頬張ったチーズケーキを確かめるように早苗は瞬きした。
口内に広がる甘さは味覚と唾液腺を刺激し、舌を蕩かす錯覚さえ覚える。
ああ、この味だ。
チーズケーキを最後に食べたのはいつだっただろうか。外の世界でも大好物だったが、食べる機会は少なかった。どちらかというと早苗の地元では和菓子が主流だったので、洋菓子は手に入りにくい。
早苗は幻想郷で洋食を食べるたびに、もとにいた外の世界の味を連想する。
幻想郷で食べるものはほとんどが和食だからかもしれない。
しばらくチーズケーキの余韻に浸っていたが、おっとこちらも忘れてはならないとテーブルで湯気を立てる紅茶に手を伸ばした。淑女たるものティーとケーキは交互にたしなむべきであると思っている。早苗は幼い頃から三角食べを推し進めるいいこであった。
このお茶の名前はアールグレイ。ハイカラな名前だと思う。外界ではとうとう口に入る機会のなかった茶葉である。人工緑茶と人工麦茶が早苗が飲んだことのあるお茶のすべてだ。
今日は月に一度の布教活動。
里の中心の広場で、爛々と輝く瞳で二柱に吹き込まれた入信のメリットや教えを熱弁し、入信のメリットや教えを歌い、入信のメリットや教えを踊った。
どちらかというとアイドルのコンサートじみてきた気がするがアイドルというのは元を正せば偶像という意味であるし、なにも間違ってはいないはずだ。
神奈子様の配った光る御柱の利用者は増えているし、信者は増え続けている、と信じている、信じようとしている。
早苗はかぶりをふるった。なにはともあれ今は楽しい夕飯の買い物兼自由時間。お勤めのことは一旦忘れよう。
新しい持ち曲を増やすべく香霖堂へ買い物へ行き、お立ち台をお世話になっている魚屋に片付けに向かう途中、喫茶店があったので入ってみたら……これが大当たりでご満悦中だ。
「……しあわせってやつですねこれは」
特に返事を期待しない呟きだった。琥珀色のフレーバーティーをみつめる早苗のクオリティーオブライフはボーダーオブライフだった。
「しーあーわーせーおーひーとーつーくださーいなー……」
突然誰もいないはずの正面から調子はずれな声がした。
早苗が視線を上げるとなぜか不景気な表情の少女が相席していた。青い両目がずうずうしくこちらを見つめている。
十六夜咲夜……悪魔の犬の肩書を持つ紅魔館の従者だ。けだるげに頬杖をつく彼女はいつの間にかそこに居た。
「…こんにちは」
「はいこんにちはー」
早苗はとりあえず挨拶をした。挨拶は大事だからだ。
「ああそうだ、ここ空いてるかしら」
「あ、はい。大丈夫です」
戸惑いながらも早苗は答える。突然の出現には驚いたが、別に嫌いな相手でもないし、喫茶店で同年代の少女と語らうというのには少し憧れもあったので特に断る理由はなかった。
「ありがとう」
咲夜はやわらかく微笑むと、次の瞬間にはテーブルの上に料理が並んでいた。
「うわ、相変わらずすごいですねえ」
早苗は時間停止の種無し手品にはいまだに慣れない。
「さっきまで座ってた席からもってきたのよ」
咲夜は、ビールジョッキをぐいぐい傾け、飲んだぶんの溜め息を吐き出した。
「…………ここって喫茶店ですよね」
「そうね、喫茶店よ」
十六夜咲夜は骨付きソーセージにかぶりついた。
木皿に乗ったステーキ皿の上では、こんがり焼き目がついた残りの二本のソーセージと分厚いステーキがじゅうじゅうと油をはねさせていた。
「いやいやなんで喫茶店でそんなもの食べてるんですか!ここステーキハウスとかじゃないですよ!」
「ウィンナー食べる?」
「いらんです!」
差し出されたウィンナーを払いのける。
「ああごめんなさい。タコさんウィンナーはないのよ」
「そういうことじゃないです!別にタコさんとかなんでも良いですよ!」
「そうね…タコは悪魔の使いだものね…所詮私は悪魔の犬…」
