この話の吸血鬼は、血を飲むことでその人物の人生を感じることが出来ます。
これは、作品集203『一個の輸血パックの中には、全ての書物にある以上の哲学が存在する?』で使った設定でもあります。
「お嬢様、時間が迫っていますので、そろそろお目覚めください」
七月も半ばに差し掛かり、じめじめとした暑さが幻想郷中を覆っていた。
今しがた起床した紅魔館の当主が時計を確認すると午前9時を示している。
「あー、寝過ごしたわ」
自己嫌悪と二日酔いで重い頭を枕に落とし、数十秒かけてリセットした。
咲夜に急いで準備する旨を伝えて、ベッドから起き上がりデスクの上のクッキーをポリポリと頬張りながら洗面所に入る。
今日はフランドールの誕生日だった。
妹の寝室は地下にある。レミリアは燭台の灯る石畳の螺旋階段を下りた先の赤い扉をノックして彼女を呼んだ。
「フラン、いるかしら」
「お姉様?待って、今、開けるから」
金属製のドアが軋りながら開く。少し前までは左右のノブの間に封印の紋章が施された鎖が巻き付いていたのだが、今は取り払われて誰でも出入りできるようになっている。
レミリアが妹の肩越しに部屋を覗くと、テーブルの上に置かれた紅茶と本の傍でロッキングチェアが揺れていた。
「お誕生日おめでとう。フラン」
「ありがとう。で、何か用?」
そっけない対応。フランドールは明らかに面倒くさそうだ。
「今日の晩のパーティーであなたの好きなものを用意したいから聞きに来たの。飲み物は何が良い?好みの血液型とかあるかしら?」
「んー特にないかな。任せるわ」
「あら、読書の最中だった?何読んでたの?」
「カフカ」
「へえ、面白いわよね。あれ。ねえ、入っていい?」
「え、嫌だけど」
「ちょっとだけだから」
「駄目」
「なんでよ」
「邪魔」
さすがにムッとして妹を睨む。
「あ、いや。今、本が良いとこだったのよ」
慌てて取り繕うがやはりレミリアを部屋に入れようとはしなかった。
「……本当に何でも良いの?あなたも吸血鬼なんだから血にこだわりが無い筈ないじゃない」
「んーじゃあ。あれが良いかな」
「お、なーに?」
「……やっぱいいや」
「ん?」
「どうせ見つけるの無理だから」
「何々?言ってみて。私これでも顔は広いのよ」
「うーん」
「ほらほら」
「でも」
「フーラーン?」
指で頬をつつきながら問う。
「気持ち悪い」
「ふふ」
レミリアの主観に過ぎないが心なしか表情が崩れた気がする。
「部屋、入っても良い?」
「駄目」
「で、妹様が口にした血が誰のものか知りたくて私のとこに来たって訳ね」
図書館の脇の研究室でフラスコの中の液体に紫外線を当てているパチュリーは呆れ顔だ。
実験の器具が並んだテーブルにはドーナツとミルクが置いてあり、それを摘みながらノートにペンを走らせている。
「私はドラえもんじゃないんだけど」
レミリアは丸椅子にこしかけ、潤んだ瞳で試験管の中の花の雌しべを見つめている。
「別に妹に虐められた訳じゃないわ。あの子なりの愛情表現を笑って受け流せるほど大人じゃないってだけ」
「まあ、秘密道具は出せないけど……ええっと最近妹様が食べた料理に入っていた血液よね。一寸待ってて」
図書館の奥に引っ込んでいったと思ったら、白色のファイルを持って戻ってきた。
「咲夜に食用にする為に渡した血は……この十五人ね。そして日付から察するに更に二人に絞り込めるわ」
「どれどれ、ふーん。妖夢と慧音か」
「幸いまだあまってるわね。持って来ようか」
「お願い。いつも不思議に思ってるんだけど、どうやって血を手に入れているの?」
「あなた、しょっちゅうパーティーを開くでしょ。その脇で献血」
「ありがたいけど……あいつらが無償で提供するとは思えないわね」
「まあ、協力的じゃないのもいるわ。全くただ飯食べておいて、あるまじき厚かましさよ。ええ、献血を拒否する連中もいる。少数だけどね。でも血液は私の研究に必要だし。勿論あなた達の為にも。だからちょっとした品物を渡した時もあるわ」
「……ああ、エントランスホールのショーケースの中身は今度から安物にしておくわ」
「気付いてたの?わ、悪いわね。言うのが遅れて……待ってて、今保管庫から血を持ってくるから」
