Coolier - 新生・東方創想話

今宵、ワインを呑みましょう。

2015/02/14 23:12:43
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 その日、レミリアが図書館を訪れることは、パチュリーにとって予定外であったが、想定内のことでもあった。
「私の記憶違いじゃなければ、今夜は上でパーティーをしてたんじゃなかったのかしら。ホストがこんな所で油を売っていては興も冷めるんじゃなくて」
「してたさ、さっきまでな」
 図書館には似付かわしくない豪奢なソファーにレミリアは乱暴に身を預ける。不機嫌そうに小さく鼻を鳴らすと、重くはっきりした声で呟いた。
「ワインが盗まれた」
「……へぇ」
 パチュリーの端正な顔には僅かな表情も見られなかったが、その声には幽かに苛立ちのような響きが含まれていた。
「盗まれたのなら取り返せばいいじゃない。力ずくであっても批難される筋合いは無いのだし」
「誰が盗んだのかわかっていれば、あるいはそうしていただろうな」
「お姉様!」
 傍らで大人しく読書に没頭していたフランドールは、レミリアの言葉を聞くと、椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、人懐っこい子犬のような忙しなさでレミリアに近づいてきた。
「ワインが盗まれて、犯人がわからないのね。つまりこれって、犯人捜しの謎解きなんでしょ!?」
「ああフラン、少し落ち着け」
 好奇心に囚われたフランドールの勢いに気圧され、レミリアは狼狽を隠せない。
「犯人の目星はついてる。こんなことして喜ぶのは、あのつまらん小鬼くらいなもんだ」
「犯人は絞れているけれど、それを証明することができない」
 独り言のようなパチュリーの呟きに、レミリアは感心するかのよう表情を緩めた。
「それだけじゃないわね。疑わしいのなら証拠が無くても絞り上げて自白させれば済む話。でもそれをしないで私を訪ねて来たということは、つまりその犯人には犯行が不可能な条件が整っている、といったところかしら」
「さすがパチェ、察しがいいな」
「そして」
 パチュリーの薄紫の瞳が、真っ直ぐにレミリアを見据える。
「パーティーを抜け出してまで私を訪ねてきたのは、幾ら考えてもお手上げだ、代わりに謎を解いてくれってことなのね、レミィ」
「情けない話だが、その通りだ」
 レミリアは膝の上の拳を握りしめた。
「あの小鬼に引っかき回されたままでは、私の気が済まない。あいつに吠え面かかすためだったら、パチェに頭を下げたって構わない」
「あなたが私を頼るのなんて日常茶飯事なのだけれど」
 呆れたようなパチュリーの言葉を、レミリアは咳払いで受け流す。
「ねぇパチュリー」
 執務机に身を乗り出したフランドールが、期待の込もった目でパチュリーをじっと見つめていた。
「すごく面白そうじゃない。やろうよ、謎解き」
 嬉しそうなフランドールを一瞥すると、パチュリーは静かに目を伏せる。
「謎が解けるという保証はできない。でも、話くらいなら聞いてあげるわ」
 パチュリーはレミリアに向き直る。
「レミィ、あなたに分かる範囲でいいわ。事件の最初からここに来るまでのこと、できるだけ詳しく聞かせてくれるかしら」
「ああ、わかった」
 レミリアは小さく頷いた。

 *

 さて。
 フランはなにも事情を知らないだろうから、パーティーの始まる前の事から話さなきゃならないな。
 今夜のパーティーは、もともとは咲夜の思いつきだった。
 ちょっと前の、道具が勝手に暴れる異変があっただろう。あれの解決に咲夜が大活躍したのはフランも本人の口から聞いていると思うが。いや、咲夜の自己申告になる大活躍が本当なのかはこの際どうでもいい。
 咲夜が気に掛けていたのは、異変の関係者と、ついでに無関係な奴にも喧嘩を売るかたちになってしまったことだ。異変の解決なんだから仕方が無いとはいえ「悪かったな」で済ますのはどうにも落ち着かないと咲夜は言うんだ。
 だから宴会を催して、それに招待することで水に流してもらおうと。まぁ、いつものありがちな話だな。
 私としては、パチェやフランと違ってパーティーは大歓迎だし、楽しく騒げれば理由は何だって構わない。だから咲夜には、やりたいようにやって構わないと返事したわけだ。
 その時、咲夜からはもう一つ提案があった。
 魔界産のとても珍しいワインが手に入りそうだから、そのワインをパーティーの目玉として、招待した客に振る舞いたいと。どうやらこれはパチェの入れ知恵みたいだが。ああ、やっぱりそうか。ワインの手配もパチェがしたんだろう。咲夜には魔界の伝手は無いからな。
 勿論、私はこれも許可した。パチェが薦めるワインに正直、興味もあった。
 それからしばらく、咲夜はパーティーの準備に勤しんでたみたいだった。日程を摺り合わせ、客人に招待状を送り、臨時の妖精メイドを雇い入れたり料理の準備をしたり。私の下で働いてるんだ。咲夜なら慣れたものだろう。
 滞りなくパーティーの準備は調えられていく、その筈だった。
 予定外の、あれが届くまでは。

 *

 ちょうどパーティーの一週間前だったと思う。
「お嬢様、こんな物が……」
 そう言って咲夜の差し出したのは、一通の封書だった。体裁は調えられているが、私から見れば貧相な物だ。内容は実に簡潔なものだった。




