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非日常、売ります。
普段では味わえない、特別な体験をあなたも味わってみませんか?
珍しい洋風の建物が、あなたをお出迎えします。
命蓮寺より徒歩5分 グランド二ッ岩ホテル
「客、来ないのう……」
「だから言ったろ。幻想郷にこんなの需要ないって」
幻想郷には似つかわしくない洋風建築――と比べるとややミスマッチな和風の、幻想郷においてはごくごく一般的な調度品がいくつか置かれたエントランスホール。
そこを抜けた先のフロントのテーブルに二ッ岩マミゾウは頬杖をつき、ソファに深く腰掛けた封獣ぬえは雑誌を捲っていた。
「これ、なんじゃその態度は。仮にも従業員じゃろうに」
「んなこといっても、仕事ないんだから仕方ないじゃん」
「掃除とか……」
「私はベルボーイで雇われたんだもん、ボーイじゃないけど。そういうのはあんたの部下がやるんじゃないの、そういうの」
「たわけ! ベルボーイの仕事は多岐にわたっていてな、単なる接客にとどまらず……」
「じゃあ、次の契約するときに書面に掃除も盛り込んどいて。賃金アップと一緒なら受けてあげるよ。次があればだけど」
「まったくぬえはこれだ……ほらぬえ、客が来たぞ! 客が!」
重質な質感の扉が動き、ドアベルが音を鳴らしたのを見て、マミゾウは笑みを浮かべた。
が、ぬえは入ってきた相手を一瞥した後、雑誌にすぐ目を戻した。
「残念、客じゃなかったな」
「な、なんでそういうこと言うのさ! ぬえちゃん!」
入ってきたのはお困りの忘れ物、多々良小傘だ。
「お前がこんなとこ泊まるわけもねーだろ。非日常追うのは足元の日常固めてからにするんだな」
「うう、ぬえちゃんひどい……」
「これぬえ! 多々良様、本日はお泊りで?」
「ううん、違うけど……あっでもマミゾウさんに多々良様って呼ばれるのはいいね!」
「はあ……じゃあなんの用なんじゃ、小傘」
「呼び名戻った!?」
肩を落としたマミゾウはうなだれ、ぬえはけらけらと笑った。
「あのね、マミゾウさんが何か新しいこと始めたって聞いたから……」
「聞いたから?」
「余り物のご飯とか貰えるかもと思って!」
「出口は今入ってきたところじゃよ」
「ひもじい……」
「客が一人も来てないから、余り物もなにもないわなあ。まあ、試運転がてら一品ぐらい出してみてもいいんじゃないの。私もここの飯、食べてないし」
「ぬえちゃんは話がわかるなあ」
「うるせえ。ひっつくな」
「それがじゃなあ……」
* * *
幻想郷は当然、和風の料理が一般的だ。
だが、このホテルでは外界から来たマミゾウの知識を活かして洋食に挑戦。
珍しさも加味させて、食事はこのホテルの看板にする予定だった。
だが。
「これは……洋風の肉の味付けに対してソースは和風のような……? わちき驚いた……」
「パリパリ感のない……もといしっとり感がたまらない揚げ物……」
「お前たち、はっきりマズいと言え、まったく」
微妙な顔のまま出てきたものを味わった二人。
「部下のたぬきにも人里で化けて料亭なんぞやってたのがおるから、調理の方は大丈夫だと思ってたんじゃが……不慣れな洋風料理に手こずってのう」
「待て待て、いいたいのは飯だけじゃないぞ」
苦々しい顔で口についたソースを拭き取ったぬえは、振り返り後ろのピアノを指さした。
「『美しい音楽の旋律で安らぎを提供』……これが? 美しい音楽? 安らぎ?」
「演奏者が集まらなくてのう……」
「じゃあなんでせっかく集まった演奏者にピアノと琴のアンサンブルなんてプログレッシブなものやらせた」
「ステージに出てきた自称手品師もひどかったよ! 一芸に携わるものとしてあれは許せないね!」
「タダ飯食っといて何言ってんだ」
