張りのある健康的なふくらはぎを覗かせる青空色のワンピース。それと同じ色の凍りついたような瞳。ふんわりのウェーブのかかった水色のショートヘアに、青い大きなリボン。
霧の湖にて、チルノは大妖精と待ち合わせをしていた。
太陽はもう真上に昇り、暖かな日差しをサンサンと降り注がせている。それは約束の時間が少し過ぎていることを表している。
「お昼前って約束したのになー」
チルノは足元の小石をつまらなそうに蹴っ飛ばした。
真面目な性格の大妖精が遅刻するなんて珍しいことである。
「ごめーんチルノちゃん! お待たせー」
三つ目の小石を見つけて湖面に蹴り落とそうとした時、息を切らせながら緑色の髪を黄色いリボンでサイドポニーに纏めた少女————大妖精が駆けつけてきた。
「遅いよ大ちゃん」
「ごめんねー。霖之助さんが眼鏡を失くして困ってたから一緒に探してあげてたの」
「あたいに言ってくれれば一緒に探したのに……ん? 大ちゃんそれなぁに?」
チルのは小鳥のように首を傾げて、彼女が持っている細い木の棒のようなものを見つめた。
「これはね、耳かきって言うんだって。霖之助さんのお手伝いをしたお礼に貰ったの」
「耳かき?」
「うん。耳の穴をキレイにする道具。せっかくだからチルノちゃんにやってあげようか?」
「なんだか面白そうね。やってやって!」
好奇心旺盛なチルノは瞳をキラキラと輝かせる。
大妖精は地面に正座すると、ふんわりと広がる青色のワンピースの上から柔らかそうな太ももをポンポンと叩いて言った。
「じゃあチルノちゃん、ここにおいで」
「ひざまくら?」
「ひざまくら」
「わーいっ」
チルノは大喜びで大妖精の太ももに顔を埋めた。チルノよりも少し発育の良い妖精少女の腿は、まるで高反発枕のようにふっかふかだった。お日様をよく浴びた花の匂いのような女の子の匂いに包まれ、氷の妖精は母に甘える娘のように表情を蕩けさせる。
大妖精はクスクスと笑いながら水色の髪の毛を愛おしそうに撫でる。
「うふふ、チルノちゃんってば甘えんぼなんだから」
「はぁ~やぁらかい。あたい幸せ~」
「あんまり頬擦りされるとくすぐったいよチルノちゃん。今から耳かきするんだから、動いちゃだめ」
「はーい」
肩にかかる長さのショートヘアを掻き分けて、形の良い小さな右耳が姿を現した。
可愛らしい耳たぶを引っ張って穴を覗き込む。すると大妖精は目を丸くして驚いたような声を上げた。
「うわぁ。いっぱい溜まってる」
「ホント?」
「黄ばんだ耳垢があっちこっちにべっとりと……これは女の子としてダメだよチルノちゃん。私がキレイにしてあげる」
動いちゃダメだからねともう一度念を押して、大妖精は竹製の耳かきをチルノの耳穴に近づけた。
少し考えた後、まずは耳殻から掃除し始めることにする。
カリカリカリカリ……カササッ……。
「んっ……きもちぃ」
耳の溝に添って丁寧に耳かきを動かし、粉っぽい耳垢を拾い集めていく。チルノは心地よさげに目を細めた。
木を削るような小気味の良い音と共に軟骨に響く爽快感。チルノはすっかり夢心地である。ふっくらと脂肪が付いた太ももに頬を擦り付け、喉を鳴らす仔猫のようにくつろいでいる。
「はぁぁ~。ねぇ大ちゃん、もうちょっと奥……」
「焦らないで。こうちゃってまずは外側をこしょこしょ~ってすると、体の力が抜けて耳穴が広がるんだって」
耳の穴の周辺を耳かきで優しく擽られると、確かにチルノは全身が弛緩していくのを感じた。
「チルノちゃんの耳は冷たいね」
「大ちゃんの指はあったかいよ」
「ふふ……さて、そろそろ奥の方に入れるね」
