ぶっ殺すつもりで蹴り飛ばした。
向日葵泥棒。
この畑から盗もうなんていい度胸をしている。
私の花は誰にも渡さない。
その人物は向日葵を根っこから引っこ抜くのに夢中になっている。そのせいで尻がいい具合に突き出ていた。
その尻を思い切り蹴り上げた。
夏の空にロケットが打ち上がった。
宇宙まで行けばいいのに。残念。雲にも届かない。途中で失速して、どこかへ墜落。
ロケット打ち上げ失敗。この経験は次回に活かしましょう。
引っこ抜かれた向日葵は元の位置に埋め直しておいた。
手に持っていた日傘をくるくる回して、鼻歌を歌いながら家に向かった。
動かす度にマンドレイクみたいな叫び声を上げるドアを押し開け、土のついた農具が突っ込んである傘立てに日傘を投げ入れた。
そのままベッドに倒れ込んだ。視界の左端には、息を吹きかけただけで崩れそうなバランスで本が高く積まれている。
ふとハーブティーが飲みたくなった。だけど一度ベッドに体を沈めたら、もう一度起こすのは面倒だった。どうしようか迷った。
起き上がる苦労とハーブティーを欲する気持ちを天秤にかけていると、突然、
ドアが吹き飛んだ。
「ここにいるのはわかってんのよ! さっきは良くもお尻を蹴っ飛ばしてくれたわね!? おかげでこんな有様よ!」
威勢の良い声がした。かき氷を思いっきり掻き込んだ時みたいに、頭に響いてくる。
ドアが吹き飛ばされた衝撃により本のタワーはついに崩れ落ち、顔に向かって落ちてきた。文字に目隠しされた。埃っぽさとかび臭さが鼻をついた。
「ちょっと聞いてんの!?」
私はゆっくりと、ゆっくりと顔に被さった本をどけた。
そしてにっこりと笑ってみせる。
「どこのどなたかしら?」
ドアがあった場所には人影があった。影が立っているのかと思った。
だけど、それは良く見てみればただ汚れているだけだった。
目がくらむような夏の陽射しを背後に、全身泥だらけの少女がそこにいた。
「比那名居天子よ。覚えておきなさい。あんたに借りを返しに来たわ」
「ふうん。借りを、ね」
「あんたの名前は?」
「幽香、風見幽香よ。お嬢ちゃん」
天子が床を踏み鳴らした。そのせいで泥が飛び散った。
私は顔をしかめる。
「お嬢ちゃんって言うな!」
「ちょっと、部屋を汚さないでくれる? あなた田植えでもしてきたの?」
彼女の額に青筋が浮かんだ。
「誰の――」
瞬間、天子がベッドの上に寝転んでいる私に向かって飛びかかってきた。
「――せいでこんなになったと思ってんのよ!」
部屋で暴れられてはたまらないので、彼女には外に出てもらうことにした。その顔に裏拳を食らわせてやった。狙い通り入口から飛び出ていった。
私はベッドから跳ね起き、ドアの残骸を踏みしめつつ、日傘を手にとって外へ出た。顔を押さえながら立ち上がる天子の姿を目に収める。
「もうあったま来たわ」
天子が空に向かって手を挙げた。何を見せてくれるのだろうと思っていると、上空から石の塊が落ちてきた。天子のすぐ横にずしんと落下した。要石だった。
要石には剣がぶっ刺さっている。
天子はその剣を抜き去ると、両手で構えて突進してきた。
いいでしょう。勢いは褒めてあげる。だけど、ちょっと馬鹿正直過ぎる。
頭上から不思議な輝きを放つ刃が降ってくる。私はそれを日傘で難なくはじき飛ばす。いとも簡単に自分の攻撃を外されたことに驚いている天子。その頭に日傘の一撃を叩きこんでやった。
さすがに効いたようだった。
それから私は左手で彼女の肩を掴んでくるりと背中をこちら側へ向かせる。
残念でしたお嬢ちゃん。喧嘩を売った相手が悪すぎる。
「田植えが不満なら、今度は月の石でも拾ってきなさい!」
尻を蹴飛ばした。思いっきり。
本日二度目のロケット発射。先ほどの失敗を活かし軌道修正。今度は綺麗に上に向かった。
夏の空に吸い込まれていった彼女はきっと、月にその足跡を残すだろう。
後には空を見上げている私と、そして尻を蹴飛ばされた衝撃で落とした剣だけが、陽射しを受けて影を作っていた。
◇
ドアをノックする音が聞こえて、私は目を開けた。