数分後、逃げるように立ち去った魔女が半透明の箱を抱えて戻ってきた。
ケースを開けて取り出した輸血パックを二つテーブルに並べる。
「解凍したわ。恐らくこのうちのどちらかが妹様のお気に入りの血でしょうね」
「そう……じゃ、ちょっと試飲」
レミリアがパチンと指をならすとワイングラスが二つテーブルに現れた。
「飲んで分かるものなの?」
「ええ、フランが血の感想を言ってたから。そのイメージに合った血液を探せば良い訳。あの子は疑ってたけどね」
「どんなイメージを感じたのかしら」
「こう言ってたわ。『飲んだ瞬間戦慄を感じた。それは寒気だったのか、熱気だったのか。突然電撃のような衝撃が全身に走った。それは湿っているようで乾いていた。明るいようで暗く。簡単なようで難しい。世界より大きく手に平に乗るほど小さい。気付いたら涙を流していた』……らしいわ」
「禅問答かしら。特発性三叉神経痛の症状かも」
「いやだから血の感想だって。確かにちょっと掴み所がないわね……まあ飲んでみれば分かるでしょう」
魂魄妖夢のラベルが張ってある方の血をグラスに注ぐ。
「ああ、これは明らかに違うわね」
臭いを嗅いだだけで断言した。ワイングラスの底に少量注がれた鮮血を回すとヘモグロビンの独特の香りが研究室に広がる。
「この血の人物は精神的に幼すぎる。飲んだ者に謎かけする様な血液じゃないわ」
「毎度のことながら面白いわね。その理解不能の感受性」
恐る恐ると言った感じで一口口に含む。
「やっぱり好みじゃない。糞真面目な味でイメージが膨らまないわ。彼女の慇懃な人間性には好感を感じていいるんだけど、血としてはイマイチね。飲み頃は最低でも四年後。今飲むのは彼女に失礼だわ」
グラスにわずか注がなかったのにレミリアはそれ以上飲もうとしなかった。
「なるほど……じゃあ妹様が探しているのは慧音の血ということかしら」
「ええ。あの対称的な印象は半妖の二面性を表現したんでしょうね」
レミリアは新たに注いだグラスの口に鼻を近づけたり、血を燭台の光に当てて色合いを確かめたりした。
「あら?これは意外と……」
口をつけたグラスを見つめて首をかしげる。
「すごく美味しい。でもフランが選んだ血かしら?半妖の二面性に苦しんでるって感じじゃやないのよね。人間と妖怪、二つの血がマリアージュして引き立てあっているわ」
もう一度口をつける。目を閉じて何か探っているようだった。
「……ああそうなの」
残りの血液も飲み干してグラスを置く。
「種族としての偏見に苦しんだ時期もあったようよ。腐らずにこれ程スケールの大きい味わいを出せるのは凄いわ」
「なるほど、それで結論は?」
「両方とも違うわね。フランが表現した血じゃないわ」
「ふむ」
「この二人だけなの?咲夜があなたに話さずに持ち出したとか」
「いえ、厳重に管理されているはずよ。保管庫は鍵がかかってる上に小悪魔以外の立ち入りは禁じているからね。単純にあなたと妹様の味覚か感性に違いがあるんじゃない?性格が似ている姉妹とも思えないし」
「私とフランは似ているわよ。そこいらの血縁者よりずっと」
「そう?趣味も違うし、妹様はあなたほど社交的でもない気がするけど」
「あの子が自分の部屋に他人を入れたがらないのを知っているでしょう。私もなの」
「まあ誰にだって個人的な空間を侵害されたくないってのはあるでしょうよ」
「吸血鬼にははっきりとした魂がないのよ」
レミリアは皿の上のドーナツを一つつまみ上げた。
「このドーナツみたいに真ん中は空っぽなの。血を飲んで他人の魂を取り込むのは周りだけでも固めておきたいから」
おいしそうにオールドファッションを頬張る。
「価値のあるものでね」
「じゃあ他人を部屋に入れたがらないのって、空っぽな内面を悟られたくないから?」
「あはは、空っぽどころか数百年分の汚れですごい悪臭よ。とにかく吸血鬼の感性なんてあって無い様なもんだから、血液の味もかなり客観的だと思うよ」
「魂ねえ……吸血鬼の味覚が似通ってるのは分かったわ。そうなると妹様の味わった血は誰のものだったのかしら。妖夢でも慧音でもないとすると保管庫のリストの正確性を疑うべき?」
「それなんだけど多分見当がついたわ。さっきは動揺していたみたい。あんな分かりやすいイメージの血は二つと無いのにね」