「ええ!?そこシリアスになりますか!?」
「じゃあこっちで、はいあーん」
咲夜は切り分けたステーキの一切れをフォークに突き刺すと早苗の口元に運んだ。
「ステーキでそれやるんですか…普通パフェとかでやりませんか…」
「いいじゃない、やってみたかったのよ」
「でもほら、わたしたちは別にそういう関係では…」
こういったことはカップルでやるものだと早苗は知っている。幻想郷でも認識は大して変わらないだろう。
「照れない照れない」
しかし余裕の表情の咲夜になんだか負けた気がする。
「…わかりましたよ」
ムードもへったくれも無い状況で気にしても仕方が無いと自分に言い聞かせて目の前のステーキをほおばった。
「どう?」
噛むたびに肉の繊維が溶け、油と肉の旨みが染み出るのを感じる。喫茶店のくせに肉が美味しかった。
「…おいしいです。ただくどいです」
「ふふふ、よかった」
「もしかして酔ってます?」
ジョッキを煽る瀟洒の顔色は赤くなかったが、西洋の人は酔っても顔色が変わらないと聞いたことがあった。
「この程度でメイド・オブ・ショウシャは酔わないわ」
メイドオブショウシャがなんだかわからなかったがメイドインヘヴンみたいなものだろうと納得することにした。
明らかに酔っている。
「早苗はウーロンハイで良いかしら?良いわよね?じゃあ2杯頼みましょうか」
「私はいいです」
早苗は下戸なのでお酒は控えることにしている。さすがに昼間から酔いつぶれたくなかった。
「じゃあ一口だけ飲みましょう?ここのウーロンハイを飲まないのはもったいないわ。それで余った分は私が飲むから」
「あなた自分が二杯分のみたいだけじゃないですか」
「いや、私は早苗が飲みたいかもしれないと思ったわけで、別に飲みたいとかそんなんじゃ」
早口でまくし立てる咲夜の顔は少し赤い。羞恥心の基準が謎だった。
「すいませーんウーロンハイ二つ」
早苗はもう面倒なのでウエトレスにウーロンハイ2杯をオーダーした。
というかこれもう居酒屋だよね、という早苗の心中の言葉は誰にも届かない。
「はぁ…………お嬢様ぺろぺろしたいなぁ…」
「…」
「あっぺろぺろとペペロンチーノって似てるわね」
「…」
「お嬢様ペペロンチーノ…」
「あなた主に対してそれでいいんですか」
早苗はスルーすることをあきらめた。
咲夜は物憂げに組んだ両手に顎をのせる。
「自らの過去を省みた事もあったわ。元ヴァンパイアハンターとしてお嬢様をペロペロすることは、果たして正しいことなのかどうなのか……そう、あの日は紅い霧が町中を覆っていた………」
「え?もしかしてこれ重い過去とか語ったりする流れなんですか?」
「ふふふ、貴女にはまだお嬢様の魅力は早いかしら」
「私には一生わからなくてもいいです」
「いいのよ今は分からなくても、いずれ分かり合えるわ」
咲夜はな思わせぶりな視線だ。
正直勘弁して欲しいと思った。
「おまたせしました。ウーロンハイでございます。」
テーブルに飲み物が運ばれて来た。
ウェイトレスが二杯とも咲夜の前に置くと「いえいえ、一杯はあちらです」と咲夜は告げた。
空いた食器も片付けられ、早苗の前に残されたのはジョッキ一杯のお酒だった。
今更ながら、喫茶店でジョッキを目にするとは思わなかった。幻想郷では常識にとらわれてはいけない。
「やっぱり飲むなら二人で飲まなきゃ。奢りだから気にしなくてもいいのよ?」
早苗としては財布の心配よりも自分は下戸だということをわかってほしかった。
「……で? 本題はなんですか?」
早苗はよくわからない空気に流されないうちに咲夜の目的を聞き出そうとした。
「貴女と一度お話しておきたいと思ってね」
「ふーん……」
それは果たして同じ人間としてなのか、あるいは紅魔館と守矢神社のものとしてなのかはわからなかった。
