ひたすらに、当ても無くさまよう。さまよい続ける。一体いつからどのくらいかは分からないが、気がついたらここを歩いていた。
いやに寒かった。そういえば服がぼろぼろだ。なんとかしないとなあ、なんていっぱしの人間みたいなことを考えていた。そんな自分を遠くで眺める自分がいて、そんな自分を近くで嗤う自分がいて、わたしはそいつらの声を聴いていた。
なんとかしないとなあ、だってさ。あぁ可笑しい。
しなくてもいいのに。だってお前はもう人間じゃないんだ。
「人間でないなら、何て言うのよ」
人間の形をしているだけじゃない。立派な魔よ。
人と人の間に生きていない人の形なのだから、人形さ。
なるほど尤もなことを言うなぁ、なんて感心していた。いつの間にか聞こえなくなっていた。ちくりと胸と、腕が痛んだ。よくよく見れば柊の葉が、花が茂っていた。ということはもう冬なのか、道理で寒い。ふ、と立ち止まって周りを見渡すと、森の手前だった。こりゃかなわないと踵を返し、また歩き出した。柊に退散させられるとは。
獣道を歩く。ということはわたしは獣? 笑えない冗談だ。薄暗い。直に夜が降りてくるからだ。どこかで寝られるところを作らなきゃあ。そう思っていたら人の声が聞こえた。
「おおい、こっちにはいねぇぞ」
「こっちもだ。暗くなってきたからそろそろ帰ぇろ」
人探しでもしているのかしら。わたしも探してるのよ。あいつだけはわたしが殺さないと。
「ねぇ、人でも探しているの」
「おっと、何してんだ嬢ちゃん、暗くなるから家に帰れ」
「家はないわ。今日だけでいいから泊めてほしいのよ。人探し手伝うから」
「何言ってんだ、子供はちゃっちゃと飯食って――と、よく見りゃぼろぼろじゃねぇか」
男二人は顔を見合わせて、時々わたしも見て。
「――仕方ねぇ、俺ぁ聞いてくらぁ」
「ありがとう」
男の一人が走っていった。
「嬢ちゃん、名前は」
聞かれたくなかった。無い、だなんて思ってもいないだろうな。
「藤」
「付いて来い」
案内されてしばらく歩くと、小さな小さな里があった。さすがに時間も時間なのだろう、外に人はいな――、二人だけいた。さっきの男と一緒だから、聞きにいった、里長みたいな人だろう。
「使ってない家がある、好きなの使え」
「ありがとう、お返しに――」
「……」
考えているようにも、呆れているようにも、見えた。
「――お返しなんていらん。おい、空き家まで案内してやれ」
こっちだ、とまたまた案内される。歩きながら視界の端で長と男が一人話し合っているのが見えた。薄気味悪い、だとか何とかいってるんだろうな。空気に耐え切れなくなったか男は、
「藤、だったか。なんであんなところにいたんだ」
と訊ねてきた。
「理由は無いの」
訳の分からんやつを連れて来ちまった、と露骨に不気味がった顔をされた。本当のことを言ってもどうせ信じてもらえないからいいけど。
件の空き家に着いて、男は帰っていった。入ってみれば、なるほど確かに空き家だったが、床も家も薄汚れたまま横になった。久しぶりの畳でゆっくり寝られそうだ。
そうこうしていたら、また声が聞こえてきた。
人と人の間に入れば人間になれる、なんて思ってるんじゃないの。
あんたは何でもないんだ。化け物でも人間でも。
「じゃあわたしはどうすればいいんだ」
今まで通り、化け物を殺していればいいじゃない。
それ以外にできることを知らないだろう。
そんなこと、自分が一番分かってる――いや、こいつらも自分か。まどろみながらそんなことを考えていた。
わたしは山の中にいた。男の後ろを追いかけていた。――あぁ、またか。わたしはこの男を殺す。月の岩笠を。どうして? その薬欲しさにだ、馬鹿げている。どん、と衝撃が腕に、体に伝わる。男は地面を転がっていく。わたしは薬の入った壺を手に取り、薬を――あの全ての元凶を――手で掬い、口にして――。
飛び起きたら、ひどく寝汗をかいていた。里なら近くに川でもあるだろうと思い、どっこい家を出た。
川の水は、痛いほどに冷たかった。そりゃそうだ、朝も早いし、冬なんだから。忘れていたわけじゃあ、決してない。
そうだ、昨日あいつらが探してた奴を見つけてやろう。見つけてすぐに里を出て行こう。やっぱりわたしは居るべきじゃあない。そんな卑屈なことを考え、髪も濡らしたまま再び山に入った。
遭難しているであろう人間を探して歩き続ける。単純作業が手伝って、普段は考えないようにしていることが首をもたげてきた。わたしは何をしているんだろう、わたしは何がしたいんだろう、わたしはどうすればいいんだろう。正解は今のところ見つかっておらず、見つかる気配すら感じ取れない。
朝方だからかカラスがかぁかぁとうるさい。ずいぶん近くに大勢いるように思えたので、何とは無しに見に行ってみた。この時不思議がっておくべきだったんだ。
出迎えてくれたのは、カラスと、人間の形をした肉塊だった。腹は裂かれ、目玉は啄まれ、肋は剥き出しでカラスに餌をやっていた。
「なんであんたは、そんな簡単に死ねるんだ」
羨ましい、というのを最初に思った。死ねるだけましさ、せいぜい成仏してな。
これ以上裸同然で山に打ち捨てらいたら風邪を引いてしまう、弔ってやることにした。そこいらの枝で地面に術の印を描き、力を籠める。ぼう、と間抜けな音を立てて炎が起こり、辺りを照らした。ぶすぶすと男の肉は焦げ始め、煙が昇る。なぞる様に空を見上げたら、白んだ月がぽつんと貼り付けられていた。あの月まで届くかな、こいつの死の煙は。
気づいたらずいぶんと時間が経っていたようで、男も殆ど消し炭と化していた。日も昇り始める頃合だろう。それと同時に出て行こう。なんて言って出て行こうかな。
「そこで、何を、している」
男が、私の後ろに立っていた。参った、先にそっちから来ちゃったか。
「なぁんだ、見られちゃった」
「山の方で煙が上がっていたから妙だと思って来てみたんだ。ここいらは旅人が通るような所でもないしな。答えてくれ、なにし てるんだ」
「人を探してたでしょ、それならそいつを食っちまってもばれないと思ってね。証拠が残るから食べ滓を燃やしてたのさ」
「あんた、妖怪だったのか。俺達みんな食おうとしてたのか」
「妖怪だなんて。わたしはただの、しがない人間よ」
そう言いながら、術を展開して不死の翼を出し、ふわふわと浮いてみせた。よくもまぁこれだけ口が回るものだと自分でも感心する。男のほうも殺されると考えたと見え、すたこらと走って逃げていった。
しがない人間ですって、どの口が言うのかしら。
ああ面白い冗談だ、いっとう気に入った。
わたし達がけたけたと笑っている。
「しがない、か」
もう少しボリュームがほしかったかな
行間等々ところどころに読みにくさを感じるが、言い回しは嫌いじゃない。