サワサワサワ…
いつものように笹の葉が鳴り響く竹林
古明地こいしは、特にあてもなくその中を歩いていた
こいし「なにか落ちてないかな〜?」
竹林はごく稀だが人間の出入りがある。それ故にここには時たま変な物が落ちていたりする
迷わないよう目印として置いていくのか、たまたま落としたのか…
勿論落ちているのは道具だけでなく、人間の命そのものの時もあるようだが
…
こいし「あっなんだろコレ」
こいしは竹林の中に赤い包みを見つけた
近づいてみると思ったより大きい。何が入っているのか…
そんなことを考えていると、その包みがいきなり動き出した
少女「うぅ…あぁ…」
包みだと思ったのは人間の女の子のようだ。小学生中学年といったところか…少し幼さが見て取れる
少女「…お姉ちゃん…ここどこ…?」
こいしは反射的に周りを見渡した
彼女は無意識を司り、普通の妖怪でさえ見ることはできない
…正確には見えてはいるが、気づくことはないのだ
故にこいしは最初自分に話しかけているとは思いもしなかった
しかし周りに人はいない。あるのは竹ぐらいである
少女「ねぇねぇお姉ちゃん?」
どうやら本当に私を知覚してるようだった。人間の子どもには、稀に極端に霊力の高い者がいるという話は聞いていたが、まさか私が見えるとは思わなかった
こいし「あなた…私が見えてるの?」
少女「…うん?見えてるよ?」
こいし「そう…あなた、どこから来たか覚えてる?」
少女「…わかんない。ここがどこなのかも…」
ここまできて難だが、この少女、妙に落ち着いている。どうやらまだ半分眠気まなこのようだ
こいし「…わかった うちに連れてってあげる」
こいしの選択は正しかった
ここにいればいづれ妖怪に見つかり食べられてしまう。眠気まなこで判断力も落ちてるなら尚更だし、連れて行くのも容易である
少女「うん…ありがと…」
思惑通り、ついてきてくれた
いや、もっとも歩けないほど寝ぼけていたので、こいしが抱えて地霊殿まで持って帰ってきてしまったわけだが…
…
こいし「たっだいま〜♪」
…反応は無い。ここの地霊殿に戻るのも何ヶ月ぶりかわからない
こいし「たっだいま〜♪」
さとり「こいし!?」
反応があった この声はさとりである
さとり「7ヶ月と24日もどこいってたの!?」
…7ヶ月と24日間帰っていなかったようだ
こいし「そんなことより人間の子ども拾ったよ」
さとり「そんなことよりって…人間!?何?なんで!?」
さとりは思考が追いついていないらしいが勝手に話を進める
こいし「竹林で拾った まだ寝てるけどじき目を覚ますかも」
さとり「なんで竹林の人間の子どもなんか拾ってくるのよ」
こいし「なんとなく〜?」
「なんとなく」という時は大抵誰でも何かしらの理由があったりする。今回のこいしの場合は、少しこの子どもを可哀想に思ったからであった
こいしは基本的に1人である。竹林で1人横たわっていたこの子に、少し似通った所を感じたのだろう
さとり「…で、その子どうするのよ」
こいし「私のペットにする〜♪」
さとり「は!?」
勿論、冗談であるが、さとりは何故か真面目に受け止めてしまった。思考が回っていない証拠である
さとり「人間をペットにするとか何考えてるの!?」
こいし「ちょ、そんなに驚かなくても冗談だよ…」
さとり「…なんだ…」
どうやら本当に驚いていたようである。少しホッとしたような表情をしてさとりは続けた
さとり「それで本当はどうするつもりなのよ」
こいし「起きたら人間の里に戻してくる」
勿論最初はそんなつもりだった。でも自分が見える人間なんてそうそういない。こいしは得意の無意識を駆使して、自分の近くにこの子を置いておくことにした
…
こいしは珍しく頭を悩ましていた
この子の呼び名である
どうやら竹林で迷っていた以前のことは覚えていないらしい
とりあえず「さとり」と呼んでみたが呼ぶたびに古明地の方のさとりが反応してくるのでやめた(当たり前である)
結局自分と姉からとって「ことり」と呼んでみる 我ながらいいセンスだ
こいし「ことりは本当に何も覚えてないの?」
ことり「は、はぁ 気付いたらここに」
どうやら私と出会ったタイミングも忘れているらしい。あれだけ寝ぼけていたらわからなくはないが
