Coolier - 新生・東方創想話

ちゆりなパラレル world 0

2015/05/21 00:52:07
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 比較物理学を専門とする大学教授、岡崎夢美の研究室の隣にはドッグがあり、そこには一見すると風変わりな遺跡に見えなくもない船が停泊していた。船とは言っても、水の上でぷかぷかだとか、雲の上でふわふわだとか、宇宙空間でうじゃうじゃだとか、そういった類のものではない。
 可能性空間移動船。
 夢美が提唱した可能性世界理論に基き開発された、平行世界を行き来する船だ。船内に小型の核融合炉を持っており、その莫大なエネルギーで空間に歪みを生じさせ、S型コイルを使用した増幅器によって歪みを拡大さる。それをミューラー回路ユニットで安定化させ、その中を通り別の世界へと移動する仕組みとなっている。
 彼女たちがいるこのタマワウ線世界は、平行世界間の移動技術を持つ世界として中央管理局には登録されていない。つまるところ、平行世界間の移動が確立していない世界であり、可能性空間移動船がこの世界で初めての平行世界間を移動する装置という事になる。それはすなわち、文字通りに世界を揺るがす大発明ということなのだが、だが……。
「あとはこのS型コイルをはめ込んで……っと。よし、完成だぜ」
 可能性空間移動船のエンジンルームから、体のあちこちをオイルで黒く汚したつなぎを着た少女が現れた。北白河ちゆり。十五歳の彼女は夢美の助手であり、比較物理学の助教授でもあった。この世界では大学を十一歳、大学院を十三歳で卒業する。幼いと感じるかもしれないが、彼女は大学院を卒業して二年経っており、来年成人を迎える身であった。
「夢美様ー、増幅器の設置も完了したぜー。あとはメインコンピュータの設定をアレするだけだな」
 ドッグから研究室に顔を出したちゆりに、夢美は椅子ごと振り向いて答えた。
「ん、ご苦労さま、ちゆり。とりあえずシャワーでも浴びてきなさいよ。なんか臭いわよ、あなた」
「ひっ、ひどいぜ。まるで鬼だぜ。これが一晩中エンジンルームをいじくり回させた相手に言う言葉か?」
「あーもー悪かったわよ。学会の奴らの動きが怪しかったからって、ちょっと急がせ過ぎたわ。冷蔵庫の中に栄養ドリンクがあるからそれでも飲みなさい。あと、コンピュータのシステムコンフィグは私が引き継ぐから、ちゆりは仮眠とってていいわよ」
 ちゆりは冷蔵庫の中から遮光瓶に入った栄養ドリンクを取り出すと、それを一気に飲み干した。
「それじゃ、シャワー浴びてくるぜ」
そう言ってシャワールームへと飛び込んでいくちゆりを横目に、夢美はため息をついた。ちゆりはまだ若い。行動力はあるが、それが先のことをしっかり考えてのことなのかどうか、いまいち掴めなかった。そんな彼女を本当に巻き込んでしまって良いものなのかと、夢美は考えあぐねていた。
 この世界において、基本相互作用は統一できるという統一原理が、一般的な考えであった。全ての学問はその基礎の上に成り立っており、いわばそれが大前提であった。しかし、その大前提を覆し、破壊してしまう新理論を提唱したのが、他ならぬ岡崎夢美であった。彼女は統一原理に当てはまらない第五の力、すなわち魔力の存在を『非統一魔法世界論』という形で学会に発表。
 しかし、その理論は一蹴され、岡崎夢美は一気に学会の鼻つまみ者となってしまった。ならば、別の世界からその第五の力を直接引っ張り込んで来てやると、意気込んだのが一ヶ月前であった。
 それから夢美は新たに可能性世界理論を作り出し、それを基に可能性空間移動船を作り上げた。つまり、世界を揺るがす大発明は副産物に過ぎず、そして本人もその大発明を副産物以外の何物とも思っていないのであった。もし仮にこの技術を学会で発表したとなれば、今以上の地位や研究資金を得ること間違いなしなのだが、残念ながら彼女の中でこの発明を発表する予定はない。
 夢美が可能性空間移動船に組み込まれたコンピュータのシステムを、手元の端末から遠隔操作でいじっていると、シャワールームから疲れた顔のちゆりがふらふらと出てきた。下着姿に首からタオルを下げて、眠たそうな顔のまま冷蔵庫から取り出したルートビアをぐいっと呷る。下着姿なのに色っぽさが全くないのはどういうことだろうか。出るところは出ているし、引っ込んでいるところはちゃんと引っ込んでいるのだが……。
