで飽きずにやりあえていたもの。
 今の妹紅からはほとんど殺意を感じない。殺される回数は増えたけど、それは腕が上がったからでしょう。
 そうね、悔しいけど認めてあげる、あんたの技量は上がってるわ。もちろん私には敵わないけど、それでも幻想郷の妖怪のうち大半には負けない程度にね。
 けどどんなに技量があっても殺意がなければ私は殺せない。
 もし私がいつか死ぬ体になったとき、殺意の無い妹紅が本当に私のことを殺せるのかしらね」
「……」

輝夜の声は何故か嬉しそうだった。
それは沈黙する妹紅が胸に抱く、本当の答えをすでに知っているからだ。
殺せない。今の妹紅には輝夜を殺すことは出来ない。
死んだら喜ぶといったが、本当にその時が来たら、涙の有無は別として、間違いなく喪失感に耐え切れず崩れるだろう。
がらんどうになった自分の心に気付き、今まで占めていた存在の大きさに気づき、立ち上がることすらままならずに、朽ち果てることも出来ずに乾いた永遠を過ごすに違いない。

「あんたはまだ知らないでしょうけど、永遠って長いのよ」

背中を合わせ肩を並べる二人だが、生きてきた年月は輝夜の方が遥かに長い。
それだけに、輝夜の口にする永遠という言葉には重みがあった。
孤独な永遠は、ひたすらに長い。
終わって欲しくても終わらない、夢を見ようにも永き眠りすら許されない、それが永遠、それが蓬莱人という生き物。
妹紅だってそれは知っている。
知っているが――輝夜の言う永遠と、妹紅の考える永遠は全くの別物であった。

「一人だと余計にね」

輝夜の隣には永琳が居た、それでも今日までの道のりは思い出すのも億劫になるほど長かったのである。
どんなに密度の濃い時期があったとしても、無限で割ってしまえばゼロになる。
記憶すら曖昧で、今をどんなに大切にしても、記憶領域には限界がある。いずれは忘れてしまうだろう。
永遠の前に、過去現在未来の区別など意味が無いのだ。
終わりのない日々に一滴だけ希望を混ぜた所で、姿形もなく溶けて消えるだけ。
永遠を満たせるのは永遠以外にありえない。

「はん、知ったことじゃない、勝手にやってろ。
 お前の寂しさに私を巻き込むな」

それでも往生際の悪い妹紅は、認めようとしない。
輝夜は一瞬寂しげに黙った後、無理やりいつも妹紅に向ける生意気な表情を作って皮肉たっぷりに言った。
誰も見ていないのに表情を作る必要は無いはずなのだが、自己暗示のようなものだ。
言い聞かせなければ、今にも声が震えてしまいそうだったから。

「技量は伸びても頭は残念なままなのね、せっかく私が優しく教えてあげてるのに」
「お前の優しさなんざいらないっての、あーあー聞くだけで反吐が出そうだ。
 どうせお前のことだし、それも純粋な優しさじゃなくて同情なんだろ? それも上から目線の。
 ああそうだ、いつもお前はそうだった、私を見下して、馬鹿にして、そうやって父様のことも見下してたんだろうな。
 やっぱり私達には殺し合いがお似合いなんだよ。
 一生噛み合わない、理解もしない、反発しあってこそ意味がある、それ以外なんて必要ない」

それでも、輝夜の感情の揺れが消えるわけではない。

「……じゃあ背中なんて預けないでよ、勘違いするじゃない」
「してればいいだろ」
「妹紅のバカ」
「お前ほどじゃない」

触れ合わなければそれで終わる話なのに、それでも妹紅は離れようとはしなかった。
輝夜も、妹紅を罵倒しながらも、さらに体から力を抜いて体重を預ける。
妹紅は煙草を吹かしながら、焦点の合わない目を地面に向け輝夜の言葉を何度も脳内で繰り返していた。

「勘違い、か」

輝夜に聞こえない程度の小さな声でそう呟く。
果たしてそれは、本当に勘違いなのだろうか。
考えるだけで馬鹿馬鹿しい、と以前の妹紅ならば一瞬で廃棄していただろうその思考を、少しは考察してしまう程度には彼女も毒されていた。
そう、これは毒だ。
甘く美味だが、そういう物は決まって体に悪い、口にするべきではない。
だが、こうも何度も口に放り込まれると、誘惑に負けて飲み込んでしまいそうになる。少なくとも今の妹紅はすぐに吐き捨てることが出来ない。
輝夜はとっくに毒に冒されきっている、もう手遅れだ。
そして妹紅をそちら側の泥沼に引きずり込もうとしているのだ。
沼の中は……きっと悪くはない場所なのだろう、今よりは幸福感と呼ばれる副作用のない麻薬を多量に摂取出来るに違いない。
妹紅が受け入れることができれば、あとは溺れるだけ。

「……これな、外の世界の煙草を真似て作ったんだとさ、それでついつい珍しくて手に取ったんだ。
 そしたら店員に強引に勧められてさ、断るに断れなくなって買うことになったってわけ。
 つい最近の話だ、匂いがつくと慧音に嫌な顔をされるからな、普段は吸わないようにしてる」
「何の話?」
「煙草の話だよ、お前が聞きたがってたんだろ」
「ああ、そんな話もしてたわね。
 そっか、普段は吸わないのね。少し安心したわ」
「何でお前が安心するんだよ、私の健康を気遣ってるってわけでもないだろ」
「匂いがしたら嫌じゃない、そういうの気にするタイプなのよ、私」
「何の話してるんだ?」
「こっちの話」