「武士は食わねど高楊枝と言うじゃない、ぬえちゃん」
「うん? ……うん?」
一同が口々にマミゾウに文句をいう。
「まあ、そのへんの欠点は少しずつ改善していくとして――」
「少しずつ? それはどれぐらいで改善するのかしら? まったく、探したわよ」
扉が大きな音を立てて開かれて、カツカツと靴音が響く。
「げっ」
「げっとはなによ、げっとは。スポンサー様に向かって」
入ってきたのは真紅の吸血鬼、レミリア・スカーレット。傍らにはその従者、十六夜咲夜――と、その片手にフロントにいたはずの部下の狸。
「あんたのとこに案内するよう言ったのに、ごちゃごちゃいうからのしたわよ。なんでもまだ見せられないとかそういう」
「えーっと、そのまだ準備中で……」
「あのねえ。そんなん通るわけはないでしょ。それで契約の内容は進んでるの?」
「はて、契約とは……」
「『私の気に入るようにしなさい』って言ったじゃない」
「あんな曖昧な内容の口約束でどうしろというんじゃ!」
「あのねえ」
レミリアがずいとマミゾウに近づく。
「悪魔との契約が、そんな軽いものだと思ってるの? ……契約どおり、ここが私の気に入る形にならなきゃ建物は貰うわよ」
「んな無茶な!」
「施工費はほぼうち持ちなんだから、当然じゃない。そうねえ、どれぐらい使うかわからないけれど人里用の別荘にしようかしら」
「もうひと通り備品なんぞは入れちまったぞ! どうすりゃいいんじゃ、それは」
「そうねえ。ベッドぐらいはうちで買い取ってあげてもいいわよ……でも、全体的に趣味が悪いわねえ。なによこの狸の置物」
レミリアは、食堂の傍らにあった信楽焼の置物を蹴った。
「というか、趣味が悪いのは調度品だけじゃないわね。何よこの料理。見ただけで咲夜の料理以下なのがわかるわ。出し物も本当にひどいわね。美鈴のジャグリングのほうがよっぽど映えるわ。あのピアノ弾いてるタヌキもなんとかしなさいよ。うちの小悪魔よりヘタよ、あれ」
あたりを眺めてひと通り言ったのち、レミリアは大げさに肩をすくめた。
「これじゃ、紅魔館からこっちに来る理由はないわねえ。私を満足させるには程遠いわ」
「確かに。まったくだ」
「うるさい、ぬえは黙っとれ!」
「ただ、期限を決めていなかったのは事実。確かに、こちらの契約に曖昧な点があったのも事実……はあ、外の世界の契約ってめんどくさいのね。そこで……そうね1ヶ月でどうかしら。今から」
「2ヶ月!」
「1ヶ月よ」
「1ヶ月と3週間!」
「1ヶ月よ。あのねえ、ずいぶん譲歩してるつもりだけど。1ヶ月間、館一つただで貸そうっていってるのよ。ま、その間に備品の処分方法でも考えておいたら? ……咲夜、用は済んだわ。ディナーは不要の予定だったけれど、用意をお願い」
レミリアはひと通り言いたいことを伝え、嵐のように去っていった。
マミゾウはやや肩を落とし、うなだれた様子だ。
「あの……マミゾウさん」
「なんじゃ小傘」
「マミゾウさんが自己破産しても……私は友達だよ?」
「するか!」
* * *
「というわけで、まず料理周りのテコ入れを行う」
「はいはーい、マミゾウさん食器なら任せてよ。驚きの仕事しますよ。ほら、この銀のナイフなんかなかなかいい出来で」
「あのスポンサーに出す食器に銀のナイフはないじゃろが」
「しょぼーん」
「料理役の狸は1ヶ月の間でなんとか仕込むとして、問題がひとつある」
「食材だろ、どうすんだ」
「ぬえがなんかいろいろ正体不明にするとか……」
「無茶言うな!」
「あの……取り込み中ですかね」
マミゾウが腕を組んで考えこんでいると、半開きのドアから客が顔を出す。
「ん、おぬしは秋静葉どのじゃったか。山の狸が世話になっとると聞いてる」
「ええ、こちらこそ色々助けてもらっています」