来るべき宴の夜に、皆様が楽しみにしておられます物を、頂戴しに伺います。

                                    K





「何だこれは」
「ええと、予告状なのではないかと」
「予告状?」
 言われてみれば、これは犯行の予告状なのだろう。物語の中でしか見たことが無いので実感がまるで沸かないが、どうやら私は何かを盗まれると予告されているようだ。
「予告状ねぇ。で、なにか心当たりは」
「はい。いろいろ考えてみましたが、恐らくこの犯人が盗むと予告しているのは、あのワインなのではないかと」
 あのワインと言われて、咲夜が提案した魔界産のワインだということはすぐに分かった。まだ実物は目にしていないが、相当な金を積んでようやく入手できた、とびきり貴重な物だとは聞かされている。
「如何致しましょうか」
「狂言の可能性は」
「わかりません。狂言の可能性が有るとも無いとも、私からは断定することができません」
 咲夜は困り果てたように首を傾げていた。
 予告状の真偽はともかくとして、これを出した唐変木は、パーティーの目玉となるはずのワインを、パーティの当日に盗むと言っているわけだ。
 招待客の前で、パーティーの目玉を唐変木にまんまと盗まれたとあっては、レミリア・スカーレットの名が地に墜ちるというもの。
「つまり、これは挑戦状なわけだ」
「挑戦状ですか」
「いいだろう。どこの誰かは知らぬが、受けて立とうじゃないか。このレミリア・スカーレットに喧嘩を売ったことを。必ず後悔させてやる」
 もちろん、この時の私になにか策があったわけじゃ無い。唐突な予告状なのだし、精々妖精メイドの数を増やして警備を強化するくらいしか、私には思いつかない。
 単に盗まれないようにするだけなら、ワインを披露せず絶対安全な場所に隠しておけばいいだろうが、それでは挑戦に屈したも同じ事。正々堂々と客人に周知して、なおかつ唐変木に盗まれることなく、客人に振る舞う。これでなくては意味が無い。
「二つの準備が必要ね」
 そう提案したのはパチェだった。
「ひとつは宴の酣までワインを安全に保管しておける部屋。その部屋自体は特別な物じゃなくてもいいけど、錠前は特殊な物が必要。鍵の複製が不可能、もしくは難しい錠前で、鍵がひとつだけ用意されている。そのひとつだけの鍵をレミィが持ち歩くこと。もちろん無くさないようにね」
「つまり私の持っている鍵が無ければ、ワインのある部屋には入れないわけだな。しかし、この幻想郷で施錠された部屋に、どれほどの意味があるのだか」
 壁抜け瞬間移動もお手の物の、特別な能力だらけの幻想郷なのだから、施錠なんて飾りくらいの役目しか為さないのではないか。
「だからもうひとつの準備が必要なのよ。これは霊夢に依頼する必要があるけど、なにかしらの能力を使用したら、一目でそれがわかるお札を用意すること。例えばお札の文字の色が変わるとかね。それを客人の数だけ用意して、客人にはパーティーの間、それを携帯していてもらう。服かどこか、目に見えるところに貼っておいてもらう必要はあるでしょうね」
「なるほど、能力に反応するお札か」
 つまりこういうことだ。ワインの保管された部屋は施錠されていて、唯一の鍵は私が常に持っている。施錠されたその部屋に忍び込むには、なにかしらの能力を使わなければならない。
 しかし能力を使えば、霊夢の作ったお札が反応してしまう。それは自身が犯人であることの、動かぬ証拠となってしまう。
 ただひとつの抜け道は、能力を一切使わず、この私から鍵を盗み出すこと。しかも、誰にも、もちろん私にも気付かれることなく。それは……恐らく不可能だろう。
「完璧だな。何処の誰かは知らんが、唐変木がどうにも出来なくて吠え面かくのが在り在りと思い浮かぶ。流石はパチェだ」
「このくらい何てことないわ」
 謙遜のつもりなのか、話を終えたパチェはいつも通り、魔道書に目を戻した。
 お札の依頼に対して霊夢は最初、とても面倒臭そうな顔をしたらしい。
「そんなお札作るのにどれほどの手間が懸かるのか、あんたたち分かってないんでしょう!?」
「つまり、手間は懸かるけど作れないわけじゃないということですね」
「そりゃまぁ、一応は……」
 霊夢も異変の関係者ということで、招待客に含まれていた。だからお札を作るのがいくら面倒でも、パーティーで振る舞われる料理やお酒のことを思うと、にべもなく断るわけにはいかなかったらしい。
「わかったわよ、やればいいんでしょ! そのかわりパーティーには期待させてもらうからね」
「ええ。きっと期待以上の持て成しに、満足されることでしょう」
 いくつかイレギュラーがありながらも、こうしてパーティー当日、つまり今日だな。その日を滞りなく迎えることができたわけだ。

 *

「パーティーの招待客は、例の異変の時に咲夜と関わった者だったかしら」
「ああ、そうだ」
 パチュリーの問いかけにレミリアは静かに頷いた。
「わかさぎ姫、赤蛮奇、今泉影狼、九十九弁々、八橋の姉妹、鬼人正邪、少名針妙丸、堀川雷鼓、それと霊夢と魔理沙の、合わせて十人だ」
「この中で名前にKのつく奴っていうと」
 予告状に書かれた K の署名を思い出し、フランドールは指折り考える。
「えっと、たぶん頭文字だろうから、今泉影狼、鬼人正邪、霧雨魔理沙の三人か」
「単純にKが名前に含まれるだけならば、わかさぎ姫、赤蛮奇、九十九姉妹、少名針妙丸、堀川雷鼓も該当するわね」
「うーん、それじゃあ霊夢以外は全員ってなっちゃうじゃない」
 不満そうに頬を膨らませるフランドールに、パチュリーは微笑みかける。
「その予告状に書かれたKという文字に、どれほどの意味があるのかも分からないわね。名前とは別な意味でKと名乗ることだってできるでしょうし。だとすると霊夢が犯人だとしても可笑しくは無い」
「今の時点で犯人を当てらるヒントは出て無いってことか」
 残念そうなフランドールに、レミリアが呟くよう言った。
「犯人はあの小鬼、鬼人正邪に決まってる……」

 *

 少し心配だったが、霊夢は約束通り、パーティーまでにお札を作ってきてくれた。
「これのせいで寝不足になっちゃったじゃない。次からはもっと時間に余裕を持って頼んでよね」
「それは悪かった。なにしろこちらも緊急だったからな」
 大きめのお札には、黒色の流麗な毛筆で、文字とも模様ともつかないものが書かれている。
「一応説明しとくと、これの近くで能力を使うと、この黒色の梵字が朱色に変色するの。馬鹿でも一目瞭然なはずよ」
 実際に霊夢がお札を一枚持ったまま空に浮かぶと、お札に書かれた黒い文字は鮮やかな朱色に変色していた。なるほど、これなら使えそうだ。
「それでは皆さん、お札を一枚ずつ取ってご自身の名前を書いてください。出来ましたらこれから配る紐で、服などの外から見えるところに結わえてください。そのお札が入場証明になります」
 咲夜の説明に招待客は素直に従って、各人思い思いのところにお札を結わえていった。
 正邪はなにかしら文句を言っていたようだが、お札を付けないのなら帰ってくれと咲夜が突っぱねたところ、渋々ながらも従っていたようだった。
 わかさぎ姫は水槽に入って来場していたため、お札は水槽に貼ることになった。
「先程配った紐は魔法の紐で、一度結わえたものを解くと粉々になってしまいますので注意してください」
 これはパチェの用意したものだった。解くと粉々になる紐でお札を結わえているのだから、望む望まざるに関わらず、客人は霊夢のお札を常に携帯することとなる。
 お札を一度取り外して、お札の無い状態で能力を使った後に、再びお札を結わえるということが不可能になるわけだ。

 *

 招待客が揃った頃にはパーティーの準備は滞りなく整っていて、宴の始まりを待つばかりとなっていた。
 今回のパーティーは咲夜が言い出したことだというのもあるのか、いつも以上に豪華で素晴らしい持て成しに尽力されていたと思う。
 大テーブルに所狭しと並べられた料理達は、古今東西より取り寄せた贅を尽くしたものだったし、卓上の彩りに活けられた花飾りも豪奢にして気品溢れるもの。妖精メイドからなる管弦楽団の奏でる調べは、宴ならではの特別な雰囲気で大広間を包んでいた。
 私が言うのも可笑しな話だが、こんな素晴らしいパーティーを開くことができるスカーレット家の、その当主レミリア・スカーレットという人物はきっと偉大で素晴らしく慈悲深い方に違いなく、そんな方に招待された私は、なんと幸運なのだろうと、客人の誰もが驚きと喜びに満たされた顔をしていたものだ。
 そんな客人達の羨望の眼差しを一身に受け、壇上に立った私は……え、パーティーの内容には興味ないから端折れって? ここからが見せ場なんだがな。まぁいい、パチェがそう言うんなら仕方ない。
 簡単な挨拶と乾杯の後、客人には思い思いに寛いで貰うわけだが、今回はいつもと違って、客人に重要なことを報せる必要があった。つまり、パチェの用意したワインのお披露目なわけだ。
 妖精メイド達が恭しく運んできたボトルを咲夜が受け取り、高く天に掲げ持つ。ワインボトルはシャンデリアの眩しい光に輝き、その鮮やかな藍色は深い夜空を思わせた。
「今日という親交の場を祝して、私から一本のワインを用意させてもらった。もちろん、そこいらにある詰まらないワインとは違う。これは魔界の最深部はパンデモニウム、そこでのみ採れる、罪人の葡萄という希少な品種を使い、月の属性で魔法醸造した特別なワインとなる。年号は666年。さるコレクターが死蔵してたものらしいが、正に奇跡の一本と呼ぶのに相応しい逸品だな。これを後ほど、客人に振る舞おうと思う」
 客人達の感嘆の声の中、壇上の私は小さく手を上げる。
「どこから嗅ぎつけてきたのかは知らんが、先日、予告状なるものが届いた。どうやら今宵、このワインを盗み出そうと考えている不埒な輩がいるらしい。そいつに言おう。レミリア・スカーレットは逃げも隠れもしない。予告などという小癪な真似をしたことを必ず後悔させてやる! 盗めるものなら盗んでみろ!」
 私の宣言を受け、客人から拍手が湧き上がる。
 だが、その拍手に混じって、小さな笑い声が私の耳に届いた。とても癪に障る笑い声だ。
 口元を抑えて笑い転げていていた鬼人正邪は、私を指差して、こう言った。
「あーあ、そんな偉そうなこと言っちゃっていいのかね。ワインを盗まれた後に、あんたがどんな情けない泣き言を漏らすのか、私はそれが楽しみで仕方ないよ」
 こんな安い挑発に乗るほど私は馬鹿じゃない。余裕の笑みを返してやった。
「もしおまえが予告状を出したのだとしても、ワインを盗むまでは客人に違いない。心行くまで宴を愉しむがいい。それが最後の晩餐となるのかもしれんしな」
 だが、私はこれで確信した。ワインを盗むと予告し、そしてそれを実行したのは、この小鬼に違いないと。