「ちょっとちゆり、そんな姿ではしたないわよ」
「もーオイル汚れが落ちなくて落ちなくてずっと洗ってたら疲れちゃって、だからもう寝るむにゃむにゃむにゃ……」
言いながらちゆりはソファーに倒れこむと、そのまま寝息を立て始めた。夢美は作業を中断してちゆりの上にタオルケットを被せた。そしてその寝顔を優しく撫でながら、小さな声で呟いた。
「最悪、戻ってこられないかもしれないけれど、それでも私達二人なら、大丈夫よね?」
にへへ、と表情を緩ませるちゆりに、夢美は微笑んだ。


 ちゆりが目をさますと、ちょうどコンピュータの設定を終えた夢美がホログラムディスプレイを収納し、大きく背伸びをしているところだった。時間は夜の十時を回ったところで、思いの外ぐっすりと眠ってしまったとちゆりは思った。ちゆりは立ち上がると夢美の隣へとことこと近付いていった。
「あらちゆり、よく眠れたかしら?」
「おかげさまで絶好調だぜ。そっちの方はどうなんだ? もう終わったのか?」
「ええ、これでいつでも飛び立てるわ。それじゃあ、早速荷物の整理を……」
 その時、研究室の入り口のチャイムが鳴った。夜の十時だ。生徒や教員がこんな時間に訪ねてくることなどまずはない。ちゆりと夢美は顔を見合わせて、二人はガラスの球体がはめ込まれた科学魔法の小型拳銃を手に取った。ちゆりが扉の前の壁に張り付き、夢美が扉を開けた。
「失礼します。夢美さん、こんな時間まで何を……どうしたんですか? 怖い顔をして」
 そこに立っていたのは夢美の同僚、比較歴史学の真上教授だった。いかにも好青年といった風の真上教授は、いつも肩にデグーを乗せていた。夢美は一気に体の力が抜け、安堵のため息をついた。状況が理解できない真上教授は首を傾げた。
「なんでもないわ。こんな時間に誰かが訪問してくるなんて滅多にないから、ちょっと警戒しただけよ。それよりも真上くん、何か用事かしら?」
「いえ、遅くまで研究室に篭って何をしてるのかと思いまして。もしかして、非統一魔法世界論、まだ諦めていないのですか?」
「愚問ね。当然じゃない、このままやすやすと引き下がれるものですか。頭の硬い学会の馬鹿どもに、否が応でも知らしめる必要があるのよ! でなきゃ、私のプライドが許さないの!」
熱く語る夢美に、真上教授は苦笑した。
「相変わらず研究熱心というか、研究馬鹿ですね、夢美さんは」
「花盛りの乙女を捕まえて失礼しちゃうわね。あ、コーヒーでも淹れましょうか?」
 夢美が一歩引いて招き入れると、真上教授はブラックで、と言いながら研究室内へと入った。と、そこで扉前の壁に張り付いたままのちゆりと目が合った。
「おや、ちゆりさんもいましたか。……どうして下着姿なんです?」
真上教授は慌てて視線を逸らした。
「あっ、いや……これはそのー……あははは……」
ちゆりは顔を真っ赤にしながらドッグへと飛び込んでいった。しばらくして水兵服に身を包んだちゆりが戻ってくると、気まずそうにテーブルに掛けた。
「あは、あは、あはははは……」
「風邪をひいてしまいますから、あまりああいう格好でいるのは感心できませんよ?」
「だあー! 忘れろ! さっき見たものは全部忘れるんだ!」
ちゆりは顔を真っ赤に染めて真上教授の肩を思い切り殴った。真上教授は痛いです痛いです、と言いながらちゆりの拳をやんわり受け止める。すると、ちゆりは両手で顔を覆って涙声で訴えた。
「もうお嫁にいけなくなるぜ!」
真上教授は苦笑しながらちゆりの頭を撫でた。
 夢美はコーヒーのカセットを三枚、キッチンの料理マシンに挿入した。しばらくすると、取り出し口からマグカップに淹れられたコーヒーが三つ出てくる。カセット内に収められているコーヒーのデータを構築して、物質化しているのだ。夢美はコーヒーの一つに砂糖、もう一つには砂糖とミルクを入れ、それをトレーに乗せてテーブルまで持ってきた。砂糖入りが夢美、砂糖とミルクが入っているのがちゆり、そしてブラックが真上教授だった。
「うん、いい香りですね。これ、どこの豆なんです?」