こいし「…あなたは人間の里に戻りたいと思う?」
ことり「わかりません…人間の里が何なのかも、親の顔でさえも思い出せない…」
こいし「…」
こいしは悩んでいた 彼女に本当のことを告げるべきか
実はことりが目を覚ますまでの間、こいしはもう一度ことりのいた場所に戻ってみたのだ
近くを散策してみると、小さな小屋があった。ここら辺は何度か通ったことがあるがこんな所に小屋があるとは知らなかった
中を見てみる
…言葉を失った
小屋の中にはおびただしい鮮血
そして少しの生活痕と、無残な姿となった人間だったような物
部屋を散策してみると日記を見つけた
そこにはこうあった
7/26 竹林で迷ってしまった。子どもと一緒にタケノコ狩りにきて迷ってしまうとは親失格である。でも丁度いい所に小屋を見つけた。ここなら何日か過ごしてるうちに助けがくるだろう
日記はこれだけだった
どうやらこれを書いた次の日には妖怪か何かに襲われたようだった
察するに、子どもだけは逃したかったのだろう なんとか妖怪の目を盗んで子どもは逃したが、両親はそのままやられてしまった…といった所だろうか
でもこのままではことりが倒れていた理由が分からないが、恐らく迷ってしまった際に歩き疲れ、その夜中に襲われたので十分に眠れていなかった…というのが妥当な線だ
その間妖怪に襲われなかったのは、ことりの持つ強大な霊力のおかげだろう
どちらにせよことりの両親は亡くなっている
そのせいもあってか、こいしはことりを側に置いておくことにしたのだった
…
こいし「ことり〜ご飯だよ〜♪」
ことり「あ、ありがとうございます」
ことりは基本的にはこいしの部屋にいる。無意識のベールを纏っているから他の者には見つかりはしないのだがことり自身が出ようとはしなかった
故に食事はこいしが持ってくるしかないのだが、こいしは少しこの時間を楽しみにしていた
ことり「はぐっ、はぐっ」
このことりの食べ方に、こいしは異様に和まされていたのだ
いかんいかん…と思いつつも見てニヤついてしまう自分が悲しい
やがてことりが食べ終わると、自分の分を食べていないことに気づき、急いで食事を口にかきこんで食器を片す
地霊殿ではさとりのペットがメイドの役割を果たす。実は人型のペットはお燐やお空だけではないので、家事全般はそれで回っているらしい。が、大抵はアホの子達なので食事オーダーを一人分増やしても気づかなかったようだ
ことりも最初は戸惑っていたが、今では普通に食事を摂ってくれるようになった。
…
こいし「ことり、地上に出てみない?」
こいしはよく放浪しているので、地霊殿の中で最も地上の世界に詳しい。故に地上の楽しさを知っているのだ。最近引きこもりがちで口の少なくなってきたことりを楽しませようという寸断だった
ことり「嫌です」
大方予想通りの反応
ことり「私はここで生きているだけで十分です」
ここにして1ヶ月は経つだろうか。少しばかり態度が大きくなってきた
ここらで少し灸を据えないといけない
こいし「そ、じゃあ私は外にいるから」
こいしが部屋の扉を閉める。同時に無意識のベールをことりから取り去った
ことり「えっ、ちょっと!」
ことりは知っていた。ここでペットらに見つかればどうなるか
ことり「こいしさん!ベール外れてます!このままじゃ!」
こいしは無視。ことりは部屋にいる間はある程度安全だが、トイレに行く際や図書館に本を取りに行く際には部屋の外に出ないといけないのだ
ことりは早くも焦っていた。さっきから少し尿意を感じていたのだ。しかし大声は逆に気付かれる原因になる。矛盾した思考でことりは早くも限界を感じていた
ことり「こ、こいしさん!まだいるんでしょ!?冗談はやめて!」
こいしは無視を続ける。ことりが自ら扉を開けて外に出ることを狙っていた
だがことりが出てこない。ここまでは想定内。命の危険を少しは感じて頂かないと目的は達成できないからだ
暫くして、こいしの狙い通りことりが自ら扉を開けて顔を覗かせた。同時にこいしが無意識のベールを被せる
ことり「こいしさん酷いですよ!意地悪するなんて!」
こいし「少しはわかったでしょう?私のいうこと聞かないとどうなるか」
ことり「うぅ…」