 *

「じゃあ、正邪が犯人だってお姉様が言うのは、みんなの前で喧嘩を売られたからってことなの?」
「明白だろう。犯人でも無い奴が私に喧嘩を売って、一体何の得があるって言うんだ!」
 激昂する姉の姿を、フランドールは醒めた目で見つめていた。
「……心の底から呆れちゃったわ」
「何だと!? 何が可笑しい?」
 妹に食ってかかるレミリアを見て、パチュリーが口を開く。
「正邪の言動は、天の邪鬼としてはまだ常識の範囲。むしろ天の邪鬼らしいとも言える。正邪が犯人じゃなかったとしても、きっと同じような態度だったでしょうね」
 パチュリーは小さく首を振る。
「これだけで犯人と決めつけるのは早計。まだ誰が犯人なのかは決めかねる状況かしら。誰にでも犯人と成り得る可能性があるわ」
 パチュリーはそっとレミリアに目を向けた。
「もちろんレミィの言うように、正邪が犯人であるという可能性も、充分に有り得るわね」

 *

 折角のパーティーなのだから、客人にはのんびり寛いでいて貰いたかったところだが、正邪の暴言は私を心変わりさせるのに充分なものだった。
 私はお披露目の済んだワインを別室に保管する様子を、客人達に見届けさせることにした。
 予告状を出した犯人は正邪だと確信しているが、そうじゃなかったとしても、客人のうちの誰かであることは間違いない。
 その客人達に、ワインの保管場所、保管方法をあえて教えてやることで、絶対に誰にも盗むことができないと思い知らせてやろうという心積もりだった。
 そういったわけで、ワインを持たせた咲夜を先頭として、私は客人を引き連れて保管場所へと向かった。
 ワインの保管場所は特別な部屋じゃなかった。出入り口がひとつで窓が無いという条件さえ充たせばいいのだから、うちの空き部屋から適当に見繕させておいた。
 部屋の中央のテーブルにワインを立たせると、誰も部屋の中に残って居ないことを確認した後、私は入り口の扉を施錠した。
 パチェの助言に従い、扉の鍵は特注のものを今日のために誂えた。
「この扉の鍵は、これ一本っきりだ」
 私は金色に輝く鍵を、客人達の目の前に掲げた。ちょっとしたペーパーナイフくらいの大きさはありそうな、大柄な鍵だ。
「厚手の樫の木で作らせた扉が、容易には破壊できないものだというのは見れば分かると思う。部屋に出入り口はこの扉のみで、もちろん窓も無い。つまり、唯一この鍵のみによって、部屋に入ることができるということを意味するわけだ」
「鍵が一本しか無いからって、部屋に入れないとは限らないだろ」
 魔理沙が不思議そうに首を傾げた。
「ここは常識の通じない奴らばかりの幻想郷なんだから。鍵のかかった扉なんて、カーテンの代わりくらいの意味しか無いんじゃないか」
「ふむ、確かに魔理沙の言うとおりだな。特別な能力を使えば、部屋に入ることは難しく無いだろう。ところで魔理沙、今日来た時に渡した、お札のことは覚えているかい」
「霊夢の作ったお札だろ。ちゃんとほら、腰に結んで……ああ、なるほど。このお札はそういうことか」
 合点がいったのか、魔理沙はにやりと悪戯っぽい笑顔を作った。
「ワインが盗みたければ盗め。しかし部屋には入れんだろうな。部屋に入りたければ能力を使うがいい。だが能力を使えばお札が反応するぞ。パーティーが終わった時にお札が反応している奴がいたら、そいつが犯人だ。お札を見せずにこっそり逃げ帰るやつも、きっと犯人に違いない。どちらも私は容赦しないからな」
 私の言葉を聞いて、正邪が赤い舌をぺろりと出した。
「万全の態勢なんて、崩されるためにあるような物なのさ。優越感に浸っていられるのも今のうちだけだからな。せいぜい愉しんでおくといいよ」
 それだけを言い残し、正邪は踵を返して扉の前から立ち去った。

 *

 間違ってはならないのは、今夜客人を招いたのは犯人を捕まえるためではなく、客人を精一杯持て成すためだということ。盛大なパーティーで客人に心から寛いで貰う、それこそが肝要なのだ。
 だからパーティーの間は、客人を逐一監視するような真似はしなかったし、咲夜や妖精メイド達にも、いつものパーティーと同じよう、スカーレットの名に相応しい持て成しで客人に接するようにと言い含めてあった。
 ワインの保管された部屋に見張りをつけることもしなかった。ワインを見張るということは客人を信用していないと言っているも同じで、この上なく失礼なことなのだから。
 当たり前のことだが、私はワインを盗ませてやるつもりなんて毛頭無かったし、万が一盗まれたとしたら、犯人を絶対に許さないつもりだった。客を敬うのと盗人を許すのとでは、まるで話が別だ。
 パチェの助言に従い防備は整えた。監視や見張りなど付けなくとも、私に気付かれずにワインを盗み出すことは不可能だろう。予告を違え大人しく諦めるのならば、見逃してやってもいい。
 だが、もし気付かれるのを承知でワインを盗もうとするのならば、私はそいつを全力で叩き潰すことになるだろう。

 *

 宴の席は、華やかでありながらも和気藹々とした空気に包まれていた。品格を重んじるのは当たり前のことだが、私は客人にそれを要求するほど窮屈な考えをしていない。
 咲夜を縁に集まった客人なのだから、この宴は私からの持て成しであると同時に、咲夜からの持て成しでもある。堅苦しいことは抜きにして、客人はその持て成しに喜びを感じてくれさえすれば、それで充分だ。
 卓に並んだ料理の数々は、どれも贅を尽くした逸品であり、野良同然の妖怪や生まれたばかりで右も左もわからん付喪神には縁の無い代物ばかりだろう。料理を口に運ぶたびに、驚きで目を白黒させながらも、客人達は自然と笑顔を零していた。
 酒が入って興が乗ってきたのか、弁々と八橋の九十九姉妹が、妖精メイドの楽団に合わせて即興演奏を始めた。もちろんすぐに雷鼓もそれに加わる。管弦楽団に和楽器の音色という珍妙な取り合わせだが、物珍しさもあり、なかなかに乙なものだった。
 常日頃から贅沢なものばかり食べている者からすれば、屋台の安っぽい焼きそばなどが鮮烈に感じられるものだが、それと似たようなものだろうか。
 こうして賑やかで和やかな時間は、瞬く間に過ぎていった。

 *

「お嬢様、そろそろワインを」
 確か、正邪と話していた時だと思う。なにを話していたのかは生憎覚えていないが。
 咲夜の進言に私は頷く。夜も更けてきたし、いい頃合いだろう。
 正邪に退席を告げると、私は咲夜を伴ってワインの保管された部屋へと向かう。扉の鍵はパーティーの間中、ネックレス代わりに首から下げていた。大柄な鍵の重さを私は常に意識していたので、一瞬たりとも人手に渡っていないことは明らかだった。
 保管場所に着くと咲夜は扉の脇に立ち、深々と一礼した。
「それではお嬢様、お願いします」
「ああ」
 鍵を手に持ち扉と対面した私は、一瞬、我が目を疑った。
 目の前にある樫の木の扉は。間違いなく施錠したはずのその扉は。
 内側に僅かに、押し開かれていた。
 見間違いではない。
 つまり、いまこの部屋の扉は、閉じられていない!
「くっ、どういうことだっ!?」
「そんな筈が……」
 咄嗟に姿を消した咲夜は、ランタンを持って再び姿を現した。
「咲夜っ、ワインは」
「はい」
 一息に扉を開け放ち、咲夜がランタンの灯りで部屋の中を照らす。
 テーブルの上に置かれているはずのワインは、跡形もなく姿を消していた。
「お嬢様!」
「馬鹿な、やられたのか!?」
 焦りとともに、怒りが湧き上がってくる。頭で考えるよりも先に身体が動いた。
 私はワインを乗せていたテーブルに向かい、部屋に駆け込んだ……筈だった。
 しかし、気付くと私は、廊下でもんどり打って転びかけていた。
 呆然と見回すと、部屋の扉は何故か背後にある。
 なにが起こったのか理解できなかった。
 冷静になにが起こったのか、伝えるとしたら、こうだろう。
 部屋に駆け込んだ私は、次の瞬間、部屋から廊下に駆け出していた。
「大丈夫ですか、お嬢様」
 部屋を調べていた咲夜は、わざとゆっくりとした口調で、私に告げる。
「やはりワインはありません。部屋のどこにも見つかりません。そして、部屋の中には、誰もいませんでした……ワインは、盗まれました」

 *

「咲夜っ、いなくなった奴がいないか、それとワインを持っていないか確認を」
「わかりました」
 犯人がいつワインを盗んだのかは分からない。もし盗んですぐに逃げ出したのだとしたら、いなくなった奴が犯人に違いない。
 それにワインは一抱えはある嵩張るものだ。もし犯人がそれを隠し持っていれば、すぐにそれと確認することができるだろう。
 時を止めて確認をした咲夜が戻ってくるのは、まさに一瞬のことだった。
「帰った人はいません。全員大広間にいました。それにワインを持っている人もいませんでした」
「だとすると犯人は、盗んだワインをどこかに隠したということか」
 流石に犯人は、ワインを隠し持ったまま暢気にパーティーを愉しむほどの間抜けでは無いらしい。

 *

 咲夜とともに大広間に戻った私は、無言で壇上に立った。
 よからぬ気配を感じたのか、妖精メイドの楽団は急いで演奏を止める。
 何事かと訝しがる客人の視線が一斉に、私に向けられた。
「皆に振る舞うはずだったワインが、何者かに盗まれた」
 その一言で、部屋がざわめきに包まれる。
「へぇー。そりゃあ残念だねぇ。でも私が言ったとおりになったよな。万全な態勢なんて崩されるためにあるんだって」
 正邪の小生意気なからかいを、睨み付けて封じる。
「盗まれはしたが、私は犯人を逃がすつもりは無い!」
 ワインをどこに隠したのかは分からないが、誰も逃げ帰った奴がいないのなら、犯人がこの大広間にいることは確実だろう。
 保管場所にワインを収めた時、私は確かに扉を閉め施錠した。それだけは疑いようも無い。
 そしてワインを保管している間中、扉のただひとつの鍵は私が常に持ち歩いていた。これも確実なこと。
 にもかかわらず保管場所の扉は鍵が開けられていて、扉も開いていた。
 私の持っていた鍵以外の方法で、解錠をしたということは考えられない。それが出来ないようにと錠前も特注しているのだから。
 だとすれば、犯人は能力を使って解錠をしたのだとしか考えられない。
 つまり、パーティーが始まる前に客人に渡したお札を調べれば、自ずとワインを盗んだ犯人も分かるということ。
「客人には迷惑をかけてしまって申し訳無い。これより、お札を回収させてもらう」
 咲夜と共に、客人達を順にまわってお札を回収していく。
 お札を括り付けてあるパチェの紐は、解くと同時に粉々に崩れた。つまり解いて粉々になる紐で結わえてあるお札は、付けられた時から取り外されていないということ。
「全員、お札を取り外していないようです」
「そのようだな」
 そうなると、一時的にお札を取り外して能力を使ったわけでは無いのだろう。
 十人の名前の書かれた、十枚のお札。テーブルに並べたそれを、私は凝視していた。
 十枚のお札に書かれている文字は、一枚の例外も無く、黒い色で書かれていた。
「一体これは、どういうことだ」
 全員、配られた時と同じ黒い文字。だということは、誰一人として能力を使っていないということになってしまう。
 ワインを保管したのは、客人達がお札を身につけた時間よりも後のことなので、無事だったワインが盗まれて、更に今現在に至るまで、誰も能力を使っていないとなる。
「それなら回収したお札が、偽物だということは?」
「間違いなく本物よ」
 霊夢が、テーブルのお札を眺めたままそう言った。
「自分で言うのも変だけど、私の書く字って物凄く癖があるのよ。見間違える訳が無いくらいね。十枚とも全部、私の作ったお札よ。保証するわ」
「それにお嬢様、犯人がお札を偽物とすり替えるためには、偽物のお札を事前に用意しなければならないのでは」
 咲夜は申し訳なさそうに言う。
「ところが客人のみなさんは、今日までお札のことを知らされていない筈なのです。はたして存在を知らないお札の偽物を事前に用意できているとは、考えづらいかと」
「ふむ、確かにな」
 咲夜の言うことは尤もだ。予告状を寄越すくらいだから、犯行が計画的なのは当然だとしても、知りもしないお札の偽物など用意できる筈が無い。
 それに霊夢本人が間違いなく本物だと言うのなら、きっと偽物の可能性は無いのだろう。
 だとすると……犯人は一切の能力を使わずに、扉の鍵を開けて、中のワインを盗んだということになるのだろうか。

 *

「如何致しましょうか、お嬢様」
 想定外の状況に咲夜も困惑しているのだろう。見れば、客人達もどうすればいいか分からず、僅かに混乱している様子だ。
「残念だけどパーティーはお開きだ。こんな状況では愉快に飲み交わすなんて無理だろう。だが、ワインを盗んだ犯人は見つけ出さねばならん。申し訳無いが、みんなにも協力して欲しい」
 私は考えた。犯人が一体どんな方法でワインを盗み出したのかは分からないが、確実なことは、ワインを盗むためには大広間を一人で退室して、ワインを保管した部屋に一人で向かわなければならないということ。
 それは犯人がワインを盗んでいる間の時間、誰も犯人の行動を把握しておらず、保証することができない。アリバイが無いということ。
「これからパーティーの間の行動を、私に訊かせて欲しい。別室で一人ずつ順番に訊いていくから、しばらく時間はかかるだろうが、どうか協力して欲しい」
 つまり、客人にパーティーの間になにをしていたのかを訊いて、アリバイの無い奴の中に犯人がいると考えても、間違いは無いだろう。
 招待客にパーティー中の行動を根掘り葉掘り訊くなんて失礼極まり無いが、この状況では仕方が無い。背に腹は代えられないというやつだ。

 *

「私が犯人じゃないことは確かめるまでもないでしょ? あんたに頼まれてお札を作ってるんだから。ワインを盗みたいんなら、そんなお願い断ってるわ」
 最初に話を訊くことにした霊夢は、そう不満を漏らした。
「霊夢を疑ってるわけじゃないが、お札を作った本人なら、お札に細工できるとも考えられる。自分のお札だけ能力に反応しない物にしたりな」
「そんなことしないわ。なんなら私の付けてたお札で能力を使ってみればいいのよ。ちゃんと文字の色が変わるから」
 私自身も、本気で霊夢がワインを盗んだとは考えていない。もし霊夢だったら予告状を出してまで盗むだなんて回りくどいことはしないだろう。飲ませろと私に直接、言いそうだ。
「霊夢が犯人じゃないとしても、他の奴のアリバイを立証するのに役立つのだから、悪いが協力して欲しい」
 もし霊夢がパーティーで誰かと話していたとすれば、その誰かには霊夢と話していたというアリバイがあるとなる。もちろん、霊夢と話していた時間に限っての話になるが。
「わかったわ。ちょっと待って、思い出すから。たしかパーティーが始まって最初のほうは、ずっと魔理沙と一緒にいたんだけど、四十分くらいした頃かな? 蛮奇と雷鼓が盛り上がってるのを見かけて、私もその話に入ったの」
 パーティーが始まって(つまりワインを保管してから)ワインの盗難に私が気付くまで、およそ百分ほどの時間があった。その間、霊夢はいろいろな奴と談笑して過ごしていたようだが、本人の証言を纏めると、こうなる。

・霊夢   :魔理沙 :魔理沙 :魔理沙 :魔理沙 :雷鼓蛮奇:影狼  :魔理沙 :影狼  :    :わかさぎ:

 図の:での区切りがおよそ十分。その十分間、その名前の奴と過ごしていたことを、この図は表している。
 空白は、一人でいたという意味。つまりアリバイを誰も保証できないということ。

「影狼と別れて、わかさぎ姫に声をかけるまでは、何をしていたんだ?」
「うーん、覚えてないけど、一人で料理食べてたんだと思う。いつものことだけど、今日の料理も美味しかったわ。また呼んでよね」

 *

 霊夢に続いて魔理沙と、順に話を訊いていった。パーティーの間の行動が埋まっていくにつれ、次第にパーティーの全容も見えてくることになるのだが、どうにも不自然な点があることに私は気付いた。
「魔理沙に水槽ごと引きづり回されたまでは分かった。それで次に蛮奇に話しかけられるまでの十分間、この時間は何をしていたんだ」
「それが、覚えていないのです」
 私の質問に、わかさぎ姫は申し訳なさそうに尾びれを縮めた。
「一人でいたと思うのですけど。ごめんなさい」
 と、各人ぴったり十分ずつ、覚えていない、つまりアリバイの無い時間帯があるらしかった。
 パーティーで騒いでいる間のことなのだから、覚えていない時間があっても不自然でもないと、最初はそう考えていた。しかし、皆がそろいも揃って、しかも十分ずつとは、どうにも不自然さは拭えない。
 九人の話を訊いて、残るは鬼人正邪のみとなったところで、私は思わず頭を抱えてしまった。
「これは、つまりパーティーの間中アリバイのある奴が、一人もいないってことなのか?」
 正邪を除いた九人の証言を纏めると、こうなる。


 ・霊夢   :魔理沙 :魔理沙 :魔理沙 :魔理沙 :雷鼓蛮奇:影狼  :魔理沙 :影狼  :    :わかさぎ:

 ・魔理沙  :霊夢  :霊夢  :霊夢  :霊夢  :わかさぎ:わかさぎ:霊夢  :    :八橋弁々:八橋  :

 ・わかさぎ :影狼  :影狼  :影狼  :影狼弁々:魔理沙 :魔理沙 :    :蛮奇  :蛮奇  :霊夢  :

 ・蛮奇   :雷鼓  :八橋弁々:八橋雷鼓:雷鼓  :雷鼓霊夢:    :影狼  :わかさぎ:わかさぎ:影狼  :

 ・影狼   :わかさぎ:わかさぎ:わかさぎ:わか弁々:    :霊夢  :蛮奇  :霊夢  :雷鼓  :蛮奇  :

 ・八橋   :弁々  :弁々蛮奇:蛮奇雷鼓:    :弁々  :演奏  :演奏  :演奏  :魔理弁々:魔理沙 :

 ・弁々   :八橋  :八橋蛮奇:    :影狼わか:八橋  :演奏  :演奏  :演奏  :魔理八橋:雷鼓  :

 ・雷鼓   :蛮奇  :    :八橋蛮奇:蛮奇  :霊夢蛮奇:演奏  :演奏  :演奏  :影狼  :弁々  :

 ・針妙丸  :正邪  :正邪  :正邪  :正邪  :正邪  :正邪  :正邪  :正邪  :正邪  :    :


 全員の行動に、覚えていない、いわば空白の十分間が存在することとなるわけだ。綺麗なほどぴったりと。まるで測ったかのように。
「なんなんだ、これは」
 私は思わず、そう呟いていた。

 *

「パーティーの間は、ずっと針妙丸と一緒にいたさ。最後の十分だったかな。針妙丸が好物の蓮根を食べたいとテーブルに飛び降りたんで、私は針妙丸と別れた」
「だとすると、最後の十分は一人きりだったわけだな」
 また空白の十分か。少しうんざりしながら、私は正邪に確認した。
 すると正邪は、唐突に腹を抱えて笑い出した。
「あんた正気か? 最後の十分に私が一人でいたのかって、そう訊いてるのか?」
「違うのか?」
「ついさっきのことだろう、本気で覚えてないのかい? 針妙丸と別れた私が、一体誰と喋っていたのか」
 正邪は、にやにやと嫌な笑いを浮かべながら、私を指差した。
「あんただよ。パーティーの最後の十分間、私はあんたと喋ってた。針妙丸と別れてすぐだ……つまり」
 確かに、咲夜に声を掛けられてワインを取りに行くその時、私は確かに正邪と話していた。正邪の言うとおりだ。
 しかし、不思議と何を話していたのかは、いくら考えても思い出せない。
「つまりだ。私のパーティーでのアリバイは、針妙丸とあんたが保証してくれることになる。そうだろう?」
 正邪の言うとおりだとすれば、パーティー中の行動はこうなる。

 ・正邪   :針妙丸 :針妙丸 :針妙丸 :針妙丸 :針妙丸 :針妙丸 :針妙丸 :針妙丸 :針妙丸 :レミリア:

 おそらく、信じたくは無いが、正邪の証言に間違いはないのだろう。針妙丸は確かに正邪と一緒にいたと証言したし、私も確かに正邪と話していたことを覚えている。
 しかし、だとすると。
「全員の中で、アリバイがあるのは正邪だけということか……よりによって、な」

 *

「……という訳だ」
 事件の概要を説明し終えたレミリアは、静かに目を伏せた。
「客人にはそのまま残ってもらっている。だが犯人がわからないからといって、延々と拘束するわけにもいかん。特に正邪はアリバイがあることを主張して、拘束される理由が無いと喚いている。咲夜に任せてはあるが、そう時間の猶予は無いだろうな」
 一瞬、重苦しい沈黙が図書館に降りた。
 フランドールは深く息を吸い、失望したかのように、そっと呟く。
「……なんだ、簡単じゃない」
 その呟きにレミリアが顔を上げる。
「お姉様って、こんなことも分からないの? 妹は失望しちゃいます」
「なんだと!?」
「正邪が犯人だってわかってるんだから、簡単じゃない。ね、パチュリー」
 話を向けられたパチュリーは小さく咳払いをして、レミリアに向き直る。
「正邪が犯人なのは間違いないわ。それを証明することもできる。でも、そうね。ただ解答を教えるだけでは面白く無い。レミィのお願いだとしても、たまには私も見返りが欲しいところ」
 パチュリーは暫く考えを巡らせた後、静かに口を開く。
「こういうのはどうかしら。正邪を捕まえて盗まれたワインを取り返せたら、そのワインは客人に振る舞うのではなく、私が貰う」
 艶やかな笑顔をレミリアに向けるパチュリー。
「話を聞いてるうちに、久しぶりにレミィと呑みたくなっちゃったの。レミィは正邪に負けるのが悔しいだけで盗まれたワインには別に拘っていない。だから問題無い。そうでしょう?」
「……ああ」
 鋭い歯を見せるようにレミリアは笑いかけた。
「いいだろう。その条件、飲もう。それであいつの鼻を明かせるのなら、ワインぐらい安い物だ」

