十六夜咲夜という名前を付けられる前、世界を駆け巡り悪魔と戦っていた。
人は弱き生き物である。導くのが役割であると咲夜は心に刻んでいた。
その日、咲夜は主の命で幻想郷という場所で信仰を得ることを命じられた。
珍しく宗教が拮抗しており、まだまだ不安定な東洋の片田舎。
咲夜は白くゆったりとした服装を身にまとい、羽を広げて地上に舞い降りた。
怪しまれないように羽をを霊力で覆い、見えないように隠した。
まずは話を聞いてくれそうな人と話をしよう。
いにしえの実績を胸に秘めて咲夜は幻想郷を見渡した。
不安定ながらも綺麗な聖歌が歌われていた。可愛らしい声だった。
こういう小さな目を土着させることが大事なのだ。咲夜は声の持ち主を探し始めた。
声は神社にある蔵からしていた。
美しく力のある声だった。
咲夜は蔵をすり抜けた、真っ暗な蔵に十字架が掲げられているだけであった。
咲夜は黒い髪の毛の少女の横に座った。たどたどしい言葉だった。
読み慣れていない言葉なのだろう。咲夜は耳を傾けながら、終わったら拍手をしてあげようと思った。
「お~い、霊夢」
呼びかけによって声は中断された。霊夢と呼ばれた少女はあっさりと歌を止めた。蔵に掲げていた十字架を、あろうことか近くに放り投げた。
「珍しく早いわね。歌が楽しいときいていたのに、嘘八百ね」
罰当たりな言葉に咲夜は顔に血が上った。
残念ながら先に血祭りにあげる人間が決まってしまった。
蔵では聖なる力がわずかに残っていた。
天罰。咲夜は蔵の重そうな荷物を霊夢の上に落とした。
霊夢はふらつくように移動して避けた。勘のいい人間だ。不思議そうに顔をあげた。咲夜は霊夢と目があった。
「いないのか~?」
「今行くわ。魔理沙はそこで待っていなさい!」
霊夢は蔵の鍵を開けた。
「鳥?」と、霊夢は首を傾げた。
「天使よ!」
失礼なやつだ。
「ふ~ん」
霊夢は蔵から出た。小さな少女をしばらく待っていたが蔵で聖歌を歌うことはなかった。
それにしても子供の声でここまでの力があるとは。
大魚を逃した気分だった。
将来性のある若者が他の宗教を進行するのは許せない。
ただ力を使うには強い信仰やなにか近い形が必要だった。
外で金髪の少女と話している姿を咲夜は見つめた。なにか天罰を与える手段はないものか。咲夜は幻想郷を羽ばたきはじめた。
関わりがある場所を探す場所は困難を極めた。
分かりやすい建物が一つだけあったが、最後の手段としておきたかった。
真っ赤な西洋館。咲夜は結局ここを選んだ。げんなりした。悪趣味にも程がある。おそらくロクな奴がいないだろう。
探しに探して西洋風の建築形式がこの場所しか存在しなかった。もう少し人間には頑張ってほしいものだった。
場合によっては自らがここを拠点にして、教えを広める必要があるだろう。
咲夜は館の目の前で実体化することが出来た。何度か壁を見ながらうろついた。噂では悪魔が住んでいるとのこと。力を借りることをためらった。
「ようこそ紅魔館へ。なにか用ですか」
声に振り返ると中華服を着た女性が声をかけてきた。名前を聞くと美鈴という名前だった。どこか親近感を沸かせる女性だった。
悩んでいてもしかたがない。
咲夜は美鈴に話を聞くことにした。
「しばらく住まわせて欲しいのだけれど」
「恐らく問題ないかと思いますが。幻想郷へは観光ですか」
「信仰を得るために来たの。本拠地を探しているところよ」
「この幻想郷ではよくある話ですね」
「探しているのだけれどなかなかね。あと人間に物理的な天罰をくだすために実体化が必要だったのよ」
「またのご来館をお待ちしております」
にべもない断り方だった。
もう少し複雑な事情というものを察してくれてもいいのではないだろうか。
仮にも人間の姿を借りて下手にでているのだから。
あぁ、この世はなんと冷たいところだろうか。
咲夜は暖かな陽を見上げて目を閉じた。
「おぉ、神よ」
光が咲夜を一際強く照らした。
美鈴は困った様子で見つめていた。
「悪魔の館でそういう行為はやめてもらいません? 地味に営業妨害だと思うんですよ。奇跡なら人里ですればいいじゃないですか」
「誰かが死んでも箔がつくだけでしょ?」
美鈴は首をゆっくりと横に振った。
「見た目は派手ですが、妖精が集まるこの館。危ない行為は許可できません」
「どうせ牢屋にでも入れてこき使っているのでしょう」
美鈴は一歩横にずれた。メイド服を着た複数の女の子が、花壇の近くで笑っていた。
悪魔は昼寝でもしているのだろうか。
美鈴の表情は和らいだ。
「物好きな方でしてね」
悪魔の館に住む住人の話である。半分に聞くくらいでちょうどいいだろう。
表には裏の顔というものがあるはずだ。恐らくお菓子で釣っているのだろう。
屋敷の大部分は分かったものではない。
よく考えてみると、この門番になにかの権限があるとは思えなかった。
呼び鈴程度の存在だろう。騒ぎ立てて呼び出すか。二度とこの館を使わないのであれば有効な手段である。しかし数少ない西洋館は貴重な場所だ。
「館のご主人と話をしたいのだけれど」
「部屋で執務をしているでしょう」
「どこにあるの?」
「通す気はありませんので」
「貴女の役割は理解できるのだけれどね。通してもらうわ」
咲夜は時を止めた。羽を強くはばたかせて数秒で扉に着地した。
館の扉に手をかけた。時が動きはじめた。
まだまだ短い。この地にもう少し慣れる必要があった。
美鈴は驚く様子もなく咲夜を見つめていた。
「私は一生懸命止めました。と、お嬢様に伝えておいて下さい」
「生きていることが不思議に思われないかしら」
「丈夫ですから、あとで壁に穴でも開けて悲惨な戦いのあとを見ていただきます」
美鈴は欠伸をしてから、咲夜に背を向けて紅魔館の外を見つめ出した。
食えないやつ。咲夜は中に入って扉を閉めた。
館の中は興味深げに妖精が咲夜を見つめていた。
自然に好まれている館とは珍しい。メイド服というのもありだった。
興味深そうに妖精が羽に触ってきた。
くすぐったい。自然から生まれた妖精には見えてしまうのかもしれない。
「あなた達には見えるのね」
「同じ?」
「同じ」
妖精たちは笑った。無邪気さで頬が緩んだ。
あの門番だけ外から取ってきたのだろうか。珍種が好きなのは間違いないだろう。
咲夜は一番立派な部屋にたどりついた。ここだろう。
咲夜は軽くノックした。
「開いているよ」
部屋は就寝するベッドが小さく見えるくらいに広い部屋になっていた。
立派な本棚が囲んであり、応接のソファ。執務する机に椅子。どれもが格調高い。
女性が机に肘を乗せて、本を片手に読んでいた。
視線を本から外すことはなかった。
白い服装を軽く摘んだ。
「はじめまして。用件がございまして」
「なんだ」
「しばらく泊まらせていただけませんか」
「名は」
「ありません」
「仮に十六夜咲夜としよう。東洋の名前は一度つけてみたかった」
「もう少し西洋っぽい名前がいいのですが」
「なら初めから考えておけばよかったのに、もうそれで覚えたから変えないぞ。私はレミリアだ。それで? それだけなら美鈴がここに連れてくるはずだ」
咲夜は美鈴の言葉を思い出した。
「彼女は立派に戦いましたわ」
レミリアは本のページをめくった。
「それを私に伝えておけと。あいつも初めて出会った奴によく伝言が頼めるな。普通ならもっと激しい呼び鈴がなるだろう」
「ですわね」
「そんな楽しい出来事を私が逃すわけ無いだろう。まったく直ぐに駆けつけたと言うのに。恐らく睡眠か、それとも妖精に押しつぶされそうになっているか。ふてぶてしいにも程がある。楽しい奴だからいいが。それで対価はどうする。ただというわけにも行かない」
咲夜は安心した。レミリアなら話が通じそうだった。
「人を一人生贄というのは」
レミリアはゆっくりと人差し指で咲夜を招き寄せた。
「こちらで決めさせてもらおう、まずはありったけの履歴書と経歴書をだしてくれ」
少し拍子抜けした。てっきり二つ返事で細部を詰められるとばかり思っていた。俗世が長いのかもしれない。
「あいにく持ってきておりません。今ここで書いても」
「かまわないよ」
ペンと紙を借りた。咲夜は二秒後に差し出した。嘘は書かなかった。
レミリアは本を横において複数の紙に目を通していく。
「宿泊目的は信仰を広めること。人を一人に天罰をくだすことか。随分罰当たりな奴がいたのだな。経歴は数々の宗教戦争に参加。紀元前から生きているのか。これはひと通りのことが出来ると解釈してもいいのか」
「はい。得意なのは掃除です」
当然、この世から消し去る意味である。
「よしいいぞ! 今は内勤が欲しい。包丁と雑巾は持ったことあるか」
素直に受け取られた気がした。
「ナイフとモップくらいなら」
レミリアは頷いた。
「妖精はものを持ったことがない奴もいる。その上に美鈴がどんどん増やす。貴重過ぎる戦力だ。それで期間は。なんだ、たった三日か」
「それだけでことは済みますから」
ここで体を固定化してから、霊夢に天罰をくだす。それからまた体を霊体にして人里をゆっくり見回ればいい。完璧だった。
レミリアはしばらく唸ってから。机から羊紙皮を取り出してにインクを滑らせはじめた。
「契約は一年からだ。継続更新あり。役職をつけてやる。自由に館を利用してくれて構わない。目をつぶると約束しよう。なにか、止むに止まれぬ事情があるのだろう?」
差し出された契約書を見つめた。契約期間と役職だけが書かれていた。一年とメイド長という役職だった。署名をすれば契約が成立である。