だが1度で外に出れた根性だけは見上げたものだった。普通なら尿意よりも恐怖心が上回って出てはこれないかもしれないと思っていた。素質はあるのかもしれない
ことり「あの…トイレ…」
忘れていた この子そろそろ限界なのだ
…
1度外に出たことが引き金となったのか、最近ことりは地霊殿の中を歩き回っている。無意識のベールのおかげで見えはしていないが、ペットらは少し感づいてきているようだ。幽霊が出る噂がそこらで立ち始めている
ことりもここにきて半年が経つが、未ださとりにすら見つかっていない。本当にこの能力、恐ろしいものである
さとり「ねぇお燐?」
お燐「なんでしょうか」
さとり「最近妙なことが起こるのだけど、例えば私の部屋の本が消えてたり、クローゼットの中がぐちゃぐちゃになってたり」
お燐「さとり様まで幽霊騒動に乗っかってるんですか?バカバカしいですねぇ」
さとり「本当なんだって…」
…成る程、最近やたら難しい本を持ってきたり、さとりのような服を着ていたのはそのせいか
…
ことり「こいしさん、私地上に出てみたい」
こいし「え!?」
ついに地上に興味を持ち始めたようだ
以前は外にすら出たがらなかったのに気分屋な子だ
こいし「いいわよ。付いてきて」
こいしはあっさり外に出すことを認めた。地上は楽しい。そのことをことりにも知って欲しかった
だが実のところ、こいしは少し迷っていた
外に出すことが、本当にこの子の為になるのか考えていた
ことりは両親を失っている。そのことを気付かれれば、ことり自身の精神が滅入る可能性があった
だがこいしはことりを外に出すことにした。気付いたら気付いたで、それはことり自身への教訓になりうると思ったのだった
だがそんな心配をよそに、ことりは地上の世界を楽しんでいた
勿論無意識のベールはとらずにいたのだが、最近は自らベールを取って触れ合いを求めているようだった
ことり「あっ!この花なんて言うんですか?」
白い花弁に黄色い雄花。70〜80cmほどの高さに小柄な花が咲いている
ポピー、日本語で言えば雛罌粟(ひなげし)だ
花言葉は「忘却」。ことりに相応しいような花だった
こいしは花を何本か摘み取り、地霊殿へ持って帰ることにした
ことりはその間に、先にある向日葵畑に向かおうとしていたが全力で止めた
向日葵畑には恐ろしい妖怪が住んでいる。花を傷つけでもしたら、いくらこいしでも庇いきれない
少し残念そうなことりだがこればかりは我慢していただこう
…
ことりが地霊殿に来てから1年程経っただろうか
いつの間にかさとりには正体を知られ、幽霊騒動もこの子のせいだと既にバレていた
いつからバレていたのか分からないが、さとりが変に追い出そうとしなくて助かった
この調子だと地霊殿中にことりの存在が知られるのも時間の問題だろう。こいしとしては、ペットの動物まで話が広がれば、ベールを被せる必要が無くなった…というだけの話だった
ことり「こいしさーん!見てくださいこれー!」
ことりは地霊殿で花の栽培を始めたらしい。どうやって日光を手に入れたのか聞いてみたら、お空の人工太陽を使ったそうだ
ことり「綺麗なポピーでしょう?」
ことりはどうやら、こいしが持ち帰ったポピーを植え直しているようだ
こいし自身は花は嫌いではない。むしろ好む傾向にはあるが、まさか部屋の中に花壇を作られるとは思わなかった
なんでここに植えたのか聞いてみると、「なんとなく」と言われた。
だがことりには隠れた思いがあった。こいしに花を見て楽しんでもらいたい、そう思って作った花壇だった
こいしはそんな思いはつゆ知らず、苦笑いしかできなかった。だが、この花壇を取り壊す気も、さらさら無かった
…
こいし「ことり〜ご飯だよ〜」
いつものように話しかけるが、反応が無い
こいし「ことり〜?」
ことり「あぁはい!なんでしょう?」
こいし「ご飯だよ」
ことり「あ、ありがとうございます。ぼーっとしていたもので…」
こいし「そう、ご飯は食べなきゃだめよ?」
ことり「はい、すいません」
ことりは最近反応が鈍くなっていた
ここ地霊殿に来て2年余り、ことりも成長しているようで、少し大人びた雰囲気を醸し出していたのだが、こいしの反応に1テンポ遅れて反応するなど、不自然な兆候が見られた
体の調子でも悪いのかと問いただすが何もないと言い張る