大妖精は唇を引き結んで真剣な面持ちになると、ゆっくりと耳かきを耳穴深くへと差し込んでいく。
カリっ……と丁度かゆい所を絶妙な力加減で擦られ、チルノの背筋をゾクゾクっとする快美感が駆け上がる。思わず溜息が漏れた。
「大ちゃん、そこもっとぉ」
「ここが気持ちいいの?」
陶磁器を磨くかのように丁寧に、丹念に、大妖精は耳かきを操って耳壁を掻く。ガササッ……ベリッとチルノの脳に大きな音が響いた瞬間、僅かな痛みとそれを遥かに上回る爽快感と共に何かが剥がれ落ちる感触がした。
「んんっ!」
「あっ!」
二人の声が重なる。
「チルノちゃん、見て。こんなに大きいのが取れたよ」
大妖精は満開の笑顔を裂かせて、耳かきの先端に乗せた戦利品を見せびらかした。パイ皮のようなそれはちょっとした大物であり、チルノは自分の耳が少しだけ風通しが良くなったように思えた。
「すごい」
「でしょ? もっと取ってあげる」
これを捨ててしまうのは釣った大魚を逃がすような勿体なさを感じたが、野外にティッシュのような気の利いたものはなく、やむなく土の上へと落とす。
耳かきが再びチルノの耳穴に侵入した。
ザク、ザザ、ザク……ベリリッ……。
「はふぅ~きもちいいぃ~」
こびり付いた耳垢を薄く精緻な造りの竹耳かきで剥がされると、小さな電気が走ったようなピリっとした快感が生まれる。
チルノはすっかり耳かきの虜になっていた。緩みきった口角からは今にも涎が垂れんばかりだ。
「チルノちゃんの耳、お掃除し甲斐があって楽しいな」
大妖精もまた、耳かきの魅力に憑りつかれてしまったようだ。
氷精少女の耳穴はまるで宝の山で、掘っても掘っても黄ばんだ耳垢は尽きることなく出てくる。
たっぷり十分ほど耳穴から汚れを掻き出し、ようやく大妖精は満足そうに言った。
「うん。これでこっち側の耳は完璧にキレイになったよ」
「ん、大ちゃんありがと」
「どういたしまして。じゃあ仕上げするね」
大妖精は耳かきの前後を入れ替えて持ち、タンポポの綿毛のようなフワフワ————梵天でチルノの耳殻をくすぐる。
水鳥の羽根からできたそれは少女の傷付きやすい耳の表皮を優しく愛撫し、産毛に絡み付いた僅かな耳垢の残滓さえ拭き取っていった。梵天が耳穴の中で回転すると、こそばゆさ混じりの快感に喘いでしまいそうになる。
「こちょこちょこちょこちょ……はい、おしまい」
「あ……」
天使の羽根のような感触が離れてしまい、チルノは名残惜しそうな声を出す。
「ふぅ~っ」
「ひゃあっ!?」
不意打ちで耳の穴に生温い息を吹きかけられ、裏返った声でチルノは悲鳴を上げた。右耳を押さえながらガバリと半身を起こし、耳朶を赤く染めながら大妖精を上目遣いに睨む。
「だ、大ちゃん何するのさ! ビックリしたよ」
「ごめんねチルノちゃん。でも耳かきの仕上げにこうするって霖之助さんに教えてもらったから……」
「そうなの?」
「うん。霖之助さんも魔理沙さんにこうやって耳かきしてあげてるんだって」
「そーなのかー……」
耳をフゥ~っとすることに何の意味があるのかは分からないが、物知りな彼もそうしているのなら間違いはないのだろう。
「チルノちゃん、続きしようか? 今度は反対側を向いて膝の上に寝てね」
「わかった」
納得したチルノは言われた通りに大妖精の膝枕に頭を預ける。目の前には青色のワンピース生地に包まれた、決して太ってはいないけれど柔らかくて触り心地の良さそうなお腹がある。
チラリと横目で大妖精の顔を見ようとしたが、双つ並んだふくよかな山峰に視線を遮られた。
(あたいもいつか成長してこんな風になれるのかなー。それとも妖精だからずっと変われないのかな?)
