■このSSはどうせ東方priojectの二次創作作品に決まっています。
実在するいかなる個人、団体、事件とも関係がありません。
ましてや、東方projectの原作と直接的な関係などあるはずもありません。
※この作品は、食事中に絶対に読まないでください。
食欲不振を訴えられても、責任を負いかねます。
※一応、無在の書いてきた、これまでの、フラン、パチュリー、レミリア、レミフラの作品です。過去作品を読まれた方が楽しめるかとは思いますが、単体での楽しめるかと思います。
※以上、御了解できましたら、お進みください。
「ねえ、妹様……」
紫の魔女が、私を、いや、私よりも遠くの何かを見つめて言った。
「カレー味のうんこと、うんこ味のカレーを食べるとしたら、どちらが良い?」
私――フランドール・スカーレットは、右手のスプーンを落とし、頭を抱えた。
今日も幻想郷は平和だった。当然、紅魔館のなかも平和だった。
私も紅魔館と同じく、いつもと同じ日常を過ごしていた。起きたら朝食を食べ、一人で図書館に行き、本を読む。天井を眺めて弾幕ごっこのことを考え、また本に視線を戻して、文字を追う生活。
長く変わらない日常。でも、日常とは退屈なものだけれど、まったく楽しいことがないわけではない。大きな楽しみはないが、小さな楽しみを噛みしめることができるのもまた醍醐味だった。
その楽しみの一つが、毎日の食事だ。まして、それが自分の好物であれば嬉しさ倍増である。
今日の昼食は、紅魔館が誇る完璧メイド――十六夜咲夜の特製カレーであった。
咲夜はコックとしても超一流であり、彼女が作る食事はどれも美味しかったけど、何より彼女が前の晩から材料を用意して作ってくれるカレーが一番好きだった。自分でもちょっと子供っぽいかな、と思うが、やはり自分の舌はごまかせない。本を読んでいた時も、咲夜のカレーのことを考えていたのだ。『フランお嬢様にはお肉を多めによそってあげますね』と、咲夜が笑顔でよそってくれるカレーをみると、食べる前から幸せになってしまいそう。そして、やはり咲夜のカレーは幸せ味だった。食堂で私は大好きなカレーを食べて、ささやかな幸せを味わっていた。
私はそれを食堂で一人で食べていた。私のお姉さま――レミリア・スカーレットは神社に出かけたと咲夜に聞いていた。私とお姉さまは生活リズムが違う。長く私が地下暮らしだったからだが。今日は早めに帰ってくると思いますけど、先に召し上がってください、と咲夜に言われ、私は広い食堂で一人スプーンを動かしていた。これもまたいつも通りのことだった。
本当に、いつもと変わらないこと+α の生活のはずだった。
……それなのに、どういうことなの……
私は呆然としていた。私は食べかけのカレーと、目の前の悪魔のような魔女との間に視線を泳がせていた。私はなんとかスプーンを握り直すが、再びそれをカレーに向ける勇気はなかった。
「ねえ、妹様、カレー味のうんこと、うんこ味のカレーを食べるとしたら、どっちがいい?」
「二度も訊かなくていいよ……」
紅魔館の客人であり、七曜の魔女――パチュリー・ノーレッジだった。
パチュリーは、私のお姉さま――レミリア・スカーレットの親友である。紅魔館の地下に、書斎というにはあまりにも巨大すぎる図書館を与えられており、日夜魔法の研究を行っていた。
パチュリーは捉えどころのない性格だった。いつでも何かの本を読み、無口で、物静かで、表情の変化もわかりづらい。だが、あのお姉さまの親友をしているくらいだから、根は面倒見のいい人なのだ。お姉さまの我がままのトラブルシューターをしていることからわかるように、見た目通りの無味乾燥な人物ではなかった。
……しかし、何を考えているのかわかりにくい人物なのは確かであり、時としてトラブルシューターから、トラブルメーカーに展開することも珍しくはなかった……そう、今回のように。
「ねえ、妹様、カレー味のうんこと、うんこ味のカレー、どっちがいい?」
「だから、3回も訊かなくていいよ……」
私は逡巡させていた視線をパチュリーに向け直す。今からでも弾幕ごっこで決闘を挑んでもいいくらいだと思った。
だが、七曜の魔女の目には狂気が渦巻いていた。ぞわりと全身の毛が立つのを感じた。
ぐるぐると何かが捻じれるがしてきそうな瞳だった。その瞳のまま、パチュリーは小首をかしげる。
「うん? 妹様、聞こえてなさそうだったから。もしかして迷惑だったかしら?」
迷惑だよ! 訊かれるまでもなく迷惑だよ! と、心の中で叫んだが、私はパチュリーの狂気に圧倒されていた。真っ黒い太陽に肌を焦がされている気分だった。弾幕ごっこだけでは済ませてくれない目だった。
「いや、まあ、迷惑というか……迷惑ではなくはなくはないというか……」
カレーを食べているときに×××の話をされるなんて、迷惑どころかテロレベルのクライシスだったが、はっきりとそれを言ったら、文字通り、そういう目に合わされてしまうんじゃないかと、怖くて言えなかった。
「うふふ、そうよね。『ない』が一つ多いような気がしたけど、妹様なら聴いてくれるわよね……」
魔女は、うふふふふ、と実に楽しそうに笑うのだった。
……おかしい。いくら何でもパチュリーはここまで狂ったキャラではなかったはずだ。狂気の妹と揶揄される私でもドン引きのレベルだった。
そこで、私は、食事の途中でパチュリーを食堂に連れてきた小悪魔の話を思い出した。
『パチュリーさまが、実験で気化した薬を吸って、ちょっとおかしくなっちゃんたんです……』