「構いませんわ」
ここを拠点にしてもいいということだろう。
「よし、詳細はあっちできめてくれ」
レミリアは外を親指で指した。
「あっちとは」
「美鈴だよ。あいつが取り仕切っている」
契約は完了した。
「レミリア――お嬢様はなにをしているのですか」
「署名役さ。あとは企画ぐらいかな。館の調整とお金の管理は美鈴に任せている。助けてやってくれ」
それだけ言うと、再び本を開いた。
館の中には色々なサイズのメイド服があった。咲夜は周りに合わせるようにメイド服に着替えた。
「一年間だけ身を置くことになったわ。名前も決まったわ。咲夜よ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「不思議なほど条件がいいのよね」
「なにをするのですか」
「内勤だそうよ。自由にやっていいと言われたわ」
「それは嬉しい」
「大変かしら」
「館が大きいですからね。妖精たちは一人ひとつの窓が拭けるだけですから。あとは全部を掃除するのが役目です」
一人に天罰をくだすよりは重労働に思えてきた。
「掃除だけよね」
「自由にということは、全てを把握する必要があります。では引き継ぎをしましょう」
美鈴は容赦なく仕事を任せてきた。お金や部屋の管理、掃除の半分。レミリアお嬢様の側近。図書館にいる人物との調整役。
妖精の採用だけは美鈴が行うそうだ。
「妖精を住まわせておく必要なんてあるのかしら」
「この地域は妖精が沢山いた場所だったんです、妖精と仲良くするのが地域を抑える第一条件でした。まず館の場所にいた妖精たちを住まわせるようにしました。そのうち周りからも仲間が続々と集まってきてこんな状態に。横のつながりが強くて、誰かを切ることが出来ないんですよ」
部屋が一つも開いていなかった。三人部屋とかもあった。
「いくら妖精が小さくても、手狭ね」
「ですよね。どうしたものでしょうか」
ここは正面突破だ。
「空間を広げましょう。対価をくれればやってあげるわ」
「是非おねがいします。それで対価とは」
「教会部屋が欲しいわ」
交渉の末、表沙汰にしないということで場所を入手することが出来た。前途洋々である。
妖精は浮いているだけで本当に何もしなかったというのは語弊がある。
美鈴が教えなかったという表現が正しい。
どこまで出来るか少し掃除方法を教えたところ、子供が手伝うくらいにはなった。
前は美鈴がそれぞれの部屋の片付けまで行っていたらしい。空間を広めた今では自分たちで行ってもらうしかない。
隅々まで掃除するのに忙しい。教えるのにも、教会部屋を作るのにも。
美鈴と妖精が感嘆の声をあげていた。
「凄いですね。ここまで綺麗になるとは」
住みやすい環境は基本である。
くすんだ赤はよろしくない。咲夜は手を叩いて、すました顔で返事をした。
「これくらいは普通よ」
妖精メイドが倍に増えた。どこまで増やす気なのだろうか。紅魔館の地域拡大といったところだろうが、それにしても妖精だらけである。
人里の買い物に出かけたが、宗教活動は出来ないのは少し痛い。来た人を勧誘するくらいだろう。
教会部屋を作れたからか、体が慣れてきたからか、ずいぶん力が扱えるようになってきた。
館では一年が経過した。少しなれはじめた。妖精でも少し大きな仕事を任せられる者がでてきた。
妖精との生活は悪くなく、美鈴も権限を押し付けたわりには細々と働いてくれる。
一人の時間のときは、教会部屋で祈りを捧げていた。
妖精は宗教問わず興味深げに訪れる。歌も一緒に歌うことがある。
美鈴もたまに来るが、興味はないとのこと。
レミリアは咲夜が居ない時でも部屋で静かに時を過ごしている。
悪魔が一番敬虔とはこれ如何に。
三回目の契約を迎えていた。そういえば霊夢に天罰をくださなければ。などとぼんやりと思っていた、
紅魔異変が起きたのはその時だった。
なにを思ったのか、レミリアが幻想郷を霧に包んだのだ。
洗濯物が生乾きになることが心配だった。
弾幕ルールに乗っとり、博麗の巫女がやってくると言う。
窓の外から見たのは、数年前から少し成長した霊夢の姿であった。
丁度いい。これは事故で済ますことが出来そうだ。咲夜は窓から消えた。
弾幕ルールに則った攻撃をまるで攻撃が無かったかのように無表情で避けて行く。
不意打ちを避けられる反射神経があったのだから、さすがと言うべきか。
霊夢は一切速度を落とさずに咲夜のところまでやってきた。
弾幕というなれないルールでの戦いでは、相手が有利であった。
流石に弾幕では勝てないと諦めた。
咲夜は被弾した。
霊夢はレミリアお嬢様の場所に向かいはじめた。
絶好の機会。時間を止めた。今度こそ天罰を。たんこぶで済むと思うなよ。
悪魔に怒られようと知ったことではない。 咲夜は本物のナイフを二十本投げつけた。
時間が動きはじめた。霊夢は驚かずに身を捻ってナイフを避けしつづけた。
一本を避けそこねて服に穴が開いた。
咲夜の額から冷や汗が落ちた。
「やってくれるわね」
どちらがだ。この化け物。
「お互い様よ。霊夢は本当に人間なのかしら」
「今日はそんなことばかり聞かれるわね。ちなみに食べていい人間ではない」
霊夢は陰陽玉を投げつける。
霊力の乗った豪速球。咲夜は避けた。紅魔館の壁を突き破った。
「下手くそ。当たるように投げなさい」
「館を串刺しにするやつよりまし」
空気が振動する。陰陽玉が後ろから追ってきた。手で止めてみたが。勢いを止めきれずに弾く程度。しっかりと人が持っている霊力を使いこなしている。
咲夜は舌打ちしながら避け続ける。隙を見て何度か攻撃するが、与えたのは、近距離での拳だけだった。
「ちょっとなにをやっているの! 次は私の番よ!」
痺れを切らしたレミリアからの声。
「畏まりました」
大きく距離を取る。二筋の光が見えた。咲夜は摘んだ。二つの針が一直線に向かってきていた。
「終わったらまた遊びましょう」
咲夜はカードを撒いて、目をくらますように姿を消した。
次こそはと思いつつも、今より強くなっていたらと言う不安が咲夜の脳裏をよぎった。
楽園の巫女という名前で、既に神道を信仰しているという噂だったが、それが本当なのだろうか。
陰陽玉は道教だろう。明日にはあの神社に寺があっても不思議ではない。教徒にさせるのも不可能ではないはず。
戦いの練習という名で、紅魔館から博麗神社に行くことが多くなった。ただ霊夢の成長速度が速い。
首筋に霊夢の蹴りがかすめる。足を掴もうとすると、直ぐに距離を取る。咲夜は苛ついた。
「んのっ!」
無闇にナイフを撒き散らしても、近距離で時間を止めて攻撃しても、殆どを避けられるようになってきた。
弾幕よりも数段激しく、一歩間違えれば死ぬと言うのに、霊夢の目は輝いていた。
契約上、紅魔館の仕事もやらなければならない。
霊夢が逆に挑んでくるようになってきた。綺麗にした館を壊されてはたまらない。
祈る時間もない。
「ちょっと。神社の仕事はしているのでしょうね!」
「してる。掃除とか」
言葉が止まった。
「他には」
「掃除」
咲夜は頬を引きつらせた。
「こっちは忙しいのよ」
「仕掛けてきたのはそっちじゃない」
ぐうの音もでなかった。
空中戦こそこちらの得意分野だと言うのに、最後の一手が決まらない。霊力を乗せた人間独特の攻撃方法。急激な変化をしてくる陰陽玉。日陰をぬってくる針に、不規則な変化をする御札、結界術となんでもありだった。
道具に気を逸らすと足元に霊夢が来ていた。拳が腹に入った。
華奢な体が恨めしい。息が出来ずに後ろに一歩下がった。そのままメイド服を掴まれて、背中が地面を突いた。
霊夢は飛び跳ねた。
「やった! これで一勝ね!!」
初めて霊夢の嬉しそうな顔を見た。
自分の命が天秤に乗っているのを分かっているのか。陽の眩しさが苛立ちを募らせた。
押されるばかりで勝つことが出来ない。戦い方を確立させていく霊夢に圧倒されるばかりだった。
三年前だったらまだどうにかなる相手であった。本当に逃した大魚は大きい。
ある日、差の開くばかりの戦いを咲夜は中断した。
「やめやめ」
無意味な戦いだと止めた。霊夢は不服そうだった。
「え~」
「食事を作ってあげるから」
「じゃあ早く!」
煩い子供はこの手に限る。
霊夢の誘いに咲夜は乗らなくなった。理由はその都度変えていった。悲しいことに口だけなら勝てた。
影を落として帰っていく霊夢の顔が少しだけ気になった。門の外で見送っていると、美鈴がいつの間にか横に居た。
「戦ってあげればいいじゃないですか」
「私は遊んであげるために戦っていたわけじゃないの」
「負けるのが嫌なのですか」
「痛いのはだれだって嫌でしょう。もう手も足も出ないわ。作戦は失敗」
「この前はお嬢様と戦うと言っていましたよ」
さすが人間の力にも限界があるだろう。ただ、霊夢ならどうだろうか。
「人間の脆さはよく知っているつもりだけれど。まさかね」
それ以上は何も言なかった。
四回目の契約を悩んでいた時、半壊した紅魔館の後ろでレミリアが尻もちをついた。
驚きを隠せなかった。人間の姿では限界があると言うのに、
悪魔を封印する術を行っていない以上決着はつかない。だが美鈴が行っている無制限一本勝負と考えれば勝敗は明白だった。
霊力があるとはいえ、吸血鬼を素手で壁にめり込ませる人間は出会ったことはなかった。
さすが人間にしては強すぎではないだろうか。
今日は紅魔館での食事会だった。少しだけ魔理沙を早く招待した。
「珍しいな。お呼ばれ組とは。私は熱血的に戦わないぞ」