「動いちゃダメだよ」
再び耳かきが左側の耳殻を優しく掻き始める。
カリカリと耳壁に張り付いた耳垢を根気よく剥がし、シャッシャと一か所に集めて、ススっと耳穴の外へと運び出す。その繰り返しが単調な子守唄のように心地よく、うたた寝してしまいそうになる。
「うふふふ、大漁大漁」
大雑把な性格のチルノは耳のお掃除などろくにしたことがなく、せいぜい痒いと思った時に小指を突っ込んで掻くくらいだ。
その為彼女の耳穴は掃除し甲斐のある汚れ具合であった。チルノのお世話を焼くことに喜びを感じる大妖精は、鼻歌混じりに小さく愛らしい耳を綺麗にしていく。
サク、サク……カリリッ……サク……シャッシャ……ガリッ!
「んぅ!」
何かに引っ掛かるような音が鼓膜に響いて、鋭い痛みを耳穴の中に感じた。思わずチルノは小さな悲鳴を漏らす。
「あ、ごめんねチルノちゃん。痛かった?」
「ちょっと痛かった。でも平気だよ。あたいはさいきょーだからね」
「奥に大きいのが張り付いてるみたい。頑張って取ってみるけど、また痛くなったらすぐに言ってね」
お人形のように可愛らしい親友のチルノの身体に、たとえ耳の中といえど傷を付けるわけにはいかない。
大妖精は深呼吸をして気を落ち着かせると、慎重過ぎるほど慎重に大きな耳垢の周辺を掻き始めた。
「ふっ、ぁん……」
痒い所の周りばかりを焦らすように耳かきの先端で撫で摩られ、もどかしい快感にチルノは悩ましい吐息を漏らす。
耳垢はどうやら耳壁とほとんど一体化しているようであった。力任せに一気に剥がせばまた痛みが走るかもしれない。大妖精は焦らず確実に、獲物の周辺から攻めて癒着力を弱めていく。
それはちょうど貴重な化石を掘り出す際に周りの土から除けていくかのようであった。
ガリ……ッ!
「っ!」
遂に耳かきの先が耳垢と耳壁の間へと潜り込み、ゆっくりと剥がし始める。
「痛い?」
「だ、だいじょーぶ」
強がりではない。大妖精の器用な耳かき捌きは、痛みを最小限にしてベッタリと癒着した耳垢を剥離させていった。
メリッ、メリリッ……ベリッ!
一際大きな音が鼓膜を揺らすのと同時に、かさぶたを剥がす時の爽快感を何倍にもしたような快感が脳のすぐ近くで響いた。広くなった耳穴へ爽やかな風が流れ込む。
「取れた! 取れたよチルノちゃん!」
「おぉー、でっかい」
サイドテールを揺らしてはしゃぐ大妖精の耳かきの先には、小指の先ほどもある黄ばんだ耳垢が乗っかっていた。
薄く拡がるパイ皮のようなそれは、どうやらチルノが指で耳かきをした時に押し込んでしまった耳垢が潰れて固まってしまったもののようだ。
「これ捨てちゃうの勿体ないなぁ」
大妖精は惜しみながらそれを土の上に落とし、耳垢が剥がれて新たに露出した耳壁を優しく掻いた。
「あっ、そこ気持ちいい。もっと掻いて」
「ずっと耳垢に覆われてた所だから痒いよね。ほら、カリカリカリ……」
痒いのに手が届かなかった背中を、ようやく他人に思いっきり掻いてもらうかのような快感。チルノは幸せそうにうっとりと童顔を蕩けさせ、大妖精の柔らかな太ももに甘えた。
「梵天でお掃除して。最後に……ふぅ~っ」
「ひゃんっ!」
すっかり油断しているチルノの耳に不意打ちで息が吹きかけられる。
「はい、おしまい」
「ありがと大ちゃん」
これで耳かきは終わり……なのだが、チルノは膝枕に頭を預けたまま動こうとしなかった。ネコ科の動物のよう呑気な大あくびをして、手の甲で青い瞳を擦る。
「あたい、なんだか眠くなってきちゃった」
「私のお膝でお昼寝する?」
「いいの? やったー……えへへ……」
チルノは大好きな親友の太ももに頬擦りをして、目を閉じた。
「ねぇチルノちゃん」
「なに……?」
「また耳かきして欲しくなったら、いつでも言ってね」
「……うん……」
「……チルノちゃんはどんどん強くなって、なんだか遠い存在になっちゃう気がしてたから、こうやって甘えてくれると私は嬉しいの」
「……」