「最近新しく作られた、火星の第十三植民プラント産の豆よ」
「へえ、火星の豆ですか……」
 真上教授はコーヒーを一口飲むと、そういえば、と話を切り出した。
「学会の方々が噂しているのを小耳に挟みました。どうやら何か新しい理論だとか装置だとかを作り出したとか。なんでも、別の世界とやらに行けるとかなんとか」
学会の奴らの怪しい動きはやっぱりこれが原因だったか、と夢美は小さくため息をついた。どこから知ったか知らないが、変なちょっかいだけはしないで欲しいものだ。夢美はテーブルの上に肘を突くと、指を組んでその上に顎を乗せた。
「可能性世界理論。簡単に言っちゃえばこの世界とは別の平行世界がある、っていう荒唐無稽なお話なんだけれども」
「でも、実際に存在する」
「そ。それに、その別世界へと移動する装置も開発済みよ」
なんてことなさげにさらっと言ってのける夢美に、真上教授は苦笑しながらすっと立ち上がった。二人に背を向け、こめかみに手を当てる。
「……一応、聞いてはおきますが……それを学会に発表する気はないんですか?」
「別にどうでもいいわ。今の私にとって一番大切なのは第五の力を学会に認めさせることだから」
「……そうですか。残念です、平行世界とかとても素敵だと思うんですけれど」
真上教授の含みのある物言いに、夢美は首をかしげた。
 真上教授は振り向くと、座っているちゆりの首に背後から腕を回し無理やり立たせた。座っていた椅子がちゆりの足に引っかかり倒れる。ちゆりのこめかみに何か硬いものがゴリッと押し当てられた。科学魔法の拳銃だった。
「し、真上くん……?」
「でも、わたしにとっては極めて好都合です」
 真上教授は柔らかな微笑を浮かべたまま、銃口をちゆりのこめかみに押し当てる。
「やめなさい! あなた、一体何のつもり!?」
思わず夢美が立ち上がると、真上教授はすかさず銃口を彼女に向けた。
「変な真似はしないように。これは小さくても必殺の武器ですから」
 この時ちゆりは、真上教授のセリフに感銘を受けていた。今度機会があったら真似してみようと、次の機会が永遠に失われるかもしれない状況で思っていたのだが、結果的にはそれは実現する事となっている。
「わたしもこの世界にはうんざりしていたところだったんです。せっかくわたしが元いた世界から、こんな田舎くんだりまでいろいろな技術を持ってきてあげたというのに、誰もそれを理解しようとはしなかった。それどころか無駄な研究ばかりしていると研究費を下げられる始末! 正直この世界は腐っています! 全ての力が統一できるとかなんとか言って、それより先のことを考えるのをやめてしまっているんです!」
「あら、その点は全面的に同意よ」
「おい!」
 ちゆりが叫ぶと、夢美はごほんと一つ咳払いをした。
「って、あれ? 別の世界って、あなたもしかして……」
「ええ、わたしは平行世界の移動技術を持つ中央67の人間です。ただ、わたしの使っていた移動装置が壊れてしまいまして。しかもここは衛星世界、平行世界の移動技術を持っていないので、わたしはこの世界から出られないんです」
「だから、私が作った装置をよこせ、と?」
「話が早くて助かります。断ればもちろん、今この場でちゆりさんの頭を撃ち抜くことになりますが、わたしとしてもそれは避けたいんです。ですから、おとなしく言うことをきいてもらえませんか?」
「なんで穏便に話を進められないんだ? 貸してもらうとか、もしくは迎えに来てもらうとかさ」
真上教授の腕の中で、ちゆりが真上教授の顔を見上げながら呟くと、彼は落ち込んだ風にため息をついてから答えた。
「自世界の技術を使って他世界で一旗上げようとしたり、密輸なんかをしようとするのは犯罪なんですよ。そういう奴は平行警察に目をつけられます」
「ははあ、お前犯罪者だったのか。なっとくいったぜ」
「人の頭に銃を押し付ける奴が犯罪者じゃなくてなんだってのよ」
 しばし、夢美と真上教授は睨み合った。夢美の頬を一筋の汗が垂れ、反対に真上教授は清々しいまでの笑みを浮かべている。その間に挟まれて、ちゆりは今にも泣き出しそうな表情をしていた。夢美は苦虫を噛み潰したような顔で、一つ息を吐いた。
「……わかったわ。ついてきて」