まあ紅魔館との交流を深めれば何かの布石になるだろうかと早苗は眉間に皺を寄せて思考をめぐらす。
「何?」
座る咲夜はすっかり緩み切った表情で飾りのパセリと付け合わせのジャガイモをもそもそと食んでいたが、視線に気付いて首をかしげる。
「…なんでも」
早苗は深く、長い溜息を付いた。
「咲夜さんを見てると、色々と面倒くさくなってしまいました」
「あら、拗ねてる?」
「拗ねてませーん」
「早苗って拗ねたところ猫っぽいわね」
「よく恥ずかしげもなくそんなことが言えますね」
「??」
咲夜はなんのことだかわからないようで小首をかしげた。なぜだか少しだけ犬っぽかった
「……咲夜さんは犬っぽい」
早苗の言葉に咲夜は口元を押さえるとくすくすと肩を上下させた。
「イタリアンハスキーかしら?」
「イタリアンハスキーは知らないんですけど、そんなかんじです」
早苗はイタリアンハスキーを知らなかったが、なんとなくカッコイイ名前なので似ているのだろうと思った。
「ある方によく言われるのよ。動物で言うとあなたはイタリアンハスキーだわって」
「ずいぶんピンポイントなチョイスですね」
「ピンポイントな方ですから」
楽しげに紅魔館の話をする咲夜を見て早苗はふと思い出した。
「そういえば今日はお仕事どうしたんですか?」
「どうしたと思う?」
「うーん…クビ?」
冗談めかして言ってみる。
「あら鋭い」
「ええっ!?」
「実は私、館で粗相をしてしまっていられなくなったのよ」
「じゃあ大変じゃないですか!?家はどうしてるんですか!?」
いったい屋敷を追い出されるとは何をしたのだろうとも気になったがそちらを詮索するのはやめた。
「もっぱら野宿ね」
「女一人で野宿なんてあぶないですよ!なんで宿をとらないんですか!」
「だってねぇ…」
「あっ」
早苗は触れてはならないところに触れた気がして後悔した。
咲夜は人里ではあまりいい噂がない。人間かどうかも疑われているくらいだ。いきなり何週間も泊めてくれといわれても渋られる可能性のほうが高いだろう。
「…でも、やっぱりよくないですよ。一人で野宿なんて」
咲夜は暫く逡巡すると、伺うような目をして言った。
「じゃああなたの家に泊めてくれる?」
「もちろんです!」
目の前で友人が困っているのだ。断る理由はない。お二柱に頼み込んでしばらく泊めさせてもらい、その間に咲夜と紅魔館との関係を回復するか、新しい住居を探すかしてやろう。
早苗はこれから行う手順について考えをめぐらした。
「まあ嘘なんだけど」
「嘘かよ!!」
思わず平手チョップで突っ込んだ。ぱしんと咲夜の胸に乾いた音が響く。
「良いツッコミだわ」
早苗のツッコミを受け止めた咲夜は満ち足りた顔をしていた。
「!?咲夜さん、まさか貴女…」
「そうよ早苗、そのツッコミを待っていたのよ」
とうとうと咲夜は語りだす。
「幻想郷のやつらときたら、私がいくらボケてみせてもツッコミ一つしないわ逆にボケるわでツッコミがいなかった…そんな日々に自棄酒を煽っていたところで貴女を見つけたのよ」
「咲夜さん…」
「ねえ早苗、私たち良い漫才できると思わない?」
「漫才なんて私にできるでしょうか…」
早苗は不安になった。幻想郷に来て初めて経験した飲み会で、一発芸を振られて得意のさかなクンのモノマネをしたところ思いっきり滑ったことを引きずっているのだ。
「アイドルだってできるんだから余裕よ!それに受ければ信仰だってがっぽがっぽよ!」
「信仰…!」
信仰という言葉に早苗の瞳が輝きだす。
「ぜひやりましょう!」
「ええ…!」
こうして漫才コンビ『ミラクル時空フルーツ』は生まれた。
口内に広がる甘さは味覚と唾液腺を刺激し、舌を蕩かす錯覚さえ覚える。
ああ、この味だ。
チーズケーキを最後に食べたのはいつだっただろうか。外の世界でも大好物だったが、食べる機会は少なかった。どちらかというと早苗の地元では和菓子が主流だったので、洋菓子は手に入りにくい。