思い切って、「もしかして生理?」と尋ねたら平手打ちされた。そんなに怒らなくてもいいのに…
…ことり自身も自分の不調に気づいていないワケでは無かった。体が重く、ぼーっとしていることが多くなっている
趣味の園芸は続けているが、水やりすら気だるいことがしばしばある
さらに、理由はわからないが最近こいしの気配を感じられなくなっていた。さとりや他のペットなら、声をかけられたらすぐ反応できる。なのにこいしに限っては即座に対応できなくなってしまっているのだ
こいしはそのことも薄々気づいてはいた。理由はわからなかったが、思い当たる節はあった
ー霊力の低下ー…
人間の子どもには、稀に極端に霊力の高い者がいる
そう、霊力の強さが維持できるのは子どもの間だけなのだ
ことりが大人になるにつれ、霊力は低下していく。この霊力は、周りの妖怪から発せられる妖気を跳ね返したり、見えないはずのものを見ることができるようになるといった人間外れの能力を、保持した人間に与えることができる
その霊力が弱っている…となれば、ことりがこの地霊殿…いや、幻想郷にいることすら危うくなってくる
地霊殿の協力を仰げば、この先この地霊殿にことりを住まわせることも可能だろう
だがことりが今までより危険な状況になるのは確かだ
安全に住まわせるなら人間の里に送ってあげる方が確実であった
だがそれより問題なことが一つあるのだ。こいしの存在を忘れてしまわないか…ということである
ことりは霊力の強さがあってこそ、こいしのことを知覚できていたのだ
つまり霊力を失えばこいしの存在を忘れかねない
珍しく自分を知覚できる人間に会えたというのに、それがもうできなくなってきている…そのことがこいしを苦しめていた
…
日を追うごとにことりの霊力は落ちていっている
もうこいしの知覚すら危うい
体も大分不調をきたしているようだった
永遠亭に頼んで、妖気によって起こる不調を抑える薬は出してもらっているがそれも限界に近い
生身の人間には、地霊殿の周りでうろうろする妖怪の妖気でさえ障害になりかねないのだろう
そのことは、こいしだけでなくさとりや他のペットも気にかけ始めていた
さとりは地上に協力を仰いで、地霊殿の周りに結界を張ってもらった。これで妖気はかなり軽減される。少し不便だが、ことりの為であった
それだけ、ことりは地霊殿の皆に愛される存在となっていたのだ
結界のおかげでことりは大分体調を戻していた。が、同時にこいしの知覚は、ほぼできなくなっていた
さらにことりは大好きな地上散策もできなくなってしまった。霊力がほぼ失われた今、外に出るのは危険すぎるのだ
…
こいしは決めた
ことりを人間の里に戻そう
そうすれば今までより楽に過ごすことができるだろう
もうことりにはこいしを知覚できる霊力は残っていない
そこでこいしは手紙を書くことにした
同じ家…同じ部屋にいるのに手紙でやりとりをするとはおかしな話である
…正確にはやりとりではない。こいしからの一方通行であり、最初で最後の手紙である
『ことりへ
これから大事なことを書きます。よく読んで下さい
あなたを人間の里に送ります 地霊殿の皆に挨拶を済ませて下さい
それから…』
こいしは手紙を書いたことが無かった
でも、知ってる限り丁寧に書いたつもりである
それをことりの机に置いた
戻ってきたことりは手紙に気づいた。良かった、まさか手紙にまで無意識の能力が引っかかるのではないかと心配していたが、そうでもなかったようだ
ことりはそれを読んで、少し困った顔をして、暫くしてから部屋を出ていった。さとりに相談にでも行くのだろうか
ことりは案の定、さとりに手紙を見せた。さとりは少し驚いた顔で、ことりについてきたこいしに目をやる
少し考えた表情をした後、さとりはことりに説明しだした
ことりは嫌がったが、さとりの真摯な態度と手紙の内容の重さに、思ったより早く折れてくれたようだ
…
ことりが目覚めた時、そこは人間の里だった
妙に体が軽かった
確か…お母さん達とタケノコ狩りにいって…あれ…何か長い間違うところにいた気がするけど…
ことりは記憶を消されていた
それはこいしからの、最後のプレゼントのつもりだった
でも、そのプレゼントはこいしによって台無しとなった
ー手紙…?