顔に乗せていた読みかけの本をどけて、のそりと体を起こした。
ドアは昨日、向日葵泥棒によって破壊されてからそのままにしているので、この音は正確にいうならドアがあった場所付近の壁を叩く音だ。
やけに風通しが良くなった出入り口に目を向ければ、そこには天子が立っていた。
「なに? また来たの」
彼女は何も言わなかった。
また仕返しにでも来たのかと思った。でもどうやら違うようだった。
天子はすっと腕を伸ばして傘立ての方を指差した。
そこには昨日彼女が置いていった剣が、農具や日傘などと一緒に並べてある。
私は静かに息を吐いてまたベッドに横になった。
「勝手に持っていきなさい」
手をひらひらさせながらそう言った。
傘立てを漁る音がした。
私はもう一度眠りにつこうとした。目を閉じた。
部屋の明るさが嫌になって本を手にとると、またそれを顔に乗せようとして、
「まだ何か用があるの?」
天子は入口に突っ立ったままだった。
何か言いたげな顔をしている。喉まで出かかっているのに、そこから先へなかなか出てこないといった様子だった。
それから蚊の鳴くような声で、
「向日葵」
「え?」
彼女は下を向いた。ブーツの先で床をこすった。
「向日葵、見ていっていい?」
わずかの沈黙。
私はほんの少し考えてから、
「好きにしなさい」
その言葉を聞いた瞬間の彼女の顔を、私は忘れないかもしれない。
◇
どれくらい寝ただろう。
頭はすっきりとしていた。逆に体がなまっている気がした。
外の景色は寝起きの目には明るすぎた。陽炎が揺らめいていた。世界が溶けているみたいだと思った。
天子は、まだいた。
勝手に折りたたみ式の椅子を持ち出して、そこに座っていた。
やたらと絵になる風景だと思った。絵描きがいたらきっとキャンバスに筆を走らせるだろう。向日葵と少女、とかいう何の捻りもないタイトルが付けられると思う。
伸びをしながら彼女の方に向かって歩いた。
「向日葵、好きなの?」
声を掛けると、無垢な顔で見返してきた。
彼女はこくりと頷いた。
「そう」
私は踵を返して家に引っ込んだ。狭苦しい台所で湯を沸かした。爽やかな香りのするハーブをティーポットに入れた。お湯を注ぎ込むと、ふわりと柔らかな香りが広がった。
庭で夏の陽射しを受け止めているパラソルに、ミツバチが花と間違えてとまった。
ティーポットと二人分のカップを乗せたお盆を持ち出して、私は真っ白なテーブルの上にことりと置く。
「ねえ」
飽きもせずにじっと向日葵を眺めている少女に呼びかける。
「お茶でもいかが?」
◇
彼女はそれから良くここを訪れるようになった。
飽きもせずに向日葵畑を眺めている。
実に結構。大人しく見ている分には文句はない。むしろ芸術家が自分の作品を見てもらう気分を味わっている私の方が、満足感を得ているのかも知れない。
ここは私の博物館だ。この黄色い海は私の芸術。……私の、というと少し傲慢かもしれない。でもちょっとくらいは欲張らせて欲しい。
折りたたみ式の椅子が彼女の居場所となっていた。椅子が置かれる場所は気分によって変わるようだった。
向日葵が最も美しく見える場所を選んでいるようにも見えたし、逆に最も醜く見える場所を選んでいるようにも見えた。
彼女が何を考えてこうして向日葵を眺めているのかはわからない。訊いてみたい気持ちもあるけれど、訊きたくない気持ちもある。
もどかしさは決して嫌な気分じゃない。彼女の動きや表情からあれこれ自分なりに推測してみるのは、真っ白なキャンバスに好きな色を塗りたくっているような気持ちだった。
「そういえば」
庭に設置されたテーブルを挟んで、ハーブティーの入ったカップを二人で傾けた。
「なんであなた、向日葵を盗もうとしたの?」
過去の向日葵泥棒は、いまやすっかり芸術鑑賞者となっていた。
「ん……、欲しかったから」
彼女はばつが悪そうに答えた。
「家の周りには咲いてないのかしら」
「咲いてないわ、残念だけど。天界にはたぶん一本も」
「つまらない場所ね」
「うん。つまらない」
「あげないわよ」
「もういらないわよ」
日が傾き始めていた。綺麗な夕焼けが見られる気がした。