早苗は幻想郷で洋食を食べるたびに、もとにいた外の世界の味を連想する。
幻想郷で食べるものはほとんどが和食だからかもしれない。
しばらくチーズケーキの余韻に浸っていたが、おっとこちらも忘れてはならないとテーブルで湯気を立てる紅茶に手を伸ばした。淑女たるものティーとケーキは交互にたしなむべきであると思っている。早苗は幼い頃から三角食べを推し進めるいいこであった。
このお茶の名前はアールグレイ。ハイカラな名前だと思う。外界ではとうとう口に入る機会のなかった茶葉である。人工緑茶と人工麦茶が早苗が飲んだことのあるお茶のすべてだ。
今日は月に一度の布教活動。
里の中心の広場で、爛々と輝く瞳で二柱に吹き込まれた入信のメリットや教えを熱弁し、入信のメリットや教えを歌い、入信のメリットや教えを踊った。
どちらかというとアイドルのコンサートじみてきた気がするがアイドルというのは元を正せば偶像という意味であるし、なにも間違ってはいないはずだ。
神奈子様の配った光る御柱の利用者は増えているし、信者は増え続けている、と信じている、信じようとしている。
早苗はかぶりをふるった。なにはともあれ今は楽しい夕飯の買い物兼自由時間。お勤めのことは一旦忘れよう。
新しい持ち曲を増やすべく香霖堂へ買い物へ行き、お立ち台をお世話になっている魚屋に片付けに向かう途中、喫茶店があったので入ってみたら……これが大当たりでご満悦中だ。
「……しあわせってやつですねこれは」
特に返事を期待しない呟きだった。琥珀色のフレーバーティーをみつめる早苗のクオリティーオブライフはボーダーオブライフだった。
「しーあーわーせーおーひーとーつーくださーいなー……」
突然誰もいないはずの正面から調子はずれな声がした。
早苗が視線を上げるとなぜか不景気な表情の少女が相席していた。青い両目がずうずうしくこちらを見つめている。
十六夜咲夜……悪魔の犬の肩書を持つ紅魔館の従者だ。けだるげに頬杖をつく彼女はいつの間にかそこに居た。
「…こんにちは」
「はいこんにちはー」
早苗はとりあえず挨拶をした。挨拶は大事だからだ。
「ああそうだ、ここ空いてるかしら」
「あ、はい。大丈夫です」
戸惑いながらも早苗は答える。突然の出現には驚いたが、別に嫌いな相手でもないし、喫茶店で同年代の少女と語らうというのには少し憧れもあったので特に断る理由はなかった。
「ありがとう」
咲夜はやわらかく微笑むと、次の瞬間にはテーブルの上に料理が並んでいた。
「うわ、相変わらずすごいですねえ」
早苗は時間停止の種無し手品にはいまだに慣れない。
「さっきまで座ってた席からもってきたのよ」
咲夜は、ビールジョッキをぐいぐい傾け、飲んだぶんの溜め息を吐き出した。
「…………ここって喫茶店ですよね」
「そうね、喫茶店よ」
十六夜咲夜は骨付きソーセージにかぶりついた。
木皿に乗ったステーキ皿の上では、こんがり焼き目がついた残りの二本のソーセージと分厚いステーキがじゅうじゅうと油をはねさせていた。
「いやいやなんで喫茶店でそんなもの食べてるんですか!ここステーキハウスとかじゃないですよ!」
「ウィンナー食べる?」
「いらんです!」
差し出されたウィンナーを払いのける。
「ああごめんなさい。タコさんウィンナーはないのよ」
「そういうことじゃないです!別にタコさんとかなんでも良いですよ!」
「そうね…タコは悪魔の使いだものね…所詮私は悪魔の犬…」
「ええ!?そこシリアスになりますか!?」
「じゃあこっちで、はいあーん」
咲夜は切り分けたステーキの一切れをフォークに突き刺すと早苗の口元に運んだ。
「ステーキでそれやるんですか…普通パフェとかでやりませんか…」
「いいじゃない、やってみたかったのよ」