妹紅は煙草の話で甘ったるい空気を戻そうとしたのだが、輝夜の頭は相変わらず変な方向にスイッチが入ったままだ。
気が狂ってしまったのだろう、あるいは先の戦いでの当たりどころが悪かったのか、どちらにしても放っておけばそのうち戻る。妹紅はそう考えることにした。
殺し合いが正常で、憎しみが正しい、それが二人の関係なのだとするのなら、今の輝夜の状態は狂気でしかない。
世間に殺し合いこそ狂気だと言われても、妹紅の価値観がそう告げているのだから間違いでは無いはずだ。

「煙草、嫌いだったか?」
「嫌いってわけじゃないわ、昔は永琳も吸ってたしね」
「意外だな」
「割と最近のことだったかしら、二百年か三百年ぐらい前。
 私も意外だったわ、でも気持ちはよくわかるの。
 長く生きてると、きまぐれでもしないと退屈で仕方ないのよ」
「なるほどね」

超然としたあの永琳にも退屈という天敵が居るわけだ。
確かに、その病はどんな天才医師にも治療はできないだろう。

「つまり、今日の輝夜の妙な言動もきまぐれってわけか。
 良かった良かった、正気で言ってるんならどうしようかと悩んでたんだ」
「あんた、少しは人の気持ちを理解する努力をしなさいよ、デリカシーなさすぎ」
「努力ならしてるよ、お前以外の全員にな」

努力などせずとも自然と理解できる。
わかるからこそ、突き放そうとしているのだ。

「あーあ、妹紅が妹紅じゃなければよかったのに」
「どういうこったよ」
「別にぃ、そのまんまの意味よ。
 妹紅がもっと従順で可愛げのある大人しい女の子だったら、私があーだこーだ悩む必要無いのにと思って」
「従順だぁ? 私に何させるつもりだよ、この変態女」
「どこかで聞いたことある言葉ね」
「聞いたことのある願望をお前が言うからそうなるんだよ」
「うふふふ、私達って似たもの同士なのね」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねーよ!」

言われずともそんなことぐらい知っていた。
始まりが共感だったのだから、似たもの同士で無いはずがない。
知っていたし、それを気持ち悪いと思っているのも間違いなく本音だ。
生まれも育ちも違う、境遇だって違う、性格も見た目も似ているとは言えない。
だが話していると、時折相手が鏡のように見えてしまうことがある。
要するに輝夜を嫌ってしまう妹紅は自己嫌悪をしているようなもので、輝夜を拒絶し続ける限り、妹紅は自分という存在を好きにはなれない。
それこそが、妹紅が輝夜を受け入れることが出来ない一番大きな理由だった。
妹紅は自分を嫌うべきだと考えている。
償えていない罪が、まだいくつも残っているうちは。

「まさか自分に似た人間が現れるなんて昔は想像もしてなかったわ」
「似てないっつってんだろ、人が否定してんのを無視して話を続けるな」
「一生、永遠に現れないと思ってた。相互理解なんて夢のまた夢……諦めると気持ちは楽になったかな。
 自分は特別で、他の誰とも違う孤高な存在なんだって、その誇りを糧にしてどうにか生きてきたのよ」
「だから人の話をっ」
「でも、もう無理なの」

だが、輝夜は受け入れないという選択肢を許可しない。
世界に二人と居ない唯一の共感者を手放すわけにはいかなかった。
相手の存在を知らなかった頃ならまだしも、今はもう知ってしまった、そして深く関わってしまった。
最初から憎しみなどなかった輝夜は、つまり妹紅が”異物”と呼ぶその感情を最初から知っていたことになる。
数百年は殺し合いに付き合った。
だったら、そろそろ対価を支払う頃合いだと、妹紅にそう迫っているのだ。

「あなた無しの世界なんてもう耐えられないわ、私と一緒に生きてくれないかしら?」

輝夜自身でも驚くほどに、艶っぽく媚びた声だった。
妹紅からの返事は、無い。

本来ならば、妹紅は輝夜にとっては後から継ぎ足した一部でしかなかったはずだった。
今まで生きてきた時間と比べると、二人で過ごしてきた時間はほんの少しだけである。
その継ぎ足しの大きさも大したサイズではない、時間に比例して肥大化したとしても、占める割合もそう大きい物ではなかったのだ。
だが、継ぎ足したはずの一部は、いつの間にか自分の心臓に成り代わっていた。
輝夜も気付かないうちに取り返しのつかない大きさにまで成長し、中枢に入り込んでいたのである。
心に流れる血液のほとんどは、その継ぎ足した部分から供給される。
まんべんなく、逃げ場なく、全身に回るその血液は、妹紅という存在を輝夜の全てに浸透させていった。
それから、輝夜は何をするにも妹紅がちらついてしまう。忘れたことなど、冗談抜きで一瞬も無かった。

返事が無いまま、時間だけが過ぎていく。
煙草の火はじりじりとフィルムを焼きつくし、制限時間を告げるかのように少しずつ短くなっていた。
妹紅は真面目に考えていくれているのだろうか、それとも軽蔑されているのだろうか。
後者の方が確率が高いのは輝夜も知っている、先ほどまで殺し合いをしていた相手に告白まがいの質問を投げかけるなど、正気の沙汰とは思えない。
ああそうだ、きっと軽蔑されている。
今まで殺しあって来ておいて、軽蔑程度で何を今更、と思うかもしれない。
だが今の沈黙は死よりも冷たい、軽蔑はきっと輝夜の心を凍らせ殺してしまうだろう。
肉体はいくらでも蘇る、だが心はそうはいかない。
妹紅の口から紡がれる次の言葉に、心を殺される予感がした。

