針妙丸は神社の縁側で悩んでいた。奇妙で華奢な部品を左右に表裏にと回転させる。
あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、ここだと思うところに押しつけるが、手を放せばぽろっと落ちる。これも保留にした方が良いかな。一人ぶつぶつ言いながら、針妙丸はため息を禁じ得ない。
無の状態たった最初に比べたら少しは形になってきたし、着実に完成に向かって居る筈だ。
巫女と魔法使いがそんな針妙丸を遠巻きに眺めていた。
「あいつ何してんのかしら……どっから拾ってきたのか、少し前からずっとあれやってるんだけど」
「ああ、あれは私が上げた城のプラモデルだよ」
「入れ知恵は魔理沙だったのね。随分と大きいし……」
余計なことするなと目で訴えている霊夢に対し、魔理沙は申し訳なさそうに頬を掻く。
「処分する前に偶々針妙丸の奴に箱を見せたんだ。そしたらえらく気に入っちまってな」
箱も針妙丸の近くにある。外の世界の城であろう写真が印刷されていて、霊夢も目は惹かれた。しかしそれ以上に中のパーツの多さと複雑さに普通なら気が引けそうな代物だ。
「虫かご程度ならと思ってたけど、あれはちょっと……」
縁側で座布団程のスペースを占拠しているが、霊夢は建設許可は出していない。真ん中にあるために横を通る度に避けないといけなくて地味に邪魔だった。
「虫かごに飽きて城に住むつもりかもしれないな」
「流石にそれは無理でしょ。でもあの様子じゃいつ作り終わるか分かった物じゃないし……」
今のペースからして、明日明後日にできる物には見えなかった。
「作り方の説明書が無かったから、処分する予定だったんだ」
「罪深いわよ、あれは」
謎の板を手に右往左往してため息を吐く針妙丸は、賽の河原で石積みをしてるような報われなさを醸し出している。今朝から昼を越えてずっとやっている。
ただでさえ小さな体なのだ、時間が掛かるのも当然だった。
「まさか縁側で作るとは思わなんだ、悪かったな」
「百歩譲って場所はまあいいけどさ。時間の無駄でしょう、作れもしないであんなの……」
魔理沙は自責の念からか眉をひそめつつ、立ち上がった。
「一理ある。一丁説得してくるかな」
大股十歩で城まで出向き陰を落とすと、針妙丸が無邪気に顔を綻ばせ、見上げた。
「やあ魔理沙。これ難しいけど楽しいよ、ありがとう」
「楽しんでるなら良かった」
魔理沙はつられて笑うが、神妙な面持ちを作る。
「でもなんだ、お前じゃ……いや私でもそれの完成は難しいだろう。上げといてなんだが、作るのは諦めた方が良いぞ?」
「何言ってるのさ、こうして形は出来てきてるし」
針妙丸はしきりに指を差すが、それは城の面影にも乏しい。
「模型ってのは最初はそういうもんなんだ、かくいう私も作り方不明の戦車のプラモデルを香霖に貰って挑戦したことがあってな」
「砲台が付いてる奴だっけ、そういうの好きそうだもんね」
「うむ。一応それっぽい形にはなったが、結局細かい部分は迷宮入りだ。見た目も見れば見るほど足りない感じがして、結局お蔵入りだ」
捨てないのが魔理沙らしい、と霊夢は聞き耳を立てつつ思う。
「今思うと時間の無駄だったと言っても過言じゃ無い。その城もぱっと見て戦車より難しそうだったんだ、お前だと今は背も低くて難易度八割増しくらいになってる筈だ。諦めた方が利口だぞ」
針妙丸は少しうつむいた,本人も似たような事を考えているんだろう。魔理沙も安堵の息を漏らした。所が諦めるかと思いきや、針妙丸は決心した目で面を上げた。
「でもさ、私は自分で城を作りたいんだ。それは私自身に課した試練みたいな物なんだ」
「自分の城?」
魔理沙が輝針城を思い浮かべたが、針妙丸は首をゆっくりと振った。
「輝針城は先祖が作った城だし、私も自分で城を作りたいなって……これはただのオモチャかもしれないけど。これが出来たら何でも出来る気がするし、出来なかったら、やっぱり駄目なのかなって思うんだ」
針妙丸は本気で言ってるらしい。魔理沙はどうすべきか目を泳がせ、やがてため息交じりに言った。
「そうか、なら……がんばれよ」
帽子のつばを下げると、重い歩調で霊夢の元に戻った。
「だめじゃん」
「あんな事言われたら辞めろと言い難いだろ、自分で言ってくれ」
ばつが悪そうに魔理沙は箒に跨がり、飛び去った。残された霊夢は頭を掻きつつ、じっとプラモデルの城と針妙丸を見つめた。
針妙丸は気分転換がてら散歩に出た。小さい体で遠出は億劫だが、境内を一周すると幾分気も晴れるし、運動になる気がして日課となっている。
霊夢達が話していたことは針妙丸の耳にも届いていた。時間の無駄だの、罪深いなど、くれた魔理沙の為にも絶対に完成させてやりたいと思った。しかし作れなかったら無駄になると言われたのは、えも知れぬ寒気がしないでもない。先ほど魔理沙に言ったのは、自分への決意表明でもある。
参道を横断し、細長い葉が生い茂るジャノヒゲの一角で深呼吸する。この辺りは緑が多く針妙丸のお気に入りだった、本来ならジャノヒゲに瑠璃色の実がある頃で、それがまた良い。
何度か深呼吸を繰り返していると、風も無いのに茂みが揺れた。
針妙丸は身構えるが、出てきたのは大人しそうな兎だった。
「やや、君は……」
兎としばし見つめ合う。
「こんにちは」
針妙丸は笑顔で声を掛けた。
神社には存外と様々な動物がやってきている。何故か大抵は隠密に努めていて霊夢もその事実はあまり気づいていない。
人並の恐ろしさを持たない針妙丸は動物に隠れられることも無く、草食な者とは隣人の様な間柄だった。とりわけこの兎は、霊夢が仕掛けた罠に掛かっていたのを針妙丸が助け、以来仲が良い。
「兎君、今日もお耳が立派だね」
返事は帰ってこないが、この兎は多少言葉が理解できるような節がある。
今日もお礼なのか頬摺りしてくるので針妙丸は城のことを忘れ、和んだ。
「くすぐったいなー」
しばらくジャノヒゲをリボンの様に結び、兎に付けて遊んだ。瑠璃色の実があればそれも使うのだが、最近鳥の群れ来て食べられてしまった。追い払おうとしたが、嘴を持つ鳥は中々に強敵で、結局数と大きさ的な差で防ぎきれなかったのだ。思い出すだけで、腹立たしい。
いけない。気分転換に来ているのだから、もっとのんびりしよう。そう思い直しリボンを作るがそれも一苦労で、針妙丸は垂れる汗を拭う。
「もう疲れて来ちゃったな。体が小さいと大変だよ、私も兎みたいに小さくてものんびり楽に過ごしたい気もするんだけど……」
それを聞いた兎は即座に首を左右に振ったので、針妙丸はしまったと思う。
「失礼な事言っちゃったかな。生きてる以上、きっと君にも色々あるんだよね」
針妙丸が謝ると、兎は軽く頷いて、しきりに己の背中の方を顎で指し始めた。
乗れ、と言っている様に見える。そんな事は初めてだ。「いいの?」と聞けばこくこくと頷くので、針妙丸は恐る恐る兎の背に乗った。
「いやー、ふかふかだね。どっか連れてってくれるのかな、ってうわぁ!」
兎はぴょんと方向転換すると、ジャノヒゲを飛び越え高草の中を駆け始めた。
「ちょっと、思ったより怖いんだけど! というか草があぶ、危ないって!」
針妙丸はどうにかしがみついたが、兎はお構いなしに神社を抜けていった。
「あら」
「霊夢、どうかしたか」
「今針妙丸の声が聞こえたような、何処行ったのかしらね」
煎餅をかじりつつ、霊夢は作りかけの城を見た。
「ジャノヒゲの所じゃないかな、あそこ気に入ってたろ」
「この間鳥に実を全部食べられちゃって、それから行ってないらしいけど……」
「そういや今年は鳥が多いしな。その反動で城に躍起になってるのかもしれん……今のうちに城を片付けちゃうか」
「いくらなんでも可哀想でしょう。何なら今のうちに出来るだけ作ってあげるのはどうかしら」
「分かってないなー。ああいうのは自分で作るから意味があるんだぜ」
「ああそう……」興味無さそうに霊夢は呟いて、靴に足を入れた。
「なんだ今日は出かけるのか」
「ん、ちょっとね」
背の高い竹林に、竹の葉の絨毯。時折舞う葉が舞う空間に、厳かにそびえる大きなお屋敷。
針妙丸が兎に連れてこられたのは、見たことの無い竹林で、あまりに見事で目を丸くした。兎が沢山居るのも驚くやら和むやら。
「君んちって随分豪邸だったんだね、兎の王様だったりするのかな」
針妙丸を乗せたまま、兎は玄関から屋敷に上がり、廊下をゆっくりと歩いて行く。
玄関に靴があったから、人か、兎以外の何かが住んでいるのだろう。妖怪兎はあまり靴を履かなかった筈だ。針妙丸は推測しつつ、兎をばしばしと叩いてみる。
「ここを見せたかったの? いつも神社で会うだけだもんね」
しかし兎は歩きながら小さく頭を振った。意図が分からないまま、しばらくして縁側に出た。
そこには長くて黒い髪に、ゆったりとした装いが古式ゆかしい、姫のような人が座っていた。
その人の横まで来て兎は止まった。既に気づいていたらしく、ずいと針妙丸に顔を寄せて笑った。
「何だか珍しいお客さんが居るようね」
「いや私もよく分からずに来たんだけど……ええと、初めまして姫さん」
挨拶にに迷うが針妙丸は一先ず兎から降りて、お辞儀をしておく。兎は姫さんの方に駆け寄ると、膝の上に乗った。
「ああ、罠に掛かったのを助けた小人が居るって、それが貴女なのね」
姫さんははっと手を合わせ、一人で納得した。
「私のこと知ってたんだ?」
「喋れる兎が教えてくれたのよ。面白いお客様だから、お持てなししなくちゃね」
「えっと、お構いなく……」
「兎に乗ってくるなんて浦嶋子もびっくりね。鯛や平目は居ないけど」
針妙丸は控えめに答えたが、姫さんはその気満々らしく、兎に何か言付けている。
これはどういう状況なのだろう。兎君が連れてきてくれたのは確かで、客人としてもてなしてくれるのだろうか。考えてもしっくりこないが、言われたようにこの人は乙姫的な人で、ここは竜宮城なのかもしれない。そう針妙丸は思うことにした。
「まさか兎君がこんな姫さんに仕えていたとはね。何だか私は場違いな気がしてきたよ」
「仕えてるわけでも無いけど、貴女の噂は少し聞いていたのよ。色々やったことも、小槌がパワー切れで小さくなっちゃったこともね」
興味津々な眼で針妙丸を見てくるが、視線を合わせるのが何だか気恥ずかしく、反らした。
「もしかしても姫さんも小人の宝……打ち出の小槌目的なわけ?」
正邪の例もある、こういう事はよくよく確認しておかなければ。
「小槌? 私はそんな下世話な鬼の道具なんかに興味ないわよ、貴女に興味があるわ」
ばっさり言われ舌を巻く。打ち出の小槌より自分の方に興味有るだなんて。針妙丸は恥ずかしいような恐れ多いような不思議な気分だった。
「流石姫さんだ、小槌をそんな小馬鹿にしちゃう人初めてだよ」
「当然よ当然。本当の宝っていうのは、そんな珍妙で複雑な道具じゃないのよ。単純が極まるからこそ宝と呼べる。私はそういう物にしか興味ないわ」
「なるほど……確かに小槌は宝というより只の道具かもなぁ、姫さんは持ってるの?」
「無論よ。もっとも、私が持ってるのは極まった穢れに近い二つだけどね」
「二つ! それは気になるなぁ」
「蓬莱の玉の枝と、永遠の命って所かしらね。そんなに良い物じゃ無い」
「へえ、姫さんは不老不死なの?」
姫さんは言葉で答えずお淑やかにほんのり笑った。胡散臭いとちょっと思うが、もしかして本当に凄い人なのだろうか。
考えている間に、妖怪兎がお酒を持ってきてくれた。
「これはお礼だから、遠慮なくどうぞ」
竹を斜めに斬った徳利が置かれ、お猪口も横に切った竹だ。更に細い竹で作った小さなお猪口が有り、針妙丸はそれに酒をついで貰えた。親切な対応にこれまた脱帽する。
針妙丸は改めて恐縮しようとしたが、今更それも遅い気がした。
「ちょっとそれたけど、私に興味があったって本当?」
「ええ、実は私も昔は三寸くらいだったころもあったから、懐かしいと思ってね」
針妙丸は心が弾んだ。小人仲間なのだとしたら、思わぬ引き合わせだ。
「全然そう見えないけどだったら同士だね」
「直ぐ大きくなっちゃったけれど」
姫さんは昔を見るように目を細めて、酒に口付けている。
「いいなぁ大きくなれて……」
「やっぱり小さいと不満?」
「んー、小さいのが不満ってわけじゃないんだけどね。ただ霊夢とかに比べるとやっぱり不便とは思うな」
酒を呑んでみると青竹の香りがほんのりして、爽やかだった。
「気にしなければ良いのに。何かあったのかしら」
針妙丸は頭を掻いて困惑する。初対面なのにいきなり愚痴を言って良いものか、けれど姫さんは促すように頷くので、腹を割ることにした。
「お城の模型を作っていたらさ、小さい体で作ろうなんて無謀だし時間の無駄だって、言われちゃったんだ。いや正確には聞こえちゃったかな」
「時間の無駄ねえ……貴女は順調だったんでしょう?」