「へえ、興味深いわ。誰の血?」
「それは……」
「フランドール様、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう!美鈴」
血と酒で出来上がったフランドールはプレゼントを持ってきた美鈴の頬にキスをして、驚いた彼女の顔を見て声を出して笑っていた。
慧音の血を飲みながらその様子を眺める紅魔館の当主も満足顔だ。
「お嬢様、お料理をお持ちしました。ローストビーフとハッシュドポテトそれから海老ピラフです。他に何か御入用ですか?」
「ありがとう咲夜。そうね、ワインが飲みたいわ。白。それからお野菜も何か持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
身内のみの催しで妖精メイドたちが交代で給仕していた。立食パーティーの形式で丸テーブルが幾つか並んでいる。レミリアのいるテーブルは他にパチュリーと子悪魔が囲んでいた。
「まさか咲夜の血だったとわね。料理の最中に指でも切ったのかしら?うん、この赤ワインおいしいわ」
パチュリーはつまみのポテトを頬張りながらレミリアのテイスティング能力を賞賛した。
「パチュリー様、悪魔は人の魂をご馳走にしてますから、そういった判別は得意なんですよ。まあ私なんかお嬢様の足元にも及びませんけどね」
隣の空いているテーブルからパスタが盛られた大皿を持ってきた子悪魔は、二人前はあろうかというそれを完食しつつあった。
「でも妹様が絶賛する咲夜さんの血ですか。凄く魅力的ですね」
「言っとくけど咲夜に手を出したら顔面の半分を失うことになるわよ」
「ゴホッ、ゴホッ!」
「咲夜の血ね……随分ミステリアスな味みたいだけど彼女の生い立ちに関係があるのかしら?」
パスタにむせる小悪魔に水を渡しながらパチュリーが問う。
「いや、私も良く知らないのよ。ああ、咲夜、ちょうど良かった。私に拾われる前ってどんな暮らししてたの?」
シーザーサラダと白ワインを主の傍に置き、突然の問いに笑って答えた。
「私はお嬢様のメイドです。今も昔もずっと」
これは、作品集203『一個の輸血パックの中には、全ての書物にある以上の哲学が存在する?』で使った設定でもあります。
「お嬢様、時間が迫っていますので、そろそろお目覚めください」
七月も半ばに差し掛かり、じめじめとした暑さが幻想郷中を覆っていた。
今しがた起床した紅魔館の当主が時計を確認すると午前9時を示している。
「あー、寝過ごしたわ」
自己嫌悪と二日酔いで重い頭を枕に落とし、数十秒かけてリセットした。
咲夜に急いで準備する旨を伝えて、ベッドから起き上がりデスクの上のクッキーをポリポリと頬張りながら洗面所に入る。
今日はフランドールの誕生日だった。
妹の寝室は地下にある。レミリアは燭台の灯る石畳の螺旋階段を下りた先の赤い扉をノックして彼女を呼んだ。
「フラン、いるかしら」
「お姉様?待って、今、開けるから」
金属製のドアが軋りながら開く。少し前までは左右のノブの間に封印の紋章が施された鎖が巻き付いていたのだが、今は取り払われて誰でも出入りできるようになっている。
レミリアが妹の肩越しに部屋を覗くと、テーブルの上に置かれた紅茶と本の傍でロッキングチェアが揺れていた。
「お誕生日おめでとう。フラン」
「ありがとう。で、何か用?」
そっけない対応。フランドールは明らかに面倒くさそうだ。
「今日の晩のパーティーであなたの好きなものを用意したいから聞きに来たの。飲み物は何が良い?好みの血液型とかあるかしら?」
「んー特にないかな。任せるわ」
「あら、読書の最中だった?何読んでたの?」
「カフカ」
「へえ、面白いわよね。あれ。ねえ、入っていい?」
「え、嫌だけど」
「ちょっとだけだから」
「駄目」
「なんでよ」
「邪魔」
さすがにムッとして妹を睨む。
「あ、いや。今、本が良いとこだったのよ」
慌てて取り繕うがやはりレミリアを部屋に入れようとはしなかった。
「……本当に何でも良いの?あなたも吸血鬼なんだから血にこだわりが無い筈ないじゃない」
「んーじゃあ。あれが良いかな」
「お、なーに?」
「……やっぱいいや」
「ん?」