「なんてね、冗談よ」

もう限界だった、これ以上は耐える前に心が死んでしまうと思ったから。
臆病風に吹かれたのだ。
ギリギリのチキンレースに負けて、正真正銘の負け犬として尻尾を巻いて逃げてしまった。

「ああそうか、冗談でよかった……とでも言って欲しかったのか?」

だが、そんな醜い真似を妹紅が許すはずがない。
背中を向けられたら容赦なく撃ちぬくのが二人の関係だろう、おいそれと逃げられると思ったのなら大間違いだ。

「誤魔化すならもう少しうまくやってくれよ、三文芝居に付き合ってやる義理はないんだ」
「空気ぐらい読みなさいよ、冗談は冗談なんだから気にせず流しなさい」
「嫌だね、お前に遠慮して読む空気なんか少しもあるわけないだろ。
 それに、こんなに面白そうなネタを逃がす理由はないからな。
 私と一緒に生きて欲しい、だったか。
 どんな思考回路してたらんなこと言えんだよ、ついさっきまで殺し合ってたのを忘れたのか」
「ただ殺し合ってるだけなら私も言わなかったわ」
「てっきり単純に殺し合ってるだけだと思ってたけどな、私もお前も」
「そう思ってるのはあなただけ。
 妹紅は私のことを知らなすぎるのよ、知ろうともしなかったのだから当然だけど」
「知りたいとも思わなかったからな、殺しあう相手のことなんて」
「そう、私もそのつもりだった。
 けど……こんな風になっちゃったじゃない。
 望まずともあなたのことを知ってしまったわ、あなただってそうでしょう? 知りたくない物だって、これだけ一緒に居れば嫌でも知ってしまう。
 黙ってたって意味なんて無い、背中の温もりは言葉以上にあなたのことを教えてくれたから。
 それにさ、月に照らされて二人で語り合うなんて、まるで逢引みたいじゃない」
「……」
「気持ち悪い、って言わないのね」
「言って欲しいのか?」
「ううん、黙っててくれてありがとう」

輝夜は逢引という言葉に溺れている、自分は妹紅と逢引出来る間柄なのだと思い込むことで、満たされない気持ちをどうにか誤魔化そうとしていた。
だから黙っていたの、と言うわけではないのだが。
妹紅の沈黙に輝夜を喜ばせる意図などは無かった、ただ結果的にそうなってしまっただけで、本当は思い当たる節があってつい黙ってしまっただけだ。
逢引という言葉を肯定も否定もしないが、今のシチュエーションに逢引という言葉をつい連想してしまう程度には、輝夜の存在を受け入れてしまっていた。
もはやただ殺しあうだけの関係では無いことぐらい、妹紅だってとっくに理解しているのだ。
それを理解したくない、認めたくないだけ。
認めてしまえば、憎悪に動かされていた自分を否定し、殺し合いすらできなくなってしまいそうで。

「今は無理って気持ちはわかるわ、そっちにだって色々と都合があるでしょうし」
「何年経っても無理な物は無理だ、お前と一緒に生きるなんて、冗談にしてもたちが悪いぞ」
「昔の妹紅に逢引なんて言葉を使おうものなら、一瞬で殺されていたでしょうね。
 でも今は違うわ、受け入れてくれたわけじゃないんでしょうけど文句すら言わなかったわよね。
 時間は人を変えるの、体の変化がない私達だって心は変わっていくのよ」
「私がお前を受け入れる時が来るとでも?」
「いつかはわからないけど、来てくれるって信じてる。
 明日でもいいし、百年後でもいい、なんなら千年だって待ってあげる。
 今の支えは慧音だけで十分だって言うんならそれでも構わない。
 でもね、彼女が死んで、その死すら糧にできなくなったら……その時は、私を隣に置いてくれないかしら」

背中ではなく、隣に置いて欲しいと、輝夜はそう言った。
つまりは今以上にそばに居たい、そう願っているのだ。
二人を取り巻く空気が張り詰める。
ここでの一言は今後の運命を大きく左右する、妹紅にそう気付かせるには十分すぎる緊張感だった。
妹紅も全く想像しなかったわけではない。
自分から積極的に想像したと言うよりは、今のままで変化を続けたらいつかそうなってしまうのではないか、そんな危惧だ。
当の本人が自分の変化に気づいていないわけがない、自分がずいぶんと甘くなったことは自覚している。
今だって、現在進行形で憎しみが薄れていることも。
行き着く先は、甘ったれた友情だとか、恋だとか、愛だとか、そんな下らない世界だろう。
そんな場所に行くのはまっぴらごめんだ。
少なくとも今の妹紅が許容できる世界ではない。

「あ、これ茶化したらぶっ飛ばすから」
「なんだよ、拒否権も無いのかよ」
「良いから返事聞かせなさいよ、この私に恥をかかせるつもり?」
「恥ならもう十分にかいてるだろうが」

輝夜の尊大不遜な発言で場の空気が一気に和らぐ。
素で言ったのか、それとも妹紅をリラックスさせるための気遣いだったのか、後者だとしたらかなりの策士だ。
質問の意味合いも重さも変わったわけではないのに、空気が変わるだけで答えのハードルはずいぶんと下がった。
妹紅も肩から重荷が降りたような感覚だった。
思わず、本音をぽろっと零してしまいそうな程度には体が軽い。

「……はぁ。
 わかったよ、考えとく」

理性は拒否するべきだと囁いた。
本能は許容するべきだと囁いた。
臆病な妹紅は、その間を取ることしか出来なかった。
いや、ずいぶんと本能に寄ってしまったが、それでもこれが今の妹紅に出来る限界の譲歩である。