「知っているわ」
咲夜は長い廊下を案内した。
「普通の人間なら、あんなに強くはないわ。寝ている時でも避けられそうで怖いわ」
「お前も大概強いだろう。別格だよな」
「私はちょっとね。霊夢には秘訣でもあるのかしら」
「あれは血筋だな」
「血筋?」
「霊夢の母親が異常なほど強い」
「あれよりも?」
「多分。博麗には逆らわないほうがいいという、人里の話があるくらいだ。余計な事はしないほうがいい」
「ありがとう」
魔理沙の表情から察するに冗談に見えなかった。これだけ差が開いてしまえば、悔しさも感じなくなってきた。先は長いのだから。
元々化け物退治をするために咲夜は来たわけではない。信仰を集めるためなのだ。大魚を釣れないのであれば博麗神社にいく必要もない。
咲夜は数年前と同じように丁寧なノックをした。
「開いているよ」
中に入ると、ベッドで寝っ転がりながら漫画を読んでいた。
「お嬢様ご相談があります」
「なんだ」
「次回契約について。期間を延長してもらえますか」
目的は信仰を広めるだけにした。
「期間はどうする」
「この体が滅ぶまで」
レミリアは頷いた。
「その次も期待している。どうせまた幻想郷に来るのだろう?」
「主に聞いてみないと。これが終わったら一時的に帰ろうかと思っています」
「ではお伺いを立てておいてくれ。地上からの招聘状ならいくらでも作ってやる。これでもガブリエルという二つ名を持っているのだよ」
冗談が好きな悪魔だった。恐らく来たとしても主の機嫌を損ねるものにしかならないだろう。
美鈴の個室でささやかな宴が開かれた。
「いましばらくのお付き合いとのことでお嬢様から聞きましたよ。次の目標はあるのですか。たとえば紅魔館を乗っとるとか」
「手勢が足りないわ。それに存在は別にして、この場所に攻めたらどちらの行為が悪魔だか分からないじゃない」
「お隣にはそれぞれ挨拶をしなければいけませんね。博麗神社からは最近霊夢さんがきませんが、少しは遊んであげたらどうですか」
「今は相手の力が上だもの」
「そういう意味ではなくて、普通に食べ歩きとかです。あちらは年頃なのですから。貴重な友人として」
「あら私は?」
美鈴は酒の入った赤らめた顔で笑った。
「深くは聞きませんよ」
なんでも知っている風な顔が、むかついた。氷を入れたグラスを美鈴の顔に当てた。
博麗神社は静かだった。自信をつけて修行に励んでいるのかと思えば、まったく何もしていなかった。霊夢はお茶を飲んでいた。時間の浪費が甚だしい。
「霊夢!」
「どうしたの?」
「どうしたの。じゃないわ。なんでのんきにお茶なんか飲んでいるのよ。修行は?」
「つまらないもの」
次の言葉が出なかった。美鈴の言葉を思い出す。
よく考えてみたら、面白いで戦っていたら気が狂っているとしか思えない。
逆に以前の霊夢は戦いに傾倒しすぎていたのかもしれない。
年頃の女性で修行に励んでいるとしていても、このくらいが本来のペース。
けれどあの強さを見てしまった。どうしても勿体無く感じてしまう。
「お菓子をあげると言ったら」
「お菓子分だけ修行するわ」
がめつい。なにかを期待する目で見られた。
「じゃあ、指導してあげるから」
「指導ねぇ。それより戦いましょうよ」
「戦っても勝てないわ。横から見ればまだ教えられることがあるかも」
「勝てなくてもいいから」
「私が痛いじゃない!」
結局戦った。
遊ぶという感覚がピッタリと当てはまる。霊夢の喜ぶ顔を久々に見た。
煙を口から吐きながら、これも付き合いだと思った。
負け知らず。その報告が紅魔館にもたらされる度に、霊夢に食事が振る舞われた。紅魔館では霊夢を労うことに力を注いだ。
「お風呂は大きい風呂がいい」
お風呂に温まっている霊夢は呟いた。
咲夜は霊夢を呼び寄せて背中を流した。
「掃除をしないお風呂ほど楽なものはないものね」
「ばれたわ」
これが自然の姿ではないだろうか。穏やかな顔を擦る霊夢を見つめ続けた。
なにかを掴んだ気がした。褒められればそちらに傾くタイプだ。
料理も上達が早い。これは教え甲斐があった。
新たな楽しみを霊夢の中で見つけながら、博麗神社に通う回数が再び増え始めた。
博麗神社が賑わっていた。見慣れない妖怪たちが多数いた。
霊夢と、見知らぬ大人の女性が立っていた。
「ただいま」
霊夢は不機嫌そうだった。
「おかえりなさい」
咲夜は女性におとなしそうな印象を持った。
「どなたかしら」
「親よ」
霊夢の母親か。やたら笑顔で少し怖い。
「霊夢。お母さんお帰りなさいって言って!」
ちょっと頭は悪そうだった。
「オカアサン、オカエリ」
「なんで片言なのよ」
「あんまり言いたくないから」
「ひどい!」
仲が悪いのだろうか。
「なんで!?」
「帰ってこないから」
とても簡単な理由だった。せっかくの親子の再会だ。今日はこのまま帰ろうかと思った。気付くと霊夢が咲夜の近くまで来ていた。
袖を掴まれた。帰りづらくなってしまった。
霊夢の母親はふわりと浮かび上がった。
「今日は強くなった霊夢を見に来たわ。巷で噂じゃない」
霊夢は咲夜の掴んだ袖を軸にして、浮かび上がった。
魔理沙の言葉の真偽が分かった。噂は本当だった。親子揃って化け物である。
霊夢が苦虫を噛み潰している。歯がたたなかった。霊夢の母親は楽しそうに戦いを続けていた。同じような攻撃をしているが、圧倒的な差があった。
ただ霊夢がもう少し楽しく戦いをしていたら、ここまで一方的ではなかっただろう。
霊夢も感覚で避ける術を持っている。最初に出会った時がそうだ。力量を覆す力がある。戦いが楽しくないのだろうか。
親だからと言って遠慮しているのだろうか。あまり想像がつかなかった。
霊夢の母親の視線は冷たくなり、そして、笑顔が消えた。
「強くなったわ。でも未だこの程度。つまらない」
速度をあげて、弾かれるように霊夢が地面に蹴飛ばされた。
この角度、まずいのではないだろうか。殺す気か。霊夢は体がまったく動く気配を見せなかった。打ち所が悪いのか気絶しているのかもしれない。
咲夜の体は自然と動いた。
「ザ・ワールド!」
時を止めた。まったく短気すぎる自分がうらめしい。
羽を広げて全ての勢いを殺す。霊夢は直ぐに気づいて体勢を立て直した。
「あ、咲夜?」
「今日はここまでにしましょう」
霊夢をゆっくりと鳥居まで運んでいった。
霊夢の母親はその後も戦い続けていた。あの風見幽香とも知り合いだとは驚いた。そして、殺人的な視線を破顔しながら突撃していき、蹴散らしていく。
夢を見ているのだろうか。誰もがまったくかなわない。強い。誰もあの場所まで行くことは出来ない。強さだけに見えた。人のあるべき姿とは思えなかった。
ひと通り霊夢の母親が溶解を蹴散らしていくと、さすが疲れたのか膝に手をついていた。
霊夢は母親にタオルを差し伸べた。
「お疲れ」
「ありがとう」
戦いが終わったあとは、どこからか宴が始まった。
咲夜は知らない顔が多く、鳥居に腰掛けていた。
霊夢が日本酒を持って隣の石段に座った。
「さっきはありがとう。たすかっちゃった」
「当然のことをしたまでよ」
「五年ぶりなの。勝てると思ったら、強かったわ」
「五年も娘を放っておくの? なにをしていたのかしら」
「同じくらい強い人を探しているそうよ。私と戦っている時は片腕、幽香の時にようやくいくつかの道具を使い始めた。昔から妖怪と関わっていたから強さが全てなのよ。神とすら戦えるという強さだから。あのくらい強くないといけないのよね。きっと」
一人妖怪みたいなものだろうか。理解をしてくれる人物が欲しいのは誰もが同じである。
そうでなければ、戦いが友人になってしまう。そうならないように、強い妖怪を見つけ続けているのかもしれない。
咲夜は霊夢の肩を押した。
「そこまで分かっている霊夢が母親の理解者なのよ。傍にいなさい。私も行くから」
宴の中心では、久しぶりの娘の成長を自慢している母親がいた。
霊夢は咲夜を盾にした。
「ああいうところが嫌いだわ」
「仲が悪いよりマシじゃない」
「言葉に圧迫感を感じるの」
「なるほどね。神社やめて料理の腕にしたら。幻想郷はやわじゃないでしょ」
できれば教会部屋に足を運んでくれないだろうか。
「そうしたら、人と妖怪の力の均衡が崩れるわ」
「人が妖怪と戦うのは数に任せればいいのよ。霊夢が背負う必要はない。あれは特異な点よ。いってらっしゃい」
霊夢を押し出した。霊夢の母親は霊夢に酒をつぎだした。返杯をする。
良い風景だとおもうのだが。もう少し楽しく過ごせる方法ないものだろうか。
幸せを考えるのも天使の役目である。天界にそういう本があるのを思い出した。
咲夜は青色の天井に頭をぶつけた。
「いたっ。あれ?」
外に出られない。ナイフで削ろうとすると通り過ぎる。
手で引っ掻いてみたが変化はない。
咲夜は顔を真っ赤にして、こじ開けようとした。木が割けるような嫌な音がした。
「咲夜。こんなところでなにをしている」
振り返ると八雲藍がいた。藍は八雲紫の式。二人で幻想郷の結界の維持をしている妖怪だった。話の理解を良くしてくれるので、相談事も話すことが出来る。
「どうしてここへ?」
「結界を破ろうとしていると警告が鳴ったのだ。ストレスか?」
「そういうことだったの。ごめんなさい。実は忘れ物を取りに外へ行きたいの。前はすんなり通れたのに。他の妖怪だって行き来しているし。なにか暗号でも掛けたのかしら?」
「すんなり通れた?」
藍は咲夜を上から下まで見つめていた。
「それは無理なはずだが」
「どうして」
「人外じゃないからだ。妖怪は制限が緩いが、外からの人を避けるために人はきつく制限をしている。どうして入れたのかは分からないが、外に忘れ物と言うのなら、私が取ってくるぞ?」
「それは」
天界まで言って本を取ってくるとは言なかった。
「ごめんなさい。やっぱりいいわ。それと出来れば。このことは」
「見なかったことにするよ」
「助かるわ」
「紅魔館の料理は美味しいらしいな」
「いつでも来て頂戴。勿論紫も一緒にね」
「悪いな。なにか催促したようで」
「いい機会よ。是非施設を案内するわ」
妖怪が信仰しても力が集まるのだろうか懐疑的であった。
力は実に幻想郷に馴染んでいる。
空をとぶことはもとより、時間を止める時間も長くなっていった。
人間になったのは、一番近しい存在という理由だけ。
それでも、博麗親子については何かの縁だ。
これで天使が隣にいて親子関係が何一つ解決できませんでしたとなれば名に傷がつく。
こうなったら教会部屋経由でものを運んでもらうしかない。
「熱い! 咲夜なんか熱い!」
レミリアが焦げていた。フランドールまでは影響がない。
聖水で清めていく。準備は万端だった。
咲夜は祈りに力をこめた。
上空ではものすごい交信が行われていた。
神様が沢山いすぎてどれを拾えばいいのだろうか。
近くの回線を開いてみた。
「私の子供がアリスっていうのだけれど」
他所様だったので、慌てて切った。どこかで聞いたことのある名前だった。
何度か回線を開いてみるが、全然分からない。揃いも揃って力が強すぎる。
受信を待っていても忙しくて、こちらの回線を拾ってくれないだろう。下っ端は辛い。
それにしても、他の教会部屋ならだいたい声を聞こえたと言うのに、どういうことだろうか。力が弱まっているのだろうか。
レミリアにそのことを相談をしてみた。
「教会部屋で天の声が聞きたいのか。専用回線が無いからな」
「専用回線?」
「直通の回線だ。ここは出来たばかりだからな。本来ならきっちりと教会然としていれば自然と出来るのだが悪魔の館だからな、いつ出来ることやら」
「方法ないですかね」
「悪魔が知っているわけないだろ。っと言いたいところだけれど。逆もまた然りで、ここは悪魔の専用回線をもっている。最近は聞き取りづらいのだけれど」
「そんなのもあるのですか」
「教会部屋が出来たからな。そういう時は力を増幅する」
「やはり生贄ですか」
「そんなことをしていたら、追い出される。フランの力を借りて力を増幅させるのだ。私だって親の声くらい聞きたいからな」
力か。そんなものを持っている人物に心当たり。一人だけいた。
せっかくの親子の時間も貴重である。早速博麗神社に向かった。
食事の招待と言うと、二人からあっさりと了承された。
霊夢には少しだけ時間を貰った、大図書館から見つけてきた本を渡した。
「これなに?」
「ミサの手順と歌う順番」
霊夢はパラパラと本を見た。
「日本語だ。昔読んだのと違う」
「私に習ってくれればいいわ。ゆっくりとね。司祭の言葉は私がやるしか無いか」
「その祭壇には私が立とう」
レミリアがいた。
「出来るのですか」
「大分ね。お前は何処に立つ?」
「教徒として」
「そうか、でははじめよう」
水で手を濡らして十字を切る。
レミリアがまじめに司祭の姿をして歩いた。
歌をうたう。
「私は思い、ことば、行い、怠りによって、たびたび罪を犯してきました。すべての聖人と天使、そして兄弟のみなさん。罪深い私のために、神に祈って下さい」
「全能の神が、私たちをあわれみ、罪を許し、永遠のいのちに導いてくださいますように」
祭儀が進んでいく。
「祈りましょう」
咲夜は祈った。
光が咲夜を包んだ。
天使長がいた。天使長が声をかけてくれた。
周りに懐かしい仲間たちがいた。その内の一人が本を差し出したてくれた。
そして、現実に戻ってきた。
パンとぶどう酒を奉納する。
霊夢の目が食べ物に釘付けになっていた。
レミリアが主の言葉について解説した。
何故そこまで敬虔なのか分からない。
ミサが終わった。
久々に仲間と会えたのが嬉しかった。
「長い時間ごめんね」
「あのパンとぶどう酒どうするの」
やはりか。
「洗礼を受けている人しか食べられないのよ。お嬢様に聞いてみる」
レミリアの言葉が。冗談じゃなさそうだった。
レミリアの書室ではぶどう酒を飲んでいた。
咲夜は我慢しきれずに訪ねた。
「悪魔ですよね」
「踏み絵といってな、世の中には主を踏ませて敬虔な教徒かを判断する方法があるそうだ。悪魔も、悪魔かどうかを判断する方法は宗教に入っているかが、基準とされた」
「それでですか」
「霊夢に今度は洗礼してやろう。パンを食べたがっていたしな」
いいのだろうか。あちらの神が嫌がりそうだ。
してくれればいいなとは思っているが、現実はそう上手くいくものではないだろう。
食事会はレミリアと霊夢の母親が並んで楽しんでもらえた。
お泊り会のように、霊夢を自室に呼んだ。
飲み物を取りに外へ出かける。カードゲームでもしようか。
それともさっそく親子の大切さを説いてみようか。
しかし霊夢の母親がその気にならなければどうしようもない。
「貴女が咲夜さんね」
気楽に普通の巫女服にタオルを掛けた霊夢の母親に声をかけられた。お風呂あがりなのだろう。
咲夜は一礼をした。
「霊夢が貴女を気に入っているの。珍しいことだとおもうわ。うちに来ない?」
咲夜の勧誘以上に直球だった。
「お嬢様の下で働いておりますので」
「宗派じゃなくてさ。家庭的な意味で」
家庭の完成という言葉は非常に重要な意義を持つ。
「考えたこともありませんでしたが」
「反応は悪くないか。脈が無いわけじゃないのね。霊夢も寂しくなくなるでしょう」
「貴女は?」
「私はほら、もっと強い奴と戦って、たまの休みには夫と会わないといけないの。忙しい身なのよね」
「生きておられるのですか」
「霊夢には内緒よ。名前くらいは聞いたことあるだろうし。変に悩むかもしれないから。強い以外にも惹きつけられる魅力があるものよね」
気になる。一緒に住むことが出来ない事情がある人物か。
「家族の件はまた別に。それよりもう少し頻繁に戻られても良いと思いますが」
「条件次第ね。あの場所にいても暇だし。やることないし。霊夢が独り立ちしている以上、孫でも出来なければ帰る意味がないのよ」
霊夢のようになにかを期待する。威圧感のある目が突き刺さる。
「そういう威圧感を出されても。こればかりは」
「急ぐ必要はないわ。霊夢がそっちにいくかもしれないし。宗派を変える前に、博麗神社のことも含めて考えてね」
人生たった八十年の人間の毎日は忙しい。もう少しゆっくりしていてもいいと思うのだが。咲夜は近くにあった窓を開けて、空で楽しんでいる仲間たちを思い浮かべた。
日曜日には霊夢を紅魔館に誘うようにした。
教会部屋には行ったり行かなかったりで、無理強いはしていない。
ぶどう酒とパンが気になっているようだった。
霊夢の母親は月一回で帰るようになったようだ。楽しみが出来たとのこと。どんなことだろうか。
平日は魔理沙や霊夢と遊んだ。このくらいのペースがいい。
博麗神社の軒下でお茶を飲んでいた。いい天気だった。
十六夜咲夜は羽を揺らめかせていた。
魔法使いでも宗教家でもない咲夜が霊力を持ち空を飛ぶことができるのか。
人間より上位の存在である天使だからだ。
周りには見せないようにしている白い羽と強い力を持っているのがその証拠。
もっとも幻想郷では化け物が多いので、影に隠れている。
このくらいがちょうどいいのかもしれない。
羽を触られる感触があった。背筋がざわついた。
「っ!」
慌てて距離をとった。驚いている霊夢がいた。
「そんなに驚かなくたって」
隠しているのにどうして。
空から風が舞い降りた魔理沙だった。
「よぉ、咲夜そんな所でなに――おいっ!」
魔理沙を掴んで、霊夢と鳥居まで距離をとる。
「霊夢って、強さ意外になにか特徴とかない?」
「急になんだよ。あったかな。そうだ。嘘はつきにくいな」
「なんで」
「私のこの金髪を染めているのが直ぐにバレた。魔力で分からないようにしているんだが」
確かにまったく分からない。
「彼女の目って、もしかして色々見えているのかしら」
「かもな」
「本当。あ~、じゃあ霊夢の母親も」
失敗したと目を覆った。
「お前もなにかバレたのか」
「今度教える」
魔理沙を話して、霊夢のところへ戻った。
「一応聞いておくけれど。いつから知っていたの」
「蔵で出会った時から。あの時のままで出会えたから直ぐ分かった。次の日に会おうと思っていたのに。紅魔館に居たなんてずるいわよ。ずっと居てくると思ったのに」
最初からだった。そもそも実体化する前の話だった。
咲夜は霊夢の耳元で囁いた。
「貴女が十字架を放り投げなければいけないのよ。この羽は隠しているから喋らないように」
「綺麗なのに」
「今度触らせてあげるから」
霊夢は口をつぐんだ。
咲夜は後ろを振り替えた。
「それで、今日はなにかしら?」
「買い物に行こうぜ。それで帰りに甘味を食べよう。咲夜先輩のおごりだ」
「よしっ!」と、霊夢は気合いを入れた。
「私は貴女達の財布じゃないのだけれど」
霊夢は咲夜の腕を掴んだ。
「行きましょう。咲夜」
戦いに明け暮れるよりはましか。
仕方なしに咲夜は羽を広げて飛び立った。
人は弱き生き物である。導くのが役割であると咲夜は心に刻んでいた。
その日、咲夜は主の命で幻想郷という場所で信仰を得ることを命じられた。