今日は珍しくパチュリーは、薬品合成の実験を行っていたらしい。パチュリーは精霊魔法は得意だが、合成系の魔法はあまり得意ではないと聞いていた。それで、薬品の影響により、パチュリーはやたらハイテンションになってしまったらしい。そういえば、図書館で本を探している途中、パチュリーが怪しい色の液体が入ったフラスコを振っているのを見た気がする。当の小悪魔は、まだ実験の片づけが途中なので、妹様、私が帰ってくるまでちょっと見ていてください~、と頭をぺこりぺこりと下げながら帰って行った。しかし、小悪魔が食堂に戻ってくる気配はまったくなかった。私はパチュリーを気にしながら、昼食を継続していたのだが、パチュリーはしばらくぼーっと自分の前に置かれていたカレー(パチュリーの分を咲夜が用意していた)を見つめていただけだった。
おかしなことはしそうにないので、安心していたのだが、その慢心の結果がこれか……
私は頭を抱えざるを得なかった。己の不運を呪いたい気持ちでいっぱいだ。そんな私を見て、うふふ、と、ガンギマリ状態のパチュリーは、ガンギマった微笑を浮かべる。
「どうしたの、妹様、頭を抱えて? まあ、難しい質問だからね、投げ出したくなるのもわかるわ」
投げ出すよりも逃げ出したいよ、私は! と叫びそうなところだったが、パチュリーへの恐怖は怒りよりも勝っていた。何をされるのかわからないという、小動物のようにおびえ切った気持ちになってしまっていた。まともにツッコミを入れるのさえ許されないなんて……。心のなかで泣きながら、私は右手にもったスプーンを置き、諦めてパチュリーに一通り付き合うことにした。食欲もなくなってきたし。……ああ、カレー、美味しかったのになあ……
「……カレー味のうんこと、うんこ味のカレー、どちらか選べって?」
「ええそうよ。まったくその通り」
「……ちなみに、この質問、何か意味はあるの?」
「意味はあるわ。どんな言説にも意味は存在するものよ。この間レミィとも議論をして、とても意味のある話だという結論に達したわ」
意味があるのか、とまず驚愕した、そして、お姉さまのあだ名が出てきて、私は抱えた頭を振った。お姉さまはパチュリーのことを「パチェ」、パチュリーはお姉さまのことを「レミィ」と呼び合う親友同士である。あのお姉さまがこういうことに絡んでくると、ろくなことがないのだ……
「博霊神社の飲み会の帰り道でね。カレーパーティー+ワイン飲み放題だったわ。その帰り道で話をしていたのよ」
お姉さまとパチュリーは、今のパチュリーみたいに、かなりハイテンションな状態だったらしい。神社からの紅魔館まで千鳥足で進みながら、そんな馬鹿な議論をしていたのだという。この二人、なんでこんな小学生みたいな精神構造しているんだろうと不思議になった。そして、その話を傍らで延々と付き合わされていた咲夜が可哀そうで仕方がなかった。
「重要な意味ねえ……うーん、でもまあ、」
私はパチュリーの様子をうかがいながら答えた。
「私はどっちを選ぶのも嫌だなあ……」
びくびくしながらも、正直に私は答える。どちらか選んでしまえば楽なんだろうけど、私は嘘をつくのが苦手だった。それに、嫌なものを2つ並べていきなり選べと言われても、なかなか決められない性格なのだった。
「……そうね。それが普通なのよね」
パチュリーの反応は、意外にも寛容なものだった。悪酔いした酔っぱらいのごとく、「……どちらか選びなさい」と凄まれることを予想していたのだが、パチュリーは私の意見を受け入れてくれた。
「まあ、一部の性癖をもっている人は別かもしれないけど」
……できれば、生涯でそのような性癖の人と出会わないことを祈るばかりだった。
「カレー味のうんこも、うんこ味のカレーも誰も食べたくない。食べたくないものを2つ並べて、どちらか選べって言われても無理な話よね……」
「そうだねえ……」
私はうなずきながら、確かに不思議な質問だなあ、と考える。
『カレー味のうんこと、うんこ味のカレー、どっちが食べたい?』
この質問は、誰しもが一生涯に一度は受けるものだった……いや、受けないこともあると思うけど。
とても下らない質問で、はっきり言って下ネタだ。カレー職人に対する悪意さえ感じる。
とはいえ、多くの人が一度は「カレーとうんこって似ているな」と思うから、この質問は長生きしているのだ。
本当に下らないし、有りえない話だな、と思っても、なんとなく笑ってしまい、そして引っ掛かりを感じる――そんな質問だった。
そして。
私も何かが引っかかるような感じがするのだった。
七曜の魔女は腕組みし、うーん、と唸りながら、視線を目の前のカレーに落とす。
「この質問の肝は、何よりもカレーとうんこが似ているということよね」
「うん」
「でも、やっぱり、カレーとうんこは違う……カレーとうんこは違う」
「それはそうだよ……」
「似てるのに違うのよね」
「似てる? ……う、うぅん、認めたくないけど、まあ、似ているかな?」
「似ているけど、同じではないのよね」
「うん……同じだったら、ちょっと……いやぁ、かなり困るよ……」
「誰もが、カレーとうんこは同じものと認めたがらないのよね」
「うん……誰も認めたくないと思うよ」
「認めたくない? 本当にそうかしら?」
「そうだと思うよ……」
「そう。そうね、きっと妹様は正しいわ……」
私はパチュリーの質問に応じながら、パチュリーはもしかして、カレーとうんこを同じものとして考えようとしているのか、と戦慄した。そんなはずないよね、と心のなかで頭を必死に振ったが、今のパチュリーを見ていると、意外と当たっているかもしれなかった。頭の良い人が暴走すると本当に困ることになる一例だった。
「この話では、カレー味のうんこと、うんこ味のカレーの『どちらかを選べ』と言われているわけではないのよね?」
狂気の瞳を宿したパチュリーが小首を傾げる。
「あくまで『どちらが好みか』であって、『どちらを選ばなければならない』という強制ではない」
「うん、そうだね」
「好みの問題なら、否定できるわね、両方とも嫌だと」
「いや、強制だとして、私は全能力を駆使してでも、その状況から逃亡するよ……」
というか、パチュリーはこの話をして、私をどこに連れて行こうとしているのだろう?
