最近、幻想郷に都市伝説が蔓延している。
そう気づいたのは魔理沙が人里の貸本屋、鈴奈庵の店主の娘を連れて鑑定の依頼をしに来てからのこと。別段、あれ以降鈴奈庵の娘や魔理沙が特別何かしたわけではない。ただ、そうあれがきっかけなのかわからないが――ボールのような何かが何の前触れもなく店に置かれていた。
僕の能力によって鑑定されるそいつの名称は、オカルトボール。用途は黄泉比良坂を作る。名前や用途に関してはひとまず置いておくとして、問題はどうしてそんなものが香霖堂に置かれているのか、だ。最近話題になっている都市伝説の噂と、何か関係があるのだろうか?
だが待てよ、先日の新聞では最近現れた仙人が全て集めたという記事があった気がする。全てというのを指す通り、オカルトボールは複数の存在が予想できる。それに先日魔理沙が魔理沙買いを発揮して持っていった道具があったが、思い返せばオカルトボールじゃなかっただろうか。この時点で一つだけではないと判断できよう。そうだとしても、魔理沙はあれ以降は店に来ていないので詳しいことを聞く事もできない。
とりあえず今日はひとしきり考えて、それでも気になったら魔理沙の所にでも行――
「――!!」
「!!――」
そんなことを考えていると、突然に香霖堂が明るくなった。太陽以外の光が窓から差し込み、その光量で店内を覆っているのだ。光は連鎖的に途切れ、生まれ、さらに聞き慣れた弾幕の音も僅かに差し込まれている。……外で弾幕ごっこが行われているらしい。噂をすればなんとやら、店の目の前で弾幕ごっこするとなると霊夢か魔理沙だろうか?
もう少し静かに弾幕ごっこしてくれないかな、と思う僕にさらなる不意打ちが起きる。傍にあったオカルトボールがひとりでに浮かび上がり、壁を突き抜けて外へ飛んでいったのだ。壁抜けの力でもあったのか、それともオカルトボールが心理の層へ働きかけた幻覚だったのか、壁自体に穴などの損傷はない。まるで弾幕ごっこに誘われるように壁を通り超えていった。驚きに思考を止めている間に、扉が開かれる。
「たのもー!」
「もー!」
現れたのは、青を貴重とした服に袈裟をまとう頭巾を被った少女。
もう一人は白を貴重とした狩衣のような服と烏帽子を被った少女。
一見するといつの過去から来たのか、と思わなくもないがここは幻想郷。そんな服装をした少女も珍しくはないだろう。オカルトボールのことは気になるが、見たこともない客が二人。店主として対応させていただこう。
「いらっしゃいませ、香霖堂へようこそ。何かお探しでしょうか?」
「うむ?」
「あら?」
接客に思うところがあったのか、何故か少女二人は首を傾げて僕をじろじろと眺めている。特に烏帽子をかぶった少女は傾斜で、頭巾の少女の肩に首を置いているように見えるほどの角度だった。首痛くならないか?
「オカルトボールの気配を感じたんだけど、ないわねー。店主さん、こんなアイテム見なかった?」
頭巾を被った少女がポケットから取り出したのは、つい先程まで香霖堂にあったオカルトボールそのものだった。壁を通り抜けたと思ったら、すぐ傍で弾幕ごっこをしていたであろうこの少女が回収していたらしい。つまりこの少女らは香霖堂の道具を求めている客というわけではないようだ、残念。
「さっきまで店の中にあったけど、君たちの弾幕ごっこに釣られるように独りでに外へ飛び出していったよ。それが当のオカルトボールなんじゃないのか?」
少女の持つオカルトボールを指してその旨を伝えるが、少女の顔色は変わらない。まだ疑問がある様子だ。
「いえいえ、これは先程まで私が持っていたものなんですよ。だから新しいのが一つここにあるはずなんだけど」
「そうは言われてもね。さっきまであったけど外に飛び出していった、以外の答えは用意できないよ。しかし君達はこのボールのことを知っているようだが、なんだいこれ?」
「今都市伝説とかが色々流行っておるであろう? それらに応じて新たに現れた、簡易ミステリースポットホイホイぞ」
烏帽子の子が胸を張って説明してくれる。が、いきなり簡易ミステリースポットホイホイと言われても何のことか意味がわからない。
「君が元々持っていたのなら、隣の子が持っているんじゃないのか?」
「確かに持ってはいるが、これも元々我が持っていたものだ。この店から急に3つ目の気配を感じたので勝負を分けて尋ねた次第なのだ」
「そういうこと。さっきの戦いは引き分けだから吸収されず、お互いに一つずつなのよね」
「しかし雲居よ。そうなるとこの古びた店にあったというオカルトボールはどこへ行ったのだ?」
「店主さんが言うには外に出て行ったらしいけど、見てないわよね?」
「全然。お主こそこっそり持ち運んではあるまいな?」
「オカルトボールの気配感じ取れるんでしょう? だったらわかってよ」
「言ってみただけだ、本気にするな」
僕を無視して話し合いを始める二人。話についていけず、僕は置いて行かれるばかりだ。
「すまない、好奇心で聞くんだが君たちはオカルトボールを集めているようだね。何か理由があるのか?」
「ううん。最初は願い事が叶うって噂があったからそれを信じて集めてたんだけど、ガセだってわかったから今はそれを理由に戦ってるだけ」
「あくまで願い事に関するものがガセであって、妙な力はあるようじゃがな」
「別にどうでもいいんじゃない? 聖様や貴女の上司がなんか動いてるみたいだし、いずれ落ち着くわ。どちらが駄目でも最後に巫女が解決するって。案外、もう解決しちゃってるかも」
「それを言われてしまうと何とも言えんのだが……」
「でしょう? 私らはそれまでこのオカルトボール集めって遊びを楽しんでおけばいいのよ」
「無責任ではないか?」
「じゃあ続きやめる?」
「…………いや、やる」
「最初からそう言っときなさいな」
話から察するに、この子達は単にオカルトボールを奪い合う遊びをしているだけのようだ。その奪い合う内容が弾幕ごっこな辺りが幻想郷流だろう。しかしそうなるとオカルトボールを紛失したのはもったいなかったな。あれば適正価格で売ったものを。
(それなら僕も探してみようかな)
詳細な外見を確認しようと、雲居と呼ばれた頭巾の少女が持つオカルトボールへ目を向ける。すると、僕の目にオカルトボールの新たな用途が現れた。彼女の持つオカルトボールの用途は、八尺様を呼び起こす、とある。
八尺様。
番町更屋敷が古い歴史の中にある都市伝説ならば、八尺様は最新の都市伝説。こちらも簡単に言ってしまえば、八尺様とはある村に封印されていた、正体不明の女の姿をした怪異である。気に入った男に付き纏い、魅入った人間を数日のうちに取り殺してしまうという。特に子供が狙われやすいとされ、男のような声で「ポポポ」という不気味な笑い方をする、そうだ。
「すまない、彼女のものでなく君のオカルトボールを見せてもらえないか?」
「店主も欲しいのか? じゃがやらんぞ。それとも我との勝負を望むのか?」
「いや、単に確認したいことがあるだけなんだ」
「そうなのか? 見せるだけなら良いであろう。我は寛大だからな」
「ぷぷぷー」
「なんじゃ」
「別にー」
可笑しさをこらえられない、という具合に口元に手を当てて笑う頭巾の少女。烏帽子の子は半眼のジト目でそんな彼女を睨んでいるが、あまり迫力はない。合いの手を入れてその空気を散らし、僕は改めて烏帽子の少女のオカルトボールを見た。こちらの用途は番町皿屋敷を呼び起こす、とある。
番町皿屋敷。