「三十三点ってところね、妹紅にしてはマシな方かしら」
「偉そうに採点すんな、自分が聞いてきたんだろうが!」

だが点数はかなり低い。
輝夜の想像する百点は一体どんな返答だったのか、おそらく妹紅では百点を取れない仕組みになっているのだろうが、それでも答えを聞いた途端に上機嫌になったあたり、本音では八十点ぐらいは付けたかったのではないだろうか。

「よっと」

気を良くした輝夜は軽くジャンプするように岩から立ち上がり、そのまま軽い足取りで妹紅の正面に回りこんだ。

「ね、それ一つちょうだいよ」

輝夜は妹紅が左手で握っている煙草の箱を指さし、そう言った。
子供のように無邪気に微笑む輝夜を見て、妹紅は露骨に眉をひそめる。
輝夜の上機嫌さが癇に障る……わけではなく、その姿を見て深くにも可愛いと思ってしまったことを激しく後悔しただけだ。
もちろん輝夜に何ら責任は無いのだが、都合のいいことに相手は八つ当たりに遠慮が必要な相手ではない。

「やなこった」

ぶっきらぼうにそう言い放つ、輝夜の機嫌を損ねることを知りながら。

「ケチ、貧乏性、甲斐性なし」
「どう言われようがやらんからな、さっきも言った通り結構高いんだよこれ」
「妹紅の高いなんて私にとっては二束三文よ、気にするまでもないわ」
「私が気にしてるんだよ!」
「うるさいわねえ、とっとと渡せばいいのよ」

素早く手を伸ばした輝夜は、妹紅がそれを隠すよりも早く、器用に一本だけ箱から抜き取ってしまった。
八つ当たりも不十分なうちに奪い取られてしまった妹紅は、輝夜を睨みつけた。
一方で輝夜はそんな妹紅の表情など全く気にする様子は無く、自由気ままに煙草を眺めたり、匂いを嗅いだりしている。

「吸ったこと無いのかよ」
「私はね。
 必要のない物だし、着物に匂いが付いたら嫌じゃない」
「じゃあ人のもの取ってまで吸うなよ、どうしても吸いたいなら金払え」
「一本ぐらいでそこまで言う? さすが妹紅ね、そこまで生活が辛いならお金恵んであげよっか?」
「お前本気でぶん殴るぞ?」
「冗談よ、確かにうちは妹紅の家よりも遥かに綺麗で広くて、兎達を養う程度には金銭的にも余裕があるけれど、妹紅に渡すお金は一銭も無いわ。
 ほら、グチグチ文句ばっかり言ってないで早くそれ咥えなさい」
「は? なんでそんなことお前に命令されなきゃならないんだ」
「いいから! 早く咥えなさい」
「……仕方ねーな」

このまま駄々をこねられる方が厄介だと判断した妹紅は、しぶしぶ輝夜の指示に従い煙草を咥えた。
そもそも、輝夜は火を持っていないはずだから、煙草を一本くすねた所で意味など無いはずだ。
いくら煙草を吸ったことがないからと言って、火の付いていない煙草を吸うなどと無意味な真似をするとも思えない。
しかし妹紅の予想に反して、輝夜は火の付いていない煙草を咥えてしまった。

「もしかして、吸い方知らないのか?」
「うっさい、黙って咥えてなさい」
「へいへい」

どうやら輝夜は何も話すつもりは無いらしい。
全く理解できない輝夜の言動を妹紅は訝しげに目を細めて眺めていた。
火のついていない煙草を咥え、しばし何やら考え込んでいた輝夜は、「よしっ」と何故か気合を入れて、妹紅の方へと向き直る。
そしてそのまま、妹紅の顔目掛けて自分の顔を近づけていった。

「……おい、顔近いぞ」

輝夜は煙草の先端同士を触れ合わせる、どうやら妹紅の煙草から火をもらおうとしているようだ。
妹紅は煙草を加えたまま未だに文句を言い続けていたが、輝夜に「黙れ」と言わんばかりに睨まれたので、茶化すように肩をすくめて黙ってしまった。
しかしなかなか火はつかない。
おそらく輝夜は本か何かで読んだのであろうが、フィクションでは上手く言っても、現実で実践するとなると話は別だ。
そううまくいく物ではない、それが煙草を吸ったことすらない輝夜なのだからなおさらだ。
煙草の火が付くまでかかった時間はおよそ数十秒、それまで二人は至近距離で顔を付きあわせていた。
さんざん手こずった挙句、顔を近づけたせいか輝夜の頬はほんのりと赤らんでいる。

「ふくくっ……つくづく格好つかないな、お前。
 恥ずかしがるなら最初からやるなって、ふふふっ……」
「う、うるさいわねっ、火が無かったんだから仕方ないじゃない!」
「火ならあるだろ、ここに」

半笑いの妹紅が人差し指をかざすと、その先に小さな火が灯る。

「う……」
「無いなら言えばよかっただけだろ、なあ?
 なのにどうして言わなかったんだ? 格好つけたかったのか、それとも私と顔を近づけたかったとか?
 ああなるほど、さっき寂しいって言ってたもんなあ、寂しいから近づきたかったんだな。
 だったら仕方ない、うんわかった、私もこれ以上は大人げなくからかったりはしないから安心してくれよ、な?」
「うがぁーっ! もう黙りなさいっ、人がちょっと失敗したからっていきいきとした表情で弄りまくってんじゃないわよ!
 そうよ、その通りよっ、本で読んで憧れてたのよ、これめっちゃ格好いい! やってみたい! とか思っちゃったのよっ、悪い!? 悪くないでしょう!?」
「ああ、悪くなんて無いな。
 私としては輝夜が面白かったから満点あげたいぐらいだ」
「こいつぅ……っ!
 てか火があるなら早く言いなさいよ、いつまでもニヤニヤと人の失敗眺めてるとか最悪ね、このクズ! 人間のゴミ!」
「黙ってろって言ったのは輝夜だったはずなんだがなぁ……」
「ぐ、ぐぬうぅぅぅぅ……っ」