ねちねちとした魔女の言葉使いに、ふと、そんなことを思った。いくら薬物にハイテンションになっているからといって、ここまでおかしくなるものだろうか。神社の飲み会から帰ってくるパチュリーが上機嫌なことが何回かあったが、こんな絡み方をされたことはなかった。せいぜい、冗談をいくつか聞かされただけだ(それだって私には驚きだったけど)。
もしかして、パチュリーは私に何か言いたいことでもあるのだろうか。
それも酔っているようなときじゃないと言えないこととか。
……うーん、あるのだろうか、そんなこと。
私は自分で考えながらも首をひねった。
急に、狂った魔女はカレーから視線を起こし、私を睨んだ(少なくとも私にはそう見えた)。紫水晶の瞳の奥には、さらに深い狂気が渦巻いていた。思わず「ひっ」と声を上げてしまった。
「……では、妹様、議論をさらに拡げるために、レミィ流のアレンジを加えるわね」
「……うーん、私としては、無理に議論にしなくてもいいんだけどなあ。そしてやっぱりお姉さまが関係してるんだね……」
「ずばり、『カレー味のうんこと、うんこ味のカレー、どちらを選ばなければならないなら、どちらにするか?』」
「あ、強制してくるんだね、パチュリー……」
「そう、強制する。たまたま入ったレストランのシェフが、カレーに見える程度のものを差し出して食べさせようとする。ライスの上に何がかかっているのか、シェフしかわからない」
「そんなシェフ、きゅっとしてドカーンしてしまいたいね」
「そうね。じゃあ、そのシェフは、妹様の能力でも壊せないような存在だとする」
魔女の紫水晶の瞳が、今までと違う光りかたをした。
「たとえば、神様、とか」
私はパチュリーの言葉にあっけにとられてしまった。
「いっそ、質問をこういう風に変えてみましょうか――『カレー味のうんこと、うんこ味のカレー、どちらを選ぶ運命であるとしたら、どちらを選ぶか?』」
運命。
ずいぶんすごい言葉が出てきたなあ、と思う。
運命か――
お姉さまがよく使う言葉だった。
もしかしたら、お姉さまもパチュリーとの議論で、この言葉を使ったのだろうか。
私はパチュリーの言葉を反芻しながら、そんなことを思った。
「ええ、運命。『カレー味のうんこと、うんこ味のうんこのどちらかを選ばなければならない』という残酷な運命よ。運命というのは、強制力の最上級互換とも言えるわ。神が創造物に与える最大の強制力という意味でね」
「そんな運命を与えるなんて、神様は意地悪だなあ」
「あいつは昔から性根が捻くれ曲がっていると決まっているからね。それくらい陰湿な奴よ」
パチュリーは傍らに置かれたお冷に一口つけてから、続けた。
「神なんて存在は置いておくとして、どうにも抗えない運命というものは存在する。どんなに些細なことだとしても、それから逃れられないなら、それを運命と言っていいのかもしれない」
「さて、妹様」と、魔女はテーブルに両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せた。
「さらに議論を意味あるものにするために、再びアレンジを追加しましょう」
「さらに?」
「ええ、さらに」
パチュリーの目にすでに狂気はなく――真剣さがあった。
「『もし、今あなたがカレー味のうんこと、うんこ味のカレーを食べているとしたら、どちらを食べているのか?』
……なぜだろう?
その質問に私の心は一瞬麻痺してしまった。
そして、その麻痺したことに驚く自分と、
その理由をどこかでわかっている自分がいた。
こんなくだらない質問なのに。
こんな下品な話題なのに。
何かが引っかかることを許せない自分がいた。
パチュリーは真面目な表情で続けた。
「さらにさらに付け加えるなら、『もし、今あなたは、カレー味のうんこと、うんこ味のカレーを食べているとしたら、どちらの運命にあるのか?』」
七曜の魔女は挑戦的に微笑む。
「さあ、妹様はどちらの運命にあるのかしら?」
その問いに答えるのには、少し間が必要だった。怒りで口を開けるのに時間がかかったからだ。
「何それ、パチュリー? パチュリーは、私の運命が、カレー味のうんこと、うんこ味のカレー、どちらかしかないって、そう言っているの?」
パチュリーに向けた口調はとても刺々しいもので、私自身が驚いていた。思っている以上に怒っている自分自身に、私は戸惑っていた。
「どうかしらね」
魔女は涼しげな声で応じた。
「私はただ質問しているだけだわ」
頭の中のちりちりとした怒りを覚える。
そして、いくつもの言葉が頭に浮かんでくる。
地下室。
495年間。
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。
気のふれた妹。
怒りとともに忌々しい言葉の群れを、奥歯で噛み殺す。
そして同時に、私は改めて、パチュリーがハイテンションになっていることを理解した。
普段のパチュリーならば、こんなことは言わないだろうから。
パチュリーは物静かな人柄であり、孤独を好む人でもあった。
もちろん、パチュリーには親友のお姉さまもいるし、使い魔の小悪魔もいた。お姉さまとのお茶会を休むことは稀だったし、小悪魔の失敗の後片づけを毎日のようにしていた。
けれども、それと同じくらい、自分の時間を大事にする人だったし、お姉さまもパチュリーのそんなところを尊重していた。パチュリーは人には孤独な部分が必要であることをよく知っている人だった。
だから、普段のパチュリーは、私にこんなことを言わないはずだった。
パチュリーはとぼけているが、彼女にわからないわけがない。
自分のしている質問が、私を傷つける可能性があることに気づかない人ではなかった。
ハイテンションになっているパチュリーだから、そのことを言っているのだろう。
同時に、この質問の意味もなんとなくわかった気がする。
『カレー』とは、プラスの意味で、
『うんこ』とは、マイナスの意味。
プラスとはすなわち、楽しみ、安らぎ、喜び、希望。
すなわち、幸福。