江戸時代に流れた、お菊という女性だ井戸から現れ皿を数えて怨念を訴えるという怪談だ。奉公する少女の美しさを家主の奥方が妬み、罪を押し付けた。無罪にも関わらず殺された少女の恨みはやがて怨念となり、その少女を雇った家を取り潰したという、そんな話。幻想郷ならばどちらも幻想入りしている可能性が無きにしも非ず、と言ったところだろうが……不可解なのは、用途が全て違い統一されていないというもの。しかしも都市伝説と黄泉比良坂といった場所に関連性は見当たらない。これは中々に謎である。
「私らのオカルトボールがどうかしたので?」
「んー、僕は道具の名称と用途を見抜く力があるんだが、それによると君たちのオカルトボールはそれぞれ用途が違っていてね。それが気になったんだ」
「あー。外の世界の都市伝説毎に解放される力が違いますからね。ある意味、その出力の差異は『願いを叶える』とも言えるのかしら」
「このような些細なことで願いを叶える力が使われているのか? とんだ詐欺ではないか」
「仏教と道教も根本と布教の力は違うでしょう?」
「違う、全く違うぞ! 少なくとも表面上はな!」
憤然たる面持ちで烏帽子の少女が両手を上下させ、ぱたぱたと全身で不満を表現する。服の採寸が合ってないのか、手の部分が袖に隠れてしまい怒っている雰囲気をまるで感じない。代わりに甲高い少女の声が耳に痛かった。
「これでは十枚目の皿が見つからないではないか」
「見つける気あったんだ」
「当然よ。そのために我もこの戦いに参戦しているのだ。オカルトボール全てを集めてこの欠落を埋めねばならぬ」
「そこはあの太子のためって言っておきなさいよ、建前でも本音でも」
「もちろん太子様の願いを叶えてから、じゃ。我の都合はその後よ。しかし雲居よ、お主は戦いを楽しむ割にオカルトボールにはあまり興味なさそうだな?」
「そうねぇ。全部集めてもあんまり良いことないかもよ?」
「うん? なんじゃ覇気がないな」
「私の願いは過程にあって結果に興味ない、というかなくなっちゃったのよ」
「それはどういう――」
「あーすまない、雑談なら外で頼むよ」
置いてけぼりにされている気がしたので、会話を止めて乱入する。情報量に差があるせいで、会話に参加できずわかる者同士で語ってしまうためどうしても傍観者になってしまう。最低限道に沿った情報がないと考察すら出来ない。
「おっと失礼。私達のオカルトボールは解放される力が違うから当然として、店にあったのはどんな用途なんです?」
「こいつは黄泉比良坂を作る、という用途が出ているね」
「時折起こるミステリースポットのことだな。他にも見た覚えがある」
「ピラミッドやら月の都やら、外の世界の色々なところが出たわね。でも月って外の世界のものでいいのかなぁ」
「外における月は行くのは難しくないそうだが未知の多い場所らしい……って、外のもの?」
浮かんだ疑問は質問というより、口に出てしまっただけだが頭巾の少女がそれを補足してくれる。
「ほら、私らが使う都市伝説って全部外のものでしょう? オカルトボールも外の世界のものだし――」
「なんだって?」
「うおっ!」
新たな考察の材料に歓喜で目が細まり口元が歪む。その行動をどう勘違いしたのか、烏帽子の少女が咄嗟に頭巾の少女の背に隠れる。頭巾の少女もぴんと背筋を張っていた。そんなに驚くことかと思うところだが――それ以上に、僕も次の瞬間に驚かされた。
「雲山雲山、大丈夫大丈夫、驚いただけ。無警戒なところに不意を打たれただけだから、害はないわ」
いつの間にやら、僕の目の前に巨大な手があった。握り拳を作るそれはふわふわとした雲のような外見をしており、薄紅色に彩られる姿は威圧感を伴っている。長身の僕を包めるほどに巨大な腕はやがてなりをひそめ、頭巾の少女の背後へ移動する。象る姿は、年季の入った職人のような厳つい男を連想させた。
彼は頭巾の少女の言葉に頷き、すっと姿を消す。あの見越し入道を使役するとは、この少女はどうやら入道使いと判断していいだろう。
「やーごめんなさいね、あんまり脅威感じなくて里の人間と同じ程度に思っていたから気抜いちゃってて」
「多少驚いたくらいで害はないからいいさ。そちらは?」
「雲山って言うの。こう見えて昔は見越し入道してたのよ」
「今は違うのか?」
「うん、仏教に入信した見越し入道」
「確かに違うと言えば違うが、そう表現するのはなんだか……まあいいや」
「で、布都さんや。いつまで私の背に乗ってるか」
「この男が大きすぎるのだ、我がお主の肩に乗れば丁度良いであろう」
「そこ、背中です」
「間違えただけだ」
少女達のやり取りは楽しそうで突っ込むのは無粋だとは思うが、ここは間に入ることにする。この二人は霊夢と魔理沙同様にこちらから注意を呼びかけないと、そのまま二人でずっと会話をしていそうだ。僕は椅子に座り、少女達と目線が対等になるように調整して話を続けた。
「つまり、このオカルトボールの材質は外の世界の物質ということかい?」
「ん、そうですねー。多分霊験あらたかなパワーストーンってやつだと思いますよ」
「こいつは七つ以上の数が現在確認されているが、外の世界もまだまだ幻想に満ちているものよ」
ようやく頭巾の少女の背から降りながら、烏帽子の少女がうんうんと何故か得意気に頷いている。
「すまない、そのオカルトボールに少し触らせてもらっても?」
「えー」
「触るだけで取ったりなんかしないよ」
そんなことしたら即弾幕ごっこである。姿を消している見越し入道も参戦するだろうし、生憎とそんな相手を前に戦える強さは僕にはないので盛大に勘弁して欲しい。
「我のはやらんぞ?」
「話聞いてたかい?」
何を勘違いしたのか、烏帽子の少女は自分のオカルトボールを大事そうに抱えて身をくねらせた。隠しているようだが、胸元にボールが半分ほど出ていて丸見えである。
「ま、いっか。壊れることはないと思うけど、ご注意を」
「すまない、感謝する」
頭巾の少女の計らいに感謝し、僕はオカルトボールを手にとった。少女の手の平より大きめなそれは、僕からすれば丁度手の中に収まるようでいい具合だ。鉱石のような感触を持つそれは鈍い光を放っている。今は大人しいが、今までの話を聞けばこれが弾幕ごっこに応じて力を解放するのだろう。
「ふーむ。外で作られた地域に応じてパワーストーンが現場の記憶を再現する、ということだろうか。そうなると都市伝説を使うというのは構築から漏れた力の副産物なのかな?」
「つまり私達が使っているオカルトパワーは、本来ミステリースポットを作るのが本来の力だと?」
「空間を構築する力、そのための『変化』を我らが弄っているようなものであるしな」
「どうだろうね。君たちの言う通り、願いの結果で幻想の場が生まれているという可能性もありそうだが」
「外から幻想の場を生み出して何になるのだ?」
「中継地点にでもして、本場とこちらの場所を入れ替える……という考えはどうだろう」
「空間の位相か……本物と偽物を入れ替えるのかもしれぬ」
「あーいや、入れ替えはないんと思う。一方的に飛ばされるんだと思いますよ」
「何か知ってるような口ぶりだね」
「オカルトボールを入れた仏像が消えたのを見たので。本当に入れ替わるなら、あちらのものが命蓮寺に運ばれたはずです」
一方的に飛ばされる? 入れ替えではないのか。
「そうなのか? 神霊廟ではそんなことはなかったぞ。いや待て。空間に作用するのであれば、隔離されているといえ神霊廟は外よりも強きパワースポットということだな。流石は太子様だ」
「へー」
「興味なさそうだな!」
「実際そこまで興味は」
「今の今までこの店主との話に花を咲かせておったではないか。それは好奇の証左であろう」
「別に会話を合わせる程度、難しいものじゃないわよ?」
「…………え、ひょっとして我との会話も適当なのか?」
「あー、ノーコメント」
「なぬぅー?」
なぬぅー?