夢美がドッグの扉を開けて中に入っていくと、真上教授もその後をちゆりを捉えたままついていく。密着していて歩きにくいせいか、二人はどたどたとがに股気味に歩くので、はたから見ると間抜けなことこの上なかった。
「あわっ」
 そんな歩き方をしていればつまづいてしまうのも仕方のないことで、足をもつれさせて転びかけたちゆりを、真上教授はすかさず体に手を回して抱きかかえた。真上教授の手が服の上からちゆりの胸を掴み、ちゆりは顔を朱に染めた。
「は、はわ、はわわわわ……」
「だっ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、大丈夫だから……その、手を……」
ちゆりの胸を鷲掴みにしていることに気付いた真上教授は、慌ててその手を離した。
「も、申し訳ありません、決してわざとでは……」
「わ、わかってるぜそれくらい。わざとだったらぶん殴ってる」
小さく縮こまりうつむくちゆり。しばし真上教授は両手を頭の上にあげていたが、ちゆりが上目遣い気味に真上教授に尋ねた。
「なあ……私のこと、捕まえてなくていいのか?」
「えっと、いい、ですか……?」
「ん……」
 真上教授はおっかなびっくりといった様子で、背後からちゆりの首に手を回した。首に少し手が触れると、ちゆりはくすぐったそうに身を捩らせ、か細い喘ぎ声を喉奥から漏らした。
「ちょっと、なにイチャついてるのよ」
ドッグ内、可能性空間移動船の入り口前で、夢美は腰に手を当てて呆れた表情をしていた。ちゆりと真上教授は慌てて夢美の元まで駆け寄り、夢美は入り口前のボタンを操作した。すると、可能性空間移動船の扉が自動でゆっくりと開いた。
「さあ、それでは中央67の座標を言う通りに登録してもらいましょう」
 そう言いながら真上教授は船に乗り込んだ。首に回された腕に少し力が入ったのを、ちゆりは感じた。次の瞬間、ガツンと鈍い音がして真上教授は力が抜けたようにちゆりにもたれかかった。背後から抱きつくような形で。
「わー! わー! きゃー! きゃー!」
「ちょっとちゆり、うるさいわよ」
真上教授は気を失っていた。ちゆりは真上教授を床に寝かせると、抱きつかれた(真上教授の名誉の為に言っておくと、抱きついたわけではない)時の感触を思い出し、また顔を赤くさせた。横たわった真上教授の顔の上では、デグーがチーチーとせわしなく鳴きながらくるくると回っていた。
「体温、心拍数、共に上昇。微量の膣粘滑液を観測。ご主人様、えっちなこと考えてますねぇ」
 背後からかかったのんびりと間延びした声にちゆりが振り向くと、船の入り口のすぐ脇で、メイド服を着た少女がデッキブラシを両手で握って嬉しそうに笑っていた。どうやら少女がデッキブラシで真上教授を殴ったらしい。
「る、る〜こと! お前、いつからそこに!」
「なんか研究室が不穏な感じでしたので、ここで待機していたんですよぉ」
 る〜ことと呼ばれたメイド服を着た少女は、夢美が開発したポジトロン電子頭脳を持つ人間型のアンドロイドである。アンドロイドのくせしてやたらと人間臭く、メイド服を着ていることから察せるように家事手伝いロボットなのだが、その家事手伝いもお世辞にもうまいとは言えない。食器を洗わせれば割り(アンドロイドなのに手洗い)、床を掃除させればバケツをひっくり返し(アンドロイドなのに雑巾がけ)、おつかいを頼めば財布を忘れる(アンドロイドなのに電子マネーを使わない)ような体たらくである。
 彼女が着ているメイド服の背中には、アルファ線、ベータ線、ガンマ線を表した三つ葉の放射性標識がある。これは、彼女の動力源が体内にある小型核融合炉であるからだ。
 ちなみに、彼女を製作するにあたって参考にされたアンドロイドは、かの有名なアレックス・マルチプレックスカンパニーの執事アンドロイド、アレックスであった。
「兎も角、助かったぜ。危うくこの船を盗まれかけたんでな」
「おやぁ、それは災難でしたねぇ」
 る〜ことは相変わらず、にこにこと嬉しそうな顔で言った。
「まったく災難がってそうに聞こえないんだが」
「そんなことないですよぉ。これでも一応はそれなりに災難がってますし、アシモフさんのロボット工学三原則を平気で破るくらいには危機感も持ってますって」