輝夜は握りこぶしを震わせ唸りながら、思わず妹紅を殺したくなる衝動をどうにか抑え込んだ。
ここで力を使って殺してもただの八つ当たりにしかならない、此度の失敗は間違いなく輝夜の責任であり、妹紅は一切悪くないのだから。
これで殺したってただの八つ当たりにしかならないし、復活した妹紅に今以上に色々言われてさらに苛立つだけだ。
気分を落ち着けるため、輝夜は煙草を咥えて息を吸い込む。

「すぅ……」

しかし、輝夜は加減など知らない。
妹紅を見よう見まねで模倣した結果、煙草の煙を過剰に一気に吸い込んでしまう。

「ごほっ、ごほっ!」

そりゃもちろんむせる。
咳き込んだ勢いで煙草は宙を舞い、更地になった地面にぽとりと落ちた。

「……おいおい、むせたのか?」

妹紅もさすがにこれは予想外だったらしく、最初は驚いた顔をして輝夜の方を見た。

「まさか、あんなにカッコつけておいてむせたのか?」

しかし、次の瞬間には今日一番の笑顔が浮かぶ。
輝夜の方を指さしながら、体を震わせて、それはもう全力で笑い転げる。

「あっはははははっ! なんだそれ、ダサすぎだろお前! むせるとか、このタイミングでむせるとかありえねーっ! はははははっ!」
「けほっ、けほっ……何よっ、あんたこんなモノ好きで吸ってたっての!?」
「ははははっ、はぁぁ……ふふっ…はははははっ、駄目だ、我慢できなっ……ひひっ、うひひひひひっ、とんでもない阿呆がここにいるぞ!」
「いくらなんでも笑いすぎよ、は、初めてなんだから仕方無いじゃないっ!」
「かっこつけてからのそれは……っ、ダメ、もうダメ、笑い死ぬっ……あはははっ、ひーっ、はははははっ!」

岩の上に寝転がり、お腹を抑えてゴロゴロと転がりながら、文字通りに笑い転げる妹紅。
輝夜は未だに少し咳き込みながら、遠慮なしで笑い続ける妹紅を睨みつける。
もちろんその顔はゆでダコのように真っ赤だ。
自分がどれだけ格好悪いことをしたのか、自分でも理解はしている。
理解はしているが――それを茶化す妹紅を許すかどうかはまた別の問題であって。

「ふぅ……ひぃ……んふっ、ふふふっ…まだ無理、思い出すだけで……輝夜、むせて……ふふふふっ、んはははっ!」
「いい加減にしなさいよ……っ!」
「待て、待て、話せばわかる、お前だって自分がどれだけ面白いことをやらかしたかわかってんだろ?
 だって……んふふふっ、だって、お前……むせっ、むせて……ひひっ、ふっ、ふふふっ」
「笑うなっつってんでしょうがぁーッ!」

至近距離で放たれた輝夜の光球は、妹紅の体を原型を留めないほどに吹き飛ばす。
だが完全にツボに入ってしまったせいか、全身を穴だらけにされ息絶えるその瞬間まで、妹紅はゲラゲラと笑っていた。





一度、二度と深く息を吸い自分を落ち着けてから、輝夜は元の位置に腰掛けた。
多少嫌がらせの意味も込めて、さっきよりもさらに妹紅に体重をかけながら。
輝夜から一度殺された妹紅の体はすぐに元に戻っていた。
復活した妹紅は多少冷静さを取り戻したらしく、口元がにやついていたが、声を上げて笑うことはなかった。

「はぁ、駄目ね。あんたと居ると自分の中から優雅さ欠けていくのがわかるわ」
「そっちが本当のお前なんだろうさ。
 何でわざわざ格好つけようなんて思ったのかは知らないが、私との間に”良い雰囲気”なんてもんを期待してるんだとしたら、出来るだけ早いうちに諦めることをおすすめするよ。
 未来永劫、縁はないだろうからな」
「夢も希望も無いわね」

よほどショックだったのか、輝夜はそれからすっかり黙りこくってしまった。
妹紅は時折思い出したように肩を震わせ静かに笑っていたが、その度に輝夜の肘が妹紅の横腹にめり込む。
本気で痛かったのでじきに妹紅も笑うのを止め、静かに煙草を吸うのに専念することにした。
そのやり取りはどこか子供じみていて、まるで歳相応の少女のようであった。





どちらが本当の自分なのか、何時無理をしているのか、たまに自分自身でもわからなくなることがあった。
以前の話だ。
人と接する時、見た目とは裏腹に達観して大人びた振る舞いをする自分。
輝夜と接する時、一切の本音を隠さずに全てをぶちまけ、怒りたい時に怒り、笑いたい時に笑う子どもじみた自分。
後者が本当の自分なのだと気づくまでに随分と時間がかかってしまったが、今はもう迷うことはない。
輝夜と一緒に居ると気が楽になる理由はそういうことだ、歳相応に振る舞おうとしなくていい、変に格好つける必要もない。
今居るこの場所こそが、妹紅が肩の力を抜ける唯一の場所だった。