ことりは手紙を持ったままだった
その手紙にはこうあった
『ことりへ
これから大事なことを書きます。よく読んで下さい
あなたを人間の里に送ります 地霊殿の皆に挨拶を済ませて下さい
それから…
あなたには両親がいたことだけは、忘れてはいけません
強く生きて下さい
こいし』
ことりには最初意味がわからなかった
だが、最後まで意味はわからなかった
でも何故か、一筋だけ、頰に涙が流れるのを感じた…
…
こいし「ことりは人間の里に受け入れられたかなぁー?」
さとり「さぁね 最初は大変かもしれないけど…」
こいし「…あれで良かったんだよね」
さとり「…えぇ、あれが人間のあるべき姿です」
こいし「…うん」
さとりは知っていた
こいしが密かに泣いていたことを。こいしが泣いている所なんて初めて見た
でもさとりは少し嬉しかった
こいしがそんな感情を持つようになったということは、あの閉ざされたサードアイの開く日が、そう遠くないことを意味しているからかもしれない
こいしの部屋の隅で、色とりどりのポピー達が、静かに輝いていた
いつものように笹の葉が鳴り響く竹林
古明地こいしは、特にあてもなくその中を歩いていた
こいし「なにか落ちてないかな〜?」
竹林はごく稀だが人間の出入りがある。それ故にここには時たま変な物が落ちていたりする
迷わないよう目印として置いていくのか、たまたま落としたのか…
勿論落ちているのは道具だけでなく、人間の命そのものの時もあるようだが
…
こいし「あっなんだろコレ」
こいしは竹林の中に赤い包みを見つけた
近づいてみると思ったより大きい。何が入っているのか…
そんなことを考えていると、その包みがいきなり動き出した
少女「うぅ…あぁ…」
包みだと思ったのは人間の女の子のようだ。小学生中学年といったところか…少し幼さが見て取れる
少女「…お姉ちゃん…ここどこ…?」
こいしは反射的に周りを見渡した
彼女は無意識を司り、普通の妖怪でさえ見ることはできない
…正確には見えてはいるが、気づくことはないのだ
故にこいしは最初自分に話しかけているとは思いもしなかった
しかし周りに人はいない。あるのは竹ぐらいである
少女「ねぇねぇお姉ちゃん?」
どうやら本当に私を知覚してるようだった。人間の子どもには、稀に極端に霊力の高い者がいるという話は聞いていたが、まさか私が見えるとは思わなかった
こいし「あなた…私が見えてるの?」
少女「…うん?見えてるよ?」
こいし「そう…あなた、どこから来たか覚えてる?」
少女「…わかんない。ここがどこなのかも…」
ここまできて難だが、この少女、妙に落ち着いている。どうやらまだ半分眠気まなこのようだ
こいし「…わかった うちに連れてってあげる」
こいしの選択は正しかった
ここにいればいづれ妖怪に見つかり食べられてしまう。眠気まなこで判断力も落ちてるなら尚更だし、連れて行くのも容易である
少女「うん…ありがと…」
思惑通り、ついてきてくれた
いや、もっとも歩けないほど寝ぼけていたので、こいしが抱えて地霊殿まで持って帰ってきてしまったわけだが…
…
こいし「たっだいま〜♪」
…反応は無い。ここの地霊殿に戻るのも何ヶ月ぶりかわからない
こいし「たっだいま〜♪」
さとり「こいし!?」
反応があった この声はさとりである
さとり「7ヶ月と24日もどこいってたの!?」
…7ヶ月と24日間帰っていなかったようだ
こいし「そんなことより人間の子ども拾ったよ」
さとり「そんなことよりって…人間!?何?なんで!?」
さとりは思考が追いついていないらしいが勝手に話を進める
こいし「竹林で拾った まだ寝てるけどじき目を覚ますかも」
さとり「なんで竹林の人間の子どもなんか拾ってくるのよ」
こいし「なんとなく〜?」
「なんとなく」という時は大抵誰でも何かしらの理由があったりする。今回のこいしの場合は、少しこの子どもを可哀想に思ったからであった
こいしは基本的に1人である。竹林で1人横たわっていたこの子に、少し似通った所を感じたのだろう
さとり「…で、その子どうするのよ」
こいし「私のペットにする〜♪」
さとり「は!?」
勿論、冗談であるが、さとりは何故か真面目に受け止めてしまった。思考が回っていない証拠である
さとり「人間をペットにするとか何考えてるの!?」
こいし「ちょ、そんなに驚かなくても冗談だよ…」
さとり「…なんだ…」
どうやら本当に驚いていたようである。少しホッとしたような表情をしてさとりは続けた
さとり「それで本当はどうするつもりなのよ」
こいし「起きたら人間の里に戻してくる」
勿論最初はそんなつもりだった。でも自分が見える人間なんてそうそういない。こいしは得意の無意識を駆使して、自分の近くにこの子を置いておくことにした
…
こいしは珍しく頭を悩ましていた
この子の呼び名である
どうやら竹林で迷っていた以前のことは覚えていないらしい