「でもほら、わたしたちは別にそういう関係では…」
こういったことはカップルでやるものだと早苗は知っている。幻想郷でも認識は大して変わらないだろう。
「照れない照れない」
しかし余裕の表情の咲夜になんだか負けた気がする。
「…わかりましたよ」
ムードもへったくれも無い状況で気にしても仕方が無いと自分に言い聞かせて目の前のステーキをほおばった。
「どう?」
噛むたびに肉の繊維が溶け、油と肉の旨みが染み出るのを感じる。喫茶店のくせに肉が美味しかった。
「…おいしいです。ただくどいです」
「ふふふ、よかった」
「もしかして酔ってます?」
ジョッキを煽る瀟洒の顔色は赤くなかったが、西洋の人は酔っても顔色が変わらないと聞いたことがあった。
「この程度でメイド・オブ・ショウシャは酔わないわ」
メイドオブショウシャがなんだかわからなかったがメイドインヘヴンみたいなものだろうと納得することにした。
明らかに酔っている。
「早苗はウーロンハイで良いかしら?良いわよね?じゃあ2杯頼みましょうか」
「私はいいです」
早苗は下戸なのでお酒は控えることにしている。さすがに昼間から酔いつぶれたくなかった。
「じゃあ一口だけ飲みましょう?ここのウーロンハイを飲まないのはもったいないわ。それで余った分は私が飲むから」
「あなた自分が二杯分のみたいだけじゃないですか」
「いや、私は早苗が飲みたいかもしれないと思ったわけで、別に飲みたいとかそんなんじゃ」
早口でまくし立てる咲夜の顔は少し赤い。羞恥心の基準が謎だった。
「すいませーんウーロンハイ二つ」
早苗はもう面倒なのでウエトレスにウーロンハイ2杯をオーダーした。
というかこれもう居酒屋だよね、という早苗の心中の言葉は誰にも届かない。
「はぁ…………お嬢様ぺろぺろしたいなぁ…」
「…」
「あっぺろぺろとペペロンチーノって似てるわね」
「…」
「お嬢様ペペロンチーノ…」
「あなた主に対してそれでいいんですか」
早苗はスルーすることをあきらめた。
咲夜は物憂げに組んだ両手に顎をのせる。
「自らの過去を省みた事もあったわ。元ヴァンパイアハンターとしてお嬢様をペロペロすることは、果たして正しいことなのかどうなのか……そう、あの日は紅い霧が町中を覆っていた………」
「え?もしかしてこれ重い過去とか語ったりする流れなんですか?」
「ふふふ、貴女にはまだお嬢様の魅力は早いかしら」
「私には一生わからなくてもいいです」
「いいのよ今は分からなくても、いずれ分かり合えるわ」
咲夜はな思わせぶりな視線だ。
正直勘弁して欲しいと思った。
「おまたせしました。ウーロンハイでございます。」
テーブルに飲み物が運ばれて来た。
ウェイトレスが二杯とも咲夜の前に置くと「いえいえ、一杯はあちらです」と咲夜は告げた。
空いた食器も片付けられ、早苗の前に残されたのはジョッキ一杯のお酒だった。
今更ながら、喫茶店でジョッキを目にするとは思わなかった。幻想郷では常識にとらわれてはいけない。
「やっぱり飲むなら二人で飲まなきゃ。奢りだから気にしなくてもいいのよ?」
早苗としては財布の心配よりも自分は下戸だということをわかってほしかった。
「……で? 本題はなんですか?」
早苗はよくわからない空気に流されないうちに咲夜の目的を聞き出そうとした。
「貴女と一度お話しておきたいと思ってね」
「ふーん……」
それは果たして同じ人間としてなのか、あるいは紅魔館と守矢神社のものとしてなのかはわからなかった。
まあ紅魔館との交流を深めれば何かの布石になるだろうかと早苗は眉間に皺を寄せて思考をめぐらす。
「何?」
座る咲夜はすっかり緩み切った表情で飾りのパセリと付け合わせのジャガイモをもそもそと食んでいたが、視線に気付いて首をかしげる。
「…なんでも」
早苗は深く、長い溜息を付いた。