「どうせ見つけるの無理だから」
「何々?言ってみて。私これでも顔は広いのよ」
「うーん」
「ほらほら」
「でも」
「フーラーン?」
指で頬をつつきながら問う。
「気持ち悪い」
「ふふ」
レミリアの主観に過ぎないが心なしか表情が崩れた気がする。
「部屋、入っても良い?」
「駄目」
「で、妹様が口にした血が誰のものか知りたくて私のとこに来たって訳ね」
図書館の脇の研究室でフラスコの中の液体に紫外線を当てているパチュリーは呆れ顔だ。
実験の器具が並んだテーブルにはドーナツとミルクが置いてあり、それを摘みながらノートにペンを走らせている。
「私はドラえもんじゃないんだけど」
レミリアは丸椅子にこしかけ、潤んだ瞳で試験管の中の花の雌しべを見つめている。
「別に妹に虐められた訳じゃないわ。あの子なりの愛情表現を笑って受け流せるほど大人じゃないってだけ」
「まあ、秘密道具は出せないけど……ええっと最近妹様が食べた料理に入っていた血液よね。一寸待ってて」
図書館の奥に引っ込んでいったと思ったら、白色のファイルを持って戻ってきた。
「咲夜に食用にする為に渡した血は……この十五人ね。そして日付から察するに更に二人に絞り込めるわ」
「どれどれ、ふーん。妖夢と慧音か」
「幸いまだあまってるわね。持って来ようか」
「お願い。いつも不思議に思ってるんだけど、どうやって血を手に入れているの?」
「あなた、しょっちゅうパーティーを開くでしょ。その脇で献血」
「ありがたいけど……あいつらが無償で提供するとは思えないわね」
「まあ、協力的じゃないのもいるわ。全くただ飯食べておいて、あるまじき厚かましさよ。ええ、献血を拒否する連中もいる。少数だけどね。でも血液は私の研究に必要だし。勿論あなた達の為にも。だからちょっとした品物を渡した時もあるわ」
「……ああ、エントランスホールのショーケースの中身は今度から安物にしておくわ」
「気付いてたの?わ、悪いわね。言うのが遅れて……待ってて、今保管庫から血を持ってくるから」
数分後、逃げるように立ち去った魔女が半透明の箱を抱えて戻ってきた。
ケースを開けて取り出した輸血パックを二つテーブルに並べる。
「解凍したわ。恐らくこのうちのどちらかが妹様のお気に入りの血でしょうね」
「そう……じゃ、ちょっと試飲」
レミリアがパチンと指をならすとワイングラスが二つテーブルに現れた。
「飲んで分かるものなの?」
「ええ、フランが血の感想を言ってたから。そのイメージに合った血液を探せば良い訳。あの子は疑ってたけどね」
「どんなイメージを感じたのかしら」
「こう言ってたわ。『飲んだ瞬間戦慄を感じた。それは寒気だったのか、熱気だったのか。突然電撃のような衝撃が全身に走った。それは湿っているようで乾いていた。明るいようで暗く。簡単なようで難しい。世界より大きく手に平に乗るほど小さい。気付いたら涙を流していた』……らしいわ」
「禅問答かしら。特発性三叉神経痛の症状かも」
「いやだから血の感想だって。確かにちょっと掴み所がないわね……まあ飲んでみれば分かるでしょう」
魂魄妖夢のラベルが張ってある方の血をグラスに注ぐ。
「ああ、これは明らかに違うわね」
臭いを嗅いだだけで断言した。ワイングラスの底に少量注がれた鮮血を回すとヘモグロビンの独特の香りが研究室に広がる。
「この血の人物は精神的に幼すぎる。飲んだ者に謎かけする様な血液じゃないわ」
「毎度のことながら面白いわね。その理解不能の感受性」
恐る恐ると言った感じで一口口に含む。
「やっぱり好みじゃない。糞真面目な味でイメージが膨らまないわ。彼女の慇懃な人間性には好感を感じていいるんだけど、血としてはイマイチね。飲み頃は最低でも四年後。今飲むのは彼女に失礼だわ」
グラスにわずか注がなかったのにレミリアはそれ以上飲もうとしなかった。
「なるほど……じゃあ妹様が探しているのは慧音の血ということかしら」
「ええ。あの対称的な印象は半妖の二面性を表現したんでしょうね」
レミリアは新たに注いだグラスの口に鼻を近づけたり、血を燭台の光に当てて色合いを確かめたりした。
「あら?これは意外と……」
口をつけたグラスを見つめて首をかしげる。