「そういえばお前、ロボットなのに平気で人間に危害加えてるけど、大丈夫なのか?」
「まあ元々そんなプログラムされてませんですし」
ちゆりはあわてて夢美に目をやった。夢美は目をそらし、知らん顔をしていた。
 人間と同じ見た目であろうとも、その機能や力は人間のそれを軽く超えてしまう、それがロボットである。だからこそ、万が一の時に人間に危害を加えてしまうようなことがないよう、ロボットには人を攻撃してはいけない、命令を遵守しなければならない、などのプログラムが施されるのが常識だ。でなければ、人類などたちまちロボットの軍団に滅ぼされてしまうからである。核ミサイルとか使われて。
「でもでも、ご主人様に危害を加えさせないために、私は真上教授を殴ったんですから、これは間接的にご主人様に危害を加えないようにしたってことで、第一条に当てはまるのでは……」
 ちなみにご主人様とはちゆりと夢美のことである。
「……はぁ。まあいいや、おかげで助かったのは事実だしな。変にフレーム問題とか起こされても困るし。だが、常識の範囲内に力加減をすることだけは怠ってもらっちゃ困るぜ」
 はぁい、とる〜ことは嬉しそうに言った。
 さてと、と夢美が手を叩いた。
「まあそんな訳で、私たちはこの世界にのんびり留まっていられなくなった訳よ。どうやら学会の連中にもばれてしまっているみたいだし、奴らにこの船を横取りされる前に出航準備! 五分後に出発するわよ!」
「五分後!? いや、ちょっと急すぎないか?」
「なに言ってるのよ! たった今目の前で危うく船を盗まれかけたんじゃない! ほら、急いで急いで!」
 皆が出航に向けて動き出そうとした、その時。
「おっと、全員そこを動くなよ」
船の入り口に、拳銃を持った男が一人現れた。またか、と思いながら両手をあげるちゆり。夢美とる〜こともそれにならい両手を上げた。拳銃を持った男は、学会員の一人である冠島教授だった。冠島教授は顎の髭をいじりながらにやりと笑う。
「まさか、わしと同じようなことを考えておるやつがもう一人おるとは思わなかった。この男に先を越された時は焦ったが、おかげで助かったよ。わしもこいつと同じ境遇なんでな。さあ、おとなしくこの船を明け渡すんだ」
「えーっと、つまり、冠島教授も別の世界から来た人間ってことか?」
「わはははは、その通りだ」
 ちゆりがこめかみを押さえながら唸る。冠島教授は急げ急げと銃を振り回した。と、真上教授の顔の上で鳴いていたデグーが、チロチロと冠島教授の足元へと駆け寄っていった。そしてぴょんと跳ねると、冠島教授の足にしがみついた。直後、バチバチっと電流がデグーの体から発せられると、冠島教授は
「ぎゃっ!」
と叫ぶや否や、白眼をむいて倒れてしまった。
「なななっ、なんっ、なんっ、なんだなんだ? なんなんだ?」
 何が起きたのか理解できず呆気にとられているちゆりたちを尻目に、デグーは再び真上教授のもとへと戻ると、チイチイと鳴いた。
「よくやってくれました、ありがとう」
そう言って先ほどまで気絶していたはずの真上教授は、まるで何事もなかったかのように立ち上がり、デグーを肩に乗せた。状況について行けずにうろたえるちゆりと夢美に、真上教授はぺこりと頭を下げた。
「騙すような真似をして申し訳ありません。わたし、平行警察の真上ユキズリといいます。学会の中に潜んでいた異世界犯罪者をあぶり出すために、ちょっと協力してもらいました」
「ちょっと協力って……ちょっと強力で頭に銃を突きつけられたらたまったもんじゃないぜ!」
 ちゆりが噛み付かんばかりの勢いて真上教授を睨みつけると、教授は苦笑いを浮かべながら後ずさった。
「仕方なかったんです。夢美さんの研究室にはいくつも盗聴器が仕掛けられていましたし、どこであなたがたが監視されているともわかりませんでしたから、うかつに本当のことも言えなかったんです。それで、異世界犯罪者……つまり冠島教授があわててここにやってくるよう、仕向けたんです」
「自分が盗もうと思っていた船が他の誰かに盗まれそうだから、横取りしてやろうって思わせたのね」
「その通りです。怖がらせてしまって申し訳ありません」