「ねぇ、チルノちゃん。私達ずっと……」
「……あぁ、もう寝ちゃったんだ。ふふふ、可愛い寝顔……おやすみ、チルノちゃん」
霧の湖にて、チルノは大妖精と待ち合わせをしていた。
太陽はもう真上に昇り、暖かな日差しをサンサンと降り注がせている。それは約束の時間が少し過ぎていることを表している。
「お昼前って約束したのになー」
チルノは足元の小石をつまらなそうに蹴っ飛ばした。
真面目な性格の大妖精が遅刻するなんて珍しいことである。
「ごめーんチルノちゃん! お待たせー」
三つ目の小石を見つけて湖面に蹴り落とそうとした時、息を切らせながら緑色の髪を黄色いリボンでサイドポニーに纏めた少女————大妖精が駆けつけてきた。
「遅いよ大ちゃん」
「ごめんねー。霖之助さんが眼鏡を失くして困ってたから一緒に探してあげてたの」
「あたいに言ってくれれば一緒に探したのに……ん? 大ちゃんそれなぁに?」
チルのは小鳥のように首を傾げて、彼女が持っている細い木の棒のようなものを見つめた。
「これはね、耳かきって言うんだって。霖之助さんのお手伝いをしたお礼に貰ったの」
「耳かき?」
「うん。耳の穴をキレイにする道具。せっかくだからチルノちゃんにやってあげようか?」
「なんだか面白そうね。やってやって!」
好奇心旺盛なチルノは瞳をキラキラと輝かせる。
大妖精は地面に正座すると、ふんわりと広がる青色のワンピースの上から柔らかそうな太ももをポンポンと叩いて言った。
「じゃあチルノちゃん、ここにおいで」
「ひざまくら?」
「ひざまくら」
「わーいっ」
チルノは大喜びで大妖精の太ももに顔を埋めた。チルノよりも少し発育の良い妖精少女の腿は、まるで高反発枕のようにふっかふかだった。お日様をよく浴びた花の匂いのような女の子の匂いに包まれ、氷の妖精は母に甘える娘のように表情を蕩けさせる。
大妖精はクスクスと笑いながら水色の髪の毛を愛おしそうに撫でる。
「うふふ、チルノちゃんってば甘えんぼなんだから」
「はぁ~やぁらかい。あたい幸せ~」
「あんまり頬擦りされるとくすぐったいよチルノちゃん。今から耳かきするんだから、動いちゃだめ」
「はーい」
肩にかかる長さのショートヘアを掻き分けて、形の良い小さな右耳が姿を現した。
可愛らしい耳たぶを引っ張って穴を覗き込む。すると大妖精は目を丸くして驚いたような声を上げた。
「うわぁ。いっぱい溜まってる」
「ホント?」
「黄ばんだ耳垢があっちこっちにべっとりと……これは女の子としてダメだよチルノちゃん。私がキレイにしてあげる」
動いちゃダメだからねともう一度念を押して、大妖精は竹製の耳かきをチルノの耳穴に近づけた。
少し考えた後、まずは耳殻から掃除し始めることにする。
カリカリカリカリ……カササッ……。
「んっ……きもちぃ」
耳の溝に添って丁寧に耳かきを動かし、粉っぽい耳垢を拾い集めていく。チルノは心地よさげに目を細めた。
木を削るような小気味の良い音と共に軟骨に響く爽快感。チルノはすっかり夢心地である。ふっくらと脂肪が付いた太ももに頬を擦り付け、喉を鳴らす仔猫のようにくつろいでいる。
「はぁぁ~。ねぇ大ちゃん、もうちょっと奥……」
「焦らないで。こうちゃってまずは外側をこしょこしょ~ってすると、体の力が抜けて耳穴が広がるんだって」
耳の穴の周辺を耳かきで優しく擽られると、確かにチルノは全身が弛緩していくのを感じた。
「チルノちゃんの耳は冷たいね」
「大ちゃんの指はあったかいよ」
「ふふ……さて、そろそろ奥の方に入れるね」
大妖精は唇を引き結んで真剣な面持ちになると、ゆっくりと耳かきを耳穴深くへと差し込んでいく。
カリっ……と丁度かゆい所を絶妙な力加減で擦られ、チルノの背筋をゾクゾクっとする快美感が駆け上がる。思わず溜息が漏れた。
「大ちゃん、そこもっとぉ」
「ここが気持ちいいの?」