本当の自分がわからなくなるのは、永遠を生きる人間の定めのような物なのかもしれない。
数千年、数万年、そんなに長く生きた人間の記録などない。お手本にするべき誰かなどどこにも居ない。
だから、それを自分で見つけるしか無い。”歳相応”の生き方というやつを。
そうやって探していくうちに一番しっくり来たのが、達観して冷静に、少女の姿のまま大人のように振る舞う、そういう生き方だったわけだ。
明確な理由はない、”それっぽい”という理由だけでそう振る舞うことにした。
それこそが相応しい生き方で、それこそが自分のあるべき姿なのだと言い聞かせるうちに、いつの間にか意識せずともそう振る舞うようになっていた。
奥底に居る本当の自分からは目を背けて、気付かないうちに削れていく自分の心が削れていっていることにも気づかずに。

自分自身を見失っていた。
迷い込んだのは合わせ鏡の迷宮、自分らしき誰かに手を伸ばしてもそれは虚像で、鏡に写る自分は自分とは違う表情をして、怖くなって手を伸ばした自分自身も鏡に写った偽物でしかなかった。
見つからない、見つからない、探し物の前に、その探し物を知る自分が見つからない。
それを見つけるために必要なのは、自分を理解してくれる誰か。代わりに自分を見つけてくれる相互理解者。
蓬莱人だって見た目は人間と同じだし、実際に話してみても受け答えは普通の人間とそう変わらない。
だが普通の人間には理解できない、深い深い隔絶があった。
必要なのは、自分と同じ立場で、同じような境遇で、永遠を知る誰か。
普通の人間では、届かない。

輝夜が妹紅の復讐に付きあおうと決めたのは、相手がいずれ自分を理解してくれる気がしたからだ。
二人は同じ蓬莱人ではあるが、生きてきた年月があまりに違う。
問題の解決は輝夜の方が妹紅よりもずっと進んでいたし、問題の露呈に関しても輝夜の方が妹紅よりもずっと進んでいたわけだ。
輝夜は知っている、本当の自分を見つけるため、必要な相手こそが妹紅なのだということを。
そしてそのためにはお互いに理解し合わなければならないということを。
「妹紅が妹紅じゃなければよかったのに」とは、つまり最初から分かち合える相手であればこんなに苦労はしなかったのに、と言うこと。
何も知らずに憎しみの炎を燃やす真っ直ぐな妹紅が羨ましくもあり、哀れでもあった。
無知は幸福だ。だが命が永遠である以上、いつまでも無知では居られない、現実はいつか妹紅の前に立ちはだかる。
その時に、自分が隣にいればきっと彼女は迷わないだろう。
憎しみを向けられはしたが、妹紅は自分にとって必要不可欠な存在だ。
そんな彼女を導くことが出来るのなら、悪い気はしない「
最初から、出会った時から、そういう風に感じていた。
そう、少なくとも輝夜に、心の底からの憎しみなど微塵も無かったのである。

再会したばかりの頃、妹紅の頭の中にあったのは輝夜を殺す、ただその一点だけだった。
何時、何処で、如何にして殺すか――ただそのシミュレーションを何度も何度も繰り返し、脳内で数えきれないほど輝夜を殺してきた。
食事よりも睡眠よりも欲するのはあれを殺すことだけで、時には呼吸すら忘れることすらあった。
殺意も、憎悪も、結局は自分が原因で背負うことになった感情であり、本来なら向けるべきは輝夜ではなく自分だったはずなのに。
昔から妹紅はそうだった、輝夜に八つ当りしてばかりだ。
今も、そう変わっていない。長い月日が過ぎても、人の根っこは何ら変わらない。
変わったのは表面だけで、本当の自分は心の奥底でくすぶっている。
自分に対して行き場のない怒りを抱えていた妹紅は、偶然にも輝夜と出会ってしまった。
おあつらえ向きに皮肉屋で高慢ちきで性の悪い、しかも親の敵であるお姫様が現れたものだから、敵にせざるを得ない。
まさに理想的な敵、妹紅にとって都合のいいことに輝夜も敵役としてふさわしく振る舞ってくれた。

父親、つまり車持皇子が何をやらかしたのかも、実は輝夜と出会ってすぐに聞かされていた。
持ってきた蓬莱の玉の枝が実は偽物だったことだとか、偽物だと看破される直前は大喜びで布団の準備までしていたこととか、それはもう父親の権威など粉々に砕け散るほど酷いエピソードの数々だった。
もちろん”被害者”側からの話だからある程度の脚色はあるだろうが、妹紅自身が妾の子であったことを考えると、まあありえないエピソードでは無いのかもしれない。
だがそれを聞いても妹紅の憎しみが消えることは無かった。
元から父親のことなどどうでもよかったのだ、自分の憎悪をぶつけるのにぴったりの形の器を見つけた、だから憎む。ただそれだけのことなのだから。

輝夜からしてみれば妹紅との縁を断つわけにはいかなかったわけで、その憎悪を受け止めるのは苦肉の策である。
元々勝ち気だったこともあって、売り言葉に買い言葉で妹紅とはいつも喧嘩をしているが、”隣に置いて欲しい”という言葉は何も突然口走った気の迷いではない。
ずっと前から、出会った頃から考えていたことだ。
それを妹紅に受け入れさせるまで随分と長い時間がかかってしまったが……まだ長い猶予があるが、苦労は実ったと言ってもいいだろう。
妹紅が懇意にしている慧音も、半妖とは言え限りある生命だ、いずれは妹紅を置いて逝ってしまうだろうし、その死もさらに時間が経てば風化する。
焦ることはない、返事は得た、待てばいつかその時はやってくる。
本当の自分の居場所を示してくれる。心を削らずとも本当の自分のままで生きることが出来る、そんな時間がいずれ訪れる。その確証を得ることが出来た。
今は素直に成功したことを喜ぼう、そう思うことにした。
思わず上機嫌になってしまうのも仕方のないことだ、輝夜にとっては云わば悲願だったのだから。