「正直言うと自分でも厳しいと思ったけど……無駄と言われると悔しいんだよね。何やるにしたって今の私がやったら全部矮小だから、私自身が無駄って事になっちゃうだろう?」
「小さいから時間の無駄というなら、そうかもね。怒りたくなる気持ちも分かるわ」
「うん。でも本当は認めたくないのかな、そういう事実をさ」
針妙丸は意味もなく空の猪口を何度か宙に投げる。軽く酔った勢いで大変行儀が悪いが、姫さんは楽しげに見ていてくれた。
それからうふふと笑った。
「私は認めなくて良いと思うけどね。小人だから時間の無駄だなんて事は絶対無いわ」
「だと良いんだけど……時間も限りある物だから、大切にしたいとも思うんだよね」
「時間っていうのはもっと単純なのよ。無闇に惜しむなんてすべきじゃない」
「流石に不老不死の人は言うことが違うや」
少々おどけてみるが、姫さんは目を光らせた。
「いいえ、皆気がついていないのよ。私が教えて上げましょうか、知って得する時間の流れ」
ちょっとした節約術の紹介みたいだ。元々気分転換に外に出たのだし、話を聞くのも良いかもしれないな、と針妙丸は頷いた。
「姫さんの考えは面白そうだ、ポジティブな内容だと良いな」
「もちろんよ、貴女の中に良い答えが見えるはず」
自信満々に宣言した姫さんだが、今から考えるらしい。頭を傾け悩ましげな表情になる。
やや間があってから、閃いたらしく目を鋭くした。
「ゾウもネズミも心臓を十五億回打つと死ぬ。だから、両者とも同じだけ生命活動して死に至るって話は聞いたことがあるかしら?」
いきなり謎掛けの様な事を言われ、自然と難しい顔になる。
「知らないけど、寿命が同じってこと? ゾウは長生きのイメージあるけどね」
「心拍の早さは心臓の大きさによってだいぶ違うの。だから客観的には鼠は数年で死んでしまうし、ゾウは数十年は固い」
「けっ、じゃあやっぱり大きい方が良いんじゃ無いか」
針妙丸は唇をとがらせてみる。
「元々この話は寿命を数式にしようとした試みなの。結局そういう意味では空論止まり。けれど鼠もゾウも一生に感じている時間は同じかも知れない、って疑問を作ってくれたのよ」
「感じる時間……かあ。鼠の数年はゾウの数十年と同じ長さを感じてるってこと?」
「ええ、面白いでしょう?」
「それは考えても見なかったね」
姫さんは手酌でお酒を注ぎつつ、からかう様に笑った。大きい奴と比べる必要は無い、そう言ってくれてるのだ。確かに前向きではあるかもしれない。
「でもさ、結局それだと鼠の方が時間を早く感じちゃって、やれる事が少ないんじゃないの」
「本人はきっとそんなことは意識してないわ。主観で考えたとき、時間が違うかもしれないのが重要。私も信じてみたい部分ではあるし」
「姫さんも?」
「不老不死でも案外人並みの体感かも、と思えば何となく気が楽なのよね」
「打出の小槌みたいにパワー切れが有るといいのにね、不老不死も」
姫さんはきょとんとしたが「ねー」と涼しげに口にした。鬼の作った宝も本当の宝も、良い事ばかりでは無いのだろう。
「無い物ねだりはしないわ。代わりに自分で自分を楽にできるように考えたのよ、じゃあ続きだけど……」
「続きがあるんだ」
「まだまだこんな物じゃ理解に及ばないわ」
「今度はどんな話だろう」
針妙丸は笑って続きを聞こうとしたが、竹林の宙に茜色が差しているのに気がついた。
「ねえもしかして結構日が傾いてるのかな、今何時だろう」
「そうね、今の時期に茜が差すのは大体五時くらいみたいかしら」
「もうそんな時間! そろそろ戻っておかないと帰り道になにかあるか分からないや」
夜道が恐ろしいのは冗談で無く、夜行性の動物は殊更危ない奴が多くて不意打ちを食らうと命に関わるのだ。針妙丸はわたわたと帰り支度を進める。
「そう? じゃ、連れてきたイナバに送らせるから」
姫さんは不満そうな顔を浮かべつつ、手を叩いた。すると庭の片隅から例の兎が跳んでくる。
「お客様だから、ちゃんと帰して頂戴よ。狼に食べられでもしたら洒落にならないから」
そして責任重大な兎はぎこちない動きで針妙丸の前に参じた。
「脅しちゃ可哀想だよ。でも姫さんとはまた話したいね、続きも気になるし」
「また来て良いわよ、あのイナバに言えば連れて来る様に言っておくから」
来たときと同じように針妙丸は兎に跨がると、茜色の空に微かに紫色が混ざり始めていた。
帰る前に今一度、そう思い針妙丸は姫さんに手を振る。
「ならまた来るよ、その時はもっとゆっくり話したいな」
「ええ。残念だわ、まだこんな時間なのに、帰ってしまうなんてね」
姫さんは悪戯っぽくいうと、小ぶりに手を振った。共に見えなくなるまでそうしていた。
相変わらずロデオばりの乗り心地だったが、針妙丸は暗くなる前に無事神社に戻ることが出来た。
針妙丸の城は箱の完成図だけを頼りに、牛歩戦術ばりのロウペースで組立てられている。
しかし箱の完成図は正面からのみで、他の面はあまり進んでいない。とうとう正面も見て出来る部分は尽きたらしい。細かいパーツを組み合わせる箇所が絶望的で、試しても試しても一向に形になっていかない。
霊夢はそんな城と針妙丸を交互に睨んだ。
「全然進展してないし、いい加減諦めたら」
「む。やだよ絶対完成させるんだ、それにソコとかココとか、ちゃんと進んでるよ」
針妙丸が指したのはいずれも瓦だった。どうしてかこの模型は、瓦がジグソーパズルかと疑うほど細かく分けられているのだ。霊夢はただ呆れる。
「仕舞いには城ごと外に突き落とすわよ」
「立ち退きには決して応じないよ、縁側拡幅反対だ」
「あんたが後から狭くしたんでしょうが」
霊夢は身を乗り出し軽く手刀を振り下ろす。針妙丸は頭の上で白刃取りして必死に耐えた。
「うぐぐ、場所は何処でもいいから作らせてよ」
「こんな無駄なことしてるより、小槌の魔力集めてきたらどうなの」
「それはそれだよ。本当に無理そうだったら諦めるから……」
当人は未だに諦めていない。重さで蚊の鳴くような声を出す針妙丸を見て、霊夢は手刀を納め腕を組んだ。
「じゃあ……せめて床の間でやってよ。此処だと風でこまいのが無くなるかもしれないしね」
「ありがとう!」
模型の城は風呂敷に載せ引きずられ無事床の間に遷り、針妙丸は安堵の表情を浮かべた。
「これで思う存分やって良い?」
「まあ良いけど……」
全くコイツも良くこんな物やっていられるなぁと霊夢は呆れ果てるが、邪魔にならない場所に移ったので無理に文句は付けまいと口を紡ぐことにした。
「そういや霊夢、竹林の姫さんって知ってる?」
霊夢は一瞬顔をしかめる。永遠亭の事だろうが、何故そんな事を聞くのか。
「顔と名前ぐらいは知ってるけどね、どうかしたの?」
「この間知り合ったんだけど、面白い人だからさ。教えて欲しくて」
「へぇ……あいつは時間を止めて月を偽物と変えようとしてたのよ。面白すぎる奴よ」
「時間を止めてかぁ……」
針妙丸はそれから時折兎に乗り、彼の場所へ行くようになった。嫌な事があったとき、城の進行具合が芳しくないとき、気分転換に行くのだ。
しかし特別する事も無く、酒を嗜みつつどうでも良いことを駄弁っているだけである。
ジャノヒゲが鳥の襲撃に遭ってしまったこと、城が縁側から座敷へ移ったこと、神社に来た人妖その他の事。それでも針妙丸の心に一陣の風を吹かせるくらいの楽しさはあった。
「今日は、打ち出の小槌を持ってきたんだ」
針妙丸は背負ってきた小槌を解いて、縁側に置いた。話の種になれば良いなと持ってきたのだった。
「結構豪勢な見た目なのね、持ってみても良い?」
「いいよ」
姫さんは手に取ると楽しげにひょこひょこと振り回した。
心なしか自分より似合う気がしなくも無い。針妙丸が軽く見とれていると、姫さんは照れくさそうに小槌を置いた。
「酒のツマミでも出そうとしたけど出なかったわ、残念」
「ツマミを出すくらいの魔力は戻ってるだろうけど……一応小人じゃないと使えないみたい」
「ふーん。これで模型を完成させちゃえば良いんじゃ無いの?」
ああ、そういう手もあったか。針妙丸は一瞬舌を巻くが、それはやはり違う気がした。
「自力で作りたいんだ。そうじゃないと作った人に失礼だろうし」
「随分と誠実なのね。流石は鬼退治した一族というべきかしら」
「そんな格好良い物じゃ無いよ、小槌は本当に大事なときに使う物なんだよきっとね」
「使い渋っていると、結局最後まで使えないものよ?」
「それが一番いいって事なんじゃないかな」
姫さんは「なるほどね」と呟くと梢が風に吹かれるかのように、楽しげに揺れた。
どんな所作も何だか画になってずるいなあと針妙丸は思いつつ、小さくあくびを一つした。
庭に目をやれば、今日は兎が何匹か可愛げに口をもごもごさせている。実に平和的光景だ。しばしその姿を堪能した後、針妙丸は小槌に触れた。
「ここは本当に竜宮城だね。こいつも何だか此処に有る方が落ち着いてるように見えるよ」
もちろん小槌に感情表現機能は無いが。
「ふふふ、そりゃいいけど。帰ったら皆おばあちゃんになってるかもね」
「何年経っても皆変わってない気がするや」
針妙丸は白髪の巫女達を想像して笑いつつ、霊夢に聞いた話を思い出した。
「そういえば姫さんは永遠と須臾を操れるんだって? それで月を入れ替えてたとか」
「あら、誰に聞いたのやら」
「時間止めたり出来るんだって、霊夢に聞いたんだ、本当に凄い人だったんだね」
へつらっているのがバレたのか、姫さんは鼻で笑った。
「別に凄くなんてないのよ。確かに私は少し特殊だけど……永遠も須臾も、誰だって少しは動かせるんだから」
「いやぁ、それは無いだろうさ」
「皆勘違いしてるのよ、時間をね」
「またそれか、そういえば結局まだ聞いてなかったね。ゾウの時間とネズミの時間の続き」
駄弁って酒を煽るのが楽しいため、結局忘れてしまっていたのだ。
姫さんはちょっと考えるそぶりをした。
「そうだったわね。でも今回は……楽園の時間と地獄の時間ってとこね」
「天国と地獄ってことかな?」
「考え方は色々あるけどね。天国も地獄も行った人は永遠と思うような時間を過ごす事になるの。それがなぜだか分かる?」
「だって人生の終着点だからそれより先が無いというか、理由なんてないんじゃないの」
針妙丸があっけらかんと答えたが、姫さんは人差し指を振りやるせない顔をする。
「駄目よそんな受け入れ方をしちゃ。例えば浦嶋は竜宮で楽しい時間を過ごしたわ、数日とか三年とかね。でも帰ってきたときは過ごした時間よりもずっと世の中が進んでいることに気がついた、実年にして三百年程。どうしたらそんな差が生まれるのか」
「西洋にも死人に再会して話したら数年経ってたお伽話有るよね。それなら竜宮城とかは時間の流れが違うんじゃないかな。玉手箱の中に浦嶋の時間を閉じ込めてたとかさ」
「おしい。もっと単純に貴女もきっと体感している筈よ」
姫さんがあと一息という期待した顔をするが、針妙丸に継ぐ言葉は無い。
「あとは数百年気絶してたとか、かなぁ」
「結構現実的な考え方をするのね貴女……」
「小さくたって頭脳は同じなのさ。でも姫様の考えの方が聞いてて楽しいと思うよ」
おほん、と姫さんは咳をして続けた。
「竜宮は海の底とか常世とも言うわ。それはつまり元々昼夜が分からない場所ということ」
「それは関係あるの?」
「だから物語上の時間はあくまで浦嶋の体感。本当は三年くらいかなーと思ってたら、本当は三百年経っていただけなの」
「えー! それって寿命超えてるじゃん」
「彼は全身全霊で勘違いしてたのよ。それに持て成されていると、自然と時間の勘定を間違う物なの。玉手箱の中にはその勘違いを正す何かが入っていたんでしょうね」
「何かって何さ」
「何かは、何か」
姫さんはまたも、からかってるんだか、本気なんだか分からない表情で言う。
「そんな勘違いしちゃうのかなぁ……」
「人は楽しいと時が過ぎるのを忘れてしまうからね、浦嶋は特に単純だったみたい。彼は最終的に神様扱いなんだから、馬鹿に出来ないけど」
「人間単純な方が良いってことなのか」
針妙丸が疑うように聞けば、姫さんは着物の袖で口元を隠し、妖しげに「そうかもねぇ」と答えた。
「何となくは分かったけど。地獄もそうなのかな、いやでも地獄は楽しくないよね……」
「そう、地獄の時間は逆にとても遅いわ。八大地獄で一番軽い等活地獄でさえ、一兆六〇〇〇億年経たないと抜けられない計算になるわ」
「想像付くレベル超えてるよ……仏教ってそういう所あるよね。弥勒菩薩が仏陀になるのが五億年だかとか聞いたし」
「仏教で数字が莫大になるのは一年の長さが違うから。弥勒で言えば兜卒天で四千年の寿命だけど、兜率天の一日は人間で言うと四百年。等活地獄も人間で言う五十年が四王天の一日。その四王天の一日で考えて五百年。さあ人間で何年でしょうか?」
「とんだ難題だなあ……」
そんな事言われようが、想像付かないのは変わりない。
「酔った頭には両手でできる計算が限度だよ。そのなにがし天は何で人の世に換算すると一日が長いんだ。あれか、実は太陽系じゃないのかな」
「面白い発想ね。仏様は宇宙人だった、なんてロマンがあるわ」
「いや、やっぱり胡散臭すぎる……。姫さんは違う風に考えてるんでしょ」
「ええ、あくまで仏陀も菩薩も地獄の罪人もみんな人間よ。そして修行も罰もいくら有り難がったところで辛いことなの。辛くなきゃ意味が無いからね」
「わかった、今度は辛いのが理由なんだね」
「そういうこと、楽しいことと逆に人は苦痛を思えば時間を長く長く感じるわ」
姫さんは満足げに笑った。
「感情が時間を歪めてしまうのかな。相対性理論って奴? いざ言われてみると信じがたいけど」
「昔からそういう感覚はあったわ。例えば『妹がため菅の実摘みに行きし我れ山道に惑ひこの日暮らしつ』なんて歌がある。大切な人の為に菅の実を集めに言ったら道に迷って日が暮れちゃったって歌」
「そりゃ何とも間抜けだけど……菅の実を渡して喜んでくれるのが楽しみすぎて、日が暮れるのに気づかなかったって所かな」
「結果山で独り居る時間が長すぎて歌を思いついたって所でしょう。天国と地獄とまで行かなくとも、他人の為にだって時間は変わるのよ」
「夜明けを待つのは、さぞ永かっただろうね」
理解できるような、そうでも無い様な。針妙丸は酔いつつある頭の中をもやもやさせた。
時間を忘れるほど楽しく一瞬で過ぎてしまう時が須臾、一刻も早く過ぎるように時計を見続けたくなるような時が永遠を操ることに似ているのだろうか。それを自由に操れるのなら、やっぱり凄いことだ。
一人で頷きつつ姫さんを見ていると、がらっと奧の襖が開いた。
「あんまり適当なこと言っていると鼻が伸びますよ」
落ち着いた声がして、背高の女が出てきた。見かけるがが針妙丸はまだ名前も聞いてない。取りあえず姫さんの下僕っぽいのでお側の人と呼んでいる。
「って、今までの全部嘘なの?」
姫さんは流し目でお側の人を睨んだ。
「私はそう考えているって話、こんな話に嘘も本当も無いでしょう。むしろ鼻が伸びるって方が嘘だわ」
「お側の人が嘘つきなのか」
針妙丸は少しむくれてお側の人を睨む。しかし姫さんの方ばっかり見ていて、針妙丸の視線は届いてないらしい。
「それは皮肉と言います。つまみを持ってきましたからどうぞ」
「あら、貴女が作ってくれるなんて珍しいわね」
この人物がつまみを用意するのは今までに無く針妙丸は驚いたが、姫さんも同じらしい。
お側の人が淡々と二人の間に置いたのは、フキの甘露煮だった。
「今日は鈴仙も出ているし。小人はフキの下で暮らしてると聞いたので作ってみました」
「そうなの?」
姫様が好奇心に目を輝かせて見てくるが、そんな住まいにいたことは一度もない。
「私は普通に家に住んでるから……別の小人の話だろうねそれは、コロなんとか?」
「あら、残念。コロポックルは情に厚く礼を忘れないと言うから期待したんですがね」
お側の人はあまり残念そうでは無い、これも皮肉なのだろう。針妙丸は苦笑いを浮かべたが
「平気よ、嫌な奴につまみ持ってくるような奴じゃ無いから。それにこれも直ぐ出来る物じゃないだろうしね」
と小声で姫さんが言ってくれたので安心した。
「まあ小人も色々いるって事で今日は勘弁願うよ。フキの下で暮らす小人に乾杯」
「乾杯ー」
「輝夜は飲み過ぎないようにね」
お側の人は感想も聞かずに戻ってしまった。透き通った飴色のフキは苦みを抑えてあり、フキらしい繊維もちゃんとあり良い具合に柔らかい。あの人はもしかして料理人だったのだろうか。針妙丸は謎を深めつつ、日が沈む頃まで二人で飲んでいた。
「そろそろ日が暮れるけど平気かしら」
「あ、そりゃ困るかも。フキ美味しかったって言っておいてね!」
気がついたときには空の色は藍色に近く、針妙丸は急いで小槌を背負い身支度を済ませた。
昼間の神社、座敷の上、床の間の前。
霊夢は座敷箒で畳を流すように掃いていた。ふと件の城に目が行く。
最近は殆ど形が変わらず、針妙丸は別組みの破風や櫓などを作っているようだ。
この城の模型は相当に細かいというか、意地が悪い。障子は樹脂の組子だが、自分で組んで紙は自分で貼れという融通の無さ。針妙丸は米粒で張っているが、失敗したので障子紙を少し分けてくれと言ってきた。予備などは無いのだ、不親切さを遺憾なく発揮している。
内装も違い棚等の分かるパーツはあるのだが、何処に付けるんだかが定かでは無い。もっと酷いと本当に何に使うのか検討つかない。
霊夢が用途不明の部品の山から一つ手にして前後左右見回しても、ゴミの模型だろうか? と疑う具合だ。
ある意味針妙丸のサイズの方が向いてるとも思うが、何処の部品か分からない以上、砂漠の中で針を探すようなもの。そんなことにかまけているせいか、小槌の魔力も回収が進んでいない。もっとも正邪が持ち逃げした部分が多いのだが。
「あー! 勝手にいじらないでよ!」
声がして下を向けばどこからともなく現われた針妙丸が、部品を取り返そうと小さく跳ねていた。
そっと部品を渡し、霊夢は両手を挙げる。
「はいはい、もう触らないわよ」
大事そうに部品を抱える姿を見ていると、憤りを通り越して哀れのようなため息が出る。
「霖之助さんに聞いたらね、難し過ぎて幻想入りしちゃったのかもって言ってたわよ」
「このお城のこと?」
目を伏せて霊夢は軽く鼻を鳴らした。
「今は簡単な物が主流で需要が無いんだって、詳しくは知らないけどさ。あんたも時代錯誤なことやってないで、いい加減諦めた方が良いんじゃないの?」
口は出さないつもりだったが、不健康な熱中具合は正さねばなるまい。本当は城の方にいい加減出来てやれと言いたいが、これは付喪神でも無いので無意味だ。針妙丸は城と霊夢を交互に見た。
「これでも少しずつ進んで居るんだよ」
「時間をかけ過ぎと言ってるのよ、他にもっとやることあるんじゃ無いの」
針妙丸は苦そうな顔で睨んでくるが、小さい分そんなに怖くはない。
霊夢が睨み返すと、あっさりと何処かに行ってしまった。
どうした物かと考えつつ、座敷箒を握り直した。すると今度は魔理沙がどこからとこなく現われた。
「弱い物いじめは良くないぞ」
「弱くもないでしょ。私もちょっと出かけるから、お茶なら今度ね」
「またか、今日は面白い話を仕入れてきたというのに。最近付き合い悪いなぁ」
針妙丸は兎に乗って再び竹林に赴いていた。竹の葉がすれる音が心地よい。
もうここへ来るのも何度目か忘れてしまった。いつものように縁側でよしなし事を駄弁る。
「そういえば最近お城の調子はどうかしら、完成しそう?」
「全然駄目なんだ、やればやる程深みにはまるみたいで……」
「博打じゃ有るまいし」
二人下らない事で笑いつつ、縁側でのんびりと過ごした。最近は息抜きと言うよりも、逃避的にここに来ている節がある。霊夢にああいわれて来てしまったのも、何だか逆にばつが悪い。
針妙丸は笑いをため息に変えた。
「今日はあんまり元気が無さそうね」
「また城作りは時間の無駄じゃ無いかって言われちゃってさ……」
「気にしなければ良いと言ったのに」
何度も同じ事を言って貰っている。さぞ呆れて居るだろうと針妙丸は思ったが、姫さんは明るくいつもの笑みを浮かべていた。
「気にしないのも難しくない? 時間は限り有るし……永遠の命があればと思っちゃうね」
「あら、あなたも不老不死が欲しいの?」
針妙丸は反射的に後悔した。自分が打ち出の小槌目当てにうんざりしていたように、姫さんも持っている物を下手に羨まれたくないに違いない。
「ごめんごめん」
「気にしてないわよ。私も貴女に憧れてるからね」
お得意の奥ゆかしい笑みを向けられ、針妙丸は視線を斜め上に反らした。
「姫さんは時々私をからかってんだか、本気で言ってるのか分からないときがあって困るね。小槌の事を言っているのかい?」
「貴女が小槌を以て下克上しようとしたって話は聞いたわ。それは羨ましいし憧れる事でもあるの」
「あれは正邪に騙されていて……褒められる謂れもないよ。あいつのおかけで小槌の存在を知ったけどさ、本当良い様に使われただけさ」
「でも善意で小槌を振っていたんでしょう。反旗を翻すのは並の事では無いわ」
「どっちにしろ失敗だったよ。姫さんだって色々してきたんじゃ無いの?」
「私は殆ど隠れているだけよ、大それた事なんて何にも。死なない奴が動乱起こすのは一番やっちゃいけない事と思うのもあるけどね」
姫さんは詰まらなさそうに言うと、縁の下から枝のような物を取り出した。枝の先には七色の玉が煌めく。針妙丸は思わずその枝に目を奪われた。
「どんど焼き……じゃないよね、何その凄そうなの」
「これが私の持ってる宝、蓬莱の玉の枝よ。この間小槌を見せて貰ったから私もと思って」
「確かに小槌とはちょっと違う気迫を感じるよ、ずっと見ていたいぐらい」
「自慢できる物でもないけどね、見た目は中々でしょう。持ってみる?」
姫さんは枝をくるくると指の腹で転がして見せた。
「今の私じゃサイズに釣り合わないし、遠慮しとくよ。大きくなったらまた今度お願いしよう」
「そう? 似合うと思うんだけどね。大きくなったらもっと似合うかも」
大きくなっても、自分が持ったらどんど焼きに見えること必至だろう。また可笑しな事をと思いつつ、針妙丸は枝を目に映す。小槌のような利便性は感じないし無さそうだが、誰が見ても宝なのだとわかるに違いない。そういう輝きを持っている。
姫さんが枝をひょいと退けたので、針妙丸は我に返った。
「比べたかも知れないけど、貴女が持ってきた小槌もなかなかの物よ」
「え、前は宝と違うって言ってたじゃんか、純粋じゃないって」
「貴女が純粋だからね。純粋な者が使えば本物足るでしょう」
姫さんは玉の枝と針妙丸を交互に見ている。
「変におだてるのはよしてよ。私は模型で悩むような卑屈な奴だし」
「そこだけは残念、貴女には詰まらないことで悩まないで欲しい。一友人としてそう言いたい」
うぐうと呻きうつむく針妙丸。人に言われるとまた違う物である。
「時間について貴女は勘違いしてるからね、そこだけよ」
「それ、まだ続きがあったんだ」
姫さんはふふっ、とわざとらしく笑った。
「語り尽くせないもの。そうね……今回は題して聖人の時間、小人の時間」
「聖人?」
「まず時間で見て小人の反対って何だと思う?」
「そりゃ字のごとく巨人だよ。壁の上からぬーっとでてくる奴」
「おしい。確かに成長の幅が反対ではあるけど、大小以外で考えてみて」
指をぱちんとならす姫さん。そういえば大小で言えばゾウとネズミで話したもんなと頭を捻る。
「今までの話からすると聖人って事になるのかな、キリストとか、お釈迦さんとか」
「分かってきたわね、釈迦は生まれた直後、七歩歩いて『天上天下唯我独尊』と言ったのよ。キリストは成人前に学者と宗教について語り合ったわ。私も似たような所はあるしね」
自分と釈迦やキリストと並べるとは大した玉だと思いつつ、針妙丸はますます考えをほつれさせた。
「それって反対なのかな? 確かに私が尊い教えを言った試しは無いけども……姫さんはそういう事言ったの?」
「まさか。ただ三寸から三日で今の大きさになっただけ」
「全然似てないじゃんか」
「釈迦は七歩で世の摂理を悟ったのよ。それは七歩の間にそれだけ成長したということ。キリストも」
針妙丸は酒を少し喉に通した。
「姫さんも三日でそれだけ背丈が成長したってことかな」
うんうんと姫さんは頷いた。要は普通の人には考えられないほど早いと言うことだ。
「確かに普通じゃ無いね。じゃあ私達小人が反対って事は……」
「成長がとんでもなく遅い、というかずっと成長しない」
「馬鹿にしてんのかいっ」
ばっさり言い言い切る姫さんに針妙丸はわざとらしく頬を膨らませてみせる。しかし不思議とあまり嫌な気はしなかった。
「そんな事無いわ、小人も特別という事よ」
「悪い意味だよそんなの、体も大きくなければ、有り難い言葉も言えないんだ」
「でも貴女のご先祖は、小さいままで鬼をやっつけたんでしょう。確か飲まれても何度も眼から出てきたとか」
「鬼を参らせちゃうんだから、ご先祖様のタフネスには感服するけどね。私なんて天邪鬼すら参ったって言わせられないのに……」
「今はまだ、でしょう。小人は成長もせずコツコツ無駄だと思うことをやり続けて、やり続けて、常人には出来ないことを成してしまうのよ」
「どうかな、私にもできるのかな」
「ええきっと。だからお城の模型も、ゆっくりこつこつやって良いと思うけどね」
姫さんは横目で針妙丸を流し見た。
こんな事と比べるのはいささか気が引けるが、先祖は体が小さいという事を気にせず武を志し、勇気のままに鬼を退治したのだ。そこに時間の打算なんて物はきっと無い。
確かに今の自分は小人らしさを欠くと言えるかも知れなかった。
「時間が勿体ないとか言う癖に、悩むのに時間を使いすぎてたね」
たははと針妙丸は頭を掻いて笑った。
「無理だろう無駄だろうと言われて諦めてしまうのはもったい無いわ。諦めることが成長なら成長なんてしない方が良いに決まってる」
