「メリーって本当に駄目人間ね。生きてて恥ずかしくないの?」
「ごめんなさい蓮子!」
「ごめんで済んだらなんとやら。謝るだけなら豚でもできるのよ」
罵倒と謝罪が飛び交う混沌空間。黒髪の少女が一方的に金髪の少女をなじり続ける展開。
……さて、どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
――数十分前
「お誕生日おめでとー」
「ありがとー」
とあるマンションの一室に拍手が響く。白いテーブルの上には、”Happy Birthday!”の文字が躍る食べかけのケーキと二つのシャンパングラス。高級そうなソファーには二人の女子大生が埋もれていた。
「いやぁ、メリーさんもまた一つ歳を重ねてしまいましたなぁ」
あはは、と軽快に笑う私、宇佐見蓮子と
「年上を敬いたまえよ蓮子君」
満更でもなさそうに胸を張るメリーことマエリベリー・ハーンである。
「では、メリー様のお望みを一つだけ、私めが叶えてしんぜようー」
良い加減に頭の緩んだ調子で、冗談を交し合う。
「そのお願いを百八個に増やして?」
「それは駄目」
最早テンプレと言っても過言ではないやり取りに、手で×印を作って即答してやる。メリーは唇を突きだして不満顔を見せた。
「けちねぇ」
ノータイムで素に戻るメリー。当然よ、と視線を返す。
「……あっ。それじゃあ、蓮子。私を罵倒してくれる?」
暫し考える素振りを見せた後、メリーはナイスアイディアと言わんばかりに手を叩く。申し訳ないけどちょっと何を言っているのかわからない。
そうして頭を抱えていると、
「駄目?」
メリーが顔を覗き込んできた。そんな要求に屈するものかと念を込め、睨み返す。唐突に始まるにらめっこ。さあ勝負よ、とじっと見つめ合う。
……あ、やっぱこれ無理勝てないメリーの上目遣いとか反則でしょお酒入っているせいか白い頬がほんのり赤くなっているし大きな目が潤んで長い睫毛が光っているしでとにかく参りました私の負けです――
耐え切れない、と目を逸らして嘆息する。
「それじゃあ、よろしくね?」
私の降参に、メリーは満足げに頷いた。
そういうわけで、話は冒頭に戻る。
「そもそも罵ってほしいとか変態じゃないの? 見損なったわ」
「ごめんなさい、蓮子」
「謝るだけなら豚でもできるって言ったでしょ。耳ついてるの? あぁ、変態な目ばっかり発達させちゃって、そっちに栄養が行ってないのね」
私は脳をフル回転させて罵倒の語彙を引き出し、メリーはそれに平身低頭で謝り続ける。傍から見たり聞いたりすれば通報されてもおかしくない状況だが、幸いにもこの部屋は防音設備が整っているのできっと大丈夫だろう。というか、そうでないと流石にしないし。
「『ごめんなさい』以外の言葉も知ってるでしょ? 何度も同じこと言われても全然気持ちが伝わってこないのよ。ねぇ」
「……ありがとうございます」
「はぁ?」
「ありがとう蓮子!」
「やっと絞り出した言葉がそれ? 罵倒されて感謝するとか、いよいよ救えないわね」
「ありがとうございます!」
最早五体投地と言っても差し支えない体勢で、メリーはくぐもった感激の声を上げていた。
「あはっ、メリーってば、そんなに変態さんだったんだぁ…………本当、気持ち悪い」
出来る限り冷徹な目を作ってみる。メリーの身体が僅かに震えた。
「ねぇ、メリー、嬉しいの? 私に散々貶されて愉しい?」
なんだか私まで気持ちよくなってきたかもしれない。まるで私に別の人格が宿ったかのように、次々と口を衝いて台詞が出てきた。
「でも、喜んでいるんじゃあ、罵倒にはならないか」
私の言葉に、メリーがせがむように顔を上げた。
「たまには褒めてあげましょう。はーいよしよし、メリーさんはすごいですねー。辱められて喜べるのは、メリーくらいですよー。えらいえらい」
メリーは嬉しいのか悲しいのか微妙な表情を浮かべて震えている。どこまでも嘲笑するような口調で褒め殺し。このパターンは、果たしてメリーの趣味に合っているのだろうか?