二人は共感している。だから妹紅も輝夜と同じように嬉しいと感じていたし、嬉しいと感じた自分を諌めるもう一人の自分の存在も知っていた。
彼女の名前は、どうやら”意地”と言うらしい。
憎しみで始まった妹紅と輝夜の関係、憎しみを正常と呼び、好意を狂気と思い込む意地。
命の恩人である岩笠を殺し、蓬莱の薬を奪い取った自分を許さない意地。
”考えとく”と消極的な返事をした妹紅だったが、実はその目処はすでに立っていた。
意地さえ克服することができれば、自分にもっと素直になることが出来る。
思い込みに関しては、要するに自分の気持ちの問題だ。その気になれば今すぐにだって解決出来る。
問題は自分の罪だった。
許せない、蓬莱の薬を奪ったことはもちろん、魔が差して人を一人殺してしまった自分が、どうしても。
贖罪には時間がかかるだろう、それまで輝夜には待っていてもらわなければならない。
全てが解決できたのなら、その時は――妹紅の方から全てを伝えようと、そう考えていた。





煙草の灰が風に舞う。
そろそろ指で摘むのも難しいほどに短くなってきた、頃合いだろう。
妹紅にも名残惜しいと思う気持ちはある。
今日ぐらいは可能な限り付き合ってやろうと思っていたが、それももう時間切れだ。

「さて、思う存分輝夜で遊んだことだし、そろそろ帰るとするかな」

妹紅は椅子代わりの岩から立ち上がると、もんぺと軽くパタパタと叩き砂埃を落とす。
輝夜は慌てて振り向くと、”まだ早い”と言わんばかりに頬をふくらませた。

「勝ち逃げする気?」
「ああそうさ、勝者のまま過ごす一日はさぞ清々しいだろうな」
「ふん、言ってなさい。明日にはまた吠え面かかせてあげるから」

殺し合いにおいては輝夜は自分こそが勝者だと考えていたし、妹紅の意見を取り入れたとしても引き分けにしかならない。
だが、殺し合いのあとの舌戦では完全に負けてしまった。
恥ずかしくて眠れないほどの醜態を晒してしまった、おそらく千年後になっても記憶からは消えてくれないだろう。
妹紅が”考えておく”と言ってくれた事に関しては、一万年後にも忘れないつもりであったが、それにしたって払った代償が大きすぎる。

「吠えるのはお前の役目だろ、なんたって負け犬だからな」
「犬は妹紅の方がお似合いよ、地面に這いつくばってごめんなさいって言うまで徹底的に追い詰めてやるんだから、覚悟してなさい」
「そりゃ楽しみだな、明日は期待してるよ」

一度も振り返ることなく、妹紅はそのまま真っ直ぐに歩いて帰っていく。
軽く手を上げたのは別れの挨拶のつもりだったのだろうか。
今日も二人らしい別れ方ではあったのが、輝夜は何も変わらなかった事に不満を抱いていた。
今日ぐらいもっと気を使って、別れを惜しんでくれてもいいのに、と。
妹紅も時間に関しては最大限に気を使ったつもりではあったが、別れを惜しむのは自分らしくないと思い、あえていつも通りの別れにすることにしたのだが、それが裏目に出てしまったようだ。
背中を見送る瞳はどこか寂しげだ。
思わず口をついたその呟きは、不満が溜まった結果溢れでた、紛れも無い本音だったのだろう。

「……結局、こういう別れ方しか出来ないのね」

妹紅には届かないほど小さく、自分にしかわからないほどささやかに。
独り言以上の意味など無かった。
しかしその呟きは、不幸にも風に乗って妹紅にまで届いてしまった。
微かに聞こえてきた輝夜の本音、妹紅は聞こえないふりもできたはずなのだが、あえて立ち止まると振り返り、大きくため息をつく。

「はぁ……」

呆れてしまう。
気の利かない自分にも、突然に甘え始めた輝夜にも、あまりに急すぎる変化は妹紅の手に余る、時間はどうせ腐るほどあるのだから、できれば時間に任せたゆるやかな変化を望んでいたのだが。

「お姫様はどうやらそれじゃ納得いかないようで」

どうも調子が狂う。
蓬莱山輝夜はそんなに女々しい女だったか、それとも輝夜が言っていたように知ろうとしなかったから知らなかっただけなのか。
今にも泣きそうなほどに寂しがる少女を置いて去れるほど妹紅は薄情ではなかった。
相手が輝夜でさえなければ、もっと素直にフォローすることも出来たのだろうが。

「お前さ、ほんと寂しがり屋なんだな」
「独り言を勝手に聞かないでよ」
「私だって聞きたくなかったよ。
 もしかしてお前、もっと私に別れを惜しんで欲しかったのか? それとも普通の友達みたいに”また明日”とでも言って欲しかったか?
 それで満足なら言ってやってもいいけど、不自然だろそんなの」
「たまにはそういう気分になりたい日だってあるわよ。
 隣に置いてくれるって言ったんだから、それぐらい気を利かせてよ」
「考えとくって言っただけだ、しかもまだ千年も猶予があるんだろ?」
「それって肯定してるようなもんじゃない、千年後だろうとなんだろうと、予約した以上は責任とって気を使ってよ」
「やなこった」

あっさりと一蹴する。
下唇を噛んだ輝夜は、今度こそ本当に泣いてしまいそうだ。
さんざん殺し合いをしておいて今まで一度も泣かなかったくせに、これしきで泣かれるとは想像もしていなかった。
確かに妹紅は考えておくとは言ったが、「いいぞ隣に置いてやる」とは一言も言っていないはずなのだが。