とりあえず「さとり」と呼んでみたが呼ぶたびに古明地の方のさとりが反応してくるのでやめた(当たり前である)
結局自分と姉からとって「ことり」と呼んでみる 我ながらいいセンスだ
こいし「ことりは本当に何も覚えてないの?」
ことり「は、はぁ 気付いたらここに」
どうやら私と出会ったタイミングも忘れているらしい。あれだけ寝ぼけていたらわからなくはないが
こいし「…あなたは人間の里に戻りたいと思う?」
ことり「わかりません…人間の里が何なのかも、親の顔でさえも思い出せない…」
こいし「…」
こいしは悩んでいた 彼女に本当のことを告げるべきか
実はことりが目を覚ますまでの間、こいしはもう一度ことりのいた場所に戻ってみたのだ
近くを散策してみると、小さな小屋があった。ここら辺は何度か通ったことがあるがこんな所に小屋があるとは知らなかった
中を見てみる
…言葉を失った
小屋の中にはおびただしい鮮血
そして少しの生活痕と、無残な姿となった人間だったような物
部屋を散策してみると日記を見つけた
そこにはこうあった
7/26 竹林で迷ってしまった。子どもと一緒にタケノコ狩りにきて迷ってしまうとは親失格である。でも丁度いい所に小屋を見つけた。ここなら何日か過ごしてるうちに助けがくるだろう
日記はこれだけだった
どうやらこれを書いた次の日には妖怪か何かに襲われたようだった
察するに、子どもだけは逃したかったのだろう なんとか妖怪の目を盗んで子どもは逃したが、両親はそのままやられてしまった…といった所だろうか
でもこのままではことりが倒れていた理由が分からないが、恐らく迷ってしまった際に歩き疲れ、その夜中に襲われたので十分に眠れていなかった…というのが妥当な線だ
その間妖怪に襲われなかったのは、ことりの持つ強大な霊力のおかげだろう
どちらにせよことりの両親は亡くなっている
そのせいもあってか、こいしはことりを側に置いておくことにしたのだった
…
こいし「ことり〜ご飯だよ〜♪」
ことり「あ、ありがとうございます」
ことりは基本的にはこいしの部屋にいる。無意識のベールを纏っているから他の者には見つかりはしないのだがことり自身が出ようとはしなかった
故に食事はこいしが持ってくるしかないのだが、こいしは少しこの時間を楽しみにしていた
ことり「はぐっ、はぐっ」
このことりの食べ方に、こいしは異様に和まされていたのだ
いかんいかん…と思いつつも見てニヤついてしまう自分が悲しい
やがてことりが食べ終わると、自分の分を食べていないことに気づき、急いで食事を口にかきこんで食器を片す
地霊殿ではさとりのペットがメイドの役割を果たす。実は人型のペットはお燐やお空だけではないので、家事全般はそれで回っているらしい。が、大抵はアホの子達なので食事オーダーを一人分増やしても気づかなかったようだ
ことりも最初は戸惑っていたが、今では普通に食事を摂ってくれるようになった。
…
こいし「ことり、地上に出てみない?」
こいしはよく放浪しているので、地霊殿の中で最も地上の世界に詳しい。故に地上の楽しさを知っているのだ。最近引きこもりがちで口の少なくなってきたことりを楽しませようという寸断だった
ことり「嫌です」
大方予想通りの反応
ことり「私はここで生きているだけで十分です」
ここにして1ヶ月は経つだろうか。少しばかり態度が大きくなってきた
ここらで少し灸を据えないといけない
こいし「そ、じゃあ私は外にいるから」
こいしが部屋の扉を閉める。同時に無意識のベールをことりから取り去った
ことり「えっ、ちょっと!」
ことりは知っていた。ここでペットらに見つかればどうなるか
ことり「こいしさん!ベール外れてます!このままじゃ!」
こいしは無視。ことりは部屋にいる間はある程度安全だが、トイレに行く際や図書館に本を取りに行く際には部屋の外に出ないといけないのだ
ことりは早くも焦っていた。さっきから少し尿意を感じていたのだ。しかし大声は逆に気付かれる原因になる。矛盾した思考でことりは早くも限界を感じていた
ことり「こ、こいしさん!まだいるんでしょ!?冗談はやめて!」
こいしは無視を続ける。ことりが自ら扉を開けて外に出ることを狙っていた
だがことりが出てこない。ここまでは想定内。命の危険を少しは感じて頂かないと目的は達成できないからだ
暫くして、こいしの狙い通りことりが自ら扉を開けて顔を覗かせた。同時にこいしが無意識のベールを被せる
ことり「こいしさん酷いですよ!意地悪するなんて!」
こいし「少しはわかったでしょう?私のいうこと聞かないとどうなるか」
ことり「うぅ…」
だが1度で外に出れた根性だけは見上げたものだった。普通なら尿意よりも恐怖心が上回って出てはこれないかもしれないと思っていた。素質はあるのかもしれない
ことり「あの…トイレ…」
忘れていた この子そろそろ限界なのだ
…
