Coolier - 新生・東方創想話

フィロソファーと合縁奇縁

2015/04/07 00:39:17
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「ねえメリー、あなた漢字は書ける?」
「蓮子お得意の唐突な話ね。」


 昼下がりの喫茶店内、宇佐見蓮子のいつもの問に、マエリベリー・ハーンはいつものように返した。
 今日は午前中に大学の講義も終わり、この後の予定はここでお昼を食べ、サークル活動を行うはずだった。
 そんなことを直前に話したような、話さなかったような、とりあえずもうこの子はこうなったら止まらないのだ、とマエリベリーは今後の予定を全てキャンセルした。
 もっとも、特にこれといってやることも決まってなかったのだが。
「しかしながら私も馬鹿にされたものね。もうこっちに来てどれだけ経ったと思ってるのよ。簡単な漢字くらい書けるわ。」
「よかった、じゃあちょっと私のセンスの効いた話を聞いてちょうだい。」
 そう言うとこれまたいつもの調子で、宇佐見は鞄からノートを一冊取り出した。 
 講義内容のメモから、落書き帳までと幅広い役目をこなすこのノートも見慣れたもので、今日も宇佐見の気分でノートの後半部分が本日の講義ノートとなった。
「よく恋は下心、愛は真心って言うじゃない?」
「初めて聞いたわよ。」
「まあまあ、つまりこれって恋って漢字には下側に、愛って漢字には真ん中に心が書かれてるって話なんけど。」
 ノートのまだ白い頁に、宇佐見の手が走り、『恋』と『愛』が描かれた。
「言われてみれば、そうね。」
「じゃあ憧れは〝りっしんべん〟が横についてる訳だから、横心(よこごころ)とでも言うのかしら?」
「知らないわよ。」
 マエリベリーのつれない返答に多少不満げにしながらも、宇佐見は先ほどの恋の隣に『憧』を書き足す。
 その書き足された憧が先ほどの恋と愛とは異なって非常に色濃く描かれており、どうやらインクの色が蓮子の心と比例しているらしい、とマエリベリーは思わずこぼれそうになった笑みを紅茶を飲みこむことで誤魔化した。
 それを見た宇佐見も紅茶を一口すすり、調子を取り戻すように言葉を発する。
「で、話はそれで終わりじゃないわよ。」
 宇佐見は再びノートに向かう。
「今からの話は、一般的な恋愛の流れを題材にしたんだけど。」
「あら、蓮子から恋愛の話が出るとは思いもしなかったわ。」
「話逸らさないでよ。」
 宇佐見はノートの空きスペースに一線入れると、その下に小さく『土』と書いた。
 ノートには予め罫線が引かれてはいるのだが、それらを完全に無視するような形で引かれた宇佐見の線は、ある種本物に大地に近しいものにも見えた。
「恋愛ってね、憧れを抱かせた大地から、恋が生まれ、愛が育まれていくと思うの。」
 ノートに描かれた大地に『憧』が書き足され、さらに宇佐見は大地に小さな植物を生むと、その隣に『恋』、そして『愛』と付け足した。
「今日の蓮子は詩人ね。」
「だから話逸らさないでってば。ねえメリー、これって漢字の心って部分だけ見たら、だんだん内側へ内側へ入っていくように見えない?」
 宇佐見は三つの漢字を小さな丸で囲う。
 マエリベリーはその動きを目で追いながら、憧、恋、愛と見比べ、宇佐見の発言を理解した上で頷いた。
「確かに、見えなくもないわ。」
「私はね、メリー。この漢字たちが示すのは、相手が大切になればなるほど、心ってのは大事なものになっていくってことだと思うの。」
 宇佐見は三つの心を先ほどよりさらに小さな丸で囲いつつ、心は大切だから胸の中に仕舞い込んで守るのよ、と言葉を付け加えた。
 マエリベリーも宇佐見のその言葉に、面白い考え方だと思うわ、と冷めた紅茶を飲み干す。
「他にも、よ。恋から愛に移行するとき、その間の関係を恋愛といってるのだと思うし、恋と愛では熟語の数も愛の方が多いのよ。憧れなんて愛どころか、恋に突き放されてるくらい少ないんだから、重要度は全然変わってくるわよね。」
「だんだんこじつけっぽくなってきたわよ。」
「別にこれでレポート書こうってわけじゃないからいいのよ。」
 そのノートは本来レポートがある講義のやつじゃない、とマエリベリーがため息をつく。
 しかしながら、興味を持ち始めたのも事実ではあったので、マエリベリーはその後の追い打ちをしようとはしなかった。
「蓮子のいう、憧と恋と愛に心が含まれてたりすることや、恋から愛に移行する間が恋愛だってこと、考え方としては素敵だと思うわ。けど。」
「けど?」
 マエリベリーの否定に、期待のこもった瞳で宇佐見は見つめた。
 人が期待通りの反応をしてくれるのを待っている目、宇佐見がそのような目で見つめてくるのが、マエリベリーは嫌いではなかった。
「ここまでの話には終着点がないわ、これからこの話の、最も楽しい部分を聞かせてくれるのでしょう?」
「任せなさい。」
 宇佐見は自分の描いた世界に再び向かう。
「憧れを抱いて、恋が芽生え、愛を育む。」
 決して宇佐見は決して絵がうまいというわけではないが、宇佐見の落書きにはいつも宇佐見自身人の個性が見て取れた。
 宇佐見の手によって植物が成長し、蕾をつけたところで、宇佐見は手を止めた。
「じゃあメリー、愛の後は、一体なんだと思う?」
 宇佐見は蕾を大きな丸で囲うと、これなーんだと問いかけた。
「愛の後?」
 子供のような問いかけに、マエリベリーはオウム返しで返す。
 そう、愛の後、と宇佐見は返すと、完全に冷め切った紅茶を飲み干した。
「さっきの話で言えば、心が丁度一番真ん中に来たんだから、これ以上はないんじゃないの?」
「違うわ。」
「違うの?」
 宇佐見は、残念、と勝ち誇ったようにペンを掲げて見せた。 
「真ん中で大切にされてきた心は、新しい心を生むのよ。こんな風にね。」
 宇佐見の手によって、頁に新しい二文字が描かれる。
 憧よりもさらに色濃く描かれたその文字を、宇佐見はノートをマエリベリーに突きつけてみせることで、さらに強調させて見せた。
 そのダイナミックな動きに驚かされ、マエリベリーは描かれた文字を慎重に読み上げた。