「メリーさんは可愛らしくていいわねぇ。スタイルもいいし、男の子にもよくモテるんだろうなぁ、羨ましいわ」
「ごめんなさい蓮子! やっぱり罵って! 私にもっと酷いこと言って!」
我慢できなくなったのだろうか、メリーは叫ぶ。自然と笑いがこみあげてきた。
「さっきも言ったでしょ、『ごめんなさい』は要らないって。頭の出来が悪いのね」
「ありがとうございます!」
「同じ空気を吸わないでくれる?」
「ありがとうございます!」
「目障りだから視界に入らないで」
「ありがとうございます!」
「えー、と……」
「カモン!」
「……なにがマエリベなんちゃらかんちゃらハーンよ! 贅沢な名前ね! 貴方なんてメリーでいいのよ!」
「もっと!」
「メリーの馬鹿! あほ! あんぽんたんのとんちんかん!」
「もっと!」
罵倒と感激のコールアンドレスポンス。たった二人の歪なライブ会場。ここに一つの異界が誕生する。
正直何をやっているのか自分でもよくわからないし、語彙はとうに底を見せていた。
「メリーがこんな変態だっただなんて、正直絶交したい気分だわ!」
残弾僅かで苦し紛れに言葉を放つ。
「……」
しかしメリーの応えが聞こえない。
「口も利けなくなったの?」
「……ごめん、なさい」
絞り出すような声。
「だからそれはもう――」
「ごめんなさい蓮子、嫌いにならないで。私が悪かったから」
メリーの呟きは真に迫っている。明らかに様子がおかしい。そっと窺い見ると、メリーの頬には涙が伝っていた。
「えっ、あっ、ごめん、メリー」
その変わりようはあまりに突然で、私はみっともなく狼狽えるほかなかった。
「ごめんね、メリー。つい、調子に乗っちゃって。言い過ぎだったね」
「わたっ、私は、蓮子と絶交なんて、したくないよ……」
消え入るように訴えるメリー。泣かせてしまったという罪悪感が、私の心をひどく穿つ。
「全部、嘘だから。私はメリーのこと好きだから、ね? 私が悪かったって」
今日はメリーの誕生日だから、決して悪い思い出にはしたくない。その一心で言葉を重ねる。ごめんねメリー、好きだよ、と。
「でも、私は、実際駄目人間だし、蓮子にはふさわしくないよね……」
それでもメリーは泣き止まずに自戒する。
「そんなことない。メリーに勝る人なんてこの世にはいないって断言できるわ」
「本当に?」
「本当よ」
訝るメリーに私は自信をもって答えた。メリーが卑屈になる必要など、どうして存在するだろうか。
「……ありがとう、蓮子」
そっと零される言葉。
「どういたしまして」
泣きはらした横顔を眺めながらそう返す。メリーはまだ俯いたままだ。
「ねぇ、顔を上げてよ、メリー。お詫びになんでも言うこと聞いてあげるから」
我ながら甘いと思う。元々罵倒なんて私には向いてなかったのだろう。
――じゃあ。とメリーはこちらを見つめ、
「これからも、一緒にいてください」と淡く微笑んだ。
メリーが左手を伸ばすのと同時に、私は右手を差し出す。
「勿論、ずっと一緒だよ」
どちらからともなく絡まりあう二人の指。
その形は確かに、永遠の絆を誓っていた。
「ごめんなさい蓮子!」
「ごめんで済んだらなんとやら。謝るだけなら豚でもできるのよ」
罵倒と謝罪が飛び交う混沌空間。黒髪の少女が一方的に金髪の少女をなじり続ける展開。
……さて、どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
――数十分前
「お誕生日おめでとー」
「ありがとー」
とあるマンションの一室に拍手が響く。白いテーブルの上には、”Happy Birthday!”の文字が躍る食べかけのケーキと二つのシャンパングラス。高級そうなソファーには二人の女子大生が埋もれていた。
「いやぁ、メリーさんもまた一つ歳を重ねてしまいましたなぁ」
あはは、と軽快に笑う私、宇佐見蓮子と
「年上を敬いたまえよ蓮子君」
満更でもなさそうに胸を張るメリーことマエリベリー・ハーンである。
「では、メリー様のお望みを一つだけ、私めが叶えてしんぜようー」
良い加減に頭の緩んだ調子で、冗談を交し合う。
「そのお願いを百八個に増やして?」
「それは駄目」
最早テンプレと言っても過言ではないやり取りに、手で×印を作って即答してやる。メリーは唇を突きだして不満顔を見せた。
「けちねぇ」
ノータイムで素に戻るメリー。当然よ、と視線を返す。
「……あっ。それじゃあ、蓮子。私を罵倒してくれる?」
暫し考える素振りを見せた後、メリーはナイスアイディアと言わんばかりに手を叩く。申し訳ないけどちょっと何を言っているのかわからない。
そうして頭を抱えていると、
「駄目?」
メリーが顔を覗き込んできた。そんな要求に屈するものかと念を込め、睨み返す。唐突に始まるにらめっこ。さあ勝負よ、とじっと見つめ合う。
……あ、やっぱこれ無理勝てないメリーの上目遣いとか反則でしょお酒入っているせいか白い頬がほんのり赤くなっているし大きな目が潤んで長い睫毛が光っているしでとにかく参りました私の負けです――
耐え切れない、と目を逸らして嘆息する。