姫さんはくすりと笑った。
「なんか意外だね、姫さんみたいな高貴そうな人ってもっと達観して無駄な物は無駄って言うかと思ってた」
「まあ、無駄無駄言うのも飽きてきたのよ。こう思ってた方が面白いじゃない?」
「ふむ、その言い草は我儘姫っぽいかな」
「でしょう」
姫さんは得意げに頷いて、酒を進めた。
その後は兎と遊んだりしていつの間にやら普段よりも幾分遅くなってしまった。
まあ今日位は自分の身の安否は二の次で遊ぼうかなと思いつつ、針妙丸は夜が更けていく様子に心残りを感じた。
「あんまり遅いと霊夢も心配してるかな」
ぼんやりとそんなことを言うと、姫さんは残念そうに溜め息を付いた。
「そうね、帰った方が良いかも。その前に少し待っていて、お土産があるから」
お土産? と聞こうとした針妙丸をよそに、姫さんは座敷の方で兎に色々指示を出す。するとあっという間に兎が四散しすぐ戻ってきた。
「お待たせ、お土産の玉手箱よ」
姫さんが用意させたのは貝細工が見目美しい黒の手箱だった。赤い紐が結ばれてまさに玉手箱といった趣だ。ご丁寧に小さい背負子まで用意され、針妙丸は疑いの満ちた面もちで受け取る。
「これは喜んで良いのか……何がはいってるんだい?」
「開けてからのお楽しみ。ただし、帰ったら早めに開けること」
「玉手箱とは逆なんだ」
「あと揺らすのも駄目よ、背負うのは仕方ないけど基本は天地無用で」
「注文の多い玉手箱だ」
「斜めにすると汁が出ちゃうから」
「汁?」
はっ、と姫さんは袖で口を隠した。
「おほん。ところで色々と好きに話させて貰ったけど、貴女はどう思ったかしら、何か答えは見えた?」
「時間の話のこと? 前向きにはなれたかな、答えと言われるとまだ上手く言えないんだけど。まあ今度来るときまでには考えとくよ」
「それが良いわ」
心なしかいつもより残念がっているようだが、姫さんは笑って送り出してくれた。答えが見えるだろう、そう言って姫さんは話をしてくれた。今度は自分が姫さんに答えを聞かせてあげよう。針妙丸はそう考えつつ、兎に飛び乗った。
結局兎は跳んだり跳ねたりするわけで、揺らすなというのは不可能だった。ひっくり返らずに無事神社には戻れたのは幸いだった。
「兎君ありがとう、また今度ね」
頬ずりを一つすると、兎も疲れたのかとぼとぼと去っていった。
「ただいまー」
縁側で大きめに声を上げてみるが、返事が無かった。いつもは奥の座敷で霊夢が仏頂面ながら出迎えてくれるので、ただならぬ物を感じた。
見渡せばこの時間に明かりが全く無いというのも不思議だ。軽く探してみたがどうやら霊夢は神社に居ないらしい。
とはいえ宴会に呼ばれる事も多々ありそうな霊夢だし、心配要らないだろう。今日は月明かりも程々にある。針妙丸は疲れもあって玉手箱を下ろすと毛布の切れ端にくるまって直ぐに眠ってしまった。
針妙丸が目を覚ましたのは、紫がかった空に仄かな光の半月が山辺に来た頃だった。いつもなら二度寝する時間だが頬を叩いて立ち上がり、神社内を見て回る。
無論霊夢が帰ったのか確認するためだが、寝床に布団が無い時点で居ないのだろうなと結論した。
霊夢はあまり余所で飲み明かすタイプではない。針妙丸は未だ帰らない理由を想像するが、悪い事しか思いつかない。むしろ適当に考えるのは楽観的過ぎる気もしてきていた。
誰かに知らせようか、そう頭に過ぎったとき、声がした。
「ただいま」
霊夢だった。ふよふよと降りてきた霊夢は乱暴に着地すると深く息をはいた。全体的に服はくたびれているし、髪の毛はぼさぼさで満身創痍な風体だ。
「どうしんだい、起きても居ないから心配したよ!」
「ちょっと捜し物ついでに妖怪退治してたのよ、平気平気」
そう言いつつも、目には隈をこしらえているし、針妙丸には全然そう見えない。
「なんでまた夜通し……」
「竹林で日が暮れちゃったのよ。飛んだら曲がり竹に頭打つし、歩けば竹の根に躓くわで最悪」
「そうなんだ、まあいいから休みなよ」
どうやら霊夢でも道に迷うことはあるらしい。大した怪我もなさそうで、笹の葉が乗った髪を掻いていた。
「その怪しげな箱は何?」
昼頃に起きてきた霊夢は、ぶっきらぼうにお土産を問いただす。
「ああ、すっかり玉手箱のこと忘れてた」
早く開けろと言われたのを思い出す。針妙丸は城づくりの手を止め、玉手箱を霊夢の前に持って行く。
「なんでこっち持ってくるの?」
「変なもの入ってたら困ると思って」
「だったら余計離れて開けるもんでしょう」
針妙丸は無視して玉手箱を開けた。
一瞬二人で目を瞑ったかが、特に煙も出てこない。
中にあったのは、さんざん使った小さな竹の猪口と飴色のフキの甘露煮だった。
「何これ? 美味しそう」
言うが早いか、霊夢は手づかみでフキを賞味し始めた。
「ちょ、ちょっと勝手に食べないでよ。というか何時誰から貰ったか知らずに、よく口に出来るね」
面食らっていた針妙丸だが、弾かれたようにフキの前に立ちはだかる。
「だってお腹空いてたし……」
まだ起き抜けで何も食べていないらしい。
「でもこれは姫さんが私にくれたんだよ」
「あら、随分と仲良かったのね」
霊夢は意外そうに玉手箱の中を覗いている。
「最初に行ったときにさ、竹のお猪口用意してくれたんだよね。フキはまた別の時にお側の人が用意してくれたんだ」
浦島太郎の話もその時にしたんだったな。あの時は玉手箱の話もしたが、なるほどこれを見ると確かに過ごした時間を思い出す。
針妙丸が一人にやにやしていると、霊夢が「そういえば」と懐を漁り拳を出す。
「そういえば私もお土産あったんだったわ、見つけたからあげる」
「え、これって」
霊夢の手から出てきたのは、瑠璃色が眩しいジャノヒゲの実だった。
「庭の奴は無くなっちゃったでしょ、あんた好きそうだったからさ」
「わー、ありがとう! やっぱり好きだなこの色」
霊夢はそっぽ向きながら頭を掻いている。
「色は綺麗だけど栄養もないし、役に立たない実だけどね」
「食べる方向で考えなければいいじゃん……」
「菅の実を好きなのは鳥かあんたか位よ。まあ想像以上に喜んでくれたみたいでなによりだけど……」
「あれ、これって菅の実っていうの?」
「まあそういう草は皆菅って言うからね」
「へぇ、そういえば姫さんが菅の実の歌を……」
そこまで口にして針妙丸は言い淀む。
菅の実を探し道に迷い日が暮れてしまった者の歌。迷って朝帰りの霊夢、お土産の菅の実。今の状況はひょっとしたら、ひょっとするのではないか。
乱れた髪も、薄汚れた服も、自分の為だったのだろうか。
「ぼけっとして、どうしたの」
「いや……ありがとう、宝物にするよ」
「大げさな。拾ってきただけよ」
「純粋な気持ちを感じたからね」
霊夢は不思議そうに首を傾げつつ、「かわりに」と前置き作りかけの城に目を移した。
「あの城、私も作るの手伝わせてよ」
「え……いや、いいよ。あれは自分でやりたいんだ」
「あんまり不健康にはまってるんだもの、こっちまで息詰まってきそうだわ」
「そりゃごめん……でもやっぱり一人でやるよ」
「やっぱり魔理沙の言うとおりなのかしらねぇ」
今度は針妙丸が首を傾げた。
針妙丸としては、申し訳ないという思いが強かった。目の前にある菅の実ことジャノヒゲの実。これを得るために一夜を費やしてくれたのだとしたら……。
それはきっと、自分がこれまで城に費やした時間よりもよっぽどの価値があって、これ以上の時間を使って貰うなんて出来ない気がした。
「変に気を使わせていたのなら謝るよ。これからはちまちまやる様にする。ちょうどそう考えていたところだし」
「ならまあ、様子みるけどね」
霊夢はしぶしぶ頷きながら立ち上がり、掃除でもしてくると外に行った。針妙丸も立ち上がり、ジャノヒゲの実を鳥に取られないよう虫かごの物入れに大事に入れた。
それから針妙丸は姫さんの所に行くことは無くなった。
というのも助けた兎が神社でめっきり見なくなったからである。
心配もしたが、風の噂によると兎は情報収集と研修を目的とし、各所に派遣され任期ごとに場所のローテーションをしているらしい。
兎が研修で各地を廻るなんて与太話、いつもなら軽く笑い飛ばすだろう。しかし針妙丸は兎に気楽と言って首を振られた覚えもあって、似たような理由だろうと無闇に心配するのは辞めた。訃報があってわけでもなし、便りが無いのは良い便りだ。姫さんには大きくなったら自分の足で会いに行こうと思う。
とはいえ姫さんと小宴会出来ないのは、寂しいし詰まらなかった。また話がしたいなあと思うと、針妙丸は竹の猪口で酒を舐めた。
虫かごの中で飲む酒はあんまり美味しくもないが、ジャノヒゲの実を眺めてまったりするには格別だ。話し相手は居ないので、物思いに沈んでいく。
それにしても嫌な奴だな、と針妙丸は一人笑った。玉手箱で懐かしがらせて、そのまま会えなくなってしまうなんて意地が悪いとしか言えまい。今度会ったら責めてやろう。
それまでに今まで聞いた話の答えを考えておかないと。
姫さんには時間は無限にあると言われ、霊夢には散々時間の無駄と言われた。
今思えばどちらも間違って無いし、どちらも合ってないのだと思う。
時間が無限にあると思うのは小さな一歩に勇気が持てる。時間の無駄だからと一蹴し諦めるのは、いつだって時期尚早だ。現に姫さんの言葉で城作りも進んだし、霊夢も何だかんだ認めてくれた。
けれどその分時間があることを盾に前に進まないという選択も出来てしまうんじゃないか。自分がそうならないとも限らない。時間は永遠にある。そう信じて邁進できるか、言い訳にして何も出来ないか、その差はあまりにも大きいだろう。
それに時間が永遠にあると思ったら、あの日、一夜を挺してくれた霊夢の事を蔑ろにすることになる。限りある時間を割いてくれたと思うから、嬉しいし、ありがたい。そんなのは当たり前だと笑われそうだけど、大事にしたいことだ。
時間というのはよく分からない。でも信じれば味方にも敵にもなるし、誰かに上げたり、誰かの時間を変えることだってままあるのだ。
「針妙丸、居る?」
声がして針妙丸はおもむろに顔を上げた。霊夢の見つけた、という不適な笑みが虫かご越しに覗いている。居留守が使えないのが虫かごの最大の難点だ。
「どうしたのさ」
「また食べてみてよ」
意味も無く身構える針妙丸の前にフキの乗った小皿が置かれる。
なんだ、と針妙丸は息をつく。玉手箱に入っていた煮物が気に入ったらしく、幾度と味見相手にされていた。この時期でも自生している場所があるのだろう、乱獲しているのは見え見えである。
「うん、美味しいよ。玉手箱のには劣るけど」
「む、そうなのよね。真似してるのに中々あんな風に出来ないのよ」
霊夢はフキを二三本口に入れて難しそうにむぐむぐとさせた。
「地道にやってみればあれより美味しいのだってできるさ、たぶんね」
「まあ花嫁修業とでも思って研究してみるわ。宴会にも一役買いそうだし」
「目標は大きく、努力は小さくやるのがいいね」
「私が嫁に行くのは大それた欲望だって?」
「邪推だ……否定はしないけどね。でも今から修行なんて関心だ」
霊夢は引きつった笑みになる。
「あんたの城ができるよりは早いわよ、たぶん」
「あ、私を見くびっているね。なら競争だ、負けたら目でピーナッツを噛んでやらあ」
「なにそれ、じゃあ私は鼻で蕎麦でも食べてやるわ。時間切れで相星に成らないといいけどね」
ため息を交えつつ言い、霊夢は立ち上がった。
「大丈夫だよ、時間なんてまだまだあるんだからさ」
「悠長ねえ、兎と亀の童話を知らないのかしら。精々目を鍛えておくことね」
無茶な賭け事がかわされる中、フキの甘露煮が切れたついでに酒を持ってくるから、と霊夢は虫かごから離れた。
針妙丸はしばしの合間にまた考えてみる。
姫さんは不老不死だから、時間は無限にあると言ったと初めは思った、けどそう言う姫さんこそ、誰よりも時間の終わりを見てきて、誰よりも時間を早く感じてきたのでは無いだろうか。
それが不老不死の過ごす時間では無いだろうか。じゃあなんであんな事言ってのかと言うと、それはやっぱり知って得する時間の話をしたかったんだ。
姫さんはいつも対となる存在の話をしていた。ゾウとネズミ、天国と地獄、聖人と小人。不老不死に対して、時間を嘆くよりは、もっと時間があるべきだって。そう思えと言っていたのだろう。
時間というのはよく分からない。でもこうしてうだうだと過ごすのも、城に頭を悩ませるのも、姫さんにまた会おうと思うことも、私にとっては宝物とも呼べる愛すべき時間なのだ。それだけ分かっていれば、十分なのかもしれない。
また姫さんに会ったら、私の考えが合っているか答え合わせをしよう。
針妙丸は独り妖しく笑ってみせた。
あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、ここだと思うところに押しつけるが、手を放せばぽろっと落ちる。これも保留にした方が良いかな。一人ぶつぶつ言いながら、針妙丸はため息を禁じ得ない。