「すごく美味しい。でもフランが選んだ血かしら?半妖の二面性に苦しんでるって感じじゃやないのよね。人間と妖怪、二つの血がマリアージュして引き立てあっているわ」
もう一度口をつける。目を閉じて何か探っているようだった。
「……ああそうなの」
残りの血液も飲み干してグラスを置く。
「種族としての偏見に苦しんだ時期もあったようよ。腐らずにこれ程スケールの大きい味わいを出せるのは凄いわ」
「なるほど、それで結論は?」
「両方とも違うわね。フランが表現した血じゃないわ」
「ふむ」
「この二人だけなの?咲夜があなたに話さずに持ち出したとか」
「いえ、厳重に管理されているはずよ。保管庫は鍵がかかってる上に小悪魔以外の立ち入りは禁じているからね。単純にあなたと妹様の味覚か感性に違いがあるんじゃない?性格が似ている姉妹とも思えないし」
「私とフランは似ているわよ。そこいらの血縁者よりずっと」
「そう?趣味も違うし、妹様はあなたほど社交的でもない気がするけど」
「あの子が自分の部屋に他人を入れたがらないのを知っているでしょう。私もなの」
「まあ誰にだって個人的な空間を侵害されたくないってのはあるでしょうよ」
「吸血鬼にははっきりとした魂がないのよ」
レミリアは皿の上のドーナツを一つつまみ上げた。
「このドーナツみたいに真ん中は空っぽなの。血を飲んで他人の魂を取り込むのは周りだけでも固めておきたいから」
おいしそうにオールドファッションを頬張る。
「価値のあるものでね」
「じゃあ他人を部屋に入れたがらないのって、空っぽな内面を悟られたくないから?」
「あはは、空っぽどころか数百年分の汚れですごい悪臭よ。とにかく吸血鬼の感性なんてあって無い様なもんだから、血液の味もかなり客観的だと思うよ」
「魂ねえ……吸血鬼の味覚が似通ってるのは分かったわ。そうなると妹様の味わった血は誰のものだったのかしら。妖夢でも慧音でもないとすると保管庫のリストの正確性を疑うべき?」
「それなんだけど多分見当がついたわ。さっきは動揺していたみたい。あんな分かりやすいイメージの血は二つと無いのにね」
「へえ、興味深いわ。誰の血?」
「それは……」
「フランドール様、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう!美鈴」
血と酒で出来上がったフランドールはプレゼントを持ってきた美鈴の頬にキスをして、驚いた彼女の顔を見て声を出して笑っていた。
慧音の血を飲みながらその様子を眺める紅魔館の当主も満足顔だ。
「お嬢様、お料理をお持ちしました。ローストビーフとハッシュドポテトそれから海老ピラフです。他に何か御入用ですか?」
「ありがとう咲夜。そうね、ワインが飲みたいわ。白。それからお野菜も何か持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
身内のみの催しで妖精メイドたちが交代で給仕していた。立食パーティーの形式で丸テーブルが幾つか並んでいる。レミリアのいるテーブルは他にパチュリーと子悪魔が囲んでいた。
「まさか咲夜の血だったとわね。料理の最中に指でも切ったのかしら?うん、この赤ワインおいしいわ」
パチュリーはつまみのポテトを頬張りながらレミリアのテイスティング能力を賞賛した。
「パチュリー様、悪魔は人の魂をご馳走にしてますから、そういった判別は得意なんですよ。まあ私なんかお嬢様の足元にも及びませんけどね」
隣の空いているテーブルからパスタが盛られた大皿を持ってきた子悪魔は、二人前はあろうかというそれを完食しつつあった。
「でも妹様が絶賛する咲夜さんの血ですか。凄く魅力的ですね」
「言っとくけど咲夜に手を出したら顔面の半分を失うことになるわよ」
「ゴホッ、ゴホッ!」
「咲夜の血ね……随分ミステリアスな味みたいだけど彼女の生い立ちに関係があるのかしら?」
パスタにむせる小悪魔に水を渡しながらパチュリーが問う。
「いや、私も良く知らないのよ。ああ、咲夜、ちょうど良かった。私に拾われる前ってどんな暮らししてたの?」
シーザーサラダと白ワインを主の傍に置き、突然の問いに笑って答えた。
「私はお嬢様のメイドです。今も昔もずっと」
こういう雰囲気好きです