夕日に照らされた向日葵は、きっと綺麗だろう。
天子に見ていくのか訊いてみた。彼女は見ていかないと言った。
「なんだか寂しいから」
私にはその意味がよくわからなかった。
◇
晴れだった。
ここ最近、雨は降っていない。大地が乾いているのがわかる。水をまいたら、その瞬間に吸い込まれてしまうだろう。
水まきでもするかと考えていると、ちょうどいい所に人手がやって来た。
「手伝いなさい。向日葵を枯らしたくないのなら」
「まあそれくらいならいいわよ。どの範囲?」
「全部」
「全部!?」
見渡す限り黄色で埋め尽くされた風景を、彼女は眺め回した。
私は象さんのジョウロを彼女に投げてやった。自分は銀色の瀟洒なジョウロを持った。
「装備に性能の差を感じるんだけど」
「自分の能力で補いなさい」
二手に分かれて作業を行った。さすがに広いだけあって苦労した。だけど、さぼるわけにはいかない。苦労を知らずに咲く花など、ないと言っていい。少しくらい手間がかかった方が愛着は持てるものなのだ。
あらかた水をまき終えて、天子の姿を探した。背の高い向日葵の中ではなかなか人の姿は見つけにくい。
ようやく見つけた時、彼女はしゃがみ込んでじっと何かを眺めていた。
「どうしたの?」
「ほらこれ」
彼女が指差したのは、他と比べて半分くらいしか伸びていない向日葵だった。花もまだ咲きかけだった。
「中にはそういうのもあるわ。これだけたくさん生えているのだから仕方ないの」
「何とかしてあげないの?」
「植物の世界も弱肉強食なのよ。できればあまり人の手を加えない方がいいの。自然のままに、ね」
「そっか」
天子はちょっとだけ残念そうな表情を見せた。それから、うんと頷いた。
「ちょっとだけひいきするのはいいわよね」
彼女はそう言って、象さんのジョウロでその向日葵に水をかけた。
「がんばれがんばれ」
と彼女は口にした。誰かを応援する魔法の言葉らしい。知人からそう教わったようだ。
がんばれがんばれと言いながら、彼女はたっぷりと水を与えていた。
◇
新鮮だった。
慣れ親しんだはずの生活に、天子という新しい風が舞い込んできた。
同じ生活を送っているはずなのに、以前よりもずっと色鮮やかな日々に感じられる。
彼女は夏の天気のようにころころと表情を変えた。
私がからかってやると拗ねる。私がハーブティーを出してやると喜ぶ。私が思い出話を聞かせてやるとちょっとだけ切なそうになる。私が水やりに行くから手伝ってと言うと、「えーまた?」と文句を言いながら満更でもない顔を見せる。
観察日記でも付けたくなるくらいに、私を楽しませてくれる。
天子はほぼ毎日この畑を訪れた。来なかった日は、どうしているのだろうと気になった。雨の日の彼女は私の家の窓からずっと外を眺めていた。
一度、彼女はキャンバスと絵描きセットを持ってきて、向日葵の絵を描いた。私はその絵を覗き込んだ。思わず笑ってしまった。あまりにも下手くそだったから。
瞬間、彼女は猛烈に怒り出して、絵の描かれたキャンバスで何度も叩いてきた。私はそれでも笑い続けた。絵はぽっきりと折れてしまった。それ以来、彼女は絵を描こうとはしなかった。今になって思うともったいないことをした。下手くそだったけれど、私は彼女の素朴な絵が嫌いじゃなかった。
「幽香はさ」
彼女とお茶をするのは何度目だろうかと私が考えていた時だった。
「ずっとここに住んでるの?」
「ずっとじゃないわよ。基本的には夏の間だけ。私は花と一緒に旅してるの」
「そうなんだ」
風が吹いた。夏の空みたいな色をした彼女の髪が揺れた。
「自由気ままに生きたいの。花のように」
「うん。幽香にはそれがあってると思う」
彼女はそっと微笑んだ。でもなぜか、その顔に影があったのを私は見逃さなかった。
◇
いつものごとく惰眠をむさぼっていると、元気な声が飛び込んできた。
何の騒ぎだと私が目を擦りながら尋ねると、天子は私の腕を引っ張って外に連れ出した。
私は彼女の思うがままに引っ張られて行った。向日葵畑の中を突き進む。
ようやく天子が足を止めた。
「ほら見て」