珍しく宗教が拮抗しており、まだまだ不安定な東洋の片田舎。
咲夜は白くゆったりとした服装を身にまとい、羽を広げて地上に舞い降りた。
怪しまれないように羽をを霊力で覆い、見えないように隠した。
まずは話を聞いてくれそうな人と話をしよう。
いにしえの実績を胸に秘めて咲夜は幻想郷を見渡した。
不安定ながらも綺麗な聖歌が歌われていた。可愛らしい声だった。
こういう小さな目を土着させることが大事なのだ。咲夜は声の持ち主を探し始めた。
声は神社にある蔵からしていた。
美しく力のある声だった。
咲夜は蔵をすり抜けた、真っ暗な蔵に十字架が掲げられているだけであった。
咲夜は黒い髪の毛の少女の横に座った。たどたどしい言葉だった。
読み慣れていない言葉なのだろう。咲夜は耳を傾けながら、終わったら拍手をしてあげようと思った。
「お~い、霊夢」
呼びかけによって声は中断された。霊夢と呼ばれた少女はあっさりと歌を止めた。蔵に掲げていた十字架を、あろうことか近くに放り投げた。
「珍しく早いわね。歌が楽しいときいていたのに、嘘八百ね」
罰当たりな言葉に咲夜は顔に血が上った。
残念ながら先に血祭りにあげる人間が決まってしまった。
蔵では聖なる力がわずかに残っていた。
天罰。咲夜は蔵の重そうな荷物を霊夢の上に落とした。
霊夢はふらつくように移動して避けた。勘のいい人間だ。不思議そうに顔をあげた。咲夜は霊夢と目があった。
「いないのか~?」
「今行くわ。魔理沙はそこで待っていなさい!」
霊夢は蔵の鍵を開けた。
「鳥?」と、霊夢は首を傾げた。
「天使よ!」
失礼なやつだ。
「ふ~ん」
霊夢は蔵から出た。小さな少女をしばらく待っていたが蔵で聖歌を歌うことはなかった。
それにしても子供の声でここまでの力があるとは。
大魚を逃した気分だった。
将来性のある若者が他の宗教を進行するのは許せない。
ただ力を使うには強い信仰やなにか近い形が必要だった。
外で金髪の少女と話している姿を咲夜は見つめた。なにか天罰を与える手段はないものか。咲夜は幻想郷を羽ばたきはじめた。
関わりがある場所を探す場所は困難を極めた。
分かりやすい建物が一つだけあったが、最後の手段としておきたかった。
真っ赤な西洋館。咲夜は結局ここを選んだ。げんなりした。悪趣味にも程がある。おそらくロクな奴がいないだろう。
探しに探して西洋風の建築形式がこの場所しか存在しなかった。もう少し人間には頑張ってほしいものだった。
場合によっては自らがここを拠点にして、教えを広める必要があるだろう。
咲夜は館の目の前で実体化することが出来た。何度か壁を見ながらうろついた。噂では悪魔が住んでいるとのこと。力を借りることをためらった。
「ようこそ紅魔館へ。なにか用ですか」
声に振り返ると中華服を着た女性が声をかけてきた。名前を聞くと美鈴という名前だった。どこか親近感を沸かせる女性だった。
悩んでいてもしかたがない。
咲夜は美鈴に話を聞くことにした。
「しばらく住まわせて欲しいのだけれど」
「恐らく問題ないかと思いますが。幻想郷へは観光ですか」
「信仰を得るために来たの。本拠地を探しているところよ」
「この幻想郷ではよくある話ですね」
「探しているのだけれどなかなかね。あと人間に物理的な天罰をくだすために実体化が必要だったのよ」
「またのご来館をお待ちしております」
にべもない断り方だった。
もう少し複雑な事情というものを察してくれてもいいのではないだろうか。
仮にも人間の姿を借りて下手にでているのだから。
あぁ、この世はなんと冷たいところだろうか。
咲夜は暖かな陽を見上げて目を閉じた。
「おぉ、神よ」
光が咲夜を一際強く照らした。
美鈴は困った様子で見つめていた。
「悪魔の館でそういう行為はやめてもらいません? 地味に営業妨害だと思うんですよ。奇跡なら人里ですればいいじゃないですか」
「誰かが死んでも箔がつくだけでしょ?」
美鈴は首をゆっくりと横に振った。
「見た目は派手ですが、妖精が集まるこの館。危ない行為は許可できません」
「どうせ牢屋にでも入れてこき使っているのでしょう」
美鈴は一歩横にずれた。メイド服を着た複数の女の子が、花壇の近くで笑っていた。
悪魔は昼寝でもしているのだろうか。
美鈴の表情は和らいだ。
「物好きな方でしてね」
悪魔の館に住む住人の話である。半分に聞くくらいでちょうどいいだろう。
表には裏の顔というものがあるはずだ。恐らくお菓子で釣っているのだろう。
屋敷の大部分は分かったものではない。
よく考えてみると、この門番になにかの権限があるとは思えなかった。
呼び鈴程度の存在だろう。騒ぎ立てて呼び出すか。二度とこの館を使わないのであれば有効な手段である。しかし数少ない西洋館は貴重な場所だ。
「館のご主人と話をしたいのだけれど」
「部屋で執務をしているでしょう」
「どこにあるの?」
「通す気はありませんので」
「貴女の役割は理解できるのだけれどね。通してもらうわ」
咲夜は時を止めた。羽を強くはばたかせて数秒で扉に着地した。
館の扉に手をかけた。時が動きはじめた。
まだまだ短い。この地にもう少し慣れる必要があった。
美鈴は驚く様子もなく咲夜を見つめていた。
「私は一生懸命止めました。と、お嬢様に伝えておいて下さい」
「生きていることが不思議に思われないかしら」
「丈夫ですから、あとで壁に穴でも開けて悲惨な戦いのあとを見ていただきます」
美鈴は欠伸をしてから、咲夜に背を向けて紅魔館の外を見つめ出した。
食えないやつ。咲夜は中に入って扉を閉めた。
館の中は興味深げに妖精が咲夜を見つめていた。
自然に好まれている館とは珍しい。メイド服というのもありだった。
興味深そうに妖精が羽に触ってきた。
くすぐったい。自然から生まれた妖精には見えてしまうのかもしれない。
「あなた達には見えるのね」
「同じ?」
「同じ」
妖精たちは笑った。無邪気さで頬が緩んだ。
あの門番だけ外から取ってきたのだろうか。珍種が好きなのは間違いないだろう。
咲夜は一番立派な部屋にたどりついた。ここだろう。
咲夜は軽くノックした。
「開いているよ」
部屋は就寝するベッドが小さく見えるくらいに広い部屋になっていた。
立派な本棚が囲んであり、応接のソファ。執務する机に椅子。どれもが格調高い。
女性が机に肘を乗せて、本を片手に読んでいた。
視線を本から外すことはなかった。
白い服装を軽く摘んだ。
「はじめまして。用件がございまして」
「なんだ」
「しばらく泊まらせていただけませんか」
「名は」
「ありません」
「仮に十六夜咲夜としよう。東洋の名前は一度つけてみたかった」
「もう少し西洋っぽい名前がいいのですが」
「なら初めから考えておけばよかったのに、もうそれで覚えたから変えないぞ。私はレミリアだ。それで? それだけなら美鈴がここに連れてくるはずだ」
咲夜は美鈴の言葉を思い出した。
「彼女は立派に戦いましたわ」
レミリアは本のページをめくった。
「それを私に伝えておけと。あいつも初めて出会った奴によく伝言が頼めるな。普通ならもっと激しい呼び鈴がなるだろう」
「ですわね」
「そんな楽しい出来事を私が逃すわけ無いだろう。まったく直ぐに駆けつけたと言うのに。恐らく睡眠か、それとも妖精に押しつぶされそうになっているか。ふてぶてしいにも程がある。楽しい奴だからいいが。それで対価はどうする。ただというわけにも行かない」
咲夜は安心した。レミリアなら話が通じそうだった。
「人を一人生贄というのは」
レミリアはゆっくりと人差し指で咲夜を招き寄せた。
「こちらで決めさせてもらおう、まずはありったけの履歴書と経歴書をだしてくれ」
少し拍子抜けした。てっきり二つ返事で細部を詰められるとばかり思っていた。俗世が長いのかもしれない。
「あいにく持ってきておりません。今ここで書いても」
「かまわないよ」
ペンと紙を借りた。咲夜は二秒後に差し出した。嘘は書かなかった。
レミリアは本を横において複数の紙に目を通していく。
「宿泊目的は信仰を広めること。人を一人に天罰をくだすことか。随分罰当たりな奴がいたのだな。経歴は数々の宗教戦争に参加。紀元前から生きているのか。これはひと通りのことが出来ると解釈してもいいのか」
「はい。得意なのは掃除です」
当然、この世から消し去る意味である。
「よしいいぞ! 今は内勤が欲しい。包丁と雑巾は持ったことあるか」
素直に受け取られた気がした。
「ナイフとモップくらいなら」
レミリアは頷いた。
「妖精はものを持ったことがない奴もいる。その上に美鈴がどんどん増やす。貴重過ぎる戦力だ。それで期間は。なんだ、たった三日か」
「それだけでことは済みますから」
ここで体を固定化してから、霊夢に天罰をくだす。それからまた体を霊体にして人里をゆっくり見回ればいい。完璧だった。
レミリアはしばらく唸ってから。机から羊紙皮を取り出してにインクを滑らせはじめた。
「契約は一年からだ。継続更新あり。役職をつけてやる。自由に館を利用してくれて構わない。目をつぶると約束しよう。なにか、止むに止まれぬ事情があるのだろう?」
差し出された契約書を見つめた。契約期間と役職だけが書かれていた。一年とメイド長という役職だった。署名をすれば契約が成立である。
「構いませんわ」
ここを拠点にしてもいいということだろう。
「よし、詳細はあっちできめてくれ」
レミリアは外を親指で指した。
「あっちとは」
「美鈴だよ。あいつが取り仕切っている」
契約は完了した。
「レミリア――お嬢様はなにをしているのですか」