1度外に出たことが引き金となったのか、最近ことりは地霊殿の中を歩き回っている。無意識のベールのおかげで見えはしていないが、ペットらは少し感づいてきているようだ。幽霊が出る噂がそこらで立ち始めている
ことりもここにきて半年が経つが、未ださとりにすら見つかっていない。本当にこの能力、恐ろしいものである
さとり「ねぇお燐?」
お燐「なんでしょうか」
さとり「最近妙なことが起こるのだけど、例えば私の部屋の本が消えてたり、クローゼットの中がぐちゃぐちゃになってたり」
お燐「さとり様まで幽霊騒動に乗っかってるんですか?バカバカしいですねぇ」
さとり「本当なんだって…」
…成る程、最近やたら難しい本を持ってきたり、さとりのような服を着ていたのはそのせいか
…
ことり「こいしさん、私地上に出てみたい」
こいし「え!?」
ついに地上に興味を持ち始めたようだ
以前は外にすら出たがらなかったのに気分屋な子だ
こいし「いいわよ。付いてきて」
こいしはあっさり外に出すことを認めた。地上は楽しい。そのことをことりにも知って欲しかった
だが実のところ、こいしは少し迷っていた
外に出すことが、本当にこの子の為になるのか考えていた
ことりは両親を失っている。そのことを気付かれれば、ことり自身の精神が滅入る可能性があった
だがこいしはことりを外に出すことにした。気付いたら気付いたで、それはことり自身への教訓になりうると思ったのだった
だがそんな心配をよそに、ことりは地上の世界を楽しんでいた
勿論無意識のベールはとらずにいたのだが、最近は自らベールを取って触れ合いを求めているようだった
ことり「あっ!この花なんて言うんですか?」
白い花弁に黄色い雄花。70〜80cmほどの高さに小柄な花が咲いている
ポピー、日本語で言えば雛罌粟(ひなげし)だ
花言葉は「忘却」。ことりに相応しいような花だった
こいしは花を何本か摘み取り、地霊殿へ持って帰ることにした
ことりはその間に、先にある向日葵畑に向かおうとしていたが全力で止めた
向日葵畑には恐ろしい妖怪が住んでいる。花を傷つけでもしたら、いくらこいしでも庇いきれない
少し残念そうなことりだがこればかりは我慢していただこう
…
ことりが地霊殿に来てから1年程経っただろうか
いつの間にかさとりには正体を知られ、幽霊騒動もこの子のせいだと既にバレていた
いつからバレていたのか分からないが、さとりが変に追い出そうとしなくて助かった
この調子だと地霊殿中にことりの存在が知られるのも時間の問題だろう。こいしとしては、ペットの動物まで話が広がれば、ベールを被せる必要が無くなった…というだけの話だった
ことり「こいしさーん!見てくださいこれー!」
ことりは地霊殿で花の栽培を始めたらしい。どうやって日光を手に入れたのか聞いてみたら、お空の人工太陽を使ったそうだ
ことり「綺麗なポピーでしょう?」
ことりはどうやら、こいしが持ち帰ったポピーを植え直しているようだ
こいし自身は花は嫌いではない。むしろ好む傾向にはあるが、まさか部屋の中に花壇を作られるとは思わなかった
なんでここに植えたのか聞いてみると、「なんとなく」と言われた。
だがことりには隠れた思いがあった。こいしに花を見て楽しんでもらいたい、そう思って作った花壇だった
こいしはそんな思いはつゆ知らず、苦笑いしかできなかった。だが、この花壇を取り壊す気も、さらさら無かった
…
こいし「ことり〜ご飯だよ〜」
いつものように話しかけるが、反応が無い
こいし「ことり〜?」
ことり「あぁはい!なんでしょう?」
こいし「ご飯だよ」
ことり「あ、ありがとうございます。ぼーっとしていたもので…」
こいし「そう、ご飯は食べなきゃだめよ?」
ことり「はい、すいません」
ことりは最近反応が鈍くなっていた
ここ地霊殿に来て2年余り、ことりも成長しているようで、少し大人びた雰囲気を醸し出していたのだが、こいしの反応に1テンポ遅れて反応するなど、不自然な兆候が見られた
体の調子でも悪いのかと問いただすが何もないと言い張る
思い切って、「もしかして生理?」と尋ねたら平手打ちされた。そんなに怒らなくてもいいのに…
…ことり自身も自分の不調に気づいていないワケでは無かった。体が重く、ぼーっとしていることが多くなっている
趣味の園芸は続けているが、水やりすら気だるいことがしばしばある
さらに、理由はわからないが最近こいしの気配を感じられなくなっていた。さとりや他のペットなら、声をかけられたらすぐ反応できる。なのにこいしに限っては即座に対応できなくなってしまっているのだ
こいしはそのことも薄々気づいてはいた。理由はわからなかったが、思い当たる節はあった
ー霊力の低下ー…
人間の子どもには、稀に極端に霊力の高い者がいる
そう、霊力の強さが維持できるのは子どもの間だけなのだ
ことりが大人になるにつれ、霊力は低下していく。この霊力は、周りの妖怪から発せられる妖気を跳ね返したり、見えないはずのものを見ることができるようになるといった人間外れの能力を、保持した人間に与えることができる