 そう言って真上教授はちゆりにふたたび頭を下げた。そこまで申し訳なさそうに謝られると、ちゆりとしてもどうにも怒るに怒れなかった。それに、方法はどうあれちゆりたちを守るための行動であることに間違いはないのだ。ちゆりは頭を下げた真上教授の肩に、ぽんと手を置いた。
「ま、何はともあれ、お前のおかげで船が盗まれることもなかったんだしな。その点は素直に感謝しておくぜ」
真上教授は顔を上げると、ちゆりに向かって微笑んだ。ぽっと、ちゆりの頬が朱に染まる。
「ありがとうございます、ちゆりさん」
 そうしてしばし見つめ合っていた二人の間に割り込むようにして、る〜ことが嬉しそうに言った。
「ご主人様ご主人様! 私も捜査に協力したんですよ? すごいですよねすごいですよね!」
ずずいとちゆりに顔を近づけるる〜こと。ちゆりはそれを押し返すと、一歩後ずさった。相変わらずそれでもる〜ことは嬉しそうだった。
「あんたに一体、何ができるって言うのよ」
 腰に手を当て、怪訝そうに夢美が言った。自分で作っておいてこの扱いに、る〜ことは嬉しそうな表情のままおよよ、と涙を流した。
「ひどいですひどいですご主人様、私だってたまには役に立つんですよぉ?」
「実は、る〜ことさんにはあなた方を監視していたときに、早々にそのことがばれてしまいまして。それで、協力者として潜んでいてもらうことにしたんです。で、あなたがたが船を完成させたことを報告してもらい、そのタイミングでわたしが研究室を訪ねたんです」
「じゃあ、そこでる〜ことが殴ったのは……」
「わたしが気絶してしまえば、冠島教授は乗り込んで来やすくなりますからね。あ、もちろん手加減はしてもらいましたから、気絶したのはフリです」
 得意げな表情をしたる〜ことは、腰に手を当ててえっへんと偉ぶった。
「どうです? ご主人様の周囲にいる不審者も即座に発見できますし、まさか私が真上さんの協力者だなんて、思ってもみなかったでしょう?」
「不審者ってもしかしてわたしのことです?」
真上教授の問いに、る〜ことは聞こえなかったフリをした。
「つまりる〜こと、あなた、ご主人様である私たちに嘘をついていたのね?」
 夢美がる〜ことをキッと睨んで言うと、彼女はうぐぅと呟いて後ずさった。その頬を汗が伝う。えーっと、だの、あーっと、だの、しどろもどろとした後、る〜ことは苦し紛れに呟いた。
「いや、その、これも遠回しに第一条に当てはまるんじゃないかなー、って……」
「そんな言い訳が通るわけないでしょ!」
「よっ、良かれと思ってやったんですぅー!」
 正座をさせられ、夢美にお説教を喰らうる〜ことに苦笑する真上教授。と、袖を引っ張られて振り返ると、ちゆりが顔を真っ赤にしながら教授を睨んでいた。
「気絶したフリ……って言ってたよな?」
「えっ、あ、まぁ……」
「それじゃあ、どさくさに紛れて後ろから抱きついたのもわざとってことで、いいんだな?」
「いや! あれはあの体勢からいって自然なもので、決してわざと抱きついた訳では……!」
「言ったぜ? わざとだったらぶん殴るって」
「あああ、待ってくださいちゆりさん、落ち着いて……」
「落ち着いていられるか! このバカ!」
鈍い音が響き渡り、真上教授は今度こそ本当に、地面に倒れることとなった。


 ちゆりは船の操舵室に入り、メインコンピュータを起動した。操舵室といっても通常の船のそれとはだいぶ異なり、どちらかというと旅客機のコックピットに近い。いくつものホログラムモニターが展開されたグラスコックピットで、操縦席と副操縦席がある。
 船内の全システムが正常に作動すると、ブウンと腹に響く低い音が船を振動させた。核融合炉のエネルギーが空間に歪みを生み出し、高速回転するS型コイルから発せられた磁場が、船の周囲の歪みを大きく膨らませていく様が、ホログラムメインモニターに立体的に表示される。歪みはまず空間に裂け目を作った。瞼が少し開くように、空間の一部が上下に分かれる。ミューラー回路ユニットが起動すると、その裂け目が大きく口を開け、やがてその裂け目には球体が生まれた。今はまだ小さな球体だが、その向こう側にはかすかに、この場所とは違う光景が見えた。
「夢美様! こっちは準備完了だぜ!」