まあ話を流されるのは慣れている。
「とりあえずオカルトボール返しておくよ」
「あ、どうも。……別に会話が嫌だってわけじゃないのよ? お互い」
「フォローどうも」
「うぬぐぐぐぐぐ」
「でも店主さん。オカルトボールを調べたいようだけど、それなら参加したほうがより多くの情報が入ると思いますよ? 大物も参加してるから持ってる情報も確かなものがあるだろうし」
「僕は荒事は苦手でね。実際に動くより考察のほうが割にあっている」
「他の情報が少しで、大部分を己の知識で考えたものは答えにたどり着けるとは到底思わぬが?」
「なぁに、考えることが重要なのさ」
今与えられたものの中で考えるのが考察であり、それは凄く楽しいが事実ではない。考察は真実にはならない、というのは僕が何より判っていることだ。
香霖の話は空想にすぎる、と魔理沙が前に言ったことがある。
あの子にとって用途という答えがわかっているのなら思考はであり、逆算して使い方を考える僕のやり方は穴埋めの補完に見えていることだろう。それは遠回りにも映り、ショートカットや抜け道を探すのが得意な魔理沙からすれば時間の無駄に見えているのかもしれないな。実際無駄になることも多いが、あくまで一つの見方に過ぎない。僕の中では考えが無駄になったことなど、一つもないのだから。
最も、考察が楽しいからしているので魔理沙の言い方もある意味正解なのかもしれない。一つの目的地に対していくつもの道を歩けるようになれば、新たな道を進む時の手助けにもなる。そう僕の持論を説明すると、頭巾の少女が感心の声をあげた。烏帽子の少女は悩ましい、といった表情である。
ともかくもう少しオカルトボールの情報を集めようと、二人に話しかけようとしたその時だった。
『あっ!』
二人が驚きを目に宿して僕を見上げている。わけがわからず、僕は自分を指さしてみるが烏帽子の子がふるふると首を横に振り、頭巾の子が僕の上を指さす。釣られるように見上げてみれば、そこには紛失したはずのオカルトボールが浮かんでいた。
『………………』
無言の凝視。
訪れる静寂。
その均衡を崩す、意思はなかったがなんとなくそれに手を伸ばし――
『もらったあああああああああぁあ!!』
「んがっ!」
正面から突進してきた少女二人によって椅子ごと跳ね飛ばされた。もんどりとまでは行かなかったが、突き飛ばされたことで眼鏡が外れ軽く頭を打ってしまった。痛みに顔を歪めていると、少女二人がオカルトボールを間に挟んで対峙している様子がぼんやりと目に入る。
じりじりと円を描くように一定の間合いを保って動く少女達。頭巾の少女が両手に法輪を。烏帽子の少女が何故か皿を両手に取り出した。霊夢と魔理沙が弾幕ごっこをする様を思い出し、現状がそれと酷似していることに思い至る。つまり、香霖堂が戦場になる寸前だ。
外でやれ、とせり上がった言葉を僕が言うことはなかった。台詞を封じるように、オカルトボールがゆっくりとゆっくりと動き――僕の元へと寄ってきたからだ。
「え?」
呆然とした声は誰のものだったか。這いよるボールは僕の目の前に静止して、手元に落ちた。思ったよりも確かな感触のあるそれを慌てて受け取るが、途端に嫌な予感がする。
「ポポポポー、ポポポ、ポポ」
「足りない……一枚足りない」
悪寒が加速度的に全身に走る。
発生源であろう声に目を向ければ、頭巾の少女の背後には店の天井に頭を届かせそうな長身、八尺はありそうな白いワンピースと同色の帽子を被る黒髪の女性が佇んでいる。
烏帽子の少女の前には同じく黒髪の、しかし死に装束をまとった少女が巨大な皿の上に現れた。……何故かこちらは井戸の中から顔を出しているが。
「オカルトが同時に? そういうのもあるの!?」
「わっはー、こりゃすごい! こういうのもあるから決闘はやめられないわ!」
楽しそうな少女達をよそに、僕は未だに戦々恐々。一触即発の空気の高まりと不安だけが膨らんでいく。異質な召喚に恐怖するように、店内の道具達が次々と揺れる。物理的に広まる暴風は強さを増していき、暴力の気配を感じさせた。
そこからの僕の判断は自画自賛だったと思う。
手元のオカルトボールを振りかぶり、かつてない全力を以て投擲したのだ。先と同じくオカルトボールは壁を壊すことなく通り抜け、何より目論見通り二人の少女はそれに釣られて我先にと扉を蹴破り外へ走っていった。
少女らが走り去ると同時に店内は静けさを取り戻す。暴威を振るっていた存在が消えたことで、ようやく僕は安堵の息をついた。
「……まるで餌に飛びつく犬だったな」
こんなくだらないことをつぶやくのは、余裕を取り戻したことによる現れか。
放り出された眼鏡を探し、見つけてかけ直す。店内は予想していたより荒れておらず、入口の扉の留め金が外れてキィキィと悲しげな音を立てている以外は無事である。
とりあえず、請求は敗者につけておこうと思う僕だった。
◇
「あいたた、まさかこんな古いオカルトに負けるなんて」
「何を言っておる、お菊さんは十分ハイカラではないか」
どうやら勝者は烏帽子の少女のようだ。
勝負は終わったというのに香霖堂に再び訪れた二人を不思議に思っていると、頭巾の少女が少し薄汚れた僧衣の埃を叩きながら僕に話しかけてくる。
「店主さん、お皿と尺八って置いてます?」
「ん? あ、ああ。お買い求めかい?」
「ええ。負けてしまったのでとりあえず試行錯誤に都市伝説の強化に挑戦してみようと。あ、お皿は布都さんと似たようなもので」
何を言ってるんだこの子?