彼女は向日葵を指差した。
寝起きの頭には、天子が何を私に伝えたがっているのか理解できなかった。あくびをひとつかみ殺した。それからやっと、
「……ああ、なるほど」
それは、天子が以前見つけた、咲きかけで背の低い向日葵だった。
すっかり見違えた。今では他の向日葵よりちょっとだけ高くなっていた。花だって見事に開いている。
「えへへ、頑張って水をあげた甲斐があったわ」
「魔法の言葉が効いたのかも」
「そうかもね」
彼女は笑った。
夏の陽射しを受けた彼女の顔は、どこまでも自然だった。
眠気なんて一気に吹き飛んだ。
だって天子があまりにも向日葵みたいに笑うから。
胸の奥に、ハーブティーを飲み込んだ時のような、爽やかな熱が広がっていく。じんわりと、ゆっくりと、広がっていく。
それ以上まっすぐ見ていられなかった。空を見上げた。夏の空があった。宇宙まで飛んでいきたいと思った。
雨でも降ってくればいいのに。この際だから何だっていい。隕石だって構わない。
この気持ちを紛らわせてくれる何かが降ってくれることを願った。
でも、空はどこまでも晴れ渡って雨粒の一滴だって落っことしはしない。
「どうしたの?」
「雨降って来ないかなと思ったのよ」
「降らないわよ。だって幽香の気質は晴れだもの」
私の気質は晴れらしい。自分の気質が恨めしい。
天子は何が可笑しいのか、けらけらと笑った。
向日葵の海にその声が響いた。
何だか腹が立って、天子の頬をつねってやった。笑い声は悲鳴に変わった。
今度は私が笑った。
天子は怒った。
でも私は満足だった。
ハーブティーが飲みたくなった。一緒にどうかと尋ねると、彼女は嬉しそうに頷いた。
◇
夏が終わらなければいいのに。
偶にそんなことを思う。そして今年の夏は今までで一番その回数が多かった。
あれだけ見事に咲き誇っていた向日葵たちも、萎れてきた。種をたくさん実らせ、その重みに耐えられなくなって、まるでお辞儀をしているみたいに頭を垂れている。
夏の終わりは、もうすぐそこまで来ていた。
荷造りはもう済ませた。必要最低限の物をトランクに詰め込んだ。
夏の間過ごしたこの家を離れるのは名残惜しかった。たくさんの思い出が生まれた。ドアは結局壊れたままだった。直すのは面倒なので、出発するときに板でも適当に打ち付けておくことにする。
私は、今年最後の太陽の畑の風景を目に刻みつけておこうと思った。
右から左へと視線を移して、それから胸の中にいっぱい空気を吸い込んだ。夏の匂いは、もうほとんど感じられなかった。
その時に天子はやって来た。
天子はすぐに理解したようだった。慌てて私の許に駆け寄ってきた。
「いつ?」
「明日にでも」
「……そう」
ほっとしたような、がっかりしたような、どちらにも見える表情を浮かべた。
天子としても、私が旅に出ることを、そう遠くない時期にやって来ると理解していたようだった。
「ねえ、最後にちょっと散歩しましょうか」
私が誘うと、彼女はちょっとだけ驚いたようだった。でも静かに微笑んで、頷いてくれた。
黄色い海は、もうなかった。目が痛くなるような鮮やかな色は、夏の匂いと一緒に去って行ったようだった。
天子と一緒に歩いた。まるでこの夏の間に、一緒に過ごした時間を思い出そうとしているかのように。
何も言わなかった。何を言うべきか言葉が見つからなかった。
天子もきっと同じ気持ちだったと思う。
私たちは歩いた。ゆっくりと、広大な向日葵畑を二人並んで。
きっかけは、何だったろう。考えて、すぐに思い出す。
向日葵泥棒の尻を蹴っ飛ばした。仕返しに来た彼女を返り討ちにした。向日葵が見たいと言ったので、許してやった。それから……。
思い出せば、溢れるくらい出てくる。確かな質感と匂いと感情をともなった記憶が、胸に押し寄せる。
私は空を仰ぎ見た。それから足を止めて、笑った。
突然笑い出した私に、天子は驚いたようだった。
構わず笑い続けた。
ひとしきり笑って、再び歩き始めた。
夏が終わらなければいいのに。
こんなに強く思ったことはない。
でも季節は巡る。それが自然なこと。そして巡るからこそ自然は美しい。