 ちゆりがエントランスに戻ると、両手を拘束された冠島教授を真上教授が立たせていた。冠島教授はまだ力が入らないのかふらふらとしている。
「こいつはどうなるんだ?」
「彼は元いた世界に連行されます。まあ、犯罪者としてですが、元の世界に戻れるのですから本望でしょう」
「違いないぜ」
そう言ってちゆりは笑い、釣られて真上教授も笑った。
「っと、忘れてました。ちゆりさん、これを」
 そう言って真上教授が何かをちゆりに差し出した。受け取ると、それは手帳だった。開いて見せると、ホログラムが中空に映し出された。そこには『世界間渡航許可証』『タマワウ線世界平行警察監視員、真上ユキズリ発行』と表記されていた。
「向かった先の世界でも、わたしのような平行警察に出会うでしょうから、そうしたらこの手帳を提示してください。この世界のわたしが許可しましたって証明書です」
「ありがとう、助かるぜ」
「それから……」
 真上教授は少し言い辛そうにどもると、一呼吸置いてから、ちゆりに言った。
「よかったら、この世界に戻ってきたら、一緒に食事でもいかがですか。その、色々と迷惑をお掛けしたので、その埋め合わせに」
そう言って目をそらす真上教授。ちゆりは段々と顔が熱くなっていくのを知った。それを悟られまいとちゆりは背を向けたが、彼女の顔は耳まで真っ赤になっていた。
「そっ、そうだな! 下着姿を見られたり胸を掴まれたり抱きつかれたりした埋め合わせは大きいぜ! おフランスか、お懐石か、おウナギなんかもいいな! ま、帰ってきたときの楽しみに取っておくぜ」
「期待していてください」
 真上教授は冠島教授を連れて船を出た。そうすると、なんだか一気に静かになった気がして、その寂しさからちゆりは自然と夢見の元へと駆け寄っていた。夢美はエントランスのソファで足を組みながらニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「だらしないぜ」
足を組んでいるせいか、スカートがめくれて太ももまで露わになっているのを指して、ちゆりが言った。
「あら、だらしないのはあなたの顔よ、ちゆり。だらしなく緩みきってるわ。筋弛緩剤でも打たれたみたいにね」
 指摘されて、ちゆりは自分が笑っていることを知った。ああ、確かにこれはだらしがないなと、ちゆりは口を真一文字に縛った。しかし、すぐに口角が上がってしまい、夢美はおかしそうに笑った。
「ああ、駄目だぜ。ああいったのには慣れてないんだ。だから思い出すとどうしてもにやけてしまう」
「まったく、まるでメロドラマでも見ている気分だったわ。真上くんもつくづく変わった趣味よねぇ」
「おい、どういう意味だよそれ」
「さあ、どういう意味かしら?」
くっくっと笑う夢美に、ちゆりは頭を掻いた。それから、思い出した風に言った。
「準備完了だぜ、夢美様。いつでも別の世界に行ける」
「……いいのね?」
「今更だぜ。最悪戻ってこられなかったとしても、私たち二人ならまあ、どうにかなるだろ?」
「そうね。どうにかなるわよね」
 ちゆりが手を差し出すと、夢美はそれを掴んで立ち上がった。
「こういうの、憧れてたんだよねー」
 二人は操舵室に入ると、ちゆりは操縦席に、夢美は副操縦席に深々と座った。シートベルトをきつく締めると、ちゆりはメインモニター下の操作盤についているトグルスイッチを跳ね上げ、セレクタスイッチを回した。そして最後に押しボタンカバーを開き、
「核ミサイル発射ァ!」
その下の赤く光る押しボタンスイッチを押した。船内に警報が鳴り響き、赤色灯が船内を照らした。しかしもちろん、核ミサイルが発射されることはない。もっとも、核ミサイルそのものは船に積んであるのだが。
「なに馬鹿なことやってんのよ」
「いやぁ、一度はやってみたくなるじゃん」
 操舵室のモニターには球体の歪みが段々と大きくなっていく様が映し出されている。これから、あの球体の中へと入るのだ。緊張からかちゆりの頬を汗が伝った。
『総員、三〇秒後の衝撃に備えてください。カウントダウンを開始しますぅ』
 船内にアナウンスが響く。
「って、る〜ことじゃねぇか」
『はい、一応ロボットですからぁ。とえんてーすりー、とえんてーつー、とえんてーわんー』
「おい、そのみっともないカウントやめろよ!」