その霊力が弱っている…となれば、ことりがこの地霊殿…いや、幻想郷にいることすら危うくなってくる
地霊殿の協力を仰げば、この先この地霊殿にことりを住まわせることも可能だろう
だがことりが今までより危険な状況になるのは確かだ
安全に住まわせるなら人間の里に送ってあげる方が確実であった
だがそれより問題なことが一つあるのだ。こいしの存在を忘れてしまわないか…ということである
ことりは霊力の強さがあってこそ、こいしのことを知覚できていたのだ
つまり霊力を失えばこいしの存在を忘れかねない
珍しく自分を知覚できる人間に会えたというのに、それがもうできなくなってきている…そのことがこいしを苦しめていた
…
日を追うごとにことりの霊力は落ちていっている
もうこいしの知覚すら危うい
体も大分不調をきたしているようだった
永遠亭に頼んで、妖気によって起こる不調を抑える薬は出してもらっているがそれも限界に近い
生身の人間には、地霊殿の周りでうろうろする妖怪の妖気でさえ障害になりかねないのだろう
そのことは、こいしだけでなくさとりや他のペットも気にかけ始めていた
さとりは地上に協力を仰いで、地霊殿の周りに結界を張ってもらった。これで妖気はかなり軽減される。少し不便だが、ことりの為であった
それだけ、ことりは地霊殿の皆に愛される存在となっていたのだ
結界のおかげでことりは大分体調を戻していた。が、同時にこいしの知覚は、ほぼできなくなっていた
さらにことりは大好きな地上散策もできなくなってしまった。霊力がほぼ失われた今、外に出るのは危険すぎるのだ
…
こいしは決めた
ことりを人間の里に戻そう
そうすれば今までより楽に過ごすことができるだろう
もうことりにはこいしを知覚できる霊力は残っていない
そこでこいしは手紙を書くことにした
同じ家…同じ部屋にいるのに手紙でやりとりをするとはおかしな話である
…正確にはやりとりではない。こいしからの一方通行であり、最初で最後の手紙である
『ことりへ
これから大事なことを書きます。よく読んで下さい
あなたを人間の里に送ります 地霊殿の皆に挨拶を済ませて下さい
それから…』
こいしは手紙を書いたことが無かった
でも、知ってる限り丁寧に書いたつもりである
それをことりの机に置いた
戻ってきたことりは手紙に気づいた。良かった、まさか手紙にまで無意識の能力が引っかかるのではないかと心配していたが、そうでもなかったようだ
ことりはそれを読んで、少し困った顔をして、暫くしてから部屋を出ていった。さとりに相談にでも行くのだろうか
ことりは案の定、さとりに手紙を見せた。さとりは少し驚いた顔で、ことりについてきたこいしに目をやる
少し考えた表情をした後、さとりはことりに説明しだした
ことりは嫌がったが、さとりの真摯な態度と手紙の内容の重さに、思ったより早く折れてくれたようだ
…
ことりが目覚めた時、そこは人間の里だった
妙に体が軽かった
確か…お母さん達とタケノコ狩りにいって…あれ…何か長い間違うところにいた気がするけど…
ことりは記憶を消されていた
それはこいしからの、最後のプレゼントのつもりだった
でも、そのプレゼントはこいしによって台無しとなった
ー手紙…?
ことりは手紙を持ったままだった
その手紙にはこうあった
『ことりへ
これから大事なことを書きます。よく読んで下さい
あなたを人間の里に送ります 地霊殿の皆に挨拶を済ませて下さい
それから…
あなたには両親がいたことだけは、忘れてはいけません
強く生きて下さい
こいし』
ことりには最初意味がわからなかった
だが、最後まで意味はわからなかった
でも何故か、一筋だけ、頰に涙が流れるのを感じた…
…
こいし「ことりは人間の里に受け入れられたかなぁー?」
さとり「さぁね 最初は大変かもしれないけど…」
こいし「…あれで良かったんだよね」
さとり「…えぇ、あれが人間のあるべき姿です」
こいし「…うん」
さとりは知っていた
こいしが密かに泣いていたことを。こいしが泣いている所なんて初めて見た
でもさとりは少し嬉しかった
こいしがそんな感情を持つようになったということは、あの閉ざされたサードアイの開く日が、そう遠くないことを意味しているからかもしれない
こいしの部屋の隅で、色とりどりのポピー達が、静かに輝いていた
セリフの前には何も言いませんがねぇ
内容は面白いのでこれからに期待して70にしときます
三点リーダー…や記号の後ろのスペースなど体裁面で直していけるところをまずは直しましょうか。
それだけでもだいぶ読みやすくなります。
句読点も読ませる上ではあるといいでしょう。
お話自体は光るものを感じました。
これからに期待しています
創想話の他の作品をたくさん読んで、ここがどういうところなのか掴んでから再び投稿するといいと思います。