「やめろよそういうの、似合わないから」
「泣き顔の似合わない女で悪かったわね、慧音の涙だったら満足だった?」
「慧音は関係ないだろ」
「あるわよ」
「どう関係あるんだ?」
「……うまく説明できないけど、あるのよ」
「なんだよそれ、めんどくせーな」

妹紅は心の底からそう思った。

「いいのかよ、変に意識してうじうじしてたら、千年経っても私の気は変わらないかもしれないぞ」
「……面倒くさいって何よ。
 本当は私のこと嫌いで、考えとくって言ったのもその場しのぎの嘘だって言うんなら、はっきりそう言えばいいじゃない」
「ああ、嫌いだな。今のお前は吐き気がするぐらいだいっきらいだ」
「っ……」

ナーバス状態に陥った輝夜に、妹紅の言葉がさらに追い打ちをかける。
泣きそうだと冗談半分に考えていたが、このままでは本当に泣いてしまいそうだ。
涙なんて、何年流していないだろう。
少なくとも輝夜の記憶にある限りではそんなことは無かった、妹紅の父親が布団の中で待ち受けてた時だって泣いたりはしなかったのに。
その娘に泣かされるなどと、とんだ因果もあったものだ。

「蓬莱山輝夜って女はクソ生意気なんだ、一片も素直じゃないし可愛いのは顔ぐらいで性格も最低。
 私以外の前では猫被ってるから誰も知らないんだろうけどな、とにかくいつものお前はそういう女なんだよ。
 だから――なんだ、要するに、私が何を言いたいかって言うとだな」

輝夜の心が今にも崩れそうなことを知ってか知らずか、妹紅はさらに追い詰める。
泣いてもいいのか、なんて脅しは脅しにもならない、いっそ泣かせてしまいたいのだろう。
泣かせて、それをみて指差してゲラゲラ笑って、自分の気持ちを見たしたいに違いない。
今の輝夜じゃ、きっと抗えない。
そうしたいならそうすればいい、その時は思いきり大声で泣いてやる、と輝夜はやけくそ気味に次の言葉を待つ。
そして妹紅が口を開く。
珍しく――本当に珍しく、気まずそうに頭をかき、ほんのりと頬を赤に染めながら。

「いつものお前が一番魅力的だ」

妹紅の視線はあらぬ方向を向いている、さすがに目を合わせて言える台詞ではなかった。

「へ……? 魅力、的?」
「お前はお前らしく生意気なままでいいんだよ、そっちの方が私も気が楽だ」

言いたいことを言って、妹紅は素早く回れ右すると、表情を隠すように輝夜に背中を向けた。
そしてスタスタと早歩きで歩き出す。
今度こそ絶対に振り返らない、何を言われても絶対にだ、と心に決めて。

「じゃあな、今度こそ帰るから」
「待ちなさいよっ! 言うだけ言って帰るなんて卑怯じゃない!」
「じき夜も明ける、私はお前と違って忙しいんだ」
「こらっ、私の許可無く帰るな! 待て、止まりなさい、私の話を聞けっ! 止まれって言ってるでしょうがこのバカー!」
「馬鹿と言われて止まる阿呆が居るわけないだろ……」

輝夜は必死に引き止めるが、妹紅の決意を揺るがすには至らない。
次々に浴びせられる罵倒にも一切動じずに、半ば駆け足と化した早歩きでその場を去る妹紅。
残されたのは、必死の叫びに疲れ果て、息を荒くして肩を上下させる輝夜だけだ。

「何が……魅力的だ、よ」

終ぞ妹紅の足が止まることはなかった。
どうせ慣れないキザな台詞に恥ずかしがって、見せられないような顔をしていたに決まっている。

「何が、らしくよ」

皮肉と罵詈雑言の応酬、それが二人のらしさだった。
優しい言葉なんて、妹紅の言った通り、ただのきまぐれでしかない。
今までがそうだったから、いまさらになって互いを思いやるなんて、そんなことをできるわけがなかった。

「私だって、本当はらしく居たいっての、でもそうさせてくれないのは妹紅じゃない」

だが、輝夜に輝夜らしからぬ言動をさせたのは他でもない妹紅なのである。
そうしたくてもそうさせてくれない、背中の温もりが、心にまとわりついて離れないから。

「こんなんじゃ百年も待てないわ……どうしてくれるのよ」

輝夜は火照る頬を両手で冷やしながら、淡く月光が照らす林道を熱が消えるまで見つめていた。
色々生える薬の製造および販売を生業としている永琳さんですが、驚くべきことに過去に蓬莱の薬というとんでもない薬を作ったことがあるそうです。
kiki
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コメント



0.670簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
この姫様、このもこたん可愛すぎです!!一喜一憂してる姫様、あてられて柔らかくなっていくもこたん。ごちそうさまでした。


長い長い時間の果てこの二人がどうなっていくのか考えたらニヤニヤがとまりませんでした。
3.90名前が無い程度の能力削除
輝夜の方が心理的に劣勢なのいいよね…
4.80奇声を発する程度の能力削除
この感じ良かったです
6.100名前が無い程度の能力削除
すごかったです
7.100名前が無い程度の能力削除
とても沁みる内容でした。
二人の関係性は色々と含みを持たせられるものですが、そこから得られるエッセンスがふんだんに盛り込まれており、充実した読後感がありました。
漠然と抱いていたイメージが、言葉になって現れたような感覚です。
面白かったです、の代わりに、ありがとうございました、を置いていきます。
8.70名前が無い程度の能力削除
もうちょっと地の文を静かにしたほうがよかったんじゃないかな(上から目線)
12.90名前が無い程度の能力削除
一途なぐやと素直になれないもこたんいいですな
15.100名前が無い程度の能力削除
てるもこ良いなぁやっぱり。