無の状態たった最初に比べたら少しは形になってきたし、着実に完成に向かって居る筈だ。
巫女と魔法使いがそんな針妙丸を遠巻きに眺めていた。
「あいつ何してんのかしら……どっから拾ってきたのか、少し前からずっとあれやってるんだけど」
「ああ、あれは私が上げた城のプラモデルだよ」
「入れ知恵は魔理沙だったのね。随分と大きいし……」
余計なことするなと目で訴えている霊夢に対し、魔理沙は申し訳なさそうに頬を掻く。
「処分する前に偶々針妙丸の奴に箱を見せたんだ。そしたらえらく気に入っちまってな」
箱も針妙丸の近くにある。外の世界の城であろう写真が印刷されていて、霊夢も目は惹かれた。しかしそれ以上に中のパーツの多さと複雑さに普通なら気が引けそうな代物だ。
「虫かご程度ならと思ってたけど、あれはちょっと……」
縁側で座布団程のスペースを占拠しているが、霊夢は建設許可は出していない。真ん中にあるために横を通る度に避けないといけなくて地味に邪魔だった。
「虫かごに飽きて城に住むつもりかもしれないな」
「流石にそれは無理でしょ。でもあの様子じゃいつ作り終わるか分かった物じゃないし……」
今のペースからして、明日明後日にできる物には見えなかった。
「作り方の説明書が無かったから、処分する予定だったんだ」
「罪深いわよ、あれは」
謎の板を手に右往左往してため息を吐く針妙丸は、賽の河原で石積みをしてるような報われなさを醸し出している。今朝から昼を越えてずっとやっている。
ただでさえ小さな体なのだ、時間が掛かるのも当然だった。
「まさか縁側で作るとは思わなんだ、悪かったな」
「百歩譲って場所はまあいいけどさ。時間の無駄でしょう、作れもしないであんなの……」
魔理沙は自責の念からか眉をひそめつつ、立ち上がった。
「一理ある。一丁説得してくるかな」
大股十歩で城まで出向き陰を落とすと、針妙丸が無邪気に顔を綻ばせ、見上げた。
「やあ魔理沙。これ難しいけど楽しいよ、ありがとう」
「楽しんでるなら良かった」
魔理沙はつられて笑うが、神妙な面持ちを作る。
「でもなんだ、お前じゃ……いや私でもそれの完成は難しいだろう。上げといてなんだが、作るのは諦めた方が良いぞ?」
「何言ってるのさ、こうして形は出来てきてるし」
針妙丸はしきりに指を差すが、それは城の面影にも乏しい。
「模型ってのは最初はそういうもんなんだ、かくいう私も作り方不明の戦車のプラモデルを香霖に貰って挑戦したことがあってな」
「砲台が付いてる奴だっけ、そういうの好きそうだもんね」
「うむ。一応それっぽい形にはなったが、結局細かい部分は迷宮入りだ。見た目も見れば見るほど足りない感じがして、結局お蔵入りだ」
捨てないのが魔理沙らしい、と霊夢は聞き耳を立てつつ思う。
「今思うと時間の無駄だったと言っても過言じゃ無い。その城もぱっと見て戦車より難しそうだったんだ、お前だと今は背も低くて難易度八割増しくらいになってる筈だ。諦めた方が利口だぞ」
針妙丸は少しうつむいた,本人も似たような事を考えているんだろう。魔理沙も安堵の息を漏らした。所が諦めるかと思いきや、針妙丸は決心した目で面を上げた。
「でもさ、私は自分で城を作りたいんだ。それは私自身に課した試練みたいな物なんだ」
「自分の城?」
魔理沙が輝針城を思い浮かべたが、針妙丸は首をゆっくりと振った。
「輝針城は先祖が作った城だし、私も自分で城を作りたいなって……これはただのオモチャかもしれないけど。これが出来たら何でも出来る気がするし、出来なかったら、やっぱり駄目なのかなって思うんだ」
針妙丸は本気で言ってるらしい。魔理沙はどうすべきか目を泳がせ、やがてため息交じりに言った。
「そうか、なら……がんばれよ」
帽子のつばを下げると、重い歩調で霊夢の元に戻った。
「だめじゃん」
「あんな事言われたら辞めろと言い難いだろ、自分で言ってくれ」
ばつが悪そうに魔理沙は箒に跨がり、飛び去った。残された霊夢は頭を掻きつつ、じっとプラモデルの城と針妙丸を見つめた。
針妙丸は気分転換がてら散歩に出た。小さい体で遠出は億劫だが、境内を一周すると幾分気も晴れるし、運動になる気がして日課となっている。
霊夢達が話していたことは針妙丸の耳にも届いていた。時間の無駄だの、罪深いなど、くれた魔理沙の為にも絶対に完成させてやりたいと思った。しかし作れなかったら無駄になると言われたのは、えも知れぬ寒気がしないでもない。先ほど魔理沙に言ったのは、自分への決意表明でもある。
参道を横断し、細長い葉が生い茂るジャノヒゲの一角で深呼吸する。この辺りは緑が多く針妙丸のお気に入りだった、本来ならジャノヒゲに瑠璃色の実がある頃で、それがまた良い。
何度か深呼吸を繰り返していると、風も無いのに茂みが揺れた。
針妙丸は身構えるが、出てきたのは大人しそうな兎だった。
「やや、君は……」
兎としばし見つめ合う。
「こんにちは」
針妙丸は笑顔で声を掛けた。
神社には存外と様々な動物がやってきている。何故か大抵は隠密に努めていて霊夢もその事実はあまり気づいていない。
人並の恐ろしさを持たない針妙丸は動物に隠れられることも無く、草食な者とは隣人の様な間柄だった。とりわけこの兎は、霊夢が仕掛けた罠に掛かっていたのを針妙丸が助け、以来仲が良い。
「兎君、今日もお耳が立派だね」
返事は帰ってこないが、この兎は多少言葉が理解できるような節がある。
今日もお礼なのか頬摺りしてくるので針妙丸は城のことを忘れ、和んだ。
「くすぐったいなー」
しばらくジャノヒゲをリボンの様に結び、兎に付けて遊んだ。瑠璃色の実があればそれも使うのだが、最近鳥の群れ来て食べられてしまった。追い払おうとしたが、嘴を持つ鳥は中々に強敵で、結局数と大きさ的な差で防ぎきれなかったのだ。思い出すだけで、腹立たしい。
いけない。気分転換に来ているのだから、もっとのんびりしよう。そう思い直しリボンを作るがそれも一苦労で、針妙丸は垂れる汗を拭う。
「もう疲れて来ちゃったな。体が小さいと大変だよ、私も兎みたいに小さくてものんびり楽に過ごしたい気もするんだけど……」
それを聞いた兎は即座に首を左右に振ったので、針妙丸はしまったと思う。
「失礼な事言っちゃったかな。生きてる以上、きっと君にも色々あるんだよね」
針妙丸が謝ると、兎は軽く頷いて、しきりに己の背中の方を顎で指し始めた。
乗れ、と言っている様に見える。そんな事は初めてだ。「いいの?」と聞けばこくこくと頷くので、針妙丸は恐る恐る兎の背に乗った。
「いやー、ふかふかだね。どっか連れてってくれるのかな、ってうわぁ!」
兎はぴょんと方向転換すると、ジャノヒゲを飛び越え高草の中を駆け始めた。
「ちょっと、思ったより怖いんだけど! というか草があぶ、危ないって!」
針妙丸はどうにかしがみついたが、兎はお構いなしに神社を抜けていった。
「あら」
「霊夢、どうかしたか」
「今針妙丸の声が聞こえたような、何処行ったのかしらね」
煎餅をかじりつつ、霊夢は作りかけの城を見た。
「ジャノヒゲの所じゃないかな、あそこ気に入ってたろ」
「この間鳥に実を全部食べられちゃって、それから行ってないらしいけど……」
「そういや今年は鳥が多いしな。その反動で城に躍起になってるのかもしれん……今のうちに城を片付けちゃうか」
「いくらなんでも可哀想でしょう。何なら今のうちに出来るだけ作ってあげるのはどうかしら」
「分かってないなー。ああいうのは自分で作るから意味があるんだぜ」
「ああそう……」興味無さそうに霊夢は呟いて、靴に足を入れた。
「なんだ今日は出かけるのか」
「ん、ちょっとね」
背の高い竹林に、竹の葉の絨毯。時折舞う葉が舞う空間に、厳かにそびえる大きなお屋敷。
針妙丸が兎に連れてこられたのは、見たことの無い竹林で、あまりに見事で目を丸くした。兎が沢山居るのも驚くやら和むやら。
「君んちって随分豪邸だったんだね、兎の王様だったりするのかな」
針妙丸を乗せたまま、兎は玄関から屋敷に上がり、廊下をゆっくりと歩いて行く。
玄関に靴があったから、人か、兎以外の何かが住んでいるのだろう。妖怪兎はあまり靴を履かなかった筈だ。針妙丸は推測しつつ、兎をばしばしと叩いてみる。
「ここを見せたかったの? いつも神社で会うだけだもんね」
しかし兎は歩きながら小さく頭を振った。意図が分からないまま、しばらくして縁側に出た。
そこには長くて黒い髪に、ゆったりとした装いが古式ゆかしい、姫のような人が座っていた。
その人の横まで来て兎は止まった。既に気づいていたらしく、ずいと針妙丸に顔を寄せて笑った。
「何だか珍しいお客さんが居るようね」
「いや私もよく分からずに来たんだけど……ええと、初めまして姫さん」
挨拶にに迷うが針妙丸は一先ず兎から降りて、お辞儀をしておく。兎は姫さんの方に駆け寄ると、膝の上に乗った。
「ああ、罠に掛かったのを助けた小人が居るって、それが貴女なのね」
姫さんははっと手を合わせ、一人で納得した。
「私のこと知ってたんだ?」
「喋れる兎が教えてくれたのよ。面白いお客様だから、お持てなししなくちゃね」
「えっと、お構いなく……」
「兎に乗ってくるなんて浦嶋子もびっくりね。鯛や平目は居ないけど」
針妙丸は控えめに答えたが、姫さんはその気満々らしく、兎に何か言付けている。
これはどういう状況なのだろう。兎君が連れてきてくれたのは確かで、客人としてもてなしてくれるのだろうか。考えてもしっくりこないが、言われたようにこの人は乙姫的な人で、ここは竜宮城なのかもしれない。そう針妙丸は思うことにした。
「まさか兎君がこんな姫さんに仕えていたとはね。何だか私は場違いな気がしてきたよ」
「仕えてるわけでも無いけど、貴女の噂は少し聞いていたのよ。色々やったことも、小槌がパワー切れで小さくなっちゃったこともね」
興味津々な眼で針妙丸を見てくるが、視線を合わせるのが何だか気恥ずかしく、反らした。
「もしかしても姫さんも小人の宝……打ち出の小槌目的なわけ?」
正邪の例もある、こういう事はよくよく確認しておかなければ。
「小槌? 私はそんな下世話な鬼の道具なんかに興味ないわよ、貴女に興味があるわ」
ばっさり言われ舌を巻く。打ち出の小槌より自分の方に興味有るだなんて。針妙丸は恥ずかしいような恐れ多いような不思議な気分だった。
「流石姫さんだ、小槌をそんな小馬鹿にしちゃう人初めてだよ」
「当然よ当然。本当の宝っていうのは、そんな珍妙で複雑な道具じゃないのよ。単純が極まるからこそ宝と呼べる。私はそういう物にしか興味ないわ」
「なるほど……確かに小槌は宝というより只の道具かもなぁ、姫さんは持ってるの?」
「無論よ。もっとも、私が持ってるのは極まった穢れに近い二つだけどね」
「二つ! それは気になるなぁ」
「蓬莱の玉の枝と、永遠の命って所かしらね。そんなに良い物じゃ無い」
「へえ、姫さんは不老不死なの?」
姫さんは言葉で答えずお淑やかにほんのり笑った。胡散臭いとちょっと思うが、もしかして本当に凄い人なのだろうか。
考えている間に、妖怪兎がお酒を持ってきてくれた。
「これはお礼だから、遠慮なくどうぞ」
竹を斜めに斬った徳利が置かれ、お猪口も横に切った竹だ。更に細い竹で作った小さなお猪口が有り、針妙丸はそれに酒をついで貰えた。親切な対応にこれまた脱帽する。
針妙丸は改めて恐縮しようとしたが、今更それも遅い気がした。
「ちょっとそれたけど、私に興味があったって本当?」
「ええ、実は私も昔は三寸くらいだったころもあったから、懐かしいと思ってね」
針妙丸は心が弾んだ。小人仲間なのだとしたら、思わぬ引き合わせだ。
「全然そう見えないけどだったら同士だね」
「直ぐ大きくなっちゃったけれど」
姫さんは昔を見るように目を細めて、酒に口付けている。
「いいなぁ大きくなれて……」
「やっぱり小さいと不満?」
「んー、小さいのが不満ってわけじゃないんだけどね。ただ霊夢とかに比べるとやっぱり不便とは思うな」
酒を呑んでみると青竹の香りがほんのりして、爽やかだった。
「気にしなければ良いのに。何かあったのかしら」
針妙丸は頭を掻いて困惑する。初対面なのにいきなり愚痴を言って良いものか、けれど姫さんは促すように頷くので、腹を割ることにした。
「お城の模型を作っていたらさ、小さい体で作ろうなんて無謀だし時間の無駄だって、言われちゃったんだ。いや正確には聞こえちゃったかな」
「時間の無駄ねえ……貴女は順調だったんでしょう?」
「正直言うと自分でも厳しいと思ったけど……無駄と言われると悔しいんだよね。何やるにしたって今の私がやったら全部矮小だから、私自身が無駄って事になっちゃうだろう?」
「小さいから時間の無駄というなら、そうかもね。怒りたくなる気持ちも分かるわ」
「うん。でも本当は認めたくないのかな、そういう事実をさ」
針妙丸は意味もなく空の猪口を何度か宙に投げる。軽く酔った勢いで大変行儀が悪いが、姫さんは楽しげに見ていてくれた。
それからうふふと笑った。
「私は認めなくて良いと思うけどね。小人だから時間の無駄だなんて事は絶対無いわ」
「だと良いんだけど……時間も限りある物だから、大切にしたいとも思うんだよね」
「時間っていうのはもっと単純なのよ。無闇に惜しむなんてすべきじゃない」
「流石に不老不死の人は言うことが違うや」
少々おどけてみるが、姫さんは目を光らせた。
「いいえ、皆気がついていないのよ。私が教えて上げましょうか、知って得する時間の流れ」
ちょっとした節約術の紹介みたいだ。元々気分転換に外に出たのだし、話を聞くのも良いかもしれないな、と針妙丸は頷いた。
「姫さんの考えは面白そうだ、ポジティブな内容だと良いな」
「もちろんよ、貴女の中に良い答えが見えるはず」
自信満々に宣言した姫さんだが、今から考えるらしい。頭を傾け悩ましげな表情になる。
やや間があってから、閃いたらしく目を鋭くした。
「ゾウもネズミも心臓を十五億回打つと死ぬ。だから、両者とも同じだけ生命活動して死に至るって話は聞いたことがあるかしら?」
いきなり謎掛けの様な事を言われ、自然と難しい顔になる。
「知らないけど、寿命が同じってこと? ゾウは長生きのイメージあるけどね」
「心拍の早さは心臓の大きさによってだいぶ違うの。だから客観的には鼠は数年で死んでしまうし、ゾウは数十年は固い」
「けっ、じゃあやっぱり大きい方が良いんじゃ無いか」
針妙丸は唇をとがらせてみる。
「元々この話は寿命を数式にしようとした試みなの。結局そういう意味では空論止まり。けれど鼠もゾウも一生に感じている時間は同じかも知れない、って疑問を作ってくれたのよ」
「感じる時間……かあ。鼠の数年はゾウの数十年と同じ長さを感じてるってこと?」
「ええ、面白いでしょう?」
「それは考えても見なかったね」
姫さんは手酌でお酒を注ぎつつ、からかう様に笑った。大きい奴と比べる必要は無い、そう言ってくれてるのだ。確かに前向きではあるかもしれない。
「でもさ、結局それだと鼠の方が時間を早く感じちゃって、やれる事が少ないんじゃないの」
「本人はきっとそんなことは意識してないわ。主観で考えたとき、時間が違うかもしれないのが重要。私も信じてみたい部分ではあるし」
「姫さんも?」
「不老不死でも案外人並みの体感かも、と思えば何となく気が楽なのよね」
「打出の小槌みたいにパワー切れが有るといいのにね、不老不死も」
姫さんはきょとんとしたが「ねー」と涼しげに口にした。鬼の作った宝も本当の宝も、良い事ばかりでは無いのだろう。
「無い物ねだりはしないわ。代わりに自分で自分を楽にできるように考えたのよ、じゃあ続きだけど……」
「続きがあるんだ」
「まだまだこんな物じゃ理解に及ばないわ」
「今度はどんな話だろう」
針妙丸は笑って続きを聞こうとしたが、竹林の宙に茜色が差しているのに気がついた。
「ねえもしかして結構日が傾いてるのかな、今何時だろう」
「そうね、今の時期に茜が差すのは大体五時くらいみたいかしら」
「もうそんな時間! そろそろ戻っておかないと帰り道になにかあるか分からないや」
夜道が恐ろしいのは冗談で無く、夜行性の動物は殊更危ない奴が多くて不意打ちを食らうと命に関わるのだ。針妙丸はわたわたと帰り支度を進める。
「そう? じゃ、連れてきたイナバに送らせるから」
姫さんは不満そうな顔を浮かべつつ、手を叩いた。すると庭の片隅から例の兎が跳んでくる。
「お客様だから、ちゃんと帰して頂戴よ。狼に食べられでもしたら洒落にならないから」
そして責任重大な兎はぎこちない動きで針妙丸の前に参じた。
「脅しちゃ可哀想だよ。でも姫さんとはまた話したいね、続きも気になるし」
「また来て良いわよ、あのイナバに言えば連れて来る様に言っておくから」
来たときと同じように針妙丸は兎に跨がると、茜色の空に微かに紫色が混ざり始めていた。
帰る前に今一度、そう思い針妙丸は姫さんに手を振る。
「ならまた来るよ、その時はもっとゆっくり話したいな」
「ええ。残念だわ、まだこんな時間なのに、帰ってしまうなんてね」
姫さんは悪戯っぽくいうと、小ぶりに手を振った。共に見えなくなるまでそうしていた。
相変わらずロデオばりの乗り心地だったが、針妙丸は暗くなる前に無事神社に戻ることが出来た。
針妙丸の城は箱の完成図だけを頼りに、牛歩戦術ばりのロウペースで組立てられている。
しかし箱の完成図は正面からのみで、他の面はあまり進んでいない。とうとう正面も見て出来る部分は尽きたらしい。細かいパーツを組み合わせる箇所が絶望的で、試しても試しても一向に形になっていかない。
霊夢はそんな城と針妙丸を交互に睨んだ。
「全然進展してないし、いい加減諦めたら」
「む。やだよ絶対完成させるんだ、それにソコとかココとか、ちゃんと進んでるよ」
針妙丸が指したのはいずれも瓦だった。どうしてかこの模型は、瓦がジグソーパズルかと疑うほど細かく分けられているのだ。霊夢はただ呆れる。
「仕舞いには城ごと外に突き落とすわよ」
「立ち退きには決して応じないよ、縁側拡幅反対だ」
「あんたが後から狭くしたんでしょうが」
霊夢は身を乗り出し軽く手刀を振り下ろす。針妙丸は頭の上で白刃取りして必死に耐えた。
「うぐぐ、場所は何処でもいいから作らせてよ」
「こんな無駄なことしてるより、小槌の魔力集めてきたらどうなの」
「それはそれだよ。本当に無理そうだったら諦めるから……」
当人は未だに諦めていない。重さで蚊の鳴くような声を出す針妙丸を見て、霊夢は手刀を納め腕を組んだ。
「じゃあ……せめて床の間でやってよ。此処だと風でこまいのが無くなるかもしれないしね」
「ありがとう!」
模型の城は風呂敷に載せ引きずられ無事床の間に遷り、針妙丸は安堵の表情を浮かべた。
「これで思う存分やって良い?」
「まあ良いけど……」
全くコイツも良くこんな物やっていられるなぁと霊夢は呆れ果てるが、邪魔にならない場所に移ったので無理に文句は付けまいと口を紡ぐことにした。
「そういや霊夢、竹林の姫さんって知ってる?」
霊夢は一瞬顔をしかめる。永遠亭の事だろうが、何故そんな事を聞くのか。
「顔と名前ぐらいは知ってるけどね、どうかしたの?」
「この間知り合ったんだけど、面白い人だからさ。教えて欲しくて」
「へぇ……あいつは時間を止めて月を偽物と変えようとしてたのよ。面白すぎる奴よ」
「時間を止めてかぁ……」
針妙丸はそれから時折兎に乗り、彼の場所へ行くようになった。嫌な事があったとき、城の進行具合が芳しくないとき、気分転換に行くのだ。
しかし特別する事も無く、酒を嗜みつつどうでも良いことを駄弁っているだけである。
ジャノヒゲが鳥の襲撃に遭ってしまったこと、城が縁側から座敷へ移ったこと、神社に来た人妖その他の事。それでも針妙丸の心に一陣の風を吹かせるくらいの楽しさはあった。
「今日は、打ち出の小槌を持ってきたんだ」
針妙丸は背負ってきた小槌を解いて、縁側に置いた。話の種になれば良いなと持ってきたのだった。
「結構豪勢な見た目なのね、持ってみても良い?」
「いいよ」
姫さんは手に取ると楽しげにひょこひょこと振り回した。
心なしか自分より似合う気がしなくも無い。針妙丸が軽く見とれていると、姫さんは照れくさそうに小槌を置いた。
「酒のツマミでも出そうとしたけど出なかったわ、残念」
「ツマミを出すくらいの魔力は戻ってるだろうけど……一応小人じゃないと使えないみたい」
「ふーん。これで模型を完成させちゃえば良いんじゃ無いの?」
ああ、そういう手もあったか。針妙丸は一瞬舌を巻くが、それはやはり違う気がした。
「自力で作りたいんだ。そうじゃないと作った人に失礼だろうし」
「随分と誠実なのね。流石は鬼退治した一族というべきかしら」
「そんな格好良い物じゃ無いよ、小槌は本当に大事なときに使う物なんだよきっとね」
「使い渋っていると、結局最後まで使えないものよ?」
「それが一番いいって事なんじゃないかな」
姫さんは「なるほどね」と呟くと梢が風に吹かれるかのように、楽しげに揺れた。
どんな所作も何だか画になってずるいなあと針妙丸は思いつつ、小さくあくびを一つした。
庭に目をやれば、今日は兎が何匹か可愛げに口をもごもごさせている。実に平和的光景だ。しばしその姿を堪能した後、針妙丸は小槌に触れた。
「ここは本当に竜宮城だね。こいつも何だか此処に有る方が落ち着いてるように見えるよ」
もちろん小槌に感情表現機能は無いが。
「ふふふ、そりゃいいけど。帰ったら皆おばあちゃんになってるかもね」
「何年経っても皆変わってない気がするや」
針妙丸は白髪の巫女達を想像して笑いつつ、霊夢に聞いた話を思い出した。
「そういえば姫さんは永遠と須臾を操れるんだって? それで月を入れ替えてたとか」
「あら、誰に聞いたのやら」
「時間止めたり出来るんだって、霊夢に聞いたんだ、本当に凄い人だったんだね」
へつらっているのがバレたのか、姫さんは鼻で笑った。
「別に凄くなんてないのよ。確かに私は少し特殊だけど……永遠も須臾も、誰だって少しは動かせるんだから」
「いやぁ、それは無いだろうさ」
「皆勘違いしてるのよ、時間をね」
「またそれか、そういえば結局まだ聞いてなかったね。ゾウの時間とネズミの時間の続き」
駄弁って酒を煽るのが楽しいため、結局忘れてしまっていたのだ。
姫さんはちょっと考えるそぶりをした。
「そうだったわね。でも今回は……楽園の時間と地獄の時間ってとこね」
「天国と地獄ってことかな?」
「考え方は色々あるけどね。天国も地獄も行った人は永遠と思うような時間を過ごす事になるの。それがなぜだか分かる?」
「だって人生の終着点だからそれより先が無いというか、理由なんてないんじゃないの」
針妙丸があっけらかんと答えたが、姫さんは人差し指を振りやるせない顔をする。
「駄目よそんな受け入れ方をしちゃ。例えば浦嶋は竜宮で楽しい時間を過ごしたわ、数日とか三年とかね。でも帰ってきたときは過ごした時間よりもずっと世の中が進んでいることに気がついた、実年にして三百年程。どうしたらそんな差が生まれるのか」
「西洋にも死人に再会して話したら数年経ってたお伽話有るよね。それなら竜宮城とかは時間の流れが違うんじゃないかな。玉手箱の中に浦嶋の時間を閉じ込めてたとかさ」
「おしい。もっと単純に貴女もきっと体感している筈よ」
姫さんがあと一息という期待した顔をするが、針妙丸に継ぐ言葉は無い。
「あとは数百年気絶してたとか、かなぁ」
「結構現実的な考え方をするのね貴女……」
「小さくたって頭脳は同じなのさ。でも姫様の考えの方が聞いてて楽しいと思うよ」
おほん、と姫さんは咳をして続けた。
「竜宮は海の底とか常世とも言うわ。それはつまり元々昼夜が分からない場所ということ」
「それは関係あるの?」
「だから物語上の時間はあくまで浦嶋の体感。本当は三年くらいかなーと思ってたら、本当は三百年経っていただけなの」
「えー! それって寿命超えてるじゃん」
「彼は全身全霊で勘違いしてたのよ。それに持て成されていると、自然と時間の勘定を間違う物なの。玉手箱の中にはその勘違いを正す何かが入っていたんでしょうね」
「何かって何さ」
「何かは、何か」
姫さんはまたも、からかってるんだか、本気なんだか分からない表情で言う。
「そんな勘違いしちゃうのかなぁ……」
「人は楽しいと時が過ぎるのを忘れてしまうからね、浦嶋は特に単純だったみたい。彼は最終的に神様扱いなんだから、馬鹿に出来ないけど」
「人間単純な方が良いってことなのか」
針妙丸が疑うように聞けば、姫さんは着物の袖で口元を隠し、妖しげに「そうかもねぇ」と答えた。
「何となくは分かったけど。地獄もそうなのかな、いやでも地獄は楽しくないよね……」
「そう、地獄の時間は逆にとても遅いわ。八大地獄で一番軽い等活地獄でさえ、一兆六〇〇〇億年経たないと抜けられない計算になるわ」
「想像付くレベル超えてるよ……仏教ってそういう所あるよね。弥勒菩薩が仏陀になるのが五億年だかとか聞いたし」
「仏教で数字が莫大になるのは一年の長さが違うから。弥勒で言えば兜卒天で四千年の寿命だけど、兜率天の一日は人間で言うと四百年。等活地獄も人間で言う五十年が四王天の一日。その四王天の一日で考えて五百年。さあ人間で何年でしょうか?」
「とんだ難題だなあ……」
そんな事言われようが、想像付かないのは変わりない。
「酔った頭には両手でできる計算が限度だよ。そのなにがし天は何で人の世に換算すると一日が長いんだ。あれか、実は太陽系じゃないのかな」
「面白い発想ね。仏様は宇宙人だった、なんてロマンがあるわ」
「いや、やっぱり胡散臭すぎる……。姫さんは違う風に考えてるんでしょ」
「ええ、あくまで仏陀も菩薩も地獄の罪人もみんな人間よ。そして修行も罰もいくら有り難がったところで辛いことなの。辛くなきゃ意味が無いからね」
「わかった、今度は辛いのが理由なんだね」
「そういうこと、楽しいことと逆に人は苦痛を思えば時間を長く長く感じるわ」
姫さんは満足げに笑った。
「感情が時間を歪めてしまうのかな。相対性理論って奴? いざ言われてみると信じがたいけど」
「昔からそういう感覚はあったわ。例えば『妹がため菅の実摘みに行きし我れ山道に惑ひこの日暮らしつ』なんて歌がある。大切な人の為に菅の実を集めに言ったら道に迷って日が暮れちゃったって歌」
「そりゃ何とも間抜けだけど……菅の実を渡して喜んでくれるのが楽しみすぎて、日が暮れるのに気づかなかったって所かな」
「結果山で独り居る時間が長すぎて歌を思いついたって所でしょう。天国と地獄とまで行かなくとも、他人の為にだって時間は変わるのよ」
「夜明けを待つのは、さぞ永かっただろうね」
理解できるような、そうでも無い様な。針妙丸は酔いつつある頭の中をもやもやさせた。
時間を忘れるほど楽しく一瞬で過ぎてしまう時が須臾、一刻も早く過ぎるように時計を見続けたくなるような時が永遠を操ることに似ているのだろうか。それを自由に操れるのなら、やっぱり凄いことだ。
一人で頷きつつ姫さんを見ていると、がらっと奧の襖が開いた。
「あんまり適当なこと言っていると鼻が伸びますよ」
落ち着いた声がして、背高の女が出てきた。見かけるがが針妙丸はまだ名前も聞いてない。取りあえず姫さんの下僕っぽいのでお側の人と呼んでいる。
「って、今までの全部嘘なの?」
姫さんは流し目でお側の人を睨んだ。
「私はそう考えているって話、こんな話に嘘も本当も無いでしょう。むしろ鼻が伸びるって方が嘘だわ」
「お側の人が嘘つきなのか」
針妙丸は少しむくれてお側の人を睨む。しかし姫さんの方ばっかり見ていて、針妙丸の視線は届いてないらしい。
「それは皮肉と言います。つまみを持ってきましたからどうぞ」
「あら、貴女が作ってくれるなんて珍しいわね」
この人物がつまみを用意するのは今までに無く針妙丸は驚いたが、姫さんも同じらしい。
お側の人が淡々と二人の間に置いたのは、フキの甘露煮だった。
「今日は鈴仙も出ているし。小人はフキの下で暮らしてると聞いたので作ってみました」
「そうなの?」
姫様が好奇心に目を輝かせて見てくるが、そんな住まいにいたことは一度もない。
「私は普通に家に住んでるから……別の小人の話だろうねそれは、コロなんとか?」
「あら、残念。コロポックルは情に厚く礼を忘れないと言うから期待したんですがね」
お側の人はあまり残念そうでは無い、これも皮肉なのだろう。針妙丸は苦笑いを浮かべたが
「平気よ、嫌な奴につまみ持ってくるような奴じゃ無いから。それにこれも直ぐ出来る物じゃないだろうしね」
と小声で姫さんが言ってくれたので安心した。
「まあ小人も色々いるって事で今日は勘弁願うよ。フキの下で暮らす小人に乾杯」
「乾杯ー」
「輝夜は飲み過ぎないようにね」
お側の人は感想も聞かずに戻ってしまった。透き通った飴色のフキは苦みを抑えてあり、フキらしい繊維もちゃんとあり良い具合に柔らかい。あの人はもしかして料理人だったのだろうか。針妙丸は謎を深めつつ、日が沈む頃まで二人で飲んでいた。
「そろそろ日が暮れるけど平気かしら」
「あ、そりゃ困るかも。フキ美味しかったって言っておいてね!」
気がついたときには空の色は藍色に近く、針妙丸は急いで小槌を背負い身支度を済ませた。
昼間の神社、座敷の上、床の間の前。
霊夢は座敷箒で畳を流すように掃いていた。ふと件の城に目が行く。
最近は殆ど形が変わらず、針妙丸は別組みの破風や櫓などを作っているようだ。
この城の模型は相当に細かいというか、意地が悪い。障子は樹脂の組子だが、自分で組んで紙は自分で貼れという融通の無さ。針妙丸は米粒で張っているが、失敗したので障子紙を少し分けてくれと言ってきた。予備などは無いのだ、不親切さを遺憾なく発揮している。
内装も違い棚等の分かるパーツはあるのだが、何処に付けるんだかが定かでは無い。もっと酷いと本当に何に使うのか検討つかない。
霊夢が用途不明の部品の山から一つ手にして前後左右見回しても、ゴミの模型だろうか? と疑う具合だ。
ある意味針妙丸のサイズの方が向いてるとも思うが、何処の部品か分からない以上、砂漠の中で針を探すようなもの。そんなことにかまけているせいか、小槌の魔力も回収が進んでいない。もっとも正邪が持ち逃げした部分が多いのだが。
「あー! 勝手にいじらないでよ!」
声がして下を向けばどこからともなく現われた針妙丸が、部品を取り返そうと小さく跳ねていた。
そっと部品を渡し、霊夢は両手を挙げる。
「はいはい、もう触らないわよ」
大事そうに部品を抱える姿を見ていると、憤りを通り越して哀れのようなため息が出る。
「霖之助さんに聞いたらね、難し過ぎて幻想入りしちゃったのかもって言ってたわよ」
「このお城のこと?」
目を伏せて霊夢は軽く鼻を鳴らした。
「今は簡単な物が主流で需要が無いんだって、詳しくは知らないけどさ。あんたも時代錯誤なことやってないで、いい加減諦めた方が良いんじゃないの?」
口は出さないつもりだったが、不健康な熱中具合は正さねばなるまい。本当は城の方にいい加減出来てやれと言いたいが、これは付喪神でも無いので無意味だ。針妙丸は城と霊夢を交互に見た。
「これでも少しずつ進んで居るんだよ」
「時間をかけ過ぎと言ってるのよ、他にもっとやることあるんじゃ無いの」
針妙丸は苦そうな顔で睨んでくるが、小さい分そんなに怖くはない。
霊夢が睨み返すと、あっさりと何処かに行ってしまった。
どうした物かと考えつつ、座敷箒を握り直した。すると今度は魔理沙がどこからとこなく現われた。
「弱い物いじめは良くないぞ」
「弱くもないでしょ。私もちょっと出かけるから、お茶なら今度ね」
「またか、今日は面白い話を仕入れてきたというのに。最近付き合い悪いなぁ」
針妙丸は兎に乗って再び竹林に赴いていた。竹の葉がすれる音が心地よい。
もうここへ来るのも何度目か忘れてしまった。いつものように縁側でよしなし事を駄弁る。
「そういえば最近お城の調子はどうかしら、完成しそう?」
「全然駄目なんだ、やればやる程深みにはまるみたいで……」
「博打じゃ有るまいし」
二人下らない事で笑いつつ、縁側でのんびりと過ごした。最近は息抜きと言うよりも、逃避的にここに来ている節がある。霊夢にああいわれて来てしまったのも、何だか逆にばつが悪い。
針妙丸は笑いをため息に変えた。
「今日はあんまり元気が無さそうね」
「また城作りは時間の無駄じゃ無いかって言われちゃってさ……」
「気にしなければ良いと言ったのに」
何度も同じ事を言って貰っている。さぞ呆れて居るだろうと針妙丸は思ったが、姫さんは明るくいつもの笑みを浮かべていた。
「気にしないのも難しくない? 時間は限り有るし……永遠の命があればと思っちゃうね」
「あら、あなたも不老不死が欲しいの?」
針妙丸は反射的に後悔した。自分が打ち出の小槌目当てにうんざりしていたように、姫さんも持っている物を下手に羨まれたくないに違いない。
「ごめんごめん」
「気にしてないわよ。私も貴女に憧れてるからね」
お得意の奥ゆかしい笑みを向けられ、針妙丸は視線を斜め上に反らした。
「姫さんは時々私をからかってんだか、本気で言ってるのか分からないときがあって困るね。小槌の事を言っているのかい?」
「貴女が小槌を以て下克上しようとしたって話は聞いたわ。それは羨ましいし憧れる事でもあるの」
「あれは正邪に騙されていて……褒められる謂れもないよ。あいつのおかけで小槌の存在を知ったけどさ、本当良い様に使われただけさ」
「でも善意で小槌を振っていたんでしょう。反旗を翻すのは並の事では無いわ」
「どっちにしろ失敗だったよ。姫さんだって色々してきたんじゃ無いの?」
「私は殆ど隠れているだけよ、大それた事なんて何にも。死なない奴が動乱起こすのは一番やっちゃいけない事と思うのもあるけどね」
姫さんは詰まらなさそうに言うと、縁の下から枝のような物を取り出した。枝の先には七色の玉が煌めく。針妙丸は思わずその枝に目を奪われた。
「どんど焼き……じゃないよね、何その凄そうなの」
「これが私の持ってる宝、蓬莱の玉の枝よ。この間小槌を見せて貰ったから私もと思って」
「確かに小槌とはちょっと違う気迫を感じるよ、ずっと見ていたいぐらい」
「自慢できる物でもないけどね、見た目は中々でしょう。持ってみる?」
姫さんは枝をくるくると指の腹で転がして見せた。
「今の私じゃサイズに釣り合わないし、遠慮しとくよ。大きくなったらまた今度お願いしよう」
「そう? 似合うと思うんだけどね。大きくなったらもっと似合うかも」
大きくなっても、自分が持ったらどんど焼きに見えること必至だろう。また可笑しな事をと思いつつ、針妙丸は枝を目に映す。小槌のような利便性は感じないし無さそうだが、誰が見ても宝なのだとわかるに違いない。そういう輝きを持っている。
姫さんが枝をひょいと退けたので、針妙丸は我に返った。
「比べたかも知れないけど、貴女が持ってきた小槌もなかなかの物よ」
「え、前は宝と違うって言ってたじゃんか、純粋じゃないって」
「貴女が純粋だからね。純粋な者が使えば本物足るでしょう」
姫さんは玉の枝と針妙丸を交互に見ている。
「変におだてるのはよしてよ。私は模型で悩むような卑屈な奴だし」
「そこだけは残念、貴女には詰まらないことで悩まないで欲しい。一友人としてそう言いたい」
うぐうと呻きうつむく針妙丸。人に言われるとまた違う物である。
「時間について貴女は勘違いしてるからね、そこだけよ」
「それ、まだ続きがあったんだ」
姫さんはふふっ、とわざとらしく笑った。
「語り尽くせないもの。そうね……今回は題して聖人の時間、小人の時間」
「聖人?」
「まず時間で見て小人の反対って何だと思う?」
「そりゃ字のごとく巨人だよ。壁の上からぬーっとでてくる奴」
「おしい。確かに成長の幅が反対ではあるけど、大小以外で考えてみて」
指をぱちんとならす姫さん。そういえば大小で言えばゾウとネズミで話したもんなと頭を捻る。
「今までの話からすると聖人って事になるのかな、キリストとか、お釈迦さんとか」
「分かってきたわね、釈迦は生まれた直後、七歩歩いて『天上天下唯我独尊』と言ったのよ。キリストは成人前に学者と宗教について語り合ったわ。私も似たような所はあるしね」
自分と釈迦やキリストと並べるとは大した玉だと思いつつ、針妙丸はますます考えをほつれさせた。
「それって反対なのかな? 確かに私が尊い教えを言った試しは無いけども……姫さんはそういう事言ったの?」
「まさか。ただ三寸から三日で今の大きさになっただけ」
「全然似てないじゃんか」
「釈迦は七歩で世の摂理を悟ったのよ。それは七歩の間にそれだけ成長したということ。キリストも」
針妙丸は酒を少し喉に通した。
「姫さんも三日でそれだけ背丈が成長したってことかな」
うんうんと姫さんは頷いた。要は普通の人には考えられないほど早いと言うことだ。
「確かに普通じゃ無いね。じゃあ私達小人が反対って事は……」
「成長がとんでもなく遅い、というかずっと成長しない」
「馬鹿にしてんのかいっ」
ばっさり言い言い切る姫さんに針妙丸はわざとらしく頬を膨らませてみせる。しかし不思議とあまり嫌な気はしなかった。
「そんな事無いわ、小人も特別という事よ」
「悪い意味だよそんなの、体も大きくなければ、有り難い言葉も言えないんだ」
「でも貴女のご先祖は、小さいままで鬼をやっつけたんでしょう。確か飲まれても何度も眼から出てきたとか」
「鬼を参らせちゃうんだから、ご先祖様のタフネスには感服するけどね。私なんて天邪鬼すら参ったって言わせられないのに……」
「今はまだ、でしょう。小人は成長もせずコツコツ無駄だと思うことをやり続けて、やり続けて、常人には出来ないことを成してしまうのよ」
「どうかな、私にもできるのかな」
「ええきっと。だからお城の模型も、ゆっくりこつこつやって良いと思うけどね」
姫さんは横目で針妙丸を流し見た。
こんな事と比べるのはいささか気が引けるが、先祖は体が小さいという事を気にせず武を志し、勇気のままに鬼を退治したのだ。そこに時間の打算なんて物はきっと無い。
確かに今の自分は小人らしさを欠くと言えるかも知れなかった。
「時間が勿体ないとか言う癖に、悩むのに時間を使いすぎてたね」
たははと針妙丸は頭を掻いて笑った。
「無理だろう無駄だろうと言われて諦めてしまうのはもったい無いわ。諦めることが成長なら成長なんてしない方が良いに決まってる」
姫さんはくすりと笑った。
「なんか意外だね、姫さんみたいな高貴そうな人ってもっと達観して無駄な物は無駄って言うかと思ってた」
「まあ、無駄無駄言うのも飽きてきたのよ。こう思ってた方が面白いじゃない?」
「ふむ、その言い草は我儘姫っぽいかな」
「でしょう」
姫さんは得意げに頷いて、酒を進めた。
その後は兎と遊んだりしていつの間にやら普段よりも幾分遅くなってしまった。
まあ今日位は自分の身の安否は二の次で遊ぼうかなと思いつつ、針妙丸は夜が更けていく様子に心残りを感じた。
「あんまり遅いと霊夢も心配してるかな」
ぼんやりとそんなことを言うと、姫さんは残念そうに溜め息を付いた。
「そうね、帰った方が良いかも。その前に少し待っていて、お土産があるから」
お土産? と聞こうとした針妙丸をよそに、姫さんは座敷の方で兎に色々指示を出す。するとあっという間に兎が四散しすぐ戻ってきた。
「お待たせ、お土産の玉手箱よ」
姫さんが用意させたのは貝細工が見目美しい黒の手箱だった。赤い紐が結ばれてまさに玉手箱といった趣だ。ご丁寧に小さい背負子まで用意され、針妙丸は疑いの満ちた面もちで受け取る。
「これは喜んで良いのか……何がはいってるんだい?」
「開けてからのお楽しみ。ただし、帰ったら早めに開けること」
「玉手箱とは逆なんだ」
「あと揺らすのも駄目よ、背負うのは仕方ないけど基本は天地無用で」
「注文の多い玉手箱だ」
「斜めにすると汁が出ちゃうから」
「汁?」
はっ、と姫さんは袖で口を隠した。
「おほん。ところで色々と好きに話させて貰ったけど、貴女はどう思ったかしら、何か答えは見えた?」
「時間の話のこと? 前向きにはなれたかな、答えと言われるとまだ上手く言えないんだけど。まあ今度来るときまでには考えとくよ」
「それが良いわ」
心なしかいつもより残念がっているようだが、姫さんは笑って送り出してくれた。答えが見えるだろう、そう言って姫さんは話をしてくれた。今度は自分が姫さんに答えを聞かせてあげよう。針妙丸はそう考えつつ、兎に飛び乗った。
結局兎は跳んだり跳ねたりするわけで、揺らすなというのは不可能だった。ひっくり返らずに無事神社には戻れたのは幸いだった。
「兎君ありがとう、また今度ね」
頬ずりを一つすると、兎も疲れたのかとぼとぼと去っていった。
「ただいまー」
縁側で大きめに声を上げてみるが、返事が無かった。いつもは奥の座敷で霊夢が仏頂面ながら出迎えてくれるので、ただならぬ物を感じた。
見渡せばこの時間に明かりが全く無いというのも不思議だ。軽く探してみたがどうやら霊夢は神社に居ないらしい。
とはいえ宴会に呼ばれる事も多々ありそうな霊夢だし、心配要らないだろう。今日は月明かりも程々にある。針妙丸は疲れもあって玉手箱を下ろすと毛布の切れ端にくるまって直ぐに眠ってしまった。
針妙丸が目を覚ましたのは、紫がかった空に仄かな光の半月が山辺に来た頃だった。いつもなら二度寝する時間だが頬を叩いて立ち上がり、神社内を見て回る。
無論霊夢が帰ったのか確認するためだが、寝床に布団が無い時点で居ないのだろうなと結論した。
霊夢はあまり余所で飲み明かすタイプではない。針妙丸は未だ帰らない理由を想像するが、悪い事しか思いつかない。むしろ適当に考えるのは楽観的過ぎる気もしてきていた。
誰かに知らせようか、そう頭に過ぎったとき、声がした。
「ただいま」
霊夢だった。ふよふよと降りてきた霊夢は乱暴に着地すると深く息をはいた。全体的に服はくたびれているし、髪の毛はぼさぼさで満身創痍な風体だ。
「どうしんだい、起きても居ないから心配したよ!」
「ちょっと捜し物ついでに妖怪退治してたのよ、平気平気」
そう言いつつも、目には隈をこしらえているし、針妙丸には全然そう見えない。
「なんでまた夜通し……」
「竹林で日が暮れちゃったのよ。飛んだら曲がり竹に頭打つし、歩けば竹の根に躓くわで最悪」
「そうなんだ、まあいいから休みなよ」
どうやら霊夢でも道に迷うことはあるらしい。大した怪我もなさそうで、笹の葉が乗った髪を掻いていた。
「その怪しげな箱は何?」
昼頃に起きてきた霊夢は、ぶっきらぼうにお土産を問いただす。
「ああ、すっかり玉手箱のこと忘れてた」
早く開けろと言われたのを思い出す。針妙丸は城づくりの手を止め、玉手箱を霊夢の前に持って行く。
「なんでこっち持ってくるの?」
「変なもの入ってたら困ると思って」
「だったら余計離れて開けるもんでしょう」
針妙丸は無視して玉手箱を開けた。
一瞬二人で目を瞑ったかが、特に煙も出てこない。
中にあったのは、さんざん使った小さな竹の猪口と飴色のフキの甘露煮だった。
「何これ? 美味しそう」
言うが早いか、霊夢は手づかみでフキを賞味し始めた。
「ちょ、ちょっと勝手に食べないでよ。というか何時誰から貰ったか知らずに、よく口に出来るね」
面食らっていた針妙丸だが、弾かれたようにフキの前に立ちはだかる。
「だってお腹空いてたし……」
まだ起き抜けで何も食べていないらしい。
「でもこれは姫さんが私にくれたんだよ」
「あら、随分と仲良かったのね」
霊夢は意外そうに玉手箱の中を覗いている。
「最初に行ったときにさ、竹のお猪口用意してくれたんだよね。フキはまた別の時にお側の人が用意してくれたんだ」
浦島太郎の話もその時にしたんだったな。あの時は玉手箱の話もしたが、なるほどこれを見ると確かに過ごした時間を思い出す。
針妙丸が一人にやにやしていると、霊夢が「そういえば」と懐を漁り拳を出す。
「そういえば私もお土産あったんだったわ、見つけたからあげる」
「え、これって」
霊夢の手から出てきたのは、瑠璃色が眩しいジャノヒゲの実だった。
「庭の奴は無くなっちゃったでしょ、あんた好きそうだったからさ」
「わー、ありがとう! やっぱり好きだなこの色」
霊夢はそっぽ向きながら頭を掻いている。
「色は綺麗だけど栄養もないし、役に立たない実だけどね」
「食べる方向で考えなければいいじゃん……」
「菅の実を好きなのは鳥かあんたか位よ。まあ想像以上に喜んでくれたみたいでなによりだけど……」
「あれ、これって菅の実っていうの?」
「まあそういう草は皆菅って言うからね」
「へぇ、そういえば姫さんが菅の実の歌を……」
そこまで口にして針妙丸は言い淀む。
菅の実を探し道に迷い日が暮れてしまった者の歌。迷って朝帰りの霊夢、お土産の菅の実。今の状況はひょっとしたら、ひょっとするのではないか。
乱れた髪も、薄汚れた服も、自分の為だったのだろうか。
「ぼけっとして、どうしたの」
「いや……ありがとう、宝物にするよ」
「大げさな。拾ってきただけよ」
「純粋な気持ちを感じたからね」
霊夢は不思議そうに首を傾げつつ、「かわりに」と前置き作りかけの城に目を移した。
「あの城、私も作るの手伝わせてよ」
「え……いや、いいよ。あれは自分でやりたいんだ」
「あんまり不健康にはまってるんだもの、こっちまで息詰まってきそうだわ」
「そりゃごめん……でもやっぱり一人でやるよ」
「やっぱり魔理沙の言うとおりなのかしらねぇ」
今度は針妙丸が首を傾げた。
針妙丸としては、申し訳ないという思いが強かった。目の前にある菅の実ことジャノヒゲの実。これを得るために一夜を費やしてくれたのだとしたら……。
それはきっと、自分がこれまで城に費やした時間よりもよっぽどの価値があって、これ以上の時間を使って貰うなんて出来ない気がした。
「変に気を使わせていたのなら謝るよ。これからはちまちまやる様にする。ちょうどそう考えていたところだし」
「ならまあ、様子みるけどね」
霊夢はしぶしぶ頷きながら立ち上がり、掃除でもしてくると外に行った。針妙丸も立ち上がり、ジャノヒゲの実を鳥に取られないよう虫かごの物入れに大事に入れた。
それから針妙丸は姫さんの所に行くことは無くなった。
というのも助けた兎が神社でめっきり見なくなったからである。
心配もしたが、風の噂によると兎は情報収集と研修を目的とし、各所に派遣され任期ごとに場所のローテーションをしているらしい。
兎が研修で各地を廻るなんて与太話、いつもなら軽く笑い飛ばすだろう。しかし針妙丸は兎に気楽と言って首を振られた覚えもあって、似たような理由だろうと無闇に心配するのは辞めた。訃報があってわけでもなし、便りが無いのは良い便りだ。姫さんには大きくなったら自分の足で会いに行こうと思う。
とはいえ姫さんと小宴会出来ないのは、寂しいし詰まらなかった。また話がしたいなあと思うと、針妙丸は竹の猪口で酒を舐めた。
虫かごの中で飲む酒はあんまり美味しくもないが、ジャノヒゲの実を眺めてまったりするには格別だ。話し相手は居ないので、物思いに沈んでいく。
それにしても嫌な奴だな、と針妙丸は一人笑った。玉手箱で懐かしがらせて、そのまま会えなくなってしまうなんて意地が悪いとしか言えまい。今度会ったら責めてやろう。
それまでに今まで聞いた話の答えを考えておかないと。
姫さんには時間は無限にあると言われ、霊夢には散々時間の無駄と言われた。
今思えばどちらも間違って無いし、どちらも合ってないのだと思う。
時間が無限にあると思うのは小さな一歩に勇気が持てる。時間の無駄だからと一蹴し諦めるのは、いつだって時期尚早だ。現に姫さんの言葉で城作りも進んだし、霊夢も何だかんだ認めてくれた。
けれどその分時間があることを盾に前に進まないという選択も出来てしまうんじゃないか。自分がそうならないとも限らない。時間は永遠にある。そう信じて邁進できるか、言い訳にして何も出来ないか、その差はあまりにも大きいだろう。
それに時間が永遠にあると思ったら、あの日、一夜を挺してくれた霊夢の事を蔑ろにすることになる。限りある時間を割いてくれたと思うから、嬉しいし、ありがたい。そんなのは当たり前だと笑われそうだけど、大事にしたいことだ。
時間というのはよく分からない。でも信じれば味方にも敵にもなるし、誰かに上げたり、誰かの時間を変えることだってままあるのだ。
「針妙丸、居る?」
声がして針妙丸はおもむろに顔を上げた。霊夢の見つけた、という不適な笑みが虫かご越しに覗いている。居留守が使えないのが虫かごの最大の難点だ。
「どうしたのさ」
「また食べてみてよ」
意味も無く身構える針妙丸の前にフキの乗った小皿が置かれる。
なんだ、と針妙丸は息をつく。玉手箱に入っていた煮物が気に入ったらしく、幾度と味見相手にされていた。この時期でも自生している場所があるのだろう、乱獲しているのは見え見えである。
「うん、美味しいよ。玉手箱のには劣るけど」
「む、そうなのよね。真似してるのに中々あんな風に出来ないのよ」
霊夢はフキを二三本口に入れて難しそうにむぐむぐとさせた。
「地道にやってみればあれより美味しいのだってできるさ、たぶんね」
「まあ花嫁修業とでも思って研究してみるわ。宴会にも一役買いそうだし」
「目標は大きく、努力は小さくやるのがいいね」
「私が嫁に行くのは大それた欲望だって?」
「邪推だ……否定はしないけどね。でも今から修行なんて関心だ」
霊夢は引きつった笑みになる。
「あんたの城ができるよりは早いわよ、たぶん」
「あ、私を見くびっているね。なら競争だ、負けたら目でピーナッツを噛んでやらあ」
「なにそれ、じゃあ私は鼻で蕎麦でも食べてやるわ。時間切れで相星に成らないといいけどね」
ため息を交えつつ言い、霊夢は立ち上がった。
「大丈夫だよ、時間なんてまだまだあるんだからさ」
「悠長ねえ、兎と亀の童話を知らないのかしら。精々目を鍛えておくことね」
無茶な賭け事がかわされる中、フキの甘露煮が切れたついでに酒を持ってくるから、と霊夢は虫かごから離れた。
針妙丸はしばしの合間にまた考えてみる。
姫さんは不老不死だから、時間は無限にあると言ったと初めは思った、けどそう言う姫さんこそ、誰よりも時間の終わりを見てきて、誰よりも時間を早く感じてきたのでは無いだろうか。
それが不老不死の過ごす時間では無いだろうか。じゃあなんであんな事言ってのかと言うと、それはやっぱり知って得する時間の話をしたかったんだ。
姫さんはいつも対となる存在の話をしていた。ゾウとネズミ、天国と地獄、聖人と小人。不老不死に対して、時間を嘆くよりは、もっと時間があるべきだって。そう思えと言っていたのだろう。
時間というのはよく分からない。でもこうしてうだうだと過ごすのも、城に頭を悩ませるのも、姫さんにまた会おうと思うことも、私にとっては宝物とも呼べる愛すべき時間なのだ。それだけ分かっていれば、十分なのかもしれない。
また姫さんに会ったら、私の考えが合っているか答え合わせをしよう。
針妙丸は独り妖しく笑ってみせた。
時間の流れは相対的で、何とも答えの分からないものですね。
面白かったです
誤字報告
>霊夢とかに比べるとやっぱり不便とは思うすな
>今一度、そう重い
>下僕っぽ時折いので
>成人って事になるのかな
>虫かごのの最大の難点だ。
霊夢が花嫁修行って誰に嫁ぐつもりなんでしょうねえ…
このシリーズ語り部的位置にいる霊夢さんに常に無く(失礼)暖か味を感じれるのは私としては嬉しい
自分のお話を終えたものとしての貫録が感じられました
針妙丸も一つ自分の話を完成させればなにか見えるものがあるのでしょうか