 *

「まず、レミィが正邪を犯人だと断定したのは恐らく感情的なものなのだろうけど、私と、それとフランドールが正邪を犯人だとしたのは、この状況だと正邪にしか犯行ができないから」
「うん、そうだよね」
「私とフランドールの推理が同じかどうかは置いておくとして。つまり、正邪にしか犯行が不可能だということは、正邪になら犯行が可能だということ。状況から犯行手段を解き明かしていけば、自然と正邪に辿り着くのよ」
「そんな簡単に言うけど、その犯行手段がわからないから困っているんだが」
 パチュリーは愉快そうにレミリアを見つめた。
「じゃあ聞くけど、正邪と他の九人に違う点があったとしたら、それは何かしら」
「違う点?」
「そう。正邪にしか犯行ができないということは、他の九人にはできないことを、正邪にだけはできたと、こうならない?」
 鬼人正邪という少女のことを思い返してみても、体格は小柄で、他の物よりも劣るであろう。針妙丸程ではないにしても、筋力に恵まれたとは言い難い。性格は捻くれているが、弁舌には秀でているのかもしれない。針妙丸を丸め込んで異変を起こすくらいなのだから。しかしそれが今回の事件で役に立つとは考えづらい。他に考えられるとすれば……レミリアにひとつの考えが浮かぶ。
「能力……」
「そう。彼女だけの、なんでもひっくり返す程度の能力」
「いやしかし、能力を使えば霊夢のお札に反応があるはずだ。でも正邪の身につけていたお札には異常が無かった」
 鬼人正邪と署名されたお札は、他の九枚と同じで配られた時のまま、黒色の梵字が書かれていた。パチュリーの紐で結わえられていたので、結わえられたまま取り外していないことも明白だった。
「ひとつの事柄に囚われすぎてしまうのは駄目。それだから、あなたは真相に辿り着けないのよ。いいこと、確かに霊夢のお札は誰も能力を使っていないことを証明している。でも事件の状況は、そうではない、それは誤りだと物語っているじゃない。つまり、誰かが能力を使っている。そうしないと説明がつかないような状況が揃っているということ」
 パチュリーは上機嫌に話を続けた。
「まぁ、お札については後で説明するわ。まずは順番に、そうね。どうやって正邪はワインを盗んだのか。そこから解き明かしていきましょう」

 *

「まず状況の整理だけど、盗まれることが発覚するまで、ワインは部屋に保管されていた」
「ああ」
「その部屋は施錠されていて、唯一の鍵はレミィが常に持っていた」
「その通りだ」
「ワインが部屋にあるのをレミィは確認したし、施錠したのはレミィ自身。そして鍵を誰かに貸すことも無かった」
「ずっと私が持っていた」
「ワインが盗まれたとわかった時も、レミィは鍵を持っていた。つまり鍵が盗まれたわけではない」
「ああ、すぐに鍵を確認したからな。鍵は盗まれていない」
 部屋の鍵はレミリアがずっと持っていて、何者かに盗まれた形跡も無い。
 にも拘わらず、部屋の鍵は開いていて、中にあったはずのワインは何者かに持ち去られた後だった。
「どうやって犯人はレミィに気付かれずに鍵を盗み出して、そして気付かれずに返したのか? レミィはそう考えてるんじゃないかしら」
「ああ、事実、部屋の鍵は開いていたしな」
「そんな推理、無意味よ」
 パチュリーは幽かに、悪戯っぽく微笑んだ。
「レミィは確実に施錠をしたし、鍵は常にレミィが持っていて、誰にも盗まれていない。それは確かよ。いえ、そうじゃなきゃいけないの」
「……どういうことだ」
「つまり、こう言い換えればいいかしら。あの部屋に入ることができたのは、レミィただ一人だった」
 一本しか無い鍵をレミリアが常に持っていたとなれば、部屋に入ることができたのもレミリア一人だということも意味する。
「この状況が重要なの。もしこの状況を、正邪が能力で ”ひっくり返した” としたら、どうなるかしら?」
 パチュリーの言葉の意味がわかってくるにつれて、レミリアの顔から徐々に、血の気が退いていった。
「つまり……私だけが部屋に入れない!?」
「ええ、そうよ。そして、レミィ以外の誰でも、自由に、あの部屋に入ることができた。それが事件発覚後のあの状況。鍵が施錠されていない部屋のことね」
 鍵のかかっていない部屋ならば、誰でも出入りすることは可能だ。もちろん、中に収められているワインを持ち出すことなど、雑作も無いこととなる。
「それを証明するのが、ワインが盗まれたとわかった後に、レミィがあの部屋に入れなかったという状況。能力でひっくり返されていたんだから、他の誰でも部屋に入ることができたとしても、レミィだけは入れないとなっていたはず。そして事実、レミィは部屋に入れなかった」
「ああ……その通りだ」
 ワインの無事を確認しようとしたレミリアは、いくら部屋に入ろうとしても廊下に戻されてしまっていた。その不思議な現象も、正邪の能力が作用していたと考えれば、合点がいく。
「何なら今から確認してみたらどうかしら。まだ入れないと思うけど」
「いや、必要無い」
「そう、じゃあ次にアリバイのこと。ワインの部屋のトリックがわかれば、これも簡単なことね」
「正邪にだけアリバイがあって、他の九人にはアリバイが無いのだから、つまり……本当は逆だということか!?」
「そうよ。正邪以外の九人にはアリバイがあった。そして正邪にだけアリバイが無かった。犯行を犯しているんだから、アリバイがあっては可笑しいのだしね」
「そこをひっくり返したと、そういうわけか」
 見事に騙された悔しさからか、レミリアの顔が僅かに歪む。
「しかも周到なことに、正邪は能力でアリバイをひっくり返すばかりでなく、事前の工作までしているわね。単純にひっくり返すだけでも充分なのかもしれないけど、どうしても不自然になってしまう。それを自然に見せる工作を」
「どういうことだ?」
「アリバイの表を見て気付かないかしら。まるで順番であるかのように、みんなアリバイの無い、一人っきりで過ごした時間帯が必ずある」
 その不自然さには、レミリア自身も違和感を覚えていた。
 しかしパチュリーの次の発言までは、レミリアの考えも及んでいなかった。
「そして、その空白の時間帯は、他の人の空白の時間と、一切重なっていない。不自然なほど綺麗に、ね」
「それは、ああ確かにそうだ!……しかし、一体何故なんだ」
「わからないの、お姉様?」
 呆れたようにフランドールが声を上げた。
「正邪には共犯者が居たのよ。正邪とずっと一緒にいたって言ってる、針妙丸が共犯者なのよ」
 フランドールの話を聞いても納得のいかないレミリアに、パチュリーが補足を加える。
「正邪がひっくり返す前の、実際の客人の行動がどうだったのか。それがアリバイの表をひっくり返せば見えてくるのよ。針妙丸はずっと正邪と一緒にいた、ある時間帯に一人っきりで料理を食べていた、その時間を除いては、ずっと一緒だった。じゃあこれをひっくり返すと」
「正邪と一緒にいたという時間帯には、実際には正邪とは居なかった。そして一人で料理を食べていたという時間帯だけ、実際には正邪と一緒に居た、ということか」
「そう。そうすると、正邪は大半の時間を一人で行動できることになるわね。そして、実際には正邪と一緒にいなかった針妙丸は、何をしていたか? 正邪と針妙丸を除いた八人と、順番に話をしていたのよ」
「じゃあ、この八人のアリバイを証明できない時間帯は……」
「実際は針妙丸と話していたとなるわね。能力でひっくり返さなければ、針妙丸がアリバイを証明できる筈だった時間帯。ついでに言うと、正邪がレミィと話していたというのも違うわね。ひっくり返す前の実際の行動では、あなたは正邪となんて話していなかった」
 眉根を寄せるレミリアとは対照的に、パチュリーは愉しそうに笑った。
「つまり、みんなの証言を聞いてレミィの纏めた表は、実際にはこうなるわね」