「署名役さ。あとは企画ぐらいかな。館の調整とお金の管理は美鈴に任せている。助けてやってくれ」
それだけ言うと、再び本を開いた。
館の中には色々なサイズのメイド服があった。咲夜は周りに合わせるようにメイド服に着替えた。
「一年間だけ身を置くことになったわ。名前も決まったわ。咲夜よ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「不思議なほど条件がいいのよね」
「なにをするのですか」
「内勤だそうよ。自由にやっていいと言われたわ」
「それは嬉しい」
「大変かしら」
「館が大きいですからね。妖精たちは一人ひとつの窓が拭けるだけですから。あとは全部を掃除するのが役目です」
一人に天罰をくだすよりは重労働に思えてきた。
「掃除だけよね」
「自由にということは、全てを把握する必要があります。では引き継ぎをしましょう」
美鈴は容赦なく仕事を任せてきた。お金や部屋の管理、掃除の半分。レミリアお嬢様の側近。図書館にいる人物との調整役。
妖精の採用だけは美鈴が行うそうだ。
「妖精を住まわせておく必要なんてあるのかしら」
「この地域は妖精が沢山いた場所だったんです、妖精と仲良くするのが地域を抑える第一条件でした。まず館の場所にいた妖精たちを住まわせるようにしました。そのうち周りからも仲間が続々と集まってきてこんな状態に。横のつながりが強くて、誰かを切ることが出来ないんですよ」
部屋が一つも開いていなかった。三人部屋とかもあった。
「いくら妖精が小さくても、手狭ね」
「ですよね。どうしたものでしょうか」
ここは正面突破だ。
「空間を広げましょう。対価をくれればやってあげるわ」
「是非おねがいします。それで対価とは」
「教会部屋が欲しいわ」
交渉の末、表沙汰にしないということで場所を入手することが出来た。前途洋々である。
妖精は浮いているだけで本当に何もしなかったというのは語弊がある。
美鈴が教えなかったという表現が正しい。
どこまで出来るか少し掃除方法を教えたところ、子供が手伝うくらいにはなった。
前は美鈴がそれぞれの部屋の片付けまで行っていたらしい。空間を広めた今では自分たちで行ってもらうしかない。
隅々まで掃除するのに忙しい。教えるのにも、教会部屋を作るのにも。
美鈴と妖精が感嘆の声をあげていた。
「凄いですね。ここまで綺麗になるとは」
住みやすい環境は基本である。
くすんだ赤はよろしくない。咲夜は手を叩いて、すました顔で返事をした。
「これくらいは普通よ」
妖精メイドが倍に増えた。どこまで増やす気なのだろうか。紅魔館の地域拡大といったところだろうが、それにしても妖精だらけである。
人里の買い物に出かけたが、宗教活動は出来ないのは少し痛い。来た人を勧誘するくらいだろう。
教会部屋を作れたからか、体が慣れてきたからか、ずいぶん力が扱えるようになってきた。
館では一年が経過した。少しなれはじめた。妖精でも少し大きな仕事を任せられる者がでてきた。
妖精との生活は悪くなく、美鈴も権限を押し付けたわりには細々と働いてくれる。
一人の時間のときは、教会部屋で祈りを捧げていた。
妖精は宗教問わず興味深げに訪れる。歌も一緒に歌うことがある。
美鈴もたまに来るが、興味はないとのこと。
レミリアは咲夜が居ない時でも部屋で静かに時を過ごしている。
悪魔が一番敬虔とはこれ如何に。
三回目の契約を迎えていた。そういえば霊夢に天罰をくださなければ。などとぼんやりと思っていた、
紅魔異変が起きたのはその時だった。
なにを思ったのか、レミリアが幻想郷を霧に包んだのだ。
洗濯物が生乾きになることが心配だった。
弾幕ルールに乗っとり、博麗の巫女がやってくると言う。
窓の外から見たのは、数年前から少し成長した霊夢の姿であった。
丁度いい。これは事故で済ますことが出来そうだ。咲夜は窓から消えた。
弾幕ルールに則った攻撃をまるで攻撃が無かったかのように無表情で避けて行く。
不意打ちを避けられる反射神経があったのだから、さすがと言うべきか。
霊夢は一切速度を落とさずに咲夜のところまでやってきた。
弾幕というなれないルールでの戦いでは、相手が有利であった。
流石に弾幕では勝てないと諦めた。
咲夜は被弾した。
霊夢はレミリアお嬢様の場所に向かいはじめた。
絶好の機会。時間を止めた。今度こそ天罰を。たんこぶで済むと思うなよ。
悪魔に怒られようと知ったことではない。 咲夜は本物のナイフを二十本投げつけた。
時間が動きはじめた。霊夢は驚かずに身を捻ってナイフを避けしつづけた。
一本を避けそこねて服に穴が開いた。
咲夜の額から冷や汗が落ちた。
「やってくれるわね」
どちらがだ。この化け物。
「お互い様よ。霊夢は本当に人間なのかしら」
「今日はそんなことばかり聞かれるわね。ちなみに食べていい人間ではない」
霊夢は陰陽玉を投げつける。
霊力の乗った豪速球。咲夜は避けた。紅魔館の壁を突き破った。
「下手くそ。当たるように投げなさい」
「館を串刺しにするやつよりまし」
空気が振動する。陰陽玉が後ろから追ってきた。手で止めてみたが。勢いを止めきれずに弾く程度。しっかりと人が持っている霊力を使いこなしている。
咲夜は舌打ちしながら避け続ける。隙を見て何度か攻撃するが、与えたのは、近距離での拳だけだった。
「ちょっとなにをやっているの! 次は私の番よ!」
痺れを切らしたレミリアからの声。
「畏まりました」
大きく距離を取る。二筋の光が見えた。咲夜は摘んだ。二つの針が一直線に向かってきていた。
「終わったらまた遊びましょう」
咲夜はカードを撒いて、目をくらますように姿を消した。
次こそはと思いつつも、今より強くなっていたらと言う不安が咲夜の脳裏をよぎった。
楽園の巫女という名前で、既に神道を信仰しているという噂だったが、それが本当なのだろうか。
陰陽玉は道教だろう。明日にはあの神社に寺があっても不思議ではない。教徒にさせるのも不可能ではないはず。
戦いの練習という名で、紅魔館から博麗神社に行くことが多くなった。ただ霊夢の成長速度が速い。
首筋に霊夢の蹴りがかすめる。足を掴もうとすると、直ぐに距離を取る。咲夜は苛ついた。
「んのっ!」
無闇にナイフを撒き散らしても、近距離で時間を止めて攻撃しても、殆どを避けられるようになってきた。
弾幕よりも数段激しく、一歩間違えれば死ぬと言うのに、霊夢の目は輝いていた。
契約上、紅魔館の仕事もやらなければならない。
霊夢が逆に挑んでくるようになってきた。綺麗にした館を壊されてはたまらない。
祈る時間もない。
「ちょっと。神社の仕事はしているのでしょうね!」
「してる。掃除とか」
言葉が止まった。
「他には」
「掃除」
咲夜は頬を引きつらせた。
「こっちは忙しいのよ」
「仕掛けてきたのはそっちじゃない」
ぐうの音もでなかった。
空中戦こそこちらの得意分野だと言うのに、最後の一手が決まらない。霊力を乗せた人間独特の攻撃方法。急激な変化をしてくる陰陽玉。日陰をぬってくる針に、不規則な変化をする御札、結界術となんでもありだった。
道具に気を逸らすと足元に霊夢が来ていた。拳が腹に入った。
華奢な体が恨めしい。息が出来ずに後ろに一歩下がった。そのままメイド服を掴まれて、背中が地面を突いた。
霊夢は飛び跳ねた。
「やった! これで一勝ね!!」
初めて霊夢の嬉しそうな顔を見た。
自分の命が天秤に乗っているのを分かっているのか。陽の眩しさが苛立ちを募らせた。
押されるばかりで勝つことが出来ない。戦い方を確立させていく霊夢に圧倒されるばかりだった。
三年前だったらまだどうにかなる相手であった。本当に逃した大魚は大きい。
ある日、差の開くばかりの戦いを咲夜は中断した。
「やめやめ」
無意味な戦いだと止めた。霊夢は不服そうだった。
「え~」
「食事を作ってあげるから」
「じゃあ早く!」
煩い子供はこの手に限る。
霊夢の誘いに咲夜は乗らなくなった。理由はその都度変えていった。悲しいことに口だけなら勝てた。
影を落として帰っていく霊夢の顔が少しだけ気になった。門の外で見送っていると、美鈴がいつの間にか横に居た。
「戦ってあげればいいじゃないですか」
「私は遊んであげるために戦っていたわけじゃないの」
「負けるのが嫌なのですか」
「痛いのはだれだって嫌でしょう。もう手も足も出ないわ。作戦は失敗」
「この前はお嬢様と戦うと言っていましたよ」
さすが人間の力にも限界があるだろう。ただ、霊夢ならどうだろうか。
「人間の脆さはよく知っているつもりだけれど。まさかね」
それ以上は何も言なかった。
四回目の契約を悩んでいた時、半壊した紅魔館の後ろでレミリアが尻もちをついた。
驚きを隠せなかった。人間の姿では限界があると言うのに、
悪魔を封印する術を行っていない以上決着はつかない。だが美鈴が行っている無制限一本勝負と考えれば勝敗は明白だった。
霊力があるとはいえ、吸血鬼を素手で壁にめり込ませる人間は出会ったことはなかった。
さすが人間にしては強すぎではないだろうか。
今日は紅魔館での食事会だった。少しだけ魔理沙を早く招待した。
「珍しいな。お呼ばれ組とは。私は熱血的に戦わないぞ」
「知っているわ」
咲夜は長い廊下を案内した。
「普通の人間なら、あんなに強くはないわ。寝ている時でも避けられそうで怖いわ」
「お前も大概強いだろう。別格だよな」
「私はちょっとね。霊夢には秘訣でもあるのかしら」
「あれは血筋だな」