『ええっ、ひどいぃー!』
 夢美が操作盤のホログラムキーボードにコマンドを入力すると、新しく出現したホログラムモニターにデジタル数字が表示され、改めてカウントダウンが開始された。ちゆりはメインモニターに映し出された球体を見つめた。球体の向こう側には別の世界が、全天球カメラで撮ったパノラマ写真のように映し出されている。球体の周囲は、球体を包むように円形の歪みが生まれ、まるで瞳のようにも見える。
「わかる? あれ、テッセラクトよ」
 夢見が球体とその周囲の歪みを指して言った。
「テッセラクトって、四次元超立方体か?」
「そう。よく見ておきなさい。この三次元世界に生まれたもう一つの次元、あの球体に私たちが入ると球体は三次元に展開され、入れ替わりにこの三次元世界が球体に収縮する。テッセラクトの回転図と、構造は同じよ」
『突入まで五秒前、三、二、一、突入開始します』
 バン! と、爆発音のような音が響いた。球体の世界が大きく広がり、世界を飲み込んでいく。空間の歪みが船を引きずり込もうとし、船は大きく揺れた。もしそのまま引きずりこまれたりしたら……そう考えるとちゆりはモニターを目を見開いて凝視した。
 小さな球体の中に広がっていた世界は、今やモニターを埋めつくさんばかりに広がっている。反対に、さっきまで船が停泊していたドッグはどんどん端に追いやられ、やがてぐるりと反転したかと思うとパノラマ写真のような球体となってしまった。
 船の揺れが収まると、球体はふっと収縮し、あわせて周囲の歪みも小さくなっていった。やがてそれらが全て消えると、そこにはさっきまで見ていたのとは違う、昼間の学校の校庭と思しき風景が広がっていた。それも、ちゆりたちがいた世界より何世紀も遅れた風である。S型コイルやミューラー回路ユニットの起動音が段々と小さくなり、ちゆりたちはホッと息をついた。
「やった……のか……?」
「ええ、成功よ。ここはもう別の世界。私たち、別の世界に来たのよ」
ふたりは顔を見合わせると、ニヤリと笑ってハイタッチを交わした。
「さあて、ここからが忙しいわよ。この世界に果たして魔力があるのかどうか、早速調査に向かうのよ!」
 夢美はシートベルトを外すと、背伸びをしながら操舵室から出た。その後を追うようにちゆりも出る。
「向かうのよ! って、夢美様はどうすんだ?」
「こっちの世界こそお昼だけれど、私たちのいた世界だったらもう十一時過ぎよ? 私は眠いの。ちゆりはさっきまでぐっすり寝ていたんだから、元気でしょう? ほらほら、行った行った」
そう言って夢美はエントランスのソファーに寝そべってしまった。本当に眠かったのだろう、ものの数秒もしないうちに夢美は胸を小さく上下させて寝息を立て始めた。
「ひどいぜ」
ちゆりはため息をつきながら、船の扉を開けた。眩しい陽の光が、窓のない船内へと差し込んだ。
 両名が幻想郷に辿り着くまでの、数々の平行世界でのお話。今後、夢時空登場キャラを中心にうじゃうじゃ増えていく予定。

 それはそうとちゆりちゃんかわいいですよね!!!!! ちゆりちゃんにおいしいおウナギ食べさせてあげたさあります!!!!!
雨宮和巳
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コメント



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2.90名前が無い程度の能力削除
シーンがZUN絵よりむしろ竹本絵で脳内再生される
3.100名前が無い程度の能力削除
とても面白かったです
最高でした
こういう90年代アニメ的なノリ大好きです
5.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
こういう感じは良いですね
7.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
今後の展開に期待してます。
11.100名前が無い程度の能力削除
竹本マンガというか、90年代初期の香りがすると申しますか
素晴らしかったです
ちゆりファンが居て下さって嬉しい・・・・。このサイトに辿り着いて良かったと始めて思いました