 ・霊夢   :魔理沙 :魔理沙 :魔理沙 :魔理沙 :雷鼓蛮奇:影狼  :魔理沙 :影狼  :針妙丸 :わかさぎ:

 ・魔理沙  :霊夢  :霊夢  :霊夢  :霊夢  :わかさぎ:わかさぎ:霊夢  :針妙丸 :八橋弁々:八橋  :

 ・わかさぎ :影狼  :影狼  :影狼  :影狼弁々:魔理沙 :魔理沙 :針妙丸 :蛮奇  :蛮奇  :霊夢  :

 ・蛮奇   :雷鼓  :八橋弁々:八橋雷鼓:雷鼓  :雷鼓霊夢:針妙丸 :影狼  :わかさぎ:わかさぎ:影狼  :

 ・影狼   :わかさぎ:わかさぎ:わかさぎ:わか弁々:針妙丸 :霊夢  :蛮奇  :霊夢  :雷鼓  :蛮奇  :

 ・八橋   :弁々  :弁々蛮奇:蛮奇雷鼓:針妙丸 :弁々  :演奏  :演奏  :演奏  :魔理弁々:魔理沙 :

 ・弁々   :八橋  :八橋蛮奇:針妙丸 :影狼わか:八橋  :演奏  :演奏  :演奏  :魔理八橋:雷鼓  :

 ・雷鼓   :蛮奇  :針妙丸 :八橋蛮奇:蛮奇  :霊夢蛮奇:演奏  :演奏  :演奏  :影狼  :弁々  :

 ・針妙丸  :正邪  :雷鼓  :弁々  :八橋  :影狼  :蛮奇  :わかさぎ:魔理沙 :霊夢  :正邪  :

 ・正邪   :針妙丸 :    :    :    :    :    :    :    :    :針妙丸 :


「これは……正邪の行動が空白だらけじゃないか!」
「そりゃそうでしょうね。そして、これだけ自由な時間があるんなら、ワインを盗んで何処かに隠すのなんて余裕でしょうね」
 パチュリーは可笑しそうに笑った。

 *

「なるほど、確かにワインを盗んだ手段とアリバイ工作については、一応納得はできた。しかし、パチェのその推理も、能力が使うことができたということを前提にしている。正邪がお札を反応させずに能力を使えたと証明できない限りは、机上の空論の域を出ないんじゃないか?」
 正邪が能力を使っていないことを証明するかのように、レミリアはテーブルの上に霊夢のお札を並べていった。
 並べられた十枚のお札は、鬼人正邪と署名されたお札も含めて、間違いなく黒色の文字が書かれた、つまり能力に反応していないお札であった。
「ええ、勿論よ。そしてそれは、とても単純なことで可能になってしまうものなの」
 パチュリーは上機嫌に、フランドールに向き直った。
「フランドール、あなたには分かるかしら」
「うん。ひっくり返したんでしょ、お札を」
「お札を、ひっくり返す?」
 呆気なく答えるフランドールに、レミリアは怪訝な顔を向ける。
「いい、お姉様。霊夢のお札は普段は黒色の文字で、能力を使うと朱色の文字になるんだったわよね」
「ああ、その通りだ」
「お札を貰った正邪は、自分の分だけそれをひっくり返したのよ。つまり普段は朱色の文字で、能力を使うと黒色の文字に変わるの」
「能力を使うと黒色の文字!? それじゃあ」
「能力使い放題ね」
 フランドールの言うことがもし本当であったのだとしたら、能力を使うことで文字が朱色から黒色に変色した正邪のお札は、能力に反応しているにも関わらず、反応していない、つまり正邪は能力を使っていないと誤認することになってしまう。
「もちろんこれは仮説でしかない。でもここからが重要ね。もし正邪のお札がひっくり返されていたのだとしたら、私がこのお札を持って能力を使ったとしても、文字が朱色には変色しない、そうなるんじゃないかしら」
「そうか……確かにそうなる」
「そしてそれは、正邪がワインを盗んだ犯人だという動かぬ証拠になる」
 パチュリーは霊夢の作った十枚のお札を手に取り、短い呪文を呟いた。
 呪文に答えた火の精霊が、パチュリーの手のひらに小さな灯りとなって姿を現す。
 初歩的な火の呪文であったが、それは間違いなく、能力を使ったことを意味していた。
「ほらレミィ、どうかしら」
 パチュリーの拡げた十枚のお札。それらは能力に反応して、黒色だった文字が朱色に変色していた。
 たった一枚、鬼人正邪と書かれたお札を除いて。
 黒色の文字の書かれたそのお札を見て、レミリアは力強く頷いた。
「これで間違いない、犯人はあの小鬼だ。ありがとうパチェ、助かった」
「どういたしまして」
 勝ち誇ったように立ち上がるレミリアに、パチュリーは静かに微笑む。
「約束、忘れないでね」
 図書館を立ち去る背中に、そっと、そう呟いた。