一年中咲いている向日葵なんて、つまらない。そうでしょう。
もしここで私と一緒に旅について来て欲しいと天子に言ったら、彼女はなんて答えるだろう。
一緒に来ると言ってくれるような気がした。
「ねえ天子」
私は天子の顔をまっすぐに見る。
彼女は真剣な顔つきで、こちらを見る。
ひぐらしが鳴いている。いつの間にかオレンジ色に染まった空があった。初めてだった。この夏で夕日が差す太陽の畑を、一緒に見たのは。
――なんだか寂しいから。
彼女があの時言った言葉の意味が、ようやく理解できた。夕日は終わりを連想させる。一日の終わり。そして夏の終わり。彼女は、夏が終わるのを拒んでいたのだ。
私と同じくらい向日葵を愛した少女。もしかしたら私以上に……。
私は大きく息を吸い込んだ。
それからポケットにしまっていた袋を取りだした。それを天子に手渡した。
「なにこれ?」
「向日葵の種。家の庭にでも埋めなさい」
私の夏を鮮やかに彩ってくれたあなたに、感謝の気持ちを込めて。お別れの挨拶の代わりに。
そして天子は私の意図に気付いたようだった。
くしゃっと表情を崩した。夏は天気が変わりやすい。通り雨がやってきそうだ。
「夏がやって来る前にまきなさい。どこであろうときっと綺麗に咲いてくれると思うわ。もし咲かなかったら私の所に来なさい。またお尻を蹴っ飛ばしてあげるから」
私はそう言って笑って見せた。
彼女が一緒に旅について来てくれたらきっと楽しいと思う。今以上に素敵な日々を送れると思う。
だけど、残念。
向日葵は夏にしか咲かないから、美しい。
天子は今にも泣き出しそうな顔だった。
夏が終わる。二人の夏が。
私はそっと天子に近づいて、その体を抱きしめた。
ねえそんな悲しそうな顔しないで。私はもう一度、向日葵みたいに笑うあなたが見たいわ。
天子はもう半分泣きべそをかくような顔だった。だけど、下を向いてゆっくりと呼吸を整えて、もう一度顔を上げた時、にっこりと笑ってくれた。
今年最後の向日葵が咲いた。
「ありがとう。この種は、絶対に咲かせるから」
また会いましょう。その言葉は言わなかった。別れの言葉はいらない。湿っぽいのは嫌いだった。
夕日が照らす太陽の畑は、燃えるように赤く染まっていた。
とても綺麗だと思った。
◇
あれから色々あったと思う。
振り返ってみればあっという間で、でもやっぱり色々なことがあって、結局私は人生を楽しんでいるんだと思う。
四季折々の花を求めて旅をするのは、やっぱり私の性に合うようだ。
さて、そんなわけで。
私は再びこの家に帰ってきた。出ていくときに板を張り付けた出入り口は、そのままの形で残っていた。まずはこの板を剥がす作業から始めなければならない。
まったく誰かさんのせいでとんだ苦労だ。
家に戻ってから一週間ほどが経った。
私は庭のテーブルにハーブティーを用意して、本を捲っている。風が吹いて、勝手にページがぺらぺらと進んでいった。
私はため息をついて、カップに手を伸ばす。爽やかな香りが鼻を抜けていった。
向日葵が目に映る。
やっぱり向日葵が一番美しい。夏の花。健気な姿が何とも見応えがある。
向日葵もすっかり見頃を迎えた。
今年も鮮やかな黄色の海が、一面に広がった。
だけど、尻を蹴っ飛ばすべき相手は、まだやって来ない。
夏はまだ始まったばかりだった。
幽香さんの視点から見るてんこちゃんとの日常はきれいで、だからこそ切ない
だけど夏は必ずまた来るんですよね 別れはつらいけど、その分再会がより楽しみになる
やっぱり夏はいいものです 改めて実感できました
組み合わせとしてSとM的にいじられやすい二人で、これだけ素敵な関係性ができるなんて。さぁさぁ天子、空から見下ろし地上の太陽に気づくんだ!
幽香さんに蹴られたいのは同意
素敵なコンビじゃないですか
それ以外はとてもすんなり読めました。
面白かったです。
なんのかんのいっても面倒見てくれる幽香さんマジドS(親切)
そしててんこちゃんにがんばれがんばれって応援されたいってのには激しく同意ですね
夏はこれから、とても良かったです