陶磁器を磨くかのように丁寧に、丹念に、大妖精は耳かきを操って耳壁を掻く。ガササッ……ベリッとチルノの脳に大きな音が響いた瞬間、僅かな痛みとそれを遥かに上回る爽快感と共に何かが剥がれ落ちる感触がした。
「んんっ!」
「あっ!」
二人の声が重なる。
「チルノちゃん、見て。こんなに大きいのが取れたよ」
大妖精は満開の笑顔を裂かせて、耳かきの先端に乗せた戦利品を見せびらかした。パイ皮のようなそれはちょっとした大物であり、チルノは自分の耳が少しだけ風通しが良くなったように思えた。
「すごい」
「でしょ? もっと取ってあげる」
これを捨ててしまうのは釣った大魚を逃がすような勿体なさを感じたが、野外にティッシュのような気の利いたものはなく、やむなく土の上へと落とす。
耳かきが再びチルノの耳穴に侵入した。
ザク、ザザ、ザク……ベリリッ……。
「はふぅ~きもちいいぃ~」
こびり付いた耳垢を薄く精緻な造りの竹耳かきで剥がされると、小さな電気が走ったようなピリっとした快感が生まれる。
チルノはすっかり耳かきの虜になっていた。緩みきった口角からは今にも涎が垂れんばかりだ。
「チルノちゃんの耳、お掃除し甲斐があって楽しいな」
大妖精もまた、耳かきの魅力に憑りつかれてしまったようだ。
氷精少女の耳穴はまるで宝の山で、掘っても掘っても黄ばんだ耳垢は尽きることなく出てくる。
たっぷり十分ほど耳穴から汚れを掻き出し、ようやく大妖精は満足そうに言った。
「うん。これでこっち側の耳は完璧にキレイになったよ」
「ん、大ちゃんありがと」
「どういたしまして。じゃあ仕上げするね」
大妖精は耳かきの前後を入れ替えて持ち、タンポポの綿毛のようなフワフワ————梵天でチルノの耳殻をくすぐる。
水鳥の羽根からできたそれは少女の傷付きやすい耳の表皮を優しく愛撫し、産毛に絡み付いた僅かな耳垢の残滓さえ拭き取っていった。梵天が耳穴の中で回転すると、こそばゆさ混じりの快感に喘いでしまいそうになる。
「こちょこちょこちょこちょ……はい、おしまい」
「あ……」
天使の羽根のような感触が離れてしまい、チルノは名残惜しそうな声を出す。
「ふぅ~っ」
「ひゃあっ!?」
不意打ちで耳の穴に生温い息を吹きかけられ、裏返った声でチルノは悲鳴を上げた。右耳を押さえながらガバリと半身を起こし、耳朶を赤く染めながら大妖精を上目遣いに睨む。
「だ、大ちゃん何するのさ! ビックリしたよ」
「ごめんねチルノちゃん。でも耳かきの仕上げにこうするって霖之助さんに教えてもらったから……」
「そうなの?」
「うん。霖之助さんも魔理沙さんにこうやって耳かきしてあげてるんだって」
「そーなのかー……」
耳をフゥ~っとすることに何の意味があるのかは分からないが、物知りな彼もそうしているのなら間違いはないのだろう。
「チルノちゃん、続きしようか? 今度は反対側を向いて膝の上に寝てね」
「わかった」
納得したチルノは言われた通りに大妖精の膝枕に頭を預ける。目の前には青色のワンピース生地に包まれた、決して太ってはいないけれど柔らかくて触り心地の良さそうなお腹がある。
チラリと横目で大妖精の顔を見ようとしたが、双つ並んだふくよかな山峰に視線を遮られた。
(あたいもいつか成長してこんな風になれるのかなー。それとも妖精だからずっと変われないのかな?)
「動いちゃダメだよ」
再び耳かきが左側の耳殻を優しく掻き始める。
カリカリと耳壁に張り付いた耳垢を根気よく剥がし、シャッシャと一か所に集めて、ススっと耳穴の外へと運び出す。その繰り返しが単調な子守唄のように心地よく、うたた寝してしまいそうになる。
「うふふふ、大漁大漁」
大雑把な性格のチルノは耳のお掃除などろくにしたことがなく、せいぜい痒いと思った時に小指を突っ込んで掻くくらいだ。
その為彼女の耳穴は掃除し甲斐のある汚れ具合であった。チルノのお世話を焼くことに喜びを感じる大妖精は、鼻歌混じりに小さく愛らしい耳を綺麗にしていく。
サク、サク……カリリッ……サク……シャッシャ……ガリッ!