「本日はどういうご用向きで?」
「明日、こちらの里で春の豊作祈願がありまして。今晩こちらに穣子と一緒に泊まらせてもらおうかなと」
「ぬえ!聞いたか!客だぞ!」
「……みたいだね」
「ただ、穣子はまだ来てないみたいね。ここで合流するはずだったんだけど……どこかで食べ歩きでもしてるのかしら?」
「なるほど、では静葉様は部屋にご案内するぞい。穣子様はスタッフに探させておこう。ぬえ、小傘!行って来い!」
「ええー、そんなんもベルボーイの仕事なのかよ」
「もうこの際どうでもいいけど、わたし従業員じゃないよね?」
* * *
「どーこーだー、秋穣子ー!」
「人里の人に聞いても見たって人はいなかったね……」
「ってことは山から人里までの間のどっかってことだろ」
「芋とか釣り竿の先に吊るして歩いたら見つからないかな」
「腹空かした小傘じゃあるまいし」
人里のほうぼうで二人は穣子を探したが、彼女の姿は見当たらない。
だとすれば、と山に連なる道を探して歩いて行く。
「あのわかりやすいカラーリングなら目立つと思ったんだけどなあ」
「わかった! たぶん焼き芋の香りがするから、匂いをたどるのがうまい人に頼んで……」
「しねーよ」
「じゃあ……あれ、ぬえちゃん。あの森の一角だけちょっと葉っぱが赤くなってる! あそこかな!」
小傘はそういって脇の森に駆け込んでいく。
ぬえはやれやれといった様子で仕方無くその後を追った。
「ばーか、偶然だよ偶然。今は春まっさかりだってのに、うろついてるだけで葉を紅葉させてちゃ季節も何も――」
「あら、あなたたちは?」
「いたよ! 季節感台無しにしてるな!」
森の真ん中に座り込んだ秋穣子の前には、全長一尺程度の白い鳥。
「あんたの姉さんが探してたぜ」
「あら、それは迷惑かけたみたいね。ただ、この子がね」
「うわー……足に有刺鉄線が……」
「せめて、どうにか解けないかと思ってたんだけど」
穣子の手のひらには切り傷がいくつかあり、悪戦苦闘を物語っていた。
「なんかの施設で引っ掛けたかね。まあ、それで飛べずに蛇かなにかに食われるも自然の摂理さ」
「なんてこというのぬえちゃん!」
「おっと小傘、鳥獣に関しちゃ私のほうが詳しいんだよ? なんせ私、鵺だから」
「むむむ……」
「そうね。たぶん姉さんもそう言う。けど……私は豊穣を司るから、害虫を食べる鳥が怪我しているのは放っとけなくてね」
「……おい、小傘。お前ならなんか持ってんだろ。この鉄線切れるようなやつ」
「もちろん! 鍛冶業の街頭宣伝用にたとえばニッパー!……はこの前かっぱに譲っちゃったからなくて……ワイヤーカッター! ……は結構重たいから置いてきてて」
「はよだせ」
「ラジオペンチでなんとかなるかなあ」
(なんか成り行きでこの人たちが助けるみたいになってるけど、大丈夫かしら……)
* * *
「ふう、ようやく外せたね。よかったよかった」
「よかったじゃない。こっからが本番だ。幸い骨折はしてないものの結構出血してる。幸い血管まで深く傷付ついてるわけじゃないが手当がいるな」
「というと? 永遠亭にでも持ってくの?」
「バカ言え。あそこは単なる医療所だよ。そりゃ、妖獣もいるからこの手の治療には慣れてるかもしれんが……治した後どうするかって部分にはノウハウもなにもないよ。それにこいつはアオアシシギ――渡り鳥だ。今はここに立ち寄ってるだけだから、あんまり長いこと閉じ込めるのもまずい」
「な、なるほど」
「というわけで、まあ布でも当てて見守るしかないなあ。とりあえずまあ、自力で立つまでその辺の動物は私らが追っ払うとして」
「歯がゆいなあ」
「まあ、出血も浅いし患部さえ抑えちまえば止まるだろ。止まらなかったら困る」
「よくわからないけど、助かりそうなの……?」