とりあえず言われた通り、僕は布都という名前らしい烏帽子の少女がサンプルとして見せてくれたお皿と類似したものと尺八を持ってくる。
「はい、これでいいかな?」
「どうよ?」
「ふむ、これで十枚揃っているはずだな。いちまーい……」
僕から皿を受け取った烏帽子の少女、布都は適当な棚に皿を置いてその枚数を数え始めた。都市伝説になぞらえて、一枚足りないから香霖堂で買ったということか。
「あ、請求は命蓮寺の雲居一輪まででよろしくお願いします」
「ツケはやってないが?」
「え、本当にここお店?」
むしろ店が客に対してツケを常時受け付けているという発想を何故持っているのか。
「現物交換でも受け付けているよ」
「今渡せるのはなー」
「その法輪は?」
「流石に商売道具なのでちょっと…………あ」
頭巾の少女、雲居一輪がくるりと背後を向くと、何やらもぞもぞと袈裟の下を探っている。生憎何を探っているのかは彼女の背後に現れた雲山という見越し入道が覆ってしまったので見えないが、払えそうなものを探しているようだ。
ややあって振り返った彼女の手には、一枚の皿があった。……これ、布都という少女のものでは……
「彼女が弾幕に使っていたのですけど、グレイズした時に一枚くらいすぽっと袈裟の下に入っちゃって。新しい食器にでも使おうと思ったけど、どうせならね」
目の前で窃盗で行われた時、僕はどう反応すれば良いだろう。いや、弾幕ごっこに使っている皿なら使い捨てのはずだ。つまり捨てられたものを拾っただけで、リサイクルな一品ということだろう。決して無縁塚などで僕がよくしているから感化されたわけではない。
「お皿は良いとして、尺八もこれで支払いを?」
「そこはオカルトボールの情報代ということで一つ」
「む……」
そこを突かれると詰まってしまう。
利益の調整を脳内で行った結果、扉の修繕と合わせたの代金と相成った。
「八尺様ー、八尺様ー」
一輪が呼びかけると先程の雰囲気はどこへやら、ゆらりとするようなひょっこりとするような、とにかく威厳も何もなく巨躯の女性が現れた。こんな簡単に呼べるのか。
「はいこれ。今度力を使う時はこれを代わりに喋ってもらっていいですか? 意外と力上がるかも」
唐突に呼び出された彼女は、押し付けられた尺八(しかも何故か反転されて逆向きだ)に口元に浮かべていた不気味な笑みを困惑へと変えており、縋るような目で僕を見る。こっち見ないでくれ。その姿からは、都市伝説の根源となる恐怖の感情など微塵も浮かばない。哀れにすら思う。
同情した僕は、とりあえず八尺様の気持ちを代弁することにする。
「あー、それはなんなんだい?」
「少し前に戦った仙人様が、八尺様のポポポって鳴き声は逆さの尺八で吹いた音なのだ、と」
ほう、中々見どころある考察をする。仙人ともなれば他とは違う視点を持っているということだろう。是非とも色々話をしてみたいものだ。
「それで、実際にやってみようと」
「そうしたら少しは怪異としての格も上がるかも?」
下がるかもね。
人がやることにケチをつけてはいけない、と思い僕は流すことにした。八尺様はおずおずと逆さの尺八を吹こうとしているが、空気が流れ込んでいないのか音は一向に鳴らない。オカルトパワーが足りていないのだろうか。
「あー、維持が限界。八尺様、また今度」
え? と言わんばかりに顔を上げた八尺様だったが、悲しいかな彼女の姿が虚空の中に消えた。本当に無駄な召喚だった。南無三。
「それじゃあ修理といきますか」
八尺様のことはどこへやら。それとも切り替えが早いのか、一輪は留め金の外れた香霖堂の扉へ向かう。波乱はあったが、きちんと仕事はしてくれるようだ。
「うんざーん。ここ貴方の一部使えそう?……あー止めるだけ止めるだけ。別に一部を残せって言ってるわけじゃないわ。後で切り離して固めちゃえばそのまま接着剤として機能するだろうし」
修理に必要ない、不穏な台詞が混じっている気がする。止めようとも思ったが害なく修理されるならまあいいか。
「はちまーい、きゅうまーい……ううむやはり一枚足りぬぞ。何故だ?」
変わってこちらは布都。
購入した皿と合わせて十枚きっちりになっている、と言っていたが駄目のようだ。皿を弾幕に使っているのなら、十枚どころかそれ以上持っているはずだが……
改めて一枚から数え直している布都を観察していると、彼女の背後に一つの巨大な皿が現れた。記憶が確かならあれは、八尺様と対峙していたオカルトだ。皿の上にある井戸という妙な造形の中から、一人の黒髪の少女が這い上がってくる。死に装束の少女、お菊さんは確認を終えて重ねられた皿の中から一枚こっそりと中身をくすねていた。もちろん、布都には見えないようにだ。そして数え終わった布都が確認のため数え直すとやはり九枚しかなく……結果、再度数え直しが始まる。……悲しいループを見た。
お菊さんはそんな布都の様子にご満悦な笑みを浮かべていたが、一部始終を見ていた僕の視線に気づいた。愕然と? しているお菊さんに首を振る。別に言わないからこっち見ないでくれ、気づかれるぞ。
「終わった終わった、これで支払いは完了ね」
「ぬがー! やはり十枚目のお皿がないぞ!」
「その不満を解消するには戦うしかないわよ」
「何だ、それは再戦の申し出と判断するが?」
「ふ、よくぞ言葉の裏を読んだ。その通り!」
「受ける他ないな。ならば戦場へ参ろうか!」
修繕と同時に布都が癇癪を起こすが、慣れているのか一輪はそれを宥めて自然に再戦へと持ち込んだ。結構な負けず嫌いらしい。布都がノリノリなのは性格のせいか、彼女自身も戦闘を楽しむ性質なのか。
「次の戦場は……あの逆さ城ね! よし早速…………あ、扉ごめんなさいね、皿と尺八どうもー!」
一輪が形式的な礼を添えると、二人はもう香霖堂のことなど頭にないのか物凄いスピードでどこかへ飛び上がっていく。嵐が過ぎ去ったかのように、店内に静寂が満ちる。騒がしかった分、その静けさはいつも以上に強調されているように感じた。
「あの二人は仏教と道教だよな? 道教はともかく、仏教に入っている割に落ち着きとは無縁すぎるぞ」
一般的な尼というイメージを盛大に壊された気がする。あんなのが入信しているのなら、それをまとめる住職も大変だな。店に訪れ、暴れるだけ暴れて帰っていく様はやんちゃな子供のそれである。霊夢と魔理沙が僕と知り合いでなければ、店での振る舞いがあんな風になっていたのかと思うとぞっとした。
「しかしあの二人、どこかで見たことがあるような…………ああ、能楽が流行った頃か」
記憶を思い返すと、確か二年ほど前に人里で霊夢達が人気争奪戦をしていた頃に二人を見た覚えがあるようなないような。当時は毎日というか数時間おきに新聞が発行され、試合の結果が報道されていた。命蓮寺と神霊廟という、新たな勢力が頭角を示す中確かにあの二人も居たような気がする。二年前は対立していたようだが、現状を見ると仏教と道教の敵対は名ばかりで裏では仲良くやっているのかもしれない。幻想郷の気風を考えれば、割と自然な流れだろう。皿に雲を乗せるという不思議より、雲に皿が乗る、という不可解のほうが幻想郷らしくはないだろうか。
どちらにしろ僕からの言葉は一つ。
「お買い上げ、ありがとうございました」
開いたままの扉へ向けて、僕はそうつぶやくのであった。
<了>
そう気づいたのは魔理沙が人里の貸本屋、鈴奈庵の店主の娘を連れて鑑定の依頼をしに来てからのこと。別段、あれ以降鈴奈庵の娘や魔理沙が特別何かしたわけではない。ただ、そうあれがきっかけなのかわからないが――ボールのような何かが何の前触れもなく店に置かれていた。
僕の能力によって鑑定されるそいつの名称は、オカルトボール。用途は黄泉比良坂を作る。名前や用途に関してはひとまず置いておくとして、問題はどうしてそんなものが香霖堂に置かれているのか、だ。最近話題になっている都市伝説の噂と、何か関係があるのだろうか?