「咲夜さんを見てると、色々と面倒くさくなってしまいました」
「あら、拗ねてる?」
「拗ねてませーん」
「早苗って拗ねたところ猫っぽいわね」
「よく恥ずかしげもなくそんなことが言えますね」
「??」
咲夜はなんのことだかわからないようで小首をかしげた。なぜだか少しだけ犬っぽかった
「……咲夜さんは犬っぽい」
早苗の言葉に咲夜は口元を押さえるとくすくすと肩を上下させた。
「イタリアンハスキーかしら?」
「イタリアンハスキーは知らないんですけど、そんなかんじです」
早苗はイタリアンハスキーを知らなかったが、なんとなくカッコイイ名前なので似ているのだろうと思った。
「ある方によく言われるのよ。動物で言うとあなたはイタリアンハスキーだわって」
「ずいぶんピンポイントなチョイスですね」
「ピンポイントな方ですから」
楽しげに紅魔館の話をする咲夜を見て早苗はふと思い出した。
「そういえば今日はお仕事どうしたんですか?」
「どうしたと思う?」
「うーん…クビ?」
冗談めかして言ってみる。
「あら鋭い」
「ええっ!?」
「実は私、館で粗相をしてしまっていられなくなったのよ」
「じゃあ大変じゃないですか!?家はどうしてるんですか!?」
いったい屋敷を追い出されるとは何をしたのだろうとも気になったがそちらを詮索するのはやめた。
「もっぱら野宿ね」
「女一人で野宿なんてあぶないですよ!なんで宿をとらないんですか!」
「だってねぇ…」
「あっ」
早苗は触れてはならないところに触れた気がして後悔した。
咲夜は人里ではあまりいい噂がない。人間かどうかも疑われているくらいだ。いきなり何週間も泊めてくれといわれても渋られる可能性のほうが高いだろう。
「…でも、やっぱりよくないですよ。一人で野宿なんて」
咲夜は暫く逡巡すると、伺うような目をして言った。
「じゃああなたの家に泊めてくれる?」
「もちろんです!」
目の前で友人が困っているのだ。断る理由はない。お二柱に頼み込んでしばらく泊めさせてもらい、その間に咲夜と紅魔館との関係を回復するか、新しい住居を探すかしてやろう。
早苗はこれから行う手順について考えをめぐらした。
「まあ嘘なんだけど」
「嘘かよ!!」
思わず平手チョップで突っ込んだ。ぱしんと咲夜の胸に乾いた音が響く。
「良いツッコミだわ」
早苗のツッコミを受け止めた咲夜は満ち足りた顔をしていた。
「!?咲夜さん、まさか貴女…」
「そうよ早苗、そのツッコミを待っていたのよ」
とうとうと咲夜は語りだす。
「幻想郷のやつらときたら、私がいくらボケてみせてもツッコミ一つしないわ逆にボケるわでツッコミがいなかった…そんな日々に自棄酒を煽っていたところで貴女を見つけたのよ」
「咲夜さん…」
「ねえ早苗、私たち良い漫才できると思わない?」
「漫才なんて私にできるでしょうか…」
早苗は不安になった。幻想郷に来て初めて経験した飲み会で、一発芸を振られて得意のさかなクンのモノマネをしたところ思いっきり滑ったことを引きずっているのだ。
「アイドルだってできるんだから余裕よ!それに受ければ信仰だってがっぽがっぽよ!」
「信仰…!」
信仰という言葉に早苗の瞳が輝きだす。
「ぜひやりましょう!」
「ええ…!」
こうして漫才コンビ『ミラクル時空フルーツ』は生まれた。
ちなみに”純”喫茶はアルコールの出ない喫茶店という意味だから
普通の喫茶店にはお酒が出てもおかしくないですよね、そういうことにしとこう
結局、咲夜さんはなんで
飲んだくれてたんですかね?
ぱしんと咲夜の胸に乾いた音が響く。
ぱしんと咲夜の胸に乾いた音が響く。
ここから導き出される結論は・・・・・・
なるほどこれがwin-winというやつか
これは責任と盛って続けてもらわないと。
珍しい組み合わせの漫才コンビですがどうなることやら…?
続きも読みたいです