ひと通り処置を終えたぬえたちに不安そうな表情で穣子が尋ねる。
「さあね。そいつ次第さ。自然界じゃ自分が全て。治るも治らないも、助かるも助からないもそいつの運次第」
「そんな! あんな傷じゃいったいいつまで持つか!」
「でもな」
患部にあたっている布に違和感を覚えたのか、アオアシシギくちばしでそれを引き裂いてしまう。
そして――心配した表情の穣子に一瞥を与えて、何事もなかったかのように飛び去っていった。
「あ、飛んだ……」
「厳しい世界だからこそ、自然は強い。あんたが思ってる以上にな」
「よかった……」
「うん、よかったね。穣子さん」
* * *
「この度はなんといっていいか……」
「わ、私は何もしてないよ! 逆に鳥に驚かされたぐらいで!」
穣子を連れてきた二人に、静葉は頭を下げ礼を言う。
「まあ、いろいろ世話になったね。なにかできる事はある?」
「あー? 私も別に大したことはしてないよ。まあ、くれるってんならもらうけど。マミゾウがこのホテルで使う食材に悩んでてさ。なんかいいのない?」
「なーんだ、そんなこと。秋姉妹には御茶の子さいさいよそんなこと。新鮮な野菜ならいくらでも持ってきてあげるんだから!」
「やった! ありがとう穣子さん、静葉さん!」
小傘が飛び跳ねて喜ぶ中、ぬえはつかれた様子で、フロントのソファに腰を下ろした。
「はー。これで食事に関してはある程度メドがたったかねえ。ベルボーイっつーのはこんな忙しいもんなのかね? でも……内装、調度品、セレモニー、サービス……問題は山積みだなあ」
ぬえは指を折りながらため息をつく。
「まあ、一ヶ月。給料分ぐらいは働いてやるかね。マミゾウのために……なんて言えないしね」
非日常売ります。
普段では味わえない、特別な体験をあなたも味わってみませんか?
珍しい洋風の建物と、採れたての野菜をふんだんに使った豪華なディナーがあなたをお出迎えします。
命蓮寺より徒歩5分 グランド二ッ岩ホテル
非日常、売ります。
普段では味わえない、特別な体験をあなたも味わってみませんか?
珍しい洋風の建物が、あなたをお出迎えします。
命蓮寺より徒歩5分 グランド二ッ岩ホテル
「客、来ないのう……」
「だから言ったろ。幻想郷にこんなの需要ないって」
幻想郷には似つかわしくない洋風建築――と比べるとややミスマッチな和風の、幻想郷においてはごくごく一般的な調度品がいくつか置かれたエントランスホール。
そこを抜けた先のフロントのテーブルに二ッ岩マミゾウは頬杖をつき、ソファに深く腰掛けた封獣ぬえは雑誌を捲っていた。
「これ、なんじゃその態度は。仮にも従業員じゃろうに」
「んなこといっても、仕事ないんだから仕方ないじゃん」
「掃除とか……」
「私はベルボーイで雇われたんだもん、ボーイじゃないけど。そういうのはあんたの部下がやるんじゃないの、そういうの」
「たわけ! ベルボーイの仕事は多岐にわたっていてな、単なる接客にとどまらず……」
「じゃあ、次の契約するときに書面に掃除も盛り込んどいて。賃金アップと一緒なら受けてあげるよ。次があればだけど」
「まったくぬえはこれだ……ほらぬえ、客が来たぞ! 客が!」
重質な質感の扉が動き、ドアベルが音を鳴らしたのを見て、マミゾウは笑みを浮かべた。
が、ぬえは入ってきた相手を一瞥した後、雑誌にすぐ目を戻した。
「残念、客じゃなかったな」
「な、なんでそういうこと言うのさ! ぬえちゃん!」
入ってきたのはお困りの忘れ物、多々良小傘だ。
「お前がこんなとこ泊まるわけもねーだろ。非日常追うのは足元の日常固めてからにするんだな」
「うう、ぬえちゃんひどい……」
「これぬえ! 多々良様、本日はお泊りで?」
「ううん、違うけど……あっでもマミゾウさんに多々良様って呼ばれるのはいいね!」