マイナスとはすなわち、苦しみ、不安、悲しみ、絶望。
すなわち、不幸。
そして、『~味の』という接続語。
それは、『~のようである』という意味でしかない。
あくまで似ているが、それは似ているだけに過ぎず、完全に異なるというニュアンス。
『カレー味のうんこと、うんこ味のカレー』。
この質問の意味は、幸福だとか、不幸だとか、そんな大げさなものではないんだろうけど。
でも、少なくとも、パチュリーが使っている意味では――
「ちょっと、疑問に思ったんだけど、」
七曜の魔女は話を進める。
「『カレー味のうんこ』と『うんこ味のカレー』なんて存在するのかしら?」
それはこれまでの議論の意味をくつがえすような質問だった。
「尋ねるまでもない。そんなものはこの世に存在しない。あくまで仮定だけの存在。カレーの味がするならば、当然、その成分もカレーと同じものになる。香辛料、塩分、水分、具にいたってはジャガイモ、肉、たまねぎ、にんじん、その他もろもろ。そうでなければ、カレーの味は出せない。カレー味である限り、それはカレー以外の何物でもないし、そして、好き嫌いの程度こそあれ、そこそこ食べる人を満足させる味であるに違いない 」
パチュリーの口調は静かながらも、強い力がこもっていた。
「うんこについては、語る必要さえないかもしれない。私は糞便を食べたことがないから、うんこ味について想像もできないし、そもそも全てのうんこに共通した味があるのかはわからない。でも、『うんこ味』という言葉を聞けば誰でもこう思うでしょうね。『きっと不味いんだろうな』、と。そして、それがうんこ味ならば、きっとそれは動物の排泄物でしかないんでしょう」
パチュリーは断言した。
「この世には、『カレー味のカレー』か、『うんこ味のうんこ』しかないのよ」
「それを言ってどうするのさ……」
私はパチュリーに反論した。私の声は、強張ったものだった。
「パチュリーの言うとおり、この世には『カレー味のカレー』と『うんこ味のうんこ』しか存在しないんだと思う。でも、そうだからって、どうするの? これまで話していたことの意味がなくなっちゃうじゃない」
「そんなことはないわ、妹様。ちゃんと意味は存在する。むしろ、この世には存在しないからこそ意味がある」
パチュリーは自分のこめかみを、細長い指でつついた。
「確かに現実世界では存在しないかもしれない。でも、私たちがそのような存在を想定するのなら、『カレー味のうんこ』と『うんこ味のカレー』は存在する。私たちの頭のなかに確固として存在する。あるいは、」
七曜の魔女は、べろりと自分の舌を出して、それを示した。
「食べた人がそう認識する限りはね」
食べたものそれ自体ではなく、食べた人の味覚に問題がある――
つまりは、そういう問題なのだ。
「本物のカレーを食べたとしても、それをうんこ味と感じる人がいれば、それは『うんこ味のカレー』。本物のうんこを食べたとしても、それをカレー味として感じてしまう人がいるならば、それは『カレー味のうんこ』として存在してしまう」
パチュリーは物語を読み聞かせるように、だが、淡々と語る。
「あなたの前に、カレーのような料理があります。あなたはそれを食べなければなりません。あなたはあなたのカレーを食べなければなりません。あなたはシェフに尋ねます。これは『カレー味のうんこ』なのか、それとも『うんこ味のカレー』なのかと」
パチュリーはまるで見てきたかのように語り続ける。
「ですが、シェフは答えてくれません。食べる人がどれだけ尋ねても、どれだけ泣け叫んでも一言もしゃべりません。それでも、あなたはそれを食べなければなりません。あなたに出される食事はそれ以外存在しません。そして、あなたはそれを食べています。現在進行形で食べています。どんな味がしようとあなたはそれを食べています」
澄んだ紫水晶の瞳が私を見ていた。
「さて、あなたが食べている料理は、『カレー味のうんこ』なのでしょうか、それとも、『うんこ味のカレー』なのでしょうか?」
……私は冷静を保とうとしていた。馬鹿馬鹿しい下ネタ話だ。こんな話で心を乱されるなんて、どうかしてる。こんな質問、笑い飛ばしてしまえばいい。
けれども、うろたえている自分を、私は否定できなかった。確かに私は、このくだらない話に心を動かされていた。
自分でも驚く……
なぜ、こんなに自分は動揺しているのか。なぜ、こんなに自分はためらっているのか。なぜ、こんなに自分は悩んでいるのか。
……なぜ、こんなに泣きそうな気持ちになるのか
「……カレー味のうんこか、うんこ味のカレーかは知らないけど、もしそれがカレー味だったら、それでいいんじゃない?」
私は、パチュリーの話を誤魔化していた。この答えはパチュリーの質問への返答になっていないことはわかっていた。でも、こう答えるのが私にとって精一杯だった。
「『カレー味のうんこ』と『うんこ味のカレー』が存在するかどうかはわからないけど、どちらがどちらか区別がつかないんでしょ? だって、自分の味覚が正しいかどうか、わからないじゃない。それだったら、自分の食べているものの正体を見極める術がない」
私はわざと長いため息をついて、潤んだ目を抑えた。
「だったら、食べているものがカレー味であれば、それで満足するしかないじゃない。……いや、うんこ味でもいいかもしれない。うんこ味のカレーだってあるんだから。たとえ、うんこ味でも、本当の私はカレーを食べているのかもしれないんだから。そのほうが、カレー味のうんこを食べているよりは、惨めでないかもしれないし。……だから、結局はどっちだっていいんだよ」
私はパチュリーに必死で反論する。
「それに、パチュリーも言ってたでしょ。その料理は自分が食べるしかないんだって――他の誰も食べてくれないんだって。その通りだと思うよ。その人の人生はその人のもの。ほかの誰の人のものでもない。自分が背負うもの。自分が背負うしかないもの……」
人の人生は、その人だけのものなんだから、と、誰もが言う言葉だけど。