 *

「お姉様、行っちゃったね」
「ええ」
 正邪の犯行だと立証することができたのなら、あとは捕まえて追い詰めるまでのこと。
 盗まれたワインは正邪が別の場所に隠しているのだろうから、一旦は泳がせてワインの在処を突き止める必要があるが、悠長に構えていてみすみす逃してしまえば面倒なことになるだろう。
 矢のような勢いでレミリアが去り、いつも通りの愛すべき静寂が、図書館を気怠く包んでいた。
「ねぇパチュリー、訊いてもいい」
 執務机の魔道書に目を落としかけたパチュリーに、フランドールの明るい声が届いた。
 パチュリーは顔を上げ、フランドールに微笑む。
「いいわよ、何かしら」
「私、どうしても分からないんだけど。どうしてパチュリーはお姉様のワインを盗んだのかしら」
 不思議そうに首を傾げるフランドール。パチュリーはくすりと笑いを零した。
「あら、ワインを盗んだのは正邪よ。さっきの話を聞いていなかったのかしら」
「違うよ。確かにワインを実際に盗んだのは正邪なんだけど、彼女だけじゃ犯行は成立しない。可笑しいことだらけなんだもん、論理的に破綻しちゃうよ」
 無邪気に、歌うように喋るフランドール。
 パチュリーは静かに目を細めた。
「お姉様に招待状を貰った正邪が、パーティーを台無しにしてやろうって考えた。それはいいよ。でも何で、正邪は取って置きのワインのことを知っていたのかしら。ううん、ワインだってことは重要じゃないの。なにかそういう大事なものが用意されていることを知っていたのが不自然。予告状まで書いているんだから、正邪がそれを事前に知っていないと成立しないよ」
「たまたま妖精メイドの噂話でも聞いたのかしらね」
「可笑しいのはそれだけじゃないよ。ワインを盗む時も、お姉様だけが鍵を持っている部屋に保管されていたから、正邪は能力でひっくり返すことができたんでしょ。それって、もしお姉様だけじゃなくて咲夜や美鈴も鍵を持っていたら、正邪はいくら能力を使っても部屋に入ることができないじゃない。たまたまお姉様だけが鍵を持っているだなんて、正邪にしてみたらお誂え向きなんだけど、やっぱり不自然だよ」
 フランドールは興奮を抑えきれず、楽しそうに話を続ける。
「霊夢のお札もそう。予告状を出しているんだから、能力を使うと字の色が変わるお札を用意してたとしても可笑しくは無いよ。でも、もしあのお札が用意されてなかったとしたら、能力を使っても他の人にわからなかったとしたら、そうなったら正邪には犯行ができなくなっちゃう。だって条件をひっくり返して部屋に忍び込んだってのが、すぐにばれちゃうもの。そんなことできるの彼女しかいないからね。だとしたら、正邪がワインを盗もうと計画するには、霊夢のお札のことを予め知ってないといけないの。そんなの可笑しいよね」
 喋り終えたフランドールとパチュリーの間に、一瞬の沈黙が流れる。
「……つまり、私たちのうちの誰かが正邪に情報を流した、ってことかしら」
 表情の浮かばない顔で、パチュリーが言葉を続けた。
「とっておきのワインが用意されてること、レミィだけが鍵を持っている部屋に保管されること、霊夢がお札を用意して、能力を使ったことが明らかになるということ。正邪は、内通者を通じてそれらのことを予め知っていたから犯行を計画することができたと、こういうことかしら」
 パチュリーは目を伏せて、口元に微笑みを浮かべる。
「でも、もし内通者がいたのだとしても、それが私だとは限らないわね。動機はともかくとして、鍵のことやお札のことは咲夜だって知っているんだし、耳聡い妖精メイドがいなかったとも限らない。お札に限っては霊夢自身が喋る可能性もあるわけだし」
「ううん、違うの」
 フランドールは静かに首を振った。
「私もね、最初はそう思ってた。正邪に情報を流した、誰かがいるんだってね。でもそれじゃ不十分なの。正邪がワインを盗むには、お姉様しか鍵を持っていない部屋に保管しないといけない。能力を使うと字の色が変わるお札が用意されてないといけない。もっと言うと、招待された客が必ず一人っきりになって、針妙丸が接触する時間が、全員に無いといけない。これが条件なんだよ。鍵が二つあっちゃいけないし、お札は能力の使用を明確に示すものじゃないといけない。パーティの間中一人にならない客がいても駄目。正邪に情報を流す誰かは、いないと成立しないんだけど、この条件を満たすためには、内通者がいるかどうかなんて関係無いの」
「……つまり?」
「あの部屋にワインを保管すると決めたのも、霊夢にお札を依頼したのも、お姉様なの。でも、それを思いついたのはお姉様じゃないでしょ。つまり、正邪の犯行を可能にするために、お姉様を都合良く操ってた誰がいるんじゃないかって。お姉様に助言をして、正邪が犯行をできる条件を整えた、誰かがるんじゃないかって。そう考えたの」
 フランドールは楽しそうに、人懐っこい笑顔を浮かべる。
「そんなことができる誰か。その条件に当てはまるのは……パチュリーだけだよ」
 表情の浮かばない薄紫の瞳で、パチュリーはフランドールを見つめる。
「パーティーの最中に、お客さんが全員一人の時間を作れるようにってのは、妖精メイドに逐次指示を出していけば不自然無く条件を整えられる。パチュリーは私と一緒にずっとここにいたけど、小悪魔はいなかった。きっと妖精メイドに指示を出していたのは小悪魔だったのね」
 沈黙のままフランドールを見つめていたパチュリーだったが、やがて柔らかく表情を崩すと、愉快そうに笑いを零した。
「流石、レミィの妹なだけあるわね。フランドール、あなた冴えてるわ」
「お姉様に似なくて、私は優秀なの」
「いいわ、優秀な子にはご褒美をあげるわ」
 パチュリーは妖精メイドを呼びつけて用件を伝える。
 程なくして妖精メイドが運んできたのは、一本のワインボトル。パーティーで振る舞われるはずだった、とっておきの魔界産ワイン。それとそっくり同じものだった。
 透き通ったワイングラスに妖精メイドが魔界産ワインを注ぐ。ほんの僅か一口だけが注がれたところで、ワインボトルはただの空き瓶へとなった。
「レミィに頼まれて取り寄せたワインは、二本あったの。一本はパーティー客に振る舞うために。もう一本は私が楽しむために」
 空になった深い藍色のボトルを、パチュリーは名残惜しそうに見つめる。
「お酒に拘るのは私の性分じゃ無いんだけど、これは別格だったわ。このワインに私の心は囚われてしまっていたのかもしれないわね。一人だけで呑んだことを後悔する頃には、もうワインは殆ど残っていなかった」
 自嘲するかのよう、パチュリーは溜息を吐く。
「だから私は、思ってしまったの。このワインは静かな夜に、誰よりも大切な友人と二人っきりで呑むのが相応しいって。レミィと二人で、誰にも邪魔されずに静かな時間を過ごす、そんな時にこと相応しいんだって、そう思ってしまったの。……どこの馬の骨とも知れない連中に振る舞うだなんて、そんなの勿体なくて、我慢できなかったの」
 パチュリーはフランドールに優しい微笑みを浮かべ、ワインの注がれたグラスをそっと差し出した。
「残り物で申し訳無いけど、名探偵さんへ私からのご褒美」
 促されるまま、フランドールはワイングラスに口を近づけた。豊潤な、だけどとても優しい薫りが、フランドールを包み込むように漂う。
 ワインを口に含んだフランドールの表情が、驚きに変わっていった。それは今まで呑んだことのある、どんなワインとも違う味わいだった。
 深い、どこまでも深い闇夜に、淡い光を湛える満月。そんな光景をフランドールは思い浮かべた。
「おいしい!」
 僅か一口のワインは、仄かな余韻だけを残して無くなってしまった。
 パチュリーが心酔するのもわかる。余韻が薄れていくにしたがって、名残惜しさがフランドールの心に湧き上がってくる。
 恨めしそうに、フランドールはパチュリーを見つめた。
「確かに、うん。パチュリーの気持ちもわかる」
「気に入ったようね」
「うん。あ、でもさぁ」
 フランドールはハッとしたよう、僅かに目を見開く。
「なにも正邪に盗ませるだなんて回りくどいことしなくても、パチュリーがお姉様に直接言えばよかったんじゃないかしら。パチュリーのお願いなら、お姉様きっと断らないよ」
「でしょうね。でも、私はそれをしたくなかった」
 パチュリーは目を瞑り、そっと微笑む。
「自分で言うのも可笑しいけれど、魔女ってのは面倒で偏屈な性分なのよ。それに、こういうのもパーティーに打って付けの余興なんじゃないかと私は思ったんだけど、……どうかしら」
 パチュリーの言葉に、フランドールは満足したかのよう強く頷いた。
「うん、そうだね。とっても愉しい余興だった」
 くすくすと悪戯っぽいフランドールの笑い声が、可憐な花が咲くかのように、静かな図書館に響いた。

 終
ノーレッジ相談役
めるめるめるめ
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コメント



0.340簡易評価
4.10名前が無い程度の能力削除
書けと言われて書いたんなら別に投稿しなくていいんじゃないですかね?
あとこれのどこがミステリーなんですか?
7.10名前が無い程度の能力削除
つまらない。紅魔館が舞台なのに当然のように美鈴がハブられてるのもマイナス。