Coolier - 新生・東方創想話

キスメ観察日記

2015/04/03 00:28:52
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キスメはなんで桶に入っているんだろう。
キスメに聞いても、「私はこういう妖怪だから」と答えるのみ。
もし桶から出したらどうなるのかな。
桶の代わりに違う入れ物を用意したら、そこに入るのかしら。

実験1、キスメが寝ている内に桶の大きさを変えてみる。
地底に続く洞窟の中に横穴があって、そこにキスメの寝床がある。
木製のドアを開けると、中は以外と綺麗で、フローリングの床に和洋折衷の部屋が二つと、妖怪に必要なのかはともかく一応キッチン、風呂、トイレがある。
まあ、私が設計して、勇儀さんが作ったんだけどね。
夜こっそり忍び込むと、彼女は寝室に居た。
普通に布団に入ってすやすや寝息を立てている。桶は布団の傍らにあった。
べつに桶無しでも生きていけるじゃん(笑)。
これで桶から出したらどうなるか、という実験はしなくて良いだろう。
ふと壁を見ると、私のポスターが貼ってあった。
嬉しいような恥ずかしいような気持ちはさておき、ちょっと罪の意識を感じつつ、キスメの桶を小さな物に換えた。
その桶はただの桶だった、これは実験が終わるまで預からせてもらう。ごめんね。

次の日、キスメは小さな桶に入って旧都をぶらぶら漂っていた。
上半身が丸見えで、不快そうな顔をしている。

「聞いてよヤマメちゃん、朝起きたら桶が縮んでいたんだよ、もう窮屈で窮屈で」  
「それは災難だったね」

実験1の結果、普通に小さな桶で飛んでいる。大丈夫っぽい。でも窮屈そう。
そして実験2、桶代わりの物を与えてみる。
私は外界から流れてきたポリバケツを指差し、そこに入って見てはと勧めてみた。
さすがに怒るかな、つるべ桶妖怪のプライドが許さないんじゃないだろうか。

「あれならちょうどいい大きさなんじゃない」
「ええっ、あれじゃあつるべ桶妖怪の雰囲気ぶち壊しだよ」
「でもあんたにちょうどいい大きさじゃない」
「う~ん、この桶は窮屈、だけど……」

キスメは自分の入っている小さな桶と、ちょうど良い大きさのポリバケツを見比べ、腕を組んで悩んでいる。じゃあそこで代案。

「キスメ、あっちの穴が開いた桶はどう?」

今度は穴だらけの桶を見せてやった。
狭い桶、ちょうど良いポリバケツ、純正のちょうど良い桶(ただし穴だらけ)
さあ、どうするどうする。

「よし、決めた」

キスメは意を決して、桶から出て自分の足で歩き、ポリバケツに向かった。
歩く姿は白い着物をきた女の子を何も変わらない。
そのまま青いポリバケツに入り、その縁を両手で掴むと、ふわふわと浮上した。
上昇したり、下降したり、ぐるぐる回ったりして、乗り心地を確かめているらしい。
やがて彼女はうんとうなずき、満面の笑みで私の前に降り立った。

「ありがとうヤマメちゃん、これすっごく具合がいいよ」
「そ、そう……良かったね」

実験2の結果、お前にはプライドってもんが無いのか! まあ順応力が高いとも言える。
もともとあの子はのんびりした性格だし、妖怪になったきっかけも、聞いたところ特に悲惨な目にあったとか、怨念とかはないと言っていた。
いろいろと訳ありの者が流れ着くこの地底で、キスメは例外的な存在だった。

「ねえ、ところで、もともと持ってた桶は無くてもいいの?」
「あああれね、私は別にあれ無しじゃだめって事はないからいいんだけど……」
「いいんだけど?」 私は続きを促す。

キスメの次の言葉を聞き、私は背筋が凍りついた。

「あれさあ、私以外のひとが使うと呪われるんだよね」

キスメは驚いた? とけたけたと笑いながら話す。

「の、呪い?」
「私が人間だったころ、親に井戸に投げ捨てられて殺されてねえ、次の日誰かがその井戸の水を汲もうとしたら、ちょうど私の死体入りの桶とご対面、という寸法よ」

キスメはいつもと変わらない可愛らしい笑顔を見せている。
はずなのに、私にはなぜか凄みのある顔に見えた。

「でね、その桶で水を汲んだ者は、例外なく不幸になったんだ。人間だろうと妖怪だろうとね」
「…………」

私の顔は恐怖でひきつり、自分は病原菌を操る妖怪にも関わらず、その身体じゅうの菌が一斉に自分に反逆を開始したような感覚に捉われた。なんだか全身が痛い。

キスメはそんな私を見て、にたにたと笑みを浮かべている。










「……という設定を今思いついた」
「はあ?!」
「嘘だよ、嘘。ヤマメちゃんをちょっと驚かせてやろうと思って。怖がらせて悪かったよ」

急に全身の力が抜け、痛みも消えた。

「なによ、驚くじゃない」
「でもこれに懲りて、もう人の物を盗っちゃだめだよ」
「うん……あっ、ヤバッ」
「ほら、やっぱヤマメちゃんが盗んだんでしょ」
「ばれていたんだ、ごめんね」
「うん、別にいいよ。その桶はヤマメちゃんにあげるよ。あれは百均の店で買ったものだから」
「はあ? ずいぶん軽い話だなあ、あんた本当はなんの妖怪なのよ?」
「単なるよくいる中堅妖怪だよ、ヤマメちゃんほどの謂われはないよ」

でもまあ、怒らせると怖いつるべ桶、という事にしといてね、と舌を出して彼女は笑った。
恐怖を味わされて、種明かしでひと安堵。見事に掌で踊らされてしまった。
結構、やる時はやる子なのね。今すぐ桶を返しに家に戻ろうっと。





キスメはその晩、自分の桶を布団の傍らに置き、それから歩いて押し入れの戸を開けた。
そこにしまわれているのは一つの古ぼけたつるべ桶だった。

「ヤマメちゃんも、これには気づかなかったみたいだね」

彼女はその中に入っている物の一部を取り出すと、胸に抱き、いとおしそうに撫でた。
こういう物を見られると、雰囲気が湿っぽくなってしまうと思うので、できれば誰にも、ヤマメにも見られたくないと思っている。

「そうは言っても、自分のルーツを示す大事なものだからね」

キスメは自分が人間だったころの頭蓋骨を丁寧に桶の中にしまい、戸を閉め、眠りについた。
大分昔に投稿した、「みんなが幸せになって終わる話」の続編ですが2万3千字ほど書いたところで迷ってしまい、もっとかかるかも知れません。
息抜きに書いたものを投稿させていただきました。
とらねこ
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コメント



0.690簡易評価
8.70名前が無い程度の能力削除
可愛い
11.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです