「やあ、宵闇の」
「あら、蛍火の」
その邂逅は全く偶然のもので、思えば久方ぶりのものであった。
それは青々と草が茂る、川沿いの土手の上であった。
それは、そろそろ宵も更け、世界が墨染の色へと変わろうとするその合間の頃合であった。
ひらりひらりと蛍火が一人の回りを舞踊り、それが一際濃い黒い真球のなかへととぷりと消え、ふらりと現れる。
その真球がじじっとゆらいで、そしてもうひとりが中から姿を現した。
「宵酒かしら」
そういう彼女の手にも酒瓶があり、返事を待たずに隣へと腰を下ろす。
「一緒にどうぞ」
と、先の少女が徳利を傾け、後の少女がそれを小さな猪口で受ける。
「じゃあ相席させてもらいましょう」
と酒瓶を傾けると、それを小さな盃で受けた。
「では、乾杯」
「何に」
「幻想郷に」
「失われた者たちに」
「忘れられた者たちに」
「今を生きる我々に」
「逝ってしまった者達に」
そう謳って、詠って、声はかろやかに、表情はおおらかに。
しかしながら寂寥の気配が色濃くまとわりついた空気のなかで、鳴り合わせた杯が小さく、ちん、と哀悼の鐘を鳴らし、彼女達はくい、と酒を飲み干した。
「ちいさいのね、足りないのじゃない」
と隣の少女が持つ小さな徳利をみて呟く。
「足りぬとも、寂しいよりは」
と少女は笑う。
「ひとりで飲もうとしてたじゃない」
と少女は笑う。
「そーだったか?気のせいじゃない」
と少女はとぼけて続ける。
「誰か来そうな気がしたのよ。そう。言うなれば虫の知らせかしら」
「それは私の台詞でしょう」
と笑いながら少女が答える。
とぷとぷと酒を注ぎ交わし、ちびちびとと呑んでまた注ぐ。
とう、とう、と短く点滅する黄緑色の光があたりを包む。
そのありふれた光景を肴に酒を勧める。
さあ、と生温かい風が一筋。ぽう、と浮かび上がる小さな光は波及し、広がり、川沿いに一面へと広がっていく。
ぽうと瞬く光の中に、二人の人影がぼうと落ちている。
その明るさに中てられてか、思えばね、と先の少女が切り出した。
「外だと、人の子は夜を克服した。灯りは行き届き夜は明るくなった」
「うん」
「でもね、それは些細なことで、それよりも何よりも、人は暗闇を恐れなくなった。未知が既知になってしまったのよね」
そうして私はここに行きつくことになりましたとさ。と、また盃をあおる。
そこに悲しみの色はなく、唯、淡々とつらつらと言葉が紡がれる。
貴女はどうなの。外だと保護されてるんでしょう、と問えば、別にいいことじゃないよ、と静かな返答が零れて紡がれる。
「人の子らが成長するなかで私達は消えていったんだ。それも自然だったんだ。人の営みのなかに私達はあり、それとともにまた私達も変わってきたんだ。人の営みの外で生きながらえたとして、そこにある人の思いは全く別物さ」
ごめんね。
別に、気にしてないよ。
少し時を置いて後の少女は続ける。
「外は加速している。此処もいずれ滅びすら受容するんじゃないかな」
「明りすら忘れた人の子らが何所へ行くかは興味深いけれど、はたしてそれまで永らえるか。はてさて」
「永らえようと移ってきたけど、もう一度滅びに直面することになるとは皮肉なものだね」
「結局、早いか遅いかの違いでしかないのかしら」
くい、と盃をあおって、注ごうとした酒は一向に徳利から出てこない。
「結局足りないじゃない」
とくすくすと笑う少女に、静かに笑って返す。
「元より底なしの闇だから、そもそも酔えやしないのよ」
「じゃあ一体、何に酔うのよ」
「人の酔いに酔うのよ」
宵の妖怪だしね。とケラケラ笑って、空になった徳利をぷらりぷらりと弄ぶ。
そして、暮れた日とともに暗くなった周囲を、照らしていた小さな光がいつの間にか減っていることに気づく。
夏も盛って、一足早い送り火だよ。と酒瓶を返してとぷとぷと、光を失ったそれに打ち掛ける。
また次の夏までおわかれさ。とこぼして。
「私はこれで。じゃあね、宵闇の」
と後の少女は腰を上げる。
「じゃあね、蛍火の」
と先の少女は未だ、腰を下ろしたままに、こうと輝く星空を見上げて呟いた。
そしてとぷりと二人は夜の闇へと溶けて消えた。
風が少し生暖かくなる、ある夏の日であった。
「あら、蛍火の」
その邂逅は全く偶然のもので、思えば久方ぶりのものであった。
それは青々と草が茂る、川沿いの土手の上であった。
それは、そろそろ宵も更け、世界が墨染の色へと変わろうとするその合間の頃合であった。
ひらりひらりと蛍火が一人の回りを舞踊り、それが一際濃い黒い真球のなかへととぷりと消え、ふらりと現れる。
その真球がじじっとゆらいで、そしてもうひとりが中から姿を現した。
「宵酒かしら」
そういう彼女の手にも酒瓶があり、返事を待たずに隣へと腰を下ろす。
「一緒にどうぞ」
と、先の少女が徳利を傾け、後の少女がそれを小さな猪口で受ける。
「じゃあ相席させてもらいましょう」
と酒瓶を傾けると、それを小さな盃で受けた。
「では、乾杯」
「何に」
「幻想郷に」
「失われた者たちに」
「忘れられた者たちに」
「今を生きる我々に」
「逝ってしまった者達に」
そう謳って、詠って、声はかろやかに、表情はおおらかに。
しかしながら寂寥の気配が色濃くまとわりついた空気のなかで、鳴り合わせた杯が小さく、ちん、と哀悼の鐘を鳴らし、彼女達はくい、と酒を飲み干した。
「ちいさいのね、足りないのじゃない」
と隣の少女が持つ小さな徳利をみて呟く。
「足りぬとも、寂しいよりは」
と少女は笑う。
「ひとりで飲もうとしてたじゃない」
と少女は笑う。
「そーだったか?気のせいじゃない」
と少女はとぼけて続ける。
「誰か来そうな気がしたのよ。そう。言うなれば虫の知らせかしら」
「それは私の台詞でしょう」
と笑いながら少女が答える。
とぷとぷと酒を注ぎ交わし、ちびちびとと呑んでまた注ぐ。
とう、とう、と短く点滅する黄緑色の光があたりを包む。
そのありふれた光景を肴に酒を勧める。
さあ、と生温かい風が一筋。ぽう、と浮かび上がる小さな光は波及し、広がり、川沿いに一面へと広がっていく。
ぽうと瞬く光の中に、二人の人影がぼうと落ちている。
その明るさに中てられてか、思えばね、と先の少女が切り出した。
「外だと、人の子は夜を克服した。灯りは行き届き夜は明るくなった」
「うん」
「でもね、それは些細なことで、それよりも何よりも、人は暗闇を恐れなくなった。未知が既知になってしまったのよね」
そうして私はここに行きつくことになりましたとさ。と、また盃をあおる。
そこに悲しみの色はなく、唯、淡々とつらつらと言葉が紡がれる。
貴女はどうなの。外だと保護されてるんでしょう、と問えば、別にいいことじゃないよ、と静かな返答が零れて紡がれる。
「人の子らが成長するなかで私達は消えていったんだ。それも自然だったんだ。人の営みのなかに私達はあり、それとともにまた私達も変わってきたんだ。人の営みの外で生きながらえたとして、そこにある人の思いは全く別物さ」
ごめんね。
別に、気にしてないよ。
少し時を置いて後の少女は続ける。
「外は加速している。此処もいずれ滅びすら受容するんじゃないかな」
「明りすら忘れた人の子らが何所へ行くかは興味深いけれど、はたしてそれまで永らえるか。はてさて」
「永らえようと移ってきたけど、もう一度滅びに直面することになるとは皮肉なものだね」
「結局、早いか遅いかの違いでしかないのかしら」
くい、と盃をあおって、注ごうとした酒は一向に徳利から出てこない。
「結局足りないじゃない」
とくすくすと笑う少女に、静かに笑って返す。
「元より底なしの闇だから、そもそも酔えやしないのよ」
「じゃあ一体、何に酔うのよ」
「人の酔いに酔うのよ」
宵の妖怪だしね。とケラケラ笑って、空になった徳利をぷらりぷらりと弄ぶ。
そして、暮れた日とともに暗くなった周囲を、照らしていた小さな光がいつの間にか減っていることに気づく。
夏も盛って、一足早い送り火だよ。と酒瓶を返してとぷとぷと、光を失ったそれに打ち掛ける。
また次の夏までおわかれさ。とこぼして。
「私はこれで。じゃあね、宵闇の」
と後の少女は腰を上げる。
「じゃあね、蛍火の」
と先の少女は未だ、腰を下ろしたままに、こうと輝く星空を見上げて呟いた。
そしてとぷりと二人は夜の闇へと溶けて消えた。
風が少し生暖かくなる、ある夏の日であった。
良い一幕でした。
この寂しい感じ好き
ほんのり切なく、洒落たSSごちそうさまでした