「友、情?」
「そう、友情。」

 宇佐見はノートを再び机に戻すと、ペンを握り直す。
 大きく描かれた『友情』の上で、二人の視線が交わった。
「これって、愛にあった心がとれて、情になって、残った友と熟語を成したってことでいいのかしら。」
「御名答。ね、素敵でしょう?世の中の全ての友情は、憧れや恋、愛までもを越えた尊い感情なのよ。」
 そこまで話すと、宇佐見は軽く頬杖をつく。
 そのまま文字通りにやりと笑みを浮かべると、いつにも増して子供のような声で続けた。
「勿論、私たちの間柄も含めて、ね。」


 いつの間にやら、窓から射す日の光も身長を伸ばしてきていた。
 とある喫茶店での話、特に風も吹いてないにも関わらず、マエリベリーの金髪がほんの少し揺れた。
「ねえ、蓮子。」
「何?」
 マエリベリーが宇佐見と同じ利き手で頬杖をつく。
「じゃあよ?」
「うん。」
 そのときのマエリベリーの顔は、宇佐見以上に〝にやり〟という言葉が似合っていた。
「この愛の上の、心の上にあるものはどこにいったのかしら。」
「え?あ、いやそれは、ほら、あの。」
 今の宇佐見の顔なら、例え初対面であったとしても焦りが滲み出ているのが分かったであろう。
 物理やら数学やらの学者というものは、想定外のことが起こるとすぐこうなのだと、マエリベリーは焦る宇佐見の返答を待った。
「ほら、友情には恋愛における嫉妬とかのそういう類の邪魔なものがなくなった、みたいな、感じで。」
「じゃあそれはいいわ。もう一つ、友情の情の方の青はどこから来たのよ。まさかその邪魔なものが心ごと移って形を変えた、とか言うつもりじゃないでしょうね?」
「あ、それいいわね。採用。」
 呆れた、とマエリベリーは両の手の平を机に乗せた。
 今回もこの学者様は、講義に失敗したらしい。
「蓮子はいつもそう、爪が甘いのよ。」
「褒め言葉として受け取っておくわ。」
「全く持って褒めたところなんかないんだけど。」
 蓮子は分からないわ、とマエリベリーの呟きは宇佐見の誤魔化し笑いでなかったことにされた。


 これ以上ここに長居するのも悪い、と宇佐見が席を立ち、マエリベリーもそれに続く。
 素早く会計を済ませ、店の外へ出ると、外は少し風が出ていた。
 街灯が点き始めるより早い時間、並んで歩く街路の途中、ふとマエリベリーが呟いた。
「ねえ蓮子?」
「ん?」
 別に答えが欲しいわけじゃないんだけど、とマエリベリーが続ける。
「仮に、さっきの考え、何もない土に憧れを抱かせ、恋が芽生え、愛が育まれ、友情という蕾がついたことを認めたとして。」
 未来を見通せるわけでもない、現在の時刻が分かるわけでもない、何でもない瞳が宇佐見を捉える。
 それでも、宇佐見はその瞳に今後の二人の関係までもが見透かされたように感じた。


「ねえ蓮子。私たちの友情の先は、一体何が咲くのかしらね?」
フィロソファーの話はまた何か思いついたら書きたいなと考えております。
フィロソファーは二人の会話を全部書ききってから地の文を乗せてます。難しいですね。

2016/08/13 コメントありがとうございます。私の勉強不足で言葉の間違いがございましたので、修正いたしました。皆さまいつもありがとうございます。
珠理
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コメント



0.220簡易評価
2.20名前が無い程度の能力削除
前作も思いましたけどこれって東方関係無しに作者が思い付いたのを二人に言わせてるだけですよね。
6.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
7.80名前が無い程度の能力削除
ふぃーるそーふぁーな感じだった
10.無評価名前が無い程度の能力削除
>ノートには予め斜線が引かれてはいるのだが、
罫線のことでしょうか。
斜線とは斜めの線のことですが。