だが待てよ、先日の新聞では最近現れた仙人が全て集めたという記事があった気がする。全てというのを指す通り、オカルトボールは複数の存在が予想できる。それに先日魔理沙が魔理沙買いを発揮して持っていった道具があったが、思い返せばオカルトボールじゃなかっただろうか。この時点で一つだけではないと判断できよう。そうだとしても、魔理沙はあれ以降は店に来ていないので詳しいことを聞く事もできない。
とりあえず今日はひとしきり考えて、それでも気になったら魔理沙の所にでも行――
「――!!」
「!!――」
そんなことを考えていると、突然に香霖堂が明るくなった。太陽以外の光が窓から差し込み、その光量で店内を覆っているのだ。光は連鎖的に途切れ、生まれ、さらに聞き慣れた弾幕の音も僅かに差し込まれている。……外で弾幕ごっこが行われているらしい。噂をすればなんとやら、店の目の前で弾幕ごっこするとなると霊夢か魔理沙だろうか?
もう少し静かに弾幕ごっこしてくれないかな、と思う僕にさらなる不意打ちが起きる。傍にあったオカルトボールがひとりでに浮かび上がり、壁を突き抜けて外へ飛んでいったのだ。壁抜けの力でもあったのか、それともオカルトボールが心理の層へ働きかけた幻覚だったのか、壁自体に穴などの損傷はない。まるで弾幕ごっこに誘われるように壁を通り超えていった。驚きに思考を止めている間に、扉が開かれる。
「たのもー!」
「もー!」
現れたのは、青を貴重とした服に袈裟をまとう頭巾を被った少女。
もう一人は白を貴重とした狩衣のような服と烏帽子を被った少女。
一見するといつの過去から来たのか、と思わなくもないがここは幻想郷。そんな服装をした少女も珍しくはないだろう。オカルトボールのことは気になるが、見たこともない客が二人。店主として対応させていただこう。
「いらっしゃいませ、香霖堂へようこそ。何かお探しでしょうか?」
「うむ?」
「あら?」
接客に思うところがあったのか、何故か少女二人は首を傾げて僕をじろじろと眺めている。特に烏帽子をかぶった少女は傾斜で、頭巾の少女の肩に首を置いているように見えるほどの角度だった。首痛くならないか?
「オカルトボールの気配を感じたんだけど、ないわねー。店主さん、こんなアイテム見なかった?」
頭巾を被った少女がポケットから取り出したのは、つい先程まで香霖堂にあったオカルトボールそのものだった。壁を通り抜けたと思ったら、すぐ傍で弾幕ごっこをしていたであろうこの少女が回収していたらしい。つまりこの少女らは香霖堂の道具を求めている客というわけではないようだ、残念。
「さっきまで店の中にあったけど、君たちの弾幕ごっこに釣られるように独りでに外へ飛び出していったよ。それが当のオカルトボールなんじゃないのか?」
少女の持つオカルトボールを指してその旨を伝えるが、少女の顔色は変わらない。まだ疑問がある様子だ。
「いえいえ、これは先程まで私が持っていたものなんですよ。だから新しいのが一つここにあるはずなんだけど」
「そうは言われてもね。さっきまであったけど外に飛び出していった、以外の答えは用意できないよ。しかし君達はこのボールのことを知っているようだが、なんだいこれ?」
「今都市伝説とかが色々流行っておるであろう? それらに応じて新たに現れた、簡易ミステリースポットホイホイぞ」
烏帽子の子が胸を張って説明してくれる。が、いきなり簡易ミステリースポットホイホイと言われても何のことか意味がわからない。
「君が元々持っていたのなら、隣の子が持っているんじゃないのか?」
「確かに持ってはいるが、これも元々我が持っていたものだ。この店から急に3つ目の気配を感じたので勝負を分けて尋ねた次第なのだ」
「そういうこと。さっきの戦いは引き分けだから吸収されず、お互いに一つずつなのよね」
「しかし雲居よ。そうなるとこの古びた店にあったというオカルトボールはどこへ行ったのだ?」
「店主さんが言うには外に出て行ったらしいけど、見てないわよね?」
「全然。お主こそこっそり持ち運んではあるまいな?」
「オカルトボールの気配感じ取れるんでしょう? だったらわかってよ」
「言ってみただけだ、本気にするな」
僕を無視して話し合いを始める二人。話についていけず、僕は置いて行かれるばかりだ。
「すまない、好奇心で聞くんだが君たちはオカルトボールを集めているようだね。何か理由があるのか?」
「ううん。最初は願い事が叶うって噂があったからそれを信じて集めてたんだけど、ガセだってわかったから今はそれを理由に戦ってるだけ」
「あくまで願い事に関するものがガセであって、妙な力はあるようじゃがな」
「別にどうでもいいんじゃない? 聖様や貴女の上司がなんか動いてるみたいだし、いずれ落ち着くわ。どちらが駄目でも最後に巫女が解決するって。案外、もう解決しちゃってるかも」
「それを言われてしまうと何とも言えんのだが……」
「でしょう? 私らはそれまでこのオカルトボール集めって遊びを楽しんでおけばいいのよ」
「無責任ではないか?」
「じゃあ続きやめる?」
「…………いや、やる」
「最初からそう言っときなさいな」
話から察するに、この子達は単にオカルトボールを奪い合う遊びをしているだけのようだ。その奪い合う内容が弾幕ごっこな辺りが幻想郷流だろう。しかしそうなるとオカルトボールを紛失したのはもったいなかったな。あれば適正価格で売ったものを。
(それなら僕も探してみようかな)
詳細な外見を確認しようと、雲居と呼ばれた頭巾の少女が持つオカルトボールへ目を向ける。すると、僕の目にオカルトボールの新たな用途が現れた。彼女の持つオカルトボールの用途は、八尺様を呼び起こす、とある。
八尺様。
番町更屋敷が古い歴史の中にある都市伝説ならば、八尺様は最新の都市伝説。こちらも簡単に言ってしまえば、八尺様とはある村に封印されていた、正体不明の女の姿をした怪異である。気に入った男に付き纏い、魅入った人間を数日のうちに取り殺してしまうという。特に子供が狙われやすいとされ、男のような声で「ポポポ」という不気味な笑い方をする、そうだ。
「すまない、彼女のものでなく君のオカルトボールを見せてもらえないか?」
「店主も欲しいのか? じゃがやらんぞ。それとも我との勝負を望むのか?」
「いや、単に確認したいことがあるだけなんだ」
「そうなのか? 見せるだけなら良いであろう。我は寛大だからな」
「ぷぷぷー」
「なんじゃ」
「別にー」
可笑しさをこらえられない、という具合に口元に手を当てて笑う頭巾の少女。烏帽子の子は半眼のジト目でそんな彼女を睨んでいるが、あまり迫力はない。合いの手を入れてその空気を散らし、僕は改めて烏帽子の少女のオカルトボールを見た。こちらの用途は番町皿屋敷を呼び起こす、とある。
番町皿屋敷。
江戸時代に流れた、お菊という女性だ井戸から現れ皿を数えて怨念を訴えるという怪談だ。奉公する少女の美しさを家主の奥方が妬み、罪を押し付けた。無罪にも関わらず殺された少女の恨みはやがて怨念となり、その少女を雇った家を取り潰したという、そんな話。幻想郷ならばどちらも幻想入りしている可能性が無きにしも非ず、と言ったところだろうが……不可解なのは、用途が全て違い統一されていないというもの。しかしも都市伝説と黄泉比良坂といった場所に関連性は見当たらない。これは中々に謎である。