「それじゃあ、よろしくね?」
私の降参に、メリーは満足げに頷いた。
そういうわけで、話は冒頭に戻る。
「そもそも罵ってほしいとか変態じゃないの? 見損なったわ」
「ごめんなさい、蓮子」
「謝るだけなら豚でもできるって言ったでしょ。耳ついてるの? あぁ、変態な目ばっかり発達させちゃって、そっちに栄養が行ってないのね」
私は脳をフル回転させて罵倒の語彙を引き出し、メリーはそれに平身低頭で謝り続ける。傍から見たり聞いたりすれば通報されてもおかしくない状況だが、幸いにもこの部屋は防音設備が整っているのできっと大丈夫だろう。というか、そうでないと流石にしないし。
「『ごめんなさい』以外の言葉も知ってるでしょ? 何度も同じこと言われても全然気持ちが伝わってこないのよ。ねぇ」
「……ありがとうございます」
「はぁ?」
「ありがとう蓮子!」
「やっと絞り出した言葉がそれ? 罵倒されて感謝するとか、いよいよ救えないわね」
「ありがとうございます!」
最早五体投地と言っても差し支えない体勢で、メリーはくぐもった感激の声を上げていた。
「あはっ、メリーってば、そんなに変態さんだったんだぁ…………本当、気持ち悪い」
出来る限り冷徹な目を作ってみる。メリーの身体が僅かに震えた。
「ねぇ、メリー、嬉しいの? 私に散々貶されて愉しい?」
なんだか私まで気持ちよくなってきたかもしれない。まるで私に別の人格が宿ったかのように、次々と口を衝いて台詞が出てきた。
「でも、喜んでいるんじゃあ、罵倒にはならないか」
私の言葉に、メリーがせがむように顔を上げた。
「たまには褒めてあげましょう。はーいよしよし、メリーさんはすごいですねー。辱められて喜べるのは、メリーくらいですよー。えらいえらい」
メリーは嬉しいのか悲しいのか微妙な表情を浮かべて震えている。どこまでも嘲笑するような口調で褒め殺し。このパターンは、果たしてメリーの趣味に合っているのだろうか?
「メリーさんは可愛らしくていいわねぇ。スタイルもいいし、男の子にもよくモテるんだろうなぁ、羨ましいわ」
「ごめんなさい蓮子! やっぱり罵って! 私にもっと酷いこと言って!」
我慢できなくなったのだろうか、メリーは叫ぶ。自然と笑いがこみあげてきた。
「さっきも言ったでしょ、『ごめんなさい』は要らないって。頭の出来が悪いのね」
「ありがとうございます!」
「同じ空気を吸わないでくれる?」
「ありがとうございます!」
「目障りだから視界に入らないで」
「ありがとうございます!」
「えー、と……」
「カモン!」
「……なにがマエリベなんちゃらかんちゃらハーンよ! 贅沢な名前ね! 貴方なんてメリーでいいのよ!」
「もっと!」
「メリーの馬鹿! あほ! あんぽんたんのとんちんかん!」
「もっと!」
罵倒と感激のコールアンドレスポンス。たった二人の歪なライブ会場。ここに一つの異界が誕生する。
正直何をやっているのか自分でもよくわからないし、語彙はとうに底を見せていた。
「メリーがこんな変態だっただなんて、正直絶交したい気分だわ!」
残弾僅かで苦し紛れに言葉を放つ。
「……」
しかしメリーの応えが聞こえない。
「口も利けなくなったの?」
「……ごめん、なさい」
絞り出すような声。
「だからそれはもう――」
「ごめんなさい蓮子、嫌いにならないで。私が悪かったから」
メリーの呟きは真に迫っている。明らかに様子がおかしい。そっと窺い見ると、メリーの頬には涙が伝っていた。
「えっ、あっ、ごめん、メリー」
その変わりようはあまりに突然で、私はみっともなく狼狽えるほかなかった。
「ごめんね、メリー。つい、調子に乗っちゃって。言い過ぎだったね」
「わたっ、私は、蓮子と絶交なんて、したくないよ……」
消え入るように訴えるメリー。泣かせてしまったという罪悪感が、私の心をひどく穿つ。
「全部、嘘だから。私はメリーのこと好きだから、ね? 私が悪かったって」
今日はメリーの誕生日だから、決して悪い思い出にはしたくない。その一心で言葉を重ねる。ごめんねメリー、好きだよ、と。
「でも、私は、実際駄目人間だし、蓮子にはふさわしくないよね……」
それでもメリーは泣き止まずに自戒する。
「そんなことない。メリーに勝る人なんてこの世にはいないって断言できるわ」
「本当に?」
「本当よ」
訝るメリーに私は自信をもって答えた。メリーが卑屈になる必要など、どうして存在するだろうか。
「……ありがとう、蓮子」
そっと零される言葉。
「どういたしまして」
泣きはらした横顔を眺めながらそう返す。メリーはまだ俯いたままだ。
「ねぇ、顔を上げてよ、メリー。お詫びになんでも言うこと聞いてあげるから」
我ながら甘いと思う。元々罵倒なんて私には向いてなかったのだろう。
――じゃあ。とメリーはこちらを見つめ、
「これからも、一緒にいてください」と淡く微笑んだ。
メリーが左手を伸ばすのと同時に、私は右手を差し出す。
「勿論、ずっと一緒だよ」
どちらからともなく絡まりあう二人の指。
その形は確かに、永遠の絆を誓っていた。