「血筋?」
「霊夢の母親が異常なほど強い」
「あれよりも?」
「多分。博麗には逆らわないほうがいいという、人里の話があるくらいだ。余計な事はしないほうがいい」
「ありがとう」
魔理沙の表情から察するに冗談に見えなかった。これだけ差が開いてしまえば、悔しさも感じなくなってきた。先は長いのだから。
元々化け物退治をするために咲夜は来たわけではない。信仰を集めるためなのだ。大魚を釣れないのであれば博麗神社にいく必要もない。
咲夜は数年前と同じように丁寧なノックをした。
「開いているよ」
中に入ると、ベッドで寝っ転がりながら漫画を読んでいた。
「お嬢様ご相談があります」
「なんだ」
「次回契約について。期間を延長してもらえますか」
目的は信仰を広めるだけにした。
「期間はどうする」
「この体が滅ぶまで」
レミリアは頷いた。
「その次も期待している。どうせまた幻想郷に来るのだろう?」
「主に聞いてみないと。これが終わったら一時的に帰ろうかと思っています」
「ではお伺いを立てておいてくれ。地上からの招聘状ならいくらでも作ってやる。これでもガブリエルという二つ名を持っているのだよ」
冗談が好きな悪魔だった。恐らく来たとしても主の機嫌を損ねるものにしかならないだろう。
美鈴の個室でささやかな宴が開かれた。
「いましばらくのお付き合いとのことでお嬢様から聞きましたよ。次の目標はあるのですか。たとえば紅魔館を乗っとるとか」
「手勢が足りないわ。それに存在は別にして、この場所に攻めたらどちらの行為が悪魔だか分からないじゃない」
「お隣にはそれぞれ挨拶をしなければいけませんね。博麗神社からは最近霊夢さんがきませんが、少しは遊んであげたらどうですか」
「今は相手の力が上だもの」
「そういう意味ではなくて、普通に食べ歩きとかです。あちらは年頃なのですから。貴重な友人として」
「あら私は?」
美鈴は酒の入った赤らめた顔で笑った。
「深くは聞きませんよ」
なんでも知っている風な顔が、むかついた。氷を入れたグラスを美鈴の顔に当てた。
博麗神社は静かだった。自信をつけて修行に励んでいるのかと思えば、まったく何もしていなかった。霊夢はお茶を飲んでいた。時間の浪費が甚だしい。
「霊夢!」
「どうしたの?」
「どうしたの。じゃないわ。なんでのんきにお茶なんか飲んでいるのよ。修行は?」
「つまらないもの」
次の言葉が出なかった。美鈴の言葉を思い出す。
よく考えてみたら、面白いで戦っていたら気が狂っているとしか思えない。
逆に以前の霊夢は戦いに傾倒しすぎていたのかもしれない。
年頃の女性で修行に励んでいるとしていても、このくらいが本来のペース。
けれどあの強さを見てしまった。どうしても勿体無く感じてしまう。
「お菓子をあげると言ったら」
「お菓子分だけ修行するわ」
がめつい。なにかを期待する目で見られた。
「じゃあ、指導してあげるから」
「指導ねぇ。それより戦いましょうよ」
「戦っても勝てないわ。横から見ればまだ教えられることがあるかも」
「勝てなくてもいいから」
「私が痛いじゃない!」
結局戦った。
遊ぶという感覚がピッタリと当てはまる。霊夢の喜ぶ顔を久々に見た。
煙を口から吐きながら、これも付き合いだと思った。
負け知らず。その報告が紅魔館にもたらされる度に、霊夢に食事が振る舞われた。紅魔館では霊夢を労うことに力を注いだ。
「お風呂は大きい風呂がいい」
お風呂に温まっている霊夢は呟いた。
咲夜は霊夢を呼び寄せて背中を流した。
「掃除をしないお風呂ほど楽なものはないものね」
「ばれたわ」
これが自然の姿ではないだろうか。穏やかな顔を擦る霊夢を見つめ続けた。
なにかを掴んだ気がした。褒められればそちらに傾くタイプだ。
料理も上達が早い。これは教え甲斐があった。
新たな楽しみを霊夢の中で見つけながら、博麗神社に通う回数が再び増え始めた。
博麗神社が賑わっていた。見慣れない妖怪たちが多数いた。
霊夢と、見知らぬ大人の女性が立っていた。
「ただいま」
霊夢は不機嫌そうだった。
「おかえりなさい」
咲夜は女性におとなしそうな印象を持った。
「どなたかしら」
「親よ」
霊夢の母親か。やたら笑顔で少し怖い。
「霊夢。お母さんお帰りなさいって言って!」
ちょっと頭は悪そうだった。
「オカアサン、オカエリ」
「なんで片言なのよ」
「あんまり言いたくないから」
「ひどい!」
仲が悪いのだろうか。
「なんで!?」
「帰ってこないから」
とても簡単な理由だった。せっかくの親子の再会だ。今日はこのまま帰ろうかと思った。気付くと霊夢が咲夜の近くまで来ていた。
袖を掴まれた。帰りづらくなってしまった。
霊夢の母親はふわりと浮かび上がった。
「今日は強くなった霊夢を見に来たわ。巷で噂じゃない」
霊夢は咲夜の掴んだ袖を軸にして、浮かび上がった。
魔理沙の言葉の真偽が分かった。噂は本当だった。親子揃って化け物である。
霊夢が苦虫を噛み潰している。歯がたたなかった。霊夢の母親は楽しそうに戦いを続けていた。同じような攻撃をしているが、圧倒的な差があった。
ただ霊夢がもう少し楽しく戦いをしていたら、ここまで一方的ではなかっただろう。
霊夢も感覚で避ける術を持っている。最初に出会った時がそうだ。力量を覆す力がある。戦いが楽しくないのだろうか。
親だからと言って遠慮しているのだろうか。あまり想像がつかなかった。
霊夢の母親の視線は冷たくなり、そして、笑顔が消えた。
「強くなったわ。でも未だこの程度。つまらない」
速度をあげて、弾かれるように霊夢が地面に蹴飛ばされた。
この角度、まずいのではないだろうか。殺す気か。霊夢は体がまったく動く気配を見せなかった。打ち所が悪いのか気絶しているのかもしれない。
咲夜の体は自然と動いた。
「ザ・ワールド!」
時を止めた。まったく短気すぎる自分がうらめしい。
羽を広げて全ての勢いを殺す。霊夢は直ぐに気づいて体勢を立て直した。
「あ、咲夜?」
「今日はここまでにしましょう」
霊夢をゆっくりと鳥居まで運んでいった。
霊夢の母親はその後も戦い続けていた。あの風見幽香とも知り合いだとは驚いた。そして、殺人的な視線を破顔しながら突撃していき、蹴散らしていく。
夢を見ているのだろうか。誰もがまったくかなわない。強い。誰もあの場所まで行くことは出来ない。強さだけに見えた。人のあるべき姿とは思えなかった。
ひと通り霊夢の母親が溶解を蹴散らしていくと、さすが疲れたのか膝に手をついていた。
霊夢は母親にタオルを差し伸べた。
「お疲れ」
「ありがとう」
戦いが終わったあとは、どこからか宴が始まった。
咲夜は知らない顔が多く、鳥居に腰掛けていた。
霊夢が日本酒を持って隣の石段に座った。
「さっきはありがとう。たすかっちゃった」
「当然のことをしたまでよ」
「五年ぶりなの。勝てると思ったら、強かったわ」
「五年も娘を放っておくの? なにをしていたのかしら」
「同じくらい強い人を探しているそうよ。私と戦っている時は片腕、幽香の時にようやくいくつかの道具を使い始めた。昔から妖怪と関わっていたから強さが全てなのよ。神とすら戦えるという強さだから。あのくらい強くないといけないのよね。きっと」
一人妖怪みたいなものだろうか。理解をしてくれる人物が欲しいのは誰もが同じである。
そうでなければ、戦いが友人になってしまう。そうならないように、強い妖怪を見つけ続けているのかもしれない。
咲夜は霊夢の肩を押した。
「そこまで分かっている霊夢が母親の理解者なのよ。傍にいなさい。私も行くから」
宴の中心では、久しぶりの娘の成長を自慢している母親がいた。
霊夢は咲夜を盾にした。
「ああいうところが嫌いだわ」
「仲が悪いよりマシじゃない」
「言葉に圧迫感を感じるの」
「なるほどね。神社やめて料理の腕にしたら。幻想郷はやわじゃないでしょ」
できれば教会部屋に足を運んでくれないだろうか。
「そうしたら、人と妖怪の力の均衡が崩れるわ」
「人が妖怪と戦うのは数に任せればいいのよ。霊夢が背負う必要はない。あれは特異な点よ。いってらっしゃい」
霊夢を押し出した。霊夢の母親は霊夢に酒をつぎだした。返杯をする。
良い風景だとおもうのだが。もう少し楽しく過ごせる方法ないものだろうか。
幸せを考えるのも天使の役目である。天界にそういう本があるのを思い出した。
咲夜は青色の天井に頭をぶつけた。
「いたっ。あれ?」
外に出られない。ナイフで削ろうとすると通り過ぎる。
手で引っ掻いてみたが変化はない。
咲夜は顔を真っ赤にして、こじ開けようとした。木が割けるような嫌な音がした。
「咲夜。こんなところでなにをしている」
振り返ると八雲藍がいた。藍は八雲紫の式。二人で幻想郷の結界の維持をしている妖怪だった。話の理解を良くしてくれるので、相談事も話すことが出来る。
「どうしてここへ?」
「結界を破ろうとしていると警告が鳴ったのだ。ストレスか?」
「そういうことだったの。ごめんなさい。実は忘れ物を取りに外へ行きたいの。前はすんなり通れたのに。他の妖怪だって行き来しているし。なにか暗号でも掛けたのかしら?」
「すんなり通れた?」
藍は咲夜を上から下まで見つめていた。
「それは無理なはずだが」
「どうして」
「人外じゃないからだ。妖怪は制限が緩いが、外からの人を避けるために人はきつく制限をしている。どうして入れたのかは分からないが、外に忘れ物と言うのなら、私が取ってくるぞ?」
「それは」
天界まで言って本を取ってくるとは言なかった。