「はあ……じゃあなんの用なんじゃ、小傘」
「呼び名戻った!?」
肩を落としたマミゾウはうなだれ、ぬえはけらけらと笑った。
「あのね、マミゾウさんが何か新しいこと始めたって聞いたから……」
「聞いたから?」
「余り物のご飯とか貰えるかもと思って!」
「出口は今入ってきたところじゃよ」
「ひもじい……」
「客が一人も来てないから、余り物もなにもないわなあ。まあ、試運転がてら一品ぐらい出してみてもいいんじゃないの。私もここの飯、食べてないし」
「ぬえちゃんは話がわかるなあ」
「うるせえ。ひっつくな」
「それがじゃなあ……」
* * *
幻想郷は当然、和風の料理が一般的だ。
だが、このホテルでは外界から来たマミゾウの知識を活かして洋食に挑戦。
珍しさも加味させて、食事はこのホテルの看板にする予定だった。
だが。
「これは……洋風の肉の味付けに対してソースは和風のような……? わちき驚いた……」
「パリパリ感のない……もといしっとり感がたまらない揚げ物……」
「お前たち、はっきりマズいと言え、まったく」
微妙な顔のまま出てきたものを味わった二人。
「部下のたぬきにも人里で化けて料亭なんぞやってたのがおるから、調理の方は大丈夫だと思ってたんじゃが……不慣れな洋風料理に手こずってのう」
「待て待て、いいたいのは飯だけじゃないぞ」
苦々しい顔で口についたソースを拭き取ったぬえは、振り返り後ろのピアノを指さした。
「『美しい音楽の旋律で安らぎを提供』……これが? 美しい音楽? 安らぎ?」
「演奏者が集まらなくてのう……」
「じゃあなんでせっかく集まった演奏者にピアノと琴のアンサンブルなんてプログレッシブなものやらせた」
「ステージに出てきた自称手品師もひどかったよ! 一芸に携わるものとしてあれは許せないね!」
「タダ飯食っといて何言ってんだ」
「武士は食わねど高楊枝と言うじゃない、ぬえちゃん」
「うん? ……うん?」
一同が口々にマミゾウに文句をいう。
「まあ、そのへんの欠点は少しずつ改善していくとして――」
「少しずつ? それはどれぐらいで改善するのかしら? まったく、探したわよ」
扉が大きな音を立てて開かれて、カツカツと靴音が響く。
「げっ」
「げっとはなによ、げっとは。スポンサー様に向かって」
入ってきたのは真紅の吸血鬼、レミリア・スカーレット。傍らにはその従者、十六夜咲夜――と、その片手にフロントにいたはずの部下の狸。
「あんたのとこに案内するよう言ったのに、ごちゃごちゃいうからのしたわよ。なんでもまだ見せられないとかそういう」
「えーっと、そのまだ準備中で……」
「あのねえ。そんなん通るわけはないでしょ。それで契約の内容は進んでるの?」
「はて、契約とは……」
「『私の気に入るようにしなさい』って言ったじゃない」
「あんな曖昧な内容の口約束でどうしろというんじゃ!」
「あのねえ」
レミリアがずいとマミゾウに近づく。
「悪魔との契約が、そんな軽いものだと思ってるの? ……契約どおり、ここが私の気に入る形にならなきゃ建物は貰うわよ」
「んな無茶な!」
「施工費はほぼうち持ちなんだから、当然じゃない。そうねえ、どれぐらい使うかわからないけれど人里用の別荘にしようかしら」
「もうひと通り備品なんぞは入れちまったぞ! どうすりゃいいんじゃ、それは」
「そうねえ。ベッドぐらいはうちで買い取ってあげてもいいわよ……でも、全体的に趣味が悪いわねえ。なによこの狸の置物」
レミリアは、食堂の傍らにあった信楽焼の置物を蹴った。
「というか、趣味が悪いのは調度品だけじゃないわね。何よこの料理。見ただけで咲夜の料理以下なのがわかるわ。出し物も本当にひどいわね。美鈴のジャグリングのほうがよっぽど映えるわ。あのピアノ弾いてるタヌキもなんとかしなさいよ。うちの小悪魔よりヘタよ、あれ」