なんて、重い言葉なのだろうと思う。
だって、誰も自分の人生を肩代わりしてくれるわけじゃないんだから。
だから。
私は二度目のため息とともに言った。
「自分の人生は自分で味わうしかないものなんだから、好きに味わってもいいじゃない……」
パチュリーはすぐには答えなかった。目をつむり、やがて。静かな口調で話し始めた。
「そうね。妹様の言うことはもっともだわ。食べている料理の正体がわからないなら、何をしてもしょうがないのかもしれない。自分の与えられた料理が、そこそこカレー味であればいいのかもしれない。あるいはうんこ味でも許すことができるのかもしれない。そして、ただ、そうであることを祈ることしかできないのかもしれない」
そして、パチュリーは私と同じように、小さなため息をついた。
「でも、本当にそれでいいのかしら?」
……無責任な一言だと思った。
でも、そう言い切れなかった。
切り捨てることのできない、言葉だった。
「話を前に戻すけど……」
パチュリーは言葉を続けた。
「カレー味ならば、やはりそれはカレーでしかない。うんこ味ならば、やはりそれはうんこでしかない。それは人間や妖怪がどれだけ否定しようともそうであることは変えられない。そして、カレー味をカレーとして食べることのできる人はいるし、うんこ味をちゃんとうんこ味ということができる人がいる――正しいことを正しいとし、間違ったことを間違ったこととして捉えることのできる人がいる」
パチュリーはどこか遠くをみながら言う。
「彼らは自分の食べているものの正体がわからないとしても、きっと自分の判断に自信をもっているでしょう。自分が今食べているものがカレー味のカレーであることを、あるいはうんこ味のうんこであることを信じてやまないでしょう」
そして、パチュリーはまっすぐに私を見つめた。
「でも、カレーをうんこ味とする人、うんこをカレー味とする人は、本当に自分の答えを信じることができるのかしら?」
私はもう答えられなかった。
「あなたは――妹様は、そう、信じることができる?」
パチュリーは少しだけ私の言葉を待ったが、またすぐに続けた。
「カレーをうんこ味としてしまう人は、幸せを不幸と感じてしまう人。どんな理由があるかはわからないけど、幸せを受けとめることができない人なのでしょうね。自分が幸せである資格がないと思っているのかもしれない。自分が幸せになることで、何か酷い代償を要求されるのではないかと恐れているのかもしれない……」
パチュリーは滔々と話し続ける。
「うんこをカレー味に感じてしまう人も、同じような人なんでしょうね。不幸を幸せと感じてしまうような人。これも、どんな風にしてそうおなってしまったかわからないけど、幸せになることを恐れている人なのよ。不幸であるからこそ、自分はここにいることが許されている。ここにいるためには不幸でいればいい。そんな風に考えている――いや、実際にそんなことがあったのかもしれない」
パチュリーは目を伏せて語る。
「もし、私の推察が正しいのなら、この二つは矛盾しない。目の前の料理をカレー味のうんこと信じることと、あるいはうんこ味のカレーと信じること。この二つは同時に存在しうる。いや、むしろ、同時に存在することこそが、この状態の本質なのかもしれない」
そして、少しだけ、パチュリーは厳しい言葉で言った。
「どちらにしろ、この状態は危険だわ。なぜならば、いつかそのことを信じることができなくなる日がくるかもしれないから。人間も妖怪も、完全な心などない。たとえ意識していなくても、無理をした代償は無意識が抱え込んでいる。その無意識だって、完全じゃない。やがて、軋んで軋んで、耐えられなくなって折れてしまう日が来る……」
パチュリーは長いため息をついた。
「そうなったら、人は、本当に壊れてしまうのかもしれないわね……」
壊れる、か――
それは狂ってしまうことなんだろうな、と私は思った。
何もわからなくなるくらい、狂ってしまうことなのだろう、と。
「……100%幸福な人生なんてないよ」
私は少しだけ反論することにした。
「どんな人の人生にも不幸なところはある。なら、どんな人にも軋みは存在している。もし、パチュリーの意見が正しいなら、この世の生き物はみんな狂ってしまうんじゃない?」
パチュリーは私の意見に小さく笑った。
「妹様にしては少し的が外れたわね。妹様の言うとおり、完全に幸福な人生は存在しないわ。それは誰しもが同じ。でも、それは軋みじゃないわ。不幸を不幸として感じられることは、むしろ軋みではなく健康の証明よ。人間も妖怪も、一度にたくさんの感情を感じられる生き物だからね。幸福を感じながら、不幸を感じることもまた、健康さの表れ。大事なのは、幸福を幸福と感じられること、不幸を不幸として誤魔化さないでいられることよ」
誤魔化さないでいることか。
……難しいなあ。
私は心のなかで苦笑した。
……私もやはりそうなんだろうか。
私もいつか、狂ってしまうのだろうか。
今よりもずっとおかしくなって。
何もわからないような心になってしまうのだろうか。
優しい両親と優しい姉の下に生まれ。
でも、私には、恐ろしい能力があって。
それで、地下室に495年間閉じ込められて。
495年間のほとんどを一人で暮らして。
昔のことはよく思い出せない。
辛かったとか、悲しかったとか。
いろいろ、思い出せない。
それは私が私を誤魔化しているからなのだろうか。
それとも、もうすでに私は狂ってしまっているからなのだろうか。
それから。
495年経って、お姉さまに、友達のつくりかたを教えてもらって。
それで初めての弾幕ごっこをして。
生まれて初めての友達ができて。
紅魔館のなかを歩けるようになって。
……それでも、私は一人でいることが多かった。
もっと動くことができると思うのに。
もしかしたら、外に出ることもできるかもしれないのに。
でも、私は一人でいた。
外に出るのも、実は、なんとなく恐かったのだ。
……私は一人でいることが良かったのだろうか?
どうなのだろう?
私は幸福なのだろうか?
それとも、不幸なのだろうか?
不幸のくせに、幸福でいようとしているのだろうか?
幸福のくせに、不幸にすがろうとしているのだろうか?
わからなかった。
幸福なのも、不幸なのも。
だって、これが『私』だったから。
わからないことこそが、『私』だったのだ。
でも。
『本当にそれでいいのかしら?』
パチュリーの言葉がよみがえる。
その通りだと思った。
その通り、このままでいいのだろうか、と考えている自分がいた。
このままでいることが、どうしようもなく侘びしく感じることがあった。
私はときどき寂しさを感じるのだった。
魔理沙や霊夢と弾幕ごっこをして。
そのときは楽しいけど、帰ってしまう二人を見送るとき、ものすごく寂しい気分になった。
そして、寂しさだけでなく、諦めも。
友達というのは帰ってしまうものなのだろうけど。
でも、そこに諦めのような感情を抱くものではないんじゃないかと思う。
お姉さまが神社に出かけるのを見送るときもそうだった。
もしかしたら、私も連れて行ってくれるかもしれない。
まだ、外に出られるかわからないけど、お願いくらいできるかもしれない。
お姉さまは私がいっしょにいることを許してくれるかもしれない。
でも、私はそれを言い出さない。
いや、言い出せないのだ。
そして、やはり、諦めを感じるのだった。
だが、今の生活にそこそこ満足しているのも事実だった。
地下室よりも広い紅魔館での生活。
パチュリーの図書館には本がたくさんあるし。
咲夜のご飯をとてもおいしい。
美鈴の昼寝姿を見ているのも楽しい。
それに。
会おうとすればお姉さまにいつでも会える。
お姉さまだけじゃなくて、紅魔館のみんなと会うことができる。
今の私の人生はそれなりに幸せだったのだ。
でも、その幸せは嘘なんだろうか?
その幸せでさえ、不幸でしかないのだろうか?
あるいは、不幸なものを幸せと勘違いしているのだろうか?
パチュリーが紫の双眸で私を見ていた。
じっと、真剣に。
「ねえ、妹様。あなたはどうなのかしら?」
パチュリーの言葉は厳しかった。
「あなたは『カレー味のうんこ』、それとも『うんこ味のカレー』、どちらなのかしら?」
パチュリーは許さなかった。
「それとも、両方なのかしら?」
私は答えられなかった。
本当に、私は泣きそうだった。
くだらない質問だということはわかっている。
自分の存在のようにくだらない質問だと。
ふざけないで、と答えることもできた。
ひたすら無視することもできた。
でも、私はどちらもできなかった。
まるで、運命のように。
……重苦しい沈黙がやってきた。
沈黙の重圧に、私は泣き出す寸前だった。
だが――
「ぷっ――」
パチュリーだった。紫の魔女が吹き出したのだった。思わずきょとんとしてしまうが、パチュリーは少女らしく、くすくすと笑っていた。
私は当然、むっとしていた。
「何さ、パチュリー。私は真剣に答えようとしているのに、笑うなんて……」
「くくく……ごめんなさい、妹様。困らせるつもりはなかったんだけど、こんなに真剣に考え込むなんて思わなくて……」
そう言いながらも、パチュリーはまだ肩を震わせていた。こちらが頬を膨らませると、「ごめんなさい」と再び謝り、目尻の涙を拭いながら、私に向き合った。厳しそうな表情から一転して、パチュリーは優しく微笑んでいた。
「妹様、そんなに簡単に騙されちゃだめよ。こんな質問、隅をつつけばいくらでもボロが出てくるようなものなんだから」
その言葉に我ながらぽかんとしてしまう。そんな私の様子を見て、またパチュリーがくすりと笑う。そして、穏やかな表情で話し始めた。
「この質問はね、アレンジを加えながら話をしてきたけれど、そもそもかなり不自然なものなの。『食べるとしたらどっちが良い?』から『今食べているとしたらどちらがいいか?』なんて、改変にしても奇妙すぎるわ。話題のすり替えもいいところ。妹様が真剣に私に付き合ってくれたから、この質問が最後まで進んだの」
「妹様の真面目さも、時としては危ういわね……」と、パチュリーは苦笑する。
「まあとにかく、妹様の言う通り。人生は幸福だとか、不幸だとか、一刀両断に考えることはできない。人生というのは数珠つながりだから、その場その場で、ころころ変わるのが当たり前。それを一部分だけ切り取って不幸とか、幸福だとか決めつけるべきではないの」
「明日は明日の風が吹くものよ」と、パチュリーは肩をすくめた。
「カレーの味もその日その日で変わる。人生はいつでも同じカレーを食べていられるわけじゃない。明日のカレーが今日より美味しくなるとは限らないし、また、不味くなるとも限らない。本当にうんこ味みたいなカレーになるときもあるかもしれない。本当にうんこ味のうんこを食べさせられる時がくるかもしれない。でも、人はそのときそのときで出されたものを食べなければならない。だから、幸福を幸福と、不幸を不幸と受けとめることのできる心が大切になるのよ。辛い状況を耐える心が――辛くても、いずれ良い時がやってくるのを待つことができる心が」
そう言って、パチュリーは小学校の先生みたいに微笑んだ。
「でもね、妹様。もう一つ大切なことがあるわ。これまでの問題のなかで出てこなかった大切なものがある。それが何か、わかるかしら?」
……これまでに出なかったもの?
わからなかった。というか、私はすっかりパチュリーにペースを崩されてしまっていた。なんとか思いつこうとするが、さっぱりだった。
「わからない? ふふふ。やっぱり妹様はまだまだね」
楽しそうに笑うパチュリー。なんだか子供扱いされているようだったが、不思議とそんなに嫌な気持ちはしなかった。
「……よいしょっと」
パチュリーが、自分のスプーンを手に取る。そして、自分のカレーライスの入ったお皿をもつ。そして、私のほうに体を乗り出して。
自分のカレーライスの半分を、私のお皿に入れた。
「…………」
「私には多すぎるから、半分あげるわ」
呆ける私をよそに、にこりとパチュリーは笑う。
「成長期だから、妹様はそれくらい食べられるでしょ。というか、咲夜はいつも盛りすぎるのよね。魔法使いは別に食事を摂らなくてもいいということを忘れてるのかしらね?」
そして、パチュリーは、残った半分のカレーに口をつける。じっくりと咀嚼して、言った。
「うん、これは『カレー味のカレー』だわ。間違いない」
自信満々にパチュリーは微笑む。
「その『カレー味のカレー』、妹様にあげるわ」
私はぽかんとしてしまった。
でも、心の奥で、何かをわかりかけているような、温かい気持ちがした。
「もうわかったかしら、妹様」
パチュリーは、スプーンを置いて言った。
「妹様は、一人で料理を食べているわけじゃないのよ」
パチュリーの瞳はどこまでも優しかった。
「あの質問だと、まるで一人、レストランに入れられて食事をさせられているようだったけど、実際はそうじゃないわ。どんな人間も妖怪も、一人では生きられない。きっと誰かがそばにいてくれるものよ」
私はじっと、パチュリーが入れてくれたカレーライスを見つめていた。
「確かに、自分に出された分は自分で食べなきゃいけないわ。誰も肩代わりできない、自分だけの料理。今はカレーライスだったから私の分は減ることになったけど、人生は他人に関わってもらったところで、重荷は減ることはない」
「でもね」とパチュリーは穏やかな声で続ける。
「重荷も同じように、幸福も減るわけではない。自分の背負う分は変わらなくても、人に喜びを与えることもできるし、受け取ることもできるのよ」
パチュリーのくれたカレーライスがじわりと滲んだ気がした。
「そして、こういうこともできる」
そう言って、パチュリーは再びスプーンを握って、身体を乗り出す。だが、今回は自分のお皿は持たなかった。だが、そのまま、私のお皿に向かった。
「一口だけもらうわね、妹様」
そう言って、パチュリーは私の残っていたカレーをスプーンですくった(もちろん私がまだ口をつけていなかったところだが)。
そして、それを口に運ぶ。
よく味わい、パチュリーは微笑んだ。
「妹様のカレーは、『カレー味のカレー』ね。私のお墨付きだから、間違いないわ」
パチュリーは得意げに胸を張った。
「確かに、人は自分についてわからないことだらけだわ。自分の価値判断の基準が正しいのか、間違っているのか、わからないときがある。苦しんでいるときは特にそう。自分を狂わせてでも、苦しいよりはマシな道を選ぼうとするときがある。でもね、そういうときに、『誰か』がいてくれる。自分でわからないときは、その誰かに教えてもらえばいいの」
そして、パチュリーはとても優しそうに微笑む。
「レミィもそう言っていたわ」
お姉さまが――
心のなかに驚きが広がる。
そして、驚きだけではない温かい何かを感じた。
「レミィはこう言っていた。今の妹様の人生の意味は、妹様にしかわからない。だから、自分は妹様を尊重することしかできない。無理に妹様を苦しめるようなことはしたくないって」
パチュリーはやがて、お姉さまの口調を真似ながら言った。
「『でも、私はフランに幸せになってもらいたい。心からそう願ってる。だから、私はずっとフランのそばにいる。フランが自分の人生をカレー味のカレーだということがわかるまで、そう受けとめることができるようになるまで、自分はフランのそばで教え続けてあげる。みんなと一緒にカレー味のカレーが食べられるようになるまで、そばにいる』」
私は胸の奥にあった重苦しい何かが溶けていくのを感じていた。パチュリーは苦笑しながら、ため息をついた。でも、その溜息は決して嫌なものではなかった。
「まったく、レミィは本当に姉馬鹿ね。いや、姉馬鹿というより、もはやシスコンね」
「ま、そうじゃないとレミィじゃないんでしょうけど」と、パチュリーは肩をすくめた。私は今度は別の意味で泣きそうだった。うつむいて、涙が出るのをじっと抑えていた。
「それから妹様、あの質問なんだけど、私だったら、こういう風に答えていたわ」
パチュリーの言葉に、私は涙をこぼさないように顔を上げた。
「自分でもわからないってね」
パチュリーは気楽そうに言った。
「やっぱり自分ではわからないのよ。自分のことでさえなのか、自分のことだからこそなのか、はともかく。人生には不幸もあるけど、100%不幸な人生も、100%幸福な人生と同じくらい不自然だわ。本当に不幸なところあれば、本当に幸福なところもあるに決まってるじゃない」
パチュリーは私に問いかける。
「妹様にも、あるでしょ?」
一瞬だけ、私は考えた。
でも、一瞬だった。
「うん」
私はうなずくことができた。
そうだ。あるじゃないか。今の生活にも喜びが。
咲夜のご飯。パチュリーの図書館。小悪魔とのおしゃべり。美鈴の土産話。
そして、お姉さま。
紅魔館みんなとの生活。
やっぱり、いいんだ。
私には悪いところはいくつもあるかもしれないけど。
私は、このことを幸せと思っていいんだ。
……そう思ったら、また泣きそうになったので、慌てて顔を伏せた。しばらく、こうやって、じっとしていたい気分だった。
「……話が長引いちゃったわね。カレーが冷めちゃったわ」