「んぅ!」
何かに引っ掛かるような音が鼓膜に響いて、鋭い痛みを耳穴の中に感じた。思わずチルノは小さな悲鳴を漏らす。
「あ、ごめんねチルノちゃん。痛かった?」
「ちょっと痛かった。でも平気だよ。あたいはさいきょーだからね」
「奥に大きいのが張り付いてるみたい。頑張って取ってみるけど、また痛くなったらすぐに言ってね」
お人形のように可愛らしい親友のチルノの身体に、たとえ耳の中といえど傷を付けるわけにはいかない。
大妖精は深呼吸をして気を落ち着かせると、慎重過ぎるほど慎重に大きな耳垢の周辺を掻き始めた。
「ふっ、ぁん……」
痒い所の周りばかりを焦らすように耳かきの先端で撫で摩られ、もどかしい快感にチルノは悩ましい吐息を漏らす。
耳垢はどうやら耳壁とほとんど一体化しているようであった。力任せに一気に剥がせばまた痛みが走るかもしれない。大妖精は焦らず確実に、獲物の周辺から攻めて癒着力を弱めていく。
それはちょうど貴重な化石を掘り出す際に周りの土から除けていくかのようであった。
ガリ……ッ!
「っ!」
遂に耳かきの先が耳垢と耳壁の間へと潜り込み、ゆっくりと剥がし始める。
「痛い?」
「だ、だいじょーぶ」
強がりではない。大妖精の器用な耳かき捌きは、痛みを最小限にしてベッタリと癒着した耳垢を剥離させていった。
メリッ、メリリッ……ベリッ!
一際大きな音が鼓膜を揺らすのと同時に、かさぶたを剥がす時の爽快感を何倍にもしたような快感が脳のすぐ近くで響いた。広くなった耳穴へ爽やかな風が流れ込む。
「取れた! 取れたよチルノちゃん!」
「おぉー、でっかい」
サイドテールを揺らしてはしゃぐ大妖精の耳かきの先には、小指の先ほどもある黄ばんだ耳垢が乗っかっていた。
薄く拡がるパイ皮のようなそれは、どうやらチルノが指で耳かきをした時に押し込んでしまった耳垢が潰れて固まってしまったもののようだ。
「これ捨てちゃうの勿体ないなぁ」
大妖精は惜しみながらそれを土の上に落とし、耳垢が剥がれて新たに露出した耳壁を優しく掻いた。
「あっ、そこ気持ちいい。もっと掻いて」
「ずっと耳垢に覆われてた所だから痒いよね。ほら、カリカリカリ……」
痒いのに手が届かなかった背中を、ようやく他人に思いっきり掻いてもらうかのような快感。チルノは幸せそうにうっとりと童顔を蕩けさせ、大妖精の柔らかな太ももに甘えた。
「梵天でお掃除して。最後に……ふぅ~っ」
「ひゃんっ!」
すっかり油断しているチルノの耳に不意打ちで息が吹きかけられる。
「はい、おしまい」
「ありがと大ちゃん」
これで耳かきは終わり……なのだが、チルノは膝枕に頭を預けたまま動こうとしなかった。ネコ科の動物のよう呑気な大あくびをして、手の甲で青い瞳を擦る。
「あたい、なんだか眠くなってきちゃった」
「私のお膝でお昼寝する?」
「いいの? やったー……えへへ……」
チルノは大好きな親友の太ももに頬擦りをして、目を閉じた。
「ねぇチルノちゃん」
「なに……?」
「また耳かきして欲しくなったら、いつでも言ってね」
「……うん……」
「……チルノちゃんはどんどん強くなって、なんだか遠い存在になっちゃう気がしてたから、こうやって甘えてくれると私は嬉しいの」
「……」
「ねぇ、チルノちゃん。私達ずっと……」
「……あぁ、もう寝ちゃったんだ。ふふふ、可愛い寝顔……おやすみ、チルノちゃん」
二人とも可愛いなぁ
素敵な作品でした。