あたりを眺めてひと通り言ったのち、レミリアは大げさに肩をすくめた。
「これじゃ、紅魔館からこっちに来る理由はないわねえ。私を満足させるには程遠いわ」
「確かに。まったくだ」
「うるさい、ぬえは黙っとれ!」
「ただ、期限を決めていなかったのは事実。確かに、こちらの契約に曖昧な点があったのも事実……はあ、外の世界の契約ってめんどくさいのね。そこで……そうね1ヶ月でどうかしら。今から」
「2ヶ月!」
「1ヶ月よ」
「1ヶ月と3週間!」
「1ヶ月よ。あのねえ、ずいぶん譲歩してるつもりだけど。1ヶ月間、館一つただで貸そうっていってるのよ。ま、その間に備品の処分方法でも考えておいたら? ……咲夜、用は済んだわ。ディナーは不要の予定だったけれど、用意をお願い」
レミリアはひと通り言いたいことを伝え、嵐のように去っていった。
マミゾウはやや肩を落とし、うなだれた様子だ。
「あの……マミゾウさん」
「なんじゃ小傘」
「マミゾウさんが自己破産しても……私は友達だよ?」
「するか!」
* * *
「というわけで、まず料理周りのテコ入れを行う」
「はいはーい、マミゾウさん食器なら任せてよ。驚きの仕事しますよ。ほら、この銀のナイフなんかなかなかいい出来で」
「あのスポンサーに出す食器に銀のナイフはないじゃろが」
「しょぼーん」
「料理役の狸は1ヶ月の間でなんとか仕込むとして、問題がひとつある」
「食材だろ、どうすんだ」
「ぬえがなんかいろいろ正体不明にするとか……」
「無茶言うな!」
「あの……取り込み中ですかね」
マミゾウが腕を組んで考えこんでいると、半開きのドアから客が顔を出す。
「ん、おぬしは秋静葉どのじゃったか。山の狸が世話になっとると聞いてる」
「ええ、こちらこそ色々助けてもらっています」
「本日はどういうご用向きで?」
「明日、こちらの里で春の豊作祈願がありまして。今晩こちらに穣子と一緒に泊まらせてもらおうかなと」
「ぬえ!聞いたか!客だぞ!」
「……みたいだね」
「ただ、穣子はまだ来てないみたいね。ここで合流するはずだったんだけど……どこかで食べ歩きでもしてるのかしら?」
「なるほど、では静葉様は部屋にご案内するぞい。穣子様はスタッフに探させておこう。ぬえ、小傘!行って来い!」
「ええー、そんなんもベルボーイの仕事なのかよ」
「もうこの際どうでもいいけど、わたし従業員じゃないよね?」
* * *
「どーこーだー、秋穣子ー!」
「人里の人に聞いても見たって人はいなかったね……」
「ってことは山から人里までの間のどっかってことだろ」
「芋とか釣り竿の先に吊るして歩いたら見つからないかな」
「腹空かした小傘じゃあるまいし」
人里のほうぼうで二人は穣子を探したが、彼女の姿は見当たらない。
だとすれば、と山に連なる道を探して歩いて行く。
「あのわかりやすいカラーリングなら目立つと思ったんだけどなあ」
「わかった! たぶん焼き芋の香りがするから、匂いをたどるのがうまい人に頼んで……」
「しねーよ」
「じゃあ……あれ、ぬえちゃん。あの森の一角だけちょっと葉っぱが赤くなってる! あそこかな!」
小傘はそういって脇の森に駆け込んでいく。
ぬえはやれやれといった様子で仕方無くその後を追った。
「ばーか、偶然だよ偶然。今は春まっさかりだってのに、うろついてるだけで葉を紅葉させてちゃ季節も何も――」
「あら、あなたたちは?」
「いたよ! 季節感台無しにしてるな!」
森の真ん中に座り込んだ秋穣子の前には、全長一尺程度の白い鳥。
「あんたの姉さんが探してたぜ」
「あら、それは迷惑かけたみたいね。ただ、この子がね」
「うわー……足に有刺鉄線が……」
「せめて、どうにか解けないかと思ってたんだけど」