「ごめんなさい。やっぱりいいわ。それと出来れば。このことは」
「見なかったことにするよ」
「助かるわ」
「紅魔館の料理は美味しいらしいな」
「いつでも来て頂戴。勿論紫も一緒にね」
「悪いな。なにか催促したようで」
「いい機会よ。是非施設を案内するわ」
妖怪が信仰しても力が集まるのだろうか懐疑的であった。
力は実に幻想郷に馴染んでいる。
空をとぶことはもとより、時間を止める時間も長くなっていった。
人間になったのは、一番近しい存在という理由だけ。
それでも、博麗親子については何かの縁だ。
これで天使が隣にいて親子関係が何一つ解決できませんでしたとなれば名に傷がつく。
こうなったら教会部屋経由でものを運んでもらうしかない。
「熱い! 咲夜なんか熱い!」
レミリアが焦げていた。フランドールまでは影響がない。
聖水で清めていく。準備は万端だった。
咲夜は祈りに力をこめた。
上空ではものすごい交信が行われていた。
神様が沢山いすぎてどれを拾えばいいのだろうか。
近くの回線を開いてみた。
「私の子供がアリスっていうのだけれど」
他所様だったので、慌てて切った。どこかで聞いたことのある名前だった。
何度か回線を開いてみるが、全然分からない。揃いも揃って力が強すぎる。
受信を待っていても忙しくて、こちらの回線を拾ってくれないだろう。下っ端は辛い。
それにしても、他の教会部屋ならだいたい声を聞こえたと言うのに、どういうことだろうか。力が弱まっているのだろうか。
レミリアにそのことを相談をしてみた。
「教会部屋で天の声が聞きたいのか。専用回線が無いからな」
「専用回線?」
「直通の回線だ。ここは出来たばかりだからな。本来ならきっちりと教会然としていれば自然と出来るのだが悪魔の館だからな、いつ出来ることやら」
「方法ないですかね」
「悪魔が知っているわけないだろ。っと言いたいところだけれど。逆もまた然りで、ここは悪魔の専用回線をもっている。最近は聞き取りづらいのだけれど」
「そんなのもあるのですか」
「教会部屋が出来たからな。そういう時は力を増幅する」
「やはり生贄ですか」
「そんなことをしていたら、追い出される。フランの力を借りて力を増幅させるのだ。私だって親の声くらい聞きたいからな」
力か。そんなものを持っている人物に心当たり。一人だけいた。
せっかくの親子の時間も貴重である。早速博麗神社に向かった。
食事の招待と言うと、二人からあっさりと了承された。
霊夢には少しだけ時間を貰った、大図書館から見つけてきた本を渡した。
「これなに?」
「ミサの手順と歌う順番」
霊夢はパラパラと本を見た。
「日本語だ。昔読んだのと違う」
「私に習ってくれればいいわ。ゆっくりとね。司祭の言葉は私がやるしか無いか」
「その祭壇には私が立とう」
レミリアがいた。
「出来るのですか」
「大分ね。お前は何処に立つ?」
「教徒として」
「そうか、でははじめよう」
水で手を濡らして十字を切る。
レミリアがまじめに司祭の姿をして歩いた。
歌をうたう。
「私は思い、ことば、行い、怠りによって、たびたび罪を犯してきました。すべての聖人と天使、そして兄弟のみなさん。罪深い私のために、神に祈って下さい」
「全能の神が、私たちをあわれみ、罪を許し、永遠のいのちに導いてくださいますように」
祭儀が進んでいく。
「祈りましょう」
咲夜は祈った。
光が咲夜を包んだ。
天使長がいた。天使長が声をかけてくれた。
周りに懐かしい仲間たちがいた。その内の一人が本を差し出したてくれた。
そして、現実に戻ってきた。
パンとぶどう酒を奉納する。
霊夢の目が食べ物に釘付けになっていた。
レミリアが主の言葉について解説した。
何故そこまで敬虔なのか分からない。
ミサが終わった。
久々に仲間と会えたのが嬉しかった。
「長い時間ごめんね」
「あのパンとぶどう酒どうするの」
やはりか。
「洗礼を受けている人しか食べられないのよ。お嬢様に聞いてみる」
レミリアの言葉が。冗談じゃなさそうだった。
レミリアの書室ではぶどう酒を飲んでいた。
咲夜は我慢しきれずに訪ねた。
「悪魔ですよね」
「踏み絵といってな、世の中には主を踏ませて敬虔な教徒かを判断する方法があるそうだ。悪魔も、悪魔かどうかを判断する方法は宗教に入っているかが、基準とされた」
「それでですか」
「霊夢に今度は洗礼してやろう。パンを食べたがっていたしな」
いいのだろうか。あちらの神が嫌がりそうだ。
してくれればいいなとは思っているが、現実はそう上手くいくものではないだろう。
食事会はレミリアと霊夢の母親が並んで楽しんでもらえた。
お泊り会のように、霊夢を自室に呼んだ。
飲み物を取りに外へ出かける。カードゲームでもしようか。
それともさっそく親子の大切さを説いてみようか。
しかし霊夢の母親がその気にならなければどうしようもない。
「貴女が咲夜さんね」
気楽に普通の巫女服にタオルを掛けた霊夢の母親に声をかけられた。お風呂あがりなのだろう。
咲夜は一礼をした。
「霊夢が貴女を気に入っているの。珍しいことだとおもうわ。うちに来ない?」
咲夜の勧誘以上に直球だった。
「お嬢様の下で働いておりますので」
「宗派じゃなくてさ。家庭的な意味で」
家庭の完成という言葉は非常に重要な意義を持つ。
「考えたこともありませんでしたが」
「反応は悪くないか。脈が無いわけじゃないのね。霊夢も寂しくなくなるでしょう」
「貴女は?」
「私はほら、もっと強い奴と戦って、たまの休みには夫と会わないといけないの。忙しい身なのよね」
「生きておられるのですか」
「霊夢には内緒よ。名前くらいは聞いたことあるだろうし。変に悩むかもしれないから。強い以外にも惹きつけられる魅力があるものよね」
気になる。一緒に住むことが出来ない事情がある人物か。
「家族の件はまた別に。それよりもう少し頻繁に戻られても良いと思いますが」
「条件次第ね。あの場所にいても暇だし。やることないし。霊夢が独り立ちしている以上、孫でも出来なければ帰る意味がないのよ」
霊夢のようになにかを期待する。威圧感のある目が突き刺さる。
「そういう威圧感を出されても。こればかりは」
「急ぐ必要はないわ。霊夢がそっちにいくかもしれないし。宗派を変える前に、博麗神社のことも含めて考えてね」
人生たった八十年の人間の毎日は忙しい。もう少しゆっくりしていてもいいと思うのだが。咲夜は近くにあった窓を開けて、空で楽しんでいる仲間たちを思い浮かべた。
日曜日には霊夢を紅魔館に誘うようにした。
教会部屋には行ったり行かなかったりで、無理強いはしていない。
ぶどう酒とパンが気になっているようだった。
霊夢の母親は月一回で帰るようになったようだ。楽しみが出来たとのこと。どんなことだろうか。
平日は魔理沙や霊夢と遊んだ。このくらいのペースがいい。
博麗神社の軒下でお茶を飲んでいた。いい天気だった。
十六夜咲夜は羽を揺らめかせていた。
魔法使いでも宗教家でもない咲夜が霊力を持ち空を飛ぶことができるのか。
人間より上位の存在である天使だからだ。
周りには見せないようにしている白い羽と強い力を持っているのがその証拠。
もっとも幻想郷では化け物が多いので、影に隠れている。
このくらいがちょうどいいのかもしれない。
羽を触られる感触があった。背筋がざわついた。
「っ!」
慌てて距離をとった。驚いている霊夢がいた。
「そんなに驚かなくたって」
隠しているのにどうして。
空から風が舞い降りた魔理沙だった。
「よぉ、咲夜そんな所でなに――おいっ!」
魔理沙を掴んで、霊夢と鳥居まで距離をとる。
「霊夢って、強さ意外になにか特徴とかない?」
「急になんだよ。あったかな。そうだ。嘘はつきにくいな」
「なんで」
「私のこの金髪を染めているのが直ぐにバレた。魔力で分からないようにしているんだが」
確かにまったく分からない。
「彼女の目って、もしかして色々見えているのかしら」
「かもな」
「本当。あ~、じゃあ霊夢の母親も」
失敗したと目を覆った。
「お前もなにかバレたのか」
「今度教える」
魔理沙を話して、霊夢のところへ戻った。
「一応聞いておくけれど。いつから知っていたの」
「蔵で出会った時から。あの時のままで出会えたから直ぐ分かった。次の日に会おうと思っていたのに。紅魔館に居たなんてずるいわよ。ずっと居てくると思ったのに」
最初からだった。そもそも実体化する前の話だった。
咲夜は霊夢の耳元で囁いた。
「貴女が十字架を放り投げなければいけないのよ。この羽は隠しているから喋らないように」
「綺麗なのに」
「今度触らせてあげるから」
霊夢は口をつぐんだ。
咲夜は後ろを振り替えた。
「それで、今日はなにかしら?」
「買い物に行こうぜ。それで帰りに甘味を食べよう。咲夜先輩のおごりだ」
「よしっ!」と、霊夢は気合いを入れた。
「私は貴女達の財布じゃないのだけれど」
霊夢は咲夜の腕を掴んだ。
「行きましょう。咲夜」
戦いに明け暮れるよりはましか。
仕方なしに咲夜は羽を広げて飛び立った。
オリジナル設定が色々詰めてあってわかりにくいかなぁと。
頑張ったんだなぁと思います。
発想は面白いと思ったけど場面描写が淡々としすぎて感情移入し辛いので登場人物の心理を把握することが難しいなぁ、と感じました
ところで霊夢の父親ってひょっとしてあの人、か? とか、咲霊これからどうなんの? とか想像する余地があったりして先の話が見たいと思わせてくれたのが良かったです
続きがあれば読みたいです。