スプーンを取り直し、パチュリーがカレーを食べ始める。一口一口をゆっくりと味わっていた。
「……ねえ、パチュリー?」
涙が収まってきたので、顔を上げ、パチュリーに尋ねる。パチュリーは手を休まさずに、「んー?」と返事をした。
「どうして、パチュリーはこの話をしてくれたの?」
パチュリーは小首をかしげたが、すぐに答えた。
「まあ、気まぐれね。カレーライスと妹様の顔をみていたら、なんとなく思い出してね」
私の顔を見ていて思い出したというところに、微妙な気分にならなくもなかったが、まあ、よしとした。
「それと……」と、パチュリーは少し言いにくそうにしたが、言った。
「やっぱり、レミィの努力を妹様に知って欲しかったというのもあるかしらね」
「…………」
「レミィも妹様のために努力しているんだから、妹様も少しをそれを知った方がいいと思ったのかしらね。自分でもよくわからないわ」
「……何だか、私らしくないわね。隙間妖怪の影響かしら? 勘弁してほしいものだわ……」と、ぶつぶつ言って、パチュリーは食事に集中し始めた。
私は、やっぱりパチュリーは酔っぱらっていたんだと思った。酔っぱらっていたから、あんな話を始めたのだと。
この恥ずかしがり屋で、実はとても優しい魔女は、酔っていたから、お姉さまの努力を私に伝えてくれたのだと。
私もまたスプーンをとった。
そして、目の前の料理を見つめる。
「ねえ、パチュリー?」
「何かしら、妹様?」
「やっぱり、食事のときにこういう話をするのは、やめない?」
「……やっぱりそうだったかしらね?」
「特にカレーのときに」
「うん。まあ、そうね」
「でも……」
「うん?」
「ありがとうね、パチュリー」
「……お礼を言われるほどのことじゃないわ」
そう言って、パチュリーはぷいっと横を向く。今になって照れてきたのかもしれない。それがおかしかった。
私は目の前のカレーライスを一匙掬った。
そして、ゆっくりと口の中に運ぶ。
ちょっと冷めてしまったけれど。
咲夜のカレーは美味しかった。
カレー味のカレーは美味しかった。
『やっぱり、食事のときにこういう話するのは、やめない?』
よく考えたら、この言葉こそ、一番最初に言うべきだったのだ。
私は一人でくすくす笑った。
でも、まあ、いいだろう。
こんな遠回りもたまにはいいかもしれない。
そこで、食堂の扉が開いた。
「あら、今日はカレーかしら?」
美味しそうね、と柔らかな声がかかる。ちょうど今、神社から帰ってきたようだ。
「お帰りなさい、お姉さま」
私は、私といっしょにカレー味のカレーを食べてくれる人に、最大限の笑顔を向けた。
あなたのレミフラに憧れて、大好きで、私もこの姉妹を幸せにしたくて、書いてます。
カレー味のカレーを持ってきてくれると信じているから、フランは咲夜のカレーを楽しみにできるのでしょうね。そこには初めから何の疑いもなかったんです。それをみんなと一緒に食べられる。皆と一緒に食べるカレーはきっと美味しくて、そして素直に美味しいと言い合える環境がある、それこそ本当の幸せなんだと思います。もう幸せを手にしてるんですよねフランは。
いっぱいの問題を抱え、乗り切って幸せを確実に増やしていくあなたのレミフラが本当に大好きです。ずっと今も東方が好きなのはあなたのレミフラを根にしているからです。こんなにも素敵な姉妹関係があるんだと、思えたからです。
またあなたの作品を待ってます
いつまでも大ファンです
今回も良い作品を楽しませていただきました。
例外的に
咲夜が出すならうん〇味のう〇こでも食える。
マジでごめん
幸せを不幸
不幸を幸せは戦うとき都合がいいでしょうね
まあ下っ端に対してか下っ端自体そう思っている方が都合が良いし自分自身が戦うしかないときは
人生は戦いっていうし
但しそれは一面でしかないしそもそもそんなに戦ってばっかりって時点で孫子的には下策だし雑魚な証だし
戦いよりビジネスを主におかないといけないと思いますね
マキャベリも酷いとき以外は善人のゃうに振る舞えいってるし
んでビジネスってのは利益は利益、コストはコストとシビアに切り捨てていくことにあると思うんですよ
幸せは幸せ 不幸は不幸
カレーはカレー うんこはうんこって感じで無駄をなくしていくというか
んで戦いもそろばん勘定が必要ですしそもそも戦い自体そろばん勘定から導かないといけないしでやっぱビジネスが戦いよりは主だと思うんです
だから普通は幸せは幸せ 不幸は不幸と感じるのが大事で戦いで仕方ないとき自分が前線に出るしかないときは
幸せは不幸 不幸は幸せ うんこ大好きでいいと思うんです つかそうしないと負けてうんこまみれになり大損して大不幸になりますからね
いつもそんなに追い詰められた状況ならそもそもどうしようもない程馬鹿なのかどうしようもない程捨て駒なのかでしょうけど
なんで僕はたまには戦いむけに狂うために不幸を幸せ 幸せを不幸にしてもいいけど、基本は幸せは幸せ不幸は不幸じゃないといけないしそういうそろばん勘定は忘れたらいけない気がします
幸せと不幸せがなんかゲシュタルト崩壊してきましたがこのフランちゃんは少なくとも糞まみれの戦いから守られている程度には幸せということでしょうか?
心理ケアができてないと個人のパフォーマンスは下がるし、時として仕事場全体のパフォーマンスが下がる
戦場などの極限状態では特にその傾向が強まりそう
一人が病んでると周りを巻き込んで士気を低下させると予想できる
短期的にはよくても、長期的に見ると絶対にマイナス要因
いい意味で裏切られました。
最初はアロ○アルファみたいなギャグだコレー?!と思いましたが、案外いい話でした。
カレー味のカレーであることを共に確認しあえる人がいて本当によかったと、実感、考えさせられる作品でした。
無在さんのレミフラが大好きなので、新作を待ちたいですね。