穣子の手のひらには切り傷がいくつかあり、悪戦苦闘を物語っていた。
「なんかの施設で引っ掛けたかね。まあ、それで飛べずに蛇かなにかに食われるも自然の摂理さ」
「なんてこというのぬえちゃん!」
「おっと小傘、鳥獣に関しちゃ私のほうが詳しいんだよ? なんせ私、鵺だから」
「むむむ……」
「そうね。たぶん姉さんもそう言う。けど……私は豊穣を司るから、害虫を食べる鳥が怪我しているのは放っとけなくてね」
「……おい、小傘。お前ならなんか持ってんだろ。この鉄線切れるようなやつ」
「もちろん! 鍛冶業の街頭宣伝用にたとえばニッパー!……はこの前かっぱに譲っちゃったからなくて……ワイヤーカッター! ……は結構重たいから置いてきてて」
「はよだせ」
「ラジオペンチでなんとかなるかなあ」
(なんか成り行きでこの人たちが助けるみたいになってるけど、大丈夫かしら……)
* * *
「ふう、ようやく外せたね。よかったよかった」
「よかったじゃない。こっからが本番だ。幸い骨折はしてないものの結構出血してる。幸い血管まで深く傷付ついてるわけじゃないが手当がいるな」
「というと? 永遠亭にでも持ってくの?」
「バカ言え。あそこは単なる医療所だよ。そりゃ、妖獣もいるからこの手の治療には慣れてるかもしれんが……治した後どうするかって部分にはノウハウもなにもないよ。それにこいつはアオアシシギ――渡り鳥だ。今はここに立ち寄ってるだけだから、あんまり長いこと閉じ込めるのもまずい」
「な、なるほど」
「というわけで、まあ布でも当てて見守るしかないなあ。とりあえずまあ、自力で立つまでその辺の動物は私らが追っ払うとして」
「歯がゆいなあ」
「まあ、出血も浅いし患部さえ抑えちまえば止まるだろ。止まらなかったら困る」
「よくわからないけど、助かりそうなの……?」
ひと通り処置を終えたぬえたちに不安そうな表情で穣子が尋ねる。
「さあね。そいつ次第さ。自然界じゃ自分が全て。治るも治らないも、助かるも助からないもそいつの運次第」
「そんな! あんな傷じゃいったいいつまで持つか!」
「でもな」
患部にあたっている布に違和感を覚えたのか、アオアシシギくちばしでそれを引き裂いてしまう。
そして――心配した表情の穣子に一瞥を与えて、何事もなかったかのように飛び去っていった。
「あ、飛んだ……」
「厳しい世界だからこそ、自然は強い。あんたが思ってる以上にな」
「よかった……」
「うん、よかったね。穣子さん」
* * *
「この度はなんといっていいか……」
「わ、私は何もしてないよ! 逆に鳥に驚かされたぐらいで!」
穣子を連れてきた二人に、静葉は頭を下げ礼を言う。
「まあ、いろいろ世話になったね。なにかできる事はある?」
「あー? 私も別に大したことはしてないよ。まあ、くれるってんならもらうけど。マミゾウがこのホテルで使う食材に悩んでてさ。なんかいいのない?」
「なーんだ、そんなこと。秋姉妹には御茶の子さいさいよそんなこと。新鮮な野菜ならいくらでも持ってきてあげるんだから!」
「やった! ありがとう穣子さん、静葉さん!」
小傘が飛び跳ねて喜ぶ中、ぬえはつかれた様子で、フロントのソファに腰を下ろした。
「はー。これで食事に関してはある程度メドがたったかねえ。ベルボーイっつーのはこんな忙しいもんなのかね? でも……内装、調度品、セレモニー、サービス……問題は山積みだなあ」
ぬえは指を折りながらため息をつく。
「まあ、一ヶ月。給料分ぐらいは働いてやるかね。マミゾウのために……なんて言えないしね」
非日常売ります。
普段では味わえない、特別な体験をあなたも味わってみませんか?
珍しい洋風の建物と、採れたての野菜をふんだんに使った豪華なディナーがあなたをお出迎えします。
命蓮寺より徒歩5分 グランド二ッ岩ホテル