「私らのオカルトボールがどうかしたので?」
「んー、僕は道具の名称と用途を見抜く力があるんだが、それによると君たちのオカルトボールはそれぞれ用途が違っていてね。それが気になったんだ」
「あー。外の世界の都市伝説毎に解放される力が違いますからね。ある意味、その出力の差異は『願いを叶える』とも言えるのかしら」
「このような些細なことで願いを叶える力が使われているのか? とんだ詐欺ではないか」
「仏教と道教も根本と布教の力は違うでしょう?」
「違う、全く違うぞ! 少なくとも表面上はな!」
憤然たる面持ちで烏帽子の少女が両手を上下させ、ぱたぱたと全身で不満を表現する。服の採寸が合ってないのか、手の部分が袖に隠れてしまい怒っている雰囲気をまるで感じない。代わりに甲高い少女の声が耳に痛かった。
「これでは十枚目の皿が見つからないではないか」
「見つける気あったんだ」
「当然よ。そのために我もこの戦いに参戦しているのだ。オカルトボール全てを集めてこの欠落を埋めねばならぬ」
「そこはあの太子のためって言っておきなさいよ、建前でも本音でも」
「もちろん太子様の願いを叶えてから、じゃ。我の都合はその後よ。しかし雲居よ、お主は戦いを楽しむ割にオカルトボールにはあまり興味なさそうだな?」
「そうねぇ。全部集めてもあんまり良いことないかもよ?」
「うん? なんじゃ覇気がないな」
「私の願いは過程にあって結果に興味ない、というかなくなっちゃったのよ」
「それはどういう――」
「あーすまない、雑談なら外で頼むよ」
置いてけぼりにされている気がしたので、会話を止めて乱入する。情報量に差があるせいで、会話に参加できずわかる者同士で語ってしまうためどうしても傍観者になってしまう。最低限道に沿った情報がないと考察すら出来ない。
「おっと失礼。私達のオカルトボールは解放される力が違うから当然として、店にあったのはどんな用途なんです?」
「こいつは黄泉比良坂を作る、という用途が出ているね」
「時折起こるミステリースポットのことだな。他にも見た覚えがある」
「ピラミッドやら月の都やら、外の世界の色々なところが出たわね。でも月って外の世界のものでいいのかなぁ」
「外における月は行くのは難しくないそうだが未知の多い場所らしい……って、外のもの?」
浮かんだ疑問は質問というより、口に出てしまっただけだが頭巾の少女がそれを補足してくれる。
「ほら、私らが使う都市伝説って全部外のものでしょう? オカルトボールも外の世界のものだし――」
「なんだって?」
「うおっ!」
新たな考察の材料に歓喜で目が細まり口元が歪む。その行動をどう勘違いしたのか、烏帽子の少女が咄嗟に頭巾の少女の背に隠れる。頭巾の少女もぴんと背筋を張っていた。そんなに驚くことかと思うところだが――それ以上に、僕も次の瞬間に驚かされた。
「雲山雲山、大丈夫大丈夫、驚いただけ。無警戒なところに不意を打たれただけだから、害はないわ」
いつの間にやら、僕の目の前に巨大な手があった。握り拳を作るそれはふわふわとした雲のような外見をしており、薄紅色に彩られる姿は威圧感を伴っている。長身の僕を包めるほどに巨大な腕はやがてなりをひそめ、頭巾の少女の背後へ移動する。象る姿は、年季の入った職人のような厳つい男を連想させた。
彼は頭巾の少女の言葉に頷き、すっと姿を消す。あの見越し入道を使役するとは、この少女はどうやら入道使いと判断していいだろう。
「やーごめんなさいね、あんまり脅威感じなくて里の人間と同じ程度に思っていたから気抜いちゃってて」
「多少驚いたくらいで害はないからいいさ。そちらは?」
「雲山って言うの。こう見えて昔は見越し入道してたのよ」
「今は違うのか?」
「うん、仏教に入信した見越し入道」
「確かに違うと言えば違うが、そう表現するのはなんだか……まあいいや」
「で、布都さんや。いつまで私の背に乗ってるか」
「この男が大きすぎるのだ、我がお主の肩に乗れば丁度良いであろう」
「そこ、背中です」
「間違えただけだ」
少女達のやり取りは楽しそうで突っ込むのは無粋だとは思うが、ここは間に入ることにする。この二人は霊夢と魔理沙同様にこちらから注意を呼びかけないと、そのまま二人でずっと会話をしていそうだ。僕は椅子に座り、少女達と目線が対等になるように調整して話を続けた。
「つまり、このオカルトボールの材質は外の世界の物質ということかい?」
「ん、そうですねー。多分霊験あらたかなパワーストーンってやつだと思いますよ」
「こいつは七つ以上の数が現在確認されているが、外の世界もまだまだ幻想に満ちているものよ」
ようやく頭巾の少女の背から降りながら、烏帽子の少女がうんうんと何故か得意気に頷いている。
「すまない、そのオカルトボールに少し触らせてもらっても?」
「えー」
「触るだけで取ったりなんかしないよ」
そんなことしたら即弾幕ごっこである。姿を消している見越し入道も参戦するだろうし、生憎とそんな相手を前に戦える強さは僕にはないので盛大に勘弁して欲しい。
「我のはやらんぞ?」
「話聞いてたかい?」
何を勘違いしたのか、烏帽子の少女は自分のオカルトボールを大事そうに抱えて身をくねらせた。隠しているようだが、胸元にボールが半分ほど出ていて丸見えである。
「ま、いっか。壊れることはないと思うけど、ご注意を」
「すまない、感謝する」
頭巾の少女の計らいに感謝し、僕はオカルトボールを手にとった。少女の手の平より大きめなそれは、僕からすれば丁度手の中に収まるようでいい具合だ。鉱石のような感触を持つそれは鈍い光を放っている。今は大人しいが、今までの話を聞けばこれが弾幕ごっこに応じて力を解放するのだろう。
「ふーむ。外で作られた地域に応じてパワーストーンが現場の記憶を再現する、ということだろうか。そうなると都市伝説を使うというのは構築から漏れた力の副産物なのかな?」
「つまり私達が使っているオカルトパワーは、本来ミステリースポットを作るのが本来の力だと?」
「空間を構築する力、そのための『変化』を我らが弄っているようなものであるしな」
「どうだろうね。君たちの言う通り、願いの結果で幻想の場が生まれているという可能性もありそうだが」
「外から幻想の場を生み出して何になるのだ?」
「中継地点にでもして、本場とこちらの場所を入れ替える……という考えはどうだろう」
「空間の位相か……本物と偽物を入れ替えるのかもしれぬ」
「あーいや、入れ替えはないんと思う。一方的に飛ばされるんだと思いますよ」
「何か知ってるような口ぶりだね」
「オカルトボールを入れた仏像が消えたのを見たので。本当に入れ替わるなら、あちらのものが命蓮寺に運ばれたはずです」
一方的に飛ばされる? 入れ替えではないのか。
「そうなのか? 神霊廟ではそんなことはなかったぞ。いや待て。空間に作用するのであれば、隔離されているといえ神霊廟は外よりも強きパワースポットということだな。流石は太子様だ」
「へー」
「興味なさそうだな!」
「実際そこまで興味は」
「今の今までこの店主との話に花を咲かせておったではないか。それは好奇の証左であろう」
「別に会話を合わせる程度、難しいものじゃないわよ?」
「…………え、ひょっとして我との会話も適当なのか?」
「あー、ノーコメント」
「なぬぅー?」
なぬぅー?
まあ話を流されるのは慣れている。
「とりあえずオカルトボール返しておくよ」
「あ、どうも。……別に会話が嫌だってわけじゃないのよ? お互い」
「フォローどうも」
「うぬぐぐぐぐぐ」
「でも店主さん。オカルトボールを調べたいようだけど、それなら参加したほうがより多くの情報が入ると思いますよ? 大物も参加してるから持ってる情報も確かなものがあるだろうし」
「僕は荒事は苦手でね。実際に動くより考察のほうが割にあっている」
「他の情報が少しで、大部分を己の知識で考えたものは答えにたどり着けるとは到底思わぬが?」
「なぁに、考えることが重要なのさ」
今与えられたものの中で考えるのが考察であり、それは凄く楽しいが事実ではない。考察は真実にはならない、というのは僕が何より判っていることだ。
香霖の話は空想にすぎる、と魔理沙が前に言ったことがある。
あの子にとって用途という答えがわかっているのなら思考はであり、逆算して使い方を考える僕のやり方は穴埋めの補完に見えていることだろう。それは遠回りにも映り、ショートカットや抜け道を探すのが得意な魔理沙からすれば時間の無駄に見えているのかもしれないな。実際無駄になることも多いが、あくまで一つの見方に過ぎない。僕の中では考えが無駄になったことなど、一つもないのだから。
最も、考察が楽しいからしているので魔理沙の言い方もある意味正解なのかもしれない。一つの目的地に対していくつもの道を歩けるようになれば、新たな道を進む時の手助けにもなる。そう僕の持論を説明すると、頭巾の少女が感心の声をあげた。烏帽子の少女は悩ましい、といった表情である。
ともかくもう少しオカルトボールの情報を集めようと、二人に話しかけようとしたその時だった。
『あっ!』
二人が驚きを目に宿して僕を見上げている。わけがわからず、僕は自分を指さしてみるが烏帽子の子がふるふると首を横に振り、頭巾の子が僕の上を指さす。釣られるように見上げてみれば、そこには紛失したはずのオカルトボールが浮かんでいた。
『………………』
無言の凝視。
訪れる静寂。
その均衡を崩す、意思はなかったがなんとなくそれに手を伸ばし――
『もらったあああああああああぁあ!!』
「んがっ!」
正面から突進してきた少女二人によって椅子ごと跳ね飛ばされた。もんどりとまでは行かなかったが、突き飛ばされたことで眼鏡が外れ軽く頭を打ってしまった。痛みに顔を歪めていると、少女二人がオカルトボールを間に挟んで対峙している様子がぼんやりと目に入る。
じりじりと円を描くように一定の間合いを保って動く少女達。頭巾の少女が両手に法輪を。烏帽子の少女が何故か皿を両手に取り出した。霊夢と魔理沙が弾幕ごっこをする様を思い出し、現状がそれと酷似していることに思い至る。つまり、香霖堂が戦場になる寸前だ。
外でやれ、とせり上がった言葉を僕が言うことはなかった。台詞を封じるように、オカルトボールがゆっくりとゆっくりと動き――僕の元へと寄ってきたからだ。
「え?」
呆然とした声は誰のものだったか。這いよるボールは僕の目の前に静止して、手元に落ちた。思ったよりも確かな感触のあるそれを慌てて受け取るが、途端に嫌な予感がする。
「ポポポポー、ポポポ、ポポ」
「足りない……一枚足りない」
悪寒が加速度的に全身に走る。
発生源であろう声に目を向ければ、頭巾の少女の背後には店の天井に頭を届かせそうな長身、八尺はありそうな白いワンピースと同色の帽子を被る黒髪の女性が佇んでいる。
烏帽子の少女の前には同じく黒髪の、しかし死に装束をまとった少女が巨大な皿の上に現れた。……何故かこちらは井戸の中から顔を出しているが。
「オカルトが同時に? そういうのもあるの!?」
「わっはー、こりゃすごい! こういうのもあるから決闘はやめられないわ!」
楽しそうな少女達をよそに、僕は未だに戦々恐々。一触即発の空気の高まりと不安だけが膨らんでいく。異質な召喚に恐怖するように、店内の道具達が次々と揺れる。物理的に広まる暴風は強さを増していき、暴力の気配を感じさせた。
そこからの僕の判断は自画自賛だったと思う。
手元のオカルトボールを振りかぶり、かつてない全力を以て投擲したのだ。先と同じくオカルトボールは壁を壊すことなく通り抜け、何より目論見通り二人の少女はそれに釣られて我先にと扉を蹴破り外へ走っていった。
少女らが走り去ると同時に店内は静けさを取り戻す。暴威を振るっていた存在が消えたことで、ようやく僕は安堵の息をついた。
「……まるで餌に飛びつく犬だったな」
こんなくだらないことをつぶやくのは、余裕を取り戻したことによる現れか。
放り出された眼鏡を探し、見つけてかけ直す。店内は予想していたより荒れておらず、入口の扉の留め金が外れてキィキィと悲しげな音を立てている以外は無事である。
とりあえず、請求は敗者につけておこうと思う僕だった。
◇
「あいたた、まさかこんな古いオカルトに負けるなんて」
「何を言っておる、お菊さんは十分ハイカラではないか」
どうやら勝者は烏帽子の少女のようだ。
勝負は終わったというのに香霖堂に再び訪れた二人を不思議に思っていると、頭巾の少女が少し薄汚れた僧衣の埃を叩きながら僕に話しかけてくる。
「店主さん、お皿と尺八って置いてます?」
「ん? あ、ああ。お買い求めかい?」
「ええ。負けてしまったのでとりあえず試行錯誤に都市伝説の強化に挑戦してみようと。あ、お皿は布都さんと似たようなもので」
何を言ってるんだこの子?
とりあえず言われた通り、僕は布都という名前らしい烏帽子の少女がサンプルとして見せてくれたお皿と類似したものと尺八を持ってくる。
「はい、これでいいかな?」
「どうよ?」
「ふむ、これで十枚揃っているはずだな。いちまーい……」
僕から皿を受け取った烏帽子の少女、布都は適当な棚に皿を置いてその枚数を数え始めた。都市伝説になぞらえて、一枚足りないから香霖堂で買ったということか。
「あ、請求は命蓮寺の雲居一輪まででよろしくお願いします」
「ツケはやってないが?」
「え、本当にここお店?」
むしろ店が客に対してツケを常時受け付けているという発想を何故持っているのか。
「現物交換でも受け付けているよ」
「今渡せるのはなー」
「その法輪は?」
「流石に商売道具なのでちょっと…………あ」
頭巾の少女、雲居一輪がくるりと背後を向くと、何やらもぞもぞと袈裟の下を探っている。生憎何を探っているのかは彼女の背後に現れた雲山という見越し入道が覆ってしまったので見えないが、払えそうなものを探しているようだ。
ややあって振り返った彼女の手には、一枚の皿があった。……これ、布都という少女のものでは……
「彼女が弾幕に使っていたのですけど、グレイズした時に一枚くらいすぽっと袈裟の下に入っちゃって。新しい食器にでも使おうと思ったけど、どうせならね」
目の前で窃盗で行われた時、僕はどう反応すれば良いだろう。いや、弾幕ごっこに使っている皿なら使い捨てのはずだ。つまり捨てられたものを拾っただけで、リサイクルな一品ということだろう。決して無縁塚などで僕がよくしているから感化されたわけではない。
「お皿は良いとして、尺八もこれで支払いを?」
「そこはオカルトボールの情報代ということで一つ」
「む……」
そこを突かれると詰まってしまう。
利益の調整を脳内で行った結果、扉の修繕と合わせたの代金と相成った。
「八尺様ー、八尺様ー」
一輪が呼びかけると先程の雰囲気はどこへやら、ゆらりとするようなひょっこりとするような、とにかく威厳も何もなく巨躯の女性が現れた。こんな簡単に呼べるのか。
「はいこれ。今度力を使う時はこれを代わりに喋ってもらっていいですか? 意外と力上がるかも」
唐突に呼び出された彼女は、押し付けられた尺八(しかも何故か反転されて逆向きだ)に口元に浮かべていた不気味な笑みを困惑へと変えており、縋るような目で僕を見る。こっち見ないでくれ。その姿からは、都市伝説の根源となる恐怖の感情など微塵も浮かばない。哀れにすら思う。
同情した僕は、とりあえず八尺様の気持ちを代弁することにする。
「あー、それはなんなんだい?」
「少し前に戦った仙人様が、八尺様のポポポって鳴き声は逆さの尺八で吹いた音なのだ、と」
ほう、中々見どころある考察をする。仙人ともなれば他とは違う視点を持っているということだろう。是非とも色々話をしてみたいものだ。
「それで、実際にやってみようと」
「そうしたら少しは怪異としての格も上がるかも?」
下がるかもね。
人がやることにケチをつけてはいけない、と思い僕は流すことにした。八尺様はおずおずと逆さの尺八を吹こうとしているが、空気が流れ込んでいないのか音は一向に鳴らない。オカルトパワーが足りていないのだろうか。
「あー、維持が限界。八尺様、また今度」
え? と言わんばかりに顔を上げた八尺様だったが、悲しいかな彼女の姿が虚空の中に消えた。本当に無駄な召喚だった。南無三。
「それじゃあ修理といきますか」
八尺様のことはどこへやら。それとも切り替えが早いのか、一輪は留め金の外れた香霖堂の扉へ向かう。波乱はあったが、きちんと仕事はしてくれるようだ。
「うんざーん。ここ貴方の一部使えそう?……あー止めるだけ止めるだけ。別に一部を残せって言ってるわけじゃないわ。後で切り離して固めちゃえばそのまま接着剤として機能するだろうし」
修理に必要ない、不穏な台詞が混じっている気がする。止めようとも思ったが害なく修理されるならまあいいか。
「はちまーい、きゅうまーい……ううむやはり一枚足りぬぞ。何故だ?」
変わってこちらは布都。
購入した皿と合わせて十枚きっちりになっている、と言っていたが駄目のようだ。皿を弾幕に使っているのなら、十枚どころかそれ以上持っているはずだが……
改めて一枚から数え直している布都を観察していると、彼女の背後に一つの巨大な皿が現れた。記憶が確かならあれは、八尺様と対峙していたオカルトだ。皿の上にある井戸という妙な造形の中から、一人の黒髪の少女が這い上がってくる。死に装束の少女、お菊さんは確認を終えて重ねられた皿の中から一枚こっそりと中身をくすねていた。もちろん、布都には見えないようにだ。そして数え終わった布都が確認のため数え直すとやはり九枚しかなく……結果、再度数え直しが始まる。……悲しいループを見た。
お菊さんはそんな布都の様子にご満悦な笑みを浮かべていたが、一部始終を見ていた僕の視線に気づいた。愕然と? しているお菊さんに首を振る。別に言わないからこっち見ないでくれ、気づかれるぞ。
「終わった終わった、これで支払いは完了ね」
「ぬがー! やはり十枚目のお皿がないぞ!」
「その不満を解消するには戦うしかないわよ」
「何だ、それは再戦の申し出と判断するが?」
「ふ、よくぞ言葉の裏を読んだ。その通り!」
「受ける他ないな。ならば戦場へ参ろうか!」
修繕と同時に布都が癇癪を起こすが、慣れているのか一輪はそれを宥めて自然に再戦へと持ち込んだ。結構な負けず嫌いらしい。布都がノリノリなのは性格のせいか、彼女自身も戦闘を楽しむ性質なのか。
「次の戦場は……あの逆さ城ね! よし早速…………あ、扉ごめんなさいね、皿と尺八どうもー!」
一輪が形式的な礼を添えると、二人はもう香霖堂のことなど頭にないのか物凄いスピードでどこかへ飛び上がっていく。嵐が過ぎ去ったかのように、店内に静寂が満ちる。騒がしかった分、その静けさはいつも以上に強調されているように感じた。
「あの二人は仏教と道教だよな? 道教はともかく、仏教に入っている割に落ち着きとは無縁すぎるぞ」
一般的な尼というイメージを盛大に壊された気がする。あんなのが入信しているのなら、それをまとめる住職も大変だな。店に訪れ、暴れるだけ暴れて帰っていく様はやんちゃな子供のそれである。霊夢と魔理沙が僕と知り合いでなければ、店での振る舞いがあんな風になっていたのかと思うとぞっとした。
「しかしあの二人、どこかで見たことがあるような…………ああ、能楽が流行った頃か」
記憶を思い返すと、確か二年ほど前に人里で霊夢達が人気争奪戦をしていた頃に二人を見た覚えがあるようなないような。当時は毎日というか数時間おきに新聞が発行され、試合の結果が報道されていた。命蓮寺と神霊廟という、新たな勢力が頭角を示す中確かにあの二人も居たような気がする。二年前は対立していたようだが、現状を見ると仏教と道教の敵対は名ばかりで裏では仲良くやっているのかもしれない。幻想郷の気風を考えれば、割と自然な流れだろう。皿に雲を乗せるという不思議より、雲に皿が乗る、という不可解のほうが幻想郷らしくはないだろうか。
どちらにしろ僕からの言葉は一つ。
「お買い上げ、ありがとうございました」
開いたままの扉へ向けて、僕はそうつぶやくのであった。
<了>
香霖堂ステージ化により、この手の客がガンガン来ると考えるとニヤニヤが止まりません。
いちふと流行れ
ちょっと霖之